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はてなキーワード: 手書きとは

2024-07-24

全部AI絵なのに「どれが人間の絵でしょうか?」って並べて、反AI社会的地位を落としたい

手書きにこそ命が宿るとか言ってるバカ共の世界ランク落としたい。

2024-07-22

anond:20240722215324

昔、「実家の古い倉から人肉食の場面と思わしき絵巻物が見つかった」っていうスレ2ちゃんねるに立って

結局スレ立てたやつの手書き釣りだったけどみんなで本気で考察してて面白かったわ

2024-07-20

anond:20240720092007

いや関係はあるぞ

トップ層のクオリティの高さは裾野の広さ(=人口)に比例するわけだからAIの影響で絵を手書きする人の数が減ればトップクオリティも落ちる

なぜ日本野球は強いのにバスケは弱いのかみたいなのも結局裾野の広さが大きな要因のひとつだし無視できる要素ではない

でもそもそもイラストレーターってそんなクオリティ必要か?ってのもあるからどうでもいいことかもしれないが

anond:20240720041706

電話交換主が不要になった以上、電話交換主という仕事役割にしがみつく奴にはさっさと消えてもらいたいでしょ

  

手書き絵師もそれと同じ

2024-07-19

anond:20240719213657

ハンコ文化を憎む人ってなんなの?

履歴書手書きをなくそうとする人ってなんなの?

お前が言ってるのはこれと全く同じ

anond:20240719122427

わかる。

ネット活動してる反AIの連中はひとり残らず自己中のゴミクズから相手したこともないwww  

町中でダンボール手書き文字デモしてる連中ならまだマシかもしらんけど、反AIでそういう連中はまだ見たことないなぁ。  

なんにせよ、反AIキチガイ

ダイエット効果出てきた嬉しい

クソデブ女です。

5月に測ったら体重80キロ超えてて焦ってダイエット開始

あすけんで食事管理フィットボクシング、隣駅まで歩く生活続けて現時点で8キロ減!

まだまだ社会的にはデブだけど周りからは痩せた?って言われる!嬉しい

今までもガチ食事制限したりキツすぎる筋トレですぐ痩せようとして精神を追い込みすぎたせいかす挫折してたけど、今回はゆるい内容のおかげか継続できてる

私みたいなズボラでやる気のない人間はゆるダイエットじゃないと続かんわ

せめて標準体型になれるまで頑張ろうと思います


(追記)

コメントありがとう嬉しい

引用方法いまいちからいか手書き


・間食について

→前は毎日夕方菓子パン食べたりグミ食べたりしてた

今は夕方つまみ食いやめて、どうしてもお腹減ったらミニトマト食べてる

たまに菓子パンとかアイスも食べてるよ〜我慢しすぎると続かないなと思ったので!


・停滞期について

→ここ2ヶ月で2回停滞期来た!3〜4キロ痩せるとピッタリ体重動かなくなるのモチベ下がるけど、なんとか頑張ってる

この先さらに痩せにくくなっていくんだろうな〜と思うけどめげずに続けますありがとう

anond:20240718003647

いやいや、ヤマト2199も当時は、

「絵柄がオタクこびして女が無駄に増えて無理」とか、

古代が森連呼恋愛脳になってキモイ」とか、

「島が空気になっててえこひいき露骨」とか、

真田さんが技術馬鹿無能にされた」とか、

「他を差し置いてヤブにあれだけの話数割く必要があるのか」とか、

CGになって手書きの迫力や魅力がなくなった」とか大概な評価だったぞ。

どれだけ俺が「過去ヤマトと見比べても、今風にアレンジしつつヤマトらしさはある」って言っても、

「お前のヤマトへの理解が浅いからそんなふうに見えるんだ。お前はヤマトを二度と語るな」って言われたぞ。

まじで当時は周りに味方がいなかった。

後、当時流行ってた艦これ赤城のなりきりアカウントが、

ガミラス空母運用に物申したことにブチギレた奴を見たこともあったな。

とにかく当時はそれくらい外野がうるさかったよ。

絵描きだったが最近は長いこと絵を描いてなかった、でもAIのおかげでオタ趣味に復帰できた気がするのでAIにはちょっと感謝している。

<誰?>
<なぜ描かなくなった>
そもそもオタ趣味とは?>
AIに手を出してどう変わった>
  • 単純に「俺はこういうの好き!」が非常にやりやすくなった。英語打ち込むだけで簡単に出したいキャラエロ絵が出てくるもんね、AI様々。急にドラえもんひみつ道具が実現した未来にきたみたい。
  • 休み中にも次はどういう要素を入れようか…こういうポーズは作れるのか…と昔好きだったキャラたちのことを思い浮かべて構図を練ってたりする。忘れてたこういう感覚
  • 自分が参加している界隈はかなりおっさんだらけで古いキャラでも結構反応がある。なんあらすでに鬼籍に入られている作家さんの作品を作り続けてる人もいてある種の執念を感じる。
  • 一応自分で描いた落書きスマホに指で描いたようなやつ)を元にしたAI絵も作ってみるけど、貼るときは「自分は絵も描けるんだ」みたいな態度は絶対に匂わせないようにしている。トラブルしか生むまい、身バレ怖い。隠さない人もいるけど。
  • というわけでこれまでずっと見る専だったのが、最近は絵を貼る側として参加できるようになった。のめり込みすぎて家族最近スマホいじりすぎだと怒られてるので少し冷静にならなければと思うくらい。でも楽しい
著作権侵害とか>
絵師特権とは>
  • 正直絵を描くことを趣味としていたおかげでネット上でちょっと特別扱いされてたとは感じる。
  • 「これが好き!」というのを言葉表現すると普通に警察呼ばれそうな嗜好でも、それを絵で表現すると「神!」「素晴らしい作品です!」「ずっとその作品ファンでいて!」と反応が違うからね。こっちは実益(ズリネタ)を与えてるので対価をもらっているようなもんではある。
  • AIでそれがなくなったか?と言われると、まだまだ手書きの方がずっと強いと感じる。自分の絵に関して言うと昔々の本当につたない初期の絵ですらごくごくまれネット掲示板で見かけたりするが、AI絵はこっちがどんなに傑作だと思ってたものでも転載されてるのは見たことない。
  • 現在AI界隈はみんな表現者になれることに夢中で、実は他人の絵なんて流し見して保存してないのだろう。AI絵は絵の価値が非常に軽い。
ネットの思い出>

2024-07-18

anond:20240718193429

今のままだとそうなるだろうね

手書き絵師が諦めて生成AI使った創作に移行するか、生成AI絵師を根絶やしにする暴力行為遂行するかしない限り変わらないでしょう

anond:20240718193429

ai人間って区切りいるか?何割の工程手書きしたらaiじゃないって決められないだろ?

生成AI推進派なんだけど、ちょっと危機感出てきた

AIイラストしかオリジナルメインでフォロワー数万とかのアカウント最近ちらほら見るようになってきてちょっと危機感出てきた。

作品クオリティーはAI手書きは並んでいくけど、集客力に関しては手書きが圧倒的に強くて、だから手書き絵師は(今でもそうなりつつあるけど)インフルエンサー的側面で重宝されていくんだろうなと漠然と思っていた。

ただ、こうもAIイラストでウケている人が出てくると集客力すらいずれ奪われてしまうんじゃないか心配になる。

AIイラストって、怪しいところ全部エフェクトキラキラロゴ吹き出しで隠したら手書き判別つかんよな。

anond:20240718104759

キャラクターデザイン知識センス必要からセンスのない自分で生成するよりプロ(手書きAIかは問わない)に頼んだ方が…だけど

Live portraitみたいな静止画自然に動かせたりするのが使えるようになるとLive2Dモデラーとかの方がなくなりそう

2024-07-14

活版印刷bpsで表してほしい

世界史を習うと活版印刷画期的だったと教えられるがいまいちピンとこない。

手書きよりは面倒が少ないだろうが、木版印刷との違いはよく分からない。

まり情報伝達スピードが上がったということなのだからbps定量的に表してほしい。

インターネットと比べることで現代情報処理量の異常さも実感したい。

AI論争に便乗して絵を売ろうとしたら大失敗した

タイトル通りです。三行でまとめると

*金目当て

限界絵師

*墓穴

です。

  

私は本アカフォロワー1000人強、Skeb依頼1か月1件あるかないかのミドサー未婚Twitter絵師正規雇用歴なし、企業からの依頼実績複数あり)です。

この自嘲が冗談にならないほど後がないことに30歳からずっと焦っていて、でも同人エロ絵のサブスクで食べていくのは絶対無理なので思想に手を出したら完全に失敗しました。

ちなみに本心ではAI出る前でもクソコラとか無断加工とかデザパクは結構ありましたし、そういった法で裁けない悪が出る度に絵師注意喚起してスパブロレイドする文化が今も受け継がれているので普通にAIが出ても今とあまり変わらないと思ってます。今もそういう空気は根強いですしオタクは強い。

  

そもそも私は10年以上Twitterをやっている女オタクなのでAI論争によく似た絵描き学級会を色々見ています

それこそ、アナログに比べてデジタル絵は温かみがないだとか、液タブ使ったら上手くて当然とか、絵柄パクみたいな今では笑い話みたいな騒動も。

言い訳にはなりますが、スカイプ時代によく作業通話していた絵師無断転載自演でバズってフォロワー数を増やし、商業作家になったところをかなり近くで見ていたので影響を受けていたのかもしれません。

  

私は、ミミック炎上した時に「AIに詳しくはないけど私もこの騒ぎでバズって盲目信者を獲得しよう、そうしたら絵の依頼が継続的に増えるはず」と考え、完全な営利目的AI規制派として声を上げました。

具体的には

過激発言をした直後にAI規制派の人にいいねを付けて回り、RTさせる

*まだあまりバズっていなさそうな生成AI関連の話題を探して広める

*生成AIを徹底的に児童ポルノ著作権法違反に結び付ける

*言い返せないマジレスが来た時、言い負かされると界隈の信用に関わるので相手犯罪肯定しているということにして感情の話で非難をする

フォロワー数多くて精神不安定規制絵師相互になる(皮肉にもこれが一番効果あった)

といった活動をして、フォロワー数を伸ばし、一時の感情で金落としてくれる人を味方につけ、定期的にSkebリクエストを貰ってポトレに出せる実績を作る・・・という算段だったのですが

  

    ジョジョの奇妙な冒険

信 者 は 金 を 落 と さ な い

  

おかしくないですか!?

