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はてなキーワード: 生糸とは

2018-07-17

インターネットフェミから足を洗った

痴漢性的嫌がらせに散々遭ってきた人生で、この不快感理由を求めてインターネットフェミの影響を受けてきたけれど、考え方が変わった。現在行われている差別性差別よりも資産差別のほうが強力で、深刻で、本質的だ。資産がない女性資産がある女性よりも性差別を受けやすい。資産がない男性男性であるからといって恩恵を受けてない。そう思うようになったのは会社で私が決裁権者になってからだ。高額商品の見込み客や、決裁権を持つ人間への態度は、とても丁寧なものだ。そして匿名の「女」としては相変わらず帰宅ラッシュ痴漢に遭う。なぜ女全般が軽んじられるかというと、職権の低い、力の弱い人間が多い傾向にあるからだ。

 

女性差別の深刻さには、明らかに地域差がある。肉体労働が主な産業で、男性のほうが明らかに稼げてきた歴史のある地域は、女性蔑視や男性による女性への暴力が多い。生糸など女性でも稼げる…というよりむしろ女性有利な産業があった地域では、DV率が低くかかあ天下の傾向がある。結局、金なのだ生活を支える金、食い扶持なのだ

 

私は私の人事評価をするポスト男性から嫌がらせを受けてきた。しかその男性は女性だけに嫌がらせをするのではなく、職位が下の男性にも似たようなことをしている。私が昇格してから私への侮辱は止んだ。よって、あれは性差別ではなかったことがわかった。ほとんどのハラスメントは男女問題というより「職権乱用」であって、日大監督が職をあっせんするから大学生は逆らえないという問題、職をあっせんしてやると言って薬を盛られて強姦された詩織さんの問題、それらのものと一緒のものであるという認識になった。虐待についても「親権乱用」と考えられる。

 

権限の乱用をどうしたら良いのだろう。アシスタントがついた上に、接待も受けるようになって、「これを浴び続けていたら人間絶対おかしくなる」と感じた。農家長男ハラッサーが多く見られるようだけど、相続において優位=母親から接待を受けて育ってきた歴史があるからだと思う。もてない男ばかりの集団チヤホヤされる紅一点も非常識要求をするようになっていくようだけど、これもワンチャン狙いの接待に育てられているのだと思う。そしていま一番深刻な接待が、雇ってもらうため・待遇改善してもらうため・商品を買ってもらうためといった、お金のため、生殺与奪を握る種類の接待であると思う。女性差別は、高賃金の職に就くことに繋がる高等教育を受ける機会や、決裁権のあるポストに就く機会を性別理由剥奪されていたというものであって、そうした差別が(特に首都圏大手で)じわじわ改善していっている今、差別本質として残るのが資産の偏りを使った、ブラック労働下請けの買い叩き、営業マン侮辱的な行為を強いるような暴力だと思う。男が強いんじゃない、女が強いんじゃない、資産の持ち主が強いんだよ。やりたい放題なんだよ。

2017-07-22

https://anond.hatelabo.jp/20170722163603

うちも田舎で小中の頃

洋服店の息子がジャイアン生糸店の息子がスネ夫

日中ベッタリだったなあ、あれもそういうことだったのかなあ

どうなんだ秋元鹿島

2017-05-27

[]

豊田市民芸館・民芸の森」と「豊田市近代産業とくらし発見館」に行ってまいりましたわ。

豊田市民芸館・民芸の森」はたくさんの建物があって、それぞれで展示がされていました。

いえ、建物のものも展示物ですわね。

民芸の森では明日イベントがあるらしく、たくさんの人が作業をされていて、

通りかかると快く挨拶をしてくださいました。

このあたりでは民芸と陶磁に造詣が深い本多静雄という方が活動していらして、

彼に招かれるようにして加藤唐九郎氏ら、著名な陶芸家があつまって

コミュニティを作っていらしたそうですの。

民芸館のひとつでは陶芸家河村氏三代の作品企画展で展示されていました。

ひとかかえあるラスター彩壷が綺麗だったのですわ。

棚に並べて置かれていて三百六十度から観察できなかった点は残念でした。

建物では旧井上西洋館という建物が興味深いです。

二階建てで三つの部屋があるのですが、机と椅子ばかりで生活感が

まったくありません。

明治時代西洋館は打ち合わせ用で、生活の場は和風屋敷だったという

本で得た知識確認できましたわ。

陶芸などの教室では多くの人が活動されていて、活気がありました。

豊田市近代産業とくらし発見館」は豊田市生産されていた生糸関係の展示をメインにしています

ちょうど実習室で生きたお蚕さんの展示がされていて、

いきおいよく桑の葉をはむ白い芋虫の姿が観察できました。

バリバリバリとはっきり音が聞こえることに、とっても驚きましたわ。

昔の養蚕農家はこの音と一緒に生活していらしたのですね。

2017-03-11

http://anond.hatelabo.jp/20170310114512

http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20170310114512ブコメが地味に誤解が混ざってるので細かく正していこう

