「お辞儀」を含む日記 RSS

はてなキーワード: お辞儀とは

2020-07-06

告白練習(22)

穴を掘っている

栖なのか鳥の音

近くで穴を掘る

と色んな匂い

するしお辞儀

繰り返す態勢だ

反動はあるし

昔聞いた話を思

い出すだいたい

昔だ新しく思い

出すなどという

日本語もある奥

さんの元鞘(!!)は

水道職人で奥さ

んと住むためだ

ろうか団地を購

入したところま

ネット日記

を書いていたと

ころを僕が誘っ

たのだった奥さ

んともう九ヶ月

近く離れると奥

さんが日記でア

ニキとその人を

書いていたこ

が気になり出す

アニキとは恐ら

く通じ合う部分

のある尊敬に対

する呼び名だろ

うからそんなこ

んなで結婚を迷

っていたところ

を誘ってしま

たのが14年前の

なのだたか

奥さんがある

発狂気味にみ

んながあなた

ことを泥棒と言

っていますと言

うのは関係者

接続すれば言い

得る事なのだ

うどうせ僕は請

日雇いの穴掘

作業が好きだ

っただけだし水

道配管にエス

ンを塗り給水経

路を其れなりに

思い描き重機

乗り回す職人

は無いし奥さん

奥さん足る未

来を奪ったのか

も知れなかった

2020-05-29

コンプリートしなくてもいいんじゃない

あるレア物のコレクションアイテムを、

ツイッターを通してある女の子に譲ったことがある。

イベントに参加し、そこである程度の成績が出ればもらえるものだった。

譲った子はとても喜んで「ありがとうございます」と何度もお辞儀をしていた。

そこまでのものでもなかった。

コレクションを譲る、一回の付き合いしかなかったので彼女のことはそれほど知らない。

ただ、コレクションする物がお互い好きなジャンルで、ツイッターを通してだけだが、ランダムアイテムからイベントの物販まで何でもコンプリートする人だった。

私が体調を崩し、治療のために貴重なコレクションを手放すことになった。

彼女と交換する約束はあったが、価値が大きくかけはなれた結果、破談となったものだ。

恐らく学生で、コレクションアルバイトから出している‥学生立場治療のために現金での取引提案することができなかった。

それほどの仲でもなかったが、非常に悔しかったのだと思う。付き合いはなくなった。

ときどき、界隈で彼女が何としてもアイテムコンプリートしようとしているのを見かける。

このコロナ渦でも、アルバイトがないのに物をずっと買い続けている。

多分、コレクションしてる物は、学校で学んでいることとリンクしてて、学習的な面と使命感と、意地やら何やらがごちゃまぜになっているんだと思う。

コレクションコンプリートしても、そこまで学習として身に付くことはないと思うし、執着しているのを見ると怖くなった。


これ、すごいニッチジャンルの話です。

ただこういう人は少なくないみたいで、トレーディング商品を非常に多く買って、愛情を示すようなオタク文化はよくないな、と個人的には思う。

2020-05-03

UberEatsの良いところ

学校とか他のバイト先が休業中なのか若い男の子配達員さんが多くて良き。

今日大学1、2年くらいの金髪イケメン笑顔お辞儀してくれて尊すぎた。

独身アラサーオタ女だけど最近はこれだけが生活の潤い。

1万円くらい渡したら家でお茶していってくれないかな…

2020-04-24

コウテイペンギン挨拶したい

コウテイペンギンの、あの独特のお辞儀あるじゃん

俺も真似してお辞儀したい

互いに敬意を表して、良好な関係を結びたい

2020-04-17

anond:20090325125536

裏表は関係ないけどお辞儀をしてるように少し傾けて入れるのが正しいマナー

2020-04-14

anond:20200414205433

アイデア

無理なもんは無理。以上。

上位層の思いつきでお辞儀はんこみたいな無駄なもんどんどん増えていくような、腐った大企業が更に腐ったような組織もいっぱいある。

トップダウンで枠組みを作って、それに当てはめていくしか無いよ。できてトップダウンで何をして何をしないか決めていくことだ。特に何をしないが重要コンサルなんざただの生け贄。

それより誰かスーパーヒーローがきてくんないかなー(チラッチラッ)みたいなのが気に食わん。

2020-04-08

ラーメン屋はいつもしかめっ面で腕組み

スーツ姿でトレイラーメンを載せてニコニコ顔のラーメン屋とか、家電量販店店員みたいに法被に鉢巻でうやうやしくお辞儀をしてるラーメン屋を想像するとふふってなった。

2020-03-26

anond:20200326071243

白人たち、禁止されても握手しそうになってるよ

握手禁止からお互いの肘を当てよう!とか言ってるし

どうしても挨拶で体に触れないと気が済まないらしい

お辞儀存在はみんな知ってるのに、どうしても相手の体を触ろうとしてる

2020-03-22

日本コロナ流行らない理由

実は流行ってる

検査してないから少なく見えてる説

-東京大阪兵庫等では既に蔓延してる派

-実は既に全国的蔓延してる派

検査もされてて陽性者も出てるけど隠蔽されてる説

何故か流行ってない

自粛要請学校閉鎖などの政府施策が上手くいってる説

クラスター対策コロナ特性にハマってる説

日本人文化習慣が感染拡大を引き起こしにくい説

-同調圧力が強く周りが自粛すると徹底的に自粛する傾向

-同調圧力が強く周りがマスクすると徹底的にマスクする傾向

-元々マスク親和性が高い社会

-元々衛生観念が高かった説

-公共施設の衛生状況が良い説

-握手しないお辞儀文化

-全体的にボディタッチが少ない

-自宅で靴を脱ぐ(上着についても?)

-そもそもインド亜傾向

日本環境感染拡大を引き起こしにくい説

-暖冬が良かった

-湿潤な環境が良かった

-島国なのでなんだかんだ移動自粛実効性が高かった

・その他

-みんなAmazonで買い物してるから人と接触しないか

-日本の家は気密性が低いか

-気合いが入ってるから

-オリンピックがあるから

他に抜けはあるかな

2020-03-18

この間友達フランス教会へ行ってきた。

当たり前だけど、色んな国の観光客がたくさんいた。

んで、写真撮ったりしてると、まわりにたくさん人がいるから、まぁ腕とかぶつかるの。

そんな事が続いてイライラしてるんだろうねみんな。謝っても嫌な顔すんの。

私達はそれ見てたから、ぶつからないよう気をつけて人混みすりぬけてたんだけど、

まりにもキレイステンドグラスに見とれて歩いて、前の白人男性(何人かわからない)の背中に顔からぶつかった。「ブッ」って声も出た。不機嫌な顔しながら振り向く男性

半ばパニックになって「ソーリー、パルドン、スクーズィ、あと何語で言えば、あああのすいません!すいません!」って腰90度に曲げてペコペコ謝り倒したの。

そしたら手で肩をたたかれた。ポンポンって。

顔あげたら男性満面の笑み。隣の奥さんらしき人も。

んで一方的英語でペラペラ話されてニッコリしながら去って行った。

許してもらえたのかなと思っていると、どっかの団体のツアーガイドさん?が寄ってきて、「彼らはこう言っていたよ。君のような小さな女の子までも礼儀がなっている。日本人は素晴らしい。君に出会えて気分が良くなったよ、良い旅を!ってね。僕達も彼らと同じ意見さ!」で、まわり見渡すとさっきまでイライラしてた人達笑顔でこっち見てんの。恥ずかしくなって、まわりにお辞儀してすぐ教会出た。後ろでナイスガールとか聞こえた。

すいません、私達はもうすぐアラサーなんです。

2020-02-09

正しい筋トレ 【追記有】

後ろにある椅子に座るようにしゃがみ込む

  • このとき上半身お辞儀をする形に
  • ももが床と水平になるより深くしゃがむ
  • コツは、腰をなるべく曲げないことだという。

「腰がまるまるとお尻の筋肉が使いづらくなるので、背筋を伸ばすように!!!!!

つま先を少し広げるとやりやすくなり

追記

全角→半角

2020-01-10

ドナルド・トランプ潔癖症

あんないかにアメリカン風体から想像もつかなかったけど、潔癖症と知って驚いた。

から意外にも、挨拶としての握手も嫌ってるそうで日本挨拶であるお辞儀を絶賛するのもこうした側面があるそうだ。

まったく、人は見かけによらないもんだ。

2020-01-01

ハーフがあうイジメ「手を合わせてお辞儀

http://young-germany.jp/2014/05/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%95%E3%81%8C%E3%81%82%E3%81%86%E3%82%A4%E3%82%B8%E3%83%A1%E3%80%8C%E6%89%8B%E3%82%92%E5%90%88%E3%82%8F%E3%81%9B%E3%81%A6%E3%81%8A%E8%BE%9E%E5%84%80%E3%80%8D/

