「過剰反応」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 過剰反応とは

2018-07-20

anond:20180720002745

男が言ってもなんらおかしくないと思うが。(男はいつまでも少年みたいななコピーもあることだし)

フェミ叩きサイトとか見てるうちに過剰反応が出るようになっちゃんたんだろうな。

2018-07-19

anond:20180719080250

単純に28度の曇りの日だったと分からなかっただけだろ。

はてブ日本全国同じ気温だと思ってるアホが多いから。

東北でも福島山形は気温上がりやすいが、宮城は大した事ないよ。

つーかあれ、むしろ過敏になり過ぎてて過剰反応して全然大した事ない子を救急車に乗せてしまっただけの事例だと思う。

単に立ってたか貧血起こしただけって子も多そう。

30度超えてすらいないのにこれで外活動禁止しろ!なんて言ってるのもいるけど

それだと沖縄なんか半年以上外活動出来んなw

まあ普段から体育辞めろとか運動会辞めろとか言ってる類なんだろうけど。

2018-07-17

anond:20180717223112

政治家って言ったって1人のおっさんじゃん。

面白おかしく揚げ足をとるマスコミがいるだけで。

教師だってだっていつも正しいことを言うわけじゃない。人間だもの

から誰かの一言過剰反応するのはやめようよ。

自分の心のままに自由に生きよう。

2018-07-15

街中の音楽過剰反応する人たち

昨日、今日と俺の住んでる田舎町で例祭があったわけだが、

神輿山車とともに練り歩くお囃子に対し、

うるさいとの匿名の苦情が毎年のように市役所やうちの町内会に寄せられるそうだ。

年末辺りから町内会行事を手伝うようになって、

その流れで他所町内会の人たちとも会話することが増えたんだけど、

町内会によっては全く苦情が来ないところもあるみたいだった。

ちょっと気になって調べてみたら、苦情が寄せられてる町内会共通してるのは、

銀行郵便局、それらのATMが設置されてるところなんだよね。

それに加えて、数年前までは各町内会ごとにスピーカー音楽を鳴らしてたんだけど、

やはり匿名の苦情が来て鳴らすのを止めていたことまで同じだった。

しかしたら…と思って古参町内会役員に、

「どういう人から苦情が来たのか」と訪ねてみたけど、

個人情報だということで教えてもらえなかった(当然か)

でも、話の途中でポツンと「(苦情を入れた人は)電話が通じねーんだよな…」と

その人が言ったので確信した。

苦情を入れたのはオレオレ詐欺の一味だ、と。

おそらく出し子が騙し役も兼ねているんだろう。

出先や事故現場で困ってるはずの息子や孫の後ろで、

囃子の音や、○○○甚句とかが流れていたら、

いくら気が動転してるお年寄りでも我に返ってしまうだろう。

まあ、あくまでも俺が思ってるだけなんだけどね…

2018-07-06

anond:20180706140500

低能先生議論弱すぎて、

俺とは勝負にならなかったぞ

空気の読めない執拗な絡み方に、

みんな尻込みしすぎだったんだよなー

徹底的に議論して論破してりゃ

良かったんだよ

低能先生に絡まれただけで、

過剰反応して運営通報って

そんな頭じゃ、

低能先生に関わらなくても

どこかで命落としてるだろう

2018-07-04

anond:20180704070930

ゴミクズだの死ねだの好き勝手言っといて、言われた側の過剰反応で済むなら、世の中に被差別者被害者もいないんだよw

まあ自分もわざわざ低能先生増田通報なんかしなかったけどね

こっちが手間かけたところでどうせあっちはまた垢取り直すだけなんだから単なる徒労でしかない

anond:20180704070540

俺は増田しかやってないけど、

休みの何もないときは、

低能先生議論してたよ

大抵、低能先生論破されて

終わるけどな

だが、特に通報をしようとか

思ったことはなかったかな?

増田しか知らないか

何とも言えないけど、

過剰反応というか、

低能先生迫害する意図が背景にあったよね?

2018-07-02

罵倒が「ネット方言」ということに気付かない馬鹿

最近ネット特有の荒っぽい言葉遣いガチに受け取って騒ぐやつ多すぎない?

