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はてなキーワード: 長所とは

2018-02-20

わたしは甘えん坊の悪い子

※これは情緒不安定生理二日目の女の妄言です。文章の手直し一切せずにタラタラ言います

さみしい。

人間はひとりでは生きていけないんだけども結局ひとりで生きていかねばならないっていうのが辛くて悲しくてしんどい。‪

どこ行ってもわたしは私を甘やかしてくれる人間ばかりでわたしは"私"を持ってないわたしになってしまう、だから1人に置かれた時に一歩すら出せなくなってしまう‬

私は『いい子』を演じようとしてるけどなりきれない一番『悪い子』なのである

人のせいにはしてはいけないのは分かってる

でも自分は温室育ち故に甘えてしまい決定権を誰かに委ねて身体だけ大きくなってきた

からわたしは"私"のことすら分からない 知らない だから自分の魅力にすら 個性人格長所すら気づかない

心の底では卑屈で『誰よりもお前は最下位だ』と暗示を掛けないと傲慢と見られてしま

暖かな環境に身を置くからこそ他人の目や気持ちエゴ推し量ってしま

最低な人間すぎる

なんでこんな最低なわたしになってしまったんだろう

わたしは21歳だ このことにもっと早く気づいてればよかった

大人にならなきゃなぁ

少しでも『いい子』になるためには自分意思をきちんと持たないと

わたしはこれをしたい!』を思いっきり言えるように、まずは1個だけから明日から始めていきたいと思う。

なんだ、解決してんじゃん まだこれからの話だけどね

他にも書きたいこと山々あるけど身バレしてしまうのでこれにて。

アンチです

主にカワラバト/ドバト(街によくいるやつ)が嫌いというか恐怖症レベルで苦手で、今日も駅の鳩にギャーってなったから腹いせに嫌いなところ挙げてく。鳩信者はお帰りください。

【鳩の嫌いなところ】

・ひょこひょこした動きが気持ち悪い

・鳴き声にイライラする 腹から声出せや

人間食べ残したかり、時にはゲロさえつつくほどの浅ましさ

・そのくせカラスほど逞しくもないから腹立たしいだけ

自然物とは到底思えないカラーリング生理的に不気味

コンクリと色が同化してるから急に動かれるとびっくりする

・そこらじゅうにフン散らかす

・帰巣本能かいう謎システムのせいで毎年困る人がいる

・春になるとベランダに来て洗濯物にフンとか羽とか付けていく 絶対に巣だけは作らせない

・なんか人の隙間をスレスレで飛んでいくの頭おかしいとしか思えない

病原菌いっぱい持ってて不潔、スズメも同様とはいスズメと比べて大きいから羽ばたいた時いっぱい菌とか飛びそうな気がする(これはイメージです)

平和象徴というポジションに胡座をかい人間生活圏に寄生している印象(これもイメージ)

・熱出すと夢に出てくるのむかつく

このまま嫌いな要素無限に挙げられそう

【鳩のいいところ】

・鳩に困ったら雨宮〜〜は鳩の害がなければ生まれなかった

他ある?なくない?食べられる品種なら食糧として価値あってもドバト食えんし

ドバト全面的に嫌いだけど中でもうちの近所のゴミ捨て場によくいる二羽、ゴミ袋くちばしで破って中身食ってるの無理すぎ!カラスよりバカからかそれとも目や鼻が悪いのか、中に食べものがあるのかもわからないまま闇雲に袋引きちぎってるっぽくてひたすら散らかすの、本当に!!愚か!! 鳩の長所教えてほしい。好きになれるかはわからないけど……虐待などの意図はないし人間傲慢さをぶつけてごめんね……でも嫌い……

2018-02-19

手に老化を感じる

毎日手は見ているけれど

いや見ているからこそなのか

ふと、俺の手老けたなと思う瞬間がある

から綺麗な手だねと褒められる事が多くて

自分の数少ない長所だと思っていた

今でもまだそうなのだろうか

なんだか少し、さみしくなる

2018-02-18

プログラミング勉強法

  1. 他人コードを読む
  2. 自分コードを書く

以上。

例:

他人アプリ機能拡張

新たな機能を足すには、その構造が大きくかかわる。

機能Aは簡単に加えられたが、機能Bは難しいというようなことが起こる。

よりよい設計を考えられるところまで踏み込めるとよい。

他人コードリファクタリング

読みにくいコードがあった場合、えいやっとリファクタリングしてみる。

よりよいコードの追求

コードを読み解き、なぜ、そのアプローチに至ったのかを解明してみる。

よりよいコード検討し、自分で書き、実際に比較してみる。

その他:

学ぶプログラミング言語機能をすべて調べる

ありとあらゆる機能を調べつくす。分からないことは後回しでもいい。

実験コードを書いて、その機能体験してみる。

実験コードはちゃんと保存しておくこと。

ライブラリ化する習慣を作る

プログラム単位で重複するコードライブラリにする。

誰かが既にライブラリ化していたら、そっちを使う。コード管理他人に任せよう。

コードを書くときプランAとプランBを立てるようにする

時間があれば、その二つのプランコードを書いてみて、長所短所比較してみる。

最終的にはプランA,B,C,Dの四種類程度を立てられるように目指す。

2018-02-14

自分無能である理由が分かった!

ブレークダウンが下手

 

https://www.weblio.jp/content/WBS

Work Breakdown Structure

WBSとは、プロジェクトマネジメントで利用される計画手法一種で、プロジェクトにおける作業を細かい単位に分割し、階層構造などで管理する手法のことである

 

ルーチン(定型業務)なら得意

 

特技を活かすには、大きな目標ルーチンのような単純作業(やることが明確で迷う要素がない)の塊に変える準備が必要だった。

課題が少し変形できて、「複雑な物事構成要素を観察 → 分解 → 単純化する」という練習を重ねれば、自分の特技を活かせるようになって、無能(結果が出せない、いつも挫折する)を脱却できると閃いた。

良かった。

2018-02-13

anond:20180213101230

頭がいいのはユダヤ人であって、アメリカは実質ただの下請けしかいからな。

ユダヤ人の賢さは、見習う点が多々あるよ?

昔の日本人は「日ユ同祖論」で、ユダヤ長所を取り込んでいた。

2018-02-11

女になりたくなかった

幼少期に女嫌いをこじらせすぎた。

原因は母親ヒステリー

毎日夫婦喧嘩は絶えず、家ん中じゃ麦茶が飛んで皿が割れた。

喧嘩の発端は、毎回、母親が突然に不機嫌になる事だ。

母は人付き合いが壊滅的に苦手だったが、父の仕事関係で、妻として表に出る事が多かった。

その中で生まれネガティブ感情が、大体二週間ぐらいかけて『そもそも結婚なんかしなけりゃ』という不満に発酵し、その後は『超不機嫌モード』に移行する。

そんな母の態度に、生来短気な父の堪忍袋の緒が切れると、家の中で怪獣大戦争が勃発するという仕組みだった。



──と気付いたのは大人になってからで、幼い私は兄と抱き合って震えながら、『うちのおかあさんは何故急に怒ったり不機嫌になったりするのだろう』と考えていた。

喧嘩が終わった後、私たちはよくベソをかきながら父に聞いた。『なんで母さん、ああなの』と。『気に入らないことがあるなら、言葉で言えばいいのに』と。すると父はこう返した。

『母さんは女だから。女の人は男の人と違って理論的じゃないから、よくわからないところで感情的になるんだ』と。

私は兄と一緒にふんふんと聞きながら思った。

『そうか、女だからか。女ってクソだな。』

健全な性の道を踏み外し出す、記念すべき第一歩だった。



第二ステージ

母親を疎み、兄や父と主に過ごしてきた私の読書習慣が、歪んだ固定観念をより強固なものとするに至った。

少年マンガの購読である

(先に断っておくが、私は少年マンガ糾弾する気は一切ない。ただ事実ありのままに書き記していくだけである。そして私はありとあらゆるジャンル漫画が大好きだ。)



兄弟と育った私は、コロコロを読み、ジャンプを読んで育った。父のコレクションである少年漫画に手を伸ばし、特にドラゴンボールを好んで読んだ。

しかし私はドラゴンボールブルマちゃんが嫌いだった。天才科学者とかそういう長所は、曇りきった私の目には見えておらず、『何も出来ない癖にすぐ泣いてすぐ叫び、恋や欲求にすぐ目がくらむ、ヒーローの足を引っ張る存在』とそんな風に見えていた。『ああ、父を煩わせる母と同じだ。やはり女というものはこういうものなのだ』と。



同時に、私の性の芽生えの切っ掛けもブルマちゃんであった。

詳しくは割愛するが、あのマンガって結構えっちだよね。

とにかく女体に興味を覚えてしまった私は、こっそり父の読んでいる青年漫画に手を出した。前に一度ちらりと見えた時、なんだか非常にえっちっぽいページが見えたかである

親の目を盗み、どきどきしながらページを開いた。そこには大人世界が広がっていた。

どろどろとした愛憎入り乱れる大人世界だった。女はひどく誇張された化粧と共に描かれ、男相手に股を開いていた。

べっとりとした口紅と真っ黒な性器が、多大なる忌避感を私に与えた。



『おヴぁああああああああああああ』と私は心の中で叫んだ。

ブルマちゃんの可愛らしいお胸とは正反対のものがそこにはあった。

だがリアル調のその漫画の方が真に迫っているような気がした。

なるほどこちらが真実だったのか、と小学三年生の私は納得した。

『女はクソだ、内面だけでなく外面も。』

齢九、私は何処へも辿り着かぬ道へと順調に足を踏み外していった。

ついでに化粧が嫌いになった。



さて私はある時期より、重大な気付きに直面する事になる。

それは『自分も女である』という事実であった。

私は自分母親のようになる事を極端に恐れた。ゆえに『感情的にならない事、理論である事』を信条に掲げて日々を過ごしてきた。

また、既に女という性を軽んじていた私は、『女子なんか』と遊べば『女』になってしまうと思い込んでいた。

ここでの『女』というのは、しばしば侮蔑的な響きを含むあの『女』のニュアンスだ。『まったく女ってのは』というあの感じだ。



女子ままごと菓子を好み、恋の話に興じるもの男子は外で体を動かし、虫やボールを追いかけるもの。前者は幼稚かつ非建設的で、後者建設的なもの──。

私は男子に混じって遊んだ。虫をつつき、ボールを追いかけ、カードゲームに興じては『女子にはわかんねーだろ』と男子と一緒に男ぶった。

てめーも女子だろ。

ともあれ男女問わずパンを履きまくっていた時期にそれを咎められる事は一切なく、私はこのままずっと『男』に混じって生きていくものだと思っていた。



しかし年齢が上がるにつれ状況は変わっていった。



中学時代より、『女子』としての振る舞いをするよう諸所で注意を受けるようになった。

足を開くな、スカートを履け、髪を整えて身綺麗にしろ

私はその度に反発を覚えた。それが身に染み付いた女嫌いゆえであるというのには、未だ気付いていなかった。ただ女らしくしろと言われる度、いいようのない嫌悪が体を駆け巡り、肉体を引き裂きたいような衝動に駆られた。

父や母も男勝りな娘の教育ほとほと手を焼き、私を『反抗期』と称した。私もそうであると思っていた。

──『反抗期』という言葉に、ひどく感情的な、理論の欠如の時期、という印象を見出した私は、すぐに『反抗期』を終え、男らしく振る舞うのをやめた。

女らしく振る舞う事もしなかったが、それで周りは満足したようだった。



さて年月が過ぎ、こうして高校までをしのいで来た私であったが、大学へ出るに当たり、いよいよ『社会』という漠とした強敵対峙する事になる。

家族は言った。『お前もそろそろ化粧を覚えないと』。

Wait, what?

私は心の中で叫んだ。脳裏に浮かんだのは、幼少期に見た、あのべったりとした口紅と醜い性器映像だ。

あの醜悪気持ちの悪い化学製品を、醜い女の象徴を、私に塗りたくれと言うのか。

女は醜いものだと教え込んだお前達が、今度は私に女になれというのか。そりゃないぜworld。



齢十八。私は化粧から逃げ回った。

言わずもがな、最たる要因は、家庭環境の最悪だったあの時期に読んだ例の青年漫画だ。

あの裸の女が身につけていた口紅だ。自業自得はいえ、最早トラウマだった。

親はありとあらゆる手で私を説得しようとした。

『最低限のマナーから』『そんなんじゃ社会でやっていけない』『化粧は有害じゃない』

『今はただの練習でいいから』『ええい駄々をこねるのをやめろ!』。



さて、呆れた事に私は自分がなぜこんなにも化粧品嫌悪を抱くのかを、未だ理解していなかった。

いくら醜悪描写漫画で見たからといって、なぜそれが全てだと思い込む?テレビを見ろ、タレント達は男女問わず化粧をして美しいじゃないか。──』

その裏に繋がる根深い『”女性性”への嫌悪』に気付けなかったのは、外面的な事に関して言えば、私の嫌悪がごく限定的である為であった。

化粧、ヒール、裸体を連想させるような肌の露出。装いに関して嫌だったのは、この三点に尽きた。

別に女の肉体を持っている事について、不満はない。

男の肉体が欲しいとも思わない。

着物であれば女性のものを好んで着たし、ミニスカートヒールでなければ、多少はフェミニンな装いも吝かでない。

非常にややこしく凝り固まった嗜好がどこから来たのかと、私は大いに悩んだ。

こうして書き出せば理路整然としているが、書いていない様々な事ゆえに気付きは遅く、私は自分が一体何故こうも屈折しているのかと懊悩した。



齢十八と半分。ようやく気付いた切っ掛けは恋だった。

幼馴染に、太陽のような男がいた。

高い背とおおらかな心が皆を惹き付け、彼の周りには男女問わず人が集まった。

私と男は気安い仲だった。ある時、抱えきれなくなった想いを彼に吐露した。

彼は赤面していた。想いが伝わったのだと浮かれ、私は何度も愛を告げた。間違いなく、あれがそれまでの生涯で一番幸せな時だった。

やがて彼は真っ赤な顔をして、はにかみながら、人を惹きつけるあの笑顔でこう言った。



『お前も可愛いよ』



大抵の女性であればここで舞い上がったのだろうか。しかし私は違った。

『おヴぁああああああああああああああ』と心の中で叫んだ。待て、お前、可愛いよってなんだ。可愛いよってなんだ。

かにも、私はその瞬間まで気付いていなかった。男に慕情吐露する事がどういう事なのかを。人として心から愛していたから、それを告げたい。ただそれだけだった。無責任な事だったと今なら思う。

いや、私は付き合いたいとは思っていたのだ。だがそれが必然的に『女扱い』に繋がるという事に気付いていなかった。彼は私に化粧やお洒落を望むだろう。まだ若く健全な男として、『可愛い彼女』を会得する事を望むだろう。

私は絶望した。

私はこの男を愛してはいるが、彼の女にはなれない。自分の中で育ててきた固定観念が、私に盛大に牙を剥いた瞬間だった。

ようやく私は自身に深く根をはる『”女性性”への嫌悪』に気が付いた。



私と幼馴染はどうともならなかった。

幼馴染も馬鹿ではない。彼は『可愛い』という形容詞がおよそ私には合わない事にすぐ気付いた。



暫く友人以上恋人未満のような関係を続けたある日、彼は言った。

『やっぱ俺、お前を女としては見れない。』

私は返した。

『然もありなん。』



さて、ようやく氷山の全容を眺める事が出来るようになった私だったが、ぎちぎちに凝り固まった偏見を見つめ直し、途方に暮れた。どれだけ難儀な奴だと。

いっそ潔く『俺は男だ!』と思えたら楽だった。

いっそ『女は等しくクソだ!』と思えたら楽だったかもしれない。

だが私は男でないし、女はクソではないし、女友達普通にいたし、大好きだった。

『””』を使って『”女性性”への嫌悪』と書いたのは、この『”女性性”』が、『世間一般蔓延してはいるが真ではない、女性に関する漠然として、かつ悪意を孕んだ偏見』に過ぎぬ為だ。

ネット漫画で嫌という程に見る”醜い女像”など、現実人間関係では見た事がない。

強いて言えば母親ヒステリーぐらいだが、それもも母親を一個の人間として見られるようになってからは、『母は女だからそうなのだ』という訳でない事を知った。



全てが根拠なき偏見ゆえと気付けたのなら、何も気にせず、ただ己として人生を歩めるだろうと思っていた。

だが、最早これは理論ではなかった。『女』として社会に出る事を考える度、『女らしい』格好をする度、どこからともなく嫌悪と惨めたらしさが迫り上がった。

『女の格好をすれば、きっと皆私を”女”と見るに違いない。甘ったるい菓子を好み、ぺちゃくちゃと甲高い声で噂をし、感情的に泣き叫ぶ、あの生き物と同類に思うに違いない。──』

『あの生き物ってどの生き物だ。お前の女の友人に、そんな奴が一人でもいるか。あと誰もお前の事は気にしねえよこの自意識過剰野郎。』

絶え間ない反駁でどうにかその考えを埋葬しようとするが、気が緩むと、それは何度でも蘇っては私の前に立ちはだかった。

また、たちが悪いのは、偏見が純然たる嘘でもない事であった。

私が私の中に根付かせた偏見は、何も初めから私が生み出したものではない。

漫画文学ネット、口さがない噂。

母親の姿。

買い物に少々時間をかけて良いかと問いかけ『女の子ってほんと買い物好きだよね』と返された事。

転んで涙を滲ませた私に『女って何ですぐ泣くの?』と問い掛けたクラスメイト──。



世間”が私を『女』と見る。女として生きたくない。いやそれは偏見に過ぎない。お前は女の友人達侮辱するのか。だがこの先、私が囚われてきた偏見と何度直面する事になる?

いっそ男になりたい。いやそれは逃げで甘えだ。男達をも侮辱する考えだ。だが少なくとも、私が嫌悪してきた女性性を押し付けられる事はなくなるだろう?



一つ、確かな事がある。私に恋愛が出来る気はしない。

私は幼馴染を心より愛していたが、『女』として扱われるのは耐え難かった。いっそ最初から男であったなら、私は彼を友人として愛せていただろうか。

近頃、新たに気付いた事がある。寝台で、男に抱かれる女としての自覚を得た途端、私は完全に不能になる。



必ずしも恋愛がしたいわけではない。

ただ目の前の人々を愛し、尊重し、あとは流れるままに生きていければいいと思う。

反面、やはり人と愛し合ってみたいという願いも漠然と持ち続けている。



こうなりたくてなったのではない。だが後ろ向きでもない。

『女はこうだ』『男はこうだ』と括る前に、目の前の人間を、一個の人間として見る事、

己と違う、十余年、数十年の生を歩んできた人間を、ただ一人の、別個の人間として尊重する事を信条に、

取り敢えず前を向いて生きている。

2018-02-06

10年来の鬱とADHD傾向が改善した

 今年で28フリーター


 幼少期(小学校の低学年頃)に脳に疾患が見つかって、以来十年近く投薬治療をしていた。

 また、高校の頃からずっと鬱を患っていた。頭の中が鉛のようになって自由に動けなくなる。生活の上でそういうことが多々あった。


 ADHDも併発している。破壊的な過集中を経て朝まで眠れないことが多かった。

 バイトシフトにはちゃんと遅刻せずに行く程度の社会性はあったけれど、やはりと言うべきかミスが多く、恐らく責任者も俺のことを発達障害者として認識していたみたいで、指示を出す時も俺にだけ妙に細かい明確な指示を出してくれたりした。それはそれでありがたかったのだけれど、時々ヒスを起こされることとなった。自分が主原因になっていることは分かっていたから、どちらかと言えば申し訳ない気持ちの方が強かったけれど。


 現役で地方駅弁大学入学して、卒業が近くなってから資格試験講座に通っていた。で、途中から引き篭もるようになる。

 一応何とか大学卒業できたけれど、定職に就くことはできなかった。


 自分は、根本的に人生ディシプリンというか一種の訓練期間だという固定観念を持っていて、それと同時に、より効率的自身を訓練できる人間がより優れた人間なのだという価値観を持っていた。だからと言うべきか、高校時代は朝5時に起きてジョギングを繰り返していた。

 恐らくその頃が、自分学力ピークになっていたと思う。

 確か当時の全国模試総合偏差値は70を超えていたはずである

 でも、そういう訓練が破綻を来たすのは思っていたよりも早かった。

 何年も日課にしていたジョギングが、高校生活半ばに突如として億劫になったのが始まりで、それ以来上手く眠ることができなくなったのだ。

 その頃から学力の減退も生じていて、自分自分コントロールできない感覚に苛まれるようになっていた。志望校ランクを一つ落として、何とか国立大学合格することはできたものの、今にして思えばあれが自分人生の最盛期だったのではないかと思う。


 大学に入ってからは、過密的な訓練期間と白痴のように生活崩壊する期間を繰り返すようになった。訓練期間には、暇があればジョギングに出かけ、膨大な量の学術書に当たった。また、複数語学習得を目指し大学ゼミを幾つも掛け持ちしていた。そして、大抵はそのような訓練期間は三ヶ月と持たずに破綻し、再び自分コントロールできずロクに睡眠も取れない白痴のような生活が始まるのだった。

 俺はそうやって訓練期間が破綻する度に、自分計画の建て方や訓練の方法に恐らくは問題があるのだと考えていた。実際、その考えにはある程度事実に沿う部分もあって、当時の俺はその自分が打ち立てた訓練方法の細部を限りなく修正し続ける作業に集中することとなった。そして、その細部を修正したトレーニング理論に基づく何ヶ月かの訓練タームを集中的に実施し、そしてその訓練タームの後には、訓練タームよりも更に長い破滅的な破綻の期間を迎えるということを繰り返していた。そのような生活大学卒業してからも戻らず、そんな具合に二十代の半ばを迎えた。


 何かが間違っていることには気付いていたけれど、何が間違っているのかはもはや分からなかった。考えつく限りの細部には工夫を凝らしてきたつもりで、主に食事における栄養バランスの調整には念入りという以上に念入りになった。卵、バナナ、木綿豆腐牛乳納豆青魚、葉野菜。こういうものバランスよく摂るようにしていた。でも、自分自分コントロールしているという感覚はついぞ訪れることはなく、相変わらず愚にもつかない趣味に熱中しては朝を迎え、疲弊しきった精神バイト先に行き、そして週末は48時間家に引き篭もって過ごすことも多くなっていた。


 いわば、この辺りが人生の暗黒期だったと言えるだろう。むしろ、そう言わずして何と呼べるのだろうか? もし他に呼び方があるとすれば誰か教えておくれ。


 さて。

 結論から言えば、この生活は現時点でかなり改善している。

 いわゆる躁鬱の躁期に入っただけの可能性も有ると言えば有るのだが、しか実証的に体系的に改善を目指した結果として、根本的に自己コントロールしているという感覚が数年ぶりに戻ってきたので、そこに関してはある種の信頼を置いている。


 原因というべき原因については既に見当がついていて、つまりそれは脳に対する血流の低下である身体におけるありとあらゆる不調や、自身コントロールを掌握できていない感覚殆ど場合、血流の低下に基づいているのであるADHDや鬱の改善に血流を効率よく増やす有酸素運動有効であることはとっくに知られていることで、つまり結局は脳の血流の有無が自己コントロール能力の有無へと繋がっているということなのだ。これを改善する為の様々な手段を講じ続けてきた結果、その中で極めて有効もののみが残ったので、それらについて以下に紹介していきたい。


 シンプルながら散歩ADHDや鬱の克服に大変役立つ行為である普段自転車原付で移動する距離を、例えば自転車原付を手で押しながら移動することで、とにかく歩く歩数を増やすことに集中した。iPhoneヘルスメーターも一応活用しており、実際に散歩した分の歩数が如実に数値として現れることにはかなりモチベーションを刺激されることとなった。


 腰の尾てい骨の下に柔らかいタオルを敷いた上での足の上げ下げなど、身体を横にして安定した状態にした上での筋トレは圧倒的に脳への血流を増やすことができる。これで週末の鬱傾向が随分と改善している。なお俺は心肺能力に二十代の半ばからかなり不安を抱えるようになったため、そこまで負荷を掛ける筋トレ実施していないが、自分の体調と相談しながら負荷を増やしていくことが肝要であるようだ。


 ドストエフスキー夏目漱石などといった純文学が望ましい。これらを読む際に脳に鋭い拒否感(としか呼びようのない感覚)が走る人間ほど、読書はうってつけの鬱・ADHD改善法となると俺は思っている。大抵の場合活字を読んだ際に訪れる決定的な拒否感は、脳に対する血流が急激に増えることに由来しているのである。そのように活字に対する拒否感が生じる際にはそっと目を閉じて、左前頭葉辺りに意識を集中してみると、はっきりと自分の脳への血流が増大している様子を感じることができると思う。特に、血流を増やす為には身体を横たえた状態でいることが望ましいのだけど、当然屋外や座った状態での読書も随分と効果を発揮する筈である。また、外国語の読解などもこの読書カテゴリーに加えておく。


  • 絵を描くこと(普段行わない趣味を行うこと)

 基本的に鬱の人間は、日々変化に欠ける生活を送っている場合が多い。

 同じパターンというか、悪い意味で安定しきった生活を送っていることが多いのである

 すると行動の多様性や、積極的な行動への意志が驚くほど抜け落ちていくという事態に遭遇した鬱持ち・ADHD持ちの人間は非常に多いのではなかろうか。というわけで俺はどちらかと言えば趣味としては読書文章を書くことに取り組むことが多く、空間的に物事を把握しそれを描写する絵などにはあまり集中力を払わないことが多かったのだけれど、これがどうやらいけなかったらしい。最近は、漫画イラストを模写したりだとか、積極的に絵を描く時間生活の中に設けるようにしている。ファミレスハンバーガーショップなどに行った時にサッと手帳を取り出して、軽く文章やそれに付する絵を描いたりすることも日課となっている。

 ここで言いたいのは、必ずしも絵を描くことが鬱やADHD改善に役立つといったことではなく、同じ行動パターンや同じ行動に固執することが如何に脳に悪影響であるかということなである。なので俺は最近文章を書き、絵を描き、詰将棋を解き、読書をし、と、とにかくやる事を一つに限定せずコロコロと変えることを意識して生活するようにしているのだ。

 鬱持ち・ADHD持ちにありがちな思考の切り替えや行動の切り替えが上手くいかない人間には、是非絵やその他普段行うことのない趣味を増やすことをオススメする。


 上で書いた通り、卵や牛乳青魚といったナチュラルフードが脳のパフォーマンスに影響することは学術的に証明されて久しい(と俺は思っている)。これはもう殆ど記述する必要性がない事実だが、しかし敢えてここに記述するからには、そこには当然ながらそれなりの理由がある。

 つまり、俺のような鬱・ADHDの併発した人間には、料理を行う際にとある事柄が圧倒的なハードルとして持ち掛かってくるということなである。つまりそれは、そう、料理煩雑さや億劫である

 基本的に鬱傾向やADHD傾向を持った人間はありとあらゆる行動に億劫さを感じるもので、よほどその行動に高い利益や見返りが見込めない限りは、その行動を行いたくないと思うものなのである。そういった面から言って、料理は味よりも栄養価と手間の少なさを重視するように俺は心がけている。準備や片付けの手間をできるだけ減らすために、単に塩焼きにしたり茹でるだけだとか、できるだけ工程の少ない料理(というか殆ど調理)で済ませられるようにしている。

 また、週末になれば殆ど外食で済ます

 脳に一定以上の煩雑さや負担押し付けないことが、ADHDや鬱改善の要点である。時にはサボることも非常に重要だ。


 追記。瞑想効果あると思う。瞑想時に、個人的には脳への血流が如実に感じられることが多く、恐らく脳に対してかなりポジティブ効果が起こっていると思われる。

 読書の後など、脳に負荷を掛けた際にその情報の整理や休憩の為に、短めのカジュアル瞑想を行うことがある。これもまたオススメ


 など


 こんなところだろうか。

 思い出し次第追記を行いたいと思う。


 今年に入って、文学小説の脳に対する効能が非常に大きいことに気付けたのは重要発見だったと思う。読書の際に襲ってくる倦厭感がむしろ血流の増大と関わっていることに気付けたのは、自分としては非常に大きな発見だったと思っている。というわけで、かなり重篤な症状持ちの人間としては、以上のような改善法を進める次第である

 上では書かなかったが、俺は重篤インターネット依存症持ちでもある。

 しかしその依存症もこの数ヶ月で劇的に改善した。俺という人間は、言うまでもなく長所よりは短所欠点の方が随分多く付きまとう人間であるからには、そんな人間にすら効果がある対処法は、恐らく全人類的に効果のある対処法となっていること請け合いである

 是非とも、皆さんにも実行してもらいたい。

 自身病癖を繰り返すようで悪いが、やはり疑いなく、「よい訓練こそが、よい人生なのだ


 それでは。

2018-02-05

フィクションに使う言語として、英語日本語より優れてる点ある?

ダーリンインザフランキス4話目のキャプ公式非公式かわからないけどほぼタイムラグなしで英語字幕つきのものネットに上がっている)で、02の台詞の「ボクに乗りたいの?」が「You wana ride me, huh?」になってた。

そう、ボクっこを表現する手段英語にはないのだ。


また、02は「ボクに乗りたいの?」とは言うが「ボクに乗りたいのか?」とは言わない。一人称がボクであること以外は女の子の喋り方だ。もし「ボクに乗りたいのか?」だったら喋り方全体がより少年っぽく堅い、ひいては自己決定として少年的なそれの持ち主だということになる。「か」の有無だけでガラリと変わるこういうニュアンス英語では伝わらない。


02のような自信満々で攻撃的で実力のある女は英語圏では大人気なので02は大ヒットしているが、未だにボクっこだと気付いてない人が大勢いる(日本語音声で観てても結構聴き分けられないらしい)。もっといえば15のようなキャラニュアンスもっとからないのかもしれない。「謝らないで」と「謝るな」と「謝んな」はどれも全く違う。その一言だけでどんな類型キャラかとか16とどんな関係性かとか情報が大量に入っている。そういうのが英語翻訳するのが不可能だ。


どうも英語の会話を見ていると、そういうニュアンス表現力の乏しさは声の抑揚や顔の表情で補ってるような気がする。だから日本人だと芸能のクロウト以外はかなり一本調子の抑揚でしゃべるのに対して、英語話者は一般人でも声がかなり乱高下するし顔のジェスチャーが多い。

いやでもスネークボア日本語だとヘビじゃん

へび、おろち、だ、み、じゃ、だいじゃ、すねーく、ぼあ、ばいぱー、くちなわ、どくへび、ながむし

英語も蛇は色々あるけど、フィクションで使うには日本語の方がいろんなキャラや技や伝承表現やすいと思う

というか英単語をとっくにとりこんじゃってるのはずるい。ずるいけどちからだ。

「くじゃへびひめことぼあ・はんこっく」とかいキャラが平然と出てくる。

主語だけで示す方法が無いからといって、「少年が話すような英語文章」が無いわけではないでしょう

うーん

これについては最初に「少年のような話し方」と「女の子の喋り方だけど一人称だけボク」の、繊細だけど大きなニュアンスの違いについてをあらかじめ書いたんだけどなあ ゼロツーの台詞文章を全体的に少年ぽくしても「女の子の喋り方だけど一人称だけボク」なニュアンス表現されないよねっていう

ある。文字簡単さ。これには誰も反論できないだろう。

文字簡単なことってフィクションで優位ある?

王下七武海、九蛇の蛇姫こと”海賊女帝ボア・ハンコック

とか文字でモリモリと凄みとか中二分とか盛っていくこともアルファベットオンリーだと出来ないし

「ボク」と「ぼく」と「僕」で全部人格イントネーション示唆するものが違ってくる~なんていう使い分けも出来ないし


ハインラインの「夏への扉」、英語だとピート(猫)の鳴き声が、主人公真意確認する場面では「Now?」、

決意を促す場面では「Now!」なんだよね。日本語訳ではそのニュアンスが無かった

それ言語の壁じゃなくて訳者あかんかっただけでは


アニメくらいでしかみかけない珍妙一人称や語尾のキャラクターを取り上げてフィクションのくくりで言語の優位性を語ってしまキモオタ…これが若さ

アニメの喋りでのニュアンス表現力の話をしてるのに「アニメくらいでしか見かけない!」って

・ボクっこを例に取ったけど珍妙な語尾のキャラの話なんて出てきてない気がする


例えばふつーの社会人男性キャラ一人称について、ワタシかワタクシかボクかオレかだけでも

人格ニュアンスグラデーションが出るしハイコンテクストデータベースへの接続も開かれる

珍妙一人称や語尾に限った話をしてる訳ではないし、読み取る能力がある他の人は既にそれは理解してると思う

ネイティブ言語に対して表現力豊かで複雑なものである、と言う感覚を持つのは当然。

この人もそうなんだけど、

一応こちらとしては広く適用できる具体的な用法長所を述べているのだから

反論も具体的な英語長所日本語短所提示でなければ反論たり得ないのでは

具体論に対して具体的な反論なく「ネイティブからそう思うだけ!」とか「キモオタ!」では

読む価値が無い



正直言うと、

こういう乱暴エントリを書けば英語に造詣の深い人が具体的な反論ビシバシとしばいてきて英語についての勉強が出来ると思ったんだけど、どうも自分英語苦手です)と同程度までの英語力の人しかいないっぽいな

いっつも英語学習エントリが後で読むされてるしな

2018-02-03

anond:20180203180044

自分が褒めてもらいたいなら、まず先に他人を褒めることから始めなければいけない。

他人長所、素晴らしい行ないを見てしっかりと褒めてますか?

2018-01-24

私の周りは皆いい人と思えるところは数少ない長所だと思っている。

2018-01-20

anond:20180120082146

すごい参考になった。いい所を述べられるのって長所だわ

カネ目当てで結婚するのはひどいって言うけど

一般人は、それほど金持ちでもないし、美男美女ってわけでもないし、性格聖人君子ってわけじゃないし、スポーツとか芸術とかで特別な才能があるわけでもないけど、家族ってだけで好きじゃん。

人格普通長所お金ちなこと。でもお金以外も全部好き」でもいいじゃんな。

2018-01-17

anond:20180117210435

だいたい日本って、こんなに年齢で優劣競うような国だったか・・・

いま20代半ばぐらいの世代って、年齢ぐらいしか自分長所見いだせないからかね

anond:20180117185332

「僕の長所は勇敢なところです。これをご覧下さい」と言ってタグのついた(タグなんかついてないのか?)女性用下着を鞄から取り出す。

面接担当のおばさん社員は一瞬怪訝な顔をしたが、他の男性社員2人は笑って頷いてくれたし、なにより他の就活生の「やられた」っていう顔が効いたと思う。

それ以降もいくつかやりとりがあったが、扱いが変わったのがはっきり分かったので、部屋を出る頃にはもう僕は内定確信していた。

2018-01-15

anond:20180115192216

俺は大学バイトもせず学業いまいちで、サークルクイズをやってたのだが下手の横好きでてんで弱かった。

何も実績は無かったんだが、クイズに答えるよりも問題作成や裏取りが好きだった。だからテーマに関わらず何かを調べること自体が好きでやり通せますみたいなことをアッピルした。就活先の企業がそういう調査をやるところだったからな。で、補欠だったけど一応受かった。

さなエピソードでいいか自分がやったこから逆算して、俺にはこんな長所特性があってそれは仕事の役に立つみたいなことを言えればいいんじゃないかな。塾講やってたならテキストの読み込みやしゃべり方とかで、ちょっとは工夫したところとかあるでしょ。

実績でウソつくと後からばれる可能性もあるが、内面ならなんとでも言えるから、盛っても少なくともウソにはならない。

2018-01-14

ことわざデブスの美マン

俺の歴代彼女の中で初めに付き合ったデブスが一番美マン無臭だったこから転じて、現在では「一見優れていない人でも良い点を持つことがあるがそもそも発揮する場がないこと」「長所短所相殺されている状態」を指すことわざ

類語「豚に真珠」「人は見かけによらぬもの」「宝の持ち腐れ」「オタク巨根

2018-01-07

anond:20180107002400

固有名詞とかはさすがにアレだからなんか英文かにすれば?

そこそこ長い上に忘れにくいのが長所だと思う

2017-12-31

[]

今回は少年ジャンプ+読み切り作品感想をいくつか

『彼方のアストラ』が最終話から感想書こうと思ったけれども、細かいこと言い出すなら色々とあっても結論としては『良い作品だった』ってことになるから、まあいいや。

FLEAGHT-フリート-

ド派手なアクションシーンで楽しませながら、終盤にちょっとしたオチ

まあ終盤のオチは、あれがないと単なる「巨大生物に立ち向かう戦士たちのヒューマンドラマ」になって月並みからちょっと捻ってみましたっていう印象のほうが強いかな。

もちろん設定とかもちゃんとこじつけはいるけれども、大筋の描写がしっかりしすぎているが故の弊害かもしれない。

マッチョグルメ』の人が原作だってこと踏まえると、ある意味で納得。

ややもすると真面目に描きにくい話を、大真面目に描いてストーリーを成立させるっていうスタイルからね。

鬼の影

話の流れ自体は、良くも悪くも言うことなし。

いや、「良くも悪くも言うことない」ってのは、つまり評価していないってことになるか。

前半の話に読者を引き込んでくれるようなものがないし、後半はタイトルにもなってる『鬼の影』についての解説ほとんどだし。

坦々としているというか、陳腐というか、「設定垂れ流しマンガ」みたいになってしまっている。

「実は主人公は……」みたいなパターン定番だし、その展開も読んでいる途中ですぐに気づく。

展開が読めること自体が悪いとは一概に言えないけれども、それが作品面白さとは何ら関係ないってのは欠点だと思う。

絵も基本的に拙いけれども、鬼の影が登場する場面は割とサマになっている気がする。

カラーの力が大きいだけかもしれないが。

佐本家のニケ

ストーリーものってサクッと読めないか感想書きにくいけれども、テーマ最初からハッキリしていると、それだけで読みやすくて助かる。

粗探しをするなら、ニケはキャラクターとしては出来ているけれども、ストーリー上の役割としては舞台装置的でしかないって点かな。

超常的な存在なのに大したことをやらせいから、展開としてはあまり盛り上がらない、役割としての必然性が薄い。

もちろん主人公の心境が少しだけ変化するキッカケにはなっているけれども、その程度だったら別に似たような人格登場人物でも良いって思ってしまう。

ハートフルコメディ”らしいが、コメディ要素に関してはそこまで楽しいと思える要素が少ない(ハートフル要素に関しては異論はないけれども)。

はいえ描きたいことは理解できるし、作風演出のものケチをつけるようなところはないので、総じて手堅く纏まっているって印象。

ロストサマーメモリー

回想の代わりに動画の記録という演出を取り入れて、その演出がちゃんとストーリー上でも意味があったと分かる構成が良い。

この手の話ってオチが読めたり、判明した後だと途端に白けるんだけれども、本作はそれが分かった上でなお読ませる構成になっているのが上手いと思う。

オチ理解したうえで改めて読み返すと、カメラに映っている登場人物たちの言動とか、視点が見下ろしになったところとか、色んな箇所に恐怖を覚えるっていうね。

もう一度読み返したくなるっていう意味では、今回感想を書いた読み切りの中では一番印象的かな。

難点は、ちゃんと読み込まないと話を理解しにくい構成なのが一長一短といったところ。

色々と工夫しているのに、それが分かりにくいのは勿体無いと思う。

余談。常々思っていることなんだけれども、はてブホッテントリになる漫画って、いまいち基準が分からないことが多いんだよね(面白いかどうかって話じゃなくて、面白いマンガの中からホッテントリになるのはどういう類のものなんだろうって話)。ただ、今回のに関してはまあ分かる。やっぱりプロットキャッチーさがあると強い。