フィリピン悪口はやめなさい。

フィリピン資源もの凄く豊かだよ!かつては東南アジア最大の鉱産国だったほどだよ!

今は政情不安のために産出量がガタ落ちだけどね

イギリスの例もあるよ

イギリスという、いろんな意味でとんでもねー国

イギリス産業革命を牽引したのは自国で獲れる石炭である鉄鉱石もボチボチとれていた(質はよくない)

ブコメ日本結構資源はとれていたよという例があがってるが、銅も輸出していたことがあるのがあがってないな。江戸時代オランダ相手の輸出品は最初は銀でしばらくすると銀の輸出はされなくなったというあたりは皆歴史で習うだろうが、その後に輸出されるようになったのは銅であった。

足尾銅山鉱毒事件で有名だが、その生産規模まではあまり教えられていないようだ。

いい資料があるので転載する

http://www.sonpo.or.jp/archive/publish/bousai/jiho/pdf/no_244/yj24428.pdf

明治 10 年(1877 年)の年間生産量 はわずかに 47 トンだったが、10 年後には3千ト ンを超え、その5年後にはさらに倍増する勢いで あった。 生産した銅はほとんどが輸出に回された。

そのため明治時代の日 本は、現在のような「資源小国」ではなく、銅の 世界市場で5%を占める「資源大国」だったのだ。

銅は生糸絹製品に次ぐ第二の輸出品の位置を 占めていた。日清戦争(1894 年8月〜 1895 年3 月)、日露戦争(1904 年2月〜 1905 年9月)の 装備は、銅輸出の収入によって整えたという。

足尾の他には別子、日立などの大銅山があった。

正直おじさんぐらいの年の人間にとっては「○○鉱山が閉山しました」というニュースをしばしば聞いていたものから日本資源がないというのが非常に違和感があるのである

日本にない資源といったらボーキサイトぐらいである。

アメリカボーキサイトもとれる(※今はとってない)し石油天然ガスもとれるんだよ。ズルいよな!

2015-10-29

昔を過剰に美化する人が増えてる?

もしかして昔の日本を過剰に美化してる人が増えてるのかな?と思ってしまエントリ最近いくつか見かけた。

本当に共働き必要

http://anond.hatelabo.jp/20151022043900

日本生糸品質世界一」って、明治初年なのに? 明治初年の生糸事情

http://togetter.com/li/891628

フェミニズムが「キモいおっさん」を作り出したのだから敵意が

http://anond.hatelabo.jp/20151027104900

また少し前には旅行マナーに関する話題もあった。

SF作家 山本弘先生の「日本人モラルが昔から高かったと思うな」「日本人モラルは昔より格段に向上している」

http://togetter.com/li/820665

日本人旅行者は本当にひどかった~相対的優位性という言説

http://togetter.com/li/821211

明治時代はともかく、戦後日本製品品質についても最初から高かったと思ってる人をたまに見かけたりする。実際には日本製品品質が良くなったのは1970年頃になってからで、それ以前は安かろう悪かろうだった。

戦後日本製品品質が悪かったって本当?

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13100020158

また昔の日本生産性は高かったと思ってる人が居るが、実際はそんなことはない。

(PDF) 労働生産性の国際比較

http://www.jpc-net.jp/annual_trend/annual_trend2014_3.pdf

図3-4に1970年から労働生産性の、OECD加盟国内での順位の変遷があるが、日本は18-19位だったのがバブル期に13位に、その後は現在まで21-22位で安定している(OECDの国数が時期によって違うことに注意)。

「本当に共働き必要か」のエントリでは専業主婦世帯日本に合っていたのでは?と言っている。共働きになったからいろいろ大変になってしまった、専業集世帯がメインになれば改善する、と言いたいのだろう。

このような発想が出てくるのはそのような社会形態だった頃に景気が良かったことからきてるのだろうが、実際には因果関係は逆で、景気が良かったか専業主婦が成り立っていただけである

