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はてなキーワード: ムーブメントとは

2019-03-18

ピエール瀧感謝する。

1995年青山正明雑誌『危ない1号』を創刊、特集は「ドラッグ」。96年に鶴見済が『人格改造マニュアル』を出版人格なんて簡単に変えられる、たとえばクスリを使えばといった内容。

で、鶴見済覚醒剤でパクられて『檻の中のダンス』を出版する。レイヴカルチャーに感化された鶴見社会に閉じ込められた身体ダンスで開放せよと説く。レイヴにはドラッグは欠かせない。特にアシッドエクスタシーはこの頃、日本でもアンダーグラウンドではたくさん流通していた。

96年には『RAINBOW2000』という大型レイヴ富士山の三合目で開催されて18,000人が集まった。フジロック前夜だ。石野卓球アンダーワールド、CJボーランドケン・イシイ細野晴臣アンダーグラウンドから一気にオーバーグラウンドへとテクノが浮上した。NHKでも特番放送されたこフェス日本におけるテクノムーブメントピークだったような気がする。

当時、電気グルーヴ武道館コンサートをするぐらいには成功していた。その一方でクラブカルチャーにもどっぷり浸かっていて、新宿リキッドルームイエローマニアックラブなんかで卓球や瀧がぶっとんでる姿を見かけた。瀧は20代からコークをやってたらしいが、六本木アマンドあたりを歩いているイラン人に声をかければ簡単に手に入るブツひとつだった。スピードよりもクールドラッグジャンキーの間ではそんな共通認識だった。

1995年前後東京クラブシーンはよく言えば熱のある、まあ、テクノに狂ったやつらが大勢いた。この空気感言葉で伝えるのは難しい。ひとつ言えるのは決して退廃した雰囲気ではなく、広義のテクノ音楽未来を感じ、皆、高揚感に溢れていた。当時のことを体験している、そして今もクラブに通うおじさん、おばさんたちは、この界隈の人たちがドラッグが大好きなことを知っている。テクノドラッグは相性がいい、というか、クラブミュージックドラッグありきのカルチャーだという側面がある。本人たちも当事者だったりするので黙して語らずだが。

瀧がパクられて、あの頃の郷愁を糧に生きていたやつらは、まあ俺のことだが、色々と終わったんだなと現実直視することになった。ドラッグ被害者のいない犯罪だというが、いま自分がパクられたとしたら妻や子供がどれだけ肩身の狭い思いをして、世間の冷たい目に晒されるかと想像すると辛すぎる。

90年代サブカルは終わったんだ。Shangri-La幻想だった。ロマン優光新刊を買おうと思っていたが今回の件で読む気も失せた。その金で息子に何か買ってあげようと思う。

2019-02-18

人の気持ち蔑ろにされている

先日の増田をはじめ「自分の機嫌を自分で取る」という言葉バズるのを最近良く見かけるけど、正直危ないなあと思う。

突き詰めたら、人間ロボットのように無機質に振る舞うことを良しとする世界が来そうだから


そもそも人間普通に気分の波がある。そうじゃない人は多分いない。

それで、腹の虫が悪い時に癇に障ること言うやつとか、モタモタ対応するやつとか、怒られて当然じゃん?

喧嘩売ってんのかコノヤローってなるじゃんか。

まり人として当然の反応なわけだが、冒頭の慣用句が支持される程度に、そういう人間らしい自然さが否定されるとかヤバくない?


「怒るのはいい、でも言葉を選べ」とも言われるけどさ、怒りや悲しみでキレてる人間言葉選ばせる?それすげー酷くね?

怒ったり悲しんだりするほどナメた対応された人に、冷静な対応とか言って更にストレスかけさせるのかよ。

人非人のやることだよなそれ。


そうやってストレート喜怒哀楽否定するどころか、「バカあるある」みたいに茶化すやつとか、「お前の怒りなんか知るか」と切って捨てるやつとか、本気で言ってるなら人の血が通ってんのか?って疑いたくなるよ。

パワハラとか、アンガマネージメントとか、心理的安全性とか、口の減らない生意気なやつを甘やかして調子づかせる最低なムーブメントだよマジで

そしてどんどん世の中が窮屈になってゆく。


そういう人の気持ちを軽視する風潮、やめませんか?

2019-02-16

百合ジャンル歴史現在 前

 本稿では、BL/やおいと比べ論じられることの少なかった「GL/百合ジャンル確立歴史と、その現状について考察する。

 はじめに、「百合」というマンガアニメにおけるジャンルを示す言葉概要説明する。「百合」とは主に、女性同士の恋愛と、それに満たない関係性も含めて描いた作品ジャンルを指す。川崎によれば、定説として語源ゲイ雑誌薔薇族」に由来する。男性同性愛を指す「薔薇族」と対になるよう、女性同性愛者を「百合族」と呼称した「百合族の部屋」というコーナーが1976年から不定期連載されるようになったのが始まりであるとされる(川崎2014:44)。当時はレズビアンを指す用語だったが、徐々にサブカルチャーに輸入され女性同性愛を扱った作品群を呼称する言葉に変化していった。

 まず、日本での「百合」のマンガジャンルとしての成立について述べる。そもそも大正ごろの日本においてマンガとしての形態以外で女性同性愛テーマにした創作物としては、性描写過激男性向けポルノか、少女向けの小説に二分されていた。特に女学生同士の姉妹関係エス」をテーマにした少女小説金字塔として、「花物語」(1925)などが代表される。しかし、大正時代少女文化として流行した「エス」の概念現代の「百合概念とは違い、上田は「自覚的女性を愛することを選択したというよりは、良妻賢母になるための安全なる予行演習という側面もあった」と述べている。(上田 2014:192)

マンガが発展し、女性同士の関係性を主題とした最も初期の連載作品1970年代ごろから山岸涼子「白い部屋のふたり」(1971)、池田理代子おにいさまへ…」(1974)、「ベルサイユのばら」(1972-73)のオスカルロザリーなどにみられはじめる。これらは、「24年組」に代表される少年愛テーマとしたマンガと同時発生的に少女マンガ誌に掲載されたものだ。藤本は、このころの百合マンガの大きな特徴として

 ①対照的な二人の容姿(中性的・くっきりとした美人可憐少女イメージ)

 ②演劇モチーフ(宝塚歌劇の影響)

 ③悲劇的なストーリー(少年愛を扱う作品対照的同性愛による葛藤描写)

を挙げている(藤本 2014:101)。これらの特徴は、1970年代女性の抱えていた抑圧感を反映していたものなのではないかと考えられる。女性作家による「少年愛」が現実の抑圧から解放として、性的未分化存在(少女)の何物にも縛られない感情の動きを描写したものなら、このころの「少女愛」はそれと対照的に、抑圧からの逃避としての悲劇的な結末が設定されることが多かったのではないだろうか。表現手法舞台設定は耽美幻想的でありながらも、当時の日本での女性のおかれる立場に忠実な閉塞感が描写されたものだと考えられる。また、この時代百合マンガ少年愛ほどの大きなムーブメントには発展せず、作品数も多くはなかったため、自然消滅的に衰退していった。

 しかし、1990年代同人誌文化の発達に伴い、百合ジャンルも急速にその勢いを復活させる。

まず、「美少女戦士セーラームーン」(1992-97)によって、女児向けマンガにおける戦う美少女という概念ジェンダー論的な観点においての大きな転換点となる。異性愛的な要素が物語の中心に関与していたにもかかわらず、同人イベントではセーラー戦士同士のカップリングを描いた作品が爆発的なブームとなった。その理由として考えられるのは、消費される客体としてではなく主体としての戦う美少女像が確立されたことではないだろうか。これにより、百合的な描写70年代における悲劇的な結末に向かう物語ではなく、少女が二人で主体的に幸せを獲得していく過程が重視されるようになっていったと推測できる。

そして、物語の中の関係から百合文脈を汲み取っていた時代から、前提として百合のもの主題においた作品も増加していく。代表的なものとして、「少女革命ウテナ」(1996-98)がある。この作品は、古典的少女マンガシンデレラストーリーを基盤に「王子様」と「お姫様」を少女同士に置き換えてなぞりつつ、70年代百合作品に見られた演劇的なモチーフや学園モノ、男装美少女といった設定を取り入れ、また絵柄としても耽美で繊細なものであったが、これらは意図して行われたパロディ化された演出だった。ストーリーの結末も、最終的には二人が離れ離れになる点は悲劇的にも取れるが、その後ヒロインたちの再会が示唆されている。アライによると、「王子様」と「お姫様」が結ばれてハッピーエンド、という構造少女同士で反復するだけではなく、最終的にヒロインたちは「王子様」と「お姫様構造破壊し、自身覚醒させ歩き出すことで、社会的女性規範を打ち砕くことができるのだ。(アライ 2015:57)それこそが「世界革命する力」であり、この結末によって投げかけられたのは、異性愛規範や家父長制へのアンチテーゼと、黒人女性解放運動日本女性ウーマンリブ運動などの背景を踏まえた社会的メッセージだった。

これらの2作品によって、社会的な動きと呼応した百合マンガの潮流が形作られはじめる。「セーラームーン」も「ウテナ」も少女マンガ誌に掲載されており、本来ターゲット層は10代の少女対象にしていたと考えられるが、ここでのプラトニック少女たちの絆がオタク層にも受け入れられ、恋愛的な文脈解釈した成年層による二次創作が爆発的に流行する。これと同時に一次創作オリジナル同人誌においても、「百合」という概念が定着しはじめ、少女同士の恋愛主題にした作品がみられるようになる。

 そして2000年代に入ると、マンガジャンルとしての百合を専門に掲載した「百合姉妹」(2003-2005)が発刊される。その後、「コミック百合姫」(2005-)に統合され、現在刊行中。専門誌の発刊は大きなジャンルの発達の手掛かりとなり、この雑誌に連載されていた作品アニメ化や二次創作流行によって、「百合」というジャンルがはっきりと定義されはじめ、広く認知されるようになっていく。しかし、その定義に関して「男性が主要人物として登場し、恋愛関係に介入する」「性的関係が生じた場合百合ではなくポルノ」などといったさまざまな議論が巻き起こったのもこの時期である

また同時期に、「神無月の巫女」(2004-05)や「舞-HIME-」(2004-05)などの少年誌で連載される百合作品が登場する。これらの作品は、少女マンガ作品よりも直接的な同性間の恋愛としての描写性的表現が強く押し出されていた。ここから現代男性向けと女性向けの要素を同時に内包した現代百合マンガ形態確立しはじめたといえる。2007年には、前述した「コミック百合姫」の姉妹紙として一迅社からコミック百合姫S」と「コミック百合姫Wildrose」が発刊。「S」は本誌よりソフトで繊細な関係性の百合を扱い、なもりゆるゆり」(2008-)が代表するような「日常系百合」の流れを作った。一方「Wildrose」は、それまで成人向けポルノとしての過度な性描写忌避されがちだった(厳密な定義での「百合」ではないとされる議論があった)当時の風潮の中、直接的な性描写掲載した作品を扱う専門誌として独立した挑戦的な試みだった。

 ここで、2008年に行われた「コミック百合姫」の読者アンケートを参照してみる。2008年7月号時点の『コミック百合姫』読者の男女比は男性27%、女性73%であるのに対し、『コミック百合姫S』の方は男性62%、女性38%となっている。つまり現在統合された「コミック百合姫」の購買層は、この男女比を単純に平均すると男女差はほぼ半々で、やや女性読者のほうが多いということになる。ここでは百合マンガの購読層を性別と消費の形態に4つに分類して考察した。

①「傍観」型女性

 女性購読層において基本的には、社会的比率を前提にすると異性愛女性のほうが多いと考えられる。彼女たちは少女同士の関係性に、「現実における異性愛ジェンダーロールによる苦痛から隔絶された「非現実的な同性間による越境快楽」を心の拠り所として愛好するのではないだろうか。なおこれについては、やおいBL ジャンルを愛好する女性においてもほぼ同じ理論適用できる層が存在すると思われる。

②「投影」型女性

 百合というジャンル性質上、他の恋愛形態をメインとしたジャンルよりもレズビアンバイセクシャルを自認する女性が購読層に多い傾向にあることは考慮するべきである彼女たちは、異性愛女性が「少女マンガにおけるロマンティクラブ」を夢見るのと同じように、自身性的指向に一致した自己投影先として「百合マンガにおけるロマンティクラブ」を享受していると考えられる。

③「傍観」型男性

 百合自分投影先の存在しないストーリーを消費するものとして受け取っている購買層。①「傍観」型女性とほぼ同じ論拠が適用できると考えられる。

④「投影」型男性

 百合マンガ登場人物自己投影する男性は、ジェンダーロールから解放と、女性との恋愛の疑似体験を同時に達成できる。この購読層の性的指向に関しては、社会的比率として異性愛男性が多いと思われるが、異性愛コンテンツNL)ではなく百合GL)を愛好する彼らに関しては、③「傍観」型男性よりさらに複雑な感情ルーツを持っていると考えられる。また、TS願望を持つ男性MtFとは区別する)や、同性愛男性共感を持って少女同士の関係性を愛好する例も、この枠にひとまず収めることとする。

⑤「乱入」型男性

 特に男性向けの性的描写の含まれ百合マンガ等においては、その世界の中に没入し登場人物の中に「混ざりたい」という観点で消費する層も存在する。これは上記の4つの例と異なり、少女同士の関係性ではなく「(男を知らない、穢れのない存在として描写される)レズビアンである少女を自らの男性性によって屈服させたい」というマウンティングによる性的欲望や、男性主人公やその代わりとなる女性キャラクター存在しない「ハーレムもの」といった受け止め方に由来するものと思われる。ただし、これらの男性百合ジャンルファンから忌避される傾向にあり、特に近年の百合主題とした作品においては減少している。

これらのファンがそれぞれ百合というジャンル定義について議論を重ね、各需要を満たすような創作物制作していったことにより、百合ジャンルが発展していった時期だった。

次に、2010年代百合文化を振り返る。このころに代表的な作品として挙げられるのはテレビアニメ魔法少女まどか☆マギカ」(2011)だろう。この作品は、「セーラームーン」にルーツもつ戦闘美少女系譜を受け継ぎながら、現代調に前提として百合意識して構成された作品ひとつで、魔法少女同士のカップリングを扱う二次創作が爆発的に流行した。

 また、少女マンガ誌において百合を扱った作品が満を持して再び登場する。70年代以降、異性間のラブストーリー(NL)に偏っていた少女誌において約30年ぶりに百合が復活した形で、「野ばらの森の乙女たち」(2011)や「ブルーフレンド」(2010―2011)が連載された。これらの作品は、少女漫画特有の筆致でありながらも明確な少女同士の恋愛関係としての描写があり、また両作品とも70年代のような悲劇的なラストを迎えることはない。少女向けの要素として、学園設定や疑似姉妹などの設定は残されているものの、これらは批判的なパロディというよりも前時代少女誌における百合作品に対する敬意からくるオマージュ解釈するほうがふさわしいだろう。これは近年において少年誌よりもジェンダーロールの強固だった少女誌界隈に百合ジャンルブームの波及がみられた、極めて注目すべき例である

<続きと参考文献リストこちら>

https://anond.hatelabo.jp/20190216025236

関係性を志向するファンダムのこれから 前

 本稿では、現在の「ファンオタク」が「関係性消費」を志向するようになってきているという事象を踏まえ、その内部の「男オタク」と「女オタク」のジェンダー格差や、関係性消費の今後について多角的視点から分析を試みる。なお、本稿においての「オタク」は、二次元三次元を問わずある作品概念グループなどを愛好すると自認している人々のことを指すポジティブ言葉として用いる。拡散多様化するオタク文化は2次元と3次元の壁を超え、全体像画一的に語るのはほぼ不可能なため、ジャンルジェンダーに関する詳細については各部で詳細を補完したい。

1【現代オタクデータベース消費から脱却する】

日常系が売れるのは「関係性」を読み取れるから

 「日常系」は広大なオタク市場の中でもかなりの割合を占める作品群だ。基本的には複数女性キャラ日常生活描写した4コマ漫画が多く、それを原作としたアニメ2010年代以降各クールに2~3本は放映されている。基本的ドラマティックで壮大な展開や激しい戦闘を行わない、いわば反「セカイ系カルチャーともいえるだろう。源流としては美水かがみらき☆すた」(2004)や、なもりゆるゆり」(2008)などが代表的ものとして挙げられるだろう。00年代初頭から現代まで増加傾向にある「日常系」は、現在も各メディアで売れ続けている。この背景には、やはり弛緩した日常風景の一瞬・ごく短いセリフや1コマのシーンの行間を読む関係性消費への志向への高まりが一因であると思われる。日常系の「物語性のなさ」は、逆に巨大な「行間」を生み出し、そこにオタクが各々関係性や物語想像して消費することができるからなのではないだろうか。

・「行間を読む」相関図消費の“複雑さ”への萌え

 関係性消費について、2,5次元舞台での「リアリティ担保に参加しつつ、舞台裏も消費するファン」や、「タカラジェンヌの四層構造」(東 2015:96-98)*1 で取り上げられた「各レイヤーを横断し、その要素を複雑に融合させながら関係性を消費するファン」は非常に興味深い。これに似た位相にあるコンテンツに、「バーチャルYouTuber」が存在する。「バーチャルYouTuber」とは、2D3D二次元アバター現実の肉体の動きとシンクロトラッキング)させ、そのキャラとしてゲーム実況雑談配信などを行う人々の事を指す。そもそもYouTuber」の動画には前提とされる物語世界観はなく、その動画単体でも楽しめることが前提とされており、多くのバーチャルYouTuberも同じく、上記の「日常系」にも通ずる他愛もない放送を行っている。しかしここにおいて重要なのは、「日常系」を「実在人物が演じる」ことがコンテンツとして確立し、今流行していることである難波優輝は「Vtuberの鑑賞の構成要素は、パーソン、ペルソナキャラクタという三つの身体に分けられる。そして、ペルソナキャラクタ画像がつねに重ね合わせられ、かつ、パーソン/キャラクタとペルソナの層がそのつど関係づけられながら、装われるペルソナが鑑賞者の鑑賞の対象になっている」(難波 18:121)*2 と論じ、これを「Vtuberの三層構造」と名付けている。

そしてバーチャルYouTuberは、電子の肉体によって軽々と他のバーチャルYouTuberとの関係性を構築する。コラボ放送などでみられる仲睦まじい様子を、鑑賞者は「Vtuberの三層構造」を横断し、「彼/彼女らのパーソンのレイヤーでの関係性」が見え隠れする片鱗をSNS動画において意識しながら鑑賞しているのである。また、バーチャルYouTuber側も当然「パーソンを消費される」ことに対する意識を持っているため、現実世界でパーソン同士が実際に会い、その時食べた飲食物画像投稿する、それに対して「パーソン・レイヤーにおいても継続される強い関係性」を読み取れるようになる、といった事象もあった。これはまさにタカラジェンヌの四層構造における「芸名存在」におけるパフォーマンスと相似であり、その表象が3DCGやVR機器の発達によりさらに「オタク」向けに変化(美少女美少年だけに限らず多様化)したものではないだろうか。「日常系」と「関係性消費」の拡張であり、またジェンダー次元の攪乱への大きな手掛かりとなるムーブメントだと考えられる。

まり、「実在人物が裏に存在するという事実に裏打ちされた生々しい日常系関係性」が、液晶内のキャラクタバター動画配信という形態の手軽さにより、オタク関係性消費への志向次元を超えてさらに加速していくと予想できる。

2【やおい文化百合文化から読み解くオタクジェンダー格差

関係性消費における性別によるジャンル分け(女性向け/男性向け)の無意味

 前章で関係性消費への志向さら高まると予想したが、本章ではオタクジェンダー格差について女性向けジャンル男性向けジャンルという分類の持つ意味合いやその内部の消費形態差異があるのだろうか。

もちろんHL(異性愛文化を扱う少女マンガ少年マンガにおいても恋愛友情ライバルなどの相関図は存在するが、メインとなるカップル男女の恋愛関係がメインに据えられることが多い。一方BLGL文化ではそれ以外の登場人物関係性をより深く読み込み二次創作に落とし込む、あるいは理想の相関図を一次創作で描き出す。今後どんどん規模を増していくであろう関係性消費においては、性別によるジャンル分け(女性向け/男性向け)は無意味になっていくのではないだろうか。しかしここではあえて、わざわざラベリングされている「腐女子」と「百合男子」という言葉意味合いについて掘り下げ、BLGL同性愛ファン文化それぞれの特徴から考察してみたい。

・「腐女子特有の親密さ

女性オタク人文学社会学研究に関しては、特に腐女子論」か「ジェンダー論」による先行研究が数多くある。その中でも数多く散見されるのは、「主体的女性性的欲望解放」といった視座からの言説であった。特に腐女子論」と「ジェンダー論」を組み合わせた言説では、「自らの女性身体が侵されない安全領域において、性的表象を消費するためにやおい文化は発達した」といったもの存在する。しかし、現在においてこれらの言説に私は違和感を感じる。勿論そういった側面も確かに存在する(した)と思うが、現在日本混沌としたオタクカルチャーの中で女性オタクの中から腐女子だけを切り取って上記のように論じるのは既にごく限られた一部の事例においてしか適用されない理論であるように思う。

 今あえて「腐女子」を論ずるならば、私は「腐女子同士の関係性」に目を向けたい。腐女子であることによる世間からマイナスイメージ払拭しようとしたり、イベントSNSでの趣味スラングの共有による特殊連帯が、このコミュニティでは無数に形成されている。やおいコミュニティ特殊性について東は、「やおいを好む女性たちは、一様に異性愛から疎外されているわけでも、異性愛を拒絶しているわけでも、異性愛を欲しているわけでもない。彼女たちはただ、異性愛排除したところで成り立つ、女同士のホモソーシャルな絆がもたらす快楽を求めているのである。」(東 2015:236)と述べている。さらに、腐女子は扱う創作物特性セクシャルマイノリティに対する理解が深く、またホモソーシャルな絆から発展し、腐女子同士が交際していることなどもよく小耳に挟む。シスターフッドレズビアン連続体、ホモソーシャル関係性を含んだ腐女子コミュニティは、作品上においても現実世界においても強い「関係性」を追い求めている集団なのではないだろうか。

・「百合男子」はなぜ流行らなかったのか

 では次に、GLを愛好する男性オタクについて考察してみたい。残念ながら、男性オタクの先行研究は数多くとも、その内容は美少女キャラクタへの欲望コミケでのゆるやかなホモソーシャル交流などになり、「百合男子」単体にスポットライトを当てたものは見つけられなかった。なぜなら、GLというコンテンツ受け手ジェンダーによって大きくそ意味合いが変化してしま場合があるからである。そして男性GL愛好者は、「美少女キャラクタへの性的な消費」という使い古された言説の中に含まれ見えなかった存在であり、その消費の仕方は齊藤によって「腐女子との比較でいえば、男性おたくの『萌え』にとっては、関係性のプライオリティはそれほど高くない」(齊藤 2009:154)*3 と評されていたのだ。よって、ネット上でGLを愛好するファンは「百合厨」「百合豚」などと呼称され、その性別限定されていない。これはGLというジャンル男性けが消費することに対することが上記齊藤の言説のような文脈を帯びてしまうことに対する対策と、実際にファンの男女比がほぼ半々であるため、両方の理由によるものと思われる。逆説的に考えれば、「腐女子」という呼称流行ったのはBLというジャンル女性が消費することを蔑視されることに対するアンチテーゼとして、BLファン当事者たちが自らをそう名乗ったことに起原するのではないかとも考えられる。

 また、百合コミュニティにおける異性愛忌避姿勢は、腐女子コミュニティのそれに比べてはるかに厳格なものに感じられる。先に述べた「男性による女性キャラクタの性的消費」とは違うことを宣言するために「百合男子/厨」を名乗った男性オタクたちは、腐女子のようにホモソーシャルな絆を構築することはなく、二次元三次元を問わずして異性愛的な欲望を抑圧されるようになった。この構造腐女子ジェンダー論に見られた主体的な性消費の解放とは真逆の道を辿っており、非常に面白い点だと思っている。

関係性消費によるジェンダー越境可能

 こうして述べてきたように、同性愛コンテンツファン構造は非常に複雑で特殊ルールの基に成立している。しかし、上記性的欲望を抑圧される百合男子に関しては、百合というジャンルの男女比がほぼ同じであることに大きく由来するだろう。つまり、「同性愛コンテンツを扱うにあたり、そのファン異性愛忌避しなければいけない」といった暗黙の了解のようなものオタクの中で存在しているということである。これに関しては、創作物消費者セクシャリティは隔絶して考えるべきであるという立場をとりたい。そして、特殊連帯プラスにもマイナスにもなり得るBLファン界隈と、ジェンダー問題に揺れるGLファン界隈は、第一章で述べたバーチャルYouTuber関係性消費をモデルとして再構築されつつあると考えている。バーチャルYouTuber関係性消費は、非常に複雑なジェンダー攪乱が日常的に行われている。パーソンがシス男性ペルソナシス女性キャラクタがシス女性キャラ同士の「絡み」は、GLともBLともタグ付けをすることが難しい議論になってくる。しかし、その関係性に惹かれるファンキャラクタとパーソンのジェンダーを軽々と越境し、その複雑な「関係性」を消費することができるようになるのである。これに似た現象アニメ漫画においても進んできており、創作物受け手ジェンダー必要以上にファンを語るうえで関係づけられることも少なくなっていくのではないだろうか。

【続きと参考文献リスト

https://anond.hatelabo.jp/20190216024058

2019-02-12

自分の全能感と自分賛同者が気に入らないと思えば排除されるべき思想

成人誌の製作者がどうであろうと関係ないし、エロ本なんて、どうでもいいことだけど

削除された【BuzzFeed News】「誰かを傷つけていることを、知ってほしい」成人誌がコンビニから消える意味 の疑問点について

https://togetter.com/li/1317790


この問題って、自分が辛い思いをしてそれに賛同してくれる人がいる時は、声高に排除叫びメディアもそれに賛同することだよな

たまたま、成人誌だったから、コンビニはそれに応じて、一部のコンビニはこの奇妙さに気付いたもの

すでに思想となったこ排除ムーブメント抵抗すれば、コンビニブランド自体が危ういと判断して思想の時流に乗っかった

だって、成人誌なんて、どうでもいいことだから

でも、問題本質は、多様な他人達との共存を受け入れる事を拒否して、自分が気に入らないと言えば排除されるべきだとみんなが考えてることだな

この成人誌被害者達だけでなく、排除をはじめるあらゆる人達団体において

しかも、公平であるべきメディアですら、その排除ムーブメントに嬉々として乗っかる

しかし、排除ゲームボスキャラ討伐に似た一時の快楽に過ぎなくて、現実には排除された側の当事者がいるわけで

当然ながら、時期や時代話題を変えて、排除は再びやってくるだろうに

論理的不要であるという理論展開をせずに、気に入らないか排除する行為には、いつか必ずしっぺ返しとしての排除が待っている

その考えが欠如した思想であるがゆえに、排除は、自らの全能感に満たされていて、賛同することもまた快感になるんだよな

2019-02-09

anond:20190209105527

外出時に護身用としてナイフを持ち歩くというムーブメントは一応はあったよ

緊急時」にどういうプロセスを経てナイフを取り出して構えるのかまで想定した人はいなかったので護身の役には立たなかったのだけれど(お守りに近い)

中には警察に職質されたとき用に身を守るために護身ナイフ持つという人もいた始末

基礎的な対人折衝能力コミュニケーション能力)って大事だよね

2019-01-22

anond:20190122011946

元々「ムーブメント」と言えるようなものはとっくに終わってない?

昔みたいにバカ騒ぎする事は減ったし、「その子が助かる代わりに他の子が死んでるだけ」ってのも知られてきたし。

前澤社長は「救う会ムーブメントの終わらせ方を知っていた

前澤社長が「おうちゃん救う会」に多額の募金を行う旨を呼びかけ、「おうちゃん」は無事に手術を受けられそうな目処がたった。

結論から言おう。前澤社長は「救う会ムーブメントの終わらせ方を知っていたんだと思う。

圧倒的な知名度を持つ圧倒的な金持ちが、特定の一団体にだけ大量の支援を行い、また支援を呼びかける。そして他の団体には何もしない。

これは、実は心臓移植を待つ「救う会」が海外で他の移植を待つ子供たちに対してしている事と同じだ。

要は特定の一個人だけ、助かる可能性に特大のブーストがかかる訳だ。

この後の「おうちゃん救う会」と、それ以外の「救う会」との間に何が起こるかが楽しみであり、不安である

2019-01-21

「男らしさ」を求められた記憶があまり無いんだが(37歳男性

男らしくない生涯を送ってきました。

が、別にその件で咎められた記憶がさしてない。


僕は体こそでっかいが、少女漫画おじさんだし(元は少女漫画少年だった)、甘いもん躊躇なく注文するし、独身だし、彼女いないし、動物全般好きだし、格闘技別にきじゃない、野球サッカーも見ないし、お酒宴会の時だけだし、煙草は吸わないし、ペーパーゴールドライバーだし。

ただそのことで人にネガティブな反応をされたことはあんまりないような(主観としては全くないけれども、印象に残ってないだけの可能性を考慮してこういう表現になっている。)。

最近日常で接する男性職場の同僚や行く先々の店の人ばっかりだが、「この人は自分より男らしいな」とか「自分ももう少し男らしくならなきゃ」というプレッシャーを感じたこともない。


アメリカのあのジレットCMそもそも日本とはあまりにも異なる社会文化で発せられたアクションで、我々がわがことに引きつけて論じられる範疇を超えてるのではないだろうか?

アメリカでは男らしさが非常に重視され(ると聞く)て、アメフトを見ない男はだめだし、体型が細いことすら一人前の男じゃないサインになる(と聞く。)

アメリカではジム通いはリア充ジョックスの嗜みでモテへの最短ルートだ(と聞く)が、日本ジム通いしてるのは僕のようなオタク入ってる変人DQN入ってる変人ばかりだ。


大体日本アイドルってチビすけばっかりじゃないかワイルドさやマチズモなんかかけらも感じさせない童顔チビすけおじさんグループである嵐がトップアイドルやれてる時点で、日本に「男らしさ」ニーズや抑圧がそれほどあると思えない。

youtuberですらそうで、アメリカティーン大人気のローガン・ポール富士樹海炎上したやつ)は背が高くて筋肉質なイケメンぼっちゃんなのに、日本の人気youtuberは全体的に背が低くてやせっぽちかでぶで髪を無理のある原色に染めないと覚えてもらえないようなぼんやりした顔つきで貧困層出身オーラ出てる人が多い。


日本社会全体でいうと「男らしさ」を求められる度合いなんて既に相当低くない?特定地域因習は知らないけど、関東圏で育った37歳男性の実感としてはそう。

自分ちょっと高学歴なのでyoutuberのようなそっちの階層のほうの人が好む男性像までチェックしたが、マチズモマチズモしたキャラなんかいやしない。

二次元コンテンツ主人公もだらしなさや弱音や気の抜けたこずるさを前面に出す主人公ばっかりで、今期アニメで男らしい主人公ってブチャラティぐらいだ。


からはてな社会議論には「そもそもその前提合ってるの?」という違和感が禁じえない。

男性も男らしさから解放されていいんだよ」って言われても、僕はすでに割と自由だ。


追記

ラファエルとかおるやんけ

あのバルクで「男らしい」とする価値観は僕の中にはないかな…

あれはぜったいによわい


筋肉価値観の違いだけど

政宗君のリベンジ」っていうアニメ主人公が「復讐の為めっちゃ鍛えて筋肉つけた!」っていってるシーンあって

その時の主人公の体型見た欧米オタクが「どこに筋肉があるんだ???」って驚いてて

欧米オタクですらそれぐらいに筋肉への要求ラインが高い

日本の細マッチョはあちらではただのオカマ野郎と見なされて「男らしい」にはならない

https://i.redd.it/5mgk1p7fyge11.png

ラファエルってこの左側だよね。


追記でお前自身が「あの程度の筋肉で〜」とか「よわい」とかやってるじゃん

それだよそれ

ラファエルバカにするのは「筋肉という尺度の上では雑魚」であってこれはマチズモではなくオタクだと自分では思ってる。

マチズモはそこから「男としてダメ」「社会存在としてダメ」になる感覚でしょう。

お前自身他人を見下してるのがデフォから自分に対する要求とか理解してないんじゃね?

クソ雑魚が偉そうになんか言ってるわwくらいの感じで

なんやそいつサイコやんけ

返信

htnmiki チビ低学歴を見下してる感がプンプンしてムカつくなこいつ(被害妄想

2019/01/22

正直容姿が売りの芸能人には背が高いことを(男女どっちにも)求めてるとこはあり、嵐をよく思ってないのが書き方に出た感はある。ごめんね。

ChieOsanai メリケンは男がトートバッグ下げてるだけでオカマ扱いされる国だから増田

2019/01/22

卒業パーティカップル参加できないと負け犬と聞く。厳しい。

Lhankor_Mhy それは大変結構ですね。もし「男は女性を守れ」とか「男は妻子を養って当然」とか「デートでは男が奢るべき」とか、男ってしんどいわ、と思うことがあったら来てください。そんなことがないのが一番ですが。

2019/01/22

それ全部はてなはてなを介したTwitterで見たこしかない。意外にフェミニン女性より女権運動家的な女性が言ってるという印象。

fujifavoric 増田の言う男らしさ一面的すぎるだろ。なぜアメリカジョックけが男らしさだと思い込んでいるのか。「ちょっと高学歴」ならこんな文章書いてる間におかしいって思わない?

2019/01/22

思わないし意味からない。「日本で男らしさの要求を感じない」「米は日本の比でない」という前提からジョックの話をしている、という話の構成ぐらい理解してからレスしてほしい。

そしてその見落としてる男らしさがあるならそれがなにかを具体的に書いてほしいのであって、仄めかしだけで何も書けてないあなたの文は高学歴的には限りなく零点だ。あなたの不満と不快感情しか伝わってこない。

pptppc2 あん関係ないけど、小学校の時は背が(周りと比較して)デカかったんだが、俺が遊戯王カード友達と遊んでたら先生に「そんなに背デカいのにカード遊びなんかしてるの?」とか言われたの本当腹立ったなー。

2019/01/22

ほんとに関係ないな。「そうか・・・(やな先生だね)」とは思うけどなんでこれが一位なんだ。もし男らしさを求められてる実例として投票されてるなら、これは男らしさ強要とは違う気がする。でかい女の子にも同じような無神経なこといいそうだしその先生

ceries 男らしくありたいと思ったことないし、あるがままで過ごして来たし、会う人もそのままを受け入れて来たつもり。驚いたのは小1の我が子がマッチョイズム全振りな訳。「男の子女の子を守らなきゃ」なんて言ってんの

2019/01/22

誰にどこで吹き込まれたか聞いてみてほしい。

otihateten3510 ちゃんと読んでないけどわかる。今の30代はもうそういう時代だよな。

2019/01/22

だよね。

weakestman てか「恋愛至上主義」やら「カップル文化」辺りこそがセクシズムの温床なんとちゃうんかと。

かに。あの辺からはその臭いを感じたことあったな。そこと距離とったのは男らしさ要求被爆せず生きてこれたことの大きな要因かも。

jaguarsan 細かいところで言うと小便器が外から丸見えの公衆便所とか、女性スタッフが平気で出入りする銭湯なんてのを気にしないのも「男らしさ」。逆ならとんでもない騒ぎになるよね

えっそれ男らしさなのかな。むしろ女性が「体を見せてはいけない」という女らしさを要求されてる案件に思う。文化が弱まった野人社会では女性も半裸になってくのではとか。

tmfmysd チビ男性的魅力が乏しいはずとして下に見てるじゃん。デカいとか腕力があるとか割とそれだけで男性エリートなのでは。金持ちの息子が貧困問題にピンと来ないって言ってるのと一緒。

から、 例えばアメリカではチビ筋肉ない男が男らしさ欠如罪で下に見られるけど、日本ではトップアイドルやれてますよね?って話をしたんだけど。でかくも筋肉質でもない男性が憧れられてますよね?って。

この人は問題文読めてないような。

denimndenimn 身長160センチで生まれ直してからまた来い。

身長だと被男らしさ要求度合いが高まる

ueno_neco ご両親が共働きだったりしないかな? なんとなく。。

どういう関係があると推理たかまで書いてほしいな。ちなみに母は専業主婦でした。

今日本の男らしさって女を養ってなんぼ、みたいな精神面の話が多くない? ちなみに第二次韓流ブームの時は筋肉隆々アイドルが売れてたし、LDH系も今すごい人気だよね?男性アイドルジャニーズだけじゃないぞ。

韓国アイドルは背と筋肉にコンシャスでそういう要求あるのかなと感じてる。それも少し前の話で、最近はお化粧してたり背が低かったり痩せてたり急速に「オカマ」系が増えてるようにも。

pikopikopan 環境に恵まれてるのなら幸せでは

せやな

tk_e 関東の生まれ育ちならそうだろうなーと九州出身女性より申し上げます

2019/01/22

やはり九州男児なのか・・・

SweetGiraffe この増田彼女いるかいないか?欲しがってきたか?かな

彼女が男らしさの要求主体ということ?しか全然長くない本文にはっきり彼女いないって書いてるやんけ。

kincity 日本の男に男らしさ圧力なんてそんなある?おっさんとか他人のためにドアも開けない気も使わない女性だろうが男性だろうが子供だろうが手助けしないし骨折してる人の前の席が空いて真っ先横から座るのもおっさん

レディファースト的な縛りも全然ないよね。

neet_modi_ki アメリカマッチョイズム求められ具合はまた極端な気がするので、基準をそこに置いちゃう日本なんかだと相対的にはマシかもしれない。相対的にマシとはいえ存在しないわけでもない。

そのアメリカでのCMムーブメント留保なく日本に引き付けて論じてたから、それは違うのではないかって話なんだ。

softstone 男らしさの定義バラバラすぎる。元のCMで強調されてたのは暴力ハラスメント共犯になることだった。極端な話、男友達からシモネタを振られたら、それが「男らしさ」を求められた瞬間だよ。男だけの場でもだ。

下ネタ嫌いだしそういう友達いない。

iiiloveuuu07 来日した外国人(中韓含む)が、妻に荷物持たせて手ぶらな夫や女にドア支えられて先に入れて貰う男を見て衝撃受けた話聞いた事ある。日本女子供に優しくしろ系の抑圧から自由なのでは(そんな男尊女卑の形ともいえる

男は女子供に優しくしろ、こそが男らしさ道徳だと思う。そしてほら、これを言うのってむしろ「女権活動家女性」でしょ?(このidは確かそういう人だったはず。)なぜか。

strow0343 そもそもこの○○らしさの押し付けというのはイレギュラーに対するマジョリティ同調圧力なので、大半は意識してないだろうし意識していれば○○らしさそのものが変わる

から具体的になんやねんと。

q-Anomaly アメリカと比べてしまうと確かにそうだね。日本で言い換えると「男が専業主婦志望で実家家事手伝いでもいいよ。ニートやひもと呼ぶのは差別だよ」「男もプリキュア好きでいいし女が戦隊モノ好きでもいいよ」とか?

プリキュア好きの男はいっぱいおるな・・・

オタク界がボリュームあって「女児アニメ好んで見る男(ロリコンとか女装願望とか多様)」はそこに居場所あるから平気、って所もあるのかな。

keisuker 分かる。男らしさを求められた記憶が無い。なので最近バズってたヤツは全く理解できないし特にコメントすることも無かった。

あれをネタに「解放されろ(自己批判・総括せよ!)」って言われたらうんざりする人もいるよね。ブコメにあったように。

ijustiH 体が大きいことが男らしいこと

2019/01/22

アメリカではちび男は日本の比でなく滅茶苦茶言われる感じ。manletとかで画像検索を。

by-king ずーっと体が弱くて楽器とか趣味でやってたけど、中学くらいのときに「本当は男の子らしくスポーツとか武道をしてほしかった」って母親に本当に悲しい顔して言われた時に、俺どういう顔すればいいかからなかったよ

出来もしないスポーツやるくらいなら出来もしない音楽やるほうがもてるのにね。

I8D 格闘技以外のスポーツは嫌いじゃなさそうだし、筋肉ありそうだし、性欲もありそうに見える。結局、男らしさとされる内の一部を都合よく切り取って、無くても支障がなかったとN=1が言っているに過ぎない。

「(日本の2大人スポーツたる)野球サッカーも見ない」と言っても「スポーツは嫌いじゃなさそう」になるのか・・・。見てるスポーツ0なんです。これでもバイアスマンには伝わらなそうだけど。

nomnom_r 女々しくて女々しくて女々しくて つら~いよ~おおぉ~

女々しさやだらしなさの歌って昔からあって、女性にきゃーきゃー言われてるよね日本では。

gnufrfr これは、ゲイでよく見る僕は差別なんかされたことないか差別なんてないってのと同じ構図。ゆっくり沈んでいく泥舟に乗っていて、自分だけは気づいていて逃げ切れるからおっけーって思考回路と相似。

2019/01/22

はっきり言うけどさ、あなた達はその「ゲイ」に優しいつもりなの?全然そんなことないんだけど自覚ないの?

ジレットCMにかこつけて、そもそもアメリカに在住もしてない無関係な「ゲイ」達に、「見たか、お前らはこういう悪い概念内面化してるのだ、なぜ解放(自己批判と総括)されないのか!お前達は悪い心の持ち主!」やってただけだよね?

ゲイ」に因縁つけていじめてるのあんたらじゃん。あのブコメ欄で「ゲイ」達から「不当な叩きを受けてる気持ちだ」って苦情があんたら宛に提出されても「そう感じるお前の心が良くない。耳貸す必要なし」つって反省もないし。

それで逆にこうやって「日本の男らしさ押し付けって具体的になに?」って聞いたら答えは曖昧だし。

ゲイ当人達ではないとこから「お前らゲイ差別から解放されろよ」と言ってて、そう言いながら結局「ゲイ」の方向いて殴ってるだけで、「ゲイから苦情が出ても「叩かれてると思うのはお前の悪い心のせい」で切って捨てて、その行為疑問視されたら「お前はゲイ差別を認めないゲイだ!」。

ほんとに「ゲイ」はあんたらにとっての都合のよい娯楽用サンドバッグ兼身を隠す盾なんだな。俺が「ゲイなのだとして、あんたらを味方とも親しみもてる相手とも全く思えないよ。


返信2(非全レス

sotonohitokun 連れションしようぜー、風俗行こうぜー、辺りは独身でも。結婚して子ども出来るとジェンダーロールは否応なく求められるよ。肉体仕事は男親がってなるよ?

2019/01/23 リンク Add Staryamato156densetsu

連れション男の子なの?どっちかというと女の子文化かと思ってた。

higasibata 筋肉イキリ自虐風自慢きっつー

2019/01/23

どこにも自虐要素がない文を自虐だと思ったのはつまり、男らしさを持たないという表明=自虐、という固定観念なのでは。

gf_ra2 「お前がそう思うんならお前の中ではそうなんだろうな」としか言えない案件。そうじゃない人が意外と多いから例の件もバズったのでは…?

2019/01/23 リンク Add Starbillwordyamato156densetsu

ゲイ」以外の人が猛烈に頷いてて、肝心の「ゲイ」の人達にはむしろ結構不快そうにしてる人も多い、というのが例のジレットCMブコメ欄の印象なんだけど。

「お前等は圧力被害者なんだよ!」「それを認めないかダメなんだよ!」「総括しろ!」みたいな。

kumpote だからブチャラティ主人公じゃねえって言ってるだろぉ!

2019/01/23 リンク

kinnosabakan 細かい事言うと主役はジョルノ・ジョバァーナでは…。ジョジョの主役も部が進む毎に男らしさが少なくなっていってるように見える。時代に合わせてるのかな。あと都会は性別への圧力少なそう。

2019/01/23 リンク

5部連載時の口さがないジョジョファンの間では「仙豆の癖に喋んなよ」というネタがあった。

ジョジョはおしゃれ服男ばかり出てくる癖に「ようこそ男の世界へ」とか半分ギャグみたいな男らしさへの憧憬を出してくるよね。

rgfx 「あなた達はその「ゲイ」に優しいつもりなの?全然そんなことないんだけど自覚ないの?」お、顔真っ赤だ。そこが核心かあ。

2019/01/23

ほらあ、「お前はけしからん」「お前らは心が悪い」「総括しろ」なんて言うのが大好きな割に、自分批判が向けられた途端「お、顔真っ赤だ。」とか言って話を逸らして逃げの一手になっちゃうそういうとこだよ。

このタイプの人って差別圧力と戦う勢力ではなくて、いろんな差別の隙間を縫いながらマウンティング出来る相手を探してるだけの勢力なんだよね。

からジレットCM日本での議論現実的か、有効になってるか、というこういう申し立てにも実は興味ない。

「僕たち私たち気持ちマウンティングオナニー邪魔するな」っていう不快感があるだけ。

からこういう自分達への批判には議論に応じるのも嫌で、「お、顔真っ赤だ。」とかい議論封じを試みる。普段他人がそういう態度取ってたら鬼の首取ったように軽蔑する癖にね。

2019-01-19

これまで外れなかった予測ってないんじゃ?必ず外すって結構難しいと思うよ。

https://anond.hatelabo.jp/20190119102651 の続き

今日のプロブロガー(2019-01-13)(8) | MechaAG

高知移住して1年ぐらいしたときかな。それまでは高知観光名所レポートとか書いてたんだけどね。

んでそのアフィがよっぽど儲かったんでしょうな。もちろん今の儲けに比べれば少ないだろうけど、当時のイケダハヤトにとっては。そこから金儲けに邁進しだした。農業とかもやってない。時々「僕はちゃん農業やってますよ」というアピールのために、なんかやってただけ。

からそれじゃやっていけなかったんだってば。収益的に。アフィに特化しないと。まあ高知移住した直後(つまり金儲け一辺倒ではなかったころ)でも、ブロガーとしては収入があった方だと思う。だから細々と生活することはできただろうけどね。もし当時の路線イケダハヤトが「質で勝負」のブログを書き続けてたとすれば、今頃ネタが枯渇して行き詰ってたはず。

からもしイケダハヤトがまじめにブログを書き続けていたら「ブログ成功者」にはなれなかった。成功者でなければイケダハヤトが発信する主張にも説得力が伴わず、結局は上記のようなムーブメントにはつながらなかったはず。要はどうやっても無理なんですよ

https://mechaag.tumblr.com/post/181994383177/%E4%BB%8A%E6%97%A5%E3%81%AE%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%AC%E3%83%BC2019-01-139

まあPVが1年で1/4に落ちればそりゃ見捨てたくなるよね。

イケダハヤトってこれまで外れなかった予測ってないんじゃ?必ず外すって結構難しいと思うよ。まさに「逆神」ですな

今日のプロブロガー(2019-01-13)(12) | MechaAG

イケダハヤト音楽とかアートとかあるいはジャーナリズムでもいいし、趣味の何か、温泉巡りでも登山でもいい、そういうもの世間から評価されていて、そのうえで「自分ビジネスは考えない」というなら、まあそれはそれで立派だと思う。

ところがイケダハヤト評価されてる点って何かと言えば「ブログマネタイズ成功したこと」だよね。つまりイケダハヤトの唯一の評価ポイントが金儲けの才能なわけで、それなのに「ビジネスなんて考えません、顧客なんて無視します」と言えば、そういうイケダハヤトをよく知っていて心底心配してる人からすれば、おいおい、自分自分死刑執行書にサインしてるぞ、早まるな、となる。もしイケダハヤトが儲けてなければ、「僕もイケダハヤトさんのようになりたいです」という人はいないでしょ

まあポイントは客を客扱いしない態度を貫いても、今まで通り儲けられるかだよね

今日のプロブロガー(2019-01-13)(13) | MechaAG

正田圭も内心「イケダハヤトさん、もうすこし上手くやって、俺にとってはビジネスなんだから」と思ってたんじゃないですかね

今日のプロブロガー(2019-01-13)(14) | MechaAG

フリーランスになって収入が増えたという人がいるけど、よく聞いてみると、仕事をしてる期間だけを計算していて、仕事がない期間も含め1年を通じてみた場合収入は、それほど増えていないことが多い。

まああとはも記事にあるように、会社サラリーマンが直接受け取る金額以上にいろいろなもの負担してるわけで、それをフリーランスには全額払ってるから、額面は高くなるだけ

2019-01-16

anond:20190116004122

共感性というものもつ力というもの最近考えることがあって、一つ思いついたことは言葉、というか概念的なもの身体性が結びついたときこそ共感という力は最大になるというもの

概念身体駆動するというのは当然といえば当然なんだけど身体概念を揺さぶるというフィードバックもあって、しかしそれは稀なことというか行動にそれなりの熱がないと怒らない現象だと思うんだよね。

音も光も身体的なものなんだけど、それをただ受けるというのは概念を揺さぶカロリーがあまりない。なぜかを考えると耳も眼もかなり効率がいいメディアというか、ぶれとかロスがあまり無いぶんカオス的なものが産まれづらいのかもしれない。

けもフレ魔法って、「わけわかんないものを見た!」という感覚スマートフォンなりインターネットに打ちこむ。そしてそこにあの「すごーい」とかそういう現実的に口に出したくなる(そして口に出しやすい)言葉存在して、その2段階で繰り返し生み出される身体的ななにかが産みだしたムーブメントでもあった(当然それだけではないだろうけど)という事をぼんやり思っている

2019-01-13

https://anond.hatelabo.jp/20190112150155

思ったんだけどトランス女性って肉体的には男性精神的には女性なんでしょ?

それで女性から男性と一緒に風呂入りたくないんでしょ?それはなんで?根源的恐怖ってやつ?性的に見られるから?見てしまうから

当たり前のことだけどシス女性とやらには生物学的な男性男性に見えるんだよ。公衆浴場じゃ精神的な自認の性別までわからないし。

それに抵抗があるのはトランス女性が男湯に入りたくないのと一緒の理由から気持ちわかるはずでしょ。それは性別的な理由で一緒なんだから相手非難できないでしょ。

それを差別と言われても、じゃあ何をしてトランス女性男性男性判断するというの。自己申告?それなら絶対自分女性だって言い張る助平が出てくるよ。

そりゃトランスの人は色々制限あってたいへんだろうから、世の中もっと便利になればいいと思うよ。

文化なんてその時次第だから自由ムーブメントを作ればいつかそれが当たり前な世の中にだってなるかもしれない。

でも今ある価値観をひっくり返して自分らが正しい、自分らに合わせろじゃ対立するだけだよ。

2019-01-11

なぜ女性を強調するのか

週刊SPA!特集記事、ヤレる女子大学ランキングについて母校が抗議した。

や団体を侮辱する記事は当たり前にあってはならない。それを主張すれば良いのに、なぜ、わざわざ、女性軽視、女性蔑視、女性名誉尊厳あんなにも女性を強調したのか。その点において悲しくて仕方がない。

同じく母校が、以前から合コンしたくない大学と言って侮辱されている。世間は(そういう思考がある人は)対象女性であるか、男性であるかは関係なく、下に見ている人、団体侮辱するし、そんなことは決してあってはならない。ただそれだけのこと。

正直、近頃の女性活躍女性社会進出女性の、女性の、女性の、女性のというムーブメント辟易している。もう、やめて欲しい。これ以上私たち女性スポットライトを当てるのをやめて欲しいという気持ちでいっぱいだ。

そんなに話題にしてくれなくても、関心を向けてくれなくても、わざわざ外から女性権利を守りましょうと言わなくても、こちらは自分権利は当たり前に得ていくし好きに自由自分のしたいように生きていくので、これ以上構わないで欲しい。

男性100人女性は私1人というような規模の職場で働いているが、1秒たりとも男性たちから下に見られているなんて感じたことがない。もちろん気を遣って親切にしてもらうことは多々あるが、ああ女性軽視の蔓延ってる社会だ!なんて思ったことは今まで一度もない。職場だけでなくどこでも。

しろ、そういう状況であるのに、いたるところで女性女性女性女性外野が騒ぐから注目を集めてしまうし、彼らも私がいることが珍しく感じてしまう。こちらは毎日ことなので珍しくも何ともない、圧倒的に男性が多い状況もそこに少ない女性がいることもただの日常しかない。

そうやって世間女性女性女性と発するたびに私たち女性無駄スポットライトを当てられて、うるさいなぁ!もういいよ!と感じていることを、母校は分かっていると思っていた。それなのにあんな抗議をしたのが悲しすぎる。

ああやってホット話題女性軽視、女性蔑視として抗議したことによって更に人々はその話題に関心を持ち、話をする。その期間が延びれば延びる程、女子学生たちは大学名を言ったときに、あぁあのランキングのね笑という反応をされる期間が延びる。そういう反応をする人を根絶するのが理想だけれどもそうはいかないし、そういう人たちは女性であろうが男性であろうが人を小馬鹿にするものだ。きっと。正義を主張することは間違っていないのだけれど、それが最適であるとは限らない。

1秒たりとも男性たちから下に見られていると感じたことはないのは、私と関わってくれる男性たちが良識ある人たちであることはもちろんある。そして私は下に見られていると思っていないから。相手女性であろうと男性であろうと誰であろうと、私とあなたは同じ目線だ!と思って生きている。上から見られるとかそういう感覚的な話はそう思わないことが一番だと思う。上から見られていると思ったらそう認めたら、その認めるという自分の行動が起因となって、本当に上から見られてしまうんだと思う。

そしてそういう状況に仮になってしまったときに、相手にやめてくれと求めるのは良くないと思う。人を下に見ることはそういうことをする人たちにとってきっと心地良いことで、それを他人のために辞めろと言われて辞めることができるような人はそもそも他人を下に見ない。だから相手が変わることが道徳的に正しい解決方法ではあるが、それは無理であってそんな現実的でないことを望んでいてもね。つまり自分意識的に同じ目線だ!と確かな意思をもって人と付き合っていくしかない。

女性軽視、女性蔑視は遺憾だ、という抗議は能動的に見えて、実はとても受動的なのではないかと思う。私たち女性を上から見るのをやめてという発言は、上から見られていると認めてさら相手の変化を期待しているだけで、その他力本願的な一面がさら女性軽視、女性蔑視を助長する気がする。本当に女性軽視、女性蔑視を感じているならば、意識的意味自分が上にあがっていくしか自分で同じ目線になるしか解決方法はないのではないか

から女性は清く強く正しく賢く美しく生きていくこと、制服を着て歩けば自分学校の顔となることを私に教えてくれた母校には、女子大学生たちにも同じこと、どんな相手とも同じ目線で付き合っていくことを、下に見られかねない行動を自らするべきではないこと、自分がそこの学生であると名乗ったならば自分学校の顔となることを教えてあげて欲しいし、あのような女性無駄に強調した抗議をして欲しくなかった。必要以上のスポットライトを、関心を、軽い視線重い視線を集めるきっかけを作って欲しくなかった。

女性女性女性というムーブメントをやめて欲しいと言ったところで世間はやめないので、気にしないで今日も生きていくだけなのだけれど。

女性であることがマイノリティである女性は、何かにつけて女性女性と騒ぐ流れにうんざりしてる人が多いと思う。

や団体を侮辱する行為はあってはならない、ただそれだけのこと。

2019-01-08

anond:20190108190319

 『Fate/Grand Order』というスマートフォンアプリで400万円を課金した方のお話です。

 サービス開始当初からこのアプリを遊んでいた彼は、たまたま貴重なデータを入手できたことにより、日増しにのめり込み、アプリへの課金額も累積していきました。

 ガチャと言われる、ランダムデータを購入できるかも知れない仕組みがあります。『FGO』ではこのガチャ比重が高く、目的データを得るために数万円、あるいは数十万円を費やしても、外れてしまうことがあるのです。

 そのため課金額はかさみ、それまで費やした金額を思うと止めるに止められず、熱中するほどにアプリ側の提供する新たなサービス課金をし続け……気がつけば彼は、取り返しのつかない状態になっていました。

 またある時期からアプリについて専用のSNSアカウント作成し、同好の士同士での交流により、アプリへの情熱が増す一方で課金に対する罪悪感が失われ、歯止めが効かなくなってしまったのです。

 ある日、『FGO』が大きな盛り上がりを見せていた時期のこと。彼はガチャで、一度に20万円近くを浪費してしまます

 さすがの彼にも、大きな衝撃でした。そしてその日を境に、アプリを止める決心をしたのです。

 この時までに彼は、既に250万円近くを課金していました。

(ここでコメンテーターコメント

 これまでのデータネットオークションで売却し、『FGOから離れたかに見えた彼。

 しかし未だ『FGO』のムーブメントは続いており、彼もネット情報に触れたり、取引されるデータの値動きをチェックしていました。

 4ヶ月後、彼の手元には、取引で手に入れた新たなデータがあったのです。

(観客席からの「あ~あ」という声)

 ガチャの恐ろしいところは、一度大きな額を費やしてしまうと、次の機会、その次の機会にも同程度の額を使うことに、ためらいがなくなることです。

 結果として彼は、新たなデータが発表されるたびに何万、何十万という課金をしてしまいました。

 しかしある時、彼は気づきます。いつまでこんなことを続けるのだろう、と。

(これまでのプレイバック映像BGM中島みゆき

 そして彼はまた、彼は『FGO』を止める決心をしました。

 これまでに費やした課金額は、400万円以上。それに対しデータの売却で得られた額は、前回よりも少ない額。

 彼の手元には、なにも残っていないのです。

ゲスト芸人「なんかホストに貢いだキャバ嬢みたいですね」)

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ちまちま書いてるうちに簡潔で出来のいい要約が投稿されてて爆死orz

2019-01-06

数年前に離婚した者ですが

数年前に離婚した者ですが(女)

数年で世界がこんなに変わるとは思ってなかった

彼とは7年くらい同棲してて結婚してすぐ離婚したんだけどさ

価値観の違いで離婚って感じ

具体的に1つ言うと、夫姓が嫌だった



婚姻届出す時に姓って選べるじゃん

私自分の姓が結構好きでさ、やっぱ愛着あるし

半分冗談のノリで結婚前に彼に言ったんだよ

姓を変えたくないって

そしたら彼、こいつ何言ってんだ?みたいな顔して急に不機嫌になったのよ 

話し合いにもならなくて、それがショックでずっとモヤモヤしてたわけ

でも女が夫姓にするのって何故か常識じゃん?

から誰にも相談出来なかったしこんなんで結婚辞めるのも変なんだと思って我慢したのよ

結婚の話が進むにつれて

制度的な会話がわんさか出てくるじゃん?

我慢限界ギリギリになってたんだけど、

そんな時ちょっと彼を怒らせてしまったのよ

彼、昔から喧嘩するとすぐ別れをチラつかせる癖があるのね

からそのチャンスをしっかりと掴んで離婚したわけ

TBS料理バラエティの件で最近フェミニズムムーブメントがどうこう言ってるけど

最近この手の話題が出る度に彼の事を思い出すんだよね

そして彼が自分に付いたバツと、これらのニュースが密接に関係している事を分かっているのかなと思う

そして自分は変なわけじゃなくて寧ろそういう時代の流れに順調に乗っていたんだなと思ったりする

男尊女卑って文化的に染み付きすぎて男が理解できるようになるには、男だけでなく女だって理解するまで膨大な時間がかかるんだろうなと思う

話題セクハラとか表面的な問題だけじゃないか

かなり激烈な言い方をすると

男には理解不能だと思うから男尊女卑の件については一切口を出さずにこちら側の意見を聞けと言いたい

もし自分が生きている間に

例えば、

結婚の際に夫婦間でどちらの姓にするか話し合う事が普通になったり

はたまた日本夫婦別姓が認められたり

という日が来るのをこの目で見られたら嬉しい

さあ 叩けよ

2019-01-03

anond:20190103101748

それやったら薄っぺら知識やけど、反出生主義なんかはどういう扱いなんや

向こうからムーブメントの起こった奴だよな?

セックスとかふざけんな的な一派もあるし、生殖目的でないセックスはどんどんやれ、的な派閥もあるそうだけども

後者はともかく、前者は向こうでは有り得ない異常思考って扱いになるんだろうか?

