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2019-11-26

フェミ社会学者エビデンスを出したらどうなの?

差別表現規制話題を,人工知能学会誌表紙,キズナアイ,宇崎ちゃんポスターと追っているが,フェミニスト側の立論の雑さが目立つようになってきた.フェミニストによると,これらの表現

  1. 現実性差別性犯罪助長する,あるいは直接女性を加害する有害性を持ち
  2. しかもその有害性は公共の場掲示できる限度を超えている

という.

この2点について,多くの規制反対論者が「エビデンスはあるのか」と問うてきたが,フェミニスト側は真面目に答えようとしてこなかった.ここでは,市民エビデンス提供することが期待されているであろう,社会学者たちがいか知的不誠実な態度に終始してきたかを見ていきたい.

エビデンスとは

ここでいう「エビデンス」とは evidence based medicine (EBM; 根拠に基づいた医療) や evidence based policy making (EBPM; 根拠に基づいた制作決定) におけるエビデンスで, 単なる「根拠」「証拠」より強い意味を持つ.例えば,EBMにおいては下記のようなエビデンスレベルというものがあり,一口エビデンスといっても質の強弱がある:

I システマティックレビュー/RCTのメタアナリシス
II 1つ以上のランダム比較試験による
III ランダム比較試験による
IVa 分析疫学研究コホート研究
IVb 分析疫学研究症例対照研究、横断研究
V 記述研究症例報告やケース・シリーズ
VI患者データに基づかない、専門委員会専門家個人意見

もちろん,社会科学分野では完全なランダム比較試験は難しいという事情はあるだろう.それでも,行動心理学研究や,具体的な事例の紹介はできるはずだ.以下で指摘するのは,表現規制議論において,社会学者たちが,質の高いエビデンス提示せず,最も低い「VI 患者データに基づかない、専門委員会専門家個人意見」相当の論考しか提示してこなかったという怠慢である

宇崎ちゃん事件場合

宇崎ちゃん事件の発端となったのは弁護士発言であったが,しばらくして,牟田氏による下記の論考が出た:

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68185

結論から言えばこの件は、議論する以前に答えは出ている。

女性差別撤廃条約1979年国連採択、85年日本批准)はジェンダーに基づくステレオタイプへの対処を求めており、日本政府への勧告でもメディアでの根強いステレオタイプ是正を重ねて求めている。

たとえば第4回日本レポート審議総括所見(2009年)では、勧告の項目「ステレオタイプ」に、「女性の過度な性的描写は、女性性的対象としてみるステレオタイプ認識を強化し、少女自尊心の低下をもたらす」と警告している。

上のエビデンスレベルに照らすと,条約や所見は最も低いVIに該当するであろう.もちろん,所見を作成する上で何らかの質の高いエビデンスが参照されている可能性はある.残念ながら,そのようなエビデンスフェミニストから提示されることは現在までない.

また,牟田港区埼玉県ガイドラインを紹介した上で

今回のポスターはこうしたガイドライン等に抵触することは明らかだろう。

と,有害性は明らかであるとする.自治体ガイドライン炎上しないためのHow toであり,これに抵触たからといって即時に性差別にあたるわけではない.例えば,日弁連ポスターですら,形式的にはガイドライン抵触することが指摘されている:

https://togetter.com/li/1425795

こういう立論の雑さが「お気持ち」と揶揄される一因になっているのではないか

キズナアイ事件場合

キズナアイ事件の発端となったのは千田氏による下記の論考である:

https://news.yahoo.co.jp/byline/sendayuki/20181003-00099158/

「相槌」がなぜダメなのかと思うかもしれないが、社会学では「権力」は相互作用の場面からもつくられていくと考えられている。コミュニケーションの場において、どのような言葉が交わされ、どのように会話が達成されるのか。コミュニケーションは当然、社会システムのなかで行われ、そしてまたその社会システム再生産するのだ。

このNHKサイトで「キズナアイ」に割り振られた役割は、基本的に相槌である。それは、従来「女性」に与えられてきた役割であるある意味で、性別役割分業を再生産していると言えるのだ。

性別役割分業を再生産」というのが上の「1. 現実性差別性犯罪助長する,あるいは直接女性を加害する有害性を持ち」にあたるだろうが,この点に対してエビデンスは示されることはなかった.問題になっているキズナアイイラストのように,ポルノとは言い難い軽度の性表現がどの程度人の行動に影響を与えるのか,質の高いエビデンスを示してほしい.

さらに,千田氏は加害性についてもツイート言及している:

https://twitter.com/chitaponta/status/1047386005139906560

ズナアイは可愛いし、別に愛でてくれていいし、ノーベル賞サイトから引き上げてくれとか要求もしてなくて、今後、同様の企画を作るときは、少し考えてくれと言っているに過ぎないんだけれど、「誰も傷つけていない」「考えすぎ」というのは少し違うと思う。思春期自分は、やっぱり傷ついたから。

自分が年をとると快適で、性的対象として見られることがとき女性いかに傷つけるか、想像もつかないことは理解できる。自分趣味ケチつけられたら、腹も立つだろう。

でもやはり、女子学生なかには傷つく子もいる。そしてそれは、想像もつかないくらいの絶望であることもまた認めるべきでは?

ここでも,氏の言う加害がどの程度普遍的に通常人に成立しうるのか,なおかつ公共空間から排除すべき加害性なのか,提示されることはなかった.もちろんこれが社会運動なら,こういった「共感」に訴えるだけで事足りるだろうが,当該分野の専門家としての発言が「共感」に終わるだけでは,なんというか残念.

千田自身は,法規制を求めているわけではなく「市民公共性」から自主規制を求める立場であるとする.なるほど,権力の介入を避け,市民議論によって線引がなされるべきというのは同意できる.その上で,学者として,市民議論の補助となるエビデンス提示してもらいたい.

終わりに

今年の4月フェミニストから称賛された上野氏の祝辞があった.

https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

上野氏は祝辞という限られた環境ながら,種々の研究を紹介し,数字引用し,現在社会にある男女差別提示してみせた.統計の扱い方には色々と難があるし,私とて上野氏の思想同意できるものの方が少ない.しかし,ここで注目したいのは,エビデンス提示しようとする上野氏の姿勢と,表現規制エビデンスから逃げ回る社会学者たちの姿勢とのコントラストである

統計大事です、それをもとに考察が成り立つのですから

先輩の言葉をもう少し噛み締めてはいかがだろうか.

2019-02-02

野球選手EBMとは親和性が悪いと思う。

ダルビッシュ選手トンデモとされる医療本を紹介して、話題になってる件を見て思ったことがタイトルなんだけどさ。

推測だけど、野球選手って基本的にみんな「※個人の感想です」の世界で育ってきてると思う。

小中高と野球をしている中で、「この練習には打率を上げる効果論文実証されている」と言って指導している人はまずいないと思う。「こうやったらうまくいったからやっている」だと思う。プロに入ってもそうなのかもしれない。

それから、彼らは一瞬一瞬が勝負なわけで。エビデンスがどうであれ、結果が全て。だからどんなやり方も平等に取り扱うし、それが結果につながればそれが正しくなるわけで。

から今回のダルビッシュ選手の行動は彼からしたら何の問題もないんだろうと思う。

医学はそうではないんだろう。

から衝突が起きた。

ただ、彼には彼の生きてきた文脈があるし、医学従事してる人にも文脈があるし、その辺の折り合いをつけるのは難しいだろうな、と思う。

ただ医学的にいくら問題があると言っても、いきなり彼の文脈に入り込んで声高にそれを否定することはどうなのかな、と思う。もう少し医療側がコミュニケーションの仕方を考えたほうがいいと思う。

2018-01-06

医者になってからずっと、このまま医者を続けていっていいのだろうか

30代男性内科医師、卒後10年程度、妻子あり。

医者になってからずっと、このまま医者を続けていっていいのだろうかと考えている。

はじめに断っておくが、医者仕事がキツいとか、仕事についていけないからやめたいとか言っているわけではない。

自分で言うのも何だが、私はそれなりに優秀な部類に入る方の医者だと思う。

同僚や患者さんからの受けも悪くない(はず)。

仕事がキツいと思ったことがないとは言わないが、それが原因でやめたいと思ったことはない。

何が問題かと言うと、医者という仕事にどうしても楽しさが見いだせないことだ。

自分治療によって患者さんが良くなるのはうれしいし、医者という仕事感謝されることが多くてやりがいはある。

これは間違いないのだが、果たしてそれを糧にしてこれから人生でずっと医者を続けていっていいのだろうか。というか続けていけるのだろうか。

医者になってはじめの数年は、このまま経験を積んでいけばそのうち医者という仕事に楽しさを見いだせるようになるに違いないと思っていた。

しかし、初期研修医が終わり、後期研修医が終わってもあまり状況は変わらない。

卒後10年くらいでこんなことを言われると怒られるかもしれないが、医者という仕事はある程度のキャリアを積めば、どういった環境で働くかにもよるが、その後はルーチンワークがどんどん増えていく。

この世に一人として同じ人間がいないように、同じ疾患の患者さんで同じ経過をたどる人はいないわけだが、それでもほとんどの場合何かしらの類型化は可能である。「あっ、これ前に見た患者さんと同じ感じだ」というのが増えていく。

そして、現在の流れとしてEBM(Evidence based medicine:臨床試験などの結果を踏まえた根拠に基づいた医療)を元にした各種ガイドライン化が進み、誰がやってもある程度同じ結果が得られるような体制ができつつある。

自分が優秀だとして、その自分の優秀さのおかげで患者さんの予後が変わるシチュエーションなんて、そうそう巡り合わない。まぁ、そんなシチュエーションに頻繁に巡り合うとストレス寿命が縮むのでやめていただきたいが。

現実医者世界ほとんどは、医療ドラマにあるような派手な世界とは真逆の地味な世界だ。

誰がやってもほぼ同じなんて楽しいけがない。まぁ、医者の楽しみのために患者さんがいるわけじゃないので、誰がやってもほぼ同じということはもちろんいいことなんだけど。

そして、きっとそう遠くない未来には、医者AIの助言に基づいて最終的な判断を下すだけの存在に成り下がるに違いない。お先真っ暗である

外科系や循環器内科などの手に職系の内科は違うかもしれないが、きっとそれもそのうちロボット駆逐されるだろうと思っている。

それはさておき、そんな自分の現状を変えようと思って、臨床にいったん区切りをつけて、大学院に戻って今度は研究をしてみたが、これまたあんまり楽しくない。

それなりに優秀なので教授にも気に入られてそれなりに結果を出してはいるが、現在医学研究は物量がものをいう世界になっていて、アイデアはもちろんだが、カネとヒトがないとトップジャーナルに載るような研究はほぼ不可能である

これまた個人問題でなんとかなることではない。

もう数年は頑張って、なんとか博士号だけは取りたいとは思ってはいるが、将来的に主任研究者としてこの世界でやり合っていけるほど自分研究に向いているとは到底思えない。

そんなこんなで、医者になってからずっと自分探しの旅が続いている。

から脳天気人間に見えるらしく、悩みもなく順風満帆エリートコースを歩いているように見えるらしいのだが、内実は大荒れの海を彷徨っているかのごとしである

よく、「好きなことを仕事に」とか言われるけど、好きなことってなんだ?

増田にこんなことを書いていることからわかるように、パソコンインターネットが好きで、株を少しばかり嗜むこともあって、岡三RSSを駆使して自作した株の自動売買システムをいじくっている時が最近の一番楽しい時間だが、プロ投資家としてやっていけるような才覚はおそらくない。

医者パソコンインターネット好きということを活かすという意味では、医療ITベンチャースタートアップなんかも楽しそうではあるが、この年になって妻子を抱えた身としてそんなところに身を投じる勇気は残念ながらない。

AIとかディープラーニングとか、医療世界もっと活用できそうなことが転がっていて、すごく心躍る世界ではあるのだけど。

なにより、医者という身分はいろんな意味で居心地がいいので、なかなか捨てづらいものがある。

医者仕事に楽しさが見いだせない」とか言いながら、実際に臨床を離れると患者さんを見る機会が減ってかなりさみしかった。

今はバイトベース外来救急をしているが、患者さんを診ると充足感があるのは確かだ。

給料はいわずもがな。大学院生をしながら週1〜2回の外来・当直で妻子を養っていける。こんな職業は他にはたぶんない。

なんとなく不満をぶつぶつ言いながら、このまま荒波に順調に流されて行ってしまいそうな気がする。

から見えるとおり、一応まだエリートコースには乗っているので、それでも悪くないんだろうけど。

やっぱり「楽しく仕事をする」っていうのは幻想なんだろうか。

2017-09-20

anond:20170920005222

はあ?2016年アップデートされた日本版うつ病治療ガイドラインを読んで、なんでそういう理解に至るんですか?

私が提示した資料を「入院」のキーワードピックアップして読んでないんですか?

EBM実践してるなら知ってると思いますけど他科の専門外の先生経験なんてクソの役にも立たないですよ、ハッキリ言って。

エキスパートオピニオンですらないから。

あなた経験に基づく意見よりガイドラインのほうが数段マシです。

もうちょい謙虚になってはいかが?

2016-03-19

http://anond.hatelabo.jp/20160319203555

ヒップホップとかEBMとか、やってる子は、

そういうの気にしないでも曲作れるからじゃないの

コードケーデンスじゃなくて、音の抜き差しと音の質感で考えてる

2016-03-06

http://anond.hatelabo.jp/20160305104940

エビデンスが全て」とは言ってないと思う。

ただエビデンス偏重主義だなとは感じる。

Twitterの医クラとか見てると今はエビデンス偏重主義が主流というか、

疫学統計学に強いドクターほど発言力がある印象。

別にドラゴン曲線の人だけが特別なわけじゃない。

あと全然関係ないけど、漢字文字アイコンの人っておそらく女性だよね。

エビデンスとか一切ないただの勘だけど。

あいう感じの文章を書く人は女性に多い(と思う)。

しか本人は以前「私はネット上で性別を公開したことはない」と言っていたけど、

こういうことをわざわざ書くのも女性に多い印象。

(追記)

それはともかく、「エビデンス偏重」って変な表現。「証拠偏重」っておかしいと思いません?

うーむ。「EBM偏重主義」ではどうでしょう

あと全然関係ないけど早起きですね。

2015-12-26

心理学世界には盲検法なんて必要ねーんだよっ(極悪)

一重盲検だって成立しねーんだよっ!検査だろうが療法だろうがな!

出版社検査や療法を偽装する日が来る、と言うかもう来てる

製薬会社がそうしたように、セキュリティソフト会社がそうしたように

歪んだデータで作られたエビデンスを掲げた検査や療法のマニュアルビデオが氾濫することになる

ああ、楽しからずや

私が、私自身に裁かれさへしなければ。たぶん、「人間」も私を裁くことはないだらう。

坂口安吾「余はベンメイす」より

まりは、自分を騙しちまうような目の曇った哀れ者が溢れれば、途端に壊れちまう世界なのよ

ああ、嘆かわしやEBMワールド

ああ、先輩よ

“澆薄の世の習ひとて、淑徳が却って不徳に對うて、語を卑うし、頭をも下げて、許容を乞はねばならぬわい”

しかし、“殘った善い方で淨い餘生をお送りなされ”とは言うまい

その自我で、せめて昨日より善き今日を築いて下さい

世界における両親の、健康自律的機能する自我一助となって下さい

2015-09-20

誰かニンジャスレイヤーの23話のED解説頼むよ―

23話の曲の感想で気になったコメントはまとめてみた。

全くわからないのでピンときた人は解説頼むよ



・Lilies and Remains というグループの「BODY」という歌である。 (これはクレジットにもあるので確定)

結構前の曲持ってきたな、とあるので過去の曲?

デペッシュ・モードっぽい

デヴィッド・ボウイっぽい

ゴシックロック香りがする

・Psykosonikを思い出す

New Orderっぽくもある

・俺もNew Orderを想起した。

ポスト・パンクか? アングラエレクトロ日本では実際マイナー

・今回はEBMっぽいな。

・ベニベニベニアスネメモリファチアス

DOAっぽい

ちょっと平沢進っぽさもある

ラムシュタインっぽい。

depeche modeのもの

アンダーワールド思い出す

P-MODELメイタソング

ソフトバレエっぽいな

Paradise Lostみたいな曲だな

YMOっぽくね?

・年ブツッっぽいな

ロキシー・ミュージックめいている。

2015-07-20

http://anond.hatelabo.jp/20150720134036

恋愛工学がなぜすごいかって、EBMと同じ理屈だと思ったから、医学でたとえた。

自分の身内なら当然話はかわる。ケースバイケースがいいのも理解している。恋愛も、やられる女からしたらそうでしょうね。

しかし、医学みたな秀才達がガチで考えた結果がこうだっていうなら、そりゃそうなんだろうなって俺は思ったし、多分人類にこれ以上の答えないから

そういう煮詰めきった理屈っていうのの提示でまったく医療恋愛工学が違うっていう話にはならない。

http://anond.hatelabo.jp/20150720130558

てかさ。

本当に患者のことを考えてたら、副作用かい薬で、寿命バスか~とかを、冷徹に決められないでしょ。

一応、医療プロトコール的なもんで、患者意思尊重って言うけど。本当の本当に考えたら、決められないんだよね、どんな薬使うかなんて。

そこを冷徹に切り取るなにか、それがEBMだったわけ。

から理想医療をつきつめて何もできないより、とりあえず医療をある程度のところで決められる根拠がほしいわけよ。

恋愛工学流行っているが

恋愛工学革新的だなって所>

これって、ナンパ師達がやってきたことをまた同じように繰り返しているんだけど。

確かに面白いと思った。

工学って名乗るくらいだから専門用語作ってみたりして概念数理モデルに落とし込んでいる。

これは非常に俺は納得できた。

言ってることは、

ナンパでの声かけは、定型文作って、それで話かける、これを『オープナー』と言う。『写真撮りましょうかオープナー』『こんばんはオープナー』などいくつか定型作れ」

こういう感じで、定義つけられた行動をひたすら繰り返せば、ヒット確率が5%なら20人話しかけられればいけますね。これはナンパ業界では常識だけど、これを『メソッドだ』と割り切ったのがよかった。

俺は、どーも話しかけることに感情機微的なものを感じすぎていたが、メソッドから心を無にしてやってしまえるんだ!と解く。

それとか他には、「セックスすれば女はその男を好きになる、セックスする前は女が主導権あるが、セックスした後の主導権は男。だからセックスする前にセックスできるように女をいかにだますかが大事」というのは常識だけど、それまでの過程をいくつかに分割して、それぞれ無感情でできるメソッドでくくっている(まったく同じデートコースを繰り返すことで流れになれるとか)

もちろん、これまでもナンパ技術で、さんざん言われてたことだが。どーもナンパ技術は、「メンタル」「度胸」となっていた。俺はどーしても感情で話してしまうから難しいんだけど、それをできるようになる。

会話についても、どーも俺は感情を読み取って話ししていたが、「ラポールを作るんだ、これらの技術を繰り返すんだ」と単純化されてしまうと、なるほどできそうだと思えた。俺は、機微にこだわりすぎて、大筋を忘れていたみたいだ。

  

あと、恋愛工学は、それぞれの過程専門用語を作って、ある程度体系化しているからこそ、研究やすいと思う。

オープナーのメソッド、連絡先聞き出しのメソッドクロージングメソッドデートに誘うメソッドデートからセックスに持ち出すメソッドセックスを断られそうなときメソッド

もちろん、これまでもナンパ師はこういう分割で研究してきたんだけど。どーも彼らナンパ師の言葉はふんわりしていて。理系には分かりにくかった。オラオラだぜ~とか、ノーグダとか、体験してない側には意味不明だった。

  

あと、「普通漫画とか映画とかドラマとかの手順を踏んだ恋愛は無理」ってのをはっきりと書いてくれたこと。イケメン美女なら、できるんだけど。それを普通の男がやってもまず無理。ってのを教えてくれた。

まあ正確には無理じゃないが、ヤリチンと女が遊んで、その間のキープってのを普通の男は付き合ってると言ってるんだよ。ってことをはっきりと言ってること。その、ヤリチン側に回る手順は、一般の、仲良くなって、尽くして好きになって~ではないと。

女達が偉そうに教えてくる優しくしろだの、マメがすきだのは嘘だ、女はヤリチンに相手してもらえなくて、だから押し付けがましくそういう理想像あったらいいなってだけだ、本当は冷たくされて喜んでるんだ。と。

これは本当に目をさまされた。なんで、ナンパ師達が、あんだけオラオラやってるのか俺は理解できていなかったが、なるほど、そういうフレンドシップ戦略、とか一人の女だけを好きだぜ、みたいなのはキモいと女は感じるようにプログラムされてるらしい。

なるほどと思った。女向け恋愛映画は、ヤリチンくさい男が、一途に君だけ見てるぜ的なのが多い。ヤリチンはそれを読んで、やりまくってる、やりまくってるそぶりも見せる、しかし、君が好きだ、君の話を聞いてタイアピール。をする。

これはその通りだなと。ヤリチンが好きなんだから、一途に思うこと自体無意味。余裕を持たせるために、たくさんの女と同時平衡にアプローチしろ。それ、ナンパ師が毎回言ってたが、意味が分からなかったが、なるほどと分かった。

俺は、どーもそのあたりの機微を詠みすぎていた。

 

恋愛工学専門用語を使っているのがいい> 

医学なんかでも、確かに患者の話を聞くのだけれど。じゃあ薬はどうやって選ぶのか、手技はどうするのか、ってなるとそれは冷徹論文根拠を求めるんだよね。

この部分、昔の医療医者経験とかで判断してたんだけど、それよりは論文に寄ったほうがいいよね(EBMっていう)ってなった。

そうすると、すんげー専門用語が多くなった。それもそのはずで、専門用語ってのを理解できるってのは原理理解できるってことに近い。専門用語を知ってる知らないってのがダイレクト理解してるしてないにつながっていくから専門用語を作ることが合理的になる。

  

そういう意味で。確かに恋愛工学はいままでの焼き直しだけど、そこに名前をつけたのがいいなと思った。

  

自分判断でなく、理論によってるからいい>

俺は、ナンパ師たちのテクニックを学んでも一向に実行できない。

正確には、10回くらいはナンパして、5回は話かけられず、5回は2,3人にこんにちはーとか、道を聞いたりしたが、韓国人の女と1回おちゃした程度で、連絡先交換もなかった。

でも、工学といわれて、メソッドだといわれるとできそうな気が少しした。

医学でも、自分経験だと微妙に挑戦しにくいが、「この論文でこっちの薬がいいと結論でている」といわれると、「証拠があるし、悪いことしてない気になるしいっかー」とやれる。逆に、勉強してるからできるんだぜーくらいに誇らしい気持ちすらあるw

恋愛工学への批判を考えてみる>  

一方で、恋愛工学は叩かれている。主に女性から

女性恋愛したいのに、恋愛工学だと女性セックスするためのもので。しか工学にあてはまる女ってのは一部のそういう工学にはまりやすい女だけだ。という主張。

これもその通りだと思うが。

論文で薬を与えられる患者というのは、完全にモデル化されてるし、それぞれの患者に効く効かないは個人差あるけど、それでも薬を投与する。統計的には効くから

そして、経験的な医療では、患者の話を十分に聞いて機微を察して薬を投与するが、それでは学問として成立しない意味合いもあるから論文重視になって、だれでも同じ医療が受けられるようにしている。

確かに、女性の言うように、恋愛機微感情を持ってやるべきだってのも分かるんだけど、それでは男は女と付き合えないというわけだ。女なら股をひらけば男をゲットできるが、男は50人に声をかけて1人と付き合えるかどうかなわけだ。

まったくのゼロの女しか捕まえられない男に、次のステップである恋愛機微とか説いても無意味じゃないかと思った。

ってか、そういう恋愛機微を捕まえる、一途な男にたいして、女はどういう態度を取ってきた?クリスマスプレゼントだけもらって、デートがあっても浮気相手のヤリチンに走って。そういうのが多すぎる。だったら、女がそういうの言う資格ないと思うんだよね。

ヤリチンになった後に考えればいいことだとしか思えなかった。

また、一部の女にしか効かないというが、それでいいと思う。効かない女もいる、それは当たり前。効く女だけに薬を売ってるんだろみたいな話だが、それでいい。まったくのゼロで女に相手されないより、そういう女でもやれるほうが絶対いい。

  

<それでも俺は、風俗へ行く>

まあここまで散々持ち上げたけど。俺はそれでも、風俗に行く。

金もあるし、楽だからセックスもクッソ自分の好き勝手にできるから

だって恋愛工学での女って、確かにゲットできるんだろうけど、面倒くさいよ。

そりゃ、自分奴隷みたいな女を見つけられればそれで風俗行かなくてすむだろうけど、それまでにどんだけの労力かけるんだよ。

俺は、医者で、一回の当直で10万とか給料もらうからナンパにかけてる時間分働けば、風俗美女とやれる。

風俗ってのも、よーするにナンパ師に似た、スカウトマンがいい女をナンパして、風俗に横流ししてるわけだからナンパしてるより効率がいい。

から、どーもナンパはやる気でない。

でないが、趣味の一つとしてコツコツ続けるのはいいことだと思う。

なので、暇があればやるが、そんなガツガツはいけないっぽい。

ナンパ技術を磨くよりは、風俗気持ちよくなる技術や、オナニーを充実させるほうがコスパがいいし。

ってか、俺みたいに金稼げなくても、多分、オナニーを充実させるほうが、ナンパテク充実させるよりコスパいい。

2014-08-13

病院がないほうが死亡率が下がる!(略)』への突っ込み

http://logmi.jp/19478

そんな時に、近くの高齢者施設に行ったら、すごくショックだったことがありました。それはほとんどの病棟にいる患者さんがほとんど寝たきりで、胃瘻されていた。そしてその患者さん、ほとんど意識がない。寝たきりで意識がなくて、会話もできない。痛いも痒いも言えない。その状態で何年も、長い人は10年以上です。

胃瘻をする人が皆寝たきりだ、みたいな安易イメージ誘導はよろしくない。

大事なのは胃瘻ではなくて「栄養を与えるか」「栄養を中止して最期とするか」のどちらを選択するか、ということだろう。


近くに総合病院があるということよりも、市民意識を変えるってことが、病院があること以上に価値があることだと僕は思います

一般論としてはそうだろう。

今回のデータからそれが導けるかはまた別。


死亡率、医療費救急車の出動回数、全て下がった

(中略)

から呼ぶのは訪問看護師、在宅医。もちろん、発熱とか一時的なことで、これは良くなるよってことであれば家で点滴したりして治療します。でもそうでない時は、残念ながらお看取りすると。そういう世界です。だから救急車が減る。しか医療費も減っちゃったんですね。

救急車の出動回数の減少や医療費の減少は、救急車を呼びたいような人が夕張以外へと転居した、等の統計上のトリックも考えられる。

だが、ここに述べられているように在宅医療の徹底がなされていることも大きな一因であると考えてよいと思う。


しかもですね、何と死亡率まで下がっちゃったんです。これがすごい。

日本人の死因の1位がガン。2位が心臓系。3位が肺炎。1、2、3、全部下がっちゃった。すごいですよね。何がポイントか。多分、僕が思うに予防の意識ですね。

グラフもどきの絵。

何年で下がったのか、どの程度下がったのか全く見てとることができない。

その後に「日本人の死亡率は100%」と言っていて”死亡率”という言葉を使っている矛盾にはつっこまざるを得ない。

3大死因の死亡率が下がったなら何の死亡率が上がったのか?

死亡率の変化には死亡診断書を書いた医師の変化に影響されているのではないか?

予防意識が死亡率にまで影響するにはかなりの年月を要するのではないか?

今回の話から予防と疾病の関係を読み解くのは困難だろう。


今日本がここです、25%。数十年後には40%になります。じゃあ、高齢化率が2倍になったら、借金も2倍になるんですか……? 医療費はどんどん上がってますもんね。ちなみに夕張は今ここです。かなり先取りしてますね。でも日本中が夕張みたいに高齢化率が高くなる。爺ちゃん婆ちゃんばっかりになる。そんな世界になります

医療費抑制必要という話自体には同意

今回の中で根拠があると言えそうなのは終末期における在宅医療の推進。これは本当に進めていくと良いと思う。

話に出て来たもうひとつ方法は予防意識の徹底。

国民健康に対する意識を高めるというのは国が躍起になっているところ。

その方法として総合病院がなくなってしまえばいい、というのが夕張市ストーリーだが、

全国で総合病院を取り壊す訳にはいかないので、全国的には総合病院へかかりづらくするという現在政策と近い物になると考える。


改めて読んでみると、「医療費救急車の出動回数の減少」はグラフもどきの絵のせいで印象が悪いが理屈は合っている。

「死亡率の低下」には短い中に突っ込みどころがこれでもかと詰まっており、ここが一番ダメ

病院がないほうが死亡率が下がる! 夕張市ドクターが説く、”医療崩壊”のススメ』というタイトル統計的トリックを警戒させて印象が悪い。


死亡率の話を抜きにすれば、印象の悪さとは反して普通終末医療の話だった。

EBMの流れの中でデータ信頼性は非常に重要ものである

そこにずさんなデータを持ってきてしまったことで、ブコメでの突っ込みが多くなるのは必然だろう。

タイトルでその個所を煽っていることも突っ込みを誘発している。


まとめてみると、十分受け入れられ得る在宅医療推進の話なのに、論拠としてうかつに死亡率のデータを出したせいで話全体の信頼性を失わせてしまう、残念な例だった。

2010-08-21

ホメオパシー関連のあれこれでEBM二重盲検法大切というのは分かった

化粧品やらエステやら

「美容に良い」やら

健康によい」やらと称して販売されてる商品サービスって、

医療におけるEBM的なそれに相当するチェックってどれくらい受けているのかが気になって仕様がない。

やはり二重盲検的なチェックは殆ど行われてないのだろうか。

別に国費投入してるわけでもなし、ほっとけという事なのかもしらんけど

EBM対応するような「根拠に基づく美容・ヘルスケア」的なものを自主基準でもいいから

打ち出せば商品としての競争力的にも良いような気もするけど

それとも

そんなんかんけーねーようざいこというな ってな

信じるものは救われる的マーケットなのでやるだけ無駄とかだったりするのだろうか

2010-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20100216123327

昔はテキサス大の柳沢正史先生(エンドセリンの発見者、ノーベル賞に近い日本人の一人)が実名で書き込んでディスカッションになったり、EBM大家が「告らん」って名乗っていろいろ質問に答えてくれたりしたんだよな。

2009-11-30

http://anond.hatelabo.jp/20091129120858

人体の仕組みは川のメカニズムよりもっと複雑だから、『なぜ』そうなるかを現時点で説明しきれないとしても、『確かに良い』と多くの人が言ってきて、今も言っているものについて、まだその理由が分からないうちから捨ててしまうような真似だけはしない方がいいと思うんだ。

これは別にいわゆる東洋医学とやらに限った話でもなく西洋医学とされてる今の医学だって同様の事はある。作用機序のわかってる薬ばかりでもないし、根拠を説明しきれるような治療ばかりやってるならEBMとか言われる事もないわけで。オリエンタリズムで実態以上に西洋医学東洋医学の違いが強調されてるように見える。

2009-11-02

http://anond.hatelabo.jp/20091031170909

ちょっとまって!

ネット上にあふれている

ステロイド=悪」

「脱ステしないと廃人決定」

皮膚科医は悪魔の手先」

みたいな極端な言説に惑わされないで!

逆に脱ステで何年間も棒に振ったり、炎症がどうしようもなく悪化して、コントロール不能になってしまう可能性があるよ。

まずここを読んでみて。

http://www.kyudai-derm.org/atopy_ebm/index.html

アトピー性皮膚炎 よりよい治療のためのEBMデータ

世の中のいろいろなアトピー治療法について、科学的に検討した結果がまとめられてるよ。

怪しい民間療法にだまされないための基礎知識として目を通しておいてね。

それから、このブログも。

http://skinnext.cocolog-nifty.com/blog/cat1880990/index.html

あと、このHP

http://cabad806.web.infoseek.co.jp/index.html

今使っているステロイドが「効かなくなってきた」とのことだけど、連用による障害ってすぐに結論付けないで。

東京に出てきてから症状が悪化してきてる、とのことだから、一時的に炎症の程度がひどくなって、

今までのステロイドの強さではコントロールできなくなっている、という可能性もあるよね。

とにかく、「ステロイドを処方しない医師」とか「反ステロイド医師」より、

ステロイドの使い方、副作用コントロールに長けてる医師」を探したほうがいいと思う。

その上で、炎症を改善する生活習慣について、これはかなり自分努力が必要かも知れないけど試行錯誤していくしかないと思うよ。

ネット上では圧倒的に「反ステロイド情報の方が多いから、あえて逆の観点を強調して書きました。

どちらを信用するかは、最終的には元増田の判断だけど、絶望感に付け込む人、善意で間違ったことを押し付けてくる人には気をつけてね。


私も子供のころからアトピーでよくなったり悪くなったり。

高校のころ「脱ステ本」に衝撃を受けて、ステロイド断ちしたけど、完全に治ったということはない。

最近また悪化して、今はステロイドでなんとかコントロールしてるよ。

今改めて「脱ステ本」や脱ステサイトの主張を読んだら、私としては信用できないことが多すぎるな、と思ったから。

アトピーは、自分の体質として一生付き合うしかないな、と思ってる。

すべての疾患を完治させなくてはならない、というのは現代の強迫観念みたいだけど、

治せない病気もあるから、どう付き合っていくか戦略を練る方が現実的だと思うよ。

私はアトピー持ってるけど結婚してる。子供はいないけどね。

夫は炎症がひどいときに血まみれになってると、「痛そう、かわいそう」とは言うけど、気持ち悪がったりはしないよ。

そんな人も絶対いるから…

それに、アトピーは絶対よくなったり悪くなったりする。

今悪いからって一生それが続くってことはないよ。

絶望しすぎないで。

2009-04-29

ホメオパシーが効かないと思っているア○が世間には溢れている

http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1240968090

「偽科学pseudoscience」って言う言葉を使いたいだけなんろうけどね。断言してもいいが、科学は病に効きます。ここ重要。これは信念とか、願いとかではなくて、単なる統計事実ですからね。

以下改変いくよー。

すでに一部の偽科学批判の偽科学サイト豚インフルエンザ「便乗」記事が出ているようなので、取り急ぎ、書いておきます。

 

万が一、本当に偽科学に対する偽科学的な批判に発展したら、ホメオパシーなんてものが効かないなどと期待してはいけません。それは「何もしない」のと同じであることを理解しておくべきです。

いつまで経っても偽科学に対する偽科学的批判が亡くなることはないでしょうが、現時点ではシカトするしかありません。「何もしない」という選択をするかキチン統計学の初歩の初歩を学ぶは、自分で判断すればいいとは思いますが、万が一「ホメオパシーが効かない」と信じている人がいたら、それは誤りであることをはっきり言っておく必要があります。

 

また、このような機会に「便乗」して宣伝をする一部の偽科学に対する偽科学的批判サイトは最低だと思います。もちろん、善意であってもだめです。

すべての偽科学に対する偽科学的批判サイトがそのようなものではないと信じたいところです。

科学に対する偽科学的批判には精神的な効果しかありません。

ホメオパシー、と聞くだけで脊髄反射的にファびりはじめる人間が多すぎてワラケル。多くは禄に医学、というか初歩的な統計学も学んだことのない「理系(笑)」の人なんだよね。リンクサイトがそう、って言ってるわけじゃないからね。

古くから諺で、「病は気から」というのがあるわけだけども、たとえば偽薬(プラシーボ)には、痛み止め、喘息、鬱、関節炎、麻酔薬、心不全アレルギーなど、統計学的に有意な効果があることが知られています。

ホメオパシーが効かない、っていうのはそういう意味で、極めて偽科学的発言であるわけ。ホメオパシーに全く効果がない、と言い切ってしまうのは、もうトンデモもいいところ。

言っておくけど、ホメオパシーを擁護しているわけじゃないからね。トンデモに対する憎悪が強すぎて、自らがトンデモになってしまっている○ホが多すぎる、ってだけの話で。

そもそも、「科学的である」とか「偽科学」であるとかの違いがなんであるかをこのリンクの人は考えたことがあるのかな?この人は医学に関わっている人ではないわけでしょ。オレのイメージだと、やたらと偽科学を批判する人間って、ちょっとアレなのが多いんだけど。

EBM全盛の時代ではあるけれども、じゃあその土台に乗っていないものがすべて効かない、嘘、まやかしだといわれると全くそんなことはないわけでね(笑)健康食品だって同じ。特にホメオパシーに関しては、精神的な効果も含めた上でキチン考察されているものがあまりに少ない。

極端なことを言ってしまえば、インフルエンザでよく言われている「手洗い、うがい」のうがいについても、それが予防に有効であるというエビデンスは全くないんですけど。統計的な有意差があって、論文に載って学会で認められていることしか正しくないというならば、よく言われているような(っていうか今日新聞に実際に書いてあったんだけど)「外ではあまりものに触らないほうがいい(キリッ)」なんてのもエビデンスは全くありませんから(失笑)。

血液型占いを真面目腐った顔で批判し始める、ちょっとコミュ力に欠けた「理系メガネ君」って、傍から見てると痛々しいからね。酒の席でのどうでもいい話に過ぎないし、血液型でこうあるべき、っていう「社会に対するアナウンス効果」(たとえば、B型はおおざっぱな人が多い、と繰り返し言われると、実際におおざっぱになるように行動してしまうこと)は学問的な土台の上で議論されてるからね。

くり返して言うけど、決してホメオパシーを擁護するわけじゃないからね。ただ、偽科学を批判するあまり、「ホメオパシーには全く効果がない(キリッ)」って言ってしまうと、その台詞はもう偽科学の範疇に入ってしまうんだよね、残念ながら。

エビデンスがないということのみを論拠にして、「エビデンスがない=偽科学だ!」と飛びついてしまうのは、それこそ偽科学王道なんだけどね・・・。

あ、ちなみに、インフルエンザに手洗いが有効だっていうエビデンス存在しますよ(笑)増田のみなさんも、外から帰ってきたら、きちんと手洗ってくださいね。オレはうがいもしてますけど(憫笑)。

 
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