「花屋」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 花屋とは

2021-05-04

anond:20210504144436

お気に入りのあのパン屋自分のスキなアンパン買って、

そんなパン屋が身近にあるようないいとこに住んでない

ちょっと美味しいお茶(200g1000円程度の)をていねいに淹れて

高すぎて変えない

なんならカーチャンと一緒に「うまいね」って言いながら食べるとかさ。

かーちゃんも嫁さんもいない

イオンの店先の花屋で300円でいいから週に一度くらいお花を買って、毎日水を変えてあげながらながめるとかさ。

これぐらいならできるかも

夕焼け時間帯に坂の上に行って、夕日が沈むのを見るとかさ。

そんな早い時間仕事が終わることなんかない

2021-04-08

紳助若いタレントセックス強要してんのイメージ通り過ぎてむしろ驚きがないっていう

レイパー島田紳助とか想定通りすぎるやん

驚いたのは出川キャラじゃなくてガチゲスであり太鼓持ちキャラだということ。あとタモリ爆笑問題が枕強要された若い女タレントを助けるキャラであるというところか。

言われてみれば、タモリ爆笑問題あんまり女にガツガツしてるイメージがない。田中はムッツリっぽいが、好みのタイプ花屋女性山口もえ小動物系だし、やはりガツガツはしていないのだろう。

2021-04-02

anond:20210402111613

単純に日本の女には甲斐性がないし、一家を養うみたいなプレッシャーもないか

ガキの頃のお花屋さん! ケーキ屋さん! みたいなノリそのままで進路を選んじゃう奴が一定数出る

ただそれだけの話だよ

anond:20210401175432

わかる。

日本ジェンダーギャップ指数女性自身がそれを望んでいるかどうかに関わらず、女性が重責を負っていない事実のみを示している。

教育を受けている男女比や同一職種賃金は男女同等で、要職に就いている男女比に特にギャップがあるので。

これを是正するには、小学生くらいの女の子が将来の夢としてお花屋さんや保母さんやアイドルをあげたり幸せ結婚人生目標にするのを否定して起業家政治家を目指させる必要がある。

起業家政治家を目指す人が男女同等になっても、実際になれるのは男性ばかりだったときに初めてそこに差別的構造があるのではないかと見直す必要が出てくる。ジェンダーギャップ指数の段階で一足飛びに日本差別社会だと主張するのは論理的思考ができていない。

2021-03-22

三茶花屋の犬元気かな

うどん屋の向かいの、ホットドッグ屋の横の。バス停の手前だったかな。めっちゃかいの。いつも一瞬ギョッとしてからなんだ犬かよぉとなってた。

2021-02-18

anond:20210218233413

逆に言えば女には「自分が稼がなければならない」という圧力がかかっていないので

ガキの頃のお花屋さん! ケーキ屋さん! みたいなノリそのままで進路を選んでしま

2021-02-04

花のない生活

ほどほどに陽当たりの良い台所で、小さな鉢の観葉植物を二つ育てている。

どちらも元々は実家にあり、伸びすぎた茎を切って分けてもらったものだ。自宅に持ち帰って水を入れた瓶に挿しておき、根が生えるのを待ってから鉢に植え替えた。

つのうち、一つはブライダルベールで、札幌に住む祖母が、家で育てていたものを同じように切り分けて持って来たという。祖母認知症になり、今は施設暮らしている。もう何年も会っていない。

もう一つはポトスで、いつからあったのかはわからないが、物心ついた時から実家景色の一部だった。

植え替えた鉢を、初めは自宅のリビング(と言うほどでもないが)に置いていたのだが、陽当たりが良すぎたせいか、見る見るうちに葉が変色してしまった。ほぼ枯れかけの状態だったが、よく見るといくつか新しい芽が出ていた。まだチャンスはあると思い、まずは鉢の場所を移し、元気のない葉を切り落とし、土の状態をこまめに確認するようにした。場所を移してから半年程経って、ようやく様子が安定してきた。今では植物を育てることに対して楽しさのようなものも感じている。

ただ、どうしても花を育る勇気は出ない。また枯らすんじゃないかという不安があるのももちろんだが、多分それだけではない。小学生の頃、クラス友達のお誕生日会に行った日のことを思い出すからだ。

小学校1年生。お誕生日会というものに初めてお呼ばれした。まだ友達になってから1年も経っていない自分を呼んでくれるのがとても嬉しかった。

ところで、お誕生日会って何をするんだろう。自分の他にも、数名の友達が呼ばれているということだけは知っていた。みんなで誕生日の歌を歌ったりするのかな?学校じゃないからそんなわけないか。ごちそうやケーキを食べたりとか?

キドキしながら当日を迎えた。友達の家は少し遠いところにあったので、母が送ってくれることになった。

家を出る直前に母が言った。

「そうだ、花屋さんで花束作ってもらおうよ。」

えっ。と思った。だって花束とか、持たないじゃん、普通わたし花束もらっても別に嬉しくないし。友達も花なんかもらって嬉しいのかな?嬉しくなかったら嫌だなあ。恥ずかしい。

しかし母はすっかりその気だったので、嫌だとはとても言い出せず、結局花屋に行くことになった。

近所の小さな花屋は、当時から既に古い佇まいだった。今でこそレトロ雰囲気は持てはやされるが、当時は何だか暗くて、できることな行きたくないと思っていた。

店先の、あまり多くはない選択肢の中からいくつかが選ばれ、花束が作られた。

花束には白くて小さな花がたくさんあった。手に持つと、その小さな花が顔に当たってくすぐったかった。

友達の家に着いた。花束は目立つから必然的にすぐに渡すことになった。

「わあ!」と、友達のお母さんが喜んだ。

よかった。変じゃなかったんだ。

しかしわたしは見逃していなかった。友達が笑いながらも、少し困った顔をしていたのを。

やっぱりそうだよね。花なんかもらっても困るよね。わたしも知ってるよ。でもお母さんが買うって言うから

誰にも責められていないのに、心の中で必死言い訳をした。

誕生日会は、みんなでお菓子を食べたりゲームをしたりで、普段遊ぶのとあまり変わらないなと思った。

それはケーキを食べた後だったと思う。他にお呼ばれした友達が、主役の友達誕生日プレゼントを渡す時間があった。

えっ。と思った。

何でみんな、プレゼントを用意してるの?何でわたしだけ、プレゼントを用意するって知らなかったの?

他の友達があげていたプレゼントは、かわいい文房具とか、エプロンとか、とにかくもらったら嬉しいだろうなと思うものばかりだった。そんなプレゼントを選べる友達大人に見えたし、なぜそんなに高そうなものが買えるのかわからなかった。

わたしは(お母さんが買った)花束をあげたからセーフ?でも、友達、喜んでなかったし。

夕方になり、その日はお開きになった。少しホッとしながら帰り支度をしていると、そこでまた、えっ。という出来事があった。主役の友達のお母さんが、「今日はみんな来てくれてありがとう」と、全員にお礼の品をくれたのだ。しか結構大きな袋だった。

家に帰って袋を開けてみた。かわいい文房具雑貨の詰め合わせだった。花束を渡したとはいえ自分で何も選んでいないのに、お返しだけもらってしまった。罪悪感で胸がいっぱいになった。

その後も、他の友達のお誕生日会に呼ばれることが何度かあった。その度に母は花束を買ったが、わたし自分プレゼントを用意した。だがそれは、他のみんなが用意しているような文房具雑貨ではなく、手作り工作のようなものだった。「他のみんなはこういうプレゼントを渡しているんだよ」とは、母には言えなかった。「みんなと違う」と打ち明けるのが何となく嫌だったから。

そして、お誕生日会の最後には必ずお返しをもらった。お返しの品は、決まって文房具雑貨の詰め合わせだった。

わたしが住んでいたのは、市が合併する前の、学区の外れだった。家の目の前は違う市だったし、2年通った幼稚園も違う市にあった。一学年20人もいない、教会附属の小さな幼稚園だった。

卒園すると、学年の半分くらいは違う市の小学校入学し、残りはバラバラになった。一人だけ同じ小学校入学した子がいたが、クラス別になった。

入学した小学校は、目の前に幼稚園があり、クラスの半数以上がその幼稚園出身ということだった。当たり前だが彼らは元から友達同士で、持っているものもみんな同じだった。みんなキャラもので、両面開きの筆箱を使っていた。わたしは「いろいろ機能が付いていると気が散って良くないと聞いた」という理由で、地味な片面開きの筆箱だった。みんなはビニールのケースに入ったクーピーを持っていた。わたしのクーピーは缶のケースだった。缶は開けるときに大きな音がするし、ビニールに比べると古臭いから恥ずかしかった。みんなのクーピーには「はだいろ」があるのに、わたしのクーピーにはなかった。悔しいから、クーピーを赤から順に虹色に並べて気を紛らわせた。

3年生に上がると、お小遣いを貰えるようになった。わたしは今までの恥ずかしさを精算するように、両面開きの筆箱を買ったし、はだいろのクーピーも買った。はだいろは虹色の列の中では座りが悪く、端っこが指定席になった。

そして、友達のお誕生日会で渡すプレゼント自分で買うようになった。

みんなが同じものを持っていたのは、幼稚園に向けて一斉販売があったからだと思う。筆箱も、親同士で情報交換をした結果、同じようなものになったのだろう。

そして、「お誕生日会」も、そのコミュニティの中で出来上がった文化なのかもしれない。誕生日の子が、仲の良い友達を5~10人、家に呼ぶ。みんなでゲームなどをして遊ぶ。お菓子ケーキを食べる。呼ばれた子たちが、主役の子プレゼントを渡す。主役のお母さんが、帰りがけにお礼の品を渡す。そういったフォーマット存在していて、みんなそれに則ってイベントをこなしていく。思えば、お誕生日会の主催者はみんなその幼稚園出身だった。親もその文化を知っているから、子どもと一緒にプレゼントを買いに行くのだろう。だから子どもだけでは買えないようなプレゼントが出てくるのだ。

小学校での日々はそれなりに楽しかったけれど、既に出来上がった輪の中にお邪魔しているような気もして、何となく疎外感のようなものがあった。自分の行動がずれていないか、みんなはどうしているのか、仲間外れにされないかといつも気がかりだった。

花束の中にあった白い花は何だったのだろうと思ってネットで調べたら、どうやらカスミソウのようだった。「ちょっと昭和の印象もあったりして、オシャレなお花屋さんでは置いていないこともありますが…」という紹介文に思わず苦笑いした。あの花屋はまだやっているのだろうか。おそらくもうやっていないだろうな。

そんなことをいちいち思い出すので、未だに花は買えないでいる。

2021-02-02

お花を部屋に飾るの流行ってるらしいしかなり興味ある。花瓶と花瓶洗うスポンジと花切るハサミも用意するつもり。かなり花飾りたい。

だけど花枯れた時ってどうするんだろ?燃えるゴミに出すのかな。大切にお世話したお花をゴミにするのはかなり病みそう。ドライフラワーにするにしたってストックに限度あるし。

ともかくお花飾りたい。最寄りの銀行の近くに花屋があるから給料日にはお花を買って帰って飾るような暮らしに憧れてる。

2021-01-08

どうやったら、花を枯らせるかを知っている花屋

2020-12-24

anond:20201224004133

いや、そこが違うんだわ。贈り物は値段の問題じゃないんだよ。アクセサリーは重すぎるんだ。相手を縛るものなんだ。たぶん、男は手ぶらでも問題なかった。

「あ、そういうの全然気が回らなかったわ」って謝って、その日会ったカフェで売ってるクッキーとか、帰り道にある花屋の小さいブーケとか、果物屋いちごとか買って渡すとかでも全然よかったと思う。むしろそっちのほうが好感もてると思う。

2020-12-08

anond:20201208110046

ADHDから」という理由に対して「大学名や会社名にこだわる」という結論に達したのがそもそもおかしいんじゃね。大学名や会社名にこだわった先にあるのはエリート世界であって、そこでは人間総合力が問われるわけだから発達障害には不利に決まってるんだよな。「健常者並の幸せが欲しい」が目的なんだったらエッセンシャルワーカーでもいいし花屋とか弁当屋とかやるんでもいいんじゃないの。なんでそれじゃダメなの?

ちなみに俺は30半ばを過ぎてからコンサータ飲み始めたら脳にブーストかかってかなりいいわ。

2020-12-03

anond:20201203185705

いたよ 

新宿の某劇場近くの花屋にいて若い子にむかっていちいちそういう顔してたよ 

こきたなセクハラおじさんが

さっさとつかまりゃいいのにっておもったけど別に犯罪じゃないのかね

あほぼほぼ浮浪者な見た目だったからそっちで「保護」されるんだろ

2020-11-21

anond:20201119234440

昭和55年ころの東京郊外

商店街個人経営果物屋肉屋魚屋八百屋惣菜店電器店書店花屋があった。いまはすべてなくなった。

住宅地商店街の境目に酒屋と豆腐屋米屋牛乳屋があって、米屋プラッシーを売ってたなあ。あと正月には餅を米屋経由で買っていた。酒屋以外はつぶれちゃった

風呂屋複数あった。やはりすべてなくなった。年に1回くらい連れてってもらってマミーという瓶の飲料を飲んでいた

冷房電車がまだ珍しかった記憶がある。電車扇風機があたりまえで、冬になるとカバーが掛かってて、それがなぜか「ワリトー」とか「みじかな東銀、ひろがる世界」だったはず。

・うちが貧乏だったのかもしれないが、夏は扇風機で、冬は石油ストーブでなんとかしていた。

不発弾がみつかると自衛隊が処理してくれるんだけど、処理が終わるまでは体育館のような場所に行く必要があって家に近づけなかった

・春先になるとあたりまえのようにストがあった。バスに〇〇日スト決行!とか貼ってあった。

・近所の大きめな企業下請けの小さな工場複数あった。いまから思えばプレス機だったと思うのだけど、プレス機の音が記憶に残ってる。その下請け工場大企業工場もやはりひとつも残ってない。

2020-11-01

足るを知らないということ

東京の片田舎に生まれて、将来の夢はお花屋さんとか公務員とか、特段の野心もなく育った

たまたま中学受験をして中堅の進学校合格し、まあマーチくらいに入れれば超上出来だなと入学当初は思っていた

高校に入りたまたま模試の成績がよく、塾の授業料が全額無料や半額になったりした

そこで何かの歯車が狂ったのだと思う

自分の実力を過大評価した 国公立に受かって当たり前、落ちて最低早慶価値観に巻き込まれた 

公立には受からなかった 第二志望の大学に進学したがあまり第一志望の亡霊に囚われすぎて勉強もせず、留年した

国家資格資格勉強を始めて、自分地頭が大したことないと自覚した 偏差値は塾への課金底上げされていただけだった

仕事自己実現だという幻想に囚われて仕事を頑張ろうと思った 働いている間は楽しかった

やがて資本家層と結婚して自分時間労働搾取されていることが虚しく感じられた 

ただ周りの価値観に流されて、自分を追い込んでいた そして自分にも周りにもそれを求めた

一流大学じゃなきゃ、一流企業じゃなきゃ、子供英語教育自己実現自己実現

満たされない心はどんどん冷えていく

実力不相応の世界を進んできた私からすれば、田舎マイルドヤンキーで、早々と結婚して子供を育てて、強く高い目標固執しない生き方の方が

幸せだったんじゃないかと思うよ

2020-10-20

anond:20201020111956

置いてる

丈夫で強いやつ選んでもらって買った

品種は知らん

昼間の自分ちの写真とって園芸店とか花屋とかでこれくらいの日照でおすすめ下さいっていうのがいい

2020-10-19

東京自動車有事情のリアル

地方在住者は東京自動車事情舐めてるし、東京在住者も地方自動車事情舐めている。両方住んだことある身として、今後上京して車維持したいと思っている人にも参考になれば。

簡単に言えば東京とは「車を買う」という選択肢を取る際に強い意志理由必要な街。

俺のスペック

地方といっても関西ベッドタウン出身。車ないと死ぬっていうような地域ではないがまぁみんな車持ってたよね。感覚的には一家に1.5台。大学生自分個人の車も買い与えられていたタイプ上京後は千代田区港区渋谷区通勤/在住をしてる。

住居の駐車場事情

東京の家は高い、と同時に駐車場ももちろん高い。千代田区港区渋谷区あたりだと月4〜5万前後。つまり年間50万は駐車場。ローン払い終わろうが、親からタダで車を貰おうが保険税金ガソリン代・修理費以外にこれがかかりつけるということ。この駐車場代でやっすい車置く気にならないよね。もちろん、世田谷区目黒区とすこしずつ安いけど、それでも3〜4.5万でしょうね。

マンション居住者用の駐車場でも別に安くはならない。というか、そもそも駐車場がついてるマンションを探すのがかなり苦労すると思う。賃貸だとかなりすくないし、駐車場があるマンションなんて家賃自体結構なお値段だと思う。そしてマンション駐車場より外の駐車場の方が安いから結局、外に借りたり。ちなみに賃貸だと自転車駐輪場すらないことも多い。歩け。

一軒家、という選択肢もあるけどこのあたりのエリアじゃ新築で基本1億円前後だし、それでもガレージがついてないか1Fはガレージ階段だけの狭小住宅になりがち。

街やお店の駐車場事情

まず、でかい商業ビルデパートとか)ならもちろん駐車場がついてることは多い。でも、そのほかのお店で駐車場がついていることはコンビニ含めて稀。地方ロードサイドみたいに、コンビニ花屋歯科なんかに駐車場なんてない。近場のパーキングに停めるしかないわけだけど、これがまた高い。参考までに西麻布だと15分300円。つまり時間1200円。そしてだいたいの最大料金が12時間2000円代とかか。

ただ意外と商業施設パーキング普通に5000円買い物したら2時間無料とかなので、車に乗るとミッドタウンとか行きがち。

カーシェアが多い

東京であればそこかしらにカーシェアステーションがあるので、タイムズやらオリックスやら契約しておけば日頃の買い物もこまらない。平日乗らないなら金の面ではこれ一択。なんせ駐車場月4万以上するんだから、月4万カーシェア使ってもコスパはいいってことになる。ただし、もちろん趣味性は皆無。

じゃあどういう人が買うのよ

結局、東京はすべて電車で事足りる&タクシーいくらでもいる&カーシェア多い。だから、基本は「車いらない街」なのはそのとおり。地方みたいに、「無いとやばい」とか「なくてもなんとかなるけどあったほうがいい」なんてレベルには到底ない。保育園の送り迎えが〜みたいな話もでるけど、年収1000万前後が当たり前の街じゃみんな自転車送迎。車もてようが持てなかろうが会社電車でいくしね。

結局は「趣味性」の話だと思う。一つはもちろん車自体への趣味。こだわった車乗りたい、ステータスとして見せつけたい、とか。あとは別の趣味のために意味あるパターンゴルフサーフィンキャンプここらへんは趣味費として選択できる。あとは子育てももっと広い世界見てほしいみたいなので、いろんなところに連れていきたい人。

もちろんこれは超都心ど真ん中パターンで、北区やら荒川区やら江東区とかぜんぜん違うだろうし、世田谷区目黒区品川区なら自動車フレンドリー駐車場があるお店も少し増える。まぁご参考までに〜。

2020-09-22

競争をやめるという事

人間競争本能があるからここまで進歩してきたけど、競争し続ける限り幸せにはなれないの。

みんなが週休4日制になれば弊社は週休3日制になるの。

セブンイレブンが7-23時ならローソンは6-24時でいいの。

アメリカがサボってくれたら中国増長することもないの。

でもみんなが競争してるから100円ちょっとお菓子がいつでも買えるの。王将のWギョー定が740円なの。

から33童貞婚活市場で選ばれないの。俺もいいねもらっても他にいい人探したくなっちゃうの。

競争はもう疲れた。近所の花屋の猫になりたい。

2020-08-15

飼っていた犬が死んだ私が、やろうと思ったこ

タイトル通りだ。

飼っていた犬が死んだ。

 

おっとりして、抱っこされるのが好きな犬だった。

事故ではなく、ずっと患っていた病気じわじわと進行して、亡くなった。

いつかはくると分かっていたつもりだったが、突然過ぎて、『あぁ、こんなにあっさりなのか』と思った。

少し落ち着いたら、彼女最期も書き起こすかもしれない。

 

今日書いておきたいのは、突然、飼い犬を亡くして直後からのやったことと、やる予定のことについてだ。

死んでる描写があるので、悲しくなってしまう人は読まないでほしい。

ももしかしたら、誰かの役に立つかもしれないので書き残しておく。

 

まず、恐らく彼女は、動物病院に向かう私の車の中で息を引き取った。

ようやく到着して診察台に寝かされたときには、脈も血圧も触れなかったと、先生が言っていた。挿管しても、心臓マッサージをしても、意識は戻ってこないだろうと言われた。

しかし、このタイミング病院に着いたのは、まだ幸いだった。

かい彼女と別れを惜しんで、先生に「お見送りの準備」をしてもらった。

まだ体が固まらないうちだったので、体を拭いて、ドライヤーブラッシングエンバーミング的なことをして、スムーズに棺に収めてもらえた。

火葬まで、保冷剤(できればドライアイス)で冷やしておくことを指示されて、帰宅

 

次に、去年猫を亡くした友人に、ことの次第を話し、利用した民間ペット葬儀業者を教えてもらった。

ネットで調べると、市の動物愛護センター(こういうのは決まって郊外の山の中とかにある)しか出てこなかったので、近いところが見つかって助かった。

すぐに業者に連絡、次の日を提案されたが、「まだ心の整理がつかないので」と、2日後を予約する。この判断は正しかった。言われるがままになってはいけない。

 

そしてその夜、家族電子申請で犬の死亡届を出した。

はいいのだが、犬の場合登録があるのでここを怠ると来年狂犬病予防接種案内が来てしまう。

とりあえず、手続き的なものはここまででいい。墓はまだ考えていない。いいところを見つけるまで、家に置いておくつもりだ。

 

私には、火葬までに取り急ぎやりたいことがあった。

元々、犬の足型を取りたいと思ってネットショッピングを見たりしていたのだ。

しかし、明後日には火葬ネットでは間に合わないかもしれない。

 

そこで次の日、西○屋と、ア○チャンホン○に行った。

予想通り、生まれときの手型·足型をとるフォトフレームセットが売っている!ビンゴ

家に帰って早速、保冷剤でひえひえ、ガチガチに死後硬直の犬を夫に持ち上げてもらい、四苦八苦しながら粘土に足型をとった。(肉球以上に、爪がめっちゃ刺さって、なんか思ってたんと違うのできた)

余談だが、私は彼女の鼻が大好きだったので「鼻型も取りたい」と主張し、試しにやってもみたのだが、出来栄え微妙な上に、夫から「さすがにそれはどうかと思う…(鼻に粘土押し付けるのが)なんかかわいそう…」と言われたので、足だけでガマンすることにした。

ちなみに、死後硬直は思っていた以上にカッチカチだったので、犬の足型は生きていて元気なうちに取ることをおすすめしたい。

 

また、活発さに欠けたうちの犬特に持っていきたいほどのおもちゃもなさそうなので、犬の天国までのお弁当がてらのフードと、お花をたくさん入れてあげようと思う。

散歩に行くと、草むらで目を細めて、彼女はよく風を見ていた。鼻を上げて、まぶしそうに。

うん。花屋ひまわりがあるといい。きっと、彼女に似合うだろう。

 

あとは、来月のトリミングキャンセルがてら、お世話になった個人トリマーさんに手土産と、ひと袋未開封で残ってしまったペットシーツ差し上げに行こうと思う。

 

明日彼女荼毘に伏す(と、犬畜生でも表現していいものなのだろうか)。

きっと泣いてしまうが、仕方がない。

自分たちよりも命のロウソクが短い生き物と暮らすということは、そういうことなのだから責任を持って見送ってくる。

2020-07-29

給食マスクで思い出すこと

給食マスクと聞くと、小学生だった時の担任のM先生を思い出す。

M先生は30歳前後女性で、2年間自分担任だった。小学生ながらに「この先生ちょっとヤバイ」と思っていたので、M先生について思い出せたエピソード客観的に書いてみる。別に変じゃないエピソードもあるかもしれない。もう自分では何が普通で何が異常なのかよくわからなくなっている。

給食当番は、家からマスクを持ってこないといけないルールだった。M先生は、マスクを忘れた生徒を怒り、黒の油性マジックで顔にマスクを書いた。口の周りに大きな四角を、それから耳まで紐の部分を書いた。さすがに四角を黒で塗りつぶすことはしなかったが、四角の中に大きくバッテンを書いていた気がする。そしてそのまま生徒を下校させた。

授業参観の前日、M先生は「明日授業参観なので、みんなで1本ずつバラの花を持ち寄りましょう!教室が華やかになりますよ」と言った。「反対の人は手を挙げて」と言うので手を挙げた。手を挙げたのは自分だけだったので理由を聞かれた。「今月のお小遣いがもう残っていないので買えません」というと、「自分で買えなんて言ってないわよ、みんな親御さんに買ってもらいなさい」と笑った。帰宅し、母親バラを買いに行った。田舎だったので町に花屋さんは1つしかなく、バラはもう売り切れていて買えなかった。

M先生結婚した。相手は他校の教師らしい。結婚式準備や新婚旅行で何日か学校を休んだ後、生徒の家にハガキが送られてきた。二人が肩を組んでいる幸せそうな写真入りで、「私たち結婚しました」と書いてあった。母親が苦笑していた。

ある日、M先生の発案で、授業間の10分の休み時間がおしゃべり禁止になった。最初の何回かはみんな守らず、ひそひそとおしゃべりをしていたが、M先生がついに本気で怒った。その次の休み時間、本当に誰一人声を発しない、静まり返った教室となった。するとM先生は「なんか誰もしゃべらないのって気持ち悪いわねぇ!やめましょやめましょ!!」と笑い、そのルールは一日でなくなった。

やんちゃ男子3人組がいた。何か物が壊れていたりすると「あの3人がやったに違いない!!!」と騒ぎ、3人を呼びつけ怒っていた。3人は反論せず呆気に取られていた。

やんちゃ男子3人組のひとりが何か悪いことをしたらしく、M先生に怒られていた。M先生は、「先生の言うことは絶対なんです!先生が死になさいと言ったら死ななくてはならないんです!今すぐあのベランダから飛び降りなさい!」と言っていた。※ちなみにその男子は先生の話を全く聞いておらず、いつものようにケロっとしていた。その後落ち込んだりとかはしていなかったと思う。

M先生親族が亡くなった次のお正月父親が「M先生喪中から年賀状ではなく寒中見舞いを出しなさい」と言ったので、その通りにした。学校が始まると、M先生年賀状を出してしまった生徒が集められ、「あなたたちはとても失礼なことをしたのよ」という旨のことを怒られた。寒中見舞いを出した自分も一緒に怒られた。親に報告すると、母親が「だから寒中見舞いも出す必要なかったのよ、余計なことはしなくていいのよ!」と父親喧嘩していた。

2年間、平日は毎日顔を合わせていたから、他にもたくさんあるはずだけど、これしか思い出せなかった。もう20年くらい前の話なので、印象に残ったこしか覚えていないし、詳細も確かではない。ただ、もうすぐクラス替えというタイミングで、「来年先生担任がいい人~?」と自ら生徒に聞き、誰も手を挙げなかったときのことは、今でも鮮明に思い出せる。

2020-07-19

ある日の通夜のこと

引越しの準備をしていたら、昔のことを思い出したので、日記の代わりに書き残す。

その日は親族のみの通夜で、神式だった。

参列者も斎主も既に揃い控え室にいて、雰囲気は穏やかだった。

一つあったことといえば、斎主レイジ(位牌)に書く日付を間違えてしまい、今書き直していることくらいだ。

スタッフ葬儀担当者、司会の先輩、案内の私の3人。

そこは火葬場に複数併設された式場のひとつだった。

忙しそうな他の式場の様子を眺めていると、控え室にいた喪主が降りてきて「祭壇を見てもいいですか?」と言った。

神式の祭壇は、仏式とは雰囲気が違う。壇の上には鯛、生卵、生米、野菜乾物などのお供えが並び、白い陶器で出来たさまざまな神具。周りには花はなく榊が飾られている。

一頻り祭壇を眺めていた喪主が「あの中央の鏡はなんですか?」と聞く。

「あの鏡は御本尊のようなもので、一番大切な神具ですよ」

へー…この鏡が、喪主が祭壇と棺の狭い隙間に入った。

その瞬間。

ゴオッと音がし、「危ない!」と先輩の声がしたと同時に、物が壊れ割れる音が響き渡った。

顔を上げると喪主が倒れてきた祭壇と棺の間で潰れかかっていた。

慌てて駆け寄り祭壇を全員で押し戻す。神具と卵が割れ、供物や米や榊の葉があたり一面に散乱していた。

蒼白して辺りを見回すと喪主が「これ…」となにかを差し出してきた。鏡だ。

「思わず受け止めてました…一番大事なんですよね?」と言った。

開式20分前だった。


原因は、式場裏の搬入口を花屋が開けたことによる風圧だった。最悪だが、ままあることらしい。

喪主謝罪し控え室に戻ってもらった。

私はもう頭がパンクして事務所に送るメールのことを考えていた。

先輩が言った。「ご親族斎主に開式が遅れることを伝えてきますから、2人は式場を見れる状態にお願いします」

この人は女杉下右京みたいな人で、いつも冷静で優雅で、信頼できる人だった。この時も蒼白している私と担当者を尻目に、顔つきは変わらなかった。


掃除をしてわかったことがあった。

たくさんの細かな神具があるにも関わらず、割れたのは数枚の皿だけだった。

そして辺り一面は卵で汚れきっていたが、目の前にあった棺だけは何故かピカピカのままだった。

そして、本来ならもう置かれていたはずの位牌は、書き直しによりまだ斎主の元にある。

鏡も、喪主のおかげで無事だった。

そもそも、あの狭い隙間に喪主が入らなければ、祭壇は倒れ、棺は下敷きになり、ご遺体がどうなっていたかもわからない。喪主危険な目に合わせてしまったが、その可能性を考えたらゾッとした。


必要なのは卵と米と皿だけで、最悪だが、事態を見れば奇跡的だと思った。

そうこうしているうちに先輩が帰ってきた。

親族にも斎主にも事情お話しましたが、のほほんとしてました。これ位牌です。"書き損じてよかったな〜"なんて言ってました」

続けて「あとこれ、卵とお米です。料理屋さんにお話ししたら、神式って聞いて一応持ってきたんだそうです」

驚いた。と同時に外のガラス戸が空いた。胸にネームプレートがついている。他の葬儀屋だ。

「大きな音を立てて、申し訳ありません」と言い出ると、「いえあの、祭壇倒れちゃったんですか?うちも今日神式なんです。余ってる神具します、言ってください」と言った。

今度は先輩も驚いていた。今は多くが仏式という中で、併設式場6つ中2つの式場で神式をやっており、更にこんな申し出をしてくれる可能性がどのくらいか


そういった偶然や、優しさが重なって、20分前あの惨状だったにも関わらず、その式は18:00定刻に始まった。

何事もなかったかのように、厳かに、そして和やかに終わった。

最後に改めて全員で喪主謝罪するとと「びっくりしたけど、父にも皆にも何事もありませんでしたから。直前に鏡の話を聞いていてよかった」と笑っていた。


帰り道、先輩が言った。

「びっくりしたわ。定刻に始められるなんて思わなかった。こんな大事な日にこんなこと。ご遺族から斎主からも大変なクレームになると思った。本尊も位牌も棺も無事、御供物も揃って、神具まで貸していただけて…こんなことあるのね」

続けてこう言った。

今日のお式には、神様がいらっしゃいましたね」

葬儀仕事をしている間、不思議なことはいろいろあったが、この日は特に不思議な日だった。

わたしはこの言葉が忘れられない。

2020-07-14

とあるブコメに大層笑ったので書く

お金がなくても生活を彩るために花を買うというその心の豊かさ」「何ものにも代え難い増田の尊さ」

ごめん、これ笑っちゃったw

お金がないのに花買うのがなんで心の豊かさなのよw

金銭感覚おかしいだけじゃないの?

そんで、花買うくらいで「何ものにも代え難い増田の尊さ」とかいってるのも爆笑もんだわ

つーか、お金ないならそのへんに咲いてる野花でも摘んでくりゃいいじゃん

花屋の花じゃないとダメならその理由はなに?

とにかく、意味不明ブコメすぎて大爆笑でしたw🤣

anond:20200714013533

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん