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2018-04-23

anond:20180423230330

かにそうかもしれないしかし、全然会話が成り立たないのです。色々な面で不安になってくる。

2018-04-22

anond:20180422171753

法学理論上はそうかもしれないけど

実際の社会的非難云々を考えた実務上のことを考えると

現実事件っていうのは単純ではないじゃないですか

2018-04-21

anond:20180421230219

そうかもしれないけどなんとかできないかなあ

俺は理解する努力をしてるつもりけどものすごい疲れる…

anond:20180421153658

ダイエーの大型店舗そうかもしれないが、都市部存在するダイエーほとんどは小型スーパーとしてのセイフーがメインだったはずだから

セイフーだった店舗はみんなビッグ・エーになってるはずだよ。(もちろん、お取り潰しにもなってるだろうが)

2018-04-18

昨晩は、酒量を抑制した。やっぱりお酢を飲むのは著効するみたい。

30ミリリットルくらい炭酸水で薄めて一気飲みした。

脳みそ酢酸エネルギー源にするようになってしまったのか?

☆頭における血流が増えるようなグルグルしているような

感覚に襲われた。これってレグテクトを服用した後の

感覚類似していると言えばそうかもしれない

これから毎晩ビネガーソーダを常用しつつ様子を見よう。

☆朝の目覚めも比較スッキリ抑制の結果眠りが深まったって

ことだろう。

宿泊の来客が帰って通常モードに戻ったというのも酒量抑制できた

要因かもしれない。

2018-04-16

被害妄想がひどい

周囲が自分に全く関係ないはずの話をしているはずが、

自分の事を悪く言っていると感じてしまい、怒ってしまう。

後々、冷静に考えて見ると自分の話ではないことに気づき

怒ってしまった自分がっかりする。

妄想ではなく事実から怒るという人もいる。そうかもしれない

フォローしているのか、死体蹴りをしたくて言っているのかわからなくなり

人間不信捗る

自意識過剰という人もいるが、それは自分でも自覚している。

しか自覚してもあまり改善されていない。

2018-04-10

青二才キャラはてなの外でも通用することが証明されつつある

togetterの扱いがもう完全にはてなと同じ珍獣扱いになってきて腹を抱えて笑っている。

どこにいっても本当にぶれないのは一周回って格好よく見える。

しか青二才はてなの外に出ていってもはてなの中と同じことやって同じ扱い受けて同じリアクションするならなんでわざわざはてな村出ようとしたんだ。

やはり自分はてなでとどまるようなチンケな男ではないと考えているのだろうか。

そうかもしれない。彼はもっとピッグな存在になれるはず。

頑張れ青二才!負けるな青二才



通りすがりの人曰く

わっちから言えることは、アイコンにされている霧雨魔理沙がかわいそうだということだけじゃな

2018-04-08

福島の桜

今年も桜の季節が来た。

今の日本で南から桜前線が通過しているのは、ちょうど東北付近もその一帯だ。

私は福島出身だ。

場所沿岸部、幸いな事に津波の影響はなかった。だからこうして、帰省することが出来る。

あれから、7年経ったそうだ。

私は今年、運良く桜が咲きはじめた頃に帰省したので、母と2人でドライブがてら県内の桜スポットを巡った。

久しぶりに母とあちこち行った気がする。

最初に行った公園は私が知らない公園で、桜は5~7部咲きだった。

それでも綺麗だったし、母がこんなところに連れてきてくれた事が意外だったが嬉しかった。

母はちょっと歩いた先に、ヨットハーバーのようなところがあると言った。そこは震災津波被害にあったけど、作り直されたんだと言った。

復興が進んだんだな、とそこを見に行った。釣り場や、ヨットか船の停泊所があり、近くの海辺では子供たちが遊んでいた。

私はその場所を見下ろせるところにいた。震災の時、津波で飲み込まれ映像の地形と似ているなと思った。

それから、新しく某商業施設ができるところを見に行った。

工業地帯で、道路がとても広い。

この商業施設(スーパー)がオープンしたら、この道路もいっぱいになって動かないんだろう、と母が言った。

市内に大型施設ができると道路が混雑したことを思い出した。きっとあの施設オープンしたら同じことが起こるだろうと思いながら、外壁が出来上がったその建物を見つめた。

どうやらこの複合スーパーを作るのに、地元商店街やら何やらから反発があったらしい。どのような着地になったのかはわからないが、1部では歓迎されないと言うのは、きっとどこにでもある問題だろうけど、それはここでも一緒なんだな、と思った。

