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2018-02-22

anond:20180222033833

欧米だとアルコールを分解する酵素(2つある)をもってない人はほとんどいないが、

日本人は分解酵素をどちらかしか持ってない人は40%ぐらい、2つとも持ってない人は25%ぐらいだったか

から

かなりの日本人アルコールをおいしくないと思っているはず

から、飲まなくていいし、むしろ飲むと危険な人もいる

国税庁お酒を飲める体質について解説してた

https://www.nta.go.jp/tokyo/shiraberu/sake/seminar/h19/02/02.htm

飲み物によるけど、アルコールは、飲み物に厚み、ふくよかさのようなものが足されるイメージ

(追記)あと、アルコール飲料は、発酵によって香りが生まれていて、その香りがいいのもある

ビールみたいに炭酸+少ないアルコールだとあまり感じにくいけど、多めのアルコールビールと飲み比べるとわかる

ビール場合は、麦芽ホップがその原料だけど、麦芽は甘み、ホップは苦みを生み出して、甘さと苦みが混ざり、アルコールによって豊かに感じる

大分違うけど、敢えて言うなら、ラーメン肉料理で、脂の量で味が違うように、アルコールの量でそれが変わってくる感じ

ただビールアルコール飲料の中では、アルコールを楽しむというより、刺激を楽しむ人が、特に日本人には多いはずなので

いくらかでも酒が飲めるなら、砂糖はいってない炭酸飲料(いわゆる炭酸水)を買ってきて

自分が飲めるくらいにビールを薄めて飲めば、薄くてだめかもしれないけど、雰囲気は味わえるかも知れない

ノンアルコールビールも売っていて気分は味わえるけど、味はビールとは程遠い

同じようにして、ノンアルコールワインていうのが売っていて、これはものすごく甘くてそのままだと甘すぎるんだけど

炭酸水で割って飲むと、わりとスパークリングワインっぽい感じになるので、これはおススメかもしれない

2018-02-20

https://anond.hatelabo.jp/20180220143740

あれは今なら『もののけ姫』との対比で読むもんだわ。

ナウシカ世界のように旧人類の理性 VS 新人類の理性の構図だと(増田が言うように)決着が付かないので、もののけ姫では「神」を導入した。

はてなナウシカニヒリズムの話だと看破した人が居たけれど、まさにその通りだと思う。

ただそれだけだと納得のいく決着が付かなかった。ニヒリズムに陥るのも、宗教に走るのも、両方ダメ。それは分かる。しかし、具体的にナウシカたちはどうしたら良かったのかが分からない。

どうやったら理性を正しく行使できるのか?いや、そもそも理性を「正しく」行使することなんてできるのか?

こうした人間理性の限界に直面して、もののけ姫では「神」を出さざるを得なくなった。

この流れはヨーロッパ近代人が抱えてきた悩みをなぞっているだけだ。もののけ姫舞台室町時代日本だが、やってることは「神 VS 人間の理性」というベタベタ欧米思想。作中のたたら場は駿の思い描く共産主義社会(≒理性万能主義支配する社会)だろう。

からまぁ増田の問いに対する回答はまさに「どっこいどっこい」というところで、そうなっちゃうのも人間の理性の限界の顕れということだろう。「どっこいどっこい」になってしまうのはむしろ自然帰結と言え、作品価値を上げている。

欧米ではそこで「だからキリスト教に還ろう」という話になるわけだが、もののけ姫ではそこまで言ってないだろう。せいぜい「理性の限界自覚しましょう」ぐらい。この自覚がないまま各人が「正しく」理性を行使した結果がナウシカ世界惨状かね(言い過ぎ?)。アシタカの「共に生きよう」ってのはそういう意味だと思ってる。

2018-02-19

anond:20180219070454

なるべく多くの人に見てもらって情報、反応、反論等欲しかったので煽り気味に書いてるところはある。そこが気に障ったのならすまん。

まあ私の文章煽りや売り言葉に買い言葉がないとは言わないのでそこはお互い様ということで。仲良くマサカリ投げあいましょう。

あくま自分見方を紹介しているだけで理系のやることが全て正しいとも思ってない。ただ理系では日本が一流研究をしていると誇る分野が数多くある一方で、文系の多くの分野で全体としては日本学会は二流という嘆きが聞かれるのも確かだ(もちろんどんな分野にも日本人の一流研究者はいるだろうが)。

これ[要出典]ってタグ貼るべきところ? 私は最初増田anond:20180217012945)で(1つだけだけど)実例挙げたし、体験談ベースの話でよければ私の見た限りでは日本外国研究ってけっこうレベル高いと思うんだけど。外国語に訳されても遜色ないモノグラフがたくさん出てる。

理系では著書でオリジナル発見研究成果を発表する奴はまずいない。いるとしたらほぼトンデモだと思って間違いない。文系増田が挙げてる怪しい医学博士とか。

文系では違うのか。正直文系ガチ研究書は見たことがない。三浦瑠麗の著書も調べてみたが、タイトルや値段を見る限り一般向けだろう。大学書籍部や図書館を探せばあったんだろうか。ただ(博士論文出版等は除いて)著書で最新の研究を発表するというやり方は、どの部分に新規性があるのかの表明や議論双方向性等に問題がないのだろうか?新規研究成果なら第三者査読を経て論文にするのが正統なように思えるが。数学証明のように検証可能性が極めて高ければホームページで発表とかでもいいんだろうけど。

そこからか。何のために研究雑誌Book Review欄があると思ってるんだ……(和文だろうが欧文だろうがたいていのメジャー学術雑誌にはBook Review欄はあるし、場合によっては書評査読がつくよ)。ていうか普通、序章とか第1章とかで先行研究の整理をするし(一般向けも混在するレーベルだと編集に嫌がられることもあるらしいけど)、そこで自分オリジナリティについても言及するよな。

あくまで一例だけど、先日出た研究書の目次はこんな感じ→http://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-0871-6.html適当なUniversity PressのHPを開いて適当新刊をチョイスしただけなので、内容については何も言わないし、言えない。なぜなら私は読んでないからだ。あくまで「ちゃんと章立てに先行研究って入ってるでしょ」というサンプルとして受け取ってほしい。目次で明示されてないだけでちゃんと先行研究の整理をしている本もあるので気をつけて。それはそれとして面白そうな研究だと思うんで余裕があったら読んでみたい)。

駄目な研究は本として出版したってロクに引用されずにアカデミアから消えていくだろうし(もちろんあまりマニアックすぎて引用するひとがいないという悲しい状況も有り得るのだがそういう場合学術雑誌書評でちゃんと良い研究ですよって言われてるからな。おべっか書評がないとは言わないけど、むっちゃ辛辣書評も見かける)、まともな研究書なら議論典拠は明示してあるんだから議論双方向性に問題はないでしょ。

三浦瑠麗の著書、内容(https://www.iwanami.co.jp/book/b261983.html)を見る限りでは研究書ということでいいと思うけど。文系は割と凝ったタイトルつけるひと多いかタイトルだけで研究書じゃないと即断することはできないし(『想像の共同体――ナショナリズム起源流行』も『〈日本人〉の境界――沖縄アイヌ台湾朝鮮 植民地支配から復帰運動まで』も立派な研究書です)、値段についても、うちの分野の研究書の半額くらいの値段で売れて羨ましい限りと思うけど、それが研究であることを否定する材料にはならない(ていうか一般書だとしたら3000円以上ってクソ高では)。国際政治学一般理論みたいに需要がある分野ならそれなりに廉価でも採算取れるよね。研究書は別に専業研究者けが読むものではないので、政治学者以外の教養人にも売れそうだと判断たらこのお値段になるのは別に不思議じゃない(逆にマイナー分野では……お察し下さい。売れない→高い→売れない→高いの悪循環でございます学術成果刊行助成でなんとか刊行できてる研究がたくさんあるんだよなぁ)。気が向いたら図書館で実物見てみるわ。

何度も言うけど、中身は知らない。ひょっとしたらダメダメな内容かもしれない。でもそれは、査読通ったちゃんとした学術論文でも中身がショボかったりオリジナリティ希薄だったりすることがありうるのと同じで、ダメダメから研究業績にカウントされないということにはならない。たとえそれがサラミ論文であったとしても、英語で書かれた査読つき論文だったらそれは業績としてカウントされるべきだよね。公募採用されたり学術界で優れた研究者として認知されるためには内容が優れてないといけないし、こんなサラミ論文しか書いてないやつがなんで○○大の講師なんだ! という批判はされていいと思うけど、それはあくまで内容を見た上での話であって、形式だけを見て業績じゃないと言うことはできないはず。今回の元増田批判が内容を見た上での話なら『シビリアンの戦争』を未読の私は何も言ってないし言う資格がないけど、理系増田も読んでなくて、ここではあくま形式の話をしてるんだよね。形式の話をするなら彼女学術業績としてカウントされるべき本を書いていますしか言いようがない。

一般論からすると著書はオリジナル研究業績であり得るが、逆も然りで著書は必ずしもオリジナル研究業績とはみなされないというべきなのでは。門外漢は著書数もオリジナル業績数とみなせという主張は言い過ぎだろう。

「著書はオリジナル研究業績(でありうる)」「研究書は立派なオリジナル研究成果」と私は書いてるよね? それで前段へのアンサーになってると思うし(そのうしろでちゃんと「一般向けの本」と「研究書」を分けて記述してるよな)、そもそも私は最初増田anond:20180217012945)で「新書2冊はおいといて」って書いてるので、“すべての著書”がオリジナル研究業績なんて端から主張してないってことは読めばわかってもらえると思ってたんだけど(オリジナル研究書籍化したものを「研究書」と呼ぶわけだから、“すべての研究書”はもちろんオリジナル研究業績です。一方で著書のすべてが研究書というわけではないので、“すべての著書”が研究業績というわけではありません。こう書けばわかるかな?)。

後段、著書はオリジナル学術業績とはみなされないという理系ローカルルール持ち出して他人を業績が少ないと批判する方が言い過ぎでは。いやもちろん他分野の常識に詳しくあらねばならない必然性はないけど、他人を「業績が少ない」と批判する以上は他分野の「業績」の基準も知っておくべき、って、そんな無茶な主張? 文学でも歴史学でも政治学でも社会学でも教育学でも文化人類学でも哲学でも法学でも、おおよそメジャー文系研究分野ではだいたい研究書はオリジナル研究業績としてカウントされるんだから(これは英語圏でも変わらないと思うよ。少なくとも私の専門分野や隣接分野では英語だろうがフランス語だろうがドイツ語だろうが韓国語だろうが研究書はオリジナル研究業績です)、文系からするとその常識通用しない方が非常識ですよ。理系ローカルルール勝手学術界の一般ルール敷衍するのやめてもらえます

院生だろうが単著論文を発表するのがふつうの分野の人間からすると、理系では指導教授論文の著者に名前を連ねるのか、変わった慣行だなぁ、って思うけど、それは理系慣行なんだなとして受け止めてるし、この研究者自分学生論文名前を連ねて論文数稼ぎしてる! なんて主張しないよ(もちろんギフトオーサーシップ批判されるべきだけど、理系では自分指導してる学生論文の共著者になるのはギフトオーサーシップではないんだよね? このへん詳しくないので間違ってたらごめん)。分野が違うと業績のカウントの仕方も違うんだなぁ、って受け取っておけばいいじゃない。

その上で現在日本語地位が低い分野や日本語でやる意義がまるでない分野まで、日本語で最新の論文を書いてもよい、あるいは日本語地位を高めていこうなんていう理由がよくわからない。例えば挙げてくれた西洋古代史の最新論文日本語で書くことに何の意味がある?日本全然関係ないのに?解説書や教科書は別だ。日本語で多くの人が学べることには意味がある。でも論文なのだとしたら欧米研究者が読まなければ学問進歩に乗らないんだからただの自己満足だろう。アマチュア研究者だとしたらそれでもいいんだが、大学研究者プロだろう。国から研究費貰って英語が中心の分野で日本語しか書かないのは国民が納得しないだろうから税金泥棒しか言えない。

将来英語が中心じゃなくなることもありうるだろうという論を挙げているがそれは詭弁だ。理系だってラテン語から現代語への変化やドイツ語フランス語凋落を経ているが、最新の論文を主流の言語で書かない理由はない。(欧米科学力を中国が圧倒的に上回ることは考えにくいが)将来中国語になるんだとしたらそれもいいだろう。もし仮に日本がその学問分野で覇権国家になるプランがあってそのためのリソースを投じているっていうなら別だけど、そうじゃないなら英語に圧倒的に負けてる分野はさっさと降伏して英語ベースにしたほうが世界中学者のためになるし日本人世界に認められる学問的成果をあげるためにも効率的だと思うんだけど。国際政治学についていえば英語圏研究が中心だという知識増田にもあって、反米主義だったり日本世界覇権を夢見ていたりといった特殊思想的背景があるわけでもない研究者英語論文を書かないのだとしたら、怠慢あるいは研究先進性の不足の誹りを免れないであろう。

これ最初にも書いたけど、主要国のアカデミアでは文系研究の多くの部分を自分の国の言語でやってます。たとえそれが自分たちとは縁遠い地域のことだとしてもね。日本語英語以外の言語で書かれた日本学論文なんて日本人研究者はあまり読まないんじゃないかと思うけど、たとえばポーランド人ポーランド語日本学論文書いてるし(https://ci.nii.ac.jp/naid/120006355425。ちなみに、このポーランド人みたいに、日本人外国研究者がその国の言葉日本での研究状況を紹介するっていうのは既にあちこちでやられてます)、それは日本アカデミアで読まれていないとしても日本学の発展に寄与ポーランドアカデミアを豊かにしていて、仮にポーランドで極めてオリジナリティが高い研究が出てきたら日本人日本学者も何らかの方法でそれを読まないといけないだろうと思うわけですよ(別に自分で読む必要はない。他人に読んでもらえばいいんだから翻訳ってそういうことだよね)。ポーランドアカデミアは当然ポーランド固有の問題意識を持っているし、その土壌から日本にはない新鮮な日本観が生まれてくるかもしれない、という点で、色々な国のアカデミアがそれなりに独自の発達を遂げていることは重要だと思うけれども。

当たり前だけど西洋古代史の論文日本語で書いてあっても最新の研究動向は反映されているわけ。書いてるひとは西洋諸言語読めるわけだしね。向こうがそれを読めない、または読もうとしないからといって先進性がないわけではない。読まれる/読まれないという尺度研究先進である先進的でないという尺度は別だよね? 混同すべきじゃない。そこにはちゃんと研究蓄積というもの存在しているんだよ。明治期以来、主要文系分野では日本語の分厚い研究蓄積がある。もちろんそこには西洋猿真似だったり「横のものを縦にした」だけの研究もたくさんあるかもしれないけど、それらは日本アカデミアを間違いなく豊かで質の高いものにしてきたと思う。

で、哲学の本場はドイツとかフランスとかイギリスとかだと思うけど(イメージ貧困すぎたらごめん。正直哲学のことはよくわからないんだ……)、日本人哲学者が優れた哲学書を発表すればそれはちゃんと英訳されてオックスフォード大学出版から出版されていたりするのね(https://en.wikipedia.org/wiki/Kojin_Karatani)。これは日本語圏で外国人に読まれない研究を積み上げていても、良いものを書けば「日本研究者面白いことやってんじゃん。翻訳して読んでみようぜ」ってなる実例なんじゃないかと。

根本的な話をするなら、「国際政治学」という分野の標準言語英語である必然性はどこにもないわけだよね。それは英語圏で優れた研究が積み上げられてきた帰結であって、英語圏の人が自分たち言語研究成果を積み上げた結果それが参照されるべき言語になっているだけの話。要するに彼らは先行者利益を得ているわけ。現代思想の分野でフランス語大手を振って歩いているのも、フーコーやその他の人たちがフランス語で優れた成果を書いてきて、それが受け入れられてきたか英語日本語フランス語の文献が訳されまくっているという現状がある。日本語がこの高みを目指してはいけない理由はないよね。

私はここまで書いてきたような理由日本語論文を書くのも重要営為だと思う(加えて、執筆言語自国であることは東アジア欧米の主要国の文系アカデミアとしての標準に則っているので、ことさら日本アカデミアだけが批判される謂れはないよな、とも思う)。ただ理系増田がそれにどうしても同意できないなら、それを説得する言葉を私は持たないなぁ、とも思う。私の論拠はだいたい言い尽くしたので、執筆言語問題についてこれ以上理系増田に答えようとは思わない。なんと言って終わらせればいいかからないけど、とりあえず、お互い研究頑張りましょう。

銃、鉄、病原菌きっかけに調べものをしていたら、ズッキーニかぼちゃの仲間だと知った。ずっときゅうりの仲間だと思ってた...

から炒め物やフリット=揚げ物は美味しいけど、サラダにはむかないのね。

次はヒサゴプランかぼちゃ一種が同じ形態を取る遺伝子理由を調べないと。

あ、かぼちゃパンツがそれだけで欧米で幼さを連想させるようになったパワーワード歴史もいいかな。

anond:20180219020929

なるべく多くの人に見てもらって情報、反応、反論等欲しかったので煽り気味に書いてるところはある。そこが気に障ったのならすまん。


あくま自分見方を紹介しているだけで理系のやることが全て正しいとも思ってない。ただ理系では日本が一流研究をしていると誇る分野が数多くある一方で、文系の多くの分野で全体としては日本学会は二流という嘆きが聞かれるのも確かだ(もちろんどんな分野にも日本人の一流研究者はいるだろうが)。



理系では著書でオリジナル発見研究成果を発表する奴はまずいない。いるとしたらほぼトンデモだと思って間違いない。文系増田が挙げてる怪しい医学博士とか。

文系では違うのか。正直文系ガチ研究書は見たことがない。三浦瑠麗の著書も調べてみたが、タイトルや値段を見る限り一般向けだろう。大学書籍部や図書館を探せばあったんだろうか。ただ(博士論文出版等は除いて)著書で最新の研究を発表するというやり方は、どの部分に新規性があるのかの表明や議論双方向性等に問題がないのだろうか?新規研究成果なら第三者査読を経て論文にするのが正統なように思えるが。数学証明のように検証可能性が極めて高ければホームページで発表とかでもいいんだろうけど。

一般論からすると著書はオリジナル研究業績であり得るが、逆も然りで著書は必ずしもオリジナル研究業績とはみなされないというべきなのでは。門外漢は著書数もオリジナル業績数とみなせという主張は言い過ぎだろう。




論文英語日本語問題についてはとりあえず冷静に原文を読んでくれ。

3本しかないので数が少ないと書いただけで日本語は業績に入れないとは言ってない。日本学会で発表したり国内研究者向けに文章を書くのも意味がないわけではないことは知っている。そもそも三浦の業績もショボいと酷評しただけで全くないとは言っていないし。

それからここは誤解があったみたいだけど英語でないことは「国際政治学」だから批判しているのであって、日本中心で行われている学問なら日本語でも問題ないことは理系元増田にもわかっている。文系増田動物学を例として挙げてくれているがああいローカルな側面がある学問についてまで何でもかんでも英語統一しろと言ってるわけでもない。アジア研究についても日本語論文重要視されているということもよくわかった。


その上で現在日本語地位が低い分野や日本語でやる意義がまるでない分野まで、日本語で最新の論文を書いてもよい、あるいは日本語地位を高めていこうなんていう理由がよくわからない。例えば挙げてくれた西洋古代史の最新論文日本語で書くことに何の意味がある?日本全然関係ないのに?解説書や教科書は別だ。日本語で多くの人が学べることには意味がある。でも論文なのだとしたら欧米研究者が読まなければ学問進歩に乗らないんだからただの自己満足だろう。アマチュア研究者だとしたらそれでもいいんだが、大学研究者プロだろう。国から研究費貰って英語が中心の分野で日本語しか書かないのは国民が納得しないだろうから税金泥棒しか言えない。


将来英語が中心じゃなくなることもありうるだろうという論を挙げているがそれは詭弁だ。理系だってラテン語から現代語への変化やドイツ語フランス語凋落を経ているが、最新の論文を主流の言語で書かない理由はない。(欧米科学力を中国が圧倒的に上回ることは考えにくいが)将来中国語になるんだとしたらそれもいいだろう。もし仮に日本がその学問分野で覇権国家になるプランがあってそのためのリソースを投じているっていうなら別だけど、そうじゃないなら英語に圧倒的に負けてる分野はさっさと降伏して英語ベースにしたほうが世界中学者のためになるし日本人世界に認められる学問的成果をあげるためにも効率的だと思うんだけど。国際政治学についていえば英語圏研究が中心だという知識増田にもあって、反米主義だったり日本世界覇権を夢見ていたりといった特殊思想的背景があるわけでもない研究者英語論文を書かないのだとしたら、怠慢あるいは研究先進性の不足の誹りを免れないであろう。

2018-02-18

そもそも文系アカデミズムの泊付けを批判している

理系元増田博士)より

https://anond.hatelabo.jp/20180217012945

個人攻撃で人を撃ってるんじゃない。自分問題点に感じたところを撃っているのだから、流れ弾上等。

結果として大学ポストで過剰な印象付けを与えている例として三浦瑠麗批判になっているわけでもあるが(メディア・読者・視聴者の過度な期待が悪いという説もあり)。

業績については「研究者としての実績」に絞ってとりあげた。ただ文系若手研究者増田とは、「研究」の捉え方自体が随分違うようだな。

理系研究者を名乗るには必ず「まだ誰もやっていない新しいこと」を研究する必要がある。もちろん理系でもレビューや著書を書く人もいるが、それを皆がありがたく読むのはその人が最前線研究をしていることが前提だ。海外には教育専門の人もいるらしいがそれはまた別の評価軸になる。

理系から視線として、博論を除けば日本語レビュー啓蒙しか書いていない三浦瑠麗は「最先端研究者」とは見られない。DC2は博論として完成を見ているのだろうが、学振PD研究論文にならなければその研究費はどうなったのかという話になる(まだ気の早い話かもしれないし、研究には失敗がつきものなのでちゃんと取り組んだ上で成果なしであればそれは責められない)。いずれにせよテレビ研究者枠にはもっと実績積んでバリバリ研究している(あるいは過去にした)人を呼んだらどうかという話にはなる。


最先端研究をしたならそれは世界に向けて発表すべきだ。発表しないのは論外。研究者仕事個人修養ではない。理系では一部の例外分野を除き発表のための言語統一されていてそれは英語になる。中東研究ではフランス語も標準になっているというならそれもいいだろう。もちろん国文学日本史日本法学では日本語が標準だろうから日本語論文だけで構わないし、海外研究者日本語論文を書くべきだ。

国際政治学日本語でもレベルが高い研究はあるという反論の何が駄目かというとそれが国際的研究分野であろうと考えられるのに世界からまれない点。読まれないのであれば例えばアメリカ学者に全く同じアイディア研究されてそれを新規研究として英語発表されても責められない。日本学者がそれに文句を言ってそれが認められる力があればいいんだがどうもそうは見えない。日本語論文はその「レベルの高さ」に関わらず学問の潮流からすれば全くの無駄になるだろう。辛辣になるがそんな研究には国から研究費を交付すべきではない。


文系増田日本研究者日本語論文が読まれないことの解決策として日本語論文の良さを英語論文内の引用アピールするという案を提案しているが、理系から見たら不効率まりない。一つの研究分野に標準言語がいっぱいあったら世界中学者言語習得に苦労するだろう。英語圏に勢い負けてることが確定した分野では英語論文を書け。自分で書けないなら金払ってでも誰かに訳してもらえ。雑誌国内研究者交流用じゃなくて世界トップジャーナルなりたければさっさと丸ごと英語に移行しろ欧米学者には必要ない手間に研究費が使われるのは悔しいだろうが、国際的学問の流れの中で研究した一切合切無駄になるのと比べればよほどいい。世界から孤立して「日本式国際政治学」や「国際政治学者(日本国内向け)」を名乗るのなら構わんが、それを正直に言わないなら国民を騙していると言われても仕方がない。

アジア復興

アジア蹂躙した欧米列強

中国の弱体化とともに、アジア欧米列強蹂躙された。

イギリスフランスアメリカアジアの各地を植民地にした。

日本軍アジア進出して、欧米列強アジアから撤退させた。(大日本帝国は、アジア豊富資源を欲していた)

太平洋戦争日本軍が負けて、頭を押さえつけていた重石が除去された。その結果、アジア各国は独立を勝ち得た。

 

漁夫の利

アジアの結束を分断して、再びアジア支配下に置きたい欧米エスタブリッシュメントたちは、アジアの各国同士を敵対させ、戦争させる姦計を練っている。

アジア人が愚かであれば、まんまと引っかかり、アジア人同士で戦争することになるだろう。

人種差別主義者たちは、アジア各国を分断し、弱体化させることで、漁夫の利を狙っている。

 

黒龍会の残党

戦後日本人3S政策によって骨抜きにされ、オナニーにふける馬鹿ばかりになってしまった。

黒龍会の残党は「和僑」となって世界中へ散って行った。南米ではラストバタリオンと協力して戦後復興に邁進した。

チャイナセブンロシアアジア戦争回避する方向で動いている。(利益よりも損失の方が大きいと計算

 

30億人に膨れ上がったセム的一神教ユダヤキリストイスラム

アジア破壊の導火線に使われようとしている日本人が哀れだ。原爆投下の教訓をすっかり忘れてしまっている。

再び、日本は「滅びに至る民族」の汚名を着せられるのか? それとも、世界平和リーダーシップを発揮できるのか?

その答は、日本人ユダヤ末裔セムの人々)を説得することができるかどうかにかかっている。

 

大和民族が失われた10支族の1つなら、セムの人々との対話可能である

しかし、カバラタルムードトーラー意味説明できる日本人は、果たしてどれほど残っているのだろうか?(現状の神道では皆無に等しいのではないか?)

 

anond:20180217235829

2018-02-17

女性専用車両差別

一度調べたことがあるんだが

女性専用車両が設置されてるのは、電車内での犯罪が多い国なんだよな

欧米圏では電車内での性犯罪そもそも少ない

アジア圏やブラジルでは、多い

から批判根拠として海外を持ち出すなら

日本と同じ電車内での性犯罪が多い国じゃないと意味がない

仮に、人権観点からインド女性専用車両撤廃とか言ってみろよ

とんでもない数の性犯罪被害者意味出すことになる

もし、欧米比較して同じ理屈女性専用車両をやめさせたいなら

電車内での性犯罪欧米並みの数値にしないと

それができるまでは比較対象とすべきはあくまインドとかでしょ

anond:20180217142009

自分からカーストを引き合いに出しといて

勘違いだとわかると、他のものを追加してくるのださいぞwww

それに、それがなんであろうと家族や身内を守る為に男女別にするのを文句いう奴なんてインドはいないってこと

逆に欧米で同じことをやるのはかなり厳しい

それはほとんど起きてないレア犯罪について公共サービス制限を加えることになるから

そんだけの話

anond:20180217112216

言いたいことはわかるけどそれをしてたら私は社会進出できずにSEにもなれてなかったね…

100万人の女性社会進出させないか、あるいは社会進出させて1万人の痴漢被害者を産むかの選択肢があったときに、そのとき政府はきっと後者を選んだんだろうね

どっちが正しいかどっちが間違ってるかなんて私には言えないけど、でも私は家事育児よりもSE仕事のほうが10000倍楽しいから欧米的な進出をしてくれた先人の方々にはありがとうと思ってるよ

anond:20180217105149

元増田で書いたように、

ペースや進め方が問題なだけで、

社会進出が悪い訳ではないよ

欧米かぶれのリベラル連中は型にはめすぎ

欧米を見て、

ーーー

日本は遅れてる!」

女性社会進出!」

「男女の扱いを平等に!」

痴漢が発生!」

女性専用車両!」

ーーー

ってのが今の流れ、

本来日本古来のペースであれば

もっとのんびり、

ーーー

婦人社会進出か〜」

賛同〜」

「でも、電車通勤なんか酷じゃないか〜」

男衆に囲まれて辛かろう〜」

「いやまて、家事があるから婦人通勤時間を遅くするべきじゃろう〜」

承知〜」

ーーー

という流れで、

痴漢問題自体が発生しない。

形だけを追って本質を見ない、

アルマーニ校長のような輩が

敗戦後の日本大量発生したのが要因だね

戦争をしてないのと、

米国シンパになっただけで、

現場の機動力は高いけど

指示待ち行き当たりばったりで

上層部は頭の弱い旧日本軍のままなんだよ

人間敗戦ぐらいじゃ変わらないのさ

🚃🚃🚃

痴漢が危ない! → 女性専用車両

っていうのが、短絡的だよね。

遅刻しそうだから

スピード違反で間に合わせる

レベルの発想

本音痴漢防止で、

女子供専用車両にすれば

理解得られたと思うよ。

でも、欧米かぶれのリベラルなやつらが、

時代的とか騒ぐんだろうなー

まり痴漢黒幕は、

女性を急かして社会進出させた

欧米かぶれのリベラル派なんだよ

日本には日本のやり方とペースがあるのにね

はてブ女性専用車両に対する知見に頭がクラクラした

ふだん差別人権にうるさいはてブ民が、女性専用車両には賛成一辺倒で頭がクラクラした。

かに乗り込んでくる運動家はマトモじゃない。なんせ一刻一秒を争うサラリーマン様の通勤車両を12分も遅延させたんだ。よりによってなんで俺らがこんな目に……殺意を覚えるのも無理はない。

しかし、彼ら運動家否定できる倫理的根拠を、はたして我々は持っているのだろうか?

実のところ、今回の運動家に対して寄せられた批判を見るにつけ、賛成派は大した説得力を持っていないのではないかと改めて確信させられた。

以下は、ハフィントンポスト記事に対してスターを集めていた上位2つ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.huffingtonpost.jp/2018/02/15/woc-chiyoda_a_23363098/

1.これが女性専用車でなくプロレスラー専用車だったら絶対やらないだろう。所詮その程度の連中だよ。

そりゃ、プロレスラー専用車なら今回の事件が起きる確率は低いだろう。なぜならば、有無を言わさず力で排除される可能性が目に見えているからだ。しかし、これは明らかな論点のすり替えである。具体的には、運動家の主張の是非ではなく、「力の強弱にアタリをつけ、威圧行動を取っているのでないか」という行為道徳性が疑問とされている。

そもそも、この運動代替の効かない公共機関における、特定属性を押しやる「専用車」それ自体問題になっているのであって、なにも「女性専用であることが問題となっているわけではない。今回のような示威行動が起きる確率は低くなるとはいえ、プロレスラー専用車でもやはり大きく問題になり、運動家は出てくるだろう。その場合、どのようにケチをつけるのだろう。今度は「殺人犯専用車だったら絶対やらないだろう。所詮その程度の連中だよ」とでも言うのだろうか?

また、仮に「力の強弱にアタリをつけ、威圧行動を取っている」としても、それは運動価値毀損するものではない。声を通せる場で声を通すことが重要からだ。

2.女性専用車必要性裏付けられる悲しい話。

この言説は本当に悪質で、「Aを利用している人間不安に駆られる状況こそ、Aが必要証拠である」と言っているに過ぎない。つまり、利用している人間不安に駆られていなければ(満足していれば)、Aの必要性証明されているし、不安に駆られていれば(満足していなければ)、なおさらAの必要性証明されている、というわけ。一切の批判を許さないので、イデオロギーに近い。これは「共産主義に異議が唱えられ、圧力を受けている。同志の生活が脅かされている。これこそまさに共産主義必要であることの証拠なのだ」という議論を考えてみれば分かる。どう思いますか?

賢いリベラルの集うはてブですら、こんなブコメスターを集めてるのだから、まったくもって酷い有様だ。

ただ、浅薄ロジックはさておき、問題意識理解できる。以上の2つはともに、女性専用車両とは「弱い者のための暴力からの隠れ家」であるとの認識に立っているからだ。ここでは、関係性は暴力の関係として解釈されている。ゆえに「より強い暴力を誇示できるプロレスラー」に、“ただの暴力”は萎縮するだろうし、「異邦者の闖入」という暴力が起きることこそが、暴力からの隠れ家の必要性裏付けている、というわけだ。

この「弱い者にとって『暴力からの隠れ家』が必要なのではないか」という問題意識自体は真っ当だと思う。3つ目にスターを集めていた「痴漢被害によるPTSD抱えてる人でも乗れる交通機関必要」というのは、優先席と同じで傾聴されていい。しかし、これを認めると、1つの帰結にたどり着く。

なぜ、女性けが「暴力からの隠れ家」の恩恵あやかるのだろうか?暴力に怯える人間なら、誰であろうと招かれてしかるべきだ。

まり女性は「暴力に支配された弱い者」なのか?そして、一般成人男性排除することは、一般成人男性それ自体潜在的な暴力の行使であることを前提としているのではないか

なお、女性専用車両に対し、「女性が『暴力に支配された弱い者』であることを認めるのか」というフェミニズム的な指摘は、欧米でも盛んに巻き起こっている。

例えば、英メディア紙The GuardianTelegraphでは、女性記者が率直に「女性専用車両は負けを認めることだ」と述べている。彼女によれば、「女性専用車両の導入は、性的暴行所与とする(normalise)ものであり、あたかも原因が私達にあるかのように、状況平等志向から女性を取り除く(remove from the equation)ことが解決策だ、と世界に向けて言っているようなものだ」とのこと。そこでは日本が、メキシコタイイランインドブラジルと同格の“人権後進国”として引き合いに出され、イギリスは導入することでそんな国、つまり欧米流行りのディストピアドラマ「The Handmaid's Tale」の世界のような、女性をモノのように扱う国と同じ方向には向かうべきではない、といったようなことが語られている。

  • Women-only train carriages: Keeping women 'safe' by separating them from men is Handmaid's Tale territory

http://www.telegraph.co.uk/women/life/women-only-train-carriages-keeping-women-safe-separating-men

女性トイレレディースデイはどうなのか」という賛成派の反論についても、女性専用車両正当化には繋がらないことを提示したいがキリがないのでヤメておく。とりあえず、リソースの適切な配分(特定属性けが特定の扱いを受け、それ以外の属性が不平等負担を強いられるべきではない)、代替選択肢存在(「イヤならそこを使わなければいい」が可能か)、その施策が成り立つ前提の倫理的妥当性(女性専用車両なら「女性潜在的な暴力被害者であり、男性潜在的な暴力行使である」という前提)において、質が異なる問題ですよ、とだけ。ちなみに、スウェーデンでは、属性によって分けるトイレから「個室トイレ」に向かっていっているらしい。

はてブの皆さん、差別人権にうるさい皆さん、本当にこれでいいんですか?皆さんの大好きな世界標準から馬鹿にされてますけどいいんですか?「日本人男性世界標準以下の性欲アニマルから仕方ない」で開き直っていいんですか?

余談だがロケットニュースでは、ニュースタイトルが「【キモイ】今朝の東京メトロ千代田線の遅延理由が「頭おかしすぎる」と話題 / 男性複数人があえて女性車両に乗り込み……」となっている。この記事にも「然り!」のブコメが沢山ついていた。

https://rocketnews24.com/2018/02/16/1021546/

キモイ」「イケテナイ」「ダサイ」「カッコワルイ」。こんな調子で、本当にいいんですか?ネット最後良心だと思っていたはてブがこんな調子では、私は一体どこへ行けばいいんだ。


追記:

はてブにも良心があって安心しました。捨てたもんじゃないですね。ひとまず、Twitterブコメで寄せられた、いくつかの重要質問に答えます。

  

手段が低コストであることが、その手段正統性付与するわけではありません。あくまでもその手段で影響を受ける人間利害関係によって調整されるべきです。これは極端な例ですが、麻薬犯罪を無くすために犯罪者中毒者はその場で殺害、あるいは火事を鎮火させるために周囲の家を片っ端から打ち壊し。ともに「ラク解決手段」ですが、 適切ではないのは明らかですね。

マシなものがないのではなく、マシなもの鉄道会社選択されないから、そう思うだけです。これは上の「低コストで予防できるんだからいいじゃん」とも関係しています。ただ、監視カメラ警備員の配置、満員電車の解消、あるいはより良いシステムの構築に向けた過度的なものなら悪くはないですね。

これは確かに一理あるのですが、この話をしだすと論点がズレるか、あるいは論点先取になっています(女性専用車両痴漢対策だ。痴漢こそが対策されるべき問題である。よって女性専用車両必要である)。かつて、盗聴法の成立時に「法の是非を問うより、盗聴されるような行為をするヤツをまずは問題しろよ」という議論があったのにも似ています。もちろん、諸悪の根源痴漢です。しかし、ここでは対策方法がもたらす帰結(あるいは、そもそもその対策方法妥当か)が問題になっているのです。

また、「痴漢を撲滅することの難しさが女性専用車両を生んだ」というのは「犯罪者を撲滅することの難しさが、(犯罪者の多くはAという属性を持つので)Aという属性お断りの○○を生んだ」と言っているのと同じですが、これに何も疑問を覚えないのでしょうか?それでも特定属性を「潜在的犯罪者」として括りたいのであれば、もう私からは何も言えません。入れ墨外人温泉入浴問題と同じですね。どうぞ、ファシズムに突き進んでください。

その存在を「暴力からの隠れ家」として否定していないことには注意してください。

もちろん、特定の状況下における「合理的区別」は合法でしょうし、鉄道会社営業自由一定度は認められてしかるべきでしょう。すでに社会的認知されていることをもって、女性専用車両存在を「公知の事実」とする判例も出ています。しかし、ここで私が問題にしているのは、法律ではなく、倫理です(「まず痴漢倫理問題しろよ」という方は、上記の3を参照してください。「いや、それでも合法から正しいんだ」という方に対しては、これ以上私からは何も言えません)。

ちなみに、「障害者専用車両みたいなもの」という意見は、はてブ民が大好きな欧米リベラルフェミニズムから相当な反発を食らいそうですね。深くは立ち入りませんが、この例えを安易に使うならせめて「骨折患者専用の障害者専用車両」に限定した方がいいかと思います。

アファーマティブアクションがいい例ですね。非対称性権力勾配の是正措置自体は、それが段階的な解消を狙いとした施策であればアリでしょう。

ただし、代替手段のない公共サービス鉄道、それも日本通勤電車で、はたして導入されるべきなのか。また、そもそも車内における男性女性関係において、暴力的非対称性一般的存在しているのかにも注目する必要があります。この存在を認めると「女性庇護されるべき対象」となりますが、ここから先はカトリーヌ・ドヌーヴ議論にも通じるものがあるかも知れませんね。

それから、私が「逆差別だ」とは一言も言っていないことには注意してください。あくまでも、ここで私が問題にしたいのは、賛成派とされるはてブ民のくだらなさ、何よりも“潜在的な何か”を理由にした排除の論理は、新たな権力構造を生むだけではないか、ということです(女子トイレなどとの比較は、別のホテントリにお任せします)。

しっかりと読んでいただければ分かるかと思いますが、私は「暴力からの隠れ家」として特別枠が設けられることには、否定的ではありませんし、優先席も公正な資源配分観点から注目すべきだとは思っています(廃止すべきだ、という議論を完全に否定ではできませんが)。

これはシンプルな代案ですが、「ケア車両」はどうでしょう。暴力に怯える人は誰でも入ればいいじゃないですか。その代わりその車両には、監視員監視カメラガンガンに配置する(もちろん通常車両なおざりにして良いワケではありません)。監視の目が行き届くよう、乗車の人数制限も設ける。

これである程度は、無関係人間による車両乗車への抑止力が働くでしょう。それでも「傍若無人なオッサン」が闖入してくる可能性はありますが、実のところ彼を排除する合理的理由はどこにもないでしょう。

女性専用車両よりもコストがかかる」というツッコミがあるかもしれませんし、「じゃあ早速オマエが鉄道会社に直訴してこいよ(笑)」という揶揄もあるかもしれません。しかし、コストがかる&直訴されて突っ返される可能性が高いからといって、この歪な構造、そして痴漢犯罪が「女性専用車両(あるいはケア車両)」を免罪符にして放置されていいことにはならないのです。

いろんな意見があるかと思いますが、これについては私のスタンス勘違いされるのも野暮なので、ハッキリ言っておきます。対抗して男性専用車両を作るのは、個人的にはトラブルを増やすだけだと思っています(総量を男女比に応じて適切配分するのはアリかもしれませんが、はたしてそんな前近代的ディストピアの到来を望みますか?それで賛成派の皆さんがいうところの「非対称性」は解消されますか?)。そもそもトイレ風呂と違って、ジェンダープライバシーが密接に関わり合うようなものでもありません。

しか男性専用車両を望む男性の皆さん、男性専用車両があるなかで一般車両に乗ってしまい、冤罪に遭った時のことを想像してみてください。もう、どうなるか分かりますよね。ちなみに、同じことが女性にもすでに起きています。こういうの、警察(「なんで一般車両に乗ったの?」)と鉄道会社(「専用車両を用意したじゃないですか」)が笑うだけなんですよ。男や女に対する排除の論理ではなく、上で挙げた「ケア車両」のような“包摂”の論理対策を考えませんか、と私は思うんです。そもそも鉄道会社が誰かをケアする義務を負うのか、という根本的な問題はありますが。

これは、以前Twitter流行った「『告発を無力化する話法』として無力化する話法」ですね。特定集団が抱えている痛み・苦しみが、特定属性排除を許すわけではありません。もちろん、何度も述べているように被害者の痛みに寄り添うことは大切だと思います。ただ、そうであるならば「痛み・苦しみを抱える人」は、男女関係なく包摂されるべきではないですか?もしかして、その有無・大小を性差しかも外見上の特徴)で見分けるのですか?

特定研究者を叩くのはいいけど他の研究者への流れ弾はやめてほしい

当方文系若手研究者

https://anond.hatelabo.jp/20180215032409

英語論文出してない「国際政治学者」って大丈夫か?

それとも日本で言うところの国際政治学ってやつはあくま国内政治の一研究分野なのか?

国際分野なのに英語論文発表してないことが最大の違和感。必ずしも三浦瑠麗を叩きたいわけじゃなくて、日本国際政治学全体のレベルが低い?あるいは政治学者仕事世界に向けた学術研究発表よりも国内政治ご意見番をすることのほうが重要っていう認識業界一般的になってるならそれも受け入れる。

著書「シビリアンの戦争」は博論出版したものって理解でよいか文系博論は分厚くて書くのが大変とは聞く。でもグローバルな表題なのに世界では通用しない研究(少なくとも英語でないので読んでもらえない)って考えると悲しい。


こういうの勘弁してほしい。三浦瑠麗を叩くならどんどんやればいいと思うしやってほしいけど、叩く対象限定してくれ。

文系では和文でも立派な研究業績になる。最近の若手研究者積極的外国語論文書くようになってるし、私だって欧文論文の1本や2本あるけど、仮に査読論文和文しかなくても質が高いものを書いていて博士号もらってれば立派な西洋史研究者英文学者/アメリカ政治研究者etc.だよ。そういう世界なんだ……。

「ちゃんとした雑誌に載せてる論文が3つしかない」っていうのもどうかと思う。業績リスト見たら、まあ新書2冊はおいといて、それなりに専門的っぽい本を分担執筆してるよね。その本を読んでないから何ともいえないけど、雑誌じゃなくて本(アカデミック論文集)の1章として学術論文を発表することはあるし、それはふつう業績としてカウントするよな。繰り返すけど中身は見てない。中身はメチャクチャレベルが低いのかもしれないし、その場合「この程度の論文しか書いてないじゃないか!」っていう批判は正当だと思う。けど共著を業績にカウントせずに「業績が3本しかない!」っていうのはやめてあげて。

私も、さすがに学振PD持ってて日本Ph.D.獲ってるのにこの業績数はショボいだろ……と思うけど、博士号取得に際して論文数の要件がなければ(少なくとも私の出身大学院では存在しない)、とりあえず雑誌投稿とかしないでひたすら博論執筆するっていう研究スタイルもアリだと思うし、一概にそれが駄目とはいえない(単に茨の道ってだけで、制度不可能ではない)。あと一部の国では「博論に既発表論文を大幅に組み込むのは禁止(=博論は書き下ろせ。既発表論文切り貼りは不可)」っていうルールがあったりするから、そういう国に留学してた人は博士課程のあいだに出した論文数がどうしても少なくなっちゃう。

和文で書いてればレベルが低いっていうのは誤解。そりゃレベル低い和文論文もたくさんあるだろうけど、質の高い研究はたくさんある。もう15年以上前のことだけど、日本西洋史研究者研究対象の国のひとたちと論文集を出した時は、日本参加者レベルの高さが評価されたりしてたし(https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/39022/1/50-013.pdf)、それらは「外国研究者から読んでもらえない」かもしれないけど「レベルが低い」わけじゃない。

何が言いたいかっていうと、三浦瑠麗の言説の酷さは都度指摘すればいいし、彼女研究問題があるなら存分に批判すればいいと思うんだけど、業績リストだけを見て和文しかないとか批判しだすのは他の文系研究者に流れ弾あたってるからやめやがれください。ていうかやめて(自分の業績リストを泣きながら握りしめる)

『シビリアンの戦争』は、彼女博論タイトルそのまんまだから博論書籍化という理解でいいと思う(https://ci.nii.ac.jp/naid/500000550395)。私はどちらも読んでないので違ってたらごめん。博論書いてそれを本として出版するのは、文系研究者としてはよくあること。

せっかく質が高い研究してても読んでもらえないのは悲しいってのはその通りで、日本語文献が読むべき先行研究として通用してる分野は日本東アジアにかかわる研究くらいかアメリカ人でも前近代中国史やってたら日本語読むことを要求されると思う。中東研究する日本人フランス語要求されるみたいな感じで)。これの解決は難しいけど、欧文で和文文献のレビューをするとか、欧文で良い論文書いてその中で和文文献引用しまくるとかして、「日本では面白そうな研究をやってるんだなぁ」と認知してもらうことがまず必要なんじゃないかと思ってるんだけどこれは三浦瑠麗とは関係ないので措いておく。

ていうか、欧米日本学だって英語仏語独語日本についての博論書いてるんだから日本人イギリスフランスドイツに関する研究日本語で発表してもいいよね。日本だけじゃなくて、ある程度歴史と規模のあるアカデミアがある国では、文系博論論文自分らの言葉で書くことは結構あると思うんだ。

あとこれな。

https://twitter.com/chutoislam/status/963834829723729920

https://twitter.com/chutoislam/status/963834833360248832

これも、一般人デイリーメールを端から信用しないのは処世術としてはいいんだろうけど、時にはそういうソース依拠することが必要なこともある研究者もいるんだから、「デイリーメール引用してる」って理由だけで叩くのはやめて、って話だと私は理解した。余計なところに流れ弾を飛ばされると「それは違うでしょ」と三浦瑠麗弁護みたいな立ち位置にならざるを得なくなるというか。私だってこんな記事書いたけど三浦瑠麗学者としての資質は相当疑っている。ただ流れ弾を撒き散らさないでほしいだけなんだ……

追記

vkgofboston 査読の有無は和文英文に関わらず業績として見なす上で肝だと思うが、それに関しての考えを聞きたいね

三浦瑠麗が書いた雑誌のうち、『レヴァイアサン』は知らないけど『年報戦略研究』は査読あるよ→http://jsss.sakura.ne.jp/PDF/jsss-1507-tokokiteiyoko.pdf(当時もあったのかは知らん。『国家学会雑誌』はどうなんだろ。あってもなくても不思議じゃない。でもあそこ連載論文とか載せるからないのかなぁ)。ていうか和文の主要な研究雑誌にもそりゃ査読はあるし、だれも査読重要性は否定してないんですけど……(ただ、査読がなくても良い論文なら業績として扱っていいんじゃない、とは思う。査読つきの良い業績を積み上げてる人が一番評価されるべきなのは当然として、いちおう査読はされてるけどクソつまら研究と、査読されてないけど面白い研究だったら、一概に前者の方が業績として立派とはいえないんじゃない? 当たり前だけど公募では業績を提出させるわけで。まあわたし査読無しの媒体にはあまり書きたくないけどね)。

2018-02-16

泰明小の問題って。

これまた、憧れの欧米必死に追いかけてきた東京田舎面がまた出てきた件だな。田舎陰湿さがーとか言ってるけど、この東京陰湿さは何だよ。しかし、東京都心でこれだもの東京民度が低いと言われても仕方ない。

しかし、こんなザ田舎みたいな東京日本首都だってのは、東京のこのセンス世界から見ると地方都市の一つでしかないわな。

2018-02-15

anond:20180215194342

北朝鮮中国が作った国だ。=北朝鮮中国の舎弟。

欧米によるアジア分断工作に対して、チャイナセブン青幇は下手を打たないように超限戦を慎重に進めている。

 

アジア欧米凌駕するための準備が着々と進んでいる。

日本は、欧米中国とは違う独自路線を進むべきだろう。

地政学的には、イギリス日本は似た島国といえる。地の利を活かすべきである

anond:20180215123224

バレンタインデーは、食品業界が仕掛けた販売促進キャンペーンだった。

西暦269年にローマ皇帝迫害下で殉教した聖ウァレンティヌスが、勝手自分名前を使われていることを知ったら、どう思うだろうか?

バレンタインデーでは飽き足らず、ホワイトデーまで作り出して、金儲けに励む食品メーカー広告代理店は、少しは恥を知った方が良い。

 

バレンタインデー廃止大義

チョコレートをもらえる者ともらえない者の格差を生み、あまつさえホワイトデーによって返済の義務まで設ける。

もはやこの異常事態は、日本国憲法第25条に反しているのではないか

我々日本人敗戦によって欧米価値観に毒されている。

 

今後バレンタインデーを唆す者には死刑要求するべきではないか

(聖ウァレンティヌスは命をかけていたのだから、それぐらいの覚悟を持ってもらわないといけない。半端な気持ち勝手名前を使うべきではない。)

2018-02-12

日本駄目ポルノ意味が無い所

結局日本しか見ていないので勉強にならない。


もうちょいタメになる観点物事を見てくれ。

雑派な理解で喋ったり、部分部分で日本の悪いところを挙げてるだけなので何の意味もない。

かい木の枝だけみて喋ってるのがなんとも。


俺もいろいろ中国情報とか見るけど

日本とだけ比較したり(欧米企業とも比較しないと全体がみれない)してる人は最近熱に当てられて酔ってるだけに見える。


「でも日本が落ちてるのは事実じゃん」って自分気持ちよくなるためなら好きにしてくれって感じだけど

かならず枕詞日本も参考にしないと・・・

とか適当に言うじゃん。

そんなことちっとも思ってないのにそんなこと言うの物事を混乱させるだけやで(本当に日本の為を思ってるならあん適当なこと言わんわ

2018-02-11

日本人遺伝子なんかより

頭のいいユダヤ人

カッコいいその他コーカソイド遺伝子

女に孕ませた方が手っ取り早いじゃん

 

なのになんでこの国の人間

自分らの遺伝子にやたらプライドが高いの?

 

アジア人の中で比較的カッコよくても(嘘か真か)

結局世界コーカソイド美的価値観が美醜を決めるわけだろ?

邦画の大スターより

ハリウッドB級俳優の方がよほどカッコいいって薄々気づいてるわけだろ?

 

今の日本人の地のルックス欧米ナイズするのに

何世紀かかるんねんって話だ

下町に住むボブから殴り返されて気づかない限りこの国は変わらない

http://gahalog.2chblog.jp/archives/52431457.html

748: 風吹けば名無2018/02/10(土) 09:50:04.91 ID:j11FyUnsa


お前ら下町叩き飽きないよな、下町のしたことなんて

ボブスレー知識ゼロなのに外国産のソリを分解して「こんなもんか」とコメントするなどまるでこの程度なら簡単に作れると言わんばかりにソリ作りを開始し

最終目標を「ボーイングエアバスといった外国企業から仕事を受注すること」とボブスレー踏み台仕事をとることに設定していて

下町ボブスレー」といって下町の人たちが細々と頑張ってるようなネーミングだけど実際は大企業を含む20社以上のスポンサーが集った一大プロジェクト

プロジェクトGMが「夢を実現するめだから」と言って短い納期下町人間無賃で働かせて

それなのにメディアオリンピックという舞台を利用して「日本下町技術世界へはばたく」という感動のストーリーを作り上げようとして

道徳教科書に載せる、書籍化ドラマ化までして

自分たち大企業から支援受けまくってソリ開発してるくせに他国大企業がソリを作ってることを馬鹿にして

下町の高い技術力」をウリにしてるくせに自国代表につかってもらえず資金に乏しいジャマイカボブスレーチームに「技術」ではなく「無償提供」をエサにソリを使わせて

ジャマイカサポートといいつつジャマイカチームのことを結果を出したら自国のソリを使わない日本代表チームメディアを煽って叩くための踏み台程度に考えていて

ストの影響で届かなかった日本製のソリに代わってドイツクラブから借りたラトビア製の既製品の300万のソリに使用感で負けたことがきっかけでオリンピック本番でソリを使ってもらえず

しかもそのジャマイカがソリを使わなかった理由下町側の発表で言っているストの影響ではなく日本製のソリが国際競争仕様になってなかったかドイツ製を借りたという海外報道もあって

大会直前の大事な時期に2億を超える損害賠償請求をチラつかせてジャマイカ選手国民を動揺させて使いにくい日本製のソリをオリンピック舞台で使わせようとしたってだけじゃん

  • - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

どこの誰が書いたのか知らないけれど、およそこういう話だと思う。

バカにして構わない相手を使って儲けたかっただけなのがよく分かる。


これって外国人技能実習生の話にも似てる。

人権認めずこき使って逃げ出すしかない不幸を作ってる話。


はれのひ社長が「自分だけ幸せならいいんです」と朝礼で話していた話。

良く似ている。


日本他人大事にしない国だなぁと感じる。

日本人は身内は大事にするけれど他人を大切にしない人たちだなぁって感じる。


独居する人間が多くなって孤独人間が多くなる方向に進んでいるけれどこれでいいのか?

他人大事にしないで自分だけ良ければそれでいいのか?

誰でもいつ負けるかなんて分からないのに。


外国人を受け入れられない社会だし、欧米白人から観光客としての金が欲しいだけだし、他人はいらない認めたくない国でいいのか?


「昔アジアにあったそういう国がその後地図から消えて行きました」という反面教師的なオチ世界に教訓残すくらいしかできないんじゃないの?


それじゃ寂しいでしょ。

[]ポーランドボール

国家擬人化イラスト一種で、国旗を球状にして顔に見立てもののこと。

欧米インターネット上では国民性ジョークによく利用される。

ポーランド最初に書かれたためにこう呼ばれる。「カントリーボール」とも。

アニメ声はなぜアニメ声

15年くらい前に考えた推測

 

1.アニメキャラのような顔立ちの人間存在したら、おそらくああ言う声なのだろうという話

欧米アニメ声はもう少し野太い印象があるが、似たような見た目であっても欧米人のほうがやや低いからだと思う

 

2.日本アニメは声以外の情報量が少ない(少なかった)

実写だとあるような、例えば表情や細かな身振り手振りなど

情報量の不足を補うために抑揚を強くして違和感をなくしている

 

情報量が不足している画 + 普通の声 は違和感を生む

実写のような普通の画 + アニメ声 も違和感を生むのはこのため

 

もっと情報量の少なかった時代、例えば昔の詩吟劇画などでは

より強い抑揚を使われていた

 

3.美しい声を極めると結局ミックスボイスとなる

アニメ声トーンは、一般的女性歌手トーンに近い

 

◯おまけ 気持ち悪いという人が居る理由の推測

不気味の谷に居るのだと思っている

アニメキャラビジュアルも、現実にはあり得ないタイプのものであるため、気持ち悪いという人が居る

それと同じだ

例えば、アニメを受け入れてる人でも、ある種のタイプの絵は受け入れられないというものはないだろうか(少女漫画の大きすぎる目とか)

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