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はてなキーワード: グラウンドとは

2018-11-19

小中高のころを思い出していてふと気づいたんだけど

体育の時間かに履くグラウンド用のシューズをどうやって保管してどこで履き替えたのか小中高すべてで完全に忘却している

こういう細かいティールを思い出せなくなることが「老い」なんだなぁ

2018-10-17

京都大学吉田寮の存続のための試案

以下、妄想。本当はこれから述べることくらいはやってほしかった。

A:ひそかに1億円ほど資金を貯めておいて、大学当局との交渉マスコミ含みで現金を見せる。その場で、独立国家宣言し、難民を受け入れると表明。国連に掛け合う。

B:退寮させられて終わるが、ひそかに京都御所へと通じる地下トンネルを完成させて、取り壊されたその日に「京都の中心の空き地にて、ここを吉田寮とする!」と宣言

C:来年五山送り火に合わせて、キャンプファイヤーに処す。焼け落ちた後に、記念碑が現われる演出があるとさらに良い。

D:現行の建物を覆う、新しい吉田寮外壁を自分たち建築してしまう。

E:狂った寮生による自爆グラウンドゼロ吉田寮として名を残す。

F:3Dモデリングバーチャル吉田寮完全版を全面公開する。

正直、ちょっと退屈ですわ。おじさん、見損なったゾ(´・ω・`)

2018-10-15

[] #63-7「イタガリアン」

サッカーにおいてファウルアピールは1つのトリックプレーである。転倒時に大げさな痛がり方をすることを批難する者もいるが、それはその選手が下手くそからだ」

ジパング代表監督言葉らしい。

その言葉体現するように、転倒時の痛がりっぷりが抜きん出ていたのがイッタ・イマージだった。

彼のサッカー選手としての実力は決して華やかとはいえなかったが、痛がり方だけは圧倒的な存在感を放ち、その様子がカメラに映されることが多かった。

それを見た他の選手たちや観客の中には「見てるこっちまで痛くなる」と、痛みを錯覚する者もいたのだとか。

その割に、彼は現役時代に一度もケガが原因で交代したことがなく、故障したことがない恵体。

そうして15年間ずっと現役で居続けた、ある意味ですごい選手だったという。

「……で、引退後は自国観光大使として隣国を巡り、今に至るというわけっすね」

カジマの説明を話半分で聞いていたが、つまり痛がりのプロってわけだな。

ボーナスチャレンジの話を聞いたときは、ローカル番組にしては大盤振る舞いだなと思ったが、そういうことか。

これを企画したヤツ、どうやら俺たちを勝たせる気は毛頭ないらしい。

いわばプロモーションの一環だ。

テーマは“フリースタイル”です。お好きな方法で痛がってください。では先攻カジマ選手、どうぞ」

全国を魅了するほどのイタガリアンに、一般人の俺たちが勝てるわけがない。

これじゃあ勝負はやる前から決まっている。

「えー……どうしよう」

さすがのカジマも、この状況に相当なプレッシャーを感じているようだ。

この状態では、ちゃんと痛がることは難しいだろう。

これ以上、恥をかかせないためにギブアップさせるべきか。

半ば諦めていた、その時。

兄貴ー!」

弟の声が聞こえたので、その方向に視線を向ける。

すると、俺の目の前に「賞金2倍」の文字が書かれたフリップが目に入った。

諦念の相が出ていた俺を見かねて、どうやら弟が書いてくれたらしい。

そして、それは俺の思考を正常に戻すには十分なものだった。

……そうだ、つけ入る余地はあるはずだ。

いくら痛がることが上手いといっても、それは元サッカー選手としての副次的能力であり必須スキルではない。

リアクション芸人みたいに痛がりのプロというわけでも、面白いわけでもないだろう。

ならば俺たちが勝負すべきは、その“面白さ”だ。

そうと決まれば、まずはカジマの調子を取り戻させよう。

「カジマ、これはチャンスだ。痛がりのプロともいえるイッタ・イマージに、お前の痛がりを見てもらえるんだぞ」

「そ……そうか! これを機にオイラスターロードが……」

カジマの頭の中で、随分と前向きな解釈が行われているようだ。

あいいや、そっちのほうが都合がいい。

「よし、じゃあ1回戦でやった木の棒、その“応用編”で行くぞ!」

「おっす!」

「じゃあ、行きまーす!」

俺は1回戦と同じように木の棒を構える。

「くたばれ!」

そして、ほぼ同じ動作で木の棒を振りぬいた。

「あ``あ``!?

脛めがけて振りぬいた木の棒は、誤って狙いより上に当たってしまう。

股間にある“第三の足”にだ。

「ああ~っと! これは痛そうだ~~!」

「~~~~っっっ、ちょっとマスダぁ~!」

カジマは俺に怒りの声をあげるが、その姿と声量は情けない。

ハハハハハッ!」

そんなハプニングに会場は盛り上がる。

当然、これはワザだ。

同じテーマが出てきた時、二回目はコレで行こうと以前から決めていた。

同じことはやればやるほど退屈になりやすい。

だが変に奇をてらおうとするくらいなら、同じことをやったほうがいいのも確かだ。

期待はそう簡単に裏切れない。

だが予想は裏切れるんだ。


「ははは……さぁ~て、ちょっとしたハプニングはありましたが、気を取り直して後攻イッタ・イマージ氏、どうぞ!」

俺たちのやれることはやった。

後はイッタ・イマージ次第だ。

俺は彼の痛がりを知らないから分からないが、いくらサッカー選手とはいえ先ほどのカジマを超えるのは難しいはず。

ダイ……ジョブ……本気で」

イッタ・イマージがつたない日本語で、痛めつけ役のスタッフと喋っている。

今回のために覚えてきたのだろうか。

大げさに痛がるサッカー選手なんてロクなもんじゃないと勝手に思っていたが、意外と真面目な人なのかもしれない。

「じゃあ、行きます!」

どうやら俺たちと同じ木の棒で行くらしい。

カジマのを見た上で、あえての真っ向勝負か。

よほど自信があるとみえるが、さすがに見くびりすぎじゃないか

「おりゃあああ!」

「~~~~~~っっっ」

しかし、見くびっていたのは俺のほうだった。

それを思い知らせるかのように、その実力を見せ付けたんだ。

「お~~! さすがのイッタ・イマージ! 貫禄の痛がりっぷり!」

イッタ・イマージはその場に崩れ落ちると、殴られた足を押さえてもがき苦しむ。

生で見ているせいもあるのかもしれないが、圧倒的な迫力だ。

まるでサッカーグラウンドがそこにあるかのように錯覚させるほどに迫真の痛がり。

会場の盛り上がりも最高潮を迎える。

エンターテイメント性という意味では、カジマの痛がり方も負けてはいない。

だが臨場感の差は歴然といわざるをえなかった。

「ねえ、あれって本当に痛いんじゃないの?」

「確かに、そう思えるほどだ」

「いや、そうじゃなくてマジもんの……」

本当にあそこまで痛がるほどなのだと、俺たちまで思ってしまった。

その時点で、自ら敗北を認めているようなものだ。

「これは文句なしでしょう……イッタ・イマージ勝利です!」

完敗だ。

俺たちに悔しがる資格はない。

こちらの小細工を、単純な地力の差でねじ伏せてきやがった。

所詮リアクション芸人の真似事でしかない俺たちでは勝てるはずもなかったんだ。

「いや~、素晴らしいイタガリアンっす」

そう言いながらカジマは、握手目当てにイッタ・イマージに近づく。

だが彼の顔を見た途端、なぜかカジマの動きが止まった。

「ん? どうしたカジマ?」

「イッタ・イマージさん……き、気絶している」

…………

後に知ったことだけど、イッタ・イマージは痛みを感じやすい体質だったらしい。

彼の痛がり方にリアリティがあるのは必然というわけだ。

俺たちがそこまで痛いと思わないレベルでも、イッタにとってはリアルに痛かったんだから

あなたたちは痛みに慣れすぎて、鈍感になってるのよ……』

少し前に母が言っていたことを思い出す。

痛みってのは、さしずめ身体から発せられる救難信号だ。

その痛みに鈍感であることは、それ自体危険だと言える。

今回の一件で、俺たちは“痛みに鈍感”であることの意味、その危険性を改めなければならなかった。

「ねえ、いまさら気づいたんすけど……」

イッタ・イマージ救急室に運ばれていくのを眺めていると、ふとカジマが呟いた。

隣国観光大使をこんな目にあわせるのって国際問題になるんじゃ……」

こいつにしては珍しい、目配りのきいた意見である

だが生憎、俺はそれに答えられるようなものを持ち合わせていない。

「……どうだろうな。まあ少なくとも、それが国際問題になると思っている人たちの間では問題になるだろうとは思うが」

「え、どういう意味? なんかの言葉遊び?」

「違ぇよ。つまり俺たちが気にしたところで仕方ないってこと」

今回、痛くも痒くもなかった俺では、そう言うのが精一杯だった。

結局、痛みを知らなきゃ本当の意味では学べないのかもしれないな。

まあ、そのためにわざわざ痛みを知りたいとも思わないが。

(おわり)

2018-10-12

anond:20181008033937

俺も萌えとか二次元とか好きじゃないけど、好きな人のことは否定はしないよ。

オーバーグラウンドに持ち出すから変なフェミやらに叩かれる訳だから

ひっそりとアンダーグラウンドでやってればいいと思うし、それを望んでたオタク達もいると思う。

国営放送NHK品位ガ~、、とか言われてるけど、オーバーグラウンドに持ち上がったもの

クールジャパンとか言って世界にまで発信しようとしてるの、日本なんじゃ?

ということで「一般ゴリ押し」は国家としての方針なんじゃないですかね。

日本死ね!!

