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はてなキーワード: 宗教的とは

2019-04-22

男さんに特有の考え方ってさ

「○○してんだから□□する権利がある」っていう謎の発想だよな

 

 

「俺たちは非モテから、女にセクハラしてもいいだろ」

「俺たちは頑張ってんだから、少しくらい暴れてもいいだろ」

「俺たちは金稼いでんだから、少数派にキツくあたってもいいだろ」

 

 

なんっつうか、資本主義に侵され過ぎた結果というかね

「苦しみには必ず見返りがあるはずだ」

っていう、宗教的幻想をみんな抱いてんだよな

 

 

現実、苦しみは苦しみでしかないんやで 

大人になりな

2019-04-20

anond:20190420203756

ISとかの原理主義過激派って、コーランに立ち返ろうとしてる点でキリスト教宗教改革に通じるものがあるんだよ。

キリスト教でもプロテスタンティズムのほうが過激でしょ?進化論否定してるのもカトリックじゃなくこっちだし。

宗教的には原理主義のほうがより正しいイスラム教徒なの。

anond:20190420170458

自然科学って、証明によって宗教的支配を克服してきた歴史があるんだよね。社会的宗教的ものを正しいとしていた人たちに対して、事実的・論理的証明によってもはや批判使用のない論理が突き付けられたことによってはじめて成立した。

まあ上野千鶴子欧米先駆者たちを現代女性の内のデカルトだといいたければ言えばいいと思うけど、違うと思うよ。男を攻撃してるだけじゃん。デカルト以前も、宗教に対して攻撃だけしていた人もたくさんいたと思うけどね。





女性学、発展するといいね。その点に関しては同意だし、若いころは、自分母親が間違って曲解してるだけで、女性学は一定の到達点があるんだ、と思ってたりもしたけどね。いま何年たった!?

anond:20190420155814

いや神学は、その前提をもとに論理思考された文献と、現実に起こった宗教的歴史的事実対象であって三位一体自体事実性を対象にしてないから。神学もういちど学んで来い。

2019-04-18

anond:20190418094940

文字悪魔が使う文字だと言われているので、

鏡像紙幣に載せるということは、宗教的に忌み嫌われているんでしょ。

その辺りが無宗教の人には理解できない感覚なのでしょう

2019-04-17

https://anond.hatelabo.jp/20190417092755

あれはそういう体裁で休めっていう話なんだよ。

ブラック経営者でも宗教的秩序には逆らえない。

人間になった人魚姫の裸を数十年間オカズにしている話

世の中には誰でも知っている物語をこんな風に汚れた目で見ている奴もいる。

物心付いた頃から、世の中に存在する数多くの人魚姫絵本に対して、言いようのない困惑を抱いていた。

人魚姫、それは様々な子ども向けの読み物の中で唯一、女主人公が読者の目に全裸晒す場面のある物語だった。

幼少期の俺にとって、魚の尾鰭が人間の女の下半身にすげ替わった直後の人魚姫描写は、あまりにも衝撃的だった。

人魚達には人間のように、動きにくい服で生身の体を覆い隠す文化がない。

ほとんど生まれたままの体に装飾品をつけ、自由自在に海の世界を泳いでいる。

しかし、直前のページまで「人間ではない空想上の生き物」として許されていた人魚姫の姿は、人間下半身接続した途端、突然「子どもが見てはいけない生々しいもの」に変質する。

人魚姫人間になろうとして、何もわからないまま「なり損ねた」ぶざまで痛ましい姿が、あの裸身なのではないかと俺は考える。

実際、アンデルセンによる原作には、王子に姿を見られた人魚姫は、自分が何も身につけず裸であることに後から気づき、慌てて長い髪で体を覆い隠したという描写がある。

この恥じらいの描写は、人魚姫が目を覚ますまで、無言でその場に突っ立って彼女の姿を眺めていた王子の態度と併せて考えると、両者の間にいたたまれなくなるほど明確で圧倒的な力関係最初からあることを示しているように思える。

特に海外絵本挿絵にその傾向があるが、高貴な衣装で身を固めた王子が、恥ずかしそうな表情と共に髪や海藻乳房下腹部を隠している裸の人魚姫を見下ろしている構図は、見ていて心の奥がザワザワするほど暴力的だ。

かつて王子の命を救った尾鰭を自ら手放した今、高貴な人魚の姫はもはや空想上の美しい生き物などではなく、恥や罪や裏切り支配のある人間世界の一員、何も身を守るもののないか弱い全裸の小娘に堕ちてしまった。

人魚姫絵本で初めてオナニーを覚えてしまった幼少期から、こんなことを数十年間悶々と考え続けている。

正直恥じらいの描写だけではなく、人間の枠に収まるべきじゃなかった存在が、無理矢理人間に変身させられてしま理不尽自体性癖なんだと思う。

10代の頃からネット上で見つかる限り、世界中の人魚姫絵本画像を保存している。特に人魚姫人間に変身した直後の場面の挿絵執拗に集め続けた。

動画サイトに上げられている、この童話モチーフにした国内外アニメ作品(プロアマわず)のスクショもそこには含まれている。

気がつけばフォルダには2000枚以上の画像が集まっていた。

この物語時代地域を超え、世界中の人に愛されている証拠だ。

去年、最近人魚姫絵本萌え絵に寄ってきているとか、そもそも30年前から書店で売られている定番絵本画家は当時活躍していた有名なアニメーターだとか、そんな議論ネットの一部界隈を騒がせた。

俺にとっては今更な話だ。

子ども向け絵本に相応しい絵柄というもの時代によって変わるのだとか、特定の画風や表現に目くじらを立てる大人の方が歪んでいるのだとか、どちらも冷静で健全意見だと思うが、上記葛藤を長年抱えている俺個人にとっては疎外感しか湧かない。

絵柄がどうであろうと、この世で作品として表現された多くの人魚姫に対して、俺は欲情するし、ポルノのように見なしてしま事実がある。

絵本を生み出し子どもに届けることを職とする人々には、こんな読者がいることを心から申し訳なく思う。

しかし、原作の内容からして、やはり人魚姫は初めから人の心の後ろめたい部分を刺激する歪さを含んだ物語だったのではないだろうか。

人間への変身を遂げた直後の人魚姫の肢体を、露わに描くことの是非は正直わからない。

わざと扇情的に描くこともないんじゃないかと思う。そんなことをするせいで俺のような変な人間が出てしまう。

あくま自分体感だが、実は2010年前後から子ども向けの読み物における人魚姫挿絵表現に変化が現れつつある。

2010年代(ゼロ年代からそうだったかもしれない)の人魚姫達は、痛ましい裸体を王子や読者の目に晒すことが前よりも少なくなった。

浜辺に倒れて気を失っている人魚姫は、何も着ていないのではなく、鱗が変化したと思われる可憐ドレスを予め身に纏って描かれるパターンが増えている。

俺は正直、その傾向にものすごく安堵している。

もう欲情しなくて済むし、後ろめたさを感じなくてもいい。

作家達は最初からそう表現すればよかったのだ。

そうすれば人魚姫の清純さ、可憐さ、儚さ、気品は十全に表現される。

さっきまで被服の概念のない無垢世界で生きていたせいで、自分を愛さない男の目に一糸纏わぬ裸体を晒す、愚かで無知少女はいない。

俺は間違いなく、おそらく意図的にこんな理不尽無垢で蠱惑な物語歴史に残したアンデルセンを、良くも悪くも一生恨み続けることだろう。

追記

向こう見ずで愚かな少女の憧れが、最後宗教的に高尚な愛と犠牲の境地に昇華していく話だというのは理解しているんだけど、なんかそこに至るまでの過程に、清純になりきれないエグみやエロさが含まれているような気がする。

たぶんそれも原作者の計算の内なんだろうな。

個々の絵本アニメのような派生作品には、言いづらいけどオカズを探してたはずなのに純粋芸術性の高さに圧倒されてしまうような素晴らしいものも多い。特に東欧絵本とかすごい。

どちらかといえばアンデルセンだけじゃなくて、数年周期でよくネットで「人魚姫絵本エロい」と騒がれる絵(30年前からおそらく今に至るまで日本で1番手に入りやす人魚姫絵本が出典)を描いた高橋信也さんにも複雑な気持ちを抱いている。

エロ目的で描かれたものじゃなく、社会で広く受容されているし文化的にも高い評価を受けている作品を幼少期からずっとオカズにしていることは、とてもじゃないがこの先なかなか打ち明ける場がないだろうと思ったので、一度言葉にしてみたかった。

4/17追記

これを投稿して16時間後の今、「王様の耳はロバの耳」の床屋のような気分でいる。肩の荷が降りた感じだ。

訂正すると、画像が2000枚あると書いたのは多少不正確だった。

人魚姫関係以外の非三次元オカズ(MtFTSFとか)も合わせてまとめたフォルダ画像の総数が2500枚程度だった。

実際にあの場面の画像を今まで確認収集できている人魚姫派生作品の数は、300前後になる。1作品から複数画像を保存する場合が多いのでこうなるんだろうな。

基本的に俺は変身前の人魚姫の姿で抜くことができず、本当にピンポイント人間になった直後のあの場面だけに欲情してしまう。なので人魚の姿での画像は集めていない。

加えて、子ども向けとはいえ裸の少女が描かれている微妙な場面の画像が、人魚の姿での明るい表紙絵や、華やかなドレスを纏った終盤のシリアスな場面の挿絵に先んじてわざわざネットに上がる頻度は、やはり少ないと言っていいだろう。

こんな目的意識を持ってネットの海を長年徘徊していると、海外人魚姫好きが日本東映が昔作った長編アニメ映画とディズニー版を比較したレビューを書いていたり、ディズニー版はディズニー版で色々な(俺のようにおそらく性の目覚めを奪われてしまったのだろう人間を含めて)ファンがいたり、ニコ動ボカロ曲アンデルセン原作通りの筋書きを教えてくれる作品としてyoutube投稿者の間で何年も根強い人気を持っていたり、sim人魚姫物語再現する動画投稿者が定期的に現れたり、各国で様々な人魚姫が作られている様子がわかったりと、とにかく色々な受容のされ方を目にする。

そこで起きている現象自分しか知らないままでいるのは何となく惜しいような気がするので、具体的にこの派生作品のここがエロいと感じてしまうという懺悔を含めて、ろくなものにならないだろうが雑な考察をまたいずれ投稿するのもありかもなと考えている。

4/18 再々追記

ブコメの中に池田浩彰さんの名前が挙げられていたので回答します。

あの本は確か残念ながら絶版になっていたはずだけど、小学生の頃に図書館で見た時はかなり動揺した。

人魚デザイン(知らなければ画家名前でググってほしい)もそうなんだけど、画風の美麗さといい、しっとりと柔らかそうな人体描写といい、一度見たら忘れられないような印象の強さがある。唯一無二。普通に絵画として好きだけど、色々な気持ちになる。

この投稿を読んで実際どんな派生作品があるのか調べてみたくなったというブコメもいくつか見かけるけど、個人的には「little mermaid andersen」とか「人魚姫 絵本」とかに色々な単語(legsとか裸とか)を加えながら、グーグルyoutube、あとピンタレストでもずっと黙々と検索していた。

英語もいいけど、youtubeだとフランス語スペイン語、あとイタリア語とかで「人魚姫」を意味する言葉検索しないと辿り着けない動画も色々ある。正直その辺の検索ワードウィキペディア人魚姫記事の各国語版を参照しながら、読めなくてもスペルがそれっぽい単語を勘で拾って打ち込んだりしていた。

誰得なんだろうなこの告白

つのまにか性癖の話は脇に置いてでも、一つの童話に対してあれほど多様で豊富派生作品存在する様子を誰かに知ってほしい気持ちが湧いてきた。

実際に集めた画像を見てみたいというコメントもあるけど、しかし、その多くはそもそもエロ目的なんかじゃなく純粋作品紹介のためにネットに上げられたものが大半なんだ。

なのでこういう目線の語りに直接並べてしまうと何というか、いよいよ申し訳なくなってくるからたぶん無理だ。面目ない。

2019-04-15

anond:20190415175004

そういう計算がある人もいるだろうけど、そうではなく

本気で宗教的明治時代の習慣を崇め奉ってるらしきのもいるのが謎

何が彼らを惹きつけるのか

2019-04-14

フェミニストオタクは似ている

例の、上野千鶴子東大祝辞の件。

「言いたいことは分かる。でもあの場所で喋ること?」

「この部分ちょっと粗くね?」

くらいの、まあ一理あるでしょって指摘にすら罵声が飛んでいく。

これって何かに似てるなと思ったら、

かつて「シン・ゴジラ」にオタクたちが熱狂していたとき

少しでもケチをつけた人が袋叩きにされていた現象そっくり

私たち熱狂に水を差すな!」という感情理屈を付けて

人格否定までして、正気か?と思う。

感情が昂ぶるとフェミニストオタク区別が付かない。宗教的だ。

と言うのは、半分冗談だけど。

フェミニストにもオタクにも色んな人がいるし、

騒いでる人みんながフェミオタクであるわけでもないし。

まあ、あの「祝辞」が好きな人ならこの程度の詭弁は許してくれるだろう。

今のブコメを見てると、フェミニズムの先にグリーンピースのようなテロ集団が登場してもおかしくないって思っちゃうね。

ちょっと冷静になったら?

2019-04-09

anond:20190409195057

アンタには残念だが、俺らの場合宗教的不可能なんだわそれ。

新卒で入った富士通を9ヶ月で退職しました。

前提。何を語るのか。

2018年4月入社した富士通を同年12月退職したので、順を追って経緯を説明する。

昨今さまざまな問題が浮上している企業ではあるが、大変お世話になったことに違いはないため、最大限の敬意を払いながら語りたい。

3月入社に至ったきっか

キーワードは3つだ。①新卒採用パンフレット、②メジャー感、③人の良さ。

まず、富士通新卒採用パンフレットの出来がよかった。大企業ながらも新しいことに取り組んでいく姿勢ヒューマンセントリックという標語SIer実態とはかけ離れた煌びやかさ。(当然ではあるが)新卒者が入りたいと思うような仕上がりになっていた。いま振り返ると、自分視野があまりに狭かったと反省するばかりだが、当時は純粋パンフレットを読んでワクワクしていた。

また、会社メジャー感も入社の大きな決め手となった。富士通には、大手企業ならではの採用における露出の多さや安心感があった。「最初はやっぱり大企業だよな...」社会の右も左も分からぬ中、大手企業以外の選択肢自分にはなかった。

最後に、人の良さも入社する理由となった。老婆心忠告しておくが、企業を「人の良さ」で判断するのは悪手だ。採用担当は「人が良い」に決まっているし、何より社内の人間は流動的で、いつ誰が辞めていくかもわからない。

とにかく、このような理由入社することとなったが、数ヶ月後にミスマッチだと気がつくことになる。

4月8月新人研修

富士通では、約4ヶ月にも渡り研修が行われる。自分にとっては、良くも悪くも学びの多い期間だった。

最初の数週間は、富士通という組織について学ぶ。会社歴史文化を知るだけでなく、タグラインである「shaping tomorrow with you」を、単語レベルで分解し意味咀嚼していったりもした。この研修で、自分富士通が大好きになった。というよりも、自分所属する組織に誇りを持っていたかった。事実から目を背けようとしていたところもあったかもしれない。いずれにせよ、自分は至る所で「shaping tomorrow with you」と意味もなく吹聴して回った。普通に死にたい

5月に入ると、プログラミング研修が始まった。使用する言語Javaだった。初めてのプログラミング不安もあったが、本当に楽しく学ぶことができた。「変数とは、配列とは」という基礎レベルから手取り足取り教えてくれる企業富士通くらいのものだろう。文系出身自分プログラミング第一歩を踏み出せたのは、他の何でもなくこの研修のおかげであり、いまでも本当にありがたく思っている。

そして7月プログラミング研修が終わった頃、富士通に対する不安、というよりも漠然とした恐怖感を覚えた決定的な瞬間が訪れる。新入社員全員で、社内のとある講演を聞いていたときのことだ。前後文脈は省くが、講演者の方がこのような発言をした。

「私がam I shaping tomorrow with you?と訊くので、皆さんは全員でYes! I am shaping tomorrow with you! と答えてください。am I shaping tomorrow with you?」

その後、新入社員一同が起立し、

Yes! I am shaping tomorrow with you!」

という声が響き渡った。

場内は盛り上がっていたようだが、自分は「Yes! I am shaping tomorrow with you!」と言えず挙動不審にあたりを見回していた。「shaping tomorrow with you」というタグラインはいまでも大好きだが、あまり画一的で、どこか宗教的な様子に一歩引いてしまったのだ。この瞬間から、「この会社自分に合わないのかもしれない」という確信めいた気持ちが生まれていた。

8月12月。待ちに待った配属、そして実務。

8月中旬。当然のように配属は希望通りにならず、長年運用が続くレガシーシステムに携わることとなった。使われている言語は、当然のようにCOBOLJavaアプレット新卒パンフレットとは全然違うじゃないか!とは思わなかった。その頃にはある程度SIer現実を知っていたからだ。だから、何とか楽しくやっていこうと思った。興味のない分野かつ、レガシー環境だったが、自分の周りだけでもハッピーにしていくつもりだった。それに研修でも「置かれた場所で咲きなさい」と教わった。(ある種の教え込みだったのかもしれない)

しかし、その意気込みは数週間しか保たなかった。

業務に関して詳細を語ることは控えるが、自分のメインの仕事は「コピペ」だったのだ。EXCEL方眼紙で作られた手順書の通り、文字通り、ctrl+Cとctrl+Vを交互に押していくだけの簡単お仕事。一日中コピペを繰り返していると、指が変になりそうだった。また、ディスプレイは貸し与えられないため、いくつものウィンドウを小さなラップトップで開き、何とかやりくりして捌いていた。

それが何週間にも渡って続き、9月中旬には退職を決意していた。

しかし、そんなすぐには会社を辞められるはずもなく、当面は転職のための勉強を続けながら働くことになった。

念のため言っておくと、富士通での仕事は決して悪いことばかりではなかった。メインの業務は相変わらずコピペだったが、トレーナー不憫に思ったのか、マネジメントや社内ツール作成にも携わる裁量を与えてくれた。残業ほとんどなく、毎日定時で帰ることができた。それでも自分がたったの9ヶ月で退職をしたのは、「今のままではマズイ」という本能的な危機感だった。コピペEXCEL方眼紙業務では何のスキルも身につかないし、たとえ開発に携われたとしても言語COBOLだ。自分未来果たしてどうなるのか?ひたすらに頭を捻った。自分人生について、初めて本気で真っ正面から考えた。

...可能な限り早い段階での退職。それがベストな答えだと悟った。

12月末〜。その後。

退職するに当たって、一切の問題は発生しなかった。退職の旨を伝えた際、引き止められることはあっても理不尽なことはなかった。手続きも大変スムーズであり、非常に感謝している。

自分はこれからWebエンジニアになることが決まっている。結果として、富士通での9ヶ月は「自分が本当にやりたいこと、実現したいことは何か」に気づくための期間となった。周りよりも一手遅れてしまったが、とにかく、富士通での業務自分にとって必要ステップだったのだと思う。昨今、富士通に対するネガティブ記事が数多く出回っているが、富士通をはじめとするSIerは決して悪ではない。そこにはただ「合う合わない」があるだけだ。誰もが自分に合う職場で、ハッピーに働いていければそれでいいと思う。苦い経験ではあったが、富士通での経験無くして今の自分はいないということを忘れず、これからハッピーに働いていきたい。

2019-04-07

anond:20190406231146

半分マジレスすると

たぶん宗教的儀式

収穫祝いとか逆に豊作祈願とか

あ、農耕が始まったのは縄文時代の末期か

まあでも、狩りで獣がたくさん捕れる祈願とか安産祈願とか病気快癒祈願はしてたろう

だいたい世界文化歴史とか見ると、彫刻絵画音楽舞踊

最初はそういう呪術的なものから発達してる

2019-04-05

次の災害ときネット火種は間違いなくヴィーガンの非常用物資の話になる

おそらく、被災者でもない奴が非常食にもヴィーガンフードを!とかやってオタクに燃やされ、

しばらくして各自治体にヴィーガンフードの備蓄署名みたいなことやりだす奴が出てきて多分千葉市長あたりが反論して燃えるだろう。

で、ヴィーガン側が自分らではなく菜食の宗教的マイノリティを矢面に立ててきて

そしてオタクヴィーガンやっぱ宗教じゃん、みたいな雑なまぜっかえししてtogetterで250ブクマぐらいいくだろう。

間違いない。

anond:20190405120243

そもそもの話として、いいダイバーシティと悪いダイバーシティがあったとして、日本以外の先進国移民がいいダイバーシティだけであるとは言いがたいと思う。

宗教的根本的に考えが違う人達が多数勢力になった時に、男女平等とかが維持出来るのか危ぶまれていると思う。

2019-03-27

anond:20190327155120

根本的に天道思想かい宗教的発想がまずあって、それから天道に添うにはどう生きるかを問うている。

実はこの人たちの功績は、キリスト教で言えば神学論におけるものなんだよな。

スピノザとかルソー思想無意味でないようなものなんだとは思う。

2019-03-19

anond:20190317144636

あれは宗教的意味があるんだよ

パンティーをかぶるのは現代だと変態っぽい雰囲気もあるが、宗教的な死後の世界では正装と見なされるわけで

2019-03-15

anond:20190315145217

「なってしまった現実」というのは違うと思う。「宗教的に正しい行いとは言え劣等種を滅ぼした罪」くらい。

2019-03-03

anond:20190303200315

20年くらい前はもうそうだった気が

まあ卒業式の一日だけなら宗教的行事練習だとでも思えばそんなに悪いもんでもないんじゃね

2019-03-02

こんまり国内国外で売り方変えてるのも知らないのになんでいっちょかみするんだろ。

ときめきまでも宗教的と言い出したらちょっと病的。おブラ様呼びが気持ち悪いとかならともかくそれ以前なんだよなあ。

2019-02-28

anond:20190228102916

女性アーティストセクシー衣装パフォーマンスで踊っている時に保守的宗教的な連中が批判してきたら、「なぜ女性自身が自らの意思自分性的魅力をアピールしてはいけないのか?なぜ隠さねばならないのか?自己決定権は無いのはおかしい!」と抗議するのがフェミニストだと思っていたが、随分と変わってしまった。

いまや、フェミニストがその宗教的な連中とも手をくみ出している。

2019-02-23

ボツ

私たちの住む国は、世界と比べても信仰心がとても薄い。9割以上の人々が『自分信仰を持たない』と答えるだろう」

「俺も宗教とか興味ないですね。そういうのに偏見があるのを承知の上で言わせて貰うと、バカのやることだと思っています

直感的な意見は嫌いじゃないよ。だが、この国に未だ宗教施設が多くある事実をどう解釈する? 資本主義高度経済成長を経てなお、それらは後援されているのが現状じゃないか

そう返されて言葉に詰まった。

言われてみると、確かにそうだ。

祭事場所神社で、そこに大勢の人が参加している。

葬式基本的仏式だ。

現代サブカルですら、そういった描写があることも珍しくない。

しかも、俺たちはそれを大して疑問に思わないで受け入れている。

広義的な意味では宗教的な信仰を持っている、と言えなくもない。

「これは私の持論だが、生活体系や思考フレームとして我々は“宗教的な何か”を常に持ち合わせているのだよ。大なり小なり変容しつつも、何かを信仰することをやめられない」

2019-02-20

anond:20190218195220

このコメントをお書きになった方に私の考えをお伝えしたくここに書かせて頂きます

まず、世界大戦である意味日本よりもっとひどいことをしたドイツに私は実際に行って次の感想を抱きました。

ドイツミュンヘンあたりでドイツ留学経験のある人の紹介で、かなり深くドイツの人と接することができたと思います

そして、ドイツの人は少なくとも、かつて世界大戦に参加した日本から来た私からみて、自民族至上主義ナショナリズム

ついては、驚くほど厳しく自制し、深く(キリスト教的な)悔悛のなかで生きていらっしゃるように見えました。

これは、キリスト教という宗教的背景からドイツの人の多くは何か世界大戦でのドイツの行ったことと「原罪」の観念

心のなかで結びついているのではないかという印象を抱きました。

日本の人の場合、その宗教的もの世界大戦における日本行為とは全く心のなかで結びついてはいないように思います

そこらへんの点が、海外の人からみた場合、何か怒りを引き起こししま可能性があるのかもしれません。

あくまでも、私の推測ですが、ドイツに行って、いか日本アメリカ化し、ヨーロッパ大陸文化とは大きく隔たった

社会になっているかということに危機感を感じました。

2019-02-18

サロンによるテロが本格的に起こるな

オウム信者獲得に必要対立構造に国を設定して

頭のいい信者が本当にバイオテロ必要材料を作り出してしまった

そして頭のおかし教祖が実行を命じることでテロが起きた

宗教的サロンも必ず対立構造を作ってる

そのうち信者暴走で本当にテロ起こすで

信者教祖が望んでると思ったといい、教祖は知らんぷり

絶対起こるに100万ペリカかけてもいい

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