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はてなキーワード: 1990年代とは

2023-06-10

「適齢期」の感覚が分からない

私、26歳長女。母親は今年で還暦を迎えた。

引き算すれば分かるが1990年代後半に34歳の母の元に産まれてきた。

母の結婚した年齢は32歳で、それまでは遊んでいたと聞いている。

よって、母から結婚プレッシャーはいまのところない。恋愛しろとは言われているが、結婚はまだ先のイメージらしい。

そんな母のもとで育ったので私のなんとなーくの頭の中のイメージでは「20代自由の年、30代に入ってから結婚したい人はする」という感じがある。

実際に20代になってみると周りは結婚意識する子が増えてきて戸惑った。後半に入ると結婚してる子が増えてきてわりと普通にいる。

頭の中の20代イメージ現実がずれてるから違和感を覚えるけど、それは産まれてきたところの親の年齢の違いなんだとは考えている。

分かっているけど時々頭がバグるので、「平均適齢期エミュレータ」みたいなのがほしい。

「適齢期」の感覚が分からない

私、26歳長女。母親は今年で還暦を迎えた。

引き算すれば分かるが1990年代後半に34歳の母の元に産まれてきた。

母の結婚した年齢は32歳で、それまでは遊んでいたと聞いている。

よって、母から結婚プレッシャーはいまのところない。恋愛しろとは言われているが、結婚はまだ先のイメージらしい。

そんな母のもとで育ったので私のなんとなーくの頭の中のイメージでは「20代自由の年、30代に入ってから結婚したい人はする」という感じがある。

実際に20代になってみると周りは結婚意識する子が増えてきて戸惑った。後半に入ると結婚してる子が増えてきてわりと普通にいる。

頭の中の20代イメージ現実がずれてるから違和感を覚えるけど、それは産まれてきたところの親の年齢の違いなんだとは考えている。

分かっているけど時々頭がバグるので、「平均適齢期エミュレータ」みたいなのがほしい。

2023-06-06

anond:20230606111851

少子化問題の焦点は、政治の失敗。

特に1990年代にまともに政治をしてこなかった人間責任。子ありも子ナシも関係ない。

その問題本質から目を逸らしてる全ての言論は、何をどう言おうと他責現実逃避責任転嫁さね

2023-06-05

追悼】 上岡龍太郎を語る。

無理や。

増田には手に余る。

それが出来ないのは分かるってるけど、したいか自分語りになってしまった訳で。

予想外に多くの人に読んでもらえて嬉しいやら申し訳ないやら恥ずかしいやら……。

id:lady_joker

 

 あと、失礼。増田アラフォーでしたわ。ごめんなさい。

アラフィフの人の意見が聞きたい!」  という気持ちが空回りしてしまいました。

テレビで追悼特集とかも流れているし、引退されてから幸せで後輩方とも定期的に連絡を取られていた様だし。

おかげで増田気持ちは落ち着きました。皆さん有り難う。

 

id:ftq  "23年前は大昔じゃなくて、ちょっと前やで。"

 大昔と言っても良いだろ。受精卵が大学出てるで。

逆に23年後には我々も そこそこ死んでるぞ。

 

id:shields-pikes

 上岡師匠の評伝は複数書籍になってるし。当時も散々 惜しまれたし。亡くなられてからじゃないと書けないよ。

好きな著名人が亡くなったら、こんなモンじゃない?

増田にとっては神格化しているけど、芸能界全体ではそうでも無い事は理解しているし。

 

 その……。増田としては若い人に紹介できる動画分からんのよね。

短く切り抜かれている動画面白いけど、上岡師匠の魅力はソコでは無いし……。

かと言って、パペポや一人で語っているのも極端だし。

個人的には 、『さんまのまんま』で、さんまさんと共演しているヤツが一番オススメかなぁ……。

 

改めて調べてみると

師匠って、現役の時は個人事務所で、更に奥様が社長を務められていたのね……。

 凄くない?!

それで、あの芸風、あのレギュラー数、あの攻めた番組ってw

道理で常に覚悟が決まっているし。 スパッと辞められる訳よね。

 でも、奥様も凄いわ……。

上岡師匠の8歳下の筈だから引退時には50歳。40代の時に1990年代師匠を支えられた訳か……。

ネタにされていたけど。引退のキッカケも奥様の発言らしいし。

夫婦ドラマもあったのだろうなぁ……。

 

願わくば上岡師匠インターネットへの評価を聞きたかたかな……。

メールとかは利用されていた様だけど……。

 

増田にとっては書いて良かった。

皆さんのお目汚し失礼。

引き続き、師匠情報が集まっていそうな場所情報をお待ちしています

https://anond.hatelabo.jp/20230603224821

anond:20230605144515

1980年代まれくらいまでは、世界は何だろうとやりたいことやったほうがいいよね、という感覚があった

忍たまアニメが始まったころに子供だった世代は、「やりたいことやったもん勝ち」という歌詞も素直に理解できた

そこから10年ほど後ろの1990年代まれ以降は本当に景気のいい頃の空気を幼少期にも感じていない世代

バブル崩壊後の混乱期に生まれ世代なので、逸脱や失点を恐れる世代になった

さら10年たつとインターネット世代

会ってない時もつながるのが当たり前で、人の裏表を嫌でも見る世代

今まで以上に失敗が命取りになった

今の若い人たちは、子供ファクター人生成功失敗に関わると考えている

から勝算の薄い勝負はしない

から若い人以外が全く理解できない「子供がいないことによる成功」「子供がいることによる成功」をことさらアピールする

本当に勝ち負けにしか興味ないんだと思う

1980年代まれなら、え、やりたいほうでええやんとしか思わないことなのにね

anond:20230605111258

1990年代に1.8台だったのが、最近 1.3くらいに下がってるんやで。

2023-06-04

1990年代av縛りで抜くこと1年

今世紀のavがまぶしい

2023-06-03

anond:20230530110642

これ読んでほしい。

https://kakun-project.jimdofree.com/2014/05/04/%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%81%8B%E3%82%89%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B-%E7%9B%AE%E7%9A%84-%E3%81%A8-%E7%9B%AE%E6%A8%99-%E3%81%AE%E9%81%95%E3%81%84/

ナンシー関曰く:

ダウンタウンウッチャンナンチャンを一緒にしてしまうことは間違っている。 百歩譲って、テレビタレントとして同ランクに並ばせることは仕方ないとしよう。 しかし「お笑い」という表現方法をとろうという人間である点で考えたら、その能力に差がありすぎる。ウッチャンナンチャンは近所の陽気な兄ちゃんである。かたやダウンタウンは 10年の1人のつっこみの天才浜田、笑いの狂気松本ダウンタウンは桁が違うである。 」

まぁナンシー関を知らない/評価していないなら仕方がないけれども、

テレビを見ていて感じた様々なモヤモヤや、ダウンタウンおもしろく感じたのに

ウンナンはそれほど刺さらなかった理由を、当時ナンシー関は見事に言語化

してくれたので、俺はナンシー関を信頼している。

なので、

1990年代ダウンタウンはすでにウンナンとんねるずより格上だった」

が俺の回答。日本国内全員がそう思っていたとまではいわないけど、

そう思っていた人は一定はいたと思う。

2023-06-02

現在31歳の人が生まれたのが1992年、3歳だったのが1995年、5歳だったのが1997年

80年代前半生まれ自分が「発達障害」という言葉を初めて聞いたのって大学生の時だったし

どう考えても2000年以降だった。

1990年代だと「発達障害」って概念一般には浸透していなかったでしょ。

実際、幼稚園小学校教室を走り回るようなうるさい子やおとなしくて引っ込み思案過ぎた子だって

中高生くらいになれば大体は落ち着いてたと思うし

親が「他動気味」と言われる我が子を見て「子供はそんなものだろう」と思うのって、そんなに責められる事ではないと思う

anond:20230530151516

1990年代後半の日本は、バブル崩壊の影響で日本経済が低迷し、社会全体に暗い影を落とした時期でした。この時期には、失業率の上昇や貧困の増加など、さまざまな社会問題が起こりました。また、地下鉄サリン事件オウム真理教事件などのテロ事件も発生し、人々の不安感を高めました。

このような社会情勢の中で、アニメゲームなどのエンターテインメントにも、暗い雰囲気作品が多く登場しました。たとえば、1995年放送されたアニメ新世紀エヴァンゲリオン」は、人類使徒との戦いを描いた作品で、その暗い世界観が多くの若者共感を呼びました。また、1997年に発売されたゲームファイナルファンタジーVII」は、環境破壊戦争などの社会問題テーマにした作品で、当時の社会情勢を反映した作品として高い評価を得ました。

1990年代後半の「暗さ」は、バブル崩壊の影響によるものですが、それだけではありません。冷戦終結阪神・淡路大震災などの大きな出来事も、この時期の社会情勢に影響を与えました。これらの出来事によって、人々は将来への希望を見失い、社会全体に暗い影を落としたのです。

ここでは、1990年代後半の日本社会の暗さを象徴する作品をいくつか挙げてみたいと思います

アニメ新世紀エヴァンゲリオン

ゲームファイナルファンタジーVII

映画鉄道員ぽっぽや)」

小説ノルウェイの森

漫画ベルセルク

これらの作品は、いずれもバブル崩壊後の社会の暗さを反映した作品です。登場人物たちは、失業貧困孤独などの問題に直面し、苦悩していますしかし、これらの作品は、ただ暗いだけではありません。登場人物たちは、困難に立ち向かいながら、希望を見出そうとしています

1990年代後半の日本社会は、暗い時代でした。しかし、この時代は、人々が希望を見出そうと努力した時代でもありました。これらの作品は、その時代を生きる人々の姿を映し出しています

2023-06-01

反日利権クズが逃げるぞ】キボタネ理事を逃がすな

全員業界永久追補

一年に一度死ぬまで謝罪文新聞掲載

全ての学位資格剥奪

当然でしょう。

厳罰必要

慰安婦をさんざん食い物にしてきた。

https://www.kibotane.org/our-mission

希望のたね基金 キボタネ私たちが関わっています

代表理事 梁澄子 (やんちんじゃ)

被害者がいる問題だったんですね」

在日朝鮮人慰安婦サバイバー・宋神道さんの裁判過程をまとめたドキュメンタリー『オレの心は負けてない』を見て、ある学生がつぶやいた言葉です。日本軍慰安婦問題日韓外交課題として浮上した後で「慰安婦問題を知った世代には、この問題日韓の摩擦問題としてしか見えていないのだということを、気付かせてくれた言葉でした。サバイバーたちの四半世紀にわたる闘いが、「慰安婦問題外交課題にまで押し上げたのだという事実が、すっぽりと抜け落ちてしまっている。宋神道さんをはじめとする日本軍慰安婦サバイバーたちの闘いを目撃してきた者として、被害事実と共に、その闘いと、それが獲得したものについて、伝えていかなければならない責任を感じています

韓国日本軍慰安婦サバイバー・金福童さんは、日韓合意の最大の問題点は「歴史を売ったことだ」と言いました。「慰安婦問題歴史なんだ。歴史お金で売ってはいけないものなんだよ」と。

戦時暴力被害者が名乗り出て、加害国の責任を問うて国際世論に訴えるという、人類史上初の試みをおこなった女性たちは、二度と同じことが繰り返されない平和世界をつくらなければならないと、自らの存在をかけて訴え続けました。その姿が、他の戦時暴力被害者たちに勇気を与えたこと、世界人権専門家たちの心を動かして重大人侵害被害者被害回復に関する国際基準を打ち立てる上で大きく貢献したこと、闘いの過程で自らが変わり周囲の人々を変えていったことも、私たち記憶し、伝えていかなければならない歴史です。その歴史が見落とされ、あるいは歪曲されたまま、「解決」や「和解」を唱えても、「解決」と「和解」を手に入れることはできません。

日本軍慰安婦問題私たちに多くのことを気付かせ、学ばせてくれた問題でした。その気づきや学びを、さらに多くの人々、多くの若者に伝えていくことで、「慰安婦問題は「終わらせる」べき問題ではなく、平和未来を拓く礎となる問題であることを伝えたいと思います

日本軍慰安婦問題解決全国行動共同代表 1990年から日本軍慰安婦問題に関わる。1993年提訴在日朝鮮人慰安婦被害者神道さんの裁判支援をおこない、2007年ドキュメンタリー映画『オレの心は負けてない』製作現在韓国ソウル戦争と女性の人権博物館(WHR)日本後援会代表、「YOSHIMI裁判いっしょにアクション」共同代表通訳翻訳語学講師。 "

顧問 川田文子 (かわだふみこ)

じっくり実らせよう、一粒の種 旧日本兵によれば、司令部大隊本部の側には慰安所を設置した。本部を守る配置の200名規模の各中隊には慰安所の「慰安婦」が巡回した。最前線小隊には慰安所も「慰安婦」の巡回もない。それで、女性拉致し順繰りに犯し、「合意」と見せかけるため金を握らせた。真摯反省も再発防止策も示さず日本政府が締結した「日韓合意」は70年以上前最前線兵士が編み出した犯罪隠蔽のため金を被害者に握らせた手法と同質だ。

日本政府は「日韓合意」の一条件とした平和少女像撤去にこだわる。韓国若者は厳寒のソウル日本大使館前にテントを張り、夜中も少女像を守った。釜山総領事館近くの少女像若者資金を集めて設置した。日本若い世代韓国の同世代交流し確固とした非侵略平和を築く、そんな一粒の種になることを応援したい。

ノンフィクション作家在日慰安婦裁判を支える会、戦争と女性の人権博物館日本委員会所属日本の戦争責任資料センター共同代表沖縄に残された裴奉奇さんの半生を記録した『赤瓦の家――朝鮮から来た従軍慰安婦』(1987年)をはじめ、在日日本インドネシア中国など日本軍慰安婦」・性暴力を受けた当事者人生を記録。

ノンフィクション作家失格

顧問 角田由紀子 (つのゆきこ)

私たち社会が「希望」という言葉を見失ってどのくらい経つのだろうか。希望喪失度(という言い方があるとすれば)は、安倍内閣になってから急速に進んでいる。私たち絶望感と閉塞感に苛まされてきた。そこへ「希望のたね基金である。私はすっかり忘れていた言葉に再会して、ひそかに心躍らせている。この基金が、若者たちをターゲットにしていることが、とりわけ嬉しい。日本軍慰安婦」とはなんであったのか、なんであるのかを若者たちが理解するときが来ることで、日本韓国関係は大きく変わるだろうし、それは必ずや日本若者たちに生きるに値する未来をもたらすのではないかと、期待が膨らむ。自分の国の歴史を学んでこなかった日本人にとっては、若者だけでなく、新しい時代に生きる手がかりになるはずだ。

弁護士 2017年5月1日現在 1975年弁護士登録。以後、東京弁護士会及び日本弁護士連合会の両性の平等委員会委員を、2001年4月よりはNPO法人女性安全健康のための支援教育センター」の代表理事をそれぞれ務めている。2004年4月より2013年3月まで、明治大学法科大学院教授。第2東京弁護士会所属。主な著書に「性と法律2013年岩波新書など。 "

理事 庵逧由香 (あんざこゆか)

国境を越えて人と人とが直接出会い、直接交流することは、国際関係で最も楽しく、最も核心的な要素だと思います友達が一人でもできれば、自然相手国や相手地域に対する関心が生まれてきます日本韓国大衆文化根付き始めたている現在、関心を持ち始めた若い方々に、一人でも多く朝鮮半島の友達出会う機会が提供できればという願いを込めて、希望のたね基金事業におおいに期待しています

立命館大学文学部教授 / 強制動員真相究明ネットワーク共同代表 専攻は朝鮮近現代史日韓関係史。主要論著に、「朝鮮における総動員体制構造」『岩波講座東アジア現代通史 第6巻』岩波書店、2011年1月(共著)、庵逧由香「植民地朝鮮史像をめぐって-韓国の新しい研究動向-」『歴史研究』No.868、2010年7月、などがある。

大学からクビにするのは当然でしょう

理事 北原みのり(きたはら

91年に金学順さんが声をあげたとき、私は大学生だった。当事者が声をあげた以上、解決しないわけにいかない、すぐにきっと解決できるはず。そう楽観的に信じていた四半世紀前の私に言ってあげたい。「甘すぎるよ」と。「慰安婦問題は、この国のアキレス腱だ。国は力尽くで、この問題を忘れさせようとしてきた。「そうはさせない」と、急所に正面から切り込んでいった当事者支援者の運動は、どれほど過酷だったことだろう。性暴力被害者が声をあげれば叩かれ、なかったことにされるのは、今も同じだ。だからこそ私は、この運動に関わりたいと思う。女性たちの無念を記憶するために。次世代に声と記憶をつないでいきたい。

作家 1996年フェミニズム視点女性向けセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」を立ち上げる。フェミニズムジェンダーに関する著書多数。「アンアンセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)「毒婦。」(朝日新聞出版)「奥様は愛国」(朴順梨との共著著、河出書房新社)「性と国家」(佐藤優との対談、河出書房新社)他。

理事 山口智美(やまぐちともみ)

慰安婦問題は昔起きたことだから自分とは無関係」「国家間の問題だし、日韓合意解決済み」。そんな声をよく聞きます日本メディアネットでは「慰安婦問題否定論が溢れ、日本政府が歴史否定忘却を後押しさえしています。でも、「慰安婦問題を真に解決し、二度と戦時暴力被害を起こさないためには、「慰安婦問題事実サバイバーの声、そして支援運動歴史について学び、記憶し、それを継承していくことこそが重要なはずです。「希望のたね基金」の取り組みを通じて日本若者たちが学んだ成果は、私が住むアメリカなど、世界若者にも影響を与えていくことでしょう。皆でこの基金を育てていきましょう。

モンタナ州立大学准教授 文化人類学フェミニズム 日本社会運動特にフェミニズム右派運動調査を進める中で「慰安婦問題にも取り組む。共著に『社会運動の戸惑い—フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』(共勁草書房)、『海を渡る「慰安婦問題 右派の「歴史戦」を問う』(岩波書店)ほか。

セクハラにの定義を歪めて水着までセクハラにしたインチキババア

理事 柴洋子(しばようこ)

1990年から慰安婦問題過去のページに閉ざされた歴史の一つではなくなりました。さら金学順さんが名乗り出たことを機に多くの被害女性が名乗り出、日本政府に対して謝罪と賠償を求めました。私たち彼女たちの勇気に支えられて、それぞれ各国の裁判支援を始めました。私は縁があって台湾被害女性たちと裁判を通して交流してきました。そして30年近くが過ぎ去った今、台湾被害女性たちは亡くなり、現在お元気な阿媽は2人です。台湾では2016年AMA Museumを開館し、阿媽たちの歩んできた道を記憶し、記録するようになりました。韓国は「慰安婦問題解決運動先駆者です。ハルモニたちの声は国境を越え、現代紛争下で性暴力被害を受けた女性たちにも勇気を与えています日本にいる私たちも各国の被害女性たちの声を記録し、若い世代に伝えていく努力必要です。しかし、どうやって? そういうときに「希望のたね基金」の活動は、まさしく私たち希望となるものだという確信に至りました。私自身は模索しながらの参加になりますが、希望の道へ連なることができることを嬉しく思っています

台湾の元「慰安婦裁判支援する会

慰安婦利権そのもにの

理事 方清子

1990年から始まった日本軍慰安婦問題解決運動が30年目を迎えようとする今なお、被害者が望む解決はなされず、その間に多くの被害者が亡くなられました。日本政府は歴史事実をなかったことにしたいという欲望を隠そうともせず、「日韓合意」で終わった問題公言して憚りません。忘れさせようとする権力に対し、サバイバー生き方に学び、記憶することは抵抗であり、未来への一歩です。誰一人その生を再び踏みにじられることのない、性暴力人権侵害を許さな社会の実現を共にめざします。「希望のたね基金」の取り組みを通じて次世代へとバトンをつなげ、あるべき社会未来像を形にする一助になりたいと願っています

日本軍慰安婦問題関西ネットワーク共同代表

原因は尹美香

理事 大森典子

映画「主戦場」で日本若者がみな「慰安婦問題は知らない,と言っている事に衝撃を受けました。しかし1991年に初めて金学順さんが名乗り出てすでに30年近く経っていることを考えると当時生々しい感動を受けた世代記憶形骸化しています。ましてや直接被害事実を聞いた事のない世代はこの言葉を知っていても被害者苦痛自分の事として想像するのは大変です。「希望のたね」の活動が,こうした問題に正面から取り組んで下さっていることに敬意を表しつつ,これに参加できることを幸せな事と思っています

弁護士

理事 加藤圭木(かとうけいき)

日本軍慰安婦」制度や日本植民地支配・侵略戦争は、数え切れない人びとの人権尊厳を踏みにじった国家犯罪です。これらに対する批判認識確立し、真に人権尊重される社会をつくりだしていくことは今を生きる私たち課題です。マスメディアインターネット上では、日本軍慰安婦問題に対するデマや、朝鮮半島をはじめとしたアジア諸国に対する不正確な情報が溢れています。こうした中で、若い世代なかには「何が本当のことかわからない」と感じる人も多いでしょう。キボタネを通じて、歴史真実を学び、東アジアの人びとと交流を深めていくことは、大きな力となっていくはずです。ともに学ぶ仲間の輪を拡げていきましょう。

一橋大学大学社会研究准教授

監事 太田啓子(おおたけいこ)

私は、戦時暴力は、戦時という特殊な状況下で起きる特殊態様のものだと以前は思っていた。しかし、戦時特有事情もあるにせよ、本質においては、どうもこの社会日常的に起きている性暴力と地続きのものであるということを、日本軍慰安婦」だった女性達の言葉と、それに対して向けられる偏見罵詈雑言に接して、感じるようになった。

逃げられない権力構造下で起きた凄絶な被害がどういうものだったのかを直視することは、この社会から暴力を無くすために何が必要かという本質的な問いのために避けられないだろう。必死な性暴力告発の声を「あなた合意していたのに今更何を言うのか」と押し潰す暴力性の背後にあるものはなんなのか見極め、それと闘いたい。これが、不勉強と微力を承知理事就任の打診をお引き受けした理由である

弁護士 明日自由を守る若手弁護士の会(「あすわか」メンバー)。「怒れる女子会」呼びかけ人。取扱分野は離婚等の家事事件一般民事事件等。性暴力

2023-05-31

1990年代新興宗教毒ガス地下鉄の駅に撒く。中学生小学生を殺して生首を学校に置く。金融機関バタバタと潰れて自殺者が年間3万人を超える。不景気が終わらない。これからどうなるのか。徐々に窒息していくような不安。躁鬱的な雰囲気。病的なヤバさ。

2000年代アメリカ同時多発テロ事件イラク戦争リーマンショック冷戦が終わったはずの世界がどこかおかしくなっていく。インターネットの普及が融和よりもむしろ分断を招く。小泉構造改革民主党政権。なんとかしようとして余計に悪化した。永遠に続く不景気

2010年代東日本大震災反原発安倍政権フェミニズムインターネットが「ファクト」を分裂させ、いずれを信じるかで社会の分断が決定的なものになる。アラブの春イスラム国ロシアクリミア占領トランプ旋風。ブレグジット世界が壊れてしまった感覚

2023-05-30

松本人志っていつからこんなカリスマになったんだっけ?

1990年代感覚だとダウンタウンあくまウンナンとんねるずと並ぶ感じだったよな。

内村石橋と比べて松本だけ飛び抜けてすごかったとか人気あったとかそんな印象はぜんぜんないんだが。

もちろん当時はBIG3紳助がそれ以上の存在感で居座ってたし。

2000年代なんかぜんぜんパッとしてなかったイメージだけどな。

なんかビートたけしを目指して映画をつくりはじめて大コケしたり。

からナイナイとかロンブーとか出てきて「世代交代していくなあ」と思ったり。

ダウンタウン冠番組が減って、めちゃイケとかのほうがぜんぜん勢いあったし。

なにより島田紳助が全盛期を迎えて芸能界を牛耳ってたしな。

それがいつのまにか「若手はみんな松本に憧れてる」「お笑いの神」みたいな扱いになっている。

いつからだ?

M-1審査員になったときか?

それとも島田紳助引退したとき

紳助引退してM-1の顔を松本が引き継いだときに「天下人」の禅譲が行われた感じはするな。

あれが2011年のことか。

2010年代にもなるとBIG3がさすがに衰えを見せはじめたし、

ライバルウンナンとんねるずも勢いを失って、

松本お笑い界のトップに押し出されていった、という格好になるのか。

吉本」という括りで見ると、番頭格だった紳助引退して松本が引き継いで、

そうしたら上に残ってるのは権威とかぜんぜん興味ない明石家さんまだけだもんな。

タモリ・たけし・ウンナンとんねるずはいずれも非吉本だし。

から来る若手はみんなM-1を目指してるから、その代表者松本はどんどん権威が上がっていく。

うーん、じゃあ結局は島田紳助のせいってことか。

2023-05-22

anond:20230522124805

一般社会では恥ずかしいなりに、オタク普通にいたよ。

1990年代当時萌え文脈で人気あったのは、セーラームーンとかカードキャプターさくら、あとはナディアとか。このへんはブームといっていいんじゃないのかなあ。

なんか特徴的に目が大きくて顔の輪郭がとんがった絵柄が一時期流行って、そんなアニメが大量にあった記憶がある。

あと、Windowsが普及するまではPC98全盛期で、萌え系のエロゲが盛り上がってた。

一般向けに流行ったギャルゲときメモとかの絵柄は少年物のラブコメから萌えブーム文脈に回収しづらいけど、エロゲの絵柄はもっと今の萌え美少女寄りだよ。

anond:20230522123222

2000年前後から美少女キャラ採用した専門書が増えて「萌え本」とか言われてたこと考えると、世間に「美少女キャラ」=「萌え」って認知が定着したのはそのへんじゃない?

萌えって表現自体1990年代パソ通でも使われてたけど、萌え対象は必ずしもキャラではなくて。「燃える」がかっこいいものに対する気持ちが高まった時の表現というのがまずあって、可愛さがあるものにたいして気持ちが高まった時に「萌える」って表現つかってたと思う。

2023-05-16

anond:20230516132532

スマホ

【日本の議論】JR東日本、電車内の携帯電話「電源オフ」ルール緩和へ ペースメーカーに影響なし(1/4ページ) - 産経ニュース

温水洗浄便座

1990年代には日本新築住宅で多くが温水洗浄便座を採用することになる。さらオフィスビルや商業施設ホテルといったパブリック用途にも採用が広がり、2000年代には住宅パブリックわず採用されるのが一般的となってきている。さら鉄道駅鉄道車両のような不特定多数の利用がある場所でも、採用例が出てきたほか、和歌山県2013年県内の全公衆トイレに温水洗浄便座を設置する計画を発表した。

内閣府の消費動向調査によると日本における温水洗浄便座の世帯普及率は1992年には約14%だったが2000年には約41%2008年には約68%、2010年には71.3%に達した。

2023-05-12

anond:20230512111635

幾ら脊髄反射コメンテイター気取りをしたいはてなブックマーカー相手とはいえ、幾らなんでも情報操作が酷すぎる。

ロクに調べずに、印象だけで書いたということをこれから示すからぷいきゅあとか見てブヒブヒ言ってねーで演劇見ろ。

>> 特に日本では1990年代以降この傾向がすごく強くなって、映画TVドラマ観劇音楽系のライブイベントなどの娯楽は女性消費者主導になってる。 <<

どこ情報よそれ。ソースを示せコラ。

>>映画は18時以降でもスケジュールを組めるし、スポーツナイター観戦がある。 <<

プロ野球セントラル・リーグ試合開始時間は18:00だ。

セントラル・リーグは見れるけれど演劇は見れない具体的根拠を示せよ。

https://baseball.yahoo.co.jp/npb/schedule/?date=2023-05-15

>>例えば宝塚はこんなスケジュールになってる<<

かに宝塚大劇場のスケジュール元増田が指摘するとおりだが、同じ『Lilac(ライラック)の夢路』でも東京宝塚劇場の公演にはソワレもあるぞ。ソワレあったら元増田は観に行くのか?

https://kageki.hankyu.co.jp/revue/2023/lilacnoyumeji/schedule_tokyo.html

元増田無知なのか敢えてスルーしたのか知らないが、例えば下北沢ザ・スズナリの公演情報は以下の通り

https://www.honda-geki.com/suzunari/

見ればわかるが19:00開演の公演も沢山あるぞ?

(※注:本多劇場は18:00始まりの公演が多いということは付け加えておく)

なので公演内容も女性に偏ったものになっていく。

例えばイケメンをずらりとそろえる。女性向けのロマンスを強く打ち出す。

といった感じで。

そこには男性が好むような題材はどこにもない。

男が好むようなアクションバイオレンスは取り入れられない。

男性が好むような女優をメインに打ち出して男性客を取り込むようなこともない。

女性俳優メインなら女性が好む題材になる。

それによってますます男は遠ざかる。これが演劇男性客が少ない理由だね

元増田は今年何本の演劇を見たんだ?あるいは見ずとも公演情報をチェックしたのか?

上記に掲出した本多劇場や、ザ・スズナリに行ったことはあるのか?

「それってあなた感想ですよね?」だろ?ソースを示せよ。

知ったようなフリをして、調べもせずに印象だけで語ってんじゃねーよ

anond:20230512111635

幾ら脊髄反射コメンテイター気取りをしたいはてなブックマーカー相手とはいえ、幾らなんでも情報操作が酷すぎる。

ロクに調べずに、印象だけで書いたということをこれから示すからぷいきゅあとか見てブヒブヒ言ってねーで演劇見ろ。

>> 特に日本では1990年代以降この傾向がすごく強くなって、映画TVドラマ観劇音楽系のライブイベントなどの娯楽は女性消費者主導になってる。 <<

どこ情報よそれ。ソースを示せコラ。

>>映画は18時以降でもスケジュールを組めるし、スポーツナイター観戦がある。 <<

プロ野球セントラル・リーグ試合開始時間は18:00だ。

セントラル・リーグは見れるけれど演劇は見れない具体的根拠を示せよ。

https://baseball.yahoo.co.jp/npb/schedule/?date=2023-05-15

>>例えば宝塚はこんなスケジュールになってる<<

かに宝塚大劇場のスケジュール元増田が指摘するとおりだが、同じ『Lilac(ライラック)の夢路』でも東京宝塚劇場の公演にはソワレもあるぞ。ソワレあったら元増田は観に行くのか?

https://kageki.hankyu.co.jp/revue/2023/lilacnoyumeji/schedule_tokyo.html

元増田無知なのか敢えてスルーしたのか知らないが、例えば下北沢ザ・スズナリの公演情報は以下の通り

https://www.honda-geki.com/suzunari/

見ればわかるが19:00開演の公演も沢山あるぞ?

(※注:本多劇場は18:00始まりの公演が多いということは付け加えておく)

なので公演内容も女性に偏ったものになっていく。

例えばイケメンをずらりとそろえる。女性向けのロマンスを強く打ち出す。

といった感じで。

そこには男性が好むような題材はどこにもない。

男が好むようなアクションバイオレンスは取り入れられない。

男性が好むような女優をメインに打ち出して男性客を取り込むようなこともない。

女性俳優メインなら女性が好む題材になる。

それによってますます男は遠ざかる。これが演劇男性客が少ない理由だね

元増田は今年何本の演劇を見たんだ?あるいは見ずとも公演情報をチェックしたのか?

上記に掲出した本多劇場や、ザ・スズナリに行ったことはあるのか?

「それってあなた感想ですよね?」だろ?ソースを示せよ。

知ったようなフリをして、調べもせずに印象だけで語ってんじゃねーよ

やっぱ1990年代昭和だと思われてるよな

スラムダンク 昭和」とかでTwitter検索すると楽しい

残念ながらそもそも演劇男性客のことなど考えていない

anond:20230508222214

そもそもリアルタイム系のイベント女性消費者の方がはるかに多くて、最もわかりやすものだと映画館女性客の方が多い。

これは根本的に男性は8:00~18:00は労働に縛られていて、リアルタイムの娯楽を楽しむことが許されていないから。

対して女性は平日の昼間でも娯楽を楽しむことが許されている人が多い。

これは別に女性が働いていないとか言う事ではなく、女性仕事パートタイムであったり、専業主婦であったりで時間の融通が利くことが多いから。

1日くらいなら家事を翌日にずらしたりすることがしやすい。要するに女性フレックスタイム仕事をしてることが多いわけ。


特に日本では1990年代以降この傾向がすごく強くなって、映画TVドラマ観劇音楽系のライブイベントなどの娯楽は女性消費者主導になってる。

なので、男性にある程度人気のある娯楽は平日でも夜間にスケジュールを組むことができる/やってる娯楽に限られる。

映画は18時以降でもスケジュールを組めるし、スポーツナイター観戦がある。

こういうスケジュールを組むことでなんとか男性客を引き留めてる。


対して演劇スケジュールを見てみろ。

例えば宝塚はこんなスケジュールになってる

-----------------------------------------------

『Lilac(ライラック)の夢路』 1時間35分

‐幕間‐ 35分

ジュエル・ド・パリ!!』 55分


※尚、終演予定時間は下記のとおりです。

11時公演 14時5分

13時公演 16時5分

15時30分公演 18時35分   

-----------------------------------------------

https://kageki.hankyu.co.jp/news/20230418_005.html


まぁ元々女性向けの演劇からわかるが、こんなスケジュールで男がどうやって見るんだ?


歌舞伎もそう。

11時か16時のどちらかしかない。

https://www.kabuki-bito.jp/uploads/images/kouen/815/2305_kabukiza_hh_00dd00d4e0694719180849c4ae7cd317.jpg


もちろん土日には見れるけど、どうしても客数が限定されてしまう。

しかし男の多そうななんばグランド花月漫才)のスケジュールは19時スタートの部がある。つまりこれは平日仕事終わりの男の客も捕まえようとしてるのが見て取れる。

https://ngk.yoshimoto.co.jp/schedule/


男向けの演劇少女☆歌劇 レヴュースタァライトはなんと平日の19時スタートの回がたくさんあるのだ。

https://revuestarlight.com/musical/seiran_bg/


ここから見て取れるのはつまりそもそも主要な演劇男性客そのものターゲットに入れてない。

なので公演内容も女性に偏ったものになっていく。

例えばイケメンをずらりとそろえる。女性向けのロマンスを強く打ち出す。

といった感じで。

そこには男性が好むような題材はどこにもない。

男が好むようなアクションバイオレンスは取り入れられない。

男性が好むような女優をメインに打ち出して男性客を取り込むようなこともない。

女性俳優メインなら女性が好む題材になる。

それによってますます男は遠ざかる。これが演劇男性客が少ない理由だね。


レヴュースタァライトみたいに男性ターゲットに据えてる演劇はようやく出始めて、それは上で言ったスケジュールを見てもわかるようになんとか男を取り込もうとしてるのがわかる。


話の流れとはあまり関係ないけど、個人的には男性向けの演劇を増やすことで労働者(役者)の側に女性を増やすことができると考えてる。

これはようするにおたくカルチャーがやってることで消費者男性が増えると女性労働者が金を稼げるようになるんだよね。

レヴュースタァライトはもろにそうで、オタク向けカルチャーから発展したこと女の子がメインの演劇が増えた。

2023-05-07

anond:20230507124004

例えば今回の事件は、今までの騎手なら「八百長インサイダー防止のため」と一言いえば防げたが、Z世代はそういう1段階の理由付けでは腹落ちしてくれない。「スマホ使っていても、八百長インサイダーしなければいいじゃん」になってしまうのだ。先述の動画閲覧や、角田大河今村聖奈の2名による通話もその流れで起きたと考えられる。

「Z世代」というよりも、「『Z時代』(2010年代後半~2020年代前半の日本社会を想定)の発想」という理解の仕方をすれば、なるほど、いい説明だなと思った。

世代」を限定するのではなく、世代を問わず「時代」の流れだと理解すると、この部分の主張がよく分かった。

Z時代の1つ2つ前の時代(1990年代後半~2010年ごろを想定)は、「納得・理解を得るためには、何か理由を付けてあげる必要がある」と言われていた。だから、何かとつけて、理由説明になっていない「理由」を添えることが求められていた。

Z時代になって、「〇〇じゃなければいいじゃん」という発想・行動が、世代限定せずに広がっているように感じる。「〇〇」には、八百長インサイダーといった不正行為のほか、要は「『あらゆる"全ての"他人』への迷惑」(-に、なっていなければいいじゃん)が入る。

日常生活の中で言えば、たとえば公共の場(電車の中)で「お行儀よくしましょう、静かにしましょう」というマナールールに対して、

・うんうんと昔では、「騒いで何が悪い」(マナーとは何ぞ?)

・だいぶ昔では、有無を言わさず「静かにしなさい」(そのマナールールはどこから来た?)

・Z時代の1つ2つ前の時代では「他の方への迷惑となるので、静かにしましょう」(一応「理由」が添えられるようになった)

・Z時代においては「『他の方への迷惑になるので、静かにしましょう』と言うけれど、『他の方』って誰?誰が迷惑しているの?そいつ他人迷惑を掛けていないの?違うでしょ?ならば静かにする理由がないですよね?」(潔白性の追求)

こういう変遷をしているように感じる。また、それは「Z世代」(出生年代を区切られる世代)に限定されず、「Z時代」(出生年代を問わずない)の広い年齢層において起きているように感じる。

しかすると、「総ひろゆき化」の方が理解やすい話なのかもしれない。2000年前後2ch草創期~全盛期の若者(15~35歳)だった世代20年を経てして35~55歳となり、加えて2010年代後半からひろゆきを見ている世代(現在10~30歳)が若年層にも拡がっている。つまり、(全ての人が、とは言わないが、各世代一定数は存在するという意味で)何等かの形で「ひろゆき」に感化された者が一定存在する世代が、若年層から壮年層まで広がったことで、「それってあなた感想ですよね?」という世論を作っている時代が、いまの「Z時代」だと理解できる。

スマホ使っていても、八百長インサイダーしなければいいじゃん」

「それってあなた感想ですよね?」のような言い方をすれば、「『スマホを使ったから、八百長インサイダーが疑われる。』って、それってあなた感想ですよね?」となり、それに「証拠はあるんですか?『疑わしきは罰せず』・『悪魔の証明』って知ってますか?」と、ひろゆき論法をすれば続いていくように見える。

2023-05-06

anond:20230505101426

1990年代から始まった就職氷河期2000年代も続行して小泉政権がそれに拍車をかけた」

くらいなことを言ってる奴はいるのかもしれないけど、流石に小泉政権が原因とまで言ってるのはいないだろうね

あと、「派遣労働者が多すぎる」ってのは頻繁に言われてるかどうか知らないが、

主に意識されているのは正規非正規賃金格差問題の方だよね

まり、「(賃金の低い)派遣労働者が多すぎる」とは言ってるかもしれないが

括弧内を無視して反論しても意味がない

anond:20230506015439

鬼滅は配信でバズったりしてかなり「最新のバズり方」をしたよな?

エヴァは初出が古過ぎて流行った要因も時代背景も当たり前だけど今とは全然違うの

鬼滅の流行り方の話をしてるとき鉄腕アトム一般に受けた理由考察し出す奴がいたら流石におかしいだろ?

おっさんから話をしたいのはわかるけどエヴァ最初流行ったのは1990年代なの

そら近年の物差しや考え方で比較しても無意味なの

鬼滅の話をしてたんだから例えを出したいならせめてもう少し最近作品にしてくれ

2023-05-05

キッチンシンクを皿用スポンジで洗うのが汚いという感情の成立と国鉄型特急の不便な手洗い場の関係について

来客がキッチンシンクを皿用スポンジで洗いやがった、清潔観念おかしいもう絶縁だとか、旦那がそれやりやがった、もう離婚考えているとか、シンクをスポンジで洗う事で発生するトラブルは多い。

これは畢竟、ケガレ観念問題だ。シンクは下(シモ)の範疇になっているのである

実は日本人のこのシンク=シモの感覚というのは20~30年前に定着したもの結構新しい。それまではシンクは上(カミ)の範疇であり、1990~2000年頃はこれらが混じり合った状態だった。また、調理現場ではまだシンク=カミだ。

ところで古い国鉄時代特急などでレバーボタンを放すと即座に水が止まってしまって手が洗えない洗面台に困惑した事はないだろうか?

実はこの二つは密接な関係があるのである。ちょいと説明する。

 

シンクは水を溜めて使うものだった

シンクというのは元の意は「溜め」だ。水を溜めて使うのがシンク。これとは別に「流し」もあった。これは小学校プール付属の長いのが判り易いね

故にキッチンシンクも水を溜めて使う、流しとして使うの二つを兼ねる事が前提になっていた。これは洗面台も同じ。

からキッチンシンクにも洗面台も水を溜める為の栓が必ず付属していた。

また、1990年代前半までのシステムキッチンCMでは、シンクに水を張ってそこに野菜をまるごと投入して洗うというシーンがよく登場した。それは清涼感の演出のためであり、つまりシンクはカミだったのだ。

https://youtu.be/LWICnp2wm0k

洗面台ではゴム栓だけではなく、もっと機能的なレバーノブ式の排水栓が一般化していた。洗面水栓の近くにあるノブなどを引っ張ると水がたまるのだ。

今では洗面台ボウルは手を洗った水受けや歯磨きうがいした後の水の吐き出し受けになってるから洗浄後でも水を張ってそこに顔を付けるという行為はしたくない人が多いだろう。つまりはシモである

 

このシンクやボウルに水を張って使うというのは80年代後半~90年代に廃れ、キッチンでもシンクにボウルを入れてそこで洗うというのが一般的になった。

この為に2000年代前半から各調度品メーカーは水溜めの栓とか排水蓋を付属しなくなる。洗面台のレバー排水栓も廃止された。

こうなると利用者の方のケガレ観念も完全にアップデートされてシンク、ボウルはシモのケガレあるものとなり「皿用スポンジでシンク洗いしやがった、信んじらんねぇ!」となるようになったのである

 

一方、プロ調理場の方ではシンクは水溜めのままだ。シンクに水溜めて食材洗うし食器のすすぎもする。カミのままなのだ

から皿用スポンジでシンクを洗った人は調理場で働いている可能性もある。汚いという意識が発生しない(排水口の網などは別だ。ここは単純に不衛生だ)。

増田も「気まぐれクック」で金子シンクに魚置いているのを見て「不潔だな」と思う口だったが、実際に自分でも魚捌きをやるようになると、シンクの中でやらないといけない作業結構ある。

すると食材シンクに置くなんてとんでもない!というケガレ意識はなくなった。

 

古い電車の洗面台の使用法が不明なのは顔を洗うという行為の変化の為

特急で多客期や臨時列車などで国鉄時代電車が来ることがある。

トイレ和式なのも困るが、後に手を洗おうとするとすると、出水レバーボタンから手を離した途端に水が止まってしまうので両手をすり合わせての手洗いが出来ない。一定時間で止まる装置が壊れちゃったのか?

しかもお湯と水の二つのボタンレバーがあるが、お湯の方を押すと火傷する熱さで手洗い出来ない。なんだこれ!どうやって使うんだ!?

こういう体験した事ないだろうか?

 

また、昭和中期の古いホテル旅館に泊まると、同じように水栓が湯水二つあり、こっちは普通蛇口で出しっ放しには出来るものの、お湯の方はやはり熱くて使えない。

しかもメインのボウルの他に小さなボウルがある。これは一体どうやって使うんだ…。

 

これも説明しよう。

例を用意した。

https://premium.photo-ac.com/main/detail/25332168?title=%E6%B1%9A%E3%82%8C%E3%81%9F%E5%8F%A4%E3%81%84%E6%B4%97%E9%9D%A2%E5%8F%B0

これは戦後すぐに製造or改装された旧型客車の手洗いで、ボタンを押している時だけ湯水が出る、洗面ボウルの右にワンタッチ排水栓がある、メインのボウルの左手前に小さいボウルがあるというこの問題の全入り品だ。

 

これは旅館バージョン

https://twitter.com/ma_mere_loye/status/1642412578201800704/photo/1

小さいボウルがある。水栓は湯/水二つ式だったのを潰して後付け水道管に変更されている。

 

なんでこうなっているかというと、今の人は手も顔も水を出しっ放しにして手を洗い、流水を掌に受けて顔を洗うだろう。

だが昭和中期までの日本人は流水でそんな事をしなかったのである。ほぼ必ず洗面器のボウルに水を溜め、それを掌で掬い、顔を洗ったのだ。だからお湯と水を洗面台で混ぜて適温にしていた。

昔は冷房も無く窓を開けていたので蒸気機関車煤煙で顔が汚れた。長時間の乗車も多い。夜行列車も多かった。だから洗面は必須だった。

そしたら歯磨きしたりうがいした吐き出しはどうすればいい?

それが手前の小さいボウルなのだ。ここは吐き出し専用で、痰が残ったりしたら手で水を掬って水で流すのだ。

 

まりは洗面台=手を洗うところ、夜行なら歯磨き洗顔排水受け、または化粧直しの場という風になったのは昭和後期であり、それまでは洗面台はその名の通りに水を張って顔を洗う場所だったのだ。

因みに洗面器という名もその通りで、水を溜められない流しなどでは洗面器に水を張って手で掬って顔を洗う為の物であった。その洗い方では石鹸で水が汚れるが、そしたら水を交換して2回くらいで洗顔する。

 

ただ、この洗顔法は昭和後期には誰もやってなかった筈であり、感覚的にも大勢が痰や唾を吐いたり手洗いの排水受けた洗面ボウルに水張って顔洗えるかという感覚だった筈だ。国鉄は融通が利かずに規格化されたこタイプの洗面台を発注していたが当時から手洗いしにくい不便なものという評価だったと思われる。

からJRになると今のと同じ、自動水栓や時間水栓に交換されたりした。

 

前世代の野菜や顔の洗い方すら判らない

そういう訳でシンクや洗面台に対する日本人清潔感情、ケガレ意識アップデートされ、それによって水を溜めるという構造の調度品が作られなくなり、それでまた更に清潔感情がアップデートされ、となって来た。

故にシンクを皿用スポンジで洗うと非常識に驚き、古い構造の洗面台は使い方すら判らない、という事になるに至ったのである

 

だが調理場ではシンクは未だ水溜めて使うカミのものであるから、そういう従事者が他業種の人と交差するとトラブルになる。

またハード料理をすると家庭でもどうしてもシンク食材扱うようになるから感覚は変わる。

 

我々が最低の常識と思っているものは実は結構歴史が浅いものであるし、当人子供時代には常識が違って居た事もあるのである

我々は顔を洗うという事すら世代を超えると理解も出来ず、洗面台の使い方すら判らないのだ。

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