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2017-11-15

日本で一番病んでる地域愛知だと思ってて神奈川かと思い直したけど

タイトル通り。

10年ほど前に愛知で数年間暮らし経験から日本で一番病んでる地域愛知特に名古屋)だと思って生きていたが、

相模原事件や座間の事件があり、前から愛知に似ていてやばいと思っていた神奈川も相当やばいな、神奈川の方が病んでるのか? と思いかけていたが

教師が生徒と性交に及んだというニュースしかも1人ではなく複数人ロリコン行為逮捕されているのを見て、やはりこっちの方が病んでいたか…と。

個人的に関わりたくない都道府県ベスト5は、

愛知

神奈川

大阪

京都

香川

愛知日本で一番病んでいる。劣等感の塊の田舎。何もない、文化名物有名人も何もないのに地理的な要因と経済的な要因で五大都市に入れられてしまった、ただの田舎

東京大阪福岡北海道沖縄 などの他の都市に負ける、トヨタがあるだけのただの田舎だが、それを受け入れられない模様。

トヨタがあるというプライドトヨタ以外に何もないという劣等感が、病んでいる原因。変質的事件が多い。

見栄っ張りなのにケチ田舎車社会(だから車のマナーが悪い)、学歴や見た目や年収といった目で見てはっきりとわかることでしか、人を判断できない。

劣等感が強く、大阪福岡などの他の大都市と張り合う。勝てるわけがないのに。劣等感が強いゆえ、ディスられることに過剰に反応する。なので腫れ物扱い。痛々しい。

他の都市に負けているという劣等感ごまかすために、名古屋以外の市町村を見下す。名古屋人間名古屋が一番、愛知が一番だと思いこむことで、精神の安定をはかっている、痛々しい。

都会の嫌なところ(人口密度が高い、競争意識が強いなど)と田舎の嫌なところ(排他的、車のマナーが悪い、男尊女卑保守的など)の両方を兼ね備えた地域としては日本一かも。

日本で一番、痛々しい、病んでいる、暮らしにくい、嫌われているという点では、誇ってよいのでは? 

香川→上に書いた、愛知の特徴と一致する部分が多い。人口39位という田舎ながら、人口密度11位という、田舎なのに都会並の人口密度という点が、病んだ地域となった原因か。

車のマナーの悪さは日本一だと思う。香川から出てこないで欲しい。県外にいても、度々、香川ナンバーの車に危険な目に遭わされる。もう一度言う、香川から出てくるな。出てくるなら外のマナーに合わせろ。

面積の狭さ「日本一」といったプライド四国田舎にすぎないという劣等感からおかしくなっていると推測。愛知もそうだが、下手にプライドがあると劣等感をこじらせる。

トヨタだとか、面積の狭さだとかがなければ、ただの田舎に過ぎないのに、優越感を感じられる部分があるせいで、しかしそれ以外に何もないという劣等感を強く感じ、病む。

名古屋人間名古屋以外の愛知県を見下すように、香川人間香川以外の四国を見下す。

それゆえ、香川以外の四国人間からは嫌われている、こちらは競うつもりがないのに、勝手に「香川の方が優れている」アピールをしてくるから

勝手に言ってろ。そのアピールや、うどん県といったアピール、ディスられると過剰反応する劣等感の強さが痛々しいと思われていることに、気付け。香川から出てくるな。

神奈川→深く関わったことはないが、神奈川出身の人で狂った人を見たことはない。(愛知出身香川出身ほど狂った人間には出会っていない)

ただそれは、外に出てくる選択をした人間しか関わっていないからで、神奈川から出ない選択をした人間は、愛知香川人間と同じぐらい狂っているのかもしれない。

マツコが、「横浜嫌い」を訴えているように、神奈川も調べれば調べるほど病む要素は多いのだと感じる。

東京への劣等感横浜人間劣等感の解消のために横浜以外の神奈川県を見下す(名古屋香川と同じ…)、出身地を聞かれたら「神奈川」ではなく「横浜」と答えるほど横浜市民のプライドは高いが

東京には勝てないので、プライドの分だけ劣等感が強くなる)、米軍基地日雇い労働者が多い地域など、一般的に病んでいると認識されている愛知大阪以上の問題要素を抱えていると思う。

それゆえの、相模原事件であったり、座間事件であったりするのだろうが、横浜人間自分たちには関係ないと思っているんだろうな…。このまま、神奈川には深く関わらずに一生を終えたい。

大阪ネットなどで日本一の嫌われものとされているが、実際に嫌われているのは名古屋横浜人間だと思う。大阪が「嫌いな都道府県1位」などに選ばれるのは、言っても過剰反応しないから。

大阪人間神奈川愛知人間ほど劣等感が強くないので(実際、東京の次の大都市だし)、外野にディスられたところで、流せる。

ただ、神奈川愛知ほど病んでいないにしても、クセは強い。在日朝鮮人問題や、日本一ドヤ街など、病む要素は十分にある。橋下徹知事になるぐらいだから

関西の他の都道府県からも、全国的にも、嫌われ者であるが、実際に東京に次ぐ大都市であるから大阪の人たちはある程度のディスも有名税として仕方ないと思っているのでは。

変な人間、クセの強い人間の多さは、愛知神奈川と同じぐらい。特に大阪が一番だとは思わない。

京都観光地としては好きだが、階級社会の名残である洛内・洛外差別など、京都しか通用しない常識を未だにやっている、特殊地域

特殊すぎて他の地域と同列に語れない。ただ、京都に生まれなくてよかったな、と思いますが…。イジメの多さは日本一、だとか…。そりゃ、出身地での差別が当たり前の地域なら、そうなるわ。

ベスト5ほどではないが、軽く病んでいて関わりたくない→滋賀三重岐阜千葉埼玉(など東京周辺で東京へのコンプレックスが強い地域)・広島岡山富山 など。

病んでいる地域の近くであったり、中都市のなかでプライドが高い地域広島岡山)が入ってくる。プライドの高さは劣等感に繋がる…。

そう言う意味では、なにもない田舎平和四国香川以外)や九州平和地域が多い。長野静岡中部地方のなかでは病んでいない方なので、嫌いではない。

大都市のなかでは、福岡北海道劣等感が強くないので、好き。沖縄も好きだが、本土の人との間には距離がある、歴史的経緯基地問題などがあり、仕方ないことだが…。

出身地などの自分ではどうしようもない属性差別してはいけない、という社会的合意があるから、この地域が病んでいる・やばいなどと表立って語られないのであろうが、そういった態度をとりながらも

沖縄北海道に対しては、特別扱いをして特別地域として扱うのが、日本社会欺瞞だと感じる。

全ての住民がここに書いた特徴に当てはまるとは言わないが、そういった、病んだ人間が多い地域地域性ゆえに劣等感が強くなったり暮らす上でのストレスが大きい地域)というのは、確実に存在する。

大多数の人間は、見て見ぬふりをしているだけ。

2017-11-13

うつヌケがお下劣サイテーパロディ漫画より危険理由

話題の「うつヌケ」はお下劣サイテーパロディ漫画より危険だ。

理由はこれを読んだ患者治療拒否する可能性が高いからだ。


うつになった原因は「自分キライになったこと」

うつを克服できたきっかけは「自分を好きになったこと」

科学的根拠が全く見えない言葉とともに、通院や投薬の無意味さを主張する。これがこの漫画の正体といっても過言ではない。

から見ればあの近藤誠医師書籍と同じである


第2話において、うつ病治療を始めたが効果が見えず、薬が増えていくことに恐怖を覚えたこと、そしてドクターショッピングに至ったことが描かれている。

精神医療失望し始めたころに「薬では『うつ』は治らない。なぜなら…」という本に出会い、そこからアファメーション」に傾倒する。


まず「アファメーション」が何なのかをググってみるといい。大半の人が目を覚ますだろう。

このアファメーションは一部で有名な苫米地英人日本に持ち込んだものである詐欺的な自己啓発集団商品化しているケースがあまりにも多い。

ドクターショッピング対象自己啓発ショッピングに切り替わっただけと考えてほぼ間違いないだろう。同じ罠にはまる精神疾患患者はそう珍しくないかである

田中圭一はもちろん医療専門家ではない。それゆえに精神病理について全く無頓着である

脳の器質的な疾患であるとか、そういったことを無視してメンタルヘルスを語っている。

その結果


うつになった原因は「自分キライになったこと」

うつを克服できたきっかけは「自分を好きになったこと」


という非科学的なセリフが登場するのである。いうまでもなく、これらはうつ病の発生原因や回復要因としてまったく因果関係が判明していない。

メンタルヘルス回復の補助としてある程度役に立つかもしれないが、あくま治療のメインは投薬治療である

ストレスで胃に空いた穴は、ストレスを解消するだけではふさがらない。精神疾患もそれと同じだ。


まりこの漫画一見精神病患者の心に寄り添うように見えて、言っていることはマイルド根性論なのだ

うつなんて甘えだ。気合で治せ」というのと

自分キライになったかうつになった。自分を好きになればうつは治る」

というのは、理屈としてはほぼ同じである

うつ病というのは自分の気の持ちようで治る病気なんだ、という、多くの精神科医師が解きたくてたまらない誤解をますます深めているのだ。


うつ病患者をはじめとした精神病患者は、長患いの結果、病院医師に対する信頼を完全に失っている。

そんな折に「薬ではうつは治らない」「アファメーションで治る」と書かれた本を手にしたらどうなるだろうか。

すべてに絶望した末期がん患者が「抗がん剤ではがんは治らない」「手術も抗がん剤も無しでがんは治る」と書かれた本を手にした時と同じことになるのではないだろうか。


最後に。著者も含め、世の中の精神病患者はあまりにも「薬を飲み続ける」ということをネガティブにとらえすぎていないだろうか?

「一生薬漬けの体になってしまった」と嘆く人がいるが、よく考えてほしい。

健康人間でも食べ物を食べ、水を飲み、空気を吸わなければあっという間に干からびて死ぬ

薬がないと生きられない人間と、健康人間には大して差は無い。


まれから生薬を飲まなければいけない人。自分自分注射を打たなければいけない人。

自分意志では歩くことができず、たくさんのチューブにつながれた人…

「生きている人間」のうち、彼らが占める割合はあまりにも大きい。

だが彼らは果たしてみじめなのだろうか。

「一生薬漬けの体になった」と人目もはばからず嘆き、薬を飲まない人生こそを至上とする精神病患者は、彼らの生き方否定している可能性に気付かないのだろうか?


治療のゴールは薬を飲まないことではない。治ったといわれたいために治療放棄するのは絶対に間違っている。

第三者に害を与えかねない病気からこそ、スタンダード治療重要性を常に心に留めてほしい。

2017-11-12

働く女性vs増田騒動が酷いので書いとく

https://anond.hatelabo.jp/20171112000738

https://anond.hatelabo.jp/20170222223450

初めに言っておくけど、私は妊婦産休を取得する人間非難したり揶揄したりすることには全く賛同しない。そのような言説には与しない。人口再生産という共同体に不可欠な任務を請け負った人間社会から出来うる限りサポートされるべきであり、また、就業に関しても最大限考慮されるべきだと考えている。

その上で言いたいのは、だからといって私は妊婦を叩く増田非難できず、また非難したくはない。

リベラル的な言説(例えば悪いのは妊婦ではなく会社から会社に言え、仕事を切り上げさっさと帰れ等)という言説を正論であると主張している。しかし、何をもってそれを正論と言い切れるのか?

個人自己決定よりも同質的共同体繁栄に重きをおけば、正論となるのはむしろ保守的価値観(性役割分担やモーレツ企業)ではないだろうか。(私は自己決定に重きを置くので反対だけど)

はてブ正論として扱うものは、本当に正論なのだろうか。そんなもの存在するのだろうか。結局は価値観というもの収束してしまうのではないだろうか。

ミクロに見れば、あなた元増田と同じ苦境に陥った時、果たして仕事無視して定時で帰ったり上司人員補充を進言できるのだろうか。上司会社から不当な扱いを受けたり解雇されるかもしれないのに?

だって労働者権利は守られるべきであり、時代に合わせた経営が行われると嬉しいと考えている。

しか元増田がその理想を実行しようとして、結果不利益を被った場合、誰がどうそれに報いるのだろう。理想のための礎となれと強要するのであれば、戦中の日本ISとどう違うというのだろう。

元増田にかける言葉として「こちらの価値観賛同すれば回り回ってあなたにも利がある」という言説はまだ説得力を持つが、「こちらの価値観賛同しないもの不利益を被っても我々の関知するものではない」というのであれば、それは結局全体主義と何が異なるというのか?

多様性の中で認められるものには、旧来の家父長制や性分業といった価値観も含まれる。リベラルというのはこういったものも包括してお互いに強制せず、認めあうものではなかったのか。そしてそのために対話があるのではないのか。

自分たち思想賛同しないものを、旧弊価値観から抜け出せない蛮族として扱うことこそ、下劣で野蛮な行為だと私は思う。そして元増田のような苦境にある人物対話するとき重要なのは、働く女性の苦境を繰り返し説いてわかってもらうこと、また過渡期に発生する元増田のような苦しみに対し、出来る限りの理解に努めることではないのだろうか。

追記

私は共同体に重きを置く価値観を「持っていない」、だけども「働く女性的外れに叩くバカ」であっても安易に叩くことはやめませんか、と言ってんだけど読めてないんか。

あと性役割から解放を目指した結果今の産休制度とかがあるんだと思うんだけど…

id:ooishikuranosukenowakenai

共同体に重きを置く価値観を持つの勝手だけど他人におしつけたり因果関係のない性役割だのモーレツを持ち出すのはやめような。あと働く女性が戦ってるのではなく働く女性的外れに叩くバカが叩かれてるのが現状

http://b.hatena.ne.jp/entry/348633710/comment/ooishikuranosukenowakenai

2017-11-06

anond:20171106123648

哲学的ゾンビクオリアは想定可能であることを示しているけれど、同時にその想定ではクオリアには機能がないことも示している。

機能があるクオリア」があれば、ゾンビ歯車は正しく回らない。

 

まり質的実体存在していたとしても、それは随伴現象説や並行説のソレでしかない。

人間機能についてはすべて科学説明しうる。

 

赤い光に網膜が反応したときに脳が赤いクオリアを感じる物理状態になることは、科学説明できる。

脳が赤いクオリアを感じる物理状態になったとき、赤いクオリアを感じるという対応がなぜ存在するのかは、科学では説明できない。

2017-11-01

http://otoimi.net/theory 実際は画像メインなんで踏むのを推奨する。


A.集合論意味する音

まずdは集合論の集合、gは集合に含まれもの、nは要素、hは要素を含むもの意味します。

※dとh、gとnは同一であるように見えますが、gとhは関係を表しているので違います

要素を含まない集合があり得るという意味で「集合」と「要素を含むもの」は違いますし、集合に含まれない要素があり得るという意味で「要素」と「集合に含まれもの」は違います

※ここで集合と要素の質的違いについて説明します。

例えば「男」という集合があったとして、その集合にはこの世界のあらゆる男が要素として含まれるはずです。

その内の一人がいなくなったとして、「男」という集合は「男」という集合のままです。

これはつまり、集合は要素の集まりでは無いという事です。

「男」という集合の定義は、この世界の男を全て集めたもののような、ゴチャゴチャしたものでは無いです。

そして「男」という集合は、要素を無限に含み得ます

その意味で「要素」と「集合に含まれもの」はイコールではありませんし、だから「集合に含まれない要素」もあり得るという事になります


B.フローチャート意味する音

集合論とは別の種類の論理として、フローチャートがあります

mがフローチャートの条件、lが選択肢意味します。

そしてzとyが「フローチャートにおける動き」を意味していて、zが肯定否定や呼びかけなど、yがORや呼びかけなどを意味したりします。

※私はこの図のようにzが前提寄り、yが結果寄りだと考えているんですが、肯定否定目的に適うかどうか、ORを条件から選択肢とすると、この逆だと考える人いるかもしれません。

しかし前提から選択肢からこそ目的に適うか問われるという考え方もありますし、ORは選択肢から結果だという気もしますし、何より逆だとj(zy)が分からなくなります

ただどちらにせよ背中合わせの関係を持っていて、表記ではどちらも「フローチャートにおける動き」というだけなので、好きなように考えれば良いと思います

肯定否定、OR、呼びかけなどは、例えば連続的でなくフローチャートなのでステップだったりして、動きと呼ぶべきかは分かりませんでしたが、それに当てはまる言葉が無かったので単純に「フローチャートにおける動き」としました。


C.A+B、空間意味する音

Cでは動きに関する音を多く扱いますが、「動く何か」が成立するにはフローチャートの条件・選択肢肯定否定・ORなどでは足りません。

また存在集合論だけでは足りません。集合論は「〜だ」というだけで、空間における他との区別を持たないからです。

なので「動く何か」を考えるには集合論フローチャートを合わせる必要があり、それがこのCだという事になります

まずkが地点/存在、tが空間における集合的もの、bが場/路を意味します。(tは唯一画像として用意できませんでした)

上に書いたように、存在は地点の区別必要します。

またフローチャートは神経の反射のようなものなので、「動く何か」を持ちませんし、だから地点もありません。地点も存在必要します。

まり存在と地点は表裏であり、それを表す音がkという事になります

空間におけるkの地点/存在に対して、tがそれらの集合的もの、bが動きの場/路を表しています

ちょうどt,k,w,b→d,g,n,hの関係を持っていると考えれば良いと思います

次にsとpが動きを意味しています

wが動かされ得るもの意味しています

※wの「動かされ得るもの」とはつまり空間における普通の「もの」の事です。

対するkの「存在」は存在というより地点と紙一重の存在以前のようなもので、理論上それぞれただその座標一点にしか存在しないので、当然動かし得ません。


D.母音、A・B・Cにおける意図

※「意図」とは何か。

そもそも我々の意識は集まったり広がったりするような性質を持っていて、集合論でもフローチャートでもありません。

ここでの「意図」とはつまり、「集合論フローチャートにおける意識のあり方」を指します。

aが意図の集中、eが意図拡散で、これらは集合論における意図を表しています

iが情報同一性)、oがポインティングで、これらはフローチャートにおける意図を表しています

uが区切り/終止を意味していて、これはおそらく空間における意図を表しています

※始まりには意図の集中であるa、真ん中の存在における動きには情報であるiやr(lu)が使われます


E.複合した音

その他の音は、今までの音が複合したものとして分析できます

fがh(要素を含むもの)u(区切り/終止)で空間における「要素を含むもの」。

qがk(地点/存在)u(区切り/終止)で質/実態

rがl(選択肢)u(区切り/終止)で空間におけるフローチャートフロー)。

vがb(場/路)u(区切り/終止)で強調された場/路。

cがk(地点/存在)y(フローチャートにおける動き)で空間におけるフローチャート(地点/存在)。

cがkyというのは発音ルールhttp://mymeet-up.com/?p=762)と英単語意味から判断しました。

jがzyでフローチャートにおける動き。

xがk(地点/存在)s(動き)で、kに動きを合わせたようなものを表していますスケールもkぐらいです。

2017-10-26

anond:20171026170051

もうすぐ30歳になりますが、車・バイク免許ないし英語もしゃべれなで~~~~~~~~~っしゅ(^ω^)

質的お酒も飲めません!!ごめんなちゃ~~~~~~~~~~~~~~い☆

キムチが嫌い

どこかの国が嫌いって意味じゃないんだ。

韓国籍朝鮮籍の奴らで、おもしろい連中もいる。

自体には無関心。あ、北の方にはミサイル飛ばしたりすんのはやめてくれって言いたいけどね。

戦争責任とか言われたら、まあ、そりゃ、ある程度はあるんだろと思うよ。植民地支配だって、なかったらよかったねと。

から嫌韓とか、そういうのはちがう。むしろ、そういうのに対する嫌悪感のほうが強い。


だけど、キムチは嫌いなんだ。食べ物として嫌い。クサヤが食えないのと同じくらい、嫌い。鮒ずしと同じくらい、嫌い。


それはそれでいいじゃないかと言われそうだけど、そうはいかない。満面の笑みで、「おいしいキムチが手に入ったんだよ」と出されて、「キムチ嫌い」みたいなことを言えない。もしも言ったら、「あ、こいつ、口ではキレイゴト言ってるけど、本心差別主義者なんだ」って思われてしまう。キムチ朝鮮半島代表する文化であり、それを嫌いだということは朝鮮半島文化全般に対する侮蔑であり、つまり自文化優越主義者であり、つまり植民地主義であると思われてしまう。それはまずい。

「体質的に辛いのがダメなんですよね。アレルギーかもしれない」みたいに逃げても、「あ、それは本当のキムチを食べてないからだよ。スーパーで売ってるのとか、辛いばっかりでダメ。本場のはそんなに辛くないよ。辛さより香り唐辛子はね」

みたいに言われるんだけど、こっちはそのにおいがまず、ダメなんだ。

「慣れだよ。子どもの頃から食べてたら気にならないって」

とか言われても、無理に慣れたいとも思わないしね。

しかたないから、キムチを食わそうとするような人には近づかないようになってきたんだけど、それはそれで付き合う範囲が偏ってきて嫌だ。ポリコレ的に正しいキムチの嫌い方って、ある?

2017-10-12

anond:20171012221915

教えるのがうまいかどうかと腕はあまり関係ないと思う

ゲーム教えてるとゲームができない人って

左右盲とか色盲とか3D酔いとか地図が読めないとか暗算が致命的なレベルでできないとか

質的な障碍がハードルになってることが意外と多いなって思う

そういうのってどうフォローしたらいいのかわからなくて悩むわ

向いてないからやめろって言ってしまうほうがいいのかもしれないとも思う

統計データからアニオタ市民権を得ているか分かるのか?

この前のアメトークアニソンが出たときにもやっぱり「アニオタ=キモオタじゃない!」みたいな話が出てきたらしい。

そうした話は当人たちにとって大切なのだうから存分に議論してもらいたいが、これに平行して話題に上がるのが「アニメ人口」の話だ。

このニュースなんかはその典型だがアニメを見ている人が全体の3割強いることを理由アニメを見ることは一般的だとか、市民権を得た?(誰が得たんだろうね)とか言っている。

しかしこの調査には続きがある。

視聴者数が多いアニメランキングの上位8作品は『サザエさん』、『妖怪ウォッチ』と言った子供向け、家族向け作品であり、9位10位も『ジョジョ』、『暗殺教室』とジャンプ作品が続く。

11位の『坂本ですが?』や15位の『カバネリ』ぐらいからようやく少年向け漫画原作ではない深夜アニメランクインするが、上位の作品ターゲット層を見ると「アニメを見ている」からと言って「深夜アニメを見ている」人とは限らない(※1)だろう。

また視聴している人の中で週6本以上見るコア層、つまりこの調査上の「オタク」が占めるパーセンテージは約15%(※2)である

まり全体から見るオタク人口割合は0.32×0.15=0.48、約5%程度となる。

こうした解離を無視してアニメ見てる人は多いか市民権を得た!なんて言うことは、子供向け家族向けアニメを見ている人が殆どで、オタク向けアニメ世間に受け入れられてない!と言うツッコミを乗り越えられない。

結局考えなければならないのは何人見ているのか、ではなく誰が見ているのかと言った質的な物に目を向けざるを得ない。

飽きたので続きはやる気が出たら書く。

※1ちなみに上位30タイトルで見る子供向け、家族向けアニメ深夜アニメ視聴者数の割合はだいたい2:1。放送分数だと逆に深夜アニメの方が子供向け家族向けアニメより上回る。(アニメ産業レポート2016より)

※2ロジャースの普及理論に乗っ取ればイノベーターアーリーアダプター割合は約16%。コア層と言うのはイノベーターもしくはアーリーアダプターであり、この割合は増えも減りもしないからこの人口の話をするのは無駄!とも考えられる。しかしコア層の割合が一番高いのが20-29歳であるにもかかわらず、子供向け家族向けアニメの方が視聴者数が多いというズレを考えた場合、普及理論では片付けられない問題があるのではないだろうか。

2017-10-02

めっちゃいい国立大学出て底辺仕事してるけど

こういうのはてなの優秀な皆さん的には世間税金還元してないって怒られるんでしょ?

質的な疾患とやらで働けなくなって回復したけど気が付いたらいい歳でまともな職歴もなくてこんな人生なっちゃった

学生の頃は何の疑問も抱かず社会活躍してる自分思い描いてたよ。ごめん国立の貴重な運営費用と枠を無駄にしちゃって。そして希望燃えてた学生時代自分ごめんよ。

2017-09-23

anond:20170923153354

空手形欺瞞が横行している世間で、いか信頼関係を構築するかという話っぽい。

形式的ルールで縛ったり、契約保証をつけたりすると、結局は普通金融商品になる。じゃあ今すぐ現ナマよこせ、という話に。口約束のファジーさは不可欠だ。しか口約束的な部分だけでは反故にされるかもしれない。

口約束的な部分と、金融的な保証をうまくバランスさせる。口約束に対するコミットメントの仕掛けをつくって、誠実さへの覚悟を見せる。過去に雇った人を搾取したという実績が世間に明るみになれば、今後マトモな人材からはそっぽを向かれるので、誠実であることの必要性経営者だってある。

1000万投げるときに、貢献度への妥当性って、そんなんリーダーが「あいつは貢献したぜ」って言い張れば十分だ。決裁権持ってる人間が良しという、それだけで「妥当」。そこで数字表現できなければダメだ、なんてことになったら、どれだけ労力をかけたって、質的な貢献を評価することなんてできない。

子供を産まないのは働かないのと同じ位恥ずかしい?

昭和時代子供を産まない人は死ぬほど責められた

子供を産むのは人間として当然のことであり

質的に産めない人すら責められたのだから

自分意志で産まない人は悪魔のように責められた

今は体質的に産めない人を責めるのはハラスメントだし

自分意志で産まない人は抑圧に抵抗する戦士として褒められる

今は働かない人のほうが責められる

働くのは人間として当然のことであり

能力的に働けない人ですら責められるのだから

自分意志で働かない人は悪魔のように責められる

多分昭和時代の子どもを産まないことは

今の働かないことと同じくらいの恥ずかしいことだったのだろう

2017-09-20

ピルは飲まないという女性に限って避妊責任男性押し付けすぎ

わかる、わかってる。

私は女性じゃないからいうてわかってないけど、避妊用低用量ピルでも体調を大きく崩す人は少なくないし、体調を崩さなピルを探すまでの期間は大変だろうし、毎日服用する手間や薬を入手するために病院に行く手間がかかって、さらに既に体質的問題で服用すると妊娠能力に影響が出るかもしれない人がいることもわかる。

いうて女性じゃないからわかってないかもしれないけど、とりあえず女性じゃないのでわかってないという所はわかってる。

たださ、じゃあ避妊どうするの?って話になってコンドーム着けるのはいいよ、いい。私も今は子供欲しくないし進んで着けるよ。

でもコンドーム避妊確率って90%ぐらいだよ?いいの?10%ってそこらのソシャゲガチャスーパーレア引く確率ぐらいじゃない?お前デレマスで何枚SR持ってるんだよ。

でもいいよ、それでも良いっていうなら、同意の上だからこれで妊娠しちゃったらしょうがないんだよね?二人の責任だよね。もし望まない妊娠したら、堕ろすって選択肢も考え・・・違うの?

いやまって、妊娠したら絶対産むものって考えはなんなの?やわかるよ、かけがえのない命だもんね。しかも手術時は女性の体にだけ大きな負担がかかるし、精神的にも参っちゃうよね。

女性じゃないから本当はわかってないかもしれないけどさ。

じゃあどうしよう、今はやっぱり子供欲しくないから、妊娠しない避妊方法。って考えるとセックスしないのが一番。万事解決若者セックス離れ万歳

や、わかるよ、これは男の私でもわかるけど、セックス一言で言っても挿入を伴う必要はなくて、愛撫等スキンシップでお互いの体を通じて心を通わせられるよね、これはわかる。

でもさ、目の前に大好きな人の裸体があって、キスして愛撫して、とろんとした君の顔を見るとどうしても入れたくてしょうがなくなっちゃうんだよね、君も性欲強い時期はすぐ入れて欲しくなっちゃうよね?おねだりしてくるよね?

やまじで本能に抗えない。おそらく世の中の大多数の人も抗えてない。不倫中出し妊娠なんてまさにこの典型でしょ。だから挿入した時にどう避妊するかを考えるしかない。

で話戻るけど、君一度もコンドームつけてくれたことないよね?いつも私が買ってきて、私が自分でつけて、さもそれがセックスする男としての義務責任だって顔してるよね?じゃあ女性はどういう義務責任避妊に対して負うの?

前「悪意ある人としたらピル飲んでないと妊娠ちゃうかもよ」って話した時は「そういう人とは付き合わないから良い」って言ってたけどさ、僕は毎回中出ししたいよ、大好きな君に中出ししたい、後先考えず、本能がそう叫んでる。

けど踏みとどまって自分の息子に自分の手でコンドームつけてるの?わかる?その葛藤を毎回君は感じてる?

だいたい毎回怖くない?ピル飲めば月経も軽くなって避妊確率も99%になるんだしそっちの方が絶対安心じゃない?数字的にも90%と99%じゃ全然違うよね?僕はSSRいたことないからこれはわかる。課金してないからかもしれないけど。

課金で思い出したけど、コンドーム代なんて一度も払ってくれたことないよね?いや世間的に考えて払うものじゃないと思うけどさ、責任を私に押し付けるなら経済的負担は君が少し負ってくれても良いんじゃない?ローションとか、その他おもちゃも全部僕が出してるし、ホテル代も僕が多く出してるけどさ。

女性義務男性が生でしそうになった時に止めることなのかな?それだとしてる最中ずっと気を張ってなきゃいけなくて大変だね、明らかに君はそんな余裕なさそうだけどね。絶対後ろからしてる時にゴムとってもバレなさそう。したことないけど。本当に気にしてるのかな?

やっぱそういうのを気にさせないぐらいジェントル男性なのかな私は?ありがとう、私は毎回着けるときも、しっかり根元までつけて、してる最中も定期的にゴムがずれてないか確認して、出した後外に出すときゴムが中に残らないように気をつけて、外した後も中身が外に出ないように気をつけて、もちろん触った手はすぐ拭いて、ミスによる妊娠を完全に防いでるよ。今まで三年間ノーミスだよ。すごい気をつけて疲れてるよ。

いつも避妊してくれてありがとうなんて一度も言われたことがない。責任を全部こちらに押し付けて、ねぎらい言葉もないなんてどうなの?当たり前のことだからいいの?

最初に戻るけど、ピルは種類がたくさんあるんだから自分に合うやつを見つければ良いし、薬もらいに行くのだって合うのさえ見つかっちゃえば半年分とか1年分もらってしまえばもらいに行く負担は僕がコンドーム買いに行く負担とそう変わらないよね?体質的問題なら仕方ないかもしれないけどさ・・・。あと、合わないやつ試して体調崩しちゃったりするのはホントごめん。全面的にごめん。

とにかくもうセックス疲れるよ。でもおちんちんたっちゃうからちゃうんだけどね、心が疲れる。

女性的にはどうなのこれ?ピルを飲まない女性はどういう責任避妊に対して負っているの?

教えて増田さん

2017-09-14

デブアパートシェアしてわかったこと

デブはただ、デブだという認識しかなかったが、デブに対する見方が変わったのでここに記す。

デブ生活は怠慢だ。まじで。

食っちゃゴロゴロしてやがる。そら太るわ。

仮に体質的問題としても擁護できない。向上心があれば痩せる努力をするだろ?

でもデブにそんなものはない。

海外とかでデブ就職に不利だという話を聞いたことがあるが、学歴フィルター書けるくらいなら、身長体重履歴書に書かせてデブフィルターで絞り込んだほうが有益だ。

ネットデブ税というのが話題に出た。

自分も大いに賛成だ。

デブ無駄に多く食事を取る。これから環境の大幅な変動により、世界各地で水不足が起こり、その水不足食糧不足を引き起こす。

まだ食料を供給する仮定で大量のCO2排出やら環境汚染が起こる。2200年以降も人類地球生存してるなんて夢見ているやつがいたら少し勉強してくれ。

話は逸れたが、つまり少食のほうが圧倒的にエコなのだ

医療費だって一般人より病気になりやすデブはそれだけ税金を消費する。

電車に乗れば人の倍の場所専有する。さらに運ぶのに余計にエネルギー必要となる。

デブメリットはあらゆる視点で見てもゼロだ。おっと、お相撲さんは許すぜ。お相撲さん特権だ。

日本資源大国でもないのに、政治家医療機関との超強力な癒着によって、税金ほとんどが医療費に消えている。

医療費公的負担比率 国際比較統計・推移のデータをみればわかる。

https://www.globalnote.jp/post-10288.html

日本より上位国は天然資源による大きな収益があるのでほぼ税金日本でこれをやったら国が滅ぶのは明らかだろう。

まり個人による健康維持が必要不可欠なのだ

未来をまったく考えない政治家中国韓国北朝鮮と同等もしくはより国民有害だ。税金を大量に消費して意図的高齢化社会をつくりやがる。

おっと、また脱線した。

言いたいことは政治家が保身しか興味がない国賊だってことではなくて、個人努力によって健康管理して、医療費負担を減らそうぜって話。

わかったかデブ。おまえだよ。

基本的偏見なく、ステレオタイプに縛られないように当たり前と思われがちなことでも考えることを心がけてきた。

その俺がデブに対してのステレオタイプを持つことになったのだ。

自己経験から統計結果を元に生まれステレオタイプだ、反論されたって俺は自分経験を信じる。

デブはまじで怠慢のカスだ。反省しろ

オリンピック優生思想につながるのではないか

人類が弛まぬ努力と知恵によって勝ち取ったようにみえ栄光

実際には、生まれつきの身体的特徴が有利に働く。

からマラソンをしたい人よりも、マラソンに適した人の方が速く走れる可能性が高い。

同じぐらい優秀なスタッフのついた黄色人種黒人がいたら、黒人の方が速く走れる。

黄色人種黒人に勝つケースもあるが、それは反則負けか知恵による偶発的な勝利だ。

同じ人種の間でも選抜大会を行うわけだが、速く走れるフォームの人よりも、肉体・体質的に足が速い人の方が圧倒的に有利である

知恵があって体が弱い人なら、知恵がなくて体が強い人に勝てる?

そんなはずはない。なぜなら、体が強い選手には、優秀なスタッフがついてくれるからだ。

弱い選手支援してくれるスポンサースタッフなどいない。

弱い選手が勝ち上がるには、自分より弱い人種がいる国に帰化するしかないだろう。

オリンピックに出場できるような優秀な選手は生まれつき優秀なのであって、知恵や努力が先にあるわけではない。

スポーツ競技とは、優秀な人間選抜する行為に他ならないのではないか

2017-09-12

妻がときどき俺を酔い潰してくる

質的ものなんだろうが、俺は強い酒を飲むと眠くなってしまい、それから目が覚めるまでの記憶がはっきりと残らないことが多い

なので外出先ではビールくらいしか飲まないようにしている

そのことはもちろん妻も知っているのだが、それでもときどき晩飯で俺に強い酒を飲ませたがる日があって、そういう時は翌朝目が覚めるとだいたい二人して裸で寝ていることが多い

なんなんだろな

2017-09-06

https://anond.hatelabo.jp/20170905222311

理由? いったいどういう「納得できる理由」を求めてるのかよくわからない。

言葉それ自体に人を傷つける力があるのではないよ。その言葉で人を傷つけようとする人がいるから傷つくんだよ。

例えば、「短耳」って言葉(今作った)、別に差別的でも何でもない。だが、耳が長いほうが偉い、短い奴はぷゲラって時代

百年も続けば、公の場で人に「短耳」と言うことは「失礼だ」とか「差別的だ」という声は当然生まれるだろう。そうなってから

『短い耳の人のことを「短耳」以外に何と呼べばいいんだ?俺に差別意識はないぞ』と言っても始まらない。

そう呼んで差別してきた人が今もいて、そのせいでその呼称に傷つく人がいるからには、それは差別語として機能してしまうんだ。

なお、ホモ(同種の)はヘテロ(異種の)の対概念で、増田の考える「ホモ」は「ホモセクシュアル同性愛)」からきている。

ホモソーシャル」は「同種のものしかいないことを暗黙の前提にした同質的社会」の意味であってホモセクシュアルという意味ではないし、

ホモ牛乳脂肪分が(同種同士)集まり固まる=クリームができる牛乳のことで、こちらもホモセクシュアルとは無関係だ。

なお、レズビアン女性同士のホモセクシュアル同性愛)の俗称なので、これもまたホモセクシュアル一種だが、ふつうそちらを

ホモという略称では呼ばない。ホモという略称意味されるのは、主として男性同性愛同性愛者であり、このことからも、

ホモという略称学問的なホモセクシュアルのもの意味ではなく社会的意味を含んだ呼び名であることが分かる。

ではその「社会的意味」とはどのようなものか。

あいつはホモなんだぜ」という発言は、一般に、単に「あいつ」は「同性愛者だ」というだけの意味ではなく、

「あの/恥ずべき/滑稽な/日陰者の/変態的な/男を見れば欲情する/潜在的HIV保菌者の」くらいの意味を込めた

非難ニュアンスを帯びて周囲に響く、あるいはそう聞こえることを意図して用いられる。言っていることはつまり

普通の俺たちとは違う」ということであり、ヘテロ男性社会から排除がその効果だ。相手社会的人格を棄損し

排除を行う目的で用いられてきたこの言葉は、無自覚に用いる限り、増田にどのような意図があっても、

差別語である」という指摘を免れることはないだろう。

2017-09-02

お酒に失礼って何だよ

私はグラス一杯のビールですらリバースしてしまう。

大学では体育会系部活だった事もあり、先輩から飲酒を命じられて、最初ゲロ吐いて終わりまで寝かされてる役。

「酒を飲み続けたら、耐性ができて強くなるとは限らない」と思っている。

先日出張があった。打ち合わせの後で、社内の人だけで飲み会となった。

私以外の人はみんな酒が飲めるようで何より。私は飲めないなりに雰囲気を楽しんでいた。

そこで誰かが日本酒を注文し、その味で盛り上がった面々が、飲めないと言ってきた私に対して言ったのが

お酒に失礼」

である

何だよ、お酒に失礼って。

質的に飲めない人間飲酒強要するのは、その人に対して失礼じゃないのか。

飲んだら吐かれる方が飲まないより失礼じゃないのか。

お酒というもの自体は嫌いではないし、凄いものだと思う。

それを作ってる人は尊敬もする。

飲めないから味については評価できないけど、飲める人には酒の一文字では表せない何かがあるんだろう。

でも飲める人や酒職人の人には申し訳ないが、飲めない人にはお酒は毒でしかない。

毒とわかってるものを無理強いされると、本当に相手殺意を抱く。

一番下っ端だから飲まざるを得ないため、一口舐めただけで少しお猪口をおいて、後でそっと刺身醤油が入っていた鉢に捨ててしまった。それでもそのあと気分は格段に悪くなった。吐きはしなかったが、胃がムカムカしてきて、早くホテルに戻って休みたくなった。

その2時間後、ようやくお開きになり部屋に戻る途中のコンビニで水とコーヒーを買おうとしたら、「お酒に失礼」男がやってきた。

「今から部屋で飲み直さへん?」

「やめときます

本当に限界だった。次の日の打ち合わせもだいぶ辛かったし、夕方まで気分は悪かった。あんなに後を引いたのは初めてだった。

お酒を飲める人には一言だけ言いたい。

お酒に失礼」は、飲めない人に失礼だ。

そんなに美味しいものなら、味のわからん下戸に飲ませず独り占めしてくれ。文句は言わないから。

2017-08-19

十代後半から二十代半ばにおける感性の変化について

『二十代になると絵が上達することはなくなる、感性が衰えて良い絵が描けなくなる』という

言論ネットサーフィン中に見かけたので、今回はその言論について反論しようと思う。

結論から言うと、『二十代になると絵が上達することはなくなる、感性が衰えて良い絵が描けなくなる』は

である

漫画絵を描こうとペンを握ってから、そろそろ十年が経とうとしている。

当時十台前半だった自分は二十代も半ばに差し掛かり、自分を取り巻く環境が変化していくにつれて、

絵を描くための感性質的な変化がみられたように思う。今回は絵を描くための感性質的な変化について

書き記していきたいと思う。

感性の変化その1:パッション情熱)が低下した

十台の頃と比べて、二十代の自分パッション情熱)があらゆる分野に対して低下したように思う。

それは漫画絵を描くことに対しても例外ではなくて、漫画絵を描くことに対するパッションが十代の頃と

比べて今の自分は遥かに低下したように思う。

良いようにいうと『精神的に落ち着いた』、悪いようにいうと『情熱的ではなくなった』というべきか。

十代の頃の自分は、いつも焦燥感に駆られており、精神的に全くといっていいほど落ち着きがなかった。

その落ち着きの無さは絵にも顕著に表れていて、十代の頃の自分の絵には日常生活で感じた嫌なことや

悲しいこと、そして何より自らの感じていた焦燥感が率直に表現されている。稚拙表現になっている箇所も

まだまだ多いが、見るものに対して何かを訴える力にあふれている絵が多い。

から十代の自分の絵を見ると、未だに当時常日頃から感じていた感情を想起させられてしまうことも多い。

だけれど二十代の自分の絵を見ると、そういう風な負の感情をあまり想起させられることはない。

それは二十代になった自分精神的に徐々に落ち着き始めたせいではないだろうかと思う。

自らの落ち着きが反映された結果、二十代の自分は絵に対して自らの心情ではなく、人や物がもっている「美しさ、きれいさ」を

素直に絵の中で表現するようになっていったように思う。

(十代の頃は、美しさやきれいさを絵の中で表現するだなんて偽善くさくて嫌だ!!と思っていたのはここだけの話である

今の自分はどす黒い感情よりも美しいものに惹かれることが多いのだ)

感性の変化その2:他人自分を比べてもあまり腹が立たないようになった

他人自分を比べた際に生じる嫉妬という感情は、人間が生起する感情の中で最も醜い感情だといわれている。

絵描き嫉妬権化だといわれており、他人自分の絵を比べることで強い嫉妬を抱かなかった経験

持つ絵描き殆どいなかったといわれるほどだ。

まりそれくらいに絵描き嫉妬という感情と隣り合わせになりながらペンを握っているということなのだ。

もちろん自分例外ではなく、自分より上手い絵を見ては嫉妬し、粗を探し、そして反骨精神で上達するというサイクルを

繰り返し続けている。もちろん今も基本的にはそうである

だけど二十代も半ばに差し掛かった今の自分嫉妬の強さと、十代の頃の嫉妬の強さを比べてみると、

やっぱり十打の頃に感じていた嫉妬の方が幾分強いように思う。

十代の頃の方が感情的になることが多かったから、当然といえば当然か。

二十代の今は、他人自分を比べてもさほど強い嫉妬を抱くことはなくなったのだ。

自分自分他人他人他人自分を分けて考えられるようになってきたと思う。

それにすごい絵を描く人を見ても、自分確立してきた絵を見返すことで平静を保つことができるようになってきた。

何より二十代の自分には、勉強して練習すれば、いくらでも自分は上手くなれるんだという確信がある。

からさほど嫉妬することはないのだろうと思う。

自分より上手い絵は、魅力的な絵は、二十代の自分にとってはすっぱい葡萄ではなくなった。

すっぱい葡萄ではなく、到達可能な具体的な目標になったのだ。

感性の変化その3:良いものが見分けられるようになった

目が肥えたとでも言うべきなのだろうか。

二十代の自分は、良いものと悪いものを見分けられるようになった。

自分の心を揺さぶられるようなものしか興味がなかった十代の頃の自分は、物の良し悪しもわから

とにかく目の前にあるものを吸収しようとしたが、今の自分は目の前の物の良い部分だけを吸収しようとしている。

その結果、目が肥えた。

目が肥えたのでよりシンプルで良い絵が描けるようになった。

まとめ:

二十代の自分は、十代の自分と比べると、情熱嫉妬心を無くした。だけど精神的に落ち着いたおかげで

より洗練された良い絵が描けるようになってきた。

結論

『二十代になると絵が上達することはなくなる、感性が衰えて良い絵が描けなくなる』という言論なんて嘘。

もちろん十代のような絵は描けなくなるが、二十代には二十代なりの良い絵を描くことができる。

以上。

2017-08-07

転職精神を病んだ話

自分転職顛末時系列で書きたい。内容は、自分の中で溜め込んでいたもの。録音や証言確保などの対応はとっていたものの、当時は恐ろしさと鬱で動けず、その後は諦観と鬱で、少数と共有する以外は、表に出して活かす機会を作れなかった。ただ溜め込みつつも、恐怖や後悔、憎悪感情がずっと自分の中で渦巻いていて、耐え難くなっている。だからここに吐出させて欲しい。

転職

知り合いに紹介され、20代都内IT企業転職した。新卒から務めた緩い企業から転職不安も大きかったが、当時仕事スキルアップが楽しめており、期待も大きかった。

転職後、すぐ東海の客先にフルタイム常駐することになった。なおこの出張フルタイム常駐は、数年後退職するまで続くことになる。この常駐先には複数人同僚が派遣されていた。その中で自分リーダーAの下に付き、二人一緒に業務を進めることになった。このリーダーAが後に精神を病む原因となる。

初期

リーダーAは同じく転職入社したばかりで、直属の上司からの期待を強く受けているようだった。初印象は悪くなかったものの、働いて会話を重ねるうちに、以下のような傾向が顕になっていき、怖さを感じるようになった。

なお初印象は良いが、密に・継続的に関わると評価を落とすというパターンは、自分以外でも結構あったようだ。仕事での顧客評価も、概ねこ竜頭蛇尾パターンを繰り返していたと思う。

振り返ると、この時点で危険を感じて逃げるべきだった。そうすれば精神と体が壊れ苦しむこともなかった。ただ自分には、それに気づいて逃げる能力がなかった。

攻撃が始まる

リーダーAと1、2ヶ月働いている中で、怖い傾向はより強まっていった。相手に応じた態度の切り分けも荒が目立つようになり、例えば上司に、気に入らない顧客プロパーについてナイフで刺してやるといった過激な報告を行うようになった。また長く一緒にいることで、報告や悪口に、呼吸するように嘘や誇張を織り込んでいることに気付かされた。例えば自分提案失敗を、叩きやすターゲット問題転嫁するといったことを行っていた。

そして一緒に働いている中で、自分攻撃ターゲットにされるようになった。はじめは、仕事ができない、自分フォロー無用に忙しくなっている、といった仕事の指摘からまり、お前は無能である性格が劣悪であるといった説得を頻繁に自分に行うようになっていった。後に案件仲間から、見えないように、自分悪口を頻繁に上司に展開していたという話も教えられた。

ただ当時、自分は期待される成果を出せていなかったし、転職業界を変えたばかりで、能力的にも問題があると自覚していたので、リーダーAの言葉や怒りに応え自分改善しなければならないと考えていた。また、会社ではパワハラ自慢(こんなにひどいパワハラを耐えた、自分無能パワハラで潰してきたなど)が目立ったので、この程度は転職の試練であり一人で耐えて当たり前のものと考えてしまっていた。この考えは心を壊すまで変えられなかった。

閉鎖環境攻撃エスカレートする

その後、出張状態のまま、リーダーAと二人だけで、別現場フルタイム常駐に移った。後に派遣や準委任メンバーの方が増えたものの、基本リーダーAが管理し、自分が下につく、プロパー二人組で仕事を進める形となった。本社とのやりとりはリーダーAがすべて統括したため、自分視点での会社同僚はリーダーAしか見えない世界となった。

この本社から監視がきかない体制になってしまたことで、リーダーAの攻撃露骨エスカレートするようになった。例えば次のようなことを何ヶ月も継続して行うようになった。

また指示される作業単純作業が多くなっていった。例えば以下のようなものだ。

当時高い単価で常駐していたので、単価に見合わない上記のような単純作業強要されるのがまた別の苦しみとなった。

一方で、周りに対する演出には力を入れていた。例えば、本社での会議の参加を禁じたり、本社とのやり取りを自分が見えないように済ませたりして、本社自分コミュニケーションを断絶させるように動いていた。また「殺す」と脅迫するなどまずい言動を取るときは、周りの目や耳のない状況下で行っていた。あとは従順派遣社員を見つけて、主張に箔付けに使うなどしていた。例えば悪口を裏で本社に展開する際に、その社員CCに入れて、この悪口自分だけの勘違いではないと演出する気配りを行っていた(ただこの方には、裏でやりとりされている悪口中傷や、リーダーAの内心などの情報を後にもらえるようになった)

こうした状態半年近く続いたが、その中で自分精神おかしくなっていった。仕事中に泣く、顎が痙攣して歯がカチカチ鳴る、ネガティブ独り言を言うといった、外目から異常と思われるだろう様相晒ししまっていた。ただリーダーAにとってはそれは笑い飛ばす程度の扱いだった。例えば自分精神的に参っているから慰労会をやろうとリーダーAに飲みに連れて行かれることがあったが、リーダーAが一方的侮辱言葉を投げて笑い飛ばすだけの不快な場になるしかなった。

なおこの頃からさすがにこれは異常だ・危険だと言う思いを強くして、証拠を残すようにした。例えば勤務中にずっと録音機を動かし、殺すといった脅迫を録音するようにした。客先社員から同情してくれる方も出てきた。同情してくれた方から内情ももらえるようになった。

しかし激昂し犯罪者的な言動を取るリーダーAに抵抗するのは当時とても恐ろしく、証拠を残せても、証拠を活かす行動をとれなかった。また入社後即フルタイム常駐していたので、気軽に相談できる会社同僚もいなかった。そして、自分無能であり、まずはリーダーAの言う通り改善しなければ後がないという考えを持ってしまっていた。恐ろしさから逃避しながら苦しみを軽減したいという思いで、リーダーAに従い続けた。

一応本社人間相談することもあったが、抱え込まずに相談して良い、というコメントを貰った以外は、本社側で具体的な対応はとられなかった。あとは、退職時に人事から詳細情報を聞かれる程度だった。

自分の変化

上記のような状態一年以上続くことになったが、そのあい自分は大きく変わった。基本的に、次のようなネガティブな変化ばかりだ。

お上記は、もう死ぬまで元に戻ることはないと感じている。器質的に脳が変化・死滅してしまっているようだ。苦しみを経験すると強くなるとよく聞くが、苦しみで心を壊すとむしろ大きく弱体化してもう戻らないというのを、30を超えて学んだ。

その後リーダーAが抜ける

その後の展開だが、リーダーAは、顧客大言壮語ダメ出しを多くする一方で、成果を出せず、評価が得られなくなっていたようだ。そしてその頃から特定の先輩社員に嵌められて仕事がうまくいっていないと吹聴するなど、被害者的な言動が多くなる。そして最後案件から逃げていった。

ただ元凶リーダーAが抜けてからも、苦しみがなくなることはなかった。

仕事では、リーダーAが案件から逃げた尻拭いをして、関連会社メンバの業務確保と案件維持に奔走させられた。リーダーAの代わりに本社上司関係者と関わり合うようになったが、リーダーAが散々悪口を刷り込んでいたせいか、馴染みの薄い上司とは、最初から関係がギクシャクしていた。

これを心が壊れ、精神薬・アルコールカフェイン漬けで体を無理やり動かしていた状態でこなすのは、本当に苦しかった。

退職する

その後、苦しみながら遠地に常駐し、売り上げ確保に努めていた。しか半年ほどたった所で、復帰したリーダーAが、自分の目に届く会社MLで活発に発言するようになった。自分はそれを目にする度に、過去出来事フラッシュバックして恐慌状態となってしまい、もうこの会社では過ごせられないと信じるようになった。そして、ずっと常駐で会社への帰属意識がなかったなど、他の理由複数揃っていたので、会社を辞めた。

後悔

振り返っても、失ったものが多く、後悔の数多い数年間だった。

大きな後悔としては2点。1点目は、リーダーAのようなタイプ人間とは、唯一の対策として距離をとるべきだった。2点目は、状況が異常である認識して、もっと強く本社上司に状況改善を訴えるべきだった。この対応ができなかったのは自分の未熟さによる。だから転職必要能力が足りないまま転職してしまったというのが、問題要因として大きくあると思う。

あとは、仲間を作るべきだった。退職間際で、別地域担当する案件仲間と話し込む機会があったが、そこではリーダーAの異常性を感じ取っていて、仕事から排除するように動いていたという。またリーダーAから悪口の報告を受けていた人間の中には、虚言癖を見破っていて信じないようにした人がいたと聞いた。同情してもらえて、自分の見えないところでのやり取りを情報共有してくれた関係者もいた。そういった人達と早くから関係を持っておくべきだった。

そして転職や、フルタイム常駐は、巡り合う人次第のギャンブルだというのも知った。転職した会社にも、尊敬すべき人格者結構いた。会社技術力が高く、業績好調で、外から良い評価を得られている優良企業だった。唯一、リーダーAと巡り合ったのが問題だった。

ただもう後悔しても何も変わらない状況になっている。今は壊れた心身が残り、恐怖・後悔・憎悪が入り混じった感情自分の中で渦巻き続けている。

2017-08-05

人工妊娠中絶を受けた話

妊娠7週で中絶手術を受けた。

初期なので麻酔をかけて数分でおわり。特に痛くはなかった(前日の処置子宮口にラミナリアという線香状の海藻を突っ込むのだがそれはちょっと痛かった)。

数ヶ月たってやっと体験を思い出にできそうなのでまとめてみたい。

■手術当日までに必要な通院と費用

かかりつけの産婦人科妊娠の確定診断を受けて、中絶希望する旨を伝えるとその場で最短の日程(翌週末)の予約をとってくれた。週二回で一日四名だかなんだか枠の決まっている手術日は、半月先までほとんど埋まっていて、妊娠週数が増すと人工妊娠中絶費用身体的な負担も増える形式の手術になってしまうので、自分は最短の日程で予約を入れた。

かかりつけの病院HP中絶費用を明示していて、初期の場合の手術費用は22万円だった。妊娠の確定診断の際に中絶手術の希望を伝えたので、手術前の血液検査もしてこの日の支払いは1万円だった。

産婦人科医は(どこもそうなのかもしれないけど)「中絶を選ぶのも女性の権利」という態度を一貫していて、中絶を選ぶことに葛藤があるのかないのかはカウンセラー(その病院では中絶手術を受けるのにカウンセリング受診必須だった)が確認するらしかった。

妊娠確定の診断とカウンセリングと手術前日の処置と手術と、二週間で合計4回通院した。

幸い職場遅刻・早退・休みがとりやすかったのだが、つわりの症状がひどくて直属の上司にばれてしまうのが嫌だったのと、中絶というネガティブ選択について個人的見解を持ち込まなさそうな上司だったので正直に話した。しかしそれでもそんなに休むのかという印象を与えた感は否めない。

■なぜ妊娠たか

そもそもなんで妊娠してしまたかコンドームを使った避妊が嫌で(擦れて痛かったりする)排卵日と予想される前後以外は使っていなかったからだ。排卵付近コンドームを使ってはいたが、その他受精や着床を防ぐ物理的な手段は講じていなかった。

周期を読んで避けるというのは試したことがあって、効果のある避妊方法に思えた。そんなやり方を続けているうちに、周期的にアウトかも知れない日に膣内で射精してしまった。アフターピルの処方もうけなかった(たぶん仕事が忙しくて忘れていた)。

それとパートナー性器が大きくて普通サイズコンドームがキツそうだった。大きいサイズのものを私が探せばよかったのだが、さぼってしまった(ちなみに後日聞いたところによると、本人は自分が大きいサイズを使うべきと気づいていなかったらしい)。使用は最低限にして負担を減らしたいと私が思っていた。

私の考えは、特定パートナーしかセックスしないのであれば性感染症の予防(コンドーム使用)には注意を払わなくていいというものだ。昔は低用量ピルを使っていたが、体質的NGになってしまいこの数年は選択肢に入れられなかった。殺精子剤を使っていたこともあったが、かゆいのと発がん性があるらしいという情報が怖くてあまり積極的に手を出せなかった。IUDリング)は形態気持ちわるいのと、一度相談した産婦人科医が「避妊成功率は8割」と言っていたのでそんなに低いのなら避妊効果がないようなもんだと入れていなかった(今回婦人科でもらった資料によれば実際はもっと高かった。この時冊子とか公式数字の載った資料をもらわなかったことが悔やまれる。)

■なぜ中絶を選んだか

積極的避妊手段を取り入れていなかったのは、身近に中絶手術をしたことのある人がいたことも影響していると思う。失敗したら中絶してもいいのだ、と考えていた。中絶したことのある友人はひとつ体験として消化しているように見えた。今回中絶するかどうか悩んでいた時に意見を聞いてみたが、罪悪感は不要から子供のためとか言わないで自分の好きにしなと教えてくれた。

そもそも妊娠したくてもできないという場合も少なくないだろうし、昔そういう経験があったので(といっても半年ほどだが)、危機感もうすかったかもしれない。万が一避妊に失敗したら産むか産まないか考えよう、と思っていた。セックスした相手のことを大事にしたいと思っていたので、彼が出産を望むかどうかの意見考慮しようと思っていた。

妊娠が確定したので、彼と話し合い、彼が望まないとわかったので、それならばおろそうと決めた。自分一人でやっていくには経済的に苦しかった(といっても私は中小企業会社員なので、生活の水準を下げて子育てすることだけを自分時間の全てとすればやっていけるのかもしれない)。彼は、もし彼の意見を聞いてそれでも私が産むというのであれば、経済的にも物理的にもサポートするといった。しかしそれは自分の望むものではないと話すので、私は彼にそんな思いで支えてもらうのも、彼と絶縁して子供を産むのも嫌だと思った。

そうして「今回の妊娠は」なかったことにしようと、中絶をすることに決めた。

■手術当日の流れ

朝9時に病院に行った。手術は13時頃らしかったが後ろにずれる場合もあると言っていた。出産管理入院の方と同じフロアの個室を用意されていた。

彼は手術の日は一緒にいるといって病院には来ていたが、特に何を話すでもなくぼーっと座っていた。私は下着をはずし病院着に着替えてベッドに座ったり寝転がったりしていたが、一度彼が横に来て、何をしたらいいかからない、点滴の管にぶつかりそうで怖いというので、むかついて蹴飛ばしてその後は同じ空間にいたが接触していなかった。

途中看護師がやってきて、彼に席を外してもらい話をするといい(中絶を強いられているのではないかという確認だと思う)、今回なぜ中絶を選ぶのか質問された。産んで欲しくないという彼の意見尊重したいので、と答えた。今後交際を続けるのか、避妊方法は考えているのか、決して責めるような口調ではなく質問され、子宮内に装着する避妊器具ミレーナを勧められた(今はそれを利用している)。

中絶してみてどうだったか

手術は冒頭にも書いたが身体的に大きな負担は感じなかった(前日夜から絶食麻酔から覚め落ち着いた午後3時ころまで水分も口にできなかったのはつらかったが)。

でも手術台に上るのはつらかった。これでお腹中の人と別れると思うと悲しかった。悲しくて、麻酔をかけられながら大泣きしてしまった。看護師は、つらいよねといって手を握ってくれて、自分で決めたことなのにつらいとか思っていいのかと思うとすごく心が救われた。

麻酔科医は私が泣いていることに特にコメントはなく、私の目を見て麻酔のかかっていくとき感覚麻酔にかかっている時間、目が覚めるとき感覚について説明をした。麻酔が入っていくときには針の先に痺れる感覚があるらしく、先ほどとは別の看護師が皮膚をもんでくれていた。手術は婦人科医師麻酔科医師看護師2名の体制だった。

麻酔から覚めるとやっぱり嗚咽が止まらず、ベッドに乗せられて個室に戻った時にはすっかり過換気になっていた。看護師にビニル袋をもらい、彼には会いたくない旨看護師から伝えてもらい、夕方退院した。

産褥シート(夜用ナプキンもっと大きいやつ)をあてがわれていたのでどれだけ出血するか不安だったが、普段生理出血が多いのもあり、大した量には感じなかった。

その後いろいろ思い出しては悲しくなる期間を経て、4ヶ月たった今は、思い出しても泣かないようになった。過換気になったのは手術の日だけだった。最初毎日通勤電車で思い出して泣いていた。数日に一回、彼を責めるようなLINEを送っていた。一人でお酒を飲んでたバーでさめざめ泣いてしまったこともある。

今は彼と結婚することにして(いつとはまだ決まっていないのだけど)また子供を作りましょうという話をしてあるので、心が落ち着いているのだなと感じる。あの日私の内側から取り去られてしまった人の魂が、もう一回来てくれるといいなと思っている。

2017-07-30

安田理央さんの「大きな胸はどう呼ばれてきたか」が素晴らしい

安田理央さんの「大きな胸はどう呼ばれてきたか」という文章が素晴らしい。是非読んでいただきたい。

http://blog.heart-closet.com/news/history_of_voluptuous01

http://blog.heart-closet.com/news/history_of_voluptuous02

http://blog.heart-closet.com/news/history_of_voluptuous03

安田さんの文章でも前提とされているし、知っている人も多い話だと思うけど、江戸時代銭湯混浴だった。昔の人はハダカを恥ずかしく感じなかったのか? 異性のハダカに欲情しなかったのか? という疑問が浮かぶが、どうもそうらしい。昔の銭湯のお湯は熱く、湯冷ましのため男女とも服を着ずにハダカで家に帰ったというから相当なものだ。また夏は道にタライをだして行水の習慣もあった。

明治時代になって、西洋人から男女がハダカで混浴したり、公共の場所にハダカでいることが破廉恥だと非難されたため、政府により街場の銭湯混浴禁止される。しか田舎温泉宿などは、いきなり浴場をもう一つ増やす財力が無いので、ロビー活動をして混浴という状況を許してもらう。その後世情により徐々に男湯女湯の区別が作られては行く。しかガチ混浴の習慣はいつまで残っていたのか?

1961(昭和三十六)年、押田氏が栃木県鬼怒川温泉投宿したときのことである。同氏は同僚と飲んだ後に二度目 の入浴のため大浴場に向かう。時間も遅かったので先客は誰もいず、一人湯船につかっていると、やがて脱衣場の方から声がする。そして二十代から五十代 の女性七、八名が、浴場に入ってきたというのである。いずれも仕事がはねた 仲居さんたちである。人数的にも圧倒され、湯船から出るに出られなかったと押田氏は当時を述懐する。

中野明. 裸はいから恥ずかしくなったか ──「裸体」の日本近代史 (ちくま文庫)

1960年代まで田舎では、特に裸は恥ずかしくなかった可能性がある。観光旅館ではなく、地域共同浴場なども混浴が残っているケースは多く、70年代ドキュメンタリー番組で「若い人は気まずい」という解説とともに紹介されていた記憶自分にもある。

ハダカはともかく、ムネはいから恥ずかしいのだろうか? 昔の海女さんや炭鉱で働く女性は、男性のように上半身ハダカだったらしい。これもどうやら1960年代女性の間にブラジャーが普及するのと平行して、恥ずかしいという意識も広まっていったようだ。

しか女性が一旦胸部にブラジャーをつけると単に美しく見せるだけではなく、それとは別の副次効果が現れる。先の井上章一氏の言葉を応用すると「ブラジャーをつけだしたその後に、女性は胸部により強い羞恥心をいだくようになった」と言える。こうして、従来は羞恥心対象外だった女性の胸部が質的に変化する。昭和三十年代には普通に見られた、街頭で母乳をやる女性たちも、授乳室の中に隠れるようになる。

中野明. 裸はいから恥ずかしくなったか ──「裸体」の日本近代史 (ちくま文庫)

いずれにしても上記のことから女性のハダカを見て男性が興奮するのは、決して本能などではないことは容易に推理できる。欲情する気持ちは、文化により形作られた、女性羞恥心を感じている様子に引き出されるもの、あるいは国家権力規定された禁忌を破ることによる興奮なのだそもそも男性女性欲情することが自然なのかどうかもわからない。橋本治さんの受け売りだけど、森鴎外時代男子大学生は硬派と軟派に分かれていたが、硬派とは下級生男子欲情するもの、軟派は女性欲情するもので、鴎外は性暴力被害を恐れナイフ携帯して通学していたという。

少し前に少年ジャンプ論争とも言うべき話題があったので、↓の本を読んでみた。そして考えたことを書いてみた。

http://amzn.asia/cCmI3qf

2017-07-24

酒苦手だから酒苦手な人と結婚したのに、相手が酒好きになっちゃった

夫のことは大好きで、結婚自体に後悔とか、離婚とか、そういうのじゃなくてただの愚痴…というかなんだろう、心のもやもや

自分日常的に飲酒する人が苦手。(他人が毎晩晩酌していると聞いても気にしないけど、自分自分の夫だったらできたら日常的に飲まないでほしい)

自分の夫の好きなもの否定したくないから 酒がそんなに好きじゃない人と結婚したのに、相手が酒好きになっちゃった

長くてすみません

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前提として、わたし(妻)一族は少なくとも祖父母の代から全員酒に弱い体質。

田舎ヤンキーな弟(中学でグレてタバコ吸いだした。今は20代半ばになり人格的には落ち着いた)も、缶チューハイ1本で顔真っ赤。

父親母親も350ml缶1本も飲めばヘロヘロ

まれから現在まで、お正月の集まりなんかで酒が食卓に出てきたことは一度もない。(みんな飲めないから)

※父や母が家で時々、年に数回、忘れたころに缶チューハイ1本くらい飲んでいることはあった。

わたし一族の中ではちょっと飲めるほうだけど、学生の時友達居酒屋行ったときについ飲みすぎて2回失敗してるので それから職場や友人の付き合いで1~2杯程度しか飲まない。顔真っ赤になり毎回心配される。(失敗:あるお店ではいろんなお酒3杯飲んで吐いた。別のお店ではサワーとか4杯飲んで倒れた)

対して夫の一族はみんな酒飲み。そして酒に強い。何杯でも顔色変えずに飲んでる。

正月にはお酒とかあるのが当たり前だし、なんなら毎晩晩酌してる。

ただ、父親が酒癖が悪いタイプだったようで、飲むとよく母親や他の家族ケンカをふっかける(?)人だったようで、それが原因で「夫と兄弟(夫は3兄弟末っ子)は酒が苦手」だと聞いていた。

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夫と付き合う前にも2人付き合ってる人がいた。

ひとりめは高校生から3年間くらい。3つ年上の人。

最初普通にしかったけど、別れる前1年間くらいは彼が仕事とかで鬱気味になって、病院で薬もらってた。

眠剤飲んだらすぐ寝ればいいのに、朦朧とした意識のまま電話かけてきて何故かずっと罵られた。

お酒を飲んで、馬鹿にされたり罵られた時もあった。

普段は優しかったけど、やっぱり時々馬鹿にしてきた。「こいつ馬鹿から絶対○○(当時ニュースとかで話題になっていた政治問題とか)とか知らんでw聞いてみなww」みたいなことを彼の兄弟とかに言われたりとか、あ~この人わたしの事見下してるんやなあ、って思ってた。

ある日、いつもみたいに夜寝る前に電話かかってきて罵られて、「死ね」って言われたらなんか気持ちがスーッと冷めて、そのまま彼が別れ話してきたか同意して別れた。

翌日からご機嫌取りされたけど、そのまま復縁せず別れた。

(色々罵られてたあの頃のことは今でも少しトラウマ。)

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ふたりめは大学入ってから3年間くらい。バイト先(※彼は18から社員になったが)の2つ年下の人

すごく大切にしてくれたし、わたしもすごく大切にしたと思うし、いい関係だったと思う。

でも、自分でも理不尽申し訳ないと思っているんだけど、

ある日から彼がお酒を飲むようになってそれが嫌で別れた。(18とかで飲んでいても、職場の人もあまり咎めない…というか、飲酒をわりと勧められた。今思えばクソだね)

飲み会の後わたしを家まで送ってくれている途中、結構酔った彼はトイレに行きたくなったらしいけど田舎で無くて、そのへんに立ちションしだして。

その姿見たらなんだか サーーー と冷めてしまった。。理不尽だなと自分でも思う。

あと一人暮らしだった彼は仕事の後ほぼ毎日晩酌してたみたいで、ビールとか箱で買ってたんだけど、「そんなにお酒代かけるのもったいないなー」って思ってしまった。

もちろん酒は個人嗜好品から好きなら好きでしょうがないし、強制的にやめさせるーとかはおかしいかなって思ったか特に言ってない(自分バイオリン趣味だけど、「金かかるね。やめたら?」とか制限されたらいやだし)。

そんなことがひっかかってて、なんとなく好きかどうかわかんなくなって別れてしまった。

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22歳から現在まで働いている職場はみんな酒好き。

飲み会も以前はそれなりに多くて、若い女性社員だったわたしお金は払わなくていいけどお酌要因(?)でよく飲みに呼ばれていた。

でも酔った上司や先輩にお酌するのも、話を延々聞くのも苦手だったし、

お酒沢山飲めないかジュース飲んでれば「こういう時は飲めないやつも薄めた酒か、最低でもウーロン茶か水にするべきだ!!」と上司に言われるのが苦痛だった(その人はもう辞めたので、今はジュース普通に頼める)

酒癖あんまり良くない人も多くて、酔うと下ネタばんばん飛ぶし、仕事のこと説教されるし、しまいにはある先輩は毎回次の日「昨日は飲みすぎた~覚えてないw」と言ってくる。

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前置きが長くなったけど。

今までの人生のなかでわたしは、

日常的に飲酒するのはお金もったいないと感じる(酒は体に良いわけでもないし、太るというイメージがあるため。)

飲酒して人が変わるようなタイプはだいぶ苦手。

■育ってきた環境的に、日常に【酒】はなかった

■私個人は飲めないけど付き合い程度で時々飲む。ビール果実酒好き。

という価値観をもっている。

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夫とは21歳くらいのとき趣味の集まりで知り合った。夫は2つ年上。

わりとすぐに打ち解けて仲良くなり、何度かふたりで出かけて、夫から告白されて付き合って、数年後に夫からプロポーズされて結婚した。

今はもうすぐ結婚してから丸3年たつ。

大きな喧嘩などもなく、夫から大事にしてもらえて、夫婦はいいほう(だと思う)。子供はまだいない。

夫と付き合っていたころ、「親が酒癖悪いの見て育ったから、兄弟みんなそれを反面教師というか、飲めるけど酒好きではないんだよね。付き合いでは飲むけど」と聞いていた。

これまでの人生から結婚するなら【付き合いでは飲むけれど普段積極的に飲まない】って距離お酒と付き合ってる人にしよう。って思ってた。

かいことだけど、結婚って生活から そういう細かいところの価値観が似ている人のほうが二人ともストレス少なく長く一緒にいられるかなって思って。

お酒好きな人毎日だとしても、酒癖悪くなく節度もって飲む人)に、「お金もったいないし体に悪そうだしお酒飲まないでよ」なんてかわいそうかなって。

からそもそも毎日酒飲む人・毎日晩酌するような人とは結婚しない方がお互い幸せだと思って。

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夫とは時々デートで飲みに行ったけど、ふたりとも上記の価値観だった。

夫は梅酒とかちびちび飲む程度で、わたしのほうがむしろ仕事の後のビールおいしいよ!飲んでみなよ!」なんて言ってビール飲ませてたり。(弱いから1杯しか飲めないけどビールはおいしいと思う)

から結婚を決めた時、決め手の一つだった。【酒は付き合い程度な人】なのが。

(もちろん、それだけが理由じゃないけれど。でも日常的に飲む人なら 結婚しても幸せにしてあげられないかもしれないな、と感じて結婚しなかったような気がする)

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だけど、ここ1年くらいで、夫は酒好きになってしまった。

そもそも夫は体質的には飲める人。家族のことや、酒の味に慣れてなくてビール焼酎などが美味しく感じないからそんなに酒好きじゃない。って人だったらしい。

結婚前に転職した職場が毎月会議会議後に飲み会がある会社だったことで、酒の味に慣れた(ビールが美味しく感じるようになった)

実家友達と付き合いで飲み会するが、梅酒だけでなくてビールウイスキーハイボールが飲めるようになったことで もともと酒に強い体質なのもあり飲み会お酒を飲み続けられるようになった(前は梅酒サワーウーロン茶、みたいなかんじだった)

友達家族も酒好きが多い。集まればだいたい酒がついてくる。

こんなかんじで、お酒が好きになってしまった。

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スーパーに買い物に行くと、お酒コーナーを目で見ていたり。(「買う…?」と聞くと喜んで、1~2本だけ買って帰ることがある。)

時々仕事帰りに一人で買ってたり。

でも、わたし日常的な晩酌があまりきじゃない(お金もそうだけど、上にも書いたけど日常的な飲酒は体に悪そう、太りそうとあまりいいイメージがもてない)のを知っているので、「ほんとうは一緒に晩酌とか憧れるけど、あまりきじゃないの知ってるから」と遠慮してる。

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最近夫は太ったのを気にして、夕食のご飯を豆腐に置き換えたりゆるく糖質制限ダイエットしているんだけど、「そんなならお酒飲まなきゃいいじゃん。」と思ってしまう。

お酒控えて、ご飯はバランスよく食べたほうがいいんじゃないかと。(日常的に飲みはしないが、週末とかに友達実家家族と会うとけっこう飲む。)

飲み代だってけっこうかかるんじゃないのかなって思ったり。お小遣いの使い道はお互いの自由にしているけど、「たりないな~」とか思われているのかな…って気になるのはすこしストレス

家族が好きなもの嗜好品は嫌な顔せず用意してあげたいのに、自分ビールは好きなはずなのに、最近は【酒】がちらつくとなんだか嫌な気持ちになってしまうのがすごくいや。

こんな気持ちを抱きたくなかったから酒好きじゃない人と結婚したつもりだったのに、結婚後に酒好きになっちゃた。もちろんそれだけが理由結婚したわけではないけど。

優しい夫は酒好きになってもわたしに遠慮して家ではあまり飲まない。

我慢させてるのがすごく申しわけない気持ちになる。

こんな気持ちになりたくないのに、もやもやしてしまう。

2017-07-22

組織ってなんだろうね

人はそれぞれ質量を持つ

質量を合計すると組織質量、人数は組織の体積になる

人数が多いと組織の総質量は増加する

質量の大きい人が高い密度存在するほどエネルギーが高いので可能性が広がる

質量が大きい組織は外の人材仕事お金を引きつける引力を持つ

引力がないと何も近寄ってこない

自分で1つずつ集めないといけない状況は凄く大変でエネルギーが足りなくなる

近くに自分より総質量が大きい組織があるとそっちに取られる

自分組織から剥がれる事もある

大きな引力には質量の大きい人ほど引きつけられる

だけども引力なので引き寄せられるもの玉石混交

質量の高い人を引きつけられる引力をもち

なるべく質量の高い人を集めないといけない

鍛錬したり、自信を持ったり、仲間同士の切磋琢磨は体積を増大させずに質量を増大させる

人だけ増える、やる気を失う、惰性で能力が退化すると質量が減ってしま

競合に負けない質量を得るために規模を増やさなければいけない時もある

だけども体積に対して質量が足りないと崩壊をおこす

規模の増加が体積の増加よりも先行すると密度が低くなり、エネルギーが減少して可能性が狭まる、崩壊する

質量の成長が止まるといつか相対的に負け始めるので質的、量的どちらかは成長していかないとね

停滞する理由はない

さー、がんばろう

2017-07-21

LGBT検定

アレをLGBTの総意と思わないでくださいとか言ってるけど

LGBT当事者こそ速攻でアレ潰しとかないと

検定屋の営業空気の読めない頑張り屋さんだったりしたらあっちがデファクトスタンダードになるよ

イッタランドで論客()がじゃれあってるのとは質的に違いすぎる

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