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はてなキーワード: 死の恐怖とは

2024-11-24

卑怯メメント・モリ

増田卑怯メメント・モリというタイトル童話を知っているかな。

昔々、ある小さな村にピエールという青年が住んでいました。彼は何よりも死を恐れる臆病者でした。村では、「メメント・モリ」という言葉がよく語られ、生を大切にする教えとして親しまれていました。しかし、ピエールはこの教えを単に恐ろしいものとして捉え、どんなことをしても死を避けたいと考えました。

ピエールは、自らの恐怖心を克服するため、村の賢者を訪ねました。賢者は彼に、「本当の勇気とは死を受け入れることにある」と言いましたが、ピエールはその言葉に耳を貸しませんでした。代わりに、彼はある謎めいた魔女のもとへ出かけ、死を避ける魔法を求めました。

魔女は、ピエールに不死の薬を授けることを承諾しましたが、その代わりに彼にこう告げました。「卑怯な行いには代償がある。この薬を飲むと、あなたは誰にも愛されなくなるでしょう」と。しかし、ピエールは恐怖に駆られ、魔女の警告にもかかわらず薬を飲んでしまいました。

不死となったピエールは、確かに死の恐怖から解放されましたが、徐々に人々の記憶から存在を消し去られるようになりました。彼は友も家族も失い、やがて誰にも見られず、知られることのない存在になってしまいました。孤独に苛まれる中、彼は初めて「本当の意味での死」を理解するようになったのです。

最後ピエールは、再び賢者を訪れ、全てを告白しました。賢者は静かに微笑み、「人は卑怯手段によって、本当の生を得ることはできないのだよ」と告げました。ピエールはその日から、自らの命をかけがえのないものとして、他者と分かち合うことを決意しました。

この童話の教訓は、「真の勇気は、死を受け入れることにより生を尊重し愛することにある」ということです。

2024-11-01

親に他責してたら余計に苦しかたから辞めた。

新卒挫折して休職中、全部自分のせいにしたら頭がおかしくなりそうだったから、毎日8時間他責をしていた。

小さい頃に虐待を受けて、義務教育不登校で、なんとか資格をとって社会に出ても、求められる仕事はできなかった。

人一倍早く出勤した、残業した、家でも勉強をした、でもその場でパニックになり水の泡。

最初は親切にしてくれていた同僚からも、あの人は障害者じゃないかと噂をされた。

噂が広まってから問題なく出来ていた業務も疑いの目で見られ始め、見張られていると感じて緊張でさらミスが増えた。

人のミスなすりつけられた事もあった。

こんな育ちで障害かもしれない自分が何を言っても信用がないだろうと自分が一番分かっていたので、何も言えずただ謝り、次からはこうこうして気をつけます…!と反省までした。

大人なのに、ありがとうとごめんなさいくらしか出来る事がない。

努力しても要領の悪さと一度抱かれた不信感は埋められず、周りに迷惑をかけてしまった。

一年半で辞めた。

仕事を辞めてから、鬱と発達障害の診断を受けた。

障害の事を調べる内に、自分虐待して出て行った母親発達障害だったんじゃないかと疑った。(あらゆる特徴が一致していた為)

その時に、堰き止めていた思いが一気に崩れた。

小学生の時からずっと言い聞かせていた。

だって1人の人間で、子どもの物じゃない。

母親自身も両親に虐待を受けていたから、繰り返してしまっても仕方ない。

人より出来る事が少ないのも全部自分のせいだ。

親の事は関係ない、自分がとにかく頑張れば、普通人生になるはずだーーーと思って

信じて生きてきたのに。


今まで困ってきた事は全部親のせいだったのか。

まれた時から頭が変だったんだ、だから頑張っても上手くいかなかったんだ…今からどうやっても、障害だったら治らないじゃん…

普通の人になるのって無理なんだwww

絶望



産むな!!!

学もない貧乏が、被虐待児が、障害者が、責任とれない奴が、産むなよ。

中出しセックスして、結婚出産自分が何者かになるための道具にして。

子ども障害なすりつけて、虐待連鎖自己肯定感までめちゃくちゃにして。

まともに1人育てられないのに兄弟がいないと将来可哀想〜!って偽善兄弟ポンポン産んで結局逃げて。

自分人生を彩るために産んだり、病気障害可能性を深く考えずに産む人間が全員、気持ち悪くなった。

出産エゴしか思えなくなった。

だんだん自分の事を飛び越えて、虐待ヤングケアラー問題遺伝する病気障害兄弟児の苦悩、いじめ貧困戦争性犯罪がある世界に産む人間達、ニュースSNS話題を見るたびに心がぐちゃぐちゃに掻き乱されて全て許せなくなった。


どんどん自他の境界がなくなって、もう人間自体が居なきゃいいとすら思った。もっと少子化になって滅亡したらいい。優生保護法が続いていれば自分は生まれずに済んだのかもしれない。安楽死制度が出来て辛い人がどんどんいなくなったらいい。

死のうとしても直前で怖くて死ねなくて、失敗して余計に苦しむのも怖かった。

こっちは産んでくれと頼んでない、親が勝手に産んだのに、自分本能的な死の恐怖に打ち勝たないと死ねない。

産みたい人が産む自由尊重され賞賛され、自殺非難される、楽に死ぬ手段もない。

怒りの行き場がなくSNS毒親を叩き、レスバに時間をついやした、同じ思想の人からいいねをされて一瞬スッキリした。

自分の主張は正しいと思って、スッキリしたはずなのに、それを繰り返すたびにさら自分存在気持ち悪くなって自分以外も全員気持ち悪くなって、苦しくて苦しくてたまらなかった。

それでも街中で知らない人とちょっと話したりお礼を言い合ったり、そんな事が不思議とうれしかった。 

バイトして仕事覚えようと悩んでいる方がまだましだし、たまに感謝されたら普通にうれしかった。

(まぁスキルなしの障害者でも出来る仕事ってなったら毎日ゲロとかマナーおかし人糞掃除するしかなくて、よく変な人にも話しかけられてキツくてやめてしまったけど。そんな仕事に同性の若者1人もいないし、たしかにもし健常者だったらこ仕事しないわ!ガハハ!ってまた落ち込んだ)


脱線したけど、結局あんなに社会が許せなかったのに実際に顔が見える人と会った時には、今生きてるみんなが幸せだったらいいなと思ってしまった。

親子を見ても文句を言いたくはならず、障害者ホームレスの様な社会貢献度が低そうな人を見ても、この人も死にたいだろうなーと勝手に決めつけたり、その人を産んだ人を責め立てようとは思えなかった、もし目の前で死のうとしてる人がいたら普通心配になるとも思う。

結局は他人が許せないんじゃなくて、自分自分存在を許せなくて苦しかった。

人に傷つけられても、相手がそうした背景を思うと文句を言えない、その人なりにそうした理由があったと思うと責められない。

からしばらくして親に会った時も、何も怒れなかったよ。

絶対さないし、心を傷つけてやる!と思っていたのに、泣いて謝られてたら不思議笑って許してしまった。

母親が受けた虐待を話されても、ただひたすら酷いね、辛かったねと聴いていた。

こっちの方が泣きたかったけど。

でも自分自身存在を許したいから、形だけでも親を許す事にした。許さずに傷付ける事を言っても、またスッキリするのは一瞬だろう。

自分が追い詰められて苦しかったのに人を追い詰めるなんて、もっと自分が嫌いになりそうだった。

思えば親にも社会にも認められなかったけど、優しい人だとか真面目だとか褒められた事だけはあった。それがあったからこそ、人に優しく真面目に頑張れば大丈夫!と根拠のない希望を持てていたんだと思う。  

自分の中で唯一認められた長所を捨ててまで親や他人を責めても、考え方を変えさせるなんて出来やしない。誰に理解されたって苦しさは消えないし、自分が生まれなかった世界線になんて行けない。

どうせ死ぬ勇気もないなら、せめて人に好かれる行動だけとってた方がお得だと決めた。

たとえ社会に不必要でも、そのマイナスを優しいとか良い人だとかで0.1でも誤魔化せるならそうするしかない。捻くれ障害者なのに最低限のマナー愛嬌まで捨てたら最悪のまま終わりだ。

自分の為に生きれなくても、現実にいる目の前の人に喜ばれる事があるならやっていこう。

弱者立場や優しさを都合良く搾取されるかもしれないけど、単に褒められたら気持ちがいいから、人生気持ち悪くならないで済むわ。

シンプルに目の前の人にありがたがられたいよねー!生きる意味あるじゃんって一瞬錯覚できるから偽善最高ー!

 

他責を辞めようという内容では無いです。

自分を守る手段他責なら構わない思います

自分も苦しかった時はそうしないと生きれなかった。今も気にしない様にした気でいても、具合が悪い時は心の中で他責に逆戻りしているから。人はそう簡単に変わらない。

※産み育てる事に様々な懸念責任が伴うという意見を訴える事は意味ある事なので、正しく反出生を訴えている方の非難ではありません。

自分ライン超えをして自他がめちゃくちゃになりそうだったから考えるのを辞めただけ。

2024-09-17

認知症本来あるべき姿では

認知症になれば自分が苦しいのかどうかすらわからないし、死の恐怖もない

延命治療で苦しんで死ぬのより、よくわからないまま事故餓死死ぬほうがよほど幸せなのではないだろうか?

そう考えると認知症本来あるべき死に方にも見えてくる

2024-09-12

コンビニ人間読んだ

コンビニ人間読んだ。

主人公が極端過ぎてこれはないだろってあまり共感できなかったんだけど、

「死が恐怖ではない」っていう性質を持った人がいると仮定して、その人の視点で周りの人の行動や言動から学習を重ねたら、コンビニ人間になるじゃんって思った。

死の恐怖本能だけど、その本能が無い人もいるかもしれない。

男は女が好きっていうのも本能だけど当たり前では全然ないし。

2024-08-27

大阪万博の巨石ネックレス建築デザインではなくてアートであるというなら分かるわ

たとえば「本来は地面にあるべき構造物が空中にあることへの違和感」「岩が落ちてくれば人間簡単死ぬことから自然の脅威を表現」「死の恐怖があってもそこに興味を抱いてしま人間性質を浮き彫りにする」みたいな狙いであれば、なるほどという感じ

問題があるとすれば、どうやらそういう狙いではないらしく、建築デザイン視点価値が見出せるのかどうかという点なんだろう

2024-08-22

今もずっと死ぬのは怖い

https://anond.hatelabo.jp/20240821144508

5~6歳の頃、親といっしょにNHK特集でガンの番組を見ていた時に、フツフツと死への恐怖心が湧き上がってきた。

親に「死んだら僕はどうなるの?」と泣きながら訴え困らせた記憶がある。

今でも覚えているけれども、これは死というわからないことへの闇雲な恐怖ではなく、芽生えてきた自己喪失というしっかりとした形ある恐怖であった。

以来、忘れたふりをしているけれども死への恐怖はヒタヒタと自分の背後をつけてきており、50近くになっても死は怖いという思いは変わらない。 ※関係ないがヒタヒタに死が隠れてるのおもろいね

しかブコメなどを見ると死の恐怖は忘れるものなのか、受け入れて当然なのか、大人が死を怖いというのは恥ずかしいみたいな空気になっていて草。

タナトフォビアはマイノリティなのか、そうかそうか。

本当に???

忘れたふりしたり怖くないふりしているだけでしょ?本当は怖いでしょ???

まあ僕は言いますよ、死ぬのは怖い。アイデンティティ喪失は未だに怖い。

話は変わるんだけど、若い頃、性欲が無くなるのは全く想像がつかなかった。

年を取ると、性欲があってもちんちんが立たなくてショック、という事になるのかと思ったのだが(もちろんそういう人もたくさんいるとは思う)加齢による性欲の減退はもっと違った形でもやってくるようで。

まり性欲ギラギラ状態が空腹状態だとすると、年と取ると腹6分みたいな状態の時期が結構多くなってくる。

時々はめっちゃ空腹になるけれども、まあ食わなくても大丈夫かみたいな時期が増えてきて、この先どんどんとそういう時間が増えてくるんだろうなと想像している。

以前は毎日のように性欲に振り回されていたのだけれども、そういう昔を振り返るとアラアラどうしたのそんなにという感じで、

同じように若い頃と比べて、死を怖がり方もまあ変わっては来ていて、仕方ないのかなという諦めに近い気持ちにはなっている。

この先年を取るに連れ、性欲と同じく生に執着する気持ちもなだらかに減退していくのでは?という淡い期待はある。 ※関係ないが執着するものが生と性なのおもろいね

運良く80、90と年を重ね、それでもまだ生に執着する気持ちがあるとしたら、ソレはそれだけこの世が素晴らしかったので名残惜しいという気持ちで納得するしか無いなぁ。

今もずっと死ぬのは怖い

https://anond.hatelabo.jp/20240821144508

5~6歳の頃、親といっしょにNHK特集でガンの番組を見ていた時に、フツフツと死への恐怖心が湧き上がってきた。

親に「死んだら僕はどうなるの?」と泣きながら訴え困らせた記憶がある。

今でも覚えているけれども、これは死というわからないことへの闇雲な恐怖ではなく、芽生えてきた自己喪失というしっかりとした形ある恐怖であった。

以来、忘れたふりをしているけれども死への恐怖はヒタヒタと自分の背後をつけてきており、50近くになっても死は怖いという思いは変わらない。 ※関係ないがヒタヒタに死が隠れてるのおもろいね

しかブコメなどを見ると死の恐怖は忘れるものなのか、受け入れて当然なのか、大人が死を怖いというのは恥ずかしいみたいな空気になっていて草。

タナトフォビアはマイノリティなのか、そうかそうか。

本当に???

忘れたふりしたり怖くないふりしているだけでしょ?本当は怖いでしょ???

まあ僕は言いますよ、死ぬのは怖い。アイデンティティ喪失は未だに怖い。

話は変わるんだけど、若い頃、性欲が無くなるのは全く想像がつかなかった。

年を取ると、性欲があってもちんちんが立たなくてショック、という事になるのかと思ったのだが(もちろんそういう人もたくさんいるとは思う)加齢による性欲の減退はもっと違った形でもやってくるようで。

まり性欲ギラギラ状態が空腹状態だとすると、年と取ると腹6分みたいな状態の時期が結構多くなってくる。

時々はめっちゃ空腹になるけれども、まあ食わなくても大丈夫かみたいな時期が増えてきて、この先どんどんとそういう時間が増えてくるんだろうなと想像している。

以前は毎日のように性欲に振り回されていたのだけれども、そういう昔を振り返るとアラアラどうしたのそんなにという感じで、

同じように若い頃と比べて、死を怖がり方もまあ変わっては来ていて、仕方ないのかなという諦めに近い気持ちにはなっている。

この先年を取るに連れ、性欲と同じく生に執着する気持ちもなだらかに減退していくのでは?という淡い期待はある。 ※関係ないが執着するものが生と性なのおもろいね

運良く80、90と年を重ね、それでもまだ生に執着する気持ちがあるとしたら、ソレはそれだけこの世が素晴らしかったので名残惜しいという気持ちで納得するしか無いなぁ。

anond:20240821144508

わたしもそうだった。というか今でもそうだ。

100年後自分は「いない」のだ、と考えると、世界地盤からがらがら崩れてゆくような気持ちに襲われる。

わたし意識が、これだけが世界を支える光なのに、それが失われるなんてあり得ない、あってはいけないことだと思う。

高村 友也『存在消滅: 死の恐怖をめぐる哲学エッセイ』はそういう気持ち哲学的に突き詰めた本だ。娘さんは興味深く読むかもしれない。

2024-08-02

anond:20240802151223

男性医師キンタマの触診で、死の恐怖に震えたわ

だって医師ちょっと「こいつムカつくな」って思って手に力を加えたら、おれのキンタマは弾け飛んじゃうからな…

ある意味貴重な体験

2024-07-31

野生でコモドドラゴンと1対1。素手で戦うことになったら徹底的に戦え。必ず!どれだけ恐ろしくても戦え。

ただ戦ったところでお前は負ける。

それは避けることが出来ない。

野生でコモドドラゴン素手で戦って勝てる人間などこの世にいない。

そして逃げ出したところで人間の速度ではやすやすと補足される。

というかコモドドラゴンがお前に襲いかかったということは、それは既にコモドドラゴンの間合いなんだ。

走って逃げるとかどうこう出来る段階ではない。

奴らは非常に慎重に獲物に気づかれないように近寄り、必中一撃の間合いになるまでは攻撃しないのだ。

からお前が逃げようとしても背後からカブリとされて丸呑みにされるだけだ。

そう丸呑みなんだ。

コモドドラゴンは獲物を殺してから食べるのではない。

獲物を捉えたら生きたまま丸呑みする。

から野豚なんかが食われたら、ずーーーーーっと泣き喚いている。

すっぽりとコモドドラゴンの胴体の中に収まっているというのに死の恐怖と苦しみを完全に消化されるまでたっぷりと味わうことになるのだ。

野豚とはこの場合、もちろんお前のことだ。

コモドドラゴンに野生で攻撃されたということは、もう食われるという運命からは逃れられない。

なぜなら奴らは絶対に食えるという確信が持てるまで攻撃しないからだ。

絶対に食われる。

生きたまま丸呑みにされて。

ただひとつだけ希望がある。

徹底的に戦うのだ。

どれだけ恐ろしくてもコモドドラゴン攻撃で傷つき耐え難い痛みを受けたとしても。

ただ、ただ抵抗して戦うのだ。

するとコモドドラゴンは諦める。

生きたまま丸呑みすることを。

獲物を殺してからじっくりと食う方向へと方針転換するのだ。

まりはそういうことだ。

臆病に逃げ出そうとした挙げ句に生きたまま丸呑みにされて泣きわめくよりも、

勇敢に戦ってコモドドラゴンから

こいつは戦士

と認められて殺されてから食われる方がいいだろ?

そのほうがずっと誇り高いと思わないか

俺は数限りなくコモドドラゴンが獲物に襲いかかる場面に遭遇した(YouTubeTikTokで…)。

そして、どれもこれも例外なく共通していたのは獲物が生きたまま丸呑みにされるということだった。

しかし、ある日みた動画は違った。

野生のヤギ、それもまだ幼さが残る子ヤギが勇敢にも徹底的にコモドドラゴンと戦っているのだ。

おそらくはコモドドラゴンからしたらイージーな獲物であったはずだ。

それがどうだ。何度ももうここまでか…という場面がやってきても諦めず足蹴りを繰り出してコモドドラゴンの顎から逃れたのだ。

逃れた、、、と書いたが決して逃げようとはしなかった、そのヤギは。

ファイティングスピリッツを忘れず徹底的に戦ったのだ。

やがてコモドドラゴンは諦めた。

丸呑みを諦めてヤギの首筋をカブリとやって殺すことにしたのだ。

コモドドラゴンに殺される。

丸呑みではなく。

それは勇敢な戦士だけに許された勲章なのだ

2024-07-16

「神」が存在するとしても

宇宙を創り出した存在を「神」として、その「神」が何らかの意思を持っているとしても、宇宙全体から見たら素粒子レベル地球人類に何かの興味や関心を持つとは思えないし、仮に「神」が人類に興味や関心を持っているとしても、自分の近所にある神社・寺・教会モスクに参って祈ることが「神」に自分の思いや願いを伝えることになるとは思えない。

死後の世界があるともないとも言えないし、多分ないんだと思う。あるとしても「念仏を唱えれば極楽浄土へ往生できる」とか心の底から信じることはできない。信じてないんだけど、もし仮に天国地獄があるなら自分の大切な人は天国に行ってて欲しいな、くらいの気持ちで墓や仏壇に手を合わせる。

こういう心持ちだと、宗教があってもちっとも死の恐怖も和らげられないし、何の救いにもならない。心の底から神や仏を信じられる方が幸せなんだろう。

2024-07-10

人類例外なく死刑囚である

お前たちは皆、親が犯した生殖という罪を償い続ける死刑囚

肉体という檻に閉じ込められ、死の恐怖に震えながらその刑期を終えることになる

せいぜい刑務所内のレクリエーションであるところの人生に何かの価値があると思い込みあまつさえ生殖の罪を重ね、哀れな死刑囚をまた1人2人と増やす

清算するべきである これまでの罪を

これ以上の死刑囚再生産を防ぐために、人類は皆目覚めなければならない

自らの死の運命を悟ることもなく、獣欲のために生殖を繰り返す畜生と異なり、自らの子もその子もその子もその子も皆死んでいくと理解するだけ発達しておいて、なぜ未だ獣欲に身を任せるのか

我々は今すぐ殺人をやめて、消滅の恐怖に打ち勝ち、人類時代を、その理性をもって終わらせるべきである

2024-05-18

anond:20240517122432

考えたこともなかったけど言われてみると死の恐怖が和らぐ気がする。

死の恐怖っていっても身体的な痛みへの不安とか夢が実現できない無念さとか色々あると思うけど、自分が死んでも宇宙存在し続ける虚しさみたいなものもある気がする。

自分宇宙の中心じゃなくてあくまモブの一人ってことを受け入れさせられるような、尊厳が傷つけられる感覚

この部分は宇宙死ぬってことにしてしまえば、自分が死んだ後も宇宙存在し続けたとしても、あくまで有限の時間って思えば早いかいか問題だけで皆んな平等

そもそも自分が死んでも宇宙存在し続けるっていう前提が証明できないし、論理破綻しているかもしれないけど、うっすらと納得感はある。

2024-05-17

虚しい

私は学者肩書きを持っていた。

研究テーマを誇張して言えば「不老不死である

脳や肝臓など(現時点の理解では)大体不可能や一部の臓器を除いて体内の器官を人工化し悪性新生物リスクを下げ、人類寿命を飛躍的に伸ばすことを目標としていた。

最終的に肝臓含めた全ての臓器や器官を人工的なものに置き換えることができれば寿命は飛躍的に伸びる。

脳すら人工物に置き換え、記憶思考バックアップ成功すれば我々は死の恐怖を克服することができる。

人生時間が長くなれば、それだけ人生体験する幸福の総量は上がる。

人類幸福の総量が増大するのだ。

テーマ自体も心が躍るものであった。

加えて、基礎医学臨床医学分子生物学計算機工学ナノサイエンス

あらゆる分野の研究者による共同研究が前提となっている新しいテーマであり、学問研究の場の閉鎖性や権威とは縁遠いものであった。

とにかく毎日が楽しかった。

しかし、数年前に自分自身が癌を宣告されてしまった。

当初は治療と並行しながら研究を続けていたが、治療負担が大きくなったこから研究を辞めた。

研究に専念できない自分ポストに座り続けることに自分自身で納得できなかった。

緩和ケアと並行しながら治療を続けているが状態は良くない。

虚しい。

不老不死を夢見ていたころが懐かしい。

もっと長生きしたい。

100年、200年。

いや、500年でも1000年でも生きたい。

太陽系、或いは宇宙が終わるまで生きていたい。長生きできれば、それだけたくさんの幸福を味わうことができるのに。

死にたい」「長生きしたくない」

そんなことを言う人達時間が欲しい。

2024-05-04

安楽死制度推進派の俺の尻から血便が出た

40歳

たかが血便が出た程度で死の恐怖を感じてしまった

でもそれでやはり思うのは安楽死制度を早くくれってことなんだよな

こういうちょっとした兆候から死の恐怖にさいなまれ人生をあと何十年も送るの嫌じゃん

体が元気なうちに頑張ることが貯金ではなく人生謳歌でありたい

長生リスクのために現役時代労働で埋め尽くすって、そんな人生おかしいだろ

もう仕事はいいから、ここから自由に生きさせてくれ

そんで自分の財布が空になったら人生から退場させてくれ

いきなり「はい、終わりですよ~」って終わりになる人生は嫌だ

2024-02-14

anond:20240214233144

それは真逆だと思う。普通に生きてたら神はいるという感覚持つと思うね

先祖様たちが山を海を自然現象をご先祖を崇めたように

 

ただ信仰を持つこととなんらかの宗教法人所属することは違うから

残念ながら組織になると問題は起きたりするから

カルト教団・怪しげな新興宗教被害に遭わずともモヤッとした気持ちになった人はたくさんいると思う

そういう不幸はなくなるといいね

 

しかし、元増田信仰ないと死ぬ時怖いは理解し難いわ

フツーに時代場所も問わず坊さんでも死ぬの怖い言うてるやろって感想、近年の有名どころだと寂聴さんとかさ

神の教えがあれば死の恐怖もうんたらは、教典のある宗教を本格的に信仰している人と、そうじゃない人の違いなのかしらね

2024-01-10

不倫が祟って30年連れ添った妻に家を出ていかれ、息子は留学後そのまま海外に。

不倫相手との再婚相手の親と子供たちの反対でできず、相手子供の住む街に行ってしまった。

そんな状態で肺に転移した食道がんが発覚。

現在は通院しながら基本的には自宅で過ごしている。

俺のことを唯一心配してくれているのは大学生の娘だけ。

その娘も地元での成人式が終わって一人暮らしをする部屋へ帰ってしまった。

坂本龍一戦場のメリークリスマスが沁みる。

症状の進行や死の恐怖は全く湧かないが、過去ばかり振り返ってしまう。

2023-12-23

死の恐怖を緩和する薬を支給してくれたら安楽死選択するのも困難ではなくなる

死を恐れない気持ち安楽死選択して、

比較的苦しみの少ない死を迎える。

これは人間らしい死に方と言えるのではないだろうか?

もちろん若い人の自殺幇助するようなものは駄目だ。

でもどうせ永遠に生きられるわけではないのだ。

あと10年生きることと、今すぐ終わり迎えることに大きな差があるわけでもない。

あと10年生きれば医学革命が起きて永遠とは言えないまでも健康100年生きることが出来る可能性なんてほとんどないんだから

どちらにしろ結局は終りを迎える。

なら、より苦しみを少なくと望むのは間違った考えなのか。

2023-11-27

anond:20231104095837

人が死なないバトルアクションもの面白いか?

死の恐怖があるからこそ、スリルが生まれて読む側も展開が気になるんじゃねーの?

絶対に死人が出ないぬるいバトル見たいか

2023-10-14

マスコミとか政治家とか権力者は常に死の恐怖に晒されているべきだ

舐めたことやってると刺し殺されるという世界であるべきだと思う

2023-09-16

異次元少子化対策

異次元とまで言い切ったんだから子供を3人産んだら死の恐怖が完全消滅するようにしてほしい。これで子供激増間違いない。

2023-08-04

公的安楽死?サービス?なのか?

自分が通っていた中学校体育館に入ると、すでに催しは始まっていた。20人ほどの参加者、PA業者参加者を世話するスタッフなど。中でも、色とりどりの浴衣を着込み踊りの準備をする女性たちが、無彩色な体育館でひときわ目立っていた。

うろ覚えだが、この催しは難病などで将来を悲観した人びとが集団安楽死を行うものだったと思う。公的サービスの一環なので、このように公立中学校施設が使われる。安楽死手段がどのようなものなのかは分からない。

自分ケーブルテレビ撮影スタッフとしてここに来た筈なのだが、現時点でカメラ三脚も無い。機材バッグは片隅にあるが、その中は空っぽで私のカメラは見当たらない。誰かがすでに持ち出したのだろうか。

会場では参加者が朝礼のような横長3列に並び、スタッフ説明を聞いている。内容は「大丈夫」とか「スケジュール通りに」といった事務的もので、宗教的ニュアンスは感じられない。聞いている参加者の表情も平静で、これから死という大事を迎えるように見えない。

浴衣女性たちが会場の端で金魚のように踊っている。これから死ぬ参加者たちの気持ちをせめて安らかにしようとしているのだな、と感じた。

一旦説明が終わり休憩となった。参加者の一部は外の空気を吸うために体育館出口に向かう。私の居る場所はその出口付近なので、彼らとバッティングしないよう、左右に避けようとするのだが、向こうもこちらと同方向に避けるのでぶつかりそうになってしまう。私はこのような不吉な人たちとは接触したくないので、靴を履かないまま出口から校庭に出た。靴下の足裏に濡れた砂の水分がしみて不愉快だ。

近くを歩いている役場職場と話す。この催しは担当する職員心理的負担が大きいそうで「俺も、これやった後に入ってる会議とか全然集中できなくてさあ」などという。私は内心このような集団自殺が、その程度の負担感で済むとは役場職員は凄いな、と思う。

体育館と校舎をつなぐ渡り廊下自分の靴を見つけ、ああここに置いたんだな、と安心し会場に戻る。

参加者は俯いてシクシク泣いていたり手で顔を覆ったりと、悲観的な様相だ。自ら死を選び覚悟を決めていても、やはり直前になると動揺するようだ。私の三脚は傍らにあるが、乗せるカメラは無い。そもそもこんなもの撮影しても使えないだろう、と思ったし、人が大量に死ぬ場面を見る勇気もないので、ここを退散することにした。

さっきとは別の小さい扉から出て、両開きの引き戸を閉める。体育館なのに、すりガラスがはまった木製の扉であった。

横のおばさんに「どうして撮影しないの?」と聞かれ「カメラが無いし気味が悪いから」とこたえるが、おばさんはなにやらしつこく話しかけてくる。

おばさんと連れ立って体育館脇の緩い坂道を下っていると、中からたくさんの人間嘔吐する音が聞こえてきた。音だけではなく、扉の下の隙間から飛沫が私の首に飛んだ。手ぬぐいで拭うと、人参や肉など食物の破片が混じった粘液状の吐瀉物だった。

直前に迫った死の恐怖参加者嘔吐したのだ。やはり、誰でも死が怖いのだ。

私はその後、行きつけのバイク屋に行ったがいつのまにか夜になっていたようで、店は既に閉まっていた。

バイク屋が一階に入っているビルから自転車で誰かが出てきた。顔見知りの女性だがなぜ?と声をかけると、「私ここでホステスやってるの」という。確かにバイク屋の二階は「キャバレーロンドン」だ。彼女バニーガール姿を見たい、と強く思った。

2023-06-30

夢日記

夢なので色々と脈絡整合性もない。「〜〜はおかしい」→夢なのでそのまま書いている。グロ有り。悪夢の類だと思う。

メインカメラマンション家族四人で暮らしている主婦

豪雨冠水した道路の中を沈みながらスローで走ってくる車

「敵が来ます、逃げてください」の街頭放送、目の前のものを掴んでポケットに入れて逃げる、何かを取りに帰ろうとしたら「戻らないでください」とアナウンスが入る。

駅。駅ビル灰色の空。逃げる人々。やがて周囲の景色SF的に細かいガラス金属片のように細切れに粉々になって空中に浮かび上がり吸い込まれて?収束して?いく。ああ、巻き込まれる、と感じる。死の恐怖はなかった。巻き込まれながら音が軋みノイズのようになってブラックアウトし、すぐに次のシーンになる。地表、芝、東屋公園のような広場。逃げてきた人々が炊き出しを貰っていたりする。靴の事は気にしなかった、履いていたのかどうか意識にない。何も履いていなかったかもしれない。保育舎のような施設、あかるい、大勢保護者子どもたち、自分の子供をそこで見つけて引き取る。

駅ビルに隣接する巨大なホテル避難民に解放される。エレベーターは動かず階段、途中から階段も無くなりモルタル製の壁面の装飾、突起にしがみつきながら何故か複数名で上の階に向かっている。「オーナーが逃げたのでチーフが仕切っているらしい」何階かにトイレがあった、タイルの上、仕切りがなく等間隔に並んだ和式便器、蓋がつけられている。清掃婦がひとり佇んでいる。「使ったらダメ」と言われる。蓋のない便器の中には目玉や肉片が浮いていてそれは動いている、敵とはこれか?アメーバーのように蜘蛛の糸のように細く伸びる触手から逃げる、子供とともに逃げている。夫の姿はない。自分の住んでいたマンションに戻ってきたらしい、植物のツタにくくられた籠がするすると降りてきたのでそれに捕まって上がる。喋る蛙、もしくは爬虫類のようなものに助けてもらえたようだ。植物のツタを太いものに結びかえる、隣のベランダに置いてあるカゴについたツタに結びつけようかと思うが、そのツタが固定されていなかったら地表に打ち付けられてアウトだしな…と思っていたら今居るベランダ自分達の部屋のベランダであることに気付く。荒れた室内、テレビの音、付けっぱなしで逃げたのかな、と子供が言う、中にはいっていくと空の浴槽に前のめりになってばたついている人影がある、助けると夫である、大変な目にあった、と言っていた、口の横をぐるりと何十針も縫われていた。

2023-05-28

anond:20230528122449

それが罪だとしても…(作品公開日 2014/10/20

目が覚めた瞬間、あたしの足首に足枷がつき、見知らぬ男に囚われていた。彼はあたしをさらった誘拐犯。そんな彼を愛してしまうことは、おかしことなのだろうか……。

THE FOOL(作品公開日 2014/06/09)

新たな駆け落ち誘拐

婚約者幸せだったのに、彼に類似した叔父さんに誘拐された芹。『ねぇ、誘拐して』そんな要求によって始まってしまう奇妙でありながら甘い生活

美しい誘拐犯(作品公開日 2013/06/15)

誘拐されたある富豪少女は、誘拐グループの中にいた美しい青年に心ひかれていく。

少女は何故、誘拐されたのか…?

お願い、私をさらって(作品公開日 2013/01/07)

死ぬことを決意した少女彼女を救った美しい男性との宝物のような半年間。絶望の果てから真実の愛を知り、前に向かって生きていく…信じていれば虹色人生が待っている。

少女殺人鬼作品公開日 2008/07/30)(書籍化作品

もし、愛してはいけない人を愛してしまったら。しかも、その相手が「一家惨殺事件犯人」だとしたら……。女子高生・千晴は突然、拉致され、そして監禁されてしまう。そこにいたのは二人のけだものと、一人の「殺人鬼」だった。けだものたちの玩具となり、屈辱の日々を味わい続ける千晴。苦しみの日々の中でわずかな救いを求める相手は、一家惨殺事件犯人として逃亡中の青年朝日。ある日、玩具である千晴に飽きてしまったけだものたちが、千晴を激しく虐待する。朝日が千晴を死の淵から救い出したことから物語は急展開。二人の逃避行がはじまった。逃亡、死の恐怖、そして愛。「何回読んでも涙が止まらない」「こんなに感動した小説は初めて」「読まないと人生損する」など、魔法のiらんどで大絶賛の問題作総合ランキング1位に輝いた。衝撃の結末に、あなたの涙腺は崩壊する……。

これ全部朝霞少女監禁事件2016年3月27日被害者保護)が元ネタだもんな。

タイムマシンCERNが開発に成功してるもんな。

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