はてなキーワード: 謳歌とは
ChatGPTが警察の捜査に利用されるようになって3年が過ぎた。
犯罪捜査の様相は一変した。たとえば殺人事件であれば、被害者のプロフィール、小学校の卒業文集、その事件が起きたときの天気や気温・湿度・風向き、株価や直近の内閣支持率などを入力し、さらに被疑者のリストを示せば、AIは犯人はこの中の誰が犯人ですと教えてくれる。待ち構えていた警察官がその人物を逮捕して捜査は終わりである。
事件発生から解決までの時間は圧倒的に短縮され、迷宮入りという言葉はもはや死語になった。人々はこれを支持した。そういえば治安もなんだか良くなったような気がする。街に笑顔が戻ってきたような気がする。四六時中近隣住民に怒鳴り声をあげていた近所のおっさんもいつの間にか姿を消した。聞くところによれば「身に覚えがない、俺は無実だ」と叫びながらパトカーに押し込められて行ったらしい。おっさんの行方は誰も知らない。
もちろんAIは完璧ではない。故人、明らかなアリバイがある人、警察関係者や政治家などを犯人として挙げるといったありえない結果を出すこともある。その場合は質問が間違っていたということになり、プロンプトは正しいと思われる結果を出すまで何度も修正された。警察庁の幹部はこれを「人間とAIの理想的な協調関係」と自画自賛した。OpenAI社は当初抵抗していたが、幹部が数人逮捕された後は完璧な沈黙を守っている。
週刊誌の報道によれば、警察は人員削減の圧力に対抗するため犯罪予測活動に精を出すらしい。これもまたChatGPTの賜物で、犯罪が発生しそうな場所と日時をAIに予測させ、警察官を派遣し、犯罪が発生したところで現行犯逮捕するのである。犯罪が見つからなければ、それは犯人が計画性を持って犯行を隠匿しているということになり、捜査員が増員される。かくして社会はますます安全になり、また警察官はほどよく忙しい状態が保たれるというわけだ。
近頃は裏社会で改名アドバイザーが人気だと聞く。どうやら名前の文字の並びに特定の特徴があるとChatGPTはそれを人名だと認識できなくなるらしく、明らかな犯人であっても――AIにそのような思考があるのかどうかは疑わしいが――ChatGPTは名指しを避ける傾向があるらしい。ニューラルネットワークに祝福された理想の名前を求め、ヤクザや半グレは三顧の礼を尽くしてアドバイザーの事務所に列をなしている。アルゴリズムが変更されたら彼らの顧客は一網打尽にされる可能性が高いし、そうなったら彼らは生きたまま東京湾に沈められることになるだろうが、彼らもそれを知った上でXデーが来るまでは我が世の春を謳歌している。これもまた人生である。
ところで先ほど来客があった。相手は警察官で、私が3日後に起きるコンビニ強盗事件の犯人である可能性が極めて高いため、しばらく私の自宅の周囲を監視するらしい。強盗などする気はまったくないと一笑に付したくなったものの、AIがそう宣託を下すのであればきっとそうなのだろう――否、そうしなくてはならないのだろう。私はたった今フルフェイスヘルメットと包丁をAmazonのお急ぎ便で注文したところだ。
病気なおるといいすね
2023-05-26
ブログ・増田・ブックマークの記事やブコメ等で紛糾する場面は多々あるかと思います。
大抵は一ヶ月程度で何もなかったかの如く振る舞えますが、それでは収まらない方もおられるでしょう。
武力による現状変更は御免被りたいですが、SNSのトラブルを暴力によって解決するのはコンプライアンス的にも非常に正しいと思います。
あと、『はてな』と『暴力』という字面の並びが面白いと思いませんか?
具体的には『紛糾した当事者同士が身体を作り込んで殴り合うマッチングサービス』というモノです。
適切なルール(武器使用急所攻撃ありのMMA)に基づく殴り合いの為に各種トレーニングジムに通う事が要求されますが費用は『はてな暴力』運営からある程度拠出されるので、お金に余裕のない方にも安心です。
増田やブコメで拗らせた結果『低能先生』化する前に『はてな暴力』を利用し、ぜひ健全な肉体と精神を維持して下さい。
憎いアイツのエントリーやブコメに因縁や論難を吹っかけたいと思った事はありますか?