日本人を含む東洋人が直面するもう一つのからかい」があります。それは…「手を合わせてお辞儀」です。

ドイツ人日本人にニヤニヤしながら近づいてきて、イキナリ手を合わせてお辞儀をする、という「からかい」です。

・この「からかい」について、ドイツヨーロッパ事情をあまり知らない日本人お話しをすると、必ず「そのドイツ人日本人とお友達になりたかっただけなんじゃないの?」と言われます

その「お友達になりたかったんじゃないの?」を聞くたびに、私はなんて純粋なんだろう! と感激するのですが、残念ながら実際は「お友達になりたい」のではありません。

・一部のドイツ人の目には、日本に限らずアジアの「お辞儀」そのものが「ペコペコしている」というふうにうつるようです。お辞儀自体バカにしているのです。

から東洋人にニヤニヤしながら近づき「手を合わせてお辞儀」をするのです。

「ほーら、アジア人ってみんなこうやってペコペコしてるんでしょ?」と言いたげに

2019-11-19

どこかのフェミニストが、規制ではなく配慮を求めている、と言ったらしい。

長らく疑問だった彼女らの要求にやっと得心がいった。

要するに彼女らはマナー講師なのだ

大事なのは自分が(あるいは、その他の大勢が)配慮され、

不快にならないことであり、

その基準には個人差があるから、明確な線引きはしない。

後は自分で考えろと全部投げつけてくる。

マナー講師も「ハンコをお辞儀させる角度は○°以上」などとは言わない。

とにかく「ハンコをお辞儀させろ」という。

食事中に○デシベル以上の音を立てるな」とは言われない。

ただ「食事中にクチャクチャと音を立てるな」とだけいう。

何故なら、相手のことを考えることまで含めて、マナーから

一方、マナーには、謎マナーと、そうでない一般的マナーがある。

(「一般的」の基準曖昧だが、ここでは仮にこう呼称する。)

マナーは、上記のハンコお辞儀などであり、

むやみに他人に注意すると、揶揄対象になったりする。マナー講師(笑)

