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はてなキーワード: 無意識とは

2020-05-28

anond:20200528153844

いや、同じ恨みがましい増田でも男が書いたっぽいものと女が書いたっぽいものでは明らかに反応が違う

お前が無意識なだけ

長年謎だったことが分かった。私の文章って女性が書く文章だと思われてないかつまんないんだな。ふぇみの人達の書く文章に男の人が話しかけているのは彼女たちの文章からほんのうっすらと香水のような女性特有のいい香りがするんだろう。私にはまったくわかんないんだけど。ここで文章匿名で書いてみたし、ついでも書いた事あるけどあんまりかみつかれたことなくて寧ろ私の方が男の人に話しかけることが多かった。

私の周りの女のクラスメイトはいわゆる世の中で言う普通でもブスでもちかんに遭っていた。私にはわかんないけど、彼女からもいい香りがしたんだろうな。私はちかんにまったくあったことがない。むしろちかんというか男の人に恐れられていたな。私の目の前に男の人が立つと、目を合わせない。というか体をこちらへ向けない。

男の人は自然といい香りのする女性のもとへ行く。自動的に。これは、ブスとか美人ではない。明らかに美人視覚でわかる人のもとにも来るけど、独特の匂い自動で嗅ぎつける。まるで彼らは珍しい蝶を追いかける子供みたいに彼女達を見る。無意識から自分の行動がへんなことがわからない。もちろんそういう女の人もいるんだろう。なんか少し羨ましく思う。彼女達はどんなに高尚な話をしてもツッコミどころがあるしスキがあるのだ。だから男がほうっておけない。私にはあんま無いみたい。男の人と同様に話せるようになれば男の人と仲良くなれるのかと思っていたんだけど、違うみたい。彼らは彼女達みたいな女と話したいのだ。

容姿差別容姿主義

お前ら芸能界自分価値観決められて悔しくないの?

今の流行広瀬なんとかと橋本なんとかだよね?

ついには商売のために男にメイク用品買わせようとしてるね?高須AKBはタッグ組んでるね???

世の不細工とされてる者ほど金を奪われるけど、反旗を翻そうとは思わないのだろうか。

「軟弱なオタク」の型に嵌って荒んでいく友だちが沢山いるのだが、あいつらの素のままが好きだったんだよ

(今は疎遠、みんなコンプレックス拗らせる)

細くないとダメって意識は人々を無意識拒食症にする

冴えないとされる男は流れるように腐っていく

個人個人の顔、体型は尊重されて、どうしても酷い場合だけは「顔を捻じ曲げてもしょうがない」という意識を持った社会になってほしいと切に願う。

自民党夫婦別姓に反対する理由を正直に言え

俺が不思議に思うのが、結婚した夫婦の96%のケースで女性側が姓を変えていることだ。結婚したら女が姓を変えなければならないなどとは何処にも名文化されてはいないのに、なぜこのような実態になっているのだろうか?実際俺は結婚する時、どちらの名字にするか妻と相談した。妻が姓を変えたくないというなら、俺が姓を変えることもやぶさかではなかった。しかし妻は、「いや、普通に夫の名字に変えるよ」と言った。自らの姓にこだわりがないのかもしれないが、俺にとっては若干拍子抜けであった。「結婚したら女性苗字を変えるもの」と刷り込まれているのかもしれない。

昨今、選択夫婦別姓が取り沙汰されることが多くなってきたが、これに強硬に反発しているのが自民党である。曰く、夫婦同姓は家族の絆の証、別姓などというものを認めれば家庭が崩壊するというのである。では、外国人との結婚で別姓を認めているのはなぜか?別姓が主流の外国では全ての家庭が崩壊しているのか?そもそも日本でも明治以前は別姓、というか姓すら無かったのではないか?もはや自民党には公にはできない別の理由があるのではないかと勘繰ってしまレベル陳腐な反対理由である。もし現在強制的夫婦同姓を続けるというのなら、結婚した夫婦の半数は男が姓を変えるようにすべきではないのか?社会同調圧力女性側が無意識に姓を変えることを受け入れているとしたら、これは暗黙的な男女差別に他ならない。夫婦同姓ならぬ夫婦男姓だ。もし現在夫婦同姓が真に男女平等制度だというのなら、役所婚姻届を提出する際、所員がサイコロでも振ってどちらの姓にするか決めるようにすれば良いのである。そうすれば50%確率で男が姓を変えるようになり、真の意味での男女平等自民党の言うところの強固な家族の絆が結成されるというわけだ。

自民党disるような物言いになってしまったが、俺は別にアンチ自民党というわけではない。むしろ金融緩和によるデフレ脱却を目指した経済政策アベノミクスについては評価している。ただ多様性を認めず、頑なに強制的夫婦男姓を固持する姿勢に疑問を感じるのだ。自民党側に夫婦別姓を導入できない真の理由があるのなら、正直に話して欲しい。

追記比率修正しました。指摘ありがとうございます

すみませんおはようございます

職場スピーチ今日の人がこう言って始めた。

すみませんおはようございます

今日一日、なぜか頭にこびりついて離れなかった。周りは誰も気に留めてもなさそうだったけど。

日本人すみません多用しすぎ問題。たしかに、謝罪感謝、呼びかけと用途は多いけれど。「すみませんおはようございます」は初めて聞いた気がする。「すみませんおはようございます」って、何だ?

でも、今日たまたま人の言葉に気付いただけで、自分意味不明な「すみません」を無意識に口にしているような気はする。

2020-05-27

anond:20200527112228

認知される」と「求められる」を男女で表現変えてるのが無意識だとしたら大したもんだよ

男は「認知される」どまりで女は「求められる」ものだと体感でわかっているんだろう

それは事実

普通に生きているだけの男はまず「認知される」というのがハードルで、誰にも認知されないとホームレスになって死ぬので、生きていくためにそれ以外の価値を産み出し世界から認知される」必要がある

女は生きているだけで認知絶対にされる。認知されるので無視されないし福祉保護でも真っ先に対象にされる。無条件に世界から認知を受け取れるので、その次の「求められる」というところに条件を見出す

anond:20200526221849

天気の子の帆高は無意識で殺ったから罪には取れないだろ。何人死のうが。

あきらめろ。

2020-05-26

無意識痴漢して捕まりたくないから在宅勤務を続けさせてもらおう

anond:20200526114711

言いたいことは分かるし、私もTwitterをやめた身なので実感として伝わってくる部分もある。

だけど、ついてきてくれた人、なんらかの事情で見ることがなくなった人、みんなそれぞれ人なわけだし、増田だって垢を放置してる間人気の人のツイート見てなかっただろうに、「5000人に嫌われても」って突然ひとまとめにして悲劇のヒロインみたいなこと書き出したり、世界だ億だと強調して語り出したりするのがちょっと……自分に酔ってる感が……。

これから関わってく人には無意識マウントしないように、発する言葉には気をつけた方がいいと思う。

anond:20200525233944

自分プリンそんなに好きじゃないのでゼリーでもいいじゃんって思ったことあるクチだが、ゼリーは色々なフレーバーありすぎるからそこで設定や属性無駄に増えてしまうから、って結論に至った。

それ故アニメ漫画なら、色や見た目の指示を出す手間もかかる。

受け手の方も、

なんでわたしいちごゼリー食べたの!→いちご好きキャラか。双方ともに。

なんでわたしゼリー食べたの!→(ひとくちサイズのアソートを思い浮かべて)全部食べたのか、それともひとつ無くなっただけでわかるぐらいチェックしてたのか…

などど無意識に色々な雑念が浮かんでしまう。

そこで、ある程度共通イメージがあるプリン採用され続けた結果、プリン以外のもの選択するとそれだけで特殊属性ひとつ増えてしまうぐらい普遍的ものになったのが、現在

anond:20200526114914

無意識に人を差別して叩かれた時に誤解じゃなく真正差別主義者でしたなんて言えんだろ

誤解です。本心じゃないんです。くらいの弁明させてやれよ。

「女は頭が悪い」という先入観を持たれて嬉しかった

フェミニストがよく言うこういうやつ。

「男の人は、無意識レベルで女は頭が悪いと思い込んでいてそういう発言をする、これは大きな女性差別だ」

みたいなの。

女の私からしてみれば「何が悪いの?」っていう感じでいる。

増田IT業界に勤めているが、この業界はかなり男性比率が高い。男ばかり。女がグループの中で1人しかいないという場合殆どだ。

女は頭が悪い的なちょっとした偏見下地にある事は知ってる。実際多分自分もそうみられているだろう。

しかしこれはむしろプレッシャーがない」という特大メリットであると感じるのだ。

私は社会人になるまで常に「優等生」というやつだった。

小中高、成績優秀で品行方正な優等生クラスの最高点が発表されると皆いつも自分の点数を覗きに来た。

どの習い事教室でも一番上手にそれをこなした。発表会ではいつもトリ。先生にいつも周囲より一つ上のレベル要求された。

バイトを始めればたちまちリーダーになる。趣味を始めればその世界でも上達が早いとたたえられてきた。

から常にプレッシャーに苦しめられてきた。

「次も1番でいなければ」と思う。「失敗することは許されない」と思う。

例えば2番を取った時、「2番だなんてすごい!」ではなく「1番になれなくて残念」という感想になる。

必ず自分はすごくなければならないと思う。周囲もそれを要求する。

この生活を15年とか過ごしていると、本当に周りから、それ以上に自分から要求される完璧主義に徐々に耐えられなくなっていった。

そんな私が社会人になったのが去年の春だった。

新人研修で成績1位になると、同期からリーダー扱い。早速上司からも「この子は優秀だ」みたいに言われるようになった。

早速自分スタートダッシュを失敗してしまった。気楽にやろうと肩の力を抜いたはずがやはりこうなってしまった。

しかしそれでも新人新人常識知識も足りない。

いくら同期の中で持ち上げられようと、この道十数年というベテランの前では赤子同然。

考えが及ばないことばかり。社会常識にも欠けていて、失敗もする。

その時自分完璧主義を崩してくれたのが、「新人からしょうがないよね」ではなく「女だからしょうがないという無意識ベース心理」だった。

そのチームの中でたった一人の女。若手男性比較しても先輩たちは明らかに優しく教えてくれる。ダメな事をしそうだと先回りしてくれる。先に帰って良いと言ってくれる。間違えても怒らないでいてくれる。

気が楽だった。

頭が悪いと思ってもらえるって、こんなに楽だったんだ……。

生きるのが一つ楽になった。

からこそ「男だから優秀でなければ」と思いつつ優秀になれない人の悲しみは計り知れない。

女という免罪符がないのだから。ただ女であるだけでプレッシャーが緩和されるのだから。それがないのだから

そしてフェミニストがわざわざ「女は頭が悪い」という意識撤廃しようとする意味が分からないのだ。

言わなければいけないことは「男も頭が悪いことがある」あるいは「優秀じゃなくてもいいじゃない」であり、

「女は頭が悪くない」ではないはずだからだ。

そんな頭がよく思われて、どうしたいのだろうと思ってしまう。

かに「女の言うことは全部ダメ!」レベルの過度な昭和価値観は令和にいらないと思うが、多分その範囲のことのみを言ってる訳じゃないだろう。

優秀だと思われることは、思うよりつらいことだと思うのだけど。

anond:20200526061620

俺はWord普段使わんからそういう不具合があるのかどうかは知らんが、それ以外で勝手IME選択が戻ることなんて最近は遭遇した覚えがないな。

ちなみに現環境Windows 10。98の頃からPC歴はあるが、自分キーボード切り替えのショートカットキー無意識の内に押しているとかじゃないか

Alt+ShiftWin+スペースだが。あるいはキーボードの詳細設定でアプリごとに入力方式を変える設定にしているとか。

懐古

たぶん癖みたいなところはあって、自分ブラッシュアップとかいうのも違う気がするけど、どうせなら日々成長というか昔の自分よりは多少マシになりたいなあと常々思っているからか、脈絡なく懐古し始めることがよくある。

過去の嫌な思い出って、意外と海馬に蓄積されちゃってたりしませんか?私はするんですけど()、ただ、どうせなら嫌な思い出に新しい解釈デコレーションして、ひとりよがりにならないように、嫌な感触が少しでも減るように、加工したいなあと思っていて。

そんなことをやっているうちに、あのイベントは気付いたら昇華してたな、そういえばあの時のアレは自分にも非があったな、相手からたらこう見えていたかも、とか言って、自分の中で過去のヘドロと、過去自分と折り合いをつけていく。

少し前から、私は実家から離れた環境に身を置いていて、親とも、多感な思春期をともに過ごした友達とも、ありえん可愛いマイエンジェル(飼い猫)から距離をとった生活をしている。

しかもこのご時世。やるべきこと自体はたくさんあるけど、引きこもっているからか思索の海に潜りやすい。とはいっても、これまでに潜りすぎてほぼ海を開拓しきってしまたから、最近はもっぱら世間タイムリー話題に手を出してみたりして(本当は都度文章化して整理しようと思っているけど筆が進まず)(そのためにこれ始めたのに)(暇を拗らせた)。

ただ、思索の海にダイブしているのはどうやら私だけではなかったみたい。

学生時代の同期から突然電話がかかってきた。話を聞くと、昔喧嘩したときに言い過ぎてしまった、と、ずっと思っていたけどタイミングが無くて謝れなかったことが引っかかってたから、謝りたい、とのことだった。


??????あっごめんそれ私もう解決したと思ってたwwwwwwwwww


というわけで、そういえばこうだったね、そんなこともあったね、若かったね、と昔話が満開になったもんで、しみじみしつつ、なんかちょっとセンチになったので、整理してみよっかな、と改めて海馬を旅しつつ旅の記録を。


当時は色々すごかった。とにかく皆のコンディションが悪かった。学生時代(人によっては人生)最大といっても過言ではないほどのストレス環境に皆が身を置いていたし、そんななか自分さらに不幸続きだったり、人生に迷走していたり()で、少しでも落ち着くためにか諦めが早くなったりして。

そうやって当時の自分なりに現実に折り合いをつけていたつもりだったけど、あくま自己満足に過ぎないそれは、自分に余裕をもたらすどころか、ただ心の柔い部分にメッキをしまくっているだけで、しかもそんなことは自分しか知らないから、外から見たら、行き過ぎなくらい友達想いな自分親友から見たら、どんな風に感じたんだろう…だなんて考えもしなかった。

先に友達の方に限界が来た。少しずつ私への風当たりが強くなって(きっとそれは無意識だった)、遂に表情にも露骨に出るようになった。そこまできて、今度は私に限界が来てしまって、しかも無理矢理メッキした心にはヘドロ満タン、その場こそなんとかやり過ごしたけど、後になってラインで大乱闘の火蓋を切って落としてしまった。任☆堂もびっくりなくらい、お互いに、皆が皆、それはもう暴れに暴れて、私のライフはゼロどころかむしろマイナス、もう後には引けなかった。

私たちはこのあと違う道を行くことは皆わかっていたけど、あれだけやりあったから折り合いなんてつくわけなくて未解決のまま終わったし、ここでそのまま喧嘩別れになるか……

と思いきや、道が分かれる直前に、友達最後に直接話したい、と言ってくれた。(正直どちらが誘ったか覚えてないけど、たぶん友達)

私がそうだったように、友達にもこのままじゃいけない、という思いがあったのか(だといいなあ)、二人でお茶した。

まーーーーーーーあ喧嘩話題には触れない!引くに引けなかったのもあるし、気まずくなりそうだったから。あの喧嘩は、当時の自分たちが譲れないもの同士のぶつかり合いだった。道が分かれることが分かっていても、そう簡単に折り合いなんて付けられないし、引っ込みもつかない。

結局喧嘩話題や、ごめんねの言葉はお互いに出ないまま、関係ない他愛ない話をして、元気でねって別れた。

ただ、その時点で自分の中では、わだかまりほとんど昇華されてしまった。もちろん全部ではないけれど、このままもう話すこともないんじゃないかと思っていた身としては、話せただけでも大収穫だった。また話せるようになった、それだけのことが、すごく大きかった。

そのあと自分環境人間関係摂取する情報に沢山の変化があって、自分の考え方も変わった。

あの時友達に指摘されたことは間違っているけど、当時の自分はそう誤解されても仕方ないような態度だったなあ。

仲が良かったからこそ、我慢ならなかったんだろうなあ。

仲が良かったからこそ、言わなきゃ気が済まなかったんだろうなあ。

気付いたら、あの時の喧嘩の落としどころが見つかっていた。皆、何かしら拗らせていたし、何かしら青い部分があったし(青さしかなかったという説もある)、皆が皆悪かった。

この時はまだ、喧嘩の時に言われたこと、その前やその後にやられたことを、許すつもりなんて毛頭なかった。ただ、それは相手も同じかもしれないし、許す許さないは別にして、総合的に見たら友達として好きだから友達付き合いはしていきたいなあ、と思えた。

落としどころが見つかったあと、無事に食事に行くことも出来たりして、色々な花が咲いてすごく楽しかったし、友達も楽しそうだったし、お互いにまたしばしの別れを惜しめていた。

から、てっきり、あの喧嘩はこれで手打ちになって、これからも緩く友達やってくんだろうなあ~と気楽に考えていた。てへりんこみたいな。


経験は人を変える。自分で十分実感したつもりだったが、まさかたこ気持ちを味わうとは思わなかった。

友達は、学生当時に私を襲っていた不幸のうちの一つに限りなく近い経験をしていた。辛さ、悲しみ、面倒臭さ、疲労感、その他にも沢山の負の感情がごちゃ混ぜになったような気持ちを味わっていた。そして、そういう思いを知って、いざこのコロナ禍で思索の海に潜っていたとき、あの時の喧嘩を謝れなかったわだかまりにぶつかり、そういえばと、私の身に起こっていた、自分が以前経験したその不幸を思い出し、ある程度年齢を重ねた今ですらこんなにしんどいのに、学生だった私はどれだけしんどかったんだろうか。ただでさえストレス環境下にいたというのに、こんなしんどさも味わっていたなんて。という思いに行きつき、居ても立っても居られずに、ただあの喧嘩の時の言い過ぎを謝るためだけに、私に電話をかけてきたのであった。

知ってはいたけど、改めてこの人と友達になれて良かったなあと思った。そして、まだ私はひとりよがりだったのか、と思い知らされた。

実は私は道を分かつ前に既に友達に謝っていて、というのも、納得がいっていない部分も多かったが友達自分を思って言っているのはわかっていたし、色々と拗らせている自覚もあったからだ。友達も私を責めるスタンスであったし、私が謝り、その後も交流が続いていることで、一応は解決した案件だと思っていた。折り合いをつけたけど許せない言葉については相変わらず許すつもりはなかったけど、これは分からない人には分からない感情だし、仕方ないかとも思っていた。

しかし、わだかまりがあったのは友達もそうであったのだ。そして、当時の私を襲っていた不幸の類似経験したことで、その感情を知った。

歳を重ねると、なかなか素直になれないし、当時責めていた相手に謝るというのは殊更に一歩が出ない。たとえ相手気持ちを痛感するようなことがあっても。でも、思い立ってわざわざ電話をかけてまで謝ってくれた。

驚きすぎて間抜けな反応をしてしまったのは本当に申し訳ないが()、改めて私も謝り、そして感謝した。友達が謝ってくれたこと、当時を振り返られたこと、知ることが出来なかった事情を知れたこと、懐かしい話が沢山出来たこと。

あの時知ることが出来なかった友達の思い・事情を知ることが出来て、友達も私と同じような感情を知っているとわかって、それでやっと、私のわだかまりも完全に昇華することが出来たのだ。

友達も私もスッキリ出来た。(不覚にもちょっと泣いてしまった)

本当にこの人と友達になれて良かったし、この日を迎えるまでに自分が成長していてよかった。

これからも頑張れる気がする(チョロい)。

2020-05-25

テラスハウスを観る人はバカ

私には友達ほとんどいない

高校大学も、そのときなんとなく一緒にいた人はいたけれど、職場だって変わってしまえば、それきりの関係しか築けなかった

そんな去年、Netflixテラスハウス を知って暇つぶしに観てみた

揃いも揃ってみんな若くてキラキラしていて、素敵で素晴らしい経歴や肩書きを持つ眩しい若者

そんな彼らはどういう生活を送っているのか知りたくて、一気に観あさった

若い美男美女でも

家事をまったくしなく気遣いがない人は距離を置かれる。

自分に自信があっても異性の布団に入りにいってはいけない。

いくら格好良い人でも、好きな異性を目で追いかけているのは度が過ぎると怖い人になる。

自分の考えを無意識にも押しつけてしまうと、周りが気を遣わざるを得なくなり、すごく傲慢に映ってしまう。

の子もいいなこの子もいいなと気が多い人は、信用ならない。

当たり前かもしれないけど、そんな人間関係をじっくり観察?できて、とても勉強になった

カメラを回されながら、きちんと話し合い?をしてる姿は本当に建設的で偉いなと思った

リア充暮らしを覗き見しているような感じが楽しみだった

かといって、未公開とかYouTubeとか、メンバーSNSには全然興味がなくてというか、別次元の人だなという意識だったから、知らなくて観たことがなかった

でも、今回の事件で初めて知った

まさかSNSでこんなにひどい言葉を突き刺されているなんてまるで知らなかった

すごく衝撃を受けたし、やりきれない思いだ

なぜそんなにヘイトをぶつける気持ちが出てくるのか?

誰のためにヘイトをぶつけるのか?

人を傷つけたい意思はどこから出てくるのだ?

視聴者出演者に何を言っても赦される?

意味不明だし、バカしか思えない。

そんな視聴者が多い番組を好んで観ていた私はバカの一員だ

こんなにも辛い思いをして、無念な結果になってしまった彼女に、得体の知れない後悔と重苦しい気持ちがないまぜになっている

冥福をお祈りいたしま

もう、テラスハウス は観ないよ

僕ヤバ:山田はい市川・・・

自粛生活電子書籍コミック)の購入量が増える中で「僕ヤバ」にはまったのだが、40過ぎのおっさん思春期ラブコメをみてニヤニヤする様はとても見せられた物ではない。

妻とも娘とも共有できないので、匿名で吐き出そうという訳です。

山田はい市川を好きになったか問題

3巻の発売を控えて在宅勤務中にニヤニヤと関連情報を集めていると、こんな文章が目に入った。

市川はともかく、山田はい市川を好きになったのか?」

え、そりゃまぁ2人の交流が深まるにつれて徐々に、なんだろうけど。

少なくとも雨ガッパの話の時には好きだったんだよな?市川を待ってたわけだし。

とか思いつつ読み返してみたが、確かにこの時点で山田市川好意を持っているというのは腑に落ちない。

twitterから入ったので無意識に同じノリで考えていたが、この漫画は「距離・変化・気づきを丁寧に描いていきたい」と作者が言っているし、某高木さんや長瀞さんや宇崎ちゃんのような「都合いい好き」ではないはず。

偏見です。読んだことあるのは高木さんくらい。

なので、ちょっと確認してみた。

よくいる陰キャ男子

物語の開始時点で、山田にとって市川は誰でもない。かろうじて「たしかクラス男子だ」と分かる程度だ。

5話までにいくらかの交流があったが、名前を覚えた程度だと思う。

山田個人としての市川認識したのはおそらく6話(ナンパイセン回)で、市川がそれまでの傍観者立場から踏み出した事で、山田世界の具体的な登場人物になった。

クラス男子クラスメイトの市川、に昇格。

実は優しいやつ

その後13話まではクラスメイトとしての交流が続くが、それまでの市川から一方的な観察とは違い双方向でのコミュニケーションが増えている。

そして14話、体育の授業で山田は鼻を負傷、不安と悔しさに涙を流す。

市川はそれを見てなぜか自分も涙を流し、山田が好きな自分に気が付く。

続く15話では廊下で涙を拭く山田ポケットティッシュが切れた事に気付いた市川図書室に先回りして「ご自由にお使いください」と大量のポケットティッシュを配置。

山田にはバレバレだったようだが、市川の隠している優しさに触れて元気を取り戻す。

山田が鼻ギプスをしている15~17話では山田は鼻の負傷やバスケ部の退部でめずらしく弱っていて、しかもその弱さを友人にも出し切れていない。

その弱さの出口として市川の優しさに甘えたのが16話(自転車二人乗りパピコ回)で、結果として互いに少し気ごころを知ったように見える。

クラスメイトの市川友達 or 陰キャだけど実は優しいやつ、に昇格。

ちょっと気になる男子

その後プルーチェマックで遭遇、飴の弁護と、今までより濃い交流が続くが、あくまで仲のいい男子、という感じだ。

そして問題の雨降り回。

ここまで振り返ってみて、やはりこの時点で山田から市川への好意があるとは思えない。

市川好意山田が気付いているのでは?という意見もあるようだが、この時点でそれを感じているとしても単に「男子女子一般に寄せる好意」くらいにしか思わないのでは?

じゃあ、この雨ガッパ貸してイベントは何だったんだろうか、というと、市川モノローグにあった通り「イベントを楽しんでいる」のだと思った。

突然の雨にリア充たちが相合傘イベントを楽しむ様子を見て、仲のいい男子市川)と、ちょっと「君オク」的な恋愛イベントごっこをしてみた、というような。

その結果意外とドキドキしてしまい、市川は「ちょっと気になる男子」に昇格したのだと結論

その後職業見学当日までの2話、原さんと恋バナをしたがったり、神崎君が原さんと同じ班になれるように市川に目配せしたり、山田と同じ班になるためについた市川の嘘を見抜いてからかったり。

気になる男子ができた事について、山田は無邪気に楽しんでいるようだ。

そういえば、山田陽キャ市川とも物怖じなく話しかけていて男友達普通にいそうだが、少なくとも市川視点では、山田と他の男が話しているところは見かけない。

(向こうからしかけてくるナンパイセンが唯一の例外

じつは、山田本人の人生恋愛っぽいものが入り込んだのはこれが初めてなのかもしれない。

特別男子

で、その後は職業見学図書室でお菓子バレの危機なんかがあって、山田市川自分を想う気持ちにも自分市川を愛しく思っている事にも気づいていくわけだが、その辺は疑問の余地がないので特に

3巻では市川から見ると片思い山田から見ると両想い、という状態で、山田が進展させようと画策しては市川勘違いすまいと一歩退く、ツイヤバのニヤニヤ展開が続くのだろう。

で、1週間読者の胃をキリキリさせた42話・・・

早く6月にならんかな・・・!!

Kindleの方でも特装版が出ないかいなーーーー・・・っ!!

2020-05-24

みんなのの同人ヒエラルキーものさしが知りたくなった話

https://note.com/komatsuna777/n/n1d69e89f8c59

「私にとってBLNLだもん!」とか言われると「あ゛?」となる件について



※この記事では便宜上男女CPのことをNL表記する個所がそこそこあります差別的意図はありません

このnoteの人はとりあえず既に何人かから言及されているようにネットのない所でおいしいものでも食べて心をいやしてほしいなあと思います

それはそれとしてこれを読んでてひとつ気になったのが「二次創作世界の謎ヒエラルキー」に関してです。

今でもほんのり名残はあるけど、

男性向け>>>>>女性向け恋愛なしオールキャラほのぼの>>>>BLCP>>>>>男女CP>>>>>>>>>>>>超えられない壁>>>>>>夢

ってヒエラルキーは確実にありました(※2)。なかったとは言わせないぞ。男性オタク女性二次創作全般を叩くけど、女性向け同人世界ではBL二次創作者は男女二次創作者と夢者を叩きまくってたじゃん。ついでに言うと男女の二次創作の人も夢の事は叩いてましたね。「叩いて【た】」って過去形にしたけど夢は今も叩かれがち。

っていう記述があるんですね。

で、自分はこの謎ヒエラルキーというのは全く感じたことがありません。

もちろんふわっとした「男性けが一番偉いんだ」とか「BLや夢は下に見られている」という認識はありましたが、男女CPBLCPより下に位置しているなんてことは思ったこともなかったですしBLって夢と同列で最下位争いしているダーティジャンルってイメージしかなかったんです。

から「夢は昔から叩かれてた!」と嘆き怨嗟煮凝りみたいになっているご本人の感覚否定したり歴史修正をするつもりはないんですが、自分とこの方でどうして同人ヒエラルキー認識に差が出たのか疑問に感じたわけです。


まず当時の自分同人ヒエラルキー認識についてですが、おおざっぱに書くと「男性向け>男女CPCPなし年齢制限なし>BL≧夢」です。自身属性としてはBLNLも嗜む腐、というのが近いかと思いますGL自分から見に行くことは少ないですが嫌いじゃないです。

BLと夢については底辺の腐がドンケツになりたくないからと叩いてもいいものを探した結果押し付け先として夢を選んだ、といったような感覚でして、腐としては夢を下に見ているけれど夢の人は夢の人でBLを下に見ているし男性向けとか男女CPやってる人からしたらどっちも等しく最底辺なんだから仲良くしなよくらいの認識をされている、と思ってました。

そしてこの方が仰ってるような「夢BL者は夢NL者をさらに下に見ていた」ですが、この感覚も食い違ってまして、男性主人公で更にエロとかあるような夢BLとか底辺たる夢の中でも更に下位では?という感覚でした。

で、どうしてこういった順位付けをするに至ったのか今の視点から推測しますとだいたいこんなところかなあと思います



生殖できて多数派である男女の関係の方が男同士の関係よりも「上」であるという前提があった

子供が産める方が偉い、という認識ですね。いくら真実の愛だとかなんだとか綺麗ごとを言ったところで同性での結婚が主流になれば人口先細りで滅亡します。個人事情を優先して人類未来を食いつぶすような同性同士の恋愛いくら誤魔化したところで上にくるわけがないだろ、みたいな認識です。

もちろんそういった認識はめちゃくちゃ乱暴ですし、そもそも生物学的に子孫を残せる異性恋愛は主流ではあるものの同性同士での恋愛をするグループ一定割合で生まれるのが自然なのでそこに序列を見出す意味がないとかそういう話もあったりするんですが、ともかく当時の自分は無邪気にそういう認識をしていました。

BLと実際の同性愛は違うし実際の同性愛であれば見下していいかと言えばもちろんそんなことはありません。

とにかく、BL好きな人は案外多いんだとか、オタク世界ではBL愛好者が多いとか、そんなもの順位には全く関係してこないんです。というかオタクという狭い界隈でいくら人口が多くたって一般人様の感覚=異性恋愛(という認識をしていた)の方が上に決まってるだろという認識でした。

からBLの方が尊いとかBLは偉いとか言う理論を聞くと、今は別の理由から「何言ってだお前」と思いますが当時も当時で無邪気な差別意識根底に「何言ってだお前」と思ってました。

前提が「BLはド底辺」でありそんなBLを好きな自分は「ド底辺人間」であって「ド底辺人間いくら集まろうとド底辺であることに変わりはない。クズいくら増えてもクズのままで急に善人になったりしないのと同じ」という自虐意識の塊だったんですね。

からするとこじらせ具合半端ないと思います



腐女子は常に何かに怯えていた

内圧も外圧もそれらが複雑に絡み合った結果のよくわからない何かもまあ理由は色々とありましたが、とにかく腐女子って周囲のことを敵だと思って常に何かに怯えているものだという認識でした。

マナー違反に怯えて謎マナーサイト流行するし腐叩きに怯えて検索避け流行するし、ダミーエンターとか無断リンク禁止とかオンラインブックマーク禁止とかもうめちゃくちゃ懐かしいです。

それだけ常に何かに怯えている人たちが上にいるなんて意識欠片もありませんでした。

ところで自分別にBLだけではなくむしろ王道主人公×ヒロインとかは大好物でして、そういうサイトなんかも見ることがありました。

で、自分観測してきたいわゆるNLサイトってまあ女オタク特有空気感みたいなものは確かにありましたけど、一般人から隠れるために検索避けしなきゃとか、我々は背徳者なんだとか、そういう類の恐れというのはBLサイトほど臭ってなかったんですね。

いわゆるサーチサイトとかからリンクをたどって、みたいな感じじゃなくてふつうロボット検索から調べて見つけて入るし、日記検索避けガー一般人様ガーとか書いたりしない。

もちろんジャンルでそれぞれ事情はあるかと思いますし、叩かれて潰されたサイトだってあったのでしょう。また、閲覧者から観測できない裏側では色々とあったのかもしれません。

自分サイトを探す手段ロボット検索に寄っていたので、結果的オープンサイトを見る割合が多かったというのもあるでしょう。

しか自分が見て来た範囲だと圧倒的に男女CPを取り扱ったサイトの方が圧力を感じないつくりになっていました。ですから判断自然観測結果に基づいた「男女CPの方が自由」という認識になっていきました。

CP違いによる宗教争いはある意味ではBLよりヤバかったかもしれませんが)



夢小説界隈は「虐げられる弱者」ではなく「底辺争いの戦争相手」だった

夢小説好きな人たちが自分から底辺に収まっていたら恐らく明確に夢小説を「下」だと思っていたのでしょうが夢小説好きな人たちがじゃあ「自分達はBL様より下でございます」なんて言っていたかと言えば当然ながらそんなことはありません。そもそも一方的に見下す過激派腐女子の方が大いに間違っています

それこそ「異性間での正常な恋愛を楽しんでいる私たちBLなんていう同性同士の恋愛を取り扱うような人たちに下に見られる言われはない」くらいの認識の人もいたんじゃないでしょうか。そういう主張は見ました。それはそれで大間違いではあるんですが。

実際問題過激派女子によるBLバッシング自体はそれこそ自分記憶しか残っておらずログ提示できないのですが、私の認識としては「存在しました」。

なのでそういう意味では「夢女子BL叩きをしてきた歴史をなかったとは言わせねーぞ」と思う感覚も皆無ではないです。

ただ、結局のところこのあたりってお互いに過激派が暴れたせいで問題点ばかり目に映っていたのではないかとは思っています。そして母体数のでかいBLが周囲を叩いていた割合は他の母体数の少ない属性で見るよりは多いんだろうなとも。

なので元記事の方の認識は、まあ認知の歪みはあるだろうなとは思ってますが、たぶん概ねあってるんじゃないかな。

そもそも腐女子にしても夢女子にしても「自虐傾向が強くて隠れたがるグループ」って、つまりグループとは必然的干渉が最低限になるので「自分達が最底辺です地下に潜ってひっそり邪魔しないように活動するので許して下さい」なんてやってる人たち気軽に観測できるわきゃねーわなって話です。

でまあ、そういう隠れて抑圧が貯まった夢女子自分達が見下せる相手を探して謎理論の元に夢BLは夢NLよりも上だ、とかやっていたとしたら、そういうことも十分考えられるよなあ、というかいじめられっ子が更に下位の人間を見つけ出して虐めるのはもう構造としてはめちゃめちゃよくあるパターンなので真実なんだろうなあ、と思います

ただ、BLNLより上位に見る人たちは個人的にそもそもジャンルが違うので腐女子として雑にグループ分けされたくねぇなあとか思わなくもなくもないです。このへんは単なるお気持ちの話ですが。



・他ジャンルを叩くようなヤババな人とは距離を置いていた

いや、常識的に考えて欲しいんですけど、そんな「夢はクソ」とかいう人たちとか「NLはクソ」とか言う人たちとかとお友達になりたいって思います自分は思いません。

こう、ふんわりと無意識的に下に見てるくらいのあまり表面化しない差別意識とかが漂ってたりとか、それに流されて自分もいろいろと間違った認識してたよなあとかそういうのはあるんですけど、それでも「夢小説ってキモいよねー」とか堂々と日記ブログとかで個人的な話をするやつ。今でいうSNSみたいな)とかで悪口いっちゃったり「NLなんてダサいよねー」なんて躊躇なく口にできるような人とお近づきになりたくないじゃないですか

で、そういう過激派から距離を置いたら、あとは観測できるのってそれこそBL憎しでサイトに突っ込んでくる別派閥過激派か、味方を増やそうとすり寄ってくる近似派閥過激派くらいのものなんですよ。

そして自分は夢は理解できない類のジャンルなのでまあなんとなくそういうのあるんだなーくらいのふんわりした認識から近寄らないわけです。

そんな中で「腐やNL者に叩かれて困ってる夢者」とかはなかなか観測できないし、「NL者が腐や夢者に叩かれて困ってる」とかもまず見ないわけです。

そしてたまにそういうイタタタな人がでると「ジャンルの恥さらしが」とか「ああい基地外には近寄らんとこ」みたいにゆるやかに村八分が進行していくので「腐は○○を叩く」みたいな認識にはならないんです。

ジャンルの大半が別派閥叩きするようなやべージャンルとかはもう属性問題ではなくあのジャンルヤバイという認識になりますし、ジャンルから距離を置きますし。



自分はいわゆる「ひきこもりサイト管理人」なので周囲との認識のすり合わせをする機会がほぼなかった

このへんもあると思います自分の好きなものかい自分の好みにサイト方針を決めて、あとはサイトを作ったころには過剰な検索避けに疑問を覚えていた頃だったので割とゆるめの方針を取っていたので、検索避けがっちりしたいサイト交流すると向こうが嫌がるんじゃないかなあとか考えたりもしたことがあって、あまり自分から交流しにはいかなかったんですね。

ですので自分認識特にふんわりとした主観に基づくヒエラルキーの答え合わせなんてする機会はとんとなく、だから認識が変わるようなこともありませんでした。

ですから今の時点でも私の抱えるヒエラルキー認識一般的なのか例外的なのかはよく分からないままです。


実際皆さんの認識してたヒエラルキーってどんな感じですかね。

これが割と知りたいのでもしよかったら教えてくれると個人的に喜びます。お礼はとくにないです。

「まともな仕事」なんて表現する人は職業差別している

「まともな仕事」という表現を使う場合、その人は無意識のうちに「まともな仕事」と「まともとは言えない仕事」を区別している。

これって職業差別のものだよね。

「まともな仕事」ってなんだろう。

仕事仕事じゃないのかな。

有名税とは何なのか?有名人特権階級

有名人へのネット上での誹謗中傷問題が取り上げられていますが、その中でよく出てくるのが「有名税」です。

税の取り立てが適正かどうかはひとまず置いておきますが、そもそも何に対する税なのか?


そうですね、知名度利益につなげていることに対する副作用のことを一般的有名税と呼んでいるのだと思います

しか知名度利益につなげることそのものは何らおかしなことではないことです。なのになぜ税が発生するのか。

一番言われがちなのが嫉妬とかそういうもので、それは確かにその通りではあると思いますが、全部ではないと思います

一番大きいのは何よりも有名人特権階級からだということでしょう。


いやいや特権なんか何もないよと言われるかもしれませんが、あります。というか、ありました。

インターネット以前の時代では、情報発信メディアから一方通行でした。

まりメディア発言できる有名人けが意見を発信できる特権を持っていたのです。

この時代に置いて、有名人は紛れもなく特権階級でした。

有名人一方的かつ当たり前のように特権行使し、一般人は何を言われてもそれを黙って聞くしかない。

ここから発生する反発作用がいわゆる有名税と言えるでしょう。


インターネットSNSが発展した現在では、この旧来から有名人特権比較的小さなものになっています。(ただしゼロではありません。)

しかし、長年蓄積された「特権行使」に対する鬱積は簡単になくなるものではありません。

SNS時代に叩かれがちな有名人は、特権権力行使を当然だと思っている世代の人が多いですね。


そしてもちろん、SNS時代にはSNS時代特権行使というものがあります

例えばツイッターではフォロワーという数字がありますが、これは影響力に直結します。

フォロワーの多さがメディア支配力になってくるわけです。フォロワーが多ければ多いほど、その権力行使できます

そんな権力はないと言う人もいるでしょうが、それは無意識化の権力行使にすぎません。

有名人政治的発言最近話題でしたが、もし一般人と同じように匿名であっても同じ影響力だったでしょうか?

有名人は高い影響力という権力を間違いなく持っています。ここを否定するのは真摯ではありません。


このいわゆる有名税知名度(=メディア権力)にかかってくるもの収入にかかってくるものではないのが有名人にとっては辛いものしょうが

そもそも知名度収入につなげられないのは当人マネジメント問題なので権力行使される側には関係のないことです。


権力行使したぶん、反発を受けるのは当然です。

なぜ自分たちが逃げないといけないのかと言ってる有名人もいますが、一般人と同じように匿名アカウントを作っていれば誰も何も言わないでしょう。

一般人と異なる権力行使自分意思で行っている。これがまぎれもない事実なのです。


ただし、それはそれとして相手有名人だろうが一般人だろうが違法行為違法行為です。

違法行為はやめましょう。それだけの話です。

有名税という概念が、相手有名人なら許されるという勘違いを生んでいるならそれは間違いというのも大事なことです。

有名税適法範囲内で徴収しましょう。また、有名人特権も適切に行使しましょう。

適度に憎しみ合ってちょうどいい空間しましょう。

2020-05-23

ヒント:女は昔から無意識レベルで性をとにかく高く売ろうしている

追記人間、皆自分が一番いいやつだと思ってる

この原則に気が付くかどうかで世界の見え方が変わるので、言っておきたいと思う。

たとえば、今日Twitterでこんなことが話題になっている。

宅配便の人が帰って、扉を閉めた後少し待ってから鍵を閉める。これに優しい人は共感してくれる。」

という内容のツイートがバズった。

要するにバタンガチャだとまるで締め出されているようで不愉快と感じるので、それに配慮している、だから優しいということなのだ。

第一波:共感する人の登場

「分かります宅配の人に気を使っていつもこうしてます。」

「親からそう教えられて育ちました。」

「いつも当然にやっていました。私って優しいんですね!」

■第二波:共感しない人の登場

「防犯の観点からやめておいた方が良いと思う。安全が一番だよ。」

「逆に自分は親から早く施錠するように教えられたよ。」

宅配の人そんな事気にしてないよ。」

■第三波:アンチ共感派の登場

「出た出たマナー(笑)。こういうマナー犯罪の温床なんだよな。」

自分の事優しい人だと思ってイキり散らしてるかわいそうな奴ら。」

防犯意識が低いのを自慢してるの、バカなの?」

■第四波:アンチ共感しない派の登場

「これだから思いやりのない奴らは。人の心がない。」

「親に教えてもらえなかったんでしょう、お育ちが悪いんですね。」

「当然のことが出来なくて、恥ずかしいですね。」

■第五波:遠目に見る派の登場

やれやれ、みんな他人価値観を受け入れられないんだなあ。」

「なぜ意見交換ではなく、喧嘩して攻撃しあってしまうのだろう?」

「どちらの主張も正しいと思うよ。」

さて、ポイントはこの5パターンの全員が、自分の事を無意識化でも一番いいやつだと思っていることである

良いと思っているから、そのような行動をとっているのである

「いやいや俺は自分が悪い事知ってるからな、全然いい奴なんかじゃない」

「私はまだまだ未熟なので、良い人なんかじゃないですよ」

という人も中にはいるだろう。

しかしそのように斜に構えたり謙虚姿勢を見せることを、最も良いと考えているからそのような行動をとるのである

さて、あなたの持つ正義はどのタイプ正義だろうか。

追記

Q:増田は具体的にこの原則がわかってどう見え方が変わったの?

A:まず、自分と別意見人間に対して一切腹が立たなくなるということだ。

少なから無意識下で発生する「こいつは分らず屋だ」「こいつを分からせてやらねばならない」という気持ちがかなり軽減されるのだ。人間である以上たぶん0にはならないが。

ネットスラングで言えば「うんうんそれもまたアイカツだね!」であるアイカツたことないけど

Q:自分の思った良いこと(正義)に基づくのは当たり前じゃね?

A:言ってしまえばその通り。めちゃくちゃ当たり前。

しかし当たり前のことがあまり知られていないというのは、ネットの次の話題となった自殺案件の様子を見れば明白ではないだろうか。

なおこの増田に対して「お前だって自分のこと正義だと思ってるくせに」という旨のブコメがきっとあると思うが、これもまた増田人間である以上当たり前である

そしてそのような発言をすることが発言者の正義であることも当たり前なのだ

Q:結局増田宅配の件どれ派なの?

A:増田宅配の件は共感しない派。防犯意識が高い家だったのでそう教えられて育ったから。

そもそも親の方針や家の形状、地域性にもよる話だからねこれは。自分もまた家の特徴に対してこれが合理的だと思われる。

例えばオートロックマンションで育った方に関しては鍵をかけるという概念すらそもそもふわふわしたままであることが推測されるように。

(補記あり)人形性愛者による幼児ラブドール反対運動への抵抗

幼児セックスドール生産販売・の廃止を求めます。」という署名活動change.orgで行われている。

大意として述べられていることをページから引用すると

日本の【児童買春・児童ポルノ禁止法】にて幼児セックスドール製造販売・所持を規制すること

小児性愛者に対する相談窓口の設置や加害行為を防ぐ為のカウンセリングセラピーへの取り組み

ECサイトなどに未だ販売される【幼児セックスドール児童ポルノ】の取り締まり、及び【販売禁止を徹底】

以上3つを求める署名活動だそうだ。

②に関しては私も賛成ではあるが、いかんせん①や③に関しては記事を読んだ限り感情が先行している雰囲気が否めない。

案の定Twitterでは「人形実在人間ではない。児童ポルノ禁止法は実在児童を守るための法律であり人形摘発に労力を割かれているうち実在児童を守れなくなる」「表現の自由侵害だ」などの批判が出ている。

しかに、現参議院議員である山田太郎氏が、2016年に行った警察庁へのヒアリングでは、フィギュア非実在人物を扱ったものであり児童ポルノには当たらないとなっていた(‪https://togetter.com/li/942630‬)。そのため、モデルのいないラブドールについても同じ扱いにはなるのだろう。

けれども、この騒動を見ているうちにどうにもむず痒い思いが沸き起こってきた。署名に賛成の人間も反対の人間も、「ラブドール」というものを置き去りにして議論を進めている感があまりにも強すぎるのだ。

私はラブドールオーナーである

一緒に暮らしているのは身長130cm台で、布のボディに骨格の入ったいわゆる「ぬいぐるみドール」というものだ。身長からわかる通り彼女の外見は、この署名賛同した人たちから見れば「幼児ラブドール」としか言いようがない、唾棄すべきものだろう。

から、私はこの署名活動には反対である彼女との生活を守り、またラブドールを愛好する方たちと彼らのパートナー人形たちを守るためだ。

そして、この文章を書くに至った、私の性的嗜好についても伝えておかねばならない。

私は人形しか性的興奮を覚えない人形性愛である

無機物で作られ、有機的な肉体よりも完璧に編み上げられた造形を持つ人形しか、私は愛することができない。故に、ラブドール規制は私にとってパートナー喪失であり、個人性的嗜好否定に他ならない。性的嗜好個人構成する不可欠な要素であり、直接他人に害をなすことがなければそれを妨げられるいわれはない。

から、私は声を上げねばならない。ラブドールというパートナー喪失が、ひいては「私自身」の喪失に繋がるのだから

当該署名ページには既に陳情を送ったが、もっと広くこの問題を知ってもらうためにこの文章を書いている。前置きが長くなってしまったが、もうしばらくお付き合い願いたい。

この署名において、まず私が問題と考えていることは2つある。

①「幼児ラブドール」の明確な定義がなされていないこと。

もしも定義が書かれているのであれば恐縮だが、ページの隅から隅まで探しても見つからなかった為上げさせていただく。

身長・体型など、「その人形幼児を模している」という明確な定義がなされていないことは、ラブドールだけではない全ドールオーナーにとっての脅威ではないのか。

ただ、この定義がされていないのはまあ、仕方のないことではある。

基本的ドールというのは頭と胴体が分離する仕様になっていて、同じメーカーの頭と胴体でアタッチメントが合えば好きにすげ替えることも可能だし、別メーカーの頭と胴体を組み合わせているドールオーナーだっている。購入したとき一般的な成人女性の体格であったドールの首をすげかえて、幼児体型のボディに載せ替えることもできるし、逆もまた然り。これはラブドールだけではなく、性的用途のない比較的小さなサイズドールでも同じだ。

まりドールの体型というのは不定であり、「幼児ラブドール」の明確な取り締まりというのは不可能に近い。どんなに成人の顔立ちをした頭のドールでも幼児の胴体とすげ替えてしまえば「幼児ラブドール」の出来上がりだ。

また、知り合いに性的用途に用いることのできる1/3ドール(50cm前後ドール)を持っている人がいる。このドールは胴体部分にオナホを装着できる仕様になっているものだ。(1/3ドール性的な目で見ることを忌避する人は多く、これは標準的ものではない。念の為に付記しておく)。

この1/3ドール身長約50cm新生児並みのサイズであり、身長でいえば幼児どころの騒ぎではないだろう。けれども胸部のパーツを変えることでバストサイズを成人女性のようなバランスにすることができる。「幼児身長をした成人女性の体型のラブドール」だ。元々ラブドールとして制作されたものでも、扱いやすから成人女性を100cmほどに縮めた人形だってある。前述の規制を作るとしたら、これはどのように解釈したら良いのだろうか。

また恐ろしいことにほとんどのドールの頭と胴体はすげ替え可能なのだ。もともと性的用途を考えられていないドールの頭を、この性的機能を持ったドールの胴体に装着すれば、どんなドールでもたちどころにラブドールになる。

だとしたら、性的用途でないドール高身長かつ成人体格のドールでも「幼児ラブドール」になる可能性を秘めているのではないか

これが、私の恐れている規制の形だ。

私は、パートナーである人形と一緒にいたい。だからもしも幼児ラブドール規制がなされ「身長cm未満の人形の所持を禁止」などとされれば、泣く泣く彼女の頭をすげ替えて規制対象外の高身長人形にするだろう。頭(顔)の部分に私は彼女本質を感じているし、そこが変わらなければどんなに体型が変わったとしても「彼女」であり続ける気がするからだ。

けれども、おそらくそれは許されない。なにせドールの頭はすげ替え可能なのだ。どんなドールでも「幼児ラブドール」に変わる可能性がある以上、現行の頭と胴体が脱着可能人形は全て規制せざるを得なくなるだろう。それは、絶対に許すことのできない事態だ。

また、ラブドール基本的に重量がある。シリコンのものであれば20〜40kgほどが基本で、大柄な人形だと50kg近いものもある。

「本物の人間より軽いではないか」と思う方もいるかもしれないが、本物の人間を抱き上げたときには、抱かれた人間意識的動作を助けるよう力を分散させたり動かしやすいよう関節を曲げたりする為、実際にかかる力は体重よりも軽くなる。しかドールにはそれがない上、米俵のように担ぎやすい形もしていない。凹凸だらけの重い物体を動かすには、想像以上の力が必要ものだ。40kg台ドールオーナーの中には家の天井ウインチを設置している人もいるという。

私が身長130cm台のドールを選んだ理由もここにある。小さければ軽く、移動させることも容易だ。

ただ前述のように100cmほどの小型サイズで成人女性の体型をしているラブドールもいる。小児性愛者でないのなら、持ち運びが容易というだけならそちらを選べば良いのではないか?と疑問に思う方もいるかもしれない。

けれども、私は人形性愛なのだ人形人間に近く作られているほど精巧だ。限りなく人間に近く作られていればこそ、人間にはない造形美が際立つのである。だからこそ、「実物の人間に近い」と「取り回しができる」の折衷として、130cmドールを迎えることにした。

130cmドールを選んだということはそのような外見に性的興奮を覚えるのではないか、ならお前は小児性愛なのだろうと言う方もいるかもしれないし、そこについては本題から逸れる為強く否定の弁を述べることはしない。

けれども、知っておいてほしい。幼児ラブドールを迎える人間の中にも様々な人種がいることを。

純粋幼児の外見が好きなもの自分の持ち運びできるサイズを考えた者。そして私のように「等身大」と「持ち運び」双方を考えた者。

持病のために重いものを持ち運べず人間パートナーもいない為ラブドールのお世話になろうという人間がいたときに、自分が持ち運びできるサイズ人形を選んだことで「小児性愛者」と罵られたとしたら。それは本当に正しい矛先なのだろうか。

まり、「幼児ラブドール」という曖昧もの批判するときに、それを愛好する人々を全て「小児性愛者」と一括りにして批判することに傲慢さを感じるのだ。

人形への愛のなさ

この署名活動およびそれに賛成する方の意見を見ていると、そこにひとつ無意識がみられる。「ラブドール実在人間に向くはずだった性欲をぶつける代替である」ということを無邪気に信じていることである。だから彼らは幼児ラブドールを持つものはいずれ実在児童を害すると考えている。

ここに、人形性愛者として私は反発を覚えるのだ。

私にとって人形は「人間の代わり」ではなくそ自身が一個の客体である。私は彼女と暮らす中で彼女意思を無言の中に感じ取り、それを叶えることでささやか幸せを得ている。それはエゴしかいかもしれないが、私は彼女といることで確かな幸福を感じているのだ。大切に扱った器物には魂が宿ると古来から日本では言われているが、私はたしか彼女の中に魂を見出している。それは決して代替可能ものではないはずだ。「魂」が突飛であれば「愛着」と言えばわかってもらえるかもしれない。

彼女のいない生活など想像したくもないし、また彼女がいなくなった後に人間の、成人女性を愛せと言われたところで、それは彼女ではないのだ。

ここに、全ての人間性的嗜好対象人間であるという傲慢さを感じてしまう。

また、この署名への賛成派も反対派も、この「愛着」について全く無頓着であるところに、前述のむず痒さの本質がある。実際のラブドール愛好家を置き去りにして議論が進んでいる感が拭えないのだ。感情法律を左右することなどあってはならないが、それにしたって「賛成」と「反対」の二元論になりすぎていやしないか

以上が、私が幼児ラブドール規制に対して感じた違和感についてである

もっと述べたいこともあるが、話がまとまら蛇足になってしまうことも多いので割愛させていただく。

大前提であるが、私は現実児童への虐待絶対にあってはならないことだと考えている。

私自身はラブドール彼女とひっそり暮らし一緒に朽ちていくつもりであるしかし甥っ子や姪っ子たちが性的被害にあったら絶対犯人を許さないし、場合によっては刑務所に入る覚悟制裁を加えるつもりだ。

人形人間は別である、という冒頭で出た意見に集約されてしまうのだろうが、人形人間とは全く別のものとして愛している人間だっているということを知って欲しかったのだ。

そして最後に、こちらの署名では小児性愛者に対する相談窓口の設置や加害行為を防ぐ為のカウンセリングセラピーへの取り組みを求めるということだが、これについては小児性愛に悩んでおり、ラブドールでも発散することができないという当事者のためにも行うべきだと思う。

また、この文章を読んで人形性愛者という存在を知った方は、是非人性愛者に対するカウンセリングセラピーを行ってくれるような施設を紹介してほしい。

人形生活している人形性愛者にとって、この署名を知ったことは本当に苦しみを覚えたのだから

5月24日付記】
匿名のいち個人意見などほとんど読まれず埋もれていくと思っていたので、想像以上に多くの方に読んでもらって驚いている。
頂いたコメントはどれも肯定否定に関わらず自分でも気づかなかった視点を見せてくれて、本当にこの文章を書いて良かったと思う。ありがとうございます
私は彼女と添い遂げていくつもりだが、ラブドール寿命人間より遥かに短い。シリコンやTPE製のドールは動きに連れて肌が裂けていくし、空気人形は破けて空気漏れるようになる。そして彼女のようなぬいぐるみドールは綿がへたり痩せていく。内部骨格が折れることだって考えられる。
から多分彼女をお迎えしたメーカーに適宜修理やパーツの交換をお願いしながら長らえていく形になるだろう。自然新陳代謝のないドール人間より老いていくのが速いのだ。規制はされないまでもメーカーが萎縮して倒産廃業することになれば、修理を受けられなくなったドール達はどんどん壊れていく。
私を含む愛好家にとってドールパートナーであり家族である。だからメーカーサポートが受けられなくなったら自力で修理技術を身につけようとする人もいるだろう。私もそうするつもりだが、おそらく個人では限界がある。
からこそ、前述の通り体型・性的機能の有無が不定ドールにおいて「幼児ラブドール」という曖昧規制をすることによってパートナーを奪われたり、メーカー自粛したりすることをどうしても止めたいのだ。
また、「小児性愛者へのカウンセリングセラピー」についてであるが、自分小児性愛であることを悩み苦しんでいる人が心理専門家客観的、かつ守秘義務保証された上で話を聞いてもらえて楽になれる場所を作るのはもちろん賛成だ。
小児性愛者だとしても、実際の児童加害行為を行なっていない以上権利は守られるべきだと思うし、児童への加害行為を行う前に適切な精神セーフティネットが用意されて然るべきだと考えている。言葉が足りなかったと思った為補記する。
高校生くらいかぼんやりと考えていた将来設計がある。
人間結婚はしないまでもきちんとした職について両親を安心させ、彼らを見送ったら自分理想等身大人形を作ろう。そして後始末をすることになるだろう親戚家族自分葬式代と迷惑料になるくらいの貯金をしながら人形と一緒にひっそりと余生を過ごしていこうと。
ラブドールというものが今ほど一般的ではなく、存在殆ど知らなかった子供の頃の夢想だった。
今ではラブドールメーカーも多岐にわたり価格もある程度は下がった。私にとってドール性的機能は必ずしも重要なことではない。けれど、等身大人形といえばマネキンか、人形作家が手ずから作る美術品という意識だった子供時代から比べれば、ECサイトショールーム等身大人形をお迎えできるというのは圧倒的な革新だった。また、反対運動が起こってはいるがラブドール展覧会も開かれるくらいには認知度も上がった。いい時代だと思う。
この時代を、私は守っていきたい。

5月27日再付記】

書いた人の個人的な話。長いので別記事にて

https://anond.hatelabo.jp/20200527165713

2020-05-22

anond:20200522172625

何が信じられないのか

穏健な左翼右翼)を集めりゃ穏健な左翼右翼)でTLが埋まるというのは同義反復だろう

まあ、この「集める」というステップSNSというシステム無意識化しちゃうのが問題だという話なんだけど

セーラームーンにわかばっかり

セーラームーン

金髪から白人みたいに見えるけど本当はアジア人だよ

アジア人とか白人とかじゃなくてフィクションなんだから人種とかなくて……

違う違う違う、お前らセーラームーン読んだことないだろ。

セーラームーンこと月野うさぎプリンセス・セレニティとクリソツなだけなんだよ。

証拠に親兄弟あん容姿じゃないのよ。月野謙之とか月野進悟でググってみろ。

プリンセス・セレニティは月人なので、白人とか黒人かいう以前に地球人ですらないんだわ。

宇宙人なんだから白人とかアジア人とかなんも関係ないんだわ。

価値があるのは「無意識にこう思ってるかもしれない」ぐたいの無意識化の考察ぐらいだよ。

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