これと似たような話として、終身雇用年功序列を復活させるべき、ということを言う人がけっこう居たりする。これも同じく経済が成長期だったからこそ終身雇用年功序列でいけてただけに過ぎない。

そもそも、日本終身雇用だったというのが幻想で、実際に終身雇用対象だった人は労働者の1割も居なかったわけで。

城繁幸さんの「伝統終身雇用」話について

http://bylines.news.yahoo.co.jp/yamamotoichiro/20141109-00040587/

ここら辺、解雇規制に関する勘違いと似ていて、日本解雇規制が厳しいと言われるがそれは大企業正社員のみの話であり、それ以外の人との格差問題になってたりするのだが、勘違いしてる人は結構いたりする。

なぜこのような勘違いが発生するかと言えば、マスコミで取り上げられるのが大企業ばかりだったからではと思う。ほんらい少数派のはずがマスコミによってさも日本代表値のように扱われ、それを信じてしまったのではないだろうか。

最近の若者終身雇用を望む人が増えている、という調査がある。今の時世では安定を求めたくなるのは当然だよね、と思っていたのだが、もしかすると皆が終身雇用社会、皆が専業主婦世帯社会が成り立ちえると勘違いしてるから、そういう意見が増えてきてるのかもと考えてしまった。

2015-10-26

日本の製糸技術歴史経緯について

NHKドラマが叩かれ気味なので、擁護してみようと思う

ちょっと調べた程度で専門家ではない

背景

もともと日本蚕糸業は国内向けだったため、品質価格国際標準に届いていなかった。

しかし、蚕病により海外生産量が減っていたこから日本生糸世界の注目を集めることになる。

また、高品質生糸よりも安価な物が求められていて、日本の低品質生糸でも十分に需要があった。(日本の糸は、海外では横浜での相場の2倍ほどで取引されていた)

品質な糸の使い道は、織物の横糸など。

織物は縦糸と横糸で構成されている。

機織りの工程では縦糸は強く引っ張るが、横糸は縦糸にくぐらすだけなので品質の悪い糸でも問題なかったりする。

年表

1840年フランスで蚕病が発生
1853年フランスの蚕病がピーク
1860年横浜港開港 生糸輸出開始 蚕病の影響で日本の輸出増
1868年明治元年イタリアで蚕病ピーク
明治3年藩営藩営前橋製糸所を開設(日本で初の洋式器械製糸所)
明治5年富岡製糸場操業開始 "官営で"初の洋式器械製糸を導入した(日本で初とは言ってない)
明治6年星野太郎前橋製糸所を参考に、水沼製糸所建設民間洋式器械製糸所)
明治11水沼製糸所製、パリ万博で一等賞金牌を受賞)

ドラマでの描かれ方

ドラマでは富岡製糸場を視察に来た星野太郎

日本生糸世界一品質」なのに

「諸外国に不当に安く買い叩かれている」

発言

水沼村に器械製糸所を作った」と紹介されていることから明治6年~の場面だろう。

・「日本生糸世界一品質

日本全体で見れば嘘。

品質であっても安いから売れていただけ。

・「諸外国に不当に安く買い叩かれている」

これは本当。

前述したとおり、海外では2倍で取引されていた。

擁護してみる

日本生糸品質が悪かったのはどうやら事実らしい。

しかし、外国人技師を招き、洋式器械をそのまま導入した「前橋製糸所」「水沼製糸所」「富岡製糸場」においては品質世界にもひけをとらなかったのではないか、と推測している。

事実星野水沼製糸所は建設からわずか5年でパリ万博でのお墨付きを得るほどだ。

あの発言星野太郎が「せっかく高品質生糸を作っても、日本の糸というだけで外商に買い叩かれてしまう」という状況に苛立ちを見せたセリフであって、(そして現地で直接取引という話につなげるためで)

脚本家が「日本の製糸技術は昔から世界一ィィィィーーーー!」という認識を与えたかった、と考えるのは少々うがった見方ではないか。

参考文献

NHK大河ドラマ花燃ゆ」(群馬桐生市 水沼製糸所跡) 生糸輸出切り開いた2人の兄弟

産経新聞ウェブ版)

http://www.sankei.com/premium/news/151025/prm1510250007-n1.html

桐生市周辺3(群馬県ホームページ

http://www.pref.gunma.jp/07/p20210002.html

富岡製糸場ホームページ

http://www.tomioka-silk.jp/hp/index.html

藩営前橋製糸所跡 - 日本すきま漫遊記

http://www.sukima.com/35_maebashi_ito/08hanei.html

星野太郎とは【日本人による日本製生糸の輸出を実現した先駆者

http://www.jpreki.com/hoshino-c/

「なぜ、日本は高品質生糸提供することができたか?」

http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~hjm_kwmr/9/spring/anma.pdf

2014-07-24

糸車に指刺されたいマン

 私の名前オーロラ今日は16歳の誕生日なの!