これに対して、一般的マナーは、クチャラーNGなどであり、

基準が明確でなくとも、他人に注意すれば配慮してもらえる場合が多い。



おそらくフェミニスト自身の主張を、後者一般的マナーレベルで考えていて、

それなりに男女同権の考えが根付いた現代において、ある程度それは正しい。

しかし、マナーに対する配慮を促すにあたっては、必要視点が抜け落ちている。

それは、配慮する側が「相手に嫌われたくない」と考えている必要があることだ。

人間には、クチャクチャと音を立てて食事を取る権利がある。

なんなら、音を立てることにこだわりをもっていてもいい。

そんな中「食事中にクチャクチャと音を立てるな」と言われたところで、

相手に嫌われてもいい、あるいは、相手をすでに自分が嫌っている場合

「知るかよ。オマエが席を移ればいいだろう」となるし、

そうなること自体を責めることはできない。

赤の他人強制力はないのだ。


そこを強制させるというのならば、マナー文脈では力不足であり、

やはり法規としての基準必要なのだ

フェミニスト一人一派などと称してバラバラ配慮要求することは止め、

なんらかの基準を設けるべく、団体として動いたほうがいい。

2019-11-06

anond:20191106085137

スクワットだな。やってみる。

きんに君のYoutubeをこの間たまたま見たんだが

飽きっぽい人でも出来るスクワットと背筋?をやっていた。

すごく浅いスクワットと、90度くらいのお辞儀だった。

あの程度ならいつでもできそうだと思ったのを覚えてる。

今日からスクワットが頭に過ぎったらスクワットをやるわ。

既に2回過ぎったから、20回くらいは。

2019-10-27

最近ハロウィン仮装は凝ってるのな

縁日の脇で白装束松葉杖ついてテープレコーダー軍歌かけて首から傷痍軍人」て箱をぶら下げてる90歳くらいの子どもが突っ立ってた。

チョコレートを箱に入れてやったらお辞儀してくれたよ。

2019-10-19

トゥルーマン・ショーを今更見た。

なんだったのだろうあれは。

素晴らしく感動した。シュタインズゲートラストを初めて見た時のような感覚を味わった。

もう20年も前の作品とは思えない。

流石に映像の画質や演出台詞回しは多少古臭さはあったし、突っ込もうと思えばいくらでも突っ込める設定ではある。

が、そんなもの些細なことだ。


一応、あらすじを説明すると。

主人公名前トゥルーマン

おはよう。そして会えないときのために、こんにちは、こんばんは、おやすみなさい」というセリフを爽やかな笑みでよく言う青年だ。

彼は本人も知らぬ間に、自分人生をずっと世界中生放送されていた。

彼以外の人間は全て役者演者だ。近所の人や会社の同僚やそこらへんを歩いている通行人新聞屋店員、果ては両親や親友や妻に至るまで。

いや、そもそも彼を取り囲む世界すべてが作り物だ。建物道路も空も海も何もかも。

トゥルーマン・ショー』というテレビ番組面白くするために作られた巨大なドームの中で、彼は何不自由なく暮らしていた。

だがある日彼は日常に疑問を抱く。何かがおかしい。そう思った彼は、その謎を探るべく行動を開始する。

ここまで読んで興味を持った方は、ここから先はネタバレ全開なので、ブラウザバックして本編を見てもらいたい(アマゾンプライムに入っているのであれば今すぐ見れる)


まぁ色々面白いシーンはあるのだが、やはり衝撃的だったのはラストシーンだ。

紆余曲折を得て。

トゥルーマンはとうとう、そのドームの端っこまで行き着く。

彼はその世界から出たがっていた。

偽物ではない、作られた物ではない、真実の、本当の世界に彼は行こうとしていたのだ。

そしてドームの端っこにあった階段を登ると、EXITと書かれた出口があった。

トゥルーマンはそれを引いた。さぁ行こう、とした所で、彼に背後から声が掛かる。

それは、その番組プロデューサーの声だった。

「聞いてくれ。外に真実などありはしない。私の作った世界こそが真実なんだ。嘘や偽善はあっても、私の世界では、何も恐れるものはない」

プロデューサーは言う。

「君は恐れているんだ。だからそこから出られない。それでいいんだ。よく分かっている」

「ずっと君のことを見てきたんだよ。生まれとき、初めてよちよち歩きをしたときも。初めて学校に上がった日も、歯が抜けた時のことも知っているぞ」

「君はこの世界を出られない。ここに居るんだ。私と」

プロデューサーはずっとトゥルーマンを見てきた、30年以上も。だからトゥルーマンを実の息子のように思っているのだろう。

言っている内容は残酷だが、語りかける口調はとても優しかった。

しかトゥルーマンは悩んでいるのか、迷っているのか、押し黙ったままだ。

トゥルーマン、なにか言ってくれ。生放送なんだぞ! 世界中の人が君を見てるんだ!」

プロデューサーがそういうと、トゥルーマンはようやく反応した、カメラに向かっていつもの爽やかな笑みを浮かべて口を開く。

「会えないときのために、こんにちは、こんばんは、おやすみなさい」

そう言ったあと、演劇が終わったあとの役者カーテンコールの時によくやるお辞儀をして、新しい世界へと踏み込んでいった。


すごい。素晴らしい。

こんなにあっぱれなラストを、俺は初めて見た。

俺の文章力では、あの爽やかさを、感動を、十分の一も伝えられていないのが口惜しいが。

本当に、気づいたら拍手していた。何度もうなずきながら。

まるで名作落語オチのような。サッカーバレーで、ここしか、そこしかないという場所パストスが出たような。

そんな感覚だった。


このオチに何故深く感動したのかと言えば、それはきっとトゥルーマンが成長する瞬間を見れたからだ。

彼はプロデューサーに、怒っても良かった。いや、激怒するのが普通だろう。

だが彼は怒らなかった。何故自分を選んだ、と疑問をぶつける事もせず、プライバシー侵害だ、訴えてやる! 金を寄越せ! 謝れ!と要求するでもなく。

彼はただ、今までお世話になった世界視聴者プロデューサー感謝した。

本人も知らぬ間に世界中自分人生生中継されていたという凄まじい運命を、彼は受け入れたのだ。笑みさえ浮かべて。

そして最後最後までトゥルーマン・ショーの中のトゥルーマンを演じきって見せた。

それがすごい。あの場面で、あんなにもスマートかつクールに別れと感謝を告げられるのは、成熟した大人しか出来ない。

しかしそのシーンに至るまでの彼は、子供だった。妻も親友も居て家も仕事もあったが、それでも彼は子供だったに違いない。

なぜならそれらは、番組を盛り上げるために与えられたものからだ。彼自身が手に入れたものではないからだ。

しかし彼は、ずっと私の世界に居ろ。ずっとこの世界の子供でいろ、というプロデューサー言葉を振り切って、自分意思を貫き通し、ドームから出ていった。

彼は子供から大人になったのだ。

彼の親代わりであるプロデューサーが作った安心かつ安全な作られた世界から出ていき、危険現実に足を踏み入れ、自分人生を生きることを決めたのだ。

本当にかっこよかった。

出ていった先の、本当の人生で、トゥルーマンの思うように行かない事もあるだろう。失敗も挫折経験するに違いない。

あるいはドームに戻りたいと思うくらい、打ちのめされる事もあるかもしれない。

それでも彼ならきっと大丈夫だと思う。彼はもう子供ではないのだから。きっと上手く行くに違いない、と視聴者に思わせてくれる。

そして同時に、トゥルーマンは俺だ、俺たちだ、とも思った。

多分、多分ではあるが、大多数の人間安全な道を選んでいる。

行きたいと思う道や、やりたい事があっても、それは押し殺される。あるいは自ら押し殺す。

周りの人間世間から批判される。誰もが選ぶ道を行けば安心なのに、何故お前はそちらに行くのかと。誰もが我慢しているのに、何故お前だけがやりたいことをやるのか、と。

安心安全自分たちと一緒に居ろ、と世間や周りの人間はそう言ってくる。

そう言った言葉に対し、トゥルーマンは、こうすればいいと俺たちに教えてくれた――そんな気さえする。

本当に本当に、素晴らしい映画だった。

ああ、誰かと語り合いたい……。

2019-09-18

anond:20190918210710

んなこたーないw

アメリカには小さな油田(というか油井)が沢山ある。

テレビによく出てくるだろ。あっちこっちシーソーみたいなポンプお辞儀みたいな動作をしながら石油を汲み上げている映像が。

2019-09-13

追記あり】野外で合法的全裸になりたかったので、オーストリア混浴してきた

【初めに】

 コピーミスで一節が抜けていた。申し訳ない。【】で囲まれた部分が追記である

【本文】

 服を着るのが苦手だ。できることなら裸で生活したい。

 ビジネスホテルに泊まるときは大抵全裸だし、男女関係なく素っ裸で過ごしたら、さぞ気持ちがいいだろう。

 そんなことを呟こうものなら、不審者扱いされるのは目に見えている。挙句の果てに、公共の場で脱ぎだして陰部を露出する不審者予備軍と誤解され、警察のお世話になるかもしれない。

 だが、よく考えてほしい。ああした人たちは、自分全裸特に陰部を見てほしいのであって、裸になりたいのとは少し違う。それに、皆様も思うことはないだろうか。たとえば大浴場に浸かったときの安らぎ。もしもそれが露天風呂だったらなおのこと心が緩み、湯の中に嫌なことが溶けていく思いがしないだろうか。

 目の前にどこまでも緑が、あるいは紅葉が広がっていたら。あるいは、絶えることのないとどろきを繰り返す海洋が広がっていたのなら。これほどまでに自由を感じつつ、大いなる存在に受け止められている安心感を覚える場所はないはずだ。何も身にまとうことなく立っていると、海風が全身をそっと撫でていき、普段どれほど重いものを身にまとってきたかを、嫌でも意識させられる。

 とはいえ、男女混浴可能場所国内でも限られている。ましてや、近年は混浴マナーの低下が甚だしく、混浴を取りやめてしま地域も多いと聞く。ある意味では仕方がないのかもしれない。混浴誕生した時代とは、私たち羞恥心感覚も変わってしまった。

 そういうわけで、私は混浴文化がまだ息づいている、ウィーンにまで足を運んだのである。概して、ドイツオーストリアを含む中東欧の人々は裸体に対するタブーが弱く、混浴についても寛容なである。緯度が高いので、全身で太陽を浴びたいのだろうか。冬になると日照量不足で気分が落ち込む私としては、その気持ちはよくわかる気がした。

 もっとも、私は全裸になるためだけにオーストリアに飛ぶような酔狂人間ではない。

 私は建築美術にも関心があり、この旅行の主目的は、クリムトシーレ、ココシュカといった人々の作品を鑑賞することであった。なので、脱衣はどちらかといえば、時間が空いたときのおまけである

 日本と同じで、月曜日には休業の美術館が多い。なので、月曜日にそうした巨大温泉施設に向かった。ウィーン中心街からおおよそ三十分ほどのオーバラー駅前の、テルメ・ウィーンと呼ばれるところである

 駅を出ると目の前に巨大な建物があり、そこからは既に硫黄香りがしている。そうしたところは我が国温泉とよく似ており、妙な安心感がある。片言のドイツ語で入場料を払い、タオルレンタルを済ませ、ロッカーに向かった。

 ロッカーのカギは電子式で、かざすと自動的に開閉されるというものだ。慣れるまでに時間がかかったが、すぐに便利だとわかった。荷物を持ったままガチャガチャと回すのは大変だからだ。ちなみに、このロッカールームの時点ですでに混浴で、男性女性関係なく着替えている。もちろん、慎み深い人のために個室の更衣室もあるのだが、別料金だ。

 ちなみに、温泉施設ではあるがすべて全裸で過ごすわけではなく、全裸なのは奥のサウナコーナーのみである。そのために私は一応水着を持参しており、ついでに防水のバッグも持ってきた。

 まずは、せっかくなので水着エリア温泉を楽しむ。とはいえ水着エリア温水プール同然であり、浸かっているとあたたかいが出て風に当たるとすぐに水着が冷えてしまうといった代物である。せいぜい人肌程度であり、温まるには不足である

 これはときどき指摘されることだけれど、日本人の湯加減の好みは、ヨーロッパの人々のそれよりもかなり高いらしい。ハンガリー温泉大国で知られているが、やはりそこも湯加減はぬるい。ただ、その程度の温度でなければ、ガイドブックで見かけるように、湯につかりながらのんびりとチェスの対局をやるわけにもいかないだろう。

 他にも、子供立ち入り禁止エリアというのがあり、ムーディーな照明と共に、カップル夫婦がぷかぷかと浮かびながら語らっているコーナーがあった。ここも温水プールほとんど温まらない。日本温水プールみたいに、塩素臭くないのはありがたいのだが、やはり汗をかかないと物足りなく感じてしまう。

 そうしたわけで、水着エリアを堪能した後に移動しようとしたのだが、サウナエリアがどこかわからない。あちこちうろつきまわり、子供に泳ぎを教えているらしい人やスタッフと思しき人物に、「ヴォー・イストサウナ?」(サウナはどこですか?)などとつたないドイツ語で尋ね歩くうちに、やっとのことでたどり着いた。

 なお、このゲートの先は別料金であり、鍵をタッチして入る。清算は帰りだ。そして、注意書きにはドイツ語と英語で「この先水着の着用を禁じる」と書かれている。なんとも徹底していることだ。私は軽快な電子音と共にその奥へと進んだ。

 サウナコーナーは、それほど変わった印象はなかった。ただ、見かける男性が皆素っ裸なので、私も水着を脱いだ。それほどの羞恥を感じなかったのは、一つには周囲には男性しかいなかったからだろう。それに、ここでは全裸が正装なのだ。だったら、むしろ何か着ている方が恥ずかしいのではないか。そんなことを思ったのである

 サウナ入り口には温度が書かれており、四十五度、五十度、六十度、それから九十度に分かれている。ひとまず五十度のところに入ると、既に老夫婦がくつろいでいた。ここで初めて裸の女性と遭遇した。

 二人は、私の存在を気にかける様子もなく、くつろいだ様子だった。私も、確かに目の前に女性がいるのだなあ、ということは考えたのだが、気にしてもしょうがなかったので、ぼんやり天井を眺めることにした。男性で前を隠している人はほとんどいなかったので、自分もそれに倣ったのだけれど、個人的には気持ちが良かった。世間体を気にせずにリラックスした姿でいるのは、何とも言えず心地よい。

 ちなみにその老夫婦のいたサウナでは、腰かけるところがチェアベッドのようになっており、仰向けにくつろげるような形になっていた。うとうとしているといつの間にか隣に座った男性が、ペーパーバックで何やら読んでいる。お風呂ではなくてサウナ読書、贅沢この上ない時間だ(もっとも、後で注意書きを見たら、サウナの中の読書禁止、と書かれていたのだが)。

 しばらくして、サウナを出てシャワーを浴び、他の温度のところを回ったり、冷水プールに体を浸したりした。日本温泉露天風呂がメインで、サウナ複数あるところは珍しい気がするが、ここでは様々なタイプサウナがあり、存分に楽しめた。

 たとえば、スチームサウナというのがあり、ここでは猛烈な蒸気で包まれる。汗が蒸発しないのでなかなかにつらいし、持っていたタオルもすぐにびしょ濡れになってしまうのだが、熱風がきつくないので、肌には優しい気がした。眼鏡をかけていると、何が何だかからなくなってしまうのだが。

 ちなみにこの眼鏡裸眼で転ばないように、日本サウナ用の眼鏡をわざわざ購入したものである

【ところで、このサウナコーナーには、外がある。サウナなので当然素っ裸で歩くのだが、これが気持ちがいいことこの上ない。芝生の上を歩けば、まるで熱帯民族になったようで愉快だ。そして、歩いた先には小屋があるのだが、そこもまたサウナである

 そこでは、おおよそ温度は九十度で、定期的にスイッチオンオフになる。オンになると、そこにはタオル一枚のおじさんがやってきて、香りのする水を炉に撒く。そして、巨大なタオルサウナの人々に熱風を浴びせるのである

 それがまた非常に心地よい。異様な高温のはずで、現に乳首が痛いほどなのだが、それでも不思議と生きている実感が与えられるというか、幸福感と高揚感が感じられる。それは他の人々も同じなのだろう。おじさんのパフォーマンスが終わると、一斉に歓声と拍手がする。ロウリュウ、と呼ばれるものに近いのだろう。

 そのあとも、おじさんは一人一人に熱風を送る。そのたびにあおがれた人々は嬉しそうだ。私も、「ゼア・グート。アバー・ゼア・ハイス」(とても気持ちがいいですが、とても暑いです)と、定冠詞活用無茶苦茶ドイツ語で応じた。すると隣のおじさんがあおがれたときに「カルトカルト」(寒い寒い)などというものから、思わずその場は笑いに包まれた。

 私に向かって風を送るときに、両手を合わせてお辞儀をしてくれた。たぶんタイかどこかと間違えているのだろうが、悪意よりも親しみを感じたので、こちらも会釈した。腰かけるところが熱すぎて胡坐をかいていたので、仏像か何かと勘違いしたのかもしれない。

 その後、全身をほてらせながら野外にある二十五メートルほどのプールで体を冷やした。何往復か泳いでから、仰向けになって曇り空を眺めているうちに、これほどの幸せなはないだろうな、と感じられた。何のしがらみもなく、何の規制もなく、ただ存在するだけ。過度な欲望もなく、競うこともなく、誰から干渉されない時間だけそこにあった。

 それに、水着を身につけずに泳ぐと体を締め付けるものが何もなくて、全身を区別せずに流れていく水が本当に心を自由にしてくれる。それに、誰もお互いの裸をじろじろ見たり気にしたりしないのも、気持ちが良かった。あたたかな無関心というか、あるがままの姿を受け入れてもらっている感覚になるのだ。

 人間身体のどこに猥褻なところがあるのだろう、表現規制は何のためにあるのか、などと大げさな議論が頭の中に形を取ろうとしたが、そうしたもの普段日の当たらない陰部に太陽が差す気持ちよさに溶けてしまった。

 そうしたわけで、私は結局三時間以上もそこで過ごすことになった。】

 さて、三時間過ごしたので、そこではいろんな人を見ることができた。もちろん、凝視したわけではないけれど、それでも混浴に来るオーストリア人にはいくつかのパターンが認められた。

 その一、スポーツマンタイプものすごい筋肉量で、アスリートか何かのようだ。これだけ鍛えていれば、自分身体に恥ずかしいところなど、どこにもないと言わんばかりだ。ギリシアローマ彫刻そっくりであるスポーツマン同士で何やら楽しげに話していることが多い。

 その二、力士タイプ。非常にでっぷりとした肥満体系のおじさん。人からどう見られているかそんなに気にしていない印象。こちらも堂々と歩いており、楽しそうにしている。

 その三、老夫婦。なんというか日本混浴にもいそうな、のんびりした雰囲気ときどき湯船の中で抱き合ったり、ほっぺたにキスしたりしている。ちなみに、注意書きには「キス以上のことはしちゃダメ!」「十六歳未満の入場禁止!」と書かれている。

 その四、比較若いカップル、あるいは若い男女。よくわからないのだけれど、「みんなで渡れば怖くない」的な感じで一緒に来たのかもしれない。

 ちなみに日本人は私だけだった。それから一人だけアフリカ系の人がいた。それ以外はみんなヨーロッパ系。

 で、こうして振り返ってみると、比較若い人が多い。それでも、私はあまり気にならなかった。というのも、前も言った通りここは全裸が正装なのであり、それについてとやかく言うほうが変だ。確かに、きれいで魅力的な人もいたし、中には私の好みの人もいたのだが、雑踏ですれ違う以上の感慨はなかったし、わざわざ振り返ることもなかった。

 混浴について、猥褻だとか下品だとかい意見があるが、私はまったくそう思ない。そもそも、ここは風呂サウナであり、いい湯だな、以外の感想はない。たぶん、混浴について批判的な人は、マナーの悪い人と一緒になってしまったのか、そもそも風呂がそこまで好きではないか、なのではないか。人様のことだから勝手判断差し控えるが。

 というか、見えそうで見えない極小ビキニなんかよりも、素っ裸の方がよっぽど上品な気はする。潔いし。隠すから下品だとか猥褻だとか言われるんじゃなかろうか。みんな最初からすっぽんぽんだったら、誰も気にしないだろうし。隠せば隠すほど、そこに注意が向くし、逆説的にそこに注目してくれと言っているようなものな気がする。

 それと、全然関係ないけど、女性でも腋毛もじゃもじゃの人は多いのは面白い。話には聞いていたが、実際に目にするとやはり興味深い。陰部がどうなっているかはじろじろ見なかったからわからないけれど、向こうの人は剃っているとはよく聞く。ただ、そんなことも温泉気持ちいいのでどうでもよい。

 そういうわけで、私はオーストリア混浴を十分に楽しんできた。予想していた通り、とても気持ちが良かった。日本にも類似したサービスがあればいいのに、と思ったが、マナー一定の水準に保つことは難しいだろう。きっと、ナンパしたりじろじろ見たりする行為が横行するに違いない。一度絶えてしまった、混浴文化を再びメジャーにするのは、難しいだろう。

 プールサイドで裸のまま横になり、夢うつつのまま時間が過ぎていく経験は非常に贅沢だった。しかし、これは今の温泉文化とは、少し違うかもしれない。

 個人的には、自分がやりたいことをやったので、満足している部分はある。今後どうするかはわからない。恋人がいないときだったので、とりあえず全裸になってはみたのだが、もしも今後も恋人が見つからず、行きたい場所が思いつかなかったら、どこか別の国でヌーディストビーチに行くかもしれない。それか、趣向を変えて、全裸ハイキングか全裸マラソンかに挑戦するかもしれない。

 もっとも、この混浴体験ですっかり気が済んでしまい、数年後には興味すら持たなくなっている可能性もある。それはわからない。

 ただ、やりたいことをやってみて、それなりに面白かった。それで十分なのかもしれない。

 皆様の快適な全裸ライフの参考になれば幸いである。

 最後に、脱いではいけないところで脱ぐのは絶対にやめましょう。これだけは強調しておく。

最後に】

 本記事カクヨムにも掲載されている。私が投稿者本人であることは、カクヨムでは連載中であり、現時点でも未公開になっている部分が含まれていることが証拠になる。

【付記】

 ヌードバイクみたいな、ヌーディスト活動経験者の増田は、ほかにもいらっしゃるのだろうか。あるいは、ヌーディズムに関心がある、だけでも潜在的にはどれほどいるのだろう?

2019-08-28

anond:20190828145944

前にお辞儀するのは岩手県だけってTVで見たけど世界に広がってるの?岩手の良いところ。

anond:20190828145944

でもお前の股間小学生お辞儀どころかそっくり返ってるんだろ?おーん?

横断歩道小学生が手を上げて待ってるじゃん?

こっちは車だから横断歩道を渡らせるために止まるじゃん?

小学生横断歩道を渡るじゃん?

最近は、渡り終わったところで、クルッとこっちを向いてお辞儀してから行く小学生が増えてるんだよ。

やめてくれよ。

自動車様が小学生のために自分犠牲にして止まったとかじゃないんだよ。

単なる交通ルールなんだよ。横断歩道に人がいたら止まる。

なんでお辞儀すんだよ。

そうやって慇懃無礼お辞儀しないと止まってやらないような、高慢ドライバー様だと思われてるのかと思うと、腹が立ってくる。

小学生なんて、横断歩道を渡ったら、そのままバーッと走っていって良いんだよ。

煽り運転話題になる昨今だからドライバー様を過剰に刺激しないようにするのが安全策かもしれないけどさ。

普通ドライバー横断歩道に人がいたら止まるものなんだよ。

当たり前のことをしているだけなのに、居心地が悪くて仕方ない。

こっちを向いてお辞儀をしてくれる小学生に、どんな顔をしていたら良いかからないんだよ。

2019-07-14

anond:20190714001623

その構図を使う場面があんまりないな。

ダウンロードが伸びてるイラストお辞儀するスーツ男/女とか「ああ、そういう場面よく見る」っていう既視感があるものが主。

現実でこうやってスマホ向けられる場面ってあんまりないだろ?

2019-05-12

anond:20190512210403

象牙ではんこ作って喜ぶのなんて印影お辞儀させて喜ぶ未開人のジャップくらいのもんだから

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん