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はてなキーワード: 相対的とは

2017-10-17

いや自立が相対的概念に過ぎないので~から自立している云々説明しないと分からないですバブーイクラちゃんですーカツオイサンタラちゃんですー

投票率とか低い方がいい

なんかひたすら投票率を高くするのが正義的な風潮になってるのが理解できない

大抵、選挙結果なんて開票終わる前に当確が出るわけで

統計の力のまえでは1票の力なんて1票以下の価値しかもたない

それなのに組織票しかないような弱小政党が、投票重要性を訴えてるのが笑える

多分歪んだ正義意識サイレントマジョリティ本来自分たちを支持してくれると勘違いしてるのだろう

関心のない人達が仮にこぞっで投票に行くようになっても、組織票しかない政党なんて相対的議席を減らすだけなのに

しかも、そうなった時こそ逆に怖い

国民が目覚めて投票に行くようになったらと期待を持ってるうちはまだいい

伸びしろあると思って現行の政治活動我慢する理由があるんだから

その余地がなくなって仮に投票率100%

議席は全体の1%とかなったら、もう望みはないわけで後はテロしかないと先鋭化する奴らが出てきてもおかしくない

から選挙なんて興味のないやつ結果が分かりきってるものは行かない方がずっと平和

視野の狭いやつが希望を持ってられるように

俺はあえていかいね

それが平和への近道だ

2017-10-15

溜め込み症に支えられている

高校生のころくらいまでは、ネットで良い画像を見かけては都度ローカルファイルを保存していた。

ニコニコ動画面白い動画を見つけては、都度マイリスに入れたし、Twitterで秀逸な呟きを見つけては、都度ふぁぼをしてた。

けどあるとき、そういう行動の根源にある、何というか、せっかく見つけたものを見失ってしまうことへの心配、一度手に入れたものをなくしてしまうことへの過剰な恐怖みたいなものが、なんだかすごく馬鹿らしく思えて、それ以来ぱったり良いものを保存・記録することをやめてしまった。

実際そういう良いものリストは、作るだけ作って見直さないことが多かったし、リストを作るだけ時間無駄だと思った。

そういうものを保存・記録しない生活を続けていて、しばらくは困ることがなかった。

ただ最近になって、一つ困ったこと出てきた、というより気づいた。

それは世の中の色んなものが、かつて俺の持っていたような溜め込み症の有無によって良さが測られているということ。

ディスク売上枚数だとか、はてなブックマーク数、Youtubeチャンネル登録数とかにしても、そういう溜め込み的な行動の有無と量で、そのコンテンツの良さを評価するランキングが世の中には多くある。

そして多くの場合、単純な閲覧より溜め込み的な行動のほうが、ランキング算出用の指標として重い。

そのため、自分が気に入ったものを溜め込まないことが、その気に入ったもの評価相対的に下げるのではないかと思うようになってきた。

そういうわけで、数年ぶりにカメラロールが金髪美少女だらけになりました。

2017-10-13

いまだにけよりなキャベツ作画崩壊といってるやつがい辟易する

あれは作画指示が悪かったんであって、崩壊とはちょっと違う

それにどんだけ崩壊してたとしても落とさなかったという当たり前のことをなしとげただけで、ほかの評判はいいけど落としたり総集編したりしてるアニメよりかはマシだ

グラビアアイドルしんどいのをわかってほしいと訴えてまとめブログバカにしてたけど、別にわかれとは言わないけど、ほかに落としたり総集編したりしてるアニメがあるのと、作画崩壊してるけどちゃんと放送間に合ってるアニメがあることの意味についてはもう少し相対的に考えたほうがいい

2017-10-12

anond:20171012021628

自称から嘘という事は十分にあり得る

今は亡き2ちゃんねるニートのふりして書き込んでた社畜どもと同じ精神構造なのだろう

あるいは愚かなミソジニストを演じることでフェミニズム評価相対的に上げようとしてる可能性もある

anond:20171012153207

同じこと二度も言わなくてもわかってるよ

目的は「消したい」だろうけど、それが無理なら「相対的に無いと同じ状態にする」しかないだろ

悪評が広まった企業も同じようなことして凌いでるよ

カップ焼きそばの変な味連発とかまさにそれだし

2017-10-11

anond:20171011081045

正しい。

LGBTに対する差別反対運動は広い視点で見ると、単なる社会グループ間の社会的地位獲得競争の一つであって、LGBTに属する人達がいま「批判されざる立場」という免罪符を獲得しようと努力しているだけ。

その活動は当然彼らの権利だけど、彼らが強い地位を獲得すると、彼らがより人間として生きやす環境を得られると同時に、彼らに向けられていた社会全体からの踏みつけ圧の方向は、彼ら以外のグループ相対的地位の弱いものに向けられる。

自分次の免罪符を手に入れられるのが自分たちのいるグループだという勝算がないのであれば、積極的LGBTグループに対する差別反対運動に協力するのは自らを害するのに等しい。

ただ、自分差別されてきた側であるという自覚があるなら、彼らに対して自ら差別的対応をしないように心がけるというのは、非合理かもしれないけど人間としては間違ってないと思う。

anond:20171011095543

CGを受けてくれる会社が(相対的にだが)少ないのは、直感にわかる。

値段だか人手不足関係で、本意でないところに発注することはあるだろう。

でも、脚本はなー。

声優ほどでなくともわりとワナビー職だと思うし、何となれば四畳半上田誠がやったみたいに、他所の分野の人に脚本を任せることもできるわけで、そこまでつまらない人間を起用する理由があるように見えないんだわ。

あの人はいったいどこで点数稼いでんだろ。

2017-10-09

Devfest Tokyo 2017で感じたもやもや

Devfest Tokyo 2017 に参加してきたが、何だかもやもやする感があって、途中で帰ってきてしまった。

もやもやはオープニングにあった。

Devfestは開発者コミュニティの集まりということで、冒頭にDevfestに参加している開発者コミュニティの紹介があった。ところが14の参加コミュニティのうち5つが、女性開発者対象としたコミテニティだったのだ。

残りの9つの開発者コミュニティが、男性開発者対象としていた訳ではない。

となると必然的女性「だけ」が講演できるセッションが増えることになる。そのようなセッションを聞いてみたが、「女性開発者でなければ話すことができない」ような内容とは限らなかった。

男性が参加できないコミュニティが全体の3分の1以上を占めていて、しかも講演でソフトウェア業界におけるジェンダー問題を扱っているのかというと必ずしもそうではない。

となると「DevFestでは男性開発者価値が(相対的に)低い」と主張しているように、私には思えてしまう。

それがもやもやの原因だった。

私は男性開発者である

用なしの自分は帰るしかない。

なので帰った。

この業界では女性開発者マイノリティから女性優遇されるべきである、と識者は言うのかもしれない。

かにオープニングの聴講者は9割くらいが男性だったように思う。

しかし仮にそうであったとしても、Devfestはジェンダーを扱うイベントではない。だからジェンダーを扱うコミュニティは1つか2つ参加してもらえば十分ではなかったのだろうか。そしてその中でこの業界におけるジェンダー問題真剣議論すればいいのではないだろうか。

あるいは、DevFestはそれ自体開発者コミュニティのような存在なので、その中で性別をどのように扱おうとそのコミュニティ自由ではないか、という意見もあるかもしれない。私も開発者コミュニティに関わる人間であるのでDevFestのスタッフには個人的な知り合いが多く、Google社員ではない人が多数スタッフとして参加している事は知っている。

だがDevFestは実質的Google主催するイベントである。でもGoogleという企業批判的なコミュニティは、DevFestの主催側あるいは運営側としては参加できないだろうと思う。そういう意味Googleの影響があるのは間違いない。

まりGoogle女性優遇したい、ということになる。少なくともDevfestでは、男性関発者を女性開発者と同等に扱う気はなさそうだ。

もちろんこれは私の勝手な推測にすぎない。が、最近起こった事件を思い出すと、そうではないとも言い切れない。

ちなみに、女性コミュニティセッションであっても内容はいたって真面目な内容であり、(当然ではあるが)男性が聞いても十分に参考になる話ばかりであった。

また私自身は、開発者コミュニティジェンダー問題を扱っても全く構わないし、特定性別だけを扱う開発者コミュニティがあってもちっとも構わない、考えている。

そんな事で私がもやもやすることはない。そんなコミュニティスルーするだけなので。自分の同僚や友人がそういったコミュニティへ参加していても、していなくても気にすることはない。他人がとやかくいう話ではない。

私のもやもやは、DevFest全体の構成が、男性積極的排除したがっている(としか思えない)ところにあった。

全力でdisるような話でもないのだが、時間が経てば忘れるような話でもない。

この傾向が続くのであれば、私は今後Devfestに参加することをやめるだろう。

2017-10-08

立憲民主党選挙公約について

先日、立憲民主党選挙公約を発表した。私は立憲民主党結党に心を揺さぶられた者の1人として、選挙公約の発表を心待ちにしていたのだが、実際に選挙公約(ここで見れる → http://cdp-japan.jp/teaser/pdf/pamphlet.pdf)を目にして、ある1点についてかなり失望した。立憲民主党議員定数の削減を主張していたかである

ここ数年、議員定数を削減すべきであるという声が様々なところから噴出している。例えば今回の衆院選では、現時点で立憲民主党の他、日本維新の会希望の党議員定数の削減を明確に選挙公約として打ち出している(なお、自民党公明党社民党自由党共産党日本のこころについては、選挙公約確認したが議員定数削減文字確認できなかった)。議員定数削減を主張する政党が出てきている背景には、言うまでもないが、他の政策を実現させるための財源を提示しなければならないという考えがあるだろう。何かと問題を起こし、国民からヘイトを集めがちな議員への報酬カットすることは多くの国民をスカっとさせるので、議員定数の削減は財源を確保できて支持も獲得できる、まさに一石二鳥政策になるわけである。だからこそ、ポピュリスト政党の道具に利用されることが多い。

しかしながら、議員定数の削減には非常に大きなデメリットがある。結論を先取りすれば、(1)議員1人当たりの有権者数がより増大する、(2)議員政策への習熟度が低下する可能性が高くなる、(3)野党がより淘汰される可能性が生じる、の3点が問題点として浮上する。順に簡単解説しよう。

1つ目の点については、議員定数議論される際に必ず問われる問題であるそもそも、他の先進民主主義国と比較しても、日本議員の数は決して多くはない。単純に日本人口1億2800万人を今回の選挙で争われる定数465で割ると、国民27万5200人につき国会議員が1人という計算になる。多国におけるこの議員1人当たりの人口を例に挙げていけば、イギリスでは4万4000人、ドイツでは118000人、フランスでは6万8000人、オーストラリアでは9万8000人、アメリカでは57万8000人(アメリカ例外か)である。ちなみにロシア23万2000人、韓国は16万2000人である。国際比較すれば、日本議員の数がそこまで多いわけではないことがわかるだろう。単純に考えれば、議員1人当たりの国民の数が多ければ多いほど、議員立法府)と国民の間の距離は遠くなる。ますます政治的無関心が増大するのではないだろうか。

2つ目の点についてはあまり触れられることがないものの、極めて重要問題である内閣提出法案ほとんどである我が国においてしばしば忘れられがちではあるが、議員所属する国会は唯一の立法機関である。そして議員は、様々な委員会所属し、その場で政策に関する議論を行う。とりわけ自民党が長期にわたって与党の座にある日本では、野党議員はこの委員会において行政のチェックを行うことになる。活発な議論や厳格なチェックのためには、与野党委員がそれぞれ政策にある程度精通している必要があるのは言うまでもない。しかし、議院定数が大きく削減されると、1人の議員所属しなければならない委員会の数が多くなる。首相閣僚議長(41人)を除いた議員の数は424人。現在常任特別委員会の総定数は985なので、1人あたり2.32の委員会所属することになる。仮に、日本維新の会が主張する定数3割カットが実現したとすれば定数はおよそ300になるが、その場合首相閣僚議長を除いた259人が委員会を受け持つことになるので、1人当たり3.80の委員会所属する計算になる。そうなれば議員は今よりさらに忙しくなる上に、政策への習熟度の低下は避けられないし、相対的に、政策過程における官僚の影響力が強まるのである。我々有権者は、議員選挙でクビにできるが官僚はクビにできない。だからこそ、政治主導が求められたのではなかったか

3つ目の点は、あくまで予想に過ぎない。議員定数を削減しようとした場合、1ケタ程度であれば、小手先選挙区定数変更でどうにかなるだろう。しか日本維新の会が主張するように、3割(127人)削減とまでいくと、選挙制度を抜本的に改革しなければならなくなる。そうすると、次の選挙制度はどうなるだろうか。仮に現在の並立制の比率を維持するとすれば、大体小選挙区200と比例代表100程度になるだろう。小選挙区制が大政党に有利で比例代表制が小政党に有利なことはよく知られている。しかし、比例代表制選挙区地理的規模が大きくなるほど、そして定数が小さくなるほど大政党に有利になることは以外と知られていない。あくまで予想だが、この選挙制度で戦えば、少数野党は現状以上に淘汰される可能性がある。さら問題なのは比例代表を廃して単純小選挙区制採用するか、もしくは小選挙区制比率現在より高くすることである。そうすれば先程と同じく、小政党は淘汰されるであろう。現在政治状況で、淘汰されるであろう政党がどの政党かを想像することは容易である

ここまで述べてきたことは、全て民主主義の根幹に関わる問題である。1つ目の点は政治立法府)と国民距離がより離れることになりかねず、2つ目の点は官僚優位と更なる立法府権威低下を促進しかねず、3つ目の点はマイノリティ代表する少数政党立法府から排除に繋がりかねない。ここで再び立憲民主党に戻ろう。立憲民主党枝野代表は、演説において「右からでもなく左からでもなく、上からでもない草の根政治」を目指すと述べた。のであれば、以上3つの問題点を招きかねない議員定数の削減などを選挙公約に掲げるべきではない。たかが(と言っては何だが)数十億円の財源確保のために、民主主義根本を揺るがすような主張を行うことには、私は賛同できない。私は一刻も早く、立憲民主党議員定数の削減公約から削除し、その他の代替案を掲げることを望む。

2017-10-07

作品との比較になるのは仕方がない

だって面白さの基準って相対的ものから

絶対的な「面白さ」って基準存在しないんだよ。今は面白いと思ってても更にそれを超える作品が出てくる可能性あるし。

面白さの基準自分の中で変わってくることもある

じゃあ、他作品との比較をするなってのはどういうことかって言うと

要はこれ、比較対象にされた作品ファンが怒ってるだけなんですね。

やられたら分かるけど、本当に頭にくる。もうこうなるととにかく理性はかなぐり捨てて相手尊厳いかに貶めてやろうかということに注力するようになる

そういったときに「他の作品との比較しかその作品を語れない卑しいやつ」という言葉は非常に有効意味を持つ。

 

anond:20171006202106

要は大人っぽい印象のキャラが人気面で不利って話なんだから金剛型なら当てはまるのは末妹でしょ。

相対的に見て)一番大人っぽいキャラ付けだし実際姉妹の中じゃ人気は一番低い。

2017-10-06

ポピュリズムの悪さを端的に表す言葉って無いのかな

私の友人はある政治家を支持していて頻繁にその政治家の良さを主張してくるんだけど、その政治家手法を私が「でもそれポピュリズムでしょ?」と言っても上手く伝わらないというか、ポピュリズムって何が悪いの?という感じで伝え方に悩む。

私が言いたいのは「短期的な人気取りを実現する政策と、長期安定的な成長を実現する政策は違う、あなたの支持する政治家は前者に偏重していて支持できない」という意味なんだけど、それがパッと伝わる言葉って何か無いものなんだろうか。

補助金交付とかは「バラマキ」っていうマスコミが浸透させた単語があるからポピュリズムの中でもバラマキをやっている場合は「でもそれバラマキだよね?」と言えば、バラマキの何が悪い認識を持っている人が多くて一発で意図が伝わる。

でも、バラマキ以外の手法、例えば実現不可能なことを公言するとか、重大な問題への言及を避けて耳障りの良い、相対的重要性のかなり小さい話をするとか、そういうことに「バラマキ」並みのわかりやす単語が無いので一言説明できない。

本当は「ポピュリズムでしょ?」で伝わるのが一番早いと思うんだけど、それぐらいの単純さで(長々政治的な主張をすることなく)意図を伝える方法って無いのだろうか。

anond:20171005021318

相対的に (あそこより) まずい って言い方はする

2017-10-05

希望の党の高揚感

思ったよりも希望の党の評判がいい。

民進立憲民主党ダメすぎて、相対的評価が上がってるのも、当然あろだろう。

というか、小池が頑張ってる。

維新府庁市長が生まれる前の高揚感みたいのを感じる、というと縁起でもないんだが。

ただ、小池ならやってくれる感はある。どこまで自民に食い込めるかわからないけど。

政党にここまで期待出来たのは久しぶりだ。

日本人英語を話す時のネック

英語趣味勉強している者だが、1対1での外国人とのチャット場合は何の問題もなく楽しく会話できるのだが、先日知り合いの知り合いの外国人が遊びに来た時は中々英語で話すことができなかった。

その時のメンバー

自分

自分の知り合い(英語ネイティブレベル)

・知り合いの知り合いの外国人1

・知り合いの知り合いの外国人2

の4人だったのだが、こうなった場合、1対1とのチャットとの違いは英語が話せる日本人がいることだ。

この英語が話せる日本人がいることが自分にとってはどうにもネックで「自分英語が下手くそだと思われてそうだなぁ」とか知り合いはネイティブ英語ペラペラ横で喋っている中で自分の拙い英語で間に入ることに中々勇気がいるし、相対的に比べられていそうでメチャクチャ恥ずかしくなる。

英語が話せる人が横にいると確かに安心はするのだが、英語学習者にとっては外国人自分英語を聞かれるよりも、日本人自分英語を聞かれる方がよっぽど恥ずかしい。

本当はそんなこと思っている人ばかりじゃないと思うが、学生の頃から染み込まされきたネイティヴレベル発音じゃないといけない、とか、カタカナ英語は通じないか絶対外国人の前では使うなよ、とか、そんな感じの妙に完璧思考英語に対する考えを持った日本人が多いような気がして、日本人がいる前で外国人に「How are you?」とか「It's very good!」とかそんな単純な文章ですらも躊躇させてしま空気感があるようで辛い。

この気持ちって何なんだろうな…。どうやったらこマインドを変えられるのだろうか…。チャットだけでもとても楽しいのだが、やっぱり声に出して会話したい気持ちはすごくあるのに、周りの日本人の目が気になってしまうよなぁ…。

はぁ〜、もっと気軽にコミュニケーションしたいわ。

2017-10-04

立憲民主党の高揚感。

思ったよりも立憲民主党の評判がいい。

民進希望の党ダメすぎて、相対的評価が上がってるのも、当然あろだろう。

というか、枝野が頑張ってる。

民主党政権が生まれる前の高揚感みたいのを感じる、というと縁起でもないんだが。

ただ、枝野ならやってくれる感はある。どこまで自民に食い込めるかわからないけど。

政党にここまで期待出来たのは久しぶりだ。

2017-10-03

anond:20171003023908

日雇いバイト吉野家の牛丼を買って帰って家で「うま・・・うま・・・」ってかき込んでる姿の自分

異世界食堂カツ丼程度で大喜びしているライオンさんを重ねてしまったせいで生まれ客観視によって

自分相対的評価してしまった故の自分を哀れんだ涙だと分析

2017-10-02

駐在員が大変と感じるのは本人のレベルが低いか

この記事を読んだ。

なんで駐在員は大変なのか (英語編)

https://medium.com/@koichirohonda/%E3%81%AA%E3%82%93%E3%81%A7%E9%A7%90%E5%9C%A8%E5%93%A1%E3%81%AF%E5%A4%A7%E5%A4%89%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%81%8B-%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E7%B7%A8-fbf2711c3534

とても良記事とは思えなかったので、ここにその意見を記す。

ちなみに元増田海外の現地企業で働くものです。糞みたいな英語力じゃ面接すら通らないし、その先には日本じゃ求められないような技術試験もあり、それを突破して初めて今の環境を手に入れることができる。

海外生活していて、日本人とつるむことはしないけど、たま〜に不本意ながら日本人駐在員と出会うことがあるが、なんか海外生活楽しい、やっほうみたいな空気を出されてドン引きした経験があるので、あまり駐在員に良いイメージは持っていない。


まず、日本から外に出る以上、日本国内での相対的能力なんか議論してもまったく意味がない。

どんな分野であろうと、日本人として偏差値70あるからすごいと思って、世界に飛び出て通用しなけりゃ、そりゃ無能って話だ。

戦うフィールドが分相応というべきか。日本しか通用しなけりゃ無理に日本から出る必要はない。

ここで、彼はTOEICとか糞ほどの役にもたたないテストスコアが900点ある程度で、アメリカでの駐在員としてのタスクを与えられたらしいが、なんなんだ駐在員って?そんなに人材不足なのか?

ろくにコミュニケーションもとれない人間送り込んで、クビにもならず防御力が云々言うような、小手先テクニックで乗り切ろうみたいな輩を雇わなきゃいけない日本企業って何なんだ?

アメリカ人もいれば、南米からEUからアジアからアフリカまでいろんな国から人が集まって成る多国籍企業は多い。そしてそこの社員である彼らは当然英語ペラペラだが、そんなことは特別でもなんでもないし、その職務必要スキルを持っているか採用されている。

このコミュニケーションの段階で躓いてヒィヒィ言っている記事の無様なこと。不快感しかない。

日本人から英語力低いなんて言い訳だ。だからなんだ?低くて仕事にならなくて生産性あがらなくてもいいって?んなわけねーだろ。

勘違いするなよ。駐在員が大変なんじゃない。能力がないのに分不相応ポジションに就いたことが原因なだけだ。

中国人だって韓国人だってインド人だってパキスタンだって海外で働く人は多い。さらに言えば、日本企業みたいな日本人ってだけで駐在員としてのポジションを与えられて海外で働く人ではなく、ちゃんとインターナショナル企業に応募して、厳しい採用フロー突破した人間が当たり前のように存在しているってことだ。こんなレベルの低い記事を書いて、注目されている日本ってなんなんだろうってつくづく思う。

表現修正版】『けもフレ騒動を、元アニメ版営業が丁寧に解説する(1)

表現が汚かったため、もう今さらではありますが、

今私にとれる行動として、文章表現修正して再投稿します。内容は変えていません。

不快表現を正す前の、元記事こちらです。

冷静さが至らず、申し訳ありませんでした。

https://anond.hatelabo.jp/20170930045332

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長いので2本立てです。(1)は基本知識編、

(2)では業界文化に触れながらの経緯の「想像」を書いてますが、

趣旨は「KADOKAWAを現状出ている情報だけで叩くのはやめよう」です。

(2)→https://anond.hatelabo.jp/20171002015348

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けもフレ炎上に関して、

アニメ版権ビジネスに携わっている人間から解説がないと感じるので書きます

「外部の人間からこそ、好き放題に書ける」前提もあるし、

仮に真実と違っていたとしても、価値のある内容になると思ったからです。

まず結論から言うと

けもフレ製作委員会からプレスリリースの内容が真実だとすれば

(仮にあれが真実でないとしたら訴訟モノだし、ヤオヨロズ真実から黙っているのでは)、

今回の話は8割方、ヤオヨロズ社側に非がある話に思えます

同時に、あの製作委員会からリリースは、外から見えている事実の経緯と矛盾していません。

正しい知識情報もない内からKADOKAWAを叩くのはやめましょう。

自己紹介と前提

私は広告代理店人間です。

つい先月まで、アニメ版権を使った、タイアップ販促キャンペーン企画担当していました。

今もファミマけもフレチャームがもらえるキャンペーンをやっていますが、

まさしく「ああいうの」です。

そのため、今回の問題言及するにあたって、平均以上の知識があります

アニメの持ち主は「製作委員会

製作委員会というのは、幹事会社と、そのアニメへの出資企業構成される組織です。

この方式には、出資から見れば、失敗のリスクを最小限に抑えながら、

会社のカネになる権利をとりに行くことができるメリットがあります

幹事会社から見れば、リスクを抑えながら、製作資本を集められるメリットがあります

というのも、すべての商業アニメには、作品に付随する権利が発生しています

映像に関する権利音楽に関する権利出版に関する権利、グッズに関する権利など様々なものです。

作る物に応じた権利を持っている会社しか、そのコンテンツ公式制作物は作れません。

勝手に作ったら、もちろん訴訟です。

(知っての通り、個人二次創作同人誌は、その辺りグレーゾーンです)

この権利というのは、もちろん自分で使ってもいいし、

かに期間を設けて「貸す」(=許諾する)ことでもお金になります

からどの会社も、ヒット作品権利がほしくてたまりません。

ただし元手のお金がなければ、権利以前に、作品を作ることすらできません。

から、中心になって製作委員会を立ち上げる「幹事会社」は、作品企画書を作ってばらまきます

出資する側の会社は、それを読んで「この作品は当たる」と感じたら、ヒットを祈りながら出資します。

出資に伴って、権利が手に入ります

これが、作品が当たれば、ゆくゆくは大きなカネになるというわけです。

具体的に言えば、サーバルかばんのドラマCDを出すために音楽周りの権利が要るし、

フェネックフィギュアを出すためには、商品化(グッズ化)周りの権利必要です。

あるいは、アライさんオンリーアンソロジーコミックを出したい会社からお金をとるために、

出版周りの権利必要です。

けもフレに関しては、KADOKAWA委員会窓口であり、幹事会社であるように見えるので、

以後の文章もその前提に立って書きます

10/01ブコメ指摘有:KADOKAWAヤオヨロズとの窓口ではあっても、幹事会社ではないそうです。

大変申し訳ありませんでした)

ともかく、以上のようなギャンブラー的な前提があって、商業アニメは生まれています

余談ですが、出資がなかなか集まらず苦しむ場合ほとんどで、アニメ化自体が立ち消える作品も多いです。

おそ松さんのように、どの会社出資に見向きもしなかった作品が、大当たりした事例もあります


ヤオヨロズ立ち位置

これは様々なツイートでも指摘されていますが、

ヤオヨロズ作品の持ち主である製作委員会から発注を受けて、

仕様に沿ってアニメをつくって、納品しただけです。

言い換えると、

ヤオヨロズ製作委員会には入っていないため(作品に対する出資リスクをとっていないため)、

あくまで「下請け制作会社」にすぎません。

一般的に、アニメのような制作物を納品する際には、委員会に対する(二次利用を含めた)著作権譲渡と、

著作者人格権をの不行使を含めた契約を結ぶことがほとんどであり、

おそらく、現状ヤオヨロズ社に残っている権利ほとんどないと言っていいと思います

私がここではっきりさせておきたいのは、「けもフレアニメは、ヤオヨロズ作品ではない」点です。

言うまでもなく、権利的には、たつき氏の作品でもありません。

まり製作委員会への確認と、その結果としての許諾がない限り、

好きに内容を作ったり、コンテンツに関する情報を発信することはできません。

なぜならそこには、「発注される→アニメを納品する」関係しか存在しないからです。

この辺りを曖昧にせず、前段も踏まえて、契約上明確にNGであることをしっかり理解すべきだと思います

たつき氏の行為の、一番の問題点

製作委員会からの許諾なく、「12.1話」を勝手に作り、発信した点。

さらには、それが「公式」の制作であるかのような受け止められ方をしてしまった点です。

もっとかい部分では、恐らく各社への確認に回していないであろう、

キャラクター立ち絵セリフが入った1枚画像投稿行為などもあるが、これはまあ相対的には重要でないと思われます

12.1話に関しては、コピーライトに注目すると良いです。

コピーライトとは、それが権利者の確認正式な許諾を受けて公開されたものであることを示すサインです。

けもフレ場合は、「けものフレンズプロジェクトA」、簡略化した短縮表記で「KFPA」のようです。

けもフレTwitter公式アカウント画像欄などを確認すればひと目で分かる通り、

けもフレアニメにまつわる全ての制作物は製作委員会確認と監修を受け、

コピーライトが入っていなくてはなりません。

しかしながら、

http://www.nicovideo.jp/watch/sm30968065

ご覧の通り、コピーライト存在しないことが確認できます

これで12.1話は、「たつき氏が製作委員会許可をとらず、勝手に作った」制作なのだと分かります

ところがファン側には当然知識がないので、こうした制作物を「公式が出した物」だと思って視聴します。

では、たつき氏が12.1話を公開したことで、どんな問題が起こった(と想像できる)のでしょうか?

・このアニメのせいで、進行していた企画が「公式なのに二番煎じ」になってしまい、内容の修正必要になった

・以降のマーケ戦略露出スケジュール組みを検討し直さなくてはならなくなった

主幹事のKADOKAWAから事前の確認依頼ができなかった件で、製作委員会所属企業への説明謝罪対応に追われた

etc

10/01ブコメ指摘有:KADOKAWAヤオヨロズとの窓口ではあっても、幹事会社ではないそうです。申し訳ありません)

例えばこうしたトラブルKADOKAWA側に起こっていた可能性は、容易に想像がつきます

KADOKAWAから見た際の、最も大きな事件はこの12.1話の公開だっただろうし、

今後はやめてくださいね、というヤオヨロズへの警告には、れっきとした正当性があります

たつき氏が自分お金持ち出しでそれを作っていようと、それをたつき氏が公開する以上は、

ファンからは「公式の物」としての見られ方をするため、やめてほしいわけです。

この業界には、適切なタイミングで、適切な内容の情報イラスト動画なども含む)を解禁し、

意図した形での盛り上がりの山を作るために、日夜、検討検討を重ねている人々がいます

たつき氏は、ヤオヨロズは、アニメ業界人間でありながら、本当にそういったことに想像が及ばなかったのでしょうか?

JRA日清とのコラボ映像が世に出たのは何もおかしくない

こうした販促タイアップキャンペーンの進行について解説しながら書きます

この2本の企画に関しては、

日本中央競馬会クライアント) - 代理店キャンペーン企画) - KADOKAWA委員会窓口)

日清食品クライアント) - 代理店キャンペーン企画) - KADOKAWA委員会窓口)

という体制でやっていたであろうと想像できます

こうした企画代理店を挟む理由は、当事者同士で進めるとケンカになって基本うまくいかないのと、

単純に調整事項が多すぎて面倒くさいからです。

通常のスケジュールとしては、もちろん規模感にもよりますが、6ヶ月~4ヶ月前くらいに、

委員会の窓口企業に対し、コンテンツの期間使用に関して、代理店から打診をします。

打診というのは、

お金を払うので、一定期間、競合企業にそのコンテンツを使わせないでもらうことはできますか?」

という相談だと思ってもらえればいいです。

たとえば日清食品は、今回のけもフレとのコラボ映像を作って公開するためにお金を払い、

コンテンツの期間使契約を、企画をした代理店越しに、委員会窓口であるKADOKAWAと結んでいるでしょうが

この契約を結ぶことで、東洋水産とか、マルちゃんとかは、けもフレコラボができないことになります

(だからマリオとかポケモンとかの強いコンテンツは毎年、高額での激しい取り合いになります。)

10/02追記:東洋水産マルちゃんは同じですね。ごめんなさい。)

打診に対して、委員会窓口からOKです、提案していいですよ」の返事があれば、

代理店は、そのコンテンツを使った企画クライアント提案します。

もちろん不採用になることの方が圧倒的に多いですが、採用になれば、その旨を委員会窓口に連絡し、

許諾契約の締結と並行して、コンテンツ制作が始まります

今回、日清食品企画開始は2017年6月だと明記されていますので、

おそらく4月末くらいに日清から代理店オリエン代理店からKADOKAWAに打診、5月頭にOKの返事が出、

5月初旬くらいに代理店から日清への企画提案があって、2~3週間くらいで社長OKが出て実施正式決定、

6月から表記の通り「委員会連携しながら」企画をかためていった、というような流れだったのでしょう。

スケジュール的には、十分な余裕があるかはさておき、本当のことを言っているだろうな、という感じです。

なので、たしか日清食品にとってみれば、

6月段階では「8月に入っての、ヤオヨロズからの辞退の申し出」は知り得ないし、

どこの制作会社を使うのかは製作委員会が決めることなので、まさしく「関与できる立場にない」です。

そもそも、これまで述べてきたような製作委員会の仕組みを知っていれば、

日清食品に問い合わせをするのが無駄迷惑行為しかないことがわかります

なのでやめた方が得策です。

(というのを、KADOKAWAヤオヨロズたつき氏も最低限、発信すべきだったのではないでしょうか?)

8月に入ってヤオヨロズ制作を辞退したはずなのに、ヤオヨロズ制作映像9月に世に出ている」

指摘に関しては、これもヤオヨロズがイチ制作会社にすぎないことを踏まえて考えれば、

2期制作に関しては辞退の申し出をしつつも、すでに発注を受けてしまった進行中のタイアップ案件に関しては、

ヤオヨロズKADOKAWA】、【KADOKAWA日清】の、2つもの契約不履行の状況が生まれしまうので、

お互いケンカしながらも、まぁ納品までは最後まで一緒にやった、というだけの話であるように思えます

以上の理由からコラボ案件実施は、製作委員会声明矛盾していません。

(2)に続きます

https://anond.hatelabo.jp/20171002015348

追記

今回私が記事を書いた目的は「アニメにまつわる基本的知識を持ってほしい」と思ったこと、

またその上で、「ヤオヨロズからリリースが出るまでは、必ずしもKADOKAWAが悪い話ではないから、脊髄反射で叩くのはやめましょう」

この部分を伝えたかたからです。以下、コメント返信します。

法的にはそのとおりなんでしょうがファンが許せないのは、バリューを生み出した源泉にリスペクトが足りないと言うことだと思います

その「リスペクト」が無いというのは、どこへのご指摘なんでしょうか?

製作委員会からリリースには、「発信内容の事前確認」で済まそうとしたと書いてあります

「内容」そのものを縛ろうとするのじゃなくて、「事前確認」の方向性で収めようとするなんて珍しいと思います

そこのところを、まず認識してあげた方がいいと思います

何度も書いてるけど、KADOKAWAだって基本的にはクリエイターへのリスペクトは忘れない会社ですよ。

あなた方は、何を根拠KADOKAWAの体質をバッシングしてるんでしょうか?

一番ややこしいのは、大多数のユーザーが知ってるのはたつきけものフレンズだけで、12.1話が設定と矛盾するとしてもそんなの知るか状態なことだなあ。外部的にはけもフレ製作委員会ではなくたつきのもの

これは仰るとおりだと思いますよ。

から私はこの記事を、製作委員会とは何か、の超基本的な部分から書きました。

もう知ってるだろう内容を読んで頂いてしまってすみません

このままだと全員爆死なので、うまい落とし所を探るか、たつき監督はじめ主要スタッフ移籍または独立して二期も制作を続けてもらうのが解なのかなと思っている

まあうまい落とし所を探るしかないと思います

KADOKAWA幹事会社ではない。放送後のインタビュー記事で〝幹事会社KADOKAWAさんなどが中心になって〟と福原が言ってる。カドカワヤオヨロズとの窓口ぽいんたつきが〝カドカワ方面〟って言うのは仕方ないが。

デマを流して申し訳ありませんでした。

幹事会社ではないけど委員会では中心メンバーだったって感じですかね。訂正します。

言ってることは十二分に分かるんだけど、それを踏まえても金の成る木を切り倒してしまったのは無能

→長すぎて書けなかったので、(2)の方で返信します。

https://anond.hatelabo.jp/20171002015348

12.1話作ることが業界的にそんなに問題なら、何で吉崎先生は「自由に作って良い」って言ったの?あとカドカワ声明通りなら、番外編制作時の事前通知が嫌で本編制作拒否になるんだけどあの声明鵜呑みにして良いのか

→長すぎて書けなかったので、(2)の方で返信します。

https://anond.hatelabo.jp/20171002015348

2017-09-30

けもフレ騒動を、元アニメ版営業が丁寧に解説する(1)

10/02追記:

この記事は、元々は怒りを原動力として書いたものなので、

こういう書き方になってしまったのですが、

そんな表現では正しく伝わらないよ、という指摘を数多くの方から頂きました。

不快にさせてしまった方々、申し訳ありませんでした。今後同じ間違いをしないようにします。

↓に、表現修正したものをアップします。

https://anond.hatelabo.jp/20171002002200

これをそのまま修正するのはずるいので、この元記事は残しておきます申し訳ありませんでした。

--

長いので2本立てです。(1)は基本知識編、

(2)では業界文化に触れながらの経緯の「想像」を書いてますが、

趣旨は「KADOKAWAを現状出ている情報だけで叩くのはやめよう」です。

(2)→https://anond.hatelabo.jp/20170930051452

--

けもフレ炎上に関して、

アニメ版権ビジネスに携わっている人間から解説がないと感じるので書く。

「外部の人間からこそ、好き放題に書ける」前提もあるし、

仮に真実と違っていたとしても、価値のある内容になると思ったからだ。

まず結論から言うと

けもフレ製作委員会からプレスリリースの内容が真実だとすれば

(仮にあれが真実でないとしたら訴訟モノだし、ヤオヨロズ真実から黙っているのでは)、

今回の話は8割方、ヤオヨロズ社側に非がある話に思える。

同時に、あの製作委員会からリリースは、外から見えている事実の経緯と矛盾していない。

正しい知識もないくせに、KADOKAWAを叩くのはやめよう。

自己紹介と前提

私は広告代理店人間である

つい先月まで、アニメ版権を使った、タイアップ販促キャンペーン企画担当していた。

今もファミマけもフレチャームがもらえるキャンペーンをやっているが、

まさしく「ああいうの」である

そのため、今回の問題言及するにあたって、平均以上の知識がある。

アニメの持ち主は「製作委員会

製作委員会というのは、幹事会社と、そのアニメへの出資企業構成される組織だ。

この方式には、出資から見れば、失敗のリスクを最小限に抑えながら、

会社のカネになる権利をとりに行くことができるメリットがある。

幹事会社から見れば、リスクを抑えながら、製作資本を集められるメリットがある)

というのも、すべての商業アニメには、作品に付随する権利が発生している。

映像に関する権利音楽に関する権利出版に関する権利、グッズに関する権利など様々なものだ。

作る物に応じた権利を持っている会社しか、そのコンテンツ公式制作物は作れない。

勝手に作ったら、もちろん訴訟である

(知っての通り、個人二次創作同人誌は、その辺りグレーゾーンだ)

この権利というのは、もちろん自分で使ってもいいし、

かに期間を設けて「貸す」(=許諾する)ことでもお金になる。

からどの会社も、ヒット作品権利がほしくてたまらない。

ただし元手のお金がなければ、権利以前に、作品を作ることすらできない。

から、中心になって製作委員会を立ち上げる「幹事会社」は、作品企画書を作ってばらまく。

出資する側の会社は、それを読んで「この作品は当たる」と感じたら、ヒットを祈りながら出資をする。

出資に伴って、権利が手に入る。

これが、作品が当たれば、ゆくゆくは大きなカネになるというわけだ。

具体的に言えば、サーバルかばんのドラマCDを出すために音楽周りの権利が要るし、

フェネックフィギュアを出すためには、商品化(グッズ化)周りの権利必要だろう。

あるいは、アライさんオンリーアンソロジーコミックを出したい会社からお金をとるために、

出版周りの権利必要なのである

けもフレに関しては、KADOKAWA委員会窓口であり、幹事会社であるように見えるので、

以後の文章もその前提に立って書く。

10/01ブコメ指摘有:KADOKAWAヤオヨロズとの窓口ではあっても、幹事会社ではないそうです。

申し訳ありませんでした)

ともかく、以上のようなギャンブラー的な前提があって、商業アニメは生まれている。

余談だが、出資がなかなか集まらず苦しむ場合ほとんどで、アニメ化自体が立ち消える作品も多い。

おそ松さんのように、どの会社出資に見向きもしなかった作品が、大当たりした事例もある。


ヤオヨロズ立ち位置

これは様々なツイートでも指摘されているが、

ヤオヨロズ作品の持ち主である製作委員会から発注を受けて、

仕様に沿ってアニメをつくって、納品しただけである

言い換えると、

ヤオヨロズ製作委員会には入っていないため(作品に対する出資リスクをとっていないため)、

あくまで「下請け制作会社」にすぎないのである

一般的に、アニメのような制作物を納品する際には、委員会に対する(二次利用を含めた)著作権譲渡と、

著作者人格権をの不行使を含めた契約を結ぶことがほとんどであり、

おそらく、現状ヤオヨロズ社に残っている権利ほとんどないと言っていいだろう。

私がここではっきりさせておきたいのは、「けもフレアニメは、ヤオヨロズ作品ではない」点だ。

言うまでもなく、たつき氏の作品でもない。

まり製作委員会への確認と、その結果としての許諾がない限り、

好きに内容を作ったり、コンテンツに関する情報を発信することはできない。

なぜならそこには、「発注される→アニメを納品する」関係しか存在しないから。

この辺りを曖昧にせず、前段も踏まえて、契約上明確にNGであることをしっかり理解すべきである

たつき氏の行為の、一番の問題点

製作委員会からの許諾なく、「12.1話」を勝手に作り、発信した点。

さらには、それが「公式」の制作であるかのような受け止められ方をしてしまった点だ。

もっとかい部分では、恐らく各社への確認に回していないであろう、

キャラクター立ち絵セリフが入った1枚画像投稿行為などもあるが、これはまあ相対的には重要でないだろう。

12.1話に関しては、コピーライトに注目すると良い。

コピーライトとは、それが権利者の確認正式な許諾を受けて公開されたものであることを示すサインだ。

けもフレ場合は、「けものフレンズプロジェクトA」、簡略化した短縮表記で「KFPA」のようだ。

けもフレTwitter公式アカウント画像欄などを確認すればひと目で分かる通り、

けもフレアニメにまつわる全ての制作物は製作委員会確認と監修を受け、

コピーライトが入っていなくてはならない。

しかしながら、

http://www.nicovideo.jp/watch/sm30968065

ご覧の通り、コピーライト存在しないことが確認できる。

これで12.1話は、「たつき氏が製作委員会許可をとらず、勝手に作った」制作なのだと分かる。

ところがファン側には当然知識がないので、こうした制作物を「公式が出した物」だと思って視聴する。

では、たつき氏が12.1話を公開したことで、どんな問題が起こった(と想像できる)のだろうか?

・このアニメのせいで、進行していた企画が「公式なのに二番煎じ」になってしまい、内容の修正必要になった

・以降のマーケ戦略露出スケジュール組みを検討し直さなくてはならなくなった

主幹事のKADOKAWAから事前の確認依頼ができなかった件で、製作委員会所属企業への説明謝罪対応に追われた

etc

10/01ブコメ指摘有:KADOKAWAヤオヨロズとの窓口ではあっても、幹事会社ではないそうです)

例えばこうしたトラブルKADOKAWA側に起こっていた可能性は、容易に想像がつく。

KADOKAWAから見た際の、最も大きな事件はこの12.1話の公開だっただろうし、

今後はやめてくださいね、というヤオヨロズへの警告には、れっきとした正当性がある。

たつき氏が自分お金持ち出しでつくったとか、だから何?やめてね。って話なのである

この業界には、適切なタイミングで、適切な内容の情報イラスト動画なども含む)を解禁し、

意図した形での盛り上がりの山を作るために、日夜、検討検討を重ねている人々がいる。

たつき氏は、ヤオヨロズは、アニメ業界人間でありながら、本当にそういったことに想像が及ばなかったのだろうか?

JRA日清とのコラボ映像が世に出たのは何もおかしくない

こうした販促タイアップキャンペーンの進行について解説しながら書く。

この2本の企画に関しては、

日本中央競馬会クライアント) - 代理店キャンペーン企画) - KADOKAWA委員会窓口)

日清食品クライアント) - 代理店キャンペーン企画) - KADOKAWA委員会窓口)

という体制でやっていたであろうと想像できる。

こうした企画代理店を挟む理由は、当事者同士で進めるとケンカになって基本うまくいかないのと、

単純に調整事項が多すぎて面倒くさいからだ。

通常のスケジュールとしては、もちろん規模感にもよるが、6ヶ月~4ヶ月前くらいに、

委員会の窓口企業に対し、コンテンツの期間使用に関して、代理店から打診をする。

打診というのは、

お金を払うので、一定期間、競合企業にそのコンテンツを使わせないでもらうことはできますか?」

という相談だと思ってもらえればいい。

たとえば日清食品は、今回のけもフレとのコラボ映像を作って公開するためにお金を払い、

コンテンツの期間使契約を、企画をした代理店越しに、委員会窓口であるKADOKAWAと結んでいるだろうが、

この契約を結ぶことで、東洋水産とか、マルちゃんとかは、けもフレコラボができないことになる。

(だからマリオとかポケモンとかの強いコンテンツは毎年、高額での激しい取り合いになる。)

打診に対して、委員会窓口からOKです、提案していいですよ」の返事があれば、

代理店は、そのコンテンツを使った企画クライアント提案する。

もちろん不採用になることの方が圧倒的に多いが、採用になれば、その旨を委員会窓口に連絡し、

許諾契約の締結と並行して、コンテンツ制作が始まる。

今回、日清食品企画開始は2017年6月だと明記されているので、

おそらく4月末くらいに日清から代理店オリエン代理店からKADOKAWAに打診、5月頭にOKの返事が出、

5月初旬くらいに代理店から日清への企画提案があって、2~3週間くらいで社長OKが出て実施正式決定、

6月から表記の通り「委員会連携しながら」企画をかためていった、というような流れだったのだろう。

スケジュール的には、十分な余裕があるかはさておき、本当のことを言っているだろうな、という感じだ。

なので、たしか日清食品にとってみれば、

6月段階では「8月に入っての、ヤオヨロズからの辞退の申し出」は知り得ないし、

どこの制作会社を使うのかは製作委員会が決めることなので、まさしく「関与できる立場にない」。

そもそも、これまで述べてきたような製作委員会の仕組みを知っていれば、

日清食品に問い合わせをするのが無駄迷惑行為しかないことがわかる。

なのでやめようね。

(というのを、KADOKAWAヤオヨロズたつき氏も発信すべきだったのでクソ)

8月に入ってヤオヨロズ制作を辞退したはずなのに、ヤオヨロズ制作映像9月に世に出ている」

指摘に関しては、これもヤオヨロズがイチ制作会社にすぎないことを踏まえて考えれば、

2期制作に関しては辞退の申し出をしつつも、すでに発注を受けてしまった進行中のタイアップ案件に関しては、

ヤオヨロズKADOKAWA】、【KADOKAWA日清】の、2つもの契約不履行の状況が生まれしまうので、

お互いケンカしながらも、まぁ納品までは最後まで一緒にやった、というだけの話だろう。

矛盾でもなんでもないことがご理解頂けるだろうか。

(2)に続く

https://anond.hatelabo.jp/20170930051452

追記

今回私が記事を書いた目的は「アニメにまつわる基本的知識を持ってほしい」と思ったこと、

またその上で、「ヤオヨロズからリリースが出るまでは、必ずしもKADOKAWAが悪い話ではないか脊髄反射で叩くな」

この部分を伝えたかたからです。以下コメント返信します。

法的にはそのとおりなんでしょうがファンが許せないのは、バリューを生み出した源泉にリスペクトが足りないと言うことだと思います

からその「リスペクト」が無いなんて、どこ見て言ってるの?っつー話。

製作委員会からリリースには、「発信内容の事前確認」で済まそうとしたと言ってる。

あんまりないですよ。「内容」そのものを縛ろうとするのじゃなくて、「事前確認」の方向性で収めようとするなんて。

何度も書いてるけど、KADOKAWAだって基本的にはクリエイターへのリスペクトは忘れない会社ですよ。

君らは何を根拠KADOKAWAの体質をバッシングしてるんだよって。

いんたーねっとにはしんじつがあるマンの方々ですか?

言ってることは十二分に分かるんだけど、それを踏まえても金の成る木を切り倒してしまったのは無能

「切り倒した」のは、本当にKADOKAWAですか?

あのさ、KADOKAWAが、たつき人気で盛り上がってきたコンテンツであることが分からない程度の会社だと思ってます

だとしたら何を根拠???結局なんの根拠もなく、周りに流されて叩いてるだけでしょって言ってんですよ。

私は現状、悪いのはヤオヨロズだと思ってますよ。製作委員会からリリースには、「ヤオヨロズから辞退の申し出があった」と書いてありますよね。

未だになんの声明も出さない部分まで含めてどうなのかなと思いますよ。

たつきが悪いと言ってるんじゃないんです。手綱をしっかりとる責任を果たさなかったヤオヨロズが悪いと言ってるんです。

なぜならKADOKAWAたつきが直接交渉してるとは考えられないから。その理由は(2)にも書きましたけど、

たつきには制作作業に集中してもらって、ヤオヨロズの窓口が(製作委員会窓口としての)KADOKAWA交渉していたはずだから

たつきから暴露ツイートが発信されないようコントロールするところまで含めてKADOKAWA責任だったって?

あんま無茶言わないでください。

一番ややこしいのは、大多数のユーザーが知ってるのはたつきけものフレンズだけで、12.1話が設定と矛盾するとしてもそんなの知るか状態なことだなあ。外部的にはけもフレ製作委員会ではなくたつきのもの

これは仰るとおりだと思いますよ。

から私はこの記事を、製作委員会とは何か、の超基本的な部分から書きました。

もう知ってるだろう内容を読んで頂いてしまってすみません

このままだと全員爆死なので、うまい落とし所を探るか、たつき監督はじめ主要スタッフ移籍または独立して二期も制作を続けてもらうのが解なのかなと思っている

まあうまい落とし所を探るしかないでしょうね。

KADOKAWA幹事会社ではない。放送後のインタビュー記事で〝幹事会社KADOKAWAさんなどが中心になって〟と福原が言ってる。カドカワヤオヨロズとの窓口ぽいんたつきが〝カドカワ方面〟って言うのは仕方ないが。

デマ流して申し訳ないです。幹事会社ではないけど委員会では中心メンバーだったって感じですかね。訂正します。

2017-09-29

anond:20170923190104

運がよかったんだよ

どんだけいい会社に入ってもくそみたいなやつやくそみたいな部署はあるし

逆にこいつのいう「くそ会社」でもいい人やいい部署はいくらでもある

相対的にいい会社の方がいい人は多いけどね

それよりもっとメリットなのが「名前一般的に知られてると世間心証がいい」

=「周囲の信頼を勝ち取りやすい」「ローンなどの審査を通りやすい」

これだと思うよ。いやマジで

2017-09-27

anond:20170922053438

言わんとしている事はわかるけど、理系文系対立構造にするのはちょっと違和感がある。

文系研究職なんか理系研究職よりももっと酷いでしょう。

この記事言及されている高給の職業は「地頭が少しだけ良くないと出来ない職業」であって「文系専門職」ではないと思う。

理系文系関係無く、そもそも学問的な専門性が求められていないということでは。

しろ理系の方がそれぞれの専門性を活かせる仕事については(必ずしも高給ではないとはいえ)充実してるのではないかという気さえする。

ただ、理系の方が大学以降に勉強しなければならないことが多いので、「地頭職」につくなら文系の方がコスパが良くて不公平感があるというならまあそうかなと思うし、

新たな価値創造する研究開発職の給与水準他国に比べて絶対的にも相対的にも低すぎるというのは完全に同意する。

そんな事は多くの人がわかっているにも関わらず、誰も変えられないのがとても悔しい。

2017-09-26

私の左翼右翼

右翼左翼というカテゴリは、なぜか人に完全な説明を与えたような錯覚させる言葉だ。

一般的左翼的言説は、左翼進歩的であったり、人間中心的であったり、自他的であったり、自利的あったりする。

一般的右翼的言説は、右翼保守的であったり、自然中心的であったり、集団的であったり、個人的であったり、規律的であったりする。

これだけ雑多な概念ではあるが、左翼右翼対立していたり、対立していないこともある。

わたしは2つの概念に、どちらがより悪いかということを言うつもりはない。

これから書くのは、左翼右翼にある対するよくある誤解をできるだけ解いていこうという試みである

といっても私の力不足により、今は3つしかなく内容も不明瞭に見える。

それと誤解と断定して書いたが、恐らくは誤解であるという所だ。

なぜなら、左翼右翼完璧定義付けを、私はしないつもりだからだ。

それでは、なぜ左翼右翼に対する誤解と言うものを書けるのか。

それは左翼右翼に対してよく言われる一部の定義を仮として当てはめた時、明らかに左翼右翼思想が成り立たなくなり

そうなったときに、彼は左翼だ、右翼だと言うことがほとんど不可能になると思われるからだ。

ここで私のひとつ立場を明らかにしたいと思う。

私は"思想ジレンマ"というような言説、態度を認めていない。

どちらかのジレンマによる、右翼左翼キメラ的態度を認めないということだ。

(哲学的に言えば、ヘーゲル止揚という概念を認めていない。)

それを踏まえた上で、左翼右翼に対する誤解について書いていこうと思う。

左翼進歩的であり、右翼保守的である

左翼的言説とは、現状を改革することや、何かを変えようとの意向を持つ言説であろう。

右翼的な言説は、現状を守るときや、何かを大事にしようとするときのものだ。

これらから左翼は常に革命を求めており、暴力的であるとか、右翼は頭が固く時代遅れだなどと言われる。

まず、最初左翼的な言説に、まるで保守性がないというのは成り立たないことだ。

左翼が変革を起こす時、現状をすべて破棄するか、一部を破棄するかというどちらかを選択するだろう。

そして現在には存在しない概念を(規則など)を落ち込むことになる。

もし、その概念批判があれば、左翼はこれを守らなければならない。

その守るための言説に保守的言葉が無いとしたら、明らかにその概念はたちまち崩壊するだろう。

批判者の言説とは、おおよそこのようなものだろう。

君の進歩的概念適用された世界を認めたとして、その世界をどのように(同じような進歩的概念から)守るのだ?

次に右翼的な言説に、現状を進歩させるものではないとするものだ。

これは左翼的な言説に保守的な言説が混ざり込む以上、彼らは、その保守的な言説と戦わなければいけない。

その戦う言説が保守的ものだけであれば、ともに共存することになる。

右翼保守的なだけであれば、不純物と共存するだけである

そうではなく、現状維持のためであれば、不純物は取り除かなくてはいけない。

不純物を取り除いた後に、根本の原因である現状の変革を実施する。

劣化し始めるもの進歩し始めるのも、現状に問題があるためであり、その現状を彼らは変革するのである

しかし、その変革とは公平に見るとすれば進歩のものである

左翼保守的に見えたり、右翼進歩的に見えたりするのは、そもそも左翼進歩的であり、右翼保守的であるということを誤解していることによるのである

  

左翼相対的であり、右翼絶対的である

ここで抽象度が一気に上がって申し訳ない。

相対的であるとは、相対論自由という概念などである

(自由という概念は、相対的でないと成立しない。

もし私がりんごを食べるとして、ある場所では犯罪だが、ある場所では犯罪ではないとすれば

食べる場所によって犯罪の可否がきまるため、私がりんごを食べる自由相対的であると言える。)

絶対論とは、~べき論や、どこであろうと適用されることを望んだ言説である

これらにより、左翼優柔不断、すぐ裏切るなどや、右翼は頭が固い、傲慢だなどと言われる。

では、これも同じように左翼絶対的な言説が入り込む余地が本当に無いのだろうか?

その前に、左翼進歩的言説を行うものであることは、すんなり頭に入った人たちでも、

左翼相対的言説をしているか左翼だと認識することはあまりいであろうと思われる。

ここで相対的言説と絶対的言説について少し書こうと思う。

相対的言説とは、まさに例を取ってあげれば左翼的言説に近いもので有ることは理解してもらえると思う。

例えば自由や愛、幸福などだ。

自由を仮に絶対的定義しようとすればまさしく絶対的自由から抜け出すことこそが自由であると言うことが分かる。

こうすると、自由相対的という定義に転がり当てはまる。

絶対的言説とは、言説による力を発揮する場所定義するということである

例えば、国、集団など。その限定された場所によって、定義された言葉が、それに見合った意味となる。

さて、左翼相対的であるとのは、相対的言説を用いているかである説明した。

しかし、それは誤解である

左翼は確かに相対的言説を用いているが、よく見ればそれは、条件付きの相対的言説なのである

左翼相対的であるために、一定絶対性を必要としたのだ。

自由という概念は、他に絶対性がなければ、自由のもの絶対的ものとなってしまう。

そこから抜け出すために、一定絶対性を用意し、その絶対から自由を得ているのだ。

そのため左翼は完全に絶対的もの使用するため、完全に相対的であることはできないし望んでいない。

では、右翼はどうだろうか、右翼絶対的であろうとし、あらゆる不名誉を得てきた。

右翼絶対的たりうるための場所定義するが、その場所定義するプロセス相対的である

それは場所とは、物理的に言えば、自然によって決まっており、自然がもたらした、ものによって人が決めるのである

ある場所は良くないが、ある場所が良いといのは自然により決定している。

そして、場所定義することが相対的であるがゆえに

定義後の絶対性の担保にも相対性使用する。

こうして、右翼も完全に絶対的であることができず、また望んでいない。

左翼相対的に見える場合は、条件付けを見れば誤解であることに気づき右翼絶対的に見える場合は、場所定義確認すれば誤解であることが分かるのだ。

まり左翼相対的であることも、右翼絶対的であることも誤解である

  

左翼は実利的で、右翼は実利的ではない。

左翼が実利的に見えてしまうのは、ほとんど悪名高き功利主義によるものだ。

右翼功利主義をもたない。なぜなら功利主義幸福に関する思想であり、幸福という概念相対的言説だからである

このせいで、左翼感情のない人間という扱いになり、右翼計算の出来ない人間と言われる。

これは功利主義短期的な実利主義であるという誤解からまれている。

功利主義とはその場の短期的な視点での価値判断使用される思想ではないということだ。

もっと長期的な10年、100年というスパン幸福について考える思想なのだ

これらの左翼右翼の誤解はそもそも問題としては何なのだろう?

私が思うに左翼右翼という概念が、その人自身属性となってしまうことによるものだろう。

有る考えが進歩的であったとしても、その人自身はまるで関係ないはずである

しかし、左翼右翼とするとその場合は、人間と結合し、その人間自身左翼右翼的存在となってしまう。

本当に気をつけなければいけないことは、左翼的右翼的であることが、その本人の属性として、その本人の全人格を表すようにみていないかということだろう。

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