 生まれた時からずっと森のなかで暮らしてきたんだけど、16歳になったからお父様とずっと暮らせるの!

 今日の夜はお城で私の誕生日を祝う晩餐会。今朝出会った彼もお祝いに来てくれるんですって!

 でも、なんだろう、こう、すごく右手の人差指がかゆいの。なにか、尖ったものとかないかしら?

 いや、そうじゃない、もっと、尖った、糸車!そう、糸車の棘がいいの!

 いやでも、何を考えているのだ私。これでは変態ではないか。

 糸車。一目見るぐらいいいじゃない、なにしろ生まれてこの方見たことないのだ。そう、これは純真好奇心だ。糸車の棘がどれぐらい鋭いか確かめたいだけなのだ

 侍女の人がおしゃべりしてた。宝物庫にもお父様の部屋にもないけれど、お城の地下にはたくさんの糸車があるんだって。みんな、ずるい。私に隠れてこっそりみんなで糸車の棘に刺されて楽しんでるんだ。

 ひたひたひた。人の目を盗みながら、冷たい廊下、薄暗い階段を駆け下りて、ここが地下室か。

 地下室の扉を開けると、そこには。

 一面、ガラクタクズ山があった。

 よく見たらわかる、いや見ないでもわかる。あれは糸車の残骸だ。ひどい、一体誰がこんなことを。私が糸車に指を刺されないじゃないか。

 なんとなく、ここにはもう指に刺さるような糸車は残っていない気がしたけれど、私は涙目でうろうろと山の間をさまよう。ないか、糸車、きっと1台ぐらい無事なのがあるんじゃないのか棘。ぐすっ。

 あった。それもとびっきりぴかぴかの。これですよ、これ。見た瞬間、グッときた。

 私は駆け足で糸車に近づく。そうして右手の人差指をゆっくりとその棘に

 待て私、何かこう、これはとてもいけないことではないか?怪我をするとかではなくて、何か大変なことが起きたりするんじゃないか?

 3人のおばさま方も言っていた。母さまは糸車に刺されて死んでしまったの、だから生糸車に近づいてはいけないんだって。ほんまかいな。

 がし。悩んでる間に勝手に伸びていた右腕を左手で懸命に止める。沈まれ私の右腕!

 だからそう、これは糸車の棘に刺されてもなんでもないということを証明するための!行為なの!カガクですよこれから時代

 しかし、たまらんですよ糸車の棘。なんかこう、そそるものがありますよね。あれで右手の人差指を刺したらきっとすごい幸せになれる気がする。

 糸車の棘。いけない。お父様。糸車。わたしなまえはおーろら。とげ。いとぐるまのとげのみぎてのとげのひとさしゆびをとげのいとぐるまのわたしはいとぐ

 そして私は糸車の棘にそっと指を押し当「そぉい!!」

2014-03-25

三四郎」以降、東大生活を描いた小説がない

今更ながら、夏目漱石の「三四郎」を読んでみた。

私見だが、夏目漱石三四郎文壇で評価され、「日本近代文学の祖」になった理由は、案外単純な理由な気がする。

三四郎に描かれてる帝国大学学生模様が、文壇主流派にとって『インナーな話』で懐かしかった」から

小説本来の価値」以上に過大評価されたのではないか?

分かりやすく書くと、文壇大御所たちも東京帝国大学の出で、だから夏目漱石三四郎は「東京帝国大学物語」で、心地良かった。

それまで「東京帝国大学物語」を書いた作家はいなかったから、その意味では夏目漱石の目の付け所はシャープだった。

よく考えたら、東大生の日々を描いた小説って、「三四郎」以降、存在しないんじゃないか?

