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2021-04-23

anond:20210423195914

それじゃ当人同士にしかからない。

第三者証明できてないだろ。

シン・エヴァンゲリオン劇場版:|| の感想

1か月以上前に観に行って、

ついうっかり「感想文でも書いておこうかな」などとTwitterでつぶやいたが最後

友人に拾われ「待っている」と待たれてしまった。

こいつは、しっかりとした文章を書かねばなるまい。

私がシンに対して感じた事。

それを素直に、そして素敵に書き連ねて、友人と感動を分かち合うのだ。


などと思いを馳せていたら全然書けなくなり、

「ああ、そうだ自分プレッシャーに弱かったんだ。忘れてた。」

と、自分ヘタレ気質を久々に思い出した。


まりに書けないので、先輩を捕まえて「文章が書けない」と愚痴ったところ

先輩からは「気負うなよ。なんだ、その友人だって、そんな約束もう覚えてないんじゃないか?」と、励まされた。


既にこの地点で待たせてから半月以上経っていた。

友人から特に催促などはない。


はああん、さてはそんなに気負いすることもないのかと

鼻歌交じりで湯船に浸かったり、踊りながら夕餉の支度をしたり、

switchで発売されたモンスターハンターライズをやったりして更に2週間ほど書かずにダラダラすごした。


そのうち書く気力が湧かないものかと期待もしたのだが、これがちっとも湧きやしない。

アイデアは閃いたその時にアウトプットしないと、どんなに素晴らしいものでも劣化すると言ったのは

確か大学の時の教授だったか


逃げるように打ち込んだモンスターハンターエンドロール見送りながら

自分は友人との約束を小脇に置いて、一体何をやっているのだ」と我に返り

待たせてしまっているのかもしれない友人に申し訳なさを感じながら、

ようやく書くぞと、今キーボードをたたき始めた。




ここまでが、つまり言い訳で、今更シンの感想文を書くに至った経緯である


どう書こうか散々悩んだが、結局文筆家でもない私の書くものだ。

感じたことをそのまま文章に起こすしかない。


なに、これは友人に宛てた私信の様な感想なのだから

第三者にとやかく言われる筋合いはない。


から友人が「見苦しい」と思わなければ、とりあえずは問題ないのだ。


では感想だ。どう書こうか。そうだな、本作は大きく分けて3つの感動が湧いた。

それぞれにタイトルをつけるなら、以下だ。


【大号泣お疲れ様でした、すべてのエヴァンゲリオン~】

【散々泣いた後「これシン劇場版だけ見た人は面白くないんじゃないだろうか」という懸念

戦艦好きにはたまらなかったです】



では、細かく1つづつ説明していこう。

うそう。ここからネタバレが発生するので、万が一まだ見ていない人がいたら気を付けてほしい。


----------------------

【大号泣お疲れ様でした、すべてのエヴァンゲリオン~】

とにかく泣いた。

キャラクターは何人か死ぬんだが、そういうシナリオ演出上の悲しみで流れた涙では当然なく、

「こう終わらせるのか」という感動というか。

昔感動したエヴァンゲリオンというコンテンツが、

時間が経って、時代が変わって、自分も一緒に歳をとって、そして受け入れている自分状態のもの

涙が止まらなかった。


それは、終わってしまうという哀愁とはまた違う感覚で、

かつて「なんて難解で新しいんだ!」という側面で感動したエヴァンゲリオン

(この次の詳細で書くが)こんなに分かりやすくなったとしても、受け入れて楽しんでいる自分がいる事の喜びでもあった。


期待していた感動の方向性が全く異なっているのに、喜んでいる自分がいるというのは、

シンの終わりに向けて自分も一緒に歳を重ねたからだと泣きながら気付き、

お疲れ様でした!」と関係者でもなんでもないのに、小さく独り言ちていた。


10代の頃に初めて出会って、一緒に歳を重ねたことで

今全くなんと形容していいのか分からない涙があふれ、

不思議な達成感と供に「楽しかった」「感動した」「泣いた」「素晴らしかった」を超えた感謝を感じた。


感謝

本作において、恐らく一番近い表現がこの単語な気がする。



【散々泣いた後「これ今からエヴァ見る人は面白くないんじゃないだろうか」という懸念

で、散々泣いた後に冷静になってこう思った。


「…今からエヴァンゲリオン見る人は「これ、そんなに面白いか?」と思うんじゃないだろうか。」


というのが、かなり解りやすくなっている。

TVシリーズおよび旧劇場版比較すると、エヴァンゲリオン秘密人類補完計画綾波レイの正体やら

台詞と絵でほぼ全て語ってくれた。


特に、旧劇場版では初見ではちょっと分かりにくかった、一体誰が敵なのか(ゼーレ?ゲンドウ??)というモヤっと感が

分かりやすく「ゲンドウがラスボス」「目的ユイたん復活」と、ご自身説明してくれる。


この辺りの凄く分かりやす説明に対しても、歳を重ねた自分は「語る事を決めた監督お疲れ様です!」と感動したが

なんとなく、「日本人は難解で解釈余地を残す演出の方が好む傾向があるのではないのか?」

という考えから「これ、今からシンを見る人は楽しいのだろうか?」という懸念が生まれた。


こればかりは、私の仮説が間違っているかもしれないので、過剰な心配かもしれない。

実際、序破Qと興行収入は上がっているらしいから、現代は不親切な難解さよりも、

明快な回答があったほうが好まれるのかもしれない。

(いや、でも、Qまでは結構難解だったよなあ。)


ただ、少なくとも、泣くほどの感動は多分ないだろう。


そう思うと、むやみやたらに「面白いんだよ。素晴らしいんだよ。」と勧めることを躊躇してしま自分もいる。


劇場版に比べると、シンは万人に受け入れられる作品にはなっていると思う反面、

自分は今回から観る人に狂うほど楽しいかと聞かれると、唸ってしまうかもしれない。



戦艦好きにはたまらなかったです】

最後はもう、自分の好みの話でしかないのだが、有人の人型巨大ロボットでの肉弾戦よりも

戦艦ものの方が好きな自分にとってはシンは最高だった。


エヴァンゲリオンは当然戦うんだが、ヴンダーが途中まで大活躍なのだ

活躍というか、ヴンダーベースエヴァンゲリオンが戦うのだ。

司令塔戦闘機も大好きな自分にとってさら楽しいありがとうございます

(余談ですが、そういう意味で、途中まで指令を聞かないマリの戦い方は好きではなかった。)


戦艦といえば、艦長。そう、艦長がどれだけカッコいいか大事


ミサトというキャラクターが、TVシリーズではどうにも雌くさくて好きじゃなかったのだが、

それでも、指令を出したり、無茶苦茶作戦ねじ込むシーンだけはカッコよくて好きだった。


そんな好きなミサトが100%、最後までかっこよく戦ってくれたことも、ありがとうございます

艦長から死んだのか、ミサトだから死んだのかは分からないところですが、ミサトは絶対退場するんだなあ…とかも思った。

でも、あのラスト艦長ラストだよね。全員逃がして最後は船と供には艦長としての散り方だよね。)


