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はてなキーワード: 嘲笑とは

2021-05-14

anond:20210514002237

実際問題職場コミュニティから意図的に除外する行為から

普通にモラハラパワハラの類だろう。

父親が何歳かは知らないけど、年長の女性だったり職場での立場が上の場合は、

地位をかさにきたセクハラの要素もある。

なのに何故、オッサン被害者側だと、被害者側にも原因があるみたいな言い方されたり、

男なら(被害を)それぐらい我慢しろ強要されたり、あるいは弱さを嘲笑われたりするんだろうな。

ただの差別ミサンドリーやん。

2021-05-13

デッカチャンだよ

気付いちゃった気付いちゃったわ〜いわい

僕って将来確実に孤独死するよね

 

気付いちゃった気付いちゃったわ〜いわい

みんなが僕を見て嘲笑ってるよね

 

気付いちゃった気付いちゃったわ〜いわい

僕って将来絶対詐欺に引っかかるよね

 

気付いちゃった気付いちゃったわ〜いわい

僕って多分幸せになれないよね

 

気付いちゃった気付いちゃったわ〜いわい

僕みたいに劣ってる人は努力しても無駄だよね

 

しかも僕みたいに劣ってる人は生きてる意味が一個もないよね

 

しかも僕みたいに劣ってる人は大体悲惨な末路が待ってるよね

 

死にぞこないの生きぞこない

デッカチャンでした

2021-05-12

異世界生物よりパーティー解雇物の方が読者を承認してくれる

異世界転生ものってあるでしょ。あれは、現実世界ではうだつが上がらない平凡なあるいは平凡以下の人間が、異世界では圧倒的な能力を発揮して無双できるというのが基本構造。「いまの自分能力無双できる」パターンも「転生時に新たな能力を獲得して無双できる」パターンもあるけど、これって所詮別世界の話なんだよね。日々の生活で、周囲の人達から自分が期待するような承認が得られないことに不満を感じたり鬱屈してる読者からすれば、無敵になった主人公活躍を通して一定カタルシスは得られるけど、どこかに虚しさも伴う。なんせ異世界に行っちゃった時点で最初から圧倒的にすごい人なので、『見返す』とか『ざまあ』みたいなスカッと感が演出できない。すごい人がすごいことをしてみせて、知らない人達に感心されたりビビられたりしたって、それは予定調和でしょ。

その点、パーティー解雇物っていうのはいいよ。なんせ、解雇される前もされた後も、主人公は同じ世界にいるでしょ。パーティーから「役立たず」「無能」と嘲笑され侮蔑されてた自分が、実際に放逐されてみると、そのパーティーではあらゆる物事がうまくいかなくなる。一方で、主人公は、同じ能力を持ったまま、それを認めてくれる新たな仲間たちと協力してどんどん成功する。この流れの中で、前のパーティーの仲間たちに「実はあいつは縁の下の力持ちだったんだ、今まで貢献を正当に評価しなくてすまんかった…」と悔やませシークエンス描写できる。追いすがってきて「もう一度パーティーに戻ってくれ」と懇願する彼らに、主人公は「もう遅い」と言い放つ。この流れには『いま自分が実際に担っている仕事の真価をわからずに自分を侮ったり虐げたり嗤ったりしてるやつらを、見返したり、痛い目に遭わせたり、反省させたりする』という、異世界生物にはない強烈なスカッと感がある。侮蔑と屈服の落差がでかい。もうシャーデンフロイデが出まくりよ。

しかもこっちは、現実生活での憂さも多少なりとも晴らしてくれるじゃん。ただファンタジー世界無双するんじゃなくて、自分が日々やっている、他人にはなかなか顧みられない仕事活動が、実はすごく価値があって、自分がその気になったらお前らは大変なことになるんだぞ、という密やかな夢想快楽に浸らせてくれる。しかパーティー解雇物だと、新たな仲間たちの方は主人公の真の能力に圧倒されて「主人公さんすごい…抱いて…」ってなっちゃうわけで、ここで異世界生物カタルシスもきっちり提供してくれる。だから異世界生物よりもパーティー解雇物のほうが、読者をより深く承認し、より強い『スカッと感』を与えてくれる、上位互換版の物語類型なんだと思うよ。「読む麻薬」としての作用さらに激烈になっただけだとも言えるけど、まあいいじゃないの、近代小説というのはもともとそういう性質があって、だから登場当時から保守派批判されてきたんだもん。

anond:20210512100850

anond:20210510143302

物扱いしてると批判されてる増田だけど、ものすごくぶっちゃけた事言うと、お互い初見お見合いの、せいぜい1,2時間で分かる相手ことなんてたかが知れてるからほとんどの人はスペックとかわかりやすいところに注目する。その意味自分スペック相手が興味を惹かれる「良物件ではない」しそれを数時間凌駕するコミュニケーション能力があるわけでもないと自覚してるから、それじゃどうしたらいいかってのは、いろいろ考えた。

服装とか会話の仕方の検討はもちろん、自分からはよほどの場合を除いてほぼお断り入れたことない。とりあえず仮交際してわかりやすスペック以外のところで判断してもらうにはどうすればいいだろうか、人からの助けも得て色々試行錯誤した。言えば嘲笑対象になるほどお見合いの回数もこなした。一旦本交際になりつつ破局したこともある。その上での今の結果を得た。

そういった経験をしつつなので、自分も当然相手スペックだけで決めたわけじゃない。

相手を物扱い「だけ」してると捉えられたのは自分の不覚だけども、「相手もまずこちらをどう判断すればいいのかわからない(からスペックとかで判断しがちになる)、その上で自分はどうすればいいのか」を考えないといけない、ってのが、自分婚活で得た結論だって話。

2021-05-11

弱者男性差別無くすの無理じゃね?