欲(仮)

特定のシーンとかしっかりキマっていて、絵の迫力も中々なのに、話の流れとか展開が不自然なところが多くて悪目立ちしてる。

セリフ選びのセンスというかセリフ運びもぎこちなくて、そっちが気になって目が滑る深読みするなら、一応この不自然さにはちゃんと理由があるといえなくもないんだけれども、ほとんどの登場人物セリフがぎこちいから、ちゃんと機能しているといいにくい)。

テーマ犯人セリフからして明瞭ではあるけれども、ただ喋らせているだけって感じ。

ときおり出てくる独特な表現プロットに馴染んでなくて、単なる賑やかし的な飾りにしかなってないのも気になるし。

演出意図希薄なのに目立つ表現って、悪目立ちに近いから読んでると戸惑う。

作風は色濃く出ていて、一つ一つの要素を抜き出して評価する分には面白いんだけれども、それらが一つの作品としては噛み合ってないなあって印象。

雨音く君の綴る音

こういうシチュエーションは、『言の葉の庭』を思い出すね(別にパクりって言いたいわけじゃない)。

君の名は』でメジャー級になるまで、新海誠監督いまいち大衆認知されない理由象徴するような作品だと思う。『言の葉の庭』って。

アニメーション表現力は圧倒的なんだけれども、プロットが退屈すぎるからね。

要人物のやり取りとかの繊細さ、空気感など、作り手の表現したいことを汲み取った上でなお退屈だった。

なんか『言の葉の庭』の感想なっちゃたけれども、なんでこういう話をするかというと、この漫画長所短所も大体同じだからだと思う。

身も蓋もないことをいえば、動きの少ない、劇的じゃない物語面白がるのは難しい。

ましてや本作は漫画から劇半やアニメーションがない分、漫画という媒体を存分に活かした表現や、よりプロット重厚で繊細でないと厳しい。

キャラ漫画とかだと、キャラクター性に振り切ることで緩和されるけれども、地に足の着いた登場人物たちが現実的世界観物語を紡ぐなら何らかのフック、エンターテイメント性のある劇的な要素がないと、どうしても盛り上がりに欠ける。

ど忘れゴッデス

漫画記号キャラであるゴッデスと、漫画記号取り巻きたちに、主人公イライラするっていう要はメタフィクション要素の強い作品

“こんなヤツ現実にいるわけがないし、いたとすれば絶対キャラでやってるだろ”っていう読者の共通認識コメディ主体にしているのは、取っ掛かりとして良いと思う。

キャラとかではなく、本当に忘れっぽいだけ」みたいなオチに逃げず、ゴッデスが最後最後やらかしたポカが、ネタを忘れるっていう展開なのも利いてる。

深読みするなら、結局ゴッデスがネタでやっているのか、素でやっているのか有耶無耶にしているとも解釈できるけれども、それだと話としてフワフワしすぎているか個人的にその線はナシかなあ。

それと、展開にもう一捻り欲しい。

漫画記号に対するツッコミ主体にするなら、それこそゴッデスというキャラや、彼女を持てはやす取り巻きの不気味さとか掘り下げられる要素はたくさんあるのに、ただ表面をなぞっているだけのストーリーになっているのが物足りないかなあ。

2017-12-28

anond:20171226145219

私もそう思う。ジャニーズコンサートとか行ったことないけど、「ありがと~、皆大好きだよ~!!」とか言われてわざわざ金払って騙されて陶酔してるのがジャニオタというイメージ別に好きなアイドルのことを理解しているというよりは、自分の知っている相手長所ばかりを並べ立てて実際よりも素晴らしい理想の人を作り上げているだけだと思う。実際に付き合えない、結婚できない相手からこそ欠点を見ることなく、永遠に理想の人でいてくれるんだろう。この人はファンを辞めるとか書いてるけど、それまでのジャニオタ活動で仲間を作ったりしていろいろ楽しんで充実した日々を送れたみたいだからそれはそれでいいんじゃない

2017-12-27

大学の利用価値

anond:20171227003911

もっと世界を知りたいと思う。

いままで自分ひとりで知識経験を積み重ねてきたけど、もう限界だと思った。

独学には「体系的に学べない」という決定的な限界がある。

から大学へ行こうと思った。

もっと世界を知るために、僕には高等教育必要なのだ

 

独学の成果

マルクス大英博物館図書室に通って学び、「資本論」を書いた。

ジョブズ大学中退して講義に潜り込み、勝手に聴講してデザインを学んだ。

 

教育機関で保持されている知見

大学に行かないと学べない分野は、今は限られていると思う。

 

それ以外の分野なら、ネット上のコミュニティーでも質問できる時代なので、座学(独学)でも学べるのはでないか

アカデミック雰囲気を楽しみたいなら大学へ行くしかいかもしれないけど、レジャーランド化してる大学では無理?)

 

海外留学

日本若者で、今から大学へ行きたい人たちは、費用が出せるなら、海外留学お勧めしたい。

海外でも生活できる能力を備えた上で、海外日本比較して、それでも日本に住みたければ日本に戻ってくれば良い。

日本しか生活できないか日本に住んでいるのと、日本が好きだから日本に住んでいるのでは、人生の質が大幅に違う。

どんな場所でも、長所短所がある。日本短所は閉鎖的な島国根性。(同じ島国でも、イギリスとは大分文化が違う)

 

言葉なんて、所詮意思伝達の道具でしかいから、基礎の文法さえ分かれば日常生活には十分。

海外武者修行を積み、たくましく育って欲しい。

日本国内外で日本人ネットワークを築き上げ、和僑の輪を広げよう!

2017-12-14

辛辣なコメントは愛から生まれる

なぜか?

相手幸福を願い、相手の成長を促すためには、ときには欠点を指摘しなければならない。癌患者には癌を告知しないと治療が始まらないのと同じ。

本当に辛辣コメントをしたいのなら、まず先に相手長所を誉めることから始めよう。

誉めても伸びなくなったとき、やっと欠点修正に入れる。そのとき欠点をズバズバ言ってさらなる伸びしろを引き出してあげるのが本当の優しさだろう。嫌われる覚悟がないとできない。

 

分かったらサッサと始めろよ?低能の特徴は実行せずに1日が終わることだからなw

2017-12-13

anond:20171212214436

社会人10年ぐらいやってますが、私も若いころに似たようなことがありました。私の場合取引先の納品に対して「結果に満足している」旨の連絡をしたところ、上長から「そのつもりはないと思うが、取引先に対して権高な印象を与えてしまう」というフィードバックいただきました。

根本的に、何が私にそういう発言をさせたか。今になって思うのは、当時は取引先にしろ同僚にしろ他人仕事をするのは当然だ」という認識を持っていました。そのため、極論すれば「仕事上のコミュニケーション意味が通ればそれでよい」とすら、無意識的には思っていました。

しかしながら、人間感情の生き物であり、たとえそれが義務だろうが契約で縛られようが嫌になったら仕事しません。むしろ仕事をしてもらえる、というのは文字通り「有り難い(=めったにない)」ことなのです。

そこで認識をまるっきり変えて「他人仕事をしてくれるのは贈り物だ」ぐらいに考えることにしました。そうすると何はともあれ、他人感謝することができます。もちろん相手仕事に不足はあるかも知れませんが、感謝念頭にあれば指摘するコミュニケーションも変わります

「○○してください」とつっけんどんに依頼するよりは、相手に主導権を与えて「○○は可能でしょうか」と相談するのがよいでしょう。そしてもし相手が実際にそれを実行してくれた場合は、「よく再現されてました」とか「満足しました」と評価するのではなく、「ここまで対応していただいてありがとうございます」と感謝しましょう。

上の態度は、まるで目上の人に接するような態度ですよね。実際には目上でないかも知れないのに。でもそうした方がコミュニケーションはうまくいきます

ちなみに元増田さんの文章を読んで、勝手ながら「論理的だけど、共感性が低い人」という印象をうけました。このタイプ元増田さんのおっしゃるような改善提案などでは人より優れた結果を出す傾向にあります。とりわけチームワークよりも個の力の比重が大きい仕事では活躍できそうです。今はコミュニケーションの壁にぶつかって大変だと思いますが、長所の裏側の短所を指摘されているだけなので、悲観的にならなくても大丈夫です。

2017-12-12

anond:20171212120537

気付いてもらえてよかった。また長くなっちゃった

お褒めに与かり光栄です。変に感傷的にならないように気をつけました。

相手がにこにこしてるだけで全然接し方変わるね。類を見ないほど居心地のいい時間を過ごせたし、最後の方は自分もびっくりするぐらいゆるゆるっと自然に甘えてて、本当にこの人と継続して過ごせたらいいのになぁって思った。相手エンジンキー挿したぐらいのところかもしれないけどね。次会うときもこうだといいなぁ。平常心で無駄意識しないようにすればきっとどうにかなる、はず。

素直で正直なところが長所であり短所でもあるタイプ心理学でもかじったのか、素でやってるのかはわからないけど、相手は手札全開で接してくるから面白いなぁと思ってる。つられて折りを見てしゃべるつもりの隠し事は今は黙っとこ、とか隠してることあります、って申告してる。もちろん人から聞いた内緒話とかは話さないけどね。

先週の土曜日相手がケガしてるから無理してたんだよね。約束取り付けた日も当日も念押ししたんだけど本人が大丈夫って言うし、でも出先で動けなくなった話とか聞いてると内心気が気じゃなかった。

それより前はどうとして。この人相手に限らず、◯◯して"もらう"って思うの気をつける。どうしても潜在的思考にくせがあるんだ。言い訳してないで治す。あと向こうも楽しんでくれているっていう確信がもてなかったからこういう書き方したっていうのもある。今回で9割方確信できた。

飲み行ったところはカウンターだったから隣に座ってたんだけど、口説いてるとき顔が…好みすぎて…直視できなかった…。けどちらっと見たらすんごい笑ってた。もったいなかったー!満更でもないってこの表情のことね。でももう向こうから口説かれるまで絶対口には出さない。態度は…漏れちゃうから難しい。気をつける。手繋ぐとかあざといモテテクとか小細工はバレバレだけど嫌いじゃないって言ってた。正直な人だ。

そういえば流れで向こうからクリスマスの話振ってきた。人肌恋しい時期だもんねーとか友達と話さない?って言われた。案外気にするのね。フリー友達同士で飲み行く約束してるみたい。

連絡の口実ありがとう

季節のイベントいいね。楽しそう。付き合ってたら自然にできそうだけど、落とそうとしてる段階だとどうなんだろう。誘い方の問題?双方喪中なので初詣はなしとして、お花見は誘ってみる。

情報交換。映画鑑賞共通趣味なんだけど、ジャンルが合わない。アクションとかアメコミ系に関しては向こうの方が詳しい。どっちも食わず嫌いしてたか相手おすすめ聞いて、観たら感想送ったりしてる。向こうの友達もそのジャンル好きな人いか劇場公開したらそっちで観に行くし、そこと被らなくて興味ありそうなところを誘ったらいいんだろうけど…それだけの制約かかると凄まじく難易度上がる。ひとまず2本誘っといたけど相手の都合もあるし、1月中に行けたらいいなー。

酔って連絡。自分以外の子がやるの見てるとすんごいかわいいよね。落とすためには恥も外聞も捨てるしかない。やるか。

帰り際、駅まで歩いてる途中で握手してもらったんだけど、(肌感覚?を知りたかった。けど馬鹿正直に話せるわけもないからそれっぽい言い訳した)すっごい手冷たくてびっくりした。あのとき自販機ホット飲み物でも買って渡せばよかったなぁと後悔してる。あざとすぎ?



あの振られた増田10歳下だったねー。早いうちに経験しといた方が後々楽だからね。拗らせきってるからからフラれたときのこと考えて今なら幸せなままで死ねるのでは!?まで考えてるからね。未来ある若い子はこうなってほしくない

anond:20171212124520

うち父子家庭だけどそういうの言われる度合いは母子家庭よりだいぶ低いと思う。親に感謝しなきゃいけない度合いって片親だろうが両親揃ってようが変わらんと思うんだけどなー。

多分に増田自身雰囲気もあると思うけどね。親のこととか聞きたくなるタイプなんでしょう。自立感がなかったり、親しみやすくてプライベートのことを聞きやすタイプだったり。これは悪いこととは限らなくて、長所かもしれない。

そもそも就活家族構成とか聞かれたことないんだけど(聞いちゃダメだし)そういうことを頻繁に聞いてくる保守的業界なら割り切らないとキツいよ。

母子家庭=かわいそう」の枠組みに入っとけば、細かいこと聞かれなくてすむし、なんとなくイイ子、助けてあげるべき子、としてとらえられやすいから、利用するつもりでいるのがいいと思う。

他人に家庭の事情なんかわかってもらおうとしなくていい。わかるわけないし、他人にそんなリソース割かせるほどの価値がある話でもないっしょ。

詮索されるのが嫌な時は「あ、うちお袋死んでるんで」「父子家庭育ちなんで」の一言で話終わるから楽やで。

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