Skebの告知を何回もしているのに、RTされているのに、バズったツイにリプツリー下げても殆ど依頼が来ない。

だいぶ前にSkeb納品した絵が依頼者の宣伝ツイでバズって、思想とは完全に無関係な方々からたまに立ち絵を依頼されるようになったくらいで、それ以外の依頼が本当にない。

というより、攻撃的な話が苦手からミュートされているのか今まで来ていたタイプVtuber版権絵の依頼が殆ど来なくなってしまった。

版権絵はSkebの二次創作公認が消えたからかもしれないけど、とにかく本当にそういう層からの依頼が激減した)

自称AI絵師から結構誹謗中傷を受けてるとこを引用で見せても「応援してます!」とか、「負けないでください!」といった同情系の依頼は一切ない。ツイートするだけ。

何なら一回「筆折りそう」って言った時も依頼はなかった。

誤算すぎて、ほんとただ名義汚しただけになってしまってるんですけどマイナージャンル同人と同じくらい撤退が難しそうでもうずっとこのままだと思うとどうしたらいいかからない。

そもそもこの名義捨てると積み上げてきた実績も捨ててしまうから捨てられなくて。

  

絵師を守れ!って言ってる人、本当に絵師に筆折って欲しくないって思ってます

たった3000円も出せないのに?

というか「AIのせいで絵師が」っていう層が多い筈なのに、支部エロサンプルは見るしいいねするのにサブスク継続支援する人少なすぎません?

フォロワー増えてからPixivR-18ランキングは前より高い順位に入るようになったけど、ファンボには相変わらずお金が入らず困っています

というか1回支援登録してすぐ外す人が最近とても多いです、多分これ過去絵遡って閲覧か保存してから消えてますよね?これ絵を盗むAIとどう違うんです?数百円入れるだけマシって事?背景も手描きしてて一枚に最低12時間は掛けてるのわかってやってるんですか?それともこれもAI絵師仕業なんですか?

結局この人たちの「絵師を守りたい」は「ストーリー性のある絵や漫画無料公開してくれる人が居なくなると困ります」なんだなぁと思って夜中に病むことが増えました。

ファンボックス支援者や入りもしないSkeb見なきゃいいだけって言われたらそうなんですけどね、絵師人間もので。

手描きで30年本気で描いて、絵以外の全ての人生捨ててるのに月10万行かないってどんな気持ちか分かります?ほんと惨めで陰謀論でもなんでもいいか世界破滅してくれって暴れたくなりますこんなはてなかい絶対批判しか来ないことしか知らない触ったこともないサイト編集画面に6時間も張り付いて怒ったり号泣したり自嘲しながら思ってること全部書いてるくらい。

  

あと最近は反AIイコール陰謀論みたいな印象がAI云々言ってない界隈でも強くなってきている気配を感じていて、この空気が何とかならないと企業からの依頼がもう二度と来ないんじゃないかという不安もかなりあります

企業依頼って名前売るチャンスではあるけど結構厳しくて、依頼されたキャラの細かい設定まで完璧に守ったポーズと表情と姿の絵を何個か案出さなきゃいけなくて、グッズ販売までに絵師騒動起こしてグッズ無くなったら即見捨てて打ち切りみたいな契約結ばされるんです(私は殆どそうでした)

ぶっちゃけ、相当有名でない限り契約したイラストレーター燃えたところで代わりはいくらでもいる世界です。

から企業はもう今後どれだけ私が絵のクオリティを高めようとリスクの塊である限り私に依頼しない気がしてます

AIに前向きな企業が増えてきましたし、そういう意味でも。

  

自分軽率な行動で将来が完全に断たれた気がして、本当にずっと後悔しています

最近フォロワーAI絵師先見の明なし!って煽ってましたが、たぶん先見の明は私の方がないです。リスクを何も考えていなかったんで。

  

  

  

AI絵師手書き絵師自称しすぎて信ぴょう性がないので、私の絵師としての情報を添えます

同人炎上を売名手段に使う絵師はたくさん居ますし、この程度の情報でバレたら逆にすごいのでフェイクは入ってません。

ぜんぶ絵師の人が見たら絵師だと分かる情報なので、これが本当に事実バカすぎる自滅した高年齢手描き絵師の話だとわかってくれると信じてます

本当に絵師に筆折ってほしくない人、身近な絵師お金を払ってください。お願いします。

  

ペンタブWACOM(液タブに紙の書き味のフィルム貼ってる。板タブは表面削れて手垢で黄色くなるまで使った)

使用ソフトクリスタPRO(年額、レイヤーカンプ目当て)。数年前までSAIGIMPデジタル最初期はアズペ2

*絵で一番使う機能クリッピングとCtrl+Z

クリスタのよく使うペン:ちょっぴりえっちな描き文字ペン/主線も水彩も厚塗りも一本でやるry

*今一番欲しい画集:VISIONS2024

最近一番描くのが難しかったキャラフリーレン(横髪が輪郭を誤魔化せないので毛量と長さ増やして描いてた)

*肌と影の間に入れがちな色:オレンジ寄りの赤(細かいストロークで境目をぼかすように)

*好きなSkeb依頼:TRPGや定期ゲーなど創作系の立ち絵で、1つのキャラ服装・表情差分を繰り返し依頼してくれてTwitter絵師IDつけて紹介してくれる人

2024-07-12

anond:20240711142237

イラレ手書き時間かかるもんなあ

単発仕事は双方にとって辛いし、結局は顧問的な雇用がいいよな(副業ありで)

2024-07-11

anond:20240429185618

>顕著なのはテクスチャで、衣類の毛羽立った感じとか、建造物の表皮表現とかは、AIが取って代わって問題ない箇所だと思うし、そういうパーツの開拓は進んでいくはず。

>絵を描く時間の大多数ってそういう属人性の少ない箇所だから手書きしてる人は淘汰対象だと思う。

生き残れそうな人でなんか安心した

2024-06-30

anond:20240630011809

プリズム加工でA5サイズの五万円札に後醍醐天皇を据えたりとか、

極彩色卑弥呼様が描かれた全面和紙手書きの百万円札とか、そういうプレミア紙幣を数倍の値段で売り出せば国庫も潤うと思うんだけど、やらないのかね。

2024-06-29

底辺ボカロPだが、いい加減AI絵を使わせてくれ

最近オリジナル曲MVを作るために著作権フリーイラストを探してて

自分の曲にこれ以上ないぐらいドンピシャ作品を見つけて「これだ!!」って思ったんだけど

よくよく調べたら見てみたら、いわゆる「AI絵師」の作品だった・・・てことがあったの

いや、俺もAI絵の判別には多少自信あるつもりんだけど、それでも見誤ってしまった

正直このレベルになると、もはや手書きの神絵師と一切見分けがつかない

普段ココナラ有償イラスト発注もしてるんだけど、多分このレベルクオリティを求めたら数万円は軽く飛んでいく

でも、現時点でAI絵を使うことには抵抗がすご~くある

現状、ボカロMVAI絵を使うのはマイナスしかならんから

AI絵を使ったってだけで異常なレベル拒否反応を示すであろう人間が、この界隈では圧倒的に多いんだよな

単に「ダサい」と言われるだけでも音楽をやってる人間からしたら致命的なのに

クリエイティブへの冒涜」だの何だの、あらゆる言葉を尽くしてボロクソに叩かれる未来が目に見えている

同業者に言われるならまだしも、無産の人間にまで言われるのは意味が分かんねえよな

こちとらお前らより誇張抜きで数千、数万倍の時間を物を作る行為と向き合ってきてんのに

ネットで反AIだの、"反"反AIだの、生半可な知識議論にも満たない罵り合いをしている連中は見るに堪えんが

「いい加減AI絵使わせてくれ・・・」とは思うんだよ

自分クリエイティブの補助になるツールがそこに存在していて

しかもそれは法で認められていて

ただ使ったら使ったで、よくわからん人間いちゃもんを付けてきて

そこから更によくわからん罵倒合戦に発展して

誰も曲のことなんか気にしちゃいね

・・・結局のところ、これが言いたいだけなのかもしれない

「俺の曲を聴いてくれ」

2024-06-22

亡き父が残した謎

実家一人暮らしをしていた父が、先日亡くなった。

心不全やら脳梗塞やら一気に引き起こし入院していたのだが、年齢的にも回復するには厳しかった(80歳代半ば)のか、徐々に衰弱してそのまま眠るようにして息を引き取った。

父が亡くなった後、遺品整理をしていたのだが、奇妙に感じる点がいくつか出てきた。

・父の財布に手書きメモが残されていた。様々な演歌歌手曲名が書かれたリストだった。

 ⇒演歌歌手を縦にずらっと並べて、それぞれの横に(   )が書かれていて、そのカッコの所へ後から曲名を入れていっているような感じ。

・父の財布からタクシー領収書が出てきた。

 ⇒入院する5日ほど前に、タクシーを使ってどこかへ出かけていたようだ。4000円程度だったので、そこそこ遠い場所へ行っていたことになる。

 ⇒タクシー会社に連絡して行き先を問い合わせてみたが、日付が古いので調べられないと言われた。

・父が入院している間はずっと病状が思わしくなく、そのことを自分でも察していた父が、「カラオケとか行って遊んでたから、バチが当たったのかもな」と、ぼそりと呟いたのを覚えている。



父が入院するまでは、毎晩20時頃になると、私とラインビデオ通話で軽く会話することを習慣にしていたのだが、その際の会話の中で「カラオケに行っていた」という話は一度も聞いたことがない。