スラングを解さなオッサンバサン的なムーブ

そう、スラングなんだよ。

ネットで生まれ方言みたいなもんだ。

それを「リアル罵倒」と同様に受け取るから、そこに火種もないのに大火事が起きる。

ネットリアルを同一視するのがポリコレ的なトレンド承知で敢えて言うけど、「リアルのノリでネットを使うな」。

低能先生の件だってあの程度のIDコールヒステリック通報するのは過剰反応だったよ。

あれでこの騒ぎなら、往年の2chに放り込めば発狂しそうだよな。

こんなの、10年前ならまだ「半年ROMれ」で済んでたんだけどな。

2018-06-29

昨日のサッカーの件

興行的にクソつまんなかったんだけど、ルール的には戦略としてアリなのでやった。これはわかる。

(ボールを回すにしても時間が早いという件や、別試合の展開が〜という件は別として)

クソつまんない試合になってしまルールがあったとして、それを潰していくのがいいのか、それともこういうスポーツからと言ってそのまま進めていくのはどちらを選べば良い方向に進むのだろう?

同じような例で最近F1の事にも通じるんだけど、こっちはクソつまんないと思った事はルールで潰していっている。

しかし、レーサーから

F1しろW杯しろ面白い試合もクソつまんない試合もあるんだから、短略的に反応するな。

と言われている。

今回の場合日本試合だったか過剰反応しているというのも認める。

2018-06-28

高プロはうまくいく。

たぶん、2・3年は。

高プロになった一部のトップエリートが「時間に囚われない、新しい働き方」みたいに持ち上げられて、「派遣の品格」みたいにドラマとかもできちゃうかも。

で、反対していた俺は「過剰反応してたへサヨ」ってことにされて、それすら忘れられた頃にこそっと適応範囲が拡大されたりするんだろうな。

“ホンモノの家族”ってなんだ?

「ホンモノの親なら子供を見捨てない」

「ホンモノの親になることに憧れていたんでしょう?」

カンヌで最高の賞(パルムドール)を約20年ぶりに獲得した邦画万引き家族」では、警察によってこんな言葉が次々と主人公たちに投げかけられる。つまり主人公たちが身を寄せ合って創り上げた家族は、血縁関係を持たないゆえに“ニセモノ”であり、紐帯根底に打算的なものを含んでいるから、ちょっとした圧力ですぐに瓦解するのは当然、というわけだ。

杓子定規主人公たちを攻め立てる警察はとても憎たらしく描かれており、観客は「お前ら警察が一体何を知っているんだ」とイラッとさせられる。だが、一方で我々は日常生活において、“ホンモノの家族”という思い込みに囚われている。

実は、現代のわれわれが当たり前に持つ家族イメージ像は近代的な産物だ。例えば、E・バダンテールの著作母性という神話」では、1718世紀フランスにおいて、子供の大半が産まれてすぐに里子に出され乳母に育てられる風潮があったことが示され、“母性愛”という概念人類史において常に家族間に君臨してきたわけではないことが明らかにされる。統計によれば、同時代に毎年パリ洗礼を受ける新生児2万人のうち、約7千人が捨て子であった。日本でも一昔前の農村を思い出せば分かるだろう。子供は「小さな大人」であり、安価労働力に過ぎなかったのだ。

歴史を遡ると、「血縁関係があるのだから自分犠牲にしてでも、親は無償の愛を子供に授けて当然」という考え方は、ここ100~200年特有理念に過ぎない。ざっくばらんに言ってしまえば、家族という概念が「血の繋がりを契機として、様々な世代が身を寄せ合って互いに助け合うべき存在から、「血が繋がっている以上は、無償の愛で繋がり合うべき存在」へと変化したのである

言うまでもなく、現代に生きる以上、誰だって愛のない親より慈愛に満ちた親になりたいし、子供をこき使う親など御免こうむりたい。しかし、「打算抜きで、無償の愛で繋がり合う家族こそがホンモノだ」というとき、我々は家族に対して、実際にはありえそうもない“完璧さ”を要求している。

完璧さを家族要求する社会は、その基準を満たさない親を徹底的に許さない。さいきん東京目黒で起きた5歳女児虐待死に対する、社会のいささかヒステリックじみた反応は、その証左と言えるだろう。もちろん、こうした社会過剰反応で救われる子供もいるし、未然に防がれる悲劇もある。

しかし、そうした社会は同時に、血縁関係によって成り立っている家族こそを“ホンモノ”とするがゆえに「血の繋がった親が実の子供に愛を抱かないはずがない。なぜなら、親は無条件に子供を愛する存在からだ」という循環論法的な前提に立っている。残念ながら、これが近代特有の“神話であることは、すでに述べたとおりだ。先に挙げた目黒事件でも、日本特有親権の強さが問題になったが、「ホンモノの家族」への神聖視と親権の強さは無関係でないはずだ。

万引き家族」でもやはり、虐待から逃れニセモノの家族の元で幸せ時間を送っていた子供は、最終的に虐待を行っていた実親のもとへと返される。ホンモノの親は、ニセモノの親と違って“愛”を持っているはずだ、という社会思い込みが、結果として子供を再び悲劇に追いやるのである

さら悲劇なのは、親役を担っていた2人(リリー・フランキー安藤サクラ)だ。彼らは事あるごとに「血が繋がってないからこそ、逆に絆が強いんだ」と述べるのだが、その実“お父さん”“お母さん”と呼ばれることに固執している。一見すると「ホンモノの家族」という社会通念から自由であるように見えて、やはり彼らもまた近代家族に与えた役割を引き受けることから逃れられていない。

したがって、リリー・フランキー演じるニセの父親子供を裏切って逃げようとした理由も、血縁関係が両者の間にないことに求められる。ホンモノの父親なら子供を裏切るはずがないのだから。こうして、彼は「お父さん」と呼ばれることを諦め、単なる「おじさん」であることを自ら認めるに至る。

ニセモノは決してホンモノになれず、ホンモノにはいささかの弱さも認められない。仮にその弱さがどうしようもない貧困に由来するものだとしても、この息苦しい社会において弱さはニセモノの証なのだ

別に打算的だったっていいじゃない。弱い一面があったっていいじゃない。ホンモノ、ニセモノどっちだっていいじゃない。そこに幸せがあればさ。

2018-06-27

anond:20180627152130

からナイフやナタを持った男が目の前に来ようと普段通り無視しろよって一般論

過剰反応せず無視していればいい

2018-06-25

低能先生の脳を調べよ

身柄確保されている低能先生の脳を、九州大学あたりの医療研究機関で徹底的に調べてみるべきだ。

41年間の人生の軌跡や、脳のMRI画像分析して、脳にどのような障害があるのか調べてほしい。

一般的に、煽り耐性のない人間の脳(特に前頭葉部分)が動かなくなっていることが多く、低能先生もその可能性が高い。

キレやす人間は、情動反応の処理と記憶において主要な役割を持つ「扁桃体」が肥大化していることが多い。

これは、常にストレスさらされている人間扁桃体肥大化し、小さなストレスでも過剰反応する。

これは米国戦争帰還兵においてもよく見られたもの

しかし、殺人を犯すという「一線」を越えることは稀(まれ)であり、低能先生はそれ以外の何かが脳の中で起きているはず。

2018-06-24

ある"女性エンジニア"のぼやき

増田独り言です。

増田生物学的性・性自認性的指向すべて女性で、社会人になってからずっとエンジニアをしています

最近、皆さんもご認識の通り、あるイベントでの発表が物議を醸しています

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/logmi.jp/294756

この発表や付随する世の反応(主にTwitter)を拝見してからずっと、心臓がざわつくような感覚を覚えています

自身気持ちを整理するため、今まで自分が”女性エンジニア"として生きてきて遭遇した様々な不自由さと、本件に対して思うことを文章にしてみたいと思います

ただでさえ特定されやす属性ですから、多少のフェイクが混ざるかもしれません。

(この呼称自体好きではありませんが)“女性エンジニア”として数年生きてみて

セクハラによる退職

初めて、かつ最大の不自由さを感じた出来事は、ある会社で起きたことでした。

言葉にしてしまうと、とてもシンプルでよくあることかもしれません。

セクハラあい、それによって退職しました。

加害者はかなり年上の男性でした(以下Aとします)。

どのようなことがあったのかは、思い出したくもないことなので割愛します。

具体性を欠く話になってしまますが、複数第三者告発を経て収束した出来事でしたので、

行きすぎたフェミニスト過剰反応ではない旨、信用していただければと思います

当時の私は、Aによる様々な行為我慢してしまっていました。

  • いつか飽きることを期待していた
  • 周りに迷惑をかけたくなかった
  • 恥ずかしくて言えなかった、

色々な心情からしてしまたことではありますが、今となっては全く無駄時間を浪費してしまったと反省しています

私にとって幸いだったのは、Aに子供がいなかったことです。

もし子供がいたら、きっとこのまま泣き寝入りしてしまっていたと思います

結局、様子のおかしいことに気がついてくれた職場の同僚や先輩が、各所に通報してくださり、

最終的には弁護士を通じての示談という形に落ち着きました。

Aは社内で秘密裏制裁を受け、私には謝罪いくらかの示談金が与えられました。

Aとは直接話をしていないのですが、真摯謝罪をしてくれたと信じています

ただ、それまでの過程でAの上司から受けた言葉で、もうこの会社はいられないと思い、転職する結果となってしまいました。

Aは社内でもそれなりの地位にいたため、その上司となると執行役員クラスになります

上司からは対面で「自分監督不行き届きだ、申し訳ないことをした」という旨の謝罪を受けましたが、その中の小さな一言本音が見えてしまいました。

「ただ”この程度のことで”Aを懲戒解雇にはできない」

この一言で、もうこの会社から貰う給料で生きていたくないと思うようになり、できる限りの早さで転職先を探し、退職届を出しました。

仕事自体に不満はなかったため、必要ではあるが不本意転職となってしまいました。

すぐ転職できる状況だったなら、示談金も受け取って得したじゃないかと思われる方もいるかもしれません。

しかし、この件でしばらくは心療内科のお世話になることになりましたし、最寄駅もAに知られていたため転居の費用もかかりました。

現実は大赤字でした。

今でこそ心療内科のお世話にはなっていませんが、当時は自力睡眠を摂ることもできなかったし、

Aに似た背格好の男性を見ると動悸がして動けなくなったりしました。

何より、一度損なってしまったもの回復しても元どおりにはならないのです。

この出来事を境に、自分は心身ともにすっかり変わってしまったと感じています

マイノリティとして目立ってしまうことのリスク

本件を通して、一人のエンジニアとして受けた損害は不本意転職だけではありませんでした。

当時、はてなブログ簡単技術メモのようなことをしていました。

退職後のことですが、そのブログに「楽しそうだね」とコメントがつきました。

きっと私の考えすぎだと思います。そうでない可能性も十分にあると思います

それでも、「俺はあんな目にあったのにお前は会社を辞めて楽しそうにやっているな」という、

Aからの恨みのコメントなのではないかという不安にとらわれてしまい、ブログはすぐに閉鎖しました。

それ以来、パブリックな場へのアウトプットは一切できていません。

しかしいまや、公的な場へのアウトプットを求められることは、エンジニアにとって当然の時代となりました。

GithubQiitaなど、エンジニアとしての名刺代わりになるようなアカウントプライベートに閉じることは、

エンジニアとして生きる上で大変もったいないことだという自覚はあります

これももう昔のことですから、今更何かあるなどとは思っていません。

それなのに、なぜだか、アウトプットへの気概のようなものを根こそぎ失ってしまい、それを回復できずにいます

技術サーベイパスしたり、リファラル採用活用することで、今現在もなんとか転職活動はできているという状況です。


他にも、勉強会などいろいろ

これ以降も、女性であるがゆえの不自由さには度々遭遇しました。

エンジニアとして採用されたにも関わらず、顧客の受けがいからという理由で、業務時間の大半を営業同行にあてられてしまった会社もありました。

再三の改善要求にも応じる気配がなかったため、その会社短期間で退職してしまいました。

会社を見る目がなかったと言われてしまうと、それまでのことですが…

勉強会に参加すると、結構確率司会者アイスブレイクネタに使われてしまます

ひどい時は、受付の時点で「会場を間違えていませんか」と言われてしまうことあります

今日女性参加者もいらっしゃいますね、嬉しいですね。どちらからいらしたんですか」など、大半が悪意のないもので、非難する意図はありません。

ただ、自分自身コントロールできない属性理由に人々の注目を浴びることは、なかなかに消耗してしまうということも、ご理解いただきたいと思います

今回の騒動を受けて

多くの人が問題意識を感じている一方で、何が問題なのかわからない・気にしすぎだと表明している人も少なくありません。

こちらのブログで丁寧な所見が述べられていますが、それでもなお、納得のいかない人がいらっしゃるようです。

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/piro.sakura.ne.jp/latest/blosxom/topics/2018-06-22_women.htm

私にできる限りのシンプルな補足をしようと思います

問題記事の「女性エンジニアが少ない問題」を「我々の職場女性が少ない問題」、「女性エンジニア」を「女性」に置き換えてみてください。

記事としてなんら問題なく、意味意図も通ってしまうと思います

エンジニア」という専門職女性として論じておきながら、その実、期待する役割は「声や女性らしい立ち居振る舞い」といったジェンダーロールの顕現でしかないのです。

これが、女性エンジニアへの侮辱でなければ何なのでしょうか。

おそらく、「女性エンジニアが少ない」ではなく単に「職場女性が少ない」問題であれば、ここまで炎上することはなかったのではないかと思います

(もちろん「女性」でも駄目ですが)

ここまで腑に落ちていただければ、

などといった反論が、全くのお門違いであるとご理解いただけるのではないでしょうか。


私たち女性という属性たまたま持っていただけのエンジニアなんです。

エンジニア扱いをしてほしいのです。

それをする気がないのであれば、もしくは性差について論じなければならない状況でないのなら、

わざわざ「女性エンジニア」などとカテゴライズして槍玉にあげないでほしいのです。

こんなことを主張しなければならない状況に、もうずっと私たちは消耗して疲れ果てています

もちろん、女性であるがゆえに得する場面も多いでしょう。

それでも、もし、次の生をエンジニアとして受けて、性別自由に選べるとしたら、私は迷わず男性を選びます

今では働く環境にも人にも恵まれています

不本意転職を重ねたといえども、見え始めた自分キャリア一定の満足もしています

それでも、ふと「自分男性だったらどんなエンジニアになっていただろう」と考えることがあります

いつも少し悲しい気持ちになって終わります

2018-06-23

anond:20180623120800

とあるGooglerが「エンジニア辞めろ」とか過剰反応してたけど

こいつ?

イキリオタク感半端ねえな

b:id:shiumachi 女性エンジニアが少ないと男性がやる気が出ないとかい性差別発言普通に懲戒解雇されてほしいし、こんなのが機械学習エンジニアとしてもてはやされるの気持ちいか業界から消えてほしい

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/logmi.jp/294756

2018-06-19

沖縄お笑い米軍基地14を見てきた話

沖縄で生まれ沖縄で育ち、沖縄で働いている純ウチナーンチュである身として、一度は教養としてみておくか、と思い、宜野湾市民会館で上演された、沖縄お笑い米軍基地14を見に行った。

沖縄ローカルラジオテレビではひっぱりだこで、県内に知らない人は(たぶん)いない芸人さん、小波津正光さんことまーちゃんさんが座長として企画脚本演出を行っているコントショーが、この「お笑い米軍基地である

今回で14回目を数えるこの公演は、沖縄では非常に人気が高く、私が見に行く旨を人に話す度「あい!いいはず~感想聞かせてね~」という反応はあれど「なにそれ?」という人は誰もいなかった。実際、1200人キャパの会場はほぼ席が埋まり、私が行った公演以外にもあと何回か沖縄県内各地で上演されるということであるそもそも毎年上演し、今回で14回を数える辺り、企画側の熱量とそれを受け止めるだけの県民の人気があるんだなあと感じる。

コンセプトは「基地を笑え!」。沖縄県の面積の内およそ10パーセント以上を占めており、沖縄県について語られるときに必ず問題の一つとして触れられる米軍基地だが、ぶっちゃけ県民の(主に若者の)大半は「反対運動とかが激しいのってあれでしょ、本土から来た人とか政治団体とかそういう人たちなんじゃない?…わかんないけど…まあなんか窓とかヘリとか飛行機とか色々落ちてるし、戦闘機はうるさいからまあ、なくなるならもちろんそのほうがいいけど、わざわざ座り込みとか行くのは違うかな~左翼とか右翼とかよくわかんないし…」などと言う人がほとんどである。(あくまで私の体感ではあるが)

若者政治参加主体意識が足りない!と言われてしまうとほんとその通りではあるのだけど、恥ずかしながら私もそういったその他大勢のひとりである。正直基地がどうとか言う前に、政治してる人たちは生活に密着した問題からどうにかしてくれ、と思う。子ども貧困とか。いや、その辺とも繋がってたりするから根深いのか?よくわかっていない。

山積みになっている沖縄県の問題のど真ん中にドン居座り続けている「基地問題」。そこをどう笑いに落とし込むのか。前評判は良すぎるほど良かった。期待半分不安半分で会場に足を踏み入れた。

そして観終わった感想だが、「100点!最高!面白かった!」とは正直まったく思えなかった。

なお、細かい内容は「SNSには書かないでください」というアナウンスがあったので割愛する。

まず、全体を通して(「米軍基地」という「沖縄県民しかからないあるある」を扱っている以上、前提がそうなので当たり前ではあるのだが)めっちゃくちゃ内輪ノリがすごい。

そこがハマると面白いのかもしれないけど、沖縄県は究極の「ムラ社会」の文化なので、各地域文化の隔絶もすごい。なので県民でも「いや、わかんねーし…」が結構多く、ハマらないとむしろ見続けるのが非常にしんどくなる。最後辺りには完全に「業界内輪ネタなんだな」とわかるものだけでひとネタ作られているものもあり、関係者席らしきところから爆笑すら聞こえたが、業界人でもローカルテレビ大好きマンでも何でもない私は正直置いてけぼりだった。

沖縄県にはM-1グランプリならぬ「O-1グランプリ」という番組がある。お正月時期に放送される、名前の通り沖縄芸人の1番を決めるという番組だ。そのネタを見てもらえばわかるが、沖縄芸人は「沖縄らしさ」を前面に出したコント漫才、つまり「内輪のあるあるネタ」を組み込んだものを作ることが圧倒的に多く、またレースにおいてもそのほうが有利である。その番組にはもちろん今回の「お笑い米軍基地」に参加しているFEC(沖縄にある芸能事務所演芸集団FEC」)の芸人さんも数多く出場しているので、その流れを汲んでいるのも当然といえば当然である

そして、気になったのは「お笑いから」「俺たちはバカから」という言葉を盾にした、差別やいろんな権利侵害の嵐だった。もちろんすべては洒落であり、まじめに取り合うほうがアホであるというのはわかるのだけど、正直現代の「ボーダーレス」な風潮からは相当遅れた認識があるんだなということは感じた。

個人として特に興味があって学んだこともある界隈の問題だったのもあって、過剰反応してしまったところはあるが「いや、ダメでしょ…」と引いてしまうような描写演出が非常に多かった。

違和感の何よりの原因は、前説座長が「所詮俺たち三流芸人の言うことなのだから怒ったりしないで聞き流してほしい」という旨の発言をしていたことだったと思う。

私たち無意識差別をしてしまものだし、気づかずにだれかを傷つけてしまうのは仕方のないことではあるが「差別?いやいやネタから。何マジになってんの?」という言い訳を用意してしまうのは、ちょっと違うなあと感じた。この公演に誇りをもってやっているのなら「差別的な表現かもしれないが、より伝わると思って選択した」と言い切ってほしいな、と思った。イジりとイジメ境界線あいまいだが、「強者権力を笑うのがお笑い」だというならば、自分たちが本当に強者としての力を持っていないか?というのも常に問い続けてほしい。

また、全体を通して「左」より「右」を笑うことが多かった、というのも違和感ひとつとしてあった。どっちも滑稽な部分はあるのだからもう少し両方を笑ってくれたらよかったのかな、と思う。あと「右」を揶揄するネタの時に、笑いどころでもなく盛り上がりどころでもないセリフで「よくいった」というようなかけ声や拍手があがっていたのは驚いた。どちらでもないフラット状態で見に来たつもりなのに、いつの間にか政権批判団体集会に参加させられていた、みたいな気まずさがあった。怖い。

以上のように全体的に右寄りかつ品がなく沖縄県民県民性の悪い部分を煮詰めたような「内輪に甘い」感が強く、正直全体を通して「また行きたい!」とは全く一ミリも思わなかった。私は特にスクールカースト下層だったタイプ人間なので、沖縄芸能界蔓延する「スクールカースト上層部っぽいノリ」(ウェイ感とでも言うのか)にはついていけなかった。この辺はたぶん好みの問題なのだろうと思う。

ただ、ここまでゲロカス批判してきたが、この公演を見たあと、文句を言いながらも私は「じゃあ右や左のそれぞれの主張ってどうだったけ?」「ほんとうにこの芸人さんたちが言っていたことは正しいのか?」「自分は偏っていないのか?」ということをいつの間にか考えていた。

まーちゃんさんの著作図書館で借り、基地問題についてネット自主的に調べ、右翼左翼についても少し勉強した。

そうして、ハッと、こうして主体的に考えているこの行為自体が、この公演のねらいである「基地について、何かひっかかりを感じて考えてほしい」というところにばっちりハマってしまっていることに気が付いた。

なるほど、ならば。この公演は私にとって意味があったのだなと納得できた。してやられてしまったな、と思った。チケット代2000円もったいねえことしたわ、だったのが、安いじゃん、になった。

エンディングで歌われたFECの社歌の中に「とにかくやることを大事にしている」というような歌詞があった。沖縄県民は先ほども言った通り「内輪に甘い」。そして変化を嫌う。そんな中で新しいこと、前に進むようなことをするのは、本当に難しいことだと思う。勇気がいることだと思う。「まじめ」をバカにする風潮のある沖縄で、「まじめ」にバカをやるというのも、ほんとは難しかったんじゃないかなと思う。その勇気に敬意を表して、私はこの感想を書こうと筆をとった。「とにかくやる」そしてやることで誰かを動かす、それはほんとうにすごいことだ。と、何もできない私は思った。

でも、個人的におもしろくなかったのは事実なので、沖縄芸人さん各位にはマジでもっとがんばってほしい。笑いどころを説明してしまう癖があって全体的に冗長だと思う。言葉選びが雑。オチツッコミワード説明的で長すぎる。「金の斧銀の斧」のいさお名護支部さんのくだりと、タイワンオオカブトの幼虫のくだりは勢いがあって好きだった。

以上。お笑い米軍基地感想でした。

ネット書き込みの言うことなのだから怒ったりしないで聞き流してほしいナ♡

おしまい

来世はAZARASHIの世界観アザラシになって褒められて暮らしたい

2018-06-18

anond:20180618012231

別れたくなくても、相手がどうなんだろうと思うとわがまま言えないってありませんか?

それで黙ってしまう。

何をしてほしいのかわからない。

そういうの、言わないでも判れとか、それは難しいです。

アナタの心を知ってるのはアナタだけです。

心をよめとか言うのと同じで、

いちいち過剰反応されたら、距離を置くのは人間関係のうちではあることです。

いまに、してほしい事をちゃんと言ってくれるかな?

でも増田さんは最初から別れの話ってかいておられるので、

もう次の方がいらしたんでしょう。

恋愛って、お互いにどんな人か探りあって認め合うものだと思うので

してほしい事は言うべきだし、言わないなら言わない決断をした責任自分にありますよね?

言わなくても判ってというのはかなりの期間付き合ってる人たちではないでしょうか。

恋人はお母さんでもお父さんでもありません。最初他人です。

自分は痛くもかゆくもなくても、相手が傷をつくってると思いやれるかどうかも大事です。

遊びに行きたいとき熱が出た相手に嫌味を言ったりしていると、やはりしんどいかも。

いまの素敵な彼氏さんを大事に良い家庭を築いてくださいね

2018-06-17

RADWIMPSHINOMARU関連の騒動を一通り傍観して思ったこ

完全な後出しじゃんけん

歌詞自体瑕疵はない(激ウマギャグ

一通り騒動が沈静化したみたいなので初めて歌詞を見たが、軍歌かといわれると違うという結論自分はなった。

なぜなら、軍歌によくある「愛国心」と「自己犠牲」のうち「愛国心しか歌ってないから。

相当気を使ってギリギリラインを攻めてる歌詞だと感じた。

なぜ一部の人過剰反応するのか?

典型的排外思想国粋主義者がよく使う文言が使われているから」だろう。

この歌で多分狙って使われているその手の言葉に、多分狙った通りに反応してしまったんだろう。

一連の騒動を見て残念だと自分が感じた人たち

過剰に反発してしまった人たち

これを軍歌だというのは流石に行きすぎだと思う。

使われてる単語拒否反応が出るのは分からんではないが、

歌や歌手批判するのは行きすぎ。

RADWIMPS音楽業界

大ヒットを飛ばしアーティストでもこんなコスい興味乞食しなきゃ今時音業界ではやっていけないのか、という意味で残念だった。

そこまで音楽業界が追い詰められているという現状がただただ残念だった。

ただ国を愛することを今歌いたいなら、ああい言葉にはならない。

ギリギリを攻めた言葉をわざわざ選んで書かれた歌だと自分には思えた。

当人たちの主義思想はよく知らないけど、ほかの歌もちょっとは聞いたことあるだけの自分には

HINOMARU歌詞RADWIMPS作詞担当の人から自然と出てきたようには思えなかった。

それが何らかの問題への反発心から来たものなのか、もともとの思想をずっと隠してきたのかも分からないが

今までの歌の歌詞とは異質なものが根源にあるように思えた。

この一件だけで彼らを嫌ったりはしない。

ただ、何がきっかけでこの歌を生み出したのかは後ででもいいので明らかになるといいなと思う。

「単に国を愛する思いを歌にしただけだ」と言い張るのなら、それでもいいけど。

無防備女子力」の引っ掛かりポイント

https://www.asahi.com/articles/ASL6H63FTL6HUTIL04M.html

無防備力も女子力だと思います」というコピーとともに幼い女の子写真が掲げられた西日本鉄道広告が、批判が多かったということで撤去になったというニュースを見ました。

広告はしばしば炎上してるの見ますが、打ち切りまでしなくても…買わないけどさ…と思うこともありますが今回のコレはもうアウトでしょ。

言及するという時点でだいぶフィルターがかかってるにせよ私のツイッター観測範囲では「広告としても意味不明だし、アウトな点があり過ぎ」「どうして誰も止めなかった」という論調が多いですが、

「なぜ性犯罪の話が出てくるのかわからない」「そんなに言うほど?」「こじつけしか思えない」という人という人もいるので

暇な私は書き出してあげましたよ!!!

個人の感想だーっと書いただけなので穴はいっぱいあると思います

で、私があの広告から受け取ったメッセージをざっくりいうと

「幼い女の子みたいに性犯罪無防備になったほうがモテるよ!」です。

これをストレートに書いてあったとしたらマズイのはいくらなんでも誰でもわかりますよね。

では私が何故そのように読み取ったか細かく行ってみましょうー。

無防備力」はよくわからないので「無防備さ」として考えました。

広告としての意味全然からないです。広告としての強いメッセージが読み取れないから余計な連想を呼んでしまうのはあると思います。たくさんある広告ひとつらしいので、イメージ広告みたいだったり女性をことさらに取り上げるのはいいとしても、やっぱり意味がわからない。

女子力というワードが既に陳腐だし、広告に使うには危険炎上覚悟ワード。「男性目線女性への恋愛対象性的対象としてこうあるべきという価値」の言い換えとも言える言葉

特にSNS界隈では女性への一方的ジャッジや抑圧の言葉と取られます揶揄自虐、軽いノリで使うこともありますが、場面と発言者発言先によって意味合いが全然変わってくる取り扱い注意の言葉だと思います

この言葉を使う以上「男性目線の、女性へのジャッジ言葉」という前提は必ずあり、扱い方によってそのままの意味だったりアンチテーゼだったりするんでしょうけども、この広告後者をやろうとして失敗したという印象です。

女性性的魅力を含意させて使われがちな「女子力」を「無防備」と合わせることで「無防備であるのが魅力的で好ましく価値が高い」という意味に取りました。

女性性的魅力を含意させて使われがちな「女子力」を「幼い女の子写真」と合わせることで、幼い女の子もその評価対象であり、しかも他の見本となるほど性的価値が高いという意味に取りました。

⑤「無防備」というワード痴漢をはじめとする性犯罪被害者側が責められる時に使われることが多く、しかもこれは痴漢が多く発生すると言われる鉄道広告連想するなと言う方が無理な話。無防備にするなと責め立てられた挙句無防備なのがいいとか言われんの??痴漢やすしろってこと?鉄道会社がそれ言う?ちょっとふすまから虎出してくれない?

⑥④と⑤を合わせると、幼い女の子性犯罪対象となる危険性が際立って見えてくる。子供まで巻き込むのほんとやめて。最近そういうニュースもあったのに。

ちょっと話がずれるし意味はないんだろうけど、何故Tシャツ星条旗政治的意図がないなら地方都市ローカル企業広告にしても軽率すぎないですか。

政治的意図があるとしたら余計まずいし余計に意味がわからないけど。

つの要素だけならそんな過剰反応せんでもいいのにと思いますが、まあよくもこんなにコンパクトに的確にポイント押さえてきたなというのが個人的感想です。

他にも「どうせ無防備って"ぼくのかんがえたさいきょうのむぼうび"的なやつだろう」とか「思います、ってお前誰だよ」とかあったけど長くなるしちょっとこじつけっぽくなるのでやめました。

大人の女の人が自分意思でいわゆる女子力的なことが好きだったりアピールしたり無防備に振舞ったりするのは個人自由だし、それに魅力を感じる人がいてももちろんいいと思います

それを全年齢対象性別対象公共の場所の広告でやるなよ、その思惑にまみれた概念子供にも適用するなよってこと。

広告主の意図としては「幼い頃のように肩の力を抜いて無邪気で飾らない姿が本当の自分らしさかも」ということらしいですが、それを聞いてもわからんね。

無防備さが女子力ならおじさんの女子力誰よりも高いで。

映画ドラマ小説理解できるのにある程度の文化理解教養必要なように、炎上差別的表現理解にも一定感受性や訓練がいるのかもしれません。

過敏すぎる人と鈍感すぎる人はどこにでもいて、どのライン世間OKとするのかめちゃ難しいなおい。

2018-06-12

anond:20180612192035

元増田病院に行けとか言ってないので

あれを攻撃と捉えて過剰反応している方が異常

2018-06-11

anond:20180611083355

それならそれで、幼児向けアニメなんだから適当薄っぺら子供騙しを作ってりゃいいのに

変に大人に媚びようとするから

更にプリキュアはそういうジェンダーかに過剰反応するフェミロリコンオタクと言う

相反する両方に媚びようとするからわけわからん事になって

ロリコンかつフェミ気取りな男オタク(それこそはてなに多そうな)にはウケてるが…って事になってる

2018-06-10

anond:20180610100132

反応が早すぎたけどHJの過剰反応だったのか

せめてデビュー時にツイッター閉めるorアカウント変えるくらいしとけば・・・

というか、そういうSNSのクソ発言抑制するように指導が入るもんだとばかり思ってた。

書籍化の打診が届いてます」ってなろうでも連載してたのに、HJはやってなかったんだろうか。

2018-06-09

anond:20180609194512

好き嫌いは脳の扁桃体過剰反応によるものなので、

理屈で直せるものじゃない。

転職するんだ。

それで全て解決する。

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