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2018-10-20

偉い人からの期待がないと生きられない体になってしまった

親や教師(親も教師)、上司といった偉い人の期待に応えることが当然だと思っていた。

小学校時代は「教師の息子だからアニメ漫画を見ない」という周囲の期待に応え、それらを見ないように心がけていた。

とはいえおジャ魔女どれみ』とか『ひみつのアッコちゃん』とかを親に隠れてみていたりもした(妹尾あいこ萌えていた)が、少なくともアニメ漫画を見ていることは公言しなかった。

中学時代は「地域で一番の進学校の特進クラスに行く」、高校時代は「国公立大学に現役かつ一般入試で行く」という親や教師の期待に応えるため血反吐吐いて勉強してきた。

高校1年の頃から平日1日6時間休日1日14時間勉強していたこともあった。教養をつけるため、小遣いで日経新聞を買って読んだり図書館に所蔵された難しい評論を読み漁ったりしていた。NEWS23WBSも毎晩見ていた。

中学時代しかった人(高校は別)とも「バカが移るから接触するんではない」と親から言われ、電車の中で話しかけられても無視して難しい本や日経新聞を読んでいた。

んで期待通り進学校の特進クラスには入れたし、某公立大学偏差値的には関西学院大学立命館大と同じぐらい)に一般入試(前期)でトップ合格した。もちろん現役で、である

でも本当は自宅から一番近い高校普通科まったり過ごしたかった。進学のために早い段階から1日14時間勉強を強いられる環境はまともではない。

大学上智新聞学科同志社メディア学部江戸川大、東情大のようなメディアコミュニケーション関連の私大レベルピンキリだけど)にできれば推薦で進みたかった。

日経新聞を買う金で購買で美味しいものを食べたかった。図書館では難しい論説ではなくラノベを読みたかった。ニュースじゃなくて中高生向けの深夜アニメを見たかった。中学時代同級生とも話したかった。

けどそんなことは口が裂けても言えなかった。反抗なんて怖くてできなかった。そんなことして偉い人から見放されるのが怖かった。

 

大学の頃も親から研究職になれと無言の圧力をかけられ、修士課程に進んだ。研究者になる最低ラインだなと思って修士課程を出た後就職活動を始めた。

早く就職先を決めろ(できればホワイト企業)という両親の期待に応えるため何十社もエントリーした。結果研究職に無事つくことが出来た。

しかしそこは零細シンクタンクで、上司1人に部下は自分だけ(1人「この会社は楽だよ」と言ってきた先輩がいたがすぐ退職)。上司から過大な期待がかけられた。

上司からの過大な期待に応じなきゃと追い詰められ精神状態ボロボロになり精神病になり、終いには自殺未遂を起こし現在休職中。

休職中も「早期復職スキルアップ」という上司の期待に応えなきゃと思い、業務に関する専門書を十万円分ぐらい買い(学術書は高い)、それらを読み漁っていた。

しかし先日「お前には期待していない」ということを上司から言われ目の前が真っ暗になった。そして先週金曜日また自殺未遂をした。

からは「なんで早く回復しないんだ(=早く回復しろ)。遠隔地から来ているんだから交通費もばかにならないんだぞ。俺の手取りいくらか考えたことがあるのか?」みたいな感じでこってり絞られた。

早く回復するという期待に応えるため薬も毎日飲んでいる。規則正しい生活もしている。しかし早く回復するという親の期待に応えられていない。金も底を尽きた。どんどん追い詰められていく。

 

きのう「早く引きこもりから脱する方法」をネットで探していたら、偶然不登校情報を目にした。

曰く「不登校の中には『親からの期待に押しつぶされるパターン』もあります」とのことである

しかしたら自分も「周囲からの期待に押しつぶされてしまったのではないのか」と感じた。

とはいえ周囲の偉い人(=親・教師上司からの期待に応えることこそが自分存在意義である。偉い人間の期待に応えられるなら友達も娯楽もいらないと思っていた。

おかげで友達と呼べる存在は誰一人いない。趣味と呼べる趣味も今はない。

偉い人からの期待に応える以外で存在意義をまるで見いだせない。精神的に病んでしまったのも恐らくは「偉い人間の期待にこたえなければならない」と常時思っていたからではないか

そういったプレッシャーに二十数年晒されていれば、そりゃ精神も病んでしまうよな…と腑に落ちた。

からといって「偉い人間の期待に応える」以外で自分確認する術を持っていない。「偉い人間の期待に応える」ことを最優先にしてきたからだろう。

「偉い人間の期待に応える」という桎梏から解き放たれた時こそ精神病が寛解するときなのだろうが、そういうすべがまるでない身としては一生病人のままではないかと慄然としている。

2018-10-18

2018秋アニメ視聴中メモ

こういうアニメを求めてたんだよ

こういうのでいいんだよ、こういうので

銀髪小柄の吸血鬼ちゃんかわいい

ところで、この吸血鬼引きこもりオタク化身なんだと思う

  目立つ銀髪オタク独特の得意な外見のメタファー

  夜が苦手→引きこもりがヒトに会いたくない昼夜逆転生活メタファー

  日光を浴びると灰になる→社会に出られない引きこもりメタファー

  3日で不登校高校デビュー失敗のメタファー

  食事で血を啜る→特殊性癖のメタファー

  吸血行為→セッXスのメタファー

こうやってみると、もっと吸血鬼ちゃんがかわいくみえてくるでしょ?

原作読んでたのでアニメ化嬉しい

アニメは止まってるシーンではあんまりかわいくない、だけど動くとメチャかわいい

なんか、ミーシャちゃんは動きがかわいい

原作を読んでたときは「美少女可愛い洋服を着せたい」という趣味がわからなかったが、いまならなんとなくわかる

こういうアタマの狂った女の子美少女を愛でるアニメもっと増えてほしい

  • ひもてはうす

てさぐれシェアハウスもの

コント部分もよくできてるし、アドリブ部分が声優キャラがでてて面白い

3Dデザインあんまりかわいくない

  • でびどる!

ひもてはうすより3Dデザインが断然エロい

でもプリースカートが腰まで伸びててなんか変な衣装

演技してるシーンでは、やっぱ伊達プロ声優じゃねえって思う

アドリブ部分は「ひもてはうす」のほうが面白い

3Dだからできるギャグで笑わせてくれるのを期待

ふかわりょうである必要性は感じない

東山奈央の声エッチすぎ、それだけで3分もってる

このあと女騎士経理になって登場するやつでしょ?

みんな変態だなぁ

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ゾンビランドサガ

RELEASE THE SPYCE

青春ブタ野郎バニーガール先輩の夢を見ない


毒にも薬にもならない女の子女の子楽しい生活を送るやつが好きなヒトには良いアニメが多いシーズンですね

2018-10-15

「ちゃお」を読まなくなった日

誰に語る機会もなく、ずっと一生心に残っているであろう出来事を消化するために、この「はてな匿名ダイアリー」を使ってみようと思う。

私は物心ついた頃から「ちゃお」を読んでいた。毎回あの分厚い雑誌地元本屋さんに買いに行くのが楽しみだった。

そんな毎日の楽しみなんてものは、他人の影響でいとも簡単に無くなってしまう事を思い出しながら書いていこうと思う。

小学5年生の私の家庭環境は、少し特殊だった。

母は近くのアパートに別居したばかりで、夕飯を作りに夕方から夜にかけてだけ母がやって来る。

その間父は何しているのだろう、とその頃は思ってもいなかったけど、仕事が早く終わった時は色んなところで時間を潰して待っていたらしい。

父や周りからは、「母はおかしくなった」「精神的な病になった」と聞かされていても信じられなかった。

だって、夜にご飯を作りに来る母はおかしいところが見当たらなかったから。

最初は母が一緒に住まなくなった事に混乱していた日々も、段々と慣れてきた頃、突然の訪問者が現れた。

ある日、母から一通のメールが送られて来る。

「会わせたい人がいるから、今日の夕飯に連れて来るね。」

会わせたい人、その文字を見て、もう小学5年生の私は「もしかして恋人だろうか」と自然に思い浮かぶ

それとも友人だろうか…。

その日発売のちゃおが入った袋を持ちながら、母の言う「会って欲しい人」を思い浮かべながら帰路についた。

家に着いて、地下から見える明かりをちらりと見る。

この頃、中学生の兄は不登校で、地下の部屋にこもりきりだった。

特に会話は無かったけれど、お互い家庭環境不安がある中過ごしている同士だから、何か通じ合うものだけは感じていた。

きっと兄にも、母からメールは届いてるはず。兄はどう思っているのだろう、そう思いながら母が来るのをじっと待っていた。

ガチャガチャ、と玄関が鳴った時、今までで一番くらい心臓が飛び跳ねた。

階段を駆け下りて母と訪問者を迎える。

見た瞬間、予想の1つも当たらなかった訪問者だった。

年齢は20代くらいの女性で、髪は短くボーイッシュなだらしない格好、金髪に近い明るい髪でピアスをいくつか付けている。

母との共通点が何1つ見つからなかったから、どこで会った友達なのか想像もつかなかった。

挨拶もそこそこに怠そうに椅子に座るその人を、ただ凝視するしか無かった。

母も「友人」としか説明しないものから、謎が深まる。

そもそも子供に紹介したいほどの「友人」とは思えなかった。

キッチン鍋料理を用意する母の物音を聴きながら、食卓でその人と2人。この時なんの会話をしたかは、何も覚えていない。

お鍋の用意が出来、兄も部屋から食卓へとやって来た。

そして、母、謎の母の友人、私、兄の食事が始まる。

訪問者にお茶を用意しようとすると、「あ、いい。」と一言で断られる。

そして、持参した2Lペットボトルお茶をおもむろに出し、そのままラッパ飲みし始めた。

軽いカルチャーショックを受けながら固まっていると、母が口を開く。

「いつもこういう人なの。お茶はラッパ飲みで…。」

いつも、ということは頻繁に会っている人なんだ。と引っかかる。

明らかに主導権は、その年下の「友人」のようで、全てを母が許して甘やかしている構図。

その食事最中だけで嫌というほど分かった。

こちない気持ち中食事を終えると、そそくさと自分の部屋へと逃げ込むように入りに行った。

そう、今日発売日の「ちゃお」をまだ読んでいない。早く読みたい一心で部屋へ向かう。

すると、後ろから訪問者が付いてきた。部屋に来ていいよ、とも付いて来ていいよ、とも言っていないのに。

さすがに、初対面の人に「付いてこないで」と言える強い心は持っておらず、付いて来るその人を渋々受け入れた。

部屋について、早速本屋の袋からちゃおを出し、読み始める。

この際、訪問者が居ても関係ない。

その時だった。

「わあ、まだそんなの読んでるんだ。」

予想もしていなかった打撃が自分へと向かって来る。

訪問者がニヤニヤとしながら、悪びれもなく言葉を続ける。

「オレこういう雑誌苦手だったわ〜。」

今だったら、心が強くなった今だったら、「お前の事なんて知らねえよ」とか「うるせえよ」とでも言い返せたはずなのに。

小学5年生の私には、10歳以上年上の大人であるはずの女性に、母の自称「友人」にそんな事を言われる衝撃が強かった。

その時は、「そうですかね」とか何とか、当たり障りのない返事をしたんだと思う。よく覚えていない。

その後、母と訪問者は一緒に帰っていった。2人とも母のアパートへ行くのか、別々に帰るのか分からないけど。

未だに共通点も、2人が一緒にいる意味も分からないまま、帰っていった。

2人が帰った後、無心で雑誌を紐で縛っていた。今まで集めた「ちゃお」を全部捨てるために、縛っていた。

その訪問者に言われたことがショックで、未だに読んでいることの恥ずかしさで捨てているのか。

なにかが自分の中で壊れたのか、理由は分からなかった。

ただただ、体が勝手に動いていた。

その最中メールの着信音が鳴った。母からメールだ。

今日、どうだった?』

どうだった?だって

母はうまくいったとでも思っているのだろうか。

人の家に招かれている態度とは思えなかったし、私の部屋であった事も知らないくせに。

沢山言いたい事を我慢して、ただ一言

『あの人嫌い』

と返事をした。

ああ、母はきっと兄にも同じメールを送っているだろう。心が優しい兄はどんな返事をしたのかな。10年以上経った今もそれを知ることはない。

「ちゃお」を全部縛り終わった頃、母から返事が来た。

『何かあった?別にあの人は恋人とかでもないし、友人だよ。』とか、聞いてもいない事をペラペラと書いている。

恋人であろうと、友人であろうと、どちらであろうと論外な事を何故母は気づかないんだろう。

私は、母からのその弁解メールには返事をしなかった。

後日、母から『この前の人とはもう、会わなくなったよ』と報告メールが来た。

心底どうでもよかった。

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10年以上前のことを吐き出してスッキリしました。

後に、その訪問者はヒモのオナベ(言い方が古い)で、母が経済的支援してたことが分かりました。

しか自分の金じゃなく父のカードで。

オナベとお鍋を囲んでいたのか!と今は謎の感動を覚えています

しばらくイキッた女性同性愛トラウマになって、偏見がすごかったのですが、今は無くなりました。

精神病になってしまった母に振り回される父、可哀想と思っていましたが、父も父で隠し子を作っていました。ウケ倒すわ。

そんな、誰にも話せない話でした。

2018-10-09

学校行かなくてよかった

不登校生や家族がよく言うけどさ。

学校一所懸命勉強してる生徒とか、学校でいろいろなことに取り組んでいる生徒とか、学校に行ってる人間に失礼すぎないか

 学校行かなくてよかった とか

 学校は狂っってる とか

 学校は息苦しい とか

学校相手なら何言ってもいいっていうさもしい気持ちが出すぎじゃない?

自分を救うために言ってる部分があるのもわかるけど、通ってる人間に失礼って気づけ。

その家族も。

anond:20181009123024

年収だけでなく年齢にも自称オッサンにはばらつきがあって、

年収1500万円の大学の同期と比べて自分年収600万円だから金がないと思ってる首都圏の30歳の自称オッサンは、助かる可能性がある。

小学校からずっと不登校無職の50代のオッサンは、助からない。

自分は終わってると思い込んでるだけのオッサンと、本当に助からないオッサンいるから、連帯できない。

anond:20181009122431

自称キモくて金のないオッサンなかに年収1500万円の大学の同期と比べて自分年収600万円なことにキレてる首都圏オッサンと、

年収300万円未満の地方高卒オッサン小学校からずっと不登校無職オッサンなどがいて、状況が違うんだから連帯できないに決まってる。

2018-10-05

anond:20181005094117

増田の母です。

息子は小学校時代からいじめられ中学校不登校になり

今は通信に通っているのですが

ネット上ではこんなイキイキとした文章を書くのですね!

これからよろしくお願いします。

2018-10-04

逃げ癖が酷すぎて生きることから逃げた

上司に誘われて2人で飲んだ酒が抜けないので、このまま匿名をいいことに思いのまま書いてみたい。酒が入ってる。フェイクだ。これは作り話だ。創作だ。

から人の顔色を伺う癖が抜けない。私は頭は悪いが愛想だけは良い人間だ。いつもニコニコしている。人の顔色を伺うくせにワーキングメモリが人より小さいので器用に立ち回ることも出来ず、私にとって人間関係とは精神の磨耗でしかなかったと振り返って思う。

小学生の頃から粗暴な同級生に囲まれ空気を読みとってイジメもした。他人が傷つくのを同級生と一緒に指差して笑った。周りに気を使いすぎた私が不登校気味になるのは極めて早く、親には無理やり学校に行かされていた。が、何かに対して逃げることが唯一の安息を得る方法だと悟ったのは小学生の頃で、この悟りは今に続く。

何かを得ることや知ることは楽しかったが、学校が嫌いになってしまった私は学校に関わるもの全てが嫌いになってしまい、勉強微塵もする気が沸かなくなっていた。そもそも頭が悪いせいもあるが、中学生の頃、偏差値は30も無かったとおもう。

中学生の頃の記憶といえば、家で布団に篭りながら教育テレビを見ていたこと、学校にいるときは体が重く、常に眠かったことだ。私の髪質は剛毛で重度の縮れ毛で、私のようなエネルギーの無い人間は呼吸をしているだけで同級生から軽視されているのが手に取るようにわかった。コンプレックスがあちこち肥大していった。もうどうしていいのかわからず、中学生ながら人生をすでに手放していた。パートに行く母が悲しそうな顔をしながら私を怒鳴り、申し訳なさそうに学校電話をするのを布団の中で聞いていたっけな。

週に1度は休むような散々な成績だったが、近所の公立高校に進学した。

遊びに出歩かなかったので、祖母からもらえた毎月1000円のおこづがいはそこそこ溜まっていて、その金で縮毛強制をした。高校デビューというより、解決の一歩を踏み出した。しか同級生に「それ縮毛?」といわれ、奈落に落ちた。縮毛強制ひとつで何かも解決したと思ったが、伸びてくる髪は縮れ毛でアフロのようになるし、抜本的な解決方法が無いことを知った私が気づいたときには、酷く内向的人間になっていた。

高校生の頃の思い出も、やはり毎日が眠かった。頭の中が霞んでいた。体が重かった。ただ、晴れ渡る天気の良い日に仮病を使って早退して、住宅街を歩きながら抜けるような青い空を眺めてるときだけ、爽やかな風を浴びているときだけ、心の中にぽっかりと空いた穴の中に暖かく心地よい風が通るような、そんな気分になれた。遠い空に自分の居場所があるんじゃないか、どこか遠くにいけばそんな場所があるんじゃないか。そう思えた。そしてそう思い込むことでしか心が救われなったんだと思う。

そんなこんなでボーっと行き、ボーっと就職浪人し、ボーっと就職した。地方公務員になった。市職員である。同期たちはノビノビと学生時代を精力的に楽しんでいる上に私よりはるかに頭の良い人種だった。人間は急に変われるものじゃないみたいで、適応障害を起こし、バックレて退職した。家族から顰蹙を買ったが、怒りの声ももはやノイズしか聞こえなかった。社会人として最低なのはわかるが、バックレた時だけは救われる気持ちになれた。唯一生きてて気持ちよかった瞬間だった。乱暴にもぎ取ったモラトリアムの獲得に刹那的希望を持てた。

その後も職については絶望的な気持ちになり、バックレることを繰り返した。私の履歴書職務経歴書は、虚偽と虚栄と余所行きの顔で塗り固めてある。この話は創作である

私はあらゆる能力が劣っている人間なので、どうしても周りの人間に軽視されやすい。そしてそのことが肌感覚でわかると、酷く逃げ出したくなってしまう。逃げることへの安息に逃げてしまう。

そんな私も今仕事半年続いてる。奇跡的に周りの人間に恵まれた。本当に良い人たちだ。私のことを何かと気にかけてくれるし、同じような質問をしても嫌な顔をせず教えてくれる。

そして新たな感情がわいた。「私はこの優しい人たちの役に全く立てず、期待にも沿えず、片っ端からガッカリさせてしまうのではないだろうか」

今日飲みに誘ってくれた上司と会話していて、その杞憂だんだんと形あるものに感じてきた。

皆とても優しいのだ、その優しい人たちと接していると罪悪感に苛まれてくる。自分がこの人たちに何も応えられる自信がどうしてもわかないのだ。

また息が詰まりだしてきた。逃げたくなってきた。安息が恋しくなってきた。

軽視されて強く当たられるのが辛いとばかり思ってきたが、優しくされることすら辛く感じてしまう事をこの時気づいてしまった。

生きているのが苦しい。この世に居場所はどこにも無かった。高校生の頃に思いを馳せた遠い場所にいけても、きっとこんな気持ちになるんだろう。

ホーム電車を待っているときホームドアの向こうに初めて誘惑を感じた。人目も憚らず帰りの電車の中で涙が止まらなかった。そして体が重くなってきて、酷く頭の中に霞がかかってきた。グチャグチャな汚い顔のまま寝た。

昔、増田兄弟2人とも自殺した人の書き込みをみたことがある。その人も自殺を考えていて、「いつも眠かった」という記述があったと記憶している。

それを思い出したとき、きっと私はもう取り返しがつかない所まで着たんだと思った。

私の話なんて「こんな奴みたいにならなくてよかった」という優越しか与えることしか出来ないと思うが、そう思ってくれるなら冥利に尽きる。役に立てるのはそんなことぐらいだろう。

チィチィよ、ハァハァよ、あなたの良い子で、居られなかった僕を許してください。

来世は漬物石になりたい

2018-10-02

マカプに萌えなくなっていた

マカプに「萌え」という感情を抱けなくなっていた。

中学生くらいのころ、二次創作というものにハマり(最初FF8サイファー×スコールだった)、BLNL問わず様々な個人サイトを回りいろいろな作品を見て時にほくほく時にときめき燃え盛り楽しんでいて、

その後不登校になった高校2年くらいか一時的にそういうものから離れて音楽お笑いゲーム実況等の方面趣味が移り、しばらくの間全く読まなくなった。

大学に入ってから男性アイドル育成シミュレーションゲームにハマったのを契機にBL、ひいては二次創作に再び浸る毎日になった。

pixivとかが発達していて文化すごい、すごいとなった

そうして二次創作作品に再び触れるころには、いわゆるノマカプ、男性女性カップリング作品に「萌え」を感じる感性を失ってしまっていることに気付いた。

自分両性愛男性であり、高校時代女性しかそういった感情をともなう関わりを持つことがなかったからなのかもしれないが、もう女性を「エロい対象」としか見れなくなっていた。

しかしたら世間ヘテロ男性の一部には、こういった視点をはじめから共有している人がいるのかもしれない。

自分の中身がまるごとすり替わってしまったようで、なんだか気味が悪くて寂しかったけど、仕方のないことと割り切れもせずウダウダしたまま暮らしています

2018-09-29

いじめ

高校女子校だったけどついぞいじめなんて見なかった。進学校だったし。

基本的に、いじめを始めるのはバカな奴だ。普通に勉強ができないバカと、常識とかそういう方のバカ。どっちの時もある。一度始まったいじめを止めようとしないのは、バカも頭いい奴も関係なくみんなそう。わたしはいじめ始めたりするバカじゃなかったけど、それっぽいのを見て見ぬ振りするゴミではあった。巻き込まれたら面倒だったし。

中学では不潔で太った男の子が煙たがられていた。ウェイっぽい男の子たちにはかなり弄られてたし、あれってほとんどいじめだったなって思う。わたしも話しかけられたら嫌だわーって思ってた時点で完全に同類ゴミだったし。けど一応、親は金持ちが多いタイプ学校だったし、体裁気にするタイプ人間ばっかりで、同時に馬鹿ばっかりってわけじゃなくて、激しいいじめには発展しなかった。あの男の子も、友達いたし。不登校はいたけど、別にいじめってわけじゃなかった。病気で来づらくなって、そのままフェードアウト。こればっかりはどうしようもないよね。

小学校。ここではけっこうあったな。小学校から中学校、ほとんどメンバーは変わらなかったのに、なんでなんだろう。やっぱり子どもの頃ってみんなバカだったんだなって思う。

低学年の時、わたしいじめっぽいことをされた。ちょっとしたこときっかけで、変なあだ名つけられて、みたいな。よくあるやつ。その頃ピークで体も弱かったか学校あんまり行ってなかったし、もともとそんな友達もいなかったし、そこまで気にしてなかったけど。ただ普通にしかたかなっては思う。

高学年になって、薬効いてきて体も元気になって、学校にもちゃんと通い出して、相変わらずそのあだ名は続いていた。話しかけてくる人もいない。あんまり気にならないのは相変わらずだった。ただ掃除時間に、言い出しっぺの子が近くにいたときうっかり机倒したら、その子が泣いた。わたしがキレて倒したんだと思ったらしい。先生にはわたしが怒られて、ほんと理不尽だなあって思ったけど、それもあんまり気にしてなかった。次の日いじめっぽいものが終わった。友達もできた。今考えても、子どもバカなので仕方ないことだったと思うし、別に恨んだりしてない。

中学からは誰からも反感買わないようなキャラで生きてるし、作ってるわけじゃなくてもともとそういう性格だったんだろうなって思う。その後いじめられてる人見ても、助けようとか全く考えなかった。気の毒になーとは思ってたけど。またいじめられるのが怖かったからとかじゃなくて、単に関わるの面倒だったから。いじめっ子はバカだしいい子ではないと思うけど、いじめられっ子がいい子とも限らないよねぇ。

いじめってそらよくないことだけど、なくならないだろうなぁ。

別にオチとか意見とかなくて、ただただ思い出したから書いてみた。

2018-09-28

不登校できるって凄い

今思えば、自分幼稚園に行きたくなかった。そのまま、小学校中学高校とずっと学校にはひたすら行きたくなかった。特別いじめられてるとか嫌なことがあるわけではなかったが、とにかく行きたくなくて仕方がない。今思うと不登校になってもおかしくない。自分学校に通い続けたのは世間の目と親の目があったからだと思う。

自分学校生活で一切宿題をしたり授業を聞いたりすることができなかった。当時、自分でも他の人ができて当然のことがなぜできないのかと不思議に思っていた。今考えると学校にいるだけで相当なエネルギーを使うのだから、他のことに労力を使えなかったのだと思う。当然部活なんかできないし、家帰ってもゴロゴロして好きなゲームをしてるだけ。

学校行ってもそんないいことなかったから、世間の目を気にせず不登校しとけば良かったなと、、、

2018-09-25

帰国子女挫折

小5~中1まで親の海外赴任インターナショナルスクールに通っていた。

海外に行くまでは地元公立校勉強運動もそつなくこなし、中学受験を見据えて塾に通っていた。

それがある日突然異国の環境に放り込まれ、何もかもに不自由し、学校休みがちになった。

それでも英検2級に受かるくらい英語力は上達したがネイティブレベルには到達しなかった。

問題帰国してからで、英語以外は学力は明らかに落ちていて、もともと勉強ができた自分にとっては屈辱的だった。

環境の変化、劣等感反抗期など複数の要因が重なり中学不登校になってしまい、何とか高校には進学できたが2年目に中退引きこもりになった。

そこから数年間引きこもりを続けいよいよ人生危機を感じ、一念発起して実質2浪目の年から大学受験勉強を始めた。

もっと早く知っておけばよかったのだが、MARCH文系ならセンター英語で190点近く取れるレベルなら国社が出来なくても受かる学部があることを知った。

結局2浪目の年にはメンタルの不調でセンター試験以外受けられず、センター利用で受かった大学はあったが、この精神状態では通える気もしなかったため3浪目に入った。

3浪目になってしまい受サロに毒されていたので早稲田第一志望にする。

ほぼゼロから社会科勉強する必要から効率重視で政治経済選択したため、慶応上智自動的選択から消えた。

ただ早稲田一般入試英語配点がMARCHほど偏ってないため英国社まんべんなく得点する必要がある。

古文漢文が出題されるのも苦しかったし、正直英語だってほぼリーディングしかないのだから海外で養ったリスニングスピーキングは何の意味もない。

それでも必死勉強して補欠で合格したが、普通に日本教育を受けて受験していたらこんなに苦労しなかったのではないかと思う。

高校まで海外生活して帰国枠で入ってきた国際教養学部の連中にはどうせ英語ができるだけだろと僻んでしまう。

大学に入ってからメンタル面で苦労して、留年しながら何とか卒業したけど就活できずに現在無職だ。

子供帰国子女として育てる機会のある親には人生を左右する選択であることをよく考えて欲しい。

anond:20180924234713

元増田です。

おっしゃる通りさすがに同期で女性自分ひとりってのは無かったですね。ただ高専留年したり学部と院が違ったりいろいろあって、人間関係がぶつ切りになってそれまでのつながりを維持できなかった自業自得なので…

青ざめた顔して「現実世界はどうしてこんなにつらくきびしいのだろう…」とか言ってたらあっという間にアラサーになってて、どちらかというとメンタルヘルスやばいのが諸般の原因な気もします。ていうかよく考えたら中学不登校だったんだった。

話のネタにはなりますかねえ、うーんそうだといいのですが、あんまり卑屈にならないようにはしたいと思います

ところで社会の今の流行全然知らないんだけど、逆ハーレム状態って今の流行なんですか?

2018-09-24

もしもおれがいじめられてなかったら

小学校の3年生くらいか中学校の2年生まで、軽くいじめられていました。なぜ中学校2年生でいじめられなくなったかというと簡単で、おれが学校に行かなくなったからです。いじめられていた理由不明。まあいじめに理由なんてある場合のほうが少ないと思うけど、多分態度が気に食わないとか、顔が嫌いとか、みんなやってるからとかそんなところだと思いますハチを食わされたとか陰毛燃やされたみたいな壮絶な体験ははっきり言って無いです。無視された、遊びに誘われなくなった、増田菌が付くとか言われて体や持ち物に触ることを嫌がられた、影で悪口を言われた、直接悪口を言われた、女子からキモいとかなんとか言われた、更衣室に引きずり込まれて一発ぶん殴られた、部活で一発ぶん殴られた、その程度です。おれは死にたいと考えることがまったく無い人間らしくて、そういう目にあっても自殺を考えることはありませんでした。とはいえ多感な時期の中学2年生ですから学校行きたくないと考えるようになるのは当然です。学校苦痛なのでインターネット友達をつくりました。どう考えてもインターネットのほうが楽しかったのでネットに没頭し、中2にして寝るのが午前4時とかそういう日も珍しくありませんでした。当然朝起きれない日が出てきて、ちょっとずつ休むようになっていって、そのまま夏休みになって、宿題なんてまったくやっていなかったので夏休みが明けても学校は数日しか行けませんでした。周りが学校祭に向けてちょっとずつ団結しているのにおれは学校をサボって何をやっているんだと思い、なんだか居心地が悪くなって、どんどん学校から遠ざかっていきました。周りも多少は気を使うので、おれがまったく学校に行かなくなる直前には、あからさまないじめほとんどなくなっていたと記憶しています最初学校祭が終わるまでは行かないでおこうと思っていましたが、学校祭が終わってもとうとう学校はいけませんでした。インターネットインターネットで、おれ不登校になったんだ、なんて言い出しづらく、平日は普通に学校に行っているふりをしていました。学校には全然行かない一方で、学校に行く夢はよく見ました。3日に1回くらいは見ていたかもしれません。久々に学校に行って、自然に打ち解けて、長い間学校に行っていなかったから周りはやけに優しくて、なーんだ、怖がってたけど1歩踏み出せば受け入れてくれるんだな、なんて思って、明日から学校に行こう、と思う夢です。我ながら切ない夢です。まあこんなのははっきり言ってよくある話で、なんの面白みもない話です。15人に1人くらいはこういう経験あるでしょう。ハチを食わされたとか、自殺を考えたとか、本当に自殺しちゃったといった話と比較すればとても些細なことで、取るに足らない経験です。

不登校といっても引きこもっていたわけではありませんでした。親と一緒に小旅行に行ったり、近所のコンビニに買い物に行ったり、サイクリングに行ったりしていました。もともとそこまで壮絶ないじめにあっていたわけではなかったので、特に人間不信みたいなものになっていたわけではなく、外には出ることができました。ただ、昼間や夕方同級生と顔を合わせるのが怖くて、キョロキョロと警戒しながらコンビニなどに行っていた記憶があります同級生が居そうなので近所のでかいショッピングモールには行けませんでした。学校関係者はすべて恐ろしくて、小学校の頃からの友人であっても顔を合わせることができませんでした。1度、夕方自転車でどこかを走っていた時、「増田か?」「最近どうしてるんだ?」なんて、あまり仲が良くない人に話しかけられたときは、びっくりしてしまい、無視して逃げてしまいました。今でもよく覚えています

どうも周りは高校受験意識して真剣勉強しているらしいぞ、という時期に、おれはなんにも考えていませんでした。実家ぐらしなら月10万くらい稼げば元気にインターネットができるぞ、と本気で思っていたので、中学出たらどっかでバイトでもして適当に生きていくんだと思っていました。親が遠くの定時制高校を探してきてくれて、おれは学校にいい思い出がないので、そこですら行きたくなかったんですが、親がいけと言うので半ば強制的にそこに行くことになりました。親には本当に心配をかけて申し訳ないことをしたと思っていますし、心から感謝をしています。その高校受験の日、1個年上で、中卒で寿司職人をやっていたけど大変だからやめて高校生をやり直すために受験しに来ているという人に話しかけられて、おれたち絶対からないとな、なんて話をしました。受験が終わった日の帰り、親が運転する車の中で、もしかして中学校までが駄目だっただけで、こういう学校だったら友達が作れて楽しいんじゃないか、なんて思って、鮮やかな夕日を見ながらニヤニヤしていた記憶があります

高校は、バイトしたり資格をとったりしながら、まあバイトで稼げるお金なんてはした金ですし、高校で取る資格なんてほとんど役に立たないわけですが、社会に参加してまっとうにやっているぞ、という充実感を持って過ごすことになります高校ではとうとう親友と呼べるような人はできませんでしたが、今でも帰省したときには会うような仲のいい友達は何人かできました。中学ではみんなが敵だったのに、高校はいじめてくる人間は1人もいませんでした。いじめてきそうな気性の荒い人はいましたが、そういう人たちは何故か学校では1人で暮らしていたので無害でした。集団浅慮と言うんでしょうか、たいていのいじめは、複数対1人で始まるものです。そりゃあ人間人間執拗にぶん殴るなんて異常事態は、1対1ではそうそう成立するものではないんでしょう。そういえば、結局、あの寿司職人の人は学校で1度も見ませんでした。名前を書けば受かる高校なので落ちたとは考えにくいです。事情があって入学をやめたんでしょうか。一緒に高校生活を送ることができなくて残念です。

高校担任が、4年制大学に行くと生涯年収がだいぶ違うぞと言っていたので、高校2年の冬からなんとなく受験勉強を初めて、結局、隣県の国立大学工学部に受かりました。国立と言っても、国立大学の中では下から数えたほうが圧倒的に早い、ランクの低い大学です。例を挙げるなら山口大学みたいなところに行きました。この前偏差値を見たら50行っていなくてびっくりしました。でも学費私立3分の1ですし、田舎なので家賃も超安いです。みじめな夢を見て、同級生の目に怯えながらこそこそと暮らしていた頃を思えば、国立大学に入れただけで御の字です。合格発表の日は本当に嬉しくて、母親なんて泣いちゃっていましたよ。大学では親友と呼べる人が何人かできて、同じ学問を修めようという人たちですので話も面白くて、とても楽しい日々を送っています

そうして今、大学で3年間を過ごし、いよいよ来年就職か、という段階です。大したことない学歴ですが、ぺーぺーだった中学のおれからするとだいぶ努力しましたし、親くらいしか評価してくれませんが、自分としては結構かいことを成し遂げたと思っています。でも中学の頃おれをいじめていた連中の中には、もっといい大学、例えば広島大学とか、北海道大学とか、早稲田大学とか、そういうところに行った人はゴロゴロいるんだろうな、と考えると、どうも釈然しません。彼らのことを恨んでいるかと言うとそこまででもないわけですが、彼らが行けたなら、おれにだって行けたんじゃない?って思うわけです。実際中学高校でコツコツ勉強していれば、現実的に考えて行けてもおかしくないだろうな、と思うわけです。おれ自体別に学歴厨みたいな人ではないですし、今の大学に不満があるわけでもないですが、彼らの中には自分より上等なことを成し遂げた人がいるんだろうな、という現実が、どうにも釈然しません。少なくとも彼らには、おれより2,3年は長く、コツコツ勉強するチャンスがあったわけで、もしその時間自分にもあったら、と考えずにはいられません。

大学に関しては別に今の自分立ち位置について悩んでいるわけでもないのでどうでもいいんですが、悩みといえば、コミュニケーション能力です。去年の冬に、お金がほしくて、温泉旅館住み込み短期バイトをしていたことがありました。当然同じ短期バイトの人が自分以外にもいて、どういう人かというと、都会の私立大学の、例えるなら明治大学みたいなところの学生達でした。彼らはハキハキしゃべって、おれ以外でどんどん打ち解けて、どっかに飲みにいこうぜとか、そんな話で盛り上がっていました。おれにはあんなところに割って入っていくなんてことはできません。ああいった集団と会話しようとすると、つい顔が引きつって、アッハイとか、ソデスネとか、そのくらいのことしか言えなくなってしまます普段はそうでもありませんが、たまに何かの間違いで陽キャラみたいな人たちと関わると、劣等感で押しつぶされそうになります田舎工学部でジメジメとした会話をするぶんにはなんとかなりますが、就職するとそういう人のほうがレアになることもあるわけで、今から就職活動や、就職した後のことが憂鬱です。おれのコミュ障はどこから来たんでしょうか。おそらく、先天的コミュ障なのか、長年いじめられた結果コミュ障になったのかの2択でしょう。その両方かもしれません。おれはいじめられていなければ、もうちょっとまともに、陽キャと呼ばれる人たちとコミュニケーションが取れていたのかもしれません。いじめられていなければ、人間付き合いが好きだったかもしれません。いじめられていなければ、女の子の目を見て会話が出来たのかもしれません。

女性だってそうです。中学生の頃は、当然好きな女の子がいました。でも学校に行かなくなったのでそれっきりです。結構好きだったのに残念なことです。高校大学ほとんど女性がいませんでしたし、女性と会話しようとするとつい緊張してしまうので、お察しの通りいい年こいて彼女というものができたことがありません。彼女がほしいなんていう願望すら、ここ数年で既に枯れ果ててしまいました。

いじめられていた当時は結構辛かったとは思いますが、その辛さも、実感としてはすでに忘れてしまいました。でも、こうした「いじめられなかったとしたら」という、どうしようもないifの話が、10年近く経ってもおれを苦しめます。本当にやるせない話です。こんなのは、どう考えても現実を受け入れてそれなりの人生を歩むしかないに決まっている話ですが、それでも、どうしても、いじめられなかった自分想像せずにはいられません。10年近く経っても苦しめられるんですから、もう10年経っても、もしかしたら死ぬまでこのやるせなさと戦うことになるのかもしれません。当時いじめていた連中に復讐してやるという気概があれば、まだ救われる話なのかもしれません。でも、いじめられていたときの苦しさと一緒に恨みも忘れてしまいました。

2018-09-21

家族が居る地獄と居ない地獄

家族が居ない地獄って「寂しい」「家族がいる人に見下されている気がする」を大袈裟に言ったものしかない。

 

家族が居る地獄は、

育児

子が重度障害で、仕事を辞め、趣味も諦め、24時間介護永久必要

子が発達障害で園・学校トラブルを起こしたり、不登校になったり就職失敗したり、親自身が子のコミュニケーション嫌悪してしま

夫のDV離婚シングルマザーになり酷い貧困状態になり、子は豊かな家庭と自分の親を比べて親を憎む

介護

親の介護のため仕事を辞めることになり自宅にひきこもり親のおむつをかえつづける人生

親を介護しながら親の年金生活していたが親が死に収入がなくなり再就職も年齢的に無理になっていた

兄弟

ニート兄弟姉妹が親の老後資金を食いつぶし、困窮した実家こちらを金蔓にしようとしてくる

研究者声優を目指していた兄弟姉妹高齢になっても芽が出ず自暴自棄になり家族八つ当たり

 

など金銭的困窮、24時間育児介護労働精神身体暴力など重度の苦痛が多い。

家族が居ない地獄自称している人が、つまらないことで自己憐憫に浸っているようにしか見えない。

酷い家族、弱い家族がいる地獄のほうが問題が重い。優先順位が高い。

2018-09-20

anond:20180918012627

集団無視・聞こえるように陰口・持ち物隠しもされてないのに

それで不登校になるとか、ちょっと心弱すぎでは?

これじゃあ週刊誌に売っても鼻で笑われるだけだわ

2018-09-18

自分いじめてた人がお笑い芸人になってた

自分中学時代いじめてた女の子(A)がお笑い芸人になってた。まだテレビにはあまり出てないけど、ライブ配信ラジオそこそこ売れてる芸人と共演したりしてる。

大阪ではお笑いファンには知られてる存在らしい。 

ヤンキーキャラで、若手の中では事務所に推されてるとか。

私は中学時代にAにいじめられていた。

体系や髪型をみんなの前でからかわれたりした。

休日に私がひとりでカラオケに行ったら、Aが友達と一緒にカラオケに来てて、ひとりで来てることを笑われた。

私が一人で歌ってたら部屋に勝手に入ってきて、選曲や歌の下手さをからかわれ、翌日学校でばらされた。

ペンケースがたまたま壊れたので、代用としてジップロックペンケース代わりにしてたら『ジップロック』というあだ名をつけられた。

全く知らない後輩から廊下で『ジップロック先輩ですよねw』とバカにされた。

成人式でAと再会したら芸人になってちやほやされてた。

向こうから私に話しかけてきて、そっけない対応をしたら『うちら仲良かったやんw』と言われてびっくりした。

そのあとは自慢話。有名な先輩芸人に飲みに連れて行ってもらったとか。

Aはいじめをしていた記憶がない、罪悪感もないのだ。

そういえば中学時代メールでAから『今度の委員長投票わたしに入れてよ』と強要されたこともある。

Aはいわゆる一軍で、先生にも可愛がられ、男友達も多かった。今も先輩に可愛がられて努力もせず順風満帆芸人人生だろう。Instagramをみても華やかな生活をしている。

私は久しぶりにmixiログインした。中学生当時の私はmixiで非公開の日記を書いていた。

そこでは、毎日学校でのいじめやAのことを書き連ねていた。読んでて涙が出てきた。

はいじめのせいで中3で不登校になり、高校通信制ひきこもり、今は何とか大学に通っている。中学時代から精神科にも通っている。

だけどいつか復讐がしたい。Aがもう少し売れて、何かの決勝に残ったとか、レギュラーが決まったとか、そういうタイミング公表する。

日記精神科診断書ガラケーに保存されたメール証拠になるだろう。

私は中学卒業してからもAのことをチェックしていた。高校時代にAはTwitterをやってたのだけど、未成年飲酒を疑わせる記録もある。

Aに成功してほしくない。

それだけが 希望

2018-09-11

地方の豊かな自然に親しむ子育て

https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20180910/1536574144

地方の豊かな自然に親しむ子育て」って地方子育てをするメリットとして語られるわけなんだけど、それってなんか有意統計的な結果として現れてるものなのかなあ。たとえば、地方の方が都心部よりもいじめの発生率が低いとか、不登校が少ないとか、刑事事件が少ないとか。

寡聞にしてそういう統計を見たことはないのだけれど、印象論で言えば「豊かな自然に囲まれ子育て」って、彼らが喧伝するような「精神的な豊かさ」に、全く寄与してないように感じてる。マイナスの影響があるとまでは言わないけれど、いじめなんてどこでも同じように起きてるんじゃないかなあ。

「豊かな自然の中で子供を育てたい」って、それってたとえば「子供ピアノを習わせたい」なんかと似たような、ある種の親のエゴであって、きつい言い方で言えば、「親が他人アピールしたいライフスタイル小道具として子供を利用しているだけ」ってのはあるのじゃないか。もちろんそれはアーバンライフタワーマンション子育てをしたいってのも、全く同じような意味で、「田舎暮らし」とは別種の「アーバンライフ」っていうスタイルの誇示にすぎないわけだけど、だからこそその両者は、「そんなもの子供にしてみればどの親のもとに生まれるのか選択できないように、結局は生まれた親の趣味で育成される以外にない」という意味等価でしょう。

なんかこう、最近少子化につながる息苦しさの一端は、「子供幸福に導かなければならない」「その意識がない親は害悪である」みたいな強迫観念にあると思うのだよね。いやあ、もちろん、親になったからには子供幸せを願うし努力もするんだろうけれどさ、一方でその努力ってのはいつもどこか空回りで一方的であり、小児教育ってのは洗脳とほぼ同義であるってのは忘れちゃいけないと思うんだよ。

もちろん虐待はゆるされないわけだけど、じゃあどこまで子供に尽くせば合格なのか? みたいな競争を始めると、際限なく子育てハードルが上がっていってしまう(そして実際自分ハードルを上げすぎて自滅して病んでしまう親もいる)。今回の件で言えば「子供を育てるために田舎に(あるいは都会に)引っ越すべきなのか?」みたいなのがそれ。正解を定義するってのは同時に正解以外、つまり不正解定義するに等しい。そこまでハードルを上げれば、ほとんどすべての親が失格になってしまわないかな。そして今生きてる殆ど日本人が「失敗した教育環境製造された人間」になってしまわないかなあ。

ネグレクト推奨という意味ではなくて、子供って(つまり人間という存在って)結局自分でかってに幸せになっていく生き物だよ。周囲の教育環境をキョロキョロ見回して、自分たちを減点主義で採点し、劣等感やら罪悪感をこじらせて結局子供にあたってしまう前に、「まあこんくらいでいいだろう」みたいな落とし所みつけるのが重要だと思う。

2018-09-06

回復をどう考えるか

回復とは回復を続けること」と言われる。

鶴見俊輔の指摘するような、自分にとっての根源的な問いを問い続け、応答し続けることなのだろう。

鶴見俊輔は、生きることを通してその根源的な問いを生きることと、それを場当たりの適応問題にすり変えて生きることを分けている。

根源的な問いを生きることは、たとえば不登校になった当事者が、「不登校新聞」に関わり、自分インタビューしたい人をインタビューしていくことで、「正しい答え」を見つけ、そこに抵抗しなければならないと思っていた自分から解放されていくといったようなことに現れていると思う。彼はその後編集長になり、自分と同じように当事者インタビュアーを育てている。

どうしようもない生きづらさや圧迫があり、そこから抜け出ていくためには、彼は「自分がどうして生きるのか」という根源的な問いに応答して生きる必要があった。そしてその問いへの向き合いは、彼に逆に強みをつくり、彼自身が生きていく力を増大させ、やがては彼と同じような苦労を抱える人たちに一つの回復の道のりを提供することになった。

不登校新聞編集長に聞く。挫折から始まる「私」の人生について

https://www.huffingtonpost.jp/bamp/not-going-to-school_a_23515108/

鶴見は以下のように言う。

自分の傷ついた部分に根ざす能力が、追い詰められた状況で力をあらわす。自覚された自分の弱み(ヴァルネラビリティvulnerability)にうらうちされた力が、自分にとってたよりにできるものである。正しさの上に正しさをつみあげるという仕方で、人はどのように成長できるだろうか。生まれから育ってくるあいだに、自分のうけた傷、自分おかしたまちがいが、私にとってはこれまでの自分の道をきりひらく力になってきた。 鶴見俊輔教育定義への試み』

一方、誰もが根源的な問いを「生きねばならないのか」と考えてみたとき、向き合いをした人はそれに相当する強い生きづらさの圧迫があって、そうせざるを得なかったという側面を無視できないように思う。誰もが根源的な問いにつながれるわけではない。「順調」に生きれば生きられるほど、根源的な問いの力を利用するよりも、その場の適応を優先するほうが生きやすい。

根源的な問いまで追い詰められるということは、世間一般的には「恵まれない」ことであるし、そこから抜け出ることは保証されていない。途中で力つき、倒れる人もいる。

根源的な問いを問うて生きることは、あるべき姿なのではなく、そのような状況に追い込まれた人が自分を救っていく手段としてあるのだと思う。

自分とは過程を生きる存在であり、世界社会を変えられなくても、ある地点からある地点までどのように向かうかというあり方を選ぶ可能性は残されている。

人生疲れた感がある(21歳・大学生

院試もなんとか乗り越え、研究も一息つき、爆睡してたら走馬灯のような夢を見た。

今頭がぼーっとしているが、眠くない。顔をあげるとPCが転がっている。

そんな状況で適当に頭の中を出力してみる。



実家では姉が癇癪持ち、母は他人に無関心なくせに過干渉父親ネガティブ性格で、認知症気味で、鬱で自殺首吊り死体も見た。

大学に行くと言ったら両親が猛反対、勉強できない姉が大学行くことに対して嫉妬勉強してこなかったお前が悪い)、

受験3ヶ月前に父親自殺、同時に自分メンタル崩壊し、毎日のように頭痛が止まらなくなり、生きてることへの現実味が何もなくなり、

実家を抜け出したいと思いながら不登校になり、家に引きこもる。

頭がいっぱいになりながら試験を受け、奇跡的(?)に国立理系大学に受かる。

一人暮らしを始めるが、高校までの嫌な記憶でいろんな記憶で頭が一杯になり、同じく死んだような顔で過ごす。

時間はあるが鬱屈しかない、サークルに通ったが、まあ、変な言動をして、

幼児的万能感丸出しメンヘラ男に執着され、更にメンタルを悪くする。

大学勉強はやればできるが、やったらできただけだとしか思えなくて、あんな家庭に生まれなければという18年間への後悔、

これからも死んだように引きずりながら生きていくしか無いと思った。

どうせ死ぬのになぜこんなことをしているんだと絶望感を引きずりながら死んだように布団にくるまる。

いつからだったか忘れたが、バイトサークルも辞め、

人間関係を一切断ち切り、映画小説マンガ歴史、心の病気の本、とにかくなんでも読み漁った。

ネルギッシュなもの、鬱になるもの哲学的思考を揺さぶられるもの

自然科学や、それが工学に応用されていること、哲学的思考は誰でもすること、世の中そんなにきれいにはできていないこと、大体の人は自分のことで精一杯で、他人に興味がないこと。

幼児的万能感は誰でも持っているもので、年齡と言うよりは、いろんな物事経験量によるもの

絶対他人自体観測できないことは、改めて考えると、普遍的で非自明ものと思う。(いや自明だろ)

自分学校や家庭で感じていた違和感が解消された気がした。

自分がこんな環境で育ったことなんて他人は知る由もないし、自分もまた他人の家庭環境なんて知りえない。

結局観測できることなんて限られていて、どれが地雷かなんてわからない。

血がつながっていたとしても自分以外は他人しかなく、それがよくわからないものである

そんな自分以外の他人がいる中で生きてきたし、今もこれからも生きていくしか無い。

死なない理由死ぬ理由がないからじゃないかなあ。

結局自分は何も知らない、ただ視界の狭い、家の人間となんとなく入った運動部のような人間しか見ず、

視野が粗野で、卑屈で、思い込みが激しい、ただ一人の、長い歴史のなかの一般人であって、結局はその事実しか存在しない。

ということが、ようやくわかった。

いまは漫画小説が好きな新しい友人ができ、学業も以前より面白く感じてきて、研究も(考えるのは)楽しくて、

ようやく正常に戻った、いや人生の中で一番頭ゴミが少ないような気がする。

こう書いてみると人の過去なんて文章しかならないし、そんなもんだなーと思える。

ボーッとした頭でも今読み返すと、こいつ将来に対する漠然とした不安にめちゃくちゃ苛まれているなーと思う。(今は昔よりまし)

ここで書いていることは、後悔というよりは反省にはなっている(といいな)。

なんだかなーこれからどーしよっかなー、やっとモラトリアムの始まりか??

とりあえず今は研究読書かなあ。生きやすくしたい。

やっぱ眠いしねるわ。悔いはない、と思う。

2018-09-04

子育て云々ならクソ親とクソ飼い主の類似性についてやればいいのに

anond:20180904110355 anond:20180904110841 anond:20180904112508 anond:20180904112805 anond:20180904114419 anond:20180904115804 anond:20180904120539 anond:20180904122731 anond:20180904122525 anond:20180904122819 anond:20180904124647 anond:20180904124917 anond:20180904125541 anond:20180904101451 anond:20180904131136 anond:20180904145147 anond:20180904150717 anond:20180904163747 anond:20180904165059 anond:20180904170204

クソ親とクソ飼い主は完全一致するが、アフィーに群がる層の心には刺さらないのかな?

ていうかアフィーよ、何度同じ話をするんだ? anond:20180904092652

おまけ
平成24年犬猫殺処分数:161,847
平成24年人工中絶件数:196,639

▼クソ飼い主候補ペットを飼いたがる


 クソ飼い主候補ペットを飼いたいな!!


 ペットショップ :販売価格20万です


 クソ飼い主候補 :ないです


 ペットショップ :じゃあ稼いで来てください


 クソ飼い主候補 :飼いたい気持ち否定するな!!


▼クソ親候補子どもを持ちたがる(完全に一致)


 クソ親候補子どもが欲しいな!!


 学校保育所・小売・不動産費用はXXです


 クソ親候補 :ないです


 学校保育所・小売・不動産 :じゃあ稼いで来てください


 クソ親候補 :子を持ちたい気持ち否定するな!!


ペットを飼いクソ飼い主になる


 保健所(動物愛護施設) :じゃあうちで譲りうければいいよ


 クソ飼い主:そうする!!


 近所の人 :お宅のペットがいつでもどこでもうるさい。ノーリードが怖い


 クソ飼い主:あ?ウチのペットがうるさい?生き物がうるさいのは当たり前だし!ウチの子は噛んだりしないし!神経過ぎ!しつけ?虐待コワー


▼子を持ちクソ親になる(完全に一致)


 親・自治体支援税金 :じゃあ私たちサポートする


 クソ親:頼むわ!


 近所の人 :お宅の子どもがいつでもどこでもうるさい。道路で遊んでいる、我が家の前でボール遊びしているのが、危なくて怖い


 クソ親:あ?ウチの子がうるさい?子がうるさいのは当たり前だし!ウチの子は車が通らない道路で遊んでるし!窓を割らないように気を付けてるし!神経過ぎ!しつけ?虐待コワー


▼クソ飼い主愚痴る/後悔をする


 クソ飼い主 :病気になった!!金ない!!


 名無し:じゃあせめて最後まで付き添ってやれ。良い環境を用意してやるのが一番だが、愛情受けて最後まで過ごせるならガス処分されるよりは良い最後だろう


 クソ飼い主 :仕事だし!!そもそも付き添ってたら俺はい遊んだらいいの?!俺の人生はないの?


 犬猫基地:クソ飼い主でペット可哀想


 クソ飼い主:出来の悪いペットなんかいらなかった、俺の人生ペットのせいで散々だ


▼クソ親愚痴る/後悔をする(完全に一致)


 クソ親 :不登校学習進度についていけない になった!!サポートする金ない!!


 名無し:じゃあせめて学習に付き添ってやれ。良い環境を用意してやるのが一番だが、愛情受けて過ごせるなら自己肯定感の欠如は起きないはずだ


 クソ親 :仕事だし!!俺のキャリアはどうなるの?そもそも付き添ってたら俺はい遊んだらいいの?!俺の人生はないの?


 自称子ども専門家:クソ親で子ども可哀想


 クソ親:出来の悪い子どもなんかいらなかった、俺の人生子どものせいで散々だ


2018-09-02

anond:20180902194936

不登校だった私でもちゃんとやってける」→ やってけてねーじゃん! って感じで草

2018-08-27

小学生のころ、学校が嫌だったので日々を無感情に過ごすように努めた

中学生になってもそれは変わらず、3年生のときにとうとう限界がきて不登校に。

そのままニートになり、現在に至る。

俺の過去にはなにもないし、夢や目標もないし、生きている理由もわからない。

anond:20180827163157

日本語がたどたどしくて目も当てられないので直させてくれ。

24時間テレビ面白い

見る気はなくても度々目にとまる。感動を与えられ自分も励まされたので募金をした。今回は血管が増えて塊になる難病の子が出演していた。恥ずかしながら、視聴するまでそんな病気があるという事は全く知らなかった。

町で見かけたら無遠慮な視線を投げかけ、当事者を傷つけていただろう。

印象的な見た目だとどうしても衆目を集めてしまう。しかし、病気理解した上での視線と、得体の知れないものを見るような視線では、感じ方が違うのではないか

からこそ世の中の病気障害はより多くの人に理解されるべきだ。病気障害に縁のない人にとって、ネガティブな事は見たくない、知ろうとしないのが普通。だからこそ、24時間テレビのように、人気のアイドル芸人に多くのギャラを払い視聴率を上げる必要性がある。

病気障害に興味を持って貰う、ポジティブイメージ理解してもらうためには、感動の押し売りがどうしても必要だ。そうでもしなければ病気障害を知る機会には恵まれない。

24時間テレビがあるお陰で、困難を抱えた人に無関心ではいられなくなる日が1日でもあれば良い。

そのようにして困難を分かち合うことこそ、24時間テレビ目的だ。

更に言えば、24時間テレビは、病気障害だけでなく、鬱やいじめ発達障害認知症介護不登校LGBT、他にも多くの困難を取り上げてほしい。

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