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はてなキーワード: 示唆とは

2018-11-15

anond:20181115093124

そいつらは全員自分が作った企業トップ、つまり創業者であり経営者じゃん元から

エンジニアトップに据えてはいけない」が示唆してるのはそういうタイプの話か?

アスペじゃないならわかるだろ

2018-11-11

父がドラゴンかもしれない

吐く息に含まれ硫化水素があまりにも多いのだ。

父との会話中にその息をうっかり吸いこんでしまえば、酸欠?で腹の底まで息苦しく気管は炎症を起こしたかのように痺れてしまう。

まさにやけつく息!

父のターン中は息を止める、ブレス範囲外に位置取るなどして家族の者は各自対策をしているが、家の外でも周囲にこのような負担を強いているのではないか心配だ。

我々家族は、父にも自分ブレス効果パーティーアタックの害ついて知識を身につけてもらうべきだと考えている。

しかし、それは父がドラゴンである可能性を示唆するのと同じ。

長年人間として暮らしている父にそのことを告げて良いものだろうか。

2018-11-07

anond:20181107121656

そもそも亡くなったことと直前のネットトラブルとの関連性は何も示唆されておらず

タイミングから邪推のみ

あの件で一番酷いのはいつまでも故人を引き合いに出す故人の主張の同調

ツイフェミのご同輩はそうは思ってないらしいぞ。

何もかもすべてオタクが悪く、個人には一片の瑕疵もないとして復讐戦の気勢を上げてる

まるで殉教者のように。

anond:20181107121142

そもそも亡くなったことと直前のネットトラブルとの関連性は何も示唆されておらず

タイミングから邪推のみ

あの件で一番酷いのはいつまでも故人を引き合いに出す故人の主張の同調

2018-11-06

男性差別主義者フェミニストは同じ方向を向いている?

まず、以下の記事を見てほしい。

https://togetter.com/li/1058347

タイトルは「男性にとって恋愛結婚は、危険で割に合わない。でも、女と社会は、男性叩きだけ。こりゃ草食は続くしかない」。

面白いのは、【反男性差別を掲げ、恐らくはフェミニズムなど「今の女尊男卑社会」の悪しき慣習として唾棄するであろう彼の主張が、

その実、フェミニズムと非常に親和性の高いものである】ことだ。

記事ではこの問題について、具体的な引用を交えながら考えてみることとしたい。

なお、このまとめで述べられている意見が、dsa0【男性差別が溢れてる2】 @dsa0自身のものなのか、あるいは別記事から引用なのか、判断が付かなかった。

このまとめ自体ツイートを集めたものだが、ツイートの内容はどこかから引用にも見えたからだ。

しかし、当記事では、これを統一して<彼>の意見と呼ばせてもらう。

便宜上意味もあるが、これらの言葉が彼自身のものであるしろ違うにしろ、今の社会で苦しむどこかの<彼>の主張ではあるのだろう、と考えたからだ。

では、内容に入りたい。

「男のチキン化」「ホモみたいな男」は「男性差別的な価値観」か?

男のチキン

最近ホモみたいな男多すぎなんだよ。

命かけることができないわけ。

恐らくどこかの記事(元記事URL失効のため参照不可)から引用したものであろうこの文言に対して、<彼>は以下のようにコメントしている。

恋愛離れ語るのに、【恋愛離れの原因になってる男性差別的な価値観】で考察してるアホ多すぎ。←これじゃ、恋愛離れなくなるわけないわ

<彼>は、「チキン化」した男性を「ホモみたいな男」と非難する価値観を、「男性差別的な価値観」と呼んでいる。

しかし、【「男はかくあるべき」という規範は、元来家父長的な価値観によって生み出されてきたものである】ことを忘れてはいないだろうか。

フェミニズムは、その打破を目的としている。

「女らしくあるべき」という束縛を破壊することは、「男らしくあるべき」という押し付けをも打ち砕くことである

彼がまとめの中で嘆いている、男性経済的負担に関しても、同じことが言える。

<彼>は、「男性立場で言うとね 「女様様」の今の女尊男卑社会では、おっかなくて結婚なんてできない」と述べながら、結婚についてこう語っている。

結婚メリットは少ない、負担義務が多い

・女に甲斐性ない

家事家電で省力化

離婚すると財産の半分を持っていかれる

慰謝料養育費さらドン

元妻は、夫からかっさらった金を手に。しかも、さらに稼ぐ男性再婚することも可能

続けて、<彼>は女性にこう求める。

女性の方から交際とか結婚とか申し込めばいいじゃんよ

お金のことは何とかなるよ」とか「一緒にがんばろうよ」とか言えば

男も少しは気が楽になるだろうに

<彼>の視点に、極端な部分や、視野の狭い部分があるのは事実である被害妄想的な傾向も。女性が聞いて腹を立てても仕方がない内容だ。

しかし、「男も少しは気が楽になるだろうに」というぼやきは、<彼>の「負担義務」の体感からくる切実なものではあるのだろう。

それは、耳を傾けられてよいように思う。

ただ、ひとつ言っておかなければならないことがある。

それは、<彼>の求める新たな男女関係の構築が、<彼>の今しているような【女性への非難】によっては到底実現されにくい、ということだ。

それを示唆するのは、同じく<彼>の言葉である

真の敵は誰だ?

非難すべきは誰なのか?戦うべきは誰なのか?

このことを考えるにあたり、例によって、<彼>の言葉を参照したい。

老害バカマッチョ「おまえも結婚して、家畜奴隷になれ!」

男性過労死させ続けたまま女性だけ楽にする日本の「男女平等社会

<彼>はここで、「老害バカマッチョ」が己に「家畜奴隷になれ!」と命じる、と述べている。

彼に「奴隷」になることを強いているのは、「老害バカマッチョ」なのである

老害」、言わば旧態的な、「マッチョ」。

とは、何か。

マッチョ」のもつ意味については、この記事http://y-uki.hatenablog.com/entry/2015/07/16/034652)がわかりやすい。

ここから一部を引用する。

英語で ”macho な男性” と呼ばれるのは、昔ながらの ”男らしい” 価値観を重視する人たちで、

洋画海外ドラマ日本語字幕などではしばしば “男尊女卑” と訳されることが多いようです。

支配である攻撃であるなどのネガティブイメージで使われることも多い言葉です(後略)

これが、フェミニズムの戦ってきた最大の敵であることは、特筆するまでもないことだろう。

老害バカマッチョ」を、【旧態的な男尊女卑】として言い換えることが出来るならば、<彼>も、女性も、等しくそ被害者である

<彼>が、「おまえも結婚して、家畜奴隷になれ!」という台詞を、「老害バカマッチョ」に言わせたのは、的を射ている。

家族を養うために男は外で働き、女は内で家事労働に励む、という仕組み】は、高度経済成長期に完成したという。

(ちなみに、この記述を私が見たのは平田厚『虐待と親子の文学史』(論創社である時代に伴う家族形態の変化と、その文学への反映を概観した良著。)

この仕組みは、既存男性優位な価値観の延長線上にあったうえ、その価値観を強化するものであった。

<彼>は女性に対して、「「お金のことは何とかなるよ」とか「一緒にがんばろうよ」とか言」ってくれることを、求めていた。

お金のこと」を「一緒にがんば」るためには、女性にも安定した収入源のあることが不可欠だ。

しかし、それを難しくしているのが、先に述べた構造である。【家族を養うために男は外で働き、女は内で家事労働に励む、という仕組み】だ。

この仕組みの後遺症は、未だに消えていない。男女間の賃金格差管理職割合格差を見れば、それは事実として明らかだ。

その打開を目指すのが、男女平等思想であり、フェミニズムであった。

まとめ

ここでひとつ結論いたことを言ってみたい。

今まで述べてきたことを纏めると、大変逆説的なことに、

【<彼>の目指す「男性差別」の解消は、「女性差別」の解消によってしか実現され得ない】と言える。

また、【真の敵は、「老害バカマッチョ」、すなわち、旧態的な男尊女卑価値観構造である、とも。

<彼>は反男性差別を掲げ、女性非難している。しかし、抵抗すべき対象は他にある、と言いたい。

女性は、またフェミニストは、本来<彼>の同志なのだ。手を取り合って、ともに戦うべき仲間なのである

インターネット上では、熾烈な男女対立の激化とともに、「フェミ」を巡る議論が後を絶たない。

匿名はてな小一時間も見ていれば、その議論が実のところ非生産的憎悪のぶつけ合いに陥りがちなことは、すぐ了解されるだろう。

今回取り上げたまとめも、一見、そういった動きのひとつ、単なる憎悪の噴出に見える。

しかし、当記事で行ったようにその言葉ひとつひとつ精査していけば、それは、

【反男性差別主義者フェミニストの間にすら共闘可能性があること】を示唆するものとして読み解けるのではないだろうか。

2018-11-03

anond:20181103202249

確証は出てないけどしきりにNHKとの繋がりを示唆するNHKディレクター(疑い)とかもね…

2018-10-29

移民キャラバン”5000人が米へ 次々と国境突破(18/10/22)

ニュース動画

https://www.youtube.com/watch?v=4RRohGYXDxQ

トランプは阻止のため、軍隊派遣示唆しているらしい。

 

というか、これってどうやってこんな長距離を超えているのだろうか?

いくつも国を跨いでいるわけで、徒歩でこんなこと可能なのか?

どっかに支援者がいるという見方が正しいと思われるのだが、どうなんだローなー

2018-10-27

新潮458月寄稿について(平成 30 年 10 月 25 日 杉田水脈

多くの人に読んでもらうべきかと思ってPDFじゃなくてWebページしましたよっと。

参照元

衆議院議員 杉田水脈(すぎたみお)公式webサイト」より

http://sugitamio.net/shincho45_post.pdf

新潮458月寄稿について

新潮458月号の発売直後に、当事務所宛に殺害示唆する内容のメールがあり、赤坂警察署被害届を提出し、捜査をしていただいております警察とも相談の上、私自身や家族の身の安全を優先し、容疑者検挙までは本件についての発言差し控えておりますしかし、私の寄稿を発端として、本来意図とは大きくかけ離れている議論になっておりますことに心を痛めており、被疑者警察署に出頭し、取り調べ中との情報確認しましたので、コメントさせていただきたいと存じます

私の「新潮458月号への寄稿は、LGBT政治利用されることへの危惧からLGBTに関する報道の在り方についての疑義を呈することを企図したものであり、全て私の個人的意見です。元より多様性相互尊重することは当然のことだと認識しており、当事者の方々の人権否定するつもりも、偏見をもって差別する意図も一切ございません。ましてや報道等で流布されているような障害者高齢者難病の方、子供をもっておられない女性差別するような言及も一切しておらず、そのような意図は全くございませんことはぜひご理解いただきたいと存じます

また、インターネット上で私がLGBTについて私見を述べている動画拡散されておりますが、当該の動画は約3年前に撮影されたものであり、その後自由民主党LGBT理解増進法案について学び、現在理解を深めております

寄稿文にも書きましたとおり、私は、日本社会はもともと寛容な社会であり、性的マイノリティとされる方々に対しても、思いやりや気配りの延長として、必要であれば法整備を行い、お互いに違和感なく生活できる社会を構築することが必要だと考えております。またその目的でもし予算措置必要になった場合は、効果優先順位当事者の方々との対話を通じて慎重に検証し、総合的に判断して実行すべきとの立場です。これが政治的イデオロギー上の対立に繋がるものになってはならないと考えております

しかしながら、当事者差し置いてLGBT政治利用すべきでないという思いや、政策優先順位について私見を述べる目的であったにも関わらず、不用意に「生産性」という表現を用いたことにより誤解や論争を招いてしまたことや、結果として不快と感じたり、傷付いた方々がいらっしゃることを重く受け止めております。また、自由民主党から問題への理解不足と関係者への配慮を欠いた表現がある。今後、十分に注意するように」とのご指導をいただいていることも真摯に受け止めております。併せて、議論の展開を通じて、「性的指向性自認」と書くべきところを「性的嗜好」と表現したことについて、党の「性的指向性自認に関する特命委員会」より「誤りである」とのご指導いただきました。この問題について国会議員としてもっと知るべきことが多いと痛感したところであります。今後は謙虚に前向きに政治活動に取り組み、当事者の方々の声もお聞きしながら、党の特命委員会等における議論にも積極的に参加し、LGBTの方々への理解増進はもとより、差別いじめのない社会の実現に向けて努力してまいる所存です。

言葉ではなく行動で誠意を示すことで、国会議員としての責務を果たしてまいります

平成 30 年 10 月 25 日

衆議院議員

杉田水脈

発端となった「新潮45 08月号」の全文

杉田水脈著『「LGBT支援の度が過ぎる』57-60.『新潮452018年8月号。

http://blog.livedoor.jp/skeltia_vergber/archives/51543955.html

2018-10-23

この「若おかみは小学生! 」のレビューがあまりに酷かったため解説

若おかみは小学生! 」の劇場版について、まだ見ていない人がいたのであれば今すぐこんなサイトを閉じて、最寄りの公開館を検索して1800円支払い予約しなければならない。

歴史に残る」や「必ず泣く」というような強い言葉は使いたくないが、間違いなく傑作である大人が1800円を支払って見るには十分価値のある作品である

さてそんな名作についてレビューのなかで悪しざまに語るレビュー存在する。それもかなり強い語調でだ。

(正直PVを渡すのも馬鹿らしいので出典元表記としてURLは末尾にだけ記載する)

本当に同じ映画を見たのか?と感じるほどひどい内容だ。

ただそれを感情的コメントしていても仕方がない。そこで何が問題かについて引用しながらコメントしていく。

なお筆者もまだ一度しか映画を見れていない。原作アニメも見ていないまったくのにわかである

本編内容について誤解、誤読があれば指摘がほしい。

また、以下盛大にネタバレすることになるため、もしもまだみていなければ今すぐこんなサイトを閉じて、最寄りの公開館を検索して1800円支払い予約しなければならない。










純士 俺ら夫婦はまず、あの絵がダメなんですよ。神社とか旅館かに代々伝わる霊的なものを題材に取り入れつつ、命の大切さや、別れは寂しいことじゃないんだよってことを描きたかった作品だと思うんだけど、そこにオタク要素の強いキャラが大集合して、絵がワチャワチャしすぎたせいで、なんだかよくわからなかった。着想はいいのに、それを生かせてなかったような気がします。こういうのは絶対、実写のほうがいいですよ。

純士 いや、できると思う。アニメでこういう神社とか旅館とか霊とかをテーマにするなら、宮崎駿みたいな絵じゃないとキツイ。それか『河童のクゥと夏休み』みたいな絵。やっぱ人を感動させたければ、それにふさわしい絵のタッチってもんがあるんですよ。特別きれいなわけでもない、古風な絵。そういうのだったら感動したかもしれない。この作品は、萌え系の絵ですべてを台無しにしちゃった感がある。

中略

――おふたり趣味に合わなかっただけでは?

純士 いや、それだけじゃないですね。自分が今YouTube動画配信を始めたから感じるんですけど、アニメであれ実写であれ、人って、ただ道を歩いてるだけの映像じゃ楽しめないんですよ。転んだり立ち上がったり、知り合いに会ったり音が入ったり。そういう変化やアクシデントがあるから楽しめるんだけど、この作品に関しては、常に一定リズムで進んでる感じがあって、どこがサビなのかもわかりづらかった。ハッとしたのは、最初事故だけ。事故ときは、「あ、なるほど。ただのワチャワチャしたアニメじゃないんだな。結構ヘビーな話を放り込んできて、ここからいい話になるんだろうな」と思ったんですよ。ところが、全然そうじゃなかった。つまらないだけならまだしも、看過できない部分もあったし。

絵柄の問題点について。古風な絵 = ふさわしい絵という観点には根拠不明。「萌え系の絵ですべてを台無しにしちゃった」ということで、後述のように趣味に合わなかっただけ、と考えられる。インタビュアー趣味に合わなかっただけでは?という質問に対しての返しが、絵柄から動き・アニメーションの話にシフトしていて話がずれている。

ここから想像だが、萌えであるという前提の時点で彼らの嗜好から外れたため、後半部分はそれを強化するための言い訳になっているのではないか

純士 おっこの勤務体系は、ほとんど労働基準法違反だろ! と思いました(笑)家業を手伝う場合労基法に触れないみたいだけど、あのハードワークは手伝いの域を超えてるでしょ。小学生女の子が、両親が死んだショックを抱えたまま旅館に行ったら、紫メッシュババアにまるめこまれて、奴隷のように働かされるなんて……。

ハードワークという描写はない。

例えば旅館自体が潰れる寸前で主人公ハードワークすることでそれが建て直されるようなストーリーであれば、直接的にハードワークな描写がなかったとしてもそう感じるかもしれない。

しか主人公旅館仕事に関わる前、旅館に到着したタイミングで来客が来ていることからも、冒頭時点で旅館女将中居板前の三名で運営は回っていて、閑古鳥が鳴いているわけではない事がわかる。旅館メンバーハードワークさせる動機がない。

冒頭、父親も「忙しそうで挨拶できなかった」みたいなことを言っている。(はず。この点うろ覚えなので間違っていれば削除します)

逆に、旅館経済的に困窮しているような描写はない。途中、ピンフリが春の屋旅館問題点を指摘するが、そこでも潰れそうといった話はない。

ハードワークについても、例えば家に帰ったおっこが自室で疲れている姿をみせるといった描写があればそれも想像されうるが、なかったはず。

主人公小学校に通い学生生活に支障をきたしているわけではない。放課後に友人たちと遊びにでかけてすらいる。

「紫メッシュババア」と悪しざまに語っているが、それは旅館女将であると同時に娘と義理の息子をなくした母親である。その忘れ形見であり、同じそれ以上の痛みを抱えた孫を家族として迎え入れた女将に対して、なぜそのような悪意を持った視点を向けられるのか。

麗子 しかもあのおばあちゃん、おっこの頑張りを褒めたったらええのに、ずっとイビっとったやろ。あれが可哀想で、可哀想で。そりゃ精神的に追い込まれて、お化けも見るわと思ったわ。

女将はおっこのおばあちゃんであると同時に自分仕事に対してプライドをもっている。おっこに対して強めの言葉をかけるのは仕事に関わる部分だけだ。

ただ、おっこの立ち振舞が上手になっていくことについてコメントするようなシーンはなかったので、全体の印象として女将フォローをしていないようにみえ、それが「ずっとイビっとった」というように記憶される可能性は考えられるかもしれない。しかし、女将がおっこへの気遣いがないわけではない。裾の長さや、温泉プリン差し入れなど、おっこに対して明確に気遣いを見せるシーンが存在する。

にゆえこ夫婦女将に対して悪印象を持つか意味がわからない。

純士 若おかみとして旅館看板を背負って成長していく感動の物語……って言うけど、そもそもの子が望んだ職業じゃないでしょ。最初はいやがってたわけだし、あの子には選択権もなかったわけだから

嫌がっている描写はない。

つぶやきが誤解され若女将仕事が始まるわけだが、誤解される途中驚く描写はあるが、否定したり嫌がったりしている描写はない。

選択権がない、というのものどの描写をもって言っているのか不明旅館に引っ越すための条件として手伝いことを強制されるといった、それこそこの夫婦想像するような鬼畜じみた人間性描写があれば別だが、そのような描写はない。ここでもないシーンを勝手想像して自ら悪印象を植え付けている。

親が死んだばかりで弱ってる少女を、お化けを使って洗脳して、勝手人格まで形成ちゃう。あの調子だと、おっこは旅館が潰れるまでおかみじゃないですか。可哀想に。

前述の通り、旅館経済的に困窮している描写はない。おそらく、潰れた旅館を立て直すというステロタイプストーリー誤読していると思われる。

お化けを使って、というのも意味がわからない。うりぼうたちは自発的におっこに対して働きかえけこそすれ、旅館側は幽霊については一貫して認識していない。

純士 おまけにやたらと界隈で人が死ぬし。

麗子 命を軽視しすぎやねん。ああいうのは、子供が真に受けて見てしまう恐れがある。「死んでもまた会える」と思ったら命を軽視するから、あれはアカン。

作中での死者は、

  • 主人公の両親
  • お客の妻(作中時点で故人のため作中で死ぬわけではない)
  • 女将の幼馴染(作中時点で故人のため作中で死ぬわけではない)
  • ピンフリの姉(作中時点で故人のため作中で死ぬわけではない)

で、大半が作中ですでに故人であり、冒頭の事故以外に死者が出るわけではない。本当の同じ映画を見ていたのだろうか。それを受けての「命を軽視しすぎる」発言も何を見ていっているのが不明

おっこは死者すべてをみえるわけではなく、うりぼうと美陽の二人だけがみえるだけ(それも能力自体が徐々に弱まって、最後にはなくなる)。

うりぼうと美陽が見えることで、たとえばそれを女将ピンフリにつたえ、死者と伝えられなかった思いなどを相互にやりとりするようなことができたかもしれない。そんなシーンはおそらく女将ピンフリの感情を強く揺れ動かすことができる、感動的なシーンになるだろう。感動的ではあるが、それこそ死後また会えるというような誤解を生む安易に感動に走ったストーリーだ。

そしそてそんなシーンは存在しない。

おっこが両親に会えるのは幽霊が見える能力のためではないと思われる。おっこが両親を見えるのは夢と、本人にはそのように見えているというレベルしかない。(他の幽霊たちがおっこの両親とやりとりするようなシーンはないため、そのように想定される)また、両親の姿を幻視することも、その死をうけいれることで無くなることが示唆されている。

亡くなった人のことを思うこと、それを受け入れることは命を軽視することにあたるのか

純士 いや、作者は決して命を軽視してないと思うよ。「死を暗いものにしないように」と考えて、子ども向けに「愛と希望」に持っていこうとしただけでしょう。ただ、おひよ(妻の愛称)みたいに揚げ足を取る人間が出てくるのも仕方がない作りではありました。

前半主人公が両親の死に対してのリアクションする描写を見せなかったことが抑圧から爆発のメリハリになっていたと感じたし、その爆発によって、主人公もしっかりと暗い死の影を感じていて、それをいかに受け入れ乗り越えるかが最大の見せ場だった、と筆者は感じた。

まり十分に死が暗いものであるという認識ができる作りになっているし、むしろ子ども向けに「愛と希望」” というのが一体どの部分をみてそう思ったのか本当に意味がわからない。

純士 占い師の女がポルシェを走らせてるときに、謎のアニソンがかかったじゃないですか。あれを聴いて、殺意が芽生えましたよ(笑)

――えっ? そうですか? あの曲、キャッチーでとてもいいし、オープンカーの開放感とのマッチングも最高だと思ったのですが。

純士 てことは、お前も作者側の人間なんだな。髪をかき上げて、サングラスをかけて、ストローを使わずお酒を飲んで、オープンカーに乗って外へ連れ出してくれて、高級な服やらなんやらを買い与えてくれる。そういうお姉さんがいたら格好いいだろうな……という作者の価値観、作者のオタク脳を、俺は許せない。実際あんなことをできるのは、歌舞伎町風俗嬢ぐらいのもんですよ。それを勝手に美化しやがって。気持ち悪い。

宮崎駿作品は持ち上げるが、現実にありえない理想化されたキャラクター像をもってこの作品を腐すというのはダブルスタンダードではないか

また「実際あんなことをできるのは、歌舞伎町風俗嬢ぐらいのもんですよ。それを勝手に美化しやがって。気持ち悪い」に至っては本人の露骨職業差別意識がでていて目も当てられない。

以上、はっきり妄言の類といって差し支えない内容だと思うが、この内容を本気で受け取って映画を見ない選択をしてしまう人がいたらそれは大きな損失である。今すぐこんなサイトは閉じて(略

上記引用箇所はすべて以下サイトから引用しています

http://www.cyzo.com/2018/10/post_179145_entry.html

2018-10-21

anond:20181021164451

いい話じゃん

すべての話がなにかの結論示唆に富んでなきゃいけないわけでもないぞ

ただ、この元増田は十分に学ぶべきところあるけどね

しかできないことは下手でもいいから後悔しないようにやっておこうってことだろ

別に親孝行に限らず全てに当てはまるんじゃねーの?

2018-10-18

[]鷲尾英一郎衆院議員中原八一支援へ(新潟市長選)

10月18日新潟日報朝刊より。

「国政のような与野党対決を持ち込むべきではない」という理由

衆院内閣不信任決議に反対するなど、与党行きの方向性示唆されており、本件で確定事項となったと見て良いだろう。

民進党右派と見て良かった鷲尾議員強硬反共であるが、この選挙では共産党は無碍に扱われているという向きもある(ツイッター等をチェックしても小柳聡をいやいや応援している感じ)。

与野党対決のかたちであるが、共産党色がそれほど強いように思えない。情のある旧民進党陣営の動揺が懸念される(新潟2区に含まれ西蒲区の重川隆広県議中原ではなく吉田支持)。

訴えの中心は少子高齢化中心部活性化対策などである

2018-10-16

anond:20181016224634

すべての物質の動きを予測することが本質的でないどころか、寧ろその個別性を大胆に捨象するところに熱力学の真髄があったわけですねえ。これは神が世界をそのように作った御業のなかでも特に深淵かつ示唆に富むものと思います

詳しくは田崎先生の「統計力学」(裳華房)などを読んでみてください。あなたの問いかけたその質問よりも20世紀物理は遥かに豊穣で奥が深いですよ。

ミツミ電機10年勤めてやめた話

総合電子部品メーカーミツミ電機10年くらい勤めてから転職した。 

 

転職理由はいろいろあるけれど、

業務管理が一切されていない点

・長期海外出向を示唆された点

パワハラが横行していた点

この3つが大きな理由だった。

 

 

ミツミ電機はそこそこ大きな会社なので部署ごとで雰囲気がまったく違うようだったけれど

上長はどこも似ている人がなっており、部署移動してもいずれ居づらくなると思い転職した。

 

業務管理については一切されていなかった というよりも業務管理をできる人間がいなかった

各人が自分業務でいっぱいいっぱいで憔悴しており、上長自分仕事が終わらずに部下に仕事を回すほどだった。

 

業務管理がされていないと何かミスが発生した時に、そのミスはすべて個人責任とされる。

業務報告し、確認したうえでのミス業務遅延でも上長は知らんぷり。個人責任だ。腹が立った。

 

 

海外出張については会社がどうこうとか理由ではないが

個人的に東南アジアが嫌いだから無理だった。衛生的ではない国がどうしても嫌いで住むに堪えなかった。

 

 

パワハラについては日常で異常だった。

おじさんがおじさんに怒鳴られ詰られ泣かされる姿は聞いていても見ていても辛かった。

若手に対しても当然パワハラは行われる。

お前はセンスがない。バカじゃないのか?無駄大学院出て、こんなことも出来ないのか???

こういった個人侮辱するような言葉しょっちゅう飛び交う。しかも大声でフロア中に聞こえる音量で、だ。

私が会議で異議を唱えた際にも、うるせー黙ってろ!とモニタリモコンを投げつけられた

そのときにもう無理だと感じた。

先輩は上司パソコンの入ったカバンを顔に投げつけられていた、一歩間違えば死ぬ

 

そんな環境10年耐えてきた。

当然みな精神病を患っていた。

今思えば上長もみな精神病だ。

あそこは精神病棟だったのだ。

 

 

私は転職天国のような環境仕事をしているが、

あそこで負った精神の傷は未だに癒えない。

これ、実はけっこう深遠な話

もはや無効メタファー…というわけでもない

書き方は釣りっぽいけど、今30代前半以下のPCユーザーにはフロッピーディスクを実際に見たことがない人達が多いはずで、あのアイコンが「保存のメタファー」として直感的でなくなってるのは確かだと思います

ただ、検索を虫眼鏡アイコンで、電話黒電話アイコンで、電気稲妻アイコン表象するのと同じように、ひとたびユーザーの側に「これはこういうもの」という強力な連想確立・共有されてしまえば、ユーザーが必ずしもその表象されてる実物を知らなくても大きな問題は起きないようにも思います

そもそも機能アイコンとは何なのか

それより何より、自分が昔から気になってるのは、この保存アイコン代表される「機能アイコン」の特殊性についてです。多くの人々が感じているように、機能アイコンには意味がわかりにくいものが多い。たとえばWordExcelだとこんな感じ:

https://gyazo.com/c0d77ae6fd252d756b40f95da10c9cc7

https://gyazo.com/f2807738b32978daa8edb8ab9f9b8441

「これアイコンにする意味あんのかな、単体で見ても全く意味わからんな」というものがたくさんあるよね。

機能アイコンオブジェクトではなくアクション

何で機能アイコンってわかりにくいか、考えたことありますか? デスクトップメタファーでは、コンピューターの中にあるオブジェクトファイルディレクトリ)を実世界存在する書類フォルダ見立てて、それをアイコンとして表現することで直感的に理解操作できるようにしているわけですが、機能アイコンはそうじゃないんですよね。機能アイコン表現したいのは、オブジェクトではなく、アクション(行動・働きかけ・変化)なんです。

そして機能アクションアイコンで伝えようとすると、

①その機能表象するモノをそのまま使う(フロッピーや虫眼鏡錠前など)

②その機能表象するモノに、動作や変化を示唆するプラスマイナスバツや矢印を重ねる(削除行に×マークをつけたスプレッドシートなど)

③その機能を実行したとき視覚的結果を表す(中央寄せや下罫線など)

ぐらいしか手段がないのです。

このうち①は、実世界での活動になぞらえられるような基礎的機能しか使えない。②は、もともと小さい機能アイコンさらに小さい意味素を付け加えることになるので、とても見にくいうえに、似たような機能アイコン区別しにくい。③は、ごく簡単な結果であればよいけれど、複雑だったり抽象的だったりする結果を表現することはほとんどできなくなる(たとえば、上のExcel機能アイコンの「アイテムの後ろの空行を削除する」や「XPS形式添付ファイルとして電子メール送信」など)。①②③のいずれも、アクションオブジェクト表現することに本質的に無理があるからわかりにくいわけです。

機能アイコン直感理解を助けるためのメタファーではない

じゃあ、なんでそんな「本質的に無理がある」ものがここまで普及して広く使われているのか。この問いを突き詰めると、機能アイコンはもはや直感理解を助けるためのメタファーではないからだ、という答えにたどり着きます

例えば、わかりにくい(アイコンとしての具象性が劣っている)からといって機能アイコンを取り去るとどうなるか考えてみると、「いや、やっぱちょっと困るな」となる人は多いのではないでしょうか。もしリボンUI文字だけで機能がずらずら並んだらものすごく見にくいし、目的機能を探しにくい。つまり機能アイコンの利点は、今では①UIの省スペース性(たくさんの機能を有限のUI領域に整然と詰め込める)と、②瞭然性(学習さえ済んでいれば、文字列の読解処理を経ずに瞬時に判別できる)の2つにあるのです。

機能アイコンデスクトップメタファーとは違って、ユーザー学習コストは下げてくれない(直感理解は全く支援しない)けど、一度学習してしまえば、日々その機能を利用するとき操作コストは格段に下げてくれます元増田も、保存アイコンがないよりは、フロッピーアイコンのままのほうがずっと楽なはずです)。これが確実にユーザーエクスペリエンスを向上してくれているわけですね。

個人的には、だから機能アイコンのことは機能シンボルって呼ぶ方が実態に則してるんじゃないかなと思ってますアイコン偶像だけど、シンボル約束事、協約ですからね。

https://anond.hatelabo.jp/20181015232008

2018-10-13

anond:20181013193152

以下の通り、女性に向いている職業なのにこの女性比率の低さ

それはつまりあなたの「女性に向いている職業である」という仮定が誤りであることを示唆しているのではないですかね

2018-10-11

anond:20181011184334

エビデンス

実証重視の方々にとっては「物語」の代表に見えるであろう精神分析系の心理療法も、ちゃん効果確認されるようになってきたたことです。

それこそ、そのエビデンス(論文)でも提示されればいいんじゃないですかね。

この辺りのこと?

Jonathan Shedler,"The efficacy of psychodynamic psychotherapy."(American Psychologist 2010)

Falk Leichsenring,Sven Rabung,"Effectiveness of Long-term Psychodynamic Psychotherapy: A Meta-analysis"(JAMA 2008)


フロイト理論の諸々の失敗

精神分析医のフィーリス曰く(1)、フロイト派のセラピービクトリア時代の人たちには、うまく機能していたが20世紀半ば以降、人々の「性格の鎧」の質が変わり、セラピーはうまく機能せずに行き詰まって失敗することが多かった。

フロイト派の精神分析法は、「幼少期の体験が成人してから人格の基礎となる」というものが骨子の一つ(2)だが、そのことに大打撃を与える調査が出てきた。1990年代マシュマロ実験の文献を詳しく調べたマーティンセリグマンは、幼年期のできごとが成人してから人格に影響を与えるということは、ひどい心的外傷や栄養失調があった場合にはありうるかもしれないが、それ以外では有力な証拠ほとんどないと結論づけている(3)。子供時代と成人してから性質に、ごくわずかな相関は認められるが、それは主に遺伝的(生まれつきの)性質、つまり概して明るいとか気難しいといった性質の反映として説明できるという。

また心理学者のバウマイスター一同がフロイト提唱する理論メカニズムの数々を現代の文献と付き合わせて検証したところ、最も最悪な理論昇華説だということが判明した(4)。そもそも昇華説には根拠がない上、事実はその逆だと考えられる理由が多いからだ。

もちろん、フロイト理論示唆的で興味深いものが多いし、余談だが「快感原則彼岸」については現代思想の中ではかなり重要位置づけになっている。ラカン執拗にこの論文にこだわるわけだしね。

それに、フロイト批判をしたバウマイスターは、フロイト提唱する説でエネルギー重要位置に置かれていることに敬意を表して、フロイトが使っていた自己を指す言葉自我(エゴ)」を使って、「自我消耗」という言葉を「人の思考感情や行動を規制する能力が減る現象」に名付けた。自我消耗に関しては、後に脳波記録検査法(EEG)で脳内の前帯状皮質におけるスパイク発火(エラー関連陰性電位)が対応する脳機能であることが確認された(5)。


科学的な心理学

著名な心理学者であるスティーブン・ピンカーは、 今回で言えば「人生全体」「物語の蓄積」「人生の深み」といったことで、科学基本的研究方略である単純化(simplify)」を退けようとしていることに苦言を呈している(6)。 研究対象をとなる複雑な現象をいろいろなレベル単純化し、いろいろなレベルごとに 解明していくことを拒んで、複雑な現象ありのまま理解しようとしていたのでは研究はいつまでたっても現状に停滞したままになる。単純化を嫌って、複雑な現象を複雑なままで捉えようとする人文系学問に多く見られるのこうした研究方略を、ピンカーは完全な正確さを求めて「原寸大の地図」 を作った愚かな地図職人を描いたホルヘ・ルイス・ボルヘス(Jorge Luis Borges)の寓話批判している。

現代心理学の始まりブント(Wilhelm Wundt: 1832-1920)のライプチヒ大学での心理学実験室創設とされるように、そのスタートから科学を目指したものだった(7)。 人文学科学化と言っても、物理学化学実験を導入するのではなく、心理学実験手法神経科学実験手法(EEGfMRIなど)を取り入れればいいのである。また、国際的科学心理学学会APS(Association for Psychological Science)の会長だったカシオッポはこうした点に注目し、心理学科学と他の文系学問とのハブとなるべきであると主張している(8)。

個人的には、人生全体から人間理解フロイト理論人間理解よりも、人類史から人間理解(進化心理学)(9)や神経科学から人間理解の方(10)がより多くのことと整合性が有ると思うし、「物語」を一切考慮しないで休職者の約53%を予測したリシテア(11)といったことの研究心理学がより一層取り組んでいくことを願ってるわ。


▼出典

(1)Allen Wheelis,"The Quest for ldentity"(New York: Norton,1958).

(2)Sigmund Freud,"Drei Abhandlungen zur Sexualtheorie(『性理論三篇』)"(1905)

(3)M.E.P.Seligman,"What You Can Change and What You Can't :The Complete Guide to Succesful Self-Improvement"(New York:Alfred A.Knopf,1993).

(4)Roy F. Baumeister,Karen Dale,Kristin L. Sommer,"Freudian Defense Mechanisms and Empirical Findings in Modern SocialPsychology: Reaction Formation, Projection, Displacement, Undoing, Isolation, Sublimation, and Denial"(Journal of Personality,1998)

(5)Michael Inzlicht,Jennifer N. Gutsell,"Running on Empty: Neural Signals for Self-Control Failure",(Psychological Science 2007)

(6)Pinker, S."Science Is Not Your Enemy: An impassioned plea to neglected novelists, embattled professors, and tenure-less historians." (New Republic, 2013)

(7)Bringmann, W. G., Bringmann, N. J., & Ungerer, G. A."The establishment of Wundt's laboratory: An archival and documentary study." (W. G. Bringmann, & R. D. Tweney (Eds.), Wundt studies: A centennial collection (pp. 123-157). Toronto: Hogrefe. 1980)

(8)John Cacioppo,"Psychology is a Hub Science"(Observer 2007)

(9)Martin Daly, Margo Wilson,"How evolutionary thinking inspires and disciplines psychological hypotheses." Pp. 15-22 in XT Wang & YJ Su, eds., Thus spake evolutionary psychologists.(Peking University Press,2011)

(10)一例を挙げれば、心の理論(Theory of mind)における神経科学役割とか。サイモン・バロン=コーエンが有名だろうが、研究は色々有りすぎて挙げきれない。

(11)HR テクノロジーで、人や組織パフォーマンスの最大化を図る 「リシテア/AI 分析サービス販売開始(https://www.hitachi-solutions.co.jp/company/press/news/2016/1201.pdf)

2018-10-10

anond:20181010225903

文字が大きくて読みやすかった

このような世界学術コミュニティに参加していく際に、日本政治学者研究の発信に

壁になると予測されるのは、先述したことであるが、世界各国の研究会に提出されるペー

パーのフォーマットが、日本政治学における通常の論述フォーマットと違うことである

意見交換会参加者の一人は、「日本政治学者はそういうことを重要視してこなかった。

どうしても議論の接点がずれていくのはそのためではないか研究には、フォーマット

問題がある。」と述べた。また別の経験者は、「アメリカヨーロッパ人と常に付き合っ

ていなければ、ファッションがわからない」「どういう人がレフリーをしているかについ

ての情報にも無関心であってはならない」と述べた。これらの指摘は、本格的な参加が何

意味するか示唆している。

これ・・・

はわわ!!!

これはもうさ、新卒博士(工学)とかに4,5年ばかりトレーニング積んでもらって教授に仕立てたほうがいいよ

今のプレーヤーは5人くらい残して全員退職してもらった方がいいね

[]若おかみは小学生!

若おかみは小学生!』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨です。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向け。またこ作品書籍漫画版アニメ版あるけれど、それらは横に置いといて映画の話します。

総評

これは120点っすな。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」なので、「見れて大満足! もうちょいお布施したい」でした。

演出とは裏腹に内容的にはかなりヘビー(というのを見越して爽やかで明るい演出を用いていた)なので、児童文学原作でお子様向け痛快娯楽活劇とは言い切れないんですが、個人的にはクオリティさえ伴えば子供を思いテーマや悲しい作品でぶん殴ってもええやないか、いてもうたれ、子供ってのは子供なりに受け取るんだ派なので、クオリティでぶん殴ればいいと思いますふるぼっこドン

この映画に関してはTwitter児童労働がどうのこうのという話もちらりと耳にした程度で事前情報収集もなく見に行ったんですが、そういう物語じゃなかったですよ。

喪失を乗り越えるという話

じゃあ、どういう物語だったかといいますと、大きく2つの柱が絡み合うストーリーでした。それは大きなテーマで言えば「喪失を乗り越える」と「自分自身と居場所を見つける」という話。

初っ端から重いですが、主人公である女子小学生・関織子(通称おっこ)は、本作冒頭の交通事故において両親を失います。もうこの時点で軽い話になりようがないわけですよ。にも関わらず事故被害のシーンはグロカットされ、葬儀とそれに続くドタバタのシーンも描写はされず、おっこは新生活の場であるところの、祖母の営む温泉旅館「春の屋旅館」へと向かいますトランクひとつ持って別に落ち込むわけでもなく、ちょっと大変なだなあくらいの顔色で一人旅をして、到着し、新しい部屋(いままでのマンションとは違う昭和的な和室)を与えられ、転校して新しいクラスメイト挨拶をして、ひょんなことから家業である温泉旅館を手伝うことになります

若おかみは小学生!』って言うタイトルから当たり前ですが、こうして女子小学生おっこの若女将修行生活が始まるわけです。

「春の屋旅館」がある「花の湯温泉」は歴史のある温泉街で、古都然としたまちなみに浴衣姿の観光客が歩く割合賑やかで、カラフルな町です。この辺音楽美術演出あいまって、しみじみと明るく暖かく描かれていて雰囲気良いですね。美術レベルは高かったです。

でも、この明るく爽やかなあたりが(とうぜんそれは演出意図に沿ったものなんですが)、ある意味ホラーでもあるわけです。

小学生児童にとって、両親を失うというのは、最愛家族を失うということであるのみならず、加護者も生活基盤も導き手も失うということです。もう、それは世界崩壊かいレベルでの悲哀なわけですよ。

にも関わらずおっこはそこまでの苦しさを見せない。両親を思い出してちょっとうつむくことはあっても、笑うし、日常生活を送るし、新しい出会いにも前向きでいる。それはよく考えればとてもとても異常なことなわけです。

異常なおっこの新生活は、やはり物語後半に向けて徐々に破綻してゆきます。「両親がまだ生存していて自分と一緒に暮らしている」という幻想を何度もみてしまうおっこは、あるシーンにおいて事故の原因となった(もちろん別のですが)大型トラックを見て、事故フラッシュバックから過呼吸になってしまう。おっこは、両親の喪失という悲しみを乗り越えたわけではなくて、ただ単に今まで封印をして日常生活を演じていたに過ぎなかったわけです。

あらすじなんかにおいて本作は「主人公おっこの成長を描く」なんてサラリと書かれているわけですけれど、それは不誠実な欺瞞であって、おそらくおっこの身になってみれば、それは成長じゃなくて引きちぎられてバラバラにされてしまった自己の修復というサバイバルなわけです。失った何かから目を背けて、決定的な破綻をしないようにごまかしながら疾走するというのが、この物語の前半部分でした。

自分自身と居場所を見つけるという話

そういう意味で、おっこが若女将をやるというのは、児童労働とかそういうレイヤーの話ではないのです。両親を失って加護者も生活基盤も支えも失ってしまったおっこにとって「いまできるなにか」に必死に飛びついて自分を騙そうとしていたとも見ることができます祖母である旅館経営者(現女将)の後継者問題という、旅館側の都合があったにせよ、おっこが旅館雑務に飛び込んで笑顔で充実していく背景にはそれがあるはずです。

事実おっこの若女将雑誌に取り上げられて評判を呼ぶという広告的な価値はあったものの、従業員としてみたとき、お客さんに感情移入しすぎて夜闇の中に駆け出すなど(一般的社会人価値からすれば)行き過ぎな面もありました。

でもそれも仕方がないと思うのです。両親という生活基盤を失ったおっこは、同時に目指すべき将来の自分像も失っています。「将来こういう自分になったらいいな」です。その空隙を、目の前に提出された安易な「若女将」で埋めてしまったわけですから、その意味では、おっこの若女将労働としての若女将ではなく「若女将ごっこ」でもあって、つまりはある種の自分の居場所探しなわけです。

たとえおっこ自身がそれを言語化できるレベルで気づいてなかったとしても、まだ収入もなく住む場所自分では決められない小学性にとって、他にできることなんて事実ないじゃないですか。それはせめて居場所を獲得するという生存努力です。

おそらく祖母はそのおっこの悲痛に気がついていて、周囲が無責任に「若女将誕生!」とはしゃぐなかで、決して自分からは手伝え、継げとはいいませんでしたし、おっこの労働危惧してた素振りも見えました。経営者として「子供接客なんてさせられない!」と拒絶することもできたでしょうけれど、おっこから女将をとりあげて、じゃあ不安定彼女精神に何をしてあげられるかと言えば何もない。だから黙認しかないわけです。

だいたい「自分自身と居場所を見つけるという話」なんてもの現代社会において、大学卒業して就職して一年二年経った青年が、俺はどうやらこういう方面には我慢が効くがこういう方面は苦手だぞ、どうやらおれはこういう仕事とこういう人間関係の中でなら生きていけそうだ――みたいなのをやっとこさやるものなわけで。そんなものを、小学生が引きちぎられるような喪失を乗り越えるのと二正面作戦でやるのは無茶というものです。

そういう意味では、周囲の大人たちはもうちょいどうにかフォローしてやれなかったのかよ、とも感じるんですが、でも逆にそれこそ大人視点傲慢物言いであって、大人だろうが子供だろうがどんな人間でも自分自身の心の中の悲しみや未来とは、自分一人で向き合うしかないというのも一面の真実です。

おっこは画面上の軽やかさやおっちょこちょいさに隠されがちですが、実は誇り高い女の子です。特に自分が設定した自己目標に対しては愚直なまでに誠実です。だからこそ、宿泊客のために対立している真月に頭を下げて教えを請うこともします。その実直さが両親を失うという危地の中で彼女孤立してしまった原因だし、それが巡って彼女の味方を増やす原因でもあったのは素敵だったと思います

ふたつの話の交差点

おっこは「喪失を乗り越えること」から逃避して、目の前のロールである女将に飛びつき、そこで必死に働くことによって苦しかった過去ある意味塗りつぶそうとしたわけですが、その逃避が「自分自身と居場所を見つける」ことにつながってゆきます

幾つかの出会いがあって、目指すべき未来のヒント、ロールモデル出会います。たくさん登場人物がいるのですが特筆すべきなのは三人でしょう。

まずは旅館女将である祖母。登場シーンは少ないのですが、彼女個人人格職業倫理が融合してしまったあの佇まいは、今は亡き母経由もふくめておっこの誠実さの根っこのように思います職業倫理がついには人格化しちゃうって、昭和的な善人のあり方としてすごく共感できるんですけど、今の時代では流行らないのかもしれないと思ってちょっとロリしました。

二番目には、おっこの同級生、秋野真月(大旅館の跡取り娘、通称ピンフリ)でしょう。この娘は小学生女子なのですが、広い視野旅館業と湯の花温泉京の未来を見つめていて、顧客に対して誠実であろうという、幼いながらある種の達人系キャラです(傲慢物言いをする残念キャラでもあるのですが)。この娘と同年代として出会うことができた、ライバルとして対立したり和解したりできた、というのはおっこを取り巻く幸運の中でも格別のものでした。彼女との交友は、悲痛から逃げ出して飛びついた「若女将ごっこ」に、その内実の精神性を加えて「本当の若女将」へ進化させてくれたと思います

(余談&劇中では語られませんが、温泉郷に住まう子供の中でも誰よりも本気で町の未来について抱え込んでしまってる真月の孤独にとって、その孤独の闇に現れて、自分の高さまで登ってくれると約束してくれたおっこの存在は、想像すると涙がこぼれるものが有ります。真月からみてもおっこは救いであったと思うし、そうだと良いなあ)

三番目は宿泊客である占い師グローリー水領です。長い黒髪をたなびかせたこ宿泊客は、都心部事務所を構える凄腕の女占い師なのですが、私生活での失意から「春の屋旅館」で飲んだくれ生活をしています

抑制的な演出描写される彼女鬱屈をおっこはどうにかして励まそうと、浴衣を着たことのないという彼女着付けを手伝います浴衣経験のそんな彼女艶姿におっこが感嘆した感想が「格好いい!」でした。

ものすごくさり気ないシーンだったのですが、それはおっこが喪失していた「自立した憧れるべき大人の女性像」を見出した場面だったんじゃないでしょうか?

私生活で辛いことがあっても他者に当たらず、それどころか宿泊先の幼い従業員おっこに気を使っておどけてまで見せる。グローリー水領はおっこ視点では「素敵な大人のお姉さん」です。その素敵な年上のお姉さんに、「可愛い」でも「素敵」でも「綺麗」でもなく「格好いい!」と小さく叫んだおっこに、少し泣けました。お洒落で(←女子小学視点では重要です)、颯爽としてて、自立をしてて、視線を合わせて話してくれる。そんなお姉さんはおっこにとってどれほど輝いて見えたことでしょう。暗闇の中で我武者羅に迷走していた、それでも笑顔だけは守っていたおっこにとって、それは小さな灯火で「未来自分」「目指すべき形」です。

祖母の言う「誰も拒まない花の湯」、同級生真月のいう「客を癒やすレストスペース」、女占い師自分仕事を「他人を励ます仕事」だと評したこと。それらは全て本作テーマに重なるパラフレーズです。そしてそういう人々の輪の中に、自分も入っていける。癒やしたり癒やされたりしながら前へ進んでいくコミュニティの一員になる。「若女将」という「自分自身と居場所を見つける話」は、おっこにとっては生存努力であり逃避だったわけですが、それを誠実に、ごっこから実体にしていくのならば、結局逃げていた「両親の喪失という苦しみを越えていく」につながっていくのだ、という脚本はすごく良かったです。

別れ

ここまで触れてませんでしたけれど、おっこには霊感があるという設定で「春の屋旅館」にきてから騒々しい幽霊少年やおませな幽霊少女出会い、励まされています。両親が今でも生存していて日常は壊れていないという幻想に悩まされていた頃おっこを支えていたこ幽霊たちですが、物語終盤でおっこから見えなくなってしまうという形で別れが示唆されます

でもそれは、おっこが人間社会のなかで居場所確立した――七つまでは神のうちといういわばまだ神様たちの一員であり神楽の主役でもあったおっこたちが、社会の中で着地して、痛みも悲しみも乗り越えていく季節がやってきたのだというエピソードです(おそらく魔女の宅急便黒猫ジジが喋れなくなる、も同様の構造ですよね)。

見終わってから気づいたのですが、この作品幽霊や鬼たちは、幼いおっこが空想したイマジナリーフレンズだとしても物語が成立するように設計されています

おっこは自分の中の勇気かしこさと一緒に自分の悲しみと戦った。「春の屋旅館」はその舞台であり、若女将はおっこが戦うための姿だった。

すべてのフィクションファンタジーなので現実視点を持ち込みすぎるのは野暮というものなわけですが、今後おっこは中学入学卒業して、大学はともかく高校くらいは出るはずで、一人前になるまで十年近い時間があります。(このお話のおっこは絶対旅館業一筋だと思うのとは別に一般化するのならば)そのなかで、旅館から離れるかもしれない。現実に寄せて考えるならその可能性は高い。

でもそんなことはおっこの戦いとそこで得たものとは関係がないわけです。おっこは若女将というコスチューム身分を手に入れたわけではなく、戦いの中で手に入れた人間関係自分自身がある。将来どこでなにをしようと、おっこの手に入れたものが曇ることは二度とない。それがこの映画の中心であって、それは児童労働とかそういうのではなく、もっとパーソナルで尊いものだったと思います

ps.おう真月ちゃんパート書き足したで!

anond:20181010122353

トゥギャでちらっと見かけたんだが

いろんな界隈を荒らしては弾き出されてきたようなことが示唆されてて

トランスジェンダーすら通過点なのかもなと思った

キズナアイ戦争はまだ終わっていない

anond:20181009213631



キズナアイ自身KKKの扮装やヒジャブを着たイラストにはなんの対処もしないくせに

少年ブレンダの作る「フェミニストキズナアイ二次創作にのみ「規約違反ではという」指摘に対して反応して見せた

これは明らかにフェミニズムのみの問題ではない

人種差別宗教差別問題公式は軽視しており、また、フェミニズムのみを問題視することは明らかにフェミニズムに対する差別でもあろう

我々は戦う

全ての正義のために戦う

黒人よ声を上げよ

ムスリムよ声を上げよ

立ち上げれ

anond:20181009210439

オタク性的二次創作をまき散らすのが原因なら、なんでそれが「萌え絵」だけダメということになるんだろう

増田の言う通りオタク節操がないからなんだっておもちゃにして性的二次創作をまき散らすことができるのだとしたら

それは「萌え絵」に限らずに世の中のおよそ全てのものが「性的だ!」「エロだ!」ということになる

ドラゴン自動車も「性的」に描こうと思えば描けてしまうのがオタクなのだから

萌え絵だろうが少女漫画だろうが児童書だろうが「エロ二次創作おもちゃ」にすることはできる

なんで「萌え絵」だけが特別扱いされなければならないのだろう

ご丁寧にキズナアイの絵柄と、プリキュアセーラームーンの絵柄の違いを解説してくれている人もいるようだけれども、「エロ二次創作おもちゃ」という観点であれば同じなの。違いなんかないの。全部おもちゃなの。

からって、ドラゴン自動車それ自体が「性的だ」とはならないでしょ

エレンベーカーも、少なくとも教科書に載っている範囲だけであれば「性的」ではないでしょ

プリキュアセーラームーンが「性的」ではないのであれば、

キズナアイも、少なくとも公式で描かれている範囲だけであれば「性的」ではないでしょ

ある絵について「性的だ」ということができるのは具体的に性器性器に準ずるものが描かれているか、性行為示唆するような場合であるべきだと思う

具体的なものが描かれていないにもかかわらず、その絵を介してその向こう側に性的二次創作なり妄想喚起するからといって、元の絵まで「性的だ」と言って切り捨てようとするのは横暴だと思うんだよ

萌え絵エロ二次創作」が氾濫しているのであれば「萌え絵エロ二次創作」をゾーニングするべき、という意見には耳を傾けるべきだと思う

でも、エロ二次創作ですらない単なる「萌え絵」に対してまで累が及ぶのは筋が違うと思うんだ

バカマツタケの"完全人工栽培"は偉業なのか

先日、加古川肥料メーカー多木化学バカマツタケ(Tricholoma bakamatsutake)の完全人工栽培成功を発表した。それを森林ジャーナリスト田中淳夫氏がyahoo!ニュースで取り上げた記事は、多数のブクマを集め話題さらった。

http://archive.is/fdyLb 

ただ記事の内容には不正確な情報や、やや解説が不十分と感じる点があったので補足したいと思う。なお増田は単なるきのこ愛好家に過ぎず本稿は信憑性に乏しいが、ブクマカのきのこへの興味と深い理解一助となれば幸いだ。

冗長になってしまったので、概要だけ知りたい方や長文が苦手な方は、先に下部の【まとめ】を読まれることを推奨する。

以下該当記事の一部を引用するかたちで解説

バカマツタケマツタケの近縁種。名前名前だけに、マツタケより劣るように思いがちだが、実は姿もよく似ているうえに味と香りこちらの方が美味しくて強いと言われるキノコである

マツタケよりも香りが強いというのは一般に言われるが、マツタケよりも美味しいという話は聞いたことがない。野生下ではマツタケよりも相当に貧弱で、発生時期が早く暖かいこと、一般湿度の高い広葉樹林に生えることからマツタケよりも柔く品質劣化がはやい(一般的にきのこ寒冷地・痩せ地に生えるほど日持ちが良く高品質ものを得やすい)ことが関係すると思われる。近縁で姿がよく似ているというのは本当で、素人目には見分けがつかない。増田にも発生場所情報なしに個体だけで同定できる自信はない。

別名がサマツ早松であるように、マツタケより早く8~9月に発生することから名に「バカ」がついてしまった。

バカマツタケサマツと呼ぶ地域は確かにあるらしい。しかし必ずしもサマツバカマツタケではない。きのこ地方名は極めて多様で曖昧世界だ。その証拠に「サマツ」といっても梅雨時期に少量発生するマツタケを指すこともあれば、モミタケオオモミタケ等を指す地域もあるようだ。

マツタケの人工栽培がなかなか成功しない中、バカマツタケの方が環境適応やすいか栽培もしやすいのではないかと注目する研究者はいた。実は昨年には奈良県森林技術センターが、人工培養の菌を自然にある樹木に植え付けて発生させることに成功している。

『人工培養の菌を自然にある樹木に植え付けて』という表現は正確ではない。菌に感染した苗木を人工的に作り出し植樹することで自然下で発生させた、とするのが正しい。既に自然化で定着している樹木に植菌を施すのと、無菌状態の苗木に植菌するのとでは似て非なる技術だ。(ところで同様の研究マツタケでも行われており、無菌培養の松苗木の感染には成功しているものの、植樹後のマツタケ発生については再現性に乏しい。理由としては自然環境化においてマツタケ菌が他の害菌に負けてしまうこと、マツタケの発生にはまとまった菌糸量とそれを支える大きさの松が必要なことが挙げられる。例えば自然下でマツタケが生えるためには一般20年生程度の松が必要とされる。)補足になるが、奈良県森林技術センターバカマツタケ栽培研究農水省委託事業で、2015年より森林総合研究所(国立)との協働で進めている。要するに国策が3年の歳月を経て文字通り実を結んだかたちだ。今年の2月頃に、はてブでも話題にのぼった。しかし本件とは全く関係のない別個の案件であり、おそらく情報の共有などもされていなかっただろう。奈良県森林技術センターが松の苗木を利用するのに対し、多木化学は菌床を用いた完全人工栽培に取り組んだ。研究テーマアプローチも全く異なり、時期も多木化学のほうが先行している。

これがバカマツタケ栽培の第1号で、今年も継続発生させて実用化に一歩近づけた。ところが多木化学は(中略)木クズなどによる人工培地(菌床)で培養から生育までを室内環境で完結させたのだ。これは画期的なことで、キノコ栽培常識を覆す大発明かもしれない。

菌根菌(樹木との共生関係を結ぶ集団)とされるバカマツタケで『人工培地(菌床)で培養から生育までを室内環境で完結』、つまり”完全人工栽培"に成功したというのは実に画期的なことである。この成果は偉業と言っても差し支えないものであると思う。三重大学の菌学者白水先生も、

とその成果を讃えている。

しかし本文にある『キノコ栽培常識を覆す大発明』というのは誇張にあたる可能性が極めて高い。なぜなら「菌根菌の完全人工栽培成功」という点においては既に先行研究があり、実はとうに商品化もされているのだから。例えばホンシメジの人工栽培がこれにあたる。

とくにマツタケ類は、植物との共生必須と考えられてきた。これまでマツタケ菌糸の培養成功した例はいくつかある(私もその度取材に行って、いよいよマツタケ栽培成功か、と期待していたのだが……)が、子実体(傘のある姿のキノコ)を出すことに成功していなかった。だが多木化学は、とうとう菌糸から実体を出させるシグナルを見つけたのである。この研究成果は、これまでの定説を破るものであり、学術上も大きな成果だろう。

繰り返しになるが、多木化学の成果が学術上も大きな意味を持つ可能性は高い。しかし、その成果がどのレベルかという点については当該記事では説明不十分なので、詳しく補足する必要がある。一般きのこ栽培はざっくり以下の工程をたどる。

a. 優良品種の選定・組織分離

b. 菌糸の培養

c. 原基形成

d. 原基の成長肥大

e. 子実体きのこ)の発生

ごく簡単に一連の流れを説明する。はじめに野生のきのこをたくさん採ってきて、それらの中から有望そうな株の組織(胞子ではない)を切り取って培養する。具体的には寒天培地というデンプンなどの栄養素を添加し固めたものを使う。きのこ組織を切り取り培地に置くだけで(コンタミを防ぐ必要はあるものの)、比較的容易にクローンである「菌糸体」を得ることができる。無事目的の菌糸体が得られたら、それらを培養して増やす必要がある。従来は木くずの他に、米ぬか、フスマなどを添加し水を加え固めたもの(=菌床)を用いる。菌糸体は、適切な温度、水分、光などある条件が重なると原基(きのこの基)を形成する。原基は一般に、低温、水分供給、切断などの刺激により成長をはじめ、十分な菌糸体の量と栄養供給を伴って肥大し、きのこの発生に至る。

ここで問題になるのは、b. 菌糸の培養、c. 原基形成、d. 原基の成長肥大という三つの工程それぞれに、全く違ったメカニズム存在することであるマツタケを例にとると、これまで少なくとも半世紀以上もの研究蓄積(野外での観察研究の記録を遡ると実に70年以上)がある中で、c,dについては再現性に乏しく、bについてもまともな成果はあがっていない。マツタケ栽培の難しさにして最大の課題は実はここ《b. 菌糸の培養》にある。とにかく菌糸の成長が遅い上に、どのようなメカニズムで菌