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はてなキーワード: 興行とは

2019-04-18

協会ビジネス

今後一切協会作んなし!

協会認定唐揚げは不味いし

ツインテールもブスしかいねぇ。

コスプレ勝手協会作んじゃねぇよ、人様から借りたIP興行するんじゃねぇ!

ほんと協会作る奴らはゴミクズばかり。

2019-04-16

anond:20190416173852

将棋をみてたら大体分かる事だよね

アレに体格的な差は全く関係ないけど、でも勝てないか女性専用興行がある

anond:20190416173014

体格で分けてもそこで興行的な格差が生まれ

「低重量は差別されてる!」とか言うだけやろ。


てか体格で分けたとして同じ体格の女は男に勝てるんか?

勝てなかったら女が淘汰されて、「女だけの枠を!」っていう堂々巡りやろ

2019-04-13

刀剣乱舞チケットの高額転売の件

チケット転売規制法が施行されるのと刀剣乱舞初日が一緒!見せしめ本人確認徹底して転売分を当日券に回せ!って言っている方をTwitterで多数見る。

また公式本人確認徹底してと問合せしている人もそれ以上に見かけるが

チケット最速の販売時点で

チケット名前記載身分証確認をすると告知していない

・2枚での申し込み可能にしておきながらチケットの名義人と同時入場でないと入れないと告知していない

上記2点をクリアしていないから、本人確認の徹底は絶対に出来ないんですよね…

もしファンチケットの高額転売問題視しているなら、次回作決定した時点で

・先行の種類に関わらず電子チケットで1人1枚のみ

・入場時の本人確認の徹底

を各種チケット申し込み開始前に告知するよう公式意見として送ってください

まぁ、興行打っているマーベラス株主総会チケットの高額転売に関して聞かれたときの回答が電子チケットを導入しているって回答しかない時点でそこまで高額転売問題していないし、製作委員会方式からいろんなスポンサーの思惑で実施されることは限りなく0でしょうけど…

2019-04-10

anond:20190409143828

東京では無いけど割と近い横浜スタジアム権益問題で、反社の影の話ありましたよね…

興行反社は割りと近い(近かった?)と言われていますが、都心のこんな近くにそんな話があるんだ…まだ現役なんだ…とビックリした記憶が。

2019-04-08

映画 名探偵ピカチュウ興行予測

とりあえず、世界興収 5億ドル(100円換算 約500億円)は超えると思う。

700億とかはいくかなぁ。

5月は激戦区だから相当厳しいんだよな。

アベンジャーズもあるし。

同じ和製IPってことでゴジラもある。

2019-03-28

anond:20190328153423

ちょっと前に人型の馬がレースするアニメがあったけど、人間意思疎通ができる馬がやるレースって興行になるんだろうか

2019-03-27

anond:20190327104926

考えてるレイヤーはぜんぜん違うだろうけど、娯楽作品としての児童向けアニメも、ハリウッド大衆向け実写映画も、低予算日本映画も同じ映画作品だよ。

あとは出来とか興行成績が違うくらいで。特にドラえもんシャザムエンタテイメントとして割と同じ領域にあるんじゃないかな。

裏側の話やジャンルが違うみたいな「はーそうですか」という態度しか取れないけど…。

anond:20190327103406

ドラえもんが1位だとなんかダメなの? 映画業界的には。

児童向けアニメを下に見てる映画批評家様という立場かしらん。

何が1位になったら日本映画興行はいい感じなの。

2019-03-26

anond:20190326145019

そんな話してないでしょ?新潟市に行かない北陸新幹線名前出して、新潟活動するのに新潟の事全く勉強してないから叩かれてる。

上越糸魚川には行くけど、あくまでも活動拠点は新潟市なのだから北陸新幹線結局行くじゃんというツッコミもなしな。

新潟市から糸魚川って東京静岡くらい離れてるから

新潟県には止まるだろうが!

え?新潟市じゃないとだめなの?

そういうグループ

グループ名のNGTは、劇場所在地である新潟市および新潟県の新潟(NIIGATA)に由来する[8]。

NGTなんてグループ知らんからwikipediaで調べてきた。

別に新潟市限定してないようだが?

新潟県内で活動する時に北陸新幹線使ってくることだってあるだろうよ。

何が気に入らねえんだよ。

わかってんだぞ?北陸新幹線への新潟市民の逆恨み関係ないアイドルの20そこらの女にぶつけてるだけよな?

そういうのをカッペ根性と言うんだ。

結局運営元のAKS東京事務所なんだから新潟で儲けた金は東京還流する部分も多いですし。

逆だろ。

東京で集めた金で地方へ行って興行を打つんだ。

金の流れは地方交付金と同じ。

どっちで稼ぐ収入が多いかなんてアホでもわかるわなあ。

そういう投資で生まれるチャンスをどう生かすかが地元民の器量じゃねえか。

それをわけわかんねえ被害者意識お客様目線でけちばっか付けて。

そんなことやってっから衰退するんだよ。

あらゆる衰退する地域ってのは要するに「投資が逃げてってる」んだからな。

ここに投資しても実を結ばないって言う判断されるとそうなる。

新しい新幹線が来なかったみたいになw

投資した結果がこの状況ならマイナス判断しても全く不思議には思わないね

からね、ちゃんと利害だけ見て「マイナスから出て行け」っていってるならそれは俺は全然文句がないのよ。

最初からそう断ってんじゃん。

そしてNGTがどれぐらい新潟利益おとしてるかおとしてないかなんて知らんし。

けど元増田田舎者たちのけちのつけ方はそういうことじゃなかったよね。

地元祭りに出なかった。地域密着じゃなかった。

そんなことばっかり。

要するに「おらがよりあいにアイサツさこなかった」という低レベルな話。

ヨソモンが何かしに来るとすぐふんぞりかえって平伏を要求して結局追い出すまで意地悪して。

そんでどんどん衰退していって「何故だっぺ?」って、

地元で待ち構えてる人間がお前らみたいなクソ田舎もんばっかだからだよ。

2019-03-22

メジャーリーグにはがっかりした

日本なんてどうでもいいだろ。

開幕試合と2試合目を、1/9の選手を全力でいかないなんて、ガチスポーツじゃなくて興行なんだな。

本国以外で試合をするのは、どんなスポーツでもマーケティングからは逃れられないからわかるよ。でも、戦力として数えられない選手を起用するのは、スポーツ自体への疑念になるのでやめようよ。消化試合でやろうよ。

もう一つ。ほんとうにすごい記録を残しているんだから内弁慶なことしないでメジャー試合メジャー応援してくれた人の前で花道を飾ろうよ。日本なんてどうでもいいよ。世界一舞台世界一活躍したんだから世界から見送られようよ。シアトルの人が、世界野球ファンが悲しいだろう。シアトルメジャー英雄であってくれ。

2019-03-21

anond:20190318161724

なんか旬すぎたと思うけど、いちおう中の人立場から

あくまでうちの系列劇場でのはなしなので違うところもあるとおもう。

■幕間と予告編と本編

ブコメでもちらほら見かける「チケット記載の上映時間に行くと予告編見せられるのウザい」「チケット記載時間を本編始まる時間しろ」について。

ぶっちゃけ無理。

なぜなら、あれは配給・企業から興行側に広告料が支払われたうえで、上映しているものからだ。

客に見てもらわなければ意味がないし、チケット記載時間を本編に合わせたら、たぶん契約的に成立しないんじゃないかな。

予告編の長さ自体は、だいたい10分が目安だけど、本編の分数によって前後する。上映開始・終了の時間を5の倍数にしたいので、予告編で調整してる。

ちなみに、予告編が始まる前の、スクリーン内が明るい状態で流れているのが幕間映像。あれは無料広告

マナーCMとか映画泥棒がしつこい、マトモな客のみんなには付き合わせて仕方ないけど、実際映画泥棒はいまでもいるんだよ。

マナーも、正直流したところで気にしない、気付かないひとはいるんだけど、観客全員に「おしゃべりしない」「スマホ見ない」などの共通認識があるわけじゃないからね。

とりあえず、本編が始まる直前に着席したいようだったら、スタッフ予告編が何分あるか聞いてみるといいんじゃないかな。

絶対教えてくれるわけではないけど、たとえば10分未満かどうかくらいは教えてくれるんじゃないかな。

あと、これは余談だけど、幕間で流れてる「カップルの男がポップコーン買いに行く映像」について、「上映中にポップコーン買いに行くCM」と言ってるひとがいるけど、あれはCMのなかでも予告編の設定のはず。分かりにくいのは自分同意だけどね……。

2019-03-19

anond:20190319151707

ワーナーマイカルシネマが日本シネコン始めた時、一律千円興行しようとしたけど圧力で潰された

これだけソースが見つからなかった。

日本映画料金についての記憶

記憶で書いてるので間違ってるかも

ジュラシックパークだけ2000円だった(1993年

ワーナーマイカルシネマが日本シネコン始めた時、一律千円興行しようとしたけど圧力で潰された

アバター3D上映を劇的に広める(料金上乗せブームの始まり

2019-03-15

anond:20190315214134

数百年の昔から芸能界(に相当するもの)は無法興行やくざ者の世界であった

からまあ、一般人を引き込むきっかけとなったスター誕生おニャン子クラブが全て悪い

マクロスフロンティア劇場版を見た(後)

anond:20190315022042 の続き。

劇場版マクロスFサヨナラノツバサ

ストーリー

本当にTVからガラッと変わった。途中まで、ギャラクシー侵入作戦が始まるところまではだいたい同じだった。しかし正直なところ名前髪型クーデターに失敗する噛ませ犬だと舐めていたレオン三島まさかここまで有能であったとは。TVから反省会を繰り返したのか三島よ。本作におけるTV版との分岐点はできる三島とついに人の心をインストールしたグレースである。まあ最終的にやっぱり三島死ぬけど。

そして何より本質的な違いは二つ。オズマによる自分を演じることへの肯定と終盤のランカシェリル役割の裏返り。この二つの変更点により驚くほどすんなりとシェリルメインヒロインに固定された。

劇場版役割と設定が整理されストーリー単純化したことで、TV版の中盤までの流れ(病に弱るシェリルシェリルに惹かれるアルトスターダムを駆け上がるランカから終盤への流れ(シェリル行方不明ランカからアルトへの告白)が一気にスムーズになった。というかTV版でも密かに思っていたけど、明らかにアルトくんシェリルのこと好きだよね!そうじゃないといくらなんでも終盤のあの展開はないよね!!つまりあの矢三郎めがいなければ(主にシェリルが)あそこまで苦しむことはなかったのだよ!!!

ちなみに好きなシーンは、アルトに会えなくなってもいいのかと優しく問うグレースと答えに詰まるシェリルアルトの病室での包丁を巡る不器用な二人のやりとり(イチャイチャ)、放課後オーバーロウイントロに合わせて閉まっていくマクロスクォーターの外装。

ところで劇場版ではオミットされたTV版終盤でのランカシェリル:バジュラと交感できる声をしているせいでミンメイの再来と政治的に担ぎ上げられ生体兵器としての運用に疲れていくランカ、病に犯されながらも自分にできる最大のこと(ランカの代わりに死を覚悟して歌う)を選ぶシェリル、という無駄に重い展開も増田はかなり好き。特に歌ったら死ぬことに気づいているから最終決戦の前にアルト恋人ごっこは終わりと告げる(= 強がる)シェリルとそれを聞くアルトのシーンがとても好き。そういえば劇場版はこの「今は答えないで。歌えなくなってしまうから」部分はランカセリフになっていたな。どっちのシチュエーションでも振られる流れだよなあ。

バルキリー

冒頭のバジュラの巣の攻略大気圏内でのマクロスクォーターサーフィンマニューバ、やたらと陽気で軽そうだがシリーズファンからするとこれ以上ない安心感が得られるYF-19からの声、S.M.S大隊によるマクロスキャノン斉射、そしてアンタレス1との熾烈なドッグファイトなどなど見所だらけだった。増田が一番グッときたのは、実はバジュラの巣攻略戦での隧道内のブレラの操縦テク。このシーンは狭い隧道を先行するブレラをアルトが追いすがるという形なのだが、驚くべきことに狭い上にバジュラも向かってくるのに、ブレラは一度も変形を行っていない。可変戦闘機バルキリーセオリー様式美ともいう)通り、垂直方向への移動や複数体のバジュラの掃討にガウォーク変形で対処し即座にファイターへの変形で高速移動を行うアルトに対して、ブレラはファイター形態のままインプラント特有反応速度をもって、機首の向きをわずかに調整することでノンストップでバジュラの殲滅と移動を行うのだ。マクロス様式美否定するような非常に地味ないぶし銀描写がよかった。

三角関係!決着!

TV版の不満点であった超時空二股エンド。アルトくんはっきりせいやと前の感想に書いたが、劇場版ではズバッとアルトくんの男らしい告白三角関係に決着がついた……ついたのだけど……ついたのだけど、だけど、

思いが通じ合って両思いになった恋人たちが次の瞬間に離ればなれになるなんて、そんなことは望んでなかった!

ただ思い合う二人がイチャイチャしているところを見たかっただけなのに……

初見ときはこのエンディングで完全に固まった。そしてエンドロールの「dシュディスタb」(願いは叶うとヒロインズが歌う)を聞いてすわビターエンドの先のハッピーエンドかと沸き立ったのだが、生命維持装置に繋がれて昏睡しているシェリル脳内想像ライブという可能性に思い当たりより消沈した。しばらくアルトシェリルのことを愛している設定でTV世界に戻ろうかと考えていたのだが、絶対に救いはあるはずだと考えて二週目へ。そしてなんとか一つのこじつけに思い当たった。

そう、眠り続けるシェリルは眠り姫のモーチフであり、王子様(アルト)のキスで目を覚ますのが必然であるのだ。TV版ではシェリルランカの両方から唇(一部R18)を奪われていたアルトであるが、運命付けられたように劇場版ではシェリルにされた頬へのキスしかない。これはもうそういうことだろう。運命だよ。よって増田の中では、アルトくんが(アイくんとかで)なんとかしてフロンティアシェリルのもとへ戻ってきてシェリルの目を覚ましたあと、二人で幸せになることが確定しました。多分アルトの病室での一幕のように互いにからかいあってイチャイチャするのだろう。よかった……。

サヨナラノツバサでも「禁断のエクシリアからまり、二人の掛け合いと会場のバタバタ具合が楽しいGet it on光速クライmax」、めちゃめちゃイントロが格好よく演出もパーフェクトな「放課後オーバーロウ」、そしてエンディングお祭り「dシュディスタb」と素晴らしい曲ばかりである。ただ、劇場版代表する曲となると「ダイアモンドクレバス」だろう。イツワリノウタヒメでのバジュラを呼び寄せてしまたことや、ギャラクシー軍のミッション開始の合図だったこと、墜落したフロンティ教会跡など劇中の要所で美しくも悲しいこの歌が効果的に使われていた。

それから見ていて気になったのがライブ演出演出といってもすごく手のかかったCGの方ではなくて(これもすごかった)客席の後ろからステージを映すカメラワークカメラ歌手を追うPV型ではなく観客との一体感を深めるライブ型の演出選択したのは興味深い。ミュージックシーンがPV中心からライブ興行中心へ転換しつつあったことと関係しているのかもと考えた。なお増田PCモニターで見たからそこまで臨場感はなかったのだけど、当時劇場で見た人は自分ライブに参加している感覚を味わえたのだろうか。またサイリウムなどを持ち込んで応援上映のようなことができたのだろうか。

そしてもう一つ気になったライブアルカトラズ刑務所での「星間飛行からの流れ。何と言っても慰問ライブに参加していた/できなかった囚人たちが声を合わせてこの歌を合唱するのだ。正直はじめはなぜランカ中島リーさん以外の声を入れてせっかくの星間飛行邪魔するのかと思った。ただ、よく考えるとランカリー星間飛行を聞きたいのならばCDPVなりを聞けば良いことに気がつき、そこでようやくこのシーンがマクロス伝統である歌の力を素朴な形で描写していることに気がついた。

増田理解としてはマクロスメカニズムというのは武力と歌の相互補完にある。武力では暴力は防ぐことができても心(世界)を変えることはできない。歌は心(世界)を変えることができるけど暴力に対しては無力。しかしその二つが合わさることで等身大人間奇跡を起こすことができる。そのリアリティSFをコアに持つマクロスメカニズムであり、非対称なこの関係性に三角関係が加わることで豊かなドラマが生まれてくるのだと思う。

この歌の力という面からフロンティアという作品を見ると、二つの場面が思い浮かぶTV版の星間飛行ライブと先ほど挙げたライブ@アルカトラズだ。前者は言わずと知れたゼントラーディ部隊の反乱を歌とキラッ☆のみで熱狂の海に沈めた伝説ライブである。このライブ演出は、最初は戸惑っていた兵士たちが曲が進むにつれ武器を投げ出し鼻血を噴きそして最終的にクァドランが肩を組んで踊るという実にアホなものだが、歌が心を変える様子をこの上なく描いていた。アルカトラズライブはというと、先に書いた通りランカを知っていた知らなかったに関わらず荒くれ揃いの囚人たちが自ら歌を口ずさみ心を一つにする。これが星間飛行のすごさであり歌の力であるのだ。なおこのライブ、この後のクランアジテーションから囚人たちと看守たちの大乱闘Get it onに乗せて始まるというやっぱりアホな展開になるのだけど、やっていることは単なるテロである。そして最後の「ランカちゃん〜」と「ジェリ゛ル゛さ゛〜〜ん゛」のコールに吹き出すのである(何度見てもこの部分で笑ってしまうのだけどエキストラなのかな?)

蛇足マクロス7のこと

増田マクロス7のサウンドブースター演出違和感を持ったのは、サウンドブースターにより視覚化・数値化された歌が武器ビーム兵器バリア兵器)のように使われていたから。それと力と歌をバサラ一人が担当するのにも関わらず王道マクロスフォーマットストーリーが作られていたため、最終的にバサラ一人で世界平和へ導くという一人の人間を超越した行いをさせてしまたことも同様。作品テーマとして武力否定ラブアンドピースを狙っていたのは理解できるのだが、武力の代わりとしてサウンドブースターというまた別の武力を持ち出し、バサラ一人に全てを背負わせたため普通若者の織りなす物語というセオリーを壊してしまったように見えた。洗脳されたバロータ兵を初めから出すのではなく、初めは市民トラブルを歌で解決するというような入りかたでもよかったのかなと思う。


最後になぜ増田シェリル派なのかというとプロフェッショナルであることの誇りと責任さらにケー鯛(口からアンコ出る)を愛用するセンスを持ち、泥水をすすっても生き抜く根性があり、たとえ死を迎えることになっても自らの役割を全うする覚悟をまとい、でも支えを失うと心が折れそうになる繊細な所があり、そしてアルトくんをからかう姿がとても楽しそうなシェリルが好きだからです。


次はIIかデルタを見る予定。アイドルものと聞いてあまりデルタには興味が湧かなかったのだけど、たまたまワルキューレの歌を聞く機会があり、メインボーカルの声にぶっ飛んだので俄然興味が湧いた。アイドルものであのガチ音圧の人がメインを張るってかなり攻めてると思うのだが、どういう狙いがあるんだろ。

2019-03-11

anond:20190311160325

シンゴジラゴジラシリーズ新作として最初から割と宣伝されてたし普通にヒット

マッドマックスハリウッド大作枠で宣伝もされてたが、ネットでの騒ぎの割に日本での興行成績はかなり悪い

この世界にとカメとめは最初マイナー扱いだったのがネット流行って口コミでヒット

ってんでそれぞれタイプ違うんだが全部一緒くたにされても

2019-03-09

何で格闘技団体は同じ日に興行をぶつけるんだろう

明日K-1RISE大会がある

競合団体としてあんまり仲良くないのはわかるけど

格闘技全盛期ならともかく今は少ないパイの奪い合いなのが明らかなんだから一日ずらした方がお互いにとってプラスじゃないのかな

anond:20190309100754

そもそも女子相撲に実力勝負なんか求めたってしょうがないじゃん

前例えば男でも中学高校相撲なんかいちいち追いかけてるか? よほど熱いファンじゃなきゃそこまで見やしないだろ? それと一緒だよ

そうである以上、女子スポーツが注目されるケースというのは、顔がいいとか演出うまいとかの興行的な要素で流行るか、あとは自国選手代表がやたら活躍するナショナリズム的なアレか、どっちかのパターンしかあり得ない

将棋とか囲碁とか含めてもそうだし

anond:20190308232628

つまんないからやめようよ

って一言がないか興行成功して出資者たちがニコニコできて丸く収まってて

まらないと思うのは全然いいんだけど元増に見る目は無いんだなということは分かる

2019-02-27

伝統ってどこまで残す必要があるんだろう

例えば相撲とか(娯楽の要素も持ってるもの

今は興行的にもやってけてるが、客が減ったら徐々にルール改変とかするんだろうか

昔はそういうのが絵とかでしか残ってないけど、今は映像とかで残せる

かなり未来の人がその時代相撲と今の相撲見比べて、全然違うと思ったりするのだろうか

そもそもそうやって変わってきたものではあるけど、今の時代生きてると想像がつかない

演歌とか時代劇とかもう誰も見てない印象だけど細々とは続いてる

けど、変化が早いか伝統ってほどでもなく、継承されないような気もする

時代劇は時代ドラマとしては残るだろうけど

2019-02-26

anond:20190226230625

概ね同意する

けど切実さ・好きな気持ち表現お金が全て みたいになってしまうとなんだかなと思うのはある

まあ興行なんだしほぼほぼイコールお金だけど

2019-02-18

銃夢ギリギリ赤かな~

米国の週末興行1位スタートで、国際的興行収入も悪くない。

ただ、制作費1.7億ドルはやっぱ高すぎるなぁ。

サイバーパンクでこの費用はやりすぎ。

2019-02-10

コードギアス 復活のルルーシュ

※本文には「コードギアス 復活のルルーシュ」のネタバレを含む。

10年前のR2放送物語が終盤に差し掛かり最終回というもの意識した時、本当に比喩ではなく毎週の楽しみであり、

生き甲斐だったコードギアスが終わるという切なさを感じつつ、その分素晴らしいものをみれるのではないか

という期待感もあった。

早くこの物語の結末を知りたい、観たいという気持ちと、

この素晴らしい物語が終わってほしくないという気持ちが重なる、そんな期間だった。

  

最終回放送された西暦2008年9月28日

ルルーシュスザクと行った本当のゼロレクイエムナナリーフレイヤでやろうとしていたこ

この二つの類似性に打ち震え、あの悲しい最後のシーンはルルーシュスザクナナリー物語を終わらせるにふさわしい、

素晴らしいもので、それまで見てきたどんな作品最終回よりも美しいと思った。

  

それまでの話数は放送後何度も見返したが、

R2最終回は、その後しばらく見返すことができなかった。

私にとって不可逆で不可侵の素晴らしい思い出だった。

      

最終回放送から8年後、西暦2016年にそのコードギアスが、ルルーシュが復活するとの特報が出る。

    

思い返せば亡国のアキトシリーズの放映や、パチンコ化などのメディアミックス情報は、

アニメ放送後も途切れることはなく、コードギアスは死なないコンテンツになったのだと気付くべきだったのかもしれない。

    

情報は少しずつ鮮明になり、総集編としての劇場版3部作が放映されたのちに

完全新作エピソード劇場で公開すると発表がある。

    

総集編はテレビシリーズとの小さな、だが物語に大きく影響を

与える変更点を加えつつ次々と公開していく。

  

そしてルルーシュが死んでから10年がったった昨日、西暦2019年2月9日平成最後の冬に

コードギアス 復活のルルーシュ」が公開された。

  

タイトルからして復活である

ルルーシュは死んだのに。

美しく、そして気高く世界から憎しみを無くすために文字通り命をかけた主人公

もういないはずで、それでも世界は続いていたのに。

  

復活

  

実は復活と銘打ってはいるが、概念的なことだけで

肉体が蘇るわけではないよ。

ルルーシュがいない世界必死に、彼が求めた願いを実現するために

戦う残された者たちが一生懸命戦う。そんな物語だよ。

それでもよかったのではないかと考えた。

  

だがし復活したのだ、

嘘つきのルルーシュは大切な約束を守るために。

  

復活してルルーシュは、まぎれもなくルルーシュだった。

味方が、特にナナリーピンチの時には全身全霊をもって、

策を練り、有無を言わせぬ迫力で味方を鼓舞し、指示を出す。

  

私が10年前に美しいと感じたルルーシュがそこにはいた。

あれがルルーシュだということに異論を唱えるファンはいないだろう。

それほどまでに素晴らしくルルーシュだった。

  

そして、物語はこれもまたまぎれもなくコードギアスであった。

国の陰謀、計略する首謀者、そこかしこに仕掛けられた罠、

激しく火花を散らし戦闘するナイトメアフレーム

世界の理を変えてしまうほどの強大な力、ギアス

  

コードギアスという作品に込められているものすべてが

詰め込まれており、それでいて色褪せない、新鮮さも感じることのできる、素晴らしいストーリだった。

  

この作品コードギアスであることに間違いはないが、

賛否両論あるということも間違いないのである

  

  

論点は一つ、ルルーシュの復活である

  

  

コードギアスという作品ルルーシュの死をもって

完結した作品であるはずという思いが強い人が多いのではないか

実際私もそうであったからこそこの「復活」にずっと懐疑的

感情を抱いていた。

  

だけれども、観て、楽しんでしまうのだ。

どんなに抗おうとしていたとしても、

観終わった後に私がどんな感想を抱こうが、

劇場で金を払ってみたという事実があるのならば、

コンテンツとして、興行としては大成功だ。

それは全くもって否定できない。

10年前に完結した物語の続きなんてみたいに決まっている。

観ないわけにはいかない。

  

観終わった後、自分感想賛否両論のどちらかなのか

すぐに決めることはできなかった。

この「復活」はあまりにも消化に時間がかかると感じた。

少しでもこの胸のつかえがとれないか

「復活」に関する評価感想ネットであさっていたところ、

監督インタビュータイトルに「批判覚悟制作に踏み切った」とあった。

  

この文言に納得しかかった自分もいたが、

冷静になってみればそれはそうだろうという感想だ。

物語を美しく終わらせるのではなく、

死なないコンテンツとして継続し続け、興行として成功する。

素晴らしいことだが、コードギアスというコンテンツを死んだと

解釈する私の様な人間から批判が出るのは覚悟していただかなくてはならないだろう。

  

10年の歳月コンテンツ評価に対する指標も変えた。

もはや視聴率はその指標としての能力を失い、

配信ツールの普及はいわゆる円盤の売り上げを

抑制するものになった。

  

からネット感想が正しいというつもりはないが、

例えばツイッター等のより個人、とりわけ趣味嗜好を

把握しやすSNSにはおおむね好意的にこの「復活」を

とらえている人が多いように感じる。

  

また、劇場でも終幕後に涙を流し、

良かったと感想を漏らす人も多くいた。

  

これだけでもこの興行成功であったと言えるであろうし、

どんなに賛否両論意見が出たとしても、「賛」の意見が出続ける限り

今後も興行収入を伸ばし続けるであろう。

  

否定というものさらなる否定を己に

向けられる覚悟がないといけない。

ルルーシュ言葉を借りるのであれば

「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけ」だ。

より情報を発信した個人特定されやすいこの環境では、

批判否定という行為は行いにくいだろう。

  

しかし、「復活」でルルーシュはこのセリフ否定するかのような言動を行う。

  

C.C.と同じ、撃たれてもその命を失うことがない

L.L.にはその覚悟がない。

いや、人ならざる力を持ち、さらには死すらも乗り換えたもの

人とは違う理で生きている。その悲しさを物語っているのかもしれない。

  

思えば10年前は視聴率を上げるために放映時に見る、

円盤を購入するという行為に我々は「支援」という意識を持って行っていたと思う。

  

大量のコンテンツであふれかえる世界から

自分の「好き」を少しでも延命させるために。

  

それはコンテンツというものが、傲慢かもしれないが

我々の支援なしには生き続けることができないと、

その支援が乏しく、延命繁栄をすることができずに死んでいったコンテンツ

観ていたからこそ、そうした感情が行動させていたのではないか

  

私が「復活」を劇場で鑑賞した際に

最も涙腺を刺激されたのは、お調子者だが愛されキャラ

本作でも重要役割を担う「玉城真一郎」のクレジットを見た時だ。

  

ご存知の方もいると思うが、「玉城真一郎」をTVシリーズで演じていた、

田中一成」さんは、西暦2016年に亡くなった。

  

もちろん総集編の劇場版で「玉城真一郎」を演じた演者の方の演技は

素晴らしく、引けをとっているだとか、優劣があるといいたいのではない。

  

私は「田中一成」さんの訃報を聞いたときしかった。

その悲しさは、当然のことながら亡くなった人はもう「復活」しない

ことを理解していたかである

  

10年の歳月があれば、悲しい別れを経験する人も多いだろう。

実際私もそうだった。こんなことを書くと現実フィクション理解していないと

否定されそうではあるのだが、私が10年前に愛した「コードギアス」には

壮大で近未来的なSFとしての要素もありながら、リアリティがあったのだ。

ルルーシュが何度もシャーリーギアスをかけようとしても、

にゆ人間を救うことはできない。そんな現実を突きつけられるような、悲しい物語だったのだ。

  

からこそ私たち最終話ゼロの剣に貫かれたルルーシュを見たとき

そこにリアリティを、死んだ人間は蘇らないという現実フィクション

コードギアスの中に見出し、涙したのではなかったのだろうか。

  

もしこれらを強引に、好意的解釈するとすれば、

私は10年前の最終話ルルーシュの死によって完結した素晴らしい物語

味わうことができたこと。

そして感情胃もたれしそうなほど甘い、

デザートのような続編を味わえたと、いうところだろうか。

  

それならば、一度飲み込んでしまったものは、咀嚼して

何とか消化吸収に努めないといけないのだろうか。

  

私がどれほど批判否定インターネットの海に

吐き出したところで、何にもならないのだから

  

批判覚悟で」

  

私の批判という弾丸は、放ったところで制作側には届かない。

コードギアス」というコンテンツは「復活」したルルーシュ

同じく「死なない」コンテンツに「復活」した。

  

私の撃つ弾丸は、もうルルーシュを殺せない。

  

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