「低俗」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 低俗とは

2017-10-23

選挙結果はてブフェイクニュースだらけ

はてブってのはまとめサイトでも何でもはてブ以外のサイト低俗だとか言って

フェイクニュースだとか言って正義立場で叩いてきてるが、

はてブこそがデマ拡散しているわけだが。

そもそもはてブも人の記事を紹介しているまとめサイト並じゃ?)


はてなブックマーク必死コメントしてるのを見ると、

はてブネット世論日本代表とか勘違いしているのが結構いるが

またまた自民党が大勝したけど、

もはや、はてブってのはフェイクニュースのたまり場じゃないのか。


はてブ見だしたのは、はてブには「一般市民」の意見があってそこで人気記事になれば

世論として注目されてるとか言ってるのもいたか見だしたんだけど、

全く違った。


しかし、これだけ世論と離れているはてブホッテントリ

注目を集めているか世論とかで紹介しているのは

いい加減に単なる「それはデマ」だということに気付けよ。


はてブなんてのは、

何でもかんでも在日韓国人ガーとか言ってる在特会とか

日本第一党とかと同じようなレベル世論とかけ離れていて信用できないな。


はてブ選挙結果で当てになったことなんかあったか

まぁ、はてブの反対のことが本当の世論じゃないのか、

そういう意味では逆張りから役に立つのか。

2017-10-14

anond:20171014201310

それは30年前から

もっと昔も低俗番組はあって、それはコメディアンじゃなくて落語家低俗なことをやっていた。

落語家からコメディアンになっただけで、テレビができた時代から既にある。

anond:20171014200123

コメディアンが司会を務める番組なんて低俗もの一般的ものになってしまった。私はそういう時代の変化に恐怖を感じる。

ある小説が高尚だとか低俗だとか

どこのアホが言い出したんだろう

2017-10-13

東洋経済の中村淳彦ってさ・・・

一発ヤッた後、風俗嬢説教するオッサンメンタルじゃね?

性風俗絡みの東スポの男セン的な低俗劣情を催す刺激的タイトルで耳目を集めながら、

形としては社会矛盾への問題定義みたいなプロットを設えてるという意味でさ

社会問題勃起しながら憂えるみたいな滑稽さ

リベラル左派気取りなつもりでいる分だけ説教オジサンより数倍タチ悪い

性風俗被害を受けてる女性問題真剣に関わってる人からすれば、

しろ糾弾すべき対象だよねコイツ

2017-10-09

[] #38-7「危ないアニメ

====

「くらえ、チョウナ・ブーメラン!」

「おい、シロクロ! やめろよ。投げるな」

「なんでだ。人に向けて投げてない」

「人に向けて投げなくても危ないだろ!」

「え? なんで?」

「投げること自体が危ないって言ってるんだ!」

「じゃあ、何を投げればOKなんだ」

「何も投げるな!」

「随分な話だな。そこまでの権限はさすがにないだろ」

「うわ、急に正気に戻らないでよ」


====

「こうして問題は意外な形で終結し、今でも『ヴァリオリ』の登場人物たちはこれまでと変わらない武器を持っているってわけさ」

父の話に俺は疑問を投げかけた。

それは別の表現スケープゴートにして、問題ウヤムヤにしただけだ。

根本的な解決はしていない。

「息子よ、逆に聞きたいんだが、“根本的な解決”って何だ」

父にそう返され、そりゃあ……とまで言ったところで、ふと口をつぐんだ。

そもそも何をどうすれば、どこまでやれば解決して、そしてそれが本当に正しいことなのか、或いは間違っているのか。

それらを的確に判断できるような、普遍的物差しが俺にはなかったからだ。

いや、恐らくほとんどの人間はないのかもしれない、って言いたいのか。

「息子よ、覚えておくといい。問題ってのはな、それ自体問題ではないんだ」

父の言葉に、俺は首を傾げる。

問題にされない限りは解決もしなくていいってことだろうか。

「この界隈の『検閲するかどうか』っていう最終的な判断は、総意によって決まっていると思われがちだ。だが実のところ、多くは個々人が決めるしかないことだったりする」

「そうじゃないの? だから各々が議論をして、模索していこうってなるのかと」

「その答えじゃ観念的すぎる。しかも、それはプロセスの話だろう。俺たち作り手にとっては何も言っていないのと同じだ。答えを迫られたときにどうするか。それが重要なんだ」