小説じゃなくマンガなら「東京大学物語」があるが・・・

東大生自身にも責任があるが、東大OBは、「三四郎」みたいなリアルな「東京大学物語」の小説化を怠ってきた、

から世間から余計に東大は誤解されてしまう。

一方で、ライバルである京大は、最近鴨川ホルモー」で登場したりしてるのが羨ましい。

実際、東大舞台小説は後森鴎外大江健三郎しかないようで、このままでは世間東大は「江川達也マンガ世界」と誤解しちゃう

※いや、東大の様子は、東大OBの「私の履歴書」を断片的に繋ぎ合わせれば、判るかな?

今の東大って、マジョリティ理系なんですよね。

三四郎時代東大は、あれはあれで趣きはあるが、工学系統が全く描かれてない点で今の東大とは別物。

今の東大の過半数は工学部なのはまり知られてない。

せいぜい生糸工業と綿紡工業しか日本になかった三四郎当時の東大工学部と、現代東大工学部で、「プレゼンス」が雲泥の差なのは当然。

・・・東大理系の日々実験な、「地味~」な日々を描写した小説って、ないのかな?

2013-01-28

http://anond.hatelabo.jp/20130128155348

小学生にしても、養蚕はもはや「明治日本養蚕生糸工業工業しました」という

歴史教科書の中だけにしか存在しないシロモノ」になっていて、実際の蚕を見たことある小学生は、数%もいないだろう。

歴史教科書に出てくるなら、覚えりゃいいんじゃねえの。

絹はカイコの吐く糸から作りますカイコカイコガっていうガの幼虫で蚕と書きます…くらい小6なら別に知っててもいいだろ。

小6じゃなければいつなら妥当と思ってるのか知らんけど、後で改めて習うより、もの覚えのいい年齢なんだから歴史教科書に出てきたついでに漢字なんか覚えちゃえばいいと思うけど。

「蚕」の漢字小学6年生で習う必要あるのか?

子供小学校3年生)が漢字検定5級(小学校終了レベル)を2月3日に受けることになった。

10月時点で6級(5年生終了レベル受験)に合格したのだが、さすがに5級は「手強い」。

5級の問題集やらせてみても、なかなか合格レベル(70%)に達しない。

6級までの場合、「小学校3年でも聞いたことある言葉に関する漢字」の出題だから

まだとっつきやすいのだろうが、5級の場合

小学3年だと、聞いたことない言葉に関する出題」だから、非常に難しい。

例えば、「皇」「后」「陛」などは、天皇制学習しないと、その字を用いた2字熟語などを知らない。

「裁」なんて字もそうで、小学校5年だか6年だかの社会の授業で、「政治裁判の仕組み」「歴史」を

学習してからでないと、これらの字の意味は判らない。

3年生だと、これらの字を覚えるのに、ハンディがあるのは、まあ、仕方ない。

逆に言えば、ちゃんと「どの字を何年生で教えるべきか?」というのは、

他の教科(社会理科)の進捗とリンクさせて考えているのだろう。

理科リンクしているようだ。「磁」とか「宙」とか、磁石宇宙の仕組みを学習しないと

 とっつきにくい字も6年生時点で学習する。)

ということで、大半の漢字については、

「これらの字を、6年生で習うのは、まあ当然だろう」という字が並んでいるのだが、

唯一「この字は小学生が習わなくてもいいのでは?」と疑問に思った字があった。

それが「蚕」という字。

多分、終戦直後の時点、当用漢字常用漢字を制定した時点では、

まだまだ日本養蚕業というのは重要産業だったので、

小学校レベルでも、蚕の字は、習わなくちゃならない」ということで、蚕の字を小学生漢字に指定したのだろう。

当時としては、それはそれなりに合理性があったと思うのだが、それから60年以上経過して、

国内養蚕産業は、殆どゼロ伝統工芸重要文化財レベルにまで落ちてしまった。

小学生にしても、養蚕はもはや「明治日本養蚕生糸工業工業しました」という

歴史教科書の中だけにしか存在しないシロモノ」になっていて、実際の蚕を見たことある小学生は、数%もいないだろう。

そういう状況下で、「惰性」で、蚕という字を小学生学習漢字に指定し続ける意味って、どれだけあるのか?

養蚕業界生糸業界が、蚕の字を小学生漢字に指定し続けるように、文部科学省圧力を掛け続けている」という

陰謀論を唱えてもいいのだが、そもそも養蚕業界生糸業界って、もう圧力持ち得ないほど弱体化しただろう・・・

このように、「重要性は失われたのに、惰性で当用漢字に指定され続けている漢字」って、他にもあるのでは?

 
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