はてなID不要かつ一万字で好きなだけ好きな記事にコメントをする事が出来ます。
ただし、ブックマーク出来るのは株式会社はてなのコンテンツに限られます。
またはてなIDにログイン済の場合、極めて高い確率でアカウント名が表示される匿名投稿サービスとしては致命的なバグを修正せずにそのまま仕様として実装してあります。
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適切なルール(武器使用急所攻撃ありのMMA)に基づく殴り合いの為に各種トレーニングジムに通う事が要求されますが費用は『はてな暴力』運営からある程度拠出されるので、お金に余裕のない方にも安心です。
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バイトをしない学生。毎月3000円のお小遣いと、お年玉の数万円。金遣いが荒いほうなので使い方を考えないとすぐに無くなってしまう。
小学生が当たり前にスマホを持ちネットに触れるようになった今、私は小学3年生からスマホを所持していた。
1年か2年経った頃、TikTokが流行り出す。当時は情報・エンタメよりも「踊ってみた」が主流で、フィンガーダンスがその最たる例である。
齢11歳のガキのおすすめに流れてくるのは、各教科で担任をしてほしいYouTuberだの、陽キャに馬鹿にされた芋女が本気出してあっと言わせる創作だのいかにもな動画ばかりだった。
そして、次にガキのおすすめを牛耳ったものこそが、幼き私の価値観を変えたものである。
2020年初頭、自粛期間ということもありアニメ等のオタク文化に大きくフォーカスが当たった。私もそれに感化されて話題のアニメをチェックするようになる。
それとリンクするかのように推し活文化が今でも続く大ブームとなる。
1.5倍速の音源に、フリフリの服を着て、髪を巻いて、同じ絵柄の大量の缶バッジをつけた痛バッグを持ち歩く可愛い女の子たち。元々"かわいい"が大好きだった自分にとってはとても眩しく見えた。私もああなりたい。
仲の良い友達も同じ事を思ったのか、某歌い手界隈でグッズを集めだした。小学6年の話である。
私は、流行っていた某ラブコメアニメの女の子のグッズを買ってみることにした。
タペストリー3000円!?高いなあ…お母さんにお願いしよう。缶バッジとアクスタはお小遣いで買って……
この頃はまだ「好きなものを1つ買う」程度だった。
推し活ブームは終わることなく、むしろ日々勢いは増していく。当然目にする機会も増える一方で、某ラブコメアニメへの熱も冷め気味だった私はとあるゲームのリリースを知った。
名前は伏せるが、ネットにいる人なら1度は聞いた事のあるであろう大人気某リズムゲームだ。
キャラクターへの愛故なのか、はたまた痛バッグへの憧れか。
私は同じ絵柄のグッズを大量に集め始めた。中学1年生の話である。
リリースしてから最初に行われたイベントでランダムノベルティが配布された。600円のドリンク1杯につきステッカー1枚。当時グッズはこれしかなかったので、このステッカーを大量に集めることにした。
推しはまあまあ人気なので定価以上や抱き合わせは当たり前。それでも欲しくて欲しくてたまらなかった、つまり理性が失われていたので、1枚600円の紙を1200円〜1800円で集めた。集まった枚数は18枚。正確な数字は忘れたが多分25000円くらいした
。
当時中学1年生のガキが、1,2ヶ月で紙に25000円使うのはどう考えても正気じゃない。
関西住みの私はイベントのためだけに親にお願いして東京へ行ったのだが、その頃には配布が終了していたし、せっかくの東京で親を外に待たせた。端的に言ってクソ。
イベントはめちゃくちゃ楽しくて烏滸がましくも良い思い出になった。
それからも理性の終わった推し方は変わらず、数カ月して出た缶バッジも大量に買おうとしたのだが、ここで大きな問題が起こる。
一丁前に無限回収とか言って買取を募り、色んな募集ツイートに声を掛けて約束を取り付けた。当然抱き合わせもした。
そんな身勝手な悪行を親が見過ごす訳もなく、とうとう「もうお小遣いはあげられない。お金が無い。」と言われ、払うはずの金額を思い出し、怒りのような焦りでギャンギャン泣いた。ピーピー泣いた。必死な抗議も虚しく。
結局集めた缶バッジは全部売った。
予定よりも発送や入金が大幅に遅れ、たくさんの人に迷惑をかけ、0:100で私が悪い状況が本当に本当にしんどくて、今でもこの事を思い出しては自分を殴りたくなる。
この先手に入る予定の不確定なお金で約束事を取り付けるのは絶対にやめよう。
こんな事がありつつも収集は辞めず、あるお金の範囲で30個とか40個とか買って、憧れの痛バッグを組んで友達と遊んだ。フリフリの服も着た。
楽しいオタクライフを謳歌する一方、収集オタクの9割がぶつかる悩みに直面した。
そう、集めるまでがめちゃくちゃ面倒臭い。
探すだけじゃない。リプを返したり、DMを送ったり、抱き合わせだのお断りのリプだの弱いオタクはMPを消費し疲れてしまう。
飛ばされる取引、レート、そもそもブラインドであることへの怒りが湧く。
1週間通学中のバスでずっと交換を探していた事もあった。
色々削って貯めたお小遣いで買うのに、進んで面倒なことをするのか。
届いて開封した時の嬉しさはこの上ないものがある。楽しい。でもその一瞬以上の楽しさはこの先無い。
周りには90個も100個も集める人がいる。大切なお金で集めた40個が、自分の中で「大したこと無い」と思ってしまったらどうしよう。
遊びに行ったり、趣味を探したり、自分を着飾り自己肯定感を上げることだって出来るだろう。
私は進行中の取引を全て終わらせ、取引用アカウントを消した。熱が冷めた訳では無い。今でも大好きなキャラクターだ。浪費する時間やお金と自分の幸せが釣り合わないと結論づいたに過ぎない。
今でもグッズは買うし、痛バッグを持ってお出かけしたりアフタヌーンティーを楽しんだりもする。最近は浮いたお金で映画を見たり適当に散歩して買い食いしたり新作のスイーツを食べたり。
「これが1番正しい」かのような語り口になってしまったがそんな事は全くなく、某歌い手を推していたオタクは現在別界隈でグッズ収集をしていて、聞くと「ブラインドという文化が楽しくて好き」だそう。
交換とか面倒じゃないの?と聞いてもそれ含めて全部を楽しんでるらしく、何が正しいかを議論するならこれが1番正しいのだろう。もちろん全員が全員この考えに至れる訳では無いが。
こんな経緯があったからこそちゃんと働いて、人によっては学業とも両立して集まったグッズを並べる「生誕祭」を見た時の尊敬は以前よりも増した。もちろん、お小遣いを削って出来る範囲で頑張る学生も。
余談ですが、交換って競走みたいなもんで、今声かけなきゃ誰かに取られる…!みたいな焦燥でつい買ってしまいますよね。
大学時代の友人が39になって結婚相手がいないとめちゃくちゃ焦っている。
友人はその時に「まだまだこれからもっといい人が現れるかもしれないのにw」とか「女の人生は30からなのにその時期を子育てのために捨てるなんてありえないw」とかさんざん小馬鹿にしてきた。そして自分は華の独身生活を謳歌していた。自分のためにひたすら働き自分で稼いだお金を自分に全部使って好きな演劇を見たり男と付き合ったり別れたり海外旅行に行ったり。SNSで彼女のそういう投稿を見るたびに少し苦い思いをしていた。
その間に私はいろいろうまく行かない時期もあった夫婦生活を乗り越え、子供も作ってヒーコラ言いながら育てとりあえず小学校には上げた。
そして今、キャリアも作って好き放題やってきた彼女は結婚したくてひたすら焦っている。
だが彼女はもう39だ。今更自分よりも価値の低い男とも結婚できないし将来性に期待できるような男も残ってない。
たまに彼女に会うとちゃんと家庭を築いている私のことをうらやましいなどとこぼすようになった。どうして頑張っているのに私はそうはなれないのだろうと嘆く。
彼女は11年分の時間を全部使って自分だけの価値を高め、そしてその自分の価値に縛られ苦しんでいる。
あんたがそうしている間に、私は夫と子供のためにも時間を使ってあんたがうらやんでる家庭ってもんを築き上げてきたんだよ。アリtoキリギリス知らないの?
おまえはそこでかわいてゆけ。
内容は二十年前のアニメかな?と思う様な美少女達がてんやわんや日常を謳歌するのに終始するという、昨今の価値のある物語や迫力のアニメーションや強烈なエロスを期待すると特に何も得るものが無い題材
キャラクターの造形は地に足ついてる印象とキャラクターテンプレ感が1人のキャラ内に両方が内包されていて他の作品と比べるとアイマスっぽい感じに見え、男キャラは全員モブ顔で美男子が得に登場せず、敵に至っては物語開始前に大規模作戦があって活動休止中で出てこない。
物語の流れは1話をAパートBパートに2分割した上で最後に1分程度のCパートを重ねるという1クールで2倍満足できる構成で、個人的にはギャラクシーエンジェルという朝のアニメを彷彿とさせる内容。
因みにソシャゲもあるけどそっちの出来もアニメと同じくらい古い感性のオタクにチューニングされていて流行の最先端にいる作品ではないが長く支持しているファンがいたりする。
そんな何もかも20年前なセンスで何でこれが令和の時代に作られ、放送されるに至ってるのか全く奇跡だなぁと思うアニメ
アリス・ギア・アイギス EXPANSION、通称アリスギアEXがマジで面白いというよりは懐かしいというかホッとするというか温かいほうじ茶感凄いからお前ら試しに一回は見ろ
アマゾンプライムビデオで最新話以外無料で観れるしニコニコ動画とかにもある
「ソーシャルゲームのアニメ化」だから元ゲーム知らんしなーってまず思うじゃん。
大丈夫。
だって、ゲーム原作遊んでなくてもアニメのギャラクシーエンジェルは楽しく観れてたじゃない。深夜アニメだと「ヤミと帽子と本の旅人」とか原作エロゲー遊んでないのに観てたし。
何よりもゲーム原作の話を追体験とか全然やる気ない作品なので尚更大丈夫大丈夫。
で、この作品のウリなんだけど
主人公はアニメオリジナルキャラクターの「高幡のどか」というキャラクターで。ウマ娘のアグネスデジタルみたいな女です。
主人公がデジたんみたいな汚物なんすよ・・・。なるほどそう来たかって感じ。
世界観なんだけど、人類の敵である機械生命体が存在していて、人類は地球から脱出して数百年かけて銀河系を半周ほどぐるりと宇宙船で旅をして
機械生命体に勝てるだけの技術力を獲得して、女の子だけが使える超武装で機械生命体達と戦ってるって世界観なんだけど
アニメの直前に大きな戦いがあった結果、アニメの期間中は敵が出ないだけでなくゲームのプレイヤーキャラクターが何かやらかして戦闘作戦の営業停止しているって設定で
頭空っぽにして笑って投げっぱなしのギャグを美少女がわちゃわちゃしてるっていうそういう、和むアニメと言うか
疲れないアニメなんですよ。
今のコスパとかタイパとか重視する現代人にとっては観ても得るものがないって思われるとじゃあウマ娘や鬼滅やガンダムやプリキュアなんかの話題作だけ観るわサヨナラーってなりそうだとは思うんだけどさ
肩肘張らずに、なんかこう、古いなー懐かしいなーって
このままだとおそらく結婚はできないだろうし、そこまで結婚したいとも思わないが、このまま独身を貫いて中年になったとき、精神を正常に保っていられる気がしない
結婚している人がみんな正常とまでは言わないけど、既婚=他人と共同生活を送れる精神性を持っていることや、既婚者に対する世間的な評価から、自分が未婚であり続けることのメリットが見つからない
一人の時間を上手く謳歌できるタイプなら独身でも楽しいかもしれないが、自分は孤独を感じる時間が長いと、好きなことをしていても内省が始まって、最終的に落ち込む
色々拗らせて気持ちが弱ってしまったら、他人を攻撃して悦を浸ったり、過激思想に染まったり、何かにすがったりするのではないかと不安になる
人と生活を共有するのも、一人でいるのも苦手だなんて、終わってるな
「ひとりで静かに過ごせる時間」ってワードは差別性を孕んでる。
「黒人を見かけないで済む時間」とか、「車椅子にぶつからないで済むエレベーター」と同じ。
あなたが今ひとりで静かに過ごしてる場所は、赤ちゃん連れを排除してるからこそ成立してるんだよ。
自宅の自室だって、例えば緊急時、地震津波のときなんかには譲れる機会があるかもしれない。
お互いに寛容になる。それが社会だ。
厳しい事を言うけど、未来の子育てにつながる努力を学生時代にしてこなかったのだから、まずせめてカネは出すべきだし、当然赤ちゃんや子連れ、家族づれを受け入れるべき。
それとあなたは社会のために自分を『無敵の人』にしないような努力をしなくちゃならないよ。
恋愛以外の人間関係の記述は少ないが、もし仮に人間関係もすべて絶って真のおひとりさまを謳歌してるならば、それは本質的に危険だと忠告する。
無敵の人は社会の潜在的なリスクだ。あなた自身から社会を守れるのはあなただけだ。赤ちゃんたちの笑顔を思い浮かべてくれ。彼/彼女たちを泣かさないために、最大限の意思を振り絞る責務がある。
子どもがいることでいろいろ共通して見えることもあるから、そういうことを話し合える友達という点で言えば子供ができてから疎遠になった人と付き合いを取り戻したり、ママ友を構築したりというのはありなんだろうな。子供の成長に関する競争なんかもある反面、子連れじゃないとわからないことも共有できるという面もあると思う。
逆に、独身の友人と遊ぶのに子供は邪魔だし、友人も毎回子守させられるのは大変なので子どもが小さいころは託児所なりに預けるという選択になるだろうな。欧米だと子供を託児所に預けて夫婦の時間を取ったり、自分の時間を取ったりするのは普通のことみたいだけれど、日本だと理解されない考え方かもしれない。
これまで連絡してこなかったのに子供ができたら掌を変えて連絡してくるのをどう思うかは増田が考えることじゃなくて、相手が考えることだと思う。それをけしからんと思うなら、なんだかんだ理由をつけて断り、会うこともないと思う。増田が勝手に遠慮することでさらに疎遠にしているだけにしか見えない。
子どもがいない友人たちのほうがこれまでの延長線上で付き合えるから増田的には楽なんだろうけれど、増田がそうやって気楽さを謳歌する中で、友人たちは心から楽しめるかが疑問。きっとこっちのグループの人とはだんだん疎遠になると思う。世の中には欲しくてもできない人がごまんといる。まあ、そういう時に子どもの話されると削られるんだよ。
親になって変われるところは、子どもがいないとできない体験ができることかなと思う。子供の通う園や学校を軸に知人・友達ができたり、子供の習い事ついでに自分も習ってみたりというのは子どもがいないとできない経験だと思う。元増田はそういう扉が開いていることももっと見たほうがいいと思う。
...ということを書きながらWhen one door of happiness closes, another opens; but often we look so long at the closed door that we do not see the one which has been opened for us.という言葉を思い出した。
数日前、Twitterでスープストックが新たに打ち出した施策に対する大きな反響があった。
内容を要約すると「独身女の安らぎの場というコンセプトを投げ捨て子持ち主婦にターゲットを変え収益体系を見直した」というものだが、詳しくはこちらを見てほしい。https://www.soup-stock-tokyo.com/story/sst.babyfood202107/
それに対して独身子なし女が「無銭乞食主婦共に安息の地を奪われる」だの「赤子とかいう爆音泣き騒音汚染テロリストに店を占拠されたくない」だの「回転率が下がるからやめろ(なお本人は長居する)」だのまぁ世のお母様方とお子様に対して非難轟々。極めつけには「わざわざ"ライフステージが変わったお客様へ"って書くことはそれを変えないことを敢えて選んだ私たちは客じゃねぇのか」などとファビョる始末。
そもそも運営側が0歳から100歳までご利用いただける場所つってんのに独身喪女がメインターゲットだと思い込むのが傲慢だと思わんかね。働いてようが彼氏はいようが趣味に生きてようがそんな考えしてる時点でてめぇ1ミリも偉くねぇから。
そんなんだから膣無事無惨様とか子供部屋未使用おばさんとかクロワッサン症候群患者とか言われんだよ。
所詮大衆向けチェーン店で独り身女の居場所があるとか思ってる方が間違ってる。あ、男にとっての吉野家や二郎系ラーメンは別な。男は永遠に独り身だろうが寄生しないと生きていけない非力なノミ虫女とは違って問題なく生きられるし誰かしら捕まえて種撒いとけば繁殖の義務は果たせるので。
そうだよ。人間がいくら文化的な動物だろうが価値観の多様化が進もうが腐っても生物なんだ。哺乳類という生き物である以上オスとメスで子を殖やして種を保存するのが使命なんだ。
なのにお前らみたいな態度だけでかい独身クソ女はなんなんだ?何が自由だ?何が仕事一筋のバリキャリだ?何が性の固定観念からの解放だ?笑わせるな。
生き物としての責任を果たさずに羊水腐らせてるような老婆なんかより適齢期にしっかり子供産んで育ててる女の方がよっぽど偉いに決まってんだろ。
店側だって、生き物として正しい生き方をしてる客の方を優先するに決まってる。お前らみたいに歪んだ自由を謳歌してる奴なんか結局少数派で取るに足らないんだよ。大多数の正しい方に照準合わせるのは当たり前だろうが社会のゴミカスが。ニッチな客層に媚びるよりもそっちの方が儲かるからな。
仕事してれば偉いとか思ってんじゃねぇぞドブ虫。
ここまで色々言ってきたが、私も結婚出産は絶対にしない選択をしている。
何故なら咄嗟に言葉がうまく喋れず自分の思い通りにならないと殴って無理やり言うことを聞かせるから。
何故なら子宮が人より小さくてうまく機能してないとのことだから。
何故なら結婚することによる不幸を味わうくらいなら一生一人でいたいから。
上記の問題点を抱えている時点で既に遺伝子ガチャには失敗してるんだから、早く淘汰されるべきだよね?
子ができないのには理由があるんだよ。劣等遺伝子を残されたところで、社会にはなんのメリットもない。
遺伝子が劣ってる人間が未婚子なしになるのは当然だし、そんな奴らにも人権が与えられるなんてことはあってはならない。
スープストックを安息の地とか言ってるような毒女は遺伝子ガチャでハズレを引いてるんだから、早く店から、社会から、この世から出ていけ。
生物の義務を果たさない劣等遺伝クソアマは、30までに見込みがなければとっとと殺してしまえばいいのに。
①清廉潔白なイメージの役者・アイドルで売り出して群を抜いて人気を集めるようにするが、陰で薬物やギャンブルに溺れるまくる
②金や女にグリーンなイメージの国会議員として颯爽と上位当選し、陰で金と女を欲望のままに自分のものにする
③超一龍企業で悪どく出世を勝ち取りどうにか社長に上り詰めたら、陰でヤクザとか暗殺者と手を組みこの世の春を謳歌する
以上!ガンバ!!
子のあるなしで女性の価値観に深い断絶ができてしまうんだなと改めて感じさせられた。
今ちょうど自分はどっちの気持ちもちょっと分かる立場にあって、悩ましく思っていることがある。
周囲の友人も大体そんな感じの人たち。というか、子どもができた人とはちょっとずつつかず離れずの距離感になっていって、半分くらい残ったメンツで遊んでいた。
みんな仕事は忙しいけど役職ついてる子たちもいたりして、平日夜に飲んだり休日にお茶して長話したり。イベントに一緒に行ったりする友だちもいた。
だけど最近いよいよ出産するならラストチャンスくらいの年齢になって、自分も子を産んて育休に入った。
正直、子ども一人の世話くらい仕事がなければなんとかなるだろうと思ってた。
実際なんとかはなってるんだけど、なかなか友人と遊びにいく時間まではとれない。
24時間必ず誰かが子を見ていないといけなくて、そうなると私が遊びに行っている間は夫の時間が完全に子のことで取られる。
どうしてもって時はそうしてもらってるけど、じゃあ休日に友だちとお茶するためにそれを頼めるかというと、週に二日しかない休みのうちの半分をくれとは言いづらい。残りの一日で家事とか買い出しとかやらないといけなかったりするし。子どもがいると、家事をしている裏で育児をする人が必要になるんだね。
そうなるともうなかなか友だちとは会えないんだよね。多分この状態が10年は続くよね。
自分に子どもがいないときは、子どもがいる人にあんまり頻繁に声かけたら迷惑かなって思ってた。
