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はてなキーワード: 永遠にとは

2017-06-28

反緊縮&財政出動支持者はちょっと花畑すぎないか

からはてな村ネットの若手リベラルブロガーの中で「日本経済を復活させるには消費税は減税!ガンガン財政出動させて介護や保育や教育予算をぶち込め!」という論評が人気で、前から暖かい目で見守っていたのだが、今回自民党の若手議員までもそういった提言をしていたというニュース日経であがってはてぶが大絶賛の嵐だったので本気で不安になってきた。ブコメの一部に「応援するからこの議員27人の名前を公開してほしい」というのもあったが、俺も別の意味で公開してほしい。自分選挙区だったらその議員には絶対票を入れないから。ベーシックインカムほどのトンデモ感はないし、ある程度はうなずける点もあるが、ちょっとみんな夢見すぎなんじゃないかと思ってしまう。

俺みたいな「反緊縮&財政出動反対論者」にはよく「日本国債はほぼ国内で消化できてるから大丈夫!」という反論がつく。ギリシャなどが経済破綻したのは国債の大半を海外投資家などに保有されてて、一度経済危機が起こると一気に売りに走って暴落するけど日本はそんなこと起きないよ!という話だろう。それはわかる、ただ日本国債国内で消化されているのは単純に「日本高齢者の多くが安定資産として国債をかっている」または「高齢者貯金を溜め込んでる銀行安全策として国債大量購入してる」という話ではないか???そりゃ中国も利回りが限りなくゼロに近い日本国債を買うなら世界で一番安全で利息もある米国債を買うだろうよ。現時点では団塊の世代引退時期で溜め込んだ大量の現金安全運用策として日本国債が選ばれるんだろうが、今後彼らも生活のために貯金を切り崩し、また段々と人口減でそんなにお金ためこんだ高齢者の数もへっていったら、今後は日本国内日本国債を消化していくのは難しいと思うのは俺だけだろうか?なのに反緊縮派は今後も日本国債問題なく日本国内で消化される前提で大型財政出動説を取る。あまりに楽観しすぎじゃないか

あと低待遇介護士保育士待遇ヘリコプターマネー改善しようという安易なやり方にも大反対。彼らの低待遇はたしか問題だし改善すべきだが、それならちゃんと国内議論して彼らの待遇改善のための予算増税)を組むべきである。「介護士保育士社会重要仕事から財政出動給料を5割増にしよう」というのは簡単だが、一度ヘリコプターマネーであげた給料をあげたらいったいいつ元に戻すのか???年金3号問題というのも、元々は高度成長期に猛烈サラリーマン家庭を助けるための「仮法案」だったのに(あまり知られてないが、仮なので今でも定期的に国会で新しい法案をとおして延長してる)、企業国民もその年金3号がずっとあることを前提に社会プランを構築してしまったので、もうやめるにやめれない状態になってしまった。おそらく介護士保育士待遇ヘリコプターマネー改善しても10年もしたらその特例が「当たり前」になって誰もやめることができず、国の借金が完全に破綻するまで増大していくだけだ。

それに根本問題として、もう少子化が進みすぎて日本人口低下が止まらない状態になった今、「日本経済増税に耐えられる状態になるまで回復する」時期なんて永遠に来ないだろう。正直少しずつ騙し騙しで増税して国の国力低下をソフトランディングさせる以外に方法はないと思うし、「消費税は減税!財政出動さらに拡大!」をやったら、自分世代はなんとか逃げ聞けるかもしれんが、まだ生まれてない次世代の子供にとんでもない額の借金押し付けるだけになるのではないか?これじゃ俺らが「逃げ切り」と批判している今の高齢者と変わらない、いや借金の膨大化を許した分もっと罪が重いのではないか???

ただだからといって「消費税増税」が劇薬なのは納得せざるをえないのが悩ましい。対案として「高額所得者への増税」「法人税増税」をよく聞くのだが、日本の厳しい点は少子高齢化が進んでいるので勤労世代の数がどんどん減っている点だろう。国としてはぶっちゃけた話「今後増えていく一方の年金受給者にも税金負担してほしい」のが本音であり、その高齢者からも確実に税金徴収できる手段として「消費税」はたしかに確実な方法なのである個人的にはなんとか相続税をもうすこし調整して税収を増やしてほしいのが、現在自民党高齢者が溜め込んだ現金を早く市場に流すようにと子供、孫世代への教育費用については控除みたいな方針を出しているので、あまり相続税をガン上げしてもあまり劇的な効果はないんじゃないかと思ってしまう。

正直ここまで書いて行き着く結論は「魔法解決策なんてないよ」に行き着いてしまう。日本にいる人は現在日本税金は高すぎる!この上消費税増税なんて狂ってる!と思っていると思うが、日本は他の先進国に比べたら税負担は低いほうだろ。欧州は論外として、低負担福祉で知られる米国と比べても税負担はそんなに変わらない。それなのに医療設備はここまで完備されているのは、日本のいう国はバブル終わってからずっと借金で回っているから。この国は「低負担・中福祉」なんだよ。それを負担を今のまま、いやむしろもっと減らして、福祉の質は更に上げようなんて虫が良すぎるだろ。

教育無料化して国民の質をあげれば後々になって税収入となって戻ってくる」という論もあるのだが、正直俺には「国が10負担すれば将来うまくいけば5ぐらいは帰ってくる」ぐらいの与太話にしか聞こえない。俺もそこまで経済に詳しいわけじゃないか専門家からみたら穴だらけな指摘もあるんだろうが、やっぱり感覚的に反緊縮&大型財政出動主義に乗れないのである。今後日本ができることといったら、労働関連の法律もっとしっかり整備して、ちゃんと夫婦フルタイム共稼ぎでも子供が育てられるレベル環境設備していくぐらいじゃないか?もちろんそのために保育士介護士待遇をあげるために多少の増税はやむを得ないと思ってます

2017-06-27

推し卒業発表をしたことについて。

SKE48チームS大矢真那さんが卒業発表をしました。

年内にSKEでの活動を止めるそうです。

最初聞いた時は不思議心持ちで、悲しいけれど、彼女の残したものの大きさを感じていました。

この空白。

真那さんは私の考え方の一部でした。

大矢真那さんは教祖と呼ばれており

ファン教徒と言われておりましたが、

まさにそのような気持ちで、真那推しは真那しか推せない。

正直、理由は本人である私にも分からないのですが、真那以外の子を推そうとはとても思えません。

真那を応援することは、まさにブッタとそのお供が旅をしていることに似ていました。

真那の考えを受けて、共感し、同じ時間に学べる全てを教えてもらう、そして、応援する。干されている時には共に耐え、喜びを日々いったりきたりしていました。

大矢真那卒業たからといって、他の子を推すことがどうしてできるでしょうか。

これから先に大矢真那を知る人は、SKE大矢真那を知らない。

私たちはこの時間の中で、大矢真那を直接学べた、応援できた、推していた、とても大切な時間をもらいました。それは真那推しの誇りです。

真那は献身的でした、プロアイドルでした。

大矢真那さんの卒業ソングタイトル永遠レガシー

永遠に受け継がれる真那の考え方、言うなればこれがみんなみんな教の経典となるのではないでしょうか。

大矢真那さんが芸能界に残るのか、そこすらもやめてしまうのか、なにも分からない今ではありますが、真那さんの卒業に心からお祝いを。

そして、感謝を。

真那推しであることを誇りに思っています

残りの時間はみんなみんなで、笑顔の行ったり来たりを。

そして、真那さんの未来が明るく幸せであれと願っています

失恋

素人AVが好きだ。

もし素人AVが無かったら僕の人生はずいぶん味気ないものになっていただろう。

素人AVには複数女優が登場する。当たりもあれば外れもある。そこがいい。素人AV人生に似ている。

いや、むしろ人生のものが壮大な素人AVなのかもしれない。僕は本気でそんな風に考えてる。

たまに叫びだしたくなる。

「僕は・素人AVを・愛してる!!」

休日は朝から素人AVサンプル動画を漁る。

その日は6時から漁り始め、すでに7時間が経過していた。僕は少し空腹を感じ始めていた。そういえばまだ何も食べていないことに気付いた。

とりあえず一本ダウンロード購入することにした。 食事作品を鑑賞してからにしよう。

人間観察ドキュメント11(よろず本舗レーベル)」

見終わった。

食事どころではなくなってしまった。

恋。

僕は恋に落ちてしまった。

完全に一目惚れだった。

この作品には5人の女優が出演している。そのうちのひとり、某エクササイズスクール講師(20歳)に僕の心は激しく揺さぶられた。こんな気持ち、初めてだ。

大抵の人は知ってると思うけど、素人AVというのはほぼヤラセだ。本当の素人が出演していることなんてまずないといっていい。

僕はその点については何の不満もない。むしろその方が良いとさえ思う。求めているのはリアルではなく、あくまリアリティなんだ。

大抵の素人AV出演者は、数多くの作品に出演している。中には単体作品にも出て人気を博している女優もいたりする。

好みの女優を見つけたら、当然他の作品も見たくなる。そうなった時は女優特定する作業に入る。ここまでが僕ら素人AV愛好家のルーティンワークなんだ。

安心して欲しい。女優特定するのはそう難しいことじゃない。今はそのためのデータベースサイトがいくつもあるんだ。

僕らはほんの些細な情報の断片からでも女優特定することができる。その能力CIA比較されることも多い。

僕はすぐに特定作業に入った。ちなみにこの「人間観察ドキュメントシリーズ系列レーベルの「人間観察ドキュメントQ&A」シリーズ混同やすいから注意が必要だ。

調査の結果が出た。出演者は5人。僕は女優名の欄を順番に確認していった。

1.某お料理教室講師

宮下真衣」

2.某フラワーアレンジメントスクール講師

「華野梓」

3.某ウォーキングスクール講師

前田由美」

4.某絵画スクール講師

「堤まほ」

ここまでは順調だ。そしてついに5人目。僕が恋に落ちた彼女

エクササイズスクール講師

「   」

ええええええええええええええええ??!

無いのだ。名前が。彼女の欄だけ。

こんなこと初めてだ。ひとりだけ空欄なんて。

僕はしばらくのあいモニターの前で呆然としていた。

それから色々と手を尽くした。ネット検索キーボードが粉々に砕けるまでやった。

レーベルにも問い合わせた。同系列作品片端から見まくって彼女消息を探った。全国のDVDショップを探し回った。飛行機にも乗った。台湾韓国にも飛んだ。

でも彼女は見つからなかった。僕はどしゃ降りの雨の中で獣のように泣いた。

僕は「某エクササイズスクール講師」としての彼女しか知らない。時間にして約40分。それ以外の彼女永遠に見ることが出来ない。永遠に

2017-06-26

彼女喫煙者だった

2017/06/26

好きな人喫煙者になっていた。

付き合った後に知った。

俺は今までに交際してきた彼女たちを思い出した。

今まで付き合って来た人たちは皆タバコを吸わない、非喫煙者

当時の俺は1日に一箱ほどタバコを吸う喫煙者だった。

彼女達にタバコをやめるよう求められる事は少なくなかった。しかし俺のことが好きな人だ。

タバコを吸っていようがいまいが関係ない。

俺はパートナー意見を取り入れず、俺のことが好きであれば俺の行い全て肯定すべきという思考であった。

慢心に満ちていてタバコもやめず、自堕落に甘えた生活を送っていた。

あの時の俺に言って叱ってやりたい。

俺がタバコをやめたのは、かつて俺のことが好きだった彼女たちが俺と別れた後である

特定パートナーがいない期間を2年ほど過ごし、その間に禁煙をし現在継続している。

といっても、まだまだ半年が過ぎた所で次にいつタバコに手を出すかなんてわからない。

ただ、小学校の頃からタバコの害について学び、タバコパッケージに書かれている注意書きを読み、理解し、度合いによるが遅かれ早かれ少なからず体に影響があるモノに、金銭を支払いタバコを吸うのか考えると、今のところタバコを吸うことは無いだろう。

お酒を飲む場、休憩時間、性行為の後・・・

タバコを吸う場面というモノを自分キリトリ、自己満足に浸るためにタバコを吸うことはやめた。

今後、辛い別れがあっても、悲しいことがあっても、永遠に続く退屈が訪れてもタバコを吸う選択は無いだろう。

わかっていたのに、吸っていた。自分特別人間で、タバコを吸っていようがカッコいいしタバコを吸う事でさらにかっこいいと思っていた。

かっこいいが具体的に何かなんて、中身のないおれには考える必要はなかった。ただかっこいいと思って吸っていた。

だんだんそれが変化して、タバコを吸ってかっこよくならなかったとしても、俺自身がかっこいいかタバコくらい吸っても評価を下げるに値しないという根拠もないイメージを作っていた。

自分評価するのは自分ではない。自分の周りにいる他人である。その事に気付きもしなかったし、他人評価なんてされたくなかった。

他人評価されたくない気持ちを持ちつつ、自分他人評価する。

自分が嫌いな事を、自分はやっていた。

嫌な事を避け、逃げて逃げて得意な事を伸ばそうともせず、できる範囲現状維持

そろそろつけが回ってきたようだ。

話を最初に戻すが、俺が今好きな人は、過去に一度別れてまた付き合う事になった人である

お互い離れている間に色々あった。相手と年は4つ離れている。

以前交際していた方々とは違い、この子禁煙応援してくれていた。少なからず俺の性格理解していて、応援という形で俺をサポートしてくれていた。

の子が今喫煙者になって俺の隣にいる。

まだ彼女タバコを吸ったところを見たことがない。

彼女と愛し合った後、彼女ベランダに向かいタバコに火をつけた。

俺はまだ彼女タバコを吸ったところを見たことがない。

ベランダからライターの音が聞こえる。

俺は枕に顔を向けながら目をつぶった。

彼女は今持っているタバコが無くなったら、タバコをやめるそうだ。

2017-06-24

和を以て貴しとなす

https://anond.hatelabo.jp/20170624022831

古き良き日本ですな

日本的精神日本人の大多数に染み込んでいるということですかね

はてなーインテリとは思わなかったが、

2.昨今の底辺ガキの使う「批判」の意味

にはなるほどと感心した。

言葉の使い方が違うから永遠に理解できないのだな

だが、今井絵理子共感する若者子育て世代はたくさんいる、と。

2017-06-23

インフラエンジニアってこんな大変なの?

毎日毎日残業漬け

土日出勤当たり前

他の人が困ってる事を短時間解決出来る能力はある、ただ、問題が多すぎて解決がおっつかない

から次に新しいアイテムが振ってきて、消化してるうちに他のアイテム振ってきて

人に振るにしたって手順書が必要からその手順書作る工数もかかるし

これが永遠に続くのか?

予算出して、工数出して、見積もり出して、スケジュール作って、結局スケジュール外の事がいっぱい起きて、スケジュールでやろうと思ってた事をやろうと思ったらもう定時過ぎてるなんてザラで

これがインフラエンジニアなの?これが当たり前なの?

で、それでサラリーマン平均収入よりちょっと下ぐらい

これで当然なの?

こういうのが当たり前の世界なの?

だったら、他に行きたい

どこがいいの?

2017-06-21

アニサマレギュレーションに端を発した『コール禁止論争』について

少し時間が経ってしまったが、アニサマレギュレーションに端を発した『コール禁止論争』について持論を書き殴ってみる。

中立立場で書いているつもりだが、中立ゆえに少々過激な内容となってしまっているのでご了承いただきたい。

自己紹介

興味なければ読み飛ばしてください。

私自身はアニソンライブに年15~30回程度参加して10年以上になるアラサー男性である

最近では特定タレントを追いかけるというよりも、作品推しスタンスで参戦する事が多くなっている。

渦中のアニサマについては代々木時代に1回、さいたまスーパーアリーナに箱を移してからはほぼ毎年参加している。

いわゆるオタ芸については遠い昔に嗜んでいたこともあったが、色々あって今では現場で打つことはない。

それゆえに近くでオタ芸を打たれることや過激コールに対しての嫌悪感は他の参加者より小さいほうだと自認している。

この論争における一番の問題点

この件の一番の問題点は、『言葉定義曖昧であること』だと感じている。

人間というのは文章を読んだ際、自分に都合の良いように解釈する動物だと常々思っており、「周囲への迷惑となるコール」だとか「いわゆるオタ芸」なんていう曖昧言葉を使っている限り、全員が納得する形で議論収束することは永遠にありえないと断言できる。

オタ芸」の定義

ネット上でこの件について言及している方の意見に目を通していて気付いた事として、オタ芸に見識のある人の言う「オタ芸」と、オタ芸に疎い人(忌避する人、規制する側の人を含む)の言う「オタ芸」にズレが生じている事が散見される。

(余談だが、「オタ芸」と「ヲタ芸」は異なるものだ!という意見も見かけたが、個人的には表記ブレ範疇かと考える)

例えば、オタ芸の一つに「タイガー」というものがある。(タイガーファイアー…と叫ぶアレとは別物なのであしからず

これは、直立不動で動かずにステージ演者に熱い視線を送る行為のことを指し、虎視眈々と獲物を狙う虎の様相語源としている。

参考⇒https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%BF%E8%8A%B8

オタ芸禁止と明示された際に、オタ芸を嗜む人が規制側に対して「タイガー」もしては駄目なのかと質問すると、

「ここで言うオタ芸とはそういう言葉遊びの事ではなく、腕を大きく振りまわす等の迷惑行為の事を指している」という回答が返ってくる可能性が極めて高い。

(誰とは明言しないが、実際にそういう回答をした人を見かけたことがある)

オタ芸忌避する方々もこのような一見不毛と思われる似たようなやり取りを見たことがあるのではないか

ここで私が疑問に思うのは、オタ芸に見識のある人が「タイガーオタ芸」と定義しているのに対して、

オタ芸に疎い側が「タイガーオタ芸ではない」と断定し、あまつさえその認識のまま公のレギュレーションに明言してしまう。

このいい加減さ、傲慢さは何だろうか?

前項にも記したが、人間とは自分に都合の良い解釈をしてしまものである

運営もっとオタ芸勉強しろ!などと言う気は毛頭無いが、せめてこの差を認識し、万人が納得できるような言葉使いを意識して頂きたい。

『周囲への迷惑となるコール』とは何か

自己紹介でも述べたが、私は過激コールに対しての嫌悪感はあまり感じないほうだ。

平たく言ってしまうが、近くでイェッタイガーと叫ばれても全く不快だとは思わない。

(もちろん綺麗にキマっている事が前提だが)

一方で、広く浸透しているが私は不快だと感じるコール存在する。

具体的に一例を上げるのであれば、THE IDOLM@STERAメロの「フワ*4」が有名だろうか。

少なくとも2ndライブぐらいまでは裏打ちで「ッハイ!ッハイ!」だったが、いつの間にか前述の「フワ*4」に変化し、定着していた。

Aメロで「フワ*4」を入れること自体比較的珍しいゆえに型破りの感があり、個人的には当時のコールの方がしっくりきており、現場現在主流のコールを聞くといまだに強烈な違和感に襲われる。

乱暴に言い換えると、私の周囲で「フワ*4」する行為は『周囲への迷惑となるコール』に他ならない。

今回主張したい事とは主旨がズレるため、この曲のコールとしてどちらが正しいか・相応しいかを論ずる気はないが、そういった考えを持つ人がいることを知っておいてほしい。

結論としては、『周囲への迷惑となるコール』という言葉は非常に曖昧で、個々人によって定義がまったく異なるという事である

前項と同じく、万人が納得できるような言葉で記さないことには根本解決には至らないだろう。

ライブイベントにおけるコールに対する持論

最後に、ライブイベントにおけるコールというものに対して、持論を述べさせてもらう。

コールという文化地域風習によって異なる『言語』に特性が似ていると感じている。

遠い異国に行けばまったく異なる言語コミュニケーションを取っていたり(V系ヘドバンあたりが顕著だろうか)、

別の地域や閉じられたコミュニティには『方言』や『スラング』というもの存在する。

若者言葉が時を経て全ての世代に定着するように、コール時代とともに少しずつ変化している。

かつてPPPHアイドルライブから声優ライブに輸入され定着したように、時には外来語が定着することもあるだろう。

よく話題に挙がるイェッタイガーも新語の一つとして認知を広めつつあるが、使い勝手が悪ければ大衆には根付かず廃れる、

あるいは一部の人けが使用するスラングのような立ち位置になるのではないか、などと根拠もない憶測をしている。

自身が新しい言葉を使わないまでも、古きに固執し、新しい文化を受け入れない頑固な人物

いわゆる『老害』そのものではないだろうか。

自分自身が変化を受け入れられていないことを棚に上げつつ理想を言わせてもらえば、文化の違いを認識し、変化を受け入れる柔軟さを持ち合わせた上で、それぞれ自分スタンスで好きなようにライブを楽しめればみんな幸せになれるのになぁ…なんて思っている次第だ。

労働環境トリレンマ

労働環境改善について、次の3つの目標は同時に2つまでしか実現できない。

(1)ワークライフバランス有給休暇取得促進、男性育児休暇など子育て支援長時間労働抑制等)

(2)サービスの質・量の確保(企業官公庁提供するサービスの手厚さ、迅速さ、正確性 等)

(3)人件費削減(正規職員の定数抑制非正規職員への置き換え)

育児休暇の取得促進や一人当たりの労働時間を減らしながら、必要サービスの水準を保つには、労働者の数を増やさなければならず、人件費は増大する。

また、必要サービスの水準を保ちながら、人件費を削減するには、労働者長時間労働必要サービス残業休日出勤)。

人件費抑制ワークライフバランスを実現しようとすれば、サービスの質・量の切り下げが必要

最近話題の「働き方改革」も、正社員数を増やすか、サービスのある程度の「あきらめ」がなければ実現しない(逆に言えばどちらか一方を選択すれば簡単に実現する)のだが、

業務効率化」という精神論に頼る状況では永遠にファンタジー世界から抜け出せないだろう。

2017-06-20

https://anond.hatelabo.jp/20170620055552

別れた上で、どんな乳にも手を伸ばす機会が永遠に、二度と、一生、どころか来世もその先も、永劫訪れないよう全力で呪っとく。

体臭腐れ。唾液からからから全て堪え難い悪臭を放つ体質になって死ね

ネットを見てていつも思う

日常会話の中でざっくりしたゆるい定義の話をしてるとき例外ばかり語って定義に完全性を求めるのってやっぱりコミュ障なんだろうなと。

完全な定義などないのに、「お前の定義は完全ではない」というのが反論になると思っているらしい。

定義において重要なのはそれが日常生活言語による伝達という行為において十分通用するかどうかという実用的な視点であって、それが完全か不完全かというのは学術的な文脈でもなければ二の次というか、そもそも完全はありえないのだからそんなことを考え始めるのは哲学者に任せておくべきで、一般的対話相手にそういった態度を求めるのは不毛だと思う。

りんごは赤い」という何気ない会話に対してオタクは「赤くないりんごもある!」と言って勝った気になる。自分は誰もよりも頭がいいと思っている。

しかに赤くないりんごもあるが、こういう発話において意図しているのは、「日本で売られているりんごはだいたい赤くて、りんごといえば日本では一般的赤色イメージが共有されている」程度のゆるい話。その定義においてはもちろん「赤くないりんごもある」という例外も両立可能

オタクはいつも完全性を相手要求してくる。「お前の定義は完全ではない!」→「したがって俺の勝ちである!」

これって要するに対話拒否していて、現実的に地に足のついた話をしていこうという意思がないってことなんじゃないか

今日は晴れだね」

「晴れの定義を言え。今見えてる空には雲があるぞ」

「雲がまったくない状態はもちろん晴れだけど、雲が多少あっても晴れなんだよ」

「じゃあ晴れとくもりの境界線はどこになるのか。空の何パーセントが雲に覆われればくもりなのか」

日本では9割以上が雲なら曇りというらしいね。じゃあ今日は晴れだ」

「それはおかしい。俺は向こうの空が快晴でもこっちは土砂降りという経験がある。お前の定義だと空に50%しか雲がない土砂降りでも晴れということになり得る。それにお前は今9割などと言ったが、雲の量が89.9%のとき晴れで90.1%ときくもりだというのは感覚的に考えて明らかにおかしい。おれはその違いを認識できない自信がある。お前は馬鹿だ」

「じゃあ今日はくもりでいいや。明日もくもりだろうし、これから永遠にくもりだろう」

https://anond.hatelabo.jp/20170620101512

だってラブコメを熱心に読んでる時点でキモいしとち狂ってるし有罪じゃん

同じ有罪からと言って殺人窃盗をいっしょにしてはいけない

それは詭弁

中に入って来て「ラブコメを熱心に読むことに付随するキモさ」をてこに相手を殴ろうとするのは無理やん

作品をまともに読んでいない≠ラブコメを熱心に読む

誰もラブコメを熱心に読むななどとは言っていない

こっちも詭弁

どれかしかないけど、どれ選んでも過去の熱心な信者がキレるのはしゃあないやん

全然仕方なくない

おまえは熱心の意味を履き違えている

いちご100%』が童貞向けの、童貞だましの漫画だったからダヨ!

http://b.hatena.ne.jp/kangiren/20170619#bookmark-340388297

いちご100%の良さって少年漫画なのに少女漫画価値観だと思うのだが

こう言ってる奴もいる

決め付けても駄目

童貞過去ファンが受け入れられない形にしてどうするんだよ

童貞って永遠に童貞なんだな

ヤマカムや新海を見る限りそうっぽいな

作者は「童貞卒業できる」と勘違いしてしまったのだろう

真に技術タイプか、似非技術屋なのかがわかるたった一つの質問

「車を運転するなら、マニュアルオートマどちらにする?」と聞けばよい

AT(オートマ)を選んだ人は、残念ながら似非技術タイプ、もしくは技術に興味がない人のどちらかだ。

MT(マニュアル)を選んだ人は技術屋であり、技術に興味がある人だ。

どこかのエバンジェリスト日本人技術なきマネジメントがうんたらかんたら嘆いてたが、今の日本人は、若いからしてAT限定免許を取る人が大半だし、車の販売台数も98%がATだ。米国MT10%あるかないかだが、近年は技術志向の高まりを受けてMT割合が少しずつ増えている。欧州は今でもMT車が主流で、AT車運転してる人は「何か事情がある人」とまでみなされる。

日本人は「機械は動けば何でもいい。壊れなければ」という、技術に興味がない文化が成立してしまっており、これが変わらない限り某エバンジェリスト永遠に嘆き続けるだろう。欧州に行ったほうが良いのではないか

2017-06-19

https://anond.hatelabo.jp/20170618173326

今って世界的にブロークンイングリッシュの話者のほうが多いんでしょ

今更こんな古臭い90年代日本人美味しんぼみたいな自虐思想のほうが奇妙に感じるけど

帰国子女的な集まりコミューン作って永遠に暮せばいいんじゃない

2017-06-16

https://anond.hatelabo.jp/20170616135507

収入による幸福感の増加は二次関数的に収入増が求められていくから一生不幸だよ

そもそも大金を年月かけて溜めたところで老人になってから使いきれなくなるだけだし

永遠に生きれるなら永遠に溜めて好きな時に使えばいいけど現実的に歳くっていくから

2017-06-15

生きている理由がない、だが、死ぬ勇気もない

たぶん、ここ数十年で幾度となく繰り返されてきたであろう話題。そして、これからも何度となく同じ話をして行くであろう話題。だけど、この先に幾星霜の年月を重ねようとも、決して人類が回答を得ることはかなわないであろう話題

「このような増田を書く際には適度な自分語り必要である」との先人の教えに倣い、私も自身人生を少し顧みる。

とは言え、特にこれといって語れるような、起承転結栄枯盛衰の激しいエピソードはない。期待に沿えず申し訳ない。

私は、凡庸な働き者である両親の下に産まれ大学まですべて可もなく不可もなしと言ったレベルの国公立で通し、東証一部ではないが倒産寸前でもないと言ったどこにでもある企業就職し、今に至る。要は平和謳歌していたわけで、「幸せかどうか」という尺度で測れば、私は十二分に幸せなのだろうと思う。


先日、同級生の友人らと一席設ける機会があった。私の交友範囲は、狭いようでいて結構広い、まあ所謂普通」の範囲内だ。私ほどの年齢になると、このような場でだいたい出てくる話題と言えば、増田諸氏にもお馴染みの「子供の話」である

子供習い事は何がいいか、今どきは中学受験をさせるべきか、保育園になかなか受からない、・・・語らいの場を彩るには事欠かない。

私自身は独り身だが、そう言う話題は端的に言えば好きである同級生の、愚痴のような自慢のような我が子の話を聞くのも好きだし、独りやもめが一丁前に進言することも吝かではない。

だが、そう言う話題をしていると避けて通れないのが「増田結婚しないの?」「増田の子供、見てみたいよ」等の友人の無邪気な言動である

もう何度となく聞かれたので回答が半ばトークスクリプト化しているが、私自身は結婚する気が全くない。子供を作る気もない。

友人らの結婚式に持参した祝儀袋は50枚ではきかないし、友人らの華燭の典の末席に私の椅子を加えてもらえるのは悪くない。幸せのおすそ分けがあった数年後に、友人らの間に生まれた新しい命に触れる栄誉に浴した機会も両手両足では足りないだろう。

そんな友人達の子供の相手をするのも、また楽しい。先日も友人宅で友人の子供たちとゲームで盛り上がった。そういった私の姿を見てきている友人達はいつも怪訝そうな顔をして、お決まり言葉を投げかけてくる。

曰く、「増田絶対にいいお父さんになれるよ。」と。

しかし、残念ながらそんな姿を友人たちに見せる機会は、永遠に実現する事はないだろう。なんだかこちらが申し訳なくなってくるが、こればかりはどうしようもない。

結婚出産をしない事の仔細については伏せさせていただくが、私自身はLGBTという訳でもないし、病気等によって子供が作れない身体という訳でもない。過去交際した異性がいない訳でもないが、結婚するというビジョンは当初から皆無だった。




・・・さて、長々と私の宴席話を綴ってしまったが、ここまでが枕詞である。以下より表題の件となる。

最近発生したとある些事によって、私は自身の今後の人生を考える機会を得た。それは老後の事であったり、貯蓄の事であったり、人間関係の事であったりする。

不思議不安はない。「少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である。」と言ったのは太宰だったか芥川だったか。或いは川端だったかも知れない。

老後を一人で支えていく貯蓄は作れる。今現在のところは十分な資産が無い為「ある」とは胸を張って言えないが、仮に70歳定年制度が導入されようとも、食べていけるだけの資産形成するだけの資力はあるものと自負している。

加齢による孤独との付き合いも、それなりにこなしていくつもりだ。とは言え、老境に達した事もない若輩が悟ったような事を口にするのも軽々しい。鋭意努めるといった表現に留めておこう。

そのような事を独りごちること数日、ようやっと私は「自身に生きている理由がない」と言う平々凡々な結論に至った。

却説そうなると困ってしまう。理由もないのに生きていくには、あと数十年という年月は些か長すぎる。排泄物生産する装置として延々と過ごしていくには動機けが心許ない。

人生に対しての意味を考えるのは、数多く存在する宗教という団体が約二千年ほど前から継続して取り組んでいるようだ。詳しくは知らない。

彼の団体が世に出している成果物を拝見したこともあるが、私には意味を見出すだけのものはなかった。

理由も無い、意味もない。そうなると次の段階として「可及的速やかに、かつ周囲の迷惑を最小限にとどめる形で自殺する方法考察する」ということになるが、私にはそれを実行するだけの胆力が備わっていなかったようである。自ら命を絶つという行動を想像するとき自身の玉袋が萎びていく感覚が如実にそれを証明している。

安田講堂演説をぶった後に割腹して果てたのは誰だったか筋骨隆々とした当時の写真を見るに、グラビアモデルか何を生業としていた人だと推察しているが、どうだろうか。職業はともかく、その胆の据わりようはまさに驚嘆に値するが、私には到底真似のできない所業である

理由も無く、勇気も無い。理想も無かった。願望もこれといって無かった。意味のある無しは私自身が決定するものではない。後世の人間理由付けしたもの意味だ。

かと言って「無い」状態を維持していくのも据わりが悪い。回答でも解答でも一向に構わないのであるが、「ある」状態にしたい。ふとそう思い至って有休申請をしたのが昨日の午後、目の前のキーボードを叩いては嘆息する作業に飽きてきたのがつい先ほどの話だ。

先人の知恵を生かす事こそが人類であり、その事を辞書で引くと即ち「英知」である。ならば私も人類の英知の恩恵に与ろうと「はてな匿名ダイアリー」なるサイトの中に設置されている検索窓で「人生 理由」と入力してENTERキーを叩いたところ、検索結果は0件だった。平日の昼間から人生 理由」や「人生 意味」といったワード検索をかけている中年男性という絵面も大変に珍妙ではあるのだが、ここで膝を折るわけにもいかない。

Google検索で「人生、宇宙、すべての答え」で検索すると「42」という解が得られるというのは割合に有名な話ではあるが、できれば証明過程のほうも見せていただきたいので、「人生 理由」や「人生 意味」などのワードGoogle検索をかけても、有象無象が多くて選り分けるのに四苦八苦しているうちに時間けが過ぎ去っていく。回顧するに到底建設的な所作とは言えない。

※ちなみに、「人生 理由 anond」等とGoogle検索すると、先人への英知に到達する作業が捗ったという事実も申し添えておく。


・・・結局、特段の進歩もなく、たまっていた有休を消化して終わるだけの一日となりそうだが、髪の毛一本分、まさに寸毫ほどの厚さだけでも遺物があれば、後進増田諸氏の灯台となり得る可能性はあると考えた。

可能性に賭けることは好きではない。そもそも賭け事が嫌いだ。だが、この愚かな人間がしたためた理由意味もない駄文が、誰かにとっての灯火となれば幸甚である

大海原の中のマッチ一本分にも満たない、本当に小さな灯り火であるが。

ここまでお付き合い頂き、かつ増田諸氏の人生の貴重な時間をも少々頂けた事に深謝する。増田諸氏の人生に幸多からん事を祈念して、ここで筆をおく。

https://anond.hatelabo.jp/20170615121735

失脚しても、しなくても日本の政治家がいる限り一生政治は良くならないか安心しろ

バブル世代を逃げ切らせたらこの国は役目終了のおしまいから

またGHQ支配してもらわない限り永遠に間違ったレールを歩き続けるだけ

2017-06-14

有名なエンジニアコラムを信じられない

なんか有名なエンジニアの「技術に飛び込め」系のポジティブコラムとかインタビューってあるじゃん

あいうのって俺みたいなミスター平均にも言ってくれてるのかな…控えめに見ても対象外だよな…て気分になる

なんか俺みたいなのを前にしたらホリエモンとかまつもとゆきひろ氏とかラリー・ペイジとかウォズニアックとかも

「いやいや君は今の仕事永遠に底辺這いずり回ってなよwあれは東大生とかにハーバード生に言ってんのw」って言いそうな…気がする…

相手にされないのが普通なんだけど、なんていうかこの妙な疎外感というか…microUSBなのにminiUSBケーブルしかないあの残念な気分に近い感じ

分かるかな

誰かに寄りかかりたい

外に出ても大学に行けない。ダメ人間だと自分でも思う。外に出て、電車乗って、やっぱ行くのやめよう、ってなる。

そんで延々とビートマニアやってる。その時は楽しい。当たり前だけど。

家に帰ると、今から仕事だな、って気分になる。いかに両親の機嫌をとるか。まあ学費生活費も出してもらってるから当然かもしれない。無意識に機嫌を取れない私が悪い。宝くじでも当たったら絶縁したいな、と思う。

部屋に鍵がないし、リビングにいなければオナニーでもしてるんじゃないか?と馬鹿にされる。

両親が寝てから私の1日が始まる気がする。

もも精神的に疲れてて、スナック菓子を食べながらRPGやってるばっかり。音ゲーは気力も体力も使うからできない。

なんかもう限界だなーーと思う。

両親には話せないし、話す気もないし。

恋人とかそんなのもいないし。

友達は、……私よりメンヘラな奴しかいないし。逆に私の方が寄りかかられてる感じ。

出会い系も使ってみた。でも、連絡とか面倒くさくて。こんなところでまでご機嫌伺いしなきゃいけないかな、と思うときつい。

抱え込むしかない自分性格が嫌。永遠にビートマニアだけやってたい。というか、永遠にビートマニアする時間お金生活費と気力と体力がほしい。健康精神がほしい。

悲しみのどん底にいる訳じゃないのに、むしろなんか凪いでる感じなのに、今まで生きてきた中で一番死に近いかもしれない。なんだかふらっと死んでしまいそうな感じ。しないけど。

2017-06-12

幼馴染を開放したい

当方27歳女。

相手27歳(数え)男。

同級生小学一年生からの幼馴染である

その昔いにしえの小学生時代クラスの連中から冷やかされるようなあまずっぱい関係だった。

わたしはその頃の気持ちがずーっと忘れられず、中学に上がり彼に彼女ができても、高校に上がり彼と進路を別っても、大学に上がってお酒やいろんな楽しいコトを覚えても、心の片隅に居座る消えない懸想に引きずられて生きてきた。

卒業後も、彼の誕生日は毎年メールを送った。たまにクラス同窓会では顔を合わせた。それだけのかすかなつながりの中でも好意が薄らぐことはないどころか日増しに増していった。きっとこの人以外に心奪われることはない、そういう人生なんだろうと開き直っていた。われながらアホすぎる青春の浪費である

そんな彼と、就職後に再会した。

お互い就職した業界が偶然にも近かった。そのことを人づてに知ったわたしは、それを口実に彼を夕食に誘った。

そしてその晩、初めて彼に抱かれた。

ここまでド純情っぽい文章を書いておいてなんだが、彼以外に恋できない人生だと開き直ってからは、わたしも相当奔放に生きてきた。来る者拒まず去る者追わず。どうせ心から求める人とできないなら同じことだと。そういう欲望が強いという自覚もある。

彼を夕食に誘ったのもそういう下心込みだったので、うまく誘って結果としては上々だった。

でもこの晩ばかりは、(この人とこうできるとわかっていたら、とっておいたのにな)と感傷的になって少し泣いた。

まりにもピュアな長年の片思いと、心を置き去りにした奔放な生活アンバランスさに、すっかり疲弊していると自覚したのもこの時だった。

それからもう4年になるけど、相変わらずわたしたちは抱き合っている。

この4年間で、ただ漠然と思い続けていた17年間とは比べ物にならないほど彼と対話し彼を知った。

進路を別ってからのこと。ずっと執着心にも似た恋心を抱き続けてきたのに、知らないことばかりだった(当たり前だけど)。

就職してからのこと。職場のこと。業務のこと。心のこと。

うれしいことや悔しいこと、悲しいことがあったら自然に飲みにでかけた。

たからみてると危なっかしいくらいの彼の仕事への愚直さに、改めて惚れた。

この四年間の間にわたしは随分強くなった。

心と身体乖離へのジレンマから解放された。

私を縛り付けていた偶像片思いは消えた。

今まで注ぎたくて仕方がなかった行き場のない愛情を、他でもない彼に(曲がりなりにではあれど)そそぐことができた。

今まで空想し続けた彼の声を聴くことができた。触れることもできた。

それだけのことに相当癒された。

彼には感謝してる。

このまま永遠にそばにいてほしい。

だけどそろそろ彼を開放してあげたい。

世界一好き。

だけどそれだけで引き止めるわけにはいかない。

実は四年間の間にも、彼はなんども別れようとしたり迷ったりを繰り返していた。

一年近く会わない期間もあった。

いつも結局、惰性だか怠慢だかわたしに根負けしたんだか、最後のところでわたしのところに戻ってきてくれたけれど。

彼はきっと、今後もわたしを拒絶はしないけれど、わたしを選ぶこともない。

今夜、ずっと避けてきたその"本題"について話すつもり。

結婚交際が男女のすべてじゃないとはわたしも思う。

いやそう自分に言い聞かせて生きてきたけど、この春27歳になって、綺麗ごとも言ってられなくなってきた。

わたしが27歳ということは、彼ももうじき27歳。

わたしはこのまま売れ残るけど、彼はまだ間に合う。

からでも、20代のお嫁さんと、彼が30歳になるまでに結婚できる。

彼はだらしがなくて優しいから、わたしが終わりにしてあげる。

それが、わたしが彼に唯一してあげられることなんだよね。

2017-06-11

まさか私が…」突然の発覚から3年、絶望から這い上がった私の乳癌

40歳の節目。私は乳がんになった。

素朴だけど優しく私を愛してくれる夫と2児に恵まれ、幸せな人生を手に入れてそれなりに満足感のある日々だった。

幸せな日常を一瞬にして真っ暗な絶望に追いやった乳がんの発覚。

乳がんは罹る人も多い病気負担はあるけど、治療なんてさほど難しくないと思っていた。

でも全然カンタンではなかった。

家族、友人、そして自分自身多くの人を深く傷つけ、心身共に疲れ果て全てを失う寸前まで追い込まれた。

判断ミスもあり、軽度とは言えない状態までいってしまった私だが、良き出会い、周りの人の支えに助けられたことは幸運だった。

手術、抗がん剤治療を行い私は今、再発の不安は抱えながらも元の幸せな生活を取り戻すことができた。

今思えば、「知らないこと」が理由で失ったものが沢山あった。

もっと早く気づくことができれば・・・
「あの時あの治療選択していれば・・・
「友人家族もっと接するべきだった・・・

いろんな後悔が今も心に残っている。

こんな思いをする人を一人でも減らせたら。そう思って私の体験を伝えてみたくなった。

興味があったら読んでみて下さい。

ピンク東京タワー、突然の不安

ほんの些細なこと。

10月1日、夫と食事に出かけた帰りに見かけたピンク色にライトアップされた東京タワーだった。

私:「綺麗だねー。今日はなんでピンクなんだろうねー」

携帯検索をする夫。

夫:「今日ピンクリボンデーらしいよ。乳がん認知を上げる目的だって
私:「乳がんねー。」

その時は何も思わなかったが、少しだけ「乳がん」という言葉が頭をよぎった。

それから1ヶ月が経った頃、

朝、着替えの時に左の胸に固い感触を感じた。

???

違和感を感じ指でふれた。コロコロとした1cm程度の小さなしこりを感じた。

まさか。。。乳がん?」

ピンク色の東京タワーピンクリボン、その記憶が私にそう思わせたのかもしれない。

ただし、その日は家事に忙しいこともあり、夜にはしこりのことは忘れていた。

夜の入浴時にもう一度触ってみた。朝のしこりはもちろん、あと2個程度小さなしこりを指先に感じた。

大きな病気をしたことが無い私は些細なことでもすぐ心配になるタイプだった。不安かられ、髪も乾かさずインターネットで幾つかのサイトを調べた。

しこりがある=乳がんというわけではない。40歳未満の場合は良性のしこりの方が多いらしく乳腺線維腺腫の可能性が高いと書いてあった。

人間不安ときは都合のいい方の考えに飛びついてしまものだ。

私は、

「なんだ大丈夫だ。良かったー」

と勝手に安心し、「こんなものはそのうち消えてなくなる」なんて、根拠もない解釈をしながら、眠りについた。

翌朝、しこりは消えていない。やはり気になる。「もしかしたら」が再び頭をよぎる。

考えないように過ごそうと思ったが、家事が何も手につかない。

今まで感じたことの無いものが私の胸に存在している。その事実から目をそむけることができなくなっていた。

一刻も早く安心したい。その一心で私は病院を探し始めた。乳がん検査してくれるのはどこか?今まで考えたこともなかったか検討がつかない。

よくわからないが、とにかく近くの産婦人科に行ってみることにした。

サイズも小さいし、しこりも動くから問題はないと思いますよ」

そういって若い女性医師は近所の外科への紹介状を書いてくれた。

その翌日は外科の診断へ。私は一日がかりで色々な検診が行われることを想像したが、触診だけだった。

診断は

「乳腺線維腺腫」

違和感があった日に確認した見解と一致していたため、その診断を疑うこともせず飛びついてしまった私がいた。

乳腺線維腺腫は放っておけば3ヶ月程度でしこりはなくなってくるとのことだった。私は安心して、日常生活に戻った。

大丈夫でしょう」という自分安易判断と、夫に相談せず自分で納得してしまったことがあんなことを引き起こすなんてこのときは思いもしなかった。

大いなる油断、取り返しのつかないミス

それから2年、私はしこりことなどすっかり忘れて平穏な生活を続けていた。

日々の家事、娘息子の世話、当たり前のことを当たり前にこなす。傍からみれば退屈かもしれないけど、愛のある満たされた毎日

その日もいつもと何一つ変わらない一日だった。

しかし、その夜、全てが一変する出来事が起こった。

夫と同じベッドで寝ていると、寝返りをうった夫の手が私の胸に当たった。すると夫が「え?硬っ!」驚いた様子で声を上げた。

暫く自分の胸に意識が向いていなかった私は自分の胸を触り、全身から血の気が引き、突然得も言われぬ恐怖感が襲ってきた。

しこりが大きくなっている。。。」

私がもらした一言を聞いた夫の青ざめた顔が今でも印象に残っている。

夫はすぐに「明日会社を休むから、一緒に病院に行こう」と言ってくれた。

とにかく早くということもあったが、2年前にいった病院は割けるため、隣町の女性クリニックへ診断に行った。すると「確かにしこりがありますね。技師が3日後に来るのでエコー取りましょうか」

との回答。

しかし、今すぐにどうなっているか知りたい。不安が募りの募った私達夫婦は待つことができなかった。

乳がん専門医でなくてはわからないのでは?」と夫の意見採用し、インターネットで調べ最も近くにあった乳腺外科のある病院へ行った。

大学病院では当日は難しいため個人病院だった。

まずは触診。先生の無表情さが不安掻き立てる。その後針生検へ。これは正直かなりの痛みがあり、辛かった。

終了後、先生は「結果は一週間ほどで出ます検査結果によっては大きい病院を紹介する形になります。」と。

もはや1週間を待てる心理状態ではなかった。一刻もはやく白黒を知りたい。先生にお願いをして大学病院への紹介をすぐにもらった。

幸いにも大学病院ではすぐに乳腺外科の診断ができた。

視触診
マンモグラフィー
乳腺エコー
CT
血液検査
マントーム生検

これらの検査を一気に検査を行うことができた。これで自分乳がんなのかそうではないのか、ハッキリと分かる安心感はあった。

「これらの検査結果は来週に」と先生。

この一週間は今まで感じたことのない長さだった。

死への恐怖心
来ることが当たり前に思っていた未来が来ないかもしれない喪失感
気を使わせてしまっている夫、子どもたちへの罪悪感
不安なく健康暮らしている人たちへ理不尽嫉妬心
色々な感情が目まぐるしく移り変わり心身ともに疲弊していた。

加えて、2年前、なぜしこりが気になった時点でもっと詳しく調べなかったのか、夫に相談しなかったのか、激しい後悔にも襲われた。

神さまはいないのか・・・

疲れ切った私たちにやってきた結果は優しいものではなかった。

「左胸に3cmの悪性腫瘍。99%の確率乳がん

診断結果を聞かされた瞬間、私は頭が真っ白になった。

先生が言っている言葉は聞こえるが頭に入ってこない。隣の夫も呆然としていた。同じ状態だったのだろう。

何も考えられない、何も声発せない状態が3分は続いただろうか。

我を取り戻した私は、

「どうすれば治りますか」と先生に聞いていた。

結論は手術。

私は家族と一日でも長く幸せにくらしたい。その思いが人生の最優先だと強く認識した。

女性として葛藤もなかったと言えば嘘になるが、全摘選択した。

その日から長い闘病生活が始まった。

入院の前に待っているもの

医師から告知を受けると今度は身内や親しい人に話をする必要が出てくる。

まずは娘と息子に12歳の娘、10歳の息子。

ともに私が大変な状況にあることは理解してくれたようで、神妙な顔つきをしていた。こんな状況だが「泣いたり喚いたりせず立派だな」と成長を感じ少し嬉しい気持ちもあった。

次に両親へ説明をした。福岡に住んでいるのでまずは電話で話をした。母が出た。

母とは昔から何でも話し合える仲だ。あまり回りくどく説明しても仕方がないと思い、率直に「乳がんになった。手術をする」と伝えた。

母は言葉を失い、暫く無言が続いたあと母自身を責めた。

「ごめんね・・・、ごめんね・・・、ごめんね・・・

と私に声をつまらせながら何度も何度も謝った。

親の前ではやはり自分子供に還るのだろうか、今まで必死に堪えていた恐怖心や悔しさ、絶望感があふれ、私も涙が止まらなくなった。

でも悲しみのスパイラルに入るわけにはいかない。

絶対に治すから

できるだけ不安を与えないように力を込めてシンプルに伝えた。

友人関係の難しさ、心無い一言、ひび割れ関係

仲の良い友人にも伝えておく必要があると私は考えた。

私のこの考えは安易だったのだろう、結果闘病前に友人関係で心のダメージを負うことになった。

仲が良いと思っていた主婦仲間、ママ友に告知をすると

「大変ね~、大丈夫??本当に心配だわ」

という反応。

「え?それだけ?」

特に親身になって欲しいとかそういうわけじゃない。何が欲しいのかもわからないけど、何か嫌だ。そんなダダっ子みたいな自分も嫌になった。

更に追い打ちを掛けたのは「親友」だった。

中学校からの友人、由美とは今でも週に一度は会う仲で、何でも話せる間柄。

私と由美はまるで姉妹のように、同じような進路を辿り、同じようなレベル男性結婚し、同じように幸せな家庭を育んでいった。

から進路の話、異性の話、結婚してからはお互いの家庭の話、旦那愚痴家族ぐるみでも付き合える最高の友人だった。

由美になら何でも話せる。親兄弟よりも私の気持ちをわかって親身に寄り添ってくれるそんな勝手な期待をしてしまったのだろう。

由美にも率直に

乳がんになった。これから長い治療に入る。手術は正直こわいけど頑張る」

と伝えた。

ただ、由美にだけは同じ女性、同世代ゆえに全摘によって片胸が失われることに関しての悲しさがあるという話をした。

するとA子は

「なにも腕や足がなくなるわけじゃないんだから胸くらい良いじゃない。」

と言い放った。

彼女は明るい性格だ。彼女なりに私を励まそうとしたのかもしれない。

死を意識する日々、あまりに多くのものを失っていく毎日、私があらゆるものに敏感になりすぎていたのかもしれない。

ただ、この一言はどうしても受け入れることができなかった。

私が置かれていた状況は私の平常心を奪っていたんだろう。滅多に感情的になることがなかった私が怒りを抑えきれず、由美に対して激しい言葉をぶつけてしまった。

これまで長年にわたり育んできた暖かな友情に大きなヒビが入ってしまった。乳がんはまた一つ私から大切なものを奪ってしまった。

遂に手術

家族不安、両親の涙、友人との離別、多くのネガティブ感情を抱えながら私は手術に挑む。

スケジュールが出た。

手術は診断結果が出た日から20日後に決定。全摘選択したために術前の化学療法はなし。

手術2日前から入院となった。前日から食事も取れない。当日は朝から各種検査を行い以異常がなければ全身麻酔をして手術開始。目を覚ませば手術が終わっている。

手術は予定よりも2時間遅れて終了。遅れた理由リンパ節への転移が見られたから。麻酔が切れて朦朧とした中で、病室で夫がずっと手を握ってくれていたことは記憶の中にうっすらと残っている。

乳がんが発覚し自分の信じていた世界が全て崩れてしまったと思っていた。

でも夫だけはどんな状態の私も暖かく包んでくれていた。こんな時だからこそ夫の愛情を強く感じることができた。手術が終わった安堵感と、愛を感じられたことによる充足感か、そのまま深い眠りに就いた。

翌朝の目覚めは心地よかった。起きたら包帯でぐるぐる巻きだ。まあ夢ではない。現実だ。左のおっぱいないよなー。と思って触ってみるとやはり・・・ない。

わかっていたけど、現実を突きつけられると涙がこぼれた。

術後に体内にたまるリンパ液や血液を出すためのドレーン管が二本入ってたが。ここから液がでなくなれば退院だ。

7日後、遂に退院が出来た。退院時の値段は50万円だった。私はがん保険には入っていなかったので正直この金額は厳しいものがあった。備えあれば憂い無し。

そんな言葉が頭をよぎったが、今は無事に退院ができたことの喜びの方が勝っていた。

抗がん剤治療・・・これから始まる本当の治療

左の胸がなくなってしまったことへの喪失感はあった。お風呂に入るときなど自分身体から目を背けたくなる時期もあった。

でも、疑似おっぱいの性能が以外と良く、服の上からでは見た目にわからない状態になった。そこからはだいぶ気分が楽になった。

気分は元に戻ってきたが、治療はまだ終わりではない、手術から30日経過した時点で今度は抗癌剤治療が始まった。

期間は3週間を1クールとして、8クール複数抗がん剤を組み合わせての実施

抗癌剤治療と言えば、ドラマでも度々その様子が描かれる。そのためわずかに恐怖心があった。でも生きるため。

ここでも家族存在が私の心を強く支えてくれた。

抗がん剤治療想像していたよりはキツくはなかった。最初の一週間は特に異変もなかったけど、8日目辺りから吐き気貧血が出始めた。割りと調子が良くなってきた17日後に遂に髪の毛は完全に抜けてしまった。「あー、やっぱこうなるのねー」と思った。

覚悟は出来ていたので、思っていたよりはショックは少なかった。

クール目は特に問題なく過ごすことができた。まあ抗がん剤の点滴の際は気が重いくらいかな。

クール目に入る前にはかなり抜け落ちてきた髪が目立つので、ウィッグを買いに行った。季節をまたいでの治療なので冬用と夏用を両方買った。

それにしてもケアグッズも高い。

まり大きな声で言う人はいないと思うが、乳がん治療以外にかかる金銭負担も大きい。

クール目に差し掛かる頃には髪の毛は全て抜け落ちた。髪だけでなくまつげ、眉毛、体毛全てが抜け落ちた。顔色も悪く自分を鏡で見るのがちょっときつくなった。

いつも看病してくれる。夫も私の姿をみてどう思っているのかな。。。と少し気になる時期だった。

こうして、長かった化学療法も遂に8週で無事に終わりを迎えることができた。もう吐き気に悩まされることもないと思うとかなり気が楽になった。

楽しい時期は2ヶ月なんてあっという間だが、治療となると1年間のような長さに感じる。

抜け落ちた髪も徐々に生えてきて、昔に戻れるのかな-と淡い期待を抱かせてくれた。

化学療法を無事に終えた私は最後治療放射線治療に入ることになる。

永遠に続くと思われた治療・・・遂に・・・

放射線治療は、全部で30回。毎日通院が必要で、一ヶ月半ほど平日は病院通いが必要になった。経済的負担も引き続き大きかったが、仕事の調整をして一緒に通院してくれた夫に負担をかけているという罪悪感も多くあった。

放射線治療にも副作用がある。軽い火傷のような症状だ。熱い、かゆい、痛い。放射線を当てている患部は赤黒くなってしまい、見るからに痛々しい感じだ。

ただ化学療法と違い体外的な副作用しかなかったので、辛さで言えば全然問題なかった。

手術をしてから半年が過ぎて、ようやく私の乳がん治療は全て終了した。

毎日毎日通った病院乳がん発見してもらった病院にそのままお世話になって本当に良かったと思う。

検査ときは無表情で怖かった先生も病に真剣に向き合って時には優しく、時にはハッキリと私が不安にならないように、また過剰な期待を抱かないように上手に説明をしてくれた。

この先生に出会えたことは私の幸運だったと思う。

お陰で私は現実と向き合い、治療目的を正確に理解しながら集中して治療を受けることができた。先生本当にありがとう

「これでがんは完治」

そう言えればどれだけ幸せだろうか。

がんとの戦いはここからが始まりといってもいいかもしれない。

一般的ながんは5年再発しなければ完治と呼ばれるが、乳がんは10年後20年後も再発の恐れがあるために、ほぼ一生に渡って再発の恐怖との戦いになる。

「一生がんに怯えて生きていく」

こんな人生を送ることはまっぴらごめんだ。

「がんをうまく扱って生きていく。」

家族献身的な支え。そして我慢我慢を重ねた闘病生活

そのなかで私の心は強くなっていた。がんを再発させないように生活改善していけばいいじゃないか。そうポジティブに捉えることができるようになっていた。

最初からこの心があればなぁと今では思うけど、

乳がんによって手に入れられたこともあるのかなと思うと、最悪なことばかりではないかと思った。

がんで失ったものを取り戻す旅

手術が終わって一年が経った。本当に激動の一年だった。

今の私の生活はどうなっているか

幸いといっていいかな。見た目以外は正直、乳がんが発覚する前とあまり変わらない状態だ。

リンパ節を取った左手は、日常生活にはなにも支障はない。

抗がん剤副作用だった爪の異常や関節の痛みも治まった。

ただ髪の毛はやはりなかなか生えてこずまだ5cmほどしかない。出かける時、来客のとき帽子を被るようにしている。

左胸がないことにはさすがにもう慣れてしまった。残念に思うのは大好きだった温泉に行きたくなくなっちゃったことかな。

胸のコンプレックスが薄くなった今なら親友言葉も笑った受け流すことができたのになーと思うと少し心が痛む。

変わった事と言えば、食生活生活習慣が改善したこと。

以前は特にお肉が大好きでカロリーは紀にしながらも好きなものを食べていたけれど、今は野菜を中心とした食事抗酸化作用の高い食品をメインにしている。

そのおかげもあってか、再発は今のところなく、検査結果も良好。適度な通院も生活リズムを整える意味で意外と気に入っている。

家族との結束は乳がんによって以前より固まった気がする。長女は14歳になったが私の身体を察してか、家事積極的に手伝ってくれるし、反抗期の気配もない。12歳になった長男もだいぶ私を労って自分のことを自分でやるようになった。時々一緒にお風呂に入るが胸のことには触れてこない。なかなか優しいやつだ。モテる男になるかも。

夫は病気の前から優しい人ではあったが以前に比べて、私を心の底からいたわってくれている。先週末、酔って帰ってきた時に話していたが、乳がん告知の際、私を失うかもしれないと思った時に本当の愛が溢れてきたそうだ。

先日からかったら、覚えていないと本人は言うが、どうだかは知らない。

親友との関係は残念ながらまだ修復には至っていない。先日スーパーで顔を合わせたが会釈程度で終わってしまった。今の精神状態なら素直に私から謝ることができる。彼女との関係修復は今の私の一番の課題だ。

こんな感じで意外と悪くない日常を過ごすことができている。

「私から全てを奪った乳がん

手術前後治療中は頭の中にはこの考えしかなかった。

でも、今こうして、振り返ると悪くないことも多いなと思うに至った。

あなたには絶対に「この後悔」はしてほしくない

どうしても後悔はある。それが今回私が体験談を語ろうと思った理由。いまでも本当に後悔していることは一つ。

乳がん発覚の2年前、最初に気になった時点で乳がん早期発見の機会を逃したこと。

もしここで、私の治療をしてくれた大学病院までたどり着くことができていたら・・・

早期発見というくくりの治療となり切除も再発のリスク存在しない状態治療が終わっていたと思う。

親友との離別も家族への過度な負担。これらも起こることはなかっただろう。

私の弱さゆえの判断ミス。これに尽きる。

10月1日ピンク色に染まった東京タワーを見た時にもっと深く乳がん自分ごととして考えられていればな-なんてことまで思ってしまう。

乳がん女性の12人に1人がなる病気と言われている。確率は高い。あなたもなる可能性が十分にある。正直発生自体を防ぐことは生活習慣などにもよるし、生活習慣を気をつけていても病気はいつ襲ってくるかわからない。

anond:20170611141851

今はどっぷりつかってるから

永遠に続くように感じる

習い事学校ママ友関係など

子どもが成長し

時期が来たら終わる

私も昔悩んだよ

http://anond.hatelabo.jp/20170611091201

いいのです左翼回復永遠に行われなくてもあかあかといくのです

2017-06-09

子孫も食いつぶす原野商法という最恐ハックについての補足

みんないろいろありがとう。少し元気が出た。

前回の記事や関連URL

合法的一族から永遠に搾取可能原野商法という最恐ハック

http://anond.hatelabo.jp/20170607155105

原野商法

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E9%87%8E%E5%95%86%E6%B3%95

全員が相続放棄したらどうなるの?

http://anond.hatelabo.jp/20170608120049

相続放棄をみんなでやれば?

仮に私とその兄弟とみんなでやると、たしか、その故人の兄弟相続させられるという話になって、さすがにこじれすぎるよ。。。

それらも含めて、いっせいのせというのもわかるけど、それこそさすがに連絡とったり多分現実的に難しい気が。

ところで、墓地の件はわたしも忘れてた。ありがとう

払わない

せずに済むなら、それが良いと思っている。たださすがになー。

ホームレスに売りつける

これはさすがに考えていないし、まずいだろー。

内容がよくわからない

これ、どう説明すればいいかな。

価値ゼロ土地相続するはめに。価値ゼロなので売れない。

・それを相続したくないが、相続放棄は全ての財産放棄しか認められない。

・仮に放棄したとすると、その故人の血縁相続対象となり、またこじれる。

価値ゼロなので固定資産税はないが、管理費を取る業者がいるので、そのお金を払い続けないといけない。払い続けることが、永遠に相続される。永遠に相続される、という点で、自分の子供にもそれを押し付けることになりかねない。

ここに困っている。

これでおk

山遊び好き

共有地はたぶん小さい区画水道かなにかのどうしても必要場所だったように記憶している。メインは165平米。

あとで知って

いや相続放棄も何も、まだ相続もしてない。相続のこと調べないとなーと調べてみたら、それが未来に引き継がれることがわかった。

物納

今回、問題になっているのは、管理費。共有地を管理している人に、永遠に管理費用を払い続ける、という点。

遺産分割協議書に載せず相続登記もせずに放置しちゃえば?

それできるの?さすがに無理なのでは。

一部だけ相続って虫が良すぎ

いや、えっと、うまくいえないけれど、先祖代々守ってきた土地墓地も含め全部放棄っていうのも忍ばれる。だが未来に、消せない負の財産を残すのも苦しい。

生前贈与しまくって後で

これも考えたのだけど、結局放棄しても、他の兄弟にその相続がいく。そうすると別な問題がでそう。

他の共有者に押し付けられないっけ?

ほんこれ。というか、その共有地を必要としている人が本来は払えって思う。

所有者不明土地

この記事見た。ありがとう。でも、今回は登記上はしっかり誰のものかとか普通に記録されてるのでちょっと該当しないと思った。

現地の役所に問い合わせとき固定資産税部署電話回されたけど、すげー早くて正確だったよ。さすが税金を取る部署は精鋭が集まってるわと思った。

まとめ

今回、困っていることを増田に書いたけれど、こんなにも反響があって驚いていると同時に感謝しか無い。

しかし、たとえば、自分血縁で誰かが負の財産相続放棄したら、兄弟にそれが回ってくるっていう制度を改めて理解したら、ほんと怖くなった。

相続は、全部放棄相続するか、しか選択肢がない。

血縁相続放棄したら、それが兄弟などにもまわってくる。

今回の件はここが問題で、それを踏まえたうえでどうしたものか、と悩んでいるという話。

ちなみに、消費生活センターも、役所の人も、どちらも口を濁しながら、安い値段を払い続ける程度で済んでいるだけましって、モゴモゴ言っていたのが印象的だった。でもこっちとして、それ未来永劫だぞと思いつつ。

みんなありがとう。また調べるよ。

2017-06-08

長谷川豊を叩く自称自業自得透析患者家族って繊細チンピラぽい

https://togetter.com/li/1116738

コレを見て。

なんかいつ見ても自称透析患者家族や知り合いとやらが

自業自得とは何事だ!うちの親は頑張って働いて~」

「うちの知人は交通事故被害者で~」

「うちの親は若いから摂生もせずに~」

とかわめいて怒鳴っている人ばかりで正直うんざりしている

そもそもこの人達、「自業自得透析患者」ってやつの解釈長谷川と徹底的に違う

から永遠に相容れない

長谷川は何度も言っている。ろくに節制もせずに暴飲暴食を繰り返し、透析になっても

病院で暴れるような奴らが自業自得透析患者、と。

だけど自称透析患者家族とやらは、まじめに働いていたのに透析になったうちの親に死ねというのか!と言い出すので、話が噛み合ってない

何でこんなことになるのかと思うのだけど、多分「自業自得」の文脈としての置き場所が違う。

●●で××な透析患者自業自得、というのが長谷川スタンスなのだが、なぜか透析患者家族は「透析患者自業自得」の部分しか読んでない

条件Aを持つ透析患者自業自得

長谷川に対して

透析患者自業自得

解釈されているのだからどうにもならない。

家族達は傷ついた!!!と喚く繊細チンピラしか思えない。

はいえ、長谷川も間違えてるんだよな。自業自得透析患者うんぬんをネットで言ったところで、実際に

長谷川が想定していた自業自得透析患者絶対見てない。そいつらはおそらく爆サイとか、あんなところに

いる奴らだからニュースサイトなんてまず見てない。

まり実際に伝えたかった人のいないところで演説ぶってしまったが故に、長谷川的には全然関係ないと思っていた

他の人たちが過敏に反応して「なにそれ俺のこと!?」と怒髪天になっているのが今の状態

長谷川を責めることが出来る場所に立っている自称家族とやらは、長谷川が想定している自業自得透析患者ではない。

長谷川が想定していた「自業自得透析患者」ってのは若いから吞む打つ買うなどを繰り返し、定職にも

ろくにつかず、家庭内暴力を振るい、家族から金を盗んで自己破産なんかをした上に、暴飲暴食をしていた

せいで透析になるが、病院でも医者看護婦さんに横柄な態度を取りまくり家族がぺこぺこと謝る、そんな奴のことだったと思う。

 

私の親のような。

 

から、あの長谷川記事を見たときは大笑いして、「ほんとだよ早くしね親父」と思った。

娘の金を盗み、兄の学費も使い込み、先祖代々の土地もすべてギャンブルに使い果たした糞親父は、暴飲暴食しまくって見事に足なくなった。

っていうのに、病院で暴れて、私はいつも慌てて病院に行っては謝りまくっていた。

ほんと早く死んで欲しかった。全員実費負担にさせてくれれば治療費がないから殺せるのに、とかマジで思ってた。

から長谷川はおそらくそんな私の親のような奴のことを言いたかったんだろうと思っていたので、彼がぼこぼこに

叩かれているのを見ると、ああ、この人を叩いている人たちって言うのは、本当の底辺透析患者を知らないんだな、と思ったりもする。

長谷川が想定している透析患者は、ネットツイッターブログ自己表現をするような人たちの周りにはおそらくいないのだ。

前に話題になったこの記事

http://anond.hatelabo.jp/20170325083636

これは本当だ。長谷川の叩いた対象透析患者は、パソコンなど持っていない。金を持てばパチンコに行って、勝てば平気で

飲酒運転するような、そういう底辺層

長谷川はその底辺層のことを知っているが、ブログ等で彼を叩いている人はそいつらを実際によく知らない。だから自分のことと

勘違いしている。彼らには見えないのだろうが、いるのだ、そういう腐った透析患者って奴は。

なお前述した私の父は見事に糖尿病で死んだ。

大喜びで母と酒盛りをした。国がたくさん金を負担してくれて本当に申し訳なかったです。うちの父に使う金があったら、

まじめに働いてて透析になった人や、交通事故透析必要になった人に回して欲しかったよ、ほんと。

ドキュメント '17

「やあ。実はね、今日はお別れを言わなきゃと思って」

彼は隣に腰掛けて、僕はそう言った。

はいつも、彼に会うとそう言うのだ。

ギムレットを。」

彼は僕の言葉無視して、バーテンダーに注文した。彼はいつも、最初の一杯目はギムレットだ。たとえ無言で店に入ったとしても、バーテンダーライムジュースジンを用意するだろう。

「そうか、僕もさよならを言うべきだと考えてたよ」

彼は芝居のかけらもない、抑揚のない口調でそう応えた。

僕らにとって、これらのやり取りは一風変わった挨拶のようなものなのだ。はたから見れば、同性愛者たちの深いドラマのある会話のように見えるかもしれない。

彼は紺色のスーツに、水色のシャツを着ていた。ネクタイの深い赤色が冴える。古めかしい黒縁の眼鏡短い髪は、ビル・エヴァンスのような風貌に見えた。

彼にギムレットが手渡されると、僕らはいつも通り、静かに乾杯をした。

バーテンダーに「適当に作って」と注文したカクテルは、回を重ねるごとに本当に適当になっていた。今日のはミントを感じる以外の味はよくわからない。僕の舌がおかしくなっているのかもしれないけれど。

僕らは他愛のない話をした。本当に、中高生教室で話すようなことよりも、ずっと他愛のない話だ。音楽のことや、最近見たアクション映画の話や、女の子の話。そして、将来のこと。

僕はオールドグラスを置き、呼吸のついでのようにつぶやいた。

「君には教えてもらったことがたくさんある」

『たとえば?』

「夜の楽しみ方や、大人たちとの話し方。音楽映画の美しさ。ひとりであっても、素敵な時間を過ごせること。そして、僕にも創作の才能のようなものがあること。もちろん、最後のは思い込みだろうけどね」

『そんなこと、教えた覚えはないな』

「そうかもね。教わった覚えも、実はないんだ」

彼は、のどの奥だけで笑った。

店内はジャズが流れていた。「JUST FRIENDSであることは確かだが、誰の演奏かはわからなかった。

「やりたいことが、少しずつ増えてきたんだ。途方のない夢じゃなくて、もっと具体的で、実益のある夢だ。」

実益のある夢』

彼は外国語発音を繰り返すようにつぶやいた。

「そう。砂漠を掘って石油王になるとか、そういう夢じゃあなくてね」

スコップを持てばいい。それだけで現実的な夢になるさ』

「ああ。スコップを持って、砂漠の砂を一匙ずつすくうんだ。そういう作業を、これからしなくちゃあならない」

『その通りさ。結局は、何かしらの積み重ねだよ。すべてはね。明日から急に天才になれたり、金持ちになれるとか、しがらみから解放されるっていうのは、危険プロバガンダでしか存在しないんだ。』

僕は、グラスの中身を3/4ほど残して言った。

「僕はもう帰ろうと思う」

『でもね、もし君と、本当にずっと、永遠に会えなくても、僕はここで待っているよ。ホラー映画セリフみたいに聴こえるかもしれないけどね。』

ジョン・レノンスターティングオーヴァー、君も好きだろ? 「これも素敵な"再開"のための別れなんだ」って、そう思うんだよ。だから、ずっとここで待ってる。いつでも、ここに来てもいいんだ』

『君がここに来ることは罪じゃあない。言うまでもなく、無罪でもない。有罪でもない。難しいところなんだ。君自身は悪いことだと感じていても、現実的には無罪なんだ。』

僕は何も言わずに席を立った。

隣にずっといたはずの紺色のスーツと赤いネクタイの男なんて、まるで最初からいなかったかのように、なにもないカウンターチェアが、かすかに回っているような気がした。

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