ということは、昼間の間に、私には内緒カラオケスナックのような場所タクシーで通っていた? ということなのか。

最初はそんなふうに思っていたのだが、さらに奇妙な点が出てきた。

・父が亡くなって1ヶ月ほどした頃、父の携帯に、登録されていない番号からの着信が2件入っていた。

 ⇒こちからかけ直すと、女性が出て、父とは知り合いだと話していた。「入院したと聞いているのだが、今どうされていますか?」という確認電話だったようだ。私は、女性の素性がよくわからないので、父が亡くなったことは伝えずに、「まだ入院しています」とだけ答えておいた。

・父の預金通帳確認すると、父が入院する3ヶ月ほど前からATMで30万円ずつ6回に分けて出金している履歴が残っていた。

 ⇒父が3ヶ月の間に合計で180万円出金していたのであれば、実家にそれなりの現金が残っているはずだが、10万円ほどしか見つからなかった。



ここから推理して、父はカラオケスナックのようなところで女性と知り合いになり、そこで詐欺のようなものにあっていたのではないかと考えるようになった。

真相が知りたいのだが、これ以上どうやって調べたらよいのかわからない。

女性携帯番号はわかっているので、そこに電話して事情を聞き出したいのだが、もしかしたら詐欺師とかかもしれないので、これ以上関わるのにも抵抗がある。

そこで、増田に集う優秀な方たちにお願いしたい。

「こういうふうにして調べたらよいのでは?」とか、「他にこういうケースが考えられるのでは?」とか、何か思いついたことがあれば教えてほしい。

2024-06-18

発達障害水泳平成不況リーマンショック、30代

・これは何か

私の半生を占める水泳と、それがその後の人生に及ぼした影響について整理するために書いた記録である

なお、当時は強いストレス下に置かれていたため、詳細を思い出せなくてぼんやりしている部分もある。

・なぜこれを書いているか

私は現在休職状態にあり、ADHDの診断を受けたところである

精神科に通いつつ、投薬とカウンセリング治療をおこなっている。

そしてカウンセリングを受けつつある今、自分がいまこうなっていることの底にはあまりに苦しかった水泳記憶があり、それを直視することは避けては通れない道ではないかと思ったからだ。

(先生に直接「直視しろ」と言われたわけではない。ただ、「あなた言葉あなた感情をひとことも説明しませんでしたね」、と言われ、その原因を自分で考えていたら、勝手にそこに行き着いたという話である)

正直に言えばそこに目を向けるのはめちゃくちゃ嫌で、前回のカウンセリングを受けてから2週間くらいメソメソメソメソメスティーソ泣いていたのだが、友達と遊んで少し息抜きをしたらちょっとした気づきと癒やしがあり、なんとか気力を振り絞れそうなので書いてみた。

水泳のこと

3歳から高校2年まで水泳をやっていた。

早いうちに才能を見出され、小学校1年か2年くらいでヘッドハンティングのような形で選手育成クラスに移った。

当時、肉体にすごく負荷を掛ける練習方法流行っていた時代だったから、シンプルに肉体的につらかった。スパルタが主流で、体罰は当たり前だった。

楽をしようものならコーチにも怒鳴られ叩かれ全員の前で吊し上げられた。そこまでは周りのみんなと条件は変わらないのだが、私の場合母親ほとんど毎日練習を見にきていて(それほどに熱心な親は他にはいなかった)、仮にコーチに怒られなくても、母親の目から見て私のパフォーマンスが悪ければ、そのことを帰りの車の中で詰められる日々だった。

行き帰りは車で母親に送迎してもらっていたが、車の助手席に乗り込むと母親の「今日練習について」の裁判が始まるので、毎日まるで犯罪を犯して法廷に立たされるみたいだった。キツい負荷の練習をこなしてやっと家に帰れるのに、すこしも安らいだ気分になれなかった。

でも、私は無理にでもやらせればやらせただけ、負荷をかければかけただけ、結果が出せてしまタイプ人間だった。

父親も叔母もスポーツ学生時代成功した経験があって、家系としても肉体的に優秀だったのだと思う。

それが母親成功体験になってしまい、尻を叩けば叩いただけ結果が出るという思い込みを強化したふしがおそらくあるんじゃないかと思う。

長期休みに入るたび、朝夕2回の練習では足りないと別のプールに連れて行かれ泳がされた。この習慣は我が家では「こそ練」と呼ばれていた。

ただでさえキツい練習をしてるので嫌だったが、嫌がれば母親から「速くなりたくないの?」と頷くまで詰められる。

こうやって追い込めば追い込むほど結果が出たので、母はどんどんエスカレートしていった。

極め付けはようやく出来始めた友人関係破壊されたことだった。

中学に上がると、小学生選手育成クラスから中学クラスに上がって、ここがジュニア女子選手としては一番上のクラスだった。その上に、高校生の男子さらにその上澄みだけが入る、一番練習ハードクラスがあった。

いま振り返ってみると、私はかなり発達障害的な特性のはっきり出た子どもであり、周りと関わるのがかなり下手だった。だから、キツい練習を何年も毎日一緒にこなしてきたというのにチームメイト連帯感を育めなくて、ずっと浮いていた。浮いているのに才能だけあったから、周りからすると目障りな子どもだっただろうと思う。選手育成クラスというだけあってそこそこ実力主義ではあるので、幸運にもいじめられこそしなかったが(あるいは特性上あまり他人に興味がなく嫌がらせに鈍感だっただけかもしれない)、やっぱり浮いていた。私は人生を通してずっと普通になりたい、と漠然と願ってきたが、その願いはこういう環境のなかで醸成されてきたように思う。

(ちなみに、当時どのくらい浮いていたかというと、なんか男子たちが私に話しかけるのを何かの罰ゲーム一種として扱っているな、と気づいたことがある程度には浮いていた)

けれど、ここで話の合う友達ができたことで、この一瞬だけ練習に行くのが楽しかった時期があった。

私はもともと才能があったので、中学生のクラスを受け持っていたコーチにも期待されていたし、たくさん話を聞いてもらえて、私自身もコーチのことを頼れる大人だと思っていたし、期待に応えたいと思っていた。信頼関係を築ける大人との出会いがここであった。だから、このクラスちゃんと私の記録は伸びていた。

だけど母はその伸びでは満足できなかった。

母にはいわゆる白雪姫の母コンプレックスみたいなものがあって、私が楽しそうにしていると不安になる性質だった。不安を感じやすく、その解消のために誰をどれだけ振り回しても良いと考える傾向があった。

私が楽しんで練習に行き始めた時、母は不満だった。私が苦しんでいないから、きっと負荷が足りないのだと考え、「娘の才能が無駄に消費されている!」と強く不安を感じたのだろうと思う。これでは速くなれない、と母は考えた。

そして、「上のクラスに上がりたいと言いなさい」と母は私に強要した。

私はかなり嫌がった。もともとジュニア女子が入れる中で一番上のクラスではあったし、せっかく話の合う友達ができたのに、その子たちと話せなくなってしまうことも嫌だった。先生の期待を裏切ってしまうことにもなる。すごく抵抗があったことは覚えている。

母は私に、「あん肥溜めみたいなクラスにいたら、あなたダメになってしまう」と言った。

嫌だった。泣いて抵抗した気がする。あまり覚えていない。でも、最終的には「上がりたい」と言わされた。コーチはショックを受けていたと思う。でも最終的には上のクラスコーチに頼んでくれて、私の(母の)要求は通った。

中学1年の女子高校生の男子クラスに入れられて泳ぐことになった。毎日階段をまともに降りられないくらいの筋肉痛になった。まわりはひと回り年の違う高校生の男子しかいないので、友達と話せる機会は減った。肉体の負荷は上がるのに、心の支えは何もなくなり、ただ苦しかったしつらかった。

私が苦しんだので、母の不安は解消された。

そして、精神とはうらはらに、私の肉体はそれに応えた。

実際に大幅に記録が伸びた。一緒に泳いでいた高校生の男子より私は上のタイムを叩き出し、彼らにもよく頑張ったと認められた。中2のころにはジュニアオリンピックで決勝に残り、関東中学で優勝し、全国でも10本の指には入った。国体にも県代表で選出された。県で私より速い選手はいなくて、私がベストを出せばその度に大会新記録、県の新記録だった。母はこのことについて、自分が尻を叩かなければ結果が出せなかったはずなので、自分の手柄だと考えた。

注意して欲しいのは、これらの成果を私自身もまた喜んでいたこである。才能や能力があると見做されることは、特性持ちの人間にとっては他人から受けるマイナス感情を弾く盾にもなる。母の手柄は、私を絞り上げ、苦しめて作り上げられたものであるが、同時に私を守るものでもあった。

あなたは結果で他人を黙らせなさい」というのが、母の持論だった。母は私のために、心を鬼にして私を苦しめていたはずである。叩けば結果が出ることがわかっていたのだから

この頃から試合合宿遠征先に行くと、夜中にこっそり抜け出して、当て所もなく歩き回るようになった。特に裏道や暗い道を選んで歩いた。いま考えると、間接的な自傷だったと思う。酷い目に遭いたかった。私という価値が一気になくなってしまうくらい、誰かに酷い目に遭わされたかった。母が守る『私』という価値と、それに伴う苦しみが分かちがたく結びついていたために、母の目の届かないところで地味な自傷行為に走っていたのだと思う。

体に傷を残すようなことはできなかった。そんなことをした日に母を襲う衝撃と、その衝撃の余波を受ける自分のことを考えたら、とてもではないが無理だった。

しかし、こういう無理は続かないものである。ほどなくして精神的に破綻して、泳げなくなった。中3の秋ごろだったように思う。喘息悪化させ、負荷のキツい練習から逃げ、最後は何か喚き散らして家に帰り、そこからしばらく練習に行けなくなったように思う。詳細は覚えていない。

だけど、そこで辞めるには水泳は私の人生で大き過ぎた。人生の大半を占める一大事業に等しかった。だからそこから高校2年の夏まで、通うスクールを変えて足掻きブランクを取り戻し、記録は少し伸びたし、インターハイにも出た。

ただ、大学受験に切り替えるならこの辺りがタイムリミットだった。結局、わたしはここで引退して受験に切り替えた。水泳のために自分学力よりかなり下の高校に行ったので、辞めてから予備校漬けになった。

受験勉強は圧倒的に楽だった。体の負荷も消えたし、学業自分特性から見ても結果の出しやすい分野だった。あまりにも結果が出やすくて、母も不安にはならなかった。躓きや苦しみも多少はあったが、水泳で受けたそれとは比べ物にならなかった。この時期、私と家族はかなり明るく過ごした。

大学には簡単合格した。願書を出した大学ほぼ全てに受かった。

とにかく家を出たかったので、その名目が立つ大学を選び進学した。

ここから水泳を辞めた後の話に入る。

友達が作れない、学業に身が入らない問題が出る大学1年目

ひとり暮らしをはじめて、やっと手に入れた自由を楽しんだ。でも1年目、ぜんぜん他人との関わり方がわからず、友達が作れなかった。小中高と水泳にかまけていて、相変わらず発達特性的な部分で学校でも浮いていたし、そもそも自分偏差値より随分下の学校に行った(水泳にはリレーメンバーの都合がある)ため、頭の程度が均されている環境でほかの人間と接して友達になる機会がまったくなかったのだ。県大会で何度も優勝し、実家に腐るほどトロフィーがあっても、友達の作り方がわからなかった。この時点で、私の能力は社交性に比して随分歪だったと言えると思う。

ひたすら学校と家を行き来して、家ではゲームばかりやっていた。

1年の後半の方になってようやく所謂オタクサークルに入って、対人能力に似たような問題を抱えた人たちに出会い、それでやっと少し友達ができた。ここから就職活動が始まるまでは、楽しく過ごせていたと思う。彼氏もできた。

とはいえ、あまり成績は良くなかった。勉強したいと思って進学したはずなのに勉強に向かう気力が湧かなかった。どころか、水泳を辞めたことが傷になっていて、「どうせ最後には全部台無しにする、水泳だってあれほどつらい思いをして人生を捧げてきたのにそうやってダメにした」と囁く声が頭から離れなくて、あまり集中できなかった。

漠然と、卒業したら死のうかな、と思っていた。

就活ができない問題が出る大学3年生

学業もそんな感じだったので、いざ3年になってもぜんぜん就職活動を進められなかった。というか授業もギリギリラインだった。

振り返ると、つらい思いをして思春期を生き延びた先に、ようやく手に入れたご褒美としての『自由』がたった4年で終わることに全然納得が行っていなかったんだという気がする。他の人たちは将来を考える精神の準備ができていたのに、私には何もできていなかった。こんな人生の先に、また何十年も続く苦痛が待っていると思って、絶望感があった。

就職留年

このあたりのことはぼんやりしているが、就職活動が出来なさすぎて就職留年した。ちょうどリーマンショック東日本大震災の影響があった時期で、特に女子就活は周りを見渡しても厳しかった。なので就職留年という言い訳は通った。

でも、留年したのに就活全然ちゃんとできていなくて、とうとう親が乗り込んできた。希望する企業の傾向は決まっていたので、母親マイナビリクナビエントリーする企業を選んでくれて、エントリーシートや履歴書に書く志望動機などの文章としてこちらで考えたら、それを母が手書きで代筆してくれたりして、こんな大学生はおそらく他にいないなと思うほど過剰にサポートしてもらった結果、なんとか書類選考が通るようになり、面接を受けたりと就職活動らしいものを進めることができた。

面接が苦手すぎて苦戦はしたが、なんとか内定をもらった。たた、周りがちゃんとこなせていることも自分にはろくすっぽできないとわかって情けなかった。

卒論が出せなくて2度目の留年

このあたりもぼんやりしている。夏くらいに内定が決まって、そこからしか全然ゼミに行かなかった。いや、たぶん特性的に並行してふたつのことができないので、就活中はゼミにも授業にも行けていなかった気がする。内定が決まった後、バイトしろと言われてしていて、必要な授業の出席とバイトくらいはしていたが、ゼミに出てないので卒論が当たり前に書けなかった。英米文学専攻なので卒論英語で書く必要があった。ぼんやり決めたテーマがあるくらいしかなくて、そのまま冬になった。ちょっと書こうとしたけれど当たり前に書けなくて、でもそれを就活を熱心にサポートしてくれた親には言えなくて、卒論提出の日に失踪した。1〜2週間家に戻らず、銀行口座の金が尽きたら死のうかなくらいの気持ちでいた。漠然と死のうと思っていたし、その時が来たのかと思っていた。

結局親に口座の金を引き上げられて、無様にも死ねずに戻った。怒られ、殴られ、彼氏にも心配をかけまくり、色々あったとは思うのだが、この辺りの記憶ぼんやりしている。

ひとり暮らしの家を引き払い、実家カンヅメになって母親監視のもと卒論を書いた。足りない単位のための授業とバイト以外の外出はさせないくらいの感じだったと思う。

ひとり暮らしの家を引き払った時、この時も家がゴミ屋敷になっていたので、ゲーム依存病気だと親に疑われたが、ゲームは単なる逃避行動で、やれない環境であればあっさり辞められた。振り返ってみれば、何らかの支援の網に引っ掛かっておくタイミングがここだったような気がする。ただ、スポーツで結果を出し、世間的には良い大学に行ったような人間が、ゲーム依存なんかで病院に罹るのは外聞が悪い、という意識がなんとなく家族全員にあったのか、結局ここでは必要だったであろう支援とつながることはできなかった。

この環境でなんとか卒論を書いて卒業した。就職は結局バイト先に拾ってもらうかたちになった。

新社会人として

もう一度実家を出てひとり暮らしをはじめた。

働き始めるととにかく眠かった。ひたすら眠かったことを覚えている。仕事でも会議でも寝てしまい、怒られて、怒られたあとは体が一時的闘争反応というか覚醒状態になるので、それで過集中を起こし仕事を進めてなんとか巻き返す、みたいな感じだったと思う。昼に寝てしまうので夜は眠れなかった。その悪循環で昼にまた意識を失った。

本当は病院に行くべきだったと思うが、家に帰るとその気力もなかった。家の電球が切れて、ほとんど暗闇だったのにも関わらずその家を引っ越すまで電球を変えられなかった。1年以上真っ暗闇で生活した。歯が折れて激痛でも病院に行けなかった。ぎっくり腰でも行かなかった。ゴミ屋敷はここでも生産された。

この時期私は相当な困難を抱えていた気がするけれど、同時にどこか安心しているような部分があった。自分価値がこうやって毀損されていくことに対する「ざまーみろ」という気持ちがあった。ちょうどこの頃、母親と完全に連絡を遮断して、実家と絶縁状態になった。直接のきっかけはなんだったか覚えていない。ただ、自分価値ボロボロと溢れ落ち、人生ダメになっていくことについて、母親への不健全復讐欲求が満たされるように感じていたのは覚えている。

この状態を5年くらい続けて、3つくらいの現場経験した。就職先は人売りのSESだった。

コロナ禍でリモートワークが開始する

これは自分にとって大きな転換点だった。寝ているところを他人に見られないのでストレスが大幅に減り、なんとか自分が起きていられる時間帯に仕事を進め、眠りたい時は寝ていることができた。とても褒められた就業態度とは言えないが、それほど能力的なハードルが高い客先でなかった幸運もあって、なんとか巻き返しが効いた。この時期が一番平穏だったように思う。この現場自分にとって一番長く続いたし、終わり方も案件ごと終了ということで円満だった。

この現場が4年くらいで終わり、本社に戻ることになる。

本社に戻る。眠気の問題ふたたび

リモートワークが終わり片道40分くらいの通勤生活が数年ぶりにスタートする。10年近く戻っていなかった本社に知った顔はほとんどなく、コミュニケーションが得意そうな子たちの若い顔が並ぶ。すでにこの時点でうまくやっていけるか不安ではあった。

自社開発の案件アサインされるも、やはり眠気の問題が復活し、怒られる。仕事客先常駐とは違い、粒度の粗い仕事を上手いことやっておいてというような感じで振られるため、勝手全然からず、先の見通しが立たない。作業をうまくこなせず、進捗が出せない。学歴スポーツの成績だけ見れば能力はあるはずだと思われているので、サボっていると見做される。寝てるよね?なんでコミット全然出ないの?

年次だけは無駄に高いので直属の上司もおらず、まともな相談先もなく、周りの子たちは若くてこんなことを相談できる相手ではなく、結果誰にもうまく頼れずにひたすら信頼を失い続け、頼みの綱だった週1回のリモートワークも許可を取り消される。

社長から新卒みたいなことを注意させないでくれる?」と言われる。怒られて、闘争反応になった勢いで、なんとかメンタルクリニックの予約を取った。

そうやって通院治療を開始したのが、2023年10月ごろ。

日中の眠気、夜の不眠、集中困難、ゴミ屋敷などの問題が主訴。

これらの問題は通院治療を開始したところでたちどころに解消するようなものでもないので、年末年始休みを挟んだ後、ボツボツ休みが増え、雪崩れ込むように職場に行けなくなって休職開始。

心理検査(WAIS-Ⅳ)の結果、言語理解ワーキングメモリ・処理速度の間で有意差50を超えた。言語理解・知覚推理凸、ワーキングメモリ・処理速度凹のタイプだった。

この結果と、現在社会生活が送れていない実態をもって、5月ごろにADHDと診断された。

現在は、投薬治療カウンセリングを受けている。

・総括

概観してみると、今の私を状態説明する要点は、下記のようなものであると考えられる。

特性を持って生まれ子どもが、いわゆる体育会系世界に入れられ、なまじ才能があったがために、支援 Permalink | 記事への反応(21) | 22:15

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