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2021-06-22

anond:20210622142437

日比谷学芸大附属でも学年上位3割以内にいないと”現役で”早慶は受からない」

「学年平均層が概ね”現役で”早慶に受かる高校御三家と桜陰と栄光学院と聖光と渋谷幕張浅野くらいしか日本にないんだよ」

平均層が現役でマーチ受かるぐらいの高校から早慶現役合格したけどこれは実感としてまあまあわかる

平均層だとちょっと届かない感じ。平均よりちょい上ならワンチャンある

一般入試早慶現役合格ってそんな難しいのか???

受験生時代に通っていた予備校室長

早慶現役合格地方帝国大とかの難関国立に現役合格するより圧倒的に難しいから舐めちゃいけない」

と言われたことがあった。

曰く、

日比谷学芸大附属でも学年上位3割以内にいないと”現役で”早慶は受からない」

「学年平均層が概ね”現役で”早慶に受かる高校御三家と桜陰と栄光学院と聖光と渋谷幕張浅野くらいしか日本にないんだよ」

と。

麻布開成に限っては、学年真ん中より下の層では早慶に受からないのは、中下位学部を併願する生徒が極端に少ないかある意味特殊とも言ってた。

「『東大合格ランキングトップ10に入るような高校の生徒は大抵現役時に早慶を併願せず東大一本に絞って受ける』というのは都市伝説で、麻布開成の現役生で早慶を一切併願しない生徒は実際のところ学年の1割もいない」とも言ってた。

この人の言うことを真に受けていいのだろうか。

かなり疑ってる。

2021-06-16

anond:20210616112013

そもそも差別問題なんてパラとか関係なくいっつもいっつもそんな感じだろ

ごく一部の上の上が自己プロデュースのために差別を利用しているだけで、エンパワーメントとか言ったって、どうせその他大勢悲惨さが変わるわけじゃない

オバマハリス栄光のために、いったい何人のジョージロイド犠牲になっていることか

発達障害ですらグレタの飯のタネになっている現状を見ろと

2021-06-01

anond:20210601102432

その手は人を誹謗中傷するためではなく人と手を繋ぐため

その口は人を差別するためではなく人と愛を語るため

そして最強格闘技テコンドーで劣等民族チョッパリをせん滅だ

世界最高民族大韓民族に全人類の何より心から感謝

世界文明宗主国大韓民国に永遠無窮なる栄光あれ

2021-05-30

黒人に食い物にされる日本の歴史

強い危機感を抱いている。

ここ最近アメリカ黒人によって日本の歴史文化が急速に私物化されようとしている。

信長の小姓にヤスケと言う黒人がいた、と言う話が膨らんで膨らんで、日本救世主となる黒人将軍ヤスケ!くらいまでになってしまった。

嘘ではない。

黒人日本人を救っていたなんて誇りに思うわ!

なんて頭の悪いコメントを残すアメリカ黒人は本気でそう信じている。そしてその数はどんどん増えている。

1970年代から代表的拠点としてはニューヨーク市立大学において、「黒人史の再構築」が進んで来た。エジプト古代王朝にはヌビア人系(スーダン系)の王朝も幾つかあった、が、古代エジプト文明を産んだのは黒人だ!になるまでそうかからなかった。著名な歴史学者であるアーサー・シュレジンジャーJrは、ケネディ大統領スピーチライターを務めたリベラルアカデミアン代表なのだが、黒人民族主義に基づくこのような歴史捏造を強く批判している。

実は古代エジプトと並んで、こうした黒人民族主義に基づく「正しい歴史認識」の犠牲になって来たのは、「古代日本」なのである

古代日本っていったいいつからいつまでなんだ、と思った人、その疑問は正しい。彼らはぼんやりと Ancient Japan と言い、具体的な時間を示さない。明確な文献資料が残っておらず、どのような荒唐無稽なことを言ったとしても「否定されていないか可能性はある」と「黒人歴史家」たちは言い募って来た。

左翼の人には受け入れがたいことであろうが、アジアアフリカ諸国の中で近代日本が唯一白人帝国主義勢力に対抗でき、幾つかの勝利を収めて来たのは事実である。虐げられていたアメリカ黒人にとっても、アメリカ日本を絡めたいと言う強い欲求が生じることになった。

基本的には有象無象民間韓国起源説と同じ構造である日本と絡めることによって、そもそも起源は我々にある、だから我々こそが日本がなした栄光を準備したのだ、と言う発想である韓国人修学旅行生が奈良に行って法隆寺を見ても、熊本に行って熊本城を見ても「日本に影響を与えた韓国って素晴らしい、誇りに思う!」と言うマインドと全く同じである

例えば猿田彦や、坂上田村麻呂黒人であると言うトンデモ説は、21世紀に入る頃までは確実にニューヨーク市立大学では教えられていたし、今でもそうかも知れない。

猿田彦坂上田村麻呂には蝦夷の血が混じっているかも知れない→蝦夷異邦人である→ならばそれが黒人でないとはいいきれないのではないか否定できないなら可能性はある、いや可能性は高い、この仮説を否定する者こそレイシストだ!

言っておくが、こんなトンデモ仮説はアメリカでもさすがにまったく主流ではない。主流ではないが、5秒で廃棄処分されるべきこれらの妄言が、延々と40年以上、根絶されることもなく公立大学で教えられているのだ。リベラルアカデミアンは、黒人批判できないからだ。

近年、ヤスケが注目されるにつれ、再び黒人による日本偽史の構築の動きが強まっている。日本人は断固として抗議するべきだろう。

2021-05-28

anond:20210528074734

頭弱そうだし、話に入ってこなくていい。

ハースストーンシャドウバース大会は存続している。

その確かな事実提示してる以上、「TCGプロ需要がない」という思い付きとは訳が違う。

ハースストーン2020年世界選手権日本glory選手が優勝! 世界一栄光をつかむ!!

https://www.famitsu.com/news/202012/14211197.html

昨年の世界大会では日本人が優勝し、大いに盛り上がった。

そういう盛り上がりを無視した上で、外野が「こう売り出せばいい」と言い放つ無責任さよ。

2021-05-23

オリンピックは繰り返す

2020年東京オリンピックは、大盛況で幕を閉じた。

開催国日本メダルラッシュに沸き、経済も上向いて最高の一年となった。

そんな明るい未来を予感させる年が終わり、翌年の2021年初頭、冷や水を浴びせるがごとく、凶悪ウイルス人類を襲った。

それは新型インフルエンザウイルス

突然変異を起こしたこ病原体は、例年の流行とは一線を画し、高い感染力と致死性を備えた最悪のウイルスだった。

この年、新型インフルエンザによる死者は世界人口の3割に達し、各国は大混乱に陥った。

しかウイルスは毎年変異を繰り返し、有効打と期待されたワクチンさえも効果限定的だった。

翌年以降も猛威を振るい続け、どの国も例外なくインフラ経済基盤に大きな打撃を受けた。

人類は衰退の一途を辿った。

そんな中で、皮肉にも発達したのがAI機械学習だった。

労働人口が激減する穴を埋めるべく、積極的投資が行われ、技術革新が起きた。

AIのおかげで高い精度の未来予測可能となり、遺伝子操作の分野でも大きな成果があった。

何よりもタイムマシン理論の構築は、人類の知性のみでは到達不可能だったと言われている。

2030年にはタイムマシンの試作機が完成した。

一部では目覚ましい科学の発達を見せながらも、人類滅亡は目前に控えていた。

新型インフルエンザウイルス蔓延により生産性は激減し、深刻な食料不足になっていた。

それを引き金に各地で紛争が勃発。

AI予測でも明るい未来を導き出すことはできなかった。

しかしそのAIから意外な提案がされる。

もしも新型インフルエンザが発生した2021年の前の年、2020年に毒性の低いウイルス流行していたら?

感染対策が十分に行われた翌年、新型インフルエンザ感染を拡大することができずに消滅する、というシミュレーションをはじき出した。

過去修正することで、人類を救うことができるかもしれない。

作品タイムマシンは、人間のような大きな質量を運ぶことができなかったが、微小な病原体であれば、過去へ送り込むことが可能であった。

遺伝子操作新型インフルエンザウイルスRNAを組み込むことにより、感染力だけが強く毒性の弱いウイルス作成された。

遺伝子を組み込む毒性の弱いウイルスには、風邪の原因としても有名なコロナウイルス選択された。

タイムマシンは、2020年へ、遺伝子操作したコロナウイルスを送りだした。

人類袋小路に迷い込むことなく、より良い未来をつかみ取ることを願って。

◇◇◇◇

2020年初頭、突如発生した新型コロナウイルスはいくつかの国でパンデミック引き起こした。

大きな犠牲を払いつつも、各国は隔離政策を打ち出し、少しずつではあるが封じ込めることに成功した。

翌年の2021年新型インフルエンザが爆発的に広がるはずであったが、高熱を出した患者はすぐに隔離他者感染することなく、人知れず消滅した。

こうして、新型インフルエンザ人類を追い詰める未来は消え、新型コロナで混乱する世界線へと改変された。

新型コロナは、新型インフルエンザを知らない人類にとっては大きな痛手となったもの、数年のうちに克服された。

人類は、より良い未来へ舵を切ったはずだった。

この新型コロナ騒動で、一人負けの様相を呈した国が日本だった。

新型インフルエンザよりも一年早く発生した新型コロナのせいで、東京オリンピックは中止となった。

しかも、延期中止をめぐる中で数々の不祥事が発覚。

日本は諸外国からの信頼を失い、国民は自信を失った。

期待していた五輪特需も無くなり経済が衰退。日本はみるみるうちに失速していった。

そんな日本が打開策として打ち出したのが、かつての栄光科学技術立国日本の復活であった。

とは言え、一度失われた物を手に入れるのは容易なことではない。

場当たり的な政策を繰り返し、国内外失笑を買うことが多かった。

それでも、数を打ったことで奇跡的に成果が出た。

それは空間不思議な亀裂があるという、今までに発見されていない現象だった。

実のところ、この亀裂はタイムマシン新型コロナウイルスを送り出した際に生じたものだった。

タイムマシン過去物質を送るのはピッチャーキャッチャーへ向けてボールを投げるのに似ている。

時空とはピッチャーキャッチャーの間にある障子のようなもので、途中を通る時、空間に亀裂が入る。

2030年から2020年の間には新型コロナウイルスが通過した亀裂が発生しており、日本研究チームが偶然にもそれを発見したのであった。

本来タイムマシン理論人類には到達し得ない領域である

新型インフルエンザ世界線ではAIの発達によりパラダイムシフトが発生したが、AIが未発達な新型コロナ世界線ではあり得ない。

しかし、何もないところから考えを飛躍させるのは無理であっても、観測できる事象があれば、類推可能だった。

落ちぶれた日本には他にできることもないので、この研究に力を注いだ。

ピッチャーが投げたボールの途中の軌道観測すれば、それがどこから発生し、どこへ向けたものなのか推測できる。

時間的連続した亀裂を観測することで、これが2030年から2020年へと微小な何かを送りつけた結果であると仮説が立てられた。

この仮説には様々な飛躍があり、突っ込みどころも多かったが、偶然にも正鵠を射ていた。

そして2020年という終着点は、日本にとって忌々しい年だった。

新型コロナ未来から「悪意によって」送りつけられたウイルスである

そう結論づけた日本はこの過去へ向けたボールを撃ち落とすことにした。

ピッチャー2030年から2020年へ投げたボール軌道上にいる今、そこへ大きなエネルギーをぶつけ、ウイルスのような小さな物体消滅させることは、それほど難しいことではなかった。

これが他の国の発見であれば、もう少し慎重な対応をしたかもしれない。

しかし、余裕を失った日本は、すぐに行動へ移した。

2030年から2020年へめがけて送られた新型コロナウイルスは、こうして途中で破壊された。

2020年に新型コロナ感染爆発を起こさなくなったことで、2021年新型インフルエンザが大流行した。

新型コロナ世界線は消滅し、再び新型インフルエンザ世界線へと戻った。

こうして世界2020年から2030年の間で、新型インフルエンザ世界線と新型コロナ世界線を繰り返すこととなった。

人類は2つのウイルスに繰り返しパンデミックされる監獄へ囚われた。

◇◇◇◇

この様子を興味深く観察する、高次の存在があった。

人間が考えるところの神と言える存在である

彼は驚きと興奮を持ってこの事態を観察していた。

文明が未発達で精神的にも未成熟地球生命体が、まさか時間を操る術を身につけるとは想像していなかったのだ。

さらには無限ループを発生させ、宇宙全体を停滞させるとは。

ただ、感心はしたものの、地獄絵図をループするだけの人類にはすぐに飽きた。

宇宙全体を見渡せば、地球よりも優れた生命体は数多く存在した。

そちらを停滞させてまで宇宙ループさせる意味はなかった。

そう判断した後の彼の行動は速かった。

地球恒星である太陽に力を注ぐ。

太陽には、コロナと呼ばれる100万度を超える大気層がある。

彼は地球大気コロナ大気を入れ替えた。

奇しくもその日、日本では何度目かの東京オリンピック開会式が開かれていた。

その世界線では、新型コロナウイルス存在しなかった。

オリンピック開会式の段階では、新型インフルエンザウイルスも発生していなかった。

まだ人々は、明るい未来漠然と信じていた。

聖火台に火を灯す、オリンピック象徴する儀式の始まる瞬間。その時はやってきた。

地球太陽からの「聖火」が届く。

100万度を超える高温のプラズマ電子レンジよろしく地球をチンした。

こうして人類は終わりを迎えた。

この時、ループを繰り返した東京オリンピック10回目の開催だった。

オリンピック10回。

五輪10

ごりんじゅう。

ご臨終。

お後がよろしいようで。

2021-05-20

三浦建太郎の死」よりも「ベルセルクの未完」を嘆かれてれてるよね

未完で終わったことの是非を置いとけば、創作者としては大勝利なんじゃないの?

だってこれって皆が今でもベルセルクの続きを楽しみにしてたってことでしょ。

もしもベルセルクが完全に惰性で続いててファンも惰性で勝ってたら、「先生が死んで悲しいです><」一色でベルセルクについては「そーいや未完なのか」ってあとから話題になってたと思う。

真っ先に「えっ!?ベルセルクは??ベルセルクどうなるんだよ!!」ってなったのは、これこそ作品求心力というほか無いでしょ。

ネームバリュー栄光ではなく今まさに作っている作品のものが力を持っていたというのは本当に凄いことだよ。

だってこういうのって大抵「あの人といえばあの作品のアレが~~~」「わかる~~~」ってなるでしょ?

そうじゃないのって本当ヤベーわ。

惜しい人を無くしたってのはまさにこういう状況やね

2021-05-19

あるウマ娘に、自分京大入学した理由見出した。

私はずっと、京大に進学した理由を答えられなかった。

田舎出身勉強ができるなら、地方国立に行くのが普通。そういう風潮の中でわざわざ京大に行くというのは余程の理由があるのだろう。

そう思われて当然だと思う。

でも、全然理由が見つからなかった。理由を聞かれても、急拵えの答えが会話を上滑りしていく。

そのたびに自分に問いかけてきた。

——本当に何の理由も無いだろうのか?

あんなに必死に、二浪までして入ったのに。

そもそも何の理由も無く辛い受験生時代を乗り切れるものだろうか?

—————————————————————

よくある話だが、兄を意識していたのだと思う。

私の兄は地元の旧帝に現役合格していた。昔から成績は良く、才能はある方だと思うし、努力もそれなりにしていた。

ただ、勉強の才能は明らかに私の方が上だった。

兄弟で同じ塾に通っていたが、トップクラスコースに入るための試験は兄が数回受験していたのに対し、私は一度で通った。

兄と同等の努力をすれば、同じ大学には行けただろう。

しかし、青二才の、無駄に高いプライドがそれを許さなかった。

自分の方が才能に恵まれているのに、どうして同じ大学に行かなければならないんだ」

京大を目指したのは、おおよそこんな経緯だったと思う。

中学生までは神童扱いされ、高校で落ちぶれる」なんて、あまりにありふれていて陳腐さすら感じるだろう。

中学時代は学年1位以外取った記憶がないが、高校では10~40番くらいだっただろうか。

「塾で先取りしているか模試は取れる。定期試験無意味

ハッタリで自尊心を保った。しか高校レベルは低い。

東大京大なんて1人たりとも出せず、上位5%がギリギリ地元の旧帝に届く程度。国公立大学に行ければ優秀、私立に引っかかれば御の字。

学年の一定数は高卒就職をする。(このことを大学の同期に言ったら心底驚かれたことがある)

進学校としての看板は、とうに錆び付いている。

そのような環境トップ争いすらできない。

小学生の頃から「頭がいい」「天才」だなんて飽きるほど言われてきた。自分アイデンティティ崩壊することを、世間知らずの高校生が受け入れられるだろうか。

「もしかしたら自分天才なんかじゃないのかもしれない」

そんな思いを、必死勉強でひた隠しにしていた。

ただただ死に物狂いだった。

京大以外は受けず、京大に落ちれば人生が終わるとさえ思っていた。

息巻いていた私は、2度目の不合格絶望の味を知る。

1浪の先には希望が見えたが、2浪の先には何も見えなかった。

結果的に2浪で京大に滑り込んだ。

合格が分かった瞬間、喜びは感じなかったように思う。感じたのは、長年の桎梏から逃れられる解放感と安堵感だったような気がする。

まりにも複雑な感情の発露があったからか、涙が止まらなかった。

「もう終わるんだ」と思ったことだけは、唯一はっきりと憶えている。

ただ、このときに流した滂沱の涙が、何もかもを清算したようだった。

激闘の末に何もかもを忘れてしまったのだ。

京大の魅力、京大で何をしたいのか。

そして、なぜ京大を目指したのか、も。

合格してから京大に進学した理由はよく尋ねられることだった。

私は、その質問をされるたびにその場しのぎで答えてきた。頭の中に無い理由を慌ててでっちあげた。

研究に強いイメージがあるから」とか、「自由校風に惹かれて」だとか、適当過ぎて憶えてもいない。

初心なんて、忘れてしまったよ。

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そのまま大学卒業して大学院に進学したある日のこと。何気ない瞬間に、初めて腑に落ちる理由が見つかった。

それは、ずっと見えていたがうまく認識できなかった理由だった。

教えてくれたのは、ウマ娘というゲームキングヘイローというキャラだった。

現実競走馬としてのキングヘイローは、超がつくほどのエリートだ。

父も母も歴史に残るほどの名馬。しかデビューから3連続で1位。

そんな華々しい超エリートは、後に泥水を啜るような屈辱を味わい続けるようになる。

中央競馬で最も格式の高いG1レースで、10戦続けて敗北を喫したのだ。同世代の馬にトップの座を奪われ、長距離も短距離も結果が出ない。

しかし、11度目のG1高松宮記念栄光を掴み取った。

2012年高松宮記念CMから引用してみる。

2000年高松宮記念

その馬は、10度の敗北を超えて、血統証明した。

敗れても、敗れても、敗れても、絶対に首を下げなかった。

緑のメンコ。不屈の塊。その馬の名は…


ウマ娘キングヘイローキャラクターは、このような史実を受けて構築されている。

ゲームでの彼女は、自らに絶対の自信を持つ高飛車お嬢様でありながら、ストーリーがひたすらに泥臭い

アニメでは幾度も同期の後塵を拝し、悔しさから眉をひそめる姿が印象的だった。

負けを積み重ねるが、決してめげずに自分の才能を信じる。

とても気に入っているキャラだ。

ある日、Twitterで、ウマ娘二次創作漫画を見つけた。

キングヘイローがメインで、なにやらシリアス雰囲気だ。漫画の内容は、キングヘイロー高松宮記念勝利するというもの

説明してしまえばなんてことはない。ただ、私の目はキングヘイローの放った台詞に止まった。

「私には……才能があった……! そうでしょう、トレーナー……っ!」

ハッとした。

体の中心にずしりと来る感覚。腹に落ちるとはよくいったものだ。

長年の謎が解けた。単純なことだ。

私が京大受験に拘り続けた理由は、

「自らの才能を証明するため」

だったのだ。

高校生の私は、自信過剰な「天才少年を裏切ることができなかったのだろう。

井の中の蛙だとしても、昔の自分かわいいものだ。

ここで妥協すれば、昔の自分に顔向けできない。

落ちても、落ちても、絶対志望校を変えなかった。

それは、意地になっていたからというより、過去自分に縛られていたからだ。

自分天才で、その才能を証明しなければならない。

そして自分の中の天才イメージ京大のそれに重なった、ただそれだけのことだ。

くだらない自己満足。これが、私が人生を賭けた受験のすべて。

親や教師からの期待も、世間体も無い。

自分自分を納得させることだけに執心していた。

結局、私にとっての大学受験は「究極のエゴ」だったのだ。

物語登場人物は、「天才少年自分と、少年に振り回された青年自分

泥まみれで終えた闘いは、自己満足以外の何を私にもたらしただろうか。

将来の私が、闘いの意味をいつか掬い取ってくれる。

そう信じている。

ロッキードを表に出した栄光が忘れられない老人共に成果をせっつかれてるのは同情するが栓の抜けた泥舟なんだから浮上させようとみっともなく足掻かないで黙って舟を離れていけばいいもの

2021-05-18

ナリタブライアンディープインパクトどっちが早いのか

という話に熱を上げ、最後には怒り出すような人間にだけはなりたくないものだ。

「やってみなければ分からない」「だがやれない」「だからからない」で終わりだろう。

もしも「いいやそれでもコッチの方が強い」と言いたい奴には言わせればいいし、せっかくだから楽しく競馬論でも語ってみようじゃないか

たまにいるんだ……「○○は俺達世代代表、○○をバカにされると自分までバカにされたような気分になる」とか抜かす頭のイカれた人間が。

何を言ってるのか全く分からないのだが、彼らの中ではそういう感情は当たり前のものらしい。

たとえばこれが「ウサイン・ボルト黒人代表から、彼が活躍することは黒人可能性を証明する素晴らしいものだ」という意見ならまだ分からなくもない。

だが、馬だぞ?

それも、たまたま自分競馬にハマっていた時代活躍していたという繋がりしかない馬だ。

なんでそれと自分をそんなにも重ね合わせてしまうのだ?

さっき、「ウサイン・ボルト黒人代表だ」という意見なら受け入れると言ったが、これが「○○は俺達の時代代表から」と言うならそれも軽蔑対象だ。

たまたま自分と同じ時代を生きた人間が結果を出したというだけで、自分まで凄い人間であることが証明されるなんて言い出すのは脳がイカれているとしか思えない。

ハッキリ言うが、「ウサイン・ボルト活躍した。俺は黒人だ。俺は凄い」というのなら、そんな黒人軽蔑対象だ。

黒人であっても白人に劣りなんてせず、人種の違いで人を差別するのは馬鹿馬鹿しい」という意味で、ウサイン・ボルト栄光を称えるのなら理解できるだけで、他人の成果を笠に着て自分が偉いなんてふんぞり返るようならタダの気狂いに他ならぬ。

なんでその例に競馬を上げたのかだが……まあ競馬ってのにはどうにもそういう奴が多いんだよ。

理解に苦しむのだが、自分が熱を上げていた時代活躍した競走馬が褒め称えられると自分まで立派な人間だと思いこんでしま人種が殊更に多いのだ。

まあ、「そんな時代競馬を楽しんだ俺は勝ち組」ぐらいならいいのだが、いつの間にかその時代ヒーロー自分を同一視して、やたらと繊細であることが人格の清らかさを証明するとさえ勘違いしている。

野球ファンサッカーファンにもそういった人種は多いな。

よく問題を起こしてときには殺し合いまで始める。

信じられないことだ。

彼らにとってはよっぽど自分人生のものが誇れるものじゃないらしい。

そうでなければ、「自分ヒーロー」のために自分自身の人生や、他人人生を平気で投げ捨てたりはしないだろう。

ヒーロー名誉のためなら、普通人間価値なんてゴミに等しいと信じているのだろうか?

天皇のためなら玉砕することこそが幸福だと信じていたあの頃の帝国軍人のように。

まったくもって気が知れない。

2021-05-14

一人だけ格が違うトッププロが衰えていくのが好きだ

anond:20210513152256

圧倒的な強さを誇っていた超人が、全盛期を過ぎて勝てなくなってきてもなお競技に打ち込み続ける姿が好きだ。

世の中には、強者がその実力に翳りが見えてきた段階でいち早く引退することを美徳と捉える風潮もあるが、私はむしろ完全に勝てなくなるまで戦い続けるかつての超人にこそ美学を感じる。

「引き際」とか「有終の美」とかい言葉ひとつ価値観だとは思うが、それが美しいのはあくまレベル80~100の並のプロの話であって、レベル150の超人にはあまり似つかわしくないと思う。

その世界を完全に制覇した超人たちにとって、勝てなくなった自分の姿を晒し続けるメリット本来多くはない。

かつての栄光を思えば屈辱は多く、ファン失望させるのではないかという恐怖も大きなものだろう。

それでも超人競技を続けるのは、おそらくひとつ時代を作ってしまった超人なりの責任の取り方なのではないだろうか。

敗北し泥にまみれながらも、次の世代へと時代が移り変わりつつあることを自分自身と世の中に対して納得させていく儀式

あえて超人がその儀式を行ってくれるからこそ、次代の選手たちは「超人がいない時代からトップになれた」という中傷から開放され「超人を正面から打ち倒した新星」の称号正式に手にすることができるのだ。

ハミルトン引導を渡されるまで戦い続けたミハエル・シューマッハ

レギュラーから外れてもなおギリギリまで現役であり続けたイチロー

藤井聡太という新たな超人の登場によって世の中に世代交代を期待する逆風が吹き荒れ、かつて総ナメにしたタイトルを次々と失いつつも今なお戦い続ける羽生善治

彼らが全盛期を過ぎてもなお全力で挑戦を続けるのは、心からその競技を愛していることの証拠であり、また次代の競技者に対するせめてものなのだと思う。

そんな「負けるまで戦い続ける」という苦行から逃げない超人の姿に、私は美しさを感じてやまないのだ。

追記

記憶違いがあったようなので修正しました

2021-05-13

anond:20210513085603

俺は新卒とき新人限定戦で

日本3位の栄光にあずかった。それなりの大企業看板を背負って栄誉ある称号を頂いた

日本3位

2021-04-29

[] #93-14「栄光の懸け箸」

≪ 前

ここにきて、紳士相手市長だったことに気づいたようだ。

「そうですが……どうかしましたか?」

「い、いえ、どうもしません。では、私はこれでっ……失礼します」

すると、なぜか紳士バツが悪そうに話を切り上げ、そそくさと店を去っていった。

これは語り手である俺の推測でしかないが、多分この紳士宗教家だ。

この町で新興宗教を細々とやってる教祖がいるんだが、そいつ言動何となく似ている。

逃げるように出て行ったのも、政治家宗教家が関わるもんじゃないと分かっていたからだろう。

なぜなら政治宗教という組み合わせはジャガイモの入ったカレーライスのようなものだ。

共に食べられてはきたものの、ジャガイモ存在ノイズになっているのは否めない。

市長は気づかず終いだったが、このまま美味しいカレーライスとして消化した方が幸せかもな。

…………

結局、市長矯正用の箸に予算を出さなかった。

そのことについて市長は、十八番記者会見で、こう話した。

最近話題になっております児童の箸の持ち方を教育機関総出で指導する件におきまして、市は統制ないし後援をいたしませんことを、ここに表明いたします』

『市としましては児童の、ひいては市民自由意志尊重しており、これはコモンズにおけるサンクションにおいても同様です』

『その肯否や妥当性、それら取締においても各コモンズ内で完結するものであります

随分と回りくどいことを言っているが、要約すると……

『箸の持ち方を指導する点について、市は良いとも悪いとも言わないよ』

自由ということは市も関係いから、学校側や現場大人たちが責任もってやってね』

『箸の持ち方をちゃんしろだの、それ位でやいのやいの言うなって諍いも市民たちで勝手にやって、皆いい感じに付き合っていってね』

ってところだ。

「有り体に言ってしまえば、政治家お得意の責任逃れだな」

「なんすかそりゃ。箸の持ち方くらいで、わざわざ記者会見を開いてまでやること?」

みんな呆れると共に安堵していた。

ある意味、“マナー”というものが納まるべきところに納まったからだ。

箸に正しい持ち方があることは変わらないし、持てるに越したことがないのも変わらない。

である以上、ちゃんと持てていない者を気にかける人がいるのも当然だ。

だが箸の持ち方に答えはあっても、それをどれくらい重く見るかには答えがない。

そこまで気にしないって人もいるだろう。

個々人が何に対して、どの程度の思いがあるかなんて把握しようがない。

超能力者にも、ロボットにも、未来人にだってからないだろう。

からこそマナーがあるともいえる。

それを守ろうとすることで社会は円滑に動くが、ちょっと破ったくらいで根元から一気に崩れ落ちるわけでもない。

箸の持ち方は、あくまでこの社会渡り歩くための“橋”のひとつしかないのだから

実際、この市長の会見は良くも悪くも意味を成さなかった。

学校によっては、市から予算下りないのを承知の上で、矯正用の箸を配給したところもあるらしい。

ちなみに弟の学校はというと、毎年2~3時間くらい指導する程度に落ち着いたようだ。

有象無象(ガキ共)の箸の持ち方を、その程度の時間矯正できるとは思えないが、たぶん“学校指導は最低限しました”ってポーズをとっておきたいのだろう。

(#93-おわり)

2021-04-28

[] #93-13「栄光の懸け箸」

≪ 前

「ほぅ、マイ箸ですか」

市長は思わず声をかけた。

別にから箸の矯正について意見を仰ぐつもりではない。

ただ箸を綺麗に持つ者として、その“趣”を知りたかったんだ。

「え? ああ、割り箸はどうも使いにくくて。この細長いタイプじゃないと、しっくりこないんですよ」

「同じ枕じゃないと眠れない、みたいな感じですか」

ハハハ、そんな繊細な歳じゃないですよ。箸を綺麗に持てるようになったのは、ここ最近です」

「えっ、本当ですか!?

「ですから、このマイ箸以外では慣れていないわけです」

市長は驚きを隠せなかった。

あれだけ綺麗な持ち方をしているのに、それができるようになったのは成人してかららしい。

大人になってからだと、とやかく言ってくる人も周りにいないでしょう。どういう心境の変化で直そうと?」

「ふぅむ……あなたは箸をなぜ“箸と書くか”、なぜ“はしと呼ぶ”かご存知ですか」

「うーん……生憎不勉強もので。疑問にも思いませんでした」

「箸という漢字は、素材の“竹”に神が宿るとされ、それが“人やモノ”の橋渡し役であることからきているようです」

「へー、竹に神が。八百万の神なんて概念がありますが、食器にも神が宿っているなんて考えがあったんですね」

「いえいえ、扱う物や振る舞いに対して霊験があるというのは、世界的に通ずる考え方ですよ」

市長紳士の話に聞き入った。

これは現代でも通ずる箸のマナーに関するものであり、ひいては市長が今悩んでいる問題にも繋がるものだったからだ。

「例えば、遠い国の中世。手づかみが当たり前だった時代には、その指に神が宿ると言われていました。食べるという行為は突き詰めるなら神聖ものなのです」

「だからこそ、箸も綺麗に持つことは大事だ、と考えるようになったわけですね」

とはいえ箸の持ち方は、あくまで“一環”です。自分がどのように見られているか、それを自分がどう考えるかという“在り方”の」

「要はマナーってことですね」

「どう呼ぶかは自由ですよ。従うか、無視するかも自由です」

自由、ということは、あなたは箸の持ち方が汚い人がいても気にならないと?」

「気になりますよ、そりゃあ。でも、その人たちに箸の由来だとか、食器には神が宿っているだとか話しても仕方ないでしょう」

ここまで箸に含蓄があるのに、紳士はあっけらかんと言ってのけた。

自分ちゃんとしようと思うし、ちゃんとしていない人間がいれば気になる、それ以上でも以下でもない。

その答えは、今の市長にとって最もしっくりくるものだったらしい。

「なるほど……中々よい話を聞かせていただきました」

「それは何より……ん、もしかしてあなた市長?」

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2021-04-27

[] #93-12栄光の懸け箸」

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昼飯を買ったが、未だ結論は出ない。

このまま帰れば、何となく判を押して終わりだろう。

最後抵抗とばかりに、イートインコーナーで昼食を済ませることにした。

いただきます

心ここにあらずでも、割り箸を横向きにするのは忘れない。

これが身についたのは市長がまだ市長でなかった頃、政治家を志してからだった。

親の庇護下だった頃は実践の機会がなく、知識として教えられていた程度。

彼の親からすれば、自分の子供が割り箸を使うような食生活を送るなんて想定していなかったからだ。

しかし親の元を離れ、市長立候補しようとした時、今度は政治コンサルタントによる教育が始まった。

あなた政治家として学ぶべきことの半分はマナーです”

やってきた政治コンサルタントが、開口一番そう言ってきたのを今でも思い出す。

しろ親の教育よりも、この時の方が身に沁みているかもしれない。

市民は、世間は、あなたの一挙手一投足を気にかけます文字通りね”

その時、「さすがに、そこまで気にする人はほぼいないだろう」と思ったが、それを見透かしたかのようにコンサルタント言葉を続けた。

“もし気にかけられないなら、市民に興味を持たれていないということ。興味のない人間は批難されませんが支持もされません”

批難も支持もされない人間政治家になれない、とまで言われては従う他ない。

そうして、ありとあらゆる“政治家しぐさ”を学んだ。

選挙活動で金がかかることもあり、食事は手頃な大衆食の毎日

割り箸も公私共に割りまくった。

その賜物……かどうかは正直なところ実感が湧かないが、いま市長をやっているのは事実だ。

私自身は構いませんが、子供たちや一般市民の方々に、そこまでさせる意味って……あっ」

にも関らず、この日は久々に箸を割るのに失敗してしまった。

“箸の乱れは心の乱れ”

コンサルタントに何度も言われた、いま考えてみても謎の精神論

だが割るのに失敗した箸は、「そら見たことか」と自分を指差しているように見えた。

「むぅ、割り箸もどうにかしないといけませんかね……環境問題とか色々ありますし」

市長八つ当たり気味に環境問題を呟いた時、ふと近くで座っている紳士に目がいった。

彼の箸の持ち方が、あまりにも見事だったかである

男の持っていた箸はどうやら自前らしく、一般的な箸よりもかなり細長く、先端は鋭く尖っているようようだ。

その上で持ち手の割合は申し分なく、箸先もピタリと合わさっていた。

それだけで、彼が箸で食事をすることに並々ならぬ拘りがあるのが分かる。

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2021-04-26

[] #93-11栄光の懸け箸」

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この場における、市長の認可は通例的なものにすぎなかった。

既に各役所審査は終わっており、市長の考えうる懸案事項は通過済みだからだ。

市長が七面倒な人格者でも町が廻っていたのは、こういった役員達の努力による所が多い。

「それが文化から常識からマナーから、ですか」

「慣習的な規範を選別したり忌避する向きも確かにあります。ですが、そもそも文化に基づいたルール自体社会において必要ものですよ。でなければ法律ガチガチに縛るしかありませんので」

「箸の持ち方で、罪刑法定主義まで持ち出してきます!?

「もちろん箸の持ち方を法律で縛ろうなんて話はしていませんよ。いま話しているのは、法律のように強制力はなくても守った方がいいルールがあり、それが間違いなく社会を回す上で不可欠だという話をしているんです。それを手助けするのも政治役割ですよ」

そして、それでも市長が渋った場合は、彼を言いくるめる理論武装も済ませてある。

「箸の持ち方を好きにさせろって人も他のマナーを守る時はあるでしょう。その他の常識文化マナー規範といったものによって、快適に社会生活を遅れている側面もあります。そこにきて箸の持ち方だけ好きにさせろというのは理屈じゃないでしょ」

「あー、分かった、分かりましたよ、分かっていますよ!」

「いえ、どうしても判を押さないというのなら構いませんが、それ相応の理由必要かと。でなければ他が納得しませんので」

「だから分かってますって。曲がりなりにも市長ですよ」

「では、いかしましょう?」

「そうですねえ……」

安易な“自由主義おためごかし”じゃあダメですよ」

「……昼時なんで、飯食ってきます

「……そうですか、ではその間に考えをまとめてきてくださいね

しかし、今回ばかりは市長も中々折れなかった。


…………

いつも利用する市役所食堂を通り過ぎて、市長は外で店を探し始めた、

無駄抵抗なように思えたが、時間稼ぎをしたかったわけだ。

「さて、どうしたものか……」

そうして十数分、あてもなくフラフラしても考えはまとまらず、結局コンビニ適当ものを買うことにした。

「へー、ひじき単品であるんだ。コンビニもあなどれませんね」

しかし、今は好きなひじきも喉を通ってくれるか怪しい。

市長自身、この件をなぜここまで渋っているのか上手く言葉に出来ずにいた。

ただ、この件が政治的に動くという事実と、それが後は自分の判の一つで決まるという状況。

そのことが、どうしても喉に引っかかって飲み込めなかったんだ。

「やっぱり私が、市政がどうこうするようなものでもないと思うんですよねえ」

あくまで市政がやることは、授業で使う矯正用の箸を作るための資金を出すこと。

市長が声を大にして「みんな箸は持つべきだ」なんて言うわけではない。

秘書はそうも言っていたが、自分意志で判を押して、相応の金を出す以上はそうもいかない。

だがイエスしろノーにしろ、今の市長にはどちらも言える気概がなかった。

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2021-04-24

[] #93-9「栄光の懸け箸」

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箸の持ち方を授業で徹底的に教えるというニュースは市内に轟き、そして他の学校も見切り発車気味に真似しだしたんだ。

そして広がりを見せると授業内容は最適化されていき、次第に抱えている欠点も見えてきた。

「あの、矯正用の道具とか、専用の矯正箸とかあった方が授業も捗ると思うんですが」

「そういえば、そうですね。こういう専門的な授業って、それ用の教材とか準備するものなのに。予算の都合とかでしょうか」

「え、矯正用の箸なんてものがあるんですか」

「知らなかったんかい……」

箸がこの国に定着してからかなり経つが、それを助けるための補助ツールが普及したのは割と最近だ。

だけど今まで、そういった意見が出てこなかったのには理由がある。

人は関心外事柄に対し、著しく知能が低下するんだ。

嘘だと思うなら、行きつけのスーパー普段は利用しないコーナーを巡ってみるといい。

パッと見だと、こんなもの何に使うんだって商品が並んでいるように見えて、実際はちゃんとした使い時あるものばかりだ。

箸を矯正するためのツールも、その一つだ。

箸を正しく持てている大人は、小さい頃から家庭での教育や、周りの環境などによって補助具なしで身につけた。

矯正用の箸が既に必要のない立場で、経験上そんなものがない前提で生きてきたので、存在認識できない。

箸を正しく持てないまま大人になったら尚さらだ

それを考える時がきても、矯正用の箸というもの存在し、それを使った方がいいなんて発想が出てこない。

当然、ガキは自力で箸を正しく持とうって気概がないので矯正用の箸なんて興味外。

そのため、今まで矯正用の箸を用意した方がいいという、考えてみれば当然の発想が出てこなかったんだ。

…………

しかし、いざ用意するとなると、これが中々に大変だった。

俺はその足跡を把握できていないが、たぶん箸の矯正のものより過酷だろう。

なにせ箸の持ち方について、これまでは個人問題、せいぜい小さな枠組みでの課題だった。

そんな中で巷にあった矯正用の箸は、ないならないでどうにかなる代物で、実際どうにかしてきたという現状もある。

そもそも正しく持てている人間には必要ないし、正しく持てるようになれば必要なくなる物だ。

から本腰入れて売ろうという大手メーカー存在しない。

それを学校規模で用意しようとなるとメーカーに依頼し、ほぼ一から作り始める必要があった。

当然それなりの資金必要なので、政治レベルで金を動かさなければならない。

まり、この件が、いよいよ市長の耳にまで届くということだ。

市長がこれまでにやってきた政策を顧みれば、書類にただ判を押すだけでは済まないだろう。

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2021-04-23

[] #93-8「栄光の懸け箸」

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この授業での様子は市内の新聞でも取り上げられた。

俺はそのことを、行きつけの喫茶店で知った。

あの時の会話を弟が聞いていたのかと気づいたのも、この時になってからだった。

「ハッ、時代だなあ」

時代、ですか? むしろ、こういうのを厳しく指導しないのが現代だと思うんですが」

喫茶店マスターと、常連客のタケモトさんも丁度その話題で盛り上がっていた。

「いやいや、オレから言わせりゃな、しっかり指導してこなかった時の“ツケ”を払わされてるのが今の若い世代なんだよ」

「と、言いますと?」

「箸の持ち方はな、現代社会の最前線にいる大人たち9割が従っていれば“環境矯正”してくれるんだよ」

環境矯正、ですか」

「箸の持ち方に限ったことじゃなく、常識とかマナー全般にいえることだがな。それを守ってる奴らが多くいれば、大抵の奴らは自分も守らなければって意識する」

「なるほど、行動の規範を形作る。それが“環境矯正”ですか。逆に言えば、ルールを守らない人間が多くいれば、守ろうとする人間も減ると」

「なのに、箸の持ち方を気にするなだの指摘するべきではないだの。そうやって表面的に意識だけ変えようとしても、ふさわしい持ち方自体は変わらんわけよ」

「まあ、そうですね。その、“ふさわしさ”を求められる場面ってのも依然ありますし」

「だから箸は正しく持てるに越したことはないんだよ。なのに、やらなくてもいいって環境蔓延させて、結局は必要から授業でみっちり教えるハメになってる」

ちゃんと持てた方がいいって思わせる環境が出来ていれば、わざわざ授業で教えなくてもよかった、と。だから今の若い世代は“ツケ”を払わされてるってわけですね」

しかも、しっかり指導されてこなかった世代が、今は指導する立場になってるわけだから、その“ツケ”は利子つきだぜ」

ここでも箸の持ち方について、みんな一家言あるらしかった。

話の発端になった俺がいうのもなんだが、箸一つでよくここまで話を広げられるなと感心する。

「つまり、アレだ。オレがタバコ喫煙所しか吸わない、というか吸えないというべきかもしれんが、それも“環境矯正”があるからだよな」

「えー、喫煙と箸の持ち方を同列にしますか?」

健康被害っていう大義名分があるだけで、マナーって枠組みで見たら同じだって。それを嫌に思う奴がいるから、矯正するための環境ができんだろ」

「私も煙は吸いますが、さすがにそれは強弁が過ぎませんか」

分煙を徹底して、周りに迷惑をかけていない喫煙だって周りには忌避されるだろ。箸をちゃんと持ててないやつだって周りには迷惑をかけてないが、同じくらい忌避されて然るべきじゃないか

まあ、タケモトさんの場合、箸の持ち方がどうというより、嫌煙家が憎いだけなんだろうけど。

でも、この“ツケ”という視点は、割かし的を射ているような気もした。

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2021-04-22

海外に金と栄光を持ち逃げされる東京オリンピック

どうしてもやると言うならコロナ言い訳外国人選手をすべて排除して日本人栄光を独占できるようにしてください

2021-04-21

[] #93-6「栄光の懸け箸」

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そして、これも弟たちだけの話では終わらない。

このやり取りを学級内でやっているということは、教員達の耳にも必然的に届いた。

まり、今度は教員保護者の間で箸の持ち方談義が繰り広げられることになる。

子供達が箸の持ち方ひとつ揉め事を起こすのは、授業での教育が不十分だからですよ」

教育必要なのは一理ありますが、この件はどちらかというと我々の管轄外だと思うんですよねえ」

給食時間だってあるわけですし知らん顔とはいかんでしょ。あれだって、ただのランチタイムではなく教育の一環ですよ」

モメるのは決まっていた。

しかも、弟たちより年上で知識も語彙も多く、コミニケーションの妙も理解できる同士だ。

そのグダグダっぷりは俺たちの時の比じゃない。

「やはり家庭科の授業等で、しっかりと時間をかけて教えるべきでは? 一時間、二時間はいわずワンシーズンくらい」

「箸の持ち方だけでワンシーズンですか? 他にも教えたいことがあるのに」

「なんだったらオールシーズンあってもいいですよ。将来、料理裁縫は避けられても、食べるために使う箸は今後も確実につきまとってきます

「うーん、でも個人資質もあると思いますし。同じことを無理やりやらせるのは、昨今の潮流を無視しているといいますか。みんな違って、みんないいの精神でいきませんか」

多種多様人間がいる中で社会を回すためには、時に同じことが求められる。それを学ぶための義務教育、その場所としての学校しょうが

大人たちは一回りも二回りも歳を重ねているから、当然ながら箸を使ってきた回数も遥かに多い。

その分“拗らせレベル”が高まっているんだ。

そんな中で繰り広げられる談義は、俺たちのディベートもどきや、弟たちの口喧嘩とはワケが違う。

「まあ、先生が渋る理由も分かりますよ。生徒に箸の持ち方を教えるためには“必要条件や十分条件”が必要ですからねえ」

「……私としましては、箸の持ち方ひとつ他人にとやかく言わないよう教える事の方が大切だと思っていますので」

道徳の授業でマナーの大切さを教えているのに、箸の持ち方は自由しろでは通らんでしょ。子供はそういう不合理に敏感ですぞ

彼らは長く生きてきたが故に、箸をちゃんと持ててない人をより多く見てきた。

今でも矯正せずに生きてきている人もいたりする。

それを気にする時も、気にしないようにする時もあっただろう。

から箸の持ち方について、腹に抱えているもの若者よりも熟成されている。

先生の言ってることは、箸の持ち方を直す気がない人間ポジショニングトークしかないんですよ。それの何が悪いのかと逆切れする術でも教えるっていうんですか」

うーん、この歳になって箸の持ち方で説教なんてくらいたくなかった……」

しかも彼らは教育者という看板を背負っている手前、その日限りの雑談で片付けられなかった。

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2021-04-20

[] #93-5「栄光の懸け箸」

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そして結局の所は、俺自身この件について心根ではどうでもいいと思っていたりする。

どうせ、このやり取りも今日だけで終わるんだ。

よくある仲間内での些細な諍い、日常茶飯事。

いや、この時はラーメンを食べていたから、日常茶麺時か?

などと内心クダラナイことを考えていたが、実際この時の雰囲気形容するなら大体そんな感じだったんだ。

しかし俺が迂闊だったのは、この日で終わるはずだった四方山の話を自宅でしていたことだった。

文化マナーの話を持ち出したことも、箸の持ち方について言及したこと安易ではあったが、この点には勝らない。

なぜなら、自宅であるということは“弟が近くで聞き耳を立てている可能性”について見積もる必要があったからだ。

己の油断を嘆くべきなのか、弟の口の滑らかさに怒るべきか。

思春期だというのに、兄弟部屋を分けてくれない両親の教育方針を恨むべきなのか。

どこに原因はあったにしろ“後の祭り”だ。

後の祭り”の語源は、最も盛り上がる時間である“前の祭り”との対比からきているらしい。

そう考えると、ここからの展開はあながち慣用句ではないかもしれない。

…………

「……なーんてことを兄貴たちが話してたんだ」

案の定、弟は昨日の出来事をクラスメート達に話していた。

当然、弟のフィルターを通して語られているから話に繊細さなんてものはない。

「正直、俺はどうでもいいと思うが、ちゃんと箸を持てるに越したことはないよな」

「私、ちゃんと持ててないけど、うるさく言われたくはないわ」

タオナケの言い分も分かるよ。でも、それを気にする人がいるってのも分かるだろ」

「私もそれは分かるけど、“気にする気にしない”と“善い悪い”は別でしょ。ちょっと箸の持ち方に癖があったとして、それでアンタに迷惑かかるわけ?」

ちゃんと持ててないのに開き直って、気にする側を心の狭い人みたいに言うのは違うんじゃないか?」

「“みたい”じゃなくて、実際その通りでしょ。別に悪いことじゃないんだったら、それは気にする側の問題よ」

「おいおい、さすがにその言い草はないよタオナケ。ちゃんと箸を持てていない立場で、気にする方が問題とまで言ったら傲慢だよ」

傲慢ですって!? 箸をちゃんと持てるのが、そんなに偉いの!?

「そうだ! オレこそが最強の“ゴーマン”だ!」

「シロクロ、お前は傲慢意味を誤解しているし、その持ち方はクセがどうとかい次元を超えてる」

モメるのは決まっていた。

しかも、俺たちより年下で知識も語彙も少なく、コミニケーションの妙も理解できない同士だ。

そのグダグダっぷりは俺たちの時の比じゃない。

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2021-04-19

anond:20210418220148

国会にまで進出してしまった過去の栄光栄光か?)がこの糞ゴミ釣りヘイト掃き溜め激寒大喜利サイト延命させてしまっていると考えると悲しいことやね…

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