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2020-08-11

コロナのおかげで声優虚無イベント離れ出来た話

声優オタクの私は推し声優が出演するイベントに行きまくっていた。


今日推しが楽しければそれでいい。

仲の良い声優とイチャコラしてくれればそれでいい。

推しお金が入ればそれでいい。

そう思っていた。


コロナまでは。

声優バラエティ番組と虚無イベント

昨今の声優業界は裏方の職業なんてものではなくなった。


顔出しは当たり前。歌も歌うし人前でライブもする。舞台も出るし写真集も出す。

もはや声優なんて言葉肩書きで中身はタレントのもの

アニメゲームを数本出演しただけで食べていける世界ではなくなった。


そんな「仕事を増やしたい声優側」と「声優人気で稼ぎたい会社側」のニーズマッチして生まれたのが

声優バラエティ番組である


声優がただ何となくおしゃべりとちょっとした企画を繰り広げる30分。

放送媒体は様々であるが私が知ってる限りは「この後は有料パート」と言って月額500円のニコニコチャンネルを迫る番組が圧倒的に多い。

今日もだれかの声優が月額500円をせびってるであろう。


そしてその番組が会場を借りてリアルイベントを開催するケースも多い。

これもまた配信番組の内容と大して変わらない。変わるのは生で見るのに6000円ぐらいの入場料がかかるのと、

声優の一挙手一投足にオタクの「ヒュー↑」といった歓声が入るかどうかだ。


私はそのような声優バラエティリアルイベントに足げなく通った。


声優パン食い競争したり、ケツで風船割ったり、リアル競馬予想したり。

そういった風景を見ながらただ笑っていた。好きな声優が楽しそうで嬉しかった。


心のどこかで

「これ声優と何が関係あるの?」

という疑問を押し込みながら。


声優貢ぐのはファン宿命

声優バラエティは闇である


キャスティングからして闇だ。ほとんどが同じ作品に出演した声優同士を組ませる。


ファンはこう思う。

作品以外で〇〇役の声優と●●役の声優が話してるところが見れて嬉しい」


制作会社はこう思う

「若手声優はギャラが安い」

作品で共演しているか作品ファン最初から番組を見てくれる」


声優はこう思う

「どれも大切な仕事から


こうして声優バラエティ生まれる。

番組初回で2人以上の番組であれば、番組が始まった経緯を言う。

そのほとんどで「某作品で共演して…」と濁す。


制作会社声優ファン。すべての人間がわかっている。共演したアニメきっかけだと。共演したゲームきっかけだと。

関わる人間の全てが作品おこぼれに預かっている。それが声優バラエティ番組だと思っている。


それでも私は声優バラエティを見た。イベントにも通った。

好きな声優が出ているから。


どんな内容であれ好きな声優という事実イベントに向かわせた。

このお金推しの懐に入るならなんだっていいと思っていた。


その気持ちがあったかいくら内容が虚無でもなんでも関係なかった。

推し幸せならそれでよかったのだ。


コロナと変化

2020年新型コロナウイルスで多くのエンタメに影響が出た。


それは声優業界他人事ではなかった。もちろん前述の声優バラエティ

自粛間中配信を中止したり、イベントを中止するところも少なくなかった。


私も多くを家で過ごした。

「こんなに土日に家にいるのは久々だなあ」

などと思いつつ、今までイベントに捧げた土日を自らの趣味友達との遊びに費やした。

そんな生活を一か月…二か月と過ごしていった。


2020年半年が経過したがその生活は今も続いている。

そして半年前とは明らかに違う感情が芽生えている。


まず明らかにお金が貯まった。

今まで暇さえあれば好きな声優イベントに行っていた生活だったため

行かなくなった分のお金がそのまま残っていた。


そして声優以外の楽しみが増えた。

友達リモート飲み。深夜までオンラインゲーム

Amazonプライムで好きなアニメ映画を見た。

そういった生活楽しいと思うようになった。


結果、私の声優関連イベントに対する興味が消滅した。


我に返る

結論から言うと、コロナ禍をきっかけに入っていた月額制声優バラエティ番組ほとんどを解約した。


そして今ではリアルイベントではなく有料配信イベントの形を

取るところも増えてきたがそれも見なくなった。おそらく今後コロナが収まって

リアルイベントに戻ってきてもそれは変わらないだろう。


結果コロナによって私の楽しみが変わった。

推し声優を見ることによって幸せを得ていた日々は

別にそれ以外でも楽しい幸せを感じるということに気づいてしまった。


イベントを見に行って少しでも「虚無」を感じてしまっていたのが

趣味の移行をさらに加速させたのだろう。


プラス、このコロナにおいて自分自身を見つめ直した。


「私にとって本当になくてはならない存在なのは何か?」


考えた時にそこに声優バラエティ番組存在はなかった。

あったのは声優を好きになるきっかけになった「作品」だった。

自分が一番好きなのは声優トーク大喜利をしてる番組ではなく

あくまでその声優が出演している作品自体やそのキャラクターだったはずだ。


そう気付いた瞬間、私はほとんどの番組を見る気がなくなってしまった。


ああ


今日も酒を飲みながらやるエーペックスが楽しい

2020-08-07

anond:20200807155213

発音とか文法とか粗探しして笑い者にするのは日本人だけらしいね

日本に生まれ宿命かと思う

2020-08-04

ギャグ漫画単行本は全部収めてほしい

ギャグ漫画が好きだ。雑誌の連載も読んで、単行本も買って、繰り返し楽しむ読むだけのファンだ。

だがギャグ漫画にはまれ単行本に未収録の回がある。初期の『王様はロバ』のいくつか、『がんばれ酢飯疑獄!!』のいくつか、確信は持てないので作品名は書かないけれども、ほかにもあの回は?と思う作品がちらほらとある

まずいことに触れて封印作品になったとかじゃなくて、おそらくは作者の意図で収載されないやつ。漫画家本人が単行本に載せられないレベルだと思ってカットしたのだ。

これはたいへん困る。たしか単行本としての完成度は高くなるのだが、こちらとしては連載時にデタラメな回もくだらない回もそれなりに楽しんでいるのだ。単行本でまたくだらねーと言って笑いたいギャグもあるのだ。作者の意図とまるで違ってこちらには刺さりまくるギャグもあるのだ。

けれどよほどのファンがいなければ未収録の回が特定されることはない。ギャグは読み飛ばされるのが宿命みたいなところがあるから普通の読者は気付けない。ネットで指摘されてはじめてもう読めないのだと知るのだ。(熱心なファンがいない作品は、この漫画で読んだような気がするけど違ったのか……?とモヤモヤした気持ちけが残る。)

単行本で読めないとなると余計に読みたくなる。国会図書館等の機関で読なくもないのだろうが、相手は実にくだらないギャグ漫画だ。正直そこまでしたくはない。でも読みたいのだよ。

ストーリー漫画や大ヒットした作品ならば後々完全版が出るかもしれない。でもギャグ漫画最初単行本に入ってなければそれでオシマイ。

単行本や連載が途中で打ち切られたり、弱小な出版社なら傑作選扱いも仕方ないかと受け入れよう。しかしまがりなりにも最終回までの単行本を出せるのならば、雑誌連載で一度は発表したのならば、納得の出来でなくても全部単行本に載せてほしいのだ。

わがままだろうか?

2020-08-01

なろうの魔王とか

愚痴です。

リンク記載方法を教えていただいたので訂正しました。

  

なろうでは魔王ラスボスであることはどちらかといえば少ない。

しろ魔王主人公の仲間になるか協力者になるといった事例が多い。

特に魔王が女の場合は、仲間になりやすく、主人公の嫁になることもある。

そのため、魔王が女ということが分かると筆者はまた嫁になるのかとため息がでる。

  

魔王勇者と戦う宿命にあるという設定が多く敵対していることは多々あるのだが

どちらも主人公の知り合いの場合、決着がつかずに曖昧に終わらせてしまう事が多い。

魔王平和的な人物場合は、勇者王族貴族に唆されて悪認定して戦うといったこともある。

この設定は「まおゆう」以降よくある設定で使われるようになったが、あまりにしつこいので

筆者は非常に不満がある。

  

スローライフ系のなろう作品では、主人公の実力があまり規格外のため、魔王の影が薄くなる

なんてことがある。魔王としてかなりの力を持っているはずなのだ主人公に全く敵わないので

敵対行為を一切せずに平和になっている。

魔王弱者として認定されるため、筆者はこうなってくるととても嫌な気分になってくる。

  

魔王の上に大魔王魔神なんて存在がいると、ドラゴンクエスト3バラモスのような中間管理職としての

扱いになるため、やはりこちらも不遇に感じる。

ダイの大冒険のハドラーのように超魔生物となって強くなって戻ってくるような展開はほぼない。

なんで主人公側は強くなるのに魔王は強くならないんだとまたしても筆者は不満が募ってくる。

  

主人公魔王場合がある。この場合かなりの力を持っているため、周りを支配していく事になる。

しかし、支配というかどちらかというと街などを発展させていくので、支配ってなんだったっけと

思う事もしばしばある。

こうやって支配していく事で、魔王様凄いです!と評価されていき、人間からも好かれていく存在

なっていく。そんなのはもう魔王ではないではないか

  

ブルードラゴンネネのように「貴様らムシケラなどに負けるわけがない!」とか人間を見下すような

態度をとって欲しい。筆者にとっては人間対魔族の戦争をやっているようなものだと考えているため

和平じゃなくてきっちり戦争して勝敗を白黒はっきりつけろと思う。

どうせ現実と同じように人種とかで醜い争いをし始めるのが生物なのだから、そんな生易しい考えなどより

弱者は淘汰されるほうが面白い

  

ダンジョン系の作品ダンジョン支配している魔王は、ダンジョンに来て命を落とす人間を虫けら扱い

している。そしてその人間ダンジョン死ぬ

魔王「死を覚悟してきているんだ。死んでも特に問題はない」

というような事を言いだす。しかダンジョン外では人間との交友をしていることも多く、

人間を殺しながら人間から糧を得てるというのが非常に自分勝手不愉快に感じる。

自分の気に入った人間は何もしないよーとかなんだそれは。

  

筆者が理想とする魔王ドラゴンクエスト7オルゴ・デミーラがいる。こいつの狡猾さと実力が高いところは

かなり素晴らしい。正に魔王と呼んでいい存在だ。

また、大魔王になってしまうが、ハーメルンのバイオリン弾き大魔王ケストラーも好きである

こいつのゲスっぷりはたまらない。

  

これらを見ると、なろう作品魔王が甘ったるい事をしているので、何が魔王だ!

おまえらあまおうだ!(福岡県で有名ないちご)なんて言いたくなる。

そうだ。筆者は甘ったるい事をしてなれ合いをしている魔王がでてくると実際に「またあまおうか!」と言う。

※この文章を読んでいる方はぜひとも甘ったるい魔王がでてきたらあまおうが!と呼んでいただきたい。

  

ここでシューベルト魔王を思い出していただきたい。魔王子供の命を奪っているのだ。

魔王邪悪のものだろう。よってやはり勇者などから討伐されるべき存在なのである

邪悪でないのなら魔王ではない。あまおうだ。あるいは別な存在だ。

筆者はなろうの魔王が確実に邪悪だったことをあまり見ない。

  

もっとゲスクズゴミで最低最悪の外道魔王にして欲しい。

それこそまさに魔王だろう。違うのなら魔王なんて名乗らないでほしい。

指輪物語では冥王サウロンなんているのだから魔王以外の王の名称を考えて欲しいくらいだ。

  

以上

  

貴族編  :anond:20200706225819

王族編  :anond:20200707102749

奴隷編  :anond:20200707174539

竜編   :anond:20200708062743

商人編  :anond:20200708131233

馬編   :anond:20200708203845

獣人編  :anond:20200709092800

エルフ編 :anond:20200709173538

勇者編  :anond:20200710134123

ドワーフ編:anond:20200710201957

神編   :anond:20200711222724

悪役令嬢編:anond:20200730063046

猪編   :anond:20200730172612

病人編  :anond:20200731072847

孤児編  :anond:20200731174859

犯罪者編 :anond:20200731230135

斥候編  :anond:20200801113918

2020-07-28

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1566318

米欄勇者じゃなくて聖女流行ってるって話が出てるけど、流行じゃなくて昔からそうだと思う

「(自分の身を削って)世界を救う宿命を負わされててそこから逃げたがってるけど逃げられない」ってヒロインの一つの型だよね

まあ大抵はヒーローたる主人公彼女をそこから救い出すわけだが

世界を救うか、彼女を救うか」って中二設定だけどみんな好きだよね

勿論「どちらも救う」が正解、たまーにどっちか犠牲にするのもあるけど

2020-07-23

オタク自動的オワコンとなる

オタクオワコンとなるのはフェミポリコレの「攻撃」によってではなく、オタク構造上の欠陥に起因しており、すなわちオタクとは「属性」などではなく趣味面白さによって「同好の士」と繋がっていたのだが、「面白いこと」「面白い人」とは「発見」されるのであって、オタク産業の盛り上がりに伴う需要供給バランスの崩れからノルマ的に「面白いことをしよう」「面白い人になろう」などと発想した時点で土壌の変化は必然であり、井戸は枯れ、オタクオワコン化することは宿命付けられていた。

2020-07-20

お前は決しておけパ中島ではない

https://note.com/o196k199/n/nc6fb19872709

読んだ。

タイトル結論書いちゃったけど「お前はおけパ中島ではない」。

====

中島に対して「ああいう風になりたい」と憧れを抱く人間はいても、note主に対してそう思う人間はいいか安心してほしい。

中島が憧れられたり疎まれているのは「特定の分野で輝かしい才能を持つ人間掛け値なしに対等でいられる存在」だからであって、「ナチュラルボーン無礼だけどなぜか自然体のままで才能あふれる人たちに好かれちゃう魅力的なアタシ☆彡」だからではない。

中島は、あの短い漫画の中でも人間的な魅力に溢れている。どうして綾城さんが中島と仲良くしているのか、漫画を読んだ人間にはきちんと伝わっている。

それに対してnote主は、無礼な振る舞いに何も考えてない発言ばっかして嫌われまくってるけど綾城さんポジ人間には愛されまくっちゃうアタシアタシアタシ~~~~~!!!!!!しか伝わってこない。正直目が滑ってきちんと読めなかった。

釣り人だとか謎魅力だとかいろいろ造語まで考えてお疲れ様でした。

釣り連呼してるから釣りかな?とも思ったけれど、エピソードの一つ一つが妙に具体的なわりに面白くないので、特定を防ぐためのフェイクなど無しに思い出した事実を羅列しているのかなという気もする。

多分リアル知り合いが見たら「うわっ、これ絶対あいつじゃん キッツ~~」って引く内容なのだろうけど、note主はそれすらも「人気者に愛されちゃう人間宿命だよね☆彡」と受け流せる人だろうから、そこは別にどうでもいいかな。

そしてこの真理の恐ろしいところが、この文章がバズったとしてもバズらなかったとしても、私の嫌われ性の証明になるという点だ。


こうやって死ぬほど予防線貼って「右に転んでも左に転んでもアタシの勝ち!!!」とするところなんか最高にダサくて、note主の性格が悪いという自己申告だけは事実なんだと確信できるところはリアルで良かった。

終わり。

2020-07-19

anond:20200719153120

私も自死遺族だ。あなた文章をみて泣けてしまった。

>ただただ、寝ても覚めても死ぬまで自動的に謎解きを強制され続ける、これが自死遺族宿命なのだと感じている。

永遠呪いだよね。

>どれだけ言葉を交わしても解消できない圧倒的な断絶、それが可視化されたもの自死なのだろう。

私は自分から放棄し、突き放してしまったので後悔だけが残る。なぜ私は父を突き放してしまったのだろうか

最後まで寄り添ったことがなかったように思う、自分で精一杯なことを理由にずっと父から逃げていた。

でもきっと死ぬまで後悔し続け、父のことを考え思い続けて生きていくと思う。

三浦春馬は少なからファンで、初舞台といくつかの舞台を観ている。

去年の罪と罰は、震えた。あのナイーブ青年は、あの時の三浦春馬からできたのだろう。

美貌、身体努力、才能、すべてが特別な人だ。

本当にありがとう。また、別の形で戻れたら見せて欲しい。

私は自死遺族だ。

三浦春馬が抱いていた心情について、彼とは何の縁もない私が思索をめぐらせ言及すること自体無意味で、そして罪深いことは重々承知である。取るに足らない下世話な憶測だ。

彼や彼の身内にとっては迷惑千万だろうが、それでも遺された大多数の人間のうちのひとりとしては、考えても無意味なことを、無意味だとわかっていても、あれやこれや考えてしまうことを止められないのだ。

私は自死に賛成も反対もしないし、これから自死する人、既に自死した人を責めもしない。

それでも自死は、当事者にとっても、遺族にとっても、哀しい。

から、できるだけ自分が、そして自分以外の誰かが自発的な死に向かわないようにするにはどうすればいいのか、少しでも手がかりを得たくて、考えてしまうのだと思う。

三浦春馬場合、「順風満帆な実力派人気俳優」としてのパブリックイメージと、起きてしまった事件との落差が人々に強い混乱を与えている。

理屈をつけて納得しようにも、傍目には原因が見当たらず、どうにも事件へと結びつかないのだ。

一般視聴者も、親しい共演者でさえも、彼以外の誰もが「どうして彼が?」と首を傾げている。

彼は仕事に対して真面目に繊細に取り組み、関係者からの評判も非常に良く、子役から始まったキャリアには一切の不祥事がないそうだ。

前日まで自分仕事を淀みなく全うし、死してもなお彼を悪く言う者は一人もいない。

身綺麗で、完璧。不自然なほどに。

命尽きるほど衰弱していたはずなのに、誰にも弱さを悟られることなく、彼は彼を演じ切ったまま終わってしまった、そんな印象すらある。

憶測の域を出ないが、彼は「三浦春馬」を維持することに疲れてしまったのではないだろうか。

周囲が彼の機微に気付けなかったのではなく、彼が周囲に心を許していなかったわけでもなく、ただ彼が、彼自身の最奥部に、誰ひとりとして立ち入らせるつもりがなく、そのまま生涯を終えてしまったのではないか

立ち入らせることをしない、あるいはしたくてもどう頑張ってもできない、そういう人物だったように思えてならないのだ。

遺書があるという。遺書に何が書かれているのか現時点では知らない。けれどおそらく知ってもあまり意味はない。

遺書にある内容も、公表されても構わないと彼が判断した一部の心情に留まっており、きっと本音のすべてが曝け出されてはいないのだろう。

彼が何に苦しんでいたのか?

彼が何を求めていたのか?

真実は彼の中に閉ざされ、二度と開かれることはない。

それは永遠の謎として、遺された者の前に立ちはだかる。

親を喪って数年が経ったある日、遺された私にできることは「永遠の謎と、無意味に向き合い続ける」ただそれだけだと悟った。

別に向き合いたくはない。正直やめたい。向き合い続けたところで得られるものは何もない。

ただただ、寝ても覚めても死ぬまで自動的に謎解きを強制され続ける、これが自死遺族宿命なのだと感じている。

過去に戻って何度やり直しても、心中を明かされることはおそらくないだろう。明かせるような人ならそもそも死を選ばなかった。自死必然だったと認める他ない。

しかしそれは特別なことではなく、相手と死に別れた原因が何であろうと、仮に相手と生き別れていようとも、内面すべてが明らかになる機会などなく、結局他人の考えていることなんて本当のところわからないのだ。

どれだけ言葉を交わしても解消できない圧倒的な断絶、それが可視化されたもの自死なのだろう。

私は三浦春馬とは生前も死後も言葉を交わすことができない。

彼が表現者として遺した素晴らしい創作物への称賛を送りつつ、遺された人たちの哀しみを憂いつつ、これ以上の憶測は野暮だと反省しつつ、私は自分に課せられた謎解きに戻りたいと思う。

2020-07-18

渡辺明孤独な闘い

 藤井聡太棋聖誕生し、世間は大きく湧いている。

 けれど、ここでは、番勝負で敗れた渡辺明二冠の話をさせてください。

羽生藤井の間

 渡辺明は、昨年このような発言したことがある。

「今の棋士自分も含めて、歴史的には羽生藤井の間、という位置づけになるんじゃないですかね」

2019年2月27日付「日本経済新聞」夕刊)

 いつものようにニヒルな笑いを浮かべて、彼はあっけらかんとこのようなことを言った。

 しかし、この発言は私にとっては結構な衝撃であった。渡辺明は、羽生の次は藤井時代だ、自分時代を作る棋士ではない、そう言ったのである

 この言葉意味は、とてつもなく重い。

 渡辺明は、紛れもない「天才である

 中学生棋士になり、20歳将棋界の最高タイトル竜王を獲得する。

 玉を堅く囲い、針の穴に糸を通すような細い攻めを見事に通す。理路整然としたその将棋は、美しく、絶品である

 2008年には、羽生善治との頂上決戦を3連敗4連勝という劇的な結末の末制し、初代永世竜王の座を手にする。

 こうやって書くと、渡辺棋士人生は栄華に満ちているようであるしかし、そうではない。彼の棋士人生は、常に孤独との闘いであった。

 渡辺の同世代で、彼と同じレベルトップを張り合える棋士はいなかった。渡辺は、若いから、一回り以上も上の羽生世代と「たった一人で」しのぎを削り続けた。

 羽生世代は、底知れぬ力を持った将棋怪物たちである渡辺は、たった一人で怪物たちと剣を交え、互角以上の戦いを続けてきた。

 最強の羽生世代と争ってきた彼は、これまで年下の棋士タイトルで敗れたことがない。はっきりいうと、「格」が違うのである。踏んできた場数も、積んできた経験も、何もかもが違う。孤独と闘ってきたものけが持つ、底知れぬ「凄み」のようなもので、彼は年下の棋士たちを蹴散らしてきた。

 2017年度には、大きく勝率を下げ、プロ入り後初の負け越しを喫する。「衰え」がきたのか-そう思った人もいたかもしれない。

 しかし、渡辺は死ななかった。自らの将棋を大きく改造し、再び上昇気流に乗る。鬱憤を晴らすように勝ちまくり、再び三冠の座に上り詰めた。

 そんな渡辺明という天才が、当時まだタイトルを獲得していない棋士を、タイトル99期の羽生の次だと言った。自分飛ばして、である

 渡辺明は、本音をはっきりと口にするタイプで、お世辞で人を持ち上げるようなことはしない。

 いいものはいい、ダメものダメと、はっきりと言う。

 「羽生藤井の間」との発言も、率直な彼の実感なのだろうと思った。そう思うと同時に、私は恐ろしくなった。

 藤井聡太とは、いったいどれほどの棋士なのか。どこまで行く棋士なのか。

 天才しか、見えない世界があるのだろう。言わば藤井聡太は、「天才から見た天才」。雲の上の、そのまた雲の上にあるような世界は、想像も及ばなかった。

 想像も及ばないから、見てみたいと思った。渡辺明と、藤井聡太によるタイトル戦。その舞台を、心待ちにした。

抗いの舞台

 待ち望んだ舞台は、時を経ずに実現する。2020年6月渡辺が保持していた棋聖タイトルに名乗りを上げたのは、藤井だった。

 

 「なるべくなら藤井と当たりたくない」そう言って笑っていた渡辺だったが、藤井聡太にとって初のタイトル戦を待ち受けることになるのは、自分だった。

 このあたりは、強者宿命である。あるいは、将棋神様が、渡辺に課している試練なのかもしれない。

 渡辺明は、自らが「時代を作る棋士」と評した最強の挑戦者と、盤を挟むことになった。これまで蹴散らしてきた年下の挑戦者たちとは違う。そのことは、渡辺自身が、始まる前から一番分かっていただろう。

 棋聖戦5番勝負が、幕を開けた。

 第1局、矢倉選択した藤井は、凄まじい、人間離れした踏み込み渡辺を圧倒する。1三の地点に、飛車と角が次々に飛び込む。鮮烈な寄せ。驚異の見切り。

 将棋から、地割れの音が聴こえた気がした。

 第2局。この将棋に関しては、今も冷静に振り返ることができない。これまで見てきた将棋の中で、一番の衝撃だった。

 先手番で矢倉選択した渡辺将棋は、基本的には先手が主導権を握ることのできるゲームで、特に渡辺の先手番は抜群に強い。用意周到な作戦で一局を支配する、それが渡辺である

 その渡辺が、何もさせてもらえなかった。王手すら、かけることができなかった。藤井が放つ異筋の手が、渡辺矢倉破壊した。観戦しながら、頭が割れるような、足元が崩れ落ちるような感覚に陥った。こんなことは、もう後にも先にも訪れないかもしれない。

 「いつ不利になったのか分からないまま、気が付いたら敗勢」。渡辺ブログでそう回顧した。理路整然とした彼の口からたことが信じられない言葉だった。

 2連敗。これまでタイトル戦でストレート負けをしたことのない渡辺が、あっという間の土俵である羽生の次は藤井時代だといった渡辺言葉は、残酷にも証明されようとしていた。私は茫然とした。最強の渡辺明が、手も足も出ない。自分が見ているものは、悪夢だと思いたかった。羽生世代という怪物たちと剣を交えてきた渡辺。その渡辺の、剣先すら届かない。こんなことがあるのか。私は叫び出したい気持ちだった。

 2020年7月9日棋聖戦第3局。私は仕事を休んでこの将棋を観戦した。藤井聡太の初タイトルを見るためではない。渡辺明の「意地」を見るために、仕事を休んだ。このまま終わる渡辺ではない。そう自分に言い聞かせながら、食い入るように盤面を見つめた。

 第3局、渡辺は角換わり腰掛け銀で、90手目のあたりまで想定していたという、圧倒的な研究を投入する。研究の多さと深さは棋界随一の渡辺だが、今回投入したのは、とっておきの中でもとっておきの研究だったと思う。藤井聡太から白星を挙げる。たった一点の至上命題を果たすため、渡辺はついに、極限まで研ぎ澄ました剣を抜いた。序盤から中盤、ほとんど時間を使わない渡辺研究範囲時間を使わずに指す、この徹底的な合理主義渡辺の特徴だ。用意周到な研究リードを奪い、抜群のゲームメイクで、渡辺は一局を支配し、離さない。藤井の追撃も凄まじかったが、序盤を飛ばして残しておいた時間最後に物をいう。渡辺、腰を落とし、崩れない。そして、ついに藤井が頭を下げる。

 渡辺明藤井聡太に初勝利。「これが渡辺明だよ!」今度は、本当に叫んでいた。もし、渡辺が何もできないまま3連敗していたら、私はしばらく将棋を見られなくなったかもしれない。しかし、3連敗する渡辺ではなかった。3連敗など、するはずがなかった。

 この勝利は、たんなる1勝ではない。もはや渡辺明の「凄み」としか言いようがない。盤を挟んだ目の前にいる棋士は、まさに今、次の時代を切り拓こうとしている。渡辺にとって、その「圧」は凄まじかったと思う。自らを飲み込もうとする圧倒的な濁流に、渡辺は自らの強みである研究」で立ち向かい、そして振り払った。あの舞台でこんなことができる棋士は、渡辺明以外にいない。大舞台で、濁流に抗う。孤高の棋士渡辺明が報いた、最強の「一矢」だった。

 棋聖戦第4局。先手番となった渡辺は、第2局で完敗した急戦矢倉作戦を再び用いた。胸が熱くなった。「気付いたら敗勢」そう振り返った、渡辺にとって悪夢のような将棋である。負けたら終わりの一戦で、再びこの作戦選択することには相当な勇気がいる。しかし、渡辺悪夢悪夢のまま終わらせておく男ではなかった。自身が完敗した将棋を徹底的に研究し、改良手順を藤井にぶつけたのである妥協を許さない、トッププロとしての威信をかけた将棋だった。

 渡辺研究は功を奏し、互角からやや渡辺有利の形勢で局面は進行する。しかし、藤井は全く崩れずに渡辺のすぐ後ろをひた走る。紙一重の攻防の中で、渡辺盲点の一手があった。藤井の攻め駒が、気付けば渡辺の玉を左右から包囲していた。「負け」。渡辺は、このあたりで覚悟を決めたという。

 ピンと背筋を伸ばした渡辺が、「負けました」と声を発する。渡辺明棋聖戦が終わり、史上最年少タイトルホルダー、藤井聡太棋聖誕生した瞬間である

 

次の機会

 激闘を終えた当日の深夜、渡辺自身ブログ更新した。そして、自身将棋を、淡々と、それでいて的確に分析する。信じられないような完敗を喫した第2局の後も、タイトルを失った第4局の後も、その姿勢は全く変わらなかった。目を覆いたくなるような将棋を、淡々と振り返る。それも、当日の夜に。普通人間なら、抜け殻のようになっていてもおかしくない。すぐに敗局の分析をする。これもまた、渡辺の「凄み」である

 「負け方がどれも想像を超えてるので、もうなんなんだろうね、という感じです」

 渡辺はそう述懐した。藤井聡太と初めてタイトル戦を闘った男の、偽らざる本音なのだろうと思った。棋界のトップを走り続ける男が、「想像を超えている」と述べた。その意味は果てしなく重い。

 渡辺トッププロとしての矜持を胸に、全力で闘い抜いた。第1局、第2局では、昼食に高額なうな重を連投した。これは、藤井聡太が昼食の値段を気にせず、好きなものを頼めるようにした配慮だと言われている。藤井聡太が残り時間3分の場面でトイレに走った時、渡辺は次の手を指さなかった。そこですぐに指せば、藤井の持ち時間を減らし、追い詰めることもできた。しかし、渡辺藤井が戻るのを待ってから盤上に手を伸ばした。藤井を戸惑わせるような「盤外戦術はいらない。時代が動くか動かないかというこの戦いにおいて、そんなものは「邪道」でしかない。渡辺は、藤井が全力を出せるように環境を整え、「将棋」で真正から勝負した。

 結果は、1勝3敗での敗退。「羽生の次は藤井時代」という渡辺言葉が、現実のものになろうとしているのかもしれない。藤井聡太時代が、今まさに幕を開けたのかもしれない。

 しかし、渡辺抗う。自らが発した言葉に抗い続ける。そう信じている。

 「次の機会までに考えます渡辺はそうブログを締めくくった。渡辺は、もうすでに「次の機会」を見据えている。ここからまた、渡辺明の闘いは続く。

 渡辺明二冠、棋聖番勝負、本当にお疲れ様でした。これからも、ずっと応援します。

2020-07-16

もう23:34です

そろそろ23:35になる

これは、絶対です、宿命のようなものです

私言いましたよ、言いましたからね

2020-07-15

アンチ左翼右翼(左翼)

アンチ左翼のために右翼名乗ってる奴ら、何であんなに他人の考えに固執してキレているのか

「はーあなたは、そういう考えなんですねー」で、済む話に「なんであれはいいの?」「なんでこう思わないの?」と「なんでなんで」と質問めして、最終的に「質問したけどろくな答えが返ってこなかったかあいつらの方が(自分より)バカ」という結論に辿りつくわけだが

あれは、左翼対峙する右翼ではなく

左翼内ゲバしかない

左翼🏳️‍🌈「LGBTはPZNとは違う」

自称右翼🇯🇵「PZNを認めないなんてお前はリベラルを名乗っているだけの差別主義者だ」

どう考えても、(ポーランド人だかがlgbtpznの子供の親が教皇に〜で狙った通りの)左翼内ゲバの会話ではないか

それを、アンチ左翼🏳️‍🌈が、右翼を名乗って口にするのだから訳がわからない

(右翼なら差別主義者扱い・悪魔化して叩くような左翼じみた真似をせずに正々堂々と差別すればよいのに)

左翼的な存在であるツイフェミ勢力にたいしてのアンチアンチフェミも同様にして

フェミ「男は〇〇!〜すべき!」

アンチフェミ「それではフェミニストを名乗るあなた方の方が差別主義者ですよね」

のような会話を繰り広げていて頭が痛い。フェミアンチフェミも「あいつらの方が差別主義者なんだ」と指を差し合っている

いやまあ、それが左翼宿命なんでしょうが

右翼のつもりで左翼を叩いているのを見ると気持ちが悪い。いやお前左翼から。我々右翼、この国の主流派はテメェの味方じゃねえんだわ。

右翼とは権威体制、慣習、民主主義における大衆をバックにつけて正義を名乗るものどもであり、右翼道徳的価値基準の源泉、それがなぜ正しいのかという源泉は、「古くからあるし、昔からみんながそう言ってる」である

無論、右翼はどんなに自分が納得できなくとも「古くからあってみんなそう言ってる」ルールに従わなくてはならないし、そうして己を保守に縛り付けてはじめて、他者をもまた歴史からお借りしてきたルールで縛り付ける権利を手にする

左翼内ゲバ右翼を名乗って参加するのは、右翼の威を借りパクして参加するのと同様である。あまりにも、醜く小狡い。「テメェら右翼ルールも守らずに、よくも威をお借りしてんなぁ?」と、首根っこを掴みたくなる。

リベラルを名乗るならPZNも認めるべきだ?ああん?正しいリベラルを求道したいなら他所へ行け。「真のリベラル」なんて理屈は我々は持ち合わせちゃいないし、借りパクさせることなんかねえんだよ。左翼の一派の理屈をこねながら、右翼の皮をかぶるなんざ許されるわけがないだろ。

そもそもの話、我々右翼にとって個人意見特に革新的意見なんて箸にも棒にもかけるべきでないゴミだ。そんなもの固執して、考えを改めさせようだとか、正しく導こうだとか、さもなくばあいつらの方が馬鹿だと吹聴しようだとかすべきでない。

そんな、馬鹿たことをしていいのは左翼だけだ。自分なりの正しさを究明し、お互いの正義がぶつかればどちらが正しいかとクソみたいな喧嘩を繰り返し、どうせ決着がつかないので(そんなの根本的に価値観の違いに過ぎないことが大半だ)殴り合う。これは左翼仕事だ。

我々右翼は、権威におもねり、周りに流されて、皆がなんとなく言ってきたような気がすることを何となく繰り返せば良いのだ。それが営みであり、営みこそが我々を盤石たるものにしてくれるのだ。

間違っても、左翼を導くためにTwitter政治アカウントを作って小競り合ったり、「あいつらのほうが馬鹿なんだもん」だとか言ったりしてはならない。ついで言えば、ぶくぶく醜い身体自衛隊コスプレをして靖国神社を参拝するのもやめろ。我々右翼は、正しさについて考える必要はない。

必要なことは、お年寄りを敬い、いっしょうけんめいに働いて納税し、結婚して健康子供を2人以上もうけて、老いては老いた親の介護に尽力し、医療費を逼迫させぬように健康死ぬことだ。

左翼は不幸になるということを、営みをもって、幸福になることによって証明するのが右翼の務めだ。

何が言いたいかって、内ゲバは対等に正々堂々やれってだけだよ。

右翼名乗って「PZNを差別するんですか!?」とか言ってねえで

ちゃん

LGBT+PZN🌈全ての人が差別されない世界を目指して🌎💗」みたいなbioで、「PZNを差別しないで下さい」って言えよ。自分がみっともねえツイフェミの男版だと自覚してなんでもかんでも男性差別認定しろよ。カウンターなんて言い訳さないんだわ。

お前もみっともねえ文句ばっかの左翼の一派だよ。正義(笑)だか大義(笑)だかのために戦えよ。

2020-07-07

anond:20200707171836

チンコマンコに入れるという宿命の前には、仕事なんて紙屑だよ。

それは一定以上のマンコに挿入し終わってこの世の役目を失った男の暇つぶし

2020-07-02

常に嫌だなあと思いながら生きている気がする

小学校 習い事嫌だなあ

中学校 部活の先輩嫌だなあ

高校生 部活の先輩嫌だなあ

大学生 就活嫌だなあ

社会人 仕事嫌だなあ

ざっと書いたけど他にも嫌なことはたくさんあった

大体が自分ステータスの低さやカーストの低さが原因だったと思う

比較平和に過ごせたのは0歳〜8歳、18歳〜20歳くらいだと思う

もう30歳なので人生の2/3は嫌だなあと思いながら生きている

みんなこんなもんなのか、もっと楽しい人生なのかはわからない

つかこストレスが報われる日は来るのだろうか

それとも持たざるもの宿命なのか

2020-06-22

anond:20200622113348

いやいや生まれた時からセフレになることを宿命づけられた人とかいるでしょ

それを運命と呼ぶなら、私は運命なんか信じない!

2020-06-21

アラサー非正規だけど内定辞退していいのだろうか?

俺はアラサー派遣バイトしか経験がない。

一時は200万の借金に加えほとんど引きこもりに近い生活を送るほど荒れていたが、

少しずつ生活を立て直し。実家を飛び出しても2ヶ月くらいは生活できるほどの貯金もできた。

心機一転満を辞しての転職活動。今さら焦っても仕方ないしオリンピックの余韻が続く来年3月ごろまでに決められれば御の字だろうと悠長に構えていた矢先のコロナ禍。資格試験キャンセルポートフォリオ制作も投げ出し、ひたすら求人検索エンジンコーポレートサイトリクルートページをチェックし片っ端から応募。エージェントにも6社ほど登録した。

現在仕事夜勤も多く、仕事が終わってからエージェントヒアリング面接のために6時間待機し、その後反省点をまとめる作業に1時間かかり、2時間の仮眠のあとシャワー食事を済ませてまた出社…というような日が4日続いたり、1日置きに1週間という感じでこの3ヶ月を過ごした。

丸一日休みをとれても、不安でうまく眠れないしやらなければいけないことがいくらでもある状況下なので寝てはいけない。

そんなことは何の言い訳にもならないが、転職活動を始めてから現職の方でミスが増えてしまい、上司にも目をつけられるようになってしまった。

明らかに自分職場の中で嫌われていることを感じている。

正直いうとここ最近半狂乱に近い状態で、病院の予約時間を1時間早く間違えたくらいで「自分はこの程度のスケジュール管理もまともにできないのか」と帰りの車中で泣き喚き散らしてしまうくらいで、何にしても冷静な判断がくだせるという自信が持てない。

そんな有様だが、一社うまく内定がとりつけられてしまった。

内定までの経緯が少し変わっていて、内定をもらった会社をA社とするとそこと全く別のB社にもともと俺は応募していた。すると採用担当とは別のB社社員から個別電話がかかってきてA社を紹介された。A社社長と数回電話面談を行ったあと直接会って内定が決まった。

サイトを見る限り俺にとってA社は魅力的ではある。学生時代から未練があった業種に携わっていて、そこに未経験から挑戦するとすれば今が俺にとってラストチャンスかもしれない。しか選考時の豪快さが妙に気になって仕方がない。

そしてここにきて俺はフロントエンドWebデザインポートフォリオ作りに熱をあげている。

もともとHTMLCSSやらはテキストサイト全盛期だった小4の頃から見様見真似で暇つぶしに書いていた。書いていたといってもレンタルサーバ手打ちしたファイルをあげたり、WordPress自作テーマを仕込んだりはてなブログカスタマイズ機能CSSJavaScriptをちゃちゃっと加えてたぐらい、だが、そらである程度書けるぐらいの知識はあった。

イラレフォトショ大学課題制作で嫌になるくらい使った。というか卒業してからフライヤー制作とかで使った。

これくらいのことなんて常識範疇で、AT限定免許所有者くらい取るに足らないレベルなのはわかっている。しかし病んで人と会話できなくなったりパソコンがお釈迦になって何もできなくなったりとそんな風に何かが起こっても常に俺が関心を寄せていたのサイトWebデザインだった。

もともと転職活動で当初志望していたのもデザイナーフロントエンドだった。借金を完済したのを契機に念願のラップトップを買ったので今年の2月から意気揚々ポートフォリオ制作を始めていた。この時はまだかっこよくてかつしっかりしたサイトが作れさえすれば、どこか拾ってくれるんじゃないかと思っていた。いや、就職できるかどうかは二の次で、かっこいいサイトを作りたい、サイトもっとちゃん運用できるようになりたい、もっとフロントエンド知識を深めたいというのが一番の動機だった。

コロナ禍で転職活動を方向転換してから求人があるうちに動かなくてはという思いで、ひたすらお気持ちポエムみたいなPR文を募集先に送りつけた。手元に何もない俺にはそれしか出来ることがなくていつも情けない気持ちだった。そんな嫌な毎日の中でポートフォリオ作りに関することが俺の逃げ場になっていった。借りてるさくらサーバーVirtualBox上のFreeBSDCentOSを仕込んだラズパイ稚拙知識黙示録として書き記した雑魚虫なQiita…こんなとこに俺の未来なんてあるはずもないのに、もはや使い捨て傭兵のようにこきつわれるだけで死んでく分際なのがほとんど決まってる癖に。

ぶっちゃけると日増しに就職したくない気持ちが高まってる。

コロナ禍はリーマンショックとも震災とも違った。業界業種で影響の度合いに差がありすぎるし、情勢の変わり方も激しい。いきなり悪くなったり劇的に改善したりする。じわじわと影響が露出してきて経済回復するのも長期的だった従来の経済的混乱とは違い、病床数やワクチン開発などの医療の状況、緊急事態宣言等の社会情勢で一変する。その時が来れば一気にコロナ禍による経済不安はなくなる。現に緊急事態宣言のあの騒ぎは劇的に落ち着いてしまった。

そんな中でこれは未曾有の危機20年代は暗黒の時代だ!とヒステリックになり、よくわからない企業に飛び込んでしまうのはかなりのギャンブルなのではないかと感じ始めている。その反面これが自分宿命なのだ得体の知れない企業怨念にずぶずぶ浸かりながら野垂れ死ぬことを受け入れなければならないんじゃないかとも思う。

考えがまとまらずとっ散らかった文章になってしまったが、俺は何がしたいんだろうか?何が一番ベター選択になるのだろうか。

フロントエンド知識なんて俺にはたいしてない。30年近く生きているにも関わらず。でもだからこそもっと知りたいし、知らないことが悔しいし、しょうもない雑念に囚われて何のスキルになるのかもわからない仕事時間を消耗することを受け入れられない。どう気持ちに折り合いをつければいいのかわからない。

2020-06-20

万有淫力の法則

きみの目の前の机が、なぜ直線で構成されているかわかるか?

目の前のモニタ、辺りを囲う壁、外界を隔てる窓枠が。

生産効率性?製品規格の均一化? 違う、それは結果だ。

恐ろしかったのだ

人間は恐ろしかったのだ。ジャングルの中でどこまでも続く木々うねり、水溜りの淵、豪雨をもたらす雲の不定形。流れを変える川の濁流、無限に広がるような海の波。曲線に支配されたカオス世界が。

そしてまた、人間自身が恐ろしかったのだ。身体の曲線、それに誘われ導かれ、半ば半強制的繁殖を行ってしま自分たち自身本能、野生。曲線に支配されてしま動物としての宿命が、ただただ恐ろしかったのだ。

そうしてそれを克服するために、何千年にも渡って身の回り環境、すなわち住居、装飾品、道具に直線を持ち込み、磨き上げたのだ。野生的な曲線から理性的な直線への脱却を目指して懸命に。成長と死を意味する山なりの曲線から脱出永遠の成長を意味する直線への渇望。それがきみの目の前にある直線の理由なのだ

まり自然界のあらゆる曲線はえろす。

2020-06-12

それが故に

それこそが宿命なのだ

兄弟の中で最も劣っている貴様こそが一番ッ!成長できるんだッ!

なぜ気づかない…貴様こそが一番優秀になれるかもしれないんだぞォ!

やれェェェッ!過去自分花束をォ…未来自分栄光を!

2020-06-02

黒埼ちとせ限定SSRの高イラアドは悪なのか?

可愛い女の子目的ゲームプレイする1人のオタクの答えとしては「否」である

が、プロデューサー(アイドルマスターを嗜む人の呼称)(言ってしまえば内輪ネタ)の答えとしては「悪になりかねない」である

(この文章内では「容姿、ないしは言動が好み」の意図で「可愛い」という単語使用している。これは決して女の子はフリフリ可愛いものを着なくては、といった女の子らしさの強要ではない。

また、「絵アド」も担当イラストレーター等は関係なく、いかに描きこまれてるかのクオリティーに関するものとする)

アイドルマスターシンデレラガールズ(以下デレマスと略)、そして派生アプリであるスターライトステージ(以下デレステと略)をご存知だろうか。

モバマスはその名の通りモバゲーで展開されており(運営より更新縮小が告知されているが、新カードイベント更新は続いている。ガチャに関してはデレステからカードが流用されていることも少なくない)、そこから音ゲー」として開拓されたアプリゲームである

アイドル総勢190人の3Dモデルが用意され、楽曲に合わせて踊らせたり個人カードを育ててアイドルの一面を知ることができる。

元の「アイドルマスター(以下アイマスと略)」シリーズが有名なのもあって、いわゆる美少女動物園コンテンツの中でもかなり大きい部類だといっていい。

キャラクターを売りにした基本無料アプリゲーム宿命ガチャシステムも勿論搭載している。

250個の石で1回、2500個の石で10連続で回せる。10連続で回せばSRというレアリティカードが1枚確定。

しか有償で購入した石ならば60個で1回回せる。(1日1回限定ではあるが)

いわゆる普通の「アプリゲームである

そういったゲームでは最上級レアリティSSRがだいたい必須になり、インストールしたユーザーのだいたいがリセマラ(目当てのカードが序盤で出るまでインストールアンインストールを繰り返すこと)をする。

一般的想像される「キャラクターがたくさん出てくるゲームガチャ」だろう。

皆が求めるSSRにも実は分類がある。

そのうちの片割れ、恒常SSRは「いつでも出てくる」SSRだ。追加から数日間だいたいピックアップされ、その期間が終わると確率は他のSSRと同じになる。

上記の恒常と異なるのが限定SSRだ。追加から数日間ピックアップされるのは一緒だが、その後はガチャから出なくなる。とはいっても、一定期間経てば期間限定ガチャが再度設置&ピックアップされることが多い。

限定SSRが追加されるガチャは定期的に開催され、その度に対象となったキャラクターを好きなユーザーは喜んだり爆死(ガチャ用の石を使い切っても目当てのカードを引けない現象基準は人それぞれだが一般的有償石を購入→購入分をすべて投入するも出ない状態をさす)して涙で枕を濡らしたりするのだ。

たかカードに、とアプリゲーム課金行為に思う人もいるかもしれないが、デレステSSR特定アイドル3Dモデル特別ドレスを着せられるようになるのだ。デレステ醍醐味といってもいい。可愛い子のカードに、その子だけの可愛い服を着せて踊らせる。可愛い子が好きなオタクとしては垂涎ものだ。

とあるタイミングスターライトステージガチャ回数に上限が設置されてからは決定的な爆死もかなり緩和された。

さて、本題。

2020年ブライダルテーマガチャで、とあるキャラクター3人の新たな限定SSRが追加された。

メンバーは黒埼ちとせ川島瑞樹イヴサンタクロースの3人である

限定ガチャ話題性が強く(人は期間限定という単語に弱い)、イラスト気合が入っていることも多い。季節モノであれば花びらが舞ったり、海が抜けるような青空を反射している。1枚の絵として見たときに「特定のシーン(季節と場所が組み合わさって特別感を演出している)」であることを連想させるものほとんどだ。

ブライダルテーマである。「俺の嫁(古い表現にはなるが)」という観点アイドルを愛するユーザーも少なくはない。むしろアイドルの中でPラブ勢(ユーザー分身である作中のプロデューサーに想いを馳せているアイドル達のこと。もちろんあくまビジネスパートナーとしての関係を望むアイドルも多くいる)が今か今かとチャンスを狙っているといってもいい。

そんなユーザーにとってもアイドルにとっても関心が集まりやすブライダル限定ガチャラインナップが物議を醸した。

メンバーのうちの1人、黒埼ちとせの絵アド(同じレアリティ、性能である場合かなりの確率で絵が上手いほうが好まれる。これはデレステに限らない話)が異常に高いのだ。

よくあるアプリゲームらしくカードにはイラストが2種類用意されており、デレステでは強化前を「特訓前」・強化後を「特訓後」と呼ぶ。

現在音ゲープレイ時の編成表示は特訓状態依存している為、結果的に特訓後のイラストを見ることの方が多くなる。尚、アルバム機能以外ではアプリホーム画面に固定して表示することもできる。

イラスト大事だ。自分が元々好きな子なら大体可愛く見えるというのも勿論あるが、せっかく新しいカードが発表されるのであれば純粋に可愛く描いてほしい。その子だけの表情で、その子だけの特徴を活かした綺麗な1枚がほしい。

そう、絵アドは大事なのである。絵アドが高いに越したことはない。まず好きな子の綺麗な絵が見られることが嬉しいし、好きな子が周りから可愛い!」と褒められたらそうでしょうそうでしょう、この子とっても可愛いんですよと誇らしい気分になる人も多いだろう。

では今回一部で話題に"なってしまった"黒埼ちとせの絵アドも同じように捉えていいのか。

問題になってくるのがまさかの「デレマスというコンテンツスタンス」そのものなのだ

現在190人のアイドルを擁するこのコンテンツの売りであり異常でもある(自分はそう思っている)のが「誰もがシンデレラになれる」というテーマである

どんなジャンルでも大抵「最推し」という文化があるものだが、デレマスはそれを越えた「シンデレラ」にすることをユーザーに委ねている。

ステージアイドルこちらで準備できています。あとはあなたがどの子に声をかけるか。そういうストーリーがまずプレイヤーに課せられるのだ。顔はもちろん体型も趣味も違うアイドルのうち、誰をシンデレラにしたいのか。ガラスの靴を履かせて、舞踏会で周りの人が皆見惚れてしまうぐらい輝かせたいのは誰なのか。

プレイヤー(プロデューサー)はそのうちから1人(場合によってはそれ以上も)の手を取り、ともに歩みだす。

では提供する側の公式がすべきことは?

「誰もがシンデレラになれる状況を作ること」である

同時期に同じ目的で作られたイラスト複数を並べたときに1人だけ異様に絵アドが高いというのは、定食屋メニューみたいに「おすすめ」とか「人気」とかを公式自らつけているようなものだ。結果、「誰もがシンデレラになれるんですよ」というコンテンツの売りが死ぬ

勿論大人の事情もあるだろう。たまたま特定アイドルおすすめしてしまうことになる可能だってある。偶然が重なった結果なら仕方ない?

仕方ないとユーザー擁護してしまった瞬間、皮肉にも守りたかったはずのコンテンツの売りが死ぬのだ。お金が関わるから、今が時期だから、太客がいるから…そういった擁護は「誰もがシンデレラになれる」と売るコンテンツに対してのある種の冒涜とも言える。

「誰もがシンデレラになれる」を売りにしている以上、そもそもユーザーに「キャラクターAに与えられたチャンスが他のキャラクターより優れている」と気付かせて(言わせて)はいけないのだ。「誰もがシンデレラ」ならユーザー(から選ばれたアイドル)に与えるチャンスそのものが等しくないと成り立たない。

もしコンテンツから公式側の推しとお前の推しで殴り合うゲーム」と明言されていれば公式特定アイドル優遇しても理論上は問題ない。道徳とかそういうもの問題ありそうだが。

だがデレマスならびにデレステはそんなことは言ってくれない。あくまで「誰もがシンデレラになれる」、希望に満ちた世界観なのである。これは一周回って残酷と捉えていいだろう。

さて、ここまで読んでくれた人は「同じ限定ガチャで1人だけ絵アドが高い」という現象について改めて考えてほしい。

公式やこの文章のもの文句がある人もいるだろうし、渦中となった限定SSRの黒埼ちとせ擁護したい人もいるだろう。その行動が完全一致することよりも、言葉の行き先に意味はあるか(何の歪みが原因で騒ぎになったか自分なりに理解しているか)を重視する方が自分は大切だと思う。

2020-05-31

LatexLatex2mlをWindows10マシンに導入すべきか

数式を含んだマークダウンからdocxへの変換をやっているがどうもマルチバイトだとバグが起こるようだ。英文だと問題ないが、日本人宿命ゆえかマルチバイトも扱わねばならない。いっそのことソースマークダウンからTex(テッフ)に変えちゃうか?変換先をdocxにするのは諦める必要がある。PDF一択か。Beamerを導入すれば一応スライドっぽいものも作れる。Latexmlを導入すれば、HTMLEPUBに変換できるけど、当座数式を多く含んだ日本語文書場合は、Beamerで良いのでそうすっか?LinuxマシンへのLatex導入は、迷う余地なしとしてもだ・・

2020-05-30

anond:20200530070556

まぁでも60代以上とか大きくくくれるならそれはもう年齢的な宿命のようなもんだろうし、いずれ自分も通る道で、その時になったら(こういうことなのか)と思うような事柄だと思う

2020-05-28

anond:20200527190026

匿名ダイアリー宿命から書いといてやるが、一瞬正当性がありそうなフリして実は悪法をプッシュしてくるなりすましが多いんだよねぇ。

2020-05-25

おかげさまで今日、、、、、

ママになりました〜🤗

元気な女の子です〜❤❤❤

名前はぁ、、、綺星絆(キセキ)ちゃんです〜〜✨✨🤣

この綺麗な星に産まれてきてくれた私達の絆🤔、、、まさに奇跡です!!😯😯

一生名前からかわれる宿命背負わせるのって虐待だよな

2020-05-22

anond:20200520235810

異能バトル→ハリポタ異能バトルではなく魔法

・表社会から秘密世界→近いのはBLEACHの尸魂界くらいだがBLEACHの連載開始はハリポタより後。

学校生活部活動→いずれの漫画ハリポタほど学園が舞台であることは徹底されていない。全寮制でもないし、学年が上がっていくこともない。

絶対悪→ヴォルデモートは最初から最後までラスボスとして存在感があったが、ワンピNARUTOBLEACHにそこまでの悪役はいない(ボスを倒せば次のボスが現れるステージクリアである)。

事情を持つ敵→漠然としすぎ。

少年に秘められた特別な力→ハリー特別な力はない。

血統主義最近はよく揶揄されているが言われるほどジャンプ血統主義ではない。主人公の両親が重要役割を果たすのはNARUTOくらいで、ワンピでもBLEACHでも親の存在希薄である

・親世代から続く確執ハリポタが「親から引き継いだ宿命」を物語の根幹に据えているのに対し、ワンピBLEACHでは枝葉の一つにすぎない。NARUTOでは両親のことが描かれるが、ラスボスと強い因縁があるわけではない。

・空白の過去の謎→なにこれ?

道標となる先達→そりゃどの作品にも出てくるだろ

ヘテロ主義的な恋愛シーケンスの処理→なにこれ?

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