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2019-05-12

anond:20190512210403

象牙ではんこ作って喜ぶのなんて印影お辞儀させて喜ぶ未開人のジャップくらいのもんだから

2019-03-31

10年勤めた日系メーカ退職した

終身雇用制、手厚い福利厚生残業は多めだが全額出る、そんな昭和の夢の残滓のような会社に勤めていたんだけど昨年退職した。

待遇は非常に良かったんだけど(0.6Googleくらい)、安定が自分の中で恐怖に変わっていき、やがて耐えられなくなってしまったので退職に至った。今は年収が半分になってベンチャーみたいなところにいる。預金残高を見て不安になることはあっても前職で感じたような、先細りの籠に閉じ込められたような気持ちには未だなったことがない。

前職のような会社日本にあまりいから参考になる人は少ないかもしれない。これはあくまでも平成という時代10年間昭和サラリーマンをやってきた自分のそれまでの人生のまとめであり弔辞だ。

しかしたら、公務員とかレガシー産業利益を独占的に得られる会社に潜り込んだ人にとって何かの参考になれば幸いである。

○私の経歴(読み飛ばしオケ

地方都市まれ、小中高と公立育ち、大学は他県の国立大学へ、理系マスターを修了後に学校推薦で就職

地方医学部に進学した人がバズってたけど、私は井の中の蛙というか幸せ環境で育ったなあと思う。学区が良かっただけかもしれないけど、所謂ヤンキー的なタイプは少なくて、開業医の子息とかとも普通に遊んでた。うちは公務員だったけど(子供だったから気が付かなかったという事情もあり)、引け目や負い目を感じたことはなかったと思う。財力の違いを感じたのは高3で進学先に私立医学部を選んでたときくらい、他は塾とかも選択肢が限られていたのでみんな一緒だった。

理系を選んだのは高校で7割くらいが理系を選ぶ環境から何となくという要素が大きい、医者になりたいとかエンジニアになりたいとか思わなくもなかったけど、何より理系潰しが効くし、数学が苦手じゃなかったらやっとけくらいの気持ちだった。

高3のとき偏差値公立医学部には足りず、迷わず他県の地方国立大に進学。大学でやりたいこと云々より自分偏差値で行ける最大限の学歴に行ったという感じ。お陰様で入学後に学力不足を感じて本当に苦労した、かろうじて留年を逃れたくらいの成績。マスター殆どの人が行くからというだけで選択、例によって院試は内部生にも関わらず死ぬかと思った

そんな体たらくだったので、就職とき仕事研究との関連性だとか一切興味がなく、学校推薦で行ける会社年収四季報確認して上から順番に面接お辞儀できれば受かるという情報通りヌル面接をあっさり通り前職に内定した。

○どんな会社だったのか

環境

東京から車で2,3時間くらいでコンビニまで徒歩30分くらいかかる僻地面接に行ったときヤバイかなと思ったけど、地方大学からすれば東京まで2,3時間で行けるというのはそれなりにメリットがあった。あとアマゾンが送料無料をやり始めた頃で、アマゾンが届けば生きていけるかなあとも思ってた。

待遇

これは無茶苦茶良かった、待遇というか給与だけだけど。就職を決めたとき四季報だと平均年収は0.5Googleくらいで(平均年齢43歳のね)、辞めたとき年収は0.6Googleくらいあった。ただし、基本給:残業代:賞与が4:4:4で、賞与は完全に業績連動のため期待は禁物。リーマンショックの頃に3,4年働いても基本給が5000円しか上がらなかったのは忘れられない(さすがにその後是正された、けど過去の貰えていない分の保証はなし)。

残業代が4というところからお察しの通りで、残業時間は年間で700〜900時間くらい。寮や社宅は完備のため、平日は会社敷地から一度も出ることなく過ごしていた。

業務

表向きは最新技術研究開発となっているけど、実際は雑用書類仕事疲弊していた。入社してから一度も新しい技術みたいなのを研究したことはないと思う。ひたすらに社内調整、下請を買い叩く、行き当たりばったりで問題解決するの繰り返し。更に営業案件とか製造案件雑用がバシバシ入ってくる。先のことを考える余裕なんて一切なくてアワアワしているだけで10年過ぎてしまった。

私に限らず全社的にそんな仕事ぶりだったけど、市場は寡占状態なので会社は常に儲かっていた。そもそも枯れた技術なので顧客は新商品とか新機能は望んでいないのだから。たまに声の大きい営業が上げてくるマイナ案件対応するために右往左往して終わり。そのマイナ案件にかける時間を全体に対する原価削減に当てたほうが良いのではとは皆が感じていた。

一応良いところを挙げておくと、暗い実験室に引き篭もって量産の目処のない机上の空論をやるよりは、現場問題を拾い上げて設計に反映するのは楽しかった、それは生産技術仕事ではないのかと思いつつも。

同僚も学校推薦で来る似たようタイプなので、穏やかで話が早くやりやすかった。東大東工大が主な学閥なので地方国立大は肩身が狭いとか無いの?とかはたまに聞かれたけど、管理職になりたいだとか野心がない限りは別段に何も不自由は無かった、学歴よりも上司だとか部署ガチャ要素が大きかったし、皆が平等不公平という感じだった。

組織

上の意向忖度して言われる前にやることが尊ばれる文化という感じ。基本的マネジメントというものは全く無く仕事もこれやっといてというだけで納期仕様も何もない。上司の指示どおりに働いていたら、その上から烈火のように直接指導されることもザラ(そうゆう時の上司沈黙)。酷いなと思いつつも、上司とその上も同じような関係だし、その上もそのまた上も…

これがいわゆる昭和の日系企業かぁと思っていた(違ったらごめん)。賽の河原に石を積むというか、降り積もる雪をひたすら取り除くような気持ちで働いていた。

人事評価みたいなのも形式的で、上司査定するけど、結局は偉い人の好みに合わせて査定をつけないと書き換えられてしまったうえで上司評価も下がるので(人を見る目が無いという理由で)、偉い人の好みをどうやって察して査定をつけるかという作業になっていた。偉い人に取り入ろうにも年に一度も話すことがないし。逆に気に入られている人もそんなに親しげではないので、何が基準かは永遠にからなかった。

こんな状況でどうしてやる気を失わなかったのかというと、査定が悪かろうと昇進が遅れようと、何だかんだで高給をもらっている自覚責任を感じていたからだと思う。少なくとも自分給与以上は働かないと、お世話になっている子会社取引先に会わせる顔が無いという気持ちで踏ん張っていた。

○どうして辞めようと思ったのか

20代の頃は仕事組織に不満がいくらあっても、それを上回る待遇を得ていたので辞めようとは思わなかった。仕事なんてもの所詮時間感情の切り売りで、仕事やりがいかいうのは、金が払えない会社言い訳だと思っていた。

ところが30代になり預金残高が1Googleを超えたあたりで、ふと将来のことを考え始めた。余りにも遅すぎた自我の芽生えだったのかもしれない。

つの間にか同僚はみな結婚して家のローンや保育園の話をしている。家族がいる奴は良い、自分の代わりにお金を使ってくれて、それで幸せになれるのだから。ここで暮らしていれば子供の1人くらいは私立医学部に入れられるかもしれない。で、私はどうなる?20代の頃と預金残高以外で何が変わった?

お前も結婚すれば良いのではないかと言う声が聞こえるけど、これは中々上手く行かなかった。こんな僻地にある会社から相手地元の人ばかり。上記のように地方転々としてきた自分とはどうしても感覚が合わない、例えば同僚の結婚式で、高校部活の先輩後輩の関係が30過ぎても未だに残っているのが嫌だった。

敵を増やしそうだけど、地方にはヤンキーと良家の子しか残っていないんだと思う。ヤンキー説明不要でいわゆる地元マイルドヤンキーさん、看護学校もあるので一人でやっていけるこの手のタイプは多い。良家の子女は女子大を出て実家に戻って地元金融機関就職という感じ。同僚の奥さんはどちらも結婚したら寿退社して社宅に住んでいた。

私だったら、相手が1Google稼いでいても専業主夫になりたくないなあと思う。その程度の収入自分の後の人生選択肢の全てを預けたくない。私は夫婦人生連帯保証人だと思っているので、こうゆう自分感覚と合っている人と結婚たかったんだけど、残念ながらそんな人とは出逢えなかった。それほど立ち入った話はしないけど同僚と上のような話をしていたら「そもそも君は結婚相手に何を求めているの」と言われたのが印象深かった。私は友だちとか親友的な要素、少なくとも同じ地平で物事を見渡せる人が欲しかったし、これまでもそうゆうタイプと仲良くなってきたけど、同僚的にはそうじゃないらしい。明確な言語化はできないけど配偶者に求める要素は、自分や家庭を甘やかし指導する父母か、育て導く愚かな子女で、少なくても対等の関係という要素を求めてはいないようだった。

そんな食わず嫌いをしているうちに同僚の息子は小学1年生、これからも私がああだこうだ言っている間に大学生になって家を出るのだと思う。その頃の私はきっと40代半ば、もう結婚もできないし転職もできない、ただ自分は失敗した、取り替えしがつかないという気持ちを抱えながら、報われることのない仕事をしている。やがて50代になって預金残高が5Googleを超えて、高級老人ホームに入ること夢見て死ぬんだろう。

安定している故に見えてしま自分の将来、この少し広い会社敷地の中で人生を終えるであろう現実、その恐怖に囚われてしまってからはもう辞めること以外は考えられなくなってしまった。そこからは早い、たまたま自分のやっていた職種募集マッチングたから逃れることができたけど、本当だったらこの歳で逃れることは難しかったと思う。前述のように賽の河原のような雑務がメインなのでとても潰しが効かないし、何よりも給与が激減する不安に耐えられない。

高校生に対してライフプラン仕事出産などを含んだもの)を教育するみたいな話をニュースで見たけど、これは年齢関係なく必要だなと心から思う。別に結婚とか子供とか興味は無く、食べてくために働くというのは本心として良いと思う。けれど同期同僚が結婚して子供ができて、仕事意味や成果は無く、ただ歳だけが増えていく状況であなたはどこまで正気を保てますか?というのは自分自身によく確認したほうが良い。登山なりゴルフなり何かしら見つけられた人はそれで良いし正気を保ち続けることができると思う、私にはそれができなかった。

昭和という時代は、定職さえあれば誰もが家庭を持ち豊かで幸せになれるという幻想を皆で信じていたから実現できた神話だったんだと思う。家族がいれば多少の理不尽にも耐えられたし仕事に魅力が無く潰しが効かなくても何とかなった。けど平成が終わるこの時代神話はもう死んでいた。

私は辞めることができたからまだ良い、けど私のような気持ちで辞めることすらできない人が、あの会社に大量に留まっているとするなら。前職に留まらず、世の中の会社社会のどこかに、私のような人間が大量に潜んでいるとするのなら。

欧米でよくある銃乱射事件とかは、こうゆう時代の歪みから発生するんじゃないかなと思う。俺はきちんとレールに沿って人生を進んできたのになぜ幸せになれない?俺がおかしいのかそれとも社会が狂っているのか?

話が逸れてしまった。10年間よく会社に尽くしたし、会社も十分それに報いてくれたと思う、総じて良い会社だった。ただ、私は会社と同じ昭和の夢を見ることができなくなってしまった、それが退職理由平成の終わりにこうやって昭和の夢の残滓のような会社を去ることができたのは何か奇縁を感じる。

ありがとう昭和さようなら昭和、同じ夢を見ることはもう二度と無いでしょう。

2019-03-30

高齢者が苦手になってしまった話

高齢者が苦手だ

外出先でいわゆる高齢者と思われる外見の方に接近されてしまうとなるべく失礼にならない速度で離れてしま

電車内で遭遇した際は席を立ち(座席に座ってたら体裁を繕うために席を譲るという姿勢で)友人と一緒などの理由で離れられない場合はなるべくそちら側に意識をやらないようにして息を浅く少なくしてしま

どうしてこうなってしまったのか

おそらく幼少期から思春期まで続いた祖父祖母による虐待が原因だと思うのだが、それにしたって特定個人(故人)に対する心象がここまで全体の印象に影響を与えるものだろうかと自分でも不思議に思う

上記反応にあてはまらない唯一のイレギュラー存在として母方の祖母が健在しているのだから、もう少し世の高齢者全体に対して当たりが柔らかくなってもいいのではないかと考えた

こんな事言ってるが正直今までは苦手でも別にいか、くらいに考えていた

自分たちを愛し支えてくれる義両親なら老いていっても祖母のようにイレギュラー存在として受け入れられるだろうとのほほんと構えていた

が。

状況が一変した

私は子供を産んだ

幼い乳幼児を連れて外出するとまぁーいく先々でさまざまな高齢者に話しかけられる

わかっている、善意を込めての声かけだということは

幸い巷で聞く攻撃的な高齢者にはほとんど当たった事がない

我が子に向けてかわいいかわいいね元気にねお母さんもがんばってね とにこにこしながら話しかけてくれる

そしてその声かけに対し私は、深々とお辞儀をし(引きつった笑顔を見られないため)吐き気を堪えながら消え入りそうな声で「ありがとうございます…」

しんどい

正直ここまでひどいとは思ってなかった

しかけられる頻度も、自分の反応も両方込みで

しかけられるのが怖くてたまらない、会話したくない、でも無視して相手を傷つけたくない

どうしたらこの苦手意識改革できるのだろう

2019-03-01

anond:20190301215001

お辞儀みたいにして体全体で角度を調整してしょんべんするんだよ

世界中便所汚してるのは勃起しょんべんなのは常識だろう

2019-02-17

最近あった良かったこ

 満員電車会社に向かう途中。

 普段なら、座席前のポジションに立ってつり革に掴まるんだけど、その日は特に混雑していて、それさえ叶わなかった。

 なので、地獄のドア近辺エリアに立って、人に揉まれていた。いわゆる、洗濯エリア。 数駅で、頻繁に開くドアと反対側に進むことができたので、音楽でも聴いて精神統一を図っていた。

 目の前の中高生が、キョロキョロ何かを探している様子なので、気にはなっていたけれど、勝手に「イヤホンのイヤーピースやな?あれよく落ちるよね。」と早合点していた。

 カナル型のイヤーピースポケットから取り出すついでに引っかかって、どっかに消えたことは数知れず。接着剤で、軽くくっつけたらいいのだろうか?

 ついでに、先日、替えのイヤーピースをYAMADA電機で買い求め「このイヤホンに刺さる」と確認したのに、家に帰ったら全然ダメだった。300円返せよな。

 しかし、妙に真剣に探しているので、これはシリアスな落とし物なのではないかと気になり始めた。

 声をかけてみると、「こういう白い四角いもの・・・」というので、探してみる。 ほどなく、落とし主から見て僕を挟んで離れた場所に何か落ちていた。

 丁度、電車が駅に着いて、人が流れたタイミングで拾うことができた。壊れたりしていないようだった。多分、名札だったと思う。

 ペコリとお辞儀をして下げた頭の勢いで、トトト・・・とその駅で降りていったのだが、間に合ってよかったと思う。

2019-02-14

anond:20190206125826

高専卒の方のエントリーが上がっていたので,レア存在である高専について私も語ってみる.何度目の焼き直しになるかわからないが.

