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はてなキーワード: 日食とは

2018-12-14

anond:20181214111126

日食?と月食しかたこと無いんだよな。

流れ星は1度だけ。

見たいなぁ。

2018-11-30

脇の下からその日食べたもの臭いがする

脇の下からその日食べたもの臭いがする。

今日サイゼリアの小さなパン

昨日は桃みたいな甘い臭い

玉ねぎ食べた時は玉ねぎ臭いがするので大事仕事の前なんかは玉ねぎは食べない。

触ってみて初めてうっすらとパンのような臭いがするな、とわかるレベル。友人や恋人はそんな臭いしないよ、と言ってくれるけれど、彼らは私に気を使っているだけで、実は公害レベル悪臭なのではなかろうかと思うと夜も眠れないし、風呂に入った時も身体のどの箇所よりも脇を丁寧に洗う。臭いハゲは早めに指摘してくれた方がよっぽど親切だ。

自意識過剰すぎるかもしれないが、ワキガ人間自分ワキガであることに気づけないというし、私も実はワキガなのではないだろうか、という漠然とした不安けが今日も頭の中に蔓延している。

今まで生きてきてワキガ人間出会たことがないのだが、もしかして、私もワキガなのだろうか。

皆さんの脇の下はどんな臭いしますか。臭いがする時点で異常なのでしょうか。

とりあえず、風呂に入れば朝食を食べるまでは石鹸匂いに保たれる。風呂に入ってから翌朝起きるまでのこの時間が今生きていて一番幸せ時間である

2018-11-25

ぼくが自殺を決行した話をする

今だからあんまり気負わずに言えるけど、当時は人生に対して切実な思いを持っていた。もちろん自殺には失敗したから今生きている。

当時、ぼくは20歳ニート生活をしており、よくわからないまま何の目的意識もないまま、とにかくこの先の人生絶望しながら生きてきていた。

ぼくはそのとき大学中退してそれなりの年月が経過していた。大学に行ったのも特に目的は無かった。働きたくないし勉強もしたくなかったが、親が金を出してくれるということで、自分人生に対して責任というものがなく、ただ言われるがままに進学をしていた。受験勉強は全くせず高校時代は家で勉強したことはなかったが、学校の授業を高校1年生から2年生まではしっかり受けていたこともあって、受験成功し、ランクは落としたが大学に進学した。それでもそこそこの国立大学には進学したので、ぼくは同級生ほとんどを見下していたように思う。

大学に入ったときは「遊びまくれる」という意識があって、いままでの家庭内での抑圧が弾けるかのようにぼくは遊び回った。当時隆盛していたモバゲーやらGREEやらでメンヘラ漁りをしたり、ネトゲにハマったりPCゲームにハマったり映画を見たり、一般的パラサイト大学生として過ごしていた。大学ははじめのころは新鮮でおもしろいと思って通っていたが、慣れてくると結局勉強をしなければいけないことに気づきだんだん卒業後の現実が見え始め、やる気がなくなった。勉強をしてなんになると思い始めて学校に行く頻度が落ちた。卒業して働くということに絶望を感じていた。就活というもの意味がわからなかった。

「少なくとも残り38年、あるいはそれ以上、奴隷として働かなければいけない」という絶望感があった。ぼくはそこまでして生きたいと思っていなかった。好んで死にたいわけではなかったが、人生目的が本当に何もなかった。ただ言われるがまま、子ども学校に行くもんだという指令のもとに生きていた。こうした呪縛から解き放たれて自由を得た代わりに、選択肢が何もないように感じていた。「働いて、生きて、それでその後は?」「何十年も生きて、それでその後は?」「生きていれば楽しいこともあるだろう。それでその後は?」「たとえば何かしら名声を得るとして、それでその結果何が得られるのか?」という風に感じていた。すべての物事人生最後にどう意義深くなるのかを考えていた。こういう考え方は、防衛機制の知性化というらしい。

ひとまず2年生に進級した。必修単位だけはなんとか落とさなかったが、そのほかの単位ものすごく落としていた。状況は何も変わっておらず、相変わらず特におもしろいとは感じないながらも、まだおもしろさが比較的マシなゲームや女遊びに没頭していた。しか現実逃避に過ぎないと考えてぼくは自殺を考え始めた。「死」が選択肢に入ってくると、おもしろいほど転がり落ちるのが早い。ただの堕落した大学から、終わり始めていった。

ふつう人間は、何か行動を選択するときに「死ぬ」という考えは浮かばない。「おなかすいたかコンビニに行こうかな。めんどくさいな。まぁ食わなきゃ死ぬしいいか」というふうにはならない。どんな選択でも死ぬことが関わってくる。死神に呪われているがごとく。「窓が汚れてるなぁ。窓ガラスに首を突っ込んだら死ぬだろうか」「料理はめんどくさいな。包丁を刺すのは痛いだろうなあ」と、だんだん普通の行動を取れなくなる。完全に何かしらの病気なのだが、金がないし「この状況が薬で改善されるとは思わない」と思っていた。

当たり前だが大学には行かなくなった。大学をやめてバイトだけやろうと考えた。当たり前だがうまくいくはずもない。そもそも働きたくないのだから、すぐにバイトにも行かなくなった。身分学生なだけの人間に成り下がった。ぼくは大学も行かず、バイトで貯まっていた20万円を使って、「起きる→ゲームする→眠くなると寝る→腹が減ったとき、朝や昼なら近くのスーパーに行き、夜なら近くのコンビニへ行く」という生活をしていた。ゴミは出たらそのまま放置し、いよいよ虫が出てきたときゴミ捨てをするという、現実逃避以外の何物でもない生活をしていた。

何度も「餓死しようかな」と考えて飯を抜いては「限界。無理」と考えてがっつり食べたりしていた。「3日食べない」「たくさん食う」「2日食べない」「たくさん食う」の繰り返しをしていた。この食べるという行為けが幸福だった。コンビニの同じような弁当ばかり食べていたが、ただただ「うまい」と感じていた。脱水症状手前の状態から飲むポカリは格別だった。体全体が食物を欲している中で食べるハンバーグは絶品だった。ある種中毒になっていたのだと思う。

そうした生活によって金が尽きる前に、母親が迎えに来た。ぼくが携帯電話の電源を切っていたので心配になって見に来たということだった。ぼくは「失敗した」と思うと同時にそれを拒絶した。「現実がやってきた」というふうに感じていた。未来への思考をしないようにしていたところに現実を考えなければいけないトリガーが出た。死を保留することがもうできなくなったと考えて、ぼくはすぐさま死ぬことを考えた。急いで財布だけ掴んで家を飛び出し、ネカフェに3日ほど滞在したあと、富士山樹海で首を吊るのがいいんじゃないかということで、なけなしの金をはたいてぼくは中央線に乗り込み、最後の晩餐として、いくらかの酒やお菓子食べ物ビニール紐と睡眠導入剤を買い込んで、残金がほぼないような状態で、河口湖駅へついた。そこからバス民宿方面へ向かった。民宿の予約はしていない。

ついたのは夜だった。ぼくは民宿の前の道路から少し離れたところで樹海に入った。樹海は街とは比べ物にならないほど暗く、岩は月あかりのせいか血のように光っていた。懐中電灯などというものは持ってきていない。飛び出したおかげか携帯電話も持ってきていなかったので、でたらめに移動した。引き返すつもりもなかったので、財布の中に入っていたお札や小銭を取り出して、破いて樹海の中にばらまいた。そうして移動した。怖くはあったが「動物に襲われたくない」という怖さだった。死にたいが痛いのは嫌だったからだ。樹海は暗すぎて木に紐を結びつけることができなかったので、一夜を明かさざるを得なかった。当時は雪が降る時期で、異常に寒くまともに眠れなかった。「寝たら凍死できればいいのに」「寝たら死んでいますように」と考えていて、必死で寝ようとしては起きてという繰り返して、朝を迎えた。何時だったのかは全くわからない。薄明かりで木に紐をくくりつけられるぐらいになった。

ビニール紐というのは何度も巻き付けて首に巻くとものすごく痛い。そもそも数秒耐えることもできない。睡眠導入剤や酒など飲んだが何の効果もない。意識はかなり明瞭で「死ぬ」という恐怖心と戦わなければいけなかった。「死ぬ。これから死ぬ。なぜ死ぬのか。そもそも死ぬ必要があるのか。これで本当に死ねるのか。考え直した方がいいのではないか。死ななくてもいい方法があるのではないか」と考えた。痛いし寒いし死のうという決意も薄いしで、結局ぼくは死ぬことを諦めた。

朝を迎えた樹海景色が綺麗だった。樹海の中にある道を探すと、あっけなく道が見つかった。その道をまっすぐ進むとすぐ道路にたどりついた。全然道路から離れていなかったらしい。

道路に出て、ぼくは適当に歩き始めた。明らかに変なところを歩いているのに誰も話しかけることはない。それはそれでよかった。変に話しかけられても困るだけだった。道路をまっすぐ進むと甲府方面看板が出てさらにまっすぐ進むと、幸運なことにお店があって、横に公衆電話があった。あとで調べると12kmほど歩いていたらしい。何のためらいもなく110番をする。「自殺に失敗したんですけど」といって、ぼくはいろいろあって実家に帰ることになった。おまわりさんには「いろいろ人生つらいこともあるけど死ぬのはダメだよ」みたいなことを言われてぼくはひととおり泣いていた。ただ、そんな言葉で心変わりするぐらいならここまで悩んでいない。泣いて「ちゃんとした方がいい」と思ったのはほんの数瞬だった。

実家に戻ってまず思ったことは「状況が何ひとつとして良くなっていない」という絶望感がただそこにあるだけだった。死の保留が再びできて安堵していただけだった。当時の家庭環境もよくなかった。父母の仲はぼくが家を出たあとでいっそう最悪になったらしく、父は仕事に没頭しており、そもそも母と情報共有できていなかったので、ぼくが樹海に行ったことを知らないようだった。今も知らないだろう。ぼくも積極的に言うこともなかった。「自殺を図った」という言葉の上っ面では、他者にそこに至った経緯など伝わるはずもなく、その理由理解され難かった。

ぼくはそのまま自堕落生活を送った。

堕落生活で、ぼくはひたすらネット動画を見ていた。「動画を見る・起きる・夜目覚めて冷蔵庫にあるものを漁って食う・眠くなったら寝る」というクズ生活を送っていた。その一般的クズニート状態のまま1年がたって、当時の「死ぬことの怖さ」みたいな思いが風化して、ぼくは再び死ぬことに決めた。「親に迷惑をかけている」とは思っていなかった。「今まで虐待みたいなことを散々してきて育ったのだから当然の報いだろう」と思っていた。申し訳無さではなくて、この先どうすればいいのかを延々と考えていた。未来がない。「奴隷か・死ぬか」という二分的な思考の中で揺れ動いていた。いま思えば思考があまりに先鋭化しすぎているが、周りの環境がそう簡単に変わるわけでもない。むしろぼくの存在によって周りの環境がぼくの闇に引きずり込まれるように悪化し始めた。

死ねなかったのは、前回のプランが悪かったのだ」「そもそもプランをたてる暇がなかったのだ」と考えるようになっていた。「そもそもビニール紐で死ねるわけがないではないか」などと思って事前調査することにした。実際にはビニール紐ではダメで、ロープが良いのである死ぬというのは勇気というか、一大決心がいるものであるが、準備ができていないと死ぬことはできない。感情的であればあるほどめちゃくちゃなことができるが、めちゃくちゃゆえに準備不足で失敗することもある。ぼくの場合死にたい!!」という一撃の思いではなくて、ずっと心にためていた漫然とした「このまま生きていたくない」という学習無力感だったので、痛い思いもしたくなかった。

着々と準備を進めてぼくはやっぱり首吊りをすることにした。何度も首吊り選択している理由がわからいかもしれないが、首吊りリーズナブル苦痛が少ないという合理性からだ。ただし実際には苦痛は他の死に方と比べて少ないというだけで、ものすごくあることもあるし、一般的生き方での「痛い」と比べるべきものではない。基本的にはほぼすべての死に方について、死ぬほど痛い。幸運にも苦痛なく死ぬことができる人もいるはずだけど、最悪の場合永遠に苦痛を味わいながら生きることになる。

ともかく、ぼくはロープを買い、痛くないようにハンカチなども買って準備を万全にした。睡眠導入剤や酒も以前と同じく買った。

夜、ぼくは家を飛び出して近くの山に向かった。田舎だったので山には困らなかった。白昼堂々山に入って通報されたらたまったものではない。夜に行動するのは基本だった。

樹海ときと同じように外で寝た。犬の鳴き声が聞こえて不安を煽られたが、地元ということもあったのかそれはそこまで気にならなかった。今回は夏で、じゃっかんの肌寒さしかなかった。準備は万全で、今回は変に目が覚めることはなく、いったいどういう神経をしているのか、熟睡できた。

明け方ロープを準備した。ネットで調べてきたとおりにハングマンノットという結び方で、枝に結んだ。ぼくは最後の晩餐だとして、買い込んできたご飯を食べた。睡眠導入剤をすべて飲んで水やお茶を飲み、酒を飲みまくり最後ファミリーマートで買ったエクレアを食べた。食べ終わると猛烈な不安が込み上げてきた。「死ぬのか」という感情が心をとにかく揺さぶった。

ぼくは木に登った。木に登って、太い枝に立ち、丸く結んだロープ首にかけ「ジャンプすれば死ぬ」というところまで準備した。猛烈な恐怖が体を襲った。ぶるぶる震える。ジャンプする。ジャンプしさえすれば死ねる。足はとにかくすくむ。今でも怖いと思う。思い出すだけで恐怖心が現れる。

それで、どうやったかよくわからないけど、ぼくは自殺を決行した。枝からジャンプした。

しばらくするとぼくは暗闇の中にいた。そこにはものすごい多幸感があった。眠りから覚める以上の幸せがあった。何かの扉が見えて、眼の前には光があった。あとで「この世に生まれてくる」とはああいうことかというように表現できるたぐいのものだった。ぼくは目を覚ました。ぼくは何をしているんだろう。ここはどういう世界なんだろうか。不可思議感覚だった。

次の瞬間、全身に激痛が走る。人生で生きてきた中で最も痛い激痛だった。ぼくは理解した。死のうとしていたのだった。ぼくは痛さで発狂していた。ぼくは痛いのをなんとかしたいという一心で、自動的ロープから必死に首を脱出させようと試みた。痛い。とにかく脱出しなければ。痛い。ロープから首を。痛いの嫌だ。ロープに手でぶら下がれば首は締まらない。痛さが軽減した。

ぼくはロープから首を出してそのまま枝から落ちた。体がドスッと地面に落ちたがそんなことはどうでもよく、首が熱を持っていた。喉がひたすら痛かった。それどころか頭まで痛かった。どれくらいそこにいたかからなかったが、ぼくは死ねないことに深い辛さを感じていた。鋭い痛みと「死ぬことはできないのだ」という選択肢がなくなったことでぼくはずっと泣いていた。

この経験以来、ぼくは「あのとき実はすでに死んでいて、今も実は死んでいるんじゃないか」という感覚がある。いつかあるとき、今生きていることは夢だということで目が覚めて、あの飛び込んだときに戻るのではないかという感覚がわけもしれずある。当時の体験2chの関連スレにそっと書いていたが、あまりまれることもなくひっそりとスレの中に埋もれていった。基本的にみんな他人には興味が無いのだ。

どのくらいそうしていたか覚えてないが、ぼくは家に帰った。太陽はもう高くあがっていた。どのくらいぼくは首を吊っていたのか全く判然としない。数秒だったのか数時間だったのかわからない。現実的におそらく長くても十分も経っていなかったのではないかと思うが。家につくと母はぼくの首の痣にびっくりしていた。とにかくぼくは生きる選択肢を選んだ。痣は1ヶ月ほど消えなかった。

その後お寺に連れて行かれてカウンセリングを受けた。なぜお寺なのかは理解できなかったが、言われるがままについていった。自分でもカウンセリング必要だと感じていたからだ。話を聞いてて思ったのは「ありきたりな話の集合のくそくらえ」ということで、ぼくが考えていたのは「こいつは使い物にならねえ」ということと、今後の指針だった。幸いにもカウンセラーの口がそこまで達者ではなかったので、ぼくが宗教にハマることはなかった。精神的にだいぶ弱ってはいたが、ぼくが欲していたのは「現実的に機能する今後の指針」であって、よくわからんスピリチュアル的なものではなかった。ましてや自殺決行後の人に、死のうか悩んでいる人向けのカウンセリングをしたところで何の効果もないだろうと、ことここに至ってもまだ人を見下していた。逆にぼくではなく、母がスピリチュアルに頼るような人種になっていた。

自分正当化するようだが、母も別に聖人君子ではない。こうなるまでぼくは小さい頃、虐待とともに生きてきた。第三者から見ればただぼくが悪魔のように見えて、切り捨てたい汚物のようだと思うだろうが。ぼくは今になってようやく、母も祖母祖父からめちゃくちゃな教育を受け、育児嫁姑問題や父との不仲、父のめちゃくちゃさ等でストレスがたまっていたということを理解して客観的に見ることができるようになった。いわゆる毒親というやつだろう。今は遠く離れて住んでいるため、適切な距離を保てていると思う。

まぁそれは置いておき、死ぬという選択肢が消えたことで、ぼくは図書館にいって本をただ読んだり、ぐだぐだと生きていた。結局保留する癖は死ぬ目に遭っても治っておらず、相変わらず親同士は喧嘩が絶えない状態だった。ぼくはとにかくグダグダとしていた。前よりは安穏としているものの、結果的にそんなに状況が好転していないのだった。

そこで東日本大震災が起こった。ずっとテレビを見ていて思ったのは「いとも簡単に人がたくさん死ぬ」ということだった。

ぼくがずっと考えていたことは自然にとってはありふれたことで、一生懸命自分人生を生きてきた一人の人間が、人生を無理矢理終了させられ、大して深い意味もなく死んでいくという「人間ゴミのように死んでいく」光景が新鮮だった。可哀想などと思う人間気持ちを持つ余裕はまだ無かった。失礼な話だが、人が一人死ぬのを見るたび希望が湧きあがってきた。震災はぼくの死生観に強い影響を及ぼした。「人間が生きる意味などない」というのをかなりポジティブに感じた。

「そんなに簡単意味もなく死ぬなら深く考えるのはバカバカしい」と考えた。文字通り死ぬほど悩んだ結果、ありふれた結論に達するという虚無感に、絶望ではなくて乾いた笑いが出た。「死ぬことについて死ぬほど深く考えた結果、死ぬほど深く考えるのはバカ」という結論に達した人はそうそういないだろう。つまり思考停止なのだが、死に関しては思考停止するのが「生きる上で正しい」のだった。

よくよく考えれば奴隷にならない道もあるはずだと思って、ぼくは震災から数週間経つと、金もないのに家を飛び出して都会に出た。都会に出たあとは、世間知らずと社会不適合者が混ざった状態で、その後もまぁ紆余曲折あったのだが、今は生活好転し、ふつう人間のようにして日々を暮らしている。

いま、ぼくは当時を懐かしい思い出として、あるいはいささかの教訓を含む昔話として扱うことができるようになった。

そして、こうした日々に何の意味価値もないことをはっきりと知覚しながらも、さりとて刹那的にもならず、二律背反的だが、人生意味価値があると思いながら、未来を考えて前向きに生きることができるようになったと思う。ニーチェのいうところの超人というやつらしいけど、そんな上等なものではない。現代では一般的なありふれた考え方だと思う。

まぁ、自殺の決行がなんだとかって話だけど、何かの参考程度に受け止めてもらえれば嬉しいと思っています

追記

長すぎて最後の方の行が弾かれたのでこちらに書きました。

https://anond.hatelabo.jp/20181126040934

2018-11-18

お好み焼き屋にきた!

たこ焼きは昨日食ったので今日

お好み焼きにした!

初めてでうまくできるだろうか??

2018-10-30

夫が私と同じメニューばかり作る

私は仕事が忙しく、帰宅時間も夜遅いので普段料理をする事は少ない。

(その事については夫から理解を得られている。)

料理自体ができないわけではないので、

作ればそれなりに美味しくできるし、

外で食べて美味しかった物や、ネットや本で見つけたレシピなど

少し変わった物、工夫した物を作る事が多い。

夫も喜んで食べるのだが、

それから日経つと同じ物を夫が真似して作る。

それが大抵自分が作った物の方が美味しいので、

つい先日食べたばかりの物の、

それも劣化版を食べさせられるのはなんとも言い難い気持ちになる。

また、あてつけのようにも感じてしまい、じゃあもう私が作らなくてもいいじゃん、とも思うし、単純に短期間に同じ料理を食べると食傷気味になる。

自分レパートリー横取りされた気にもなるし、レパートリーが減った分また何か別のメニューを考えなくちゃと負担に思う。

また真似してる〜、と、冗談ぽく指摘をした事は何度もあるが、なんとも思っていないようだ。

作ってくれるだけマシ贅沢な悩み、と一蹴されそうだが、このモヤモヤを分かってくれる人はいないだろうか。

先程帰ってきてオーブンを開けたら一昨日私が作った料理と同じ物が入っていて、様々な感情が溢れ出したがぶつける先が無いのでここに書いた。

2018-10-26

anond:20181026122941

日食月食の時って、みんな空を見上げてるんだ。

人種も歳も性別関係なく。

2018-10-23

anond:20181022153141

自分もこのタイプ。低血圧からとか昨日食べ過ぎたとか、言い訳し出して起きれなくなる前に問答無用で起きるようにしてる

2018-10-18

一昨日食べたセブンのだし入り梅おかゆめっちゃ美味かったから昨日も買いに行ったんだけど

ホタテ入りたまご粥とかい商品に切り替わっててがっかりした

2018-10-15

anond:20181015002359

ワイもデブやが休日は丸一日食わんでもひもじくならんな

なお1日1000~1500に抑えても痩せない模様

ワイの基礎代謝どんだけ低いねんって思う

2018-10-05

メールで予定を書きたい増田住まい炊きかを居て世でルー目(回文

ライブホールスケジュール

海外大物アーティストが名を連ねる中

堺正章さんも一緒に名を連ねているのは、

どう見てもテーブルクロス引きの人に見えて仕方ないです。

テーブルクロス引きショー見に行きたいわね。

おはようございます

Googleカレンダーメールを送って、

予定を書き込むって出来ないのかしらね

結構もう勝手ガンガン予定追加してくれちゃっていいんだけど私の場合

でもさ

なぜかGoogleマップにはメールの予定が記されていて

行き先下調べで地図見たとき

時間の予定が書いてあるから微妙に便利なのよね。

AI流行ってるけど、

ちょっと先回りして少し便利!ってだけでいいのよね。

でもその少し先回りの少し便利って言うのが、

きっと絶妙に難しいんだと思ったわ。

年に何度も誕生日があるお友だちは

彼女5月まれと知ってる交友関係11月まれと知らされている交友関係では

決して交わることのない人間関係が繰り広げられ織りなされていると思うと、

もうこればっかりはGoogleカレンダーでも管理できないんだわね。

そう思っちゃいました。

私はそんな器用に誕生日レイヤー層の使い分け出来ないわ。

うふふ。


今日朝ご飯

日食べ損なったおにぎりまた忘れるところでした。

今日はしっかりとそれ朝に頂きました。

鯖まぶしおにぎり

デトックスウォーター

寒いのでちょっと湯冷まし白湯ウォーラー梅干し入りです。

身体が温まってエンジンが掛かります


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

もっと日記が読みたい

最近ここで日記(いわゆる日記らしい日記)が増えた気がする。気のせいかもしれないけど。その日食べたものとか、良かったこととか反省が書いてある。

特に面白い訳でもないのについつい読んじゃう。もっと他人日常を覗き見したい。

2018-09-26

[]

日食べたもの

アイスの1本

ギョニソ1本

味ロール2つ

味ロールってロールパンじゃないのにロールって名前

ほんとはごはん他にもいろいろ考えた

夜のスーパーの半額弁当とか

風呂あがってからトマトレンチンするとか

でもお腹殴りまくったせいか病気のせいか食欲がなかったか無難パンだけにした

一応タンパク質ってことでギョニソも

実際それで事足りた

今朝はなんか寒い

床に直に寝る+タオルケットだとかなり寒かったからさっき掛け布団だした

朝も食欲ないけど食べるスープでもお腹に入れるかな

んで会社に連絡しよ

2018-09-25

ズボラ生活

朝ごはんシリアル。楽だから

台所で皿に出して立ったまま食べる。


洗い物は一応する。

最低限の量の食器しか持たない。

そうすると皿や箸を使いたいときに洗わざるを得ない状況になる。

しょうがいから洗う。


洗濯物とかはギリギリのそろそろ洗わないとやべーってときにする。


ティッシュの箱はそこら中に置いてる。

ゴミ箱も多め。

1番近いとこに捨てる。


ベッドの横に机を置いてて、ベッド兼椅子仕事場になってる。

爪切り耳かきメガネ拭きなどは手を伸ばせば届く範囲に置いてある。

まりベッドの上。一応小さいボックスみたいなものを置いて、その中に乱雑に突っ込んである

1日のほとんどをそこで過ごす。

映画テレビもここで見る。


風呂は2.3日に一回。適当


夕飯は基本作る。

でも多めに作っておいて2.3日食べ続ける。


掃除ほとんどしない。

半年に一度ほど親が来るのでその前にちょーっとだけ掃除機かける。

あとは呆れた親が片付けてく。


もっともっと効率よく暮らしたい。

2018-09-24

ラーメンハードルが下がりに下がっている

ほぼ毎日食べる様な状態もよくないが、昨日食べたのに「おっ最近ラーメン食ってねぇな。よってくか」みたいな感じになってるのがやばい

今日のメシなんにすっかな・・・そういえばしばらくラーメンいってないな(前の日の夜はネギラーメンだった)」とふと思ってしま自分が怖い。

そんな人も増田はいるはずだ

2018-09-23

秋風と胃の衰え

地元の友人と焼肉

すごく楽しみにしてたんだよ。お互い進学で遠方に引っ越して2年ぶりくらいに会う予定で。

一緒に焼肉なんて高校の頃以来じゃん、なんつって会話も気持ちも弾んで。

なのに、行ってみたらどうだ、少し食べただけで胃がしくしくと泣き出す。焼肉自体はすごい楽しいんだよ。でも、胃だけがひたすらに辛くて、結局ほとんど食べられなかった。

なんつーか、脂のにおいがしんどい、みたいな。

そんなこと、生まれて初めてだった。

断っておくが、その焼肉屋が特別劣悪だったり、質が低いわけではない。

それこそ地元でお馴染みで高校の時も何回か行ってるし、ごくごく普通に美味しい。

美味しいんだけど、自分が思っているより全然食べられないことが悲しかった。

女子大生といえば、パンケーキクレープ

子供騙しの小さなパンケーキは席に着いた時はいくらでも食べられるような気がするのに半分もいかずに胃が限界を訴える。

炊飯器盗難きっかけに買い換えずにそのままだ。

共用スペースに置いてただけで炊飯器まれたって時点で意味がわかんないんだけど、お金がないわけでもないのに買わないで1年くらい経つの自分でも一番の驚愕だ。

米、それなりに好きだったのに、炊いても食べられなくなっちゃったんだよな。ゆえに、炊飯器もいまの私には無用なのである

あと、これは単純に頭が悪いからなんだけど、食べる量と作る量が見合わない。

「これくらいいけるでしょ!むしろ足りないくらいなんじゃない?」なんて、張り切って作ったご飯を4日くらいかけて食べる虚無よ。頭が考える量と胃が明らかに喧嘩をしている。

そのほかにもたくさん食べられないものが増えた。好き嫌いではなく、むしろ全部もともと好物であったのに、言葉通りに“食べられない”のだ。

食べようとすれば自らの身体限界を訴える。

どれもこの1年だ。20歳と21歳のたった1年の間に私を内包する器官は日に日に衰える。その中でも特に胃、もしくは満腹中枢は顕著に、私を無理やり子供から大人に変貌させようとする。

よく言うじゃないですか、大人になると味覚が変わるって。そりゃ、酒も嗜むし社会的には成人としての義務なんかも果たしている中で未だに胃や味覚だけは若いままでいることを主張するなんて、それほどに身勝手なことはないのだけれど、でも、その味覚の変化とやらがこんなに早く、そして急激に来るものだと思っていなかった。

それに、もっと段階を踏んで訪れるものかと思っていたら、本当に急激にダメになっていくものだなんて知らなかった。

そりゃあハンバーガーも濃い味付けも糖尿すれすれの暴力的糖質健康志向には見合わない。がゆえに、全能感が強い子供の頃が一番適しているし、若いうちはいくら何を食べようが全てがエネルギーに変わるのは理解している。けれど、仮に60で死ぬとしてまだ1/3ほどしか生きていないのに、食事が楽しみから苦痛に変わりつつある。

食べることは人生の楽しみの一つである。そのはずだ。

しかし、ここ最近食べるたびに疲れてしまうし、それならば食べなくていいや、と1日1食、ひどいときは2、3日食事をサボってやっと何か食べようと考えてまた食事に疲れて自己嫌悪、というループを繰り返している。

この怠惰さこそが私の胃を、味覚をどんどんおかしくしていっているのは重々承知しているのだけれど、いまは、ただひたすらにしんどい。

もし、これを読んでる10代の増田がいたら、今のうちに食べたいもの全部食べとくべきだと思う。カロリーが、なんて言ってるとあっという間に食べられない日がきっと来るからダイエットしたい気持ちもわかるけど、食べたいものを食べれるのは若さゆえの才能であり、泡沫の刹那的期間限定だ。

タピオカミルクティーも、スイーツパラダイスも、卵たっぷりトロトロオムライスも今のうちだぞ。

これ、この先もずっとこのままなのかなあ。残りの人生無理ゲーすぎない?

とりあえず、まだ鍋いっぱいに残ってる一昨日の肉じゃが、どうしよう。

anond:20180922163757

家族が1日食べるだけの魚を取れれば満足していた漁師をそそのかして、勉強をさせ、漁業会社経営させて、小さな漁船では魚を取れなくさせ、大きな経済によって環境破壊しながら、格差を作る一方で、職にあぶれたホームレスを作り、このホームレスを支えるために庶民に広く負担させる。ただ一方では障害者や老人も長く生きることができるようになるから負担は役に立っていると思い込ませる。だが、一番本来的で、一番問題がなく、健康な者であれば幸せになれたのは、元の漁師暮らし

2018-08-02

スイカを食べ忘れ増田る出す魔レスベタを介す(回文

古い日記を読んでいて

昨日買っておいたスイカを食べるのをすっかり忘れていたわ!

日食べられなかったショックと、

でも今日スイカあるもんね!との嬉しさとの挾間に挟まれながら、

今日も生きていく!

おはようございます

あのね、

うちの事務所社員寮が1部屋開いてて、

8月まで借りてるんだけど、

誰も居ないから私勝手に住んじゃおうかなって作戦

ちょっとだけ

ティライフ満喫って感じ。

でもさ、

今更ながら何もインフラの整っていないところに

いきなり行っても不便なだけかしらね

映画館もとなりだし、

その間だけでもレイトショー観まくるとか

考えるだけでもちょっとクワクするわ。

スーパーだって24時まで開いてるのよ!

まあそう思ってても

外遊びに行くより

睡眠時間を確保へパラメーター振り分けるかとか、

それも睡眠ライフ満喫って感だわ。

まあちょっと時間あるので

考えてみるわね。

うふふ。

今晩はちゃんスイカ食べよおっと!


今日朝ご飯

食欲無かったのでナッシングよ。

お昼にはモリモリ食べれると思うわ。

ランチ楽しみ。

デトックスウォーター

麦茶ウォーラー夏の定番

手抜きと言えば転機とも言えるわ

意味からないけど。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2018-07-31

スパイス増田駆け巡る具目家か出す魔が水パス回文

サマーな夏と言えば、

冬なのにさまぁ~ず!って

バカルディーさんが名前変えた直後のつかみのあいさつみたいな感じ、

って、ちがうちがう!

夏はうんとスパイスの効いたカリーよね!

スパイス身体の中を通り抜ける感覚は最高!

何年かおきに私の中でスパイス流行る時期があるわ。

今まさにスパイシング中で

近所のインドカレー屋さんで毎週もうテイクアウトよ!

チキンチリカレー辛さマックスてんこ盛り!

と言えばいつもの私の注文!

大きい焼きたてのふわふわの良い香りのするナンがまた食欲をかき立ててくれるわ!

パクパクカレーを付けた食べるんだけど

汗がドバドバドバイ級に出て

逆に清々しい感じよ!

汗かくのって良いわね!って思うぐらい。

あんまりスパイス効きすぎて

お腹最初ピリピリするけど大丈夫よね?

なんか効いてる感じがするわ!

上手い具合に良いあらわせられないけど、

辛いは辛いんだけど、

唐辛子とかみたいな辛さじゃないか

なんて言うのかな、

ガツンと辛いんだけど、

そのスパイスがパチパチくる感じ!

から辛さマックスてんこ盛りでも

食べられちゃうのよね!

私の最近の楽しみだわ!

うふふ。


今日朝ご飯

暑いので食欲減退、

と言いたいけど昨日食べ過ぎちゃったので。

セーブよ。

ランチ楽しみだわ。

デトックスウォーター

変わり栄えしないこの暑さにも効く麦茶ウォーラー鉄板

とにかく朝の一杯が

と言っても飲むもの水系で何でも良いのよ!

難しく考えないで。

その目覚めの一杯が身体を中から起こしてくれるの。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2018-07-29

日食とか月食って天候次第で普通に見れなかったりするのに

「今世紀最大」とか「もう一生見られない」とか煽られると死にたくなるのでやめて欲しい

2018-07-19

anond:20180719143343

うなぎうめえなあ

日食べたわ

市場に出てるものは買わないと廃棄になるのにね

今日も食べようかな

2018-07-01

日食とき観測しようとして太陽を見て失明する人がいるわけですよ

太陽光が直接目に入ってくるような席での仕事強制するのって個人的にはもう傷害なんだけど

特に金曜はめちゃめちゃ眩しかったしあれからずっと目がおかしいんだよ 窓側だった視野がばっさり欠けてるんだよ気持ち悪いんだよ眼球が痛くて「見えてたはずの場所」が痒いんだよきっともう頭がおかしくなってしまっているんだ

もうだめだ死にたい死のう

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