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はてなキーワード: もやもやとは

2020-06-03

目がおかし

なんか三日くらい前から黒いもやもやしたものが見えるようになった

目薬しても消えない

なんだこれ

2020-06-02

anond:20200602130127

スマドラやりたい

もやもやしてるグレーだから人並みに生きたい

2020-05-31

香川の人がゲーム禁止したい気持ちは分かる

私の立場ゲームに限らず、特にスマホ関係する人を依存させるプロダクト全般問題だと思う。

香川の人は子供ゲーム依存してほしくなかったのだろうし、私は子供にはスマホ依存してほしくない。

ここでは規制することの人権侵害についてはテーマから外す。

ただ、スマホ危険性を述べさせていただく。


実際に今のスマホはやりすぎだ。

ソシャゲsnsも人が依存するようにできている。

もちろんはてなアプリも同様。

はてなアプリを例にどのように人に依存させているか解説する。

主に以下の3つの仕組みで人に依存させようとしかけているだろう。

1. 新着記事にたまに面白い記事炎上する記事、本当に役に立つ記事が出てくるから、ついつい確認しに見てしまう。

2. 他人コメントを見て、自分もやもや考えていたことを言語化してもらえてないかついつい探してしまう。

3. ブコメを書いてスターがついてないかチェックする。

そして、上記目的が達成されたとき脳内物質ドーパミン)が出て報酬を感じる、という原理が働いている。

その有るか無いかからない報酬を求めてだらだらとやり続けさせられてしまう。

スロットパチンコ脳内で起こる状況としては同じである


これらに依存するデメリットは、以下である

1. 単純に時間を浪費する。

2. 受動的になり、頭が悪くなる。

3. 受動的になり、無気力になる。


ではどうするか、

0. まずスマホを捨てる。ガラケーにする。

1. 断片的な知識ではまとまった知識や深い思考は手に入らない。もっと良書にじっくり取り組む。

大前研一1970年代著の名著「企業参謀」の中で、新聞ではなく、まとまった情報である週刊誌を読むべきと言っている。

新聞でさえいらないのだ。

わざわざ中毒になる危険を冒してはてなトップニュースなど見る必要があるだろうか。

2. ブログを書く。アウトプットをして頭を使う。他の記事はだらだら読まない。

3. 15分から1時間脂肪燃焼程度のゆっくりしたジョギングをする。

ジョギングにより、BDNF(Brain Derived Neutron Factor, 脳由来神経因子)が生産される。これが脳の働きをよくする。

また、運動によってドーパミンも生成されるのでポジティブになる。

血流がよくなる。生活習慣病も予防される。

朝に軽く走れば、セロトニンも活発になるので鬱病対策にもなる。


最後に、いくつかの参考情報や具体例を述べて終わりにする。

ジョブズデバイス子供依存する危険性をよく知っていたのだ。

では、ギャンブル依存症になるとどうなるか、以下の日本薬学会の記事では、

脳内報酬を求める回路ができてしまうと、元の状態に戻すのは難しいと言われます」と書かれている。

またその直後に「が、ギャンブルを断つことで、時間はかかってもゆっくりと元の状態に戻っていくことを報告する研究もあります。」

とも書かれている。治るかもしれないが治療必要なのである

https://www.pharm.or.jp/mame/20190101.shtml

これは「2歳未満の子供にはテレビを見せないで」という米国小児科学会の指針に基づいているそうだ。

逆に外で遊ぶ経験が重視されている。

賢い選手を作るには、電子デバイスに触れるよりも他の体験重要なのではないか


スロット原理と上手く付き合う、中毒にならないように生活する、というのが賢い人の生き方だろう。


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上記ではスロット原理によりドーパミンを得ていくことはやめるべきだと述べ、

スロット原理との付き合い方をメインに書いた。

以下では、どのようにドーパミンを得ていくべきか述べる。


まずドーパミンについて二つの事実がある。

1. ドーパミンが得られないと人は無気力になってしまう。

2. ドーパミン

に得られる。

この二つを合わせて考えると、

運動もせず目標もなしに生きていると、

人はドーパミンが得られず、

無気力になるか、

スマホなど手軽にドーパミンを得られるもの依存するかのどちらかになるのだ。

価値観は人それぞれだが、自分は楽しく生きたいからどちらの状況にもなりたくない。


適切にドーパミンを得ていくことをお勧めしたい。

まずは軽い運動習慣によってドーパミンを得るのが一つお手軽な方法である

(ただし、運動はし過ぎるべきではない。体を壊す)

また、もう一つの方面は、何かしらの目標を立てて、それを達成することだ。

その目標は、毎日の習慣でも、お金でも、恋愛でも、勉強でも、自由でも良い。

ただ、より低次元欲求から満たしていく方が生活は安定すると思う。

資本主義社会ではお金を得ることは必要であり、まず初めの方にお金は稼ぐことになる。

ただ、ある程度生活のメドがついたら、より上位の目標に向かって進んでいった方が良い。

もしベーシックインカム社会であれば、お金目的としなくてよく、最初から恋愛自己実現に注力できる。

ここであらゆる目標における達成テクニックだが、

大きな目標を立ててドーパミンを得つつ、小さな中間目標を達成し続けてドーパミンを得続けるのが良いだろう。


最初のハテブの例で言うと、

ブコメスターをゲットする→ドーパミン獲得

ブコメスターがつく未来を予想する→ドーパミン獲得

なのだ

こんなところでお手軽なドーパミン獲得に依存している場合じゃない

軽く運動し、健全目標に向かっていくことでドーパミンを獲得する生活の方が自分は好きである


それでは、健全ドーパミン生活を!

2020-05-29

テラスハウスの件、山里擁護もやもやすること

案の定山里加害者だって話でネットが荒れて

案の定山里擁護する意見もあって、あいつも被害者だ、台本があるんだ!山里攻撃してるやつは花ちゃん攻撃してるやつと同じことをしていることに気づけ!

みたいなことで揉めている、案の定過ぎるよね

思うんだけど、あん芸能大好きテレビ大好きな山里良太がだよ

スタッフ台本だと、操り人形だというポジションなのかどうかは分からないって事が言いたい

例えば、MC明石家さんまとか、松本人志だったとしてそのロジック言える?って話よ

大物芸能人だったら、それこと芸能人>スタッフみたいな力関係になるじゃん

山里クラスだったらどうなるのか知らないけどさ

山里ってそのへん姑息でわかりづらくて、永遠の若手非モテ芸人ムーブするじゃん

大物感は極力見せないようにして、テレビ上ではヘコヘコする

蒼井優結婚しても嫉妬芸こねくり回してるんだからすごいよね徹底してキャラ作ってるのが

大物感のある芸能人だったら、スタッフ意見出来ただろ!とか、スタッフが逆らえずにこうなった!むしろ原因はお前だ!とかいう話になると思うけど

山里はその辺うまいよな、キャラ的に山里スタッフの力関係視聴者に植え付けている

からこんな山里被害者だ!台本があったんだ!って話になるわけでしょ?

山里クラスって冷静に考えて、スタッフのほうが山里に気を遣うと思うけどね

実際はどうだったのかって話が重要だよ

まぁそもそもあいつの頭だったらこの構図危ういなって思うはずだし

スタッフに変えません?って意見すると思うけどね

たぶん結構気に入ってたんじゃないの?毒舌嫌味MC芸を

2020-05-28

【少しだけ追記】「中性的な美しさ」って結局女性のものなのでは??

ちょっとした黒歴史だけど、10代の頃から中性的キャラに憧れがあった。ハンターハンタークラピカとか。自分中学1年生まではチビで、目だけはぐりぐりと大きかったので「可愛い」と言われることが多かった。嫌がるそぶりを見せていたが、実を言うとまんざらでもなかった。男が好きなわけでもないけど、クラスの中心人物イケメンに「お前が女装したら女子より可愛いんじゃね」と言われたことが不思議なくらい嬉しくて、今でも記憶に残っている。

中2から成長期が来て、声が太く体毛も濃くなり、みるみるうちに身長が伸びてゴツくなった。誰も俺を可愛いとは言わなくなった。どう見てもクラピカよりウヴォーギン寄りだった。〜完〜

それから普通に男性に見える男性として生きてきた。性自認男性なので、全く問題なかったのだが、ここ最近彼女宝塚にハマり、演者にキャーキャー言ってるのを見て、もやもやが生まれた。

宝塚歌劇団の役者は、当然ながら全員女性である。その中で、男性の役を演じる役者は「男役」と言われる。一般的にはヒロイン演じる女役より、男役たちの人気が高いらしい。

同棲しているので、自粛間中はまあまあの頻度で彼女宝塚映像鑑賞に付き合わされた。最初マジで全員同じ顔に見えたし、独特のセリフ回しや大げさな表現に軽く引いていたものの、そのうち楽しめるようになった(思えば宝塚に限らず、俺には観劇素養が全くなかったのである)。

男役たちの話に戻るが、彼女らは普通に美人である。そんな美女たちが演じる「男」は、男から見てもかなり独特の色気がある。男のかっこいいところ、美しく映える悲哀、時には男だからこそ効く「可愛い」までが実によく表現されている。それでいて体毛は生えていなさそうで、肌は綺麗でいい匂い(またはタバコ匂い)がしそうな、現実はいない類の男が舞台に立っていて、世の女性たちが憧れるのもわかる気がした。

彼女によると、男役の人たちは舞台の本番中でなくても、人前に出る時はスカートを履かず、現役でいる間は髪を伸ばすこともしないらしい。インタビュー?の映像を見たが、私服っぽい服装でも黒を基調としたパンツスタイルで、髪はショートカット舞台では役(=男性)として見ていたが、素の彼女たちは見事に中性的な美しさを体現していた。その時、俺が思ったのは「いやズルくない?」だった。自分でも意味不明だったので自分気持ちを分解してみたのだが、なんていうか、あえて言葉にするならば「『中性的な美しさ』なんてものは、成人以降は女性しか体現できないものなんじゃ?」という感じだと思う。

そもそも男が女性寄りに見た目を寄せて、それでいてギャグっぽくならないためには、ものすごい努力を要する。男が女っぽくふるまうことは基本「気持ち悪いもの」、良くて「面白いもの」として捉えられ、「オネェじゃんw」で雑に括られてしまう。(宝塚の人だってめちゃめちゃ努力してると思うが、仮に男が同じだけの努力をして中性的な「女役」を演じ、私生活まで徹底したとして、同性(男性)の支持ってあまり受けられないんじゃないだろうか。「どう見ても女」じゃない限り。「どう見ても女」なら「中性的」とは違う。)(ちなみにジェンダーレス男子とやらは男臭さが少ないだけで普通の男に見えてしまう…俺の主観か?)

ここまで書いて、中性的な美しさのキモって、ニュートラル判断材料がないことなのかも、と思った。男を感じさせる濃い体毛が『ない』。女を感じさせる長い髪が『ない』。逆に言えば、男っぽいゴツさや肩幅が『ある』、あるいは胸のふくらみが『ある』と中性的からは外れる。モノにもよるが、『ある』ものをないように見せるのはその逆よりも大変だ。子供の頃の自分男性を感じさせる特徴がなく、それが中性的に見えていたのかもしれない。

とりあえずコロナが落ち着いたら彼女宝塚見に行きます雪組トップがめちゃめちゃ歌上手いので生で聴きたいが、引退近いらしくチケット無理そうとのことです。

https://youtu.be/0F2d41hevFk

◼️追記

歌舞伎女方のことを書いてくれた人がいるけど、舞台の上では女性に見えるよ!女性に見えると中性的とは違うし(でもめちゃめちゃ綺麗ですごいと思う)、役者衣装を着ていない時に中性的に見えるかと言うと、俺には見えない。

宝塚舞台の上では男性に見えるよ!(自分にとって)中性的に見えるのは、衣装舞台メイクをしていない時。

あと雪組ファントムが最高だったのでみんな見ると良いと思います観劇初心者が言うのもアレだがちょっと本当にすごかった。

◼️さら追記

「お前の好みの問題だろ」って話にたくさんコメントありがとう美しい人がたくさんいるね。

sexy you!

誹謗中傷規制化にもやもやする

かに誹謗中傷は良くないし、ネットクリーンな方向に向かっていくのもまあ致し方ないのかなという気はしている

しかし私がモヤモヤしているのは炎上上等商法界隈のみなさんが一気に息を吹き返して大喜びしているところ

界隈の方々には色々と議論や指摘がなされているわけだが、一部の酷い誹謗中傷が投げつけられる事によって、

まともな議論もひっくるめて誹謗中傷にまとめられてしまうことが予想される

きちんと裁判が行われれば、議論誹謗中傷は明確に切り分けられると信じたいが、それでも一般人にとって訴訟になる事自体がかなりの負担

訴訟リスクが高くなれば、まともな議論をしようという人も減ってしまうだろう

全くもやもやする流れである

2020-05-27

別れた元彼から来るメッセージがつらい

LINEブロックしたけど、仕事関係ツールの繋がりは残さざるを得ず、別れて半年つのに未だにメッセージが飛んでくる。

別れたきっかけは3年同棲していた家を追い出されたことだった。放逐される前は盲目的に相手のことが好きで好きで仕方なかった。結構周りからそいつやばくない?」と言われていたが、問題無いと思っていた。それに生まれてこの方30年モテない人生を送ってきた私には、見初めてくれた彼が唯一無二だとずっと思い込んでいた。彼から「正直可愛くないけどまぁ好きだよ」と言われて、半分傷ついていた自分気持ちを見て見ぬ振りしていた。自分顔面偏差値の酷さをカバーするために、かなり尽くした方だと思う。

同棲2年目くらいから、相手仕事ストレス鬱病になって、さらアルコール依存症に発展していった。真夜中過ぎに叩き起こされてお願いだから酒を買ってきてほしいと言われればコンビニに買いに行った。医者相談し「それはやめなさい。あと共依存です」と言われてからは酒を買うのを拒否したら、今度はウイスキー飲む用の氷を買いにいかされるようになった。どうしても頼むといって相手に泣かれたら言うことを聞いてしまった。

アルコール依存症について調べて、「底つき体験」というもの必要ということを知り、多分私が居なくなれば同種のショックを与えられるだろうという確信があった。掃除洗濯炊事をはじめとして公共料金の支払いだって全部私が持っていたし、相手が金に困ったらいつか結婚して財布が一緒になるんだから必要なだけ出していた(後から調べたら累計250万円くらい渡していた)。身の回りの全ての世話をしているATM兼家政婦みたいな存在がいなくなれば「底つき体験」と言えるはずだと思った。また、ずぶずぶの共依存関係解決には別れしかないという言葉をいろんな体験談で目にして、盲目的な自分脳みそに別れの可能性が浮かんだ。決定的に別れる必要があると思ったのは、増田か何かで見た、アルコール依存症父親を持っている人の「絶対子供を産まないで。一人で不幸になるのは勝手だが子供迷惑をかけないで」という書き込みだった。それまで自分ちょっと辛いだけでなんとかなると思っていたけど、万一子供が生まれたとしたら、その子を不幸にすることだけは絶対に避けたかった。

それでもやはり自分を好きでいてくれる人がいる生活というのは、顔面偏差値問題のある自分にとっては蜜のようなもので、離れ難かった。別れないといけないかもしれない、でもまだ自分必要だと言ってくれる限りは支えたい、とずっと思っていた。

ある日いきなり相手が「家から出ていってほしい」「もうお前のことはどうでもいい」と言い出した。あんまりにも突然のことで訳がわからなかったが、どうやら電話で知人と話したときに、何か変なスイッチが入ったらしかった。その数日前くらいに、アルコール依存症自覚を促したいと思って私から色々口を出してウザがられたのが主な原因なのではと今になって推察する。もはや関係性は恋人同士などと呼べるものではなく、私は過干渉母親役であり、相手はそれを嫌がる子供だった。とにかく出て行けとすごい剣幕だったので、半泣きになって戸惑いながら旅行鞄に最低限の着替えと洗面用品を詰めて、ガラガラと引っ張って出ていった。

とにかくその日は安いビジネスホテルに泊まった。以前から考えていた別れの日がきたと思った。どうすべきかとぐずぐず悩んでいたが、深夜2時過ぎに相手からメッセージが届いた。「もう戻ってきてもいいよ」という趣旨の一文だった。それを見た瞬間になぜかスーッと冷めた。もう一度相手の「もうお前のことはどうでもいい」という言葉が思い出され、そしてその後の言葉謝罪でもなく、哀願でもなく、許可を与えてやるという調子の中に、ああもう相手自分のことを好きとかじゃないんだなということを今更思い知った。

可愛さ余って憎さ百倍というやつを初めて体感した。翌日改めて別れるということをメッセージで伝えて、全財産叩いて新しい賃貸を探して引っ越した。つらつらと別れの理由と称してこれまでの不平不満をぶつけると、一度はわかったといって相手は別れを了承し、これでもう連絡もすることはないと思っていた。

しかし、なぜか月に1回くらいのペースで家に帰ってきてほしいという連絡がくる。都度、メッセージを見るたびに自分でも説明がつかないくらいの怒りに突き動かされ、罵詈雑言に近い文章を書いて送り返してしまう。1度返事するとまた1ヶ月程連絡が無く、自分の心の中でも平穏を取り戻せそうなタイミングでまた帰ってきて欲しいと言う連絡がくる。なんなんだ生理か。まぁあとは便利なATM兼家政婦はやはり代えがたい存在ではあったんだなぁと思う。

帰ってこいという文字列を見るたびに、一度出て行けと主張したくせにふざけるな、という気持ちが噴出して他のことが何も考えられなくなってしまう。

ちょうど今日の昼間、またメッセージが届いた。もうこの怒りなのか悲しみなのか分からない気持ちがうまく消化できなくて、初めて増田にぶつけている。

30歳で顔面偏差値激低のくせに実際は結婚願望が強かったんだなとか、ブチ切れると敬語に近いメッセージ書くんだなとか、今更ながら自分に対しても新しい発見が色々ある。20代半ばに描いていた未来図が全部白紙に戻ってしまったし、正直多分年齢と顔面とか身体のことを考えると結婚はやっぱり一生無理そうだなとか思って凹むときもあるが、働けるうちにバリバリ働いて老後貯金溜めてさらに友人たちにお子さん生まれたり結婚話があったりしたらバンバン祝儀を出して祝いたい。自分ダメだった分、周りに幸せを振りまける人間になりたいし、そのためには気持ちの余裕が必要だし、気持ちの余裕を得るためにはある程度の金の余裕と健康必要だ。とりあえず10万円の申請は済ませた。

特にオチは無いが、気持ち文章にすることで少しは心のもやもやが消化できたような気がする。

ここまで読んでくれた人、変な愚痴を読ませてしまって申し訳ない。ありがとうお疲れ様でした。

anond:20200527224550

はっとさせられました

意見ありがとうございます

私の中で男性的なものが苦手なのと男性が苦手がごっちゃになっているというのがわかりました。

多分男性的なものが見えた瞬間に個人を見ることをシャットダウンしてしまっているのかもしれません。

個人を見ようとしてまた男性的なものに怯えての繰り返しもあったのでまだちょっともやもやもありますが…

なるほど〜〜ってなりました!

ありがとうございます!!

種苗法改正に反対します」が気持ち悪い

Twitterでみかけるこのタグもやもやするし、すっげえ気持ち悪い。

なんなんだろうと思っていたら、農家が不在なんだと気づいた。

農家のために反対します!」

農業自家採種でなりたっているのに、禁止されたら農家が困ります

といってるのに、その誰もが農家じゃない。

まるで日本昔話の中にいる幻想農家応援しているみたいだ。

うちの実家は大きな野菜農家だ。

ハウスは30棟くらいあるし、米も3haくらいやってる。

農繁期アルバイトさんにもたくさんきてもらってる。

で、自家採種(いわゆる自分が作った作物から、次の作付けのための種をとること)を

どのくらいやってるかというと、ゼロである

だいたい「桃太郎」というトマト品種があるが、桃太郎の種をとって植えたたところで、

桃太郎トマトはできない。形質がバラバラな子孫ができるだけ。

趣味農園ならともかく、プロがそんな種を使える訳がない。

モンサント陰謀論をとなえてる人まで出てきて、

農業競争力強化支援法」が海外企業に種を売り渡すための法律だ!

これによって日本農業はめちゃくちゃにされるんだ

って意見もあったから、なんとか法律の中身読んでみたけど。

中身みたら農協を弱体化させるのが趣旨じゃん。

農協とは名指ししてないけどさ、

農協は高い金で農家農薬やらハウス資材やら売ってけしからんから

資材費を安くしろって中身だったよ。法律読めねえの?

はー、増田にはきだしたらすっきりした!

Twitterが荒れたらこいから、増田にかきました。

2020-05-26

舞台からハマった」と言う人が苦手

Twitterでは絶対に言えないので吐き出しに来た。

私は舞台化されている作品同人活動をしている。

数年前の公演で好きなCP舞台版に登場し、その公演をきっかけにCPを好きになった人が増えた。

もちろんSNS同人イベントでも人が増え、今まで顔見知りばかりで活動していた当CPも賑やかになった。

それ自体は嬉しかったのだが、舞台きっかけに好きになった人たちはキャラクターではなく『キャラクター解釈し、演じた俳優』を見ているのだ。

原作からそのCPにハマった人たちと舞台からハマった人たちとでは温度差があるように感じる。

舞台しか観ていない人、原作の他CP活動をしていたが舞台活動CPを変更した人、いろんな人がいる。

ただ、舞台から好きになったという人たちと話していて「おや?」と思うことも多々ある。

好きなシーンや好きになったきっかけの話になると、舞台の内容を話し出すのはどうかと思う。

このシーンが良かった。ではなく、役者の演技について話し出すのだ。

原作ではキャラクターの表情まで描かれていないのに、あのセリフであの表情をするのが彼らの心境に合っていて好き。といったかんじだ。

ちなみに、そのシーンでキャラクターがどんな心境だったか公式から発表されていない。

また、俳優を元に同人活動をしている。

俳優好きな物キャラに持たせたり、俳優の着ていた服を着せたり、キャラの特技が俳優の特技になっていたり、俳優発言を取り入れたり。

それが一度や二度ではない。俳優ありきでキャラクターを描かれるともやもやする。

しか俳優同士のCP創作しだす人までいた。中にはR18の作品も。

それはもうナマモノだ。演じているキャラクターなど関係ない。

べつに舞台の話をするなと言うわけではない。舞台きっかけでハマるのも悪いことではない。私も全力で彼らを演じてくれた俳優の事は好きだ。

ただ、私は原作の二人が好きで活動をしているため原作の二人を見てどう感じたのかを知りたいだけなんだ。俳優解釈を聞いているわけではないのに。

最初そそういった発言をここまで気にすることはなかったが、それが積み重なるとさすがにストレスになる。

俳優の話は俳優の話として、原作とは別物だと考えてほしい。

推しCPは前回の公演と今回の公演で演じている俳優が違うのだが、「別公演で見てたらハマらなかったと思う」と発言している人を見かけてしまった。

本当に俳優ありきなんだなと、俳優としてしか見ていないんだなと、なんとも言えない気持ちになった。

それから今日に至るまで、舞台からハマったことを公言している人たちが主催アンソロジーが発行された。

案の定各自あとがきのページには「舞台でハマりました!」「舞台のあのシーンが良かったです!」というコメントオンパレード。むしろ主催たちがそんな状態だ。

中には俳優さんの名前を出している人もいた。主催確認しなかったのか、それで良しと思ったのか分からないが、私の感覚だとアンソロでそれはあり得ない。

あとがきは一番最後のページに掲載されていた。せっかく良い話だったと余韻に浸っていても、あとがき舞台意識して描いたと言われたら冷めてしまう。

その二人じゃなくても成立するんじゃ?という内容の作品もあった。アンソロならもっとキャラクターに向き合ってほしいと思うのは贅沢なのだろうか。

読む人の中には舞台を観ていない人もいるかもしれない。実写化否定的な人もいるかもしれないのに。そこまで気にするのは神経質なのだろうか。

舞台とは関係ないが、その人たちがこのCPが一緒にグッズ化されなかった事を烈火のごとく怒っているのもはっきり言って怖い。

いつだったか販売されたグッズには、CPの内一人の姿しか無かった。

それを見た彼女たちは、なんでペアじゃないんだ!この会社商品は二度と買わない!と大騒ぎしていたのである

それから何度もその件を引っ張り出しては文句を言っている。

舞台のおかげでグッズになる頻度が上がっただけで、元々そのキャラクターのグッズが出ることの方が珍しいんだが。

まりに荒れているので、購入したなんて言える雰囲気ではない。グッズ化、素直に嬉しかったのになぁ…。

舞台化、実写化する作品が増えた今、私と同じような経験をした人もいるかもしれない。

逆に、愚痴対象となった相手気持ちが分かるという人もいるかもしれない。

これは私の考えだが、舞台原作に限りなく近い二次創作だと思っている。

俳優解釈が合うかどうかで好きか嫌いか別れるのではないだろうか。

2.5作品全体に言えることだが、同じキャラクターを演じていても解釈まで丸っきり同じとは限らない。それぞれの俳優に合った表現もあると思う。

長々と愚痴を綴ったが、舞台否定しているわけではない。このような発言をしている人たちを嫌っているだとか、憎んでいるというわけでもない。

素晴らしい作品を作られる方たちなのに何故…という気持ちからである

しか作品と作者は別物。要は好きなメディア解釈違いなのだ

同人趣味世界なので無理して仲良くしようとする必要もない。

少し距離感を考えながら付き合っていこうと思う。


読んでくれた人がいたらありがとう

念のためにフェイクが入っているので、分かりにくかったらすいません。

女子アイドル女の子と付き合うのが歓迎される風潮があるとかなんと

件名のような風潮があるらしい。又聞きだけど。

そしてそんな風潮に対して「異性愛すると叩かれるのにレズビアンは叩かれないのはレスビアンに対する差別では?」という声を見かけ、

素朴にいろいろ思うところがあったので書き置いておきます想像想像を重ねていく文章ですが。


実際の自分気持ち。前提、自分身体は男で性自認はその他って感じ。

まず、男と付き合っているだとか女の子アイドル公言したらたぶん応援しなくなると思う。推しだったとしても。

いや、うーん、推しだったら……許せないけど通ってしまうかもしれない……わからない。でも嫌悪感は持つと思う。


それはともかく、アイドルという言葉が生まれた頃とは状況が異なっていて、結婚してもアイドル続ける人も出てきたけれど、自分青春を火に焚べて輝こうとしてる人の方に惹かれる。

実際のところ彼氏いるんでしょ?みたいなうっすらとした諦念を抱えつつ、アイドルでいる間は最後まで騙し通してくれたら良いなと思う。道化でいさせてくれたらいい。手の届かないところで輝く存在として。

で、女子アイドル女の子と付き合ってること、同性愛であることを公言されたらどう思うか、想像しかないけれど、考えてみる。多分そこに嫌悪感はない。素直で素朴な気持ち

アイドルをしている一人の人間が、人として誰かを愛している、そこに変わりはないのに、どうして受け止め方は違うのだろう、と考えてみた。

ひとつの仮説。今の日本では同性愛規範となっていないこと。家族制度のなかに同性婚は含まれていない。

個人的規範家族制度が苦手で、人の結婚ニュースが入ってくるたびにまあ人って結局そういうもんだよねと感じてしまう。

からアイドルが(今のところ)規範を外れた同性愛アピールするのは疎ましい規範への反抗に見えるのでは?というもの

でもこれは多分違う。同性愛がいつか規範になって、当たり前に同性婚が行われる世の中になったとしても、

男と付き合う女の子アイドルには嫌悪感があるし、女と付き合う女の子アイドルには嫌悪感を抱かないとおもう。

実際なってみないとわからない部分は大いにあると思うけど、今の想像では。


そこでもう一つの仮説。女の子アイドル同性愛である、と公言されること。

すなわちそれは、身体が男の自分にとって追いかけてるアイドルは、

本当に手が届かない存在なんだと実感できるのではないか?ということ。

相手性的指向に合わないならそもそも土俵に上がれないのだ。

手の届かない星のような存在が、ハナから手の届かない存在であったと心から実感できる。

もともとオタクなんて相手にされてないって?そんなことはわかってるの、こっちの気持ちの整理の問題なの。

もやもやしてたので書いた。全部あくま自分場合のこと。

これもレズビアンの方に対する差別になるのかなあ。無学なので…わからん

それで気になるのは、いわゆる女オタがどんな受け止め方をするのだろう?ということ。とりわけ、ガチ恋に至っている人はどう思うんだろう、と。

教員に虚偽を勧められて失望した話

私は博士課程の学生である

この時期に博士課程の多くの学生申請する通称学振というものがある。詳しく知りたい人はググって欲しい。

さて、例に漏れず、私も申請することとなった。

ところで、この申請書には業績を記載する欄がある。

こんな論文を発表したとか、こんな学会で発表したとか書いてアピールするわけである

そして、私には今、査読中(under revision)の状態論文がある。この論文は私が筆頭著者であるが、査読中なので今のままでは業績にならない。そして、早く査読が終わらないかとやきもきしている。要は、この業績があるとないでは、業績の評価点数が変わってきそうなものなのである

私の指導教員はこの論文採録決定済み(accepted)としましょうって言ってきた。まだ審査員から返事は来ていないのにである

一回は無視して誤魔化したが、もう一度念を押されてしまった。

申請書を出すのは私なので、提出時に黙って修正してしまえばいい問題ではある。

しかし、「それって虚偽ですよね」ってはっきり言えなかった自分が悔しい。

そして、なにより「これって虚偽だよな」と思うことを勧めてくる教員失望した。

こういうことを勧めたら、こういうことをする博士が育てられるわけである

今のアカデミック申請書では、こういったことが平気で行われているのだろうか?

自分が知らないだけで、こういったことは当然のように行われてきたのだろうか?

未だに胸の中がもやもやしている。

2020-05-23

自分の声が一番落ち着くことに気づいた。

2年ほど不安感と入眠障害で通院しているが、自分の話し声を聴きながらだといつのまにか落ち着いて眠れることに気がついた。

ツイキャスラジオトークなどのアプリを使うようになって、聞き返したのがきっかけだ。

それまで軽度のどもりや滑舌の悪さが嫌で、自分の声などとても聞きたいと思うことはなかったが、自分の音声なんかで寝れてしまってからは、眠剤でたまにある昼間の眠気から解放される嬉しさから日記をボイスメモで録ったり、新聞記事音読を録音したりして、せっせとデータを貯めている。

早く喋ることが苦手なことから、きっと眠くなる効果があるのかもしれないと思っている。

音読を始めてから、心なしか普段から感じていた、頭の後ろがもやもやするような不快感も薄くなった気がする。

今まで無駄にした病院での待ち時間は、やる気のなさそうな医者との会話は、安い賃金から捻出していた病院代はなんだったのか。

もっと早く教えて欲しかった。

それとも、自分の声で落ち着くのは私だけなのだろうか。

小学校でいやいややっていた音読を、こんな歳になって自分から再開するとは思ってもみなかった。

友達も少なく、こんな話題を誰かに聞いてみることもできないので、ただ誰かにみてもらえたら嬉しく思う。

2020-05-18

anond:20200518102035

少し前に炎上してたコピックアニメグッズ大量持ちの貧困JK問題みたいだな。

相対的貧困とかよく言われたけど未だにもやもやしてる。

2020-05-14

解除に少しもやもや

水の泡になりそう

床に布団を敷いて寝転ぶのが好きだ。

地に身体が面しているからか、安心感があって良い。

柔らかいベッドも悪くないがあれは贅沢品だ。

例えるならば価格メニュー記載されていない店で黒毛和牛ステーキを頼む様な、敷布団はいもの定食屋でBセットを注文するような感覚である

ーーーーーーー

はじめ

50cm×40cmの小さな折りたたみ式のテーブル、それが自分のスペースだった。

陰気臭いオタクであった為にデスクトップパソコンモニターひとつ持ち込む。

テーブルをいっぱいにするにはそれだけで十分であった。

学生であるから宿題なんてのが頻繁に課されるので、モニターを目一杯奥に押し込んで余りの場所で済ませる。

共有スペースに敷布団を用意して寝て、起きたら布団は片付ける。

これが日常だ。

 

日常から一ヶ月が経った頃、部屋が与えられた。

物置と呼ばれていたが、おおよそゴミ屋敷だった一角を一掃した場所である

とはいえ、数日くらいなら敷布団を出しっぱなしにしていても良いというのはなかなか気持ちがいい。

なにしろ狭いテーブルなんか気にせずに物を広げられるのだ。

たかも完全なプライベートが与えられたかのように思えた。

二週間後。

同居人(とは言ってもほとんどの場所占拠している)#####が脈絡もなく「ベッドを買おう」と言い出した。

りある空間に動かせない物を置いてより狭くするなんて御免だ。

もちろん「要らない」と即答した。

返答が聞こえていないのか、家具カタログを広げて「これなんていいんじゃない」と続けたものから、堪らず

必要ない、敷布団で十分です」とハッキリ言った。

すると気に食わないといった顔で「あっそう」と投げ捨てると別室へと消えた。

そのまた二週間。

自室にはベッドがあった。

#####がカタログボールペンでぐるぐると丸をつけていたそれだった。

呆気に取られてぼんやりしていると「いいでしょう」と声がした。

振り返るとやけに上機嫌な#####が隣にやってきて「良い物を選んだでしょう」と意見を促してくる。

「いや、ベッドは特に欲していなかった」

本心を告げると#####はカンカンに怒って「わざわざ選んで買ってやったのに」と叫び、また別室へと消えた。わざとらしくドアを思い切り閉めるので非常にうるさい。

なによりも腑に落ちなかったのは、そのベッドが自分で組み立てるタイプの物で、箱から取り出してから特に手をつけられていない事であった。

どうしようもないので組み立てた後、いつもの敷布団をベッドの上に置く。

その日はまるで胃もたれでもしたような、もやもやとした心のまま眠りに落ちた。

大人になると小説がつまらなくなる理由、教えて?

自分が没入できるほどの芝居臭くない大人が登場しないからかなぁ。

自分もいい大人なっちゃうと、登場人物の行動や考えにケチつけたくなっちゃうんだよな。

「こいつがあそこであん馬鹿な行動してなきゃ、問題ごとも起こらず無事解決だったのになぁ」とか、

「なんかこいつって、外資銀行に勤めてバリバリ働いてる割に頭が単純すぎでしょ」とか。

 

中高生の頃は、小説登場人物違和感なかったんだよな。

自分馬鹿だったし、大人がどんな考えを持ちながら生きてるか知らなかったからかな。

いくつになっても人間馬鹿だとは思うけど、やっぱり中高生のころは今より馬鹿だったし、割り切って生きることができてなかったよね。

そういう割り切れないもやもやした人間らしさって、物語にすれば面白くなる要素なのかもしれないけど、リアルさを期待した目で見るとただの馬鹿しか映らなかったりする。

 

逆にいい年した大人から楽しめる小説もあるのかなぁ。

最近仕事に役立ちそうな本しか読んでなかったから、小説ってものをまた楽しみたいですね。

2020-05-11

ムヒチョン辞退の件について

私はリアルでキムヒチョンガチ勢の従姉妹がいるので、ずっと言えなくてもやもやしてました。

めちゃくちゃ前の話題ですが、ずっと言えなかったので吐き出そうと思います

まず、ヒチョンにはめちゃくちゃアンチがいて、誰にもどうにもできないくらいそれはひどかった。

わたし推しじゃなかったけど、愚痴垢をたまに見つけて、人の心がないんじゃないかと思うくらいひどくて、

書いた人全員地獄に落ちればいいと思った。

で、辞退してしまって、すごく泣いた。

守れなくて、知ってたのに、何もできなくて。

電車でそのツイートを見て、所構わずボロボロ泣いてしまいました。

家でもめっちゃ泣いて、私が泣くことは珍しいらしく、家族もびっくりされました。

でも私の従姉妹推しだったからこそもっとショックを受けていて、ヒチョンさんは他の練習生に教えてばかりで、自分練習もあまりできていなかったのに、そんな精神がズタボロになったヒチョンさんを放置していた日プはクソだ、

リーダーとかも優しいから向いてないのにやらされて可哀想、と言い始めました。

流石に言い過ぎな従姉妹そばにいて、私も冷静になってきて、数日たってから考えたんです。

あれ、なんで辞退したんだろう…。

かにアンチは酷かったけど、韓国で既にアイドルをしている彼ならそんなの慣れてもいるはず。

本気で人生賭けてる。彼はそう言った。そしたら、最後まで出るのでは、とも思いました。

でも、途中で何も言わず、あっさり辞退。

ヒチョンさんの言動は、矛盾にまみれているように感じたのです。

それで、泣いてる私に家族が、大丈夫大丈夫、またその人どっかのオーディション受けるわよ、だってここで人気出たじゃん、と言って、それか!と思いました。

その後HALOが全員辞退して、みんなで再デビューするのかな。と。

でも、そっからインスタの投稿も何もなく。

そんなときorbitが一日ずつ発表されていき、最後の日にはヒチョンが登場しました。

"ただいま"

みんな大興奮だったんだろうなぁ。

でも、私だけはもやもやが隠せなかった。

ヒチョンさんが、辞退したことによって、あんなにたくさんの人が悲しんでたし、韓国人が総辞退した日本のプデュ、ということで日プのイメージが悪くなった。

人生賭けてる、って言ったくせに。

嫌なことがあれば、逃げてもいいと思うから、辞退がひどいとは思ってないけど、

でも、他の練習生ちゃん最後まで出て、最終順位だって出たじゃん。

アンチがたくさんいたのは、他の練習生も同じじゃん。

なのに、辞退で、悲劇のヒロインぶって、ただいま、なんてずるい。

でも、ヒチョンさんには、ずるい、とは思うけど、まったく嫌いになれない。

完璧人間なんていないし、むしろ打算にまみれててでも売れる、という戦法を使ってるほうが好感もてる。

しろ、そんなずるい、あざといところも魅力に思えてしまうから今日も私はキムヒチョンの投稿いいねを押してる。




それよりこの件で思ったのは、ヒチョンずるいより、ファンの怖さ。

姉妹は、ヒチョンさんは、リーダーなんか向いてない!って言ってたけど、orbitではリーダーをしている。

多分、orbitから強制じゃなくて自主的にしたんだと思うし。

からリーダーが向いてなくて、辞退したのに、可哀想、やらされて、って言ってたあなたの方が推しのことを分かってなくて可哀想

あなたみたいな人が、Twitter憶測であれこれないこと書きまくるからアンチがなおさら増えるし、推しイメージダウンになってるって気づきませんかね。

2020-05-10

https://nyakapoko.github.io/post/10_engeki/

この記事、読み飛ばししまっているひとも多いと思うので、私の解釈で完結にまとめると、


1 コロナによって演劇のコアの部分がダメになってしまった。

2 演劇は他業種よりもクリティカルダメージを負っている。他よりも援助が必要である

3 専門分野ではないことについての言及を正確にするのはコストがかかる。

4 そのコストケチって発言してもいいよね。だって困ってるんだし。


ということです。

だったら専門分野外のことについてワザワザ語らなければよいのではないか

専門分野外の比較自体コストを生み出すことであり、

4を是とすれば、そのコスト聞き手、もしくは放言された当事者が負わなければいけないことがわからないのか。

そして、まさに現状がそれである、ということがわからないのか。

と思うところはたくさんですが、それより書きたいことがあります

ただ酔っぱらっているのでしっかり書ききることができるのか少し不安です。

また、わたし自身演劇についてたいして詳しくありません。なにぶん映像畑の分野なのでご了承ください。

まあ、そのコストケチって発言してもいいよね。だってもやもやしてるんだし。


まず上のブログにある、演劇のコアの部分とは何かというと、観客との共犯関係なのですが、

これがライブで、そして観客の息遣いを感じられる距離でないと不可能であるという意見です。

これには一理あります。が、これが実際に“演劇”のコアなのか。


私は映像人間なので、例えば映画お話しましょうか。

映画というのは、映像をつかってナラティブ(わかりやすく「物語る」と言い換えましょう)をすることと定義できます映画から見れば、そうではありません。

(「いや映画光と影構成される芸術だ」という方もいらっしゃるしょうが、今回はその定義映像に渡してやって、映画定義は狭くとらえます

映画を観るというのは映画館で観る、もしくは”複数の観客がいる映像主体とする場”で映画を観ることを、『映画を観る』と言います

なぜなら、映画というのは観客と製作者との共犯関係にある芸術からです。

例えば時代劇で、主人公と敵が刀に手を伸ばします。この画を1分間続けるとどうでしょうか、

映画館であれば観客は緊迫します。きっと固唾をのむことでしょう。

そこで居合、切り合い、観客はわっと盛り上がります

しかし、これスマートフォンストリームだったらどうでしょうか。ダブルタップの15秒スキップかもしれません。

一緒に固唾をのむ観客がいない分、気持ち半分かもしれません。


映画演劇は記録されたもの記憶されるものの違いがありますが、

観客との共犯関係表現を強固にするのは、映画演劇も変わりありません。

ブログではとても卑怯にも演劇ビデオという比較で書いていますが、

映画だってかわりないんです。

また映像芸術の中には特殊な上映形態をもって作品とするものもあります

これは、劇場美術館でなければ全く成り立ちません。

劇場でないと成り立たないのが演劇特殊性とか馬鹿みたいなこと言っていますが。

実際には映像芸術の方がヤバいですよ。


しろライブ修正の効かない分、映画はどのように共犯関係を生み出すか、研究研究を重ねております

高級な映画(半分皮肉ですが)においては、視線誘導のため、まばたき一つ計算して撮影編集しているわけです。

私は普段、何かの映画について話すとき、『映画のもの』と、観客と生み出す共犯関係=『映画体験』をそれぞれ分けて話します。

演劇についても同じことが言えるのではないでしょうか。

上のブログの筆者が語るのは演劇体験についてです、これは確かに演劇構成する一要素ですが、演劇のものを単体としてみた場合に、

まり戯曲演者がその身体性をもって物語るという行為についてですが、これはいったいそんなにも弱いものなのでしょうか?

身体というものには限界がありますが、その身体によって生み出される力強さというのは確かにあります

現代舞踏なんてものはその身体という籠を生かした表現なわけでしょう。これは弱いものですか?

それを使って物語る。素晴らしいことじゃないですか。

演劇ライブ配信する。そこにはカメラがありスイッチャーがある。

ということは、それでもって映画体験の応用で演劇体験を、十分でなくても再現することはできませんか?

例えばブロードウェイ映像化なんてのは、セットを映像用に用意しカメラをかなり寄せて撮っているわけですが、

それでもあれを映画という人はいないでしょう、演劇であるという認識はしっかり与えることはできるわけです。

また演劇体験的なるもの本質になっているというので言えば、お笑いどうでしょうか?

テレビというメディアで昔から戦ってきた存在なわけです。

逆にスポーツ体験なくして成立するものでしょうか?

スポーツ選手のインタビューではよく魅せる試合なんてことが言われます

徹底防戦の試合で興ざめ、なんてこともよく聞きますね?

スポーツも実は共犯関係であるわけです。

それでも彼らは中継を行います過去試合映像販売します。

そういったことがもう何十年も前から行われている現代で、演劇演劇体験なくして存在しないなんて本気でいってますか?

なまいってんじゃねえって思ってしまます


また演劇映像にすると映画に食われてしまうなんて言ってますが、馬鹿じゃないのとしか思えません。

演劇映画物語る点は同じですがその根っこは全く違います

演劇はその身体物語を預けていますが、映画光と影に預けています

映画根本は影絵芝居といってもいいでしょう、影絵芝居は演劇に似ていますが、

影絵は物理的なものでなく、その像をうまく使えば、表現限界はありません。

演劇とは全く性質が違うものです。

映画はその売れ筋として、マーケティング的に役者に頼ってることはあっても、大本表現ベースとして役者や演技があるわけではありません。

勘違いしないでください。役者あくまで影と光をフィルムに焼き付けるための遮蔽物にしかすぎません。

例えば先ほどのブロードウェイ演劇しましたが、ドッグヴィルどうでしょうか?やはりドッグヴィル映画でしょう。

先祖万々歳は演劇でしょうか?いやこれもアニメでしょう。

それはそれぞれ、映画として作られ、アニメとして作られたからに違いありません。

演劇として作られた映像が、映画に負けるだとか、勝つだとか、そういうことは絶対にありません。

そもそも同じ土俵にいないからです。

演劇というのは、映画というより、むしろスポーツ音楽ライブの側なんですよ。

マシューボーンのなんちゃらと、タイガース試合をまとめた奴と、ラッドピローズライブ映像一般の人からみたら同じ枠なんです。

で、それが映画と競り合ってるなんて印象はないです。初めから勝負なんて存在しないんです。


はっきりいってしまえばスポーツが無観客配信でなりたつというなら、演劇だって成り立ちます

それが成り立たないというのは、おそらく上の文書にもある、演劇体験こそ演劇本質であるという転換が原因じゃないでしょうか?


演劇はなんら特殊でないです。ただのライブです。

もともと自転車操業だったライブが成り立たないという話でしょ。

だったらそういえばいいんです。演劇ライブメインであることなんてみんな知ってますから

黒川弘務検事長って誰かに似てる気がする

将棋関係のような気もするけど

もやもやする

2020-05-09

イエスタデイをうたって』第4話まで見た感想とQ&Aみたいなもの

TVアニメイエスタデイをうたって』は、私はとてもおもしろく見ている。そもそもこういったドライ恋愛群像劇が好きという個人的な嗜好を差し置いても良い作品だと思う。傑作というよりは、ケチのつけようのない佳作といったところだろうか。レビューで言えば私は星5を付けると思う。

 

アニメーション制作は安定の動画工房声優陣も演技派。特にヒロインの晴役の宮本侑芽さんは『SSSS.GRIDMAN』の立花役でお馴染みで、素晴らしく自然な演技で見る(聞く)もの全てを魅了する。好き。

 

淡々とした恋愛群像劇である漫画には疎いので原作全然からない。20年前くらいの作品だそうである

私は昔の漫画とか小説とかは現代版にリメイクしてリリースしたほうが良いのではないかと思ってしまうのだが(最新のアニメガラケーが出てくると興ざめししまう)、今作は当時の雰囲気のままアニメ化されている。しかし、古臭さは全く感じずに見ることができた。演出の巧みさと、普遍的テーマを扱っているからだと思った。

 

だけど、今作のレビューはいまいち芳しくないように思われる。アマゾンのレビュー現在、星3.5。星4以上で良作と考えれば、星3.5を見てスルーしてしまう人もいるかもしれない。

というわけで、レビューに寄せられた低評価コメントにここで反論ってゆうか、いやいやそんなに悪い作品じゃないよということを反駁していきたいと思う。"引用"部分は大意で原文ママ引用ではないです。

 

世代共感しづらい

この20年くらい前の作品が旧世代共感しづらいとすれば、新世代は共感やすいということになる。とすれば、このモラトリアム人物主人公に据えた物語は先見性があり、普遍的テーマ提示していることになる。この不安定時代の中、旧世代モラトリアム生活余儀なくされるリスクがあるだろう。であれば、全世代に刺さっても良い作品なのではないか

 

女性たちが主人公男を好きになる理由がわからない

かつてのメロドラマでは必ず「ズキューーーン!いま好きになりました!」みたいなシーンが描かれたと思われる。しかし、現代リアル物語において必ずしもそれはないのではないか。例を挙げるのが適切かどうがわからないが、『俺ガイル』『月がきれい』『Just Because!』にそんなシーンがあっただろうか。

まして、我々の実際の恋愛を顧みれば、そんな瞬間はあまりないのではないか。なんとなくいいなーと思って好きになってたというシチュエーションが多いのではないか個人的な話だが、私は「休憩中に携帯電話を一切見ずに、ぼーっとしてたり、たまに本を読んでいたりする所作がなんか良い。あと、背が高い」という理由熱狂的に好きになったことがある。

スマホ太郎』みたいな何の説得力もないハーレムアニメ、『リゼロ』のレムみたいな男の理想を極端に具現化した過剰なキャラならまだしも、本作はそれぞれの人物主人公に惹かれ得るバックグラウンドがあることが示唆されているので、「好きになる理由」は現状あまり気にならなかった。

 

原作重要且つ細かい部分が違う

これについては、「原作に忠実」派と「原作と違う」派に意見がわかれているようである。私は原作はぜんぜん知らないのであるが、アニメだけ見ている限りでは特に変な部分は感じられなかった。

 

使い尽くされたテーマを流用しているだけで古臭い

特にボロボロ雑巾のような古臭さは感じられなかった。だけどもしや脚本だけ読めば古臭いのかもしれない。おそらく演出の巧みさが秀でているのだと思われる。私はストーリー演出演者おもしろくみている。

 

いきなり可愛いヒロイン主人公アプローチするのがファンタジーすぎる

これはたしかに第1話冒頭でおいおいって思った。肩にカラスを乗せた天真爛漫な美少女主人公ベタ惚れって。ただ、ヒロインにも何らかのバックグラウンドがあるらしいことが明らかになるので、特にストーリーの中で気になることはなかった。今後の最終回まで、それがストーリーの中でどれだけの説得力を持つのかを精査していきたい。

 

主人公がうじうじしすぎている

私はそうは思わなかった。むしろこのくらいがリアルでちょうどいいんじゃないかと思った。近年の作品では、早くに主人公ヒロイン恋愛フラグが立つものがけっこうあって、「はやくくっつけよ!」ともやもやする気持ちはわかるけれど、これも個人的嗜好だが、もやもやを引きずったまま突き進む物語が好きだ。特に違和感は感じなかった。むしろ3D彼女』のように、さっさとくっついたはいいけど、くっついてもなおうじうじしている主人公の方にもやもやする。

 

原作を1クールで終わらせようとしているので総集編みたいに感じる

原作を全く知らないので、特に急ぎ足だとは感じなかった。原作を読んでいればもしかしたらそう思ったのかもしれない。

2020-05-06

終わった作品にハマってもやもやする話。

家での行楽シーズンになってどうも昔ハマってた作品に触れる機会が増えた人は多いんじゃないか勝手に思う。僕自身がそうであって、再びハマってた作品との付き合い方が分からない。すんごいモヤモヤする。今更たいした応援が出来るわけでもなく、関わった人達は別の所で活躍していてそっちを応援してくれというオチコンテンツ寿命って大切だよね。オワコンって言われた後はどうしてますか?他人に話して解消出来ないし、ディープすぎる層に走りたい訳でもない。鬼滅の刃ファンとかカープ女子的なライトな追い方が出来る世渡り上手人間が一番頭が良いのかもしれないね

anond:20200506121654

いつもではなくていいけどたまに他人と込み入った話とか打ち解けた感じになったときって、あーこんな人がいるんだ世界って広いな、とか、何とも言えないうれしい気持ちにならない?自分もやもやして悩んでたことにうまくはまるようなことをくれたりとか、その逆に相手の求めていることを渡せたのかもな、っていう実感とか。そういう人間関係を構築していく楽しみがある気がする。

2020-05-04

anond:20200503234209

あなるほど、はめふらをみるとファストフード快感があるのは公正世界仮説が満たされるからなのか

もやもやしてたけど、すごくすっきりした

ありがとう

現実で満たされない公正世界願望を、フィクションで満たすってのはメンタル健康にいいんだろうか

2020-05-03

もやもやしながらはめふらをみている

今季一番面白いアニメは今のところ、はめふらだと思う

主人公野猿もといカタリナが良き登場人物たちを敵に回すことなく、むしろ好感度MAXココロを掴んでいく鮮やかな流れが魅力的だ

彼女が敏腕営業マンのように狡猾に篭絡しているなら、あら恐ろしいわね(これはアルテの高級娼婦)、と言っていられるが、あくま自然体で好かれていることが物語快感演出している

だけど、主人公のあまりの人たらしっぷりに、視聴していて歯が浮くような気分になる

なぜかというと、やっぱり心のどこかで、何かが欠けた相手なら上手くすれば自分に心を開いてくれるんじゃないか、と思っている自分に気づくからなんだ

現実はそうじゃない、他人が埋めてほしいものなんて簡単にわからない

手を差し伸べようとしても拒絶されるのが関の山だったりする

そんなことを考えていると、はめふらはストレスフリー視聴者原始的な願望に訴えかけるという意味で、俺TUEEEの亜種なんじゃないか

まり一言でいうと、みんな私が大好き、私YASASHIIIってことなんだと思う

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