2018-12-27

東京引っ越してきてビックリしたことひとつが、

ネット越しに見た東京」の風潮に反して普通に路上喫煙スパスパやってる人の多さで、

夜の文京区歩き煙草マンスルーするチャリンコポリスを見てからこっち「行き過ぎた嫌煙」への問題提起みたいな言説にミリリアリティを感じなくなったんだけど、

じゃあ嫌煙ムーブメントへの懸念を表明しているのはどういう人なんだろうって考えたら「仕事中に屋内で吸いたい!という気持ち理論武装した人」という仮説が浮上してきて、

「そんな喫煙者/非喫煙の断絶をいたずらに広げることしかできない知恵遅れカス現生人類におるわけないやろ!」って思った

2018-12-26

anond:20181226103019

内部でそれを批判する、荒らしているバカが居ずらい雰囲気を作る、事くらいは出来るよな

オタクはそれをやってる

勝手中学の学級会みたいにしばきあい監視し合いをしてるだけじゃん

女だというだけであん社会強制される女性オタクは実に不憫

でも男オタクは逆に褒め称えて増長させるだけ

グロ画像タグ荒らしなんか褒めてる男オタクがどれだけいたの?

それは大規模なムーブメントだったの?

例えば現代アートと称したパクリ抵抗する二次裏一派によるpixivへのテロ活動が一時期起きたけど

それと比べるぐらいの規模や思想性があったの?

どう?

君が喋れば喋るほどふわふわした「オタク」への決めつけと都合のいい藁人形化の実態しかでてこねーんですけどー

2018-12-23

anond:20181223080127

自作キーボードというムーブメントがようやく来たから乗ってみれば?

そこまでしなくともキーの入れ替えで済むことならDvorakJでカスタマイズして頑張れ。

2018-12-13

ハルヒ個人的には海外オタクとの緩やかな交流を挙げる

anond:20181213160908

1989年まれで当時17歳だったがほぼ同意する。

他につけくわえるなら、海外アニメオタクとの結節点を挙げる。


インターネット上で爆発的にハルヒミームが増大したので海外アニオタ日本アニオタ流行が徐々に重なり始めたと記憶している。

それまでは日本海賊版を輸入したり、ローカライズ版を購入していたためにだいぶ遅れていた海外オタクがこの時期を境に急速に日本ムーブメントと時を同じくし始める。

https://www.youtube.com/watch?v=5Xx4tszZ-DE&gl=JP&hl=ja

フィリピン刑務所ハルヒダンスを踊っている動画投稿日は2007/11/15日だ。

俺は初期からYoutube活躍してる人になぜかたまにアニメオタクとかが混じってる理由はこれが原因だと思ってる(PewDiePieとか)


あとどうでもいい自分語りだが、小学生の時からオタク自覚していた俺は当時は世間的にはオタクは少数派だとなんとなく感じていた。

宮崎勤世代ほど逼迫されていたとは思わないがあまり友人感で話題にすることはなかった。

ただハルヒを及びニコニコを核としてあの辺りからクラスメート間で徐々にアニメ話題をし始める同級生露骨に増え始めた(もちろん俺の観測範囲内の話だ)

大学情報系の大学に行ったので入学後はオタク話が半ば当たり前になっていて俺は周囲と同期できなくて逆に困惑していた(ゼミに入った後はオタク仲間が増えて楽しかったが)

そして真にオタクが同年代間で浸透したのだと確信するに至ったのは中学校同窓会だ。

大学の頃に同窓会があったが、なんとそいつらは二次会カラオケアニソンバリバリに歌いまくっていた。

1990年代オタクで人前でオタク丸出しにすることになれていなかった俺はその時死んだ(爆)

2018-12-11

腐絵に慣れてきた

昔、艦これを始めた時の話だ。

艦これには初期に選べる艦に叢雲という艦がいる。

銀髪赤目でツンツンの貧乳美少女だ。誰が見てもかわいいかわいい要素しか無い。他の初期艦選ぶ人なんて居ないだろうと言われるぐらいの美少女なのだが、私が始めたのはちょうど潜水艦実装され、イベント苦痛といわれるようなそんな時期だった。

 

私が好きなキャラの絵を見たい時にどうするか。

そう、pixivだ。まだTwitterで絵を公開する人よりかはpixivで絵を公開する人が多かった気がするような時代だ。

私は艦これを始めたきっかけは島風という大変えっち服装をした艦娘えっちな絵をpixivで見たからだった。

そうやって始めた私、始めて数分で叢雲という誰が見てもかわいい艦娘に射抜かれた私がまず最初したこと

「叢雲 r-18」でpixiv検索だ。

その後のことではっきりと覚えているのは4枚ほどの叢雲のえっち画像を見たあと突如として現れた、ガンダムシードアストレイシリーズの叢雲劾のペニスや、ロウ・ギュールとのカラミティガンダムだ。

これはきっと神様が僕に与えた罰だった。「お前は気に入ったキャラがいればすぐにpixiv検索する。それはとても浅ましいことなのだよ。」という警告だったのだ。

 

それから私は心を入れ替え、pixivえっち画像を探さなくなった。

Twitterえっち画像乞食として君臨し、気に入ったキャラがいれば「○○のエロ画像ください」と言うだけで決して探さず、二次エロ絵描きフォローし、その人が発表する作品だけで飢えをしのいだ。そのせいで性癖は大変に曲がりに曲がり、最初ムウマぐらいまでが限界だったのが、ココドラになり、ウソッキーになり、イシツブテまではギリギリいけるようになった。いわタイプは抜ける事だけはここに表明しておきたかった。(流石にゴローンは無理。逆にリーフィアルカリオという明らかな性要素キャラNG。)

 

そんなトラウマも癒え、今は「自炊すればええやんけ」の精神えっちな絵を練習している。艦これをやめてから何故か自分が好きになるキャラマイナー層で、艦これという人気枠があるからこそ書いてもらえるのだということを知ったからだ。人々はツンより、無条件で受け入れてくれるセックスパートナーを求めているという偏見100%をこじらせたことに示された答えである

 

そんな自分出会ったのが今TVCMでにわか認知されてきたメギド72というゲームだ。

このゲームは、魅力的な男キャラが多数存在する。自分は元々そういう男キャラは好きなのだ。ただ、やるゲームやるゲームなぜか美少女がウリのゲームになってしまっているだけ。これは、好きになったキャラたまたまロリだっただけで、ロリコンではないという事に同義である

魅力的な男キャラを紹介する。

アンドラスというキャラがいる。好奇心旺盛で、目についたものすべてを解剖したくなるという中二病センスをもち、マッドキャラかといえば常識はわきまえて様々な知見から多くのキャラアドバイスをするという「危なそうなこと言ってるけど実際は優しい常識人」キャラである

サタナキアというキャラがいる。好奇心旺盛で、目についたものすべてを実験したくなるという中二病センスをもち、マッドキャラかと思えば大変マッドで、しかし的確な方向にマッドで成すべきことは成す「冷血だが判断が鋭く抜け目がない」キャラである

フラウロスというキャラがいる。好奇心旺盛で…彼を表す言葉は長くしても意味をなさない。一言で「クズである。(公式

まぁこれ以上続けても仕方がないので、とにかく自分の心をくすぐる男キャラが多いのである。ちなみに一番好きな男キャラはロノウェである

 

まぁ、そんな魅惑的な男キャラが多く、主人公イケメン(半裸で褐色で全身入れ墨だけど)なので、腐のセンスを持った者たちからも大変愛されている。

これは自分が始めた当初からいて、しかも若干、同性なのに主人公ラブな男キャラもでてきて(そもそもメギドという種族性別が無いらしく性愛があるかはよくわからない)、うっかり腐センスを持ったフォロワーフォローするとTLが腐の傾向があるものへと変貌する危険性があった。

まり、かっこいいなぁ、憧れちゃうなぁとおもっているロノウェがフォラスというおじさんと相性が良いからと腐のセンスばっちりなカラミティエッグ絵が流れて「幻滅しました。これからナイトより忍者だと思います。」となる可能性も高い。

でも、メギド72の絵はいろいろな人に見てもらいたい。絵の交流もしたい。フォローバックもしたい。

そうやって悩んで覚悟を決めて全フォローバックをしたのである

 

結果的に全く、昔受けたような腐の嫌悪感はなかった。

何枚も何枚も、主人公イケメン(両方半裸)がカラミティエッグな絵が流れてきたが、別にどうとも思わなかった。むしろふぁぼってリツイートするぐらいの余裕があった。

 

多分、腐絵が嫌いだったのは、不意打ちだったからだ。

インターネットをしていると、ホモビデオネタにしたものがいくつも流れてくる。

びっくりするのは某笑顔動画ではこれが一大ムーブメントととして、多くのユーザーがこのホモビデオを素材に動画を作っているのである。このメギド72の動画も、「迫真!なんらたかんたら」と書かれて結構ハイレベルプレイ動画性的な意味ではない)が投稿されていて、さもあたりまえのように量産されている。

それどころか、そのホモビデオ局部などを修正したものアップロードし、ネタにしてみているのである

では彼らがホモビデオを受け入れたかというとそうではないだろう。

例えばXvideosおひとりさま時間をお過ごしのときに、いきなりホモビデオが流れて受け入れることができるかというそうではないだろう。

彼らはホモビデオを見るという心で見ているから受け入れる事ができるのだ。

私と腐のセンスとの出会いは、そう、事故だった。偶然が引き起こし事故。そこにいたのはただの叢雲劾が好きな腐センスの持ち主と、叢雲が好きな初心者提督と、pixiv提供していた会社であり、悪意は存在しなかったのである

その事故トラウマを引きずって心を閉ざしていただけだった。もしかしたら、叢雲劾とはもっとハッピー出会いができたのかも知れない。

 

不快な目にあう。

それは生きて、人と接し続ける限りあることだろう。

不快な目に合った時、私は自分を押し殺し、pixiv使用の心得を作った。それはとてもアンハッピーなことだった。

主観的に見ると自分はなんとも不幸か。そう思った。

でも客観的に見るとそこに悪意はないのだ。

今は表現の自由戦士と、萌え絵不快フェミニストが争いを繰り返す。この争いの発端も結局は悪意は存在しないものを憎むことからでてきているのだとしたらなんとアンハッピーなのだろうと思った。

自分にはどうすることもできない。しかし、結局はタイトルに「慣れ」と書いたが、「混沌を許す心構え」が大切なのでは無いだろうかと感じた。

 

改めて叢雲劾のペニスと、ロウ・ギュールとのカラミティガンダムを見た。

大した事なかった。そこにあるのは、わかり合いを求めた絵描きが同士と分かり合うためだけに作られた、本来であれば「幸」サイドのものしかなかったのだ。「罰」だと感じ取ったのは、ただ僕一人だった。

2018-12-08

今年買って良かったもの(Aliexpress編)

今年はアリエクスプレスで88回買物し、購入金額は累計で約16万円だった。ここ数年Amazonとの価格差が少なくなっているし、権利関係の怪しい商品も減少しつつあり…ショッピングのワクワク感は減っていると感じる。とはいえ、依然送料面でのメリットが大きいこと、セラー信頼度担保されていること、返金などのトラブル対応が良い印象なのでまだ優位性がある。頻度も金額もアリエクスプレス>その他海外通販Amazon楽天その他国通販といったところ。

購入したものは服飾雑貨趣味自転車関係のものが大半。これは買って正解だったな、というものをいくつか。

デジタルノギス 300円

http://s.click.aliexpress.com/e/J13ZJ2P

人生軽量すると幸せになるその1。ノギスって精密機器で高額、数値を読み取るのがなんか面倒、ってイメージだったのだけど、デジタル最高。ノギスあててすぐ数値化される。スライドさせると自動でパワーオン、ゼロ校正ボタン付き。プラ製でしょぼい作りだけど、趣味での使用には十分すぎる。ボタン電池は別途購入要。

カクテルメジャーカップ 100円

https://s.click.aliexpress.com/e/c66ZuJsT

人生軽量すると幸せになるその2。家飲みで飲み過ぎ防止に購入。目分量でつい濃いめに作ってしまうことが激減。酒の持ちが1.5倍くらいになったかも。適度に酔って翌朝もすっきり。

サンマティンの時計 25000円

http://s.click.aliexpress.com/e/QiSGEbz

機械時計人生2つ目。ごっついデザインが気に入ってる。中身(ムーブメント)がSEIKOから精度が高いのは当然なのだが、時間もほぼズレない。レプリカ時ということで、時計クラスタでは叩かれてるけど、ガンガン使い倒したいのでこれで満足。ぶっちゃけ時計はメインの趣味ではないので何万も出したくない。

以下自転車関係

UNOのステム 1500円

http://s.click.aliexpress.com/e/y8eurYj

出来は良いのに国内デリバリーの無いUNOというメーカーエンデューロ用ステム。ロードバイク用も持ってるけど、相変わらずスパっと固定されて素晴らしい。ロード用と比べてハンドルを掴む面積が広く取ってあり安心感がある。まぁロード用で山で乗ってた時期もあるけど特に不安はなかった。流行りの35mm径がリリースされてれば100点だった。

フレームステッカー 500円

http://s.click.aliexpress.com/e/c5radOCP

プロ選手フレームなんかに貼ってある「名前+国旗デザインの小さなステッカー。1回の注文で6枚だか8枚届いた。小さい割にかなり目立つみたいで何回か話しかけられた記憶。これをバイクヘルメットに貼るとぐっと愛着が湧いてくる不思議。耐候性も十分だと思う。筆記体名前のみのバージョンも作って、細身のクロモリフレームに貼ったけどそれも良かった。

フレーム保護シート 1500円

https://s.click.aliexpress.com/e/NpvHKWx

チェーンステイヘッドチューブなど、塗装に傷が入りやすい箇所に貼り付ける透明なシート。ガムテープくらいの幅があり、ハサミで好きなように切って使えるので綺麗に仕上がる。シートステイなどかなり曲率が強い所でも剥がれず調子良し。クリア塗装と近い光沢があって相当近づいて見ないと貼ってあることが分からない。

アリエクスプレス自転車関係というと、サイクルジャージって人も多いと思う。ここ数年で30枚ほど購入してるけど、ウエアはゴミを掴むリスクがかなり高い。色々考えたがイギリス通販大手wiggleprimeを買うのが最もプラスパフォーマンスが高いという結論に達した。

中華で強いて使えるジャージを挙げるなら、spexcel、cheji、racmmerあたり。どのメーカーも年々出来は良くなってきてはいるが、値段も相応に上がっているのでわざわざ買うまでもないかな。

また、中華通販といえばフレームホイールも上がるけど、これについては購入したことがないうえ、セラーによってかなり当たり外れがありそうなのでコメント出来ない。MTBに関しては中華フレーム選択から外れる。古臭いジオメトリばかりで流行の規格やデザインへの対応が遅いから。逆にホイールMTBではありかな。来年あたり試してみようかと検討している。

中華商品がアリエクスプレス経由で買えるようになり、価格競走が進んで、primeのような普及価格帯の商品が非常に充実したな、という印象がある。来年以降もアリエクスプレス発の、驚くような価格品質で私を驚かせて欲しいと思う。

以上、来年よろしくお願いします。

2018-12-02

anond:20181202114305

でもそういう消費豚がオタク自称することはなかったのよ。その主な理由オタク賤民であって自称する魅力も利益もなかったからなんだけどね。

そもそも中世から昭和に続く日本社会において、未成年は家の従属物(ソフト表現)だったし、成人女性家事労働提供者(ソフト表現)だったし、成人男性会社奉公人ソフト表現)だった。この社会において自由の幅ってのは現代に比べて極めて少なく、特にそれは趣味分野において顕著だった。庶民が嗜んで白眼視されないものなんてのは、男性において飲む打つ買うとその後継だけだったし、パチンコなんてのはその最たるものだった。女性においては男性にもましてきつきつであり、かろうじて数種の習い事が芸として社会認知されてたかどうかくらい。書物を購入してそれを読み漁るなんてのは、金持ち道楽であり、庶民の間ではむしろ唾棄すべき軟弱さの現れとみなされていたふしがある。まあ、だからこそ与謝野晶子あたりの明星派などによる「既存価値観への抵抗」としてのそれがあったわけだけど。

高度成長期を経て70年代から急速に文物が発展して、今現在趣味と呼ばれる文化が爆発的に多様化した。多様化した以上に「余暇に個々人が己の興味のあることをして過ごすのは当然の自由であり権利である」という認識一般化した。テレビ文化がひろまって、ヒッピームーブメントの余波から洋楽ブームが来て、ニューエイジ思想からオカルトブームUFO心霊写真! そしてフジテレビホイチョイ結婚してユーミンウィンタースポーツブームを生んで、広瀬香美とチューチュートレイン若者苗場に連れ出した。

の、だけど、そんなに主体的に生きてる人間ばっかじゃないのよな。増田の言うとおり。結局現在、「ソシャゲと深夜のアニメネット炎上案件に対するコメント時間を潰している、オタク自称している(下手したら自分自身ですらそう信じ込んでいる)人々」ってのは、昭和中後期で言えば「パチンコやって飲み屋愚痴言ってる箸にも棒にも引っかからないおっさんたち」だったわけよ。別段彼らはそれが好きでやってるわけではなく、「受け身で流されて適度に脳内麻薬がチョロチョロ出る余暇の消費」としてそこに流れ着いただけで、最初から徹頭徹尾ただの消費者であって、オタクでも何でもなかった。多分当時であったとしたって、パチンコ博打や酒が本当にそこまで好きだったかどうか疑わしい。そういうふわっとした人々が社会の大多数だったってのは、当時も今も変わらない。

どちらかというと「社会人は全員そういうもん(休日パチンコするくらいしかない消費者)だろ」っていう同調圧力がなくなり「余暇自由選択」になっちゃった結果、それが可視化されただけにすぎない。そのうえ「社会人は全員そういうもんだろ」っていうのは同調圧力である以上に、大多数にとっては劣等感を刺激しないカバーストーリーでもあったっていうのが問題で、いまのこの日本現代社会は「余暇の過ごし方」でさえも階級があるってのが、多分きつい。

まりはっきりとは指摘されないけれど、「何ら主体的趣味を持たない人間」ってのはやはりいまの社会では軽んじられる。一回級下の存在だと現在みなされるんだよ。それこそ「オタクであるほうがまだマシ」と考えるほどに。

から「(絵が好きなわけでも今まで描いてきたわけでも強い動機がなんにもないにも関わらず)絵が掛けるようにな(って賞賛を受けるようにな)りたいな」なんてボヤキがWebにあふれる。

べつに「何ら主体的趣味を持たない」って罪でもなんでもないのにね。前述の戦後から高度成長期にかけて、そんな人々は、社会に出て飲む打つ買うを一巡経験したら、すぐさま「どうやったら異性に興味を持ってもらえるかレース」に回収されて、あまり悩む間もなく半強制的結婚させられ、身体に異常でもない限り速やかに子供ができて、子育て忙殺されるというスケジュールに打ち込まれていた。そうすれば「主体的趣味を持ってない」なんてことは遥か彼方にぶっ飛ばされて、問題意識すら持たないで済んだのにね(その後は、後輩や年少者に対して「結婚社会人の義務だ」とか「子育てはいいぞ」ってマウンティングして余生をすごせた)。

社会の多くの人にとって、「個人アイデンティティと紐付けられた強固な趣味邁進する人生強要苦痛だし、でもそれを拒否するにせよ趣味する余暇なく仕事を詰め込まれるのはもっと苦痛だ。多くの人にとっては自由が毒にしかなってない。そういう価値観の変遷に、オタクは巻き込まれちゃっただけなんだよね。

2018-11-27

今の十代は何がすごいんだろう

ラジオLPを使いこなして最新のムーブメントを追い続けていた70年代若者

バブルの荒波という今後この国で二度と起き得ないであろう猛烈な時代謳歌してきた80年代若者

インターネット携帯電話の普及、PCの処理能力の飛躍的向上という世界の変化に適応してきた90年代若者

スマホ時代の到来に合わせ多様化していくコミュニケーションの在り方を受け入れてきた00年代若者

いまの子どもたちはどんな特殊技能やこの時代ならではの経験を積んでいるんだろう。。

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