弱者男性は何を求めてるのか?って内容の増田がずっとエントリを賑わわせて来たけど

結局、弱者男性自称してるブクマカ達の総意としては

モテいからって馬鹿にする

弱者男性からといって嘲笑する

など上記のような弱者男性差別をやめろ

ってことなんでしょ。

いや、無理じゃね?

ネットから淫夢厨を排除するのが無理なように、ま〜んの使用排除するのが無理なように、弱者男性差別排除するのは無理じゃないか

童貞煽りも、ニート煽りも如何考えてもなくならないだろ

というか、はてなで叩かれることが差別なら世の中全てのもの差別されてるだろ

2021-05-10

ラインスタンプ集めるの好きなんだ

お母さんしかラインしてくれる人いないのにね

嘲笑ってくれよ

2021-05-09

anond:20210506234730

弱者男性を名乗る人々が精神障害持ち女を「でも理解のある彼氏くんが」と、積極的に叩いて来たことは忘れないし、いくら弱者男性が辛そうにしていても「所詮弱者男性自分の不幸を理由に人の不幸(精神障害)を軽んじ、嘲笑する人間性からな」と思い続けるだろう。

弱者男性「だけが積極的に叩いてきた、と断定する理由は何?

惣流・アスカ・ラングレーに送る、毒親持ち女子(23)からラブレター

※シンエヴァネタバレあり

これは毒親持ちのオタク女子(23)から惣流・アスカ・ラングレー(式波・アスカ・ラングレー)に送る、一方的ラブレターである



14歳の時に、DVDエヴァを見た。画面の中で、私と同じ年の少女が「エヴァパイロットではない自分には価値などない」と、心から真っ赤な血を流しながら叫んでいた。その姿を見て私は泣いた。彼女の機体にかけられた虹色の光に、そしてその身を裂くような苦痛に、私も一緒に襲われていた。


それが私と惣流・アスカ・ラングレー出会いだった。


アニメ版、旧劇場版でのアスカ母親存在否定されたという過去があり、自分自身の存在エヴァパイロットであることに依存している14歳少女だ。とても愛らしく美しい見た目をしており、自分の培ってきた能力他者を圧倒することを厭わない高飛車なその性格と内側に抱えた闇は、一瞬で私を虜にした。


アスカが私を虜にしたのは、私の状況が彼女酷似していたからだ。もちろん私はアスカのような美少女ではないし、大学飛び級出来るほど頭が良かったわけでもない。しかし一応、県のトップ高校に行ける程度には勉強はできた。父というモラハラ上司に四六時中監視され自尊心を根こそぎ奪われていた私にとって、勉強プライドの拠り所だったのだ。それだけが、私の誇りだった。


からエヴァパイロットであることを拠り所にしているアスカ気持ちは痛い程よく分かった。そしてそれを取り上げられる苦痛も、それがなければ他者と関わることができないという辛さも、何もかも。


それ故、高校から大学にかけて私は彼女を愛した。彼女出会う前は派手だと遠慮していた赤も、彼女の色だと思えば愛おしかった。私のような地味な女には似合わない赤の小物がいつしか部屋の中に増えていった。

ランダムラバーリストバンドの箱を開けて、彼女の機体をモチーフにしたカラーではないものが出てきた時は心底がっかりした。

あんバカァ?」という嘲りを含んだ声色も、その内側に抱えているものを知る私には愛らしく響いた。

『心よ原始に戻れ』を歌うときには、いつだって彼女のことを思い浮かべていた。


彼女高慢な態度も、その華奢な身体内包した闇の深さも、海風に髪がなびいたとききらめきも、心が壊れて廃墟バスタブに横たわっていたときの姿も、頑なに心を開かないところも、最後シンジ君に対して「気持ち悪い」と吐き捨てたところも、惣流・アスカ・ラングレー構成するすべてを、私は愛していた。




しか新劇場版では、アスカ母親因縁から解き放たれていた。加地リョウジを愛することもなかった。それどころか何のきっかけもなくシンジを愛し、レイに碇親子の会食を勧めるようお膳立てしさえした。

そんな彼女は私の目にはまるで安っぽいギャルゲーの物分かりの良いサブヒロインのように映った。アスカシンジを好きになるきっかけが埋まったエピソード(瞬間、心、重ねてとマグマダイバー)は、新劇では全てカットされていたからだ。

好きになる理由がないのにどうして?やっぱりシンジ君を上げたいだけの話なの?最近流行りの異世界転生のように?くだらない、くだらない、くだらない!


アスカの扱いの粗雑さに腹が立った。


私は新劇アスカを愛することはできなかった。私の愛するアスカは惣流の名を冠する彼女だけだ。胸を貫くような痛みを共有できる彼女けが、真のアスカラングレー。そう、思っていた。


が、シンエヴァ彼女が救済されたことを知ったとき、素直に涙が零れた。心の底から良かったと思えた。彼女首にはもう、DSSチョーカーはないのだ。置いて行かれたという気持ちがなかったわけではなかったが、いつか私もそうなれるのだというエールのようにも思えて、映画館で静かに泣いた。




私もいつか、父の呪縛から解き放たれ、自分自身の人生を生きることができるだろうか?

私にはエヴァはない。手を取り助けてくれるケンスケもいない。


遠くから、私を嘲笑う声が聞こえる。お前は必要ないと叫んでいる。お前など産まなければよかったと、感情的に叫ぶ声が聞こえる。女の癖にと嘲る声が聞こえる。雪の日に裸足で外を歩かされた記憶も、八歳の時に殺されかけて失禁した記憶も、寄生虫と呼ばれたことも、女のお前など中流公立高校で十分だと言われたことも、受験した大学が一つしかからず受からなかった分の受験料をどうするのだと土下座をさせられたことも、弟が父に刺されそうになり慌てて止めたことも、十八の時に父の頭をフライパンで殴ろうとするも喧嘩慣れしていなかったせいで肩に当ててしまい殺しきれなかったことも、成人式の時に着物代を一銭も出さなかった父に私の用意した貯金額があまりに少ないと文句をつけられたことも、なかなか消えはしない。それはどうしようもなく、私の一部だ。


でもそれもやがて遠い記憶の中に埋もれ消えていく。

私が、未来を見て歩き続けるのなら。

傷つくことを恐れず、他人と関わっていこうとするのなら。



父の呪縛を一気に解いてくれる何かなんて、ありはしない世界で私は生きている。でも私はそれでいいと思う。確かにそんなものがあったらいくら金を積んだっていいけれど、ありもしないものを求めたって仕方がない。


アスカ。私がいつか父の呪縛から解き放たれたら、一緒に日比谷無印カフェに行ってくれないか。そこでお茶をしよう。ケンスケくんの話をしよう。呪縛から解き放たれたきみと、一緒に笑いたい。

そんなことを言ったら、きっときみは「気持ち悪い」と言う。でも構わない。「気持ち悪い」と言われるのを恐れずにきみに話しかけられるようになること自体が、私が呪縛から解き放たれた証なのだから



アスカいつまでもきみを愛しているよ。ケンスケくんとお幸せに。


2021-05-08

anond:20200506231549

週刊少年ジャンプに限った話ではないのだが、都民都民に甘い。

都民都民ガムランミスに甘いが、地方人のガムランミス嘲笑することがあった。

都民都民ピアニストミスに甘いが、地方人のピアニストミス嘲笑することがあった。

都民都民論文ミスに甘いが、地方人の論文ミス嘲笑することがあった。その典型例が小保方事件だ。小保方の論文審査は甘かった。

都民都民演劇ミスに甘いが、地方人の演劇ミス嘲笑することがあった。


これ以外にも、都民都民に甘いという審査を私は今までの人生で何度も経験してきた。

この連鎖では、実力は定義されない。

正義棍棒

ポリコレ棒なんて言葉が出てきてしばらく経つように正義の名のもとに寄って集って攻撃するのはもはやインターネット風物詩だ。

そんな中でインターネットにいるオタクが親の仇のように憎んでるスポーツの一番の祭典であるオリンピックを叩ける棍棒が降ってきたらどうなるか。こうなったね

今やかつてポリコレ嘲笑してた人までもポリコレ棒を振り回してる。まだ振り回してないのお前だけ

オタクは「俺は学生時代運動部に虐められたかスポーツが嫌いだ。だからオリンピック潰して体育会系に一矢報いるんだ」ってちゃんと正直に言おうね。コロナウイルスオタク復讐のために生まれたわけじゃないからね

2021-05-07

anond:20210506234730

嘲笑してたんが強者男性じゃなくて弱者男性てなんで分かったん?

弱者男性じゃなくて任意弱者に手を差し伸べようよ。

弱者女性精神障害者男性サンドバッグにしてきたことについて

anond:20210506234730を読んで、書いておこうと思った。

弱者女性を名乗る人々が精神障害持ち男を「でも理解のある彼女さんが」と、積極的に叩いて来たことは忘れないし、いくら弱者女性が辛そうにしていても「所詮弱者女性自分の不幸を理由に人の不幸(精神障害)を軽んじ、嘲笑する人間性からな」と思い続けるだろう。

そして今現在の心境としては、弱者女性いくら辛そうにしていても絶対に手を差し伸べたくないと思っている。

思っている、というよりは

思ってしまうようになった、というのがより適当だ。

わたし普段生活において、「人に親切にしよう、人に気を配ろう、(いくらかの定型発達の人々が無自覚にするような)人を追い込むような真似はやめよう」と積極的に気をつけて生きているつもりだ。別に、不幸な人々を負け組嘲笑し生きるような人柄ではない。しかし、弱者女性を名乗る人々の言動を見るうちに、「弱者女性は、こんな言動をしていたんじゃ差し伸べられる手も差し伸べられないだろうな」という感情が「誰が手を差し伸べるか」という気持ちに変化していた。

正直なところ、わたしは手を差し伸べられると、差し伸べるほどの余裕や能力があるとは言い切れない。だからわたしがどう思おうと関係のない話かもしれない。

 

弱者女性には弱者女性なりの辛さがあるのだろう。それは、男性であるわたしには男性なりの辛さがあって、発達障害であるわたしには発達障害なりのつらさがあるのと同じだろう。わたしの辛さが弱者女性に完全に理解できるものだとは思わないし、わたしもまた弱者女性の辛さは理解できない。

弱者男性たるわたしと、弱者女性どちらが辛いかはわからない。測り、比べられるものだとも思えない。

しかし、弱者女性たるあなたがが辛いのだと主張すれば、辛いのだろうなと思うことぐらいはできる。「そうなんですね」程度の相槌は打てるだろう(それがわたしコミュニケーショ能力限界だ)。

これがわたしの線引きだ。これ以上はもう手を差し伸べたくない。

 

わたしが男だからか、は知らぬが「理解のある彼女さん」を作ろうと思えば作れるだけの性的価値とやらはあったかもしれない。

だがアセクシャル、アロマンテイックの自分にとって、理解のある彼女さんは不要だった。欲しいと思えなかった。

高校時代に鬱で心療内科にかかり、(ずっと怖くて診断を避けていた)発達障害の診断を受け、障害を受容し、社会で人並み程度に働けるようになるまでには多大な苦しみと努力があった。

わたし普通には働けないのではないか障害者雇用を選ぶべきではないかそもそも社会に出るべきではないのではないか、周囲が言うようにわたし女性に養われるべきなのか、そのために好きになれない異性相手理解し難い恋愛感情偽装結婚するべきなのだろうか……

からすれば大したことのない悩みかもしれないが、わたしにとっては生涯を通して付き纏うだろう悩みだ。

結婚という逃げの選択肢があるだけマシ」と言われるかもしれないが、その選択肢を負わねばならない人間にもそれなりの辛さがある。

結婚したくもないのに、結婚しなければ嘲笑される。養われたくもないのに、養われれば良い、養われるべきだ、養われないなんて、選べるのにこれを選ばないなんてバカだ、選べたのに選ばなかったなんて大バカだ、と謗られる。その風当たりは歳を取れば取るほどきつくなるのかもしれない。

辛いことだ。

弱者女性の「でも男は理解のある彼女さんが」は、大変不愉快で腹立たしく、そして不安気持ちにさせるものだった。誰に対して言ったわけでもない、自嘲混じりの嘆きだったのかもしれないが、実在個人に当たる弾だったのだ。

 

わたしは、許さない。

 

わたしのようにアセクシャルでない障害男性にとっても、失礼な言葉だと思う。

女性から恋愛対象に該当するような男性になることは、フリをすることは努力必要だ。金も服装も、正しい話題選びも、普通男性らしいふるまいをすることも、普通男性らしいコミュニケーション能力を身につけることも、とても困難な男性はいる。普通男性に、普通に価値がある」男性に、擬態する努力は何も異性から好かれるためではない。人並みに扱われるために不可欠な努力だ。「理解のある彼女さん」も「性的価値」も男ならば必ず初めから手に入るものではない。努力あってのものだ。

 

理解のある彼女さん、に好かれ、関係を維持している障害持ち男性は、自分努力を語るにも周囲への感謝を欠かさない素晴らしい人だろう。

(正直な話、わたしだってアセクシャルとして、恋愛脳の異性愛者は結局「彼女さん」か、とうんざりしていたし、理解のある彼女さんに頼る甘えたバカ男のせいで自分の辛さが矮小化されるわけで恨みしかないわけだが、)理解のある彼女さん持ちの障害者男にとっても「お前らは理解のある彼女さんがいるからいいよな」は不快言葉だったろう。

 

さまざまな精神障害認知され、発達障害を持っていても療育によって働ける男性は増えていくだろう。異性に頼らずに生きる障害だって、この世にいるのだ。

 

あなたがたは、ーーーあなたではないかもしれないが例えそうだとしても、弱者女性の名で、精神障害持ちの男性にたいして発してきた言動は、無かったことにはできない。

弱者女性の辛さを、弱い立場男性を叩く正当化材料したこと自分の辛さを人への加害の理由にする、品位の無さ。

弱者女性論を歪めてきたのは誰か、よく考えて欲しい。

弱者女性は、弱者女性を名乗る幾人かの言う通り、ごく一部の自称弱者女性がそうした言葉を発しているだけなのかもしれない。

弱者女性に寄り添う顔をして、(※フェミの反対の概念がない)叩き男叩きに興じる悪がいるだけなのかもしれない。

しか弱者女性が、はっきりと、それを否定批判しているは見たことがない。

 

例えたった1人でも、過去の(あなたもしくは弱者女性を名乗る他人の)発言批判するならばわたしも考えを変える努力をしようと思う。

 

それでもやはり、あれらの発言絶対に許さない。

2021-05-06

追記しました。弱者男性精神障害者女性サンドバッグにしてきたことについて

anond:20210509075626追記を書きしました。

 

anond:20210506123407を読んで、書いておこうと思った。

弱者男性を名乗る人々が精神障害持ち女を「でも理解のある彼氏くんが」と、積極的に叩いて来たことは忘れないし、いくら弱者男性が辛そうにしていても「所詮弱者男性自分の不幸を理由に人の不幸(精神障害)を軽んじ、嘲笑する人間性からな」と思い続けるだろう。

そして今現在の心境としては、弱者男性いくら辛そうにしていても絶対に手を差し伸べたくないと思っている。

思っている、というよりは

思ってしまうようになった、というのがより適当だ。

わたし普段生活において、「人に親切にしよう、人に気を配ろう、(いくらかの定型発達の人々が無自覚にするような)人を追い込むような真似はやめよう」と積極的に気をつけて生きているつもりだ。別に、不幸な人々を負け組嘲笑し生きるような人柄ではない。しかし、弱者男性を名乗る人々の言動を見るうちに、「弱者男性は、こんな言動をしていたんじゃ差し伸べられる手も差し伸べられないだろうな」という感情が「誰が手を差し伸べるか」という気持ちに変化していた。

正直なところ、わたしは手を差し伸べられると、差し伸べるほどの余裕や能力があるとは言い切れない。だからわたしがどう思おうと関係のない話かもしれない。

 

弱者男性には弱者男性なりの辛さがあるのだろう。それは、女性であるわたしには女性なりの辛さがあって、発達障害であるわたしには発達障害なりのつらさがあるのと同じだろう。わたしの辛さが弱者男性に完全に理解できるものだとは思わないし、わたしもまた弱者男性の辛さは理解できない。

弱者女性たるわたしと、弱者男性どちらが辛いかはわからない。測り、比べられるものだとも思えない。

しかし、弱者男性たるあなたがが辛いのだと主張すれば、辛いのだろうなと思うことぐらいはできる。「そうなんですね」程度の相槌は打てるだろう(それがわたしコミュニケーショ能力限界だ)。

これがわたしの線引きだ。これ以上はもう手を差し伸べたくない。

 

わたしが女だからか、は知らぬが「理解のある彼くん」を作ろうと思えば作れるだけの性的価値とやらはあったかもしれない。

だがアセクシャル、アロマンテイックの自分にとって、理解のある彼くんは不要だった。欲しいと思えなかった。

高校時代に鬱で心療内科にかかり、(ずっと怖くて診断を避けていた)発達障害の診断を受け、障害を受容し、社会で人並み程度に働けるようになるまでには多大な苦しみと努力があった。

わたし普通には働けないのではないか障害者雇用を選ぶべきではないかそもそも社会に出るべきではないのではないか、周囲が言うようにわたし男性に養われるべきなのか、そのために好きになれない異性相手理解し難い恋愛感情偽装結婚するべきなのだろうか……

からすれば大したことのない悩みかもしれないが、わたしにとっては生涯を通して付き纏うだろう悩みだ。

結婚という逃げの選択肢があるだけマシ」と言われるかもしれないが、その選択肢を負わねばならない人間にもそれなりの辛さがある。

結婚したくもないのに、結婚しなければ嘲笑される。養われたくもないのに、養われれば良い、養われるべきだ、養われないなんて、選べるのにこれを選ばないなんてバカだ、選べたのに選ばなかったなんて大バカだ、と謗られる。その風当たりは歳を取れば取るほどきつくなるのかもしれない。

辛いことだ。

弱者男性の「でも女は理解のある彼氏くんが」は、大変不愉快で腹立たしく、そして不安気持ちにさせるものだった。誰に対して言ったわけでもない、自嘲混じりの嘆きだったのかもしれないが、実在個人に当たる弾だったのだ。

 

わたしは、許さない。

 

わたしのようにアセクシャルでない障害女性にとっても、失礼な言葉だと思う。

男性から恋愛対象に該当するような女性になることは、フリをすることは努力必要だ。メイクも、服装も、正しい話題選びも、普通女性らしいふるまいをすることも、普通女性らしいコミュニケーション能力を身につけることも、とても困難な女性はいる。普通女性に、普通に価値がある」女性に、擬態する努力は何も異性から好かれるためではない。人並みに扱われるために不可欠な努力だ。「理解のある彼くん」も「性的価値」も女ならば必ず初めから手に入るものではない。努力あってのものだ。

 

理解のある彼くん、に好かれ、関係を維持している障害持ち女性は、自分努力を語るにも周囲への感謝を欠かさない素晴らしい人だろう。

(正直な話、わたしだってアセクシャルとして、恋愛脳の異性愛者は結局「彼くん」か、とうんざりしていたし、理解のある彼くんに頼る甘えたバカ女のせいで自分の辛さが矮小化されるわけで恨みしかないわけだが、)理解のある彼くん持ちの障害者女にとっても「お前らは理解のある彼くんがいるからいいよな」は不快言葉だったろう。

 

さまざまな精神障害認知され、発達障害を持っていても療育によって働ける女性は増えていくだろう。異性に頼らずに生きる障害だって、この世にいるのだ。

 

あなたがたは、ーーーあなたではないかもしれないが例えそうだとしても、弱者男性の名で、精神障害持ちの女性にたいして発してきた言動は、無かったことにはできない。

弱者男性の辛さを、弱い立場女性を叩く正当化材料したこと自分の辛さを人への加害の理由にする、品位の無さ。

弱者男性論を歪めてきたのは誰か、よく考えて欲しい。

弱者男性は、弱者男性を名乗る幾人かの言う通り、ごく一部の自称弱者男性がそうした言葉を発しているだけなのかもしれない。

弱者男性に寄り添う顔をして、フェミ叩き女叩きに興じる悪がいるだけなのかもしれない。

しか弱者男性が、はっきりと、それを否定批判しているは見たことがない。

 

例えたった1人でも、過去の(あなたもしくは弱者男性を名乗る他人の)発言批判するならばわたしも考えを変える努力をしようと思う。

 

それでもやはり、あれらの発言絶対に許さない。

弱者男性というと、最近はてなで話されてる定義とは違うかもしれないが、小・中学校の時のクラスメイトを思い出す。

比較的臆病で、運動が苦手で、身体の動かし方に特徴があり(挙動不審と言われていたが、俺はそうは言いたくない)、何か意地悪されてもボソボソとだけど言い返す、という感じで悪い事はしてないが、おそらく一部の表面上のコミュニケーションの心地良さを求める人間にとっては、キモいとか癪に障るというタイプだったのだろう。

そのクラスメイトは、男女問わずスクールカースト上位層からいじめられてた。

男のいじめっ子は殴る蹴る。女いじめっ子は物を隠したり汚したり給食ひっくり返したり服を脱がせたり。

これから俺が思ったことは2つ。

1つは、表面上のコミュニケーションの心地良さってそんなに正義であり、逆にそうでなければ悪になるようなものなのか?、ということ。

例えば、表面上のコミュニケーションの心地良くないか恋愛対象にならない、は理解できる一方で、殴ったり意地悪したりは正当化されないだろう。

はてなでも、弱者男性に女を割り当てろ、という言説に対して批判することは理解できる一方で、弱者男性コミュニケーションに弱かったりすることだけで批判したり嘲笑うことは許されないと思っている。

もう1つは、いじめるのは男女ともに一部の強者であり、いじめられる弱者もまた男女限らず存在するということ。

フェミニズムによってまるで男性全てが強者女性全てが弱者であるかのような言説が広まったように感じるが、実際には男性にも弱者はいるし、女性にも強者はいる。

弱者男性はそれへの反発で出てきた声なのではないかと思う。

女性をあてがえ、という言説は論外だけど、男性全てが強者ではない、弱者男性いじめるな、という声には真摯に向き合っていくべきだろう。

追記:

一番言いたいことを書いてなかった。

結局のところ、強者弱者というのを男女という属性で雑に括るのは止めようと言いたい。

存在するのはその状況それぞれにおける強者弱者であって、全てにおいて男女で分けて雑に語るのではなく、丁寧に問題をひも解いていかなければ無用な反発が生まれるだけだろう。

アメリカミリシアプレッパー嘲笑えなくなってきたなあ

そもそも日本地震大国なわけだし、やっぱり備えよ常になんだよなあ

地下シェルターを買う金もそもそも家も庭もないわけだけど、

備蓄とかサバイバル必要な道具は持っておくべきだよなあ

銃は入手できないかマルイのでも買うか…

2021-05-05

良心の呵責なしにポイ捨てしたり他人馬鹿にして嘲笑ったりしてるほうがよっぽど性格が悪い人間だと思うんだけどな

助けるつもりもないくせに

味方のフリして近づいて

隠そうともせず見下して

馬鹿にして貶して踏みつけて

嘲笑ってるクズばっか

偽善者以下のクズばっか

人間未満のクズしかいね

歪んでる壊れてる終わってる

2021-05-04

anond:20210504162539

嘲笑しないよ。誰もがそのルートを通るだろうからね。傷は深いだろう。お大事に。

弱者男性だけど一発逆転しようと思ってFXやったら負けた

女ならこういう時彼くん(笑)が慰めてくれるんだろ?

弱者男性嘲笑されるだけなんだよな

世知辛い

anond:20210504155332

そりゃ嘲笑されたら傷つくだろ。そういうのは無くしていきたいよね。俺もそう思う。

でも、ここでフォーカスしているのは結婚するにあたって誰がどれだけ手持ちのカードを持っているかの話だから、傷つくとかそういう話まで盛り込むと論旨がぶれちゃうの。

それから女性容姿をけなすやつはクソだと思うし、恋愛工学もクソだと思うし、それでも恋愛工学に従うと異性獲得の成功率が上がる世の中もクソだと思ってる。

ていうか、他人嘲笑したりけなしたりマウントとったりすることすべてクソだと思ってる。

クソだと思うのと、現実として目の前に横たわってる現象認識するのは別だよね。

自身記憶にある限り女性容姿をけなしたことがないよ。

でも、そういうモブ男は女性からなかなか目に入らない自覚はあるし、合理的とは言えない生き方をしてるとは思ってる。

anond:20210504140858

横だけど

女性だって容姿キモいキモくないかジャッジされ、嘲笑され不当な扱いを受けてきたと思うけどね(これは個人的経験もあるし一般的にもよくあることだと思う)。昔からあるエンタメ記号で、美人性格が良くてデブスは性格が悪いってのあるじゃん?これってそういう扱いがメジャーだったから浸透したわけでしょ?

に対して

これ、実は男性の内心と女性自身の自認で大きく異なる。男性美人をもてはやすが、いわゆる不細工といわれる女性でも生涯の伴侶とするのに抵抗はない。ただそのことを口に出さない。

って、話が嚙み合ってないのに本人気付かないのか?

つか「女性男性容姿ジャッジされ嘲笑されて傷つくのは、その男性に選んで貰えないと思ってるから」だと思ってる?

普通に嘲笑されたら普通人間は傷つくだろ」って事が分からない??

と思ったらその後に

女性をけなした方が女性を獲得しやすいから(恋愛工学)。

もちろん、対立した女性悪口としてあえて言うこともある。悪口なので本心ではなく、対立しなければ普通に恋愛関係になれる。

とあった。

どうやら「普通人間自分を貶してくる奴なんか嫌いである」という常識がこの増田の中には無いようだ。

この増田の中では、女性男性容姿を貶されるとその男性に惚れるけどその男性が自分を選ぶとは思えないので傷つく生き物、なのか。

から男性女性容姿を貶したとしてもそれは本心じゃなくて、その男性はちゃんと君を選んでくれるから大丈夫だよ!」と言って

それを女性が信じてくれるなら女性が喜ぶと思ってんのか。

昭和漫画にあるような、「照れ隠しで好きな女の子に敢えて意地悪する男の子と、何だかんだでその男の子に最終的に選ばれて喜ぶ女の子」を

本気にしたまま令和の大人になってしまったような。

そりゃ話嚙み合わんわ。

anond:20210504034945

ちゃんと書いてくれたんでちゃんと返信するよ。

そもそも弱者問題であって性別で分けて考える必要は無い」というのは認識していて、元の記事でも次のように書いている。便宜上彼らを「ガチ弱者」と呼ぶことにする。

食うに困るくらいならそれはKKO問題ではなく貧困問題だ。

女性で生きるのがつらそうなのはキモくて金のないことではなく、普通に働けないレベルの深刻な病気や障碍を抱えていたり、食うに困るレベル貧困だったり、毒親介護などの事情を抱えていたりという人。

ただそれは男性も一緒

ガチ弱者は、現状の救済策が十分ではないにしろ改善すべき社会問題として認識されている。というのが論旨のひとつめ。

女性だって容姿キモいかキモくないかジャッジされ、嘲笑され不当な扱いを受けてきたと思うけどね(これは個人的経験もあるし一般的にもよくあることだと思う)。昔からあるエンタメ記号で、美人性格が良くてデブスは性格が悪いってのあるじゃん?これってそういう扱いがメジャーだったから浸透したわけでしょ?

これ、実は男性の内心と女性自身の自認で大きく異なる。男性美人をもてはやすが、いわゆる不細工といわれる女性でも生涯の伴侶とするのに抵抗はない。ただそのことを口に出さない。

理由としては、そういうことを口に出すと男性社会での地位マウンティングランキングモテランキング)が落ちるから、あるいは女性をけなした方が女性を獲得しやすいから(恋愛工学)。もちろん、対立した女性悪口としてあえて言うこともある。悪口なので本心ではなく、対立しなければ普通に恋愛関係になれる。

めしネットじゃなくてリアル恋愛あきらめたような弱者男性の声に耳を傾けてみると、彼らは全然女性容姿をけなさないことがわかるんじゃないかな?恋愛あきらめた男性は異性をけなしてモテランキングを上げるモチベーションがないから。

何が言いたいかと言うと、美人ポイントとして加算されるが、不細工は減点にならないということ。いわゆるルッキズム男性の内心とは相違があるということ。これが主旨のふたつめ。

まあ、これはこれまで何度か増田に書いても女性には信じてもらえなかったから、今回もあんまり期待してないけどね。

そして弱者男性の話。

弱者男性はいろいろとフォーカスぶれることもあるが、基本的にはガチ弱者よりもう少しマシな人たちと認識してほしい。彼らは食うに困るほどではないか生活保護をはじめとする社会支援は受けられない。

男性からっていわゆる男らしさを求められがちなところは辛いだろうなと思う。

男の場合、いわゆる男らしさも、キモいことも、金のないことも、同性から評価も、異性から評価も、自分自身から評価も、すべて強く関連していることが最大の生きづらさの原因だ。

高い収入を得る職業に就けば、同性からも異性からも高く評価される。自己肯定感も上がる。金があれば身だしなみもきれいになる。男性の服は女性の服ほど工夫のしがいがなく、高い=かっこいい、なのだユニクロで小ぎれいにしたところで嫌悪感が消えマイナスゼロになるだけで、性的魅力はプラスに転じない。もっと上位の身だしなみが必要だ。

まり収入普通レベルよりも低く生活保護を受けるほどでもない男性は、それだけで「キモい」も「モテない」も「同性からの低評価」も「社会からの低評価」も「自分からの低評価」も必ずセットでついてくるのだ。

女性場合、金がないけど美人とか、不細工だけど家庭的、といった一芸入試的というか複数軸の評価がありえるが、男性はそれがなく一本道ということだ。

そしてこの、中途半端に金がなくて、それゆえにキモくて、それゆえにあらゆる人からまれ努力不足と言われ、的外れアドバイス勝手にされ、無害にも関わらずネット女性攻撃しているとあらぬレッテルを貼られる、社会からまったく同情されない人たちが弱者男性なのだ

これが主旨のみっつめ。

実際「クロワッサン」誌はかつての弱者女性を救ったよな

弱者男性論で「伴侶をもてない高齢独身男性社会から嘲笑される弱者だ」という論調を見かけたけど、40年ぐらい前までは、30過ぎて結婚できていない女性は「売れ残り」「行き遅れ」とバカにされ、ロクな仕事もなく、実家にも居場所がない、正真正銘弱者だったと思う。

それが、社会意識が変わり、独身女性たちが自分人生肯定できるようになったのは言ってみりゃ「クロワッサン」のおかげだ。

今のクロワッサンは丁寧な暮らしを説く中高年向け雑誌になってしまったけれど、社会から嘲笑されなくなるためには独身男性にもかつてのクロワッサンのようなメディア必要なんじゃないのかな。

ハゲおっさんも#metooと言ってもいいのではないか

自分女性

5年前に癌が発覚して抗がん剤治療を受けた。

よく知られてることだけど、抗がん剤治療を受けると髪が抜けてハゲになる。

髪の毛だけじゃなくてまつげまゆげ下の毛も全部。

ある日風呂に入ってシャワーを浴びて髪がごっそり抜けた時は泣いたね。

患者会とかで会った人たちもみんな泣いたって言ってた。

抗がん剤治療で髪が抜けて泣かない人なんていないよ。

幸い経過は良好で治療が終わって髪も無事生えて来た。

でもリンパ浮腫リスクがあって医療用の弾性ストッキングを履かなきゃいけないんだよ。

医者には「おきている限り一生履き続けるんですよ」と釘を刺された。

この弾性ストッキングっていうのがババアみたいな色で分厚くてクソ暑いんだよ。

秋冬は服で誤魔化せるからいいんだけど夏は辛いね

クソ暑いのはまだ我慢できるけど、サンダルも履けないし好きな服も着れない。

サンダル靴下を合わせたりマキシ丈ワンピースで隠したりして工夫してるつもりなんだけど、

事情を知らない人から「そんな格好で暑く無いの」と言われた時はやっぱりグサッと来た。


で、いつも思うのは、ハゲおっさんは辛く無いのかなってことなんだけど。

自分治療ハゲてた時は辛かったけど少なくとも同情はしてもらえたよ。

人と会う時はウィッグを付けたし、友達は「うんうん髪が抜けるの辛いよね」と励ましてくれた。

そもそも「かつら」なんて言わないわけ。「ウィッグ」だよ、「ウィッグ」。

おっさんだって髪が抜けて辛いと思うんだけど、なぜ抗がん剤治療脱毛は同情されて、おっさんハゲ嘲笑対象になるんだろう。

ずっと疑問だよ。

男の人は髪が抜けてもそんなことを気にせずに堂々としてることが求められるよね。

かつらとか薄毛治療とか、恥ずかしいことのように言われるのはなんで?

自分がもしおっさんで、髪が抜けたらやっぱり辛いと思うんだけどな。

ジャニーズの○○が実はかつらだった」とか、それだけでもネットニュースになるけど、それは差別ではないの?

ハゲが気になる人もいれば気にならない人もいるし、顔立ち的にハゲが似合わない人だっているよね。

お笑いでもブスいじりとかデブいじりは叩かれるけど、ハゲいじりはまだ普通にあるし。

ちょっとハイヒール強要されることが差別だとして#metoo運動話題になったけど、

ハゲてるおっさんだって#metooと言ってもいいんじゃないの?


あ、自分リンパ浮腫関係ハイヒールダメです。

ハイヒール強要は良く無いよね。

#metoo

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