「それで表現を変えたくないって答えを出した場合、どうすればいいのさ。ゾーニングとかレーティングとか?」

「それは妥協案に過ぎない。結局それらの基準だって漠然としている所が多いだろ」

じゃあ、どうすればいいんだろうか。

ますます父の言いたいことが要領を得ない。

「つまりな、こういう番組は案外“上手くやっている”ってことさ」

含みのある言い方に、俺はその意図を読み取ろうとする。

そして、ふと思い至る。

確証はなかったが、俺は恐る恐る尋ねた。

もしかして、その入浴シーン意識を向かせてウヤムヤにしたのは、武器だとかよりもっと問題のある表現を隠すため?」

父は笑いながら、淀みなくこう言った。

「はは、そんなわけじゃないか

俺の指摘がなんであろうと、そう答えるつもりだったんだろう。

しかしたら俺たちが気づいていないだけで、あのアニメには“問題にならない問題”が他にもあったりするのだろうか。

その答えに迫られたとき、俺はどう言えば“問題ない”のだろうか。

そして、それは一体誰が、どう判断すれば妥当なのだろうか。


俺は父にもうひとつ尋ねた。

「結局、父さんはどう思っているのさ。彼らのクレームはくだらないと思っているのか、汲み取るべきところもあると考えているのか」

「息子よ、物事は0か1かじゃないんだ。YESかNOだけではないんだよ。善良な意見に耳を傾け、頷きながら、暴力的性的低俗表現をし続ける。本当の意味での“自由”はそういうことなんじゃないかな」

そんなテキトー大丈夫なのだろうか。

俺が言い表せないモヤモヤとしたものを抱えていると、弟の声がテレビのある方向から聴こえる。

どうやら『ヴァリオリ』を観ているようだ。

「ユーマ・フォーリングホース~」

主題歌を口ずさんで楽しそうだった。

なんだか腑に落ちないところはあるが、弟が以前のように楽しんで観られるのなら、まあ良いかってことにしよう。

……というか周りの熱気に煽られただけで、俺自身は元からどうでもよいってスタンスだったのを思い出した。

(おわり)

2017-10-01

[]

今回は少年ジャンプ+

星の王子さま 1話

私もこの作者を評価してはいるけれども、それはあくま象徴として、という意味合いが強い。

1話から構図や絵の使いまわし、構成ほとんど無意味かつ意味があっても不明ものばかり。

星の王子さま』を翻案したものから話の斬新さもない。

ギャグも勢いで誤魔化しているだけでネタのものは正直そこまで面白くないし、それを天丼で見せられるという地獄

まあ、良くも悪くも酷い漫画

低俗理不尽ギャグ漫画としてはある種洗練されている域だけれども。

あくまで“そーいう目線”での評価からね。

漫殺-マンコロ- 7話

前回の逆転劇のアンサーの予想ができなかったんけれども、実は既に私の中で答えが出ているものだった。

なので「むしろ今までそれをやってなかった前提で話が進んでたの?」って思った。

“質か量か”っていうテーマ構造だったのに、それがアンサーだと若干ブレるし。

ただ、『作者に飽きる』っていう表現は良いと思う。

キャラに力を入れないなら、その他の部分で勝負しなければならず、その状態だと作者への評価に繋がりやすいっていう理屈は興味深い。

締め切りを守る大切さと、それを踏まえて作者の書きたいものだったり、高いクオリティを追求することも大切だという展開も理解はできるし。

フルチャージ!! 家電ちゃん 59話

コメディに完全に慣れてきた印象の構成

ペットロボットの件はギャグを交えつつ人間との関係性とか、ロボット哀愁についても語っていて。

そこから美咲ケイの絆が深まる流れはシンプルながらも纏まっている。

往年のコメディドラマを観ている気分。

2017-09-30

そもそもテレビなんて低俗なもん見てんなよと思うんだけど・・・

増田をはじめとする高俗なネットコンテンツを嗜みなさい。

LGBT市民権を与えたのは保毛尾田保毛男であるという仮説

保毛尾田保毛男の復活でフジテレビに抗議が殺到しているという。だが、あのテレビキャラクター存在があったからこそ、「ホモ」(現在では適切な言葉はいえないが、あえて書く)やLGBT市民権を得られたという側面も無視してはいけない。

例えばネイティブ・アメリカンを「発見」し、ヨーロッパに伝えたのはコロンブスである。同様に保毛尾田は、まったく理想的ではなく、乱暴な形ではあるがホモテレビで取り上げることにより大衆にその存在を知らしめたのである

確かに保毛尾田が演じたキャラクターホモを嗤うものであり、ネイティブ・アメリカンコロンブスを嫌うように、当事者にとっては全く笑えない話であるしか教科書に載っていなかったLGBTという存在が、まったく理想的ではなく、乱暴な形ではあるが世の中に認知され、たった数年で市民権を得たのである

市民権を得るとは、つまり一般」枠で扱えるようになるという意味だ。今日でも、LGBT素人をどう扱うかは慎重さを要する。街頭インタビューなら「新宿二丁目の声」といった枠を用意すべきだろう。だがタレントならば「オネエ」キャラ確立されており、「お笑い」や「スポーツ選手」などと同じ「一般」枠で扱うことができる。

保毛尾田が市民権を与えたとはいえ、まったく理想的ではなく、乱暴な形だったので保毛尾田さえいなければ世界もっと平和だったと言う人もいるだろう。逆にLGBTもっとアンタッチャブル存在になった可能性もある。たとえば「障害者」は広く社会認知され活躍もしているが、「一般」枠ではない。

同様に市民権を得たのが「オタクであるイメージが最悪だった「宮崎勤」の頃からどういう経緯でここまで来たのかは識者の解説を待ちたいが、「電車男」のようなドラマの影響もあったのだろう。今では「ガンダム芸人」「家電芸人」のようにキャラ確立され、テレビで出るオタク話題に眉をひそめる人はいない。

我々がより深く考えるべきは、なぜ保毛尾田保毛男などというキャラクターが生まれたのかという背景だ。ネット上ではテレビ人間小馬鹿にする風潮があるが、これは大きな間違いで、キー局人間は極めて優秀だ。確実にヒットを飛ばせるような神通力はないが、およそ視聴者が思いつく程度の批判は予見している。

また、スポンサーへの抗議はテーマによっては有効だが、バラエティ場合はそうではない。スポンサーは、決して世間からそう思われないよう気を付けているが、低俗番組を求めている。スポンサーが求めているというのは、つまり消費者が求めているという意味だ。

一方で芸能界芸能関係者の中にLGBTは多い。石橋貴明というタレントの交友範囲を考えれば、LGBTネタにすることに相当な躊躇いがあったもの想像できる。ネタの中でも保毛尾田は、「ホモというのは、あくまで噂」とブレーキを踏んでいる。LGBTと日々接する中で、テレビにおけるLGBT地位、つまり世間におけるLGBT地位を向上させようと、石橋なりに取り組んだ結果なのかもしれない。

もっともこうしてネットが普及したことで、テレビでの地位世間での地位が必ずしも一致しなくなった結果、「復活」に抗議が殺到しているのは時代の変化だろう。

2017-09-11

増田逆シャアのクェスハサウェイいらん」富野もっと恋愛やりたい

「分かりにくい話で申し訳ありませんでした」

逆襲のシャア制作に当たっては「ロボット戦闘ものにしない」ことを念頭に置いたという

映画というのは、男女の関係を描く低俗ものであるべき。だからメインキャラ恋愛を描こうとしたが、今見返すと、もっと色っぽく作れたはず」

「もし新作を作るなら、もっと恋愛をしっかり描きたいし、後進にも恋愛を描いたロボット映画を作って欲しい」

http://buzzap.jp/news/20170908-tomino-cca/

https://anond.hatelabo.jp/20170817201201

この増田が見たかったロボットプロレスとしてのガンダムと、富野監督がやりたかったロボット恋愛映画という主張が真逆だった。

ガンダムUCビルドファイターズが売れてるのを見ると受けるのはロボットプロレスなんだろうが。

恋愛を描いたロボットアニメっつーとマクロスシリーズエウレカセブンみたいなのか?

2017-09-08

非モテラノベネトウヨ

ふと気づいたのだが、ネットで声のデカいこれらのアホはあまりにも思考回路が似通っている。

よってひとまとめにしてひとつの病状で言い表されるべきだ。

実際、層は近いと言うどころじゃなく被っていることだろう。

非・ラ・ネ病者とは

非モテラノベネトウヨ病の一般的な症状は、「客観的に見れば欠点がすぐわかる自分(の好きなもの)を、とにかく現状はまったく変えないままで屁理屈だけで他人に認めさせようとする」ところにある。

明らかにモテる努力放棄しながらモテないのを逆恨み

自分でも萌え燃えくらいの評価しかできないのにラノベ芸術として認めろとか言い出す。

他国批判するとき人権平等性の問題点理解できるのに、日本批判されると「それの何が悪い」「ここは日本だ」で通して恥じもしない。

子供駄々と言えばそれまでだが、匿名インターネットでいい加減に放言できることを差し引いても度が過ぎている。

無責任に唱え続けるうちに、自分でもそれが正しいと無根拠に信じ始めているのだろう。

から、改めて「客観的にわか欠点」を問われると、ただ発狂する。

真正から反論反証ができない。

詭弁じみた言い逃れをする。

まさしく病気である

ラノベ文学になれるか

こういう話を思い立ったのも、ネットの某所で久々に、相も変わらぬ「文学だって昔は低俗だった」論を壊れた機械のように繰り返している非・ラ・ネ病者を見かけたかなのだが、その「低俗だった」小説東大卒インテリがよってたかって批評し、創作し、芸術性を証明たからこその今日文学だというだけの話を何故理解できないのだろう?

文学だけではない。

SFアニメ漫画

かつて低俗とされ今はそれなりの地位を築いたものは全てその初期に「これは読む(見る)価値のあるものだと証明してやる」と意気込んだ先人が、科学考証を緻密にしたり、作画、芝居、ストーリーテリングの隅々にまで拘って、作品の力そのもので世の中に価値を認めさせてきた結果である

ラノベがいつそんな努力をしたのだろうか。

断っておくが自分自身は、90年代ラノベに退屈な既存文学オルタナティブになるパンク文学の萌芽を見たものである

しかしそれらを感じさせた作家も消え、ラノベは当時よりももっと「ライト」な、消費材としての物語を量産し続けている。

何が悪かったのか?

時代が悪かったのか?

失われた20年とやらの、国全体がネトウヨじみた、いじけた空気に包まれている時代に生まれしまたから、ラノベもいじけるしかなかったのか?

世が世なら、昭和漫画アニメのように負けん気の強い先人が「子供向けのラノベでも芸術性のある作品が作れるんだって証明してやる」と心血を込めて、結果子供たちを熱狂させ、延いては大人にも読まれるような作品を書くことになったのか?

はたまた、出版社主導で、何ヶ月に一冊きっちり出版計画を立てて乱発すると言う、あまりに余裕のない制作体勢のなせる業か。

なんにせよ、こんな志のない作品群が先達たちのように芸術的と認められる未来などというものは、万に一つもあり得ない。

ミソジニスト非モテモテること、レイシストのままの日本世界に認められることと同様に。

客観的事実は揺るがない

非・ラ・ネ病者はネット時代の生んだあだ花である

彼らがかような恥知らず言動常態化させてしまった背景には、匿名文化のいい加減な事を言いっぱなしにできる特性が一因としてあることには疑いがない。

さらネットは、大多数の読者が「くだらない」と思っている事実も覆い隠す効果がある。

「くだらない」戯れ言を世界に発信し、ごく少数の生真面目な読者がそれに反論することで、彼らはそれが「議論に値する」意見であるかのように錯覚する。

いくら自分自身でもどう考えても「くだらない」はずの放言でも、そう彼らは錯覚している。

から機能を正常に作動させて、自分自身の言ってることを客観的に見直すことができない。

客観的ものを見れば、横柄な男は嫌われ、低俗小説もどき芸術として相手にされず、人命を軽んじる国が世界から歴史から認められるはずがないのは、「考えれば」などという言葉を使うことすら大げさに感じるほど当たり前に認識できる。

それができないのはまさしく病気であって、これら非モテラノベネトウヨ論者に共通する病状こそ現代日本蔓延った根本の病を顕著に代表するものであると考えられる。

海外テック記事で「同じことを繰り返しながら違う結果を期待するもの狂人と呼ぶなら、それはソニー(の携帯事業)のことだろう」という批評を読んだことがある。

この前半はアインシュタイン言葉とされる名言らしいが(違うらしいが)、ともあれ、これはソニーのみならず現代日本を覆う理不尽空気もっとも正しく表す言葉だろう。

進歩なくして前進することは不可能なことである

いつ、それに本当に気づけるのか。

2017-08-29

https://anond.hatelabo.jp/20170823145502

引用元によって賛否を変えるような低レベル会議なの?

どこから引用しようが意味が通じさえすれば問題ないし

逆に意味が通じなければ価値はないし

端子の差し込み側と受け側をオス・メスいうのは?

計算機プロセスを止めることを殺すというのは?

蛸足配線は?

麻雀あんたの価値観では低俗から不適切

2017-08-22

https://anond.hatelabo.jp/20170822114211

垢名出して自分意見を言ってるはてサとそれを匿名で叩くネトウヨなら

はてサを支持するよ。保守だけど。

卑怯な真似をしてる時点で右左以前に人として低俗

日本から出て行け

2017-08-20

ポリコレってのは最初からポリコレ棒によって他人を殴って気持ちよくなる」以上でも以下でもないよ

違うと思うならそれはポリコレ幻想を持っているだけ。

ポリコレは今も昔も他人を殴って気持ちよくなるだけの道具でしか無い。

その道具を振り回したがっている人間誘導して世論自分の方へと引き寄せている人もいるが、それはポリコレの応用的な使い方であり、そのシステムの根幹にあるのは棒で人を叩くと気持ちよくなれる人達玩具としてのポリコレだ。

人を叩きながらそれを正義だと言い張るのがポリコレだ。

風俗説教たれながらチンコ弄ってるオッサンと同じレベル行為だ。

風俗説教おじの方が、然るべき場所で金払ってその時間を買って契約範囲内で行動してる分まだずっとマシだけどな。

唐突にやってきて自分たち気持ちよくなるだけ気持ちよくなったら棒と怪我人が散らばった惨状を放ったらかしにして次の場所イナゴしていくポリコレよりも風俗説教おじの方がずっとマシだけどな。

ポリコレなんて本当にどこまでも低俗なだけだよ。

そこを誤魔化しているかポリコレに関する議論はいだって何かがおかしくて違和感が残る代物になるんだ。

2017-08-16

CMって単なる短編動画でしょ

なんか某石鹸CM全然プロモーションになってないって話がある

けど、CMって必ずしも自社製品販促になるような意図が示される必要ない

特に生活に密着してるような製品場合販促より、認知の方が重要から製品名と自社のロゴさえ伝わればいいってものが多い

実際、買ってねなんてことを言う低俗CMは見られない

からとにかく面白かったり人目につく動画を作ることに力が入れられるわけで、商品との関連性は必ずしも重要じゃない

CMってそういうもんでしょ

単なる短編動画としてのCMがあったってなんらおかしくはない

じゃないと映画スポンサーにつく企業とかありえないでしょ

2017-08-14

読書境界線なんてない

国語教科書を読める限り読めない小説なんてのはほぼない

国語教科書文章を読んだり考えたりするだけど読解力?とやらは十分身についてる

後は何読んだところで学べたり為になったりしない、ただ娯楽の為にある

 

俺はラノベなんて低俗もの読まないなんて奴はどうでもいいが

難しいそうな御本読めるかしらと悩むくらいなら手に取って読め

自分の本の好みなんて他人好き嫌い流行廃りとかなり関係いか

自分で興味ないかもと不安作品も実際に読んでいかないと好みは広がっていかない

2017-08-13

コミケ徹夜組の撲滅に対する提言

1 はじめに

筆者はコミックマーケット(通称コミケ」)を愛する者である

私は、徹夜組を撲滅したい。

本稿では、なぜコミケ徹夜組がなくならないか、今後どうすべきかを考察する。

2 コミケにおける徹夜組とは?

2017年8月11~13日の間、東京ビッグサイト(国際展示場)でコミケが行われた。

3日間で例年50万人を超える人が来場し、プロアマ個人法人を問わず自己制作した創作物(主に同人誌)を自由に売り買いできる即売会である

コミケはあらゆる問題を抱えているが(どのような問題があるかはウィキペディア等を参照)、ここでは徹夜組問題を取り上げたい。

徹夜組」とは、文字通り、コミケの開催前夜から東京ビッグサイトの周辺で待機する人々のことである

コミケ準備会徹夜行為禁止しており、原則として、電車の始発で開場で来ることを要請している。

徹夜行為禁止理由は様々考えられるが、主な理由は、深夜に大勢が集まることによる周辺地域治安悪化犯罪生活環境の悪化騒音を防止すること、また未成年者が深夜に出回ることで犯罪に巻き込まれることを防止すること等であるとされている。

禁止されているにもかかわらず、毎年大勢徹夜組が現われる。

なぜか。

3 徹夜組がなくならない理由

(1) 徹夜しないと買えないものがある

始発で並んで入場しても既に目当ての商品完売していることがあるという現状がある(筆者も何度も経験がある)。

これは、ルールを犯してでも、徹夜行為をせねば手に入らない商品存在することを意味する。

事実として、在庫を僅少にしか用意しない人気サークルがあり、これが、徹夜組の創出の遠因となっていることは否定できない。

しかし、サークル参加者には販売数を自分で決める権利がある。また、人気サークルはい個人であることがほとんどなので、たくさん在庫を用意することを強いて赤字危険一方的に負わせるのも酷である

そこで、販売数に実績のある人気サークル芸能人出展者、継続的プロとして活動している出展者は、事前に販売予定数を準備会に申告するとともに、購入希望者は事前申込みをすることができるようにルール化すべきである。事前に申し込んだ者は、申込時点ですでに売買契約が締結されているので、キャンセルはできない。会場へは受け取りにいくだけであり、受け取らない人間に対しては送料・手数料受取人負担で送付する、ということである

準備会は人気サークルを把握しているので(壁サークル存在)、このシステムは実現可能であると思う。

これに関連して、後日通販を強制するという手段も唱えられることがある。しかし、販売数についてはサークル側が予測できない場合があり、十分な量を確保していたつもりでも予想外に早くすべて売れてしまうという場合があるから、後日再生産を義務付けるのは酷であること、また再生産には最小ロット数の制約があり再生産も簡単ではない場合があることから問題がある。

(2) 徹夜行為には法的ペナルティがない

さら問題なのは徹夜禁止ルール違反に対するペナルティ存在しないことである

履行強制がないルールには実効性がなく、参加者からみて「ルールを守る意味がない」のである

たとえば、何者かが開場時間前に勝手に会場内に侵入した場合国際展示場管理権者および捜査機関は、建造物侵入罪(刑法130条)として現行犯逮捕(刑事訴訟法213条)することができる。

しかし、徹夜組のうろつく国際展示場周辺は公道であって、原則として何時でも誰でも出入りできる空間である

したがって、徹夜行為に対する法的なペナルティはない。

東京都条例によってこれを禁止することも考えられないではない。しかし現状生じている不都合といえば、始発で駆け付けたマジメで純朴なオタクが、お目当てのものを買えないくらのもので、徹夜組が出ようと目立ったトラブルが生じていないから、立法事実(条例を作るべき十分な社会的背景)がないといわざるを得ない。

(3) 徹夜行為に対する準備会ペナルティもない

東京都が法的なペナルティを課さないのであれば、コミケ準備会こそ徹夜行為に対してペナルティを課すべきである

そうであるのに、コミケ準備会は深夜も国際展示場周辺に待機し、徹夜組誘導、整列させ、始発できた人間より先に入場させている。

準備会はいう、「徹夜組容認しているわけではない。しかし深夜に国際展示場周辺にきた人は整理せねばならない」と。

欺瞞である準備会徹夜組容認しているとしかいえない。

準備会としても、東京都条例を設けないのと同じ理由なのであろう。すなわち「大した問題ではないから今のままでいい」と考えているのだ。

繰り返すが、準備会徹夜組に対して何らかのペナルティを課すべきである

具体例としては、始発前に国際展示場周辺で待機していた者は、入場ができないようにすべきである

これを徹底させる手段としては、準備会は深夜に列形成をしない。治安維持本来その職務を担うべき警察に任せる。または、列形成してもその形成した列からは入場させないという手段が考えうる。

なお、参加者をあらかじめ管理し、次回以降の参加を禁止するなどといったペナルティも考えられるが、いかんせん徹夜をする人間が多すぎるので、人的・金銭リソースが足りず、このアプローチは困難であろう。

4 コミケ欺瞞は正すべき

コミケ一見自由表現ができる楽しい場、そして神聖な場のように見える。

しかし、このような欺瞞がまかり通るイベントでもあるのだ。

まず、正直者が馬鹿を見る状況はなんとしても変えるべきである

メディアで、いわゆる「始発ダッシュ」が取り上げられることがある。本当に哀れだな、と思う。だってルールを守って損をしている人々だから

そして、欺瞞容認するままであれば、コミケ自体価値が下がる。とことん下がる。

コミケを知らない人間から、やはり低俗イベントなんだね、と思われる。

コミケが「参加者はみな平等という崇高な理念を掲げる」なら、たとえ困難が付きまとおうとも崇高さを追及せねばならない。

今のままでいいなどという考え方はコミケを滅ぼすであろう。

2017-08-11

批評の仕方でその人が透ける

否の仕方を書きたいのだけど、まず賛の場合は下に書くことと変わる。

例えば映画マッドマックスFR」を見た場合批評に「くそったれ!!」的なことが書いてあるとしよう。

(例:ナニコレ。馬鹿じゃねぇか。監督キャストは薬やってんのか。アホなの?も可)

これは褒め言葉になる。

人は時に汚い言葉を使うことで褒めることがある。最上級の良いことは逆に汚い言葉で表すという手法だ(海賊サンジを参照)。

海外映画感想を見ると「FU○K」が並んでいて翻訳にかけると「クソクソクソ」って出てきたりするんだが、あれは褒めてるので日本だけの使い方では無い。

(ただし、個人的にはマッドマックスのような作品では無いかぎりその褒め方も好かないのだが。今日放送の「ミニオンズ」には使っていいと思う。クソ狂ってるラブリー映画だ。)


が、否定場合はそれを使った時点で否定する側の負けだと認識しなければならない。

賛否バランスがとれないではないか、と、思うかもしれないが、何故バランスをとらなくてはいけないのか。人は作品を見て賛を送るとき、興奮して感情を揺さぶられているので、言葉が出ないから仕方ないと思うべきだ。

しかし否の場合は、ある種怒り狂っている場合を除き冷静なはずだ。(怒り狂って大衆暴言を吐くのも人としてどうなのか…)

正直「クソ映画」なんて見なくても書ける。

それだけではなく、たとえしっかりと内容を(あらすじを、ご丁寧に、読書感想文の穴埋めのように、浜村淳映画批評のように)書いていたとしても、そこに「死ね」とか「クソ」とか「作ったやつ首くくれ」とか(これは分かりやすすぎ?)書いてあったら

こういう下品な書き方をして、他に攻撃的なことを書く人の感想なんてあてにならない。と感じる。なにより美しく無い。

まぁ煽れば煽るだけ拡散されていくだろう。しかし、そういう感想を真に受けるやつは精神年齢が低いと推測できてしまう。

否定的批判するなら冷静に批判しないとダメだ。理詰めが必要だ。

生理的に受け付けない」と書かれてもさっぱりわからないので、何が生理的に駄目だったのか自己分析する必要がある。

映画に限らず、駄目な作品は確かにある。しかしそれは人によって感覚が違う。

駄目なら駄目な理由をしっかり書かないと、「駄目」で終わってしまう。会話が終了する。

適当言葉で埋め尽くされた批評を読んだときの虚しさったらない。会話のキャッチボールが無い批評とでも言おうか。

ツイッターではどんな映画にもそういう感想がつきものなのだが、穢い言葉を使えば作品批判できたつもりでいるのは正直ダサくて幼稚だ。厨ニか。上西議員ツイッターか。

長々書いたが、こういったものは「批判」ではなく「非難」の分類だ。

非難は大抵人に価値観押し付けものであり、聞くに耐えない。

そのあたりを理解していない人が、批評家気取りはクソだと思うね。

(こうやって簡単最上級言葉として表せるし、筆者が低俗だとよくわかる締め方になっただろう)

2017-08-08

結婚してよかったこと

私は現在2歳の子持ちの妊婦ですが、結婚してよかったなと思ってます

1.下品低俗な会話を気にせずできる

夫婦共通趣味ひとつが、下ネタ。どんなえぐいことでも言いたい放題。

たとえば「石原さとみの○○に○○したい~」など便所のラクガキレベルのことを言っても、何もとがめられない。テレビの街頭インタビューに答えている女性容姿ディスりまくる、風俗嬢は割にあう仕事なのか論議など、会社でできない人格を疑われるような会話ができる。


2.家事をどっちかがやってくれる

これはお互い家事が嫌いなので、家事をする気分じゃないとき放置していると、どっちかが諦めてやる。ただ、なんとなく目に見えない役割分担のようなものはある。別にそれが全く何もやられていなくても「も~」ぐらいで終わる。


3.子供かわいい

単純に見た目がかわいい。そのかわいい生物が私のことが大好きで、上目遣いですがりついてきたりする。超かわいい

家事の合間に邪魔してきたりとか、家すごい汚されたりとかすると「子供むかつく!」ってときもある。「キー!」ってなるけど、子供とは今後も永続的に仲良く付き合っていきたいので、感情の発露として怒ることはあるけど、「試されてる!人間の器を試されてる!」と思いお世話。


4.生きる目標とか夢とかないし、趣味にかける時間お金もないけど、人生楽しい

仕事したり、家事したり、子どもの世話したりで毎日が大体、終わる。

趣味だった読書も今では全然してない。子どもまれる前は、夫婦でよく映画館に行ってたけど、今は全く行ってない。最近夫婦で見た映画は「私の奴隷になりなさい」をアマゾンプライムで。

飲み会夫婦ほとんど行かない、お互い友人が少なく人付き合いをあまりしてない。最近、服全然買ってない。

育児中に資格取っとくか~とか、どこどこに引っ越そう~とか色々考えてるけど、全部、生きるために考えてるだけ。

でも、人生楽しい子供かわいいし、夫はいい人だし何でも話せるし、それで十分楽しい

休みの日に家族みんなで床でごろごろしたり、公園行ってはしゃぐ子供見てるのが今の趣味


独身の人が羨ましく思うときもある

私の友人たちは、ほとんどが子供いないもしくは独身海外飛び回ったり、合コン行ったり、仕事を頑張ってるSNSの報告を見ると「いいないいな」と思う。

の子育児もこれから発生するから、その分また社会から取り残されるし、周りと比べ自分だけ若者じゃなくなった気持ちで悲しい。

でも大学時代のことを振り返ると4浪生の友達かいたし、自分も4浪したと思って子供の世話すればいいかー、という今の心境。

2017-08-06

ラノベばかり読んでるけど国語で全国2位取った

小6の時に角川つばさ文庫児童向け文庫)で出てた涼宮ハルヒの憂鬱を読んでからラノベ世界にどっぷりハマって高3になったというのに1週間に3冊くらいライトノベルを読んでいる。平浦ファミリズム面白かった。

そんな私でも東進の難関大記述模試国語2位が取れた。2位ともなると偏差値は81だった。

ラノベ低俗から読んでも益がないとか読むとバカになるとか言ってる方はどう思います

何も読まないとか無理やり名作読ませるよりはラノベでもいいから好きな本を読んだ方が絶対いいって。



ぶっちゃけただ自慢したかっただけなのに思いの外反響が大きかったので追記。

国語試験は、情報処理能力を試す科目であり、読書量はさほど影響しない、という意見には同意です。

現代文の成績が伸びない奴はラノベを読めという主張がしたい訳ではありません。

ただ、「ライトノベル」というジャンルを一括りにして一般小説よりも下に見られている現状には不満があります

確かにレーベルによっては青少年が読むには相応しくない作品もあるかもしれませんが、だからと言ってラノベ全てを排斥し、例えば図書室に置かないようにするのは如何なものかと思います

あと、私が読む本は9割がたラノベですが、古典もたまに読みます。(田辺聖子とりかえばや物語は薄くて内容も面白いのでおすすめ

というように複合的な要因も大いにあるので、因果関係は薄いかもしれませんね。

2017-08-02

ヤフー意識投票夏のボーナスの回

もらっていない35%でワロタ

ヤフコメ底辺すぎて草大爆発不可避wwwwwwwww

そりゃあ低俗低脳脊髄反射ウンコメが跋扈するわけだわ

もうちかよらないどこっと

ヤフー意識投票夏のボーナスの回

もらっていない35%でワロタ

ヤフコメ底辺すぎて草大爆発不可避wwwwwwwww

そりゃあ低俗低脳脊髄反射ウンコメが跋扈するわけだわ

もうちかよらないどこっと

2017-07-27

意味もなく、そしてとてもつらい

自分病気とは思ってないので、特に病院には行っていない。

それにしても些細なことが非常につらい

人の声やら電話の着信やらメールの未読やら低俗テレビ番組やら

これといって何もなくても何となく胸が苦しい毎日

なんでこんなにつらいんだろう、お前らつらくないの?

世の中みんな病気なんじゃないのか。

2017-07-26

ヤフコメがまた右翼っぽくなってる

元々右翼だらけの場所で、何故かここ最近は逆転して左翼ばかりになっていたんだが、

ここに来てまた右翼一色になっている。

 

なお、左右を問わず低俗な言説ばかりなので、どっちが良いとかはないんだが(どっちも悪い)

2017-07-25

はてな村不倫騒動ポリコレ棒でしばき隊


リベンジポルノは許されるのか?


想定回答

行為自体は許されることではないが、酷いことをされたならそうせざるを得ないのも分かる」

 →自力救済私的制裁肯定意見であり、政治的に正しくない。

かろうじてmigurin氏が同様の主張をしていて、スターも集まっているが、

多くの類似ブクマページの中では残念ながら極めて少数派であると言わざるをえない。

はてな良心は一体どこへイッたのか。

http://b.hatena.ne.jp/entry/342316265/comment/migurin


男女の私的領域他者が口を挟んで良いのか?


想定回答

「そうは言っても伊藤氏の卑劣さは常軌を逸しており、これには相応の非難がされるべきだ」

 →刑事事件にはしないと伊藤氏が言ってる以上、これは民事である

  原則当事者間での解決を図るべきで、これに外野がとやかく言うのは政治的に正しくない。

この当たり前すぎる原則を、take-it氏くらいしか主張しておらず、スターもほんの僅かという惨憺たる状況

http://b.hatena.ne.jp/entry/342274262/comment/take-it


結局ゴシップ消費でしかないのでは

文春を低俗ゴシップ雑誌嘲笑える立場にない人が大勢いる。

まあそこまであからさまなダブスタをやらかす人はいないだろうが、

文春の時は批判しておいて伊藤氏の醜聞に対する外野ゴシップ消費に対してはまったく熱量が違うのはおかしな話だ。


またブコメでは伊藤氏が早漏であることを秒速アウトプットなどと称して、

性的コンプレックスを刺激するようなことを非常に醜い悪意でもって揶揄する人間大勢いた。

これがゴシップでなくて何だというのか?



被害者属性によって扱いを変えて良いのか?

女性被害者であった場合はてな村政治的正しさは非常に歪んで発揮されるように思われる。

性犯罪者にはGPS追跡しろ性犯罪履歴のある教師学校情報共有しろ、等々、

まるで女性被害用の特別刑法でも存在しているかのような応報感情が噴出する。

被害者弱者だったら特別に許されるのだろうか?

だったら子供という弱者被害にあったイジメ問題については、

ネット加害者個人情報を上げるといったリベンジは、「よくはないが仕方がない」と消極的肯定ができるというのか?

酷いことをされたらリベンジポルノ名誉毀損殺害脅迫も全て「仕方がない」と言えるのであるならそれはそれで一つの意見だが、

それは間違いなく圧倒的に政治的に正しくない。

不倫における加害性を一般的に論い、これを非難するのであればよいであろう。

だがあからさまに伊藤個人に向けるような非難政治的に正しくない。




一連の騒動政治的に正しくない大勢の人々を、私はしばきたい。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん