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はてなキーワード: 1990年代とは

2018-11-18

犯罪遺伝子存在するのか

遺伝子研究が盛んになっていた20世紀後半から、と言うか1990年代から2000年代前半、人間のことは、生物のことは遺伝子で全てわかるのではないかと言う機運があった。

そんな中で、良く出てきたのが「犯罪者遺伝子で決まる」「犯罪遺伝子」「殺人遺伝子」みたいなものが巷にあふれた。

論文でも「犯罪者有意に多い遺伝子」みたいなものが見つかったりする。

しかし、「犯罪者有意に多い遺伝子」が統計で見つかったとして、実はそれが本当に犯罪関係がある遺伝子かどうかは分からない。

遺伝子犯罪を導くのか、遺伝子要因と環境齟齬犯罪を導くのか、実際には分からいからだ。

 

例を挙げてみよう。

まず、貧乏犯罪引き起こしやすいのは良く知られているし、感覚的にも理解できることだろう。

その中で、例えば北国に住む一部の人に寒さに弱い遺伝子を持っている人の群が居るとする。

寒さに弱いためにまともに働けず貧乏になる。

貧乏になるため犯罪を犯しやすくなる。

ここで遺伝子統計を取れば、「寒さに弱い人達もつ遺伝子犯罪者有意に多い遺伝子」と言うことになるだろう。

それを見て「犯罪遺伝子存在する」と言えるだろうか。言えないだろう。

しかし、だからと言って、犯罪遺伝子存在しないとは言えない。

 

遺伝子は多様で複雑だが単純で、形質を作りはするが、精神を作りはしない。

精神は造りをしないが、形質自体殺人に関わることはある。

人間社会が形質、と言うか見た目に大きく依存して存在している以上、宿命から逃れられないように形質が殺人を引き起こすこともある。

どれだけ環境が代わろうが進化しようが、一部の遺伝子は絶えず不遇をかこち犯罪おかしていくだろう。

そう言う場合人間社会病理として犯罪遺伝子存在すると言える。

とは言え、それは社会病理であって、その遺伝子を持っていることで白眼視できるようなものではないのだが。

2018-11-15

anond:20181115170718

1990年代の状況をそのまま引き継いでるってことかな?

良いんじゃない?それで

anond:20181115154930

1990年代から2000年代世代交代が起きているから、10年堪える必要があるんじゃないかな?と思ってる

いわゆるツイフェミの台頭は2015年辺りからから2020年を皮切りにまた何らかの世代交代が起きるはず

具体的には現在オタク中高生社会人になって、オタク文化を引っ張る主力になるわけだ

いかい?これだけはしっかり覚えておかないといけないよ?

現在オタクの主力であるお前たちは、少なくとも次に控えるオタク中高生たちへ楽しさと憧れを与え続けている、それは今もずっと

お前たちが過激フェミニズム支持者へ対して反論を続けている姿を次の世代はずっと見て育っている

当のフェミニズム支持者はオタク中高生へ対して何らかの楽しさや憧れを与えただろうか?

最後に勝つの貪欲に楽しさを追求し生産し続けているオタク

オタク中高生が楽しみ憧れるサブカル作品へ対して悪意を振りまき叩き続ける過激フェミニズムを、世代交代した新しいオタク社会人が支持するかどうか見ものだよ

俺は世代交代を待っている

anond:20181115154428

それはその通りだと思うな。これは俺も反省しなきゃいけないかも?

そもそも1990年代以前と2000年代以降以降のオタクは別種と言って良いほど違うから

1990年代以前のオタク保守的になってしまったというのは事実だと思う

なぜなら1980年代後半に起きた例の事件以降、自分たちを守るためにオタクは潜伏しなきゃいけなかったか

1990年代サブカル2000年代オタク小中学生ときコロコロホビーを買い支えてくれたお陰で維持されていたもので、その小中学生2000年代へ入ると中高生となり、KADOKAWA京アニブームを支えていくことになる

1990年代以前の主力となるオタクはどうなったか?と言えば、いわゆるロスジェネ世代であってサブカルを支えるほどの経済力を持てなかった世代

そしてこれは俺の予想だけれどフェミニズム支持者の女性の多くはこのロスジェネ世代

男ですら就職難にあった時代に女の就職率なんて目もあてられないのは想像に難しくないわけで、それが解消した2000年代以降の(ロスジェネ視点から見ると)苦労を知らない世代オタクは、感情的に言って気持ちのいい存在ではないわな

子供の頃から玩具を親から買い与えられて、就職できて、よく理解できないサブカルミーム熱狂して、どんどん購買していく連中

楽しく過ごせなかった自分たちロスジェネと、理解の追いつかない楽しみを見出している現代オタクはわかりあえないだろうね

増田にたまに登場するKKOの女版がおそらくは現代フェミニズム支持者だよ

anond:20181115152551

ん〜・・・1980年代後半に起きた例の事件以降のオタク叩きから比べれば、フェミニズム支持者との議論が出来ているからまだマシだなぁとは思うわ

1990年代サブカル事情右派から左派からもやっかみを受けて、そもそもオタク議論に参加できるという機会がなかったからねぇ

もちろん俺はオタクから自身クリエティティ制限をかけようとするフェミニズム界隈の動きは不快だけれど、俺も歳食って結婚して子供できてと人生を歩んできた中でフェミニズム支持者の言葉理解を示せなくもないくらいの心持ちは獲得できた

俺があと10歳若かったらクリエティティ制限を掛けようとする過激フェミニズム支持者へ思いっきり噛み付いていただろうなというのは想像に難しくない

この辺りの話は隣接するIT系オタクの同年代とも話すんだけれど、フェミニズム支持者はオタク理解が甘いとは感じているし「その制限を掛けようとする果てに何があるのか?」というのを理解していないのではないか?という印象を持ってる

何でここまでオタク界隈とフェミニズム界隈が衝突しまくっているか?を考えると、たぶんフェミニズム界隈は俺と同年代なんじゃないかな?と感じてる

まりオタク界隈は若く、ちょっと年上のフェミニズムお姉さんとやり合っている状況で、若者文化理解が追いつかないフェミニズムお姉さんが炎上させてしまっている状況なんじゃないか

表に出てくるフェミニズムお姉さんが30代以上なのはそういうことなんじゃないかな?ってね

フェミニズムお姉さんはもうちょっと若者に目を向けるべきなんじゃないかな?なんて思いながら俺は静観してるって感じだねぇ

anond:20181115151234

キライなやつは個人的主観から置いとくわ・・・

サブカル系ダンスパーティってコスプレダンから派生した文化からパーリーピーポーサブカル侵食してどうのっていうジャンルじゃそもそも無いんだよ

しろ1990年代に例の事件の影響で潜ってしまったジャンルで、2000年代以降に復活しただけなんだわな

これはある意味で運が良く、1980年代は隣接していたパーリーピーポーダンパイベントからドラッグ文化が入りかけていたのだけれど1990年代に断絶したお陰でサブカル系ドラッグ文化に侵されなかった

2000年代以降に「オタク脳内麻薬ハイになる」ってミーム1980年代の状況があって生まれたもんなんだな

2018-11-02

anond:20181102222033

1990年代前半はコロコロホビーブームからのバトルホビー系アニメ制作が一挙に増えているよ

1990年代後半に入るとポケモンそして遊戯王が登場する

1990年代サブカル買い支えたのは、ここで議論している「オタク」ではなく実は小中学生なんだよね

これが2000年代へ入ると深夜アニメブーム平成ライダーシリーズが登場するわけだ

ここから判ることは、成人したとき不景気であるキャプ翼世代(1980年代)以前と、成人したときに景気が持ち直すコロコロホビー世代(1990年代)以降は世代交代が起きているということ

もちろんコロコロホビー世代の親はバブル景気時に就職した世代であって、減収したとは言え子供玩具を買える経済力はあったと見るべきなんだ

バブル崩壊で最も煽りを食らったのは当時の20代前半〜30代前半であり、当時の小中学生の親世代である30代後半以降には玩具を買える金があったんだよ

アニメ市場規模コミケ入場数の増加はコロコロホビー世代が参入したことによる増加だ

平成終期はオタクフェミの戦いだったなぁと

西暦で言えば2015年以降だろうか?

東京埼玉連続幼女誘拐殺人事件(宮崎事件)もあり1980年代後半から1990年代へ掛けて行なわれた、社会から向けられたオタクバッシング時代2000年代へ入ると世代交代が起きたのか終息へ向かう

2000年代には2ちゃんねるニコニコ動画深夜アニメブームと共にオタク市民権は復帰する

この2000年代は一部のオタク右派思想が合流し積極的政治活動をするオタクも現れ始め、ここで左派思想と衝突する機会が増えはじめる

1980年代パソコン通信時代オタクと言えばGNU思想日本パソコン通信界隈での普及に合わせ、左派思想(主に自由主義)が席巻していたが、宮崎事件以降のオタク右派左派双方からバッシングされる事態となりオタクは潜伏する必要性に迫られた

実名主義だったホームページコミュニティハンドルネームという匿名主義が主流となり、氏名や住所などの個人情報掲載などが控えられるようになる。電子掲示板コミュニティでも存在していた実名ユーザが極端に減る現象が起きるというオタクにとって悲しい時代だった

2000年代へ入り、一部のオタク右派思想と結び付くが、独自研究になるが決定的だったのは2002年日韓共同開催によるFIFAワールトカップにあると思う

何故なら、いわゆる「キャプテン翼世代」のオタクは連載・放映当時は未成年であったが2002年では成人している者が多く、成人の発言力と行動力を獲得していたと予想できるから

サブカルに詳しい者であるなら「キャプ翼」のオタク界隈での様々な「ジャンル」での人気は理解していると思う

その想いを持つ層が成人しているところへ正直言って少々強引であった韓国による日本が開催権を得たFIFAワールドカップへのアプローチは、その世代を刺激するには十分であったことが予測できる

牽引力のあるキャプ翼世代嫌韓思想を支持しオタク界隈で席巻、オタクによる政治活動過激化してしまい、人権意識の高い左派思想対立するに至ってしま

過激化する右派と合流したオタクに引き摺られ左派過激化し、いつの間にか右派と合流したオタク左派対立材料韓国から人権へ移ってしまい、人権論で殴り合うようになる

韓国側の政治混乱もあり対立材料韓国が挙がることも少なくなった中で登場したのが左派によるジェンダーフェミニズム対立材料とする議論

しかし、オタクと合流した右派自身宮崎事件以降に距離を置いたことには言及せず、左派が誤ってオタク貶める発言をした際に宮崎事件以降のオタクバッシングを持ち出して、左派攻撃するようになる

歴史的事実であるオタクバッシングには左派反論できず、人権論戦はオタクを抱えた右派が有利に進んでいるのが現状だ

一部の左派は「左派オタクを守っていた」という意味不明な弁明をしているが間違っている

正しくは「オタク右派左派双方から距離を置かれ、社会全体からバッシングされ、潜伏していた」だ

オタクであることを表明せず潜伏している者をどうやって守ることができるのか

それは現在合流することのできた右派ですらそうであり、オタクは潜伏することで社会から無視されるように努めたのだ

社会から居ないものとして扱ってもらった方が気が楽だったのだ。見付かればバッシングされたのだから

宮崎事件以降は潜伏したオタク右派左派対話チャンネルは断絶しており、オタク独立してオタク文化独自に発展させた

オタクは潜伏したことにより、バッシングされることがなくなって外部から文化評価がされる機会もほとんど失なったのだ

今まさにジェンダーフェミニズムの者達が見ているオタク文化の背景には潜伏した時代があり、もし今のオタク文化ジェンダーフェミニズムにとって脅威であるのならば、それは過去ジェンダーフェミニズムが潜伏したオタク文化放置した結果である

オタク反省を促すのであれば、ジェンダーフェミニズム、そして左派、更には右派もまた宮崎事件以降のオタクバッシング反省しなければならない

今のオタク文化があるのは右派左派が潜伏するオタク放置してくれたお陰であり、今の左派ジェンダーフェミニズムが不利になっているのはオタクを取り込めなかったからだ

そしてあろうことか一部の左派オタク敵対属性としているので、そのままでは決して多くのオタク左派と合流することはないだろう

次の元号では左派とも和解をし仲良くオタクコンテンツを楽しめたら嬉しく思う

次の元号に備え、左派論客オタクコンテンツ好意的レビューでも書かせてはどうだろうか?

2018-11-01

anond:20181101223153

ゲーセンタバコ臭いので人が消えたのは実際

>昔は風紀が悪いから近づくなと言われていて実際もそうだった

どちらも1990年代の話っぽいが、

すでに指摘されてる通りその時がブームの真っ只中だ。

この手の格ゲー議論って、「ゲーセンは不良のたまり場で灰皿が飛んでくる」並みの古いイメージが通ってるのが馬鹿馬鹿しい。

2018-10-30

ちょっと待てや!現代知識無双解釈はそうじゃねえ!

ビックリしたわ!あぁ!ビックリしたわ!

チート能力持って医者野球選手に転生?韓国での「異世界」「チートラノベ事情日本との共通点・違いそれそれ

https://togetter.com/li/1282683

先ずは大事なことを言っておくぞ韓国人め!

「ご愛読ありがとうございます!読んで頂き非常に嬉しく思います韓国発のサブカル作品を私も楽しく読ませて頂いております」だコノヤロウ

「どうやら本件は韓国という言葉距離の大きな違いか日本サブカル界でいうところの『現代知識無双』に理解齟齬がありようなので今回僭越ながら私が解説しますのでどうかよろしくお願いします」だチクショウめ!

じゃあ順を追って説明するぞオタンナス

1990年代萌え発見

発祥は諸説はあるがサブカル用語のいわゆる「萌え」が成立したと確信的に言えるのは1990年代に入ってからだ。

この愛情とも好意とも何とも言えない心の震え、喜び、熱さを表現する用語として「萌え」の発見サブカル界においてパラダイムシフトだったことは間違いなく、今日サブカルには無くてはならない概念である

2000年代萌え記号体系化〜

萌え発見から10年間、日本サブカル界隈は様々な萌えキャラクターシチュエーションを次々と考案、表現をし「萌え」の創作に努めてきた。

しかしながら世に萌えが溢れすぎているということに気付いた日本サブカル界隈は「萌え」を体系化する必要性に迫られた。

それまでは「管理人さん」や「セラムンの○○」「藤崎詩織」「姉」「妹」など「萌え」に対してキャラクター固有名詞家族属性表現されていたキャラクター属性日本サブカル界隈は体系化するという一大事業へ手を出したのだ。

それこそが「ツンデレ」を端に発する「萌え属性」「新ジャンルである

新ジャンル」は創作を楽しむと共に既存キャラクターの傾向を洗い出しシンプルにした記号体系化を果たした。

この一大事業の成果は大きく、今日サブカル作品キャラクターは数多く生まれた「新ジャンル作品のいずれかに該当するほどだ。

そして「萌え属性」では漫画アニメ中心に髪型身体的特徴・口癖によるキャラクター属性記号化などの試みも行われ代表作には「金髪ツインテールツンデレ」「短髪貧乳ボーイッシュ」「やれやれ主人公」などある。

2010年代現在主人公

日本サブカル界隈は萌え記号体系化という一大事業を完了し次のテーマ模索した。

現在日本サブカル界隈で席巻しているのは「主人公」という言葉としては単純明快ながら考えれば深すぎるテーマを掘り進んでいる。

このブーム火付け役は「とある魔術の禁書目録シリーズであろう。

とある魔術の禁書目録シリーズ主人公は一人ではない。ストレート解釈するなら主人公は「上条当麻であるが、少しでも“とある”を知っていたり、そのファンは「主人公上条当麻一方通行御坂美琴など多数居るし、むしろ1ストーリー毎に主人公が居ると言っても過言ではない」と訴えるはず。

日本サブカル界隈はこの「とある魔術の禁書目録」を読んで衝撃を受けたのだ。

何故なら1990年代から2000年代まで日本サブカル界隈がやっていたことはヒロインの開発であり、主人公は開発が停滞していたと言っていいほどほぼ手付かずだったのだから

もちろん日本サブカル界隈には1990年代から2000年代にも魅力的な主人公は生まれた。しかしながらヒロイン開発以上の成果があっただろうか?

日本サブカル界隈の同好の士は気付いている、それは否だと。

ここで考えてみて欲しい異世界生モノ現代知識無双モノでフォーカスされているのは誰なのかと。

かに作品によってはご都合主義過ぎて呆れるものもあるだろう(超ご都合主義場合は大抵は細かいことを無視したギャグ作品であることが多いが)。

しかしながら多くの異世界生モノ現代知識無双モノでの共通点は「順風満帆異世界生活保障していたチート能力の無力化」だ。

そのとき主人公は窮地に立たされ成長が促される。例えば元の世界ダメ人間だった自分と決別し真の意味で強くなったりする。チート能力じゃない強さを手に入れたりするのだ。

異世界生モノヒロインメイン作品ではないんだ。異世界生モノ主人公メイン作品なんだ。

金髪ツインテールツンデレだよと伝えるように、主人公メインの作品だよと伝えるための舞台異世界なだけなんだ。

実際のところ異世界生モノ以外に目を向けても

など、主人公フォーカスしたもの実質的複数主人公が居る作品がテキトーに挙げても目立つとはずだ(テキトーにパッ思いつく限り挙げたらジャンプに寄っちゃってしまった)。

日本同好の士たちよ「2000年代アニメパンティアニメがメイン」とか言われたら反論したくなるだろうが!(一部は事実だけど!)

韓国同好の士たちよ、お前ら何処に目を付けとんじゃボケェ!

もっと日本サブカル作品を楽しみつつ、もっと韓国サブカル作品を楽しませて下さい!オナシャス!!!

2018-10-28

90年代女性オタク男性オタク差別していたという話

彼らの

女性オタクとは認めない」

っていう立場は俺は基本的には取らない。


ただ、彼らの気持ちについて一定程度汲み取るべき部分はあるのかなとは思う。

要するに彼らのいいたいことは

オタク苛烈差別されていた1990年代女性オタクオタクであることを隠して事実上男性オタク差別に加担していた」

と言いたいんでしょ?


当時を振り返る時によく女性オタク

女性オタク社会からの抑圧が激しかったので男性のようにオタクと名乗ることは出来ない人が多かった」

って文脈で語る人がちょくちょくいる。

でもこの"言い回し"は社会的な批判を受ける役回り男性オタクに肩代わりしてもらって自分は影に隠れて利益享受してたようにみえるんだよね。


いじめを見て見ぬ振りをした人は共犯者です。」っていう言葉がある。

その前提を踏まえた上で例の"言い回し"をする人について考えると

オタク差別共犯者でありながら、現在自分ポジション男性オタクより更に弱者に置こうとする卑怯な人」

っていうあまり褒められない行為をする人に見える。

当時学生だった人が友達グループの中で「クラスの中の気持ちわるいと言われてる男性オタク」の話になってやむを得ず、特定の人の悪口・陰口に付き合わざるをえなかった人はいるはず。


もちろん俺個人としては、そもそもあの時代でも女性かつオタクと名乗っていた人はいたと思うし、そもそも実際に差別行為主体となっていたのはオタクではないんだから身内で争うのも馬鹿馬鹿しい。

それに、一部の人が隠れていたからと言って全ての女性オタク全体に適用するのは範囲を広げすぎだと思う。

社会全体としては女性は隠れて男性オタクと名乗っていた傾向にあったとしても、局所的には逆パターンもありえた。

まり女性オタクオタクと周りからまれていた状況で男性オタクが鳴りを潜めていたパターンは極普通に存在するだろう。


なので上記文脈を踏まえると俺は

女性オタクになりえない」

という主張はしないし、ちょっと理屈でいってもありえないかなとは思う。


ただ

女性オタク社会からの抑圧が激しかったので男性のようにオタクと名乗ることは出来ない人が多かった」

という"言い回し"をする人(女性というわけではなく)に関して若干もやもやした感情を抱くことは俺もあるかなとは思う。


まぁ被差別層におけるあるある話っぽいけどね(笑

2018-10-17

刑法認知件数戦後最小を更新

ちょっと前のソース

全国の警察が昨年1年間に認知(把握)した刑法犯は91万5111件(暫定値)で戦後最少を更新した。戦後初めて100万件を下回った前年より8万1009件(8・1%)減った。

https://www.asahi.com/articles/ASL1K4WK4L1KUTIL018.html

調べてみると次のような研究結果があった。

言うまでもなく,認知件数は,様々なルートから警察に届けられた事件の中から警察犯罪として認知した事件件数を計上したもので ある.事件処理のスクリーニング一定であれば,その数字は発生する犯罪の増減を反映する.反面,スクリーニング等の方法を変える と犯罪発生とは関係なく認知件数は増減する.

~中略~

その後筆者らが法務省において犯罪被害調査企画実施したところ1990年代後半から2000年代前半にかけて暴力犯罪だけでなく各種犯罪被害が増加していないこと,その一方で警察への通報率が上昇していることが確認できた.また,ストーカーDVといった被害相談を含む警察安全相談件数2000年から突然100%近く増加していることも確認できた.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjscrim/38/0/38_KJ00008952449/_pdf

被害届を受理していないか統計犯罪が減っただけじゃないのか?

2018-10-15

anond:20181015210729

1980年台以前のケインズ主義の時は法人税は高いが経済成長率が高かった。

1990年代以降消費税を儲けて法人税所得税を下げたら経済成長率が低下した。

経済成長率の増加量こそが景気の良しあし。

日本の失われた30年は消費税とともにある。(消費税導入は1989年

2018-10-13

anond:20181013211603

それはHTML練習するための本だから

今は1990年代じゃないんだから

HTMLで表を作ってはいけない

韓国人旭日旗を敵視しするようになった経緯

韓国の観艦式で旭日旗問題となったが、朝鮮日報はてなのscopedog氏などが日本右傾化のせいで旭日旗問題視するようになったと書いているが、本当かどうか調べてみた。

朝鮮日報

なぜ今になって韓国旭日旗に怒っているのか

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/10/06/2018100600425_3.html

誰かの妄想はてなブログ版(scopedog)

旭日旗に誇りを感じる人たちはあの時何をしていたのだろう?

http://scopedog.hatenablog.com/entry/2018/10/07/000000

抜粋

反日教育により1950年代から旭日旗に悪印象を持つ人が韓国で増える。>1990年代~竹島問題が勃発>2004年~韓国サポーターサッカー反日パフォーマンス2007年ネット上で芸能人旭日旗デザイン使用批判される。>2011年サッカー日韓戦奇誠庸猿真似パフォーマンス旭日旗が有ったとデマ)。旭日旗への反感がメディアで広まる。>2012年ロンドン五輪朴鍾佑日本ユニフォームデザイン批判戦犯旗の用語発明される。>2013年しばき隊関係者S氏が日韓戦旭日旗を振る。旭日旗への批判が一気に過熱する。>2016年少女時代メンバー旭日旗デザイン使用大炎上となる。

1.2016年まで自衛隊旭日旗使用問題になっていなかった。

今回(2018年)旭日旗使用することが問題となり、韓国の観艦式への参加を自衛隊は見送ったが、1996~2009年までの間には旭日旗使用問題視されていなかった。以下が来歴である

1996年 51年ぶりに親善訪問 釜山入港 <市民団体の抗議は有ったが旭日旗使用特別問題視されず。

2002年 海上自衛隊 鎮海軍港に入港

2007年 海上自衛隊 仁川港に入港

2009年 海上自衛隊 東海港に入港

2016年 海上自衛隊 鎮海軍港に入港 <ここで初めて旭日旗使用が大きく批判されるようになる

2018年 海上自衛隊 韓国済州港への入港を拒否

まり2009年から2016年の間に旭日旗への反感が強くなっていった事がわかる。

2.切っ掛けは竹島問題サッカー日韓戦での反日パフォーマンス

そこでGoogleトレンドを使い旭日旗(욱일기)の人気度を調べてみた。

https://trends.google.com/trends/explore?date=all&geo=KR&q=%EC%9A%B1%EC%9D%BC%EA%B8%B0

まず、注目したのは2004年ピークだ。

何が起きたか調べてみると、韓国独島切手を発売する騒ぎが有った事がわかった。

しかし、なぜ旭日旗検索されたかは分からなかった。おそらく2月28日日本がUPU(万国郵便連合)に竹島の件を抗議したことが切っ掛けで旭日旗検索されたと思われる。

そして、その影響で2004年度頃から韓国人の反日パフォーマンスサッカー日韓戦で行うわれるようになった。

安重根」、「倭奴征伐」、「独島韓国の島」などの横断幕が使われたが、日本サッカー協会は強い抗議を行わず、その後の日韓戦反日パフォーマンスは恒例となる。

2006~2010年の間はトレンドには現れないが、2007年BIG BANGメンバー旭日デザインジャンパー批判されるなど、芸能人海外ゲームでの旭日デザイン使用が度々ネット批判を浴びるようになっていった。

現在へと続く旭日旗批判へのキッカケとなった事件2011年に起こった。

サッカー日韓戦で起きたキ・ソンヨン猿真似パフォーマンスである

キ・ソンヨン日本サポーター旭日旗を掲げたから仕返しに猿真似をしたと釈明したが、しかしそれはただの言い訳であった。

韓国テレビ局旭日旗映像を映したがのちに捏造と判明、日韓戦旭日旗が使われた証拠発見されなかった。

後にキ・ソンヨンスコットランドに対した人種差別への抗議パフォーマンスだったと発言を覆した。

キ・ソンヨンの嘘の発言後、旭日旗に対する反感はメディアによって一般に広まっていった。

同年12月には韓国南極に関するテレビ番組が作られる。そこに映った昭和基地旭日旗に抗議が殺到する。

翌年の2012年8月10日にはロンドン五輪サッカー選手朴鍾佑が「独島はわれわれの領土」とパフォーマンスして問題化。

オリンピック憲章違反だったので罰則を受けるが、朴は「独島パフォーマンス批判するなら日本代表の新体操ユニフォームアジア人への差別」と反論

実際は新体操ではなく体操ユニフォーム旭日旗イメージさせるものだったが、韓国国内で旭日旗への反感がさら高まる

そして、08月12日 NAVER知識iN(韓国版人力はてな)に「戦犯旗」の用語が初めて登録される。(NAVER掲示板において戦犯旗の用語発明された)

その後韓国メディアによって戦犯旗の呼称が広まり11月にはVANK(韓国政府が予算支援する民間団体)が旭日旗に対する抗議活動国連前で行う。

전범기(戦犯旗)

https://trends.google.com/trends/explore?date=2010-01-01%202018-10-12&geo=KR&q=%EC%A0%84%EB%B2%94%EA%B8%B0

2012年8月から一気に増加する

3. 政治家問題視するようになった切っ掛けはしばき隊関係者

そして翌2013年さらなる物議を醸したのは、サッカー日韓戦での日本サポーターS氏による旭日旗使用案件である

それまでの日韓戦では韓国配慮して旭日旗使用自粛していたが、日本サポーター旭日旗を掲げた応援を強行する。

このことから反日感情が高まり旭日旗使用国会議論に上るまで大きくなった。

同年9月韓国国会旭日旗禁止法が発議される。結局この法案外交問題化を懸念し廃棄となる。

この日本サポーターのS氏はネトウヨ在特会人間だったかと言うとそうではなく、彼は嫌韓デモカウンター側、レイシストしばき隊としてでデモに参加していた人物だ。

アエラ https://dot.asahi.com/aera/2013100800001.html?page=1

なので、朝鮮日報やscopedog氏の言うように日本韓国差別団体使用たか旭日旗イメージが悪くなったのではなく、しばき隊関係人間日韓戦旭日旗使用したこと旭日旗問題をここまで大きくした原因である

その後、2014年サッカーブラジルW杯日本ユニホームから旭日旗デザインを外せと韓国が抗議、2016年アイドルグループ少女時代メンバー旭日旗デザイン画像SNS投稿した際にはこれまでにないほど炎上した。

そして2016年自衛隊が鎮海軍港に入港した際に、初めて自衛隊旭日旗使用韓国国内で問題となり、

2018年韓国の国際観艦式で旭日旗自粛要請される事態になった。

4.簡単なまとめ

竹島問題から反日感情過熱サッカー日韓戦反日パフォーマンスが恒例になる。当時旭日旗への反感はネット上で親北派のサヨクが多少批判する程度だった。

2011年アジアカップ、2012ロンドン五輪韓国サッカー選手が反日パフォーマンスを行い罰則を受ける。その際言い訳として旭日旗が使われ、旭日旗への反感がメディア一般人に広まる。そして、「戦犯旗」の造語が生まれた。また、旭日旗問題政治家が取り上げるほど大きな問題にしたのは、scopedog氏が妄想した日本右翼ではなく、しばき隊関係者サッカーサポーター日韓戦旭日旗を掲げたのがきっかけ。

おそらく朝鮮日報やscopedog氏が予想したような日本右翼の影響が見られなかったのは、一般韓国人は日本右翼の動向によりも自国の有名サッカー選手や芸能人の動向をより注目しているからであろう。

5.来歴

1952年 韓国李承晩大統領一方的軍事境界線李承晩ライン)を引く

1953年 島根県竹島漁業再開

1954年 韓国竹島軍事侵略

1965年 日本韓国との国交樹立 日韓漁業協定を締結

1999年 日韓漁業 新協定発効 韓国竹島問題世論が盛り上がる

2004年1月 韓国獨島切手日本の抗議を無視して発売 日本竹島問題認知され始める

2004年7月 サッカーアジアカップ日韓戦安重根倭奴征伐等の横断幕が使われ、その後日韓戦反日パフォーマンスが恒例となる。

2005年3月 島根県議会が竹島の日条例を成立 韓国反日運動が盛り上がる

2007年 BIG BANG 旭日デザインジャンパー批判される、チャン・グンソク日章旗ステッカーで物議

2008年 韓国Red Alert3の旭日旗デザインに抗議。以降様々なゲーム旭日旗デザインに抗議するようになる。

2011年1月 奇誠庸AFCアジアカップ準決勝猿真似パフォーマンス

2011年12月 韓国ドキュメンタリー番組昭和基地旭日旗映像抗議殺到

2012年8月10日 ロンドン五輪朴鍾佑(サッカー)が「独島はわれわれの領土」とパフォーマンス日本代表の新体操ユニフォームアジア人への差別批判

2012年08月12日 NAVER知識iN (韓国版人力はてな)に戦犯旗が初めて登録される。(NAVER掲示板において戦犯旗の用語発明)

2012年8月~ 韓国メディアによって戦犯旗の呼称が広まる。

2012年11 VANK(韓国政府が予算支援する民間団体) 旭日旗への抗議活動国連前で行う。

2013年7月 サッカー日韓戦 日本サポーターS氏、旭日旗日韓戦旭日旗を振る (2010年頃にサッカー日韓戦安重根横断幕を見たからと証言)

2013年9月 旭日旗禁止法が発議。外交問題化を懸念し結局廃棄となる。

2014年6月 サッカーブラジルW杯 日本ユニホームから旭日旗デザインを外せと韓国が抗議

2016年8月 少女時代メンバー旭日旗デザイン使用炎上

2018年8月 フランス革命記念日パレードに参加した陸上自衛隊部隊パリ市内で旭日旗を掲げて行進したこと問題

2018年10月3日 韓国国会旭日旗禁止法案を再発議

2018年10月 海上自衛隊 韓国済州港への入港を拒否

2018-10-11

anond:20181011184334

エビデンス

実証重視の方々にとっては「物語」の代表に見えるであろう精神分析系の心理療法も、ちゃん効果確認されるようになってきたたことです。

それこそ、そのエビデンス(論文)でも提示されればいいんじゃないですかね。

この辺りのこと?

Jonathan Shedler,"The efficacy of psychodynamic psychotherapy."(American Psychologist 2010)

Falk Leichsenring,Sven Rabung,"Effectiveness of Long-term Psychodynamic Psychotherapy: A Meta-analysis"(JAMA 2008)


フロイト理論の諸々の失敗

精神分析医のフィーリス曰く(1)、フロイト派のセラピービクトリア時代の人たちには、うまく機能していたが20世紀半ば以降、人々の「性格の鎧」の質が変わり、セラピーはうまく機能せずに行き詰まって失敗することが多かった。

フロイト派の精神分析法は、「幼少期の体験が成人してから人格の基礎となる」というものが骨子の一つ(2)だが、そのことに大打撃を与える調査が出てきた。1990年代マシュマロ実験の文献を詳しく調べたマーティンセリグマンは、幼年期のできごとが成人してから人格に影響を与えるということは、ひどい心的外傷や栄養失調があった場合にはありうるかもしれないが、それ以外では有力な証拠ほとんどないと結論づけている(3)。子供時代と成人してから性質に、ごくわずかな相関は認められるが、それは主に遺伝的(生まれつきの)性質、つまり概して明るいとか気難しいといった性質の反映として説明できるという。

また心理学者のバウマイスター一同がフロイト提唱する理論メカニズムの数々を現代の文献と付き合わせて検証したところ、最も最悪な理論昇華説だということが判明した(4)。そもそも昇華説には根拠がない上、事実はその逆だと考えられる理由が多いからだ。

もちろん、フロイト理論示唆的で興味深いものが多いし、余談だが「快感原則彼岸」については現代思想の中ではかなり重要位置づけになっている。ラカン執拗にこの論文にこだわるわけだしね。

それに、フロイト批判をしたバウマイスターは、フロイト提唱する説でエネルギー重要位置に置かれていることに敬意を表して、フロイトが使っていた自己を指す言葉自我(エゴ)」を使って、「自我消耗」という言葉を「人の思考感情や行動を規制する能力が減る現象」に名付けた。自我消耗に関しては、後に脳波記録検査法(EEG)で脳内の前帯状皮質におけるスパイク発火(エラー関連陰性電位)が対応する脳機能であることが確認された(5)。


科学的な心理学

著名な心理学者であるスティーブン・ピンカーは、 今回で言えば「人生全体」「物語の蓄積」「人生の深み」といったことで、科学基本的研究方略である単純化(simplify)」を退けようとしていることに苦言を呈している(6)。 研究対象をとなる複雑な現象をいろいろなレベル単純化し、いろいろなレベルごとに 解明していくことを拒んで、複雑な現象ありのまま理解しようとしていたのでは研究はいつまでたっても現状に停滞したままになる。単純化を嫌って、複雑な現象を複雑なままで捉えようとする人文系学問に多く見られるのこうした研究方略を、ピンカーは完全な正確さを求めて「原寸大の地図」 を作った愚かな地図職人を描いたホルヘ・ルイス・ボルヘス(Jorge Luis Borges)の寓話批判している。

現代心理学の始まりブント(Wilhelm Wundt: 1832-1920)のライプチヒ大学での心理学実験室創設とされるように、そのスタートから科学を目指したものだった(7)。 人文学科学化と言っても、物理学化学実験を導入するのではなく、心理学実験手法神経科学実験手法(EEGfMRIなど)を取り入れればいいのである。また、国際的科学心理学学会APS(Association for Psychological Science)の会長だったカシオッポはこうした点に注目し、心理学科学と他の文系学問とのハブとなるべきであると主張している(8)。

個人的には、人生全体から人間理解フロイト理論人間理解よりも、人類史から人間理解(進化心理学)(9)や神経科学から人間理解の方(10)がより多くのことと整合性が有ると思うし、「物語」を一切考慮しないで休職者の約53%を予測したリシテア(11)といったことの研究心理学がより一層取り組んでいくことを願ってるわ。


▼出典

(1)Allen Wheelis,"The Quest for ldentity"(New York: Norton,1958).

(2)Sigmund Freud,"Drei Abhandlungen zur Sexualtheorie(『性理論三篇』)"(1905)

(3)M.E.P.Seligman,"What You Can Change and What You Can't :The Complete Guide to Succesful Self-Improvement"(New York:Alfred A.Knopf,1993).

(4)Roy F. Baumeister,Karen Dale,Kristin L. Sommer,"Freudian Defense Mechanisms and Empirical Findings in Modern SocialPsychology: Reaction Formation, Projection, Displacement, Undoing, Isolation, Sublimation, and Denial"(Journal of Personality,1998)

(5)Michael Inzlicht,Jennifer N. Gutsell,"Running on Empty: Neural Signals for Self-Control Failure",(Psychological Science 2007)

(6)Pinker, S."Science Is Not Your Enemy: An impassioned plea to neglected novelists, embattled professors, and tenure-less historians." (New Republic, 2013)

(7)Bringmann, W. G., Bringmann, N. J., & Ungerer, G. A."The establishment of Wundt's laboratory: An archival and documentary study." (W. G. Bringmann, & R. D. Tweney (Eds.), Wundt studies: A centennial collection (pp. 123-157). Toronto: Hogrefe. 1980)

(8)John Cacioppo,"Psychology is a Hub Science"(Observer 2007)

(9)Martin Daly, Margo Wilson,"How evolutionary thinking inspires and disciplines psychological hypotheses." Pp. 15-22 in XT Wang & YJ Su, eds., Thus spake evolutionary psychologists.(Peking University Press,2011)

(10)一例を挙げれば、心の理論(Theory of mind)における神経科学役割とか。サイモン・バロン=コーエンが有名だろうが、研究は色々有りすぎて挙げきれない。

(11)HR テクノロジーで、人や組織パフォーマンスの最大化を図る 「リシテア/AI 分析サービス販売開始(https://www.hitachi-solutions.co.jp/company/press/news/2016/1201.pdf)

日本臨床心理学における査読論文価値

anond:20181009215657

心理学について書こうと思ったら、お一人書いてくださった方がいたので、そこで「特殊」とされていた臨床心理学について書きます

臨床心理学系の大学院博士号を取って、現在大学で臨床と研究をしています

論文事情を書こうと思ったら、背景にある臨床心理学事情になりました…。そして「日本の」と書いたのは、日本の固有の事情もあるためです。

はじめに

臨床心理学における研究は、おおよそ以下の3つに分けられます

 1:ブコメであったような、症例報告から始まってランダム対照試験まで行くという医学疫学的な研究

 2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究

 3:その他の調査研究ちょっと大雑把ですがゆるしてください、そして私のメインはここです)

少々雑な括りで、中間位置する方や例外もままいることを踏まえ、あくまでも概要を述べているということを踏まえたうえでお付き合いください。

論文事情

https://anond.hatelabo.jp/20181009215657 では心理学論文事情として以下の順序を挙げていらっしゃいました、

 査読付き英語論文>>>>査読日本論文>>査読なし日本論文(いわゆる紀要査読有り紀要も含む)

これは、1と3を自分研究領域にしている臨床心理学者にもほぼそのまま当てはまりますし、海外でも同様です。

そのため、競争が激しい業界院生さんだと、Predatory Journalに投稿しているケースも残念ながら見ます

特殊なのは、「2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究」を中心としている人たちです。

この方々の多く(全員ではありません)は、場合によっては「論文」というものを軽視すらしていますし、査読論文の数も非常に少ないです(大学に勤めている以上、建前で「論文書かないとね」と言ったりはしますが)。

これは分野外の人からはよく見えないため(もちろん業績調べればわかります)、中々ややこしい問題です。

私の観測範囲ですが、下手にこういう人たちが多い大学就職しようとしたり、あるいは就職してしまったりすると、論文業績が多い人はかえって冷めた目で見られたりすることすらあります

このような信じられない断絶が臨床心理学の中にあるので、業界からはわかりにくいのです。

ちなみに「2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究」の人たちの業績に対する意識は人文系に近く、私も完全にはよくわかりません。ただ少なくとも、英語査読論文を無条件でありがたがったりはしません。

しろ”深みのある”事例研究理論検討が尊ばれ、そうしたものに特化した特定学術雑誌論文や、あるいは書籍などを重視する印象です。

業界事情(長いです)

なぜ学問を行う場である筈の大学において、こんな断絶が起こるのでしょうか。

つの要因は単純に「世代」です(繰り返しますが大雑把な区切りです)。

世代によって何が違うかというと「臨床心理学に対する考え方」が違います

もっと具体的には「エビデンスを重視するか否か」の違いです。

エビデンスを重視しないなんてバカ?」と思う方も多いと思います

私も7割同意しますが、これにはこれで事情があります

先ほど書きましたが、2の人たちが重視するのは事例研究です。

https://anond.hatelabo.jp/20181009215657 には、「事例研究には物語以上の価値はないのでは」とありました。

「そう見えるのは仕方ないだろうな」と思う気持ちと「物語価値過小評価しすぎですよ」という両方の気持ちを抱きます

なぜかと言えば、「クライエントの人生」を理解しようとすれば、どうしても「物語」というフレーム必要になるからです。

古典的な臨床家(心理療法をやる人)は、クライエントの人生全体を見ます

クライエントが訴える問題(やる気が出ないとか、落ち込むとか)を全てと考えるのでなく、むしろ人生における氷山の一角と捉えます

そして、クライエントの人生をそのものを見つめ、その人がより良く人生を歩んでいけるよう、どうにかこうにか支援をしていくわけです。

(「大きなお世話」「思いあがるな」と思われる方もいるでしょうし、下手すると実際にクライエントにとっても大きなお世話になります

その人の知能や症状の程度、パーソナリティなどを数値化して客観的に捉えることは心理学の得意技ですが、それでその人の人生全ては捉え切れません。

人生というものを捉えようとした時、どうしても物語必要になります

もちろん、物語ですから完全に同じ事象再現されることはまずありません。そのため、厳密な「エビデンス」はそこから得ることはできません。

ですが、だからといって物語意味がないわけでもありません。

物語から自分は何も学んだ覚えはない」という人がいたら、それは物語意味がないのではなく、恐らくその人に学習能力がないためです。

物語を蓄積していくことで、我々は人間に対する理解をより深いものにしていくことができます

そのため、日本臨床心理学者は「エビデンスなんかいらない」というよりも、「物語を蓄積してくしか、やりようがない」と思っていた部分もあると思います

またもう少しフォローしますと、単に物語を乱立させるのでなく、蓄積された様々な「物語」を体系づける理論の構築自体は脈々と行われてきました。

それが、「2」の後ろ半分「それを踏まえた臨床論的研究」です。

フロイト精神分析なんかは、今でも理論精緻化され続けていて、それはそれで読むと非常に面白いですし、人間理解に大いに役立ちます

というわけで昔の臨床心理学は、多分に人文的というかアート的な学問領域でした。学んでみると非常に面白いのですが学問としての欠点もたくさんあります

最たる点が、多くの方が既に感じていらっしゃる通り、物語性を重視するあまり客観性エビデンスをあまりに軽んじてしまたことです。

 ◆

しか1990年代の後半頃でしょうか、「認知行動療法」と「エビデンス重視」の立場が、アメリカから日本へ本格的にやってきました。

心理療法の一つである認知行動療法エビデンスを非常に重視します。

例えば「うつ病」ならば、患者抑うつの程度を測定し、「認知行動療法を行うと抑うつの程度が有意に下がる!」みたいな研究バンバンやるわけです。

当時の学会の様子は今でも覚えていますエビデンス重視の方々は「それエビデンスあるんですか?」と、どこかの誰かのようなセリフを旧来の臨床心理学者に容赦なく投げつけ、大変気まずい空気を作り出していました。(別に悪いことではないですが)

残念ながら旧来の臨床心理学者はそれに真っ向から反論することができません。なぜなら、実際の所エビデンスは無いからです。

ただし、客観的エビデンスが求められる研究では、「客観的に扱える要素」しか扱うことができません。

そういう「客観性」では捉え切れない人間の心を探求していったのが、これまでの臨床心理学だったはずです。

ですから多くの人にとって、「エビデンス」というものが極めて底の浅いものに見えたという部分もあると思います

実際私もそう感じる部分はありました。確かにエビデンス大事だけど、余りに機械的人間の心を扱いすぎていないか?と。

それって、本当に臨床心理学が目指していたことだっけ?

とはいえ、旧来の臨床心理学者がその文学性に浸りすぎ、客観性過小評価していたのは間違いないと思います

エビデンスに対して「人生の深みをわかっていない」「客観性が全てではない」と言っても、インチキしか聞こえないでしょう。

要するに、物語偏重し、エビデンス全否定する姿勢は間違っていますが、エビデンス偏重し、物語全否定するのも同様におかしいと、私自身は思います

そういう微妙バランスというか面白さが臨床心理学の中にはありますし、どちらも人を支援する上では大事視点だと思います

 ◆


まぁその後は各学会大学内で、明に暗に色々な小競り合いがあって、現在は昔よりもだいぶ両者が折り合いつつある雰囲気です。

一つは、純粋な「2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究」の人たちが減ったという単純な理由です。大御所の多くが高齢化し、以前よりはだいぶ比率が少なくなりました。

逆に、認知行動療法がだいぶ浸透した結果、若い世代では認知行動療法が専門外でも、エビデンス重視の考えは馴染みのあるものになっています

また、認知行動療法の人たちも”表面的な”エビデンスが全てではないという姿勢の人が増えてきました。

また、個人的にすごく大事だと思うのが、実証重視の方々にとっては「物語」の代表に見えるであろう精神分析系の心理療法も、ちゃん効果確認されるようになってきたたことです。

これによって、「エビデンスが全てではない」と意地を張らなくても良くなってきたのだと思います

結局、エビデンス否定するのではなく、自らエビデンスを出すことで (とはいえ研究殆ど海外ですが)、問題は解消されつつあります学問としてこれはとてもよいことだと思います

 ◆

つい最近中室牧子さんとかによって、教育業界エビデンス視点を持ち込む動きがありますが、同じように、日本臨床心理学にもエビデンス視点を持ち込もうという動きが20年程前にあったのです。

エビデンスに対する考え方の違いは、人間理解に対する考え方の違いであり、それが論文業績に対する考え方の違いにもつながっていたという話です。

これを読んでみて、改めて「臨床心理学ってクソだな」と思った人もいるかもしれませんが、こういうゴタゴタも乗り越えつつ、少しずつ学問としてブラッシュアップされていっている臨床心理学が私は大好きです。

長くなってしまいました、すいません。

おまけ

長くなったついでで恐縮です。

https://anond.hatelabo.jp/20181011091532 「再現可能性が4割」の部分に

https://anond.hatelabo.jp/20181011091734 「びっくりするほど信用できない学問だな てか学問かそれ 」というコメントを見かけましたが、これ心理学だけの問題じゃないんですよ。

Natureが少し前にいろんな研究者に調査しましたが、理系領域だって再現性は決して高くありません。

https://www.nature.com/news/1-500-scientists-lift-the-lid-on-reproducibility-1.19970

しろ追試をちゃんとやって、どれが再現できるか否かをふるいにかけ、学問を発展させようとする態度こそが科学的だと私は思います

2018-10-08

地球温暖化懐疑派息してる?

夏と冬の温度差が極端になって、春と秋が無くなっていく。

極端な気象現象が増えて台風竜巻豪雨、逆に豪雪被害が増える。

日本列島亜熱帯化して疫病が北上きたり、危険生物上陸してくる。

今年は地球温暖化によってこうなるって予測されていたことがどんどん現実になってきているよね。

夏は38度前後の暑さが何日も続いて人死にも出て大変だったけどこれからはこれが普通になってくだろうね。

実際1970年から地球の平均気温が1度上がっている。

地球温暖化気候帯が変化すると、その結果更に二酸化炭素を吸収する植物が枯れるからこれから加速度的に気温が上がっていくと予測されている。

それなのにはてなーフェミだのなんだのどうでもいいことで騒いでほんとに頭の中が平和だよな。

地球温暖化は嘘だとか言ってた人が黙るのはまあわかるけど、だれも地球温暖化のこと話題にしないのな。

1990年代後半の方がまだ話題になっていたのになんでだろうな。

目の前の現実から目をそらすってやつかな。

これからどうなるか一番現実的なシナリオは、地球環境が悪化して人間活動が大打撃を受けるとその結果経済活動が減るから二酸化炭素排出が減少して地球環境がだんだん回復してくる。

ってもので、これはリーマンショックで一部実証済み。

でもそれだと人が沢山死ぬしヤバすぎるからなんとかソフトランディングさせる方法を考えないといけない。

これが技術解決できる問題だったら、とっくに解決できているので現在の成長型経済構造を変えなければ解決できないだろうね。

それがどんな形になるかはわからないけどさ。

追記1

トラバ地球温暖化懐疑派がまさに沸いてるwww

地球温暖化っていうのは人間経済活動で発生した温室効果ガス二酸化炭素メタン等)で地球の気温が変化すると言う仮説で実際に二酸化炭素排出量と気温の上昇率のデータなんかがあるので「主流」になっている学説なんだけど

それに対して懐疑派っていうのは、地球の平均気温の変化のグラフの横軸をいじって、

「いや1万年単位では上昇してない」「氷河期の影響の方が大きいので人間活動有意な影響はない」っていうような説をだしていたわけだわ。

そういう一部の論文を持ってきて「地球温暖化の嘘!」とか「地球温暖化陰謀」とか言う本が流行ってたんだけど、

そういう地球温暖化懐疑派の論文の出してる研究予算石油産業から出てたりしてていろいろアレ。

まあ仕方がない面としては地球科学の時間感覚日常レベルとは全然違うというのはある。

人間の生きている時間軸と植生が気候の変化に順応していく時間軸、氷河期の周期とか全然違いすぎる。

全球凍結とか6億年前と22億年前の話だからな、そのレベル関係が無いっていうなら地球温暖化どころか人間なんて地球と何の関係も無いと言っても過言じゃねーよ笑

2018-10-06

anond:20181006134755

「反安倍=全員リベラル」ではない

近代伝統保守江戸時代以前が理想)の反安倍もおるし、国家社会主義の反安倍もおる。社会主義リベラルではない。リベラル自由主義。だからガチ共産主義者の反安倍リベラルとは言わない

ちな自分アベノミクスどころか、1990年代中期から一貫して経済状態が良くも悪くもなってない、身分非正規雇用

良くも悪くもなってない横ばい状態でも、そのまま1020年経つと、正社員になれた同年代や歳下との相対的比較自分経済待遇に不満が溜まってくる

思想の左右上下関係なく、そういう奴は今の日本に確実に万単位でおるぞ。とくに1970年代まれ無駄に数が多いか負け組も全体数が多い

2018-09-28

anond:20180927131242

意識高い』振る舞いの原型って、1990年代適当)くらいの「欧米人日本人と違ってこういう喋り方をするから立派」みたいなのをなぞっている気がする。「間違っていても自信を持って話す」「仮にショボくても自信満々に話す」みたいのが良しとされているのが欧米の進んだ文化ですよ…みたいに紹介されていた気がする。

2018-09-19

anond:20180919183451

anond:20180919182320

こちらを御参照

1980年代まで陰毛の写ったヌード写真NGだったが、なぜか1990年代に入ってからOKになった

一方、地上波TVはいしかおっぱい丸出しはNGになったが、1980年代まで映画TV放送などではたびたびあった、ところがこれもTV放送最初期(1960年代前半か?)にはなかったはず

本当に常に規制強化一辺倒だったのなら、21世紀現在とっくにAVエロ漫画自体消滅してる

時期によって緩くなったり厳しくなったりしてる、が正確

anond:20180919182320

「一度たりともない」は言い過ぎ

1980年代まで陰毛の写ったヌード写真NGだったが、なぜか1990年代に入ってからOKになった

一方、地上波TVはいしかおっぱい丸出しはNGになったが、1980年代まで映画TV放送などではたびたびあった、ところがこれもTV放送最初期(1960年代前半か?)にはなかったはず

本当に常に規制強化一辺倒だったのなら、21世紀現在とっくにAVエロ漫画自体消滅してる

時期によって緩くなったり厳しくなったりしてる、が正確

2018-09-18

anond:20180918194029

>30年以上オタクをやってるじじいの昔話をすると、1990年代当時はここまで多くなかったはずだ。1980年代もっと少なく、ことオタ向けとなると『レモンピープル』とか、同時に10誌もなかった(よく休刊して入れかわった)

1990年代と2010年代とを比較すると、大きく変わっている点が一つあるよね。

それはネットの普及と、「本が売れない」ことつまり出版不況である

本が売れなくなると、出版業界は今まで光が当たっていなかったエロ業界に活路を見出しただけではないか

1990年代は10誌以下だったのであれば、今の出版業界は「エロ頼み」になっている構図。

個人的には、それが健全な姿だとは思えないよ。

1970~80年台の映画不況では、ロマンポルノ路線に走った日活倒産した前例もあるから

団塊世代って何がそんなに悪いの?

ネット世論では何かと叩かれる団塊世代であるが、何が悪いのか本気でよくわからない

まず「団塊世代全共闘」という偏見であるが、1945~1950年まれであれば大学進学率は3割程度で、しか学生運動に参加したのはその中の1割程度だ

団塊世代の大多数は高卒か中卒なのである団塊の行動原理全共闘メンタリティという説明一発は無理がありすぎる。

よく話題になる「団塊世代クレーマー」の大多数は学生運動経験なんかない、うるさいクレーマーなのは世代ではなく個人人格問題ではないのか

過去自分仕事で接したことのある1945~1950年まれは数人いるが、工業高校卒か、学生運動には行かなかったおとなしい優等生タイプだった

ITにうとい団塊世代」というイメージも実感が乏しい

1990年代派遣社員NEC下請けに行ってた当時は、1945~1950年まれだが最初期のPC98だのをいじってた経験のあるオサーン普通にいた

1945~1950年まれならばパソコンとか使い方がわからんのもじいさんだから仕方ないと諦めもつくが、1960年前後まれバブル世代なのにITにうといオサーンの方がよほど問題ではないか、そーいう奴も大量にいたはずである

団塊世代擁護する気はないのであるが、単に「数が多い=目立って問題視される、クレーマーとなる者も絶対数が多い」という話であれば、まさに1970年代まれ団塊ジュニアの20年後の姿も同様であろう

というか、団塊ジュニアは、非正規雇用貧乏独身者は多いし、ぎりぎりデジタルネイティブでもないし、ガンダムやら北斗の拳やらの1980年代文化を押しつけがましく振りかざすし、20年後には今の団塊以上にお荷物扱いされるんだろうなあと戦々恐々としている

本当に表現規制って厳しくなってるの?

現在刊行中のエロ漫画誌を調べてみたら、これだけあるらしい。

『COMIC LO』『COMIC快楽天』『COMIC快楽天ビースト』『コミックメガストアα』『ANGEL CLUB』『BugBug (バグバグ)』『COMIC失楽天』『COMIC HOT MILK (ホットミルク)』『COMIC 夢幻転生』『COMIC阿吽』『COMIC華漫』『COMIC真激』『MEN’S GOLD (メンズゴールド)』『TECH GIANテックジャイアン)』『アクションピザッツ』『アクションピザッツDX』『ゲッチュ』『コミックアンリアル』『ペンギンクラブ』『ペンギンクラブ山賊版』『まんがシャワー』『メガストア』『ヤングコミックチェリー』『人妻本当にあった Hな話』『二次元ドリームマガジン』『魔翔』『漫画ボン』『漫画ローレンス』『comicキャンドール』『Comicバズーカ』『G-type(ジータイプ)』『Men’s Young(メンズヤング)』『PUSH!!』『アクションピザッツスペシャル』『コミック戦国無頼』『ドキッ!』『ドキュメント実録 ! 人妻姦熟コミック』『愛の体験スペシャルデラックス』『増刊 コミックメイト

昔ながらの劇画誌っぽい物を除いたオタ向けだけで30誌以上ある。雑誌コードではなくアンソロ形式なども含めれば、さらに膨大な数になるだろう。

30年以上オタクをやってるじじいの昔話をすると、1990年代当時はここまで多くなかったはずだ。1980年代もっと少なく、ことオタ向けとなると『レモンピープル』とか、同時に10誌もなかった(よく休刊して入れかわった)

そんな80年代当時のオタは『レモンピープル』がコンビニで売られる事態なんて考えてもなかったろうし、そうなって欲しいと希望してたとも思えない。

***

1990年ごろになるとオタ向けエロ漫画誌も数が増えてコンビニでも売られるようになり、目立つようになって、遊人だの山本直樹作品やり玉に挙がるようになった。

このころから「ここでエロ漫画規制容認すれば、日本表現の自由がない言論弾圧国家になるぞ!!」と力説する者は多かった、今はなき米沢嘉博(初代コミックマーケット主催)とか。当時からその手の連中は、自分らを強権力に対するレジスタンス見立て自己陶酔してるような反体制きどり臭が鼻についたものだった。

しかそれから約30年、本当に日本表現の自由がない言論弾圧国家になったの? いつまで経っても、朝日新聞産経新聞どっちも廃刊させられてないじゃん(ネット上で一個人が別の一個人発言に噛みつくことは「弾圧」ではないですよ)

当時と今の変化と言えば成年コミックマークが導入されて、「建前上」漫画にも18禁が導入されたぐらいじゃね。18禁コードは昔から映画にもビデオにもあった、漫画にも導入された一点で「言論弾圧時代の始まり」と言うのは論理の飛躍しか思えない。

成年コミックマークの導入直後は、エロ漫画業界縮小を本気で恐れる者は多かったけど、結局そんなことは起きなかったのは冒頭のリストの通り。エロ漫画誌が都の条例かに引っかかって休刊したが、同じ編集部が新雑誌を創刊(ようは誌名変更)して、問題視された作品が平然と連載を続けたケースもめずらしくない。

そういや1980年代当時は、メロンブックスとらあなみたいに「市井個人が作ったエロ同人誌を町中で買える書店」もなかった。イベント行くか雑誌通販欄に頼るしかなかった。この点でも今のほうがよほどいい時代になったもんだと思う。

***

表現の中身はどうか? 1990年代以降、実写ヌードじゃ陰毛がはっきり見える写真集OKになった、この点なんかむしろ表現規制が解除されてるじゃん。

80年代当時のオタ向けエロ漫画は今よりずっと修正がきびしく、男女とも股間は広範囲にわたってべったり黒塗りでまったく何が描かれているのかわからん場合が少なくなかった。そもそも性器を精密に描くような絵柄も少なくなかった。

ところが、現在流通しているエロ漫画誌を見れば、ちんちんおまんまんもリアルに描いたうえで、うっすらスクリーントーンを貼っただけという場合が平然とごろごろある。ジャンルの幅も、ロリ専門誌、ショタ専門誌、ファンタジー系専門とかずいぶん広がった。

***

袋だたきを承知で書くが、表現規制反対派は、この30年ずっと「狼が来た」少年しか見えない。じじいの実感としては、1980年代当時よりむしろ今のほうがずっとエロ漫画誌の刊行点数も増え、エロ表現オープンになった気がしてならんのだ。

***

つい先日も「ラノベの表紙」のエロ表現問題になったが、叩いてる奴はほとんど、政治家でも権力者でもない市井ブロガー風情じゃないの。よほど政府与党大臣が言い出せば実際に規制される可能性は高いだろうが、表現規制を言い立てるのは一部の左翼フェミニストだけで、国民の大多数が支持する長期政権保守自民党オタクの味方なんだろ?

要するに「エロ漫画表現規制言論弾圧危機だ!!」って騒いでる奴は、「今すぐ日本中国みたいな左翼独裁国家になる!!」と言ってるのと同じようにしか思えない。そんなもん、まったくもって現実味が感じられないのだが。

戦後1980年代まで続いた冷戦時代右派は何十年も「今すぐソ連アカが攻めてくる攻めてくる!!」と言い続け、ついにその日は来なかった。左派は「今すぐ軍国主義復活だ!!」と言い続け、ついにその日は来なかった。冷戦体制崩壊後、右派は「中国経済崩壊」と言い続けてそろそろ30年になる……この手の予言が当たったことって何回あったっけ?

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