「無意識」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 無意識とは

2019-05-26

煽るために疑問形を使う人

もしかして無意識にやってるの?

電車リュックを後ろに背負わなくなったら起きたこ

1年ほど前まで、電車に乗るときはいつもリュックを背負ったまま乗っていた。おろすより楽だし、おろす必要を感じていなかったからだ。

さすがに手すりの近くではリュックおろしていたけど、基本的車両の中ほどに立っていたときは、よほど混まない限りいつもリュックを背負っていた。いつも通勤満員電車ではなく、割と空いている時間帯が多く「満員電車じゃなきゃ別に邪魔にならないし、楽だからいか」と思っていた。

リュックを背負っていたときは、毎日のように誰かにぶつかられて「なんでわざわざ思いっきりぶつかってくるんだよ。ふざけんな」というふうに感じていた。

「当たってしまった」とかじゃなくて、思いっきり引っ張られたり押されるみたいな感じ。そうされると「こっちは普通に立ってるだけなのに…」というふうに思ってしまってただイライラしていただけだった。

一度も「すみませんリュックちょっと邪魔で…」と言われたこともなかったので「邪魔になってる」という発想は一切なくて「何もしてないのに攻撃されている」というふうに感じていた。「まぁちょっとふさぐけど普通にぶつからずに通れるよね」ぐらいに考えていた。

それで1年前に「満員電車リュック背負うやつ邪魔すぎ」みたいな記事を見た。

満員電車リュックを背負うとかマジキチだろ」と思いながら見ていたら「満員電車じゃなくてもかなり迷惑」というコメントなども見かけて「へーそういう考え方もあるのか」と知った。結構みんな攻撃的だったのであんまり意見を参考にはせず、その後短い間は、まだリュックを後ろに背負って電車に乗っていた。

それから、どうも他のリュックを背負っている人が目につきはじめた。そうすると今までは感じてなかった「あ、これは邪魔だな」「あー、これはぶつかるわ」という感情が芽生えた。特にリュックを背負う人とリュックを背負う人が同じ列にいるとすごく狭くなり、ぶつかっていかざるを得なくなっていた。

たぶん自分でも以前から無意識リュックを背負っている人には移動のときぶつかっていて、別にそれについて何とも思っていなかった。単純に狭い道を通るくらいの感情だった。ぶつかる側は全然ぶつかることについて気にしてないんだと思う(しょうがないけど)。ただ、わざとぶつかってる人も中にはいたとは思う。

なので、リュックを背負っている人はみんな「わざとぶつかってくるなよ」ぐらいに思っているはず。

それで、重いけどしかたなくリュックをおろすことにした。そうすると、当然だけどぶつかられることがなくなった。「これはいいや」ということで、それ以来ずっとそうしている。

でもかなり空いている電車(空席が目立つ車両)では今でもリュックを背負って乗っている。

しばらくリュックを床に置くようにしていると、今度はその地面に置いたリュックの紐でこけるサラリーマンがいた。「うわ。荷物入ってるのに。荷物大丈夫かな」とか「転ぶなよ。ダサいなあ」と思っていた。あとで「紐をちゃんと引っかからないように自分の前の方に置かないとこける人が出て、自分荷物ダメージを与えられる可能性があるんだな」と考え直して今はそうしている。

一連の流れで学習したのは、「自分他人の不便はクソどうでもいいと思っている」と認識したことと、こういうことは自分にもメリットがあると感じないとただ攻撃されただけでは意志を変えないということと、他人のことを考えて動くと自分が得するということだった。

それぞれいろいろな事情はあると思うけど「リュックを背負って電車に乗る人は、あなたのためにも、リュックおろした方がいいよ」という話でした。

(ちなみに網棚には揺れでどこか行ったり落ちたりする危険性や、網棚に置いてあるものは明らかに盗みやすかったりして、ずっと見てないといけないから置いてないよ。)

プロデューサーになった

見事に運営に嵌められたクソチョロデレステユーザーは、まんまと新アイドルに落ちた。

私はデレステからアイマスを知った新規ユーザーだ。アニメも見たことなく、モバマスも他のゲームも一切やったことがない。デレステを始めたきっかけも、音ゲーがやりたかったというだけだ。そうしてなんとなく始めたデレステだったが、プレイしているうちに曲やキャラをどんどん好きになっていき、かれこれ3年が経った。

思えばその3年間で、推しアイドルもいたけれど、私はプロデューサーにはなれなかったように思う。音ゲーの画面構成もあり、舞台から見守るプロデューサーというよりは、ライブを見ているファンという感覚が強かった。しかも、デレステアイドル達は、私が知るよりも前からアイドルとして活躍している子達だ。最初からアイドル達はステージの上で歌って踊っていたのだ。個人コミュは一応プロデューサーとの出会いから始まるが、他のコンテンツでのエピソードや設定もある程度引き継がれ、あったこととして語られる。私と出会ったアイドル達は、既にアイドルとして経験を積んでいた。私は、みんながアイドルになる最初の1歩から一緒にいたプロデューサーではない。私はずっと無意識にだったが、「シンデレラストーリーを歩んできたアイドル」を応援するファンとしてデレステアイドルを見ていた。

そんな中、新しく現れた7人のアイドル。私にとっては初めての、まだシンデレラじゃないアイドル達だ。あかりあきら・りあむの3人が発表された。どんなアイドルになるんだろう、どんな経験を積んでどう成長するんだろうとわくわくした。デレステへの実装が楽しみになった。黒白と双子が声付きでデレステに登場した。これによって起きた諸々にはあまり触れない方がいいだろうが、ライトユーザーの私としては、多少の疑問は感じたもののあまり嫌悪感は感じなかった。むしろ、事前情報がほぼ無いアイドル正真正銘の初エピソード、という状態は新鮮で、どっちのイベントもうきうきしながらイベコミュを読んだ。あかりあきら、りあむの3人も同じく、デレステ実装されたその日にコミュを開けた。育成しているSSRSRしか回していなかった音ゲーで、私は新アイドルノーマルカードを編成した。7人全員をローテで何度も踊らせた。親愛度がマックスになってもしばらくそれを続けていた。思えばこの時から、新アイドルの7人は私にとって特別だったように思う。ただその時私は、ただ新アイドル達がたまたま自分の好みにぶっ刺さっただけだと思っていた。

そして第8回シンデレラガール総選挙。私は推しを1人に絞りきれないので、総選挙はそのとき気になっているアイドルに均等に投票するようにしている。新アイドルの中で特に好きなアイドルにも投票した(総合3位の子ではないと言っておく)。総選挙の結果が発表され、そのアイドルは圏外だった。普通にしかった。他に投票したアイドルで、圏外の子もいた。属性3位をギリギリ逃した子もいた。でも私は、新アイドルのその子が圏外だったことが悔しかった。もっと投票すればよかったと思った。そこで初めて、自分がそのアイドル担当Pだということを自覚した。

そのあと、とりあえずモバマスインストールした。まだよく勝手が分からないが、フリトレでその子カードは手に入れた。ポチポチゲーはあまり好きではないが、担当が育成でき、他の好きなアイドルエピソードも知ることが出来るので楽しめている。

私はもう、既存アイドルプロデューサーにはなれないと思う。ファンとして好きになってしまったし、それを後悔もしていない。これからも、好きであり続けると思う。ただ、プロデューサーとして担当ができた、それだけだ。好きの種類が1つ増えたのだ。推す形がひとつ増えたのだ。こんなに喜ばしいことは無い。担当の成長を1から一緒に見ていくことができる。総選挙を一緒に戦っていくことができる。今はそれが楽しみで仕方がない。

2019-05-24

他人存在を消費したい人々。

しかけられたくない気持ちは、理解できなくはないし、そういう場面もある。

ただ、別々だけど、この棘と増田の2つの話は、共通してるものを持ってる。

https://togetter.com/li/1358760

https://anond.hatelabo.jp/20190422194559


個人喫茶店喫茶店店員みたいな共通ではなく、

他人が作った世界に入り込みたいくせに、その世界製作者たる他人とは馴れ合いたくないという共通点。

その世界を、自分で作っているなら、その店主や店員が気に入らないのは理解できる。

でも、その空間は、自分にとって、他と似ている何かかもしれないが、そこには製作者、創造者がいて、君臨してる。

自分はその世界踏み込みたいし、存在したいと考える。

しかし、その世界他人に話しかけられた途端に、拒絶を感じる。

この現象は、自分のまわりの世界自然発生的な空間もっと突っ込めば、自分想像たか存在してる空間と思い込んでいて

その想像と、実際には空間を作り出した他人存在を完全に無視していて、他人空間製作者としての敬意を感じていない。

意図的か、無意識化はそれぞれだろうが、

その自分は、他人存在他人の作り出す空間世界を、ただ、自分が共有したというだけの理由で、消費したいんだと思ってる。

から、その世界に現れた他人に対して、自分世界邪魔するなと感じ、その他人世界を拒絶しようとする。

2019-05-23

anond:20190523160423

いやいや横だけど、どの部位であれ意識して触ってるか無意識で触れてしまたか区別はつくからマジで本当に安心して欲しい。

区別がつくなら冤罪など起こらないって何回もいってる。信用ならない。

つーか主観でしょ、それ。

なんとなく触られたような気がするとか、ケツにカバンや手がしょっちゅう触れるなあ程度だったら痴漢だって絶対言わんよ。

「新型痴漢」みたいなこと言ってるから信用できない

要は触ってなくても痴漢扱いするじゃん

こっちだって自意識過剰な面倒なやつとは思われたくないわけ。

もう遅い

散々物証ナシに男性を葬る手段を開発しといて、それは通らない

まりにも現実が見えて無さすぎる。

冤罪が怖いのはわかるけど想像で語るのは如何なものか。

現実になったときにはすべて遅い

anond:20190523160423

いやいや横だけど、どの部位であれ意識して触ってるか無意識で触れてしまたか区別はつくからマジで本当に安心して欲しい。

そんなもん、誰が客観的証明できるんだよ。

当事者以外分からないという特性を利用して悪用して冤罪を産む人間について責任は誰がとるの?

区別がつくことについては「そうなんだろうな」くらいには思うけど、区別がついた上で敢えて陥れる女がいることについても疑っていない。

anond:20190523155755

いやいや横だけど、どの部位であれ意識して触ってるか無意識で触れてしまたか区別はつくからマジで本当に安心して欲しい。

なんとなく触られたような気がするとか、ケツにカバンや手がしょっちゅう触れるなあ程度だったら痴漢だって絶対言わんよ。

こっちだって自意識過剰な面倒なやつとは思われたくないわけ。

まりにも現実が見えて無さすぎる。

冤罪が怖いのはわかるけど想像で語るのは如何なものか。

友人(35歳/女性)のマッチングアプリでの出来事について。

明らかにサクラ男性ハイスペ男子)とやり取りして、案の定サクラ対応をされ、

アラサー(もうすぐアラフォー)女のグループLINEで「こわーい」ってやり取りしてて、愕然とした。

そもそもハイスペ男子がなんで自分いいねしてくんだよって所から考えよ、って言いたかったけど言えなかった・・・

自分ハイスペ男子だったとして、どんな理由があって見た目も年収もそこそこの35歳の女に手をだすんだよ

20代可愛い女子そこらじゅうに転がってるのに

って思うけど言えない・・・

いっとき少女漫画廃止すべきだと思ってた時期があった。

あんなもんがあるから女子の頭の中は自分王子理論が幼少時期から埋め込まれる。

みんな「こんなのありえないよねーw」とか言いながら、

心のどこかで無意識的にも『自分を好きになってくれる普通の男』と出会えると思って待ってしまっていると思ってる。

そんなのあったとして学生時代までだし、学生時代になかった人は一生ないと思ったほうが良い。

2019-05-22

anond:20190521195743

読んでいて涙が出てきた。

おれも子供の頃父親から事あるごとに手を挙げられて育ってきた。

今でも忘れられない記憶なのだが、それを虐待である認識することを意識的に避けてきたのだと増田のおかげで気付くことができた。

小学校に上がってから勉強を見ると言い、おれの隣につきっきりで問題集を解かせようとした。

1問1問これはこうだからこうだ、わかったか

ではこの問いもわかるだろうと問題を突きつけられる。

おれは問題を解くことよりも隣にいる父への恐怖で頭など回る状態ではなかった。

そして答案を書くことのできないおれの頭を父は思い切り叩く。

それを何時間も繰り返される。

おれはずっと泣きながら問題を解くことができないまま延々と叩かれ続けた。

虐待だとは思っていなかった。そういうものなのだと思っていた。

そしてそれは、社会人になり目上の人間になにかを問われるような場面で現れるようになった。

詰問されるでもない、普通ホウレンソウをするような場面だ。

おれは間違いを恐れてなにも答えることができない。

回答をしようにも、頭が真っ白になってなにも考えることができない。

おれは父との過去の状況を思い出して無意識のうちに重ねてしまっていた。

これは日常業務に支障をきたすためあまりにも困ってしまい、あるときおれは昼休み精神科医を頼った。

前述のようなことをおれは人生で初めて他人に向けてゆっくりと、ときに間を空けながら、自分としては最後まで話すことができた。

「ここまで聞いたけど、今のあなたに起こっていることは過去出来事が直接的な原因とは言えないと思います

その医師はそう告げ、おれにリーゼを処方したのだった。

おれはただの仕事のできないダメ人間だった。

そう突きつけられてしまった。そう思った。

その週の土日、なにも考えずに家で座り込んだままずっと時が過ぎていった。

そしてそのままおれは仕事に行けなくなった。

それからしばらく経ち、今ではようやく仕事ができるくらいには精神面は回復したが、特定の状況化ではやはりパニックになる自分がいる。

いつまでも自分に自信が持てない。

自分ダメ人間だと思ってしまう。

父の望む人間になれなかった。

今では父はおれに暴力は振るわない。

なぜおれが子供の頃にあんなことをしたのか、健在のうちに問うてみたい。

2019-05-21

はてなをやめる

2010年代前半頃からニュースアプリ的な位置付けではてなを使っていたが、ここ数年、自分と合わない意見ばかりで、見てるだけでイラつくことが頻繁になった。

当初は無意識であったが、最近普段イライラの原因が、はてなにある事がはっきりと分かってきた。

代替として普段使いのアプリとしてNEWSPICKS を入れたところ、やけに肌に合う。普段イライラがスッと消えた。

はてな住人とそもそも住んでいる世界が違うという事にもう少し早く気付くべきであった

anond:20190521144945

それそれ。無意識なんだよなー、言ってわからない子は犬猫と同じと考えなしに暴力肯定するでしょ、そもそも犬猫と同じだから暴力OKってのが大間違いなのに、虐待受けて真面目に育った人ほど怖いな。

anond:20190521144143

それ。でも増田可哀想だよ。虐待されて育ったと認めるより暴力は愛だったと思い込む方が楽だもの。そして親への無意識の怒りをこれから子供に叩きつける事になるんだから

2019-05-20

anond:20190519234458

息を吐くように嘘をつく増田です。

幼少期にトラウマレベルで「本当のことを言っても怒られる」という体験が繰り返しあり、

どんな場面でも「怒られるくらいなら嘘をついた方がマシだ」という無意識レベルでの確信がある気がします。

から、嘘をつくことにまったく罪悪感を感じない。

嘘以外の他人迷惑を掛けそうな行為に対しては、普通に罪悪感を感じるにも関わらずね。


自分でも、なんであの場でそんな嘘を言ってしまったのだろう?と思うことが多々あります

ホントのことを言っても別に怒られるような場面でなくても、口から出まかせを適当に言ってしまうのです。

心の病気なんだろうなぁとは思うけれど、なかなかつらいですね。

2019-05-18

お母さんたちが子を持つ決断をした理由が知りたい

ちょうど赤ちゃんが生まれたり、保育園に預けたり、小学校入学したりと、育児に奮闘する友人が増えてきた。

私も夫も子どもは大好きで、友人や親戚の子に会った後は、天使だったね!と盛り上がるし、人の子でこんなに可愛いのだから自分が頑張って産んだ子だったらもっと可愛いのかも、と思う。

ただ、だから私も欲しい!とはならないことに、あるとき気が付いた。

絶対にいらないとは思っていないけど、私は今のところ子どもを持つことに積極的になれない。

から子ども楽しみだね」「そろそろ…?」とか悪気なく笑顔で言われると、毎度反応に困る。親以上の世代ってこの辺のデリカシーない人多いですよね。

子ども可愛いよ」「最初はいいけど、子どもがいないと生き甲斐ないよ」とか言われるけど、子どもがいる人に、子どもがいないことへのデメリットを語られても…ねぇ、という感じ。

逆に、子どもがいない人に、子どもがいることのデメリットを語られても…ねぇ、と思うだろうけど、そういう人には今のところ出会っていない。

話が逸れたけど、世の中のお母さんたちがどのようにして「子ども欲しい!」と思ったのか、純粋に気になってしまった。

悪意とかなく、賛同したり否定をしたいわけでもなく。

結婚出産、的な感じでごく自然の流れだから愛する人との証とか遺伝子を残したいから、可愛いから、夫や親のため、本能的に、

色々書いたけど、そもそも子どもが欲しいことに理由なんて無いのか。ただ単に私が、積極的でないがゆえに考えすぎなだけかもしれない。

学生時代なんか無意識漠然と、「結婚出産」が頭にあった気がするけど、いざ、現実的に考える時期になったら、全く積極的になれなかった。

身体が弱い。

自問し始めたきっかけの一つかもしれない。健康なお母さんでも危険は沢山あるけど、普通より高いと言われる様々なリスクを冒してまで欲しいと思えない。怖い。

あと制度問題とか。

あらゆるところで意見が述べられているとおりで、ハードモードすぎる気がする。

あとお金心配。中高大で海外留学したいと言われたら?全部応えてあげられる?とか。田舎出身で、私立概念教育選択肢が無かったのに対して、都会は選択肢が多くて怯えている部分がある。

そして夫といるのが楽しい

お互い信頼しあっている夫と、夫婦でこのまま暮らすのも良いよね。お金時間も二人で、二人のために使うのも良いよねと思っている。

子ども可愛い大好き=子ども欲しいだとずっと思っていたけど、こういった理由を超えるほどの、子ども欲しい!という感情が私には無かった。

色々あるけどそれでも欲しい!と、いつか思うのかもしれない。

どんな選択をしようと、それぞれの後悔やら喜びやら色々あるのだろうし、その時にどう感じようと自分選択責任を持つしかない。

だけど、お母さんたちはどうして子を持つ決断をしたのかなぁと、異なる考えの人の意見を聞いてみたいと思った深夜なのでした。

2019-05-16

受け手意見とか基本的に聞かないほうが良質なものが作れると思うけど

からといって無視するというのも違うんだよな

そういう無意識関係みたいなもの理想のはずなんだけどこれを人為的に構築するのは難しくて

年々困難になっていってるように思う

anond:20190516140657

ジャンプ血統主義が嫌だとか、暴力ヒロインがムカつくとか、パロディが多すぎて寒いとか、そういう指摘と一緒じゃないの。

それを口にすることで黙ってたけど同じ思いの人が賛同したり、無意識違和感を覚えていた人が気づきを得たり、それが好きな人反論したりして

そういう読者の声が下地となって表現が洗練されたりしていくものだと思うんだが

2019-05-15

イライラの原因を増田調べろ減らし出すまをン院家の来々(回文

おはようございます

日頃イライラしちゃいけないなーって思いつつも、

相田みつを先生に言わせれば人間だものってことで

やっぱりイライラすることだってたまにはあったりするのよね。

そんで、

イライラする周期とかってあるのかしら?って思って

手帳イライラした日のチェッキングをレッツスターティングしたの!

そしたらよ

で、で、でたー!

な、なんと半月の2日後にはめちゃくちゃイライラしてたという周期が見えたのね。

ほんと笑っちゃうわよ!

最初無意識だったけど

チェッキングしていくたびに精度が上がってくるから

半月の2日後ってのはほぼそう言う周期みたい。

まりにもその正確な周期があぶり出されることに、

ウソでしょ!って自分で笑っちゃったわ。

あっちの周期とはあんまり関係ないみたいだしちなみに。

でもさ、

これ半月の2日後はイライラしてもいいルールになりかねないので、

半月の2日後は、

もう特にスーパーキープスマイリングでいきたいわ!

べ、別にキースーパースマリングでもいいんだけど!

あんまりイライラしてると

悪循環なので気を付けたいわね。

イライラしないように過ごしたいものだわ。

うふふ。


今日朝ご飯

お家でちゃんと食べてきました。

トマトジュースご飯ほうれん草のお味噌汁、冷や奴、鯖の焼いたやつ。

なんか凄い朝定食って感じを醸し出す朝ご飯だったわ。

割れながらやったことはご飯炊いたのとお味噌汁作っただけなんだけどね。

鯖のはなんかコンビニ鯖が美味しくて最近お気にの入りよ。

デトックスウォーター

グレープフルーツネーブルを買ってきたので、

輪切りにするのも面倒出し絞って炭酸で割ったものしました、

これだと1回で使え切れちゃうし、

果汁が多少多いけど、

朝に柑橘系香りに包まれるのはいいわよ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2019-05-14

女性恋愛至上主義の世の中をやめてくれ

女性恋愛至上主義とはなにか。

それは「女性が」癒される日常を送り、感動イベントをする恋愛が最優先で最上級だ。という思考である

これのなにが問題なのか。すべては「女性視点」が根幹にある。

大きく分けて二つの問題が上がる。

一つ目は「女性視点幸福感」である

例えば、男女の恋人はどんな話題で話をする? 男女どちらが興味を持つ話題を話している?

話題割合女性向け話題が多くないか? 少なくとも私はそうだった。

彼女のつまらない話に付き合っている彼氏は声を上げてくれ。

この例は会話に限らない。日常些細なことにも影響している。

男の興味は関係なく、女性の興味が正義

男女の恋人で行う日常女性意思正義なのだ

逆はない。

男性拒否することもできる。が、事情がない限りつまらいからの拒否は悪にされる。

彼女と仲良く同じ趣味に興じている男性もいるだろう。

しかし、それは女性側に興味があったから盛り上がったのだ。女性に興味がなかったら捨てられていたテーマだ。

男が興味がないからと彼女とのテーマを捨てたらどう評価される?

二つ目は「女性生活押し付け

はっきり言おう。

男女で目指している生活は方向が異なる。

そして恋愛において男性生活方向は軽視されいてる。

女性毎日が良くなることを目指す。男性は今と明日を生き残ることを目指す。

この無意識の差で生活の優先度が大きく違う。

残業、転勤をして将来大きく稼げるなら男性はする。家族のためになるならなおさらだ生存を盤石にするため挑戦するのだ。

組織内の立場の向上、賃金の向上。生存競争で有利になることを目指している。

女性は今のままで十分な生活ができるなら、残業、転勤を選ばない。毎日生活犠牲になるからだ。

趣味時間友達との会話、恋人デート、それら日常の彩りがあることに幸福を感じる。

どちらも大切な要素だ。両方が揃って文化的生活が満たせる。

今の世の中、平和に思えるだけに男性生活方向が女性理解されない。

その結果、女性恋愛至上主義は強くなるための時間を許さない。


強くなければ優雅生活は送れない。貧困生活は生きている意味が分からない毎日だ。

死なないだけで、今の世の中も強くなければいけないのだ。

東大生の生涯勉強時間は? 医者弁護士になるにはどれだけ時間がかかる? 錦織圭イチローはどれだけ練習した?

強くなるには時間がかかる。

日常の彩りを犠牲に強さを目指して生き残るだ。

女性にとって彼氏は彩りの一つ。失うことは本能に反する。

義務以外の手間を自分に向けさせる。

女性にとって正義でも男性にとっては怠惰である




女性恋愛至上主義の2つの問題を読んでもらった。

まれた世の中になった今、男性的な生活方向の必要性を感じ取りにくい。

男性はいい。本能で目指すから

女性本能は違う方向を向いている。理屈で知る以外に方法はない。

私は女性の考えを否定しているのではない。どちらの考えも大切だ。

両方が揃ってこそ意味があるのだ。

からこそ女性恋愛至上主義の世の中をやめてくれ

犠牲になるのは強くなれなかった男であり、男の支えが弱くなる女である

弱い男の人生はみじめだ。夫婦で男が強いと女性負担が減る。

個人の例を挙げれば専業主夫でうまくいっている場合もあるだろう。しかし、出産を考えたとき一年中働ける男性が働いたほうが効率がいいだろうし、多くの男性は働いてるだろう。

実は専業主夫すら贅沢の形なのだ

人口問題がひっ迫していない世の中だからできる夫婦の形だ。

もし、飢饉人口問題人類が直面したら男性はひたすら働き、女性子供を産むしかない。

生存の土台が強いから様々な人生の形が選べるのだ。土台の弱い砂丘の楼閣は簡単に崩れる。


生きることに重点を当ててくれ。強くなることに協力してくれ。

犠牲になるのは男であり、女なのだ

女性恋愛至上主義の世の中をやめてくれ










社会男性観が強い。という反論を持つ人もいるだろう。社会的に男性観が強いことを否定はしない。

女性恋愛至上主義個人に起きている問題なのだもっというと女性恋愛至上主義問題は当分の間、公共の悩みという社会問題として表に出にくい性質だと思っている。

簡単な話だ。女性のいる社会女性問題は認められないからだ。

社会を生きるなら女性のほうが男性より何倍か上手い。しばらく男は辛酸舐めることになるだろうが耐えるしかない。


ここに書かれた女性と会ったことがないという人は幸運だ。周りの女性を大切にしてくれ。

自分は違うと思う女性彼氏に聞いてみるといい。彼氏が答えを知っている。

少なくとも私は女性恋愛至上主義犠牲になった。

私以外にも同じ悩みを持つ人が一人でもへることを祈る。


*この日記は男女の恋愛に焦点を当てた文章である。LGTBの主義批判する意図はない。むしろN(normal)について語ったLGTBに関するものでもある。

他人ご飯を食べるのが苦痛って話

ツイッターで見たけど。

自分他人ご飯を食べるのが非常に苦痛タイプなんだけど、その理由の一つに「育ちが悪い」っていうのがあると思うんですよね。

まり一般社会に置ける正しい食事マナーがわかんないの。箸の使い方、姿勢はいいかクチャラーになってないか不適切話題を出してないか……。

ぶっちゃけ子供の頃は気にしてなかったが、社会に出てから怒られる事や失敗する事が沢山あった。

でも、実家ではそれらで怒られた事がなかったし、原理にわかんないのね。うちは食事しながらうんこゴキブリの話をする家だったよ。

でも他の人には怒られてしまう。だから他の人と食事をするのはいつ怒られるかわからないので怖い。

対して育ちがいい人は、そう言う事を気にしている人はほとんど見ない。食事の正解を知ってるんだろうね。親しい仲で気を許して食事してても基礎がいいから人を不快にさせるような食べ方はしない。多分一人で無意識で食べても肘をつかず背筋を伸ばし口を閉じてモグモグするだろう。

でも自分みたいな奴は人を不快にさせないように食事するのに細心の注意が必要から、すごい疲れるんだよね。ご飯の味しないよ。

2019-05-13

何かひらめいた時とか、物事がうまくいった時に

無意識指パッチンする癖がついてしまった・・・

親に感謝とか言うけど、子供を作った責任くらいちゃんと取ってくれ

母の日だった。

何となく実家母の日っぽいプレゼントを送りつけた。

うちは母子家庭だった。

母親はそこそこ安定した会社でクソみたいな人間関係に悩まされながらも、わたし大学卒業するまではキッチリ働いてわたし仕送りもしてくれた。

母親が苦労しているのは知っている。

わたしを育てるために色々な犠牲を払ってくれていたであろうこともわかる。

感謝すべきなんだろうな、とも思う。

母親はよく「あの人と結婚したのは間違いだったけど、アンタが生まれてきてくれたから、結婚した甲斐はあった」とか、そういうことをよく言っていた。

まだ幼かったわたしは、そういうもんなのか?とよくわからない顔をしてそれを聞いていたけれど、

今なら、子どもにそんな重荷を背負わせるなよって思う気がする。

田舎まれ田舎暮らしで、母子家庭への当たりもそれなりにあって、別にクソ貧乏ではないが裕福でもなく、

わたし無意識のうちに色々な可能性を諦める人格に育ってしまった。

会社で働いてみて思うけど、もっと自分の好きなことで食っていけるように夢を追いかけてみたりしたかった。

そういう、少し冒険して何かを追いかけるとか、できなかった。

小学生の頃、将来の夢をよく聞かれた。

わたし音楽が好きだったから、本心ピアニストとか歌手になりたかったけど、

「そのために音大に行くとお金かかるし、行かせてくれるわけないし、まあ無理だな」って思って、そんなこと言えずにいた。

将来の夢とか抱いたことがない。

母子家庭不自由さを何となく察して、そういうモヤモヤした幼少期を過ごした。

大学一人暮らしを始めた時から母親と連絡を取ってもいつも職場愚痴を聞かされ、

「ああ、金のかかるわたしがいるせいで母親はクソ職場に縛られているんだな」ということを強く実感させられて、死にたくなった。

一人の人間を縛る自分も嫌だったし、そう思わせてくる母親も嫌だった。

ノリで子供を産んだんなら、最後まで1ミリ不自由な思いさせずに育て上げてくれよ。

モヤモヤした気持ちを抱かせないまま、大人にさせてくれよ。

母親自分との関係を考えるにつけても気が重く、老い母親想像して勝手気持ちを沈ませている。

家族との未来を考えると、本当に気が滅入る。

そんな重い気持ちを紛らわすように、母の日ギフトを送りつける。

いつになったら、心の底から母親感謝できるのか。

親には感謝しなくてはいけないという世間のアレコレが、この季節になるとわたしを苦しめる。

2019-05-12

母親に(無意識に)セクハラしてた

母の日なのでトラウマを書く。

中学とき期末試験で保健体育の試験があった。今思えば意味不明だが当然のように試験があった。

当時、学年でも1−3位の成績を誇っていた俺は、もちろん保健体育にも抜かりなく試験勉強に取り組んだ。運動音痴ネクラな俺は、試験で点を取るしか保健体育の成績をカバーできない。

俺は一生懸命教科書の内容を確認し、覚えた。何度も問題を繰り返すことで、記憶をしっかり定着させようとした。

しかし、どうしたことだ。保健体育は主要教科ではなく、副教科なので問題集などの教材に乏しい。勉強したくてもその材料がない。

困った俺は、オカンに助けを求めた。教科書の内容を適当問題にしてもらって、それに答えることで勉強しようとしたのだ。

しかし、いろんな意味で成長の遅かった俺は気がついていなかった。その内容が人と勉強するものではないということに。

そう、試験範囲はちょうど生殖行為に関わる部分だった。ち●こやま●この構造や、赤ちゃんができる仕組みについてだった。

友人と勉強するどころか、オカンとそんなことを勉強していた。

挙げ句の果てに、その事実三者面談担任暴露された。

担任ちょっと怒っていた。しかし、池沼の俺は「親に勉強を手伝ってもらうな」といういう意味で怒られているのだと思っていた。

「えへへ」と笑ってやり過ごした。

今日、ふとその場面を思い出して、その真の意味理解して、とても死にたい気持ちになった。

楽に死ねる薬があるなら、俺は明日にでも死ぬだろう。

死ぬ前に、保健体育の試験一生懸命勉強したとが、一度も実践で試されなかった事が悔やまれる。

頭でっかち」はよくない。理論実践を兼ね備えてこその学問だ。

さようなら世界

次は、次があれば、もっと実践して自らの身体で学んでいきたい。いや、イきたい。

anond:20190512083559

普通の人も、他人との出会い学校だったり、仕事だったり、趣味だったり、バーだったりする。

まず最初出会いがあり、その場で世間話を行って、相性の良さそうな相手を選別する。

話しが盛り上がり、一緒にいて楽しい相手を見極めるのだ。

相性の良い相手をみつけたら、世間話さらに繰り返し、徐々に相手プライベートを探る。

一緒にいて楽しく、人間性にも問題の無いことが分かってきたら、

休みの日に遊びに誘ってみる。

こうして相手が同性なら友達、異性なら恋人…の候補となってゆく。


誰にも誘われない人、誘っても断られる人というのは、最初の段階で

「話しが盛り上がり、一緒にいて楽しい相手」ではないと判断されているのだ。

一般人は、この真理を子供の頃から無意識に知っており、

話しを盛り上げる努力を積み重ね、相手と一緒にいることを楽しむスキルを磨いてきた。

スキルを持っていない、いわゆる非モテ存在は、一般人からみたら石でできたお地蔵さんみたいにしか見えない。

お地蔵さん存在無視したり、蔑ろにすることこそないが、少なくとも友達にする対象としては見てない。

フラワーデモに参加してみた話

デモと名の付くものに初めて行った。

フラワーデモってのは #性暴力を許さない #WithYou あたりのタグ付けで発信されてる。まあそんな感じ。

私はフェミニズムについて学んでるとか活動してるわけじゃない。若い人多そうだし散歩ついでの軽い興味。

あと今年の東大祝辞を読んで「え~~~!名文~~~~!!!」と感動したから。

 

デモの流れとしては

19時集合→主催側の用意した人たちのスピーチ参加者の中でなにか発言したい人がスピーチ、で2時間

 

そして感想は「デモってこんなん?」だった。

流れは先月分のレポで知ってたのでたくさんの人の話が聞けるならまあ思想が違うこともあるやろとは思っていたけどこの活動目的とゴールはどこだ。

 

まずスタンディング場所に人がいない。

中之島公会堂ってわかる?

花見シーズンならともかく夜なんかだらだら歩きたいカップルランニングする人が通るくらい。

人通りは東京でいうと皇居みたいなもん?知らんけど。

デモというからには啓蒙布教といった内容があるものだと思っていた。それは宗教か。

なんせ世の中に訴えたいことがあるもんだと。

でもスピーチの大半は「過去にこんな性被害ハラスメントを受けてこんな気持ちでした」という個人体験披露

言いたくないがそんな話は散々聞いた。

個人レイプ体験矮小化したいわけじゃない。

被害体験を話すのは勇気のいることだろうし涙してしまうような話もあった。

話して聞かせなきゃ被害存在わからんやつもいるだろう。

でもここすでにそれ系に関心と憤りがあって来てる前提の奴ばっかやん?

ここは被害者のカウンセリングや臨床の場か?

「だからこう活動ができれば」「こう行動をすべき/して」って〆るわけではないんだ…。

被害の慰めや治療に聴衆役として利用されてしまった…という気持ち

それとも悲しさ辛さを正しく共有できれば結束が強まって活動意欲が上がるんだろうか。

 

いや、実際に参加してみて私はなにか学びを得られると無意識に期待してたんだなって気付いた。勘違いよくない。19時にいなかったのもたぶんよくなかった。事前に準備されていただろう主催側のスピーチをあまり聞けてない。もちろんフェミニズムに関心がある人たちが上野千鶴子のように話をできるとは思ってない。学びたいなら本を読めばいい。

無関心層への届け方や地域での支援を拡げる活動ではなく体験を共有する活動だった。

まあ勘違いにより自分の期待した話が聞けなかったって愚痴だよ。

 

フラワーデモ行った、って人間が身近にいることがなにかの励みになればと思って持ってるSNS全部に今日参加するって書きました」みたいな話してた人もいたので私は増田に書くね。

フラワーデモ行ったよ。

2019-05-11

ツイッター辞めてお友達とサヨナラした

タイトルのまんま。

親が末期癌で入院して看病やらで私生活が大変だった時期に、SNSに割く時間を親の為に費やそうと思って、それまで暇だと無意識にやっていたツイッター断捨離した。

消した当初はアカウント復帰出来る1ヶ月以内には再度ログインして、親の事が一通り落ち着いたらまた再開するつもりだった。

はじめの数日はすぐにあれこれつぶやこうとしてたけど、2週間くらい経った時にはツイッターをやらない状況が精神的に凄く楽だと気付いた。

私のフォロワーには同校出身の子が多いんだけど、その殆どが何かしらのオタクをやってる。

殆どジャンルは被らないんだけど、オタクは"友達の友達オタク"というだけである程度仲良くなれるので、芋づる式に友達が増える。

から、同じクラスじゃなくても卒業してからでも、何人かと新しく仲良くなった。

仕事はみんな職場職種も様々だからツイッターがそれぞれの近況を知る手段で、そこで暇そうなら声をかけては集まる約束をしてた。

結構な頻度で会ってご飯食べたり旅行したりしてたと思う。

友達はみんな同じような環境で育ってきたか価値観の違いとかもそれほど無いし、普通に健全に育てられた良い人間だと思う。

少し変わってるなと思う部分はそれぞれあったけど(もちろん私もそうだと思う)、でも倫理観とか道徳観という点においておかしい子は一人も居なかった。

から私は皆の事が好きだったし、少なからず周りからも好かれては居たと思う。

でも、ツイッターを辞めて、その中の一人の事を実は嫌いだったんだという事に気付いてしまった。

そして、学生時代のはじめからずーっと友達だった別の子の事も、本当は我慢ならなかったんだと気付いてしまった。

多分ツイッターから離れたことで友達とも距離が出来て、親の事が諸々と落ち着いて余裕が出来た事もあって、友達関係を冷静に考えられるようになったからだと思う。

ここまで読んでくれた人は分かると思うんだけど私は文章結構下手。

伝えたい事を上手く言葉に出来ない。

喋る方がもっと酷くて、伝わらないならまだしも全然違う意味解釈される事も結構ある。

その時に、そういう事が言いたいんじゃないんだよってすぐに訂正出来れば良いんだけど、訂正する言葉も上手く伝わらない。

そういう事が何度もあって、訂正する事はしないで、あ、今勘違いされたな〜って思うだけになった。

ひとつひとつが思い出せないレベル話題から別にそのまま話が流れちゃっても気にならなかったし、友達との話が面白く盛り上がる方が良かった。

そして、私、足りないのは語彙力とか説明する力だけじゃなくて、注意力とかも結構散漫なんだ。

というか結構そっちの方が足りてないかも。

過去に色々とあった時に、ADD(多動ではないのでADHDではないらしい)っぽいか検査してみたら?ってカウンセラーの人に言われた事もある。

結局検査することな解決したので、その病名なのかというのは分からないけど、一般より注意力が足りないと判断された事には違いないと思う。

そういう2つの事情があって、あまり私は友達から信頼はされなかった。

まあ、実際ポカやらかしてたし、しっかりしてる友達も多かったしで、私も自分より友達の方を信用したりしていた。

旅行では絶対に部屋の鍵は友達に持っててもらうとかそういうの。

なんかトラブルがあった時の対処とかも、私の情報はあまり信じてもらえなくてスマホで真偽を確かめから判断されたり。

思い出してみると、ネットでは違う意見もあるからとか、他の子が違う意見からって私の意見は流される事が殆どだったかもしれない。

こうやって書き出すとめちゃくちゃ根に持ってたんだなあと思うんだけど、当時は、まあ私だしな〜って思って特別腹を立ててなかった(と思い込もうとしてた)。

だって、私が注意力散漫なのは事実だし、友達は最善の判断をしてる。これは今でもそう思う。

だって友達みたいにしっかりした人間だったら、私みたいなポカする人間を信用するのって勇気が要ると思う。

それに、きちんとした人に責任を負ってもらうのは、私としても楽だった。

信頼されない代わりに責任殆ど無い、ギブアンドテイクのような、そういうバランス友達関係だったかもしれない。

もちろん、それだけの人間関係じゃないから、私が感謝された事だって当然あるんだけど、結局、私が友達断捨離するに至った経緯はこの部分にあるのかなーと。

だって、やっぱり私にもプライドってもんがある。頭ごなしに信頼されなかったら傷付くし腹も立つんだ。

そして、何よりみんなに疎外感を感じて寂しかったんだって今なら分かる。

腹が立ってたから、酒の場の私の愚痴を、数字を出せとしつこく論破してきた友達には、彼女の自ジャンルはあまり好きになれなかった上に、そのジャンル知識さりげなくマウントを取りたいとか思ってたし、実際マウント取った時は彼女の驚いた顔を見てスッとした。

いつも私の意見を信用してくれない友達結構自分ルールが多くて、そのうちのいくつかに正論を突きつけてイライラさせては喜んでた。

普段友達創作物に惜しみなく賛辞を送ったり、殆どイエスマン(ウーマン?)をしてたか特に縁を切られる事も無かったし、そこはとても気を付けてた。

だって、やっぱり寂しいのが一番で、みんなが盛り上がってるジャンルに足を突っ込んではついていこうと必死だったから。

自分、知ってたけど、分かってたけど、ほんと性格悪いな〜と思う。

しっかりしてない自分が悪いって知ってるのに、ちゃんと伝えられない自分他人より足りないんだって知ってるのに、蔑ろにされると友達ですら傷付けたくなる下らないプライドの持ち主なんだよね。

友達とサヨナラしたのは、こういう自分がなによりも一番嫌いだから

ヨナラしたらもう醜い自分なんて人目に晒さなくてすむじゃん?

友達が私の言動困惑してるのも見なくてすむしね。

こんな性格悪いのにいちいち付き纏われるとか可哀想しかない。

だって嫌いだけど、我慢ならないけど、友達のこと本当に好きだし尊敬してるし感謝してるんだ。

しかったのも本当なんだよ。

から、こういう変な奴とは距離を置いて欲しいと思う。

会う約束とかは殆どツイッター約束が交わされるからツイッターを辞めるって友達と会う機会を減らす事と同義なんだよね。

向こうが私の事を誘いたいと思ったらLINEで声がかかるかもしれないけど、ツイッターと違って私の近況が向こうに知られてるわけじゃないから断る事も容易だし、もう遊ぶことは無いと思う。

なんて事にツイッター辞めてようやく気付いた。

彼女たちの事をツイッターで逐一知りたく無いし、彼女達の一言に何かを感じてしま自分が嫌だ。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん