はてなキーワード: 賛否両論とは
以上のような内容が、あにまんというサイトの状況を交えつつ議論されていました。
ラウダの人気の無さと、彼に関するアンチ活動の活発さが特に印象的です。
また全体としてキャラクター描写や人間関係の描き方への不満が目立つ印象でした。
以上のような内容が、水星の魔女という作品の内容や制作者の意図を中心に議論されていました。
全体として監督の考え方や作品の方向性に違和感を覚える人が多い印象でした。
以上のような内容が議論されていました。
全体としてラウダの描写や監督の価値観への違和感、作品の倫理観のぶれを指摘する意見が目立ちました。
また、コンテンツの今後の展開を懸念する声や、対立煽りを警戒する姿勢も見られました。
以上のような内容が議論されていました。
全体としてキャラクターの尺や描写の問題点を指摘する意見が目立ち、特にラウダの造形については制作側の意図と視聴者の受け取り方のズレが大きかったのではないかという分析がなされていました。
また、一部のアンチによる自演や荒らしが問題視されている様子も伺えました。
以上のような内容が議論されていました。
全体として特定の荒らしやアンチによる組織的な活動が問題視され、作品や制作側の方針についても批判的な意見が目立ちました。
先日、
オッペンハイマーという話題の映画が日本に帰る機内の新作映画にラインナップされていたので早速みてみた。
日本で賛否両論が起こりうるということで、昨年、日本での公開が見送られていた映画だ。
もっとも来週あたりようやく公開されるようだけど。
当初、配給会社が忖度して日本人向けには見せてくれなかった、となると、一体どんだけ鬼畜な内容なのか?などと、
妄想が先行していた分だけ、みた印象としては、拍子抜けとなった。
オッペンハイマー個人のパーソナリティを軸に、冷戦など彼をとりまく社会が興味深く描かれていた。
政府や社会が科学者一個人を利用し、偶像化してゆく構造的な背景をのぞかせるような映画だった。
ネタばれになるので、詳しくは書かないけど、水爆開発の反対と公職追放、このあたりの描写が映画としてはクライマックスだ。
ステレオタイプにオッペンハイマーをみれば、彼の道義心と公職追放がセットになって語られがちであるが、実際にはいろいろな経緯が絡まり合っていた。
原爆投下という途方もない人道的な問題に対して、誰かに代表させてそれらしい答えを出させようとする世間(みている観客も含めて)の空気が鏡のように反射してみえる映画だった。
この映画では終始、オッペンハイマーのパーソナリティを軸に展開していたので、その摩擦が却って浮彫にされた形だ。
そもそも歴史上の人物は、未来のことなどわかるはずないのだから、後世の人権感覚など何も知らないで生きている。
しかし、後世の進歩的な歴史観は、歴史上の人物の善意悪意をそれぞれ振り分けてして断罪・総括してしまう。ヒットラーを絶対悪にするみたいにね。
しかし、特定の個人の悪人面しかみたがらないような歴史観では、非人道的な行為の実像はみえるはずもない。
その点、本映画では、本人をよそに、後世の歴史観にとって都合の良いレッテルやらロールモデルが押し付けられてゆく、
という構造が見え隠れするという意味ではよい出来映えだったと思う。
しかし、結局のところ、一体何が日本で賛否両論を巻き起こしそうな映画なのか、分からなかった。
プロットが複雑なこともあって、一度見て全部を理解できるような映画でもない。
ただ、映画を見終わったあと、そういえばトルーマンがそれほど登場しなかったな、と自分の不満ともいえる感情がくすぶり、ふと、
でもそれって、ヒール役の邪悪なトルーマンをみてカタルシスを得たいだけだよな、と我にかえって気が付いた。
日本で賛否両論を巻き起こしそうだという忖度って、まさにこういうことだろうと思った。
忖度そのものが、原爆投下が非人道的でありその野蛮さが強調されるべきだとする歴史観に知らず知らずのうちに飲み込まれていることが想像できた。
原爆の父と呼ばれるオッペンハイマーが主人公の映画なら、ぜひ彼に原爆開発を後悔させたい、苦悩させたい、とする心情、そういう懺悔がなければカタルシスが得られないとする心情ー
そういう道徳的な片鱗を少しでも見出したいとするのは、結局のところ未来がどこに向かっているか知る由もない歴史上の人物の顔を無理やり後世の人が考える正しい方向へ振り向かせようとする努力のようなものだ。映画のなかで彼に反省させてステレオタイプなオッペンハイマー像に満足したい、というのが日本で起こりうる「賛否両論」の実像だとすれば、それこそ、オッペンハイマーに何かの役割を担わせようとする自分を反省する意味でもこの映画をみるべきだ。
映画に描かれなかった広島や長崎を強調させたいとする空気があるとすれば、皮肉にも、それこそが本映画で見てとれる構図、
歴史上の人物を自分の持っている史観に都合のいいようにヒール役にしてみたり、ヒーローにしてみたりする空気の元凶だということを再認識した。
『R-1決勝の「デモ活動」ネタが物議に 「完全に無理だった」「テレビ消した」「ブラックジョーク」など賛否両論殺到/デイリースポーツ online』へのコメント
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.daily.co.jp/gossip/2024/03/09/0017414243.shtml
2015年9月、トルコからギリシャに向かう途中で幼いシリア難民の少年が死亡した転覆事故を受け「ヨーロッパがキリスト教の国であることの証明」と題した風刺画を掲載した。
水の上に立つ男性と水面から両足だけが出ている人の絵を「キリスト教徒は水の上を歩く」「イスラム教徒の子供は沈む」と形容している。
2016年1月、ドイツで発生した難民申請者を含む外国人を主体とする集団性暴力事件を受け「アイランちゃんが成長していればどうなっていただろう?」として女性を追いかける男性の風刺画を掲載した。
アイランちゃんとは上記の転覆事故で死亡した難民の少年である。
2016年9月、イタリアで発生した死者298人の震災を受け「イタリア風地震」と題した風刺画を掲載した。
包帯を巻いた血まみれの男性、顔を火傷した女性、瓦礫に挟まれた人々の絵を「トマトソースのペンネ」「ペンネグラタン」「ラザニア」と形容している。
[B! 芸能] R-1決勝の「デモ活動」ネタが物議に 「完全に無理だった」「テレビ消した」「ブラックジョーク」など賛否両論殺到/デイリースポーツ online
あれは「今の」デモやデモ参加者を風刺しているのでも何でもなく、
暴力革命?とかほざいていた「50年ぐらい前の」おっさんおばさん(当時はおにーちゃんおねーさんか)の狂気を、ネタの一部に憑依させただけやん。
吉住さんって、端々に狂気をちりばめて、笑いに落とし込むのが上手だよね。
その題材の一つとして選んだのが、50年ぐらい前の狂気でしょ?
「すいません、武力だけが取り柄で」ってセリフが象徴しているよね。
服に血がついているのを指摘されて、「私の血じゃない」って笑って流すところなんて、恐らくだけど、50年前の暴力活動家のマインドでもないでしょう?
(50年前の暴力活動家は、血まみれの服を見て「俺の血じゃないから大丈夫」とか、そんなマインドだったというエピソードがあるなら取り消すけれど)
って、ここまで書いて、そういえばと思ったのだけど、
妙なマウントをしてくる人がいるんだよね。
ごく一部だけど。
「自分が若いころは若者が皆政治の腐敗に対抗して云々」みたいなことを言い出して、
年下に「すごーい」「そうなんですね」って「さしすせそ構文」で敬遠されていることに気付かず悦に入る人って、
そもそも自分らが対抗に失敗したから、今もデモをし続けるはめになっているって、分かっているのかな?
あと、何ていうか、政府(自民党)が自分(たち)の思い通りにしないことを憤るのと同じように、
若い参加者にも、「自分(たち)の思い通りのデモに皆参加すべし、支持すべし、行動すべし」っていう意識を持っていて、そこから外れる人を悪し様に非難するというか。
正直そういう人は苦手だな。
あ、そういえば、自分よりちょっと前の世代だけど、「しばき隊」とか、ふざけんなって感じ。
あいつら、ただ正義という棒で誰かをひっぱたきたいだけじゃん。あんなのには乗れなかったね。全く。
吉住さんには全くそんな意図はないだろうけれど、「武力だけが取り柄」ってところは、彼らに刺さるという意味で、結果として風刺になっているかもね。
まず私は株式会社エッタラジェンダについて特に支持する立場でも反対する立場でもない。今回の件について自分の頭の整理をするための文章なのでもし目に止まった方がいたらこんなことを考える人もいるんだー、ふーん程度で流してほしい。
この知らせはさほど広いとは言えないインド界隈にゆっくりと知れ渡る。
社名が映画RRRのエンディングテーマの曲名であったことから社名に対する賛否両論が巻き起こり、特に否定的な反応が目立った。
私自身、率直な感想としては「私はなんでもいいけど大丈夫かいな」だった。
「旗を上げろ!」という意味の「エッタラジェンダ」という言葉はRRRの象徴的なシーンやメッセージを思い起こさせるもので、ファンにとって思い入れの強い言葉になるのは自然なことだと思う。
個人的にはこれは線引きの問題だと思っていて、会社という団体を立ち上がることで「エッタラジェンダ」の「内側」がファンの中で生まれてしまったことが大きかったのでは、と思っている。
多くの人が強い思い入れを共有する集団の中にエッタラジェンダという具体的な集団がつくられ、突然エッタラジェンダの外側に出されたように感じ戸惑う人がいてもそんなに不自然なことではないような気がする。
これがもし「合言葉を共有する集団」のど真ん中で行われたことじゃなければこんなことにはならなかったのでは。
長い妄想だけど、喫茶エッタラジェンダにはRRR大好きなマスターがいて、一般的なカフェメニューの他に結構本格的なインドカレーが食べられたり赤と青のシロップがじわりと混ざり合うイメージドリンクがある、とかだったらむしろファンとして一度は行ってみたいお店になれた世界線もあったんじゃないかなあ。そしてたまに貸切でインド映画イベントや期間限定イメージメニューとか出てくるとか(そういうお店行きたい)
もし株式会社エッタラジェンダシステム開発(長い)だったとしても名刺交換の時に「へえ、インド映画?そんなに好きなんですかあ」で済みそうな気がする。そもそもこの場合は映画ファンに向けて大々的に会社設立の報告をする必要もあまりないが。
他にも「ん…?」と思われてしまう原因、いろいろあったんじゃないかな。
・「エッタラジェンダ」という言葉の日本での意味合いが限定的すぎる。例えば株式会社ビームだったら同じことにはならなかったのでは(炎上の気配が見えても違う意味を強調して若干逃げ場もある)
・RRRのヒットで界隈が急に大きくなり、強まった商業色や乗っかり的なものに対するファンの疲労。これをぶつけられたのは気の毒である
・設立者の方のこれまでのファン活動を鑑みて、権利関係に関して深く理解された上でとは考えにくい部分がある
などなど。
ただ、上記のいずれも反対する気持ちは理解できるという話で、法律的または権利的に直ちにアウトではなくあくまで道義的(可能性)または気持ち的な問題がメインだ。
上記の線引きがどうの話も個々の感受性や思い入れのベクトルや強さの問題で、コンテンツに対する愛情の強さとは必ずしも比例しないし、辛いと思うこともどうでもいいと思うことも間違っていないと思う。
今回否定的な気持ちをツイートしたほとんどの方も気持ち的な問題というところは理解されている印象を受けた。悲しみや怒りを感じる投稿は多くあったものの、社名変更の希望通り越して強要だったり、口汚く罵倒する言葉はほとんど見えなかった(見えるところにないだけでDMではわんさか届いてたりするのかもだけど)
新たな挑戦をする人を寄ってたかっていじめているような見方をされている方もいたけど、(もちろん強い言葉で詰め寄るのは論外として)嫌だと思うものを嫌だと言うまでの権利は誰にでもあっていいはずだ。今回、新たな挑戦「そのもの」を叩く人って言うほど多かったか…?
結局好きなものを共有するだけで、それ以外は異なる価値観の人の集まりでみんなが同じ意見であることは不可能だし、その状態を目指す必要もない。どの意見も間違っていない。間違えがちなのはいつだって伝え方のほうだ。
そもそもファン向けビジネスをしようと思った時、お気持ちを蔑ろにできるものなのだろうか。ファンというもの自体お気持ちの集合体だと思う。お気持ち論は根拠にならないという意見もあったが、結構な割合の人が同じように感じている気持ちを無視して進むことは事業としてリスクがあったのでは。
つらつら書いてみたけど、会社は結局一番残念な形で終わってしまった。お会いしたことはないが、設立された方はオフ会の仲間の皆さんからとても慕われているようだ。ホームページ(すでに消えたが)を見ても「良い奴」なんだろうなあと思う。
行動力が並外れに高くてあっという間にリーダーになってしまうタイプなのかな、と。それだけに今回これだけあっさり全部取りやめてファン活動そのものから撤退されるのは惜しいと思う。
何度も開催した大規模オフ会の中心的な人物(だよね?)として多くの人から慕われていたのが、いざ会社を立ち上げた時にぶつけられた想定外の否定的な意見の数々に戸惑い打ちのめされたのは想像に難くない。ご本人から詳細を説明されたツイートも状況を好転させることはできなかった。一個人にそれをすべて耐えろと押し付けるつもりはないが、もう少しいい形で共存できる方法はなかったのかと考えてしまう。元々は同じファンなのだから。
実務的に頼れる(それこそ法務とか、今回の対応含め)人物はいなかったのか、長いことインド映画を盛り上げてきた方々の力を借りつつ一緒に進めることはできなかったのか、勢いよく進む傍らで大局を把握する軍師(表現)的な方がいるだけでも随分違ってたのではなどと、今回のことが起こらなかったもしくはうまく乗り切れたシナリオを思い描いている。
また、この新しい団体によるイベントはどんなものだったのか、いつか私も何かの上映会に参加していたのだろうかともはや叶わないたらればに思いを馳せる。
追記。
今回の騒動を異なる価値観と気持ちのぶつかり合いではなく、単なる「集団いじめの加害者」と「新しいことをしようとして潰された被害者」の物語としてとらえる人の多さに少し驚いてしまった。
人の感性って思いのほか色々あって、絶対に分かり合えない価値観の人も少なくない。
自分が理解、共感できる痛みは尊重すべきもので、自分が理解、納得できない痛みは非難していいなんていう善悪の考え方は社会で生きていくにはあまりに危うい。だいたい他人の気持ちは誰かを納得させるために存在しているものではない。
その気持ちに至った土台の中に明らかな事実誤認が含まれているのならそれを教えるのはアリだと思うが、気持ちそのものの否定は争いしか生まない。
もう一つ、設立者の全面撤退により、今回の会社に対する議論ではなく結局クレームつけて潰したという構図だけがクローズアップされてしまい分断が加速しそうだなと思っていた。
設立者さんの人柄やコンテンツ愛で補われている部分も多々あったが、会社設立までのプロセスや問題提起されてからの設立者さんの対応にはいずれも思うところがある。これが全て有耶無耶になって批判勢がただ悪者になるのも違うのでは。
しかし、設立者さんは撤退の際問題提起をされていた方にDMで捨て台詞の暴言を送りつけていたとのことで。相手の言い分を理不尽と思うなら公に反論してもっと議論を重ねればよかった。批判を押し切る選択肢も、少し主義を曲げて社名を変える、スピーディーにユニット名を全面に出す(そういやこの話どうなったん)などやりようがないようには思えない。
これまでの対応でもあまり良い手を打たれているとは思えず歯痒い思いをしていたが、これは本当に悪手だったと思う。そもそもネット上での騒動なんだから裏で仕返ししようとバラされるに決まってるじゃないか。本文スクショを貼られなかっただけ良かったと思う。こんなことをしたら「愛と勢いに溢れたちょっと不器用だけど応援したい人」のイメージまでも失ってしまう。
サークル内の兄貴分としてはとても頼りになる人、けれどいざ法人化となったとき批判する勢力を納得させるだけの力量もなく、かといって一度全て飲み込んで突き進み結果で語るだけの推進力もなく(社名を絶対に譲歩できないのであればこれが一番現実的な選択肢だった)、多くの人が寄り添った「優しすぎた被害者」の立場までも本人が手放しかけている。
もしくは人一人の力なんて結局はこんなもんなのかな。
『セクシー田中さん』第7巻冒頭には、2023年8月31日付で先生のメッセージが掲載されています。「原作の完結前に映像化されることに対してどのように向き合ったのか」について、こう言及されています。
〈まだまだ連載半ばの作品なので、賛否両論あると思いますが キャラやあらすじ等、原作から大きく逸れたと私が感じた箇所はしっかり修正させて頂いている〉
〈物語終盤の原作にはまだないオリジナルの展開や、そこに向かう為の必要なアレンジについては、あらすじからセリフに至るまで全て私が書かせて頂いてます。恐らく8話以降に収録されるはず。〉
時系列が——…この順番になってる事自体が証拠なのよ。よく考えてみてほしい…
こういう順番になってる事が、
の十分に簡潔な根拠になってる。
基本全部好きというのは前提で
・天
話が結構端折られてるし主人公のキャラが変わってるのに一番好き。ぶっちゃけキャストが発表された時はなんだこれと思ってしまった。特に赤木しげる(吉田栄作)のビジュアルは酷いと思った。でも実際見てみたらめちゃくちゃよかった。色気やべえ。
でんでんが曽我すぎる。ほっしゃん無駄に似てて爆笑した。話は色々端折りすぎだけどまあ仕方ない。
・カイジ
普通に好き。カイジの実写化映画というより藤原カイジの映画という認識ではあるけど。1作目以外は特にそんな感じ。
キャストみんな良い。なぜ登場人物が一部女性化するのかはわからないが天海祐希は世界観に馴染みすぎていて逆に違和感すらあって好き。
・アカギ(1995)
雰囲気めちゃくちゃ良い。アカギの棒読み感が逆にアカギらしいし目の演技が良すぎた。世代じゃないから分からなかったけどキャスト豪華なんだな。みんなかっこいい。
・アカギ(2015)
コスプレとしてのクオリティが高すぎて逆に不自然まである本郷奏多。鷲巣は賛否両論あったっぽいけど自分にはハマった。
素人意見なんだけどカメラワークやら演出やら音楽やら全体的に微妙な気がして少し残念だった。
・銀と金(1993)
ちょこちょこクオリティが酷いからこそ好き。銀さんのカツラすぎるカツラとか絶妙な滑舌の悪さとかVシネマ特有の女性が出てくる原作殺しのシーンとか謎BGMとか。
じんわりダサいのにかっこいいところがめちゃくちゃかっこいいの福本作品ぽくて良い。
・銀と金(2017)
嫌いではないけどなんかもどかしかった。一番チープ。
リリーフランキーの銀さんは銀さんぽくないけど好き。池松壮亮自体は好きだし福本作品には雰囲気合ってるんだけど森田としてはヒョロすぎるしちょっと合ってなくて可哀想な気がした。
撮影の現場にどれだけ多くの人が携わっているか想像できるだろうか。
現場はもちろん上には企画がいて、スポンサーの広報や決済者、広告代理店、膨大な人数が「あなた」の作品のメディアミックス化事業に携わっている。
「あなた」には作品を守るために著作人格権を行使し制作を止める権利がある。
権利を行使した結果、数百人の稼働に穴が空き、会計的にはすでに切った手形を組み戻す事務手続きも生じるだろう。
上場企業だと会計で特別損失を計上し、株主総会で株主が経営陣に問いただす場面も生まれるかもしれない。
ケータリングの業者は仕入れが無駄になったり、貸衣装も行き場を失い、ロケ地の観光協会は肩を落とせば御の字で、印刷代も無駄になったかもしれない。
「あなた」の担当編集はしばらく昇進の目はなく、かつて「あなた」の担当だった編集長も肩身が狭い思いをするかもしれない。
「あなた」が同人誌即売会で合体サークルを作ってる作家とは付き合いが疎遠になるかもしれない。
もちろんこれらは全て杞憂かもしれないし、仮にこの内の誰かが首を括ったとて「あなた」にはなんの責任もない。
だとして「あなた」はその権利を行使するかどうかの判断を気分良く下せるだろうか?
過ぎたる力を手にしたと後悔はしないだろうか? 作品を守るためならあらゆる犠牲を許容すると主張できるだろうか?
とはいえそんな犠牲は嫌だからと製作に介入する手段も「あなた」にはある。
最善を尽くそうとした「あなた」は演劇についてどれほどの知識があるだろうか。
「あなた」は筋書きに手を加えて内容を修正しようと試みたが、その悉くが上手く行かなかった。
脚本は演技と演出で修正され、修正した演出は撮影で加工され、理想の絵を撮ったと思ったら編集され、しまいには主役の露出時間が少すぎると口を挟まれ。
「あなた」は本業ではないとはいえクリエイティブで次々に妥協を強いられる。
「あなた」は己が作品を守ろうとせんがために己が作品を自ら崩していく。
「あなた」はどうする?
どんな物事にも賛否両論があることを「あなた」は重々承知している。
それでも目についてしまう、「原作ファンの失望」と「妥協の産物を褒め称える声」が。
面白かったですという100の投稿に埋もれる僅かな1つのポストが、どうしても頭から離れない。
そして何故か作品の裏の事情が、勝手な憶測とともに広がっていく。
面白かったという100の投稿は「あなた」の作品を見てもいない万の声にかき消される。
もはや作品どころか「あなた」自身のパーソナリティですら大衆に消費されていく。
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自分で描いた二次創作を頒布することは、ガイドラインが出てるか、権利者が個別に認識した上で口頭や文面で許可を出してないうちは著作権侵害にあたるのだろうか。
でも公共の施設を借りて二次創作の小さなイベントをするにしても、市や県に計画を提出して開催していて
(中には即売会NGの会場もあるぐらい、内容はしっかり審査される)
それで、「OK」が出てるのが同人誌即売会だということらしい。
他人の二次創作を追認する人も多いから、二次創作をすること自体は悪ではないって論理なのだろうか。車の運転をしてれば自分にそのつもりがなくても運転過失致死に問われることをしてしまい得るけど、そういう、犯罪を起こしうる、そして被害者を出しうるからその行為は悪だって論理だと、車を運転すること自体が責められる対象になる。これはあまりにも現実と乖離している。
同じように、二次創作はそれを知ったら被害届出す人もいるかもしれないけど、多くの人は追認するから、それをすること自体は悪ではないってことなんだろうか。
親告罪だから、訴えられない限り罰せられないから訴えられるまで構成要件を満たしていても悪ではないという論理だと、殺人でさえ、バレずに行う分には訴えられておらず罰せられていないのだから悪ではないというおかしな三段論法?になってしまうわけで、よくわからない
自分は自分のなかの他人の反応に関する経験と常識で、殺人は悪いことと思うが、二次創作についいてはよくわからないけど、悪だと思ってない人も多く賛否両論だから、ソクラテスのように善く生きたいので、(悪)法を犯すことにならない自信がないので自分が二次創作しようとは思わないけど、他人に干渉して、法を根拠に未許可二次創作を悪とする倫理観を押し付けるほどにもなれなくて、もやもやする。
アンディ・ウォーホルの「キャンベルスープの缶」は著作権上の問題があると当時騒がれたが、あれが合法でいられたからこそ、そこから生まれた商品のイメージを取り込む広告美術の今日の隆盛が得られている。
創るとは、真に新しいとは、既存のルールの内に収まれないということだ。
創作・アートにおいて、著作権は作品丸コピのような例外を止めるだけの最低限の補助であるべき。ダブスタがあるなら、緩い側に沿うべき。でないと、本当に創造的なことほど規制され取りこぼすことになる。
ならは何によって見出すべきか。観客≒市場の見えざる手「のようなもの」、それも未だ価値が認められきらない賛否両論の中で、見出した購入者の金という支えは受けられ、非難する者の金銭的影響はほぼ0な、つまりはコンテンツ販売業は理想的なそれだ。
創作に関わる法は、市場の自己コントロールを補助する法に似て、狭く最低限で、いざ芯を踏めば強力であるべき。若手、画風、学習などと手を広げて、当然の帰結として踏んだ際に弱い権利を得たところで、肝腎要の新しさを生み出す力が失せて逆にどこかで見たような猿真似ばかりになる道が開かれるだけだ。作品として一定以上は練り上げたものが優位な「登録制度」等を目指すんだ。
https://web.archive.org/web/20170710054159/http://ashihara-hina.jugem.jp/?month=201111
https://anond.hatelabo.jp/20240130221733
(前日記のつづき)
なんでテレビが壊れたのかっていうとですねえ。
リビングから屋上に続く階段がありまして、その真下にテレビを置いていて。
大雨に濡れてビショビショになった洗濯物に絶望して、階段上の踊り場に
賢いメカって繊細なのね!
バチッって変な音して息絶えた。。
分かりにくいので図解
(自分の恥をわざわざ図解)
とっととバスルームにでも持っていけばいいのに、なんで洗濯物を一時
踊り場に放置したかというと、酔っ払っててしんどかったからです。
(、、、、、、、。)
我ながら、ツッコミどころ満載。大丈夫か、私。皆さん、呆れてないですか。
テレビ購入時の保証期間過ぎてるし。。パネル(?っていうのかな)まで浸水してたら、
最悪修理に何十万円!とか聞かされて、クラクラしてたけど、、、
結局一部部品取替えだけですんで、3万5千円。
良かった~思ったより安くすんだ~とほっとしてたら業者さんが、
「家財保険とか入ってないんですか?」
かざいほけん??えーーっと、入ってますけど、こんな100%自分のおバカな失態事例で
一応、保険会社に電話してみたら、、、なんということでしょう~!おりた~!
自己負担金1万円で済んだよー。保険ってスバラシイな!初めて使ったよ。
そんなこんなで当然仕事遅れてますけど、(図解とかしてるしね。)
テンション高めなのでがんばれる。
天才なんだな~と思える人達と、同じ時代を生きて、画面を通して
1
日記---
リビングの
うんともすんともいわないよ。
泣ける。めそめそ。
1
日記---
次号のベツコミ(1月号・12/13発売)に、2ページだけ、エッセイ漫画が載りますよ。
「私のまんが道」デビュー当時のあれやこれやを、作家が毎月順番に
漫画にするコーナーが始まるのです。
次号、第1回目は私が描きますよ~。
デビュー当時、、というか20代全部かなー。
ほとんど無くて。
99%キツイんだけど、ランナーズハイ的な強烈な快感も、残り1%で存分に味わうので
なかなか抜け出せない。まあ、ワーカホリックですよね。
そんな時期があったわけですが。
そんなこんなを思い出しつつ、ふと懐かしくなってアマゾンでポチっと押しちゃった。
時間どろぼうに盗まれた「時間」を取りかえしてくれた女の子の物語。
子供の頃、冒険ファンタジーだ!と思って、夢中で読んだけど、、
大人になって読み返すと、、なんだこれ。胸に痛すぎる。
ほんとは大人向け?
もしくは、大人になった時思い出して、もう一度読み返して欲しくて、
エンデはこれを描いたのかな??
だとしたら、私まんまと策略に引っかかってるわけだけど。
「今、この一瞬一瞬を丁寧に大切に生きよう」なんて、現代人に優しい
メッセージだけじゃなくて、物語の根底に、資本主義の在り方&金融システムに対する
限りあるモノを奪い合い続けたら、そりゃいつか破綻するよなあ。
「忙しい」ど真ん中のハイテンションの人にはおススメしませんが、、
(ある意味楽しいんですよね。「忙しい」って。中毒性あるし。見返り大きい事も多いし。)
くらいの方に。
今更本ですけど、おススメですー。
1
本・映画---
楽しくて調子に乗ってワイン3杯飲んだら、動悸息切れ貧血目の前真っ白。
何とかタクシーに放り込んで貰う。
ダジャレにツッコむ気力無し。ごめんよ、おっちゃん。。ダメな関西人を許して。
何とか、無事帰宅。
学習しないな~、私。
素直に観れるよ。
私は、「はやく一人前の大人になりたーい!」
酒に呑まれるな~
1
日記---
ここんとこすっかり夜型なんですよ。
完全にずれちゃって。
朝方までちょこまか仕事して、寝て起きたらお昼。
す、すっかり忘れてた。。
頭ぼさぼさ&部屋着&すっぴんのまま、部屋に招き入れ応対しましたよ。
やらかした感いっぱい。
ほぼすっぴんで、その辺うろうろくらい平気でしてるんですけどね。
なんていうか、不意打ちで無防備な姿をさらすと、挙動不審になるよ。
LUPICIAの和生姜焙じ茶、去年アシさんが持って来てくれてから
ハマってる。濃い目に入れて、牛乳たっぷり、ラテにして飲むと美味しいよ。
TWGは、シンガポール発だって。アッサム+カカオとチャイ系を買ってみた。
タバコ吸わないしお酒弱い、コーヒーもほとんど飲まない代わりに、
しかも濃い目に入れるので、胃に悪いんじゃなかろうか。
大量に買うと値がはるけれど、、神保町(小学館があるところ)の
紅茶がっつり飲んだ!感が味わえれば、スーパーのティーバッグでも
全く構わないんですけど、(多分、味なんてよく分かってないし)
こまる。
1
日記---
屋上に芝生が貼ってあるのですけど、、
伸び放題で、どえらい事になってたので芝刈り初挑戦。
刈るぜ。
芝を刈る文化で育ってないので、イマイチ加減が分からないけど、
こんなもんでいいのかな。すっきりしたよ。
めんどくさがりだけど、掃除や片付けはやり始めると夢中になるよ。
暖かくなったら、屋上で絵を描きたいな。
なんの木だっけ、これ。
1
日記---
(昨日のつづき)
お肉どーーん!
プラム煮。ごちそう。
WILKINSONのジンジャーエールが、近所のスーパーに売ってた。
1
ごはん---
ネーム終了~。
明日、肉食べる。肉!!
まじめに仕事してたら(?)お隣さんがチーズケーキをくれました
全部味違うっぽいぞ。美味しそう~幸せ
って、まだ11月だけど。
浮かれついでに、部屋の隅っこにギラギラコーナー設置
雑貨屋さんで買ったので、高価な物じゃないよ。
少女漫画家っぽくて、良し!
1
日記---
今から一人で食べる。(えっ)
何等分すべきか迷う。理性との闘い。
一緒にトコトコお散歩するはめに。
写メってみたけど、夜だったので、、、
ただの黒い物体に、、!
いたいけなちび猫ちゃんを、私が追いつめて怯えさせてる様に見えるけど、
誤解です。
ニャンコを飼うか、ワンコを飼うかが、今最大の悩み。平和だな。
事件そのものの話は置いといて、案外好かれてなかったんだなあって正直思ってる
テレビあんまり見ないしダウンタウンの笑いも好きじゃなかった自分としては元々だいぶ存在感薄かったんだけど
週刊誌とかでたまに話題になってたのは知ってて、そこに肯定的なブコメも結構付くから人気者だと思ってた
だからスッパ抜きのあと芸人仲間が擁護するのはやっぱりねと思ったし、人気ブコメが賛否両論っぽかったのも人気者の弊害としてアンチも多いんだろうなくらいに構えてた
でも「昔は好きだった」「笑いは好き」みたいな増田への賛同ブコメには今も手放しで好いてそうって人は案外少なかった(大好きな人も読みたくなりそうなエントリだなって思ったんだけどな)
芸能人も結構色々厳しい意見を言う人が増えてるし、ネットニュースのトーンも「もともとあいつはあかんやつだったんですよ〜」みたいなのが増えてきてる気がする
そして気になってるのが人柄についての肯定的意見が観測範囲でほぼ出てこない
もっと擁護派とバチバチ〜みたいな世間の空気になると思ったけど、ちょっと違う印象を受ける
みんなにカリスマ扱いされてた人でもこんなもんか
ガワが魅力的でも松本本人に魅力を感じる人が周りに少なかったのかなあ、不幸だね
SNSは基本的に治安が悪くなるようにデザインされている、という点については同意だけど
別途収支があるから治安を維持出来るのがゲームメーカーが運営しているコミュニティ、って別にそれ成功例じゃねえだろ。
「SNS、通信系のサービスはマネタイズが難しい。治安を悪くするとある程度成功する」 → 「別途収益があるSNSは成功する」
成功してねえだろ収益がねえんだから。不労所得があるから赤字でカフェを経営できています!って言うか?経営は出来てないだろ?
もくりは収益性が難しかったって話なんだからおおよそ元増田の話で「それはそう」って感じだろ
あと治安が維持できているかについては正直ゲームメーカー運営のコミュニティでも賛否両論だよ。
そもそも数万人単位のSNSをコミュニティマネージャをおいてどうのこうのとか、
https://web.archive.org/web/20170710055555/
http://ashihara-hina.jugem.jp/?month=201209
https://anond.hatelabo.jp/20240201015428
そろそろ書店に並んでるかな?
「私、雨女っぽいんですけど、行って大丈夫ですかねえ。。?」と
一応聞いたら、編集さんの顔がくもってた。
大丈夫かな。
今回もちょこっと描きますよ。
こういうレポート&エッセイ漫画って、もう一生コミックスに再録されない
はずなので、、雑誌掲載後、ブログにアップしちゃっても良いかもですね。
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お仕事---
えいが
すごいな~。
なんとなく頭が混乱する。
「最強のふたり」も観てきましたよ。
なんか変なところで泣く。映画館で観れて良かった。
予約いっぱいだったので、、天王洲アイルの「t.y.harbor」でビール。
この季節、気持ちいいな~このお店。
夜風はすっかり秋ですね。
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本・映画---
発売直後に買ったまま、ずっと積ん読だったのを
やっと今日読みました。
そこまで明確にランク分けされてなかった気がするなあ。。
うちの高校は。私が鈍かっただけかな。
口にすら出せなかった。(絵が下手だったから。)
そんなことを思い出しました。
「絵を描く仕事がしたいです」なんて、もの凄く絵の上手い人しか
言っちゃいけない気がしてたんですよね。たぶん。
生きるのが楽になったりはしますよね。
語ってた理由が分かりました。語りたくなるなる。
昨夜、原稿終わりましたよー。
あとはゆっくりチェックをしながらネームを入れて、編集さんにお渡ししたら、終わり。
今回読み切りと重なって量が多くて大変で、「疲れた疲れた」言っちゃう
アシさんのおかげで、何とか無事今回も大真面目に〆切前に
あがりましたよー。いつもどうもありがとう!
秋服買いに行きたい。
(いきなり物欲)
あとは、平和を願うよ。ほんとうに。
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本・映画---
ベツコミ発売してました。
10月6日(土)深夜24:55~ 日テレさんにて放送ですよー。
初回は一時間拡大版ですけど、基本は30分枠です。
実は物凄く物凄く悩んでしまったのですけど、
(そして周囲に迷惑をかけた。)
最終的には、これもご縁なのかなと思い至って、お受けする事になりました。
「漫画」という便利なツールの力を借りて、ギリギリ「読み物」として
成立するか否かの、なんというか、わりと痛々しいモノを描いてる自覚が
あるので、、、
実写は正直、いつもテンパります。
どうぞご覧くださいませ。
通常ドラマより尺が短いので、原作の全てを詰め込むのは無理ですが
(1h×1クールでも、何もかも丁寧に描くのは無理ですよね、きっと。
ボリューム的に。)、
それはさておき。
どうぞ最後までお付き合いくださいませ。
次号、10月13日発売のベツコミは「Piece」特集号ですよー。
成海がぶっ壊れてます。
なぜかうちのニャンコが載ってたり(多分。使って貰えてれば。)
色々盛り沢山なので、手に取ってみてくださいね。
発売前に、またお知らせします。
長くなりました。
ではでは!
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お仕事---
もう解禁でいいのかな。
詳細はまた後ほど。
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お仕事---