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はてなキーワード: もやもやとは

2021-05-11

前に並んでたおじさん

スーパー会計の列。

なんで自分の番が来たのにすぐ列を詰めないの?

なんで会計方法聞かれてるのに無言を貫くの?

気持ちよく買い物できないのかなぁ?

はいかいいえとかありがとうとかなにか言えよ。人のお世話にならないとそのカルピスも買えないくせに、人を無視してんな。

店員さんも戸惑ってたよ。

おじさん、どこでもそんな感じなの? 無愛想。

嫌なことでもあったかな? って想像するけど。

なんかもやもやする。

なんでこういう人が存在するんだろう。

うんこでも漏らしそうで気がそぞろだったってことにしといたからこれ以上でしゃばって人のこともやもやさせんな。

日常の買い物もっとほがらかにできんのか。

2021-05-08

かつて恋愛弱者だった者が弱者男性議論を眺めていて思うこと

一連の議論を眺めていて、弱者男性定義不明なままだが、多分いかなる定義にも今の自分は当てはまってないと思う。一方、非モテ方面議論であれば、かつての自分非モテだったと思うし、おそらく弱者男性とされる者の一部の人が感じている生きづらさには共感できるであろう。これは、そんな人間視点からの雑感と一連の議論にかこつけた自分語りである

自分非モテだという自覚が生まれたのは、小学校低学年の頃だったかな。その時、仲のいい男友達がいたのだが、ある日、放課後クラス女子の家にその男友達を含む、今の言葉でいえば、スクールカースト上位の何人かで集まって遊ぶというイベントが発生していたらしいのである。当たり前のように私に声がかかることはなく、その後もそのような会合に呼ばれることは一度も無かった。男だけで遊ぶ場合には誘われるのだが、女子の家で集まるというところには明確な線引きがあったらしい。この時に、男子には女子の家にお呼ばれされるグループと、そうでないグループ存在し、どうやらそこには越えられない壁がありそうだと理解した。

これはまだ良くて、子供時代非モテに最も残酷だと思ったイベントバレンタインデーである。こんなこと学校禁止しとけよ、と思うのだが(当時もオフィシャルには禁止されてたのかも)、女子学校チョコレートを持ち込み、ある種の男子に配るというアレだ。必ずしも意中の人だけに渡すわけではなく、何人かに配っていたようで、これも貰える男子とそうでないグループに分かれ、それは概ね固定されていたようだった。俺は一度ももらったことがなくて上記は伝聞情報ではあるのだが、その日は男女とも何か浮足だっているので、貰えないとわかっていても、毎年心のどこかで期待して、ガッカリしながら下校するという経験が毎年積み重なった。これは子供心に自分非モテ=低価値であるという劣等感を植え付けるのに十分な出来事であった。この劣等感は種々の経験に伴ってさらに強固に積み上げられていった。種々の経験というのは、彼女いないのか、結婚しないのかという質問だったり、飲み会でのみんなの恋バナだったり、童貞ネタにされることだったり、まあ良くあるやつだ。

こういう劣等感子供時代からの成長過程で強烈に植え付けられてしまうと、これをどれだけ理性で抑えようとしてもどうにもならなかった。昨今のモテないことは人間として価値が低いことを意味しないだとか、男性も男らしさから降りて良いんだという言説は、将来自分のような者を産み出さないために重要で盛り上げていかなければならないと思う。しかし、今現在かような劣等感や生きづらさを抱えている人にはもう遅すぎたとも思う。上記のような言葉では、そういったいわゆる男性弱者を救うことは難しいだろう。

自分子供時代から呪いから解き放たれたのは、身も蓋もない話だが、女性と付き合うことになった時だった。あの瞬間自分の心の中のもやもやがスッと晴れたように感じたのを鮮明に覚えている。人生で唯一遊びに誘った女性結婚にまで至った。今でも自分はこの人以外の誰ともここまでの関係性を構築出来たとは思えず、こればかりは運が良かったとしか言えない。しか呪いが解けたと言っても、これまでに構築された規範から自由になったという意味ではなかった。子供のころから積み上げられた、恋愛価値を見いだす、そういう価値観はむしろこの頃にはさらに増強され、多分もう自分の頭から消すことはできないのだろうという思いがある。

自分が結局女性と付き合い始める以外でかつて感じていた生きづらさから逃れることができたのかと考えると、それは難しかったように思う。今更断っておくが、これは全部主観の話であって、他の人はそうでないことも往々にしてあるだろう。しかしまた、私と同じような思いの者だってそれなりにいるのでは、と思う。男友達は割と多い方だったと思うし、親友のような存在もいた。ある時はその友達彼女から増田くんの方が彼の彼女みたいだよね、などとも言われ、まんざらでもない気分だったが、それで女性からモテない自分無能感が消えることは無かった。小学生経験以降、自分にはモテない自分は何か欠陥を抱えている不完全な人間なのだという気持ちが常にあった。

だが、昨今語られているような、あてがえ論など自分たちの様な者を救うとは全く思わないのだし、そもそも自分に欠陥があると感じているので、それを社会や、ましてや女性から救ってもらおうなどと考えたことがなかった。むしろ誰にも我々は救えないのだ、くらいのことを思っていた。生きづらさのピークを迎えていたかつての自分が、一連の議論を見て、何か思うことがあるとしたら、うるせえ放っとけよくらいだ。男性の中にも弱者がおり、それを救うための前向きな議論は大いに進めていくべきだと思うが、今のはてなでの議論はどうだろうか? みんなはてブ増田で何か言葉を発してるやつだけが当事者だとでも思っているのか。議論に参加していないROM専にどういう属性の人がいて、彼彼女らがどういう思いでその言葉を受け取るのかとか考えているのだろうか。ムカつくやつがどこの陣営にもいて、そいつらをやっつけたい気持ちはわかるのだが、そのために生きづらさを抱えている人間を巻き込んで属性でまとめて攻めるのはやめてほしい。みんな強い言葉を使いすぎているし、この議論の中では今の自分にも刺さるようなコメントが多数あった。かつてストロングゼロを常飲してやさぐれていた自分だったら発狂して、自分自身も誰かを叩きにいったのかもしれない。何も発言していないような人間にも刺さるような属性攻撃はやめません?

長くなったし、結論も話の筋も無い駄文になってしまったが、我慢出来ずに書いてしまった。

2021-05-06

休暇でコメダに行って少しだけ人間性を取り戻した話

社会人2年目。

有給休暇申請5月9日までの長期連休を生成。

GW中は程々に遊んで、なとなく今日ゆっくりしようかなぁ~という気分の中、

普段はなかなか行けないコメダ珈琲で、普段は買うだけでなかなか読めない本を消化することに。

10時ごろにお店についていい気分だったけれども、お昼時にもなるとお店が混んできた。

店員さんの良く通る声で、番号札をとって案内待ちのお客さんがいることに気づいた。

気を利かせたつもりになって、そそくさとお店を出る準備をしてお会計に向かう。

案内待ちのお客さんへ目が行き、気が付く。

座って順番を待っているのはことごとくおじいさん,おばあさんだった。

よくよく店内を見回すとみんな中年からおじいちゃんおばあちゃんと呼ぶのが適当な方々。

心の中で悪態をつく。

「こいつらはいつでも来れるじゃん、どうしてたまにしか来れない俺が気を利かせて出ていかなきゃならんのだ」

「これが愛想のいいご夫婦や、素敵なお姉さんだったら...」なんて考えるとまた気が付く。

見返りを求めて行動していたこと。見返りがなく腹を立ててしまたこと。自分自身が思っていたよりも攻撃的だったこと。

本当は向かいのおばさんみたいにずっと居座て夕方まで本を読んでいたかった。

他人の見よう見まねで勝手に精一杯になって、それが自分の思い通りの結果にならなくて...。

自分のやりたいこともできない上に、こんな惨めな思いをするなんて。

はじめこそ腹が立ってどこかに老人の悪口拡散して、このもやもやを発散しようかと考えていた。

だけれど悪口を考えている間に、自分のことでしか自分を語れない自分あほらしくなってしまった。

自分はこれだけした、だからお前らもこれくらいするのは当然」

いつからこんな考えの人間になってしまったんだ。

今回の件もまた別の機会にコメダ行けばいいだけだしね。なんら大したことはないんだよね。

ただこうした気づきをもたらしてくれたのはGWと休暇のおかげ。

以前からこうした自己中心的気質はあったのだけれど、一時期はずいぶんマシになっていた。

ただ今回は4月から一気に仕事が増えてパンクしかけていたし、相当余裕がなかったんだと思う。

何よりきつかったのは もの凄く良いことがあってもすぐに悪いが起こるので、結局毎日ストレス不安さらされていたこと。

次点会社都合で見知らぬ田舎に飛ばされて一人ぼっちなこととか。

余裕はマジで大事

余裕をください。

好きな絵師ブロックされた

1日もやもやしていたので吐き出す。

好きな絵師がいた。

絵や漫画の描き方はもちろん、普段ツイートも為になるもの面白いものが多く、ツイートを読んでいると元気になれる人だった。

その人に直接コンタクトを取ったことは一切無い。タイムラインに流れてくるツイートを眺めて、上げてくれる絵や漫画で好きなものがあればいいねを押して、とても好きなものであれば匿名ツール感想を送って、と、よくあるロムアカウントの1人としてフォローさせてもらっていた。その人のツイートに全部いいねをつけていた…みたいなことは一切ない。1万人近くフォロワーのいる方だったから、どこで私を認識したのかわからない。

だけどブロックされてしまった。発言が多い人だったのに最近TLで見かけないな、と思って検索したらブロックされていた。びっくりしたし、悲しかった。応援していた人だったからこそ、何かしてしまったのではという気持ちと、なぜ相互でもない1万分の1の私のことを認識したのだろうという気持ちと、相互でも無いのにブロックしたということは私に自分発言を見て欲しくないという事なのだろうかという気持ちと、悲しみと戸惑いが混ざって、GW最終日だというのに1日落ち込んでいた。

意味の無い行動だとわかっていたけど、別で持っているアカウントでこっそりその人のアカウントを見に行ったら、いつも通りの発言量で楽しくツイートしていた。嫌な人がいたかブロックした、みたいなものも無かった。直接聞く訳にもいかないので、永遠にからないままだ。そのジャンル二次創作やその人の作品が別のアカウントで流れてくる度に悲しくなってしまうのだろう。なんでだろう、をずっと思い続ける気がする。

Twitterなんて自分の好きなようにすればいい、というのはもっともだけど、理由もわからず好きなようにされると思った以上に悲しいものだった。

2021-05-02

anond:20210502153259

紙で書いた方が良いって何かと言われるけど、紙で書くと脳内で考えるスピードと筆記速度が合わなくて結局何も書けなくなったりするから自分に合った方法がいいよ。俺は紙で書きたかったけど、上の理由タイピング日記書いてる。書かなくても、ただスマホの録音機能で声で残してみたりとか。吐き出すことが大切だからもやもや抱えるよりとりあえずどんな方法でも出した方がおすすめ

2021-04-30

ボーダレスネーム広告業界描写微妙すぎて、あまりにもあまりにも

少年ジャンプ+で人気連載中(日間ランキングで1位取ってるし人気でいいよね)の「ボーダレスネーム」、かつてマンガ家の夢を捨てたアラサー女性が、再びマンガ家になる夢を見つけ歩み始めるというマンガです。

主人公女性現在仕事広告代理店アートディレクターAD)で、イケメンだけどぶっきらぼう上司や、物腰柔らかなマンガ編集者などに取り巻かれながら、仕事や将来の夢に向けて悩みながら、成長するという、この20年くらいの青年誌お仕事マンガフォーマットにある程度乗っかっていると言えるでしょう。(それがジャンプ+で連載されるというのは面白いです)

1話目を読んだときは、ああ、これで広告会社やめてマンガ家修行始めるんだろうな、で、編集二人三脚してるうちに恋が芽生えたり、イケメン上司からちょっかい受けたりしつつ、マンガ家として成長するんだろうなと思っていたんですが、あれ? 2話目で女性コピーライターが出てきたよ、しかもまだまだ広告会社の話が続くみたいだよとなって、僕は正直、困惑しています

というのは、広告会社描写がかなりおかしい。こんな広告会社はありえない(正確に言えば、なくはないがこの規模の会社だと考えられない)のに、広告会社お仕事マンガとして進んでいるので、やばいんです。このマンガ読んで、広告会社disられても困るし、逆に広告会社に入りたくなってもやばい描写おかしいのにちょくちょくお仕事専門用語解説が入る(そこはいちおう内容はあっている)ので、ものすごくもやもやする。というのを立て続けに見せられてるんです。

なので、2話までの中でのおかしポイントを列挙して、何にもやっと来るのかを指摘してこのもやもや業界がわからない人と共有したいと思いました。

 

1話: https://shonenjumpplus.com/episode/3269632237331072609

・P5 何人か指摘してますが、31歳で入社10年目って、この人何歳から働いてるんだろ? 総合代理店AD職で美術短大専門学校卒で働くとなると、主人公学生時代、相当優秀な方だったんでしょうね。賞でも取ってたんでしょうか。

・P8 34歳のイケメンCD(34歳でCDも相当若いですが、まあ優秀だったんでしょう。岸勇希みたいな人なのでしょうか)が、オリエンに連れていきます。まあ、クライアント名を出さずにつれていくのはいいでしょう。そういうやり方の人もいます。でも、そんな雑な今から時間あるでオリエン連れてくな。急に入ったオリエンなら、まずはお前ひとりで聞いてこい(いや、CD一人で行くのもちょっと違うが、それは後述) 広告会社ADなんて死ぬほど忙しいんだ。そんな今から連れてくみたいなやり方でスタッフィングされたら他案件との調整が地獄になるわ。あと、肩たたいて声かけるな、現実で今どき、それやったらパワハラ案件になるぞ。

・P9~12 この回、最大のツッコミどころ大手出版社看板雑誌の60周年広告を競合でなく指名発注しかも、担当者広報2人に若手編集1人。それありえる?? そのキャンペーン、ひいき目に見ても出版社も全社総がかりでやる規模の案件だぞ。編集長どころか担当役員が出てくる案件だぞ。少なくとも競合で6社は呼ばれて、納期バジェット提示されて年間キャンペーン総合プレゼンさせられる案件だぞ。この会社出版社ハウスエージェンシーかなんか? そして、何よりこの広告会社営業いないの? CDが一人で直接話を聞きに行くなんて、怖くてさせられないよ。せめて、一人CPクリエイティブプロデューサー、ざっくりいうと広告予算スケジュール管理をする人)くらい連れて来いよ。CDにそこまでさせたら、普通会社だったらパンクするぞ。出版社出版社だ。こんなでかい案件で、オリエンペーパーも作らないのか。予算いくらとかキャンペーンスケジュールがいつなのかとか、KPI、KGIとか広告で達成したいこととか、現状の雑誌のコンディションとか、ADが「どんな広告がいいですか」とかふわっとした質問をして、編集が「見た人に夢を与えられるものですかね」とかふわっと答えて、それでGOするなよ。主人公も苦手なオーダーだとか思ってるけど、誰だってそんなふわっとしたオーダー苦手だよ。そして、イケメンCD、こんなでかい案件、一人のADに丸投げするな。俺がCDだったら社内で3チームは立てるわ。まあ、社内競合とか文化がない会社なのかなと思ったら、2話目で社内競合かけられてるし、2話目の案件より、こっちのほうが規模ははるかにでかそうだぞ。

・P16 主人公他人案件勝手に引き取るな。せめて上長に手伝ってもいいですかと聞いて一緒にやれ。というか、上司が丁寧にディレクションしてるのに勝手に引き取るな。このモブの後輩もありがとうって面するな。ちなみにこの付箋を見ると、マーケ部云々書かれてるので、マーケいるの? というか、マーケ企画書CDが赤入れてるの? そんなことされたら、戦争はじまるぞ。

・P17 やっぱり社内競合ですらないし、営業もいない。続きを読むとこれ、プレゼン前日だよね。プレゼン前日の打合せに営業いないし、紙だけで社内打合せするな。誰もノートPCすら持ってないのか。それともこれは2019年ですらなくて、2012年くらいの話か?

・P46 途中の徹夜作業するところとかはまあいいけど、この人、ADメインの人だよね。コピーから企画から全部ひとりでやるのは、あまりにも抱えすぎじゃないか。それと上司、直前打合せで追加案なんて出したら、それこそメンバーからヒンシュク買うし、ADは心折れるぞ。そういうのは面倒見がいいとは言わない。ただ、こういうのをやってくる人、たまにいる。某佐々●宏とか。でも、逆に言うとそれくらいの人じゃないとそういうことはやらない。あんなふわっとしたアドバイスじゃなくて、ちゃんと前日打合せの場か、そのあとにADを呼び出して、ちゃんと伝える。その方針で1つ追加できないかと聞く。

・P49 やっぱり営業がいない。ほんとにいないでいいのか。この会社CD営業マーケもやるのか。というか、出版社サイドもそんな即決していいのか。60周年だよね。

・P66 「営業マーケティングなどいろいろな分野の人たちが案件ごとにチームを組んで広告制作を行います!!!??? この会社にもいるの? なんでプレゼン営業来ないの??

 

まあ、1000倍ひいき目に見て、必要ない登場人物は省略したとしよう。しかし、この省略はお仕事マンガとしてあり得ないレベルで省略してると言わざるを得ません。

ゲーム会社でいえば、バンナムスクエニ規模のゲーム会社プログラマー一人でゲーム企画案を作って、自分コーディングしてゲームを開発して、自分で納品してるみたいな感じ。

IT企業でいえば、基幹システムの開発を一人でスケジュールもなしに作ってる感じ。

それくらいの違和感があります

 

 

2話: https://shonenjumpplus.com/episode/3269754496293826525

P3 これはいじわるかもしれないが、この編集さん、プレゼンのあとは作業から外れたのかな? まあ忙しいもんね。でも、せめてこういう感じ始めますってのは、広報から編集部に事前に共有されるよね。メールアドレス知ってたら、せめてその時点でメールするよね。まあ、忙しくて忘れてただけにしておこう。

P16 いくらなんでもこんなに面倒見が悪いトレーナーだったら外れもいいところ。というか、この会社、全体的に人を育てる感じがないよね。

P21 トレーナーになんで自分がこの人を見るのかの周辺事情ちゃんと伝えるのが会社というものです。そうじゃないとこうやって、自分を見放した上司と競合する仕事をしないといけなくなります。あと、今時、広告会社なんて(特にCR分野なんて)オタクだらけです。キラキラ女子みたいなほうがよっぽどレアです。だってアニメゲームマンガなどのコンテンツ重要情報源なんですからそもそもアニメゲームじゃなくてもオタクじゃないとCRの引き出しは枯渇します。

P23~24 ここがいちばん問題CRの打合せなんて100本ノック1000本ノックなんて当たり前。まして、この子コピーライターでしょ。コピー無限に書き続けるのが仕事みたいなもんだよ。一万歩ゆずってプレゼン前なので、そろそろ方向性を絞れって話なら、主人公が打合せ前にディレクションしないといけない。つまり、この子が怒られる筋合いは一ミリもない。

P32 上司、そこにいるなら、主人公相談にのってやれ。社内競合で負けたらお前の評価にも影響するんだよ。ほんと、この上司、何にもしねーな。主人公は早々に見切って、全スルーして上と直接話するようになったほうがいい。

 

2話目はこのコピーライターの子がとにかく不憫転職してきたばっかりでこんな目にあったら、俺だったらすぐに転職サイトを開く。

で、うすうす気づいたが、このマンガ広告会社って、主人公の成長のための舞台設定だけなんだよね。早くコピーライターの子と一緒に仕事辞めてマンガ家になれ。どうせそういう話にするつもりなんでしょ。で、ここまで書いて気づいたけど、この2話目の案件も社内競合なだけで、コンペじゃないんだよね。広告会社マンガで成長を描くためにコンペを使わないのって、相当奇妙なんだけど、そこに何か理由があるのだろうか。というか、社内競合のライバルをこんなに嫌な人に描写してるの、社内の摩擦がすごそうで嫌な会社だなあってなるんだけどいいのだろうか。

 

以上、広告業界関係者がとにかくイラっと来た部分を書きました。

2021-04-28

物語自分の期待した展開にならなかったケースって

連載物をリアルタイムで追っかけているとままある…というか何度もぶつかってしまい、その度に苦しんでしまうのだが、皆どうやって割り切っているのだろうか。

自体自分自身の『期待フィルター』を取っ払えば筋が通っていてかつ凄い面白いのだが、この展開ならいずれ活躍するだろうと注目していたキャラクターの見せ場があるどころか役回り自体損なものになってしまったり(最期に一華咲かせるだろうと思ったらあっさり死亡退場してしまうなど)、あるいはこの要素はああなるに違いないと立てた予想が特に関係無かったこととして処理されてしまったりすると、なまじ話が面白い分尚更もやもやした気持ちを抱えてしまう。この先また自分が期待した要素がお出しされるかもしれないとあきらめずに連載を追いかけていけばよいのか、それとも期待が外れた時点でノットフォーミーだったと物語を見切って降りるべきか。

連載を追いかけるのをやめた上で完結してから改めて読み直す、というのが一番良い手段なのはわかってはいるのだが、それはそれでこれまでの連載を追いかけてきた時間は何だったんだってなってしまうんだよな…それなら完結した後でこの物語出会いたかったとなってしまうというか。

結局、最初から連載中のものには手を付けない、というのが正解なのかもしれない。リアルタイム物語を追いかけて盛り上がることは、リアルタイムで追いかけた物語のものストレスを抱えてしまリスクがあるのだと自覚した上で新しい物語に手をつけた方が良いのだろう。

…本当はいちいち過剰に先の展開に期待せず、フラット物語をひたすら消化出来ればよいのだが、何分拘りが強い分、どうしても入れ込んで、過剰な期待を物語押し付けしまう。ただ辛いなあ、という愚痴です。

anond:20210428113104

上司に褒められなくてもやもや

増田で慰めてもらおうとする

自分の機嫌は自分でとりなさい

吐き出してすっきりしたんならいいけど

「親が金持ちだったんだね」

最近上司にいわれたことをここ数日ひきずっている。

俺はそこそこ有名な大学をでているんだが、上司と同席した場でそれを明らかにされる機会があった。

俺は真顔でいたのだが、正直にいえば、「へ~、頭いいんだね」と言われるのを内心期待していた。

学歴が明らかになるとそんな反応をされることが多かったので、今回も少し期待していた。

でも上司第一声は違った。

「へ~、家が裕福なんだね」と一言

それだけだった。

まるで俺の実力ではなく、たまたま裕福で教育資本のある家に生まれてよかったねというような口ぶりだったのだ。

親の経済力子供学歴相関関係があるのは俺だって知ってる。

塾に行かせてもらったりしたし、それがなかったら確かに大学には行けなかったかもしれない。

上司言葉を聞いた時、落胆とともに「そりゃそうだよな」と納得する自分がいた。

でも、なんだか釈然としない。自分自身の努力否定されたような気がした。

悲しくて悔しい気持ちがわいたけど、運に恵まれたのも否定できない。

は~もやもやするわ。素直に学歴褒めてくれりゃよかったのに

2021-04-23

最近ややこしいのはオタクぶってる一般人と一般人ぶってるオタクがおるということ

そもそもオタク定義なんて、無い。二人称がそれであったぐらいの由来だ。

けど、平成を生きてきた人間ならわかると思う。

人が理解できないもの情熱を傾けつつ、それを疑問に思ってないほど偏愛してるのがオタクだ。

そのうち、狭義のオタクは、その趣味が仮にそこまで深く好きではなくてもキモいものであることだ。(誰でも読む漫画は除外。わざわざ録画して見ないと見れない≒一般人には縁のない 深夜アニメ同人的なものゲームも家庭用で遊べる一般向け以外のゲーム好きな人


が、オタクという存在市民権獲得しつつ、一般人でもオタクコンテンツに振れやすくなった。(ネット配信サイトなどのあれで)


で、今分断が起きてる。

い)平成前期~中期をオタクをして過ごした人間と、オタクとして過ごさなかったがオタク存在をしってる人間オタク観ってのと、

ろ)平成後期のオタクしかない人間

(い)は、オタクは圧倒的にキモいが圧倒的に凄いというのを肌で経験してる。ので軽々しくオタクとは名乗れない(一部それを知りつつ、昨今のオタクライトムーブメントに乗っかってオタク自称してるおっさん多いが、そいつらは、一番最悪。)

(ろ)は時代が変わっていくんだなーっていう。誰も悪くないただ時の流れがそうさせたものだ。



旧来の狭義のオタクにこだわっていると、今世の中で使われているオタクという言葉温度もやもやするが、若者若者同士でオタクという単語を使っていてそれが自分感覚と違うというのでは、時代に取り残されているという判断しかならないだろうよ

anond:20210420190234

2021-04-22

anond:20210422043450

子どもがいない人にとっては子供の声ってあり得ないくらいうるさいんだ。

まして、様々な理由子どもを望むのに子供を持てなかったりしたら、子供の声を聴かされるだけで精神が削られ、一日仕事にならないこともある。

最初から子供を連れてきてOKみたいなイベントだと心の準備ができるし、どうしてもなら休むなり外での仕事を入れるなりという自己防衛も取れる。

予定もないのに子供が来るのは本当にテロみたいなもので、それだけで一日心がかき乱される。

そうやって行先の会社生産性を下げてまで自分意思を通すのが本意なのか?

...私にも今は子どもがいるが、子供を持つまでに時間がかかったから、いない側の気持ちもわかる。

から増田みたいに子供を連れてどこにでも行けるのが当然という考え方は自己中にしか見えず、すごくもやもやする。

3年待って3歳児入園可な幼稚園に入れたら預け先が確保できるのになんでその3年が待てないかな。

2021-04-20

anond:20210420040018

偏差値とはあくま相対的基準だし、

テストの点数などが必ず正規分布になるとはかぎらないのではないか

と思って偏差値の話が出るともやもやすることが多い

しかし、数学ができない棋士だっていっぱいいるだろうし、

棋士は中卒とか普通にいるわけで尚更数学ができないだろうし、

そこはあまり意外に思わないのだった

あ、読み返してみると棋士の方じゃなくて阪大の特任教授なのか…

でも、特任とか特別研究員とかアホがいるからなあ

2021-04-18

処女卒業できない理由を考える

24処女もちろん独身

恋人過去3人、いずれも1年未満で別れた。

理由①「自分あるいは相手性的欲求・関心がない」

少なくとも自分には性欲はあると思う。普通にエロ漫画読んで興奮するなーと思うし自慰もするので。相手の本当のところは分からないけど、全員そういうことしたいんだけどみたいな話はしたのでおそらく興味はあったと思う。自分性的魅力があるかどうかはさておき、一応”女である”という認識はされていたように思う。胸は特に大きくない。

理由②「他人に触られるのが苦手」

可能性としては一番ある。そういう雰囲気になったときももに手を置かれて背筋がぞわっとして、なんか無理だなって思った。ちなみにキスも無理。この時相手の事をパーソナルスペースに入れられないことに気付いて付き合うのやめたっていう部分はある。ていうか3例ともそうだったかだんだん自分パーソナルスペースが広すぎて誰相手もだめなんじゃないかとか思えてきた。恋人のことはそれぞれ好きだったので、自分が触られることに嫌悪感を感じてしまったのがショックだった。少女漫画は本当に好きな人だったら触られると嬉しい!とか書いてたけどほんとかな。

理由③「男性が苦手」

女子女子大卒という経歴(職場もほぼ女性、それも年齢層が高くて自分と同じくらいの歳の人がいない)が関係するかはわからないけど、苦手というか男性に対する免疫は少ない気はする。免疫っていうか、男性という生き物の凡例を多く見てこなかったので予想や対応が難しいというか。じゃあなんで男と付き合ったんだって言われたら自分がめちゃくちゃ惚れっぽいからに他ならないんですが・・・

「一回やることやっちゃえば抵抗感もなくなるし、もっとフラット男性と向き合えるのでは?」と思うこともあり、マッチングアプリとかであとくされなく対応してくれそうな人を探すも、恐怖心が勝り会うには至らなかった。お金目的ではないのに「○万で処女買うよ」みたいなこと言ってくる人が多くて萎えたこともある。まあ出会い系覇者女性たちや業者がどういう搾取の仕方をしてたかを考えると仕方なくも無いと思うんだけど。素直にお金もらって売った方がいいのか?という気さえしてきた。でもこの微妙な年齢の女の処女に金払ってもらう価値あるのか?とか、お金を受け取っちゃったらそれに見合ったサービス(言い方ひどくてスマン)を提供しなきゃいけないのでは?とか色々考えて、結局アプリは退会してしまった。

男女交際って別に行為目的なわけじゃないし(少なくとも私は)、好きな人といられたらいいよねとは思うんだけど、実際問題結婚適齢期の女が身体を許しもせず男性と一緒に過ごす状態って健全なのかどうなのかって話だし、相手行為目的じゃないとしてもそりゃもやもやするよなって思うわけで。今踏み出さなかったらこの先何十年経っても私は処女な気がする。あーあ、少子高齢化社会に貢献できなくてごめんなさい。

2021-04-17

anond:20210417193626

おれもアイドルに施しをしてるつもりはなかったけど、

家電とかお取り寄せメシとかおれより遥かに生活水準が高い様を見せられて少しもやもやしてしまった。

anond:20210416132847

いちばん理解できたもやもやは「旅行とかじゃない必要な移動すら、こっちは命かかってんのに」ってとこ。

かに視覚障碍の場合、命を落として初めて、世間耳目を集めるってパターンになってしまう。

耳目集めてなお、ホームドアがすぐさま設置されるわけでもないしね。

それでも私(非障碍者)が、伊是名氏のパフォーマンスを支持するのは、無関心よりはいいのかなということ。

バニラエア木島さんの時も、いっときは関心をもたれたけど、あまり続かないよね。非障碍者にとっては他人事から

悪手でも関心を引いた方がいいのかなと。当事者でもないのに勝手な言い分と思うけど。

「ぶつかった後心無い言葉を浴びせられた」などの事例は、無関心や想像力の欠如から来てると思うから

この件で初めて、これまで考えても来なかったこと、障碍ある人の外出の困難さを考えてみた人もいるはず。私もあらためて考えさせられたよ。

伊是名氏への苛烈批判は、障碍者への「偏見」というより、

「人に迷惑をかけてはいけない、自分で頑張れるだけ頑張れ。できることはすべてやれ。助けを求めるのはギリギリ最終手段」という社会空気によるものだと思う。

「助けを求めるなら、頭下げろ。謙虚にしてろ。申し訳なさそうにしろ」というね。

その空気を変えなければ、障碍者に対する心のバリアも低くすることはできないんじゃないか

もちろん、伊是名氏の行動は、もともと障碍者に対する心のバリアが高かった人のバリアを、より強化したことは否めないけど。

あとは怖かったのが、私も障碍者にこんな迷惑かけられた、暴言吐かれたとかいう事例を書く人が出てきて、同調する人もいたこと。

目に見える障碍があり、サポート必要とする障碍者悪態って、数少ない悪例だけでこんなに悪印象を残してしまうもんだなと。

駅員に悪態つく事例とか暴力は非障碍者の方が圧倒的に多いはずなのに。やっぱ「助けてやってるのに、余分な仕事してるのに」その態度かよって意識があるんだよね。

よくも悪くも印象に残ってしまうからこそ、伊是名氏のパフォーマンス諸刃の剣増田が憂慮するのも当然だよね。

視覚障碍をもつ方へのサポートの仕方とか、参考になった。こういうの練習できればいいのにね。

実際サポートしたことあるけど、慣れてないからあまりうまくいかなくてお互いハッピーじゃなかったように感じた。

マイノリティの人は、グレーゾーンにいる人たちには厳しいよね

最近聞いたラジオで、トランスジェンダーの人がゲストとして話していた。とても話の上手な方だった。

その方が「子供の頃からスカートを履くのが嫌で嫌で」と話しているのを聞いて、私は自分が幼い頃のことを思い出していた。

私も、スカートを履くのがとても嫌だった。小学校の頃はずっとズボンだったし、中高のときもずっと下に短パンはいていた。

女性らしい、といったことになんとも言えない嫌悪感を感じていたし、胸が大きくなることや、自分女性らしさを感じるたびに、心がもやもやした。

化粧もおしゃれも全く興味がなかったが、周りのマネをして女性誌?を読んでいたが、あまり楽しいとは思えなかった。

小学校の頃からずっと中の良かった女の子のことが大好きだった。それが友情なのか、それともそれを超えたなにかだったのかは今でもわからない。

からといって、異性に興味がなかったわけでもなく、片思いも何度もした。付き合うことも年頃なりに興味津々だったけど、悲しいかモテなかったので彼氏などできたことはなかった。

ずっと男として生まれたかった。今でも時々そう思う。なんだか自分が型から外れた存在な気がして、辛い、までは行かないけれど、漠然とした不安がいつもまとわりついていた。

随分歳をとって、私にも彼氏と呼べる人ができた。そしてその人が今の夫だ。不満がないわけではないが、夫と結婚できて私は幸せだと思っている。

母親彼氏ができたことを告げたとき「実は、異性に興味がないんじゃないか心配していた」と告白された。一緒にバレンタインチョコを作ったりしていたのだが、どうもそう思われていたらしい。

子供の頃は、世の中はすべて白か黒かにきちんと別れているものだと思っていた。でもそんなもの幻想で、殆どのものが大なり小なりグレーゾーンにいるのだと思う。

私はトランスジェンダーなのか?と聞かれれば、そうではないのだろう。だけど、100%女性なのか?(そんなものはないのだけれど)と聞かれれば、違うのだろう。

たとえば、女性が白で男性が黒だとすれば(色の選択に他意はない)、私は白に近いグレーだと思っている。

一度、知り合いのバイセクシュアルの子に、子供の頃のあのモヤモヤした感じを話したことがある。その時の返答は「そんなの、大したことじゃないよ」だった。

私達の苦労を、あなたの小さな違和感と一緒にしないでくれ。私達はあなたとは違うのだ、といったことを言われたのだけ覚えている。

往々にして、マイノリティーで迫害を受けている人たちは、同胞にはとても同情的だが、敵と自分たちとの間に落ちてしまったグレーゾーンの人に対してはとても厳しいのだ、という気がしている。

黒人の人だってアフリカ系の人と、白人とのハーフとの人では扱いを変える人がいる。お前は黒人じゃない、と言う人だっている。

そりゃ、苦労の程度は違うのだろう。同情しろだなんて思わないし、してほしくはない。ただ、濃度はどうであれ、同じ悩みや苦しみを経験した人に対して、お前なんかより私のほうが苦労した

なんて言ってしまう、言ってしまえる人たちが、一体差別の何と戦うのだろうか。

2021-04-16

伊是名夏子さんの件でもやもやしている

もやもやしている

私は本当にもやもやしている。発端は例の伊是名夏子さんのこの投稿

http://blog.livedoor.jp/natirou/archives/52316146.html

バリアフリーは推進されるべきだ。その方向性異論はない。そしてバリアフリーを訴える目的はよいと思うし、その目的批判している人はほとんどいない。

でもこの記事最初に読んだ時、「これは炎上するな」と思った。

そして案の定炎上した。

私のこと

片目の視覚障碍

私は、きちんとした教育を受けそれなりの大学を出て、結婚もして家族もあるし、収入はそこそこあり持ち家にも住んでいる。

いわゆる「強者男性」に分類されるのだろうと思う。

私は自分社会的弱者というつもりは全くない。

ただ片目があまり見えない。病気というか、発達障碍というか、弱視という視覚障碍がある。ちなみに弱視というのは、眼鏡などで矯正しても視力がでないことをいう。

だが片目だけの視覚障碍なので、私は身体障碍者ではない。健常者だ。もっとも正常な方の目も、近視、乱視はいって矯正しないと0.5ぐらいなので、そんなに見えるわけではないけれど、視力矯正できるかできないか全然違う。

普段生活には全く支障はない。

もっとも、もしかすると両目がきちんと見える人よりも、遠近感の把握ができなかったり、視野が狭いのかもしれないが、両目見えていた経験がないので、違うのかは全くわからない。

視覚障碍があってよかったこ

不自由はないといいつつも、ほんの少し、両目が見えたらいいのにと思うことがある。例えばVRゴーグルをかけてみた時などにそう思うことがある。でもそれは総じて大したことではない。

逆に見えなくてよかったと思うこともほとんどないのだけど、ひとつだけ、心からよかったと思うことがある。

私は、健常者の目と、視覚障碍者の目と、2種類の目を持っている。社会を、健常者の目と、視覚障碍者の目と、2種類の目で見ることができる。それは本当によかったと思う。

視覚障碍の目で街を歩く

私は、時々、自分の健常者の目をつぶり、視覚障碍の目だけで街を歩くことがある。特に、今回は、もやもやし続けているので、いろんな場所で何度もそうしている。

通しでやったことはまだないが、眼帯などで健常者の目を隠し、視覚障碍の目だけで自宅から会社まで通勤するのは可能と思う。

記憶と音や他の感覚で補いながら歩く

なぜ可能と思うかというと、私は、自宅のドアを開けたところから会社入り口まで、健常者の目で何度も通勤しているので、途中の、道路通路の硬さ、すべりやすさ、段差、②曲がるときの角度、直線で歩くべき距離、③階段のおおよその段数やエスカレーターなどの位置、こういうものを覚えている。

見えないものは、記憶で補いながら歩く。ゆっくり歩けば、弱視の目でも歩くことができる。

そして音は重要だ。自動車が近づいてくる。こういうものは音で判断する。

自転車は、音が小さいから、怖い。電気自動車も、音が小さいから、怖い。

大変なのは情報を得ること

電車時間も、発着ホームも、だいたい覚えているので、目的電車に乗ることはできる。ただし、遅延などが発生し、行き先が違う電車普段とは違う時間にやってきたりすると、困る。

そういう時は駅員さんしか頼りにできなくなるだろう。

本当の視覚障碍者の人は、情報を得るのにとても困るだろうなと思っている。ホームに駅員さんがいれば聞くことができるのだろうけど、いつもいるわけではない。視覚障害者はそうたやすホームを歩けないので、同じホームに駅員さんがいても、距離が離れていたら聞くのは難しくなる。

少なくとも私は、視覚障碍者の目で歩くとき普段と違う状況になると状況を把握できず、いらいらする

声をかけて

私が、視覚障碍者の目で歩くときは、記憶と、耳と、手と、足の裏の感覚と、それ以外の感覚も総動員しながら、歩く。

から情報が少ないのを、全身の他の感覚で補おうとする。

集中しているので、いきなり肩や腕をつかまれたりすると、とてもびっくりするだろうと思う。怖いと思うかもしれない。

もし皆さんが視覚障碍者に何か情報を伝えたい、手助けしようと思ったら、白杖身体をいきなり触るのではなく、まずは声をかけてほしい。もし声をかけて手助けを断られたり、声をかけるのを躊躇するなら、見守ってほしい。

ホームの端が見えにくい

私の弱視は、光線の具合で、見えたり見えなかったりすることがある。

広い平坦な場所で、突起に気づかずつまづくぐらいなら笑い話かもしれないが、ホームの端がみえにくくて転落することがあれば、それは生命問題に直結する。((ホーム線路の彩色、彩度が似ていると、ホームの端がわかりにくい。))

その対策だが、蛍光色で10cmぐらいの幅のラインを描くことで、ホームの端の視認性はかなり上がる。これをCPラインというらしい。

一部、導入されつつあるが、まだまだ普及がすすんでいない。

https://ameblo.jp/milkyht2/entry-12244392124.html

ホームドアがあれば死なずにすんだ命も多い

CPラインよりももっと効果的な方策がある。ホームドアだ。

ホームドアは、視覚障碍者のためだけではなく、酔っ払いなど一般の人の転落事故も防止する。ホームドアがあれば死なずにすんだ命は多い。できる限りペースを速めて、設置してほしいと思う。

ネックは、ご存じの通り、多額の費用がかかることだ。

でも、生命にかかわることだから優先順位は一番高くていいのではないかと思う。

日本視覚障害団体連合ホームドアの設置を求め続けている。2020年7月の阿佐ヶ谷駅での視覚障碍者の転落死亡事故をうけて、同年9月にも国土交通大臣要望書を提出している。こういう働きかけは大切だ。政治企業への働きかけは、絶え間なく行わないといけない。

働きかけを行うべき先は、政治企業しかるべき権限もつ者=責任者であるべきだろう。「なんでホームドアがないんだ!」と現場で駅員さんに怒鳴っても、何も改善しない。

http://nichimou.org/notice/200923-jimu/

ホーム上の点字ブロック

歩道施設などの通路ホーム上にある点字ブロック日本発祥のものだ。これはよい発明だと思う。かなり普及しているのも評価したい。

また、2016年に近鉄大阪線河内国分駅ホームから視覚障害者が転落死した事件をうけ、対策として「内方線付き点状ブロック」設置を推進していたが、これはかなり進んだと思う。評価したい。

https://www.sankei.com/affairs/news/161017/afr1610170045-n1.html

でも、「なんでこうなった?」というような謎な点字ブロックも多々ある。そんな役に立たない点字ブロックや、かえって危険を作っている点字ブロックがある。

ホームなどの点字ブロックの配置についてはガイドラインがあるが、まだそれが守られていないことがある。2019年の京成立石駅視覚障碍者が転落死した事件は、規格外ブロック問題と指摘された。

https://s.mxtv.jp/mxnews/kiji.php?date=14s53i742ax788in6

ガイドラインに沿っていても、転落事故(死)が起こることがある。視覚障碍者は、目から情報が少ないため、点字ブロック認識しつつも、現在地と歩く方向を間違い転落することがある。

点字ブロックはとても有効設備だが、点字ブロックだけでは転落事故はなくせない。

https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/437710.html

次に、弱視から視点追記したい。

点字ブロックは、黄色のものが多い。(私も健常者の目で見た時はそう思うが)黄色ブロックは、色がガシャガシャして、うるさく感じないだろうか?

そこで、街並みをおしゃれにするため、点字ブロック歩道の色と合わせて設置することがある。最近増えた感じがする。

でも弱視者には、これがわかりづらい。

視覚障碍者全盲の人ばかりではないという認知もっと広まってほしい。

視覚障碍者は見えないのだから点字ブロックは何色でもいいのでは?」と思わないでほしい。

少ない視力を使って点字ブロックの上を歩きながら、足の裏の感覚などで点字ブロックの助けを得て歩く視覚障碍者もいる。

私には、色がガシャガシャしていても、黄色の方がありがたい。

白杖について

視覚障碍者は、道路交通法によって、白杖を持つこと、または盲導犬をつれることが義務づけられている。(第14条第1項)

また、視覚障碍者でなければ、白杖を持つこと、または盲導犬をつれることを禁止されている。(第14条第2項)

さきほども書いたが、視覚障碍者全盲の人だけではない。ロービジョンといわれるのだが、若干の視力はあるのだが日常生活に支障がある人がいる。白杖の使い方は、人それぞれだ。

ところで、視覚障碍者白杖を持つ理由は次の3つとされている。

https://nippokai.jp/wp/formembers/canes/

  1. 視覚障害を持つことを周囲に知らせる
  2. 触覚を通じて路面の情報収集する
  3. 路面上にある障害物を検知する

障害物もなく、路面が確かな場合ロービジョン視覚障碍者は、白杖を「視覚障害を持つことを周囲に知らせる」だけに使うことがある。つまり周囲の人に自分存在を知らせるために、白杖を動かさず抱えることがある。

それを白杖を使っていないと思わないでほしい。白杖で地面を叩いていないからといって、「こいつは視覚障害ではないのでは?」なんて思わないでほしい。

白杖を持つ人が近づいてきたら

点字ブロックの上や近くで立っていたり、荷物を置いていたりしていないだろうか?

いわゆる歩きスマホはしていないだろうか?

視覚障碍者は、器用にぶつからないようにしたり、避けたりするのが苦手だ。

視覚障碍者安全に歩くためには、健常者の人の協力が必要だ。

もやもやしているのはなぜか

伊是名夏子さんの投稿とその後の議論、動きなどみて、私がもやもやした理由は主に次の3つになる。

バリアフリーとは?

私が、ここに書いた話題は、全部が「視覚障碍者にとってのバリアフリー問題だ。

伊是名夏子さんの投稿は、さまざまな議論を呼んだが、その議論は、エレベーターとかスロープとか、「車いす利用者にとってのバリアフリー」だけしか議論されていないでは?と感じた。

かに伊是名夏子さんは自分自身の障碍のため、「車いす利用者にとってのバリアフリー」を問題にしている。それは当然だと思う。

でも、「バリアフリー」を必要としている人は、車いす利用者だけではない。視覚障碍者も、聴覚障碍者も、妊婦精神障碍者なども、「バリアフリー」を必要としている。

それぞれの障碍やハンディキャップが違えば、「バリアフリー」として求めるものは違う。でもそこまで広く捉えた「バリアフリー議論ほとんどなかった。

いつでもどこにでも自由に行ける自由はとても大切なことだと思うけど、毎日、命の危険を感じながら鉄道を使う人のことも思い出してほしい。

からもやもやした。

伊是名夏子さんの手法をもてはやすことは何を呼ぶか?

案の定、伊是名夏子さんの投稿炎上した。あの投稿批判的に見る人は、来宮駅を巡るトラブル作為性を問題にしている。作為性とは、バリアフリーを訴えるために、わざとトラブルを起こしたのではという見方だ。ご本人は否定している。しかし私も実は、作為性はあっただろうと思っている。

現場でのトラブルを、乗車拒否などの強い言葉を使った非難を行い、耳目を集める手法というのは、そのトラブル作為性を巡って反感を買いやすい。

伊是名夏子さんご本人が、それが戦いだとお考えになることは、批判できない。こうしなければ、耳目を集められないという気持ち理解できる。

しかし、何かバリアフリー課題改善したいと考えた時、この手法が一番効果的となってしまえば、他の障碍者も(少々作為性があろうと)トラブルを起こし、それを声高に訴えないといけなくなってしまうのではないか? 私は、そういう状況が本当のバリアフリー社会とは思えない。

そして、あの手法に反感をもつ人と、支援する人との分断は、更に広がったように思う。

分断されたバリアフリー社会とか、笑えないブラックジョークだ。

からもやもやが続いている。

個人攻撃している人にも協力を願う矛盾(心の中のバリアフリー

伊是名夏子さんの投稿に対しては、私も批判的だし、批判する人の気持ちはわかる。

一方、こういったネット炎上が生じると、その人の過去の行動を洗い出し、それらも併せて執拗非難するような行動がよく見られる。晒しと呼ばれる行為だと思う。

かに、伊是名夏子さんの過去の行動で、「それはよくないな」と思う事例はいくつか見つかった。

しかし、既に法的には時効を迎えたと思われる古い過去を、声高に非難する合理性はないように思う。

話は変わるが、視覚障碍者投稿を読むと、白杖を持って歩いている時に誰かとぶつかった後、その人から心無い言葉を浴びせられたという投稿がいくつも見つかる。

他の障碍者ハンディキャップを持つ人も、そういう経験をしているのだろうと思う。

そんな心無い言葉を浴びせる人は、たぶんその人の心の中に、障碍者への「偏見」というバリア障壁)を持っていると思う。

心の中のバリア障壁)は、目に見えるものではないので、取り除く=バリアフリーを作るのはとても難しいと思う。

インフラは整っているが、人の心の中はバリア障壁)だらけのバリアフリー社会って、何かのアイロニーだろうか?

今回、伊是名夏子さんの過去の行動を非難した人の心の中に、障碍者に対するバリア障壁)ができないことを願う。そして本当のバリアフリー社会を作るには、あなたの協力が必要だと訴えたい。

インフラけが整っても、バリアフリー社会にはならない。

たくさんの人の理解と協力が必要だ。

私はまだもやもやしている。

2021-04-15

もやもや」という言葉もやもやしてる

からよりいっそうもやもやとするのだけど、この気持ちを「もやもや」以外の言葉に置き換えて表現すると、その時点で異なってしま

それはこの「もやもや」の意味形式だけじゃない、「もやもや」に備わるフィルム的なもやもやが置き去りにされてしまうからであって、このもやもやを「もやもや」の同義語にしてしまったら、その時点でもう「もやもや」は「もやもや」じゃないのだ

他の言葉じゃあ、このもやもやを言い表せないのがもどかしく、またもやもやする

ああ!もやもやする!!

わたしたちにできるのは、もやもやに対し、もやもやすることだけなのだろうか

自分で調べもしないで

努力もしないで意思表示しないで

反応も薄くて与えられるのをまってるだけで

そういう受け身姿勢もやもやする

話聞いてるのか聞いてないのかわからないのも嫌

好きな人が世話焼いてるから嫉妬も入っているかもね

あーやだこんな気持ちになりたくない

平和で良い子ちゃんでいたいのに

2021-04-13

毎朝、立ち食いコロッケそばを食べている

わたしではなく、30歳ぐらいの女性が。

しかも知り合いではなく、赤の他人だ。

わたし毎日自宅から最寄り駅につくと、改札をくぐる前に、

朝食代わりに月見そばを食べる習慣が5年ぐらい続いてる。いや正確には続いていただ。

そんなある日、

わたしと同じように、30歳ぐらいのメガネ女性

毎朝、コロッケそばを食べていることに気がついた。

遡って考えてみれば、ここ半年ぐらいは続いているだろうか。

さすがに昨年末ぐらいからは、お互いを顔見知り程度には認知しており、

忙しくそばをすすりながらも、

「あ、また会いましたね!」という感じで軽く会釈をするようになった。

ところで、わたしは毎朝月見そばを食べているが、コロッケそばなるものをたべたことがない。

たまに気分を変えてもせいぜいきつねそばか、きざみそばぐらいだろう。

ただ、コロッケそばというものには興味が惹かれる。

どうやって食べるのかと思い、ちらりと横でたべている彼女の様子をみてみると、

食べている途中から割り箸コロッケの真ん中を突き刺し、コロッケをぐてんぐてんにして、

どろどろの汁にしてから、すすっている。

なるほど。美味しそうだが、なんか嫌な気もする感じだ。

そういうわたしはいつも月見そばを頼むが、でてくるとまず、月見をありったけのそばで汁の中に隠す。

そうすることで、そばを半分ぐらいすすり終わった時に、月見がいい感じに熱が通っているようになる。

その後で、黄身に割り箸を突き刺し、汁と流れ出た黄身とそばをあわせて食べるのが好きだ。

そして、そうこうしているうちに汁がどろどろの感じになってくる。

あーそういえば、月見コロッケそばもさいごにでろでろになるのは大差ないのかなー。

そんな風にも思えてきた

おもいきって、明日の朝はコロッケそばを頼んでみようかな……とも思う。

しかし、朝からわたしコロッケそばを食べていたら、

彼女から「ふふん、わたしの食べているコロッケそばを美味しそうに思ったのでしょ?」

と思われるかもしれない。それはそれで悔しいのだ。

そう思って、今朝はいもの月見そばにした。

しばらくしたら、いつものように彼女がやってきて、驚いたことに月見そばを頼んでいた。

「いつも美味しそうに食べておられるので……」

聞いてもいないのに、彼女ちょっと照れながらわたしに話かけてくれた。

すかさず彼女がすっと手を伸ばして私の月見を指で突き刺しぐでんぐでんにした。

「こうすると美味しいですよ」

熱くはないのだろうか。

私は勝手に割られてしまった月見を見ながらその汁をすするか一瞬迷ったが結局一口も手を出さず返却口へ返してその場を去った。

それから私は立ち食いそば屋へは立ち寄ってない。

あのとき汁をすすっていたら何か変わったのだろうか。

なんとも言えない胸のもやもやが今もこうして私を苦しめる。

2021-04-11

ブスな妻と結婚した男から弱者男性に言える3つのこと

以下の記事を見て思ったことを書く。

主に「世界に認められていない」と感じているそこのウジウジしたあなたへ

 正直弱者男性ことなんかどうでもいいし、死ねばいい

 https://anond.hatelabo.jp/20210410021602

私は30代 地方に住む会社員である年収600~700万 妻は専業主婦子供2人。

上記記事男性は私よりも社会的成功し、資産もある状況と思える。この人は一般的現在日本では「勝ち組」にあたるといえる。

そして私は記事に概ね肯定立場だ。だからどうだということはないが、言いたいことがある。

①ブスな妻と結婚した理由は「子供を産んでくれるからしかない

  はっきり言って、私の妻はブスである。「自分の妻だから謙遜している」と思うかもしれないが本当である。 

 写真を公開して見てもらいたいところであるが、それはプライバシー問題でやめておく。とにかく、これを読んでいる男性の7割くらいは無料セックスできる状況でも手を出さないであろうと予測する。

 そんなブスな女性結婚した理由としてはたった一つ、「自分の子供を産んでくれるから」 究極的にはこれしかない。 もちろん付随する条件もある。

  ・若い(長期的に出産可能

  ・本人、および親族遺伝的疾患、持病を持つものがいない

  ・性格が穏やか(生理の時などヒステリックにならない)

  ・実家の家柄が良い(ある程度の資産がある、義両親が亡くなった場合は何割かは相続されることが決まっている) 

 こんなところか。私の家系身体的、精神的に丈夫でない人間が多く(私の両親はすでに他界)、私自身もいつ働けなくなるかもわからない。それでなくとも突然事故などにあう可能性も十分あり、万が一のときは妻の実家に頼らざるを得ないと思う。

 その上で、「あなたの子供を産みたい」と言ってくれたので大変感謝している。容姿など二の次なのだ

②私も一歩間違えば「弱者男性」になるところだった

   詳しい説明は省くが、私の人生は一歩間違えば30代なかばにして「実家こどおじ」、「独身」、「童貞」と絵に書いたような弱者男性になるところだった。

 私は妻以外とセックス経験がない。モテなかったのだ。好きな女性には振られてばかりの人生であった。現在勝ち組とは思わないが、妻に出会い子供を産んでいただき、(あえて「いただいた」と書く)

 一気に責任感が湧き、人生が充実しだしたのだ。

生物として次世代自分遺伝子を残せたらもういいよね

  これは私も驚いたのだが、子供ができてからいろいろな人生もやもやしたものが激減した。もちろん子育ては大変である。妻には感謝してもしきれない。

 でも人生において「いつ死んでもいいな・・・」と思えてきた(子供の成長が見たいので死にたくはないが)。これは生物としては役目を終えたからなのか?わからないが

 漠然としたカタルシスを感じている。

まとめ(結局 弱者男性に何を言いたいか

 とにかく弱者男性は「子供を産んでもらえる女性」を探すことを目標にするべきだと言うこと。ブスだろうが知ったこっちゃない。そんな贅沢はできるわけない。

 子育て資金なんてどうにでもなる(私も貯金なんてほぼ無い状況で1人目が産まれた)

  『自分遺伝子を受け継いだ人間がこの世に誕生した』

 これが最高の「弱者男性のこじらせ解消法」なのである。これを目標人生を旗振りしていくことが重要だ。

弱者男性

子供を産んでもらえ

貧乏でもすさまじい肯定感が味わえる。私がそうだったように


【余談】

 これを書いていて、女性男性より一発逆転できる可能性がやはり高いのだなと感じた(もちろん若くて健康的なという条件だが)

 どんなエリート男性にも一人ではできない「次世代を育てる」ということができるのだから

 「あなたの子供を産みたい」は強力な武器である

 

anond:20210410194901

別に参加しろなんて言ってない。誘うのも悪ではないし断るのも自由で悪ではない。本文と返信の文見る感じ、増田バーベキューやること自体よく思ってなくて、「丁重に断った」の中に「この時期にバーベキューやるのってどうなの?」的なことを直接言ったというのが返信に書かれてる。その結果喧嘩になって本文にあるような言い争いになって増田もやもやしたもんだからどっちが悪いの?って書き込みを入れたんだと。

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