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2021-05-09

ウッドストックと呼ばれるキツツキはなぜ生まれたのか?

「ピーナッツ」に初めてウッドストックが登場したのは

1960年代のこと。

1970年6月22日には「ウッドストック」という名前が判明し、

今年で40周年となります

ウッドストック名前の由来はロックフェスティバル

同名の野外コンサートウッドストック」がアメリカで行われた

のは1969年。

20世紀で最も有名なロックフェスティバルとなった

「Woodstock Music & Art Fair」は1969年8月15日から

17日の3日間、Max Yasgur氏が所有するニューヨーク州

セル農場で開催されました。イベントには当時の有名

ミュージシャン達が数多く出演し、40万人以上の観客の前で

演奏が行われました。

作者のチャールズ・シュルツ氏はこう語っています

「彼に名前をつけようと考えていた頃、世間ウッドストック

フェスティバルニュースで持ちきりだった。その時に

閃いたんだ。彼の名前にぴったりだってね」

…とまぁ、そんな訳で流行ものあやかった名前だったと

いうことですね。

anond:20210509122922

2021-05-08

フリーランス舞台関係仕事をしている知人がいる。初めて任されたとても大きな舞台が5月末に予定されてたんだけど、中止になった。とても落ち込んでいた。ギャラは満額は難しいかもだが支払われるらしい。主催者側はその方向で調整してくれているということでまだはっきりとはわからないが。でも、お金だけの問題じゃないという。これまで彼が心血注いで頑張ってきた成果が何も世に出ないまま終わるのが1番辛いと。フリーランスとして活動し始めて初めての大きな仕事。ここで成果を見せれば次の仕事だって繋がる。なのにその道が断たれる。それはアスリートと一緒だ。アスリートのように常に表舞台に立ってわかりやすい成果をみなに示すことがないだけで、人生をかけているのは同じだ。知人のその彼だけでなく、舞台に立つ役者だってミュージシャンだって同じだろうし、自粛要請を受けて矢面に立たされている飲食店だって同じだ。何店かの店を経てやっと自分の店を持った店主さんを知っている。アスリートとの違いがどこにあるんだよ。だからアスリート攻撃しろって話じゃない。アスリートだけを擁護するなって話だ。飲食店役者ミュージシャンもそれを支えるスタッフもみんなそれぞれに人生をかけているのは同じだ。政府は何故それがわからないのか。そして「次はこれです」って政府差し出す悪役、「夜の街」とか「酒」だけにわかやすく石を投げるのか。次はい自分が石を投げられる番になるかもとは思わないのか。

平社員バージョン

演劇人ミュージシャンには自粛(という名のほぼ強制)させて平社員だけ「会社が出社しろって言うからOK」はさすがに通らないだろう。平社員だって自分意思入社を決めたんだから当然責任はある。

それは平社員個人倫理観も問われるだろう。自由な国に生きているのだから愛国無罪とはならないよ。人生を賭けているものを諦めているのはみんな同じだから

anond:20210508005635

池江選手オリンピック辞退を強要してるリベラル世論がキショい

オリンピック目指して頑張って来た選手にとっては一生を左右する舞台だし出来るものならやりたいに決まってる

しか現在プロ野球サッカーはやってるし大リーグだって観客入れて試合してるだろ

毎日電車に乗って出勤して、同僚と昼飯くいつつ昨日は勝った負けたで監督批判を楽しんで

ビール片手に大好きな巨人阪神が勝った負けたで一喜一憂しながら

五輪に反対してる奴がいたらアホすぎるし早く死んで

dogdogfactory 演劇人ミュージシャンには自粛(という名のほぼ強制)させてスポーツ選手だけ「みんなに夢を与えるからOK」はさすがに通らないだろう。アスリートだって自分意思で予選参加を決めたんだから当然責任はある。

shufuo それは選手個人倫理観も問われるだろう。自由な国に生きているのだから愛国無罪とはならないよ。人生を賭けているものを諦めているのはみんな同じだから

PikaCycling 池江璃花子ワクチンを打ってもらえるが、代表選考で敗れた選手は打ってもらえない。これが「命の選別」でなくてなんだというのか。

はてなブックマーカー、ほんとゴミすぎw

その割には、コメント有識者気取ったりするの大好きなバラモンリベラル様だから笑える

人に求めるならば、お前らも例え食えなくなっても出社拒否して五輪反対すべきだぞw

池江璃花子五輪辞退を求めるリプを送るのと、ロックフェス主催者参加者アーティストを叩くことは何が違うのか

池江璃花子五輪辞退を促すリプライを送るのは極めて間違った行為だと思う。彼女を初めとした五輪選手もこのコロナ禍における政府自治体失策の明確な被害者だ。

その認識は多くの人が抱えている事だと思う。

ではその一方でこのゴールデンウィーク春フェス主催した会社や出演したアーティスト、恐らく大半のルールを守った参加者テレビ番組コメンテーターTwitter上で自称医療従事者に叩かれていたのは正しいのか?

フェス主催者もこの1年以上大きな収入を絶たれた、明確な被害者だ。そんな中でも次に繋げるために今回1年のブランクを経て、過剰な程の感染対策を敷いた上で開催に踏み切った。そしてその主催者の力になりたいと出演を決めたアーティストや参加を決めたオーディエンスを叩くのは池江璃花子を叩くのと同様にお門違いでは無いか

五輪を止めるために池江に辞退を促すことも、フェスの開催を批判するのも、元を正せば政府失策、無策が原因ではないか。どちらも正しいコロナ対応の上で、五輪の立て直しやフェス開催再開までの金銭補償があれば彼らが五輪フェスの開催に固執する事もなかったのでは無いか

勿論、スポーツ選手が最高のパフォーマンスを魅せれる時間は有限だ。しかしそれは同じようにバンドミュージシャンにも同じ事が言える。極めて近い境遇の2者なのに、どうしてこうも世間の声に差があるのか。

皆、池江のここまでのストーリーに同情して、彼女へのリプライを『間違っている』と言っていやしないか?それこそ『間違ってる』のではないか彼女白血病を患わず五輪代表選手になっていたとしても、彼女に辞退を促すリプライを送ることはお門違いも甚だしい。そして、1年間の自粛を経てやっとフェス開催に漕ぎ着けた主催者を批判することもまた、お門違いだ。

2021-05-06

続・物語作家になりたい人たちへ

【1】

 まず、私の投稿に対して「こういう規則押し付け創作の芽を摘む」というような声が有ったので、以下ではその声に答えたい。

 日本では割りと「創作においては『論理』に頼らない『直感』こそが正義である」という信仰が強い。しかし、現実は逆である。きちんとした創作を生み出すためにこそ、創作家には規則論理必要なのである

 例を挙げよう。映画業界の話である欧米をはじめとする諸外国とは異なり、日本には映画に関する専門的な教育・訓練を行うまともな機関が無い。そのため、映画仕事を志望する人間は、専門的な教育や訓練を受けたくても受けられない。業界全体が、昭和時代と何も変わらない『徒弟制度』に頼りきりである業界志望者は、論理的・合理的ノウハウも身に着けられないまま、無駄に年月を重ねる。結果として、まともな監督脚本家スタッフも育たない。つまり「まともな作品」を撮れなくなり、現在日本実写映画は「まともなビジネス」として成立しなくなった。

 映画役者供給する演劇業界も、実写映画業界と似たり寄ったりである。大半の劇団は良い演劇をすることよりも、地方自治体を唆して税金寄生することや、稽古や親睦を名目にして性的関係を結ぶことの方に熱心で、肝心の本業である演技や演出学芸会レベルのままである

 日本実写映画業界演劇業界は、指導名目スタッフ役者に灰皿を投げつけたり暴力を振るう類いの人間たちが「名監督」や「名演出家」扱いされている始末である。片や出演する演技者の方も、演技の専門的な訓練を受けていないミュージシャンとかが大役をゲットする。こういう紛い物たちが日本映画業界演劇業界蔓延っているのは「論理的・合理的ノウハウの訓練を行うシステム」が無いかである論理的な指導ができない人間は、監督演出家を辞めるべきだし、演技の訓練をしていない人間は、演技の仕事を去るべきである

 それはともかく、漫画小説作家を目指す人間は、実写映画業界演劇業界が手遅れに近い状態になってしまっているのを「他山の石」として、まずは「論理的・合理的ノウハウ」を身に着けるように努めてもらいたい。

 そうすれば、日本実写映画ドラマで頻繁に見かける「よく考えもせずに『何となくそれっぽいから』という理由だけで、悪人たちが悪企みの会議をしている場面で部屋を暗くしてみた」とか「とりあえず竹中直人佐藤二朗ムロツヨシに滑稽な表情と動きをさせておけば、それでコメディっぽくなるだろう」といった馬鹿描写貴方物語作品の中でしなくて済むだろう。

【2】

 次に「セオリーから外れているけどヒットした作品も有る」というような声も寄せられた。これに対しても以下で答えたい。

 野村克也インタビューで言ったことで有名になった「勝ちに『不思議の勝ち』有り。負けに『不思議の負け』無し」という喩えが有る。論理に依らない成功の例は確かに有り得るが、それは謂わば「宝クジが当たる」ようなものである。もしも「宝クジに当たる人間も世の中にはいるのだから自分はあくせく働くのは止める」と言い出す人間がいたとしたら、その正気を疑うだろう。

 物語を書くこと、創作活動をすることは、宝クジを買うように運任せの行為なのか?それは違う。人間頭脳を使う営みなのである。ならば、創作活動において頭脳を使って論理規則活用することの、いったい何が悪いというのか?そんなに頭を使って書くのに抵抗を覚えるならば、いっそコックリさんに頼って自動書記でもしてはどうか?それは冗談だが、仮に偶然に頼るにしても頼り方が有る。

 蜘蛛という生き物がいる。その中でもコガネグモジョロウグモなど、網を張って獲物を捕らえる種類がいる。網に獲物が掛かるか否かは偶然であるしかし、網を張らねば偶然を捕らえることはできない。創作活動において論理規則活用することは、謂わばクモが網を貼るようなものなのだ理解してもらいたい。

【3】

 「とりあえず最後まで書くのが重要」という声には強く同意する。物語作家の志望者は、まずは作品を一本書き上げてもらいたい。しかし、そのためにこそ、論理規則有効なのである登場人物生命の息吹を与えて、物語を完走させる上で、論理規則活用することは、手助けにこそなれど決して枷にはならない。むしろ始めにきちんと考えないままで何となく執筆に着手してしまい、結果として執筆の途中でガス欠になって未完成で投げ出す人の方が、物語作家の志望者には圧倒的に多いのである。それを避けて最後まで書き切るためにこそ、論理規則活用して欲しい。

【4】

 「文章力画力があれば、何も起きない平凡な日常生活描写でも読者を惹きつけられる」というのは、嘘ではないが、しかし本当でもない。それだけの力を持つような文章力画力というのは「何を書く・描くべきか」を把握していなければ、物語作家志望者も身につけようが無い。そして、何を書く・描くべきかを把握するには、やはり論理規則に則った思考必要なのである。また、何も起きない平凡な日常生活は、無手勝流簡単に書ける・描けるものではない。観察力もまた出発点は論理規則である

2021-05-04

anond:20210504094028

俺も去年、コロナ流行り始めたころにニュース番組でそんなの見たな。

ミュージシャン志望で、繁華街客引きやっていて月収50万だったけど、収入ゼロで困窮してるとか。

2021-04-28

ソニー音楽事業好調

コロナミュージシャン危機とか言ってるけど

危機なのは弱小ミュージシャンだけなのでは?

巣ごもりで家でYouTube音楽聴きまくってspotify聴きまくって以前より音楽生活充実してる

コロナ文化無くなるとか言ってんのどこの誰だよ

2021-04-25

もういやだこの政府

ただ吐き出させてほしい。

日本でのCovid-19のこの状況について、政府批判すると未だに「個人自粛がたりてない」「外出するやつばかりだ」と個々を責めるようなコメントを多々見るが、あらゆるところに見られる「自分我慢しているのに他人我慢してないのが気に食わない」という足の引っ張りあいが本当に嫌だ。

個人自粛でひろがりを大幅に抑えられるような時期はとっくのとうに過ぎている。政府が上から指示を出していれば、頓珍漢な策に税金を注ぎ込んでいなければ、もう少しまともな状況だったのではないか

例えば外出云々にしても、エッセンシャルワーカーでなくとも会社テレワーク許可してくれず、出勤をせざるを得ない人たちはたくさんいる(私を含め)。いくら国交省電車アナウンスで「ピーク時を避けた時差通勤や、テレワークをしてください」と言ったところで、あるいは都知事が「都外の人は都内に来ないでください、通勤を含みます」と言ったところで、大多数の一般社員アルバイト自分意思テレワークや時差通勤ができるわけがない。だって会社が出勤せよというのだからテレワークができる業種なのに、テレワークシステム自体この一年ですら作ってこなかった会社が、テレワークをさせてくれるわけがない。

ここで政府が「(雀の涙ほどではなくちゃんとした)休業補償を出します」あるいは「テレワーク推奨の補助をします」と言ってくれたのなら、今より(平日の)人出は抑えられるのではないか

休日のお出かけをしたい人たちを抑えるためにあらゆる娯楽施設を休業させ、酒類提供する店も休業させているが、それで本当に人出は抑えられるのか、といったら疑問が残る。これで政府からお出かけしないでくださいね、と言われても、この1年間の政府体たらくを見ていたら、協力するのが馬鹿馬鹿しく思えてしまう。ここで「だからそこで出かけるやつのせいでおさまらないんだ」と言う人は沢山いると思うが、それを個人のみの問題としてしまうのはいかがなものかと思う。政府責任を負わず、まるで個々の努力が至らなかったか感染が拡大しているのだと言わんばかりのお願いベース対策で、国民同士の対立煽り政府への批判を和らげようとしているのではないか

個人努力には限界がある。たまたま私たちが真面目に最初に協力したから、「要請だけだしておけば、お金を掛けずに人出を抑えられるはず」と政府はそれにあぐらをかいしまっているのではないか私たち従順ロボットではない。ここまで長引くと、みんな気晴らしがしたくなるのは当たり前のことである。それに加えて政府はお願いをした私たちに対して、自分達は会食したりとまったく誠実ではなかった。休日の人出を抑えたいのであれば、「休業補償をしっかり出し、五輪も中止します、宣言科学的根拠に基づきこれぐらいに感染者数が減ったら解除します、給付金も再度出します」ぐらい言わないと、国民はもう協力してくれないと思う。

そもそもその娯楽施設を無理矢理直前に休業させようというのもおかしな話ではある。映画舞台ライブフェステーマパーク美術、加えて最近は本まで、政府はこれを不要不急と位置付けてしまっているが、数年前までクールジャパンと宣って利用していた割にはひどい扱いではないか?そして何よりも腹が立つのは、これらを不要不急と切り捨て、関係者をあらゆる面で苦しめておきながら、五輪は開催したい、何故なら勇気を与えるからと言っているところだ。

私たちの生きる糧であり、出演者主催者などの生命線であった数々のイベントやお店自体を潰しておいて、自分たちの懐を暖める、世界に対して見栄を張れる(と思い込んでいる)五輪はやるというのが信じられない。

これを言うと、「では五輪のために賭けてきたアスリートにもそう言えるのか」と言ってくるのを何度も見かけたが、そんなもの芸術だって一緒であるアスリート五輪に出場するという夢のために長年やってきたように、俳優声優ミュージシャン、その他芸術関係者だって、今まで中止延期されてきた映画舞台ライブ等に、夢を叶えよう、ファンを喜ばせようと長い間費やしてきたのだ。それを観に行くファンだって、その日のイベントのために仕事を頑張っている人は少なくない、というかむしろ多いだろう。

加えて、大きめのイベントだと2回は日程や会場を五輪のためにどいてくれと言われているはずだ。それで日程も会場も譲って、なんとか調整してさあやるぞ、って時にいきなりまた中止せよと言われては、関係者が浮かばれない。

五輪の規模の大きさのために、他の娯楽が軽視されるのが腹が立ってしょうがない。規模がでかい方がより重要なんてことはない。そしてスポーツ愛好者と芸術愛好者で対立しがちになってしまっているこの状況を作っているのも腹が立つ。

1番政府に対して不信感を抱くもとになっているのは、五輪をどうしても開催したいと言っているのに、まったくもってCovid-19を抑えようというのが見えないところである。そんなに開催したいのなら、全力でCovid-19を抑え込もうとするのが普通ではないか?それなのに、いつもいつも目先の損益のことばかり考えて優先して、ちゃんとした対策をとっていないからこの1年間でなにも状況が変わっていない。1年前、go toに注ぎ込んだ無駄お金を、検査や休業補償医療機関への補填ワクチンの確保にまわしていたらこんなことにはならなかったのでは?と思わずはいられない。

こんなに医療疲弊して、ワクチン摂取率も低く、政府感染防止対策国民努力にほぼ頼りきりの国に、各国がアスリートを送りたいはずがないと思うが、このような状況でどうやって五輪をやるつもりなのだろうか。強行しても負のレガシーしか残らないと思うが、そこのところ政府はどう考えているのだろうか。

とりあえず、あらゆる業種に、コロナ禍を乗り越えられるだけの十分な休業補償が支払われますように。

2021-04-19

レミの方が意外と常識人

朝日朝刊に平野レミの連載が載ってんだけど、今日エピソード見て、意外とレミの方が常識人かも?とおもた。

中学時代長男が、試験前日に制服のままギター抱いて寝こけてんの見て、大変大変って夫に訴えたら。

「これでいいんだよ」って泰然としてたのは、和田誠の方だったという。

のちにトライセラ結成してミュージシャンになったとき、「ほら見ろ、ギター取り上げんでよかっただろ?」って言われたってさ。

レミもフツーの母親なんだなあ。

2021-04-17

anond:20210417094715

長過ぎワロタ。top3以降分割。

3. 川の流れのように ~不死鳥パートII / 美空ひばり

日本音楽昭和時代歌謡曲で長らく停滞し、さらには日本音楽史の盲腸ともいえる演歌派生して腐りかけていたわけだが、そういう否定的見方しかできない俺みたいな聴き手さえ、ひれ伏してしま歌唱力というものがたしかにある。美空ひばり(と、ちあきなおみ)だ。正直、全然好みではない。オーケストラアレンジとかダサすぎて吐き気がしてくる。自分で金を払って聴こうとは思わない。だがそういう趣味嗜好の問題など押しつぶすパワーがある。認めないわけにはいかない。

この曲はまた美空ひばりの遺作であり、昭和から平成に移り変わるまさにそのときに発売されており、昭和を看取るという象徴的な意味でもここにランク付けしておきたかった。

2. Atomic Heart / Mr.Children

歌も楽器も上手いやつがバンドを率いて自分で書いた曲を自分で歌い、ミュージックシーンのど真ん中で拍手と歓声を浴びて、レコードを何万枚も売る。当たり前の光景に思えるかもしれない。

しかミスチル以前にも売れていたロックミュージシャンはいくらでもいた。けれど、どこかしら闇の世界の話だった。スタジオの闇、ライブハウスの闇。桜井和寿小林武史ロックバンドという存在を光の中に引きずり出した。ミスチル成功をもって日本音楽業界はバンドを中心に回り始めたのだ。このアルバム聴くとき、俺は桜井和寿顔面の良さに感謝せずにはいられない。あれだけのイケメンが楽才も備えていて本当によかった。クレオパトラの鼻が低かったら~の話ではないが、もし彼が並以下の顔面なら日本音楽史は今とはずいぶん違ったものになっていたに違いない。

1. First Love / 宇多田ヒカル

最後は売り上げ、だ。一番売れたんだから一番良い。

馬鹿にするな、と思うだろうか?しかし考えてもみてほしい。もう何度でも繰り返すが日本人は音楽センスが壊滅的にない国民だ。これほどまでに、どんな下手くそが歌っても気にしない国は他にないだろう。TSUNAMIほどの名曲中の名曲ですら、ド下手くそSMAPに売り上げで抜かれる国である

でもFirst Loveは700万枚売れた。ぶっちぎりの1位だ。もちろん宇多田ヒカル可愛い女子高生という最強の付加価値をもって売り出されたから、700万のうちのかなりの割合はそれに依るものだろうが、だからといって音楽価値が色あせるわけじゃない。このどうしようもない音楽後進国で、宇多田ヒカルという奇跡の様な才能が世に出た瞬間を、史上最大の売り上げという形で祝福できた。俺は音楽を愛する日本人として、この不思議事実を誇って良いと思う。このアルバムを1位にしないのであれば、そもそも日本なんていう狭くて歪んだ範囲限定してランク付けする意味なんてないとさえいえる。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

※なんで○○入ってないの?に対する補足を書きました↓

https://anond.hatelabo.jp/20210421102653

日本音楽史上の最も偉大なアルバム20

こういうランキング企画海外だとよくある。日本でもあることはあるが大体クソみたいなリストになる。選者が俗物根性を発揮して音楽マニアぶりをアピールしようとしてはっぴいえんどシュガーベイブフリッパーズ・ギターをこする一方でB'zやミスチル若い女ソロアーティストたちの打ち立てた「売り上げ」を無視するからだ。あのな、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド売れっ子だらけのランキングひとつだけぽつんと入ってるから面白いんだよ。売れてないのがランキングボコボコ入ってたら面白くもなんともねーの。

 

ところが売り上げだけを見てランキングをつけようとすると(日本においては)これはこれで大問題が発生する。

日本人というのはそもそも音楽センスの乏しい国民なので、下手くそが歌った曲が平気でミリオン売れる。「どう歌っているか」より「だれが歌っているか」つまり顔面キャラクターが重視されるわけで、このゴミみたいな国民性をだれよりも理解意図的活用して荒稼ぎしてきたのがジャニー喜多川秋元康小室哲哉日本音楽史三英傑(俺命名)だ。三英傑によってもたらされた泰平の世は黒船が何度襲来してもいっこうに終わらず、2020年代突入した今も続いている。

から、まともなランキング作成しようとしたら、売り上げという観点から俯瞰しつつ顔面キャラクターだけで売れている下手くそを注意深く取り除かなければいけない。

 

事前に予想していたよりは難しい作業じゃなかった。なんといっても日本音楽界は狭いし歴史もクソほど短い20枚というかなり少なめな枚数で抑えたのも(普通こういう企画は50とか100とか挙げるものだ)狭く短い日本音楽史はだいたいそのくらいで網羅できてしまうからだ。

日本限定アルバムランキングの決定版だと、はてなの片隅ながら胸を張って言える。

 

それでは20から

20. jupiter / BUMP OF CHICKEN

バンプメジャーデビューアルバム

彼らの功績はなんといっても、「陰キャでもモノが良ければ表舞台に立てる」と世の陰キャたちに知らしめてしまたことだ。これで何十万人の陰キャ勘違いして人生を狂わせたことか。もちろんその中の何十人かは実際にモノが良くて表舞台に立ったことだろう。俺個人の好みとしてはユグドラシル以降の3枚くらいまでの方が好きだが、歴史的影響力を考えればやはりjupiter一択

19. MISSLIM / 荒井由実松任谷由美

ユーミン荒井由美時代、2ndアルバム

売り上げを無視しないんじゃなかったのかと怒りの声が聞こえてきそうなチョイスだが、ユーミン活躍の息が長すぎて最高傑作の1枚なんて決められない。だからユーミンという才能が世に現出した1枚」として2ndを選出した。1stじゃないのは純粋クォリティが2ndで飛躍的に上がっているから。

それにしてもこの松任谷由美というアーティストは一体なんなのか。ここまで売れ、ここまで傑出していながら、直接的な影響を及ぼした相手も、いわゆる後継者も、まるで見当たらない。日本音楽史にはこういう進化袋小路的なビッグネームがしばしば現れるのだが、その中でも極めつけの代表的存在であり、ランキングに入れないわけにはいかなかった。

18. 僕の中の少年 / 山下達郎

連続で売り上げ無視と石を投げられそうなチョイスだが、山下達郎もまた活躍の息が長すぎて(以下略)。好みで決めたというよりは、山下達郎自身がマイベストを1枚選ぶとしたら?と想像したら多分これになるんじゃないかと思って選出した。

こういうランキングでは大瀧詠一ロンバケが必ずといっていいほど入ってくるのだが、俺に言わせれば大瀧詠一日本音楽史における影響力なんて山下達郎に比べるべくもなく(とか書くと山下達郎本人がだれより激怒しそうだが)、山下達郎ランキングに入れておけば一緒に言及したも同然だ。

17. 絶対チェッカーズ!! / チェッカーズ

日本ビートルズ、と呼ばれたバンドはこれまでにもうじゃうじゃあった。サザンミスチルユニコーンもみんな呼ばれていた。しかし、アイドルとしての熱狂的人気を獲得して社会現象を巻き起こしファッションにまで影響を与えたという点をも考慮すれば、日本ビートルズの名にふさわしいのはチェッカーズ以外あり得ない。

単なるアイドルではなく当人に確かな楽才があって解散後も活躍するところまで含めてビートルズと同じだが、惜しむらくは初期の楽曲が本人たちによるものじゃないところだけビートルズとは違っている。とはいえ1枚選ぶとしたら歴史的意義を考えてこのデビューアルバムということになるだろう。

残念ながらチェッカーズもまた進化袋小路ひとつであり、これ以降、顔面も良いし歌も上手いという男性アイドルはまったく現れていない。というか、そういう才能をアイドルとして売り出さなくなった、という方が正しいか(世が世なら桜井和寿は第二の藤井フミヤとして売り出されていたかもしれない)。

16. LOVE UNLIMITED∞ / DREAMS COME TRUE

日本で本式のソウルを本式の歌唱力で売った、という点でドリカムの出現は革命的であり、男性よりもさら顔面が重視されがちな女性アーティストとして、とにかく歌のパワーが圧倒的にすごくて連続ドラマタイアップすれば売れるのだという事実音楽界に突きつけた吉田美和の功績は絶大である美人顔ではない、という意味だ。吉田美和はとてもチャーミングだが)。以降どれほどの女性歌手が同様のルートで世に出られたか歴史的影響力は計り知れない。

これまた1枚選べと言われると非常に困るし個人的な好みだとDELICIOUS、売り上げだとThe Swinging Starなのだが、ドラマタイアップのパワーという点で最も象徴的なこの1枚を選出。

15. 十七歳の地図 / 尾崎豊

尾崎ほど正当に評価されていないミュージシャンは他にいないだろう。なにしろ音楽以外の部分の話題ありすぎる。歌詞センシティブすぎたし、顔面は良いし、私生活はぐっちょんぐっちょんだったし、おまけに26歳で死んだ。護国寺での葬式には万単位ファンが詰めかけて講談社のあたりまで行列が伸びたというから、この先ここまで音楽面以外での影響を残すアーティスト日本音楽界には現れないのではないかと思う。そして当時の熱狂を知らない今の世代は、ネット検索した歌詞冷笑的に眺めて、中二病が多かった世代に刺さったんですね、みたいな知った様なことをうそぶくだろう。

が、そういった雑音を一切シャットアウトしてこのアルバムを聴いてみると、なぜ尾崎社会現象にまでなったかがわかる。外面すべてをさっ引いても純粋に、尾崎豊不世出大歌手だ。世代がもう一巡りくらいすれば正当に評価される日が来るだろうか。

14. THE POWER SOURCE / JUDY AND MARY

ジュディマリ社会的影響は、たぶんリアルタイムで聴いていた世代でも実感しづらいだろうし、過小評価されているだろう。なぜかというとその爆心地がバンドをやっていた/やろうとしていた女の子たちだったからだ。影響を与えた領域自体は狭かったが、その衝撃は絶大だった。顔面も良くないし声もいわゆる女性ソロアーティストっぽくない少女たちに、どうやって音楽で世に出ればいいかの最適解を突きつけたのだ。本当にもうあの当時のアマチュアバンド界の女性ボーカルは完全にジュディマリ志向一色だった。実際に音楽を志した人間への直接影響力、という点で見れば日本音楽史上最強バンドだろう。

13. Viva La Revolution / Dragon Ash

日本ではラップは無理、という言説を否定し、またある意味では肯定した記念碑アルバム。つまり、ヒラ歌のところでラップを入れてサビにキャッチーメロディかぶせる、という手法を普及させ、日本の聴衆にヒップホップをどう楽しめば良いのか教え込んだのだ。遡れば小室哲哉globeなどで同じことをやっているのだが、やはり真っ向からヒップホップを目指してきたバンドが到達したという点で歴史的意義には大きな差がある。

このアルバム突破口にして、ラップ文化日本音楽界にようやく流れ込み、奇妙な形ではあるが定着した。おそらくもっとコアなラップを愛するアーティストリスナーは「Dragon Ashのおかげ」とか言われると真っ赤になって激怒するだろうが、事実からしかたがない。

12. 無罪モラトリアム / 椎名林檎

椎名林檎」というものをいきなり完成形で出現させた破壊デビューアルバム

ミュージシャンを称えるときに「もはやひとつジャンルである」とかいう言い方がされるが、椎名林檎はもうそこさえ飛び越えてひとつライフスタイルみたいなものとして世間に受け取られてしまった。これにだれよりも困惑したのは椎名林檎本人ではないだろうか。アルバムを売り出すためのキャラ付けが、説明が面倒くさいので適当に話を合わせて口にしただけの新宿系という言葉が、しかしあまりにも新しく鮮烈だったために独り歩きして何万人もの椎名林檎を世に生み出してしまった。日本音楽史上、ひとつキャラクターがここまで集団無意識的に強固に作り上げられてしまった例は他にない。

11. RED HILL / CHAGE and ASKA

チャゲアスもまた進化袋小路ビッグネームで、取り上げないわけにはいかないのだが歴史的な位置づけにはとても困る。が、1枚選ぶのにはそこまで迷わなかった。「SAY YESの後にYAH YAH YAHでもう一発当てた」という点が象徴的なこの1枚だ。チャゲアス歌謡曲メロディをその時々でやりたいアレンジにのせるという姿勢を一貫して続けてきたアーティストであり、その幅広く揺るぎない万里の河のごときキャリアを要約できるアルバムはこれで決まりだろう。完成度でいうとこの後のcode name二部作がキャリアピークだが、それはそれ。

10. STRAY SHEEP / 米津玄師

ランキングで最新の1枚。

ネット出身ミュージシャン日本の頂点に立ち、真の意味国民的になったという点で、このアルバム金字塔とかメルクマールというよりはもう分水嶺という評価がふさわしいだろう。コロナ禍中であったという外部要因まで含めて日本音楽史に今後ずっと記されることになるはずだ。これからも米津に続く才能はネットから次々と現れるだろうし、おそらくネットからしか現れないだろう。

9. LOOSE / B'z

日本ハードロックを真っ向からやって売れ続けているのはB'zだけだ。これまた進化袋小路なのか?B'zはちょっと事情が違う。他の後継者不在ユニークビッグネームが、真似できない個性を持っているがゆえに後継者不在なのに対して、B'zはものすごく簡単に真似できる。その方法はこのアルバムに収録されたLOVE PHANTOMに教科書的に記されている。つまりメランコリックストリングスを入れて、ダンスビートハードギターリフ、VI-IV-V-Iのコード進行ヨナ抜きの旋律簡単に真似できるのになぜだれもやらないのかといえば、やってもB'zにしか聞こえないかである。こんな形の「孤高」が他にあるだろうか?今後も彼らはその圧倒的完成度でもって日本ハードロック需要を寡占し、君臨し続けるだろう。B'zがカバーしきれない場所需要を狙うというのは不可能だ。でかすぎて、B'zの外というのは日本の外なのである。B'zに不満なやつはとっくに洋楽を聴いているのだ。

8. 氷の世界 / 井上陽水

かつて、レコードシングルで買うものだという常識が広まっていた時代があった。アルバムなんてものは高価で、一部のマニアけが手を出し、四桁売れれば上々、という時代だ。そこにフォークとかグループサウンズといった新風がやってくる。アーティスト自己主張を始め、世間がそれに応え始める。吉田拓郎が森を切り拓き、井上陽水がついにシングル原始時代を終わらせる。それがこのアルバムだ。井上陽水という得体の知れない怪物は名アレンジャー星勝の豪腕をもってしてもなお人間離れしており、このランキング中でも抜きん出て「メジャー感がない」1枚だろう。これが当時ミリオン売れたというのだから日本の聴衆のセンスも捨てたものではないというか、逆に心配になるというか。

7. SOLID STATE SURVIVOR / YMO

テクノを知らしめた歴史名盤はっぴいえんどラインいつまでもこするやつは消えろと思っている俺でもこれをランクインさせないわけにはいかなかった。声はところどころに入っているものボコーダー処理された楽器的な使い方でありほぼ全編インストゥルメンタルという点もすさまじい。YMOの影響力はもう深く拡散しすぎて現代では追い切れなくなっているだろう。音楽業界以外(ゲームなどのエンタメ業界)にも多大な影響を与えているはずだ。

一方で世界的な影響については相当過大に語られていて、まあそれも含めて日本音楽史を特徴付ける面として言及する価値がある。

6. PSYCHOPATH / BOØWY

こんなに高ランクなのかと驚く人もいるかもしれない。しかし後進への直接影響という点でBOØWYジュディマリと双璧、自身を超える後継者を次々に生み出して系譜を広げたという点も鑑みれば日本音楽史上随一の「根幹種牡馬」だといえる。

言ってみればBOØWYは、「かっこいいやつがかっこいい歌を照れずにかっこつけてやる」ことが「かっこいい」のだという当たり前にしか見えない事実を実際に証明してみせたはじめてのバンドであり、日本中のロック少年たちの憧れを一身に集めた。V系GLAYラルクも、みんなこの憧れからまれたのだ。人気絶頂のこのアルバムをもってすっぱり解散したという点も、渋みを出す方向で活躍を続けた矢沢永吉などとは一線を画すところ(もちろん解散後も氷室布袋活躍を続けたが、BOØWYは「終わった」。滅びの美学イメージ重要)。以降、あまたの男たちがBOØWY幻想を追い求めて音楽シーンに飛び込んでいった。再結成することな氷室京介が音楽活動を引退し、伝説完璧になったといっていいだろう。

5. バラッド3 ~the album of LOVE~ / サザンオールスターズ

この選出は、本当に迷った。サザンもまた、入れないわけにはいかないが代表作を1枚に絞るなど到底無理なバンドだ。

だいたい、サザン国民バンドとか言われているが音楽的には相当マニアックなことばかりやっており全然国民的な雰囲気がない(ピンクフロイド英国国民バンドとか言われたらなんか違和感あるでしょ?方向としてはそれに似ている)。

しかし曲単位で絞るなら、文句無しに国民的な一曲がある。TSUNAMIだ。この曲をもってサザンは真の意味国民バンドになったといえるので、こういうランキングベストアルバムを挙げるのはとても気が引けるが、やむなくこのチョイスとなった。

4. SWEET 19 BLUES / 安室奈美恵

日本音楽史に聳え立つ小室哲哉という超絶才能は、また功罪相半ばの困った存在でもある。罪の部分は前述の通り、下手くそが歌っても買ってくれるという日本人の音楽センスの低さを自覚的活用したところだ。絶対意図的にやっているはずだが、小室哲哉は最も出来が良い曲を華原朋美浜田雅功提供している。手駒の中でも抜きん出て歌が下手だったからだろう。

そんな小室哲哉が唯一、きちんと楽才のある歌手プロデュースしたのが安室奈美恵だ。日本マイケル・ジャクソンと呼ぶにふさわしいこの超逸材とのコラボレーションは、他の小室プロデュースを眺め渡してみればなぜ実現したのかまったく理解できない大ミラクル。後々、小室は「俺が真面目にやらんでも安室は売れるわ」と気づいてだんだんと手抜き曲を提供するようになり、ついにはプロデュースを離れるのだが、最初プロデュース作となったSWEET 19 BLUESは全曲やる気がみなぎっておりクォリティの高さがすさまじい。あの時代日本中の少女たちが同じひとつアイコンを見つめていた。もう二度と起きない現象だろう。

続き:https://anond.hatelabo.jp/20210417100622

2021-04-16

ミュージシャン記事とかで「盟友の〜」とかあるとダサくて笑ってしま

anond:20210416150051

才能の有無以前に、最近若い奴らは一発当てたら満足しそう

ハンガリーさはないよね

すぐコラボするし

昔はコイツにだけは負けないってミュージシャンバチバチしてた

2021-04-13

雑誌映画秘宝』の記憶(48)

ロックの魂とは?】

 コメディ映画スクール・オブ・ロック』(03年)が公開された当時、この映画肯定的評価するか否か、「有りか無しか」を巡って賛否両論となったこから映画秘宝』誌面では、少しばかりの論争が起きました。

 ご存知ない方のために粗筋を説明すると「ロックバンドをクビにされた主人公が、ひょんなことから坊ちゃんお嬢ちゃんたちばかりの通う小学校にニセ教師として潜り込み、生徒たちに『ロック音楽スピリッツ』の教育を施した末に、筋が良い生徒たちをバンドメンバーに従えた主人公が再びステージに立つ」という、ファミリー層向けコメディ映画です。

= = =

 当時の否定派の論調は「『反逆精神』が拠り所であるロックが(たとえニセ教師によるものとはいえ)、学校教育で身につくわけがねえだろ」とか「コメディとはいえ大人が『ロックは素晴らしい』と、特定価値観子供押し付けるのは正直いかがなものか」とか「ガキごときロックができてたまるか」とか、まあ大体そんな感じだったと記憶しています

 しかし「ひょんなことから『未知のカルチャー』に触れた子供若者が、その魅力に思いがけず目覚めて『カルチャー担い手』として育っていく物語」あるいは「大人側の視点で、色々な思いを抱えたり紆余曲折がありつつも『カルチャーの教え手』として年下の人間たちを育成していく物語」は、良くも悪くもありふれたものに過ぎず、そこまで腹を立てることだったのかと今でも疑問です。例えば、労働者階級の家庭に生まれ子供バレエの魅力とか宇宙ロケット打ち上げの夢に目覚めるといった物語が「有り」なのに、この映画がそんなに否定される必要はあったのでしょうか。それとも学校以外の場所舞台だったら許されたのでしょうか。こうして考えると、論争と呼ぶにも非常に掘り下げ不足であったように思えます

= = =

 そもそも否定派の気持ちの根っこには、特定カルチャーの愛好家が陥り易い「選民思想」が有ったのではないでしょうか?何しろ「女『子供から映画を取り戻せ!」が旧体制の『映画秘宝』の合言葉だった訳ですから否定派には「『ガキ風情』しかも『裕福な部類のお坊ちゃんお嬢ちゃん』が『オレたちの』ロックに手を出すこと自体我慢ならない!」「ファミリー向け映画ロックをイジるな!」という気持ちも有ったことと思います

 もう既にお分かりのように、ここに見られるのは要するに、いい歳したオッサンたちが、いつまでも上の方に居座って「このカルチャーはオレたちだけのモノだ!」「コレは『本物』ではない!」「それが理解できん若い者たちは、まだまだオレたち(=オッサンたち)に及ばんな!」という態度をとることによって、若い世代から敬遠されてジャンル全体の衰退を招くという、非常にありふれた「『本物の✕✕』とは何か論争問題」「サブカルチャーにおける老害問題」の1バリエーションです。

 しかし、この映画が公開されて長い年月が経過しました。今や音楽活動を始める若者たちの中で「バンド形式から/ロックから始める人」が占めるパーセンテージは、昔のように多くはないだろうと思われます外国でも事情は似たようなものです。今ではおじいちゃんになってしまった外国の大物ミュージシャンたちと、日本アイドルBABYMETALが共演した際には、馬鹿にされたり嫌がられたりするのかと思いきや「孫みたいに若い子供たちが、ワシらの音楽に興味を持ってくれた!」と、むしろ喜ばれたと聞き及んでいます若者子供にとって、この映画に出てくるようなロックが既に「何だか知らないけど、お年寄りたちが聴いている懐メロ」となってしまった今日では「映画スクール・オブ・ロック』は有りか無しか論争」をしていた『映画秘宝』編集者ライターたちは、実に贅沢な悩みに基づいて議論していたと言えます

= = =

 無論、あの頃に「ロックカルチャー担い手ファンの『高齢化』が問題になる」などと未来予測ができた人間は少なかったでしょうから現代人の立場で彼らの論争を「贅沢な悩みだった」と批判するのは酷と言われるかもしれません。

 しかし、未来予測とは違い、当時の人間でも『映画秘宝』の関係者や読者であれば、容易に気づくのが可能だったはずのことが有ります

 それは「当時の旧体制映画秘宝』と映画スクール・オブ・ロック』の主人公は、していることが『悪い意味で』五十歩百歩だった」ということです。

 旧体制の『映画秘宝』が「切り株映画は、世界真実を描いている!ヌル作品なんか観るのを止めて、切り株映画を観ろ!」とアジテーションする姿と、この映画主人公が「ロックが最高の音楽だ!ヌル音楽なんか聴くのを止めて、ロック名盤を聴け!」と生徒たちを『洗脳』する姿との間に、果たして本質的な違いが有ると言えるでしょうか?

 そうです。この映画主人公がしていることは「洗脳」です。もちろん「何らかのカルチャーの愛好家が、非・愛好家に対して自分の好きなものを紹介する」という行為は、大なり小なり「洗脳」の側面を持つものです。だから、単に「ロックは良いぞ」と他人に薦めるだけならば、何も批判される謂れは有りません。しかし、もしも「ロックを知らないのは不幸だ」とか「ロック以外のツマラナイ音楽聴くやつは馬鹿だ」とか説教をかまされたらどうでしょうか?そんなことをされたら「うるせえ」「布教するために他人価値観を踏み躙るな」と言いたくなりませんか?そもそも「『反逆精神』を拠り所にしてるくせに、上からモノを押し付けるんじゃねえよ」という話です。

 実際、この映画には、生徒たちが普段どんな音楽を聴いているのかを質問した主人公が、その回答を聞いて嘆息するという場面も出てきます。これを単に作品を彩るギャグとして軽く受け流すのか、見過ごせすに腹立たしく感じるのか、それは観る人によって受け取り方が異なるでしょう。しかし、仮に主人公批判する感性の持ち主ならば、同じことをしている旧体制の『映画秘宝』にも批判的な感情を抱くのが当然と言うか、それが「知的な誠実さ」というものではないでしょうか。仮にも批評活動生業にしている人間たちが雁首を揃えて「この描写は、自分たちみたいな(=若者世代に『本物のカルチャー』とは何かを教えたがる)オッサンのことを風刺しているのではないか?」という可能性に思い至る「内省視点」を少しも持たなかったのでしょうか。そうだとすれば『映画秘宝』関係者は「知的怠惰」と言わざるを得ません。

 まあ、可能性としては「映画主人公の行動と『映画秘宝』の行動は五十歩百歩」という事実に気づいていたけれども、センパイの機嫌を損ねるのを畏れて忖度して言わなかったというのも考えられますね。

 馬鹿なのか、忖度体質なのか、どっちにしても「批評活動を行う人間」としては「致命的な欠陥」だと思うのですが、そういう人たちでも業界デカイ顔をしていられる現状は、いかに本邦の映画ライター業界人材不足なのかを如実に物語ると言えるでしょう。

= = =

 ちなみに映画スクール・オブ・ロック』には、主人公が「ロックの反逆精神とは何か」を生徒たちに実地に教えるために「『権威』に逆らえ!教室では教師、つまりオレが『権威』だ!オレを罵ってみろ!」と命令する場面が出てきます。すると、生徒たちは素直で良い子ばかりだから、色々と頑張った末に「デブ野郎!」という火の玉ストレートを投げてしまい、自分で反逆を命じたのに「オイお前、後でちょっと職員室に来い!」と主人公がマジ切れするというギャグ場面が出てきます。(なお、主人公を演じるのは、ぽっちゃりコメディアンのジャック・ブラックです。)これは「『反逆精神』を『教育』する」という根本的な矛盾表現した、秀逸な場面と言えます

 町山智浩高橋ヨシキてらさわホークも、一度「権威に逆らえ!オレたちを罵ってみろ!」と若手ライターたちに呼びかけて「反・権力/反・権威精神とは何か」を教えて上げたら良いのではないでしょうか。パワハラ説教マンスプレイニングかますよりも、よほど後進の育成に寄与できると思いますよ。

 まあ、センパイの機嫌を取るためにパートナーの肉体を献上する人間、それを享受して面白おかしく語る人間嘘八百解説を書いて間違いを指摘されたらそそくさと逃げる人間には、到底「権力に逆らうとは何か」を若手ライターに教えることなんて無理な話でしょうけど。

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-04-09

アラバキロックフェス宮城/まんぼう)の開催可否で揉めてて大変です。

アラバキロックフェス」とは、宮城県川崎町国立公園GWに開催される、20年位の歴史があるロックフェス。(昨年は新型コロナウィルスで中止)

今年もそうそうたるメンツが出演予定。初期の頃3回位行ったけど個人的朝霧ジャムの次にいいフェスだと思う。

この「アラバキ」。開催まで一か月を切って現状「実施」なのですが

「指針に則って対策とってるから大丈夫でしょ」他

対 

「いいフェスから。大好きなフェスからこそ今はやめるべき」的な愛の有る反対意見

「こんな時期に方々から人を呼んで、方々に帰すって。。。くるってんのか?おう!ごらぁ!」というアラバキ無関係な人たちの反対意見

で回りが割れてるんです。

私自身は数年前からフェスには行ってなくて、今回もコロナ関係なく不参加です。

ですので、意見割れるのも、実施でも中止でもいいんですが、「どう思う?」と聞かないで欲しいです。

きっと正解なんてないから。

かにきちんと対策はしているようです。

開催地川崎町住民殆ど高齢者。。。

歴史のあるいいフェスだし、特に今回参加するような熱心なファンは相応の決意をもって節度の有る行動がとれると思う。

でも、バスに乗ってあっちこっち日帰り温泉にいくんよな。。。酒も飲むだろうし。。。

Twitter意見を見てみると反対派の意見が多いです。

まあ声高に「やるべき」とは言えないか。。。

刺さる意見が「毎年楽しみにしていたけど医療従事者なので行けない」で、

この後に「皆たのしんで!」だったり「皆勤賞が。。。つらい。。。」だったりします。

それと、開催を認めるとはどういうことか!と川崎町役場に抗議をする人たちも出てきて、

これに対し町長名義のTwitterで、主催者協議を重ねます。と公式発表してみたり。

出演ミュージシャンから意見はあまり拾えなかったと思う。どう思っているのだろうか?

そして結局どうなるのだろうか?

2021-04-07

アニメ業界貧困搾取

アニメスタッフ貧困

アニメ業界で働く人の低賃金問題になっている

新卒アニメーターは月給数万円が普通である(大量の残業をしても)、当然、家計マイナスになってしま

家計マイナスになるので、新人が、3年で9割がやめる事になる

・3年でやめなかった1割の人も、賃金が低く、家計プラマイゼロで、食っていくだけで精いっぱいになる

〇なぜ問題なのか

・売れないミュージシャン声優は、仕事のない時間に、バイトや内職、副業で金を稼いだり、学業資格の取得で次の職業への準備をしたり、家事介護家計サポートできる。

しかし、アニメーターや制作進行は、フルタイム労働(+残業)をしているので、そういう事ができない。

・売れない芸能人がいなくなってもテレビ業界は回るが、売れないアニメーターがいなくなれば、アニメは作る事すらままならない。

 スーパーアニメーターも、雑兵となる下っ端がいなければ、無用の長物なのだ

 アニメーターの貧困自己責任ではなく、純然たる搾取である

法律上の扱い

日本には最低賃金という制度がある為、名目上は、フルタイム労働をすれば生活していけるはずである

しか新人アニメーターは最低賃金をもらっていない。

手書きアニメーターが、最低賃金を受け取れないのは、正社員アルバイトではなく、個人請負で雇われているからだ。

・よく悲惨と言われる派遣労働者よりも、待遇が悪いのだ。

日本では、ライン工介護士さん、公務員等の特定場所に集まって、時間管理して働かせる仕事場合雇用扱いにして、時間給にし、最低賃金を与えないといけない。

しかし、大工さん、内職さん、タクシー運転手のように、上の立場の人が仕事ぶりを管理しきれない仕事場合雇用扱いせず、成果給にし、出来高払いでよい(そして出来高が少ない場合は、最低賃金を払わなくてよい)

アニメーターの仕事は、設備必要でない為、職場でも家でもどちらでもできる。経営者は、雇用扱いせず、成果給・出来高払いでよい。

 その為、最低賃金保証されない。

・また制作進行の職でも、雇用ではなく、個人請負のところがある。

社員制作進行でも、残業代が支払われないところが多い

・2010年に自殺したA1ピクチャーの制作進行は、社員ではあったが、残業代が支払われていなかった。(多い時で、月344時間残業していたようだ)

(アニメSHIROBAKOでも、おそらく制作進行の宮森は社員固定給アニメーターのえまちゃん個人請け負いで成果給である)

(宮森の方が、えまちゃんより、経済的余裕がある)

・内職さんはいつも同じものを加工する、タクシー運転手は大体いつも同じルート仕事をする。

・それに対しアニメーターや制作進行は、毎回、作るものが違い、どの程度のクオリティまで仕事をすればOKなのかが曖昧である

 そういった仕事を、個人請負対象にしていいかというと、法律的にはグレーである

製作委員会スポンサーや、制作スタジオが、解決に動かないのは当然である

営利企業目的は、経営者株主利益を増やすことである

社員ましてや個人請負の人の利益を増やす事ではない。

製作委員会制作スタジオには責任がある、しかし彼らには、下っ端の報酬を増やすインセンティブが全くない。

・『鬼滅の刃』の映画が大ヒットした時、『下っ端のアニメーターにボーナスが出ないのはおかしい』という声が出たが、そもそも社員でもなんでもない人の為に、ボーナスを出したら、それは背任行為である

・下っ端の報酬を増やすには、下か外部からインセンティブを作り出すしかない。

〇どうすれば解決できるのか1

社員雇用サービス残業廃止を求めて、労働組合を作って、団体交渉をし、それが駄目ならストライキをする

・それを受けて、各スタジオ製作委員会への増額を要求する、それが駄目なら作品クオリティを低下させて、総仕事量を減らし、時間当たりの報酬を増やす

・少ない仕事量でアニメを作る為に、CGを多用したり、止め画を増やしたり、デザインシンプルにする。

・そしてこれらの労働運動は一社単位で行うのではなく、業界全体で行う。

〇どうすれば解決できるのか2

アニメーターや制作進行の個人請負は、法律的グレーゾーンなだけで、別にホワイトでもない。

・国がとりしまって、社員雇用化すれば解決する。

(一部のスポンサー企業制作スタジオは、クールジャパン関連事業を通して、官僚与党政治家癒着関係にあり、期待できないが)

〇なぜストライキが行われないか

・まずそもそも日本国民の多くは保守政党である自民党の支持者で、労働運動やストライキに対して批判である

さらに、アニメーターは、保守的思想の人が多い。なおさら労働運動に消極的である

〇なぜストライキが行われないか

アニメーターは芸術家という意識が強く、労働者としての意識が低い、その為、労働運動に積極的でない。

個人的には、『オリジナルアニメ監督シリーズ構成キャラデザ』以外の職種は、ライン工サラリーマンと同じ労働者だと思う

〇なぜストライキが行われないか

アニメにしがみついてストライキをするより、やめて別の職業についた方がてっとり早いか

・3年でやめる9割の人は、貧困から脱出できる。

 日本には他にマシな仕事がたくさんある。

 アニメ業界から出る事こそが救済なのだ

・というか、変に残ってしまった方がまずいのだ。

 3年以上アニメ業界につとめたら、外の業界には、簡単転職できない。

〇なぜストライキが行われないか

・中堅のアニメーターが『野球部の二年生』化し、自らも搾取されているのに、新人への搾取肯定するという状況がある

 自分たち新人時代にひどい目にあったのだから、今の新人もひどい目にあえという風に、搾取肯定してしまう。

(実際のところ、上に述べたように、新人若いから別の職業につけるので、まだいいのだ、変に残ってしまった中堅こそ簡単転職できなくて、まずいのだ)

ストライキをしたら干されるのではないか

ストライキをしたら、仕事を干されるのではないかという意見がある

・上にも書いたように、干された方がいいのだ

 干されて、バイトでもしていた方が稼げて、家計プラスになるのだ

〇3年で9割もやめて雇用者側は困らないのか

新入社員が、3年で9割もやめたら普通会社は困るが、アニメ業界ではそうではない

アニメ業界では、たくさんの人が必要だが、スペシャルな人は少しだけでいい。

・まず動画マンは誰でもいい

原画マン問題があっても作画監督が優秀ならどうにかなる

制作進行に問題があっても、演出監督が優秀ならどうにかなる

演出問題があっても、監督が優秀ならどうにかなる

・下っ端が駄目でも、上位職がしっかりしていれば、どうにかなる

・だから下っ端にまともな教育がされない

低賃金でやめても、代わりに困る事はない

・そう考えれば、下っ端の中から上級候補のみを厳選し、他はやめてもらった方がいい。

・3年で9割がやめて困る仕事なら、やめさせないように報酬を増やす

 3年で9割がやめてもどうにかなる仕事から報酬を増やさないのだ

〇そんな業界になぜ人が入ってくるのか

自分だけは勝ち組になれると思っているか

・3年で9割がやめる業界だが、1割は残る。残った1割は、大金持ちになる事はないが、少なくとも家計マイナスになる事はない。

・少なくとも入った時には、自分だけはその1割になれると信じている

〇厳選

ゲームポケットモンスターにおける『個体値』をご存じだろうか

 同じ種類レベルポケモンでも、個体値が違うと、パラメータが異なるのだ。

・この個体値は、プレイヤーには公開されておらず、ある程度まで育てないと、分からない

・優れた個体値ポケモンを求めるゲーム廃人は、大量にポケモンを生ませ、それらを個体値が分かるまで育て、優れた個体値のもののみをキープして、それ以外を逃がす

アニメ制作スタジオは同じ事を、人間に対して行っている

普通企業は、自社に優秀な人材を入れる為に、入社試験面接審査してから、入れる。

 入れてみたものの、優秀でなかった場合は、頑張って教育する、それでも駄目だったら、我慢して雇う

しかし、アニメ制作スタジオは、大量のアニメーターを青田買いし、仕事をさせながら、厳選し、その内、優秀な人材をとりたてる。能力の低いアニメーターは、食べていけないので、そのうちやめていく

 そうすれば、審査するコストを減らせるし、より実際の仕事に適性のある人材を確保できる

・でも、こんな事は普通会社はやらない。雇ったからには責任を持たないといけないからだ

〇なぜCGアニメーターはマシなのか

日本CGアニメーターは、社員雇用されている人が多く、手書きアニメーターよりは労働条件がマシだと言われている。

・これは、CGアニメーターが芸術家という意識が低いというのがある。

 CGゲーム業界から来た技術であり、ゲーム芸術ではない。よってCGアニメーターは芸術家ではない。

・また、最先端テクノロジーを扱う為、長期雇用が望ましく、やめないように報酬を高くする

〇なぜアメリカアニメーターはマシなのか

アメリカ手書きアニメーターは、普通に食っていけるらしい

別に人気の仕事でもないので、人があまり入ってこないし、子供向けの作品が多く、芸術家という意識が低いというのがある。

 芸術家という意識が低いから、団体交渉をするし、ストライキもする、その結果、報酬待遇がよくなる。

製作委員会スポンサー企業や、制作スタジオ悪者なのか?

・上に、労働運動で、予算の増額もしくはクオリティの低下をすればいいと書いたが、予算は多少はぶんどれるだろうが、それでも足りないだろう

アニメ制作スタジオは、赤字会社が多く、よくつぶれる

製作委員会スポンサー企業も、ボロ儲けという訳ではない

(一部のすごい売れたアニメ以外は、スポンサー企業に損害をもたらしている)

 ただ、末端のアニメスタッフは働けば働くほど家計悪化する、それと比べれば、れっきとした格差存在する。

搾取したマージンはどこに消えているのか

普通労働者を、家計マイナスになるぐらい搾取したら、マージンが発生するはずである

 だが、制作スタジオスポンサー企業もあまり儲かっていない。

 マージンはどこに消えたのか。

・それはクオリティである

・『ザ・シンプソンズ』や『アドベンチャータイム』といった、アメリカ手書きカートゥーンアニメは、指が四本だったり、目が丸の中に丸があるだけだったり、全体的に丸っこかったりと、デザインシンプルである

 また横や正面など、簡単アングルが多い。

・それに対して日本手書きアニメは、線が細く、髪も複雑、目も複雑、難しいアングルを多用し、書くのも動かすのも難しい

 こうした日本手書きアニメだと、時間当たりの生産量が低くなってしまい、作品を完成させるのに、より多くの人手・時間必要としてしま

・その為、家計マイナスになるぐらい過酷労働をしても、マージンが発生しないのである

〇過剰なクオリティ競争

制作スタジオは、搾取をしない事によって、クオリティを低下させると、スポンサー企業相手にされなくなる

スポンサー企業は、制作スタジオを選ぶ際、同じ予算ならクオリティのいいろころにアニメを作らせる

・こうして、クオリティの為に搾取が行われる

〇本当にクオリティ必要なのか?

アニメスタッフちゃんとした報酬を払おうとすれば

 アメリカカートゥーンアニメぐらいのクオリティになる

日本では、クオリティの為に、スタッフ犠牲になっているが、本当にクオリティ必要なのだろうか。

クオリティと人気は比例しないし、クオリティと売り上げは比例しない。

〇下っ端を救済するには、クオリティを下げるしかない

CGアセット使用バンクの多用、デザインシンプル化、難しいカットの削減等を行い、総労働量を減らすしかない

海外マネー

NETFLIX等の海外マネーが、下っ端アニメーターの貧困解決するのではないかと期待されたが、駄目だった

経営者達に対して、下っ端にまともな報酬を払わせるインセンティブがなく

 増えた予算が、一部の上位職の獲得と、総労働量の増加に使われるのだ

〇誰が現状を動かすのか

アニメ業界貧困話題になるたびに

アニメ業界は何をしているんだ』『製作委員会が悪い』

 といった意見が出るが、訳が分からない

 企業目的は、株主経営者利益を増やす事であり

 労働者、ましては社員ですらない個人請負の人の生活の為ではない

 企業は、法律の許す限り、労働者を搾取するものなのだ。『善意経営者様』が、施しをくれるとでも思っているのだろうか。

ウォルト・ディズニーアニメーター達にまともな賃金を払うようになったのは、ウォルトが『善意経営者』だからではなく、アニメーター達がストライキを行ったかである

 労働運動をして戦わない限り、貧困解決することはない。

結論

・どの程度働いた人が、どの程度給与をもらうべきかは、永遠に答えのない問題である

・たくさんの人が一緒に働き、階級が生まれれば、大なり小なり問題は生まれる、不満が一つもなくなることはないのだ

・ただ、国が定めた最低賃金は守るべきだし、残業代は払うべきだ。

・その為には、アニメーター達が自ら動かなければならない。

2021-04-06

anond:20210406122607

違うんでパンティ

ブサイクから顔かくしているんでパンティ

米津玄師と同じでパンティ

コロナ前にマスクで口を隠して美形を演出したがっていたマスク中毒女、マスク中毒男と同じなんでパンティ

そもそもミュージシャンの外見を気にするのは人間として小さいんでパンティ

才能以外はどうでもいいんでパンティ

それとは別にPV/MV作るためパンティー…

時間と、

予算と、

「才能がある程度あり何より安く早く仕上げれる人員コネ

が無いからそうなるんでパンティ

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anond:20210405100334

違うんですぅ

 

ブサイクから顔かくしているんですぅ

 

米津玄師と同じですぅ

コロナ前にマスクで口を隠して美形を演出したがっていたマスク中毒女、マスク中毒男と同じなんですぅ

 

 

 

そもそもミュージシャンの外見を気にするのは人間として小さいんですぅ

才能以外はどうでもいいんですぅ

  

 

それとは別にPV/MV作るためのォ...

時間と、

予算と、

「才能がある程度あり何より安く早く仕上げれる人員コネ

が無いからそうなるんですぅ

3-5分の動画をまったくのゼロから作るのは大変なんですぅ

 

 

2021-04-05

雑誌映画秘宝』の記憶(42)

旧体制映画秘宝』と「女性(を含めた他者)との関係構築」の話】

 枕から始めますが、世の中には「勝ち負け」を付けたがり、その基準として「異性との性交渉経験(の有無)」や「性交渉を持った異性の人数(の多寡)」を持ち出したがるタイプ男性存在します。

 一つの例を挙げます

 某男性お笑い芸人は、過去に「オレのことを批判したり嫌ったりしている人間よりも、オレの方がいっぱい女たちを抱いとるねん!」という主旨のことを著書に書いていました。つまり、これを言うことによって「オレよりも異性との性交渉経験人数が少ない奴には、オレを批判する資格が無い!」と彼は言いたかったわけです。他にも似たような物言いで「オレを批判する人間は、オレよりも金稼いどるんか?」等も有りましたね。そのように言いながらも、彼とは段違いと言っても過言ではない『才能が有って、しか興行収入の実績も有る映画監督』のことを「この監督は『映画の基本』が分かってませんねえ」と批判していたのだから面白いものです。5本目の映画は撮らないのでしょうか?

 ところで、その某お笑い芸人は、自身が司会を務めていた音楽番組の場で、番組ゲストミュージシャンたちから以下のような暴露トークをされて、全国放送電波で流されました。

 曰く「後輩芸人たちがセッティングした合コンの場で、その某お笑い芸人が『お持ち帰り』の対象として狙いを定めた合コン参加者女性を、後輩芸人たちが複数人で囲んで『✕✕さんに抱かれたいと思ってんのやろ?!』『✕✕さんに抱かれたいて言え!』と囃し立てる」(※飲食店で、その某お笑い芸人合コン現場を目撃したと云う、番組ゲスト男性ミュージシャン)

 曰く「劇場出待ちをする女性ファンたちの間では『中学生ぐらいがストライクゾーン』と云う噂が共有されていたから、自分(=音楽番組ゲスト女性ミュージシャン)も中学生の頃に、その某お笑い芸人からナンパされるのを狙って劇場出待ちに行った」(※番組ゲスト女性ミュージシャン)

 そういえば、その某お笑い芸人番組に度々ゲスト出演していた梅宮辰夫が、若い頃の話として「狙っている女性がいた時は、自分の所有するプレジャーボートに乗るように誘い、逃げられない沖合の海に連れ出してから行為に及んだ」と語っていましたね。梅宮辰夫は「面白おかしい話」として語っていたようですが、私は「身の毛もよだつ、おぞましい話」と思いました。

 こういう「異性との性交渉経験(の有無)」や「性交渉の人数(の多寡)」を矢鱈と持ち出したり、面白おかしく語りたがり、自慢したがる人間には、警戒した方が良いと思います。それは兎も角。

 この手の男性は「『経験人数』や『経験場所』や『風俗店遊んだ話』などを自慢したがる一方で『紳士的な方法で異性と距離を縮めていった過程』を話さない/話せない」と云う特徴があります

 彼らが何故それを話さない/話せないのかを考えるに、彼らが「女性と『対等な関係』の下で『一対一で向き合う』ことを怖れている/避けている」もしくは「女性と対等な関係になることは『男としての恥/屈辱である」と云う考えの持ち主であることが理由ではなかろうかと、私は推測しています。おそらく「上下関係」や「力関係」が介在しない場では、彼らは自力女性口説くことも満足にできないのではないでしょうか?相手が「弁えない女性」の場合には特に

 さて、長い枕から本題に移ります

 はてな匿名ダイアリー引用するために『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判』その他を読み返し始めたところ、町山智浩らが話す「女性に関する話題」に関する『或ること』に改めて気づきました。

 曰く「ラムちゃんみたいに、奥さんの方から転がり込んで来た」

 曰く「高橋ヨシキが『自分女性パートナーの胸を揉んでいい』と言うから、揉ませてもらってキスもした」 

 曰く「女性から聞かされた話を(聞かされたことも忘れて)、その女性当人に対して上から目線で教えようとした」

 曰く「どこそこの風俗店が云々」

 曰く「誰それのオコボレを目当てに、後から着いて行って云々」etc.

 このように、町山智浩らの周囲から出る「女性に関する話題」には「『対等な関係』として『一対一』で女性と向き合った話」が乏しいことに気づきます。聞かれてもいないのに、わざわざ自分の方から女性に関する話題」を持ち出しているのにも関わらず、明らかに乏しいのです。「奥さんが転がり込んで来た」という話も、要するに「棚ボタ」なのであって、決して「自ら主体的能動的に動いた話」ではないことにも注目して下さい。

 おそらく、町山智浩自身にも「自分たちは『きちんと一対一で対等に女性と向き合った』と云う経験に乏しい」という自覚と、それに伴う「劣等感」が有るのではないでしょうか。そのことが、目下の者や読者に対して頻りに「オレたち『大人の男』ってのはさあ」という『説教』をかまそうとする町山智浩らの動機になったように思えます

 しかし、いくら説教をかまそうとしたところで「経験していないこと」や「体現できていないこと」を語るのは土台不可能なわけですから、いずれどこかで無理が生じます

 一時期の町山智浩は、頻りに「恋愛論」を語っていました。あれだけ『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判』等で自ら何度も「若い頃はモテなかった!モテなかった!」と書いていたのに「今さら正気か?」と私は感じたものです。それでも町山智浩は、自分に都合が良いように捏造/美化した記憶を語って流布させることで「過去を上書き改変すること」が出来ると考えていたのでしょう。

 しかし、某地方映画関係者などから情報漏れ出した途端、町山智浩は「恋愛論」を語るのを止めたようです。おそらく、自分実像を知る人間から情報暴露をされたら、薄っぺらい「恋愛論」による目眩ましなど一溜まりもないことを理解たからだと考えられます

 例の騒動の時には「女性から教えてもらったことを、その女性に教えようとする『マンスプレイニング』の気質の持ち主である」ことをも示唆されていましたが、このマンスプレイニング気質も、根本に「女性(を含めた他者)との『対等な関係』に堪えられない」という気持ちが有ることの顕れだと思います

 この「女性(を含めた他者)との『対等な関係』を構築することができないのではないか?」という疑いは、高橋ヨシキてらさわホークについても同様に向けることができます

 現在高橋ヨシキてらさわホークは、自分たちよりも年齢の若い女性アメコミ翻訳家ヒップホップミュージシャン等とばかりつるんで配信に勤しんだり、あるいは、自分たちよりも知識が乏しい人間が集う『共感シアター』など「上から安心してマンスプレイニングすることができる場」に閉じ籠もってばかりいますが、これは何故でしょうか?

 私はこれも、結局は彼らが「女性(を含めた他者)との『対等な関係』に堪えられない」ことの顕れだと推測しています

 対等な関係に堪えられないから、自分理解できないコンテンツ/ジャンル自分女性パートナーが楽しむ姿に我慢ならず、その価値観否定したり、馬鹿呼ばわりしたりするのです。

 そんな高橋ヨシキ著作悪魔が憐れむ歌――暗黒映画入門』が、ちくま文庫から目出度く再刊されました。同書に田野辺尚人が寄せた解説を読むと、高橋ヨシキは「魂の自由を重んじている人間」とのことです。

 そんな「魂の自由を重んじている」人間が、自分女性パートナーの肉体を町山智浩に献上したところを見ると、高橋ヨシキは「女性には魂が無い。したがって、女性の魂には自由が無い」と考えていると見ても、さほど間違いではなさそうです。

 よかったら皆さんも一度、高橋ヨシキの本を読んでみて下さい。

 長くなったので、とりあえず今回はここまでにします。

 ヘイル・サタン

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