私はここが、市内の活性化の場になるとか、今まで無かった何かの場になるとか、そんな事を望んでしまった。

はっきり言って市内の人間はこの施設を知らないわけはないし、控えめに言ってみんな楽しみにしているのである

市内に初めてスタバができたあの時の比では無い。

ここでも、新たな復興の形を見た。

隣接するアクアマリンとららミュウ活性化することを見込んだ配置。有難いなと思った。

観光客にはぜひ金を落としていってほしい図式が出来上がっていたので、施設並びに出店店舗にはぜひ頑張って頂きたい。

因みに、市場のようなあれの中で炉端焼きができたりするので観光客の皆さんはアクアマリンに行ったあとにぜひ魚を捕食して欲しいと思ったのでオススメしておく。

その施設工事現場を見に行ったあと、1時間ぐらいか?かけてその場所に行った。

県内、あるいは市内では有名な夜の森公園という所だ。

車でずっと走って行った。途中、山の中では桜の開花が遅いようだった。

夜の森も桜がまだ咲いていないのではと母が言う。そうかもしれないね、と私は返す。

それでも、夜の森の桜に向かった。桜を期待していたのかもしれない母には悪いが、私は咲いていなくてもそれでも良かった。

車で行く途中、母といろんな話をした。

私が子供の頃そこを見に連れて行ったこと、私はちょっとだけ覚えていると言ったこと。昔の話をするにはい時間だった。

カーナビ目的付近だというそこは、確かに並木で、桜のトンネルだった。

ピンクに覆われたトンネルは7部咲きではあっても圧巻だった。

尚且つ、車も通らない。なんなら人も居ない桜並木写真に収めるとなんの邪魔もなかった。間違いなくインスタ映えするだろう。

ただやはり、何かが違った。

その地域に入ったあたりから気づいてはいた。

人が住んでいないのだ。

家があっても、農家だとわかる家やどんなに新築に見える家があっても、人が住んでいる気配が全くない。

それはたぶん、普段生活している中で経験することは無い事だし、あの地域に入ったあの違和感や何かしらを感じるなんてことは不可能だと思える。

まり夜の森原発事故によって帰宅困難地域により、進入禁止にされている地域を含んでいた。

一部しか通行することは出来ず、廃墟となったコンビニか何かがある所には、柵でその先を閉じられていた。

柵の先と、自分今立っている差は、何が違うのかまったくわからなかったが、その柵の先もお構いなく、桜並木は続いていた。

次の週からライトアップされるらしい。

桜が散る前だといいな、と思った。

人が住まない町。アレ以来、何度か訪れた。

家がある。だが人は住んでいない。道すがら、桜はこれから咲くんだよと話した。風景でわかる、普通じゃない景色。私の地元ではないが、それはっきりとわかる。

桜は綺麗だった。

2018-04-04

恋は絶望

私にはもうすぐ付き合って半年彼氏がいる。

私は社会人、彼は学生、年齢は私が年下、そして遠距離恋愛である

お互いに精神的に不安定な部分があるので、二人して落ち込むことがある。

その時に彼が、「○○(私の名前である必要性をあまり感じない」という旨のことをぽろっとこぼした。

また別のときに、「○○(私の名前)が僕を嫌いにならないなんて信じがたい」などとも言った。

私は彼のことがどうしようもなく好きなので、

「じゃあ私がいいと思ってもらえるように頑張るね!」だとか

「信じなくてもいいよ」だとか言った。強がった。

正直、「私がいいと思ってもらえるように頑張る」のは付き合う前の片思い中だからこそ成立する話だと思うし、

それならなぜ付き合っている?キープか?と思う。

「信じなくていいよ」と心の底から思っているわけもなく、もちろん信じてほしいのだ。

である必要性をあまり感じておらず、いつか嫌いになられると思っているのにも関わらず、

彼は私に好きだと、愛していると言うし、結婚したいねという話もする。

果たしてこれはどういうことなのかと、私は少し困惑していている。

私は付き合いたての頃、隠し事はされたくないししたくない、と言った。

彼はそれを忠実に守っていてくれているだけなのだと思う。

しか好きな人に言われてとても傷つく言葉はあるし、なるべくならそんな言葉は聞きたくない。

伝えるにしてももう少しオブラートに包むとかしてほしかったなと、

心にずうっと引っかかっている言葉をふと思い出すたびに思う。

思い出すたびにショックを受けるし悲しいしつらいし傷つく。

私はこれから彼にどんなスタンスで向き合えばいいのだろうか。

宣言した通り、私がいいと思ってもらえるように頑張るべきなのか?

頑張るにしてもどうやってなにを?もうなにもわからなくなってしまった。

最近毎日のように振られる夢を見るし、何を言われても「私でなくてもいいんだろうな」と思ってしまう。

彼が私のことを信じられないように、私もまた彼を信じられなくなってしまったのかもしれない。

からみれば、別れたほうがいいと思われるかもしれない。

すでに友人たちには遠まわしに言われている。たしかそうかもしれないとは思っている。

でも私は彼のことがどうしようもなく好きなのだ

遠距離で月に1度会えるか会えないかでも、思うように連絡がとれなくて電話もできなくても、どれだけ悲しい言葉を言われても、

それでも私は、彼の声が、匂いが、仕草が、言葉の選び方が、考えかたが、好きなのだ

まさに惚れたもん負けである

こんなに彼を想っていても、私である必要性をあまり感じてもらえないのだ。

本当に、恋は絶望だ。

2018-03-31

anond:20180331071910

あくどい政治手法として、「敵を作るとまとまる」というのがある。

社会的弱者は、周りが厳しくあたったとしても反抗するすべがないので、スケープゴードにされやすい。

まあ、社会的弱者を傘に来て周りにいろいろ強要することもあるのはそうかもしれないし、何よりもストレスがたまってるから周りにきつく当たるのはあるかもしれん。

で、あのへんが諸悪の根源だ!と煽る奴がいる。

騙される奴もいるだろうけどね。

なので、「政治の諸問題をそらすスケープゴードとして使いたいあくどいやつ」「それに騙される馬鹿」の2つからなってるというのが言えると思う。

2018-03-29

anond:20180329021745

どうしてもこれがやりたい+数カ月で売上が見えるようなの以外ほんまにやめておけと思う。

もちろん、ベンチャーイノベーション担い手だというのはそうかもしれないが、それを満たせず潰れていったのがどれだけあるか。

たまたま金持ちで、かつ信頼できるような人に僕が全面的サポートするから事業やりなよ。という話があったのでない限りやめておいたほうがいい。

僕が見てる限りうまくいってるのはそのパターンだ。まあ、それには目の前の仕事をきちんとするのが第一だが。

あと、公費自動的借金しないと成り立たない。

そのくせ書類ばかり多くて、コンサルもつけて指導やそれこそ裏道でも教えてもらいながらやらんと、何のために公費とりに行ったのか言ったのか本当にわからん。

公費とりに行ってうまく行かんかったら、即会社潰す、ならいいのかもしれんが、まだできるとガンバルが開発が遅れると、当然借金返済が見える。

足元みたいやつばかりごそごそうごめく。それで親兄弟親戚全部切る判断して、自分相続見込み財産全部捨てる覚悟でいこうとしてるな。

起業しなかったらうざい母親だったがここまでうざくならんかっただろうなとも思う。

2018-03-28

空気が読めすぎる能力

なぜかはわからないが、アスペルガー症候群真逆のように、空気が読める。

正確には、自分のよく知っている人が何をしたら、どのような反応をするのかを正確に読むことができる。

おそらく95%くらいで当たるので、役に立つ能力だと言えばそうかもしれない

大学時代は先輩・同期・後輩がどのようなことに価値を感じており、何をされると嬉しいのかわかるので、気の利くヤツと周りから重宝されていた。

モテるような容姿ではなかったが、好きな女性の機嫌やされると嬉しいことがわかるので彼女はできた。

会社に入ったら、上司ともツーカーのようになるので、気の利くヤツとして、それなりに出世した。

出世というか、上司や先輩から可愛がられ、社内の王道的な部署ポジションにいるというのが正しい。

ただ、なんとなく途中からおかしくなってきた。

何をしたら、どのような反応をするのがわかるということは、ほぼ正確に実コミュニケーションエミュレータ上で模倣できるということだ。

学生時代にはそんなことはなかったのだが、仕事で忙しくなればなるほど、

エミュレータ上でのコミュニケーション自分が頼ってしまい、他者とのコミュニケーションが疎かになりはじめた。

これは問題だと思って、真面目に連絡や相談をするようにしたが、そこで返ってくる反応は自分想像と変わらない。

慢心もあり、さら自分エミュレーションに頼り始めた。

はいえ95%の精度ということは5%は失敗する。失敗してはいけない上司意思決定の読みを失敗してしまうことも頻発した。

社内での評判は、周りに情報を流さないヤツ、スタンドプレーをするヤツと低下していった。

家族もそうだ。どうせ言っても仕方ないと、自分の中で問題を溜め込み、妻からも見放された。

悲しいかな、彼らがこのような反応をするだろうことも織り込み済みだった。

自分は誰に何を認めてほしくて仕事をしているのだろう。

自分は何を楽しいと思って、人生を生きているのだろうか。

2018-03-27

anond:20180327091002

こっちのエントリがまず目についたからつい書いてしまったごめん

もちろん元の方の理屈は変てこだ

村八分とかはそうかもしれないけど

いじめもいろいろあるからそれだけじゃないとおもう

根源にあるのはもっと別の何かだ

2018-03-24

[][]「父から聞いた話」/「安倍首相にガッカリした」

から聞いた話

15年程前、父と話していた時に父がこんな事を言い出した。
「実はな、俺の中学時代同級生北朝鮮拉致された人が居た。」
と言っても、父とその同級生は仲が良かった訳では無い。
そもそも、父が中学の頃は一つの学年で40人のクラスが6組まで有ったらしい。
その中で、1年だけ同じクラスになった事のある人の中に、後に北朝鮮拉致された人が居たという話。

調べてみたら、その拉致被害者は確かに拉致被害者に認定されていた。
父もそんな同級生が居た事は忘れていたらしい。
珍しく同窓会に行ったら、そこで話題になり「あいつは北朝鮮拉致されたぞ。」と言われて知ったらしい。

ただ、やはり、そういう話を聞くと感傷的になるのだろう、父も、その同級生日本帰国して欲しいと思ったらしい。
その同級生は未だに、北朝鮮拉致されている。
からこそ言いたい。「私は今、安倍首相にガッカリしている」と。

安倍首相にガッカリした

父の同級生北朝鮮拉致問題拉致被害者が居るという事を知り、北朝鮮拉致問題に興味が出て、拉致問題について調べる様になった。
その中で、ある一人の拉致被害者の話に興味が出た。その拉致被害者の名前有本恵子さん。
有本恵子さんの拉致の経緯について説明する。

有本恵子さんは神戸に生まれ神戸市外国語大学という大学に進学した。大学生を卒業ロンドン語学留学に行った有本恵子さんは
現地で出会った人物仕事を紹介され「市場調査」の仕事を始めたという。そして、帰国予定の昭和58(1983)年8月9日に「仕事が見つかる 帰国遅れる 恵子」
という電報実家に届き、同年10月中旬コペンハーゲンから手紙が届いたのを最後に音信が途絶えた。

この「市場調査」の仕事を紹介した人物北朝鮮工作員だったらしい。
よど号ハイジャック事件北朝鮮亡命した人達北朝鮮工作員として当時ヨーロッパに出向いて、
語学留学ヨーロッパに来ていた日本人を誘い、北朝鮮に連れて行っていたらしい。)

音信が途絶えてから5年後の1988年9月北朝鮮拉致されたとされる石岡亨さんという人物札幌実家に一通の手紙が届く。
その手紙には石岡亨さんと有本恵子さんと松木薫さんという三人が北朝鮮平壌で一緒に暮らしている事が書かれ、写真が同封されていた。
この手紙ポーランド消印が押されており、非常に小さく折りたたまれていたらしい。
おそらく、北朝鮮旅行に来たポーランド人に出国する際にこっそり手渡された物なのだろと考えられている。

有本恵子さんが生存していて北朝鮮に居る事を知った有本恵子さんの両親は、当時、朝鮮総連と繋がりが有ると言われていた社会党議員で、
地元の有力議員だった土井たか子議員に話をしに行った。しかし、社会党が動く気配は無かったため
有本恵子さんの両親は、当時外務大臣だった自民党安倍晋太郎議員事務所に連絡を入れた。
安倍晋太郎有本恵子さんの両親に自分秘書を同行させて、警察庁外務省へ赴き話をする様に指示したという。
しかし、警視庁外務省も「国交がないのでどうにも出来ない」としか言えず、外務省は「危険ですので、秘密にしておきましょう」と口止めをしたという。

後に、小泉内閣の時に北朝鮮から日本政府に渡された報告書では、石岡亨さんと有本恵子さんは、石岡亨さんの実家ポーランドから手紙が届いた二カ月後の
1988年11月に死亡したと記されていた。

この、安倍晋太郎議員秘書をしていたのが、安倍晋太郎の息子で、現在内閣総理大臣安倍晋三だ。
謂わば、安倍晋三政治家としての心得を父親から学んでいた頃から北朝鮮拉致問題に触れた立場に有る。そして、
拉致問題解決こそがライフワーク」と豪語していた事さえある。

それなのに、第二次安倍内閣になってからの数年間、北朝鮮拉致問題は進展していない。
拉致被害者の帰りを待つ人は80代後半~90代の年齢になっている人も居る。もう時間は残されていない。

森友・加計問題野党自民党に難癖をつけているだけと言えば確かにそうかもしれない
だが、「拉致問題解決こそがライフワーク」とまで豪語した安倍首相からこそ
今の任期内に拉致問題解決する気概を見せて欲しい。

正直、拉致問題解決へ向けた進展を出せていない安倍首相にはガッカリしている。

もし、今期の任期中に安倍首相拉致問題解決する事が出来なかったなら、私は
次の衆議院議員選挙では、自民党を見限り、立憲民主党民進党投票するつもりだ。

今期の任期中に、安倍首相には政治家生命の全てを賭けて北朝鮮拉致問題解決して頂きたい。

2018-03-22

一度、遺書を書いてみたことがある

まだ20代だけど、けじめのために遺書を書いたことがある。

大事な人に、ありがとう手紙

今までお世話になった人に、ありがとう手紙

そして、遣り残したこと(それを託す手紙

いつ死んでも大丈夫かもしれないな、と思ったら

なんだか泣けてきたりもした。

遺書書いてみてよかったのが、心の整理が出来たこと。

死ぬ準備が出来ると人間落ち着くってのは確かにそうかもしれない

自分に素直になれる最後の手段な気もする。

2018-03-20

anond:20180320160506

最近自分のことを発達障害とかADHDかいう人多いよね。なんでだろ?昔はそんなに言う人いなかったよね。いや、ほんとうに発達障害ADHDが昔の方が少なかったのか?そういうことではなく、そういう人の割合は変わってないと思うんだよ。なのにやたらと主張する人が多い。何のために主張してるんだろ?「自分発達障害からしょうがない。」と自分にも他人にも言い聞かせてるのだろうか?自分の苦しみを他人に分かってもらって少しでも妥協してもらおうとしているのだろうか? こんなことを書いていると批判される。たしなめられる。「あなた私たちの苦しみが分かっていない!差別主義者だ!」と攻撃される。そうかもしれない現代は苦しんでいる人を攻めてはいけないのだ。疑問にすら思ってはいけないのだ。ましてやこんな風にSNS意見言ってはいけないのだ。こんな風に他人の苦しみがわからずに、空気を読めずに自分の感じたことをそのまま話すことはいけないのだ。だ・か・ら、自分発達障害というアトリビュートアサーションすることによって、自分自身の存在肯定しているのだ。僕は悪くないと。

anond:20180320102131

増田そうかもしれないが、

世の大多数の人は過去なら良くて現在なら駄目と考えている

処女厨増田死ぬほどブコメで叩かれてたのに

みんなこの増田には優しい なんでなんだろうねえw

wつけてまで揶揄する事ではなく、単に↑だから

とりあえず自己顕示

狂気に憧れる凡人の話

 それはほかでもないぼくのことであるのだが。何よりもまずこのもったいぶっていかにも尊大そうな文章ケチをつけなければならないが、どうしてもこの文章じゃないと書けないのは、普段自分の頭の中をかけめぐる独白の数々がもう常にこの状態で、いくらケチをつかえようにも治らないのである。そしてその結果所々に綻びが生じる。そしてそれを許容するにはあと何十年も人生必要になるだろう。

 明け方明け方といっても現在午前19時である。日当たりのいる部屋に住むせいかカーテンを未だ閉めているせいか太陽を拝むことはないのだが、とにかくこの時間までぼくは寝れずにいた。寝れないときに頭を駆け巡るのはたいてい直近の過去反省か僕が主役の何かしらの劇的な映画である。ある時は正統を追い求めた結果化け物となる主人公を演じ、ある時は自分の人当りを恥じたり、ある時は海外旅行先で危うく性欲に負けそうなった事実を思い出す。現在過去からの逃避のためにぼくは狂気自分を追い求める。その狂気というのは目的達成のために没頭することができて周りを省みずそして周りもまた本人を認めている状態を指す。つまり自己実現自己顕示が両立した理想的状態に憧れる。そしてその状態過去いかなる自分構成している伏線を全て回収し、何等かの今現在の結果にすべて一本の柱で繋がることを求めている。求めているのである現実はそうはいかない。そのような狂気自分自分に舞い降りたことはなく、狂気の結果になったこともない。狂気を演じてみたこともあったがそこに生じたほころびはむしろ自分を苦しめることになった。つまりは結果が伴わなかったのだが、それはそうとしよう。なにより自分自身はどこまでも凡人で、その凡人さと、そして誠実さを追い求めていたという現実に直面したのである狂気理想、凡人も理想。でも現実は凡人。では理想は叶ったと思うが、これもまた難しい。この構造がよくわからない。凡人という層の上に狂人という層が乗っかっていて、その両方を求める自分がいるのであろうか。

 これはぼくの物語妄想に関連してくるのだと考える。ぼくの頭の中の物語、しばしばそれは12歳の頃から文章となって表現され印刷され、多くの人に読ませたりはたまた読まれたりしたわけだが、その妄想こそが平凡の上に狂気コーティングされている。つまり、世のなかに多く知れ渡るフィクションと全く同じ構造を取っている。具体的に言えばスターウォーズ

 例えば運命の申し子になりたがったり、運命に反逆し新しい法則を作り出す存在になりたがる。誰しも考える物語そうかもしれない。だからこの文章ありがちなものになり得る。それはしかし考え始めるとまた大変なので置いておく。

 まず、基本となる法則を追い求める。例えばスターウォーズでいう「フォース」であったり、よくある「運命」だったりする。「強大な支配者」だったりもする。そしてその基本となるものに、自分は「狂人」となり法則に準じて動いていく。妄想世界でこの法則絶対で揺らぐものではない。妄想世界ではぼくは絶対に間違えない。法則を間違えない。

 これこそがぼくの今の状態を作り出すのである。平凡の狂気の同居を求めるということ。つまりそれは究極的には平凡を求めているのかもしれない。絶対正しいとされることを妄信的に突き進めばぼくは幸せになれる、自己実現ができるという、ある意味思考停止を求めた状態なのかもしれない。価値観の氾濫するこの時代である。よく大昔の評論でいう「大きな物語」の終わった時代。それが昔。らしい。ぼくの生まれる五年ほど前にそれは終わり、今は価値観の氾濫する時代になっている。だからこそ強い価値観が生まれカウンタ―も強い。2011以後、それを強く感じている。もはや学べば学ぶほど何が正しいかからなくなり、そして終着点が分からなくなる。よくフィクションで言われる「それは己が決める」そうしたい。そうしたいし、それが正解だと思う。しか自分が間違える存在で、正しいところに合わせなければならず、もし自分がそれを踏み外せばそれすらしばしぼくの責任ではなく(大きく元を辿れば自分責任なのだが)、自捨を求められる「大きな物語」の中にいたぼくが、この物語の氾濫するなかでそれを選択し生きていけるのだろうか。しばしぼくらは尊重される。マイノリティだとしても悪いことだとしても、その個人尊重される。されるべきである。一方でぼくを取り巻く規範がぼくにどう作用するのか。二つの全く異なるコミュニティを行き来してきた僕に何がどう作用するのか。1984よろしく二重思考である「わかっちゃいるけどやめられない」「間違っちゃいるけど間違っていない」恐らくこの二重思考も誤りであるが。そしてぼくはどちらかを選択し逃避する。どちらも正しいと思うのに。どちらも正しいと思うから。これがまたややこしい問題を引き起こす。

 本当のぼくはとても乱暴狂信者である。属する二つのコミュニティ規範に対して。とても乱暴妄信的な狂信者である。その折り合いは結局、この22年間でつけることは出来なかった。そしてもう23年目を迎える。自己実現自己顕示などもう参照ファイルの一個としてもったいぶって時折閲覧する程度でいい時期である。それすらも間違っているのかもしれないが。ぼくのただの達観という自己満足自己実現の1つの妄想の中の確信の1つなのかもしれないが。だがどうしようもない。この疑い逃れに堕ちぬよう絶対を見つけるまで日向ぼっこしかないんだ。何日も何十年も雲のように漂って。とっつきやす欲望転々として理由を探していたけど。ある日ある事あって。また嫌になったんだ。これまでの世界にもこの文章にすらシラケてしまった。ぼくは戻っていった。あきらめと忘却千羽鶴のように歩む生活の往来に。さながら長澤知之である。回想を繰り替えし思考列車回送を繰り返しながらぼくは今日もぐるぐると回り先人を参照して一時満足しまた離陸して宙に浮いて厨二に入ろうする。三十分が経った。整理できただろうか。ぼくはこうして前に進めない。前に進み規範に折り合いをつける技量もない。面白いことに一年前のぼくの就職診断で出た答えは「開祖」であった。宗教をひらけというのだ。つまりはもうぼくはそのようにして列車を止めることは出来ないから、早く駅を作りその駅に留まりまた路線を作り走り出せというのだ。それしかぼくのような人間は生きることが出来ない。社会でやっていくこともできない。

 そしてぼくのようなものは、地球上にゴマンといる。恥ずかしいことにマジョリティなのである。なんとも哀れ。恥ずべきこと。マイノリティを求めること時代マジョリティの発想なのである。この世に溢れるマジョリティを求めるマイノリティ物語などすべてその逆でしかない。この文章自己陶酔の一役目しか果たしていない。道具に頼らないだけマシであるが。

 夜が明けた。今日が始まる。あまり酔った文章を書きたくないのでどう締めたらよかろうか。この自分状態も、外の状態も、宵が明ける。上手い。よしこれで終わりにしよう。

2018-03-18

海野つなみ『回転銀河』の復刊によせて

ドラマ逃げるは恥だが役に立つ』の原作者として

一躍その知名度を上げた海野つなみ氏は、

さまざまなインタビューで語られる通り

決してヒット作に恵まれ作家ではなかった。

ここにきて過去作品が見直され、知る人ぞ知る作品ではなくなっていることを

子供時代からの一読者として、心から嬉しく思っている。

今回の復刊版の帯には「恋と多様性を描き続けて30年」のコピーがついた。

実際、この『回転銀河』はある高校を主な舞台としたオムニバス作品で、

一巻に収録されているのは、

姉と弟の恋に始まり男子から男子への感情女子から女子への感情…などなどさまざまだ。

ただ、「多様性を描く作家」といわれると、

その「多様性」という言葉の重さに、私個人は少し圧倒されてしまいそうになる。

海野作品の「地味さ」について

海野つなみ作品は、いつも「地味」だ。

姉と弟の恋、みたいな題材を扱っても、

恋にならないごく微妙感情の揺れ動きを描いても、

なんとなく、いつも、地味だ。

そして、それが彼女作品の一番いいところだと思っている。

姉と弟の恋のエピソードは、読者のおたより欄で

「弟にドキドキしてしまった」という投稿から

「そういうことはあるよなあ」と思ったところから始まったという。

この「そういうこと、あるよね」というごく軽い肯定

海野つなみ作品の最大の魅力であって、

そして「なんか地味」な原因でもあると思う。

から弟への想いも、

男子から男子への想いも、

女子から女子への想いも、

彼等はみんな、「私とは違うそういう人たち」として描かれない。

「そういうこと、あるよね」

そういう視点のまま進められる。

それは「多様性を描いている」といえば確かにそうかもしれないのだが、

あなたと私は違う、そして認めあおう」という描きかたというよりは、

「私はたまたまそうじゃなかったけどさ、そういう感じになるの、あるよね」

という、まるで友達雑談しているみたいな、とてもニュートラル肯定だと思う。

多様性を祝ぐような派手さはない。

地味に、私たち生活の地続きとして、また私自身のある選択肢として「多様性」はある。

そこに単純にある。

そういう描きかたをする作家だと思う。

そして、それこそが海野つなみという作家稀有な美点であると思う。

(余談なのだが、2話目の主人公であるイズミという底抜けにいいやつな男子がいる。

 めちゃくちゃ落ち込んで半泣きで家に帰って部屋に閉じ籠ってるのに、「にいちゃん!俺のじゃがりこ食べただろ!」と弟にキレられたりする。

 そのごく短い家での場面で、隅っこの目立たないところに「ママは後妻」って書かれてある。

 彼の家庭環境はそれ以降ぜんぜん話に絡んでこない。

 けど、あ、わかる、と少し思った。

 イズミという少年の優しさや性格の奥行きが育まれた背景があるんだ、とふと思わされる。

 家庭環境が複雑な子は優しい、とか言うステレオタイプな話でなく、ただ、そこに地続きの「多様性」を思わされる)

海野つなみ作品スクールカーストについて

海野つなみは目の前のことを否定しない人だ、と思っている。

あるじゃん、こういうこと、という感じで描く。

『回転銀河』にはスクールカースト描写がたびたび登場する。

立ち向かうべき悪習としてでもなく、

陰惨ないじめとしてでもなく、

ただ、あるよね、こういうこと、として描かれる。

海野つなみ作品は地味だ、と私は書いたが、

その意味ではこの『回転銀河』では三巻くらいか

「美しき悪魔のような双子」という全然地味じゃないキャラクターが出てくる。

成績優秀冷静沈着、自分達以外に価値を認めない、少女漫画萌えキャラ煮詰めたみたいなやつらだ。

けれど、彼等も結局この海野ワールドのなかの住人だなーと思ったのは、

彼らの行動はこのスクールカーストにえらく縛られているのだ。

それをしなければ、彼等は自分達の生活を守れないと感じている。

海野つなみスクールカーストを「そんなのくだらない」と喝破したりしない。

あるよね、そしてそうやって自分を守る人もいるよね。

海野つなみという人は少女漫画をずっとかいてきたひとで、

そこで繰り広げられるのは確かに主人公ヒーロー恋愛なのだけど、

いつもその片隅に、学校という生活のままならなさ、人が人と関わりながら生きていることを描いてきた人だと思う。

恋がすべてにはならないし、恋がうまくいけば生活すべてがうまく回りだしたりもしない。

そういう、どこか突き放したような距離感描写してきた人だ(だから地味なのだが)(そして地味だから好きなのだが)。



海野つなみ社会派作家

海野つなみ作品は、恋愛はこうであるべきだ、からも遠く、

同時に学校生活とは社会とはこうであるべきだ、からも遠い。

逃げ恥」は社会派コメディだと言われたが、

それはたまたま彼女の描いてきたものにそういうメッセージを読み取ることもできたというだけだと思っている。

(めっちゃかいところではそれっぽいのあるけど、炊飯器Amazonで買わないくだりとか)

ただ、少女漫画の基本文法では捨象されがちなことを、

するっとごくさりげなく描くことができる。

社会派なのではなくて、ただ、人間関係というもの

近視眼的ではなく一歩引いた距離で描くことができるだけなんだとおもう。

そこにはスクールカーストがあるし、

少しだけ家庭環境の複雑な少年がいるし、

地味で恋愛物語主人公エントリーしない少女もいるし、

同性愛者もいるけど「同性愛ににている名前のつかない感情」もあるし、

男女の間にも恋に似ている恋ではない感情がある。

だって、いるのだ。そういう人は。いるじゃん。

そして海野つなみは彼らを無視しないし、

センセーショナルスポットをあてたりもしない。

ただ、いるよね、って描く。

ひどくさりげなくふつうに、いる。

海野つなみを語るときに絵が硬い、と言われることがある。

それはわかる(『回転銀河』はアナログ時代作画と思われるため、『逃げ恥』とはすこし感じが違うと思うが)。

けれど、もし海野つなみの絵が恐ろしく緻密な書き込みであったり、生々しく柔らかい描線であったら、

きっと「いるよね、こんな人」のようなある種心地のよい距離感はなかったと思う。

あのどこか生硬な絵柄だからこそ、すっと受け入れられるのだと私は思っている。

そして、あの絵柄だからこそ、時々ぎゅっと心を掴まれるような清潔でうつくしいコマがあることを言い添えたい。


【追記】

ごw本w人wにw見られたwwwww

地味地味かいすみません…好きです…

(センセーショナルに、ことさらお話のために感情煽り立てたりしない、地に足の着いた視点で描かれている、というようなことを伝えたかったのです)

kiss事情ロマンスたまごと学園宝島と西園寺さんと山田くんゴールデンデリシャスアップルシャーベットと豚飼い王子と小煌女が好きです…

レスコープダイアリーズの補完または映像化待ってます………

2018-03-15

今日自分を壊した

いい人でありたいという自分最近嫌気がさしてきた。

どうてもいい人であることに対してもあまり気にしないでいた。

だけどいまじゃ自分が安く値踏みされている気しかしない。実際にそうかもしれない

ヒトが整然と並ぶ中にひときわ安値の額札をぶら下げている自分想像するのは、書きながらでも容易かった。

いやほんとうに自分はいい人になりたいと思っていたのか?

人間関係とかなやまなかった子供のころ抱いた夢は、わずかながら変化しつつも叶えるためのステップは歩めている。

けれどもある時さすって見つけてしまたこのどうしようもない空白はいまも空白のままだ。

かに愛されたいとは今でも思っているが、それはもはやかなわぬ夢となってしまった。

傷つきたくないという気持ちはだれよりも強かった。傷ついているだれかを見ることも耐えられなかった。

そのくせ相手感情なんてこれっぽち理解していない自分今日壊した。もううんざりだった。

これからは強く生きることだけを考えよう。力強く進み、自分が正しいと思うものだけを見据えて。それ以外は無視したっていいではないか

相手の考えに理解は示しても以前のようによりそおうとはもうしないのかもしれない。元から無理だったのだ。

支離滅裂文章だし、自分気持ちしか書き下せない。一方で今辺りを見渡しても、日々着実に様子を変え続けている机上の群衆しか書くものがないのだから仕方ないではないか

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