はてなキーワード: もやもやとは
まず、朝勃ちのことすら知らなかった女の子が「自分は元々斎藤真人という男だった」と暗示をかけられたところで完全に男として違和感ない存在になれるものなのかなあと。
そもそもこの暗示はだいたいこの二つの文で構成されていると思われる。
基底人格を男として塗りつぶしても、それはあくまで塗りつぶしであって消去ではないし、記憶や経験自体は女として十年余り生きてきたのが変わらず残ってるわけだから、暗示をしたところであくまでそれに基づく振る舞いになるように思う。
記憶については入れ替わり先の脳を参照しろ、という命令はおそらく無意味と思われる。なぜなら記憶を参照できる世界観ではないから。
もしそういう世界観なら主人公は入れ替わった瞬間こいつはサキュバスのハーフだとわかるはずである。ヒロインに言われたら「そんなの記憶を読んでるから知ってるよ」と答えるはずだ。
もし暗示をするための魅了が一瞬のうちに単純な命令だけでなく命令の前提となる情報もいくらでも伝えられるものだったら、それも可能だが、そこまで万能な能力に描かれているとは思えない。
そこまで万能なら番外編であんなまわりくどい方法で女子を掌握する必要もないはずだ。単に入れ替わりを発生させた後女子の魂が入った男の身体に服従するよう暗示をかければいい。作中でも「邪魔をするな」「エッチなことするな」レベルの単純な命令しかしていない。しようと思えばいくらでも高度な命令ができる、とはこういう描写をしているかぎりは考えるべきではないと思う。
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ただ何につけても気になるのは、男であるという暗示が完全に定着した後のヒロインが自分の体を見て「あの月代さんになんてことを!」と言ってるセリフなんだ。
なぜか「あの」に傍点がかかっている。これが意味することがなんなのかいまいちスジの通る考えが浮かばない。
その前でも一人称に傍点がついているのも人格誤認を起こしてることの強調と思われるが、その意図で考えるなら、暗示の影響が反映されていると考えるべきなのは「あの」ではなく、自分の身体に向かって「月代さん」と言ってるところだと考えるのが素直だろう。あのと言ってることも一応人格改変と影響と考えてもいいが、ならせめて「あの月代さん」まで傍点を振るべきだと思う。
思うにこれは単なる人格誤認の強調ではないのかなあと考える。もともとの主人公は入れ替わってすぐに無遠慮にエッチを求めるぐらい彼女に対してそこまで大事に思ってる感じはないので「あの月代さん」などというセリフが出て来るような性格をしていない。
それが主人公のクローンとでもいうべき人格になり果てた彼女の場合では、もともとの基底人格の良識を引き継いでるから、自分が男で目の前の人間はスクールカーストの高い人間と認識したからこその「あの月代さん」なのだろうと思った。あえて人格の消去でなく人格の上塗りといった何気ない台詞に整合性を持たせるならこう解釈するべきだと思うんだよな。
そもそも彼女が目覚めて一度も目の前の女性がサキュバスであることに突っ込んでないのもおかしいしね(番外編では突っ込まれてるのに)。これは基底人格内の記憶のうえでは元自分の身体がサキュバスであることは当然既知の情報だからだと思う。
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でも著者本人に台詞の意図とか聞けるのが理想だよな。でも谷口さんってビックネームだしツイッターとかやってるかもしらないししてても読者の質問に答えるほど距離の近い存在じゃないよなあと。
派遣で働いている。
ローテーションで昼休みをとるのに、同時期に入った派遣(別の会社)の人で1時間の昼休みを1時間10分取る人がいて。
最初は「対応が長引いたのかな」「お腹が痛くなっちゃったのかな」くらいで気にしてなかったんだけど。
最近、10分どころか20分〜30分長く取るようになって、その分交代の私の昼休みが遅くなるのね。
そしてそのまま様子を見てたら、時間に煩そうな人とか仲がいい子のときは時間内に帰ってくることがわかった。
ある日帰ってきてない事に気がつきながら、気がついてないふりをして休憩行ったら、私が上司に怒られた。
私は時間を守っただけであり、上司にその子が普段休憩から帰ってこないことを言っても、「なにか事情があったんだよ」と言われるだけ。
なのでそれから私の休憩時間になったら「〇〇さんが帰ってきてませんが行ってもいいですか」って聞いてから行くようになった。
勿論だめって言われるけど。
流石に上司も時間を確認できる為、その子に声をかけるが、「大丈夫?」と聞くだけ。
その子も「大丈夫です!ご心配ありがとうございます!」としか言わず、遅れたことを謝らない。
要領が良いのかもしれない。
が、酷くもやもやする。
上司としては時間内に必要人数がいればいいのだろうし、派遣の休憩時間なんてどうでもよくて。
パワハラだ〜とか騒ぎそうなその子(前科有)よりも、私たちみたいな真面目に働いてる人にカバーさせた方が良いのだろうと思う。所詮派遣だし。
離職してった同時期に入った人たちはもっと早く気がついてたのかな。
これ難しいよな
こういう話続けると究極、全国民の犯罪歴を誰でも見れるような社会にするの?みたいな話になってきて、それはそれで問題みたいな話になると思うんだけど
(もっと言えば全員死刑にしてしまえとか、そういう過激派は今の日本に多いけど)
でもよくよく考えてみると、既に犯歴がある人が就けない職業はあるんだよね、警察とか
教職もそのカテゴリに入れましょうの、一歩緩い状態みたいな話かもしれない
と考えるとまあその判断もありか?となる
でも、そうなると今度は何で性犯罪だけ??というのも気になってくる
個人的に性犯罪の特別視は嫌いなんだけど、どうしても世の中そういう話がバズるから世論に誘導されるよな
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ちょっと調べたら、教師はそもそも禁固刑以上の実刑を受けると失効するらしい
じゃあなに、今回のってつまり禁固刑未満の犯罪歴がある教師のあぶり出しってこと??
なんかすごくもやもやするな
誰かの解説待つわ
ついさっき仕事でへこんでて、近しい人から軽く責められるような言葉を投げかけられたのよ。
普段なら聞き流せるんだけど、メンタルがヘラっているときに来たから、うまく受け止めきれなくて反発したんよね。
今でもどうしたもんだか…って悩んでるのよ。
自分でも「あのときは悪かった…」って言いたいのか拗ねたいのかもわからんのよ。
わからん過ぎて、discordで『恋愛』タグで検索かけて、相談しようとしたんだけど、あそこの恋愛タグって出会系みたいな機能してるのな。知らなかった。
ってか、自分は何を相談したいんだろう?自分の気持ちの整理もついてないけど、話したいって気持ち。なんだろうね。歌詞でも作れる勢いだわこれ。
「この気持ち何なの〜♪
言葉にできない〜♪
このもやもやは〜♪」
みたいな。
なんか、今朝くらいに『イタリアでは就業問題や金銭の問題などで、普通の家庭の姿が崩壊してる』みたいな記事を読んだけど、関係を続けられる人ってマジですごいわ。
散文 とっ散らかりも凄いな
この何年か、趣味の活動で仲良く遊んできた友人がいます。その人とは、あるときは共有の友人たちと何人かで遊んだり、またあるときはふたりだけで出かけたりと、いろいろな遊び方をしてきました。
その友人から先日「今後はふたりだけで出かけるのを控えたい」と告げられました。
聞けば、一年ほど前に付き合い始めた恋人との結婚が決まったそうです。そしてその方から「今後は自分以外の異性とふたりでの外出を控えるように」と告げられたのだそうです。
なるほどそれでは今後はみんなで遊びましょう。あなたしかつきあってくれないようなニッチな趣味のイベントもありましたが、それはこちらでなんとかするしかないですね。とお伝えしたのですが、日が経つにつれ、なんだかもやもやした気持ちになってきました。
昭和の昔ではあるまいし、結婚したら他の異性とはふたりで出かけてはいけない、というような価値観が今も生き残っていたことに驚いている、というのが正直な気持ちです。わたし自身、20年をとうに超える人生の中で、さまざまなタイミングで出会った友人たちと、それぞれの距離感で付き合いを続けてきています。グループで遊ぶ人、マンツーマンで遊ぶ人、特定の趣味の仲間、呑み仲間、お茶友だち。パートナー、という立場からその関係を断ち切らせるようなことをする人がいるのだ、友人はその人の価値観を良しとして、わたしとの関係を断ち切るのだ。そう気づいたら、なんだか腹立たしいような、情けないような気持ちが湧いてきたのです。
もしもわたしが、自分のパートナーから同じことを要求されたら。なにをふざけたことを憤り、ならばあなたとは一緒にはいられない、と別れを切り出すのではないか。幾人もの大切な友人の顔を思い浮かべながらそんなこと考えました。
もちろんそんなことは、当人同士が話し合って決めることで、本人がそれで納得しているなら、外野が口出しするようなことではないとわかっています。
だけど、なんだかイヤな予感がします。ことはこれだけでは収まらないのではないか、と。
次は「自分がやらない趣味の活動は控えて欲しい」「自分以外の異性との私的な交流は控えて欲しい」と、案外早い時期にエスカレートするのではないか。その延長線上には、ネットでたまに炎上する「ガンプラを勝手に捨てる奥さん」が控えているのではないか、と。
友人とはいえ所詮は他人です。相談を受けたわけでもないのに、パートナーとの関係性に差し出た口を挟むわけにはいかない。それはわかっています。本人を説得して翻意を迫る、そんなことがらでもありません。これはわたしの我が侭ですが、友人の価値観がわたしと似通ってくれていて、いつか理不尽に気づいてこちらに帰ってきてくれるといい、そんな風につい期待してしまいます。
一応二人とも絵で食べていきたいね、なんてこと話し合ったりしてる
自分が何をもやもやしてるのかうまく言語化できないんだけど、ここで吐き出すことで彼女の前ではニコニコできそうだ
>苦手な背景を苦心して描くうちに上達してるのも、絵を描く楽しみの1つになってるんじゃないかな。
私は空間把握能力がかなり弱くて、いくら描いても模写しかできないんだ
久しぶりにメルカリで物が売れた。新品で買ったはいいけど似合わなかった、高い服。
今日送ろうと思ったら、朝一にキャンセルされてた。理由は「発送がされなかったから」
確かに私は発送を1~2日に設定していた。注文は6日、今日は9日。
今回は確かに私がゆっくり過ぎたので無理もない。わかる。ごめんね。キャンセルに同意した。
発送する前で良かった。送ったらもっとめんどくさかっただろう。
でもはじめて発送の遅さを理由にキャンセルされたからもやもやする。
本当に3年くらい使ってなくて久しぶりに送る側になったから(滅多に出品しない)
ええ?時間に厳しいんだね…と思った。
記載された目安+1~2日を待てないメルカリ利用者の気持ちがわからなかった。
この服を着たかったから買ったんじゃないの?今売ってないものを新品同然で、半額以下で売ってあげてるんだからちょっとぐらい待ってよ
田舎者だから荷物が1週間ほど届かなくても我慢できる私の前提がおかしいのか?
というか普通に平日は仕事だし郵便局にが空いてる時間に行動できない。
貴重な昼休みを削ってでも発送するべきだったのだろうか?
昨日Pixivで適当にザッピングしている時、明らかにレズ、BLモノに対してブックマークを避ける傾向があることに気がついた。
昨日これに気付いたのはレズものを見た後だったが、思い返してみると確かにレズ描写が入った時に少なからず嫌悪感を抱いたのだ。
自分は男でヘテロの傾向にあり、二次元創作物においてはノーマル、レズ、BLなども普通に読めるので、差別的傾向は少ないほうかなと思っていた。
レズ、BLも愛の一つのあり方を描いているにすぎない。にも関わらず、自分がその描写に対して嫌悪感を感じてブックマークを避けていることに驚いたのだ。
なるほど、自分はそういった作品を読めるものの、内心では抵抗を感じているのだろうな。これが潜在的差別意識なのかな。と思った。
だがよく考えてたらこれは差別じゃない。誰にでも好き嫌い(嗜好の違い)があって、そこから大きく外れていれれば「嫌悪感」は誰だって持つ。
差別的というのは、その嫌悪感を言葉であったり、態度であったりを表に出すか、出さないかだと思っている。
そもそも本音と建前というものをそもそも全員が持っているし、その本音に侮蔑的要素を加えると差別になる。
例えばまぶたが一重の人から告白をされて断る時、侮蔑的要素が言葉の中に入ればそれは嗜好を通り越して差別になりえる。
「本来なら」お断りだけで済んだものを、「必要のない侮蔑」を受けているのだ。
差別:「一重の人は無理なんです。気持ち悪いし。」 際どい:「ごめんなさい。一重の人とは付き合えないんです。」 好みの問題:「ごめんなさい。二重の人が好きなんです。」
まあ、本来は理由を言う必要が無いのだが今回は例として特に思いつかなかったので。
立ち返って、自分はどうしてレズ描写に嫌悪感を感じたのだろう。
自分は別にこういう描写があったからって怒ったり貶したり攻撃的になったりはしない。むしろ読める方だ。
さっき整理したように差別意識というよりは、好みの問題で嫌悪感を抱いたのだ。
ではどうして?
本来自分が知っている情報には存在しない描写を、性を交えて描き出されると少なからず嫌悪感を抱いていたのだ。
原作でホモセクシャルであることを描写されていないのに、仲が良いというだけでその延長の行き着く先まで行くと嫌悪感が生まれていたのだ。
「なるほど、これが解釈違いか」と理解したと同時に、これこそが「性的消費」なのかもしれないと思った。
「性的消費」「性的搾取」という言葉は昨今多く使われているにも関わらず人によって定義が曖昧で、もやもやしていたのだが、思わぬところでほんの少しだけ理解できたかもしれない。
まあ、ここで消費されてるのは「非実在青少年」であり「原作」なので、原作者が問題にしない限りどうでもいいんですが。
思い返してみると、自分が嫌悪感を抱かずに読めているのは、一次創作か原作を全く知らない二次創作に限っていた。
だから「自分は読める」ので「フラットである」という思い込みから今までこの僅かな違いに気づけなかったんだなあ。と思った。
おわり。
ハンドアウト希望を個別DMで募集したときに、できないHOは書くなって書いたよね?
配役が決定して発表したあとで
「地雷じゃないけど上手にできないと思う。変えて欲しいわけじゃないし文句を言うつもりじゃないけどもやもやする」
っていったいなにごとですか?
それセッション5日前に言ってきてどうして欲しいのさ。
よしよしって慰めて欲しいの?
高卒で派遣の仕事をしているところは似ているんだけど、自分が不安に思っている理由はちょっと違って職場や趣味のサークルでの対人関係の作れなさが引っ掛かってる。
個人的な考えとしては学歴や知識は後天的にブーストできるけど、人付き合いの押し引きの上手さとそれに伴って得られるコミュニケーション能力や要領の良さばかりは一朝一夕では身に着けられないと思っている。
うちの親がコミュ障+(正しい故事の意味での)助長しまくる教育熱心タイプだったせいで学校で友達作っても遊ばせてもらえずコミュニケーション能力を獲得するのに苦労した経験から自分自身は人付き合い上手な人と結婚したいと考えているが、彼女はその辺が難しそうなのがもやもやしている。
困っている親子連れや高齢者へ様子見つつ声かけする気遣い上手だなと思うときはありつつも、対等だったり年少者との関わりを見てると危なっかしい物言いするなあと気になってしまうことも少なくない。
その辺指摘したところで嫌な思いさせるだけな上にすぐには変えられないと思って話し合えていないけど、このまま結婚したら不幸の再生産をするだけだと思ってしまって関係の進展に踏み切れないでいる。
はてぶを長く使っていると、他のプラットフォームと同様に、プラットフォーム利用者およびそのコミュニティをさげる発言を見かける。
例としては以下のような感じだ。
ただモヤモヤも同時に感じる。
そういう人の投稿履歴をみると、かなり長い時間入り浸っていたりするのだ。
企業のサービスを存分に利用し依存しておきながら、サービスのユーザーやコミュニティを腐すような発言をする。
愛国者と呼ばれる集団が、日本を少し批判的に書いた記事に烈火のごとく怒りまくる様子をみて滑稽だなと感じたことはあるが、俺はハテウヨ化しているのだろうか。
はてなに愛着を感じてはいないし、なくなればそれはそれで問題なく、すぐに忘れるだろう。
少なくとも俺自身は愛国クラスタのように一滴の批判も許さず賛美とスゲーだけをしとけというスタンスでは決してないが、客観的にみると近い感情なのかもしれない。
※追記
意味は分からない。ツイッターの自己紹介欄にはこの手の独り善がりな言葉を定義もなく書き連ねる奴がたくさんいて困る。もやもやのもとだ。
実家姓大塚、嫌韓国粋純血日本人。美味・可愛い物・歌好き子無、元正社兼業の専業離婚直後。Hare(フェア·いふ·ゆう·LEE·げきあま·黎小明(リーシャオミン。永福小向陽中、國學院久我山。國大哲学科を病中退(初診。統失寛解後再発。ラフォーレ原宿Pretty勤務歴有(現アンプリ。転載、盗作、二次使用禁止🚫推しGW3✕4他
この件はヨッピーさんが正しいと思う。
スマホの普及で、インターネットはみんなのものになった。昔ながらのネットユーザーはもはやマイノリティなのではないだろうか。
当初のマジョリティも、時が経つに連れてマイノリティになってしまう。
これは草
fpsでいうキャンペーンモードみたいなやつをクリアしたのと、
キャラクターエピソードっつうサブキャラのちょいエピソードを全部クリアした
最低難易度だけど死にまくってネットで攻略みたらすんなり倒せた
つーかごうきの時点でやっと横移動という概念を知ったw
キャラからみたら横移動なのかもだけどプレイヤーからしたら縦(軸)移動だからなんか用語的にもやもやした
サブキャラのイベントは短い中にいろいろ詰まってる感じがあってすごくよかった
1つあたりバトル込みで5分程度だし
基本肉対戦なのにビームやら飛び道具使われるとしんどいなーと思ったけど軸移動したらあっさりよけれたりするんだなー
まあそうでもしなきゃ飛び道具有利すぎるもんな
アーカイブのムービーはたくさんあったけどポイント全然たりない
はじめてやったけど初心者向けの用意のおかげかそこそこ楽しかった
ただやりこむほどはまったわけでもないから、もしお金出して買ってたらコスパは悪いと思っちゃうだろうな
気になったのは言語だな
「助けてほしい」「教えて欲しい」「今とても困ってる」「話を聞いてくれないか」「人は助け合いだよね」「旅は人情世は情けというじゃないか、少し親切してほしいんだけどいいかな」
そう言われて愛想笑いで付き合ったら、
「若い女の子と話せて嬉しかった」「若い美人さんと話せて楽しかった」「こんな素敵な人とまたお話ししたい」「彼氏はいないの?自分も彼女いないよ」「彼氏を作ろうと思わないの?彼氏がいる方が楽しくない?」「いつからいないの?」「こう見えて良い男だからいつでも連絡して」「電話しても良い?番号聞いて良いかな」「今度は一緒にご飯に行こう、奢るよ(サイゼ)」「もし俺が素敵な奥さんと結婚したら遺産が残せるよ」「どんな服が好き?それ着ていこうかな」「こんな真面目で素敵なお嬢さんならどんな男も結婚したいだろうねえ」
などと結局言われたわけ。
やっぱりか。お前もか。
少しの人助けのつもりなのに、どんどんセクハラみたいなことも言われる
こんなに長々と話しかけられて何時間もずっと絡まれるのは、向こうがただ「女と話せて舞い上がって、もっと話したいし仲良くなりたい性欲を抑えきれなくなったから」なんだなってどんどん気分が悪くなる
こういうおじさんがどこにいてもやたら現れる
趣味や仕事に真剣になってても若い女だけが邪魔されて公共の場を使えなくなる
こんなことが何回もある
ボウリング1人で練習したくても知らないおじさんが話しかけてきていらないコーチングし始める。多分私の方があなたより上手いよ。もしコーチが欲しければ自分で雇ったり上手い人に頼んだりしてる。
今日はカフェで仕事がしたいなと思って外に出ても、知らない人に邪魔されて仕事にならない
誰も友達を誘わずにわざわざ1人でカフェに来てるのは、仕事に集中したいからなのに。1人でカフェに来て、話しかけられて集中できないことがあるなんてまさか思わないよね
困ってる人を時々助けるのは構わない。
でも男の人はこんな目に遭わないんだよね?
女の人だけが「何故か」困ってて助けを求める人に高頻度で遭遇して「何故か」いつも話しかけられる。
このおじさんはいくら口では男でも女でも話しかけちゃうと言ってても、結局、女の方が捕まる時間は長いし、女の方が話しかけられる頻度は多いし、ただ女と話したいだけで女を口説きたいだけじゃん、性欲で周りが見えなくて、他人の都合より自分の欲を優先させてる人じゃん
本当に困ってて本当に助けを必要としてるだけの人のためになら仕事の手を少し止める気はある
こんなこと繰り返されると、そういう人を助けられなくなるよね。
こういうことを言うとたまに「それだと男性は女性とは仲良くなれないじゃん」「男は2度と女に話しかけるなってこと?」「困ってる人を助けることもしない冷たい社会になる」「本当に困ってる男性がいたらあなたは見捨てることになるんですよ」
別に男の人がみんなそうだと思わないし、話しかけること全てが悪なのでもない。これが男性とのスタンダードな付き合い方だとは思わない。
でも「女性として生きてたら、男性とはそういう生き物なのだから、こういうことが起こるのは当たり前」だとも思わない。
とにかく1人でいる女におじさんは話しかけるな、男性に助けを求めない人を女性が助ける必要はない、というのも何か違う。
それはあくまで今の日本社会で女性が迷惑を被らない為にできるベターな対処療法であり、応急処置的手段であり、集団防衛であり、今はそういうやり方で気をつけるしかないこともあるけど、
それが最終形ではない、と思う。
例えばアメリカにいた時はとても楽だった。
エレベーターでもバスでも列でもどこでも知らない人から普通に話しかけられるけど、女だけじゃなく男にもおじいさんやおじさんにも話しかけてる。
本当に助けを求めてる人や世間話をしたいだけの人が男女問わず短時間話しかけてるのが殆ど。
性教育が充実してるからかセクハラされないし、マイクロな女性差別にもすぐに気づいてすぐに怒ってくれる。
仕事でも職業でも勉学でも差別に気づくと、どんなに小さな差別でも、まだ言語化できない些細なもやもやした気持ちでも、「何故モヤモヤするか、それは差別だからよ」と、すぐに大きく対応してリカバリ・改革してもらえる。
お気に入りの女生徒・女子職員にだけ距離を詰めたり変なサービスやえこひいきをしてくる上の人がいない(多分すぐ辞めさせられるんだと思う)。
差別的なことを言う男の人がいると、日本みたいにその場では丸く収めて、後で小声で文句言う人もいない。男性も女性もすぐその場で立ち上がって怒鳴って怒り始めてくれる。当たり前のことを当たり前にしてくれる。
「私は少しくらい差別されても嫌じゃないよ」「気にしすぎじゃない?ネタだしジョークなんだから流しなよ」「自分でネタにできるくらいにならないと」
などと、クソなbullshitを言ってくる人もいない。
リスペクトしてくれて、女性に対して無理に距離を詰めようとしない。
「君が友達でいたい時は、僕は最高の友達になるし、僕は君の意思を常に尊重する。仮に君に振られても僕の態度はずっと変わらない。恋愛として女性としての前に、君のことが人間として好きだし、僕たちは人間同士、何があっても友人同士として、素晴らしい関係を築けると考えている。僕は君をリスペクトする」
という考えがあることが伝わってくるし、そういうことをきちんと説明もしてもらえる。
ちゃんと言葉で気持ちや考えを言語化して正直に伝えようと努力してもらえる。だから「助けを求めてるふりしてるけど内心は女と話したいだけ」みたいなことをされない。
無理強いしたり、女を「女」「性対象」として見て、無理やり女と話して女に話しかけた数をカウントして自分に自信をつけようとしたりしてこない。失礼なことやセクハラをしてこない。
うっかり家に連れ込んでうっかり触ろうとされるようなことは絶対ないのだと、疑って生きなくていいのがとってもラク。まだまだアメリカ社会にも女性差別はあるけどね。
相手からの信頼や相手の意思を大切にしてくれていて、信用されるために、紳士的な男性たちが必ず女性の前では両手を挙げてくれる。
武器を持ってないし、君はすぐ逃げれるし、君を卑劣な手段で追い詰めたり、無理強いしたり、見えづらい方法でプレッシャーをかけて僕の望むような方向に誘導したりしない。僕はまず君の意思を尊重したいから。
こういう態度を常に心がけていてくれる。
もし君が僕を信じられないのだとしたら、それは君ではなく、安全を保証して見せれなかった僕が悪い。Noを言える女性が好きだし、それが1番大切なことだ。僕の顔色を伺ったり、僕の気を悪くさせることは考えずに、自分の気持ちを話してNoと言ってほしい。と言ってくれる。
アメリカでの生活は、生まれて初めて男性に対して必要以上に警戒しなくてよくなった素晴らしい生活だった。
差別的な声かけやキャットコールには女性も男性もみんなでNoと言うのが当たり前、Noと言われて逆ギレなんて有り得ないフェアな環境だから、
おじさんに話しかけられることの不快感はそんなない。ある種ナンパされても、不快なナンパをされないし、不快にはならない。
そんな世界が100年後や150年後に日本にも訪れてたら、普通に男性が女性に道端で話しかけても嫌な顔をされない日が達成されることもあるかもしれない。
逃げ回る野鳥が、手に止まる日が来るかもしれない。
人に近づかない野鳥が、人の肩で囀る日がくるかもしれない。
日本の女性差別はひどすぎて、正しく女性差別をしないことの意味を理解してる人はあんまりいない。
フェミニズムは、「女性だけは自分たちが差別に反対して声を上げるんだから他の差別にも声をあげる義務が他の人より特別大きくある」だとか、「差別を優しい猫撫で声で訴えること」「女性が積極的に男性に対等に話しかけること」だと勘違いしてる人までいる。
社会全体の教育と就業と昇任や司法や経済的評価における格差の是正、自尊心や人権や差別の性教育と、女性の身体的精神的な安全性を高めるための警察と福祉、
差別がないよと口では言っているのにお金は渡さなかったら、とんでもない裏切りだよね。
社会は、今はもう安全で素敵なところだと女性たちに信じてもらえるように、差別がない誠実な社会だと信用してもらえるように、もっと頑張らないといけない。
社会は、今はもうジェンダーロールはないよ、誰もそんな偏見を許さないよ、女性が従的な立場になることはないよと、アピールしないといけない。
全ての人は生まれながらにして対等で平等な人間だから女性と男性には、多少の生理機能の違いしかないよ、本当にそういう社会になったよと、間違いを沢山侵してきたけど、女性に許してもらえるように、女性に信用してもらえるように頑張らないといけない。
社会が女性に差別のない安全な世界であることを証明し続けるしかない。社会が女性に信用の貯金をどれだけ貯め続けて、信用をどれだけ獲得できるか。信用は失ったら簡単に戻らない。
そういうことなんだと思う。
少しずつ繰り返すしかないのかもしれない。
少しオタクっぽいような人と話すと、2chから生まれたようなレイシストやセクシスト文化が流行っててそれっぽい雰囲気がある。差別的なジョークやネタが普通にまかりとおっている。誰もそれにNoを言わない、どころかお前も笑えよ、ネタだろ冗談だろ、空気壊すなよと同調圧力をかけている。
ツイフェミとおそらく侮蔑的な蔑称で呼ばれる人たちがいて、オタクはなぜかその人たちを馬鹿にしているが、フェミニズムの話をすると彼らはあんまりフェミニズムに詳しくない人が多くて、ツイフェミと言う割には彼女たちが何を言っているかはよくわかってないぽい。
いわゆるひろゆきしぐさというか、「相手の言葉をいかに理解できるか、読解力に基づく、相手の意見をより深く理解する目的の話し合い」ではなく、「読解力がないこと、無能を武器化することで、無理やり相手に議論を諦めさせて勝手に勝ちを名乗る、相手の意見を理解することに目的がなく、議論ができないことを論破と呼ぶネットミーム」のメンタリティが伺える。
実際の性差別事件も多いし、ネットでそれに反論することすら許されないのだとしたら?
性教育や人権教育のあまりの乏しさに、そして性教育を執拗に潰してきた、それを絶対に行おうとしない為政者に、議論のできなさに、為政者を疑わない従順で大人しい国民が育ってることにがっかりする。
女性差別とは別に、障害者差別や、ルッキズムがあること、ソーシャルトレーニングが乏しいことで苦しむ精神障害当事者がたくさんいる。
社会には本当にたくさんの問題があるけどそれもそのうちの一つ。
パパ活してるタイプの女の人と話すと、真面目で昼職してる女に見えるからか、「私たちみたいな人はあなたみたいな女性からしたら、軽いと思われてるかもしれない、男にだらしなくて見下されてるかも」という気構えのようなものも時々感じる。
今の日本だと、「環境に適応するなら」それが1番正しい、正解だよねって思ってる。
若い女にだけ助けを求めてる人を助けて、暇なおじさんの無料キャバクラになっておじさんの性欲と自尊心の満足のために仕事の手を止めて時間を浪費することばかりだし、機会損失にお金払ってほしい気持ちになるのは正解だと思う。じゃないと搾取される。
男に対して差別的なのもそう、それは全然差別じゃない。元々の社会がフェアじゃなくて女性差別的だから、搾取されることから逃れるためになら最も賢い方法だと思う。
社会の傷は深いなあと思う。