ヴンダーが動くのは一々カッコいいし、ヴンダーの開発秘話イケてるし、

最後に命の箱舟としての本懐を全うして兵器として出撃するシーンとか。

なんだアレ、ずるい。かっこよくてずるい。


最後の項目に関しては、本当にただただ好みの画がカッコよく動きまくってくれて

脳がひたすら喜んでいるだけみたいな感想なので、語彙がバカになっていると思う。


いや、でもカッコいいしか言えないね


ところで、私は戦艦ものが好きというか、一人のヒーローパイロット)が敵を倒すよりも

多数の凡庸凡庸と言ってもポテンシャル高め)な人々が知恵を絞り巨大な敵を倒すという構造が好き…

というタイプ戦艦もの好きなのだが、庵野秀明はその演出がとても気持ちが良く、

シンゴジラ幸せ過ぎて脳が溶けるかと思った。


そんな話をしたところ、先日知人に「それは、ヤマトは当然として、ウルトラマンウルトラQ)も好きかもね」と言われた。

ふむ、なるほど見てない。ウルトラマン


そして先日のシン・ウルトラマンの特報である


・・・これは期待するしかない。と強く思っている。


----------------------


以上が大筋の感想となるのだが、

今回書いてみて一方的レビューだと、心の中にある踊るような感動や衝撃というのが語彙力のなさも手伝って、きっと全然書けていないなと感じた。


これが会話だったら、もっと色々話したい箇所もたくさんあったなと読み返して思っている。


例えば、最後に畳みかけるメタ表現の数々や、その視点から演出だと思えばループスターシステムというもの

シナリオではなくアート寄りな(作家的な?)視点になるから議論不要なんじゃないかとか、

ラストの実写差し込みは昭和舞台壊しオマージュかな?などなど…


会話として意見を聞きながら会話を楽しみたいとは思う視点はたくさん出てくるんだが、

一方的に断言できる事は大体この三つだったなと思う。


特に、一緒に歳を取った作品がこう終わったのかという涙と感謝の話は

他の作品で感じたことがなかったので書いておけてよかったかなと思う。


そう思えば、「待っているよ」と言ってくれた友人に感謝である

ありがとう



ああ、そうだ友人よ。歳を重ねて…で思い出した。

来月私は母になる。

そういう事もあって、余計涙もろくなっているのかもしれない。


こんな時世だから会えるのがいつになるのか分からないが、

子供も連れてそのうち、書ききれなかった感想戦をやりたいものだね。

anond:20210423163240

艦これが中止したり自粛したりしてたか

あと伝記もの普通に第三者が叩きまくってるぞ?

視野狭すぎじゃね?

anond:20210423162955

からそれで炎上したり中止になったり自粛したりなんて無いだろって言ってんだ。

こんな風に第三者が出しゃばって叩いたりな。

2021-04-22

anond:20210422153719

大切なことを忘れています

オリンピック強行開催したとしても、国民コロナ感染しません。

なぜなら、会場に集まるのは選手大会関係者だけだからです。

まり国民はまったくの部外者なのです。

他の選手大会関係者が声高に開催反対を叫ぶなら、オリンピックをやめる選択肢もあるかとは思いますが、

国民の開催反対という第三者のヤジに迎合するのは、その方がプロ意識に欠ける行為と言えるのではないでしょうか。

2021-04-21

anond:20210421112009

からしたら自分遺伝子入らない子供なんか要らないのは普通だな

からしたら自分の子に変わりはないか精子なんかどれでもいい

両親からしたら息子の子に変わりはないか元増田の子でも構わない(が、第三者だと嫌がるかも)

anond:20210421111414

結婚後4年も経ってるなら義妹も年食ってるだろうし、それから次の男探して妊娠して…と考えたら厳しい歳なんだろ

それよりは精子提供で産んだ方が確実

元増田拒否すれば第三者から提供になるだろうが、その当てが見つかって夫(元増田の弟)さえ同意すればそれで何も問題ない

夫が拒否してるから離婚しそうみたいだけど

anond:20210421110817

それ男の願望で、実際は女は種が何だろうが自分の子供に変わりはないってのが多いと思うよ

実際第三者精子提供での出産ってのも昔から多いし

今みたいに倫理面が整備される前は適当だったか医者自分提供してたりしたんだよな

そうでなくても医療現場にいて立場が低い男=医学生とか研修医かに提供させたりとかしてたから、精子提供だと頭良い子が生まれるなんて言われてた時代もあった

anond:20210421093228

養子って簡単に貰えんのよ

義弟夫婦の状況によっては絶対に無理

それよりは第三者精子提供で産む方がずっと簡単

2021-04-20

【ブコメが地獄】誰に向けての批判、誹謗中傷か

批判誹謗中傷の線引きがあれなのはおいておく。

増田にしてもツイッターにしても、本人相手でないところに返信(リプ、トラバ、ブッコメ)するってのが多々あると思う。

Aさんという人が非難に値する(と一部の人が思う)行動をしたとして、

Aさんのツイッター突撃、Aさんのブログコメント、などという直接的な返信と、

Aさんを取り上げた記事に対してブコメ、Aさんについて物申している第三者ツイッターにリプという間接的な返信と。

前者と後者で信念を持って言葉を使い分けていない、芯の強い馬鹿もいるし、

前者を後者言葉を使い分けている、自分対応力あると思ってる馬鹿もいる。

で、きつめの言葉を使う前者を見て、これくらいはありだろうと勝手に思う馬鹿がいる。

そもそも、にしてネッッと経由での言論って対面よりも慎重になるべきだと馬鹿であるこの増田は考えるのではあるが。

文字数が限られてたり、そこに気を遣う必要ないじゃんって、ネット弁慶的な馬鹿が多いよね。

さっさと色々テクノロジー発達して、文字ベースじゃなくて思考ベースのコミニケイション実現

撮影マナー

近所の景観のいい場所散歩に行ったら、2人組の観光客がその景観が一番いい感じに撮れる写真スポット撮影しており、その様子を同じようにそこで撮りたいのであろう人達数組が第三者自分から見ても察するほど 待ってますよ、という態度で見ていた。

休憩がてら観察していたが、その2人組は写真を何枚も何枚も撮り(シャッターきってるように見えたので多分動画ではない)、5分程経過しても全く動かず周りに写真を撮りたそうな人が行ったり来たりとウロウロしても尚撮り続けていた。

その後その場を離れたのでどれほどの時間写真スポットを独占していたかは分からないが、自分の目にはマナーが悪いように見えてしまってモヤモヤーーっとした。実際マナー違反かは知らん。

2021-04-19

現役教員が語るいじめを見つけた時の対応方法

1.教員場合

教員なら無視一択だ。最初に少し注意したら後は放置だ。基本的いじめ対応仕事が増えるだけだし、自分評価も下がる一方だ。当然被害者自殺したりして大事になると大問題になるがその可能性は限りなく低い。そんな可能性に怯えるくらいなら大地震に備えて日頃から防災頭巾を被って生活した方が建設的だ。

2.生徒の場合(中高生がこんなところ来るべきではないが)

教員によって対応を変える必要がある。

教員が真面目に解決しようとしてる場合

第三者を保つべきだ。いじめには直接参加せず、被害者から距離をとり、加害者とは仲良くしつついじめには参加しない。

教員解決する気がない場合

いじめに参加した方がいい。いじめをする奴にクズはいない。クズクズからこそ人から嫌われるので人をまとめることが出来ない。いじめ主犯は人を束ねて、1つの目標に向けて動かせる人物であり、社会ではこのような人物を有能な人物と見なす。実際就活ではこのような人物がバシバ内定を取っていく。勝ち組最有力候補とつるんでおくのは将来確実にプラスになる。下手な勉強よりは有益かもしれない。

どちらにせよ大事な事は被害者を助けてはいけないことと、加害者と仲良くすることだ。

被害者はいじめによって人生壊され、性格も歪んでよほど才能と環境に恵まれない限りまともな大人になれないので助ける価値はありません。

学校では教えられないけど社会人ならば分かると思う。

今までの人生、ずっと逃げてきた。

逃げて良かったときもあれば悪かったときもある。

違いはなにか。

自分第三者目線で見て逃げろと言えるかどうかだと思う。

この第三者目線というのは難しい。

だって結局第三者じゃないし。

主観で考えたことに第三者目線ですって信じるだけだし。

第三者目線なんて自分でできっこないんだ。

そんな時に、逃げたい時、逃げではいけない時に、それを相談できる人がいるといい。

その人は第三者から

例の事件で色んな思いがわいて出てきたかチラ裏ログ

一応書いておくけどここで書いてるのは山と集落しかないようなド田舎の話。

でも多少都会だったとしてもそんなに変わらないのかもしれない。


役に立つかどうかはわからないけど少なくとも第三者の目がある分都会のイジメは隠れてする(あくま想像)だろうけど田舎はそんなの気にならない。

誰もいないし誰も通らないし何よりみんなでいじめる。

いじめられてる方=村に馴染めない子供=仕方ない という方程式まであり得る。

あとかっぺにはモラルがない。

「ここまで」という線引きがない。

下手に都会に憧れてる分メディアが作ったいじめをそのまま再現してイキってるクソ馬鹿ガキもいるんじゃないかと思う。

都会へのコンプレックスヘイトという形で相手にぶつけることを何とも思っていない人が多い。

まず比較対象がいないか自分がしていることが異常だと一生気付かない。

異常者ばかりだから異常行動にも何にも感じない。


田舎隠蔽やすい分色んなことを隠して真人間みたいに暮らしてる人が多い。

都会的で平均的な感性の人は暮らしていけない。

博愛的で平等な人も無理。殺される。

カーストの上位に椅子がある家は一生安泰。

カーストの下位に椅子がある家は一生奴隷

カースト下位の子供はカースト上位の子供に傅きながら青春を終える。

その階級制度に疑問を持つ人は住まないほうがいいよ。


個性」が少しでもはみ出る子供は一瞬にして的になる。

生徒数が少ない分みんなでいじめる。

泣いてるのが面白くていじめる。

面白いか明日も同じようにいじめる。

他にすることがないかいじめる。

今は下手にスマホから情報が取得できる分ずっと悲惨だと思う。

強く生きてほしいなんて口が裂けても言えない。


村によっても結構違う。

金持ちの多い村は平和

貧乏人が多い村は悲惨

そんなイメージ絶対じゃないだろうけど。

移住考えてる人は本当にやめておいた方がいい。

子供が馴染めなかったら何されるかわからいから。

もし子供が村の価値観に染まったら子供が何考えてるかわからなくなる可能性もある。

これ読んで移住成功体験マウント取る人少なからず出てくるだろうけどこれはあなた否定する内容じゃないから突っかからないでね。

あなた幸せならそのまま幸せ暮らしてください。

以上。

麻雀】運要素の大きいゲーム強者とは

確率論

基本のキ。これを押さえてないと強くはなれない。

但し麻雀の”何切る”問題が必ずしも強さに直結しないのは、何切るが河や他家の手配にまで踏み込んでいないことが明らかなのは説明するでもないだろう。

何切る問題基本的に牌効率についての最適解のための演習であって、踏み込んだ問題は何巡目、点棒状況、河まで明らかにするだろうが、それでも十全ではない。

とはいえ、基本中の基本ではあるので、ここは上位のプロなら常に正解を出せるくらいには学んでいるはずだ。

逆に言えば、何切る問題で間違えているようなやつが、麻雀プロの強い弱いを語るべきではないともいえる。

人読み

確立論を学んだ時、次に来るのは対戦相手に対しての読み。ここをすっ飛ばす、あるいは無意識で居続ける雀士もいる。

何切る問題では、伏せられた牌については考慮外だったが、実際に麻雀を打つ時は、生きた人間相手である

6巡目であれば、6×3の情報が河に並んでいる。記憶力に自信があればツモ切りか手出しかさらにはどこから出てきたかという情報もあるだろう。

さらには、他家が鳴いた時、リーチの時、など他家のパーソナリティに応じて読みが働く。

研究してある程度の情報を得たとしても、それを言ってしまうと対策されたり第三者の利になるのであまり触れられて来なかった部分。

多井プロ公言しだしたのと、Mリーグ放送対局増えた(3年目になって解説者も踏み込んだ解説をせざるを得なくなった)ことで、最近注目され出した。

ただ、牌効率確率論)と人読みは出来て初めてプロリーグで戦う資格ありというぐらい基本的なこと。(ただし、現状ではどっちも不完全なので、あえて人読みしないという方向性でも結果は残ることもある)

個性経験……運

麻雀確率論で考えたらシンプルだ。(過去天鳳位とか人の限界まで登ったに近しい人はいるかもしれない)

が、人読みと合わせて考えると、人読みがアナログ要素満載な分不完全な結果しか得られない。(すべての対局者が確率論の正着打を打つと仮定したら、人読みは不要にはなるが)

不完全な中ででも結果を求めると、結局まだアナログに救いを求めるようになる。

今までこれで成功してきたからという成功体験や、俺はこれと決めたんだからという信念などに基づく、個性的な打牌。

そのうえでここぞという時に運を味方につける人が勝ち残っている。

逆説的に言えば、運がよかった人が、結果を残して、その人のうち筋が個性として評価されているとでもいおうか。

何切る問題ですら、未だ完璧解など出ていない状況なので、何局めの何点差の状況でXという配牌が与えられた時の正着なんて誰もわかってない。

試行錯誤してる。

アップデート

しょうもない結論申し訳ないが、結局、基本を押さえつつ、「経験則でなんとなくの正解に至れる感性」「運が良い」あたりが、強さということになるだろう。

経験やら、対戦相手の人読みやらは、常に変化していくので学び続ける姿勢必要。(あと、勘)

で、メディアファンストーリー的なの好きなわけで、そういう時に個性とかブレない姿勢評価されたりする。

個性なうち筋とか攻撃特化、爆守備とかが活躍出来ているのは結局のところは運ゲーだってのが大きいと言われればそれまでのゲーム。(ただ、サッカーセンタリングひとつあげるにしろ完璧な精度で狙ったところに蹴れないのはある意味運ゲーともいえるし、運要素なくなった競技は途端に魅力を亡くすと思うから、それはそれで楽しく観戦できたらいいんじゃないかなーって思います

anond:20210418152845

2021-04-18

結局、「独断偏見で選んだ好きなアルバムランキング」じゃん

anond:20210417094715

こういうランキングは「偉大」だとか「名盤」とかいったフワッとした基準で選ぶから良くない。だからどうやっても、独断偏見が混じった「好きなアルバムランキング」になってしまう。

このような類のアルバムランキング独断偏見が混じってしま理由は、ランキングを作る上で必要音楽やそのバックグラウンドにまつわる教養が、作成者に不足しているからだと思われる。

特に元増田のような自称音楽好き素人ランキングではその傾向が顕著である元増田は色々と御託を並べてはいものの、

 ・なぜこのアルバムがこの順位に入るのか

 ・度々「影響力」という言葉が出てくるが、それは具体的に何を指し、どのように測っているのか

などといった点で不明瞭で、これでは選考が理にかなったものである第三者判断できない。

日本音楽史上の最も偉大なアルバム20」と銘打つのならば、同じ選考基準で誰が選んでも同じ結果になるような普遍性を持つランキングを目指すべきであるしかし、そういった配慮が一切なされていない元増田ランキングは、所詮独断偏見で選んだ好きなアルバムランキングである

元増田は『日本人音楽センスが乏しく、既存ランキングには問題がある』と論じている。しかし、このランキング個人的フィーリングで選んでいるにすぎず、元増田自身が見下す「音楽センスの乏しい連中」と同類であると言わざるをえないのは、何とも皮肉ものである

もし、アルバムランキングのような試みをしたいのであれば、「数百年後、数千年後に残したいアルバムリスト100選」とかにしたらどうだろう。何百年後の学者たちが、今の時代文化歴史などを研究する上で有益となるアルバムリストアップする。より具体的な理由けがやすくなるし、リストにすることで偏見が入る余地を狭くすることができるだろう。

みんな喧嘩がしたいんだな

フリーライターとかジャーナリストTwitter見ると喧嘩ばかりしてる

事件当事者ことなんかどうでもよくて、第三者間で喧嘩ネタにしたいだけなのかな

もし筆者がこの問題をどうにかしたいと思って拾って公表したとしても、Twitterでの喧嘩に夢中になってたら元も子もない気がする

2021-04-17

仕事を増やす

仕事をして12年。

様々な価値観の人と仕事をしてきた。

1番一緒に仕事をしたくないと思ったのは、ミスにより人の仕事を増やすタイプだとする。

昔は仕事が遅くて残業する人の仕事が回ってきて嫌だったが、それはある程度評価給与に繋がるから今となってはマシと思う。

今は不特定多数ミスして、こっちにお詫びや解決させる仕事を作るタイプが嫌だ。もうミスが多すぎて相手に嫌われるから謝るのすら、第三者が謝らないと場が収まらない。

今や申し訳ないが、会社から消えて欲しいとまで願う。

anond:20210417215125

仕事できないとウザがられて拒否されるのが怖くなるんよ

裏で文句言われる第三者のこと聞きたくもないし、対面でボロクソ言われて対人恐怖症になる人もいる

非正規が多くて半年一年でチーム総入れ替えも珍しくないし、すぐバイバイ孤独になりやすいんだお

差別意識ってみんな少なからず持ってるものだよね?

男なのにスカートを履くなんて、メイクネイルをするなんて、ピンクが好きなんて

女なのに特撮が好きなんて、子供が嫌いだなんて、料理をしないだなんて

ぱっと思いつくだけでもこんな感じだよなと。

どれも「法的に禁止されたもの」とかじゃなく、「なんとなく違うと思う」ってだけで否定されてるものだよね。

そういう意識があるのは仕方ないことだと思っているし、それを認めた上で他人否定しない、害さないのがダイバーシティだと思う、という意見には概ね同意してる。

男がスカートを履くことに違和感を感じるのは過去にそういう運動流行がなかったからってだけだと思うんだ。男性特権階級にいた時、大きな運動の主導はなんとなく女性イメージがある。

女性パンツルックは、英国婦人参政権運動あたりの話をちょっと覗けばその手の話題が沢山あるからそういうきっかけ、流行意識を生み出すなにかが過去にあって自然の流れに溶け込んだだけだと思うんだよね。

男もスカート履いてメイクしてネイルしてピンク着ていいし、プリキュア好きでもいい。ただ子供たちへの配慮として「気持ち悪いおじさん」にならない努力はしたほうがいい。(これを第三者がどう捉えるかは変えようがないか批判が無くなるとは思わない方がいいけど)

女が特撮好きで、子供嫌いで、料理しなくてもそれは「女だから」じゃなく「私という人間が」っていう感じになればいいなと思う。

もちろん古き良き男性女性性を好む人も居るし、それを変えなくていいし、自分がそうであっても文句言われる筋合いないしね。

長くなったけど、今がそういう「流行」作ってる時代なのかなと思う、って話。ただのお気持ち

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