実際、今の自分も遊びに誘ってもらったら10件中9件は断らざるを得ない思う。でも今正直猛烈に誰かから誘って欲しい。いや誘われて断るのは申し訳ないし面倒くさいんだけど、誘われなくなって存在を忘れられたらと思うと恐ろしい。あんまり動けないから自分からは誘えない。
でタイトルの件に戻るんだけど、既婚子なしの友だちにはまだ後から声を掛けやすい気がしている。今までみたいに、旦那さんが甘いもの食べないタイプの人とアフタヌーンティーに行ったりとか、休み休み誘える自信がある。
自分より先に子どもができた人に改めて声を掛けるのはそれよりもちょっとハードルが高いと感じる。これまで積極的に声をかけたりしなかったので、自分の立場が変わったからといって急に態度を変えるのは申し訳ない。
そして独身子なしで人生を謳歌している人にはもう、数年もしたら「どちら様ですか」って言われそうな気がしている。この先も、子の様子や帰宅時間とかを気にしないといけない私と敢えて遊ぶメリットが少なくとも私には思いつかない。
人生の諸先輩方はみんなどうやって自分の交友関係維持してるんですか。
家庭第一になるから遊ばなくても平気になるよっていう意見は今はあんまり聞きたくないかな。
子を産んだことは全く後悔していません。自分の命より大切なものができて、毎日を感動しながら生きてる。
でもさ、できることなら今まで持っていたものを失わなくても済む方がいいじゃん。
自分はいわゆるゆとり世代。2013年度新卒。希望通りでは無かったが、特段苦労する事もなくトントン拍子で中堅の会社に就職した。周りをみても、就職活動の苦労は、第一希望の業界や会社に入社することは出来ないがどこで折り合いをつけるかだった。無い内定の友人達は、どうしても希望の職業に就きたいか、モラトリアムを延長したいかと言った感じ。
モラトリアムを謳歌した友人達も、自分で何か始める、または数年遅れですんなりと就職。
一方、自分の親はバブル世代で、自分が逆立ちしても入れない企業たちから囲い込みされてその中の一社に入社したらしい。親の就活話しを聞くと、羨ましくて自分達は苦労したものだと思っていた。
ちなみに母親は新卒時に超大手企業に勤めていたため、子育てが終わってからの再就職も経験を買われた為、用意だったらしい。
会社に入ってからは、いわゆる氷河期世代の人達もいたが、自分達や親世代と同じようだと思っていた。たまに飲み会で当時の就活苦労話等も聞いたがイマイチよくわからなかったし、今思えば、彼らは氷河期でも勝ち組の人達だったんだなと思う。
しばらくして、違う事を経験してみたくなり退職。職業訓練校に通う事になった。
訓練校では生産管理を学んでいた。クラスメイトの構成は、バブル世代3割、ゆとり世代3割、残りは氷河期世代だった。バブル世代の面々は、リストラにあった人もいたが、子育てが終わり早期退職し、今後はゆっくりしたい人や現場から管理職へキャリアアップしたい人達だった。一方のゆとり世代は、自分のように違う事を経験したくなった人、モラトリアムを味わいたくなった人、結婚を機に退職した人、フリーターから正社員を目指す人々だった。
自己紹介で今までの経歴を話すのだが、もちろんゆとり世代は学生に毛が生えた内容だった。
驚いたのは氷河期世代で、華やかな経験を持つ人達もいたが、就職に失敗しその後派遣を転々としているとか、40代過ぎてバイトの面接も受からないだとか、就職を諦め今まで資格取得の勉強をしてたが年齢的に諦めたとか、ブラック企業を超える漆黒企業で長年勤め身体を壊したとかだった。
今まで、正直、氷河期とか言ってるけど結局は自己責任じゃないか?と思ってたが、こうも世代が偏ると明らかに不平等さが際立っていた。
氷河期世代の人達は愚痴っぽく、ゆとり世代の呑気さや、バブル世代の経歴について、よく愚痴を吐いていた。気の毒だとは思ったが、話を聞くのは正直辛かったし、氷河期世代で無くてよかったと思った。
訓練校生の就職活動は、ゆとり世代は若さを買われ、バブル世代は経験を買われトントン拍子に進んでいった。
氷河期世代は、漆黒企業の専門職経験者以外は、苦労していた。若くも無く、経験や技能を持たないものは選ばれないのか。
見ていて辛くなったが、どうする事も出来なかった。