お前誰

中堅高専→Bラン大卒リーマン

15年前に卒業化学学科情報としては古い点も多々あるかと思う.ただ学生会長で全国高専につながりを持っていたので、情報ソースは1校のみではない.

メリット

①進学が容易

 後述する.

②早期から専門教育を受けられる

 高校1年次から専門教育を受けられる.全過程専門教育ではなく,高校大学で履修する一般教養とのミックスになっている.年次が低い段階では一般教養比率が高く,年次が上がるにつれ逆転する.まともに単位を取っていれれば5年次は週の半分は研究だった.

デメリット

①進路が固定されやす

 大多数が工業系の道に進む.進まざるを得ないといっても過言ではないだろう.感覚的に同級生の9割はメーカにいる.世界技術系一辺倒なので,その他が見えにくい.入学時点で15歳なので、染まりやす視野を広く持つことも難しい.教員普通研究員なので,理系アカデミアで純粋培養されたような癖が強い人がごろごろコースを変更しようとしても,マイノリティになるため後押しもロールモデルが少なくハードルが高い.

ドロップアウトやす

 専門性が高い故、入学後に技術に興味がないことに気づいてしまった場合モチベーションが下がりついていくのが困難になる.高専受験日が普通高校に比べて早いので,度胸試しで受けてみたら受かってしまった,偏差値が高いのでなんとなく来た,という層の一部がこの状態に陥る.一念発起して3年次にセンター試験を受け大学に進学、文転したものもいた.これはレアなケース.

恋愛チャンスは共学に比べ少ない.15-20歳という多感な時期に恋愛経験はまあ一般的重要だろう.女性が少ないので競争は激しい.勿論立地や当人キャラ次第でもある.化学専攻などは女性比率が高い,それでも半分程度だろうか.

教育課程

授業時間は90分.1年次から週1-2回のペースで半日かかる実習or実験があり,1年次から毎週毎週濃密なレポート提出を課せられる.締め切りや採点も厳しく,図書館での追加調査を含め毎週5-6時間レポートだけで費やしていた.科学文章の書き方の下地はここで醸成されたと感じる.専門科目が入っている分,一般教養が割かれている.歴史はなく,地理も確か1年前期しかなかった.その他普通高校と比べて色々なものが削られていたに違いないが、よく分からない.

また,数学が難しかった.入学後すぐに三角関数確率,2年次に上がる前に微積線形代数.2-3年次で重積分偏微分,常微分・・・.4年次以降で複素関数,曲面,群論ラプラス変換ベクトル場等の応用数学に入っていく.他にも電磁気化学,熱力,固体物理・・・気分が悪くなってきた.

進路

就職

就職率100%.求人倍率10~20倍.県内の有力企業大手現業職現場職長候補)に比較的楽に就職できる.ただ高専生は世の中のことをよくわかってないので,企業業態研究をせずに適当就職してしまい数年後に後悔する同級生はそこそこいた.先生技術バカが多く,経済的リテラシー教育はほぼなかった.私のころはインターネット情報量も多くなく,現在はまた違っていると思われる.

②進学

大きく2つに分かれる.専攻科か大学か.

専攻科:

自校に残り,2年間の延長教育を行う.大卒資格を得られる.ほぼ研究メインの生活を行う.研究8割,授業2割くらいか卒業後は旧帝や技術大学院(奈良先端科技大/豊橋技科大/長岡技科大)などに院進する人が多かった.就職する場合世間的にはレア存在であり,専攻科?そんなのがあるんだ?という反応をされ,研究漬けで辛い生活を送ってきたのにも関わらず就職アピールとしては弱いと友人はボヤいていた.

進学(3年次編入):

ここが最大のうまみであろう.

①いくつも受験可能大学毎に試験日程が統一されていないので,費用と日程確保さえできればいくらでも.自分場合は4大学に出願し,3大学目で決めた.偏差値が低いほど早めに行う傾向があった.

受験科目が少ない.例えば東大数学英語だけだった.(東大のみ2年次編入だったが)問題奇天烈ものでなく,真面目に授業を受けてしっかり対策していれば十分に解ける範囲である

高専によっては提携大学がある.私が卒業した高専では所在県の大学提携私立大学関関同立など)は指定校推薦でほぼ全入していた.高専から私立大学に行く人は少ないので,競争率も低かった.就職したくはないが勉強も好きではない下位層は延命策としてこの選択肢をとっていた.大学編入後は一般教養はほぼ単位認定(=免除),専門教科も高専で齧っていることが多く,比較的楽.実験研究発表においては経験の差が歴然学部レベルでは専門を変えない限り大きな問題はないだろう.彼女が欲しくてテニスサークルに入ってみたが,雰囲気についていけなくてすぐ辞めたというオチ

レベル

ピンキリトップレベル明石高専豊田高専などは偏差値60後半でそこらへんの進学校を超える難易度だが,商船高専などは50前後学科としては電気がいつも大変そうだった.数式だらけで理解するのが大変.材料土木環境,その他新興分野はおぼえればいい科目も多く,比較的楽.

寮生活

全寮制の高専は確かなかったと思うが,大概他県や遠隔地から学生用に寮が用意されている.寮ではゲーム相手に事欠かない,発売日に漫画がすべてそろう,ありとあらゆるジャンルのエ〇本を閲覧できるなどのメリット(?)もあるが,大きなデメリットとして私が通学していた20年前では上級生による「しつけ」という名の体罰が行われていた.木曜日の夜に1年生を呼び出し,暗闇の中で数時間正座をさせて悪事を白状させるというもの.(風呂掃除に数分遅れたとか,寮の敷地内で先輩を発見した際百m離れていても90度おじぎをして挨拶を”叫ぶ”必要があるが,そのお辞儀角度が足らなかったなど)一定数白状しないといつまで経っても終わらないため,どうでもいい些細なことを報告するのが常であった.正座のみならず1時間両手を上げっぱなしにさせるなど.終わった後は体が痛んだ.脚が痺れを通り越して暫く立てないレベル.なぜ木曜の夜かというと,金曜になるとみんな帰省してしまうため.

さすがに今はもうないだろう.今の価値観だとありえない.しかし,中学校を出たばかりの小僧大学1-2年生相当の先輩たちはとても怖い存在で,且つ退寮して親に金銭負担をかけられないため多数は我慢選択する,という構図だった.私の親も鍛えられてこい,という感覚だった.家が比較的近いやつは馬鹿馬鹿しくて通学に切り替えていた.私のころはなかったが,以前は先輩から達しが出るや否や吉野家の牛丼を30分以内で代理購入してくるという「吉野家ダッシュ当番」なるものもあったそう.尚,年次により寮内でのルールは緩くなっていく.年次による権力揶揄した称号があり,1年次から奴隷」,「見習」,「平民」,「貴族」,「神」.1年次においては共有スペースの炊事禁止テレビ閲覧禁止風呂掃除や朝食準備などの各種当番,祭りでの汚れ系出し物など.2年次になると共同場のテレビ閲覧可,3年次から個室があてがわれ、テレビも自室に設置が可能となる.今思い返せば,異常に陰湿日本文化如実に体現しており,乾いた笑いが出る.私は上級生になった際このシステム廃止しようと試みたが、全体的にそれを維持したいという空気が流れており結局叶わなかった.ただ親元を離れて集団生活を送ったことで自身も随分たくましくなったと思う.

今私は何をしてるか

メーカを何社か転職し,現在ITデータ解析職.製造業に興味がないことに気づくのに大分時間がかかり,また気づいてから収入を維持しながらも他業種へ脱するまでが大変だった.現在は34歳で年収950万円.奨学金は500万ほどあったが30歳前に完済することができた.

所管

総合すると高専おすすめ.ついていければ就職には楽にありつける.ただし癖が強いので人を選ぶ.

2019-02-06

国会時代劇風にしてはどうか?

本日国会中継を久ぶりに少しだけ見た。

国会中継を見ると、見た目にどうも日本らしさがなく、面白味に欠ける気がする。

もっと人目を惹くビジュアルにして見る人は増やせないのだろうか。

そこで、この様な案はどうだろうか。

国会議事堂のあの部屋を和室(もちろん豪華な感じの)にして、議員は静粛に正座

さすがに和服を着るべきとまでは言わないが。

太鼓の音でお辞儀をして質疑応答開始。

これでどうだろうか。

アイデアがまるでこち亀両津のようだな。

2019-02-03

名探偵コナンに出てくるジンウォッカかいう怪しい人達

見るから犯罪者でーす!って格好で、昼夜問わず平気で街中を闊歩しているじゃん。

何で職質されないんだよ?

と、思ったけどいやまてよ。

しかしたら普通に職質の常連なのかもしれない。

そして、職質をされた際は、怪しまれない様に実に紳士的な低姿勢でもって身分証差し出してみせ、しっとり質問に答えているのかもしれない。職質が終わると、お巡りさん達に、

「どうも、ご苦労様です」

いや、

すみません、お手数お掛けしました」

などと言って深くお辞儀をするので、お巡りさんから

「いえいえこちらこそ、すみませんでした。ご協力いただきどうもありがとうございました。それではお気をつけて」

と言われてしまうのかもしれない。

お巡りさんの姿が見えなくなった途端に悪人ヅラに戻って舌打ちをするのかもしれない。

と、妄想したら萌えた。

アニメすら放送開始から23年くらい経っているというのに、今更何無駄ジンウォッカのために頭使ってんだろう、私。

2019-01-26

高校生の頃M-1甲子園に出た思い出

いまから十数年前、高校生の頃に「M-1甲子園」というイベントに出た。

よしもとが主催イオンが協賛の高校生漫才コンテストであり、吉本素人高校生の中から未来スター発掘するという意図がある大会なのだが、いろいろ不可解な思いをしたので書こうとずっと思っていて、昨年末とろサーモン久保田上沼恵美子への暴言立川志らくM-1での審査を評したブログホッテントリになったタイミングで書きたかったが師走の忙しさで書く時間がなく無下にしてしまった。

もうタイミングを逃したのだが、今年のM-1まで取っておいても書くのを忘れてしまいそうなので、今このタイミングで書かせてもらう。

俺が高校生だった十数年前、地元イオンM-1甲子園なるイベントの予選があるので出場しようと友人から誘われた。

俺は中学文化祭で、生徒が体育館ステージで催し物を披露するコーナーで中2から2年連続漫才をし、2年連続投票の結果優勝した。それまでギター覚えたてのヤンキー稚拙演奏披露しイキがる場でしかなく、ヤンキー以外の出場は暗黙の了解禁忌とされていた雰囲気の中において、ヤンキー許可くそこに割って入った俺の漫才が優勝したのだ。

中1の頃はオタク扱いされスクールカースト底辺だった俺が、中2の文化祭から学校の人気者となれたのだ。その年頃の女子というのはスポットライトを浴びた男だったら誰でも良いようで、それまで俺のことをゴミのような目で睨みつけ忌み嫌っていた女子どもが急に俺のことをチヤホヤしていたが、俺は奴らのことを恨んでいたので硬派気取ってまるで無視していた。今考えたらやれたかもしれない。

高校生になってから文化祭の時の相方とは違う高校に進んでしまい、相手部活に勉学に励みたいとのことで漫才は続けられなかったところ、別の漫才をやりたかったという友人が俺をM-1甲子園に誘ってくれた訳だ。

予選通過したら東京で決勝があり、優勝したら賞金20万円貰えるらしいのだが、まあ、中学の時の相方は笑いのセンスもよく、俺の書いたネタ文句も言わずそのまま受け入れてくれ、相性もよかったので満足いくネタ披露でき爆笑をかっさらうことができたのだが、M-1甲子園に誘ってきた奴は笑いのセンスがまるで無いどころか俺の作ったネタにいちいち文句を出し、その割に自分ネタは書かず俺のネタベースにまったくつまらない方向に改変を要求し、お笑いをやるっつってんのに道化を演じるのが嫌なようでかっこつける言動ばかり取りたがり、人を笑わせたいというよりスポットライトを浴びてただ女子モテたいだけという性欲しか感じられない奴で、ああこりゃあクソ滑りするなあ予選絶対通過しねえなという未来しか見えなかったが既にM-1甲子園エントリーしてしまったので後の祭りだった。

俺は学生ながらに雑誌読者投稿コーナーや深夜ラジオネタ採用され、ネット大喜利で優勝を経験している職人だったので、ネタ作りに関しては自信があったのにも関わらず俺の意図した笑いどころが全却下された挙句ただ男子高校生ふたりまらない立ち話をするだけの漫才とは言えない地獄のような内容しか用意できずM-1甲子園の予選の日はやってきた。今もその日を鮮明に記憶している。

当日、そいつは気になっている女子をつれてきて、もうすぐ始まるつってんのに、つまらない内容だがネタ合わせだけはしておきたい俺を尻目に女子と2人でイチャイチャイオンゲームコーナーでずっと太鼓の達人をしていた。

高校生なので楽屋などなく、これから始まるショッピングモール広場に用意された舞台周辺に出場するっぽい高校生がぞろぞろ現れ始めた。俺も1人そこで待っていると、出場するっぽい奴が近づいてきて「あれ?見ない顔ですね?普段どこでやってるんですか?」と声をかけられた。

見ない顔?普段どこで?純粋素人高校生が集まっていると思っていたのだが、こいつら普段どっかの舞台出てんのか?

質問意味がわからないので「人前で漫才やるのはこれが初めてですね〜」と答えると、「あっ…」といった顔をしてそいつは離れていった。

通りすがりの子連れ家族父ちゃんに「これから漫才やるんですか〜?誰が出るんですか〜?」と聞かれ「高校生漫才コンテストです」と答えると、「なんだ〜素人か〜絶対つまんねえな〜誰が見るんだそんなの」と吐き捨てられた。俺がこれから出るんだよ!という不快になる一幕もあった。

するとイオンイベント担当みたいな人が出てきて「これから始めます」と胸につける番号札みたいなのを配りだしたので、急いでゲームコーナーから相方を引っ張り込んできた。

審査員は吉本芸人だ。各地方吉本事務所があり、うちの地元吉本芸人審査員として招かれており、イベント開始直前に腰を低くしたイオンスタッフに先導されながら会場へとやってきた。

すると、それまで会場でそれぞれバラけてダラダラしていた、これから出場する高校生達が一斉に一列に並び、もう夕方なのに「おはようございます!」と業界丸出しの挨拶で綺麗にお辞儀をした。

それに対し審査員の吉本芸人は「おう、頑張れよ」と一言いうと審査員席に着座した。

そんなん知らん俺はもちろん並ばず業界挨拶もせず、ポカーンですよ。こいつら、全員吉本の息かかってるやんけ!

その瞬間、この大会意図を把握した。これは、吉本の息がかかっている、将来吉本所属が決まっている高校生を集めて、あくま素人として吉本世間に紹介するイベントなんだと。

予選出場の高校生コンビは全部で10組、俺の他にポカーンとしていたのは1組だけだったので、確実に素人と言えるのは俺とその1組のみで、残り8組は吉本の息がかかってる連中なのだ

じゃあ、どう転んだって完全な素人絶対に予選通過しねえじゃねえか。これから俺が滑るのはわかりきっているとはいえ、一気に冷めてしまった。

いざ漫才が始まると、さすが審査員の芸人おはようございますと礼する連中だけあって普段から仕込まれているのだろう、みんなしっかりとしたネタをして、横で観ている俺は笑ってしまった。

けど、他の吉本の息がかかってると思われるコンビは、他のコンビネタには一切笑わず鬼のような目で睨みつけていた。怖っ。

で、いざ俺の出番がきたが、ボケもなく笑いどころのないネタウケるはずもなく、少数集まった観客が舞台に目を向けず全員が手元の携帯を見ているという、生きた心地のしない地獄のような時間だった。死ぬかと思った

漫才が終わり、審査員が苦笑いをしながら「独特な世界観ですね」とだけ言った。

その後の出番だった「おはようございます」を言わなかったコンビもやっぱり面白くなかった。

もちろん吉本高校生の中から東京行きが決まり、もうこいつとは二度と漫才しねえと決めて、素人であるはずの高校生たちの不可解な行動に疑問を持って帰った。

次の日エゴサーチをしてみると、2ちゃんねる芸人板で俺がクソつまんねえとボロクソに叩かれていた。死ぬかと思った

その数週間後。

深夜に何気なくテレビをつけていると、地元ローカル番組吉本若手芸人ネタを見て笑ったら罰ゲームというコーナーが始まった。

ローカルタレントがニヤニヤしながら口に牛乳を含み、そこに出てきたのはイオン漫才をやった高校生たちだった。

えー!?もう「吉本若手芸人」って言い切っちゃってるじゃん!!じゃあもうこいつら素人じゃないじゃん!!

高校生という紹介もなく、あの日イオンで見た連中全員がその番組で「吉本芸人」としてネタ披露していた。

息かかってるどころか、地元ローカル局とはいえテレビ仕事受けちゃってる時点でプロだよね!俺の予想は正解に近かったのだ。

ええ、こいつらプロじゃんと思った俺は地元吉本所属芸人一覧をネット確認したが、あの高校生達は誰も所属芸人に名を連ねていない。

なんなの?やっぱり素人なの?どっちなの?謎は深まるばかりである

その数日後、この連中は「素人なのかプロなのか」の事実が判明する。

学校から帰ってきてバイトに行く準備をしながら夕方ローカルワイドショーを見ていると、地元芸人を夢見る高校生に密着した特集がはじまった。

そこで特集されている高校生漫才コンビではなくピンなのだが、ただつまらないダジャレギャグをするのみで舞台では滑り続け、ライブで勝ち上がれなく悩んでいるという。

舞台!?ライブ!?

仕組みはこうだ。吉本事務所には芸人を夢見る高校生が次々駆け込んできており、ライブで勝ち上がれば晴れてプロとして吉本所属できる仕組みで、そのピン高校生プロを目指しているがライブで滑り続けてなかなか勝ち上がれないのだという。

吉本稽古場みたいなところでネタ見せをして、社員なんだか作家なんだかわからないがその様子を見ていた大人からまらない、それじゃ勝ち上がれないぞと叱責されそのピン高校生は悔し涙を流していた。

そのシーンで、あのイオンで見た高校生たちも映り込んでいた。特集は「頑張れ○○くん!未来スターとして応援します!」と締めくくられた。

まり吉本所属プロとは言い切れないが、「吉本預かり」として普段から吉本舞台に出演していて、稽古場では吉本人間から指導されている。それで、たまにテレビにも「吉本芸人」として出演しちゃう

もうこれは素人とはいえないのではないか。完全に吉本の息かかっちゃってるんだもん。

その当時、M-1甲子園で決勝を勝ち進んだコンビが実は松竹芸能所属事務所ページにもプロフィールが記載されていた)だとわかり、M-1甲子園の「プロは出場不可」というルールを破っているのではないかお笑いファン掲示板炎上していたのだが、それ言ったら出場している高校生の大半が半分プロみたいなもんじゃねえかと思った。

やっぱり、この大会は「素人高校生の中から未来スターを発掘」なんて意図じゃなくて、「吉本預かりの芸人世間認知してもらう」大会しかなかったのだ。

その頃は世間で圧倒的な若手お笑いブームだったこともあり、素人大会と銘打ったM-1甲子園ですらネットではちょっとした話題になっていたのだが

俺が高校卒業する頃には審査内容の不透明性などが指摘され盛り下がる一方で、ネット話題になることが全くなくなってしまった。

高校卒業したら芸人になりたいと漠然と思っていたが、こんな経験をしたので絶対吉本に入ることだけはないなと考えていた。

高校卒業後、イオンで見た彼らのコンビ名でググって現状を調べてみたのだが、そこから吉本所属することな芸人の道を諦めそれぞれ大学に進学したり就職したりしているようだった(そいつらのブログを見つけたのだが解散報告などをしていた)

そんな俺も相性の良い面白相方を見つけることもできず、ピンでやる度胸もなく、そのまま普通にサラリーマンとなった。

その後M-1甲子園は「ハイスクールマンザイ」というダサいイベント名に改名し、一時はその様子が全国放送などされていたようだが全く話題になることがないのでもうとっくに終わったイベントかと思っていたら、今調べたら去年もやってたみたいだ。

やっぱり今も「吉本預かり」の高校生けが集まるイベントなんだろうな。

2019-01-14

ぼくはサーバルキャットサーバルです

朝起きて洗濯機タイマーかけて、クッキー食べて、缶コーヒー飲んで、家出て、エレベーターお辞儀挨拶して、駅ついて、登って、改札入って登り、あのころ自分が立っていたので、遠くから見ていた

涙が出てきた理由はわからない。今の自分が惨めなのか。でもこのころよりはマシなはずだ。可哀想自分少年時代か。それなら、わすれればいい

街路樹に光が当たっている景色子供の頃よく車から見つめていたけど、そのことを思い出すと泣く

2019-01-05

anond:20190105100448

手水で手は洗うが口は洗わんな、氏子に恵まれいる神社でも

鳥居の中に入ったらまずはお辞儀自然にしている年配の方がいて、作法として正しいかは知らんが、信心深い人たちも自然に隣におるのだなと思った

2018-10-28

子供の頃、外国人と会話するときは目を見て話せと教育された。

でないと嘘を吐いているのではないかと疑われるから、という理由で。

しかし、それは世界常識って訳ではないよな勿論。

スペイン系人達が、目下の者が目上のものの目を見るのは失礼にあたるとしているというのは、いつだったか何かの機会に教わった事があるような気がするけど、他はよく知らない。

私はコンビニアルバイトをしている。オーナー教育方針で私ども従業員は客の目を見て話すことになっている。

店には様々な人種国籍お客様が来店するが、目を見て話す、という事に関してのリアクションは様々だ。


ある白人男性客は、自分から店員の目を見る事はしないが、私が「ありがとうございましたー」と言って顔を上げ、目があうとウインクで応じた。以来、その人は私相手の時はわざわざ目を逸らすという事はあまりしない。

正社員女史によればその男性は近くの大学英語講師をしているアメリカ人なのだそうだ。元々目を見て話す文化圏の人だが日本人配慮して目を見ないようにしているのだろうか?

そういえばうちの子供の幼稚園ALTもそんな感じで、子供に対しては目を合わして英語で話すが、保護者に対しては不用意に目を合わさないし、挨拶日本語しか日本式の深いお辞儀である

日本にいる限りは日本文化に合わせるように、彼らは指導されているのだろうか?

明らかに目を合わせる事が苦手な外国人もいる。

こちらが「いらっしゃいませ」と言って顔を上げた途端、「こっ……こんばんは!」とキョドって耳まで真っ赤になる外国人男性客が何人かいる。彼らの国籍はわからないが、多くは東南アジア系で、少数はたぶんもっと西の方のどこかっぽい。

彼らの国ではあまり人の目を見る習慣がないのか、男の目を女が見る事に何か特別意味があるのか、興味深いけどわざわざ聞くほどの事じゃないので、知らないままだ。別にトラブルになってもいないし。

中華系以外の外国人女性客はレジで精算するとき大抵不機嫌そうに横を向いていてこちらを見ようともしない。なので目が合う事がほぼ無いが、ふと目が合った時にこちらが笑顔で応じると笑顔で返される事が多い。ただ人によっては困惑した感じの笑顔をする。

ところで、私はこの地方出身ではなく隣県から来た者なのだけれども、同じ日本国内といっても100km離れると目を見るという事については随分文化が違うのだと思う。

しかすると私の出身地では目を見て話すという事が他の地域よりも当たり前というか、ちょっと独特なのかもしれない。

故郷にいるとき別に気にしていなかったが、背の高い人が屈んで背の低い人の顔を覗き込むようにして喋るとか、逆に背の低い人が背の高い人を見上げて話すとかいう事は、もしかしてちょっと変なのか?

少なくとも今住んでいるところではそういう事をするのは特別な間柄に限るらしくて、お互い顔を向けないままで会話するのが普通のようである

ところがイケメン正社員氏はこの辺では珍しく、人ともろに目を合わせて喋る事が平気で、そのせいで人懐っこく見えて好かれるようだが、実はイケメン正社員氏のご両親は私と同郷なのだそうだ。

2018-10-16

一人の風俗嬢から、来て下さるひとへ

風俗嬢をしている。勤務しているのは店舗型のイメクラだ。

私は性的行為や初対面の男性特に好きということはないけれど、

人間という生き物が全体的にうっすらと好きな感覚はある。

店の小さな個室の中で、色んな人間出会う。

来てくれる人たちにとって、私は人間である以前に「女」とか「女体」なのだなとよく思う。

そういった感覚に対して別に嫌悪感もないし、自分のできる範囲尊重する。

だって、「そういう店」なんだから当たり前だ。

それにお金を頂いているぶんくらいは、私も期待にこたえたい。

でも、これだけは私の方も尊重してほしい。

あなた店員に案内されて、個室の扉をくぐった後、

「初めまして、○○といいますよろしくお願いします」

と言ってお辞儀をした私は両手を差し出すので、握手をさせてほしい。

男と女、客と風俗嬢、に本当になってしまう前に、ただ人間として一瞬でもコミュニケーションがしたい。

できれば挨拶を言い終わってもいないうちからベルトを外さないで欲しい。

私はあなた男性としてもお客さんとしても尊重します。

でもその前に一度、あなた人間としても尊重してもいいですか。

人生価値観環境を背負って生きる、一人と一人の人間として、ちゃんと私も敬意を払います

同じことを同じ程度に求めたりはしません。

ただ私の挨拶をきいて、握手に快く応じてくれるだけいいです。

人間として向き合った瞬間を、すこしだけ下さい。

それだけで張り切ってサービスができます



私は自分以外の風俗嬢のことを全く知らないので、私の感覚が「珍しい」か「あるある」なのかはわからない。

もちろん、風俗嬢に対する扱いがどうとか言いたいわけじゃない。

握手を面倒くさそうにされたくらいでパフォーマンスを落としたりもしない。

ただ、私もあなたもみんな人間だよね、ってことを匿名でどこかに書きたかったんだと思う。

この世界にはものすごい数の人間がいる。

75億どころか、個人が目にする範囲だけでも、わけわからなくなるくらい人間がいる。

その一人一人に生みの親がいて、これまであなたと同じように別の環境で生きてきて、これから人生があって、人格価値観人権もあって、尊重されるべきだよね。

って道徳で習うけど、ぎゅうぎゅうの満員電車の中で、一人一人にそんなことをしみじみ思える余裕はない。

道徳で習ったそのことは、本当にそうなんだろうけど。

学校とか、会社とか、家庭とか、そういうコミュニティの中でだって、他の一人一人の人間人生を感じないまま生きてる人もいると思う。

批判しているんじゃない。だって当たり前のことだから

麻痺してないとやっていられないことなんていくらでもあるって、みんなわかってる。

誰のことも尊重して、傷付けないように気を遣って、大変な人がいたら助けて、全員の幸せを願ったりなんかしたら、きりがない。

きっと尋常でなく疲れるだろうし、自分が生きづらいだろうし、他人にたくさんがっかりしなきゃいけないかもしれない。

から自分以外の誰かのことは、キャパティ範囲尊重していくしかない。

でも、というか。

からこそ、私は風俗の個室に来たあなたを、一人の人間としても尊重し、いつくしみたいと思っています

せっかく生身の人間が二人きりなんですから

もちろんあなたが払ったお金が報われるように、最大限がんばります

私はただあなた人間であることを、ひとつ人生を背負っていることを、忘れないだけです。

あなたにとって私が不特定多数風俗嬢の一個体しかなくとも、全然大丈夫です。

そう思うあなたも一人の人間としてのあなたです。いつもたくさんのことを、おつかれさまです。

ここはあらゆる受け皿の中のひとつですからサービス範囲ではありますが、お好きなように楽しんで下さい。

お帰りの際に、(今日は来てよかったな)と思っていただくのが、私の仕事です。

あなたお金が、努力が、日々が、どうか報われるよう、個室の中にいるあいだ心を尽くします。

なので、よければ、はじめに快く握手をしてください。

それだけで張り切ってサービスができます

それだけで私もすこし報われるんです。

どうしてと言われると難しいですが、私、人間という生き物が全体的にうっすらと好きなんですよね。

2018-10-02

大原みちる学祭レポ(20180902)

 秋と言えばスポーツの秋、睡眠の秋、読書の秋、そして食欲の秋。関東を離れはるばると馳せ参ります福井県白町大学本日9月2日大原みちるトークショーin白麦祭の開催日でございますですよ奥様。開場の14時までかなり時間があったので構内を適当にうろついて時間潰し。焼きそばうまい

 開場、まもなく満席。司会のたどたどしい挨拶とともに今をときめくスーパーキュートアイドル大原みちるが登場する。同時に割れんばかりの拍手。これにはパンドルもご満悦の様子であった。最初のコーナーはこれまでの経歴のおさらいだったが今更特筆すべきことは無いのでお辞儀がかわいかったとだけ記す。

 続いて質問のコーナー。あらかじめ募集されていた質問からいくつかピックアップされたものを答える形式うろ覚えなので箇条書き

・今行きたい場所フランス

・やってみたいゲームバーガーバーガー(PSレトロゲー扱いされてたのが地味にショックだった)

・朝起きて最初にすること→スケジュール確認(会場がどよめいたので不満ありげな表情に。かわいい)

 つぎ。福井県名物(らしい)軍隊堅パン即興食レポ。なんか色々言ってたけど幸せそうな表情を脳に焼き付けるのに忙しかったので内容はほぼ忘れた。コーヒーに浸して食べるのがオススメらしい。帰りに買った。

 朗読のコーナー。執事役とか幼なじみ役とかやってた。近所のお姉さんキャラ殺傷能力が高かった。合い言葉は「今日学校サボって、お姉さんと遊ぼっか!」。この辺から本格的に記憶が無い。どんどん雑になる。

 覚えてないけどミニライブをやったらしい。言われてみれば腕が痛い。多分新曲

 CD宣伝。当然買ってますよね?

 そんなこんなでプレゼント企画のち終演。終わってみれば濃く短い60分だった。司会は100点満点とは言えないが、進行の妨げになるほど挙動不審ではなかったし、頑張っていたと思う。今回のイベントで味を占めて来年も招待してくれたらいいななんて。そのとき大学ごと首都圏に来てください。福井は遠すぎるので。どうか。

2018-09-05

お母さん開店する時

入り口でいらっしゃいませってお辞儀するの?

2018-08-27

手を合わせてお辞儀する

アジア以外(ヨーロッパアフリカなど)に旅行に行った際は、ありがとうなどの意味を込めて手を合わせてお辞儀をすることで、"Zen" 的な架空習俗を作り出すことができる。

オリエンタリズム演出してあげるんだ。

田舎から自転車地位がめちゃめちゃ低い

チャリで走ってきてるのに平気で前を横切ろうとしやがる

俺の住む街では車が来たらチャリは止まるのが常識で、チャリが止まらなかったらクラクション鳴らすやつもいる

逆に止まってくれる車にはお辞儀をして通過するのが儀礼になっている

田舎臭くて早く出て行きたいわ

2018-08-22

[]ワイ

ไหว้

先方への敬意を示すタイ伝統挨拶で、胸元で合掌してお辞儀をするもの

2018-08-21

若手俳優出待ちした先には

若手俳優厨をやめたいと何度も何度も繰り返し言ってきた私が、とうとう降りようとしている。

10代の頃は、推しぴのオタクハート)と名乗り、同じ公演に何回も入ることも、地方遠征することも凄いと言われ調子に乗っていた。

何故こんなに入るのかと聞かれたら板の上に立つ推しが好きだからと常に答えていた。

セリフが冒頭のシーンしかない時でも、総合的に出演するのが10分くらいでも、死ぬほどつまらない舞台でも、私の推しが一番上手いと思っていたし、回数を重ねるごとに本当に上手くなっていく姿を見るのが好きだったから何度も足を運んだ。

カテコで誰よりも深いお辞儀をして笑顔で去っていく推しを見る度に何十万もつぎ込んだ甲斐があったと思っていた。

でもいつしかそれが変わっていった。

ひょんなことから入待ち出待ちをするようになり、公演内容より入と出で彼に会うことのためにチケットを買っていた。

お渡し会でループする感覚だった。

初めはよそよそしかったものの、名前も顔も覚えてくれて、容姿の変化に気付いて褒めてくれたこともあった。

公式では言えないことも沢山教えてくれたし、推し愚痴だって聞いて一緒に悩んだりもした。

誘われて一緒に帰ったり、出待ちしなきゃ出来ないことが沢山ありすぎて、私は一生出待ちを辞めれないと思ったし、この人から降りれないとも思った。

今は良い面を書いてるから出待ちっていいんだと勘違いする子もいるだろうが、実際はこんなにキラキラした世界ではない。

出待ちした分公式での構い方が変わるし、向こうは絶対来てくれると思っているから、感謝言葉は少なくなるし、言葉だって砕けてはくるというが、少し乱暴になる。

町の対応をしたくない時には、冷たい態度を取られるのでそこは空気を読んで話しかけないようにしなきゃいけないし、今日は話しかけられなかったとか、冷たかったとかもうそんなことで落ち込んでられなかった。

次第に出待ちオタクが増えれば、新規の方が大事にされ、蔑ろにされる。

私にとっては高い貢物だって、彼からしたら底辺ものなのか反応は少なくなるし、ほかのオタクより高額なものをあげないといけないのかとプレッシャーにもなる。

気付けば社会人になり、平日公演に入れない事も増えた。私はいないのに他のオタクが待ってると聞けば心は不安になるし、会わない期間が長いと忘れられてるのではないか心配にもなる。

可愛い子がいれば出待ちしてても公式で構ってもらえるのだと見せつけられ、その差を見て死ぬほどつらくなることもある。

抜け駆けした子がいい思いをし、今まで話した内容も自分だけに話してくれたわけじゃないんだと気付いてひどく落ち込んだ。

所謂ガチ恋とかリア子なのではないかと悩んだ時期もあったが、そういう時に限って彼女歩いてるところを何度も目撃し、自分俳優をしてる彼が好きなんだと思いながら彼を待ったこともあった。

彼を応援して9年待って7年。

いつしか結婚適齢期オタクになった私は1人取り残されていった。

周りは彼氏を作り結婚子供を作り、そんな中私は貯金もせず、もう若手と呼べないアラサー俳優に貢物を贈り何時間も彼を待ち10の子たちと何かを張り合っている。

リアルには目を向けないで彼だけを見てきたから、何も思わなかったのに、あるイベントで私は夢から覚めてしまった。

最前にいた私を見て位置確認した後、一切見向きもせずファンサもしなかった。

してもらえるだろうと思っていたからこそ何故という疑問が浮かびイベントも楽しめないまま終盤を迎えた。茶の間や町勢関係なく自分オタクを探して手を振っていたのに、彼は私に見向きもせずステージから去っていった。

今まで出待ちしてるからファンサをもらえないと思っていたし、一年に数回程くれるファンサで十分だと思っていたのに、ここぞとばかり出待ち対応していたのに私だけされなかった。

から思った、

あ、なんだオキラだったのか、と。

つの間にかファンだった私はオタクになり出待ちをするクズオタに成り下がり最期オキラという地位にたどり着いた。

最初キラキラして見えた。

覚えてもらってカテコで見つけたよって言われただけで舞い上がったし、自分ファンだという認識のされ方に優越感を感じていた。

次第にファンが増え、対応が周りと変わらないことに気付き、それでも特別が欲しいと思い追っかけていたのに、自分の中いる彼と実際の彼とのズレが生じ、解釈違いを起こしていた。

無視される理由がわからなかったし、出待ちで聞く勇気もなかった。

ただ私の脳裏に焼き付いているのは見下すような視線を向けた彼の顔だけだった。

ファンサが無いことなど今に始まった事ではないが、オタクを辞めどきか続けるべきかと悩んでいた私にとっては夢から醒める良いきっかけになった。

今私が彼に対していくらお金を使っても、高額なプレゼントをしてもこの対応をされるんだろう。

果たしてそれに意味があるのだろうか。

辛い思いして多額のお金をつぎ込む必要があるのだろうか。

残るのは、ただの紙切れであるチケットの半券や、大量の写真集、そしてブロマイドだ。

お金にもならない、不必要ものばかり残ってしまう。

好きという気持ち継続させたいのであれば、ちゃんファン俳優との距離を保ち、大勢いるファンの中で、自分だけ飛び抜けておいしい思いをしようと思わないことだ。

ブスだってなんだってルールを守って応援していれば、彼らは仕事から誰にだって優しくしてくれる。

現実的オキニがいる俳優の方が少ないし、オキラばかりだ。

2018-07-13

女装して散歩したらナンパされまくった話

女装趣味エスカレートし、ついに外出することになった

 

最初は深夜

巨乳の偽乳を仕込み、ハイウエストの超ミニニーソであざとさ前回の服で歩き回る。

その日は特に何もなかったが1人のおじさんが後を付けてきた。

ある分かれ道で追い越され、私の進みたい方ではない道を行ったおじさんは

一度だけ振り返った。じーっとこちらを見つめるので意味もわからお辞儀をして別れた。

思えば誘われてたんだと思う。家に帰ったあとで少しだけ後悔した。

 

何度か外出をして、転機が訪れた。

「君、女装でしょ?」

チャラそうな男が声をかけてきた。

この人はAという人で、その後長い間お世話になることになる。

 

実はこの時点で個室のトイレに二人で入っているという異常な状況だった

初めてナンパされて嬉しくなった私はAに肩を掴まれるという大失態を犯し、

抵抗虚しくトイレまで誘導されてしまったのだった

 

「凄いね、肩掴んでも全然気づかなかった」

Aは本当に、ものすごく嬉しそうに私の身体をなでた。

「で、何できる?エッチできる?」

無理、とは言えなかった。怖かったのだ。

咥えることはできる、と一度も咥えたことのない勃起したそれを口に含み必死に頭を振る

「あー、やばい。すっげぇー気持ちいい……。馴れてるね、チンポ咥えるの好きでしょ?」

というAの言葉は、今でも忘れない。

 

得も言えぬ興奮が込上がり、脳を溶かすかと思った。

Aは私のアタマを掴み、乱暴に腰を振った末に果てた。私はそれを飲み込んだ。

 

Aとはそれっきりだった。

しばらくして再開し、数度再開した辺りでやっと連絡先を交換することになった。

 

 

何度も出掛けてわかったが茶髪ウィッグ時がもっとナンパされやすい。

そして、服装巨乳・プリーツのミニスカが良い。

生足だとナンパ比率は跳ね上がる(生足の日でナンパされなかった日はなかった)がニーソが好きなので基本はニーソだった。

 

 

ナンパしてくる人は、チャラい人よりもサラリーマンが多い。

よく、終電帰りのサラリーマンがこっそりと後を付けてくるので手頃な電柱の下でスマホをイジるふりをして歩を止めると

 2割ほどがそのまま素通りし、

 3割ほどがチラチラと振り返りながら通り過ぎる。

 

そして、

 残りの5割がナンパをしてくるのだ。

 

深夜、オレンジ色の街頭に照らされた「いかにも」なミニスカ巨乳の女を見れば

多少不自然な体格でも終電帰りでくたびれてるサラリーマンには見分けがつかないらしい。

 

意外と言葉を発さなくても疑わない人は多い。

寧ろ、無言で精一杯女の子らしい動きを意識すると男の鼻の下が伸びるのがよくわかった

足はまっすぐ腰を少し曲げて、小首をかしげる。

 

すると、男もだいたい小首をかしげる。

「どういう意味?」という感じではなく、こちらのジェスチャーを真似ることで接触を図ろうとするのだ

スケベ顔で小首をかしげて、警戒心をなくした男たちは不自然なくらい近づいてきて「何してるの?」と問う。

 

そこでもう一度小首をかしげる。

身体を左右に揺らして、指で唇に触れ、ちょっと考えてから首をかしげる。という動作は、たまらないらしい。

スケベ顔に磨きがかかり「教えてよー」ともっと身体を寄せてくる。

 

ここでい悪戯心を出して男の身体に触れようとすると、だいたい皆数歩下がる

「いやいやいやw」と、スケベ顔であからさまな期待をしつつ数歩下がる。

仕方がないので胸を強調する仕草をすると、男たちはゆっくりと手を伸ばして胸に触れる。

 

 

……ここまでが、テンプレートといっても差し支えない。

あとは状況を見つつだが、結果は2種類。

 

意外とばれないことも多く、この後俺の家で続きをしよう。と誘われることもよくあった。

 

そして、バレる場合

流石にスキンシップを過剰にすればバレることもある。

しかし、そうした時行為を辞める人は驚くほど少ない。

私の腰に腕を回し、小柄なお尻を鷲掴みにしてギンギンに勃起したそれを擦り付ける。

 

息を切らしながら、咥えるように促すその様子がひどく可愛い

 

私は無言より、感想を言ってくれる人のほうが断然好き。

やばい」とか「気持ちいい」「そこ、すごく良い……」や

余裕たっぷりに「変態じゃん」「何本咥えたの?」とこちらを女性と思ってなじる男も大好きだ。

 

 

ファーストキス外国人男性だった

男性は果てた後、私を抱き寄せ酒とタバコ臭いのする舌で強引に私の初めてを奪った。

ファーストキスは、酒と煙草と口内に残った精子の味だった。

骨が軋むと錯覚するくらい強い抱擁に、しつこくマーキングするみたいな濃厚なキス

コレは私が初めて男性に逝かされた瞬間だった。

 

行為を共用されるかと思いきや、男性はあっさり去っていった。

 

 

程なくして私の活動は昼に移る。

平日の昼間、娯楽施設に人の姿は少なく。ナンパも多い。

特にゲームセンターは最高だった。

店員の見回りはほぼ無く、少しだけ薄暗いので誤魔化しもきく。

お尻の肉が見えるくらいのミニスカで店内を歩き、

足を曲げずに腰だけ曲げて機体の説明書きを読む。

 

集まる視線、後ろから声をかけられて見知らぬ男と一日デート、ということもザラにあった。

ここで驚くのはオタク系のナンパが多いこと。

私の服のチョイスがオタク受けするからかもしれないが、行動力は立派だと思う。

そしてオタク女装を見抜く能力があまりない。練習した不自然な女声でも全然ばれない。

ミニスカでボウリングに興じるのが好きなのだが、

奥手で鈍感でむっつりスケベオタク相手でないとコレは出来ない。

 

オタク特有の不慣れなボディータッチ面白い

ボウリング中にハイタッチをするが、すごく不自然ハグ要求する。

映画を見たときなど2時間ずっと太ももに手を置かれた。

そしてオタクエスカレートするから面白い

外を歩く時、羞恥プレイと言わんばかりに左手で胸をつかみ、

右手スカートをめくってお尻を鷲掴みにされた。

「こういうの好きなんだ……?」と馴れない感じに言葉責めされる、最高だ。

そしてやはり、面白いくらいバレなかった。

 

というか、

日中外に出ても女装がバレたのは若い女性にだけだった。

男は本当に気づかない。

おばちゃんも気づかない。

奥様は気づいているのかもしれないし、スルーしてるかもしれない。謎だ。

 

ともかく、楽しかった。

でも今年で大学四年生

7月になり就職活動も本格化。

かく言う私も4月以降はあんまり女装が出来ていなかった。

 

私は今後も女装を続ける。

そのために永久脱毛チャレンジしたい

2018-07-12

anond:20180712131256

助けなかった人間非難するのも当然いけないし、そもそも助けに行く理由がない。

このことを女性にはもっと思い知ってもらいたい。


見知らぬ女性を助けたらカップを送られるのは釣りスレの中だけ。

現実ではおざなりなお礼の言葉と首だけのお辞儀が得られるすべてであって、

何のメリットもない。感謝もされない。

男性に助けてほしければ、男性が命を懸けてもいいと思えるほどのメリット提示せよ。

話はそれから

2018-07-01

幼児の小便スタイル

デパートトイレの小便器で用を足していた。

トイレの外から「それじゃお母さんここで待ってるから、行ってくるのよ」という女性の声。

続いて「「はーい」」という男児の声。

だが男児の声がなんだか重なっているような?

入り口の方を見ると、背格好が瓜二つの4~5才くらいの男児が二人入ってきた。

おお双子か、珍しい。

まりジロジロ見ては不審者になってしまうので、すぐに視線を正面に戻す。

自分は3つある小便器のうち、入口から一番奥の便器を使っていた。

必然的双子たちは入口側と真ん中を使う。

視線は正面でも、周辺視野で男児便器の前に立ったのは分かる。

すると男児は突然お辞儀のような動きをしたのが、目の端に映った。

便器の前でなぜお辞儀

視線だけ男児を見ると、男児お辞儀をしていたのではなく、

ズボンパンツを足元までずり下ろしていたのだ。

あっけにとられて見ていると、さら男児シャツを首元までたくしあげ、顎と首で裾を止めた。

もはや男児は半裸どころか五分の四裸くらいになっていた。

そして男児は小便器に狙いを定め、用を足し始めた。

男児こちらを見てきたので、視線を正面に戻す。

自分の用は終わったので、トイレを出る。

母親らしき女性がベンチに座り、スマホをいじっている。

ああ、お母さん、あなたの息子たちは今トイレストリップショーもどきをやっていますよ、と

とても声はかけれないが、心の中で呼びかけた。

それにしても、年齢にしては随分と大胆な小便スタイル男児達だった。

2~3才くらいの幼児だったら、羞恥心の無さとか、力の加減ができなかったりして、尻まで出してするのは分かる。

しかし足元までパンツおろしシャツも首まであげるのはいきすぎだ。

幼稚園保育園同級生スタイルを見たりしないのだろうか?

見てたとしても双子から

「こいつ(兄/弟)も同じスタイルからおかしくない」

とでも思って修正しようと思わないのかもしれない。

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