2018-10-05

キン肉マンウォーズマンに寄せて

息も絶え絶えにリングの上に転がりながら、ウォーズマンロビンマスクにこう尋ねた。

「だれかオレの顔を見て笑ってやしないか?」

ロビンマスクは彼を見つめ、力強く声をかける。

「だれも笑ってやしないよ」

から安堵すると同時にウォーズマンの全身から力が抜けていく。

それを抱きとめながらロビンマスクは涙をこぼす。



こんな感動的な場面から始めたい。

これは漫画キン肉マン」に登場する一人の超人ウォーズマンについての一つの考察である



ウォーズマンロビンマスク弟子として、漫画キン肉マン」の第8巻、

『第二十一超人オリンピック編』から登場する超人だ。

人間ロボットの間に生まれ、そのどちらにも属さない「ロボ超人である彼は登場時、

その残酷さによって読者に強烈なインパクトを与える。

針状の爪を発射する武器ベアクローを使って対戦相手を惨殺、

練習のためにグラウンドを走る死刑囚149人のうち148人を殺害

キン肉マンの仲間であるラーメンマンの側頭部を抉って脳漿に穴を開け、

植物状態にするなど、攻撃残酷さでいえば作中随一ともいえるだろう。



しかし、そのような残虐さに反して、転んだ子供に手を差し伸べて助けようとしたり、

前述した149人の死刑囚の中でも老人だけは見逃したりといった優しさが

時折垣間見えるのもウォーズマンの特徴である

性根は優しい彼を残虐な戦いに駆り立てたのは一体何だったのだろうか。


ロビンマスクは作中、「超人オリンピック」のリング上でキン肉マンへの攻撃の手を止めたウォーズマン

「また くうものもくえず きるものもろくにない すさんだ生活にもどりたいのか」と尋ね、

ウォーズマンはそれに応えるように激しい攻撃を再開した。

ここから想像されるのは、彼が故郷ソ連で置かれていた厳しい状況である

この後、キン肉マンとの闘いを通して彼は残虐さを捨てたクリーンな戦い方の大切さに気付く。

そして、対戦相手マスクを剥いだ方が勝ちというルールの中で、

みずからそれを脱ぎ捨てると共に自分過去を語るのだ。



ウォーズマン自身が単なる超人でもロボットでもない「ロボ超人であることを嘆き、

どこにいっても爪弾きにされ、いじめられ続けた日々を回想して「地獄生活」だったと称した。

そのような彼を唯一救ったものこそが格闘技であり、

いつしか自分超人ロボットを「血まつりにあげることがいきがいとなった」のだと彼は語る。


やがて雷鳴に照らされた彼の素顔は、人間でも均整のとれたロボットでもない、

極めて歪なもの、恐ろしいものとして描かれ、

それを見つめるキン肉マンとその婚約者ビビンバの顔も稲光の中で無言にこわばっている。

彼の素顔から受けた、誰も何も発せないような衝撃、

それが登場人物の表情のみを並べることで読者に鋭く突き付けられるのだ。

ウォーズマンの「素顔」は非常にドラマチックなやり方で我々に提示される。

醜い、恐ろしい、そう思ったとしても彼を気遣えば口に出すことができない、

いわば配慮リアリティとでも呼ぶべきものがこの場面には備わっており、読者ですら、

ウォーズマンの顔からどのような印象を受けたかをあえて言葉にしないように努めてしまうのである



彼の生い立ちや素顔についての問題はここで一度大胆に明かされたのち、しばらくはその影を潜めている。

残虐を捨て、キン肉マンら「アイドル超人」の一員となったウォーズマンは、

「七人の悪魔超人編」においては戦士として、

黄金マスク」編においては作品舞台として(「黄金マスク」を巡る戦いはウォーズマンの体内で行われる)活躍し、

仲間を支えながら友情を深めていく。

そして、もはや誰もが彼にまつわる悲劇を忘れ去った頃、冒頭の事件が起きるのである



コミックス17巻に始まる「夢の超人タッグ編」において、

彼は師であるロビンマスクとタッグを組み、共闘することとなった。

この時の対戦相手ネプチューンマンキング・ザ・武道の二人が結成した「ヘル・ミッショナルズ」であり、

ロビンマスク仮面をつけたネプチューンマンの正体がかつての好敵手、

喧嘩男(ケンカマン)」なのではないかと疑っている。

やがてそれは証明されるが、ネプチューンマンは正体を知られたことを理由ロビンマスクを殺そうとする。

ウォーズマンは師を助けるためにリングに上がるも技を決め損ね、ネプチューンマン仮面を外されてしまう。

彼の素顔を見た観客は衝撃を顔に浮かべ、ウォーズマンはなんとか仮面を奪い取って、再び顔に装着する。

彼が仮面を外され、再び装着するまでの間に挟まる以下のセリフは注目すべきだろう。



ネプチューンマン「(注:ウォーズマンに対し)醜い顔を隠すために覆面超人の道を選んだのであろう」

ロビンマスク「これ(注:仮面)をウォーズマンからとりあげることはあまり残酷だ!!」



ネプチューンマンウォーズマンの素顔を「醜い」と指摘したときロビンマスク特にそれを否定しない。

それどころか、仮面をつけずに戦い続けることはウォーズマンにとって残酷だと断定的に語る。

これはなぜか。ロビンマスクもやはりウォーズマンを醜いと感じ、

それでいて庇うこともせず受け入れているのだろうか。


当然そうではない。再び仮面をはぎ取られたウォーズマンロビンマスクに、

「だれかオレの顔を見て笑ってやしないか?」と問いかける。

そして、「だれも笑ってやしない」という言葉に安堵しながら命を落とすのである



この場面において我々が再確認しなければならないのは、

ウォーズマン自分のロボ超人としての素顔を見せること、

そしてそれを“笑われる”ことをいか忌避しているかということだ。


超人オリンピックのなかでロビンマスクウォーズマンに対し、

過去に過ごしてきた「くうものもくえず きるものもろくにない すさんだ生活」について指摘し、

ウォーズマンは当時の暮らしぶりを取り巻く貧困生活の困窮とを思い返し、それを恐れているかのように見える。

しかし、この時ウォーズマンが真に恐怖していたのは単なる生活苦ではなく、当時の自分が置かれていた立場

すなわち、周囲からいじめられ、疎まれ続ける「地獄生活」の中で精神的なダメージを与えられることだったのだ。



ロボ超人であることが理由で受けた誹りや嘲りは彼の心に未だ深く陰を落としていた。

アイドル超人として仲間たちと友情を深めようと、戦いを乗り越えようと、

その陰を完全には取り除けていなかったことが、この場面では悲しみと共に明らかになる。

彼の陰を知るロビンマスクウォーズマンから仮面を取り上げることを「残酷」だと指摘したのは、

仮面をつけずに生きていくことがウォーズマンにとって、自分がロボ超人であることを

突きつけられながら暮らすことと同義であると考えていたためではないだろうか。

彼はここで一度命を落とし、超人墓場で長く労働をすることになる。



それから少しの時が流れ、「キン肉マン24巻に始まる「王位争奪編」において

ウォーズマンキン肉マンとの再会を遂げる。

彼は超人墓場に追いやられたキン肉マン脱出させるために、

脱出必要な「生命の玉」と呼ばれる宝珠をキン肉マンに分け与えた後、

超人専門の医師であるドクターボンベに人工心臓をもらうことで生き返り、

自身墓場から生還成功する。

この時の手術のミスのせいで彼は一度ほぼ戦闘能力を失ってしまうが、

であるロビンマスク指導を受けることで戦闘技術回復

再び登場時のような残虐な戦い方へ、そこからクリーンな戦い方へ、と復活を遂げる。



この「王位争奪編」は、キン肉マンがキン肉星の王として戴冠する場面で幕を下ろした。

平和になった世界の中、ウォーズマンアイドル超人の一人として、

メディカルサスペンション」と呼ばれる特別治療を受けることになり、長らくの療養生活を送る。

そして順調に体力を回復した彼は、「完璧超人始祖編」で再びリングに立ち、

宇宙から襲来した「完璧超人」たちを迎え撃つことになるのである



しかし、ここで再び悲劇が起こる。ウォーズマンとその対戦相手

ポーラマンとの戦いの直前、ロビンマスクが命を落とすのだ。

対戦相手であった”完璧超人ネメシスロビンマスクを破った後、

塔状に組まれリングからその体を突き落とし、砂丘に埋めてしまう。

墓穴を掘る手間を省いてやったのだ」と語るネメシス言葉を聞き、

慟哭しながら懸命に砂を掘り起こすキン肉マンの姿は非常に印象的なものである



この場面において、ロビンマスクを失った悲しみをこれまでの感謝に代え、

続く戦いに向けて決意を固めていくキン肉マンと、

戦闘が始まろうとする中にあって敵に背を向け、

もはや姿の見えない師を思って涙をこぼすウォーズマンの姿は対置され、

ライバルとして出会ったキン肉マンロビンマスク

対して師匠弟子関係にあったウォーズマンロビンマスクとの関係の違いを示している。



その違いは続くポーラマンとの戦いからも読み取ることができる。

ウォーズマンはこの戦いの中でロビンマスクを失った悲しみから暴走し、自身の戦法を見失ってしまう。

テリーマンは彼を見て、普段の「計算され尽くしたクレバーな戦いぶり」とは逆の、

ガムシャラに向かっていくだけの戦闘本能の塊」のようだと口にするが、それも当然のことである


キン肉マンにとって、ロビンマスクあくま自分と共に成長していく超人の一人であり、

彼を失ったとしても彼はそれをバネに立ち上がって自分なりの戦いを続けることができる。

しかし、ウォーズマンにとってのロビンマスクは戦い方の土台や軸作りに大きく貢献した人物なのだ

結果として彼はここで師と共に育ててきた「計算」や「クレバーさ」を失い、

積み上げてきたものを一度壊すことになるのである



ポーラマンに追い詰められ、ウォーズマンは「オレの命などどうでもいい」、

「刺し違えてでもこの戦いに勝利しなければ…ロビンに合わせる顔がない」とまで言う。

ポーラマンは彼の様子を見て、恐怖心を持たず、

ひたすらプログラムとして戦い続けるだけの「ファイティングコンピューター」だと笑った。


その時、ウォーズマンリングロビンマスクの姿を見る。

実体のない、いわば幻影のような彼はウォーズマンにこう語りかける。

「お前はいつも自分のことをロボ超人だと気にしているようだが」

「私はおまえをロボだと思ったことは一度もない」


回想の中で、ロビンマスクウォーズマン攻撃の仕方を教えている。

森の中で木を次々と攻撃、倒していくウォーズマンだが、

もう少しで目標を達成するという時になってぴたりと攻撃の手を止めてしまう。

ロビンマスクは彼を叱りつけるが、よく見るとウォーズマン攻撃しようとしていた木の陰には子鹿がいる。

ウォーズマン意図に気付き嘆息するロビンマスクの前で、子鹿は森の奥へと駆けて行く…



そのような思い出を証拠に、ロビンマスクは続ける。

「おまえは血肉の通ったわが弟子だ」

「そのことに誇りを持てる超人になってほしい」



「オレハキカイナンカジャナイ」

師の言葉を聞いたウォーズマンは、こう言って立ち上がる。

彼の言葉はこの場面で、機械人間が何を基準として分けられるのか、

この場面において“機械である”ということが何を示すか、

そのような大きなテーマをも巻き込みながら読者の方を向く。



倒されかけたところからウォーズマンは再び立ち上がり、

普段のような冷静な戦いぶりを発揮するが、

その背後にある考えを、彼はこのように説明した。



「今までオレはロビンの恩に報いようとするあまり自分の命を捨てるつもりで戦っていた」

しかロビンはこんなオレに生きろと言った!」

「だからオレはもう死ぬために闘わない!」

「生きるために…ロビンがオレに託してくれた大事な魂を守るために闘う!」



この場面で機械人間の間に置かれるのは、

戦いの中にあって「生きる」ために奮闘することはできるか、

また相手を「生かす」ことを考えられるか、ということである

ロビンマスクとの練習中、子鹿を逃がし、

「生かす」ことを考えていた時点でウォーズマン

作中における「機械」の定義を脱していたことになるが、

自身が「機械でない」との自覚もつにはまだ足りないものがあった。



それが、ロビンマスクウォーズマンに伝えた、「誇り」である

彼は自分という存在に誇りをもって初めて、

体は機械であっても心までは機械でないと宣言できるようになった。

「オレハキカイナンカジャナイ」、

そう宣言する彼の言葉があえて機械的にカタカナ表記されているのは、

あくまでも彼の体は機械でできているが、“それでも”」、という

“それでも”の先、逆説のその先を読者に想像させるためではなかったか



ここで物語は、生まれ持った肉体の性質を変えることはできないけれど、

心は変えることができるのだと我々に伝えるが、

これは奇しくも「超人オリンピック編」の中、

残虐超人として現れたウォーズマン正義に目覚め、

アイドル超人に加わったときと同様のメッセージである



そして、「友情」と「信じる心」をもって自身の体の欠点

すなわち活動限界存在を乗り越えてポーラマンを倒した後、

彼は自分がロボ超人であることを以下のように語る。



ロビンはオレのなかで永久に生き続ける このオレが死なない限り

それが寿命のない 半分機械でできた超人のいいところだ」



幼少のころ、自身を「地獄生活」に追い込んだロボットの体に対する複雑な思い

――憎しみ、悲しみ、怒り――、

それをロビンマスクが与えた誇りによって乗り越え、肯定することに、

ウォーズマンはこの場面でついに成功するのである



最終決戦としておかれたネメシス戦の直前、

ウォーズマンは自らの師を倒したネメシス報復することなく、

その立場キン肉マンに譲る。



弱気キン肉マンの自信のなさに対してウォーズマンは一度、

「半分機械からオレにはわからないのか」と口にするが、

すぐにその発言を打ち消し、「生身である半分」では理解できると語る。

自分人間的な面と機械的な面の双方を理解した彼はここで、

ロボ超人である自分理解するとともにしっかりと受け入れている。



ポーラマン戦で彼は、「超人オリンピック編」を彷彿とさせる雷雨の中、

ポーラマンマスクをはぎ取られ、

「醜いツラだ」、「みんなおまえのツラをみて笑っているぜ」と嘲笑されるが、

彼はその言葉を「それがどうした」と打ち消し、師のために戦いを続ける。



自分の顔を見られること、

そして笑われることを臨終の間際にすら恐れていたあの彼はもはや存在しない。

ロビンマスクを失った代わりに自分のロボの体に誇りを持ち、

敵を「生かし」、自分を「生かす」ことに注力する。

ウォーズマンは変わったのである



キン肉マン」という物語においては、「人は変わる」ということが繰り返し語られる。

正義の側から悪の側へ、反対に悪から正義へ、

そしてそれを超越する新たな勢力へと超人たちはその立場を次々と転じ、

その度に誰かが喜んだり悲しんだりする。

それがウォーズマンにおいて特に顕著に現れるのは彼自身が、

自分の”機械的”な外見を誰よりも気にしていたからだ。



から敬遠されるのは嫌だ、疎まれるのも怖がられるのも嫌だ。

しかし、生まれ持った体だけはどうしても変えることができない。

そんな葛藤劣等感、「変わる」ということに向けた諦観交じりの強い欲求

ウォーズマンは常に抱えているが、

そのような「変わらない」ロボットの体が他方、

物語を通した彼の精神的な成長を浮き彫りにしてもいるのだ。



今の彼は逃れようのないものに対して抗うことをせず、

かに受け入れるだけの強さを持っている。

そして、その強さが一朝一夕に獲得されたものでないと知っているからこそ、

我々はウォーズマンという超人に、より一層強く魅きつけられるのではないだろうか。

2018-09-08

anond:20180908110730

土俵に上がりたければマワシをつけろ。

競技者でもないのに必要あるか?

グラウンドの件は全くナンセンス

甲子園プロ野球も男女混合でいいよ

anond:20180908110730

土俵に上がりたければマワシをつけろ。

競技者でもないのに必要あるか?

グラウンドの件は全くナンセンス

甲子園プロ野球も男女混合でいいよ

anond:20180908110457

土俵から降りろとかグラウンドに出るなとかあったやん

男性差別と相反するわけでもない

2018-09-02

ミンスが不人気なのはK議員応援したら自衛隊空爆を受けると思われているか

間接的にでも国民の敵=彼の応援者だと 

支持者だと思われる言動をしたらF15Jの空襲で自宅がグラウンドゼロになると国民はみな思っている 

2018-08-27

芋虫が産卵する夢を見た

体育祭で訪れた校庭にあるワサビ畑を覗くと芋虫が飛び出てきて動かない。これは羽化が間近だと思い、踏まれないように守りながら観察する。そしたら「半分青い」の宇太郎さんが「わしの知り合いの部屋に運ぼう」と言うので宇太郎さんが頭、自分が体のほうを持って二人がかりで運ぶ。運んでいる途中で芋虫はのたうち回り産卵を始める。腹が分かれ足になり股からキャビア、赤キャビア放出し、運んでいる自分にも体液がびっしょりかかる。出てきた卵はグラウンドに開いたくぼみにそれぞれ入る。複数の黒キャビアに赤キャビアが1つというセットになってくぼみに入っている。黒キャビア精子、赤キャビア卵子のようだ。ここで目覚めて、芋虫って産卵するっけ?と気づく。

2018-08-26

学校の窓辺から

小学校が海に近くて、高学年の教室の窓から外を見ると、グラウンドの先には背の低い防砂林を挟んで海が見えた。

窓際の席に座っていた私は授業が退屈で、すぐに教科書から目を離して窓の外を見る子どもだった。

晴れの日も雨の日も、弱まった台風がやって来た日も。

海の様子は時刻や天候によってまるで変わるから、飽きない。晴れの日は遠くに浮かぶフェリーを探す楽しみがあるし、雨の日は窓に当たる雨の雫で歪んだ水平線を眺めた。

でも1番好きだったのは薄曇りの日の海。特に薄い雲が低く霞んで見やるような日の風景

空の薄い灰色と、海の濃い灰色がくっついて、地平線が曖昧になってしまった風景

それをぼやっと眺めながら、早く授業が終わらないかと待っていた。

授業が終わっても特に何にもあるわけじゃないのにね。

2018-08-24

東京23区ガチオススメ孤独スポット

東京孤独スポット12選(https://www.momotoyuin.com/entry/Loneliness/tokyo)というのを読んだので、俺の知ってる東京23区内のガチ孤独スポットを紹介。西側のことはよく知らないので東側メインで。他人がたくさんいてかえって孤独を感じるとかはなしで。

荒川河口・江東区

https://goo.gl/maps/muEXPJFfxsn

ここは本当に人がいない。南砂町駅から荒川まで行って川沿いを歩いていくしかないのだが、その途中も全然人がいない。そもそも脇道も何もないし、先に付いたところで何もない。そしてどこにも行けなくて戻るしかない。

近くに新砂運動場があるがここもお薦め浄水場の中を通っていかないといけないが途中の道には何もない。というか歩いている人がいない。新砂運動場と荒川河口は地図上は近いけど、直接はいけない。夢の島公園も近くに見えるけど直接いけない。全部遠回り。

荒川グラウンド千住新橋西側南岸の川寄り

https://goo.gl/maps/EA4XUYFeHnL2

日が暮れてから歩くと本気で怖い。とても暗いし誰もいないし、誰かいたらいたでかえって怖い。

隅田川の白髭橋と桜橋の間の台東区

https://goo.gl/maps/2utCKdTdcBo

桜橋から北に上り中学校を超えたあたりから殺伐とし始めて、昼間から人がほとんどいない。川沿いのDIY住民らしき人はいるけどほかは全然。きれいに整備されているのに人がいない。なお白髭橋から北側は急に人がたくさんいる明るい場所になります

若洲海浜公園東側

https://goo.gl/maps/3WgG5rHT7Jx

若洲公園キャンプ場には休日にもなればバーベキュー釣り人で無茶苦茶人が多い。だが若洲海浜公園東側には来る人があまりいない。何もないから。トイレはあるけど。

早い時間にいけば東京ゲートブリッジを歩いて渡れます。渡っても降りられないので、そのまま戻ってくるだけだけど。暑いときに渡るとほかに人がいなくて超孤独しかも風が強くて死が近い。

葛西臨海公園の東の端の方の海沿い

https://goo.gl/maps/ue6FZu67tF72

葛西臨海公園休日にもなると人がかなり多い。でも多いのは主に西側で、東側は少ない。木がある園内ではなく、水辺沿いをずっと歩いていくと人がほぼいない。航空写真にした方が分かりやすいかも。

ちなみにここから強引に首都高速湾岸線の下をくぐって反対側に抜けるのは楽しい。ただし道なき道みたいな感じなので入ったらいけない場所かもしれん。湾岸線の横の舞浜大橋は歩いて渡れるのでディズニーにいけますよ。なお先の若洲海浜公園葛西臨海公園ディズニー火山とかバッチリ見えます

豊海ふ頭

https://goo.gl/maps/XEMppfMtczM2

どうせ行くなら人の多い晴海ふ頭じゃなく豊海ふ頭へ。こちらは倉庫ばかりで歩いている人はほとんどいない。人が働いていない時間ならなお一層人がいない。トラックばかりでかつ歩道なんてものはないので歩行は注意して。レインボーブリッジなどの夜景のほか、晴海側のオリンピック村工事も見られます

国立科学博物館附属自然教育園

https://goo.gl/maps/v5VCywvWmB42

川沿い海沿いばかりになってきたので毛色の変わったところで。人が少ない日にうまく当たればラッキー。奥の方に行くと、都心にいながら山で遭難した気分が味わえます公園で言えば、浜離宮恩賜庭園タイミングがよければ人が少ない。特に海側。

かに

品川ふ頭、東陽町須崎遊郭があったあたりから東西線車庫の北側にかけて(https://goo.gl/maps/jibhFwVdpBv)とか。

2018-08-22

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/51417?page=4

今年1月大阪桐蔭グラウンドへ、私も足を運んでみた。近鉄奈良線生駒駅から車で約20分、生駒山を上ったところにある練習場は、想像以上に人里離れた山奥のように感じられる。

まあ山奥ってことでええんちゃうの。

2018-08-12

まくらを噛んでいたあの子が死んだ夏

俺が小学生5年生のときの話だ

女の子が枕を必死に噛んでいた

全身を震わせ、足を棒のように伸ばし、何かに必死に耐えていた

ちょうど給食という至福の時間が終わり、昼休みに入った時間帯だ

俺は当時、今とは全く違って、休み時間になればロケットのようにドッジボールをしにいくような子供だった

そんな俺が保健室に訪れたのは、とにかく腹が痛いからだった

同級生サッカーを楽しそうにやっている中、自分だけは腹痛でこんなところに来ているという状況が憎かったのを覚えている

保健室先生はいなかった

俺は椅子に座り、窓の外で同級生たちが遊んでいるのを眺めていた

ベッドのしきりの間から、何かが聞こえた

人の唸り声だ。とにかく痛そうで、悲痛だった

なんだろうと思って、俺はしきりの隙間からベッドを覗き込んだ

いたのはベッドでとにかく痛そうに、何かに耐えている彼女だった

汗をダラダラかき、堂々見られているのに気づかずに必死に何かに耐えていた

中でもよく記憶に残っているのは、枕を噛んでいたことだ

文字通り保健室の枕に食らいつき、まるで声を出したら何者かに連れ去られてしまうかのように、必死に声を押し殺していた

本当に辛そうに、かわいそうに

彼女は、4年生の頃に転校してきた

髪を腰まで伸ばしていて、足や腕が傷だらけだったのを覚えている

何かの難病を抱えていて大変だということを説明された

すぐにイジメにあったのは言うまでもない

俺は興味なかった。その時期の小学生なんて、そんなもんだ

ただ彼女のことで覚えていることがある

当時、仲の良かった友達

俺が一人寂しくグラウンドの端の方でセミの死骸を棒で器用にはさみ、アリの巣の近くに持っていく遊びをしていたとき

例の彼女がどこからか現れて、俺に

「それ、楽しいの?」と訪ねた

俺はなにも返事をしなかった。楽しくないよ、そういえば良かったと今でも思う

彼女はため息をつき、俺から離れていった

この程度のことで俺は彼女のことを好きになっていた

それが小学生

彼女は6年生になった春頃、またどこかへ転校していった

俺は何故か悲しくなかった。いつかまた会えると思っていた

なんの根拠もないが絶対に会えると、そう思っていた

今年、俺は大学卒業した

同時に今夏に小学校同窓会が開かれた

俺は彼女に謝りたかった。あのとき無視してしまたこ

そして保健室とき、何も声をかけてあげられなくて申し訳なかったこ

彼女絶対に覚えていないだろうが、とにかく謝りたかった

久しぶりに合った同級生の話によると、彼女最近自殺したらしい

なぜかはわからない。ただ自殺したという話だけが会の小ネタになっていた

とにかく彼女は死んだのだった

もう枕を噛むこともないのか、そう思ってちょっとホッとした

2018-08-11

anond:20180811172235

過去に作られたマナーなりルール現代に適さなくなっても盲目的に妄信するって、日本人らしい考え方だよね

その知人は、一時期話題になった「土俵女性が上ることを禁止」することだったり「甲子園グラウンド女性が入ることを禁止」することもルールから当然と言っちゃうタイプなのか気になる

2018-08-08

anond:20180808084810

プロ野球選手の質を均一化できないの?」と、置き換えて考えてみよう。

戦力外通告寸前の選手からスター選手まで玉石混淆選手層を、どうやって均一化させるの?

加えて、労働環境改善しなきゃならんのだから、これ以上選手練習を求めるのはナシね。

しろ選手練習時間を減らすことが社会的ニーズになっている。

看護師球場の受付スタッフグラウンド整備などの裏方。

勿論これなしではプロ野球は成立しない、これまた非常に重要縁の下の力持ち役割だけれども、

求められる技量判断力、そしてその影響力はプロ野球選手混同できるものではないよね。

2018-08-06

校庭にクジラが流れ着いた

日曜日文化祭の準備で朝から学校に来てみたら、校庭にクジラが流れ着いていた。

学校の仕組み上、昇降口から校庭は見えない。

キャーキャーと声が上がっているのは知ってたけど、僕はそれを無視して4階の図書室に行ってしまたから。

そんなわけで図書室の窓からクジラを見下ろしたときも、僕にはグラウンドに横たわる巨大な茄子のようにしか見えなかった。

このコロニーの液体層の深度はレベル2。まさに平均的な擬似海面を保っていると言える。

ただ昨今の猛暑に伴う資源の確保と安定性は急務となった。それで、コロニーを群体として有機的に相互接続を繰り返した。結果、その中に大海生命体をコロニー化してたどこかの研究機関のものたまたま混ざり込んでいたらしい。研究規格のコロニーを使えばいいものを、わざわざ一般規格り混ぜていたのだからタチが悪い。

ともかく、一般規格扱いということで、このクジラが乗ったコロニーは学園区画に無理矢理に接続されてしまったというわけである

クジラにとっては案外快適だったのではないか。きっとこのクジラは、一時的にでも疑似的な海に収まることをよしとせず、無重力空間という非日常を最大限に享受しようとしたに違いない。

空気クジラ、浮かぶクジラわたしたちフィクション世界で会うクジラたちに彼はなろうとしたのだ。あるいは、飼育されているうちに、そんな知識を得ていたのかもしれない。

ただ、浮かぶクジラ自由はもたなかつた。

たまたま降りたところがまた文化祭前の学校だった。

彼はまたどうなるんだろう。まだ生きているのだろうか。生きているなら、再び空が海に帰れるのか、このまま文化祭オブジェになるのか。

あいいかクジラ次第だしな。

2018-08-04

日本スポーツ中継って何で解説者は実況アナウンサーから話を振られるまで喋っちゃいけないことになってんのかが謎。

実況がいちいち解説者に呼び掛けるのが無駄に感じるし、話を振っといて解説者が話しはじめようとしても

グラウンドで何かが起これば「おおーっとー!」とか叫んで話を遮るからグダグダになるし。

海外だといちいち話を振らなくても実況に合わせて解説者が能動的に解説をさしはさんでいくじゃん。

何でああいう風にできないの?

最近高野連叩きが気になる

 暑いのに甲子園野球やるなとか

女子部員部長グラウンドに入ったら注意されたとかで

くたばれ高野連と口汚く罵ってる奴らの書き込みを所々でみるけど

 

それについてのニュース記事にも

それを受けてのインタビューにも解説や考えが記載されてるのに

それすら読まない何も知らない興味もないのに適当に喚いてる奴は

どういう神経なのかどういう生き様なのか、そして何様のつもりなのか?

 

野球問題だけじゃなくて他の事もそうだが

なんにせよ問題があるのなら検討改善必要だが

例えそうなっても文字も読めないのに喚くネット評論家様には

いつまでも悪の組織から変更されないわけだから無意味だよな?

 

世の中をよくするためにはまず自分を偉大なコメンテーター

勘違いしている自身を改めて行く必要があるのではないでしょうか?

 

でも書いてて思った皆暑くてイライラしてスカッとするもの探してるだけなのかもね。

2018-08-01

anond:20180801095815

ルールを変えろとか言ってる奴は「公式練習選手以外の関係者が参加して練習してもよい」と変更されれば満足なんだろうか

そんなことになったらいちびりOBとか後援会おっさんとかが「関係者」になって参加して

選手は30分間グラウンドでそれの接待をするのが慣例になるんだろうな。

土俵神聖儀式の場なので、女性土俵に上がったら力士たちは張り手で頭部を破壊しなければならない

野球グラウンド神聖儀式の場なので、女性グラウンドに上がったら、プレイヤーバットで頭部を破壊しなければならない

今年の甲子園CMが苦手から嫌いになった。

全員同系統服装、同系統髪型、一糸乱れぬダンス、それが苦手な理由

なんか息苦しさを感じる。朝日新聞においては高校球児とそれを取り巻く環境はこういうのが望ましいんだな、という。

嫌いになったのは、女性部長甲子園見学中に打席に立ってスイングしたのを注意された件を知ってから

もちろんルールルールだし、女性部長の行動は軽率だったと思う。

ただCMだと女性グラウンド内で踊っているじゃないか、と思ってしまう。

もちろんこれはいちゃもんだ。同志社香里高校大阪府今宮高校大阪府登美丘高校ダンス部の方々にはなんの問題もない。100年かけて築かれてきたきたものに対してとても敬意を示したダンスだと思う。

ただその築きあげられたものの背景になにか息苦しさを感じてしまう者の小言に過ぎない。

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