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はてなキーワード: プレゼンとは

2018-10-16

anond:20181016141316

というか、記事レベルであの記事面白くするには

「俺がドラゴンボールを今風にリメイクたらこうする」みたいな妄想自作ポンチ絵パワポプレゼンすれば良かっただけだよ。

それすら最近若い子にはパワハラまがいとされて避けられる傾向にはあるけれど。

2018-10-13

anond:20181013120443

ガチ勉強したいなら有料のセミナーに行けばいい

無料勉強会なんてのは、主催主義や満足、なんらかの会社内の評価プレゼン練習自身学習のためのモチベーション等なんかしらのためにやることで、参加者モブしかない

anond:20181013013717

後半から魚のプレゼンになっててワラタw



魚は好きだよ。ただ、骨が嫌い。だから寿司屋や魚料理の店には行くけど自分では買わない

さんまを食べたいけど骨を取るのが面倒だし、口に入ったときにはテンションが下がる

一度口に入ったものを出すって行為が嫌なんだよね



周りにも骨が嫌いで魚を食べないってやつは多い。このへんも魚屋課題じゃないか

2018-10-12

anond:20181012181047

もともと日本企業で働いていたけど、家族関係EUに来ました。

MSc日本で取っているけど、働いている中でもっと学びたいことができたので、冬学期からまずはnon-degree studentとして通っています

こっちの人は大学授業料無料なのが羨ましいけど、EU外の人にとっても日本大学に比べて格安授業料なのがありがたいですね。

私はオーストリアにいるので基本ドイツ語の授業が多いけれど、ERASMUSで他の国から学生も多いからか、英語の授業も多く、学生先生英語が通じるので助かっています

私が日本で通っていた大学にはこんなにも多くの英語講義がなかったので、日本に来る留学生はとても大変だったんだなぁと思います

中国自然科学系については詳しくわかりませんが、調査対象地域として中国をやられている方は、現地調査収集データの取扱について中国政府から色々言われることが大変だと言っていました。

生物化学実験系の分野だけかもしれませんが、オーストリア大学院生と日本大学院生を比べると、日本大学院のほうが、修論実験に対して重きをおいたカリキュラムになっているように感じますオーストリア場合は、大学院に入っても研究室にいるより授業に出ている方が長いように見受けられます。前述の通り、講義といっても学生に対してプレゼンや何かプロダクトを作ったりレポーティングにより評価することが多いので、こちらの学生の方が自分の成果を表現する能力が高くなるように感じます。一方、日本大学院ではゼミ実験が重視されているため、実験操作や実務能力に重きをおいているように感じます

私としては、今の時点でどちらが大学院のあり方として優れているかはよくわかりません。

日本からたことのない学生は、研究に対して保守的になりがちなので、あなた日本学生生活を過ごしたことがない場合、戸惑いがあるかもしれません。

私が学部生で研究室を決める際、先輩から、「いくら有名な先生研究室でも、実態は違うかもしれないから、研究室訪問をして、本当に自分がそこで一緒に研究したい人たちがいるか基準にしたほうがいい」と言われました。

有名な先生資金調達がうまく、予算が潤沢にあるかもしれないが、学生指導を全くしない先生もいます

いい研究室が見つかるといいですね。

ヨーロッパ大学院(自然科学物理系)に通っているが、日本大学院と比べて授業が多い。

でも、多くの授業の評価方法テストではなく、何か学んだ技術を使った応用事例をプレゼンすることが多いことに驚いた。

2018-10-10

忙しすぎると逆に何も手がつけられなくなる

大学院生です。

今月、学会発表や共同研究先への成果発表、研究室内での報告会、講義課題など色々重なって、1ヶ月で6回プレゼン発表をしないといけなくなってしまった。

つのプレゼンを作るのにそれなりに時間がかかるし、それと同時に研究講義での調査も進めないといけないということで、かなりやるべきことが多い状況。

一応、こうなることは前からわかっていたので、スケジュールを立てて進めていったつもりだが、予定通りに進まないこともあってタスクが山積みになってしまった。

遅れを取り戻すためには、気合を出して頑張るか目標を下げるかしかない。

しかし、目標を下げるといっても、プレゼン作成ってのは何をどう話すかを考える部分が労力の8割を占めており、そこで手を抜く術を僕は知らない。

となると気合で乗り切るしかないわけだが…多すぎるタスクを目の前にしてやる気を失ってしまった。

手を付けられるところから進めていけばいつかは終わるはずだが、手を付けることが億劫になってしまっている。

そうこうしているうちに時間は過ぎていき、今日は何もしないまま夜になってしまった。

指導教員からは進捗を心配するメールが届いているし、自分としても前に進みたいんだけど、やる気が出ずにこんな増田を書いて現実逃避している。

まずいなあ。

こんなときはどうしたらいいんだろうか?

2018-10-09

二次創作とかで感想がもらえなくてつらい

同人作成した際やtwitter等に上げた作品感想が頂けなくて心が折れるっていうのは承認欲求もあると思うけど

「これいいよね?どうかな?」というプレゼンを無言で流されているように感じるからと思います

 

少なくとも私はそれです

 

全員必ずそうだとは思わないけど相手にされてないのかな?

って思うと悲しいよね…

一緒に萌えを共有したいと思うから

口だけの新人

「私がスキルアップできないのは資格がないからだ!」

ちゃんとやり方を教わってないからだ!」と

ぎゃーぎゃーうるさい新人がいて

しわかった!と

上司へ向けて私がプレゼン

晴れて会社

受験費用負担してくれることになった

受験12月頭、じゅうぶん間に合う難易度試験

私「受けていいってよ!頑張ってね!」

そいつ忘年会幹事なんで今回は辞退します。来年は受けます。」

うう~ん?????????

anond:20181009155835

ワイ用語では「高橋メソッド」と言われていたな。もとはプレゼン用の簡易なメソッド

かに使い手はまとめサイトのソレがメインだったが。

医者プレゼンしたい

問診票より分かりやす

図とか入れて

今の症状とどれだけ苦しいか、何を治したいかなど端的に伝えたい

博士製薬研究就活記録(2019年度)

2017冬-2018春にかけて就活を行い、なんとか大手製薬企業研究職で内定をもらった生物博士課程学生です。

周りに就活経験者も就活仲間もおらず、情報収集に苦労したので同じ境遇の人宛に2019年採用の日程などの基本情報を記録として残します。

特定を避けるため、面接での細かい質問に対する言及を避け、更に私が内定を貰えなかった早期選考経団連規定前)における日程のみを書き下します。基本書類か1次で落ちているのでそれ以降の細かい情報はありません。

・C社

書類提出 12月上旬

面接 12月中旬下旬

おそらく最も早く始まり早く終わる企業

希望分野を細かく選ぶため、製薬に関する基本知識がないとマッチング関係書類で落ちると思われる。私もその一人。

・D社(品川

書類提出 12月下旬

面接 1月下旬

1次面接、最終面接共に大量に落とすと知られる会社交通費が最大で1万円負担ですむので受けて損はない。ただし日程は強制的に決められるので注意。

(噂ではK社がインターンとわざと被せるためインターン組は受けれないとか)

主に研究プレゼン質疑応答。どんな研究がしたいかも考えておくべし。

通れば即日連絡、落ちれば翌日連絡らしいので好意的ではある。

ここの書類が通らなかった場合は練り直しが必須と思われる。

・A社(化学メーカー

書類提出 1月下旬

面接 2月上旬

面接連絡は電話書類の〆切から1週間以内には面接連絡が来る。日程は固定される。交通費は出ない。1週間以内にお祈りメールが来た。

研究プレゼン(5分?)・質疑応答。志望理由さらっと聞かれる。

・K社

書類提出 1月上旬

面接 2月上旬

GD研究発表→最終面接の3段階を1週間に詰め込む。GD交通費が出ない。GD結果は即日連絡なのでまあ好意的

GDは長い資料を読むもの選考基準はわからないが、GD開始前の質問タイム社員GD評価も行うのでできるだけ質問もしたほうが良いと思われる。

・T社

書類提出 1月下旬

面接 2月中旬-下旬

〆切が何回かに分けられるがいつ出しても変わらないようだ。交通費規定額が出る。結果は受かれば電話、落ちればメール。通過と落選の連絡に時間差あり

研究プレゼン(5分)+質疑応答。やりたい仕事内容とその理由も考えておくべし。

・D社(大阪

書類提出 1月下旬手書き

参加必須説明会(作文あり) 2月上旬-中旬

面接 2月下旬

とにかくめんどい会社手書きES意味はなんなのか。説明会は参加必須なのに交通費は出ない。作文を書かされる。テーマは毎年違うらしいのでネタをいくつか用意しよう。

面接プレゼン10分)+質疑応答一般的質問パーソナリティ質問を長々とされたのはここが初めてだった。交通費は片道分くらい出る。落選連絡はなし(こっそりマイページにお祈りアップ)。

・S社(大阪

書類提出 1月中旬パワポ資料付き)

面接 ?

書類落ちかと思ったら4月以降の説明会に来いとメールが来ていた。どうやらここで引っかからなかったら修士と一緒のスケジュールにまわされるようだ。

引っかかったら電話でこっそり連絡が来るらしい。

聞いた話だが、修士スケジュールに回されたら参加必須説明会からの参加必須プレゼン会があるらしい。どちらも交通費は出ないらしい。会社としての印象は悪い。

これ以外にも、K社はインターン9月〆切)、A社はDISC(11月〆切)、O社はインターン交流会(11月〆切)だとかで早期選考のようなものが始まっていたようだ。こちらもチェックしてみたほうがよいと思われる。

医薬品研究プロセス理解研究概要作成・実績作りを早いうちからやっておいたほうが良いと感じた。

2018-10-05

みんなキズナアイ動画を見たの?

NHK作成したノーベル賞候補となっている科学技術解説サイト炎上しているけれどもみんな動画を見たのかな??

あのサイトにある動画は1分程度のCMで、コンテンツのメインはプレゼンの書き起こし。

昭和人間には「90年代流行ったキャラクターアイコンを使った対話風Q&A」というとわかりやすいかも。

今の人には「よっぴーさんが使っているやつ」と言ったほうが伝わるのかな?

まるで動画本編をみたようなコメントを見るので気になっている。

動画本編がどこかで公開されているの??

ビジネスマンになれないまま

30代も半ばになってもビジネスマンになれない。

ビジネスライクに酷いことをしてくる相手仕打ちに何日も落ち込んでしまう。

プレゼンで大きな事を言わなきゃならん時にも、盛ったことを言うのが心が痛い。

金稼ぎが辛い。心が壊れそうになる。しかしどこにも行けない。死ぬしか無いのか。

2018-10-04

PCゲームに詳しい増田教えて

corei7 6700  GTX980 メモリ32GB の自作PCを使ってる

ウチでは新しいPCに金をかける時、妻にプレゼンをしないといけないんだが

ぶっちゃけ現時点では仕事用のソフトもメインで遊んでるゲームオーバーウォッチLoL)のプレイに全く支障がない

 

しかし新しいPCが組みたい、どーしても組みたい、6700Kじゃなくて6700だからOCお茶を濁す事もできない

 

ということで最近の(もしくは直近でリリースされる)ゲームで今以上のハイスペックPC恩恵を受けられるものは無いだろうか?

モンハンワールドPS4プレイ中なので説得材料にならないとだけ補足しておく

2018-09-30

anond:20180930204429

休職になる状態ってことは、なんでも物事ネガティブに感じられる状況にあります。あまり考えすぎないように。あなたが行なった仕事が何かは知りませんが、プレゼンが多い仕事なのでしょうか。締め切りがあって1ヶ月前から準備して、、そこから察するに少し特殊業界な気もします。

その業界に私もいたことがありますので、そのつもりでコメントしますが、その仕事プレゼンは大変ストレスが多いものです。あまり聞かないかもしれませんが、あなた以外にも鬱になって休職した人が何人もいました。でも人によっては戻ってきて、まだ仕事を続けています

まり考えすぎず、あまり成果を求めすぎず、気分転換して職場に戻ってきてください。

いろいろいう人もいるかもしれませんが、そんなの気にしなくていいです。待っています

僕は立派な人間になれるだろうか

僕が大学院を出て就職したのが今年の4月大手SIerグループ会社就職した。

今は配属先にも案件にも恵まれ、それなりに楽しくコードを書いている。

そして思う、僕はこの先満足の行く人生が送れるのかと、この社会に爪痕を残せるのかと、何のために生きているのかと。

先月同期が一人退職した。

技術力という点では僕と大差はなかったが、僕よりはるかに優秀な人間だった。

からこそ辞めてしまった。

彼は運が悪かった、そして彼にとってこの会社は遅すぎたようだ。

今頃得意なことを活かし、僕の月収の何倍も稼いでいる頃だと思う。

僕は常に他人が羨ましい。

先述の元同期、とある勉強会で年下なのに技術の深部についてプレゼンしていた方、研究室の後輩など。

彼らは人生の目的を持っていて、それに向けて努力をし、結果が追いついている、それがたまらなく羨ましい。

一方で自分はどうか、僕には人生の目的がわからない。今すぐ死ぬとしても、何の未練もなく終われてしまうと思う。

そして僕は能力が低い。

学生の頃は気にならなかった、まさに井の中の蛙だった。

会社に入り優秀な人を見る機会が増えた、仕事ができなくて怒られる機会が増えた、現実に気がついてしまった。

とりあえず努力もしてみた。

しかし薄い、質量ともに足りない、熱量がないか集中力がない、気がつけば娯楽に逃避している。

僕が娯楽に逃避している間に彼らは先に行く。

学生の頃はぼんやりと、特定の界隈ぐらいでは有名になれるだろうと高をくくっていた、自分は誇れる結果や歴が残せるだろうと思っていた。

しかしどうだ、この土日も薄い努力をし、交友を広げようともせず、何かに挑戦する気配もない。

僕は何のために働いているのだろう、生きているのだろう。

ああ、こんな文章を書くのに時間を使ってしまった。

日課筋トレをしなければならないが、これも中途半端だ。

なにか一つ誇れるものがほしい。

人生の意義がほしい。

休職した新人ぼやき

休職して一ヶ月が過ぎました。
じわじわ人生が詰んでいく感覚を日々味わっています

社会に出て一年半での休職でした。
こんな一瞬で自分が崩れるとは、自分でも到底予想していませんでした。

そもそも自分は辛い仕事に耐えられる人種ではないので、就活も慎重に行ったつもりでした。
残業時間が少なく、自分能力が活かせそうな業界を選びました。
その業界の中でもっとも規模の大きい会社入社しました。
売り手市場なのもあり、スキル学歴もそこそこあった自分にとって就活はイージーだったと感じています

ですが、社会はそんなに甘くはありませんでした。厳しい社会に出て、自分みたいなゆとり新卒簡単に吹き飛びました。

自分は、物心がついたときから人を不幸にすることはなるべくしないと心に誓っていました。
こんなに悲しみながら自分が生きているのだから、世の中の多くの人は幸せであって欲しいなぁとなんとなく思い続けてきたためです。
そんな、キレイゴトみたいな信条を持ったまま社会に出てしまったのがダメだったのかもしれません。

新人として自分に割り当てられた仕事は、意味も意義も目的理解できないものでした。
しろ自分がその仕事に対して行動すればするほど、周りの人に不幸をばら撒いているように感じました。
自分はこの仕事をやる理由も意義も説明できないのに、周りの人にこれをお願いしますと頼まないといけない、
そんな状況のなかで行動するたびに身体が削られていく感覚を覚えました。

そもそも仕事全般が得意ではなく、迫る締め切りやコミュニケーションプレゼンなどに対して、自分普通の人より耐性がありませんでした。
それに加えて、何をやるのかすら定かでないのに締め切りだけは決まっている日程線、一ヶ月以上かけて取り組んだ仕事が上の一声で無に帰される環境、まともに準備する時間もないプレゼン、全てが自分身体を削り取っていくようでした。
指示系統もよく分かりませんでした。別々の先輩上司がそれぞれ別のことを言ってきて、それを同時にやろうとすると破綻する状態でした。誰もが正しいことを言っているのは分かりますし、感謝すべきことなのですが、板挟みになるたびに胸が苦しくなりました。

どうせ次やることも無意味なのに、身が引き裂かれるくらいにつらいのだろう、そう思いながら毎日仕事をしていました。
毎日のように泣いていました。
自分は、無意味なことに力を注ぎ続けることが、人に不幸をばら撒くことが、こんなに辛くて苦しいなんて知りませんでした。
それでも自分必死でした。目の前にあるものを消化するのに精一杯でした。

ある日の朝、あ、もう自分が残ってない、そう思う日が来ます
ですが会社へ行かない選択肢はないので、当然会社へは行きます
管理職にもう少し自発的に行動しなよ、と言われ、あら〜〜無理な注文だな〜〜もうこれで精一杯だよ〜〜と思います
そこからはもう転がるように落ちていきました。
気がついたら休職していました。

自慢じゃないですが、自分は39度までの熱なら会社へは行けると思っています
一年目で勝手が分からず、熱が38.7度出た日に会社へ行ってしまたこともあります身体はタフなんだと思います
そんな自分でも、会社へ行けなくなってしまいました。40度の熱を出しながら会社へ行く方がよっぽど楽だと思えるくらいに、日々のストレスは辛いものでした。
社会がこんなに厳しかったなんて、思いもしませんでした。

  

現在自分の将来に対して何一つ希望が持てません。

就活時点までは自分人生アンダーコントロールでした。舵取りができていました。
なるべく残業時間の少なくて、自分の得意分野を生かせる業界を選んで、その業界でいくつもの内定を手にして。
入った会社はこれ以上ないホワイト企業だと思っています休職もできて、戻ったら有休もつく。
就活時にはもちろん第一志望の会社でした。

この会社でやっていけない自分は一体これからどうやって生きていけばいいんだろう、そんなことを毎日考えています
転職するとして、入社一年半でダメになってしまった自分採用するような会社があるのかも分からないですし、採用された後やっていけるのかどうかも分かりません。
そして自分仕事でぐちゃぐちゃになってしまったけれど、世間一般でみればこんな仕事お茶の子さいさいのような気がします。
残業だって月に10~20時間程度でした。多分、世の中の普通の人からみたら当たり前のような仕事なんだと思います

それでも自分はできなかったんです。
世の中の普通に耐えられなかったんです。
普通仕事ができない自分に、将来はあるのでしょうか。生きていく道はあるのでしょうか。
自分はこれからどうすればいいのでしょうか。
もうどうしようもないのですか。
誰か助けてください。だれか。

2018-09-29

バカ上司の話なんて書くんじゃなかった

anond:20180929104425

帰宅して、寄せられたコメントを見た。

こんなとこに上司の話なんて書くんじゃなかった。

なんとなく思い出して、なんとなく書いた、それだけのつもりだったんだ。

もう10年以上前になるのに指が震えてくる。

なんだこれ。ここでも袋だたきか。

そんなに一度のミスが許されないことなのかよ。

「言い間違いをしたのは部下に作らせて内容が分かっていなかったから」って?

ひとりで報告が作れるような小さな案件じゃなかったんだよ。

チームなら分担ぐらいするだろ。

しろ、内容が分かっていなかったのは文章を書いてた俺だ。俺なんだ。

入社して2年も経ってないころで、あたらしくもらった仕事で、

なんども助けてもらってあちこち直して迷惑ばっかかけた。

「言い間違いは許されない。練習が足りなかった」って?

あの人はクソのつくほどマジメだから、何度だって読み直してたさ。

練習したって失敗したら同じ、だとか言うなよ。

目立ったミスはあの1回ぐらいだ。

古くさい会社ありがちな派閥争いにもまれながら、

何年もの間、たぶん百回では済まないプレゼンを乗り越えてきている。

あの1回なんだ。

俺みたいなお荷物があの人をサポートした回だけ。

文章作成段階でも足を引っ張って、当日のサポートでも足を引っ張って。

あの人のミスは俺のせいだ。

ミスがあるとするなら、無能な俺なんかに仕事を任せたことだ。

こんなところに書いてしまったのは、助けてほしかったのだと思う。

今、あのときと同じように否定されて分かった。

同情とか共感とか、なんだっていい。誰かに何か声を掛けてほしかった。

あのあと部署は俺にみんな優しかった。

上司絶対に責めなかった。

上役からどう見ても嫌味で渡された漢字ドリルを愚直にやっていた。

本当にマジメな人だった。マジメで優しい人だったんだ。

どうせなら思いっき罵倒でもしてくれたら救われたのに。

耐えきれなくなって俺は辞めた。逃げた。

失敗したら取り返せばいいって笑ってくれた人を裏切って逃げた。

みんなが優しくて狂いそうだったんだ。

ああ書くんじゃなかった。思い出してしまう。

こんな話、誰にもできてなかった。忘れようとしてた。

そうだよな。

やっぱりここで話してもミスをした人間が悪いに決まってるよな。

叩ける人間がいれば叩く。事情だとかは関係ないんだろ。

きっと練習不足だったはず、理解してなかったはず、部下に押しつけていたはず、

勝手な推測ばかりならべやがってよ!!!

あのときも今も、どこにいっても変わんねえな。クソだわ。クソ。

敵対する派閥のヤツなら1つの言い間違いで人間性を否定しても構わねえんだろ!

全部を知ってるわけでもねえのに、政治的な争いに乗って人を罵れるヤツを心の底から本気で軽蔑する。

愚直でバカ上司それからどうなったか分かるか。

つながりもほとんど切ってるからくわしくは聞いてねえし、書きたくもないが、

最悪の想像をしてみたらいい。たぶんそれとほぼ同じだ。本当にバカな人だった。

ああ本当になんだろうな。クソが。最悪の気分だわ。

お前らみんなミスした人間を叩き続けてろよ。敵対勢力だからな。それでいいんだろ。

anond:20180929104425

なんだこれアベ信者擁護じゃねえか

たぶん人前で話す仕事したこともない引きこもりネトウヨ

人前で話す仕事ってのは何度も何度も練習してからやるんだよ

どうせ嘘だろうが、実在するなら上司無能

文言をぶんごんと言った瞬間そのプレゼンは終わりだよ

どんなにいいことを言ってもそこでアウト

仕事ってのは本気でやらないとダメなんだ

引きこもりには分からないだろうけどな

今回のせいごはそのミスを事もあろうに総理大臣がやってしまったんだ

笑い事のレベルじゃない

意味の通じない言語を一国の代表国際社会舞台でしたんだよ

国際問題になってもおかしくない

今でも追及が甘いくらいなんだよ

分かったかな?世間知らずのネトウヨ

anond:20180929104425

信用ってそういうものからな。

人様にプレゼンするのに事前に誤字の確認も取ってないってことでしょ?

2018-09-24

anond:20180915214027

NEC研究提案会議テーマリーダープレゼンを行い、研究所長と中央研究所長が審査するものです。件の研究テーマも、江村氏の責任の下で承認されたもののはずで、それを「まだ~」という発言は極めて無責任だと感じました(私もその場にいました)。また、私がその分野に明るくないことを差し引いても、当時の技術水準であの研究テーマは極めて先端性を有しており、今後20年間のSIビジネスをけん引できる可能性に満ちているものだっと思います。それこそ、「企業の基幹システムAWSマイグレーションNEC見積もりも含め、一番仕事が早く、安心感がある」、というようなステータスにすることは可能だったと思います。江村氏はCTOになる以前は、常々からNECSIをもうやりません」と公言していましたが、NECSIビジネスレベニューの増大は不可能でも、規模としてのシュリンクが非常に困難です。そのため、最低限のSIビジネスをやっている人たちが、それで食っていくための武器必要です。特に外部リソース活用が不得手なNECにとって、NEC発の技術なのかどうか、非常に大きな意味をもっています。私がかかわるところでは、顔認識世界でみれば3流ですが、それでもNECであることを最重要視して商流に乗せています

専門性をもってビジョンを示すことは研究者として重要であることには同意しますが、それは提案を聞く姿勢がある場合に限っていえることです。江村氏の経営では、「わからんから却下、再提案」ということが横行していました。その分野のビジネス判断として事業部ネゴシエーションテーマリーダは実施してニーズ特定し、ビジネスチャンスを示すこと。そしてリスク要因として将来そのビジネスを取り巻く環境変化を示しても、江村氏はそれらを理解できず、却下することがしばしばありました。無論、配下研究所長がリーダーシップを発揮し、責任をもって推進する、と援護があれば進むこともありますが、NECではそのようなリーダーシップをはぐくむことは不可能でしょう。なぜならNECリーダーは、自身責任明確化しないまま、YesともNoとも言わずに、上位のポジションが空くのを待つことが基本姿勢からです。結果、研究者が優れた業績を上げればそのウマに乗ってポイントを得るし、却下した研究テーマで他社が優れたポジションを獲得しても、そのテーマ投資しなくて正解だった、などと宣うのです。

また、CTOブログ言語道断な内容という主張についても、元の増田同意です。研究資金獲得において、江村氏の発言は全く参考になりえません。資金投入の考え方として、客観指標主観指標の2つの側面があります。まず、エビデンス世界情勢への理解といった点で、客観指標としてガートナーレポートに遥かに劣ります。一方、主観指標として役に立つかといえば、意思決定として、NECが注力すべき研究テーマもぼやけており、責任をもって推進する、という姿勢は全く見えません。元の増田氏は江村氏をIT音痴と評していましたが、私はそれに加えてビジネス音痴でもあると思っています。江村氏が重要視し、集中投資したすべてのテーマ競争優位性を確保することができていません(劣化診断や農業ICT、そして漏水検知は試験プレスは出ているのに、正式に導入されたプレスは出ていないことからもわかります)。それを踏まえれば、キャピタリストとしてのCTOに対する評価は、落第も良いところかと思います。それでも江村氏がそのポジションについていることは、単に大チョンボやらかし研究出身の國尾氏の後釜という意味合い以上のものはないでしょう。

先日の増田以来、研究所内でも重役に対する評価が変わってきたことは喜ばしい点でもありますリーダーシップを発揮しようとしない所長に対するレポーティングは省力化を優先するようになりました。彼らはビジネスを動かすことも、資金調達することも存在感を発揮できないだろう、という見方が強まってきています。この、影響力がない仕事コストを下げようという試みが機能するかどうかは、彼らのプライド次第という面もありますが、うまくいかなければ転職しよう、という現場の考え方が出始めているように感じています

そうしたきっかけをつくってくれた元増田氏には最大限感謝と、そして今後のご活躍を祈念しております

2018-09-23

ありもしない希望にすがってしまってね

私は転職を夢見ている

この職場は次につなげる「踏み台」のつもりだった

しかしこの踏み台だと思っていたのは、地獄の底へ落ちていく沼の表面だった

ここに長らくいたら、次へはいけないと思った

私は「終わったヒト」になってしま

私の鍛えた頭脳能力もすべて田舎日常に消えていってしま

すぐに転職しなくてはと感じた

転職で使えるようにかなり仕事を頑張った

怒涛の海外国内出張ラッシュへ行った

すべては転職へつなげるため、そう思っていた



微妙職場から面接に呼ばれ、頑張ってプレゼン資料を作ったりして気合を入れて面接に行った

だけれど電話は鳴らなかった

それが現実であった

自分でどうにもできないことに頼ってはいけない、そう自分に言い聞かせた

だけれども、気づけば転職けが自分を救ってくれるという考えに支配されていた

無力感、やるせなさ、それでも今の職場で働くという絶望感がどっと押し寄せている

それでも、明日がやって来て仕事がやってくる

もはや今の職場仕事意味やりがいも何も見出だせない

これまで何とも思わなかった仕事が、苦痛しかたがない

上司は言った、「来年は若手にもっと仕事をしてもらいますよ(笑い」

未来希望が見出だせない、何も楽しいと思えない

もう、人生は終わったも同然と感じてしま

みんなどうやって生きているのか

2018-09-18

SE後継機が出なくて絶望した

SEApple Watchバンドで腕に巻いて「これがAppleのつくる新しい未来です」ってプレゼンパロディ動画作ってやるから

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