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はてなキーワード: 産物とは

2018-08-20

男性ホルモンって無駄毛増やすしその割に頭髪は減らすらしいし凶暴性も増すし過剰な性欲で女性を苦しめるしで今の時代にいらないよね。。

古い時代産物保守的ウヨ的なものとして排斥するべきだと思う。

2018-08-19

レモン何個分ってやめませんか

自分東京住みですが、

レモンは一度も見たことがなく、

味も想像できません。

例えば、北海道日本領の人や元九州の人、OKINAWAの人が

レモン栄養素をイメージできるのか。

関東シェルター内の人ですら怪しいと思います

レモン何個分と言われた時に、

日本人の何割の人がイメージできているか

ぜひNHKあたりに調査してもらいたいです。

こういう基準って、

果物普通に買えた時代産物ですよね。

マスコミの皆さん、もう戦争も終わるんだし、

新しいビタミンC基準を設けてもらえませんか。

2018-08-18

東京ドーム何個分ってやめませんか

東京ドームの広さって、想像できますか?

自分東京住みですが、

東京ドームには一度も行ったことがなく、

広さも想像できません。

例えば、北海道の人や九州の人、沖縄の人が

東京ドームの広さをイメージできるのか。

地元関東の人ですら怪しいと思います

東京ドーム何個分と言われた時に、

日本人の何割の人がイメージできているか

ぜひNHKあたりに調査してもらいたいです。

こういう基準って、

野球国民スポーツだった時代産物ですよね。

マスコミの皆さん、もう平成も終わるんだし、

新しい広さの基準を設けてもらえませんか。

自分幸福を喜んでくれる人がいるのは幸せなことだというけれど、

わたしにとっては、自分の不幸を誰も悲しまない状態に持っていくインセンティブのほうが高い。

苦しみは喜びと相殺せず、

喜びもそれが消え去るときには苦しみに変わる。

私見だが、生きるという状態にはもともと傾斜がついているのだ。

坂を登れば喜びが増え、

坂を下れば苦しみが増える。

しかし、だれもが最後には坂の上で一人で立っている力を失って、

坂を転がり落ち、苦しみの底を踏み割って、

最後にようやく安寧を得ることが出来る。

生きるとは変化することだ。

そして、何もしなければ坂の下に向かって引く力によって、自動的に苦しみが増えていくことになる。

わかりやすいのが飢餓だ。何も食べなければ飢えに苦しむことになる。

いつか、ディック小説に「キップル」という言葉が出てきた。からっぽのマッチ、ガムの包み紙、きのうの新聞、いつかそういう役に立たない無秩序から使者が、人生をまるごと埋めてしまわないだろうかと危惧する男性台詞があった。

あるいはこれを、エントロピーと呼びたがる人もいるかもしれない。何もせずとも増大していく無秩序を取り除いて、快い状態を保つのは骨が折れる仕事だ。取り去っても取り去っても、床の上には髪が落ち、埃が積もる。わたしたちは秩序を快いと感じる。しかしわたしたちの体や生活は、継続的努力なしでは無秩序へ堕ちていく。

実のところわたしディックのような想像力はないし、エントロピー概念をきちんと理解しているともいえない。わたしに見えているのは、単に「ひとたび生を得たなら、何もしなければ苦しみは増える一方だ」ということだけだ。

生についている傾斜の角度は人それぞれだ。その勾配を決めているのは生まれや育ち、能力容姿親の金、生への適性といった要素のように見えるが、それでも傾斜が付いているということには変わらない。どの人間平等に、「何もしなければ苦しむ」のだ。そのルールだけはどんな金持ちも器量好しも変わらない。

あなたがもし死にたがっている誰かを前にして「生きることは素晴らしい」と主張しようとするならば、自分相手の間にある生の勾配の差には留意したほうがいいかもしれない。勾配が大きければ大きいほど、「ただ生を維持する」ための労力は増大する。

あるいは、人間脳みそには現状を肯定する強いバイアスが掛かっている、ということにも注意を払ったほうがいいかもしれない。

わたしには、「苦しみがあるからこそ喜びがある」「苦労したからこそ今がある」という考えはまさにこのバイアス産物のように思える。

連休明けの出勤のように、喜びもまたそれが失われるときには苦しみになる。苦労はその「今」が永続することを保証しない。いつ不運が巡ってきて、労苦を支払って手にしたものが水泡に帰さないとも限らない。わたしにはむしろ、「恍惚の一瞬には苦悩で支払いを」というディキンスンの詩のほうがしっくりくる。

我々は変化する。

その方向は我々が外から力を加えない限りにおいて、決まっている。

どんな人間最後には苦しみの底に落ち、その底を突き破って死なねばならないと決まっているならば、わたしわたしの苦しみが、せめて誰かを苦しめないようにしたい。

そこで話は冒頭に戻るのだ。

わたし幸せを喜んでくれる誰かが多い状態というのは、裏を返せばわたしの不幸を悲しむ存在が多いということでもある。

からわたしにとっては、わたし幸せを喜んでくれる人が多い状態より、

わたしの不幸を悲しむ人が少ない状態のほうが好ましい。

シャーデンフロイデ。いい言葉だね。上等だ。少なくとも、わたしにとっては。

2018-08-14

anond:20180814134855

そりゃそうだろ

子育て失敗の産物他人の子育てに口出していいわけがない

と思ったが「そんな子育てしてると自分みたいに育ってしまうぞ」だったらいいか

説得力がある

2018-08-12

anond:20180812061001

私は『「育休世代」のジレンマ』でマッチョ志向女性たちが一種自縄自縛」に陥っていると指摘しましたが、これを「自業自得だろう」「ざまあみろ」とみる人も多いと思います

でも、そうなることを見越せずにワナにはまっていった女性たちが多いのには、「男女共同参画」といいつつ、男も女も「男並み」になることを目指させてきたような時代産物という面があると思っていますケアを担う人の地位向上、竹信三恵子さんの『家事労働ハラスメント』で議論されているような無償労働問題解決がなくては、真の「女性活躍推進」の歯車がまわっていくことはないでしょう。

いやこれ、「予想できなかった女の自業自得」とかそういうんじゃなくて、そもそも女の側がそうなるように望んで、実際お望み通りの結果になりましたってだけだろ

自縄自縛っつーか、ただのセルフSMプレイしかない

自分は稼いでて忙しい、でも結婚相手自分以上に稼いでる男じゃないとイヤ、だったらその男だって自分以上に忙しくて、家事支援なんかまともに期待できないのなんて当たり前の話じゃねーの?

だいたい、その程度の因果もわからないようなアホが、いったいどうやって社会キャリアを築いていけるというのか

パワーカップルなんか志向してる時点で、最初からこうなるって全部予想してたに決まってんだろ

予想して、予想通りの結果になって、なのになぜか被害者ヅラまでしてやがる

すっとぼけてんじゃねえわ

2018-08-03

医者になれなかった(元)女子ぼやき

はじめに

大学(※1)の医学部入試問題について、どうしてもぼやきたくなった。

あくまでも個人意見ではあるが、随分と乱暴意見だとも自覚しているので、その所予めご了承ください。

あと、これは個人の雑感なので、読み易さは期待しないで下さい(※2)。

最後に、二重括弧で脚注付くって言うからせっせとつけたけど何故か脚注付かないので、手打ち脚注を付けました。もしもミスを見付けても、この間抜けについてはどうか(鼻で)笑って許して下さい。

※1:伏せる意味は欠片も無いが、様式美だと思ったので付けた。他意はない

※2:(意訳)クソ長ェ意味の無い文章が続くけど素人感想文だから許して下さい

増田について

ごく普通田舎(※3)生まれ田舎育ち。

基本的には親戚含め概ね一般家庭であるが、父親とイトコと義大叔父とがそれぞれ医者という、何故か不思議な縁がある。(※4)

タイトルの通り、本人の性別は女で、そして医者では無い。既に女子と名乗る年齢は過ぎたので、(元)女子コメント一言

※3:七大都市圏外に生息。県庁所在地ではあるが、当県には新幹線が通っておらず、未だに女子は親元にいて当然、みたいな思考がまかり通る程度の田舎

※4:何故か世代ごとに一人医者がいる。所謂、偶然の産物

ニュース(※5)についての感想第一声)

「まぁ当然じゃない?何で叩かれてるの?」

※5:伏せる意味は欠片も無いが、様式美だと思ったので付けた。他意はない(二回目)

増田医者になれなかった理由

入試を受ける許可が降りなかった』ので『医学部受験が出来ず』に『医者になれなかった』『元女子である

因みに偏差値は何とか足りてた。まぁ何とか、レベルだったのでもしかしたら国試に受からずに医者になれなかった未来もあるかもしれないが、そこは今は割愛する。

入試を受ける許可が降りなかった話

ただの自慢だが、高校二年の頃までは、随分と増田の成績は良かった(※6)。

高校一年までは、まだどうなるか分から模試の結果にも志望校にも何も口を出さなかった親が、二年最初模試の結果を渡した時、初めて話し合いの場、というものを設けられた。

結論から言うと、増田はその話し合いを経て『医学部を受けない』事を確定した、という話である。(※7)

事の次第はこうだ。

その模試の結果が返って来たその週末、『模試の事で話したい事があります』と親子三者面談が行われることとなった。

滅多に家に居ない父親がわざわざ昼から家に帰って来ての三者面談であったので、非常に緊張もしたし、内心『エライコッチャ』と思った。

先の通り、まだその頃(※8)は別段叱られる様な成績を取っていたと思っていないので、何故呼び出しを受けたのか分からない、という混乱もあった。

「こないだの模試の事なんだけど」と、母親が口火を切った。

「この志望校は、どういうつもりで書いたの?」

その時まで、得点偏差値といった所について怒られるものとばかり思っていたから、返答が「へぁっ?」という間抜け極まった返事になった。この面談が何の為に行われているのか、全く理解が追いつかなかったのもある。

娘の間抜けな返答にに、両親は特に叱るでもなく、母は言葉を重ねた。

増田あなた医者になりたいの?」

母の指先が示していたのは、志望校の欄に書かれた、地元医学部の欄であった。

「いや、そういう訳では…」

それまでのほほんと『まぁ今の偏差値ならこの辺りの学部書いとけばいいだろ』と志望校を書いていた増田は、母親言葉で『自分が本当に医者になりたいのか』という事を初めて、真面目に、考える事になった(※9)。

我が家勤務医であったので『実家病院を継ぐ為に、何が何でも医者にならなければならない』という家庭の事情も無ければ、『パパみたいにおいしゃさんになるのー!』みたいな可愛らしい夢も無く、『医者になりたいのか』という問いに悶々と悩んだが、すぐに答えが降って湧いて出る訳も無い。

いつまで経っても(※10)返答をしない増田に、母は再度口を開いた。

「じゃあ先に、私達の意見を、聞きなさい」

うろうろとテーブルの片隅に置かれていたコップの辺りで彷徨っていた視線をふっと上げると、母の強い視線に当てられた。残念ながらスローモーションにならなかったが、それでも随分と怖い顔をしていると思った。

「定年まで勤める覚悟が無いならば、医学部受験は認めません」

それまでずっと黙っていた父親は、やっぱり黙っていたけど、母の言葉追従する様にうんうん、と首を縦に振っていた。

※6:大見得を切った。自慢して歩ける程良くは無かったが、教師や親から叱られる程悪くも無かった

※7:(意訳)クソ長ェ意味の無い文章が続くけど素人感想文だから許して下さい(二回目)

※8:何の反動か知らないが、この話し合いの後一切勉強をしなくなったので、その後当然成績は真っ逆さまに落ちた。高校二年の頃まで、と書いたのはそのせいであ

※9:人生舐め過ぎである

10:とはいえ、今考えても三分も経っていない。カップラーメンは待てても娘の返答は待てないらしい

医者になるには、という話

両親の主張は、主に二点であった。

借金と返済の問題

医学部、それも国立医学部に入る、という事は、日本国民から借金をする(≒投資を受ける)と同義である

これは防大についても同じ事が言えるが、極論、医学部学生というのは『将来的には国益になる』と信じられているから、通常よりも多く『投資を受けている身分である

原資は何か?当然、国民血税である。その投資を受けた以上は、医者になったならば、労働を通して国民へ返さねばならない。

医学部に入って6年、専門を決め、安定した独り立ちをするまで更に数年。

10年近く投資を受けるのだから、同一年数は働かないと、その投資に見合った返済が出来たとは言えない。

最低でも46歳、そこまで働く気がないなら、税金泥棒になるのだと自覚しろ、と締め括られた(※11)。

資質問題

『どこでも眠れる』『すぐに眠れる』『すぐに起きれる』『寝溜めが出来る』の何にもかすっていない増田には向いていない。増田はどれも欠落しているか資質が無い。とばっさり切られた

何を想定しているか?無論、当直時、あるいは緊急時即戦力として対応出来るか否か、という事である

尚、緊急時には『有事』も含むからな、国立大卒なんだから当然、とも言われて、己の命の使い方も本気で考える羽目になった。

11:据わった目で『国益』という単語が出た時に、九州女性の腹の括り具合怖ェ、って思いました(感想文)。尚、両親は特定の党も支持していなければ、右の話も左の話もした事が無かったので、余計ビビりった

試みた細やかなる反論と、切り捨てられた回答

・私よりも成績の悪い医者が生まれるかもしれない(※12

→最低限の国資を通った以上、四十歳半ばで辞める優秀な医者よりも、定年まで働く普通医者の方が国益に勝る

看護師女性が大半だけど回ってる

→総数比を考えろ。数が少ないという事は、医師一人に対しての負担看護師比率分だけ上がると自覚しろ

別に定時で帰れる様な小さな病院に勤めれば良くない?例えばアルバイト医師(※13)とかさぁ

→甘 え ん な 阿 呆 (※14)

12自分がドベの成績で国試に受かるかもしれない、という思考を持たない愚かな小娘の僅かばかりの抵抗

※13:その当時、我が家の父は副業で日勤のアルバイト医師もしていたのでそういう発想に至ったのだが、若い頃はアルバイト医師として当直ばっかりしていた為、余計家に帰って来れなかったそうである。そりゃ人が居ない時間を埋める為のアルバイトであるんだから当然である

※14:地雷を踏んだ

終始大半を黙っている父親と、それを取り巻く家族の話

さて、以上の話は全て母親が話をした。

父親はずーっと『そうだぞ』とか『お母さんの言う通りだ』とか、合いの手しか入れなかった。

口下手、というのもあるが、彼は『父親ではない』というのが大きな理由である

一行で起こったこ矛盾であるが、彼は『生物学上における父親であるが『家族構築関係上における父親』でない、という人なのである

私が幼い頃、まだ医局という所は随分と力があり、若手医師の勤務先は医局の鶴の一存で決まる様なレベルであった。ペーペー医師である父は一週間の大半は家にいなかったし、弟は帰ってきた父親父親だと理解出来ず、抱かれた瞬間火の点いた様に泣いた、という古典的エピソードである程、家に帰ってこなかった。

ペーペーを脱しても主流医師でない(※15)父は、時には単身赴任も交えながら、随分と家から遠いあちらこちらの病院転々としていた。

結局、父親我が家根城に出来る様になる頃(※16)には子供達は反抗期を迎え、ちっとも父親として接していなかった父親は、子供とどんな話をして良いのか分からない、という状態に陥っていた、そんな時期がこの事件の頃合いである。

所謂、『仕事人間家族と関わって来なかったお父さんが定年を迎え、家族との接し方が分からない』という状態になっていた為、結果娘に何と言えば良いのか分からなかった、というやつである

彼がそうなった原因の一つに『田舎医者が少ない』という点がある。

圧倒的に『全体数が足りて無い』が故に、『一人当たりの当直数が多く』なり、またそういう人数が少ない病院ばかり転々としていた(※17)のも相まって、父親はいだって住まい病院です』みたいな生活を送っていた(※18)。

たまに家に帰って来て『今日はお父さんが帰ってきたから、家族四人で外食に行こう!』となっても、たった二時間もしない食事最後に彼のポケベル(※19)がけたたましく鳴り、家族団らんが解散になった事は数えきれない程あった(※20)。

当然、盆暮れ正月関係無く、少なくとも我が家帰省冠婚葬祭も含め父親を交えて一泊二日以上の旅行に行った事が無い(※21)。

そういう訳で、我が家は常に『母子家庭』と同等であった。何せ基本的家族行事に、父親はいだって居ないのである入学式卒業式も発表会も、父親がいた記憶が無い。

幸いにして母親専業主婦ではあったが、代わりに田舎ならではの『旦那(=増田父親実家の面倒』を見るという仕事はあり、最近流行り(?)のワンオペを当時より当然の如く強いられてきた。

別段その事については特に思う事は無かったそう(※22)だが、そういう母を間近に見ていながら『私の仕事の穴を他の人が埋めてくれれば良くない~?』みたいなニュアンス発言を娘が行った(※23)のは、流石に看過出来なかったらしい。

という事で、此処からは若干説経と、あと当初の想定通り偏差値について幾ばくかの説経が入ったので、ここで一端幕を降ろす。

※15:と父親本人が言っていた。本当の所は知らない

※16:医局の力が弱くなってきた事と、勤務先について本人の希望を汲んで貰える程度には中流層に入った頃合い

17:「していた」のか「させられていた」のかは、今はもう分からない

※18:一度だけ父がインフルエンザに罹った時に、『入院していい?』と聞いたら、師長さんに『(いつも病院生活してるんだから、)病気先生の面倒まで見たくありません』と断られ、そのまま家にいた母親に迎えの要請電話が来た(実話)

※19:少なくとも、私が小学校を上がる頃まではポケベルが主流であった

20とある店に行くと、なぜか謀った様に毎回毎回鳴るので、仕舞いには弟と『今日ポケベルが鳴るか鳴らないか』という賭け事(掛け金:翌日のオヤツ)をやっていた(※現金の絡む賭博行為違法です)

※21:いわんや海外旅行をや

※22:父と結婚するにあたり、ワンオペ育児を行う事になると重々言い含められ、了承の上の結婚だった、と後に語る

23自分の穴埋めをしてくれる人(=他の医師)を全力でバックアップする人間(=その医師家族)に対して軽視し過ぎであり、礼を失した態度である、というお怒り

後日談

その後、別日ではあったが、もう一度話をされた。

その時に言われたのは、

増田が本当に医者になりたくて且つ子供も欲しいなら、孫(=増田の子供(※24))が一人で留守番が出来る年齢になるまでは私がフォローする。私の体力が追いつかなくなったらシッター代も出す。だからそれも踏まえた上で、自分が『医者』になりたいのか、『母親』になりたいのか考えろ

・ただし、その場合増田就職は(地元)県一択になるだろうから、そこを前提に考えろ

田舎から出ていきたいと思うなら、専業主夫になってくれる男性結婚か、或いは子供を持たない夫婦二人暮らし選択する事になるが、家事労働を金で買うかのどれかだが、そういう考えに賛同してくれる相手は数が少ないと心得よ

医者になる幸せと、(増田)の人生幸せ(※25)と、よく考えてから志望校は決めなさい

そういう話をされ、『そこまでして医者になりたいか?』と考えた結果、以降増田志望校から医学部名前を書かなくなった。

24:結果として、母親の想定年齢を超えても増田は一人身だし当然の様に孫も産んで無い為、このくだりを書きながら無駄な気苦労をさせてすまない…、という気持ちで一杯である

※25:生活力の無さを見抜かれた上での発言であり、別に子供を産むことを推奨はしていない。30歳を超えたある日、電話口で母に『孫いなくてごめん』と謝ったら『子供なんて、居たら居た形の幸せがあるし、居なきゃ居ない形の幸せがあるんだから比較も出来ないし、(母)に謝る事ではない』と叱られた。本当にすみません

第一声について

此処まで書いてこんな事を言っても信じて貰えないだろうが、別段増田は『女性医者になるな』と主張したい訳ではない。

ただ、医者になりたいのであれば『自分が誰に投資をされたのか』という事を忘れないで欲しいし、その投資に対して最低限ペイをする気が最初から無いならば、その道は他に譲ってくれないだろうか。(或いは、現場医師ではなく、研究職といったルート選択するとか、兎角ペイを出来る道筋を立てて欲しい)

そして、医者の総数が少ない以上、途中で辞めてしまう優秀な医師よりも定年まで働いてくれる平々凡々な医師の方が有難い、と思う程に、医師の少ない地域があるのだ、という事実に少しで良いから目を向けて欲しい。

産休・育休をしても尚女性医師が長く働ける職場を、と言うならば、お互い様精神で、男性医師だって同じ様に休ませて欲しい。女性医師休みは認めろと声高に叫ぶならば、同じ様に男性医師にも同じ期間だけ育休を取得する権利を声高に叫んでくれ。

女性妊娠出産するから優遇されて当然でしょ!』ではなく、女性であろうが男性であろうが同じ様に当直を行い同じ様に休みを取り同じ様に昇給して同じ様に家族との時間を持てる様にと主張して欲しいだけである

が、現状、当然比較論ではあるが妊娠出産を機に投資に見合ったペイもせぬまま医者を辞める女性は多く、その穴埋めを男性医師が当然の如く行っている以上、男性下駄を履かせたり、女性を少なく取ったりしたって『当然だよなぁ』と思うのである

少なくとも、医者になりたいし母親にもなりたいの!と思うならば、実家フォローパートナーフォロー(※26)/民間(例:シッター)のフォローなど、両立出来るだけの道筋を立てられるかどうかを、一度考えてみて欲しい。

※26:我が家場合は『奥さんに丸投げ=パートナーフォロー』なので、真面目に女医を成立させるならで自分の代わりに家庭を全て回してくれる人を探す案をおすすめしたいし、現状それで男性医師の家庭は回っているのだから女性医師が真似ても上手く回る例なのでは?と本気で思っている

当該の迫害されている女性医者(或いは医学部志願女性)では無くて、けれど『女性差別だ!』と怒れる方へ

まずは一人一人が己の健康を顧みて、医師負担を減らす事で、医師仕事量の総数が減り、結果男女共に産休・育休を取りやすくする事を目指しませんか?

具体的には

・無茶なアルコール飲酒をしない(急性アル中患者を減らす)

・無茶な運転をしない(交通事故患者を減らす)

・日々歩く、と言った最低限の健康管理を行う(成人病リスクを下げる)

・(今のシーズンだと)熱中症予防をきちんと行う(急患の数も減らし、重篤熱中症患者を出さない)

予防接種を受ける(風疹騒ぎ、よもやお忘れではあるまいな…?)(※27)

健康診断を受ける(数年に一度脳ドッグオプションを付けたり、市町村区フォローしてくれるガン検診を受けたり、早期発見早期治療を目指す)

みたいな。

少なくとも、そういうフォローの仕方もあると思うので、ご一考頂ければ幸いです(※28)。

※27:予防接種については、医学的に受ける事も出来ない人(例:妊婦風疹ワクチン)もいるのだから、少なくとも飛沫感染・蚊を媒体にした血液感染系の予防接種医学的に問題が無いなら受けて欲しい。接触型感染である子宮頸がん、みたいな類のワクチン医師家族相談の上自己判断で良いと思うけど、少なくとも不可抗力他人うつしてしま可能性があるならば、皆で予防する、というのは基本的な事ではないか

28:これ、医者に限らず例えばサービス業に対しても同じだと思うのですが。と申し添えておく。お金も払わずサービスだけを求めるのを止めて、サービスに見合った対価を払うか、或いは対価を払いたくないのであればサービス求めないとか。まずは等価交換が基本でしょう?

おわりに

この間、実家に帰ったら父親にぼそりと『(増田)を医学部にやれば良かった』とか言われた。

オメェ、あの時散々反対したじゃねーかよ。と殴ろうかと思ったけどやめた。

属性医者』をようやく辞める事が出来た彼は、ようやく『属性父親』の練習を始めたばかりであり、目下家族との対話練習中なのであり、まだまだ足りない日本語(※29)をフォローし、行間を読む日々は続きそうである

※29:我が父は日本語も下手だし自力で読解出来ない文字を書く為、転々

2018-08-02

劇場版ポケットモンスター みんなの物語を見た

劇場版ポケットモンスター みんなの物語」を見たので感想。と言うか自分メモネタバレ気にしてないのでそういうの嫌な人は回避推奨。

総評

「まさに千八百円と上映時間分の時間投資する価値がある映画」を100点だと考えたときの点数は15点位。ひどみ。低評価。なんだこれ。

しか微塵も揺るがない増田。なぜなら(自分的には大体似たカテゴリに入る)「ドラえもん のび太の宝島」が脅威のマイナス点数の失神級駄作だったので免疫がついたのだった。

群像劇という野心的な企画

シナリオの作りが野心的で100分という尺の中でなんと群像劇をやろうとしていた。

主な人物として「市長の娘ヒロインのラルゴ」「ギャルっぽいヒロインリサ」「過去を抱えた市長オリバー」「後悔に生きる老婆ヒスイ」「コミュ障ポケモン学者トリト」「口からのでまかせで生きてきた男カガチ」あたりがいて、それぞれが内面問題を抱えつつ生きている。物語舞台ウラティを訪れたサトシは、この街生命線とも言える「風祭り」に参加。そこで起きる大事件に様々な人間と関わり合いながら立ち向かう……という映画のメインストリー

この「群像劇をやりたい」という企画性というか意気込みを、まずは評価する。……んだけど、それはやっぱり難易度は高い。脚本はあちこち駄目ぽだった。大きな問題点としては感情動線理屈建て不足で、なんか悩みやトラウマがある→でも私の力が必要っぽい→周りが盛り上がってる→感動パワーでうわー解決! というのが群像劇分水コピーされている。

そこには「今までの悩みやトラウマを超克するための内面的な気付きやきっかけ」みたいなものが不足していて、「今までダメだった理由」「今回は立ち上がった理由」が極めて薄いかキャラによっては存在すらない。感動的な音楽がかかって背景で大火災とかあるからやらなきゃならないやったでーというわりと雑なほうりなげだった。そんなんだったらそもそもトラウマいらんでしょ。

そのほかにも、山の中で発見された聖火を市長が街まで持って帰れば時間は余裕なのに(また普通に考えて街の宝を放置するほうがありえないのに)、わざわざ間に合わないギリギリまで放置して女子高生ギャルスプリントさせるとか、なんかこう……脚本レベルで穴が多い。

「みんなの物語」「みんなで協力するという感動」という企画性は理解できるんだけど、脚本陣にそれを実装する能力が欠けていたように思われる。かと言ってそれは脚本家をけなしているわけではなくて、企画レベルで(つまり脚本方法性や盛り込もうとした素材のボリュームレベルで)無理があったんじゃなかろうか? 登場人物を絞るなり(その意味サトシポケモンピカチュウだけに絞ったのは良かった)、あるいは尺を圧迫しないおりたたみで内面描写したりという工夫が足りなかったように思う。

ポケモン人権問題

今回ピックアップされたポケモンゼラオラでんきタイプ)。

ゼラオラ物語舞台ウラティ周辺のポケモンの守り神とでも云うべき存在で、フウラティが成立する前から周辺のポケモン自然を守ってきた。しかし、産物に乏しいこの地にルギアがあらわれて風を呼び、この風をもとにした風力発電でフウラティは成立。人間ドンドコ森を切り開き、ポケモン自然生息域を圧迫、その件でゼラオラとは対立せざるを得ないようになっていった。五〇年前、人間たちは自己から森林火災をおこしてしまい、火災からポケモンを守るためにゼラオラは負傷。当時の市長ゼラオラを守るために、山林は人間立入禁止として立ち入ったものゼラオラ呪いがあると嘘の噂をばらまいた――というのが物語の背景。

なんだけど、なんかもうこの時点で2周半くらい人間側がクズじゃねえ?

ゼラオラ何も悪い事してないじゃないですか。と言うか、その点ではなく、むしろ人間人間の都合(街を拡張したい)で森林伐採をするならそれはそれで良いんだけど(なんせ人間はそういう存在なので)それならそれで、そのように述べてやれば良いわけで、「ゼラオラ呪い」なんていう相手名誉毀損するでっち上げをしながら、相手を救うとかいう恩着せをするのが全く救えない。んで50年もの間「かー、ゼラオラに呪われちゃうんであの山には入れないんだよなー。かーっ。呪い無ければ事故調査も開発もできるのになー。かー」とか責任転嫁をしてきたという醜悪さがある。

それがポケモン世界観だと言えば世界観なのかもしれないが、そのゼラオラサトシピカチューは叩きのめすことで「ともだち」にして「ともだちだからもう遺恨はないよな?」とする脚本は、おいおいいくらなんでもそれマジで書いてるのかよ? 的な部分はあった。

ポケモンは三歳児程度には意思疎通な生命体なんだけど、ペット(守るべき対象)なのか、それとも一種亜人権利を認めるべき存在)なのか? って言うこの問題意識はポケモン第一から見え隠れしている。しかし今回は輪をかけて「ポケモンはともだち」というパワーワードゼラオラが見かけ上はネコ科の獣人っぽい外見(人型)であるという2点で、極まってしまっているように思える。明らかに独自言語能力を有して、周囲の同族ポケモンを守り、森林火災から救助するほどの知能を持つ知性体を「呪い」扱いしてトラブル責任転嫁をするって、どうなのよ。

そもそもウラティルギアの呼んだ風を用いる発電で街を興し、毎年一度「風祭り」の日にルギアを招いては風力発電の維持を願っているような街である。風がとまれば電力も絶えて街は闇に包まれ住民たちはうなだれる。そういう関係を「ともだち」っていうのか? 母親の財布から毎月数千円くすねて上納することによって「ともだち」になってくれるクラスメイトより気持ち悪くないか

そういう意味で今回の映画は、自分個人が楽しめないとか以上に「この映画を無邪気に楽しめるってやばくね?」的な心配が発生してしまった。この心配方向性は「ドラえもん のび太の宝島」によく似ている(ドラえもんのほうがヤバさは上だが)。

いいとこその1

ポケモン映画は毎回なんだけど、街の人混みの中や自然の中にちょこちょこと数え切れないほどのポケモンが登場していて楽しいウォーリーを探せ的な楽しさがある。その気持ちよさ楽しさは今回もたっぷり楽しめた。

いいとこその2

要人物の一人「コミュ障ポケモン研究者トリト」のパートナーポケモンであるラッキーがよい。

脚本演出がどこまで自覚的だったのか怪しいのだけどこのラッキー存在が、映画全体に対するアンチテーゼになっている。

トリトポケモン研究者でいつも多くのポケモンに囲まれているんだけど、いつも一番近くにいるのが癒し系ラッキーで、おそらくこのラッキーは、トリトを飼い主であるとか主人であるとか思っていない。トリトのことを自分保護すべき存在だと、あるいは下手をしたら、トリト自分の子供だと思っている。

ポケモンが一体何なのか? 都合の良い労働動物なのか? 資源なのか? 生存権保護すべき対象なのか? 人権さえ認めるべき存在なのか? というテーマシリーズにグッサリ刺さった楔なわけだけど、それってあくま人間を中心にした人間視点しかない。

ラッキートリトのことを意気地無しで世話が焼ける存在だと思っていて(そしてそれは正しい)、そのうえ自分が世話をしてやる対象だと思ってる。

それはポケモンの側からみて、人間が「時々発狂して面倒くさいメンヘラ同居人」なのかもしれない、というシリーズブレイクスルーになりうる(非常に薄くて小さな突破口だ。

anond:20180802013159

そもそもの話、「俺が勝ち組なのは偶然の産物だ」またはそれより広く取って「勝ち組人間がその地位にあるのが偶然の産物だ」が真だったとして、

それらの言説、その主張が「勝ち組にある人間がその地位にあるのは本人の努力、ないしは天賦のものであり必然である」というあり方を真とする社会

上書きすることはないんだよな。

個人の感想はどこまで歩を進めても個人の感想の域を出ない。

anond:20180723033207

これを「彼女」に読まれた。

ドロドロとした思考産物そのまま産地直送なので、だいぶ恥ずかしい。

2018-08-01

一部の同性愛嫌いな人にみられる奇妙な議論

最近話題になった自民党議員もそうなんだけど、「同性愛を認めると、男同士、女同士のカップルばかりになって、子供が減って国が滅びる」とか言い出すんだよね。

あれ、不思議しょうがない。

普通異性愛者は、たとえ法律的同性婚が認められたからって、同性婚はしないだろうよ。

違うのか?

世の中には「変態と思われるのが嫌だから女とばかりセックスしてるけど、本当は野郎同士でもヤリたい」という人が、そんなにいるとは思えないんだけど、実はそうでもないのか?

まあ、井原西鶴なんかを読むと、“伝統的な日本”では性を極めた男は最後は男同士に行き着く、なんて思考もあったみたいだけど。

アメリカでは、自分同性愛であることがバレるのが怖くて、あえて保守派を気取って同性愛攻撃してた政治家もいたと聞く。

妙に同性愛をやたら攻撃したがる日本の「保守派」が、そうだとは言わないけれど、心のどこかで「もし歯止めがなかったら、自分も同性にクラッとしてしまうかもしれない」という恐怖感と戦っているんだったりして。


まあ、それが「恐怖」になってしまうのが、つまり偏見差別産物なのだろうけれど。

2018-07-28

エロ漫画をどう描けばいいのか

以下フィクションです

催眠ドスケベ堕ち漫画を描いたらクレームが入った

曰く女性をモノとして扱ってるのはけしからんらしい

次にビッチものを描いた

主体的スケベウーマンを描いたわけだ

そうしたら男目線空想産物だみたいなクレームが来た

笑った

次はどんなクレーム来るか楽しみ

2018-07-25

一億円の純資産を手に入れる方法 その23 独りの時間意識して持つ

お金になるのは深い思考裏付けられた行動による。がむしゃらに動いてもお金にはならない。

人は社会的生物であり仲間との協力が大事はいわれるが、たしかにその通りではあるが、それ以上に、個人大事である個人の力量が重要である

個人けが思考を深めることができる。集団の中に埋没すれば知性は損われる。大衆の中に高い知性は宿らない。

お金につなげるには独りで考えることが大事なのだ。そのためには独りでいることが苦にならない性質が土台となる。孤独が苦にならないのは十分に愛された証拠である。逆に、十分な愛情を得られなかった、苛まれたという経験孤独を好む性向をもたらす場合もある。どちらでも良い。

孤独が苦にならないという性質はとても有用であり(お金につながるものであり)、どうやら貴重なものである。独りの時しか深く考えることはできない。

他者との交流大事なのだが、議論のなかから深い思考洞察・富に通じる着想は生まれないように感じる。そもそも合意事項は高い知性の産物ではない。思考のヒント・きっかけのようなものは得られるかもしれないけれども。ただ、長期的な経験の蓄積によって社会的知性が高まるということはあると思う。時間さえかければ大衆も賢くなれる(短期的には大衆基本的に愚かであり、信頼できず、頼りにならないということでもある)。

独りにならなければ読書に集中することはできない、集中してからだを鍛えることはできない。孤独を通じてこそ本当の意味自分を鍛え、磨くことができる。知識を得、蓄え、思考を深め、我がものとできる。

お金になる発想とは、世の人々の大多数が気づいていないからこそのものであり、その源泉は孤独時間なかにある。

2018-07-23

未来のミライ

女子高生ミライちゃんタイムトラベラー的なSF要素一切なくただのくんちゃんの妄想産物ってマジ?

しかも、メイン張るほどの重要人物でもなんでもないってマジ?

CMのあの犬になるシーン物語となんにも関係ないってマジ?

OK、ここでCM詐欺だとネガティブなことを言わず良い所を見つけるポジティブさが人生には大切。

面白くない映画面白そうに編集した広報エラい頑張った!

2018-07-16

はあちゅうさんの結婚フェミニズムに対する誤解

はあちゅうさんがAV男優結婚したという話が話題になっている。別に知り合いでもないし、それそのものについては何も言わない。だいたい、どんな相手であっても、結婚相手選択他人揶揄するなんて、常識のある人間がやることではない。

自分が言いたいのは、「me tooとか言う人間が、AV男優結婚して良いのか?」「フェミニズムAV男優結婚することは矛盾しないのか?」とかい意見について。これおかしいので、このおかしさについて指摘しておきたい。

まず、me too運動は、フェミニズム無関係であるというのは言い過ぎであり、時系列で見ればフェミニズムの成果に乗っかる形で、me too運動があるという見方はできると思う。とは言え、歴史的にはむしろフェミニズム独立する形で、語られたことに意味があると思っているし、その2つを同一視するのはおかしい。つまり、me too運動に参加したからとしてフェミニストではないし、実際彼女過去発言フェミニストとしての要素は全くないと思っている。

その上で言うと、あえてフェミニズムAV男優関係で言うなら、もっと注目されるべきなのは、多くのフェミニストが、セックスワーカー人権・・・さらに立ち入って、倫理的位置づけについて関心を持ってきたということだろう。フェミニストの一部は、セックスワーク男性による搾取産物であると考えると同時に、セックスワーカーが「汚い」とされる倫理規範がそれ自体家父長制の産物であるとして批判してきた。そういう意味で言うと、AV男優という職業は、セックスワーカーに対する加害者であるようにAV視聴者には見える(そのように演じさせられている)以前に、彼自身セックスワーカーであるということを忘れてはならないと思う。したがって、AV男優結婚するという行為自体は、実に「フェミニスト的」であるし、控えめに言っても、フェミニズムは、女性AV男優結婚することを批判する根拠にできる理論ではない。

したがって、「フェミニズムAV男優結婚することは矛盾しないのか?」というたちの悪い批判は二重の意味おかしい。はあちゅう氏がフェミニストであるという根拠のないレッテルを貼った上で、フェミニズムと全く矛盾しないAV男優結婚するという行為批判しているから。

自分が一番怒りを覚えるのは、フェミニズム自分の都合の良いように一面的解釈した上で、フェミニズム関係のない個人批判する根拠に使われていることだ。これは、フェミニズムにもはあちゅう氏にも失礼だし、まして、この過程無意識差別されているしみけんさんが気の毒でならない。

もうくだらない騒ぎは終わりにしよう。そして、はあちゅうさんとしみけんさんに、祝福を。

2018-07-14

EDMでわかったこ

EDMという音楽ジャンルが、よくわからない。

曲を聴いても、違いがわからないし、良し悪しがわからない。

悪いということではなくて、とにかくわからない。

EDMの曲を作りました!って聞かされても、良し悪しがわからいから、すごいのかどうかがわからない。

良し悪しのわからないものは、なんとなくで作ってみればできてしまうように思える。

うがった見方をすれば、曲を作ってるというステータスが欲しくて、

適当にやっても形になってしまEDMに手を出しているようにすら思えてしまう。

しかし、本当はそんなわけなくて、ただ自分がわからないというだけの話。

創作活動をしていると、自己顕示欲だけの活動って言われてしまうことが時々あるけども、

やってる本人と深く関わっていくと、自己顕示欲だけの活動であることは少ない。

というか必ずと言って良いほど自己顕示欲だー承認欲求だーというディスがつきまとうので、

実際は、身内の範囲から出た創作活動でそれらの欲求が満たされるということはまずないと、やっている人は知っている。

結局、人の活動自己顕示欲産物とする非難は、そういう欲求が悪いことなのかという話は置いておいて、

同じ思考回路から出たものであることが多いのではないかと思った。他人の頭の中はわからないけど。

ただ、わからないものに付き合わされるのが全面的に面倒臭いことは確かである

2018-07-07

国家想像産物にすぎないとか、偽物とか言う人は宗教否定しろ

キリスト教仏教が本物の歴史だと感がてるのかな?

anond:20180707150628

2018-07-05

中間管理録トネガワアニメの酷さ

リスペクトの無いスピンオフ寒いものは無いという典型

漫画の方は「カイジ」の雰囲気を壊さずに派生させたか面白い訳であって

悪ふざけでしか無いナレーションを入れたり、利根川声優を変えたり(理由がどうあれあの代役はあり得ない)、世界観根本茶化すかのような演出

強引に進行するアニメの方は、「カイジ」の面白い世界観をよくここまで陳腐化出来たな・・・と感心すらする酷さ

アレを寒いと思えない現場センスが恐怖。ナレーションの酷さは演技指導の悪さが原因か

素人が作ったMAD実況の中で一番酷いセンスの人を集めてひり出した産物

2018-06-29

anond:20180629203924

感情が動くみたいな意味

感動するとかそういう大きいのでもいいんだけど、

もうちょっと分類されてない「熱っぽく語る」とか「畳み掛けるように」とか

浪花節もそんな感じだね。作品のものは理詰めの産物なんだけど、それを演奏なり表現なりするときに、

自分感情を動かしながら行うみたいな感じ。

言葉では伝えにくいなっ

2018-06-28

“ホンモノの家族”ってなんだ?

「ホンモノの親なら子供を見捨てない」

「ホンモノの親になることに憧れていたんでしょう?」

カンヌで最高の賞(パルムドール)を約20年ぶりに獲得した邦画万引き家族」では、警察によってこんな言葉が次々と主人公たちに投げかけられる。つまり主人公たちが身を寄せ合って創り上げた家族は、血縁関係を持たないゆえに“ニセモノ”であり、紐帯根底に打算的なものを含んでいるから、ちょっとした圧力ですぐに瓦解するのは当然、というわけだ。

杓子定規主人公たちを攻め立てる警察はとても憎たらしく描かれており、観客は「お前ら警察が一体何を知っているんだ」とイラッとさせられる。だが、一方で我々は日常生活において、“ホンモノの家族”という思い込みに囚われている。

実は、現代のわれわれが当たり前に持つ家族イメージ像は近代的な産物だ。例えば、E・バダンテールの著作母性という神話」では、1718世紀フランスにおいて、子供の大半が産まれてすぐに里子に出され乳母に育てられる風潮があったことが示され、“母性愛”という概念人類史において常に家族間に君臨してきたわけではないことが明らかにされる。統計によれば、同時代に毎年パリ洗礼を受ける新生児2万人のうち、約7千人が捨て子であった。日本でも一昔前の農村を思い出せば分かるだろう。子供は「小さな大人」であり、安価労働力に過ぎなかったのだ。

歴史を遡ると、「血縁関係があるのだから自分犠牲にしてでも、親は無償の愛を子供に授けて当然」という考え方は、ここ100~200年特有理念に過ぎない。ざっくばらんに言ってしまえば、家族という概念が「血の繋がりを契機として、様々な世代が身を寄せ合って互いに助け合うべき存在から、「血が繋がっている以上は、無償の愛で繋がり合うべき存在」へと変化したのである

言うまでもなく、現代に生きる以上、誰だって愛のない親より慈愛に満ちた親になりたいし、子供をこき使う親など御免こうむりたい。しかし、「打算抜きで、無償の愛で繋がり合う家族こそがホンモノだ」というとき、我々は家族に対して、実際にはありえそうもない“完璧さ”を要求している。

完璧さを家族要求する社会は、その基準を満たさない親を徹底的に許さない。さいきん東京目黒で起きた5歳女児虐待死に対する、社会のいささかヒステリックじみた反応は、その証左と言えるだろう。もちろん、こうした社会過剰反応で救われる子供もいるし、未然に防がれる悲劇もある。

しかし、そうした社会は同時に、血縁関係によって成り立っている家族こそを“ホンモノ”とするがゆえに「血の繋がった親が実の子供に愛を抱かないはずがない。なぜなら、親は無条件に子供を愛する存在からだ」という循環論法的な前提に立っている。残念ながら、これが近代特有の“神話であることは、すでに述べたとおりだ。先に挙げた目黒事件でも、日本特有親権の強さが問題になったが、「ホンモノの家族」への神聖視と親権の強さは無関係でないはずだ。

万引き家族」でもやはり、虐待から逃れニセモノの家族の元で幸せ時間を送っていた子供は、最終的に虐待を行っていた実親のもとへと返される。ホンモノの親は、ニセモノの親と違って“愛”を持っているはずだ、という社会思い込みが、結果として子供を再び悲劇に追いやるのである

さら悲劇なのは、親役を担っていた2人(リリー・フランキー安藤サクラ)だ。彼らは事あるごとに「血が繋がってないからこそ、逆に絆が強いんだ」と述べるのだが、その実“お父さん”“お母さん”と呼ばれることに固執している。一見すると「ホンモノの家族」という社会通念から自由であるように見えて、やはり彼らもまた近代家族に与えた役割を引き受けることから逃れられていない。

したがって、リリー・フランキー演じるニセの父親子供を裏切って逃げようとした理由も、血縁関係が両者の間にないことに求められる。ホンモノの父親なら子供を裏切るはずがないのだから。こうして、彼は「お父さん」と呼ばれることを諦め、単なる「おじさん」であることを自ら認めるに至る。

ニセモノは決してホンモノになれず、ホンモノにはいささかの弱さも認められない。仮にその弱さがどうしようもない貧困に由来するものだとしても、この息苦しい社会において弱さはニセモノの証なのだ

別に打算的だったっていいじゃない。弱い一面があったっていいじゃない。ホンモノ、ニセモノどっちだっていいじゃない。そこに幸せがあればさ。

anond:20180627191423

属性を持つ」とかい表現さらりと出てくるあたり、一般的精神障害者イメージとかなり異なるなぁ。(という感じ方が既に当方無知偏見産物なのかも知れないが)

2018-06-23

anond:20180623143759

妥協婚の産物、つまり無理矢理くっつけられた両親から気質や器質を遺伝させられた子供は凄いことになってそう

ただのニートにとどまってくれるだけならまだマシなレベル

しかし、そのような人間も生まれてこられる社会こそが多様性社会ということでもある

2018-06-15

コインシェイブの件

フツーに運用おかしい。

検挙京都府警が関わってなさそうってのは、それなりに理由があるんじゃないの?

鬼の首取ったように「不正指令電磁的記録の罪はそういう行為だ」みたいな認識してる連中がおるが、あれはコンピュータウィルスPC内の電磁的記録媒体に保存され、動作すると記録の消去や改竄、盗聴させるプログラム)を取り締まる法律を作れって話でこさえた訳じゃん。

「人が電子計算機使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず,又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える」

根拠にしてるが、動作が遅くなるだの結果的電気を使うだのを上記不正に含めてたら、UXを損ねるパララックスだのWebGLだのFlashだのまで、不正な指令に入るだろ。

ウィルス動作が遅くなるのは、あくま破壊改竄・盗聴の副次的産物であって不正要件じゃない。

遅くなるだけ、電気を喰うだけってのは、「人が電子計算機使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず,又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える」に該当しない。

そういう場合は、「第二四五条 この章の罪については、電気は、財物とみなす。」を持ってくるべきだよ、高能先生

2018-06-13

世間内定習得率は65パーセントらしい。私はまだ35パーセントの中にいる。

自分なりに、去年の夏からやれることはやってきたつもりだった。すべては今後のため。何十年かはわからないけど、人生殆どを過ごす会社くらい、自分が一番希望したところへ行きたいと思っていた。

もうすぐ6月も後半。内定ひとつもない。何時間もかけて書いたES履歴書早起きをしてお金を払って都心まで行って、練習したとおりに言葉遣い笑顔に気を配って質問に受け答えをして。それら労力のすべてが、二週間後くらいには数行のメールに変わる。書いてあることは同じ。

「誠に申し訳ございませんが、採用を見送らせていただくこととなりました。貴殿のご健勝をお祈りいたします。」

何が悪かったのか。考えてもわからない。ご縁は目に見えない概念だ。はっきりと態度が嫌だったとか、適性検査の結果がだめだったとか、言ってくれればこちだって次に繋げられるのに。ご縁はどうすれば改善できるのだろう。

志望していた業界企業ほとんど選考を締め切ってしまっている。いまから業界を変えて、研究して、また志望動機を考えて……気が遠くなってくる。そもそもいまから募集を始める企業なんて存在しているのだろうか。

友人もほとんど就活を終えて、髪を染めて、楽しそうに旅行の話をしている。学校に行って、普通に話していても、気を遣われているのが痛いほど伝わってくる。「あなたにあう企業がきっとある」「まだ始まったばかり」「これからが本番」「いつかきっと報われる」……4月にも5月にも同じことを言われていた。正直もう、ポジティブ言葉は聞き飽きた。はっきりいってくれ。何がだめなんだ。私はそれほどまでに社会不適合者なのか。

面接へ行くのにはお金がいる。アルバイト中、男性に怒鳴りつけられた。店で買ったストップウォッチ不良品だという話だった。商品を詳しく見ると、絶縁テープがついたままになっている。あれ、と思って外してみると、やはり商品は正常に動き始めた。するとその様子をみていた男性に、何故だかもっと怒鳴られてしまった。絶縁テープをひっぱれなんてどこにも書いてなかった。返金しろレジの前で、何人もが見ている中で激しく叱られた。男性スーツを着ていた。男性しかに、立派なスーツを着ていた。彼は社会に求められている。私とは違う。私より、この男性の方が社会価値がある。この人は就活を何十年も前に終えて、人として認められている。

何が何だかよくわからない。カンボジアボランティアへ行ったら偉いのか。ニュージーランド留学へ行ったら偉いのか。自ら主体的に動いて部活動問題解決したエピソードがあれば、なにかコンクール大会入賞した経験があれば、あるいは。

今までの人生就活のために生きてきたわけではない。高校受験大学受験自分が行きたいところに入学した。一連の流れに特別性はない。ほかの人は違うのだろうか。みんな何か特別なことを成し遂げてここに立っているのだろうか。

家に帰ると母がスーツ姿の私を傷つけないように、傷つけないように、と言葉を選びながら就活の進捗を聞いてくる。最終面接二つ受けて結果待ちって言ったよね。ごめんね。あれ昨日二つとも不採用メールがきたんだ。また最初から頑張らないといけないの。そんなことがずっと言えないままで、大丈夫だよとか、心配しないでとか、あやふや言葉しか出てこない。

私には兄が二人いて、父親がいない。兄は高卒で、いまはアルバイトをしている。母も高卒だった。だから大学に行かせてもらって就活をしているのは私しかいない。そんな私がこんな失敗作で本当に情けない。申し訳ない。こんな私が、何の役にも立てない私が家でのうのうと、お母さんがパート終わりで疲れてるのに作ってくれたご飯を食べていていいんだろうか。生きていていいんだろうか。毎日何をしててもそんなことを考えてしまう。

気に入っていた茶色い髪も、楽しみにしていた友達との旅行も、大好きな服を買うお金も。全部全部あきらめた。流行りの服も、メイクも。お気に入りスニーカーも埃をかぶっている。毎日毎日リクルートパンプス、“適切な”メイク。そろそろもう、限界を感じている。

生きていることに理由がない。死ぬことにも理由がない。だから自殺なんか考えたくない。就活に疲れて自殺なんてバカバカしい。わかっている。分かっているけどふと、ホーム電車を待っている時。家に一人きりでいる時。信号待ちをしている時。今なんじゃないか?という声が聞こえる。頭の中でもう一人の自分必死に死を促してくる。死にたい、という気持ちがあるわけじゃない。ただ、そうした方が楽なんじゃないか?と投げかけてくる自分自身がいる。

なんだかもう、ひどく疲れた。近くない、けれどきっと遠くもない未来、情けない私が愚かに自分自身の誘惑に負けて、親を悲しませる選択をしてしまったら。そのときは私の実名と、そこに至った経緯が全国へ公開されて、偉い人がニュースで語り合ったりするのだろうか。

そうなっても、いいのかもしれない。

追記

こんな鬱々としたユニークさの欠けらも無い長文に目に通してくださってありがとうございます

いくつか思ったことを箇条書きに。

・誰かを無差別に傷つけたいわけではありません。それだけは絶対にありません。

風俗は志望職種ではないので…すみませんが。

ニュースで取り上げられる云々は私の浅はかな想像産物であり、例としてあげただけで、別に目立ちたかったりしたい訳ではありません。文章が下手ですみません

他人よりも不幸ではないといけないのですか?個人裁量では勝手絶望してはいけないのですか?

一部の優しい方々、励ましのお言葉、はっとさせられるお言葉ありがとうございました。不甲斐なさで涙が出てきました。しっかりと受け止めて、今後に生かしていきます

もう少しだけ、がんばろうと思います

お付き合いくださりありがとうございました。

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