「折衷」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 折衷とは

2018-10-10

anond:20181010093922

そうかもね。でも、無料だったら遊び惚けてるやつが増えるから駄目だ!というにはこの折衷案でもいいんじゃない

少なくとも今の高額な学費をそのままのこして、少子高齢化をどんどんひどくしていくよりは。

今や、大学学費のことまで含めて子供を作るのが当たり前で、それがゆえに少子じゃないとだめだといいう社会子供が多いのは大学のこと考えてないバカと笑われる時代。とすると、大学学費は減らさないとならない。

もちろん、出世払い還流分以外にもきちんと収入源は設けてね。

2018-10-05

anond:20181005145433

折衷案として、ミッキーに入場料分手コキサービスして入れてもらうと言うのはどうかな。

2018-10-01

anond:20181001184222

偏ってる低能より折衷案出せる低能の方が低能としちゃ多少は上等なんだよなぁ

社会に出たことないの?自分意見を曲げたり他者尊重しないと生きてけないんだよ?

2018-09-27

ノーカンに しないわけには いかいか

増田でもはてブでもTwitterでもそうなのですが、何かしらの議論話題になった時、対立する意見に対して全否定で話を終わらせようとする例を多く見るように思います

「まったく考慮に値しない」「議論するだけ無駄」「こんなこと考える方がおかしい」というような直截的な言い方もありますし、「比喩おかしい」「主語が大きい」「お前だけの感覚他人押し付けるな」といった誤りを指摘しようとするものもあります。中には「言いたいことはわかるがここの文章が気に食わない」と、理解しようとはしていることがアピールされていることもあります

しかしここで私が気になるのは細かい言い回しがどうこうではなくて、最終的に、相手の感じたこと・考えたことについて、まったく思いを馳せない、理解したくないという、方向性ことなのです。

自分はここまで考えてあなた発言おかしいと思った。終了。あなたがどう思っていたか、何を言いたかたか、何を言うべきだったか知らないが、価値ないものとして扱うことにする。ノーカン。すべてノーカン。さ、次の話題へ。

もちろん、自分と異なる意見に対して反対意見を述べることには何ら問題ありません。

不当な意見、見当違いの指摘、イチャモン、そういったものに対して異議を申し立てることも必要でしょう。

人間ですから、つい感情的反駁したくなることだってあります私自身、ゲーム趣味としているので、たいして検討されずにゲーム悪者にするような論を見ると、反射的にムッとしたりします。

中には「相手意見を深く考慮したいと思わない」「他人理解できるなどというのは幻想だ」「自分ばかり相手に慮るのは嫌だ」「少しでも譲歩すると相手がつけあがる」とお考えの方もいらっしゃるでしょうか。「短文しか書けないTwitterでこのような議論を始めるべきでない」「他人に考えてほしいようなことを増田に書いていたら自業自得だ」とお考えの方もいらっしゃることでしょう。

昨今このような意見が書き込まれるのはたいていの場合SNSであるという事情もあります。色々な人の反応がひとつところにまとめて表示されるので、個々人は別にそれほど強く否定しているわけではなくとも、大勢全否定しているように見えるてしまいがちです。何年か前までは、一方的に「はい論破」と言って議論を打ち切るのだとか、人々が派閥に分かれるように誘導して「対立煽り」するのだとかは、忌避すべきものとされていたようですが、今は打ち切ったり煽ったりすること自体を指摘する声も目立たなくなったのは、SNSでは議論参加者が増えて複雑になったせいでしょうか。

はいものの、相手意見のもの、というよりは、私とは違う人間であるその人がなぜそのような意見を言うに至ったのかを落ち着いて考えるとき自分は同じようには思わないにしても、相手が何を不快に感じたのか、何を懸念しているのかといった点は、ある程度理解できることもあるように思うのです。

理解するのと、納得したり同意したり配慮したりするのは別の事柄ですから、最終的に「言いたいことは理解したが、賛成はしないし、この件について私が何かすることはない」という結論を出すのでもかまいません。それなら、「相手意見考慮したがまったく理解できないし賛成もできない。よって結論が出たので今後あなたの話は聞かない」というノーカンとは違います

ただ、相手のその場での発言文章や振る舞いそのものだけを見て反対して終わる様子をあまりに多く見るにつけ、もしかたらこれは私たち全員がどこかで損をしているのではあるまいか、という気がしてならないのです。

しかしたら、ノーカンにせずにもう少し議論を深めていたら、根本にある問題を突き止めたり、相手が納得したり、折衷案が見つかったり、新たな方策に考えが至ったり、そういった流れもありえたのではないかと、盛り上がっている様子の議論を見ながら思うのです。

私自身は、政治にも経済にも文化にもスポーツにも知識がないものですから、具体的にどの議論でどんな結末がありえたかをここでお話しすることができません。もはや若くもないけれど、他人経験を語れるほど歳を重ねてもいません。私だけが議論を大所高所から見ているのだと大物ぶるつもりもありません。争いを好まない心の綺麗な人間だと言うつもりも毛頭ありません。ご覧のとおり文章を書くのも下手ですから自分議論を整理するような技量もありません。こんな文章を書いて何様のつもりだと言われたら恥じ入るばかりです。

ですが、私よりも色々なことに詳しく、様々な経験もお持ちであろう人々が、例えばTwitterで目にしたリツイートに、例えばはてブの注目エントリに、反対したくなった時。否定してノーカンにして地平線の彼方に追いやらずにおいてくれたらと、たまに思うのです。

2018-09-16

anond:20180916185642

うーむ、日本で真っ当な組織形態エンタメやりたいなら、球団みたいな組織形態折衷案で無難理想なのかな

金だしてる人(組織)>マネージャー監督スター選手

みたいな

2018-08-10

折衷案としてサマータイム部分的に導入する案を考えた

サマータイムであるという証拠として、必ず時間や日付の後ろにSをつけるようにする

10時は12:00S、8/1023時は8/11 1S時とか。

サマータイムを使っている時計にはSシールなどを貼る。サマータイムですよという証があればいい。厳密にはサマータイムとは異なるので、オリンピックタイムかい名称にしても良い。

基本的に、システムにはサマータイム適用しない。

あくま人間に、もう寝る時間、もう起きる時間というのを意識させるのに使うものとする

なので時間シビア業務会社サマータイムが導入されることはないが(銀行とか鉄道とか)、融通がきく会社にはサマータイムが導入できる。

サマータイム問題点は、時間を変えることによって、時間依存するすべてのものが変わってしまうところなので、そういった依存とは切り離して思考できるようにしてしまう。

もし混乱しそうなら、通常の時間思考する。

実際暑さ対策として、人が行動する時間を前倒しするというのはアリだと思うので、夏だけ9S時出勤、18S時退勤とかになっても特に文句はない。

実際ほとんどの日本人会社勤めか学校通いなので、この方法で意外なほどうまくいくと思ってる。

たぶんこれでも多少混乱するから、めんどくせーってなってサマータイム形骸化するんじゃないかなと思ってるけど、夏だけ時間を前倒しにするという面から見ると、一定の効果は見込めると思う。

2018-07-17

デレぽの杏botについて感じたこ

これを書いたきっか

デレステ内のコンテンツであるデレぽで、杏botとそれに対する冴島清美、および他のアイドルの反応について、問題があると感じている人もおられるようです。

ただ、この件、問題があると思った人は強く主張するが、問題があると思わなかった人は特に言及しないため、後に「すべてのユーザー問題を感じていた」というイメージけが残る可能性があります

そこで、問題があると思わなかった私から見て、あのやり取りをどのように解釈していたか、というのを書こうと思いました。

この解釈他人押し付ける気は毛頭ありません。

botの件に問題があると思っている人は、これを読んでも意見を変えることは無いでしょう。

あくまで、「こう考えた人もいた」という程度の駄文と思ってください。

botの何が問題だったか

これは明言されていませんが、杏botbotであることを隠さず再開できていることから、デレぽには「bot禁止」というルール存在しない、と考えるのが自然です。

そのため、杏bot問題点は、「botを使っていた」ことではなく、「自身の手による投稿であるかのように周囲に誤解させていた」という点になります

この問題点に対して、最終的な「botであることを明示する」というのは、妥当な落とし所だと思われます

それに対して、「botを即時停止させる」という冴島清美の行動は、行き過ぎがあったと思われます

では、この行き過ぎた行為は、冴島清美というアイドルの株を下げるための表現でしょうか。私はそうは思いません。

bot停止から見る冴島清美の魅力

私は、botを即時停止させたという冴島清美の行動は「張り切りすぎたがゆえの勇み足」だと感じました。

彼女がデレぽのマナーに関して張り切っていることは、4/27の以下の投稿から窺い知れます

ネットマナーを守るのも風紀委員の務め。皆さんの投稿は私が責任をもって監視させて頂きます

このように、マナールールを大切にしたいという思いが強すぎ、時にそれが勇み足や空回りに繋がるというのは、この冴島清美アイドルの魅力ではないかと、私は思います

(もちろん、私が冴島清美について正しく理解できていない可能性も高いので、担当Pから「そんなことはない、誤解している」という批判があれば甘んじて受け入れます)

ただ、こうした空回りは、必ずしも悪いものではなく、それが魅力となることは十分にあると思います

隙あらば担当について語ってしまますが、私の担当する今井加奈というアイドルも、「張り切りすぎて空回りする姿」を見せることがあり、それもまた1つの魅力だと思っています

次に問題となるのは、botの即時停止が冴島清美勇み足だったとして、双葉杏がなぜそれを受け入れたか、という点です。

これは、単に双葉杏が「正当性を争うよりbotを止めた方が面倒ではない」と考えた、ということだと思います

これもまた、双葉杏というアイドルの特徴をよく捉えている部分だと思います

こうして、張り切りすぎた冴島清美と、面倒くさがった双葉杏という2人の特徴を踏まえて、杏bot停止という1つの結果に繋がります

ただし、このままでは冴島清美は「勇み足をしただけ」になってしまます

そこで、この先の杏bot再稼働に繋がります

この部分は、蛇足だと感じる人もいるようですが、私はこの再稼働こそが今回の勇み足フォローし、冴島清美のもう1つの魅力を表現する部分だと思っています

bot再稼働から見る冴島清美の魅力

bot再稼働後、冴島清美反省していることについて、「なぜ反省する必要があるのか」という意見を見ました。

ですが、「bot禁止ではない」という前提をもって、冴島清美投稿の以下の部分をよく読んでみましょう。

私の一存で停止してしまたことは反省しています…。

「私の一存で」という部分は、非常に重要です。

この時点で冴島清美は、本来自分bot停止を強制する権限がなかったという点に気づいており、そのことを反省していると捉えられます

このことは、先述した冴島清美の「張り切りすぎて勇み足をする」という魅力に加えて、「勇み足に気づくことができる」という点、そして何よりも、その2つを総合した魅力としての「生真面目さ」が表現されていると思います

双葉杏側にも「bot投稿自身の手による投稿であるかのように周囲に誤解させていた」という非があったにも関わらず、あまり反省していない双葉杏と深く反省している冴島清美の対比には、やはりこの2人の性格の違いがよく現れており、この一件の特徴的な締めくくりとなっています

他のアイドルから言及について

ここが、おそらく今回もっと賛否両論な部分だと思います

ただし、先述したように、争うことを面倒くさがっている双葉杏bot再稼働に向けて動かせるためには、「杏に有利な状況」が作られないと、話が進まないという問題があります

ここでbotを止めたままにしてしまうと、冴島清美勇み足フォローを行うことができません。

(デレぽをbot禁止という設定にしてしまうと、今後他のbotを生み出す余地がなくなる、という事情もあるかもしれません)

そこで、杏に有利な状況を作る「他のアイドル」が割り込む必要があったのだと思います

そのためのメンバーに深い意味を持たせる意味はなかったと思うので、最近イベントで杏と一緒に組んだメンバーが選ばれたのではないでしょうか。

(以下2018/07/17 20:00に追記)

この部分のやり取りが陰湿に思われることが今回の問題本質であり、ここへの言及が少ないことへの批判複数の方からいただきました。

この点への言及が少ない理由は、まず1つには、私はこのbotを巡る一件でデレぽ内で表現たかったメインの部分は先に述べた部分にあり、この部分は本質ではない、と考えているためです。

もう1つの理由は、私はこの部分のやり取りが陰湿だと感じなかったためです。

前段に書いたように、この記事は私がどう解釈たか、ということを書いたものであり、今回の問題への解答をしようだとか、他の人にこう解釈すべきと押し付けものではありません。

まず、そのことを前提としてご理解ください。

ですが、この部分への言及必要だという意見をいただいたため、私が陰湿だとは考えなかった理由について、述べさせていただきます

くどいようですが、あくまで他の人にこの解釈に従って欲しいというものではありません。

まず、この件では、全員が一方的に冴島清美を責めてはいません。

しろ、直接的には誰も冴島清美の行いを責め立てる発言を行なっていません。

さらに、小日向美穂投稿では、

清美ちゃんの言うことも分かるから…難しいね

と、冴島清美の主張が肯定されています

次に、私が注目しているのは、佐久間まゆ発言です。

正しく楽しく使えば、清美ちゃんもきっと許してくれますよ。

この「正しく楽しく」という言葉が、私は最初に引っかかりました。

まり普段は口にしない組み合わせの言葉だと思います

この「正しく」というのは、冴島清美キャッチフレーズである、「清く正しく」に繋がっているのではないでしょうか。

続く「楽しく」は、それへの対比として、双葉杏を表している言葉だと考えられます

ここで、「正しく楽しく」という表現をあえて用いることで、冴島清美双葉杏の2人の落とし所として、その次の2人の相談に繋げていると思えます

冴島清美も、本来はデレぽの利用を締め上げたいのではなく、悪用を防ぎたいという考えで行動しています

そのため、佐久間まゆの発した「正しく楽しく」は、彼女にとっても自分意思を曲げずに受け入れることのできる考え方です。

私はこのように、

の流れと、直接冴島清美非難しないことにより、書き手配慮としては、一方的に追い詰める形にならないようにする意図があった、と思っています

問題があったとすれば、この描写中途半端であり、中途半端配慮したことで返って裏の意図を感じて「陰湿」に思う人がいたということかもしれません。

ですが、私はここで4者の発言に裏の意図などはなく、小日向美穂本心から冴島清美事情肯定していると解釈しました。

顔ぶれを見ても、思ったことを隠して遠回しな発言をするようなメンバーではないと思います

botの一件を問題だと思う人に気をつけてほしいこと

ここまで、私がこの件をどう感じたかを書きました。

このように、冴島清美というアイドルの魅力を感じることができたため、私はこの件が問題だとは感じませんでした。

ですが、この件の表現問題がある、という受け取り方を否定するつもりはありません。

表現の受け取り方は人それぞれだと思います

ですが、2つだけ、気をつけてほしいことがあります

まず、多数を持って1人に圧力をかけているような構図に見えることを問題視しながら、「皆でこの件を問い詰めよう」と拡散を呼びかけている人がいます

その構図こそ、この件を問題視した人がけしからんと言っている行動に近いのではないでしょうか。

から、人のふり見て我がふり直せ、と言います

SNSにおける数の力による圧力を醜いと思うのなら、自分SNSを使った数の力で圧力をかけるのではなく、個々で意見を送ればそれで良いと思います

問題に感じた人が多ければ、自然とその意見は力を持つはずです。

もう1つは、「この件を問題に感じない人は、他者が傷つく気持ちに鈍感である」という中傷を行なっている人がいることです。

ですが、果たして、本当に他者が傷つく気持ちに敏感であれば、相手意見も聞かずに一方的に「こういう人は鈍感だ」と非難するでしょうか。

人の気持ちを語るのであれば、本当に自分相手気持ちを考えることができているか、気をつけたほうが良いかと思います

1人でも多くの人にこの件を問題視して欲しいのであれば、このような人格攻撃はかえって逆効果となります

追記(2018/07/17 12:00)

複数の方から、先にこの件を問題視していない人から問題視している人への「陰キャ」などの中傷があった、という指摘をいただきました。

私のTLではこの意見を見ておらず、この経緯を把握していませんでした。

この点は、記事を書く前に経緯を調べ切れていなかった私の落ち度です。

これに関する言及がないことについて、不快に思われた方には申し訳ありません。

このような中傷は、決して許されるものではありません。

記事内で何度も言及しているように、私は「問題だと感じることも、一つの捉え方」だと考え、そこに優劣は無いと考えています

この記事も、優劣をつけるために書いたものではなく、私の解釈が優れていると主張するつもりもありません。

はじめに書いているように、「こう考える人もいる」ということの主張です。

そのため、問題視した人を下に見て人格攻撃するということは、私が記事で書いた考え方とは完全に対立する考え方です。

自分問題だと考えなかったからといって、この件を問題視した人を中傷するということは、あってはならない行為です。

(上記で私が行なっている批判矛盾している、と感じるかもしれませんが、私が批判しているのはこの件を問題視することではなく、それを主張するための一部の行動です)

問題視している人は、こうした中傷を受けて、腹が立ち、「相手の主張になど耳を貸すものか」と頑なになったことでしょう。

これは当然の反応だと思います

ここでもまた、人のふり見て我がふり直せという言葉価値を持ちます

この件を問題視している人も、自分の主張を伝える際に、そこに中傷を混ぜてしまうと、相手は「そんな主張になど耳を貸すものか」と頑なになってしまます

私が気をつけてほしいと思っているのは、まさにこうした点になります

また、この記事自体他者への批判になっており、以下の点が自己矛盾しているのではないか、という批判もいただいています

人の気持ちを語るのであれば、本当に自分相手気持ちを考えることができているか、気をつけたほうが良いかと思います

開き直るつもりはありませんが、これはまったくご指摘の通りで、私もこうしたこと実践できている訳ではありません。

これはとても難しく、だからこそ、常に気をつけなければならないことだと思っています

この部分の文章は、自戒も込めて書かせていただきました。

最後

今回の件で、単に騒動に乗っかって楽しんでいるだけ、という人もいないわけではないと思います

そういう人に対して私から言うことは何もありません。

以上、駄文でお目汚しいたしました。

2018-07-13

契約結婚

男が考える契約内容って「いつでもセックスできる」とか「疑似恋愛的なものを楽しめる」みたいなセフレ関係で、女が考える契約内容って「子供作って育てて貰う」「金貰って家事をする」みたいなATM的な契約だよね。一言契約と言っても想像してる内容が180度違う。男も女も自分に都合のいい事だけ考えて、なんとなく契約結婚という言葉にあるそこはかとなくドライニュアンスに惹かれて勝手に言ってるだけという感じ。これを丁度折衷して折り合いをつけると、ただの結婚生活が出来上がりそう。

2018-07-09

死刑反対のロジック死刑賛成のフィーリング

先日、麻原彰晃松本智津夫)をはじめとする複数オウム幹部死刑執行された。

それに関して死刑制度の是非がまた論じられるようになっている。

まあ死刑制度については人によって考えがいろいろあるのだろうが、ここでは個人的な考えを纏めたいと思う。

まず死刑制度は何のためにあるのか?

一つは「報復のため」だろう。目には目を歯には歯を、とばかりに、極悪人には死で償ってもらうというものだ。

二つ目は「スカッとするから」だろう。悪い奴、嫌いな奴、憎い奴が殺されるのは気持ちがいい。もし俺が被害者遺族の立場に立ったら、加害者は殺したいほど憎むと思う。

三つめは「犯罪抑止のため」だろう。だが、これには疑問が残る。もし死刑犯罪抑止効果があるなら、死刑廃止した国は、死刑廃止後に犯罪数が激増しているはずだ。だが、そのような話を聞いたことがない。これは話半分に考えておくべきだ。

では、死刑反対について話をしよう。死刑反対の理由はいくつかあるが、

一つは「冤罪可能性がある」だろう。冤罪人間を殺してしまっては取り返しがつかない。もっとも、これは冤罪のもの問題だし、殺さなければいいというものではない。そして、冤罪でないことが明らかな相手には無関係な話だ。

二つ目は「人を殺してはいけない」に説得力がなくなる点にある。国は市民殺人禁止しているのに、国が殺人を行うのが許容されるのは、明らかに矛盾している。という理屈だ。「正式手続きに則っているのだから良い」という意見もあるが、その「正式手続きを経れば殺人が許容される」という考えがおかしいと批判されているのだから、ここは平行線だ。

さて、死刑反対の話を出すと「欧米ではテロリストを射殺することが多々あるが、現行犯を射殺するのはいいのか」という意見がたまに見られる。

断言するが、このケースは許される。

こういうことを書くと「人を殺してはいけないんじゃねーのかよ」と言われそうだが、これには例外がある。それは「現在進行形他者生命安全が脅かされているとき」だ。

これは正当防衛論理と全く同根だ。もしあなたの家に刃物を持った強盗が押しかけてきたとして、その強盗に反撃して殺してしまっても、基本的には正当防衛適用される。

だが、この強盗をひっとらえ、手足を拘束し、身動きを取れないようにするなど、無力化した場合はどうか。相手自分を殺しに来るような悪人であっても、無力化された人間を殺したり、危害を加えるのは(情状酌量余地はあるにしても)許容されない。

これが死刑反対三つ目の理由であり、そして最も重要ロジックだ。

「無力化された人間は、いかなる理由があろうと殺してはいけない」

逮捕され、拘束され、刑務所に入れられた人間は、明らかに「無力化された人間」に他ならない。だから、そのような人間を殺すのは許されない。

一方、逮捕されてもいない、武装した強盗テロリストは、いつ人を殺すか、危害を加えるかわからない。「無力化されていない、かつ他者生命を脅かしている存在」だからこそ、逮捕せずに射殺が許される。

これこそが、死刑制度否定されるべき理由である

さて、死刑に賛成の人間が、これに太刀打ちできるロジックを立てられるかというと、不可能だ。だが、死刑賛成はロジックでするものではない。

死刑に賛成するのは、感情論で十分だからだ。

死刑を望む理由は二種類ある。「悪い奴は殺されるべき」「極悪人を許せない」という義憤正義感と「悪い奴を、嫌いな奴を殺したい」という欲望だ。

どちらも人類が持つ感情として普遍的ものであり、この感情否定するのは絶対不可能だ。

なぜ死刑肯定されうるか、それは人類にとって普遍的、かつ自然感情に訴えかけているからだ。

ここまで並べればわかるだろうが、死刑反対派と死刑賛成派は決して交わりえない。

論理的に考えれば、死刑制度肯定できるものではない。

だが、感情で語れば死刑制度否定することはできない。

どちらも重要ファクターで、二律背反となっていることこそが、死刑制度の是非が分かれる理由だ。

残念ながら、折衷案は今のところ存在しないし、まったく思いつかない。

2018-06-10

精神系・神経系の疾患を持つ加害者が起こした事件の遺族団体と、そういった疾患の患者支援団体の間で協力して、新しい制度提案できないのだろうか。

最も重い直接的被害を受けた集団と、最も偏見の無い集団で協力できれば、世の中のほとんどの人が受容できる折衷案が生まれると期待する。

2018-04-26

anond:20180425204114

男性女性塩分油脂分の必須量が違うので仕方がないと思う。(クーラーの設定温度と同じく永遠課題

サザエさんの昔からステーキやらトンカツ男性にとっての高級料理だった(肉と調味料しかいらない、手間もそんなにかからないのに)。

多くの家庭料理はその折衷

まず「俺は女性にくらべたら濃い味、体に悪い料理が好きな男性という生き物です」とみとめさせるところからはじめては。まあ、まってれば健康診断血液検査がそれを代行してくれるんだが。

あと鶏肉から揚げ。とにかくやつらは鶏肉といったらから揚げしか食べないぞ。ちょっと妥協してチーズオレガノでもかけて「ピザ味」と称するとソテーでも食べることもある程度。チキンカレー微妙ライン上らしい。

たべたら、ああやっぱり濃い味がおいしいんだね君は。私にとっては濃い。濃すぎるぞ。としつこくいう。しつこく洗脳しないとわかってくれない。

2018-04-25

anond:20180425033131

世間の風潮と自分理想が違うと「普通こう」「これが常識」と相手を説得できないからだと思う。

それぞれ理想が違っても話し合いで折衷案を取れる夫婦なら良いけどそんなに多くはない。

2018-04-21

いくつか映画を見て感じた事

人が子孫を愛すのは、肉体が滅びても子孫が続くことで自分永遠に続くように感じるから

極楽地獄も、先祖が残した祝福であり呪い

人は輪廻を信じ、そして滅ぼそうとする。親も子も愛し憎みあう。BLEACHみたいな世界だな…。エホバ教の楽園思想輪廻転生思想折衷した物かも?

今日も俺は生きなきゃならない、もうウンザリだ。

でも死にたくない、永遠に生きたい。

私は私でありたいが、君たちとも繋がりたい。

私は君達でもありたいが、君たちを消してやりたい。

気持ち悪い。

2018-04-18

anond:20180418110138

通える範囲でレッスン受けつつ別の機会を狙うみたいな折衷はいくらでも出せるじゃん?

2018-03-25

anond:20180324225854

つまるところ、「旦那子供と一緒にいるのに別々のことをしている」「話さない」のがモヤモヤのもとかと。一緒に見てたらモヤモヤが減るのかなと、なんとなく想像した。

あと

私と2人きりのときは見たがらない。

お父さんがいるときだけYoutubeせがむというのは、父親避けられてる可能性あり。嫌われてなくても「父<Youtube」になってるかもなと。

あと、何時間も(1日中家にいるとそうなるのか、育児経験がないので想像に頼るけれど)子供の付き合いが父親ワンオペになってると、父のほうも遊びネタが尽きてるのかもしれない。プラレールでキャッキャしてるというけれど、小さい子供は誰とでも何でも楽しんじうから

お父さんも丸一日子どもと遊ぶんじゃなく、自分時間が欲しいのかもしれない。外出じゃなくソシャゲで家にいるから、家庭内にそれが見えてしまっているだけで。

なんでじぶんばっかり育児負担がかかるんだろう

この書き方で、なんとなく「自分時間をほぼすべて家事子どもに使うのが理想」と考えてるのかなと想像した(言いすぎだったらごめん)。それで父親に「家にいる時間は常に子供を見ていろ」という考えに転じたのかもなと。良い理想だけれど、それってどのくらい現実的なんだろうと思う。ただ、育児経験がないので具体的な折衷案言えない。

父親に「ソシャゲやめろ」と言うのが切ないのでこういういい方になってしまったけれど、やりすぎだったらやめさせる/縮小させるのが、子供のための時間を増やす策とは思ってる。「ゲームは1日1時間」を守らせてみるとか。

YouTubeがというより「何見てるかわからない」のが心配Youtuberなのか音楽なのか何かコンテンツなのか。話を聞いてとっさに思いつくのは1つ目だけど、伝聞の印象でしかない。Eテレみたいな内容の想像つくほうがまだ安心感

親が子どものことを心配するのは当然だし良いことなので、良い方向に進んでくれることを願ってます

個人的なことを加えるなら、親がギャアギャア怒鳴ったりすると、成人してからもしばしば思い出すので、理性的判断は気を付けて欲しいです。

2018-03-16

anond:20180315211622

こういうこというと、「産休育休最短で戻って、夫に専業主夫やってもらえば?」という様なご意見いただきます現実的には妊娠から出産後まで約1年は周りの配慮もあって裁量労働激務な企業では戦力外です。評価も、キャリアも大幅変更になるでしょう。

他の人も言ってるけど卵子提供代理出産でもして貰えばいいんじゃね?

こう言ったら「『お腹も痛めずに子ども授かろうなんて』って陰口叩かれる!」とか

「そんなことするお金なんて現実的にありません!」とか愚痴愚痴言ってくるんだろうけど笑

誰にも非難されず自分のやりたいことを何の障壁に直面することもなくやり遂げるって不可能じゃん?

みんな各々エゴがあってそんなかで折衷して最大公約数的に物事進めていくのが社会じゃん?

宮廷出て一流企業勤めててなんであんな考え方になるのかねえ

2018-03-06

結局どうなりゃ日本は始まるんだ

先日の内閣総辞職云々のときは「アベが辞めれば日本は始まる!!」みたいな論調を見掛けたのだけれど、

そういう方々は今回の緊急事態条項についてどうお考えなのだろう?

詳しくは知らないけど、この件は安倍総理は慎重だったのに次期総理有望株の石破さんらが明記を要求したんでしょ?

安倍総理が辞めて石破政権が始まったら、緊急事態条項に関してはむしろもっと日本終わらん?

安倍政権のモリカケよりは石破さんの要求した緊急事態条項の方がマシって考えなの?

それとも、もう一回政権交代しないと日本は始まらないと?

民主党政権時の日本は始まってたのに、愚かな国民のせいでそれを潰されたという衆愚政治的なお考え?

もしくは、安倍総理の茶を濁した折衷案のような憲法草案より、次期石破総理(?)の尖った憲法草案の方が国民理解が得られ難いだろうという願望?

それで万一石破色の強い憲法国民投票で通ってしまったら「まだアベの方がマシだった…」って流れになるの?

私は頭が悪いのでなんか良く分からん

というか、森友の頃は色々面白かった国会プロレス最近はなんか過食気味で興味が失せて来てしまった。

2018-02-20

[] #50-5「猫の生殺与奪権」

ウナギを守るためだ!」

「『人間の作った勝手尺度で他種の命を測るな』って言ったのはお前だぞ! ウナギを守るために猫を殺すってのは、命に優先順位をつけたってことだ」

貴様らは考えが浅すぎる! もっと広い視野物事を見ろ! 『殺される猫が可哀想』くらいにしか思っていないくせに、その場限りの安易気持ちで猫一匹を守ってどうする」

みんなの言い分も、ウサクの言い分も、相容れないようにみえ本質は同じように思えた。

あーだこーだと理由をつけてはいるが、とどのつまりは異なる命を天秤に乗せ、どちらがより重いか外野が言い争っているに過ぎなかったからだ。

「僕たち人間の都合で猫を殺すなんて勝手すぎるよ」

「その猫を生かしてウナギを見殺しにするのも貴様らの身勝手だろう!」

どちらが身勝手かというなら、どちらも身勝手という他ない。

理由が何であれ、猫を殺すにしろ生かすにしろ、それは俺たちの都合でしかないのだ。

だが、そうやって俯瞰しているつもりの俺もロクなもんじゃない。

ただ成り行きを見守り、自分自身が出すべき結論から逃げていたのだから

しかし逃げられるものでもないことは何となく分かっていた。

この猫を捕まえるのにだって小魚を一匹エサにしている。

その上で握った猫の生殺与奪権。

もはや俺たちは後戻りできなくなっていることを肌で感じていたからこそ、何らかの結論押し付けなければならなかったのだ。


議論平行線を辿っていた。

いや、悪化しているかもしれない。

もはや互いの主義主張をひたすら押し付けつつ、罵詈雑言が入り混じる泥沼と化していた。

テーマが何であろうと、所詮はガキ同士の言い争いってことなんだろう。

まあ、それでも上等なほうだとは思うが。

「ええい、埒があかん! マスダ、猫をこっちに寄越せ」

ウサクはとうとう強攻策に出てきた。

ダメだ! 渡すんじゃない!」

当然、弟たちが割って入る。

兄貴、その猫を連れて逃げろ!」

別に猫を庇いたいと思っているわけではないが、この状況でウサクに渡したところで事態は進展しないだろう。

弟たちとの争奪戦が勃発するだけだ。

かといって逃げたところでその場しのぎにしかならない。

結局、互いが納得しなければ解決しないのだ。

こうなったら、俺が出来る提案は一つしかない。

「みんな落ち着いて、いったん話を整理しようぜ。よく考えてみれば、猫を殺すかどうかの二択じゃないことは分かるはずだ」

「え? どういうこと?」

「この猫がウナギを食べるかもしれないことが問題なんだろ? だったらこの猫がウナギを食べなければ、殺す必要はないってことだ」

折衷である

みんなも疲れてきているから、多少のことは妥協したくてたまらないはず。

「なるほど~、頭に血が上ってその発想がなかったよ」

「ふむ、理屈は分かる」

予想通り、みんな提案に乗ってきた。

こういう口論がゴネ得だといわれやすいのは、この点が大きい。

理屈が通らなくても主張を押し通し続ければ、折衷案に持っていける可能性があるからだ。

不毛な言い争いが辿る流れはいだって同じで、俺はそれを第三者立場から少し早めただけ。

「で、具体的にはどうするんだ?」

強いて不安があるとすれば、折衷案に持ち込んだ後のことについては俺もノープランだってことだ。

(#50-6へ続く)

2017-12-24

地方金持ち vs 都会の金持ち

ふと思ったけど、どっちがより幸せだろう

金持ちって言っても現実的ライン

例えば年収2000万くらいの小金持ち

 

都会でいいじゃんと思うかもしれないが

土地が高いせいで、小金持ちなくらいでは広い家に住めない

つか2000万くらいじゃ金持ち認識されないか

地方ならそこそこでかい家に住める

 

まあ大抵の場合仕事依存するので、どちらか選べるような人は稀だろうけどね

医者弁護士くらいか

選択できる場合は、折衷案で都市通勤圏内って人が多いのかな

2017-10-22

anond:20170925014714

一カ月ほど前にこの日記を書いたのですが、やっといい物件が見つかったので備忘録的に書いておきます

私たちは最終的にLGBTとしてではなく、「友人同士のルームシェア」として物件を見つけました。

この記事がどなたかの参考になれば幸いです。

目次

実際に私たち希望物件を見つけたやり方

以下の方法物件を見つけました。

1.一度店舗に行き、イメージをかためおとり物件を確かめ
2.とにかく問い合わせる
3.色々な不動産屋を回る

基本はとてもシンプル別にLGBTじゃなくてもごくありふれた方法だと思います

以下、解説していきますね。

1.一度店舗に行き、イメージをかためおとり物件を確かめ

どこでもいいので、希望する物件の近くの不動産屋に足を運びます

そこで事前に調べておいた物件やほかの物件も問い合わせてもらいます

ネットではなく実際に目の前で探してもらうことで、その後の物件探しもイメージがわくと思います

私は一人では物件を探したことがあるのですが、それでもルームシェアとして改めて探しに行くとこんなにも勝手が違うんだと驚きました。

また、希望に近い物件が「おとり物件」かどうかもそこで確認することができます

「おとり物件」はリスト化しておくと、後々不動産屋をみきわめるのに非常に役立ちます

勿論いい物件があればその場で契約してもいいと思いますが、少しでも疑問や妥協するところがあれば保留しておいた方が無難です。

内覧にいくと多くの場合「ほかにxx人がこの物件見に来たらしいですよ」と言われますが、これは高確率で早く契約をさせたいがための不動産屋の定型文句なので気にしなくてもいいです。ただ1月2月など繁忙期はその限りでもないので、見極めが重要です。

よほどのいい物件でなければ、1件目で契約することはやめましょう。

2.とにかく問い合わせる

希望物件に、たとえ「ルームシェア相談」のタグがついていなくても、とにかく問い合わせをします。

大手賃貸サイトには必ずと言っていいほど「この物件について詳しく聞きたい方」という問い合わせフォームがあります

そのフォームから直接不動産屋に問い合わせることができるのです。

その際に、下記の点に気を付けます

捨てアドを作り、電話番号絶対に教えない。

番号を教えると、当たり前ですが電話が来ます不動産屋の電話はしつこいです。

電話にも善し悪しがありますが、この作戦は「数打ちゃあたる戦法」なので、いちいち相手をしていられません。

メールであればゴミ箱に捨てればいいだけですので、信頼できる不動産屋以外には絶対に番号を教えてはいけません。

年収を書く

いかいかはともかく、私はメール年収を書きました。

社会人」であり「支払い能力」があり「具体的に検討をしている」ということを相手提示するためです。

引っ越しの時期もかくといいかもしれませんね。ただ3か月以上先の引っ越し場合ルームシェア関係なく、不動産屋としてはあまり相手にしてくれない場合が多いです。


実際にメールが来たら、その内容で不動産屋を判断します。

メールの返信が「具体性がない」「とにかく店舗に来させようとする」不動産屋はダメです。

また、不動産屋によっては大家に問い合わせをせずに検索サイトで「ルームシェア相談」のタグだけを見て判断する人もいます

きちんと問い合わせをしてくれた不動産屋は「問い合わせたところOKでした」「NGでした」と書いてくれる場合が多いです。

怪しい場合は前述した「おとり物件」を聞き、その返信で判断しましょう。

たとえ返信が「ルームシェアNG」でも、メールの返信に誠意がありそうで、かつコピペではなさそうであれば実際に不動産屋に訪問します。

3.色々な不動産屋を回る

世の中にはいろいろな不動産屋があります

特に都会ですと、同じビルの同じフロアに違う不動産屋が同居している、ということも珍しくありません。

そしてよく不動産屋のサイトには「ほかのお店の物件も紹介できることがあります!」と書いています

これは、実は不動産業界は同じ物件データベースを使っており、そこに登録され「一般媒介」であればどこの不動産からも紹介ができる、という商売をしているからです。

ただ大本データベースは同じでも、その会社が利用しているシステム営業方針によって紹介される物件に違いが出てきます

同じ物件がいくつも表示されたり、また同じ物件でもサイトや紹介会社によって写真掲載内容に差が出てくるのはそういった理由です。

コンビニにも特徴があるように、不動産屋にもそれぞれ得意なこと、得意な地域などがあります

大手チェーン店が悪いというわけではないですが(まあ私の経験だと悪かったのですが)、同じ物件でも融通が利いたり、その土地に詳しかったり、大家と仲が良かったりなど、地場不動産ならではの強みを持っているところも多くあります

また、特定不動産しかもっていない物件というのも実はあります

それが「専任媒介」の物件です。

簡単説明すると、こんな感じです。

一般媒介

どこの不動産からでも紹介可能物件

専任媒介

物件所有者が特定不動産屋と契約しており、その不動産からじゃないと紹介できない物件

専任媒介を任せられてる不動産屋は、当然ですがその大家と親密な関係を築けており、評価も高いです。

検索サイトでその物件が「専任媒介かどうか」を判断するのは難しいですが、記載があれば評価対象に含めていいかと思います

また、そういった「専任媒介」の物件があるため、できるだけ多くの不動産屋を回ることをお勧めします。


個人的経験としては、「地場不動産屋」で「専任媒介」で「その物件管理会社も兼ねている」となおいいと思います

その理由として「その土地に特化した物件をたくさん持っている」「ルームシェアなど特殊契約大家交渉してくれる場合がある」

地元根付いており、顔が利きやすい」「全国チェーン店と違って規定営業ノルマが緩い場合がある」などが挙げられます

…といっても、そんな会社狙って見つけられるものではありません。

勿論、全国チェーン店でも「専任媒介」の物件を持っていて、親身になってくれるお店はあります

たとえ地場不動産でも客に高圧的な不動産屋はたくさんいます

最終的にはもういろんなお店に問い合わせをし、実際に足を運ぶしかありません。

馬が合わない、会社雰囲気ちょっと…という不動産屋は思い切って断ってしまって構いません。

決める権利不動産屋ではなく、契約者にあるのですから

長々と書きましたが、このやり方で1か月弱で私たち希望物件を探すことができました。

最後は根気と妥協折衷案になるかと思いますが、そもそも目的は二人が幸せに暮らせるための部屋探しです。

探せば絶対に二人が住める物件は見つかります

互いに思いやりと余裕を忘れず、明るい未来を目指して頑張りましょう。

所感

部屋を探す上で、色々思うところがありました。

1.同性同士は部屋を見つけづらい!
2.賃貸検索サイトの「ルームシェア相談」の罠
3.「LGBTフレンドリー物件ってどうなの?
4.一人で契約してしまいたいという誘惑
5.UR物件という選択肢
6.入居できる物件を見つけた!でもそこからもうひと試練

それぞれつらつら書いておきます

1.同性同士は部屋を見つけづらい!

ルームシェアってよく聞きますよね。

実際に「NANA」「2DK」「オタシェア!」のように、フィクションノンフィクションわず漫画にもなるくらい、割とよく聞く単語だと思います

でも実は数ある物件の中で、ルームシェアを許してくれる物件って、すごく少ないんです。

体感的には全体の物件のうち、1割あるかないかです。

ある日、私たちは全国チェーンの不動産屋さんへ足を運び、「友人同士のルームシェア」を許可してくれる物件を探してくれるよう依頼しました。

勿論、事前にネットでいくつか「ルームシェア相談」の物件を探し、そこがちゃんと許可してくれるかも合わせて依頼しています

ですが、20件以上問い合わせて、可だったのは1件のみ。

詳しく聞くと、以下の理由NGを出す大家さんが多いんだそうです。

実体験、人からまた聞き、単なる想像から、などいろんな理由でこのように考える大家さんがいるんだと思います

なるほどこれらの理由は確かに納得しますが、同時に「別に夫婦同棲カップルだって別れるし、契約者さえちゃんと決めてればいいんじゃないの…?」と思わないでもなかったです。

まあ問題を起こす確率と単なる心証問題なんでしょうが…。確かにルームシェアをしようとする人は若い方が多く、騒音契約関係問題も起こしがちなのは理解できます

それでもこんなに少ないとは、完全に予想外でした。

2.「ルームシェア相談」の罠

大手賃貸検索サイトには「ルームシェア相談」や「ルームシェア可」のタグが付いている物件がよくあります。それを入れて検索すると、全部とは言いませんが、3割くらいの数の物件は表示されます

「意外とルームシェアできるところあるじゃん

そう思いがちなのですが、ところが実際に問い合わせると、そのほとんどが「NG」なんです。

NG理由は上にあげた通りですが、正直利用者からするとおとり物件も甚だしく、問い合わせしないとわからないので本当にやめてほしいです。

3.「LGBTフレンドリー物件ってどうなの?

2017年8月より、大手賃貸検索サイトSUUMO」で「LGBTフレンドリー」というタグ検索可能になりました。

その名の通り、「うちの物件LGBTの人でもOKですよ」という、色々な方々の努力理解の結果のたまものだと思います

ですが、私たちは下記の理由でこれを利用しませんでした。

二つ目と三つ目の理由が非常に大きいです。

「どうせ実際に言っても断られるだろう」「そのために不動産屋に問い合わせて奇異な目で見られるのは嫌」という、ある意味被害者意識ですね。自意識過剰だとはわかっているのですが、二人とも第三者へのカミングアウトには抵抗があり、このタグは結局利用しませんでした。

4.一人で契約してしまいたいという誘惑

賃貸契約というのは、多くの場合審査があります

基準物件ごとなのですが、一般的には「収入の1/3」が家賃の上限だといわれています

私の場合希望する土地設備を入れると家賃をぎりぎり収入の1/3に抑えることができました。審査の緩いところであれば通る額です。

そして実際、ルームシェアLGBTカップルが、この単独契約した物件に黙って転がり込むという形で成立している場合が多いです。

ですが、勿論契約書上に記載のない家族以外の人を住まわせるのは契約違反ですし、契約者が同居人から折半した家賃をもらう、というのは「また貸し」にあたり、これもまた日本では法律上NGです。※余談ですが、今はやりの民泊法律上NGです。

「どうせLGBT自体国に認められていないんだし、そもそも金額的に一人で契約できるんだからいいんじゃないの。もう個人契約しちゃいたい」と何度も思いましたが、以下の理由でなんとか思いとどめました。

正直最後が一番の理由ですけどね。でも、確かに世間に顔向けできない関係からこそ、ここはちゃんとしたほうがいいのかなと思い諦めずに「本当にルームシェア可」の物件を探し続けました。

5.UR物件という選択肢

色々と情報を探していると、「UR物件」という言葉を目にするようになりました。

古い団地再利用する国の計画で、専門の賃貸業者からのみ申し込むことができるちょっと特殊タイプ物件です。

何よりうれしいのが、「ほとんどの物件ルームシェアが可」という点です。

たとえ友人同士でも、同性でも、「全員が契約名義人」となり「一定収入要件」さえ満たせば、問題なくすんなり契約ができます

UR物件ではハウスシェアリングという呼び方をしています

私たちは二人とも社会人であり、収入要件も満たしているのでこの制度を知ったときはとてもうれしかったです。

古い団地再利用しているため、築30年40年はざらにありますが、その中でも比較的築浅だったり、リノベーションをしている物件なども多く存在します。

最終的に希望物件が見つかり、UR物件を選びはしなかったのですが、「他に決まらなかったらURにいけばいい」という考えは、その後の物件探しに大きな安心と余裕を与えてくれました。

6.入居できる物件を見つけた!でもそこからもうひと試練

ようやく物件を見つけて、そこが「ルームシェア可」だったとしてももう一つ試練が待っています

そう、審査です。

一般的審査契約希望者の「年収職業就職先・年齢・人柄」などを判断し、審査します。

その中でも大きな割合を占めるのが「年収」です。

基準審査会社次第なのですが、ルームシェア場合、その年収の数え方に少し特徴があります

単独審

どちらか一方の年収のみで判断する

合算審査

二人の年収の合算値で判断する

そして、ルームシェア契約形態は大きく分けて二つあります

単独契約

どちらか一方が契約者となり、同居人としてもう一方が住む

連名契約

二人ともが契約者となる


単独契約」で「単独審査」の場合家賃年収次第では厳しいかもしれません。

大体の場合不動産屋が事前に通るか通らないか判断できるのですが、ルームシェア場合審査に回したけど最終的にやっぱり大家NGでした」とそれまでの努力をひっくり返すような結果になりうります

これらの審査形態は、物件次第では契約者に選択権はありません。

私たち場合は、不動産屋が管理会社も兼ねていたので、割と自由に選ぶことができました。

審査が通って初めて、その物件に住む権利が与えられます

2017-10-11

マンドリン業界、そろそろ足並みを揃えようよ

※完全に業界人向け

大阪でARTE国際コンクールフェスティバルが開催された。

マンドリンオーケストラに入って10年近くになるが、様々な演奏を、しかもとてつもなく高いレベルで聴ける機会はこのコンクールを除いてほぼ知らない。

高校の全国フェスもこうはいかないから、やっぱりすごいことだと思う。

何となく派閥みたいなものが見えてきた。活動が活発なのはいいことだが、各々が勝手な方向を向いて、互いが互いの悪口を言っているのは見苦しい。それだけでなく、大切な部分で足並みがそろっていないのが情けない。

====

ARTE MANDOLINISTICA

活動の幅が広く、若い世代からはそこそこ信頼も得られているのではないだろうか。しかし、2012年頃の丸本大悟作品集ピークに演奏会での方向性が定まっていないのが不安である

私が地方高校生の頃は遠路はるばる聴きに行ったが、今は関西関東学生集客すら苦戦しているようである地方出身の私からすると、目の前にいい演奏があっても行かないなんて信じられないことだが…。

交響曲シリーズ個人的には大好きだが、業界人間の興味を惹くには的外れ(これには思うところがあるけど)で、一般の人には何だかんだハードルが高くなっている気がする。業界に向けるか、一般に向けるか、折衷案をとるか、悩ましい部分だが、ここが上手くいけばマンドリンオケコンサートで新しいスタンダードが出来て、全体の集客にも貢献できると思うので頑張ってほしい。

マンドリン響演

先日、京都で行われた演奏会プロ奏者の演奏公募した奏者(主に学生かな?)によるオケ演奏会。実力者が集った演奏の上に、オケに乗れば指導を受けられるという仕組みは非常に魅力的だ。特に比較学生団体が盛んな関西地区でこのような機会を設けるのは良いことだと思う。モチベーションアップにつなげてほしい。

同じことを、次は関東でも出来ないだろうか。学生団体社会人団体が乱立している関東地区は、指標となる奏者、団体に乏しかったり指導者同士の絡みがあったりして何となく全体のレベルの魅力が低く感じる。奏者人口は多いので、こんな機会があればいいのにな、と思う。

Mandolin Lovers Club

試みとしては非常に面白い。有料会員制をとったこと、奏者が頭をひねってコンテンツを全力で提供することは意義深いと思う。マンドリンオーケストラでの演奏会というのが一つの活動単位となっている感がある。それに対して、演奏会1回分の値段(マンドリンで3000円取るところは少ないけど)でコンテンツ提供しているのは発送としては良い。

しかし、時期尚早かと思う。そのように価値判断を出来るアマチュア奏者は非常に少ないのが現状であるマンドリンオケだと無料演奏会が基本となっているなかで、そのようなコンテンツお金を払う意識がきちんと芽生えるかが大きな課題である本来なら、もうワンクッション置いて、マンドリン業界における価値(お金を払う場所)についての意識が高まってからこのサービスが出来たのなら最高だったと思う。

無駄な対抗意識

アマチュア奏者でも、プロ奏者でも、指導者でも、互いが互いの足を引っ張ることが非常に多い。

とある団体で賛助で出たときアンケートを読ませてもらったら「○○(普段私が所属しているオケ)より上手かった」と書かれていた。純粋無垢高校生が書いてしまうならともかく、わざわざ他所団体を引き合いに出してくる大人がいることに笑ってしまったし、関係者が乗っていることに気付かない(普通気付かないだろうけど)ことにさらに笑ってしまった。

百歩譲って、アマチュアだけでやる演奏会であれば理解は出来る。他所団体に負けたくないから同じ曲をやるとか、初演が良くなかったから再演したいとか、器が小さいとは思うけど、人間なんだからそういうことはあってもいい。

問題は、演奏会以上のことでそれが発生することだ。

高校の全国フェスでは、審査体制が変わって、あげくに大会名前が変わって大騒ぎになった。自分の頃よりは審査はマシになったけど、ちょっとマシになったところで止まってしまっている。その頃に「他のコンクール演奏した曲を全国フェスでは演奏してはならない」という規約がついたことには卒倒しそうになった。誰がどう見ても、アルテの合奏コンクールへの嫌がらせだった。

ARTE国際もそうだ。せっかくの三連休で大きな行事をやるというのに、そこに演奏会を合わせてくる、被せてくる団体結構多い。何も一番規模の大きいコンクールに合わせなくても…と思う。高校の全国フェスに合わせて演奏会をする団体はいない、下手したら独奏コンクールでもいないにも関わらず、アルテがやるときはそういうことを平気でしてしまうのは腑に落ちない。方法はともあれ、頑張ろうとしている人の揚げ足をとっているように感じる。

(同じようなことをトップの人が個人アカウントで言っていたが、言い方がやらしすぎる点には共感できなかった)

コンクールはみんなで支えてあげようよ

支えると言っても、みんながスタッフをやるとか、そういうことじゃない。コンクールに行って、感想Twitterに書く。全国フェスでもARTE国際でも独奏コンクールでも、全部一緒だ。

チケットを買って、聴きに行く。一人じゃなくていい。大学メンバーをみんな引き連れてとか、オケマンドリンパートだけでも一緒に行くとかでもいい。

普段の態度が気に入らないとか色々あるかもしれない。でもそんなのは演奏会でやろう。

(個人的には、演奏会にも行かず、聴きもせず「気に入らない」と言ってしま人間が最も愚かだと思うので、そのままのスタイルマンドリン生活を楽しんでればいいと思う)

あるいは、そんなに気に食わないなら自分達でコンクールを開いてみるとか。

精神論になってしまって恐縮だが、私はコンクールを聴きに行くと、楽器が弾きたくなる。「その程度かよ」と思われるかもしれないが、足を運べば確実にモチベーションが上がる。そこから楽器を上手くしていこうと思うのは別に恥ずかしいことではないと思うがいかがだろうか。上手くするモチベーションがなくても、得られるものはあると思う。

以上、高校フェス出身者の戯言。

2017-10-09

anond:20171009172223

折衷することを覚えていきたいってのには割と同感

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん