「ディスコミュニケーション」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ディスコミュニケーションとは

2018-04-03

春一番戯言

ひとりごとみたいな文章を読んでもらえれば自分気持ちをわかってもらえるのかな。

対話したい気持ち、その人を知りたい気持ち人一倍あるし

相手のことの気持ちを読み取ったりすることには長けている方だと思うけど

自分気持ちが掴みにくくてうまく説明もできないから疲れてしま

ディスコミュニケーション引き起こしてるのはわたしな気がする

2018-03-31

あれがアニメ化するならこれもしてほしい…!

ってこと最近ありませんか?

昔にやってて完結したアニメ、昔アニメやったけど残念な出来だったアニメ原作が途中だったか中途半端に終わったアニメ、連載は長かったけどアニメ化せず終わった作品

等々考えたらキリがないと思いますが、せっかくのアニメ化が流行ってる今、夢をここに書いてみてくれませんか?


私の夢リスト

テニプリ初期リメイク

パンプキン・シザーズのカルッセル

あしたの今日子さん

うみねこのなく頃に散

ディスコミュニケーション

カゲロウデイズなんとかしたやつ

明日のナージャ(グッズだけでも)

あたしンち

P2

AngelBeatsなんとかしたやつ

ミスターフルスイング

王蘭高校ホスト部

現代魔女図鑑

腐女子のつづ井さん

独身OLの全て

BLACK CAT

エマ

バッカーノ!

ソウルイーター(声…)

ARIA

カブトボーグ

こうやって書き出して見ると、かなり無理そうだな…

2018-02-27

お前らは「降りまーす!」の一言すら言えないわけ?

多少混んでる電車には何度も乗ったことはあるが、中央線ラッシュピークには初めて乗ったわ。

降りる連中の殺気立ってることといったらなかった。

それにどの駅でも、「そこで立ってるお前が悪い」くらいの勢いで明らかに押しのける意図を持って押してくるやつばっかり。降車駅じゃなくてもちゃんと一旦降りるっつーの。落ち着いて順序よくやりゃいいのに押しのけ戦争かってくらい。

そして極めつけは、一旦降車客が落ち着いたかな、と言うときに奥から無言ですげえ不愉快そうな顔で明らかに邪魔だよ!どけ!」って顔して降りてくるやつ。

あのさぁ、降りまーす、の一声すらかけられないの?

お前ら満員電車ディスコミュニケーションし過ぎじゃね?

まあ鉄道会社オペレーションにも問題あるかもしらんけど、

俺に言わせりゃ乗客のお前らの人の心を失ったような般若ヅラの方がよっぽど問題だと思ったわ。


(ここから追記)

意外にバズったな

一つだけ

「降車駅じゃなくてもちゃんと一旦降りるっつーの」

と書いてるのに、

俺がドア横キーマンかの如く絶対動かないマン勝手想像して叩いてるヤツは見苦しすぎるな、とだけ

2018-01-26

今日日常が見出だせないので湯沸かして湯たんぽコタツに入れて寝ます

ディスコミュニケーションご馳走さまでした

2018-01-13

コミティアに来る編集者しんどい

はじめに謝るけど私は文章が上手くない。

自分の心の整理としてここに書いておきたいだけなので、誰かにマウントとるつもりも全くないし、自分特別人間だなんて思ったこともない。

小学校から大学に至るまでいじめられたことばかりだし、人の輪に入って気さくに話すこともできない、人間落ちこぼれだと思う。自分のことをずっと人間落ちこぼれだと思ってきたから、誰かを見下すなんてこと考えたことない。自分いちばん下で、いつも輪の外で、入る勇気もなく、馴染む努力もしない、できそこないだから、当然だ。

…こういうことを書くと、アスペっぽい、とかコメントがつくのかな。顔の見えない他人なら、なんでも言えるその強さも私にはないので、すごいなと思う。でもはてな匿名からコメント自由にやってもらっていい、私も匿名で書いてるんだからしょうがない。

コミティア出会ったのは数年前のことだ。

絵を描くのは昔からずっと好きだったから続けていたけど、それで漫画を描くのはちょっとやってみたことがなかった。

二次創作ですこしばかしのページ数の漫画もどきみたいなものを描いたことはあったけど、最初からオリジナルキャラクターを考えて、ストーリーを考えて、なんてことが自分でできるなんて考えたこともなかった。

あるとき地元創作漫画イベントがあると聞いて友人と行ってみた。

すごくいいイベントだと思った。みんなが好きな作品を描いて発表して、漫画好きな人しかいない空間、本当にすごいと思った。自分にもできるだろうかと思った。あの中で、漫画を描いて、売って、誰かと繋がることができるだろうかと。

一番最初漫画を描いたのはわりとすぐで、直近のコミティアに申し込んで、サークル参加をした。最初同人誌は25部刷って、完売だった。

冊数はどうでもよかった、完売たことすらもどうでもいいことだった。

ただ私の、私が部屋の隅で、人の輪の外で、そこに憧れながら、自分脳内だけで繰り広げてきた理想物語が、たぶんみじめな妄想が、かたちになって、かたちになったら誰かが買ってくれて、読んでくれて、それだけがしかった。

はじめて誰かとコミュニケーションを取れた気がした。

多分はじめて誰かに自分の思っていることを正確に伝えられた気がしたのだ。

それだけがひたすらに嬉しかった。

何回か参加しているうちに、同人誌を読んで、感想を呟いてくれたり、メールをよこしたりしてくれる人もできた。有り難くて涙が出た。

コミティアに参加して、同人誌を出して、誰かに手渡す瞬間だけ、人間コミュニケーションを取れている気がした。まっとうなコミュニケーションを、できている気がして、本当に息がしやすかった。多分私にはこれしか自分の考えを表せる手段がないのだと思った。それくらい、本当に楽しかったし、幸せだったし、コミティアという場所があることに死ぬほど感謝した。

そのうちに、編集者を名乗る人からメールが来るようになった。

スペースにも、編集者だと名乗る人や、委託の人が来るようになって、自己紹介だけして去る人もいれば、スペースに居座ってひたすら喋り続ける人もいた。

一度、「漫画の描き方を教えてあげる」と言われたこともある。どうして描いたことのない人がそんなことを自信満々に言えるのだろう、と思ったし、そもそも私の友達でも知り合いでも師でもない人に、なぜそんなことをされなきゃいけないんだろうと思った。

不思議に思ったけど、声をかけてくれたやさしそうな編集者の人に、ネームを送ってみることにした。

今思えば、ちょっと卑しい期待もあったんじゃないかなと思う。もしかしたら漫画家になれるかも、とか。それは本来目的ではなかったはずなのに、たぶんそこで道を見誤った。

これは今見返すとそりゃ通らないな、と思える未熟なものなのだけど、その時は一ヶ月くらいかけて100pちょっとネームを送った。その時は当然、通らなかった。

そこまでは別にいい、未熟なもの掲載する訳にはいかない。

そのあと、小さい賞をとったり、読み切りをいくつか載せてもらったりして、お金をもらうこともできたから、編集者の人と知り合ったのはよかったこともあった。

でも、編集者の人はプロになることが、単行本を出すことが、連載をすることが、正解だといつも話す。漫画を描いていると言うと、漫画家が将来の夢なんだねと言われる。

でもそうじゃない、そうじゃなくて、ちがうのだ。私はコミュニケーションがしたいのだ。誰かと繋がるために同人をやってるのだ。

雑誌に載って漫画家になることが目的なんじゃなくて、雑誌に載って、もうすこし知名度があがれば(これは雑誌の大きなメリットだと思う、というよりこれ以外にお金以外でメリットなんてない)同人誌を買ってくれる人も増えて、もっとたくさんの人と繋がる体験ができるんじゃないかと思ってやってるのだ。要するにずっと手渡しをしていたい人なんだな、私は。

でも、悲しいことに新人漫画なんて、ろくに宣伝もされない。公式SNSアカウントですら、宣伝されないから、まったく意味がない。出すメリットなんてなにもない。宣伝する仕事をしないなら、出版社になんの利用価値があるんだろう。あのアカウントなんのためにあるんですか?私にはわからない。

それなのに、連載を連載をとせっつく。うるさい。その間にもコミティアで会った編集者からメールが来る。連載か単行本に興味はありませんか、無いよ。無いんだよ。わかれよ。そのふたつがあれば、誰でもホイホイ描くと思うなよ。それは、それはとても失礼だ。

絵が多少描けて、それなりに話が構成できれば、そういう話はいくらでも来る。

きっと育てる必要がないからだと思う。怠慢だよね。

でも、ゆっくり育てなきゃ、みんな枯れちゃうよと思う。せっつかれて描いて、何度も没にされて、絵が下手だって言われて、画力あげましょうねって言われたりする、そして描いた漫画楽しいだろうか。編集者の人ってどの立場からものが言えるんだろう。なにか契約を交わしたわけじゃないのに、彼らは妙に…偉そうだ。うん、えらそうだ。不思議な人たちだ。関わりたくない。そう思うようになってしまった。

漫画否定されることは、自分の子どもをぶたれるような気持ちなんじゃないかと思う。

もちろん、私に子どもはいいから、これは比喩だし、実際に子どもがいたらたぶん子どもがぶたれたほうが腹が立つと思う。

でも、漫画子どもに例えた時、私の描く漫画は何才くらいだろうかと思う。きっと、4才とか、それくらいなんじゃないかな。まだ幼稚園児だ。編集者に何を言われても、きっと意味がわからなくてぽけっとしてるんだろう。まだ育ちきっていない子どもに、難しい言葉を投げつけて、ひたすら否定して、殴り続けたら、子どもは正しい行いをするようになるだろうか。

これは極論だし、比喩にしても行き過ぎているから、ちょっと微妙かな。でも似たような気持ちで、私は私の子どもが訳もわからずぶたれているのを見ている。かわいそう。私の技術が育っていないばかりに、そういう扱いを受ける。しかも身内でもなんでもない他人から。私の責任だろう。私が未熟だからだ。私のせいだ。

そう思って、漫画を描く足が止まった。私のせいで、私の漫画が愛されない。ゆっくり育つことも許されない。なら描くのをやめた方がいい。そう、思うようになった。

でも、まぁ、結局、描くのはやめられなかった。

から今も描いているし、読み切りも載る。相変わらず宣伝はされない。期待されてないってことだと言う人も居ると思うし、私もそう思う。でもお金はもらえるし、宣伝はされないけど読んだ人は同人誌を買ってくれたりするから描いている。

で、結局何を言いたいかって言うと、コミティアに参加している人全員が全員、漫画家になりたくて漫画を描いているわけじゃないってことを、編集者には理解してほしいということだ。

人の数だけ漫画があるように、人の数だけ、その人が漫画を描く理由がある。

漫画を描くとき衝動は悲しみだったり、怒りだったり、嬉しさだったり、さみしさだったり、お金がほしいってことだったり、有名になりたいってことだったりするのかもしれないけど、それぞれの理由があって、みんなこんなことをやっている。

どうしようもない衝動がなければ、こんなことはしないし(だってかなりめんどくさい作業だ、同人誌を作ると言うのは)、続けようとも思わない。

私に、他人と繋がりたいという理由があったように、他の人にもいろんな理由があるだろう、と思う。

編集者は、そこを理解するとことからはじめなくてはいけないのではないのだろうか、と思うのだ。

というか、これは私の願いだ。そこを理解してほしい。いろんな理由があってやっている。そこをわかってくれないと、私たちは繋がれない。ずっとディスコミュニケーションのままだ。プロになれる、ということだけを目的にしたままで、走り続けられる人間と、そうでない人間がいる。

そうでない人間の描く作品には、価値はないだろうか?そうじゃないと私は思う。

だって漫画小説や、作品を作る能力がある。衝動があれば、誰だってなんだって作れる。そしてきっと、違う誰かに届いて、その人を震わせることもできると思う。誰のどんな作品にも、その可能性は必ずある。

それを信じることから、信じて育てることから、始めてほしいと思う。

切に願う。最近は、没にされ続けて描くことをやめた人が多すぎる。

コミティアに参加する。コミティアはいろんな作品を受け止めるでっかい大皿だ。

間違いなく最高の場所だと言える。神格化しすぎて気持ちいかな、でもごめん、私は死ぬほど好きな場所なんだ。

そこに来て、編集者として、仕事をする。それはいい。

でも一度、趣味で描いている人たちばかりの空間で、仕事をするということについて考えてみてほしい。

雑誌にも、単行本にも、夢のない時代で、どうメリット提示するのか。そろそろ考えるべき時なんじゃないだろうか。もちろん、考えてる人もいるんだろうけど、私はまだ出会ってないので。潰しにきたんじゃないのなら、個人個人尊重して仕事をしてくれ。お願いだから

タイトル、「コミティアに来る編集者しんどい」にしてしまったけど。

いやでも、編集者悪口を言いたいわけじゃなくて(十分悪口になってしまった気もするんだけど)、自分思考整理というか、そういうあれなので…支離滅裂文章になってしまって申し訳ない。やたら長くなったし。やっぱり文章書ける人はすごいな。私には、やっぱり漫画の方が合うんだろう。



















●追記

なんだか、考えていたよりも反響があって、驚きました。

みなさんのコメントひとつひとつ、読ませていただいています

自分の考えを整理して、せめて落ち着いて生きていきたいと思って書いただけの文でしたが、これに対して、さまざまな立場の方が自分の考えを話してくれていて、いろんな考え方を知ることができてとても興味深く、嬉しく思いました。

私の考え方はきっと私なりに歪んでいますし、これが正解という考え方は無いのだと思います。だから、こういう場で、さまざまな考え方に触れられたことは本当に有り難かったですし、私の文は置いておいて、いろんな立場の人が自分経験を話してくれたことに価値があったと思うので、とても良い機会に巡り合ったなと感じています

ありがとうございました。











ここからは本当に蛇足な私なりの結論なので、読まない方がいいかもしれないです。

人によっては不快に感じる人もいると思うので、嫌な人は読まないことをおすすめします。



いろんな方の意見を読んで、よくよく考えてみたのですが、いや、ちょっとこれは正直情けないし自分でも厚顔無恥…!という感じなのですが、本腰を入れて、編集者と向き合ってみようと思いました。

同人は私の大好きなことなので、それはちゃんと続けたままで、でも商業でも、よく思い出してみたら、ツイッター読み切り感想を呟いてくれた人がいたり、コミティアでスペースに来てくれた時に感想を言ってくれたりしたことがありました。

それに、担当編集者も、いつも「今回の読み切りもいいですね」みたいに言ってくれていました。

私はもうすっかり人間不信になっていたので、「なんであんな大したものでもない作品にこんなこと言ってくれるんだろう、リップサービスかな、別にそんなのいいのに」と思って、話半分に聞いていましたが、これ、すごく読者の人に失礼だと思いました。一番最初の読者である担当にも失礼ですね。失礼…失礼すぎますね。もう最悪だと思います

同人は私のやりたいことのメインではありますが、商業でも確かに他人と繋がることはできていて、それはないがしろにしていいことではないのだと思い直しました。

私は漫画を描きます。それは同人でも商業でも変わらないことです。

私は誰かに向けて描くことをやめないし、たぶんやめられないし、それはどの場所でも変えなくていいことだと思えるようになりました。プロ意識?とかよくわからないので、そういうのはとりあえず一旦おいておきます

煩わしい色々なもの抜きで、シンプルに、とりあえず漫画を描きます。楽しく。自分のペースで。「なんだ、いろいろ書いておいてこんな結論かよ」と思う方もいると思いますが、こんな単純なことに気付くまで、時間がかかるやつもいるんです。

世界にいろんな人がいるように、コミティアにもいろんな人がいて、私みたいにごちゃごちゃ悩んで愚痴って立ち止まってるやつもいて、それがたぶん、この世界面白いところなので。

まずは私も編集者という他者への理解と、そして尊重を。お互いの目的を擦り合わせる努力を。これは私個人反省として。自分がしてもらう前に、自分がしてみようと、そう思いました。

それじゃあキーボードペンに持ち替えて、まずはネームから

…と思ったけど、担当編集者メールしてみようかな。これを読んでたりするんだろうか…。それはかなり、恥ずかしいな。

2017-10-28

anond:20171028180256

一度、病院で「ADHD」の診断を受けてみることをお勧めいたします。

以前、ADHDの方との会話で気付いたこととして、論理展開連続性がないことでした。

 

コワイって言った元増田です

あなたにとって、

  • 「怖い」という感情はどこから出てきているのか?
  • 怖いと感じる原因は何か?

具体的に説明できますか?

少なくとも上記の記述は、曖昧で具体性が欠けています

説明としては不十分で、この延長線上には、実生活でのディスコミュニケーション齟齬)が多いのでは?と予想されます

しかしたら、このような文章は、上から目線に感じるかもしれませんが、心配した以外の他意はないです。

 

怖いとは?

怖い/恐い(こわい)の意味 - goo国語辞書 https://dictionary.goo.ne.jp/jn/83114/meaning/m0u/

[形]

1 それに近づくと危害を加えられそうで不安である自分にとってよくないことが起こりそうで、近づきたくない。

2 悪い結果がでるのではないか不安で避けたい気持ちである

不思議能力がありそうで、不気味である

類語 恐ろしい

「こわい」という日本語には、対象相手に対する嫌悪感が含まれています

まり、「こわい」⊆「嫌い」、ということですね。

  • 「おまえがこわい」→だから「おまえが好き」とはなりません。
  • 「おまえがこわい」→だから「おまえが嫌い」となります

他者への嫌悪の表明=イジメ心理共通

いじめっ子が誰かをいじめとき、具体的な理由もなくいじめ場合がありますね?

理由確認すると「ムカつくから」とか「嫌いだから」などと言う場合があります

それと同じレベル説明しかできない低脳であることを、あなた自身自覚されているでしょうか?

 

言葉が使えない動物程度の知性しかない、と指摘したのは、あなた説明能力が低く、語彙・理路ともに不十分だったからです。

でも、あなたがまだ学生社会に出る前なら、軌道修正する時間があるでしょう。

からでも遅くないから、知性を向上できるように、勉強読書に励まれコミュニケーションエラーがなくなるように頑張ってください。

そうしたら、自分意思を堂々と表現できるようになり、他人をこわいと思ってビビることがなくなるでしょう。

 

現場からは以上ですw

2017-06-30

https://anond.hatelabo.jp/20170629233200

あのさ、

飛行機はまだ公共交通機関としては半人前です」とかやると、この法を逃れることになるからそれはいかん

なんて私言ってないよ。

そもそも、「まだ半人前」=進化する可能性がある状態断罪しちゃったら、受け入れる側も、進化の仕方も分からない、そこにはディスコミュニケーションしか残らないのがイヤだと言ってるんだ私は。

まさに木島氏が行ったコミュニケーション方法ディスコミュニケーションしか行きついていないように、増田のこの解釈も、行きつく先はディスコミュニケーションになってしまうよね。

増田が分かってないのは法律だけじゃないね。悪いのは表現だけじゃなくて、仕組みの考え方自体が下手なんじゃないか

2017-06-29

乙武にとっては、どうせ俺燃えてるし今火の粉が上がってるところに突っ込んでくと復帰できっぞ

ぐらいのもんに見える。

これはバリアフリー問題ではあるが、同時にディスコミュニケーション問題でもあって

健常-障がい、という横軸だけでなく、富-貧、という縦軸が隠れている。

これがJALANAだったら一方的航空会社フルボッコだったろうが、格安航空会社だったか障がい者側に辛い世評も少なくないわけで。

乙さんおよび当該車椅子氏は後者問題には足を踏み入れない。まー、偽善者だね。という感じ。

2017-06-15

https://anond.hatelabo.jp/20170615234110

ディスコミュニケーションでは人類は滅びんさ、それすらも乗り越えていくだろう。

言葉意味を失っても、心を通わせればいい。

文明ものに見境なく名前概念を与える営みを辞められないので、それまでグラデーションをもって受容されていたものはどんどん二値化・離散化される

いつしか文明を通して見た世界スカスカになってしまい、その中で何も分からなくなった人類ディスコミュニケーションを起こして滅亡する

2017-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20170527191841

八木ナガハル

ハードSF同人作家世界観の繋がった短編作品を多数発表しており、どの作品センス・オブ・ワンダーを持っている。

SFC特異昆虫群」などWEB公開されている作品も。

 

kashmir

「てるみな」とかの人。異界電車旅行記という新たなジャンルを切り開いている。

作者は普通萌え4コマっぽい作品も描いているがそちらは微妙

 

植芝理一

謎の彼女X」「ディスコミュニケーション」とかの人。

人を好きになるってなんだろうという、宗教の原形質のようなものを掘り下げていった結果、変態にたどり着いた作家

 

・たばよう

宇宙怪人みずきちゃん」とかの人。この作者にしか出せない狂気にせまる味がある作品を描く。

阿部共実型の天才

2017-05-03

他人の言う「本を読め」の真意がようやくわかった

大事ってことか!

気づくのに20年以上かかったわ

ちゃんとそう言えや!ディスコミュニケーションやんけ!

2017-02-19

不安自己成就

「頭を撫でながらヨチヨチと言われるのが嫌、頭を撫でられるのは好きだけど」という人がいて(撫でているのは私ではない)、まあそれは相手にそう伝えればよいことだし、そもそもその意図は多様でありうる(自分がそうされると嬉しいから、いつも自分が甘えているからたまに甘えさせることに補償的な意味見出している、etc)と言っていたら、どうやらそこに権力性を感じるのが嫌だと言っているようなのだ。「またそんな権力発見ゲームして馬鹿じゃないか」と思いながら、「ヨチヨチと言う」という行為と「頭を撫でる」という行為は根源的に甘えと結びついた行為なので、参照先としての類似行為権力性と、そのイミテーションとして甘えを許すという愛情表現意味を帯びた行為という関係で、その2つの行為は似たようなものなので、より元ネタが分かりやすい方に違和感を覚えているだけに過ぎない、と指摘しようとしたらキレられた。

「甘えたいけどこれはよくてこれはだめ、なんていくらでもあるじゃん」とか言っている。そりゃそうだ。だから、なんであなたが「ヨチヨチ」だけに拒否反応を示すのかを一緒に探ろうとしているんじゃないか、と呆れる。次いで「その2つの行為は似たようなものなので、より分かりやすい方に違和感を覚えているだけに過ぎない」としたら何が悪いのかとキレたので、そこに愛情表現でなく参照先の権力表現を読み取るのは権力発見ゲームに毒されすぎてるためなので、その宗教から足洗った方が幸せになれるの明白なのにね、と思いながら、また喧嘩になると思って言葉を飲み込んで「おやすみ」って言っておいた。

マルクスとかも読む価値あるし、フーコーとかもちろん素晴らしいし、日常の隠れた権力性に気付くのは社会記述しなおしたり、よりよくしたりするのに役立つとは思う。でも、そういうのちゃんと読めない人が自分の頭で考えずに雰囲気フェミとかやると「権力発見ゲーム」みたいな陥穽にハマるんかね。そんなゲーム小学生まででしょ、って思ってしまう。例のAAを思い浮かべながら。フェミニズム研究のものには私は価値を感じているのだが、市井のソレは真似事でしかないことが多い。

権力というのはコミュニケーションから、受ける側が無頓着なら効果は発現しない。魚に向かって「俺は王だ!従え!」と言っても従わないのと同じ。無駄に「権力発見ゲーム」に興じることが、ありもしなかった権力を発現させ(頭を撫でた男は別に支配がどうのと思ってヨチヨチと言いながら撫でたわけではないだろう、ここで「意図問題じゃない、効果問題だ」というのは耳ダコなんだけど、どうしても自分がそういう受け取り方をしてしまうなら、冒頭のように「まあそれは相手にそう伝えればよいこと」とするしかないし、そもそもそう受け取るのがディスコミュニケーションの始まりなので、不幸を自ら生み出しているだけなのだ自分不快感を生み出す根源だと思うんだけど、どうなんでしょう。個々個別コミュニケーションじゃなくマスメディアからの発信とかだと、自分がどう受け取るかに関わらず、他のみんなにどう受け取られるかという分布がその意味規定してしまうので(そこはそう簡単操作できない。ブログ炎上させて意味規定するとかはあるけど)、その規定された権力性をロジカル批判することで対抗するのに意味はあるけれど。それをロジックではなく数の力でやろうとしたり弱者こそが守られるべきだみたいな道徳でやろうとすると、これまたどうなるかはいわずもがなですな。

何も言わなければ大丈夫なのに「私は研究者としてやっていけない」とツイッター上で言いすぎるために「この人研究者としてダメなんじゃないか」と思われやすくなってしまっている人とか、「私のこと好き?どこが好き?」とか不安でしつこく聞いちゃうために嫌われちゃう人とか、¬Xという不安行為として表現することでXが減衰するという行為はしばしば観察される。それはロジカルに指摘しても本人の不安は癒されないので、(理由なき肯定感を与えるために)「肉を食べに誘うのが良い」というのが昔出した結論だったのだけど、まあ離れてしまってそうもいかなくなったら、「おやすみ」って言うしかなくなってしまった。睡眠大事からね。

身の回りにこういう人がいる時、みんなどうしてるんですかね。適当に「ヨチヨチ、権力性に気付いていい子ですねー」(もちろんメタファーですよ、もっとオブラートにぐるぐるにくるみますけど)って言うしかないんですかね。おやすみ

2017-01-21

http://anond.hatelabo.jp/20170121191428

もう人類生理個別的詳細をオープンにしていく時代に来てると思うんだよね

女性同士ですら「察し」のディスコミュニケーション起きちゃってるならなおさら

2017-01-15

http://anond.hatelabo.jp/20170115102803

自発的ディスコミュニケーション引き起こしていながら

恐怖が成就されてしまった途端「完全無欠の被抑圧者」へと豹変して旦那子供と周囲に呪詛をばらまくのが目に見えてて怖い

問い詰めるといくらでも情報小出しにしていかに打ち明けられないかを力説に力説を重ねたうえしまいにはなんで離婚してないのか不思議な状況になるだろうけど

ちゃんとコミュニケーション取ったほうがいいよ

2017-01-07

「ことばが通じない」人は本当にいるのか

最近つくづく思うけど、サンタクロースっているよね」について、もうすでに散々書き散らされているだろうとは思いますが。

この「サンタクロースっているよね」の意味が、私にはわかりませんでした。

私自身「言葉文脈的意味」を理解していない自覚は大いにあります

たとえば、『カンターヴィルの幽霊』という話があって、高校時代、これが英語で書かれているのを日本語に訳して読みましょうみたいな課題があったんです。

詳しくはググってくださいという感じですが、この話のラストは「彼女赤面した。」というような一文で終わります

その前は、「僕たちの子どもに聞かせたいよね」みたいな男性台詞です。

私はここでなぜ女性赤面したのかがいくら考えても全くわからず、意欲的な姿勢を示すために英語先生質問に行こうかと思っていたくらいです。

(この男性女性関係を、私は「お似合いだけどカップル未満のふたり」と解釈していたのですが、調べたところ、すでに夫婦になっていたようで、このあたりの勘違いも大きく影響したと思います。)

数年後に、ものすごくかいつまんで言ってしまえば「セックスしよう」って意味だったんだなということに唐突に思い至り、感動のあまりわざわざ母に報告してしまいました。

先生質問に行かなくて本当によかったと思いました。

で、これを読んで私のことを「バカだな」と思っていただいても構いませんが。

言葉文脈的意味」を理解していないからといって、「ことばが通じない人」扱いしてしまうのはいかがなものかと思います

言葉文脈的意味」を理解していないのは『言葉文脈的意味」を理解していない』のであって、「ことばが通じない」わけではありませんよね。

件の方のツイートではほかにも「ことばが通じない」例が挙げられていますが、それらも、たとえば、「語彙が豊富でない」とか「言葉意味をはき違えている」のであって、「ことばが通じない」わけではありませんよね。

「ことばが通じない」のではなく「コミュニケーションが成立していない」のです。

それも、『「最近つくづく思うけど、サンタクロースっているよね」というような言い回しをするAさんの望む』コミュニケーションが成立していないだけです。

このようなディスコミュニケーションの場面で、相手に対して「この人ことば通じないな」と思ってしまうのは、あんまりではないでしょうか。

もっと言えば、「自分意図したように自分発言が伝わらなかったこと」を、「この人ことば通じないな」にすり替えて片づけてしまうことに、それをいかにも「ことば」に詳しいですみたいな方が「こういう人はことばが通じないから仕方がないのです、こういう人には近づかないようにしましょう」と推奨してしまうことに、恐れを感じています

まあ、私も「ことばが通じない」の「文脈的意味」を理解していないということで「ことば通じないな」で片づけられてしまうのでしょうけど。

2016-12-20

ジェンダー話題出すけど

僕が男として女と接してるとたいてい女って思ってもないことを口にするもんだから、「女のいうことなんて話半分に聞いておけ」ぐらいのノリでいると真面目に全部受け取るより断然円滑に進むんだよね。

じゃぁ女が男より劣っているかっていうと、男も女の前では思ってもいないことを口にするもんだから、女には「男のいうことなんて半分も信用しちゃダメだと思う」ってアドバイスすべきなわけで。

じゃぁお互い異性のいうことを話半分に聞いてまともに取り合わなければうまくいくわけだけど、それってただのディスコミュニケーションじゃないですか?

(追記)別に日常会話ならそれで問題生じないんですが、ネット政治の話してる時も同じノリだから見てらんないよね。いかにも運動家です!って感じの人でもそんなんだし。そりゃあネット政治の話するのなんて床屋トーク以上の価値はないって言ってしまえばそれまでだけれど、それじゃあ有象無象ツイッター政治アカウント存在価値全部否定してしまうじゃない……。

2016-12-12

荒らし依頼サイトがあった昔のインターネット

かつて、個人サイトBBSは、基本荒らされているものだった。

なにせ多くの掲示板スクリプトが、ろくな荒らし対策をしていなかった。

排他制御flockだった。過負荷がかかると掲示板データが壊れていた。

HTMLタグエスケープには漏れがあった。JavaScriptだろうがCSSだろうが埋め込み放題だった。

タグが使えればもう後はブラクラを貼るなりグロ画像を貼るなり文字を全て巨大にするなり好き放題だった

そうやって荒らされた掲示板は見るも無残だった。

昔のインターネットはよかったなどと言う人は、荒らし依頼サイトを見たことがないに違いない。

あの悪意だけで、何の正義感もなく、単に依頼されたからというだけで荒らしに行く連中を。

「ここの管理人がこのサイト馬鹿にしてました!」と一言書かれるだけで報復にいく連中を。

単にツールを流すだけなので、荒らす方にもなんの労力もない。掲示板機能不全にすることはたやすかった。

そうやって荒らされた掲示板の末路を見たこともないに違いない。

数日そうやって荒らされただけで、掲示板にあったコミュニティ簡単破綻する。

管理人だって対応する余裕はない。なにせインターネットは従量課金だし、Googleがないからググれない。

よくある管理人が半隠居状態で、常連だけで回していた掲示板だったらなおのことだ。

そんな災害のようなできごとだけで雲散霧消するコミュニティだらけだった。

個人サイトだってちょっとでもアングラに関わればそういう災害に巻き込まれることがあった。

それが昔のインターネットの一面だった。

正義感燃えている今とは違う、また別のディスコミュニケーションによる恐怖があった。

昔のインターネットはよかったなんて、俺にはとても言えない。

2016-10-20

恋愛における選ばれる側への羨望

女性が選ばれる側というのは、自分でも少し違うかなと思う。

私は男性だが女性から選ばれてばかりで、自分で選ぶということをしていなかった。

からまあ性別関係なしに“選ばれる側”の話にしてしまってもかまわないのだけど、

ただ一般的ジェンダーロールとして女性が選ばれる側であるという考えが強いと思うし

選ばれる側の男性というのは一般的に“男らしくない”といわれるだろう。

からここではそれらを合わせて“女の子”とする。選ばれるのを前提として活動する人間のことである


さて、女の子は私が選ばれるという論理で動いているから、

それ以外の人間と比べて選ぶ人たちへの評価が厳しい。

女の子がよく言う「言い寄ってくる男は理想の人じゃない」というあれである

選別をするなとは言わない。

しかし、言い寄られるのだから理想の人じゃなくて当然である

「ちょろっと付き合ったけどダメだったわ」じゃだめで、

相手がどういう行動によって愛を伝えようとしているか

というのをしっかり考えつつ“受け取る”というのが肝心なのだ

だけれど女の子はそれをしない。

なぜなら選ばれる側だ、と自認しているから、次があると思っている。


また、女の子男性的な役割相手要求することが多い。

何故なら、女の子は選ばれる側だと思っているので、

何かしらの基準を満たせなければ他の誰かに切り替えようと考えている。

ただ何かしらの基準というのはひどく曖昧なことが多く。

それが男らしいという、男性差別感丸出しの語句として表現される。


面倒なのが、女の子女の子のまま選ぶ側に立った時である

女の子は選ばれる側だと思っているから、自分価値ある人間なのだと思っている。

しかカタログスペックが良いと思い込んでいるから厄介だ。

惚れたが弱みにならないように、絶対自分が選ばれるだろうというところまでアピールをしだす。

それがセクハラとなろうと知ったことではない。

若しくは自分が選んだ相手を、「不細工相手告白した」だとか「童貞/処女と付き合ってあげてる」だとかいって貶す。

いやそれこそ愛情表現なのだディスコミュニケーションなのだというが、それは2者間でのみ完結しうるもので、

第3者にそれを話すということは、やっかいな考えを含んでいる。

まり普段選ばれる側の私が、『本来選ぶ側だけどカタログスペックの低い人間』を、選んでやった」ということだ。

その考えの高慢さったらないわけで。


しかし、問題なのは女の子がそいったことに無自覚なことだ。

基本的に浅慮であるし、それでいて浅慮さにも自覚がない。

何故なら、選ばれているかである


といろいろ書いたわけだけれど、先に書いた通り私も“女の子”だった時期があったので

まり、その高慢さに文句を言えないのは確かだ。

今考えると、いろいろな人を傷つけたわけで反省している。

なぜ私が“女の子から脱却しアンチ女の子”になったかというと、

いろいろな人から見放されて、自分を省みたかである死にたい

「ブスのくせに」という黒い感情とぼけ調子で誤魔化し

それでも愛を渇望した惨めな私を愛してくれた人たちに、私は感謝すらしなかった。

ゴミクズすぎて辛い。


しかし、まだ“女の子”の自分は隅っこに住んでいて女性は羨ましいと思っている。

女性ジェンダーロールのゆがみで、“女の子”でいることが許されているし、むしろ当然という勢いだ。

から彼女たちが“女の子”を脱却するのも、なんというか、悟った私は偉いという調子である

暗闇に埋もれる様子は一切ない。

それで羨ましいのだ。

三十路と付き合ったけど同居同居と必死すぎて気持ちいから連絡を絶った」だとか

処女は不慣れでホント笑えるけど、いい女にしてやろうと思ったら拒否してきて腹立つ」だとかいいつつ

「本当の愛に目覚めた」なんて調子の良いことを言ってみたいと、私のなかの“女の子”は羨んでいる。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん