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はてなキーワード: 無意識とは

2018-07-22

虚しい

一体何のために生きているんだろう?

いや、答えは分かっている。

意識的にも、無意識的にも、生きようとした個体が今生き残っているにすぎない。

次の世代を産む前に死ぬ個体は子孫を残せず、遠い昔に絶滅した。

我々はその結果に過ぎない。

2018-07-21

人権女性のもの

みんな口にはしないが無意識にそう思っている。

最近マイブームブクマ多数のエントリを、記事だけ読んでブコメは一切見ない

マジで新鮮。

自分普段如何に他者コメント無意識に引きずられていたか残酷なほどに詳らかになる。

「私の意見はコレだ!他人がなんと言おうと揺るがない!(ドン‼)」って言える自信のある人にはご理解いただけないだろうが、

ブコメみるのが日常になってる人は一度試してみてほしい

2018-07-20

anond:20180720092400

これさ、犬6匹じゃなくて例えばカブトムシ6匹でも同じように騒ぐわけ?

きみら、無意識に虫と犬猫差別してませんか?

勉強に集中できなくてつらい。

集中すればするほど周りの情報無意識に拾ってしまうから静かな所でないと集中できない。

いや、集中はできるけどあっという間に尽きる。

テレビ子供の声、人の動きそういうレイヤーが増えた分だけ累乗倍して集中力の消耗が加速する。

甘えとか外でやれとか言われるだろうけど毎回出るわけにもいかないし、何より一番捗るのは自宅のPCからきつい。

蓮舫がいますぐやめるべきこと

虚空を凝視して視線を固定してから喋り始めるやつ。

政府批判コメント出すときとかでいつもやるんだけど、あれほんとやめたほうがいい。

当人迫真感とか深い思慮とか憤慨とかを演出してるつもりなんだろうけど、毎回のようにやるからお芝居感しかない。

常にああやって自己演出性の強いしぐさで喋る人間は信用されない。

はっきり意識言語化して突っ込まれなくても、みんな無意識下に「またお芝居しながらしゃべってるよ」とは感じてる。

2018-07-19

anond:20180719231406

若い女性に似せたほうが評判が良いというデータがあったらどうすればいいんですか。差別しているのは我々の無意識ということになりますけど。

2018-07-18

君っていつも抜けてるよね」

私はよく物忘れをしたり、物を落とすことをしてしまう。ドアや炊飯器のふたやクーラーボックスの蓋をよく閉め忘れる。会計の時に財布を忘れて店を出ようとしてしまう。また、物をうまく結べなかったりする時が多い。他の人と比べてすごく不器用な方だと思う。

その「くせ」がADHDという発達障害に起因するものだと大学生の時病院で診断されてから、ある程度受け入れる一方で、ああやっぱりそうだったんだな、と納得はいくけど「普通の人」ではなかったんだなと悲しい気持ちになった。

仲のいい友人たちもちょっと「抜けてる」人が多い。だから、みんな遅刻もよくするし忘れ物もよくする。でも、誰も怒らない世界から、そこでは気楽に過ごして皆ある程度のことは許されている。

ただ、それは月1だったり月2,3で会う友達からこそ「まあいっか」と許容できているんじゃないかと思う。

それが毎週のように会う恋人だった場合状況が変わってきてしまうのだと思う。

最初恋人は、私がそういった抜けている部分を見るのが許せなくて暴力暴言をたくさん振るってきた。机からコップを落として水をこぼしたら、10回ほどお腹を殴られた。その人の気に入らない「私のくせ」をつい出してしまうと、「お前はどうしていつもそうなんだ」と怒られた。最初は、そういったドジをして謝った時、頭を撫でながら慰めてくれた。でも、一向に直らない私の姿を見てイライラするようになったのか、上記の行動に走るようになってしまった。結局、我慢できなくなってこちから連絡を切って別れた。

2人目の人は、暴力は振らなかったけど、私の行動に対して最初から気になっていて、その人本来性格もあって「○○(私の名前)ちゃん、それヤバイよ。絶対直した方がいいから。」と逐一言ってきた。関わる期間も短かったかあんまり覚えてないけど、いきなりLINEで「お前はほんとそういうとこダメだな」と連投してくるのがとてもしんどかった思い出がある。

3人目の人だけは私がどんなドジをしても怒らなかった。その人も私と同じくらいADHD傾向のある人で、すごく寛容な人だった。「こんな私を受け入れてくれるなんてすごい」と思って感動してしまった覚えがある。それが嬉しくて、今までで一番長く付き合った。でも、その人はお金に対してすごく不器用で、段々と私に対してお金をせびるようになってきてしまった。「ああ、結婚したら私が稼いだお金もこの人の散財に使われちゃうのかな」と怖くなって別れてしまった。

今、好きな人はすごく優しくて、ちょっと変わっているけれど大事にしてくれて本当に好きだ。

でも、その人にもついに「そういった抜けてるところがすごく心配で、将来を一緒にやっていけるか不安から直して欲しい」と言われてしまった。

今まで好きになった人の中で一番魅力的で好きだと思えていた人だったから、最初そう言われたことがすごくショックだった。「この人も、1番目の人や2番目の人みたいになっていってしまうんだろうか」と怖くなってしまった。たとえ、そうならなかったとしても大好きな人無意識イライラさせてしまっていた事実がすごく辛かった。

正直、私に対して「直して欲しい」と言ってきた人は結果的に私に対して及んだ行為は酷かったとしても、その人の性格だけの問題ではないと思う。距離感の近い人間がそういった抜けた行動をしているのを何度も見ていると、ついイライラしてしまうのだと思う。そういった感情に左右されて相手非難する行為は「モラルハラスメント」だったとして、その感情を生まれること自体否定してはいけないと思う。

かに今までされてきたことは酷かったことは多いけど、そもそも私の「抜けてるところ」のせいでこうなってしまったと言えるんじゃないか。似たような出来事がここまで重なってくると、もし、私が抜けていなかったらもっと良好な関係が築けたんじゃないか、と思えてくる。

どう捉えるべきなのか正直よくわからないけれど、同じことを繰り返すのは怖いという気持ちでいっぱいになっていて、とにかくADHDに関する本を読んでみたり、発達障害を診てくれる病院にまた行ってみようという気持ちになっている。

anond:20180718003503

もちろん、学歴はいらないという案はあり得る。学歴人間職能本質ってことはないよな。

一方で、日本社会には「学歴人間/職能本質を表す」と思っている人間は沢山いる。半分無意識な人を含めると、かなり多い印象がある。

また、イラついてる人が多い空間では、よく学歴差別に利用されるのは、同意してもらえるだろう。

そんな価値観しょうもないのは言うまでもないけど、元増田はそういう価値観人間と少なくともしばらくは関わる機会があるだろうと判断した。

 

元増田がどう言う風に生きたいかはわからないけど、

 ・学歴コンプレックスがあって、高卒肩書きがあった方がなんか楽

 ・取った方が区切りをつけられそうな気がする

などなど、合理的でなくても、取ってしまった方が良いだろうと感じるのだ(文面から、そういう意思勝手に汲み取ったのだ)。

こういう問題は、理性を超えてジリジリと精神を削るからな。

 

繰り返すが取らないという選択もあり得る。

もちろん最後に決めるのは、元増田だ。

じぶんで思考してないような感覚をおぼえている

人と話すとき、周りのものやそれまでの話の流れから、何かをおもいつくことがある。実際はおもいつくとかいうか、おもいつかされているという感覚なのだが。

ふとんを触っていたら、ふとんに関連する記憶が呼び起こされて頭の中で話題が完成して、「ふとんに喋らされている」という、ぼくもふとんも同等であるような奇妙な感じ。

自分で考えたとおもっていても、体調によって考えが変わり、他人発言・目に入ってきたもの感情が刺激されるので、自分思考が疑わしい。自分感情わずらわしい。

ほとんど無意識の行動が積み重なって、次の自分思考や行動が構築されているというのは当然のことだけど、ずいぶんしゃらくせえものだ。こっちでデザインさせてほしい。

自分思考結果を自分再検証すると「なんでそんなふうに考えたのか」「なぜそんなことをするのか」が意味不明だったりして怖いことがよくある。それは今まで自分の身にふりかかってきたものや、社会通念、子どものころから積み重ねたいわゆる常識というものによってそのように考えるのであって、明確にそうであるべき理由は何一つないことで「なぜ自分はそう考えたか」と絶えず疑問を抱く。自分存在がひたすらあいまいものになってきている。今の自分と数時間後の自分とではっきりとした境界がある。

もともと無気力だったがもっと無気力になり、他人わずらわしい。いちいちこちらの思考説明するのもめんどうくさい。

あるいはこの鬱病じみたやる気の無さを発散できるロジックがあればいいなとおもっている。

2018-07-17

外来種絶滅危惧種といったような問題

人類環境に対して強大な影響力を持ち

それらの方向性を左右するほどの一種淘汰圧となった為に生まれた状況だ

人類が行ってることは自然破壊である以上に自身に適合した環境を構築するという生命一般に行われる行為である

これまで我々は自身が把握しある程度のコントロールが出来るような自然改変を行っていたがその段階はとうに終わった

現在私たち無意識のうちに自然に影響を与え自然を改変している

そして無意識であるゆえに私たちはその方向性を見定めることが出来ずにいる

こういった問題は単に自然保護すればいいということではない

 我々知的生命体の持つ宿命であり本質的問題であり慎重に考える必要があるだけでなく迅速に行動しなければならない事柄

anond:20180717093611

もともとかなり下品だったろ^^;

ころんされたせいで、無意識のうちに美化されてるんじゃないか

2018-07-16

早起き

朝起きるのが苦手だ。目覚まし時計をいくつかけても二度寝三度寝するし、気付かないうちに止めていたこともざらにある。目覚まし時計をベッドから遠ざけたり、台数を増やしたりした。結果効果なし。床で寝るし、2台でも3台でも無意識のうちに止められる。自分が恐ろしい。スマホアラームを使っているんだけど、寝ぼけている自分は意外とすごくて、無意識のうちにその後全てのアラームを消していることもある。起きた時はさすがに驚いた。

ただ、1つだけ起きられる方法があって、寝る前に明日起きられなかった時の想像をして限界まで追い込むときちんと起きられる、というのがあるんだけど、夜中何度も起きるし、なにより精神が疲労するのでできるだけやりたくない。

いまは親と暮らしいるから、起こしてもらえるし、送ってもらえるから遅刻することはまずないけど、一人暮らししたら、、、と思うと今から冷や汗がでる。

世の一人暮らしして朝起きてる人全員すごいな〜〜と思いながら、明日早起きを憂えて寝る。

はあちゅうさんの結婚フェミニズムに対する誤解

はあちゅうさんがAV男優結婚したという話が話題になっている。別に知り合いでもないし、それそのものについては何も言わない。だいたい、どんな相手であっても、結婚相手選択他人揶揄するなんて、常識のある人間がやることではない。

自分が言いたいのは、「me tooとか言う人間が、AV男優結婚して良いのか?」「フェミニズムAV男優結婚することは矛盾しないのか?」とかい意見について。これおかしいので、このおかしさについて指摘しておきたい。

まず、me too運動は、フェミニズム無関係であるというのは言い過ぎであり、時系列で見ればフェミニズムの成果に乗っかる形で、me too運動があるという見方はできると思う。とは言え、歴史的にはむしろフェミニズム独立する形で、語られたことに意味があると思っているし、その2つを同一視するのはおかしい。つまり、me too運動に参加したからとしてフェミニストではないし、実際彼女過去発言フェミニストとしての要素は全くないと思っている。

その上で言うと、あえてフェミニズムAV男優関係で言うなら、もっと注目されるべきなのは、多くのフェミニストが、セックスワーカー人権・・・さらに立ち入って、倫理的位置づけについて関心を持ってきたということだろう。フェミニストの一部は、セックスワーク男性による搾取産物であると考えると同時に、セックスワーカーが「汚い」とされる倫理規範がそれ自体家父長制の産物であるとして批判してきた。そういう意味で言うと、AV男優という職業は、セックスワーカーに対する加害者であるようにAV視聴者には見える(そのように演じさせられている)以前に、彼自身セックスワーカーであるということを忘れてはならないと思う。したがって、AV男優結婚するという行為自体は、実に「フェミニスト的」であるし、控えめに言っても、フェミニズムは、女性AV男優結婚することを批判する根拠にできる理論ではない。

したがって、「フェミニズムAV男優結婚することは矛盾しないのか?」というたちの悪い批判は二重の意味おかしい。はあちゅう氏がフェミニストであるという根拠のないレッテルを貼った上で、フェミニズムと全く矛盾しないAV男優結婚するという行為批判しているから。

自分が一番怒りを覚えるのは、フェミニズム自分の都合の良いように一面的解釈した上で、フェミニズム関係のない個人批判する根拠に使われていることだ。これは、フェミニズムにもはあちゅう氏にも失礼だし、まして、この過程無意識差別されているしみけんさんが気の毒でならない。

もうくだらない騒ぎは終わりにしよう。そして、はあちゅうさんとしみけんさんに、祝福を。

2018-07-15

女性の多くにはダブスタという批判通用しない

批判としての意味意図はわかってるが感情の深いところで「それのなにが悪い」と思っているから。

いくつもの「スタ」を走らせていてその場合場合で都合のいいところに乗り換えるのが通常運転

意識無意識の差はある。あくま社会人としてその気持ちに逆らってきちんとスジを通す方も多い。

でも基本はそう。

それを知ると怒りの感情もだいぶおさまったしだいぶ察することもできた。

そして不思議なことにモテるようになった。やさしいんだと。

そりゃそうだよな、向こうの都合に合わせて振る舞ってるんだから

担降りするよ

別にこれといった確証みたいなのは無いけど。あぁ、でもきっと降りるってこういうことなんだろうなぁ。私は最近それをゆるゆると実感している。あ、なんだこんなに呆気ないものなんだ。と思うと同時、こんなにも好きな気持ちを引きずるものなんだ。なんて、驚きと未練。いや、この気持ちを未練と呼んだら彼にかわいそうだ。私はきっとこれからも、この先も多分神山くんのことが好きだと思う。

素敵な人を所謂担当に持てたなと思っている。今でも。最初はどっちかというと、んん、ちょっと無いなって思ってた。なんていうの、インスピレーションというよりももっと単純な所謂第一印象最初なんて軽く重岡くんから入っていったからね。そのまま重岡担になってたらどうなってたんだろう。今の一文を書くまで考えたことがなかった。けれども可能性は十分あったと思う。昔人に話したことがあった。私が神山くんを好きになったのはわりと確率としては低いもので。ありとあらゆる平行な世界線の中でも数少ない一本だと。友達、何言ってんの?って顔してた。うん、私もそう思う。でもそうなんだ。好きになった可能性を言葉に当てはめるとこうしかない。数ある世界線のうちの、一番可能性の低いものだと。

所謂自担くんがもう一人いるんだけど、その人はきっとわりとどの世界線でも好きになってたと思う。顔が好きだし。え〜!なんで今日もこんなに顔がかわいい?!っていつもおもってる。対する神山くんの顔は、綺麗だし、かわいいなーって思うけどめちゃくちゃ好き?って問われたら。んー…って濁すと思うなぁ。あ、でも世界で二番目に好きな顔がリバーフェニックス。顔の輪郭だけならちょっと似てる?……いや、似てないか。まぁそんなこんなで私はまずこの人の顔は好きになれないなって初めて見た時思った。

思ったんだけど!!!!いやー、人生何があるか分からない。だってさ、そう思った数ヶ月後ジャニショ写真買ってシングルの予約してるんだよ。神山くんが好きだからって。好きになる前までの少クラカットしてなくて良かったって自分感謝した。

重岡くんの昔からシンメって知って。(オタクあるあるシンメに弱い)ダンス見て、アクロバット見て、歌聞いて。その他諸々知って。あ、この人のこと愛さなきゃなって。

しかったなぁ。神山担してた時。だいたい二年くらい?そんなんでこんなの書くなってツッコミ絶対あるだろうけど。これは初めて降りるという概念を肌で感じた一人の人間メモです。好きになったらすぐおっきな舞台仕事来て。えっ、脚本あのクドカン?!大手劇団?!座長生田斗真?!そんな中で演技するん?!夜中に見てビックリしてその後ベッドでごろごろ喜んだ。次の日寝不足だった。でも嬉しくて。その日の午後くらいにはチケット取れるか不安だったけど。ほんと〜にチケット取れるか不安だった。最初の方の抽選ことごとく落ちて。神頼みしてたのに。もう今後チケットが当たりますようにって神棚には頼まないことにした。これ見に行けないのでは??と項垂れてたらとりあえず一般取れて。やったー!って思ってたら大阪追加公演当たった。え、自分大阪公演行くの???とか思ってたら友達から急にLINEきて神ちゃん舞台いける?って。行けるよー大丈夫!って返したら友達チケット余らせてるんだけどって話で、行きます!ってもうすぐに言った。あの時の現在は濵田くん担の方ありがとうございます。話は前後するんだけど、神山くんを好きになったばかりの頃。ちょうどしんどいな〜って思う時期で。基本的に寝たら忘れるあぱー!みたいなタイプなんだけど、その時はまぁ今考えると病んでるみたいな感じで。家でも耳にイヤホン突っ込んで話し掛けないでみたいな雰囲気出して。後に母親から精神科連れてこうかと思ってたとか言われたりして。これ笑い話。でも神山くんも頑張ってるからと思うと自分もなんとかしようって。理想とは違う今だけどあの時自分なりになんとかしようと動いてこの生活があって。わりと人生楽しいから悔いはそこまでないよ。そうさせてくれた神山くんには頭が上がらないなぁ。いつも動画漁って、こんなに頑張ってるんだと考えると自分も。とか思っちゃうよね。で、話を戻して舞台の話なんだけど。三劇場で見れて。神山くんがどんどん成長していくのが見れて良かった〜!!いつも公演終わる毎にもう胸いっぱいで。掌痒くなるくらいに拍手してた毎回。この人のこと好きで良かったなぁとつくづく感じた。こんなにこの人のこと好きで良かったなぁと考えたの初めてだよ。

神山くんのこと好きになれて本当に良かった。ダンスが上手くて歌が上手くてアクロバットが出来て。料理も出来るし、メンバーに優しいって言われるし、挙げだしたらキリないよ。器用だから器用貧乏みたいに言われることもあった。うるせー!!不器用より器用の方がいいだろ!!って。好きだなぁと思わせてくれることをいっぱい出来るし持ってる神山くんが好きだ。きっとこれからも好きだと思う。

でも、多分降りる、きっと。神山くんのことが好きだ。これまでもこれからも。これを読んだ誰かがそれは好きじゃないと考えればそれはそれで別に構わないけれど。でも私は声を大にして言いたい。神山くんのことが、これまでもこれからもきっと好き。

追い掛けるって言うのかな。それが出来なくなった。DVDCDを買わなくなった。一応稼いではいる身なのでオタクとして最低限の費用は出そうと考えてオタクやってる。CDは全種類買う、Blu-rayは特典が被らない限りは初回も通常も買う。でも出来なくなった。お金が無かったわけでもないけれど。でも買わなくなった。ちゃんと見るかな。見ないなら買わない方がマシでは?と考えてしまい買わなくなった。シングルは、言ったら怒られるだろうけど音楽性がなんて言うか、買いたいなって思えなかったものが続いた。

グループは限りなく一本に近い平行線の集まりだ。自論。その線の集まりから抜け出すにはグループから抜ける他は方法が無い。個人担の人すごいなって思う。自分絶対自担を見る時にその後ろにいるグループも見るから。それらを全部引っくるめて飲み込んで咀嚼して。そしてようやく好きかどうか言える。グループが嫌いになったわけではない。神山くんが愛しているグループが好きだ。忘年会やろうって言って神山くんの家へ集まった。そんなグループが好きだ。でも、それだけでは私の心は追い掛けようという気持ちになれなかった。グループがやりたい方向性を肌で感じて、ようやくその人が好きでじゃあ追い掛けようとする私だから

正月明け早々横浜アリーナに行った。westivalを見に。地元が笑えるくらいの悪天候でこれ間に合うかな?とか若干心配してたけど余裕で間に合った。ペンライト電池忘れてたけど。(三十分前に思い出した)時間になって七人が出てきて。神山くんかわいいな〜!って思ってた。ちょうどバクステ側のアリーナだった。センターじゃないよ。バクステ側の席が好きだ。ちょうど構成が分かりやすく見えるから。おまけに横アリで言うアリーナだったので万々歳。自チケはその公演のみで、でもやっぱりまだ行きたいなって思ったら別の公演のチケット探そうって思ってた。探さなかった。

あぁ、多分もう合わないんだろうなぁ。って公演の途中から肌で感じてしまった。文句というより、不一致。それが文句だろうと誰かが言うのなら文句で良いです。私の中では不一致だけどね。彼らがやりたくてやろうとしていること。それが今の私には些か合わなかった。ううん、些かじゃないんだろうなぁ。七割くらい合わなかった。びっくりした。コンサートでこんなこと思うんだ!って。入ったことに関しては後悔ないよ。だって神山くんかわいいしかっこよかったし。でも、いつものかわいい!かっこいい!よりも盛り上がらなかった。それは好きな人が私とは合わないなと思うことをしていたからだ。何処がどういう風に。と明確に返すのは難しいけれど。兎にも角にも、少なくとも私はこういう演出や魅せ方を見たいわけではなかった。グループ否定ではない。むしろ彼らが本当にやりたいことの答えがwestivalであるのなら。それを貫き通してほしい。貫くと言っても改良を重ねて。本人達にとって、より良いものになることを祈りたい。でも私には残念ながら合ってなかった。悲しかった。腹立たしかった。どうしてそうなの?って。なんでこんなに私の感性は捻じ曲がってるの?って。自分も見たものも、どちらにも納得は出来なかった。でも私一人なんかの我儘。そもそも本人たちの耳にまず届かないであろう声。それが万が一聞こえたとして。それだけで自分たちの信念を曲げないでほしい。絶対に。自分たちがしたいことをして、そしてファンを楽しませる。それが私の中のアイドル理想の一つであって。あの日、後ろにいたまだ若い高校生くらいかな?)女の子たち。楽しそうだったなぁ。ドラゴンドッグ歌うって時に、え、ヤバイヤバイ!みたいな。ヤバイ連呼で内心出川哲朗になってるよ><ってちょっと笑った。パラチャーの前の映像でめちゃくちゃキャーキャー言ってて。若いなぁ、楽しそうだなぁって。すっごい大きな声出してて。でも全然辛くなさそうで。むしろ楽しそうで。あぁ、彼らにこういう女の子たちのファンがいて良かったなとつくづく感じた。そしてあまり盛り上がれなかった自分。惨めだ。

それから電車乗りながら考えて。チケットは探さないこと。それと、多分もうコンサートは行かないだろうなぁ。なんて結論が出た。自分が合わないなぁと思うものの中でアイドルをする神山くん。どんな彼も好きではあるけど、応援し続けたいかと問われたら素直に首を縦には触れない。神山くんが、それらを自分のやりたいこととするなら口出しなんて出来るわけない。むしろ頑張れって言うよ。でもそれを追い掛けることは多分出来ない。残念ながらそこまで感性が豊かでないというか。神山くんをひたすら純粋に素敵と思う前に色んな邪念を持つだろうから。色々なものも買わなくなったし、ここら辺が潮時なんだろうなと。ぼんやり。帰り道、だんだん地元に近付く景色を見ながら考えていた。

でもやっぱり神山くんのことは好きだ。彼の何がすごいかって、見る度に好きだなぁと思わせてくれる所。すごくない?見る度に私この人のこと好き!好きで良かった!と思えてしまうの。そんなアイドル、きっとなかなかいないよ。みんな心の何処かで大好きな人に対して多かれ少なかれ受け入れない部分がある。そりゃあ神山くんにそれが無いとは言い切れないけど。でも姿を見て、歌ったり踊ったりする姿を見ると好き!って感じてしまうのだ。好きって気持ちサイコーサイコーだけど、でもも応援することはしない。私が理想のしない神山くんの理想の中でアイドルとして彼は生きていくから。残念ながら私はその齟齬を飲み込めるほど心が広くない。もうファンでなくなってしまうなと同時に考えた。

それからちょっと楽になった。もう追い掛けないと決めたら、その前まで番組を見逃したりしてファンとしてどうなのと思ってたけどそれが無くなって。気持ちが軽くなった気がする。CDDVDを買わない後ろめたさから解放された気がした。見たい時に見て、見たくない時は見ない。それだけでかなり楽になった。ちなみに今まで買ったものはまだ売りません。無意識のうちに楽じゃない好きを持ち続けないといけないって考えていたことに気付く。でも今は楽だ。もう降りるから

ここまでつらつら書いたけど。もー文章支離滅裂でびっくり。担降りブログ書く人、よくもまぁあんな端的に且つおもしろく書けるよね。ジャニオタ文豪。一理ある。とりあえずは九月の舞台を見て。ちょうど九月がFC更新時期だから。このまま更新せずに。そうしていずれメールが来なくなることを思い描いている。でも舞台には行く。一回くらい行きたいって思った。好きだから最初に肉眼で神山くんを見たいのが舞台から。それで舞台は見たいと思ったんだろうなぁ。チケットは本当にドンのケツって感じの一番後ろの一番値段が優しい席。そこで好き!とはなる。きっと。けれど、じゃあまた追い掛けよう!とはならない。気がする。どうなるか分からないけどね。でもとりあえずは舞台見て。神山くん好きだなぁとしみじみ思いながら降りる。でも好きだよ。これまでもこれからも。

神山くん担してて楽しかった。ラキセはギリギリ行けなくて。次のなうぇすと入ったらドラマと被って髪が黒かった。もしかしなくとも黒髪神山くんを肉眼で見れてしまう?案の定そうで。本人は黒は子供っぽく見られるからと言うけど、私は黒も大好きだよ。茶色も、金も、たっくさん他の色も。そう、なうぇすとでさ、トランペット吹いてたじゃん。一応音楽齧ってて、そんな自分の耳で聞いた神山くんのトランペットの音はもうとびきり柔らかくて優しくて。ちょっと荒削りなところがあって。こんな優しい音を出せる人が好きなんだ。そう考えると誇らしかった。自担すごいでしょ、って。あと先陣切って花道歩いてたのもかっこよかったなぁ。あとタオル落とした人に対して落としたタオル拾って、汗拭ってから返してた。返された人、崩れ落ちて。あと頭にリボン付けてたのもかわいかった。ええやんけェ!だ。私が珍しく振り付け覚えたやつ。あと、あと、そう。七人で並んだ時ね、重岡くんと神山くんが隣で。前の曲の余韻でちょっかい出す重岡くんを神山くんが柔らかく笑いながら、ちょんっと押し飛ばしたの。それがもう二人の世界で。見ちゃったな、なんて気分になって。それと同時に胸がきゅうっとして、見れてしまたことが幸せだった。神山くんを好きになるきっかけ(?)である重岡くん。神山くんに対して普段ちょっと遠慮がち(?)なのに。ああいう時には二人だけの世界なっちゃってさ。見てて幸せだったよ、ありがとう

あとドラマ日曜日、楽しみだった。同じクールで他に好きな人ドラマ出てて。今年の冬終わらないでって三月に入ってからずっと願ってた。こぐちゃんかわいかったよ。特別目立つわけではないかもしれない。でもちゃん存在感があって。この子はどんなキャラクターなんだろ?って視聴者に印象付けするのが得意な人だなと思った。全話通してかわいかった。だから偉い人お願い、円盤出して。今からでも遅くないよ。それは買うから。ここで言わず手紙書こうね自分

他にも色々と書きたいことあるだろうけど。とりあえずは浮かばいからここまで。これまでもこれからも、きっと神山くんのことが好き。そうでいたいな。そしてこれは単なる我儘だけど、見るたびに好きと思える神山くんがずっと続きますように。

あと遅くなったけど誕生日おめでとう!

2017.7.15

2018-07-13

anond:20180713124227

損得理解してるなら卑怯であっても故意ではあるからいいと思うんだ

問題無意識に醸成されてる価値感を完全にオリジナルだと思い込んでる人

恥ずかしいとかダサいとかそういう感情が他社の視線依拠してる事に気づいてない

女性痩せるのは男性や同性の目を気にしてるわけではない!

男性ぽっちゃり好きなのは知ってる!

自己満足でやってるんだ!

キモいから見んな!

この説見てると無意識下の洗脳というか

自分価値観の根源がどこかっていう問題に突き当たるよな、って思う。

女性である彼女自己満足を満たす美の基準は、長年社会が培ってきたものであって自己発現したものではない

それはやっぱり究極的にはモテるためってのがスタートだろうからそこからは逃れられない

尻に長い棒ぶっ刺してその長さが美基準だ!ぐらいの奇抜なもんじゃないと

2018-07-12

シュークリームに物申す

ケーキ屋だのパン屋だのコンビニだので当たり前のようにおいてあるがアレ美味くないよな?

箱に入れないとダメケーキに比べて袋に突っ込んだだけで持ち運べるという利便性だけで並べられてる欠陥スイーツだろ。

中にドロッとしたクリームが入ってるだけという下品さ。三十年前のクリームが舐めれれば満足という時代ならともかく今時これはないわ。

周りの皮もフワフワとかザクザクとか色々あるけどスポンジやクレープ生地のようなクリームとのマリアージュというのはほとんど感じられない。

スイーツと言ってシュークリームを出されたときのガッカリ感。味は二の次で取り回ししやすいのにしましたって感じで、食に対してそういう感じなんだこの人って思われちゃうよ。

だいたい好きな甘味シュークリーム上げるやついるか知名度に比べてびっくりするほどいないから。みんな無意識には気づいてるんだよ。この食い物のいい加減さに。

平成の終わりとともにシュークリームという老害を陳列棚から追いやるべきなのだ

anond:20180709134500

時間には3種類ある。

楽しい、嬉しい、安心できる時間

痛い、苦しい、不安時間

そして無意識時間

 

通勤は無の時間だ。

家を出てから会社に着くまでのモラトリアム

妄想に耽って、感情を入れ替える時間

痛覚を切る準備。

 

目的地に至るまでのチェックポイントを接合し、

バランスを調整してシステムを構築する。

あっちの近道は登校する小学生に囲まれて1分のディレイ過去8回中4回。

前が突っかからないで改札を通れる確率が高いのは右2。

出口まで最短は4号車、同僚と鉢合う確率が一番高いので、

1号車に乗って改札までの時間を稼ぎ後ろから追う形にする。

 

今日は出だしから順調、妄想に耽る。

小学生にも絡まれず、信号も丁度良く青に変わる。

改札前で人にぶつかる。振り返ったので5秒ロス。邪魔

右2が混んでたので4までスライド、前のババアが突っかかる。邪魔だ。12秒ロス。

ホームから上がってくる群れにコースを消される。迂回で45秒ロス。クソが。

1号車まで行く時間が足らず4号車に乗る。狭い。

最悪だ。駅に着くまでこちら側のドアは開かないが、

この体勢はスマホが出せない。終わった。

隣のおっさん臭いタバコと生乾きの臭い臭い移る。離れろ。

どっかから漂ってくる香水は頭が痛くなる系統だ。妄想どころではない。

駅に着く。時間を稼ごうとするも群れの流れに押されて出口を出る。

ああ。あそこの角から同僚が出てくる。うっわ。クソが。

どいつもこいつも邪魔ばっかりしやがって。

 

妄想に耽って感情を入れ替える時間がなく、

痛覚が切れなかった。

今日あいつらの舌打ちが聞こえる日だ。クソ。

かしこいお父さんと、苦しんでいる娘さんに

小さい時から説明のつかないことは言わない。泣きわめいたりしない。という特質があった。

自分のstatusとしてすべて言語説明してたらしいし、家族もそれを無意識に、私に求めていた(ちょっと事情があって)

結果。3歳でノイローゼになり、1年、家族からも完全隔離されて、ひとりで過ごした。

3歳のノイローゼとは、どうしたものか。

感情思考ロックアップした結果、食がとれなくなり、眠らなくなり、内臓器官的にも自己消化まで起きたりしていた。

全身で、生きるのを拒否、この世から自分を消し去ろうと、身体システムが全力で突っ走っていった。

感覚生活に閉じ込め、自爆しようとする全細胞が沈静化するのを待つしかなかった。

その後も自分では解らないこと・説明できないことは、その場の文脈から推測して「説明」していた。

説明」は状況に矛盾しないため、受け入れられやすかったが、実感には裏付けされてなかった。

そうして、自分感情感覚言語野が、どんどん乖離して行き、自分自分が信じられなくなる。

理由なく湧き上がる感情、そういったものを発現させることができないまま、進む。

演奏してる時間だけは、何かが一致している、と感じることが出来た。

その感覚は、社会自分の間では得られないものだった。

こうしてさらに、社会性のない人格になっていくが、音楽出会った人が、それに気づいて、深みにいる私を取り出した。

「お前は、お前の思っていることを、何一つ話していない」

以降15年以上をかけて、社会適応する訓練を続けて今に至る。

それがなかったら、とっくに、社会からログアウトしてただろうなーと思う。

賢い娘さんが、2歳をこえたあたりで、苦しんでいる。

ご両親も大変かしこいため…賢さの陰に、こんな可能性があるのを知らないな、と思う。

自分のあまり個人的な事のため、これを「説明」として話すことが私にはまだ出来ない。

ただボトルに詰めて海へ流して、もしかしたら漂い辿り着くかもしれない、と思って書いてる。

人間本来説明がつかない不思議な生き物

矛盾だらけで、理不尽で、理解不能存在

自分自身も、本来そうなんだ。

それを忘れないでいることで、今から育っていくこどもたちの、なにかのアイディアになれたらいいと思ってる

友達市民団体トップだった

幼稚園の頃に仲が良かった同級生(A)が市民団体トップを張ってた。いわゆる発起人だ。

Aと遊ぶときは決まってぼくの家だった。Aはかんしゃく持ちで、少しでも気に食わないことがあると暴れた。幼稚園児にしてまさか出禁を喰らうが、そのたびに「ごめんなさい」と詫びを入れてきた。

小中も一緒だったけど、クラスが違うので疎遠になった。傍から見てるとAはいじめられっ子というより珍獣的なポジションやんちゃ同級生がAをわざと怒らせて楽しんでいた。指相撲に負けて学校の壁に穴を開けたこともある。

その後は交流が完全に途絶えた。ある日ふとAのことが気になってフルネームでググってみると、タイトルの通り。9条を守る!脱原発差別反対!自民政権は許さない!といった具合。ことさら差別に関してAの個人的言及は凄まじい。

Aは、生きがいを見つけたのだと思った。Aが認めてもらえる場所は、そこにしかなかったとも思えた。また、自分の痛みを政治批判にすげ替えている。彼はよりよい日本を目指しているのではなく、自分の痛みを知ってほしいだけなのだ

市民団体はよく絵空事を抜かす節がある。政治批判をしても代替案が欠如している。あからさまな無茶ぶりだ。だけど、彼らにとってそれはどうでもいいことなである無意識下で、政治自分の痛みをのせている。抑圧された幼少期だったり、Aのようであったり。何も聞き入れてくれなかった親や世間の代わり。単純な憎悪。ぼくらは、彼らの痛みを、政治というフィルターを通して聞いているだけ。

そんなことを考えたとき市民団体の無茶な主張に、はじめて合点がいった。

anond:20180712020435

から多様性みたいなお題目を具体的にどこからどこまで適用するつもりなのかはっきりしろって話でしょ

実際偉そうなこと言ってる彼らだって自分お気持ちにかなわないもの無意識的に切り捨ててるんだけど、せめて自覚ぐらいは持ってほしいわけ

2018-07-11

スポーツ人種

昨日のフランスベルギーを見て思ったこと。

まず、人種ってのは差別対象ではないとは思うけど、明らかに違いはあるんだよな。

こう言うことを言うといつも「まだ民族人種に囚われているのか」みたいなことを言われるんだけど、

そうは言っても、

別に完全に同じじゃなくても、

ゲルマン人アングロサクソン人みたいに連続的で似てるならともかく、

フランスベルギー白人アフリカ系の黒人じゃ見た目も運動能力も完全に”違う”からね。


日本においても、大坂なおみケンブリッジ飛鳥みたいなのは駅伝助っ人外国人感、または単に外国人に見えてしまう。

別に、道を歩く黒人黒人容姿ハーフ日本国籍を持っていて、日本人として接してきても違和感ほとんどないと思う。

でも、これはスポーツからこそ、自分スポーツを長くやっていたからこそ生じる違和感のような気がしている。

要は、運動能力などに自分や周りの人との連続性を感じないために生じるものだと思う。無意識に、”日本的な運動能力”と照らし合せてしまう、というのもあるだろう。


また、フランスベルギーのような受け入れ方を見るとスポーツ黒人だらけになる危機感がある。

危機感といっても黒人に乗っ取られる!ヤバイ!とかではなく、

スポーツを見る行為がこれまでと大きく変わってしまうんじゃないかという危機感

日本代表が黒人だらけになったらもはや日本代表の試合を見る必要性を感じなくなり、

スポーツに対する応援感情も薄まり

プロスポーツ自分からより遠く遠くへと行ってしまうのではないか

そういう危機感だ。

そういうことを感じるところまで含めて、自分は前時代的な考え方なのかもしれないが。

anond:20180711190302

基本同感なんだけど、結構多くの人が、相手自分に対して高コスト説明を繰り返す・XXというルールを呑んでくれるetc自分ルール)をかけて接してくれることで、自分はそれなりの人間なんだという承認欲求を満たしている(半分無意識)、のではないか自分は考えている。

から、多人数と一つのモデルコミュニケーション取るのは原理的に難しいのかもしれない。彼らは、モデル化されたコミュニケーションの外で自分に合わせてくれた、と感じることで、満足するのだから

 

経験則では、フリーランス仕事関係では、あんまりそういうのは存在しない(逆にハード成果主義だけど)。

一方、会社教室などの閉鎖空間では、そういうコミュニケーションが出来やすい印象。恐らく、この先文明進歩しても暫く同じことが繰り返されると思う。

ちなみに、借金玉氏の『発達障害仕事術』からそういう知見を得たので、元増田にもおすすめする(元増田発達障害と言っているわけではない)。

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