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2021-06-24

anond:20210624125444

「楽」なのはなにが楽なのかわからないんだよね

結婚メリット

一人以上の人間財産とか労力とか法的な許容とかを分け合うことができるから社会制度的にすごく大きいのはわかるけど

パートナーシップかいものカバーできるものほとんどで量的なものとか拘束時間的なもの体感できるメリットが少ないと思う

そのうえで呼び名がちがうのがどんなメリット「楽」なのかわかりにくい

結婚していても財産とかそのほか親族として優先的に取り次げるサービス接続しにくい別姓というものにするメリットがわかりにくい

財産とか権限とか分けておきたいというのならむしろ結婚しなくてもいいのじゃないか

事実婚状態経営者とか学者とかアーティストみたいなのはけっこういるとおもう

全然違う苗字の人が親族です身内ですとしてきたときに、親族であることや身内であることを証明する方法必要なんだよね

同姓だったらパスしてしまうっていうガバガバ制度ではあるけど裁判所に国が間違ってるとかまで言うくらいに自分の姓にプライドもってるくらいだから

ある程度は整合性担保されてる現状があるのかもしれないね

マイナンバーとかそんなので自分の状況が参照できて名前関係なく人間関係証明できたら、それこそ名前なんてなんでも良くなるはず

名前について議論したり制度を考えたりするのに現状考慮すべきところはどうして同姓にする必要があるのかというと

結婚したり家族であるということは苗字をもとに見る

その苗字管理してるのが区役所

区役所への参照で市が把握できる

市の計画意向は県からのお達しで反映される

国の方針は小さく見積もって県単位で行う

国が国民にむけて政策をうちたてる単位が県くらいなんだよね

個人がどうのという話とか何県の何市がという単位じゃないんだね

人数も人間もなにもよくわからないところで総数の統計確率だけで話をしてる

から地元からつながってる人が直接つないで話を通すのが早かったりとか

人によって違いがでてくる

地元からつながってる高位の議員はとても便利なのでしょう

予算とか事業計画とか国単位採用されるものとかそんなのに取り上げられるわけだから

人気のインフルエンサーみたいなものだね

その県が実際にもらったものを配分するのに市民の顔がみえてるわけじゃないか

配分を大雑把に市に取り次いでもらったりする

市民データを吸い上げるのは区の単位のほうがこまわりは効いていいけど

フィードバックは区の制度で密に行うと手が足りない

なので市の単位でなげっぱなし対応を人数分行う方がコストはすくなかったりする

これが都という構造で市をすっとばして市民から区につながってそこからダイレクトに都につながるというのは

大規模だけど舵取りの速度や精度が高い都市構造ということになるね

法律というところからみれば人間の一人二人や名前性別とかもうどうでもいいんだよね

小さくてみえてない

結婚しようができなかろうが同性婚だろうがどうだっていい

ただそれが区の単位だともうなにを基準にしていいかからいくらい混迷を極める

そこから繋がって制度的に問題ありといわれるからダメだしをするのであって管理ができる方法があるなら

名前なんてどうだっていいし好きにしたらいいはず

現状で別姓が家族だということの可能性を全国的にありえると法律でいってしまうと

同姓の人間が妻だ夫だと勝手契約だとか財産の移動だとか、玄関の鍵あけさせたりだとか横行しかねない

そうなると確実な身分証明が必要ということで、同姓だろうと別姓だろうと個人を確実に特定できて履歴を参照されることが必要になってきちゃう

個人情報のかたまりを持ち歩くことになったりもしかねない

また別姓で同性からそういうゆすりやたかりや洗脳なんかで身内のようにお金を引き出す犯罪まれにあったりするけど

現状引き出して引き渡すのが本人からだけど本人を介さなくてもされちゃう可能性がでてくる

防止策は上記とおなじやたら詳しい個人情報を都度参照するということになるね

実際いまでも同姓ならやれないことはない犯罪迷惑行為はあるけど、それをできる精神の持ち主がそう多くはないので

発生率はそんなに多くないと思う

実名報道がどうだと話題になる程度には、現状自分の唯一で変えがたい名前については価値を感じてる人は多そう

結婚がむしろなにも共有しない権利もわけない何のメリットもないとするなら別姓婚も問題ないだろうし

結婚メリットを持たせていくなら、名前よりまず個人特定して管理できる機能を国にもってもらいたいと願う事のほうが

姓がどうのというより先だろうと思う

その上で、機能的に不備がでるだろう姓についてをなによりまず先に今必要として声を上げている人の目的がいまひとつからない

というかお気持ちなのか国に制度の不備を訴えているのかそのへんがよくわからない

追記

その、親族になったらメリットが大きいというか法の目をかいくぐれることが多くなるのでメリットは多いのは承知してて

それで犯罪とかもあるんだよって話はしてると思うんだ

なので「勝手親族にされる可能性がふえるだけ」の別姓より 別姓だろうが何だろうが家族証明できる方法確立するほうが先じゃないか

って意見なんだね

それで、実運用上別姓があるのは冒頭にいますねって話してて実際そうなってるのもわかるんだよね

便利だし都合がいいしそうなるべきとしてあるようになってるのは

ただそれを管理してるのが区役所単位で、それ以上の組織が参照することになるとわからんのよね

それで、区よりも上の範囲個人特定できなくてどんなメリットデメリットがって話になると思うんだけど

めずらしい例として「アベノマスク」があったよね

全戸に個定数配布

人数わからんのですよ 戸数しか

国民に何々を還元したり配布したりするってなっても人数わからんのですよ

それを県でわけて市でわけて区で分けてってしたら5か年計画かになるわけで

さらによこどりしたり名前がちがうだのちがわないだの財産だの親族だっただの海外にいってただの

そうなるともう政策ってレベルじゃねーぞって事なんだよね



追記2】

苗字の一致が他人家族かってそんなわけねーだろ戦争になってるみたいなので追記してみます

日常的に「楽」名前なんていらない階層の話は--------------------------

苗字が違ってると「なんだね、なんで苗字が違ってるんだね。身分証の二人の住所が一致しているか確認させてもらおうか」

みたいなつまらん面倒が一つふえる可能性があってそれでも別姓をしてたほうが「楽」だってほどのメリットがどこにあるのかなと思ったので文頭の疑問があったんだ

もちろんそんな確認必要階層生活圏は近いのでみんな顔見知りとか何かでその状態に触れていて周知の事実だということから

日常的な運用は「さしつかえなくて楽」ということも承知はしてるつもり

その運用上実質名前なんてかざりで現実的認識している各員の記憶で成り立ってるよね

その参照不要レベルでは個人証明関係者が行ってくれるので不要で楽だねってことは踏まえて


①以外のものが参照を必要としたら--------------------------

その上でその階層より上の問題手続きが発生した場合 面倒が発生したり手続きができなくなったりする可能性もいまの管理上発生する可能性があるんだよね

銀行やその地域よりも上の階層関係者が身分証明を求めたとき何年一緒に暮らしてたとか顔がぜんぜん変わったけど本人だとか性別かわったけどこの名前だとか厳格な証明を見たらわかるのかいって事

日常的な「楽」を取った結果 より大きな問題で取り返しがつかないことなどが発生することやそれにとられる手間を考えたら「結果的に楽」になってるのかどうかきになる それがわからないという事でした

被害者レベルの「界隈」階層では本人確認ができない--------------------------

犯罪の話をしたのは デメリットとして申請ありきで助成補償年金なんかがあるのをデメリットって言っても伝わりにくいかなと思ったか

苗字程度で犯罪がどうのって思うだろうけど 現実に「オレオレ」だけで数千万や数億が犯罪で巻き上げられてるんだよね

オレオレ」で現金を振り込む階層運用を厳密な個人情報確認する階層がなぜ介入して止めないのかって言われたら

オレオレ」がだれなのか被害者確認する方法をその階層で持ち合わせてるのかって話

かに国家規模で管理しているところが本人確認を行えたら たとえ一方通行だとしても申請ありきの手続きはだいぶ楽になるはずだと思う

千万振り込むのが大事な場面じゃないというならそうだろうし何億円という貯金を「オレオレ」に振り込むのは日常レベルだというならスケールが違うのでそうなんだねとしか言えない

これは被害者本人がその階層から参照をする術なく行動する範囲のことで 現実はここで止まってると思うんだ

①で見知った階層と同じ行動をその範囲外「オレオレ」がまさか知り合いじゃない人からかかってくるなんてという範囲からの防御がないという事


第三者の参照を介せば大丈夫なのかというと--------------------------

その身分証明を出した上での同姓同名銀行口座とめちゃったとか同姓同名の人に家宅捜索しちゃったとかあるんだよね

どの段階でヒューマンエラーが起きるのかとそれを止めるのかってベースが「名前しかないのは問題じゃない?

謄本あるから顔見知りだから知ってるから現実にそういう事実を近所の人はみんな知ってるから で本庁からきた警察事情説明できないよね

時間をかけて人数と物証をかさねてそうかもねって話じゃん 厳格な書類がそれを証明してくれはしないよね

現にみただけでわかる書類ヒューマンエラーが起きるのはどうしてかって事

いまのところどんなに厳格な書類でも自分がだれかって文字が書いてあるだけ 状況も状態確認できないんだよね

戸籍が売れるってそういうことだよね 最終的に役所当人だっていわせれば 当人が出来上がっちゃう



名前関係ないとしてもちゃんと調べれば真実は探せる--------------------------

名前がその簡易フィルタとして機能して第三者が「確認すべきかも」と思ったりする可能性があるところで使われるうちはまだ「被害者本人が引き出して加害者に直接渡してる」ケースが多いだろうけど

これが第三者の眼から見て「赤の他人だけど身内って可能性もあるよな」ってことが常識になったらもっと広がるんじゃないかなってことだったんだ

それこそ本人を介せずなにかの詐欺に巻き込まれるケースとか

勝手裁判で勝訴して賠償請求して差し押さえなんて事件もあったけど裁判所命令なんてなくても 玄関先で転送不要郵便受け取ったりするやつがでてくるかもとか

もしそうなったとしてもちゃんと調べれば証拠はでるし 時間をかければ現実は浮き出てくるとしても それが出る前に問題が発生するんだよね

そして問題が発生したあとは取り返しがつかなかったりする

その例としてあとからごねたら取り出せる年金とか預金とかの可能性の話より もう消えて出てこない犯罪に巻き込まれるほうが現実的問題を感じやすいかなと思っただけなんだ

人がそんなに簡単に消えたり出たりしないよって思うだろうけど 名前の読み方変えるだけでブラックリストから消えたように見えてカード審査が通るとかいう話しらないか

オレオレ」「読み方帰るだけで各個個別個人情報管理してる所も抜ける」厳密な手段やらが現状見知った界隈の生活圏をでたらすぐぼやけることを言いたかったんだ


ますぐ二人が婚姻関係にあることを 片方のパートナーがいないタイミング確認する方法は 何がありますかという事

どんな書類を出してきてもそこには「書いてある文字しかないよね A山B太郎さんの謄本をもった若い女性がいたら「ああ性別を替えて同性婚した別姓の人なのか」って思うのかなって事

郵便配達員個人の思う思わない程度で郵便物渡したりしないって現実があるのなら安心なのだけど ハンコもらったか免許たかOK ってそれ厳格な審査機構情報確認したのかなって事

その本人が違うってあとから確認できたとして再度訪ねていったらまだそこにその人がいるのかなって事


たとえばの話なんだけど〇岡「薫」って名前の人だけ家賃優遇される「〇岡マンション」ってつくったとして住人をみんな「〇岡薫」の男女で揃えた場合なにが出来そうかなって事

間違えて恋でもしちゃう人が出るんじゃないって人はそのままでいいと思うし よくない事を大規模にできそうって人も、思うだけならOKだと思うけど…

職業を偽っても本名を名乗る犯罪者が多いと思われる現状、名前はそれほどまでに大事現場運用レベルをそれを超えた階層でも甘んじて受けてるところがあるのはすごいなと思うけど

その国家レベル個人戸籍をどうこうするチートコードが氏名ってのは、どうにかしたほうがいいんじゃないかなと私はおもうわけでチートコードを含む運用さらに上の倫理に訴えかけるのは

ちょっとアクロバティックがすぎるのではと思うのでした

から私は、名前を一緒にするとかしないとかよりも、名前以外で管理できる仕組みづくりが、名前自由になのれる近道なのではと思う次第で

かにも「名前管理できないと現実を知るくらいにぐちゃぐちゃにしたら気が付くだろう」とかいろんなブコメ意見があったりするでしょう

別姓問題提起している人はいままず名前問題だけを先に解決させる意図は「混乱による発展」か「混乱を併発しても優先すべき個人の満足感」か「議論活性化」なのか私にはわかりかねていますという事と

私は番号ふって参照できる手段を最終的には民間レベルに落とし込んでほしいなと思う一意見がありますよという事でした

2021-06-23

anond:20210623222342

考えたのは

上層→同じ階層の中から恋愛してマッチング結婚するゆる~~~い見合い

馬鹿低能恋愛結婚

非モテ相手自力で見つけられないため見合い

こんな感じ

anond:20210623214419

同じ大学同級生とかならほぼ同じくらいの階層問題なし。

それが問題ないのもあと10年程度でしょう。

2021-06-22

日本人はいつまで民主主義自由主義を信用するのか。思考できないのか?

民主主義自由主義を信用する人たちは、親が大卒自分大卒子供も何とか大卒になった人間だけだ。

それを思考してない階層と呼ぶ。

民主主義自由主義を信用できない人たちは、親が高卒以下で自分大卒だが、高校まで片道2時間本屋まで片道1時間という苦労を強いられた人間だ。

この階層は「思考を強いられた」のだ。思考を強いられるという経験は、氷河期世代では1割どころか、6%くらいしかいない。

かつて高卒から大卒組へ逃れられたのは1割に過ぎなかった。

2030年にはこれが3.1割に膨れ上がる。

このように膨れ上がる前、「苦学生は本もバイトして買うのが当たり前」と平然と差別されたことをわたしは一生忘れることはない。


民主主義自由主義否定し、ふたりっ子出産強制政策をとれば日本再生するだろう。

これができない限り日本は滅ぶ。

中国はらくらく達成しそうだ。

2021-06-21

anond:20210621135325

うそう。手に入ったブドウは甘い。男社会で上の階層に入れたら男社会否定したくなくなる。「男のつらさ」なんて言わなくなる。つらくないんだから

anond:20210621134547

ヒエラルキー階層が上がると、男にヒエラルキーがあることへの不満がなくなるからです。

ヒエラルキーの下位にいると構造文句をつけて、自分位置が上がれば構造への不満がなくなるんです。

ビビッドナイトをやりました

広告詐欺でおなじみのビビッドアーミーじゃないよ。

オートチェスをローグライクアレンジした感じのゲームだった。

4,5階層潜ったらクリアみたいなステージがいくつも用意されてて、なんか全然手ごたえを感じなかった。

プレイ進めるごとに貰えるポイントガチャ回してアイテムキャラをアンロックしていく

ローグライク+長期の蓄積要素ってシステムしてた。

このタイプゲームって最適なゲームバランスで遊べないから好きじゃない。

2021-06-18

anond:20210617044206

数研出版チャート3冊とホクソム大学入試良問集をこなせば偏差値60まではいける。

けれどもそれは全国の高校生の3割にも満たない。せいぜい28%ってとこかな。

数研出版チャート3冊とホクソム大学入試問題解答集までやっちゃう高校生は、せいぜい8%ってとこかな。

これが国民の知性だからね。

上位8%に入る必要はないが、偏差値60に入らない人が高校生の7割で、下4割だろうが上3割だろうが立派に大衆

大衆あほなのは未来永劫変わらない。


ただし、この「大衆」とされている階層は今は7割かもしれんが、私が死ぬ頃には5割程度まで下がってくる。

あほであるほど受けが良かった昭和常識21世紀に完全に崩壊する。

2021-06-17

生活保護受給は60代男性が多いのになぜ「男性差別」と言われるのか?

弱者男性性差別を受けているので生活保護を受けられないという書き込みを見たので、

本当にそうなのか、2019年被保護者調査を調べてみた。その結果が以下だ。

1位 65~69歳 男 144099 人 9.44%
2位 70~74歳 男 143646 人 9.41%
3位 75~79歳 女 130667 人 8.56%
4位 70~74歳 女 119497 人 7.83%
5位 75~79歳 男 108383 人 7.10%
6位 60~64歳 男 103275 人 6.77%
7位 65~69歳 女 93266 人 6.11%
8位 55~59歳 男 82034 人 5.38%
9位 50~54歳 男 70894 人 4.65%
10 45~49歳 女 62585 人 4.10%
11 60~64歳 女 61557 人 4.03%
12 50~54歳 女 60515 人 3.97%
13位 45~49歳 男 57650 人 3.78%
14位 55~59歳 女 55456 人 3.63%
15位 40~44歳 女 45663 人 2.99%
16位 40~44歳 男 35811 2.35%
17 35~39歳 女 34048 人 2.23%
18位 30~34歳 女 24415 人 1.60%
19位 35~39歳 男 23226 人 1.52%
20 25~29歳 女 17276 人 1.13%
21位 30~34歳 男 16150 人 1.06%
22位 2024歳 女 13575 人 0.89%
23 25~29歳 男 11791 人 0.77%
242024歳 男 10239 人 0.67%

被保護者が多い属性1位は65~69歳男性だった。

中年高齢男性生活保護受給している。

それなのに男性女性と比べて冷遇されているという意見が出るのである

 

一体なぜなのか。年齢階層20~49歳と50~79歳に分けて合計してみた。

年齢階層備考
20~49歳15486719756242695人差で女が多い
50~79歳652331520958131373人差で男が多い

若いと女の受給者が多く、高齢になると男の受給者が多いという結果が出た。

まり女の方が生活保護受給やすいと主張している男は、49歳以下なのではないだろうか。

また、若い女が若いのにもかかわらず生活保護受給する理由として、母子家庭の貧窮しやすさがある。

(幼子は基本的に家庭にとって負債であり、家庭の経済的余力に乏しいほど幼子が家族に与えるダメージは大きくなる)

ここでは扱わなかったが、若い女の受給から母子家庭を除くと、受給率はかなり低くなる。

 

そしてこれもここでは扱わなかったが、80歳以上については79歳以下のように5歳刻みではなく

80歳も100歳も全部「80歳以上」という一括りで集計されていた。

この年齢階級ではもちろん、女の方が受給者が多くなる。理由は「生きているから」だ。

夫が養ってくれるから外で働かなくても生活保護を受ける必要がなかった既婚老婆が、

夫が80歳前後で死に(男性平均寿命は80歳)、専業主婦から生活保護受給者になっていくのが「80歳以上」だ。

今更女性低学歴化をしたって女性結婚ダメになるだけ

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/84191

この記事を要約すると、低学歴女性雇用においても結婚においても負け組になっている、

女女格差についての話だった。

 

中卒未婚女性場合、働いている人は5~6割、

高卒未婚女性では8割前後大卒未婚女性では9割台である

中卒が労働において負け組であるという認識は広く持たれてきたと思う。

しか結婚においては大卒女性自力で稼げるから余裕があり、男を選り好みして独身で、

中卒女性は稼げないから逃げ場がなく、男性に尽くすから有配偶というイメージがあったのでは?

 

中卒女性に早婚傾向があるのは事実だ。

2024歳中卒女性の有配偶率は32%、離婚死別が7%。

2024大卒女性の有配偶率は3%、離婚死別が0%。

中卒女性結婚離婚も低い年齢で経験していることがわかる。

 

30~34歳の階層で見てみると、

中卒女性の有配偶率が51%大卒女性の有配偶率が58%。

30代以降の有配偶率はずっと大卒女性のほうが高い。

中卒女性離婚死別の率が高い。

30~34歳中卒女性離婚死別率は17%、大卒女性は2%。

大卒女性のほうが経済的に自立しているから男を捨てる、というイメージと大きく違う結果ではないだろうか。

原因として、中卒女性には問題があり、問題に耐えられなくなった夫が逃亡してしまう。

あるいは中卒女性結婚する男性には問題があり、問題に耐えられなくなった中卒女性が逃亡してしまう。

こうしたことが起きていて、中卒は早婚で早期離婚となっているのではないだろうか。

 

女性においても、弱者女性ほど雇用婚姻関係不安定で、

強者女性ほど雇用婚姻関係も安定という傾向になってきている。

昔は中卒女性婚姻関係も安定していたようである

男女同権化が、底辺女性不安定化(=弱者男性化)を起こしているようだ。

2021-06-15

anond:20210615234639

いや、だから、「女が働かなくて良い社会」なんざ古今東西存在しないだろ?ってこと

女が働いて対価を貰える社会と貰えない社会の違いはあるけど

あとごく一部の上流階級で不労収入持ってるような階層はいるけど

anond:20210609211006

民主主義システム自由主義システムは、大学大学院で恵まれものによって一方的設計されている。

しかし、恵まれ階層というのは、その国家の抱える10%ほどでしかない。

私が死ぬ頃になっても20%を超えない可能性がある。

残りはどうなるのか?


その「残り」とされた人が大学大学院にやってきたら、「セレブバイト」の一言くらいはあっても当たり前ではないか

残り物は沈黙しなければならないのか?

いつになったら日本リベラル屋は自らのおかれた境遇客観化できるのか?

客観化できないか日本世界の30年遅れになる。

相も変わらず田舎地方不祥事オンパレードからね。


https://www.asahi.com/articles/ASP6G7TWBP6GTOLB00G.html


子供山笠児童ポルノ容疑 (福岡)組体操骨折 (大阪)トーチトワリングやけど (愛知)釧路体液ぶっかけ (北海道)パブリックコメント偽造 (香川)女児の成長を目視確認 (神奈川)保護者から50万円受領 (宮崎)スカート内を盗撮 (鹿児島)級友に「やっちゃいな」と暴行するように命じる (秋田)体操服の下に肌着を着るのを禁止 (滋賀)84人参加のカラオケ大会で、6人がCovid-19に感染 (埼玉)県職員20人以上の会食16件 (愛媛)水筒へ別の液体を混入し誤飲させる (岐阜)県職員20人以上の会食16件 (愛媛)強制わいせつの疑いで逮捕 (宮城)性別を問わず、白以外の肌着を着ていないか生徒同士でチェック (大分)外国人食事しないようにさせる感染予防啓発文書作成 (茨城)20女性巡査部長が同僚の男性警察官と勤務中に実にけしからん事をいたす (兵庫)80歳の祖父が15歳の孫娘にあってはならないことをした。(佐賀)お前の首とっちゃる事件 (岡山) 勤務校で女子生徒を商業科準備室に呼び出し盗撮 (山梨) 顧客から1300万円詐取 (長崎)

フルスタックエンジニアってのはな

なりたくてなるんじゃないんだよ

困ってもだれも教示も解決もしてくれなくて、泣きながらOSI階層自己解決してきただけの、哀しみの成れ果てなんだよ

少子化の原因はリベラリズムなのは皆薄々感づいてるのだけれど絶対に認めたくないから、このまま女性優遇政策日本崩壊するまで続くんだろうな。

工業が衰退してサービス業が増えて低賃金化、過疎化に歯止めがかからず都会に人が集中、社会保障破綻して医療費増大してさら医療サービス悪化移民流入により治安悪化して中国から内政干渉を受ける、自由恋愛システムにより階層固定化して格差社会になる、気づけば観光以外に取り柄がなくなり新興国に転落、エッセンシャルワーカーは外人が増えていきオンラインで働いてる日本人たちは社会進歩してると勘違い

2021-06-14

anond:20210614005424

格差が広がっているのでそういう女ばかりになったと感じているならあんたがいる階層が下だってだけです

2021-06-13

SIer日本人PM海外で一切通用しないがプログラマはチャンスある

というごく当たり前の話にブチ切れるコミュ強?SEさんたちが某所で大量に出てきて笑ったw

日本SIerとかだとプログラマコーダーと読んで蔑んでみたりSEPMとかの上流側に来ないとプログラマなんてクソだよ、みたいに言う奴たまに見るけど、

これの違和感の正体にようやく気付いたわ

日本PM, SE = キャリア海外切通用しない

プログラマ = 開発したソフトウェアサービスの成果が海外アピールできる。GitHub技術力の証明や関わったプロジェクトコードの行番号単位アピール可能。Issueに書いた英語英語力や指摘のレベル、プルリクエストでどれだけ技術力があるかもアピール可能

この圧倒的なキャリアの差を、客(日本限定)とのコミュニケーションできるキャリア階層、に置き換えて劣等感を誤魔化してたんだな

思ったんだけどSIerゴミSEPMと同様に外資系コンサル海外への道は絶望的だよね

特に外資コンサルって海外志向強い人が多いイメージだけど、菅みたいな無能老人だらけの日本企業経営幹部層とどれだけコミュニケーション通じるようになったところで、

海外で働けるキャリアには一切ならない。

対してプログラマーの場合アメリカ限定しなくてもオランダイギリスフランススペイン北欧プログラム書いてる日本人はそこそこブログ見かけるし、

プログラマGitHubで有名ライブラリ公開して有名になったらそれがそのままキャリアシート代わりになって優秀な海外の人たちと働けるチャンスが毎年上がっていく

日本企業相手コンサルPMだと、それが不可能

日本プーエムやコンサルやってたやつが欧米PMコンサルできてるケースなんて、ほぼ存在しない。

あったとしても、結局GAFA内部のプログラマ上がりのキャリアのケースばかりで、プログラムも読み書きできないSE/PM海外仕事できてるケースは全く目にしない。

PM/SEプログラマを見下して来たら、「でもPM/SE海外キャリア絶望的でしょ?w」って返したらもう勝ち目なくね?

SIer日本人PM海外で一切通用しないがプログラマはチャンスある

というごく当たり前の話にブチ切れるコミュ強?SEさんたちが某所で大量に出てきて笑ったw

日本SIerとかだとプログラマコーダーと読んで蔑んでみたりSEPMとかの上流側に来ないとプログラマなんてクソだよ、みたいに言う奴たまに見るけど、

これの違和感の正体にようやく気付いたわ

日本PM, SE = 海外で働けない

プログラマ = 海外で働ける

この圧倒的なキャリアの差を、客(日本限定)とのコミュニケーションできるキャリア階層、に置き換えて劣等感を誤魔化してたんだな

同時に外資系コンサルIT大企業SEPMキャリア海外への道は絶望的だよね

特に外資コンサルって海外志向強い人が多いイメージだけど、菅みたいな無能老人だらけの日本企業経営幹部層とどれだけコミュニケーション通じるようになったところで、

海外で働けるキャリアには一切ならない。

対してプログラマーの場合アメリカ限定しなくてもオランダイギリスフランススペイン北欧プログラム書いてる日本人はそこそこブログ見かけるし、

プログラマGitHubで有名ライブラリ公開して有名になったらそれがそのままキャリアシート代わりになって優秀な海外の人たちと働けるチャンスが毎年上がっていく

日本企業相手コンサルやPMだと、それが不可能

日本でPMやコンサルやってたやつが欧米でPM・コンサルできてるケースなんて、ほぼ存在しない。

あったとしても、結局GAFA内部のプログラマ上がりのキャリアのケースばかりで、プログラムも読み書きできないSE/PM海外仕事できてるケースは全く目にしない。

PM/SEプログラマを見下して来たら、「でもPM/SE海外キャリア絶望的でしょ?w」って返したらもう勝ち目なくね?

おっさんおばさんの犇めく増田

肩身の狭い思いをしているターゲットから外れた高齢層や若年層はいるんだろうか。

というか、増田にかぎらずSNSって割ときれいに年齢で階層分けされてると思うんだけど、どうかな。

anond:20210611183411

Web2.0によって、人の属性ではなくその人の本質(話の内容や価値観)が重視される時代になった。したがって、階層を超えたコミュニケーションが発展する」

って20年ぐらい前に高らかに喧伝されていたけど、その人の本質はその人の属性と深い因果関係があるということもようやく理解されたという感じ。

2021-06-11

弱者男性本質的に救うには男女平等を徹底的に推し進めるしかない

弱者男性論はフェミニズムへのカウンターミラーリングからまれ概念で、だからこそカウンターミラーリング以上の社会的意義を持たないし目的もないというのは正しいと思うし、そのカウンターとしての意義すら見失ってしまった「あてがえ論」や「女性教育社会進出制限」などという時代錯誤意見は論外だと思う。

そういった過激思想を取り除いたとしても弱者男性論は結局の所かわいそうランキング向上運動しかなく、弱者であるから優遇されるべきだ、弱者なんだから強者女性)への攻撃正当化されるといった外部への責任転嫁に終止してしまい、その「成果」を得るためにますますかわいそうランキングを向上しようと自身弱者性をアイデンティティにしてしま矛盾に苛まされることになる。だからこそ、弱者男性論に解決すべきイシューはなく救いようはないという意見反論もわかる。

そうは言ってもフェミニズムという性別による差別に戦ってきた先輩の方法論に学び、弱者男性という階層集団発見され名前がつけられたことは意義があったんじゃないだろうか。名前があることで初めて対象考察できるようになる。弱者男性存在を頑なに認めない人もいるが、課題があることを認めることはそれを即時解決しなければいけないことを意味しないし、ましてや解決していないからと咎められることもない。人間できること・やれることには限界がある。まずは「弱者男性」という概念があることだけでも認識されれば十分な気がする。

そんな非モテ弱者男性を本当に救うのは、あてがえ論や女性社会進出制限など女性の権利を押さえつけることではなく男女平等を実現することではないかと思い至ったので簡単に書き下してみる。この増田では上でも書いたとおり特に非モテフォーカスした非モテ弱者男性論について書くので低収入等については考慮しない。一般弱者男性モテの話が切り離せない理由弱者男性論が女性に向けられる理由も同時に書こうと思う。

男女の所得格差

フェミニズムや反女性差別本丸の一つは間違いなく所得格差だろう。具体的な数字もありわかりやすく、女性社会進出指標としてよくあげられる。実際のところ、正規雇用社員において女性所得男性の75%程度に留まると言われており、男性と同一の労働でありながら女性であるからという理由所得格差がもたらされているとすればそれは差別的と言える。

たとえば、統計的女性20代後半から30代の離職率が高いので女性という属性によって雇用を渋ったり昇進を阻んでいるとしたら、それは犯罪率が高いという理由男性保育士雇用を渋るのと同様に差別的だ。

グラフデータはほしい結論仮定して読むと見誤る。女性所得が低いのは女性差別されているからというのは本当だろうか?女性自体が高い所得を望んでいないとしたら?日本女性幸福度男性幸福度に比べて著しく高い。目的手段を取り違えてはならない。大金を手にすることが目的ではなく幸せに生きることが本質的であり金はそのための手段に過ぎない。日本女性は稼ぐ必要に迫られずとも幸せになれるからそもそも稼ぐ必要がないということはないだろうか?逆に男性は「稼がされていて」それゆえに不幸で、女性労働から解放されていて「稼ぐ必要がない」ゆえに幸福なのではないだろうか?

仮に実際に稼ぎたかったとしても女性は稼ぐ努力をしているだろうか?非モテ弱者男性悲鳴を上げているとき真っ先に投げかけられる「モテ努力をしていないのでは?」「だからモテないんだ」という言葉、そのまま返ってくることは考えなかったのだろうか?まさかキラキラ文系キャンパスライフみたいなことをしてなんの学も積まずそれゆえに「パンプスを履かされる」ような労働しか選択肢がないことを差別などといっているのだろうか?低い職業能力しかいか容姿が問われるような目にあっているというぐらいの想像力もないのだろうか?女性性を求めず、責任に伴って高い給与を与えてくれる仕事なんていくらでもある。

シンプルな話として、そんなに稼ぎたいならなぜ女性理系を選ばないのか?少なくとも稼ぎたい女性であれば実際的に稼げる能力やそういったキャリアパス投資すべきだろう。理系修士博士女性の知人友人なら年収1000万程度かそれ以上も珍しくない。

成果物を求められる仕事成果物こそが全てだ。愛想笑いでは機械は動かない。そういった世界では性別なんてものは些末で、結果を出す人間こそが正義だし高い対価も支払われる。なぜそれを目指さないのか?「稼げる努力をしていないのでは?」「だから稼げないんだ」と言われても仕方ないのではないだろうか?

女性性的客体化

フェミニズムや反女性差別文脈で特徴的な表現女性性的客体化や性的消費というものがある。性的客体化はものすごく簡単にいえば「女性をモノとして扱うこと」「女性主体性を認めないこと」である

女性に限らずだが同じ人間人間として認めずモノのように扱うのはまったくもって不当であるし、そういう風景を見るのも不快に感じる。そして女性がそのような人間的でない、男性の性欲を満たすためのモノ扱いを受けるといったシーンは見たり聞いたりする。そういった加害者と戦うべきだ。書くのも嫌だがいわゆる「ヤリ捨て」といった言葉などにもあるように、モテ強者男性女性をモノのように扱うような話は枚挙にいとまがない。ではフェミニスト女性モテ強者男性と戦っているだろうか?

これはトートロジーではあるがモテ強者男性女性モテるのだ。すなわち、なぜかフェミニスト女性は自らを性的客体化するモテ強者男性攻撃しない。それどころかモテ強者男性に群がっているのだ。つまり女性性的客体化を積極的に支持しているのは女性自身という矛盾が生じる。そしてなぜか女性には触れることも会話することも早々にかなわない非モテ弱者男性攻撃するのである

フェミニズム文脈ではこの性的客体化の不自然適用がしばしば行われる。いわゆる二次元女性に対して「これは女性性的客体として扱っており、そのような表象女性の累積的な抑圧経験の強化につながる」と。たしかにこういった表象男性ATMに例えたり年収評価するようなことを公の場で発言することで直接的な男性経済的客体化・モノ化と同様抑圧的かもしれない。

このような過激な言説は一部の極端なフェミニストの行動であり大半の女性はそのような攻撃的なことは行っていないと思うかもしれない。しかし様々な研究で明らかになっている通り女性男性の上位2割程度にしか魅力を感じず、そして魅力を感じない非モテ弱者男性8割についてはその行動の如何に関わらず不快だと感じる。席替え非モテ弱者男性が隣の席になったからと泣く女性がいた場合加害者はどちらだろうか?

このような非モテ弱者男性積極的排斥しようという女性本能欲求が、相手を求める男性の「正(+)の性欲」に対して相手排斥しようとする女性の「負(-)の性欲」と表現されたことは記憶に新しい。

この負の性欲と「女性不快と思ったら加虐」とされるセクハラ性的消費という概念の組み合わせは非常に強く、何をやっても女性不快と思われかねない非モテ弱者男性女性の気分を少しでも害したらセクハラだと指弾され社会的抹殺されかねない。

女性男性に対して身体的に弱いため男性が近くにいると恐怖を感じるという話と同じように、非モテ弱者男性女性から中傷セクハラ指摘ナイフによっていつ刺されるか常に怯えながら生活しているのだ。悪いことに、暴力を振るえば逮捕は免れないが、セクハラ指摘なら非モテ弱者男性社会的に殺してもなんの罪にも問われない。

これが弱者男性論が非モテと不可分であることの理由であるモテの量は女性感情的加虐からの盾であり、非モテであることは女性から加虐を受けることを直接的に意味する。そしてその意味において現代日本男性ほとんどが弱者男性であり、結婚していても「本当に結婚たかった男」にはなれずATMとして扱われたり旦那デスノート罵倒されたり托卵されたりなど被虐される立場にあるのだ。あてがえ論は女性人権制限するという意味でもまったくもって荒唐無稽であるが、同時に弱者男性の救済にも値しない。

男女平等弱者男性を救う

ここまでだらだらとフェミニストの主張や女性差別について考察してきた。端的にまとめると現代日本では一般的に女性理性的に行動ができず本能を抑えることができない野蛮で怠惰状態にあるということが言えるかと思う。そしてそれが非モテ弱者男性という女性加虐される被差別階級を生み出している。

しかしここで短絡的に「だから女が悪いんだ!女はダメなんだ!」と思った方々は少し落ち着いてほしい。これは上記あくまでごくごく僅かな例から一般化した話であり、女性のすべてがそのように振る舞うということを意味しない。今短絡的に怒りに飲みこまれあなたより遥かに理性的で、高い成果を上げ人類に貢献してきた女性はそれこそ星の数ほどいるだろう。すなわち「女性であること」は「理性が弱く本能を抑えることができない野蛮で怠惰状態」の必要条件でも十分条件でもない。つまり弱者男性論に散見される女性叩きではなにも解決しない。そうではなく、現代日本女性がそのような野蛮で怠惰な振る舞いをしてしまいがちな構造的な問題があると考えるべきだ。

そしてその構造問題を解消できれば、女性理性的主体的になり男性同様本能を抑えられるようになることが期待できる。そしてそれは非モテ弱者男性にとって本質的な救いになりうる。

社会男性本能抑制するように要請することで近年の社会秩序の発展と女性地位向上がなされてきたように、女性本能を理性によって抑制できるようになれば女性による非モテ弱者男性への中傷排斥加虐が抑えられ、何度も訴えられてきた非モテ弱者男性の消耗した自尊感情社会とのつながりの回復も期待できるだろう。

では、女性本能を理性で抑制できず野蛮になってしま構造問題とはなんだろうか?おそらくそれは男女の不平等だろう。

男女平等を推進するには

未だに「女性高学歴だと結婚できない」「男性自分より所得の多い女性結婚したがらない」「女性家事愛嬌」といった女性に対する社会的抑圧は残念ながら存在する。そしてこのような女性教育社会進出を推奨せず結婚して扶養されることこそが幸せだという価値観の押しつけは女性教育社会進出を阻害するだけでなく、そういった過程で培われる理性的思考主体性女性から奪ってしまう。同時に女性に「私は社会から抑圧された」という言い訳を与えてしま努力するモチベーションを失わせて堕落させてしまう。こうして本能のままに弱者男性攻撃排除被害者面をしながら強者男性に媚びを売る怠惰女性構造的に発生してしまう。繰り返すが彼女らにその責任はない。構造問題構造的に解消されるべきだ。

ではこれらの慣習を打破し、男女平等を実現して女性理性的になってもらうにはどうしたらよいだろうか。高度化した現代では教育の水準がある程度強く所得に影響しており、経済的事由によって教育を受けるインセンティブを設定できる。すなわち女性が「稼がねば」と自ら思うような状況を生み出すことで、必然高い教育を受け理性が鍛えられ本能抑制できるようになることが期待できる。

ではどうやったら女性が「稼がねば」と思うようになるだろうか?わかりやすいのは婚姻制度にメスをいれることだ。しばしば「女性婚姻制度で楽をしている」「理解のある彼くん」と批判されるように、女性男性収入依存する構造女性怠惰堕落させ社会進出を阻んでいる。ひいては最初に上げた所得格差などを温存する結果となっている。

そのため女性男性収入依存できないようにし、女性自身必死に「稼がねば」と思うように法律修正するのが効果的なはずだ。たとえば

このように、女性男性収入依存するための多くの法律制度存在する。基本的にこれらの法律修正をしたとしても「一人暮らしが二人」の経済状況とは変わらないため、女性がきちんと社会進出労働し稼げている限りにおいて女性が極端に不利になることもないはずだ。にもかかわらずこれだけ「女性男性収入依存せよ」というシグナルが法律にまで入り込んでいるのはグロテスクに感じる。女性社会的制度によって強く婚姻男性依存して堕落することを動機づけられてしまっているのは異常だし、社会活躍たかった・できたはずの多くの女性にとって悲劇と言えるだろう。フェミニストとしても解決したい課題のはずだと思う。

もちろん女性出産に伴うフォローのための法改正も同時に必要になるだろう。これだけは男性にはどうしようもない。1年間の法定産休・育休と休職間中給与保証などの大胆な支援策もあるべきだと思う。フェミニストのいう結果平等はこういった形で強力に推進されるべきだろう。

出産後に男性経済的支援があるならとパートタイム等の責務の軽い・時間の短い仕事に移ってしま女性も多いと聞くが、上記婚姻制度改革によって男性依存を断ち切ることで改善が期待できる。男性のように「働かなければ・キャリアを失ったら死ぬ」という緊張感があれば成長意欲も刺激されるだろうし離職率も下がって「女性は30代になると離職するから」などという理由採用・昇進を渋られることもなくなっていくだろう。

このような先進的な男女平等の実現・婚姻制度解体によって女性男性同様社会に参画し、男性に求められるよう女性も理性によって本能を抑え他者への加虐性を抑制することで、弱者男性は初めて「弱者男性」としてではなく「弱者」として男女平等な救済の道に進めるだろう。弱者男性本質的な救済は男女平等推し進めることにあるはずなのだ

結婚

 ここ1ヶ月、図らずも『結婚』について考えることがとても多かった。

 本当に偶然色々なところから結婚とかそれに関係するものを見せつけられたというか、「目を逸らすな」と言われている気がした。今までも度々結婚に関して否定的なことも確かに書いてきたけど、手放しに「結婚なんてクソだ、絶対したくない」と思っているわけではない。

 ただあまりにも「結婚幸せ」の価値観を、全くの思考停止で受け入れている人間が多すぎることに辟易としていることは事実。それへのアンチテーゼというか、警鐘というわけではないけど「あんたらそれちゃんと考えて言ってんの?」と言いたかっただけ。

 結婚にはメリットデメリットもあると思う。今の自分にとってはデメリットの方が大きいような気がする、というだけで否定的なこともつらつら発信してきたのもまた事実なので、しっかり言語化して考えないとな、と思った次第であります

 まあメリットデメリットと言ってもそれらは結局表裏一体で、扱う人間タイミングによって良くも悪くも簡単に変わってしまもの。まずその良し悪しは考えずフラットに、恋愛から結婚に変わることによる影響を挙げてみる。

⑴ 2人の関係法的拘束力が生まれ

子どもを産み育てることがスムーズになる

 …あれ、こんだけ?って感じだけど、マジでこんだけ。この二項の中に色々な面が潜んでて複雑に入り組んでいるだけだと思う。

 強いて言えば、⑶ 社会的立場の構築 ってのも追加できるけれど、自分にとってそれは全くメリットでもデメリットでもなければ、何かアクションを起こすに当たって原動力になるものではない。一緒にいることの周囲への説明が楽になるぐらい?

 結果としてついてくる分には勝手しろって感じだけど、社会的立場のために何かをしたりしなかったり、という判断はしない。それは結婚云々に限らず。

 てことで⑴⑵について順番に書いていくけど、既に長丁場になりそうな予感がプンプンする。

⑴ 2人の関係法的拘束力が生まれ

 それによって生まれるのは①安心感と②義務感。この時点でも善玉と悪玉に分かれてそうだけど、実はもう一つ階層がある。

安心感

 安心感がもたらすのは、文字通り “不安が取り除かれた心地よさ” ともう一つ、あらゆる人間関係において最大の敵 “馴れ合い” だ。

 文字通りの意味については書くまでもないけど、やっぱり本能的に人間自分以外の人間に求めるものってこれしかない。「愛されている」っていう実感が欲しいし、そこからの変化が一番恐ろしいものだと感じる。

 つまり愛し愛されていると思っていた人が目の前から消えてしまう、という最も恐るべき状況に陥るリスクを最小化してくれる正攻法として、婚姻届という書類を提出して認められる結婚という契約が、最も手っ取り早くて一般的手段であるということ。それによってお互いがある程度心地よく生活できるし、信頼にも繋がってくる。するとパートナーにも自由を与えることが容易になる。

 それが一つ。厄介なのはもう一つの馴れ合いというやつで、先述の通り男女中に限らずあらゆる人間関係において最も脅威になるのがこいつ。

 これは交際前と交際後という比較的浅い次元関係性の変化でも猛威を振るう。「付き合ってから冷たくなった」だとか「もっと誠実だと思ってた」だとか、こういった類のパートナーに対する愚痴って全て馴れ合いから来ていると思うのだ。それは言う側も言われる側も同じこと。

 言われる側からすえば、付き合う前だったら「この人に好かれたい、嫌われたくない」という一心でどんなことでもできてしまう。親切にするし、優しく受け答えするし、浮気な様子は見せない。けれど付き合い始めて「この人は自分が好きだ」と認識できた途端、「これぐらいいいだろう、許してくれる」という感情が生まれて、それまでとは違った対応や行いをしてしまうようになる。

 言う側からすれば、付き合う前であれば「自分はこの人の何でもないし、相手にされなくて当然」という謙虚気持ちでいられるのに、付き合い始めると「自分はこの人に大切にされて当然、自分のために動いてくれて当然」という傲慢さが顔を出して自分勝手な期待を相手押し付けて、それが叶わないと裏切られたような感覚になる。だから上記のような愚痴をこぼす。

 言う側と言われる側は固定された立場ではなくて、どちらともがどちら側にもなりうる。こうしてすれ違って、ある日プツンと切れて、もうバイバイ。これがよくあるカップル破局パターンなんじゃないかと思う。し、自分もこれまでほとんどそうだったような気がする。

 浮気、冷たい、優しくない、好きじゃない、…どこにでもありふれた別れの真因としてこの馴れ合いがある。

 人と人との関係を良好に保つには、「それぞれの人間だ」と認識できるほどの距離感が常に必要だ。

 付き合う前のような「好かれたい」「嫌われたくない」というある種の緊張感が、その最たるものだということ。それがあるからこそ気遣いや思いやりが生まれるし、欠けてしまったところも受け取る側がカバーできる。

 交際から後への距離感の変化を乗り越えられたとしても、結婚前と後ではまた違ってくる可能性は大いにある。それは交際という口約束とは異なり、婚約というもの法的拘束力を持つからだ。

 これが安心感がもたらす負の側面。乗り越えるには所謂「親しき仲にも礼儀あり」という先人の智慧を、片時も忘れないよう脳裏に焼き付けておくこと。しかない。

義務

 さっきの安心感に比べればこちらはシンプルもので、「この人を幸せにしなければならない」とより強く思うことができれば、そのおかげで仕事モチベーション向上に繋がる良い面がある。

 その代わりに、義務感という言葉強制的な印象を持ってしまうと一気に嫌悪感を覚えてしまうことが大いにある。

 人間は何でも強制されるものが嫌いだ。「好きだった物事も、強制されると嫌になる」なんてのは世の中にありふれた陳腐言葉だが、それだけ多くの人に当てはまってしまう内容でもあるということだ。

子どもを産み育てることがスムーズになる

 できちゃった婚、なんてのが存在することからも分かるように、一般的に真っ当に子どもを育てようとしたらその両親は夫婦であることが望ましい。

 とされている、と言った方が正しいのかもしれないけど。

 まあともかく、「子ども作るなら結婚するでしょ」「子どもできたなら結婚するでしょ」という発想が当然という世の中であるということ。それが⑵の文意から必然的にここで議論を進めるのは、子どもを作る・子どもがいることによるメリットデメリットになる。

 子どもが家庭の中で担う役割はやはり二つあると思っていて、一つは①家族の一員としての役割、もう一つは②夫婦の間に生まれ子どもとしての役割、というこの二つ。

家族の一員としての役割

 これはやはり一般的幸せとされていること。「家庭を持つことが全人類の夢」とでも言わんばかりの勢いで押し付けられがちな価値観だけど、確かにそれも一理ある。

 正常に機能している家族であれば、そこに帰属する幾人かの繋がりはとても強くて、無条件に愛し愛され、外敵から攻撃から守ってくれる居場所になるはずだ。そこに血縁関係が有るか無いかなんてそこまで重要問題ではないとも思う。これが家族であることの幸せ

 ただ、現実問題そのように理想的機能している家族は少ない。と思う。そんなことないのか?いや、きっとそうだと思う。そうだと思いたい。良いな、と思う家族は知り合いの中でも一握りだし、実際SNSなんかでも家族に対する愚痴ばかり流れてくる世界

 そして自分が育った環境もあまり良いものとは言えなかった。育児放棄だったりアルコール中毒者による虐待だったり、そんなような何か明らかに大きな問題を抱えていた訳ではないけれど、家族であることの決定的な意義でとなる、愛されているという実感や安心感自己肯定感を育む教育、そんなものを一切享受することはできなかった。

 それに、世間一般家族における父親に対する風当たりというのは、相当に強いものがある。自分父親が大嫌いだし、母も姉も、だ。家族から愛されている父親なんてパーセンテージでみたらほんのわずかだろう。

 ほとんどの家族で見られる構図として、まず夫婦仲は良くない。子どもたちはずっと面倒を見てくれている母の味方につき、母を攻撃する存在である父を敵とみなす。ありふれた構図だ。

 それだけならまだいいのだが、何故か、いくら育児に協力的であっても、家事をこなしていても、父親というもの基本的孤立するようにできているらしい。悲しい習性だけど。

 世の母親が「腹を痛めて子どもを産んでよかった」と答えるのは、そういうことだと思う。そこに綺麗なものは何もない。

 もし自分父親になったら、と考える。先述のように「愛されたい」という欲求を家庭で満たされることなく育ったがため、自分はこうも恋愛依存的になってしまったのだと確信している。他にその欲求をぶつける対象として友人や集団帰属などの手もあったにはあったんだろうが、自分にはそのどちらも受け入れられなかった。

 まあともかくそうやって、ようやく見つけた「自分を愛してくれる人、肯定してくれる人、守ってくれる人」と結婚したとして、その人との間に子どもができれば、それがまた全て奪われて無に帰してしまう。

 子どもにとっては母である自分パートナーを奪われ、挙句の果てに家庭という場所から孤立する。そうなるとまた生まれ育った悪夢のような家族に逆戻りだ。それを恐れている。

夫婦の間に生まれ子どもとしての役割

 「子は鎹」という言葉がある。

 こんなクソみたいな言葉はこの世にないってぐらいクソみたいな言葉だと思う。鎹がなければ離れてしまうような関係人間と一緒に過ごさざるを得ない上に、それに子どもを付き合わせるなんて最悪だ。

 けれど皮肉なことに、その離れる原因はほとんどが子どもだったりもする。

 子どもができることによって夫婦関係は父母という関係にもなって、彼氏彼女、夫と妻、という1:1の関係性ではなくなる。その変化の中で上手く2人の間を擦り寄せていかないと、育児教育家計問題でやっかみ合うようになり、関係悪化する一方だ。そうして子どもが原因で離れていった2人を、繋ぎ止めるのもまた子どもなのである

 これを果たして幸せと呼ぶことができるのか。

 …とまあ、長々と書いたけど今の自分で考えが及ぶ範囲はこれぐらいだ。

 あとはもっと歳をとったり、独り身になったり、自分結婚してみたりして見えてくるものもあるのだろうなとも思う。それはその時にならないとわからないし、とにかく今はこう考えている。

 という記録。

2021-06-10

anond:20210610122217

1980年代、まだまだドカタとホームレスがいっぱいいたころ、音大生や美大生は差別されていた。

お金いるから、と。

1990年代になると、その風説は綺麗に消えた。

それは「お金いるから」と放言していた階層の子供が国公立を落とし、私大しかからないケースが相次いだからだ。

音大生と私大生のおこづかいの額が完全に逆転したのもこのころである

大衆謝罪しない。

2021-06-09

anond:20210609104021

そうだな、今一番ジェンダー的にもエイジズム的にも差別されていて大っぴらに全力で誹謗中傷しても問題視されない底辺階層である「50歳男性」を例に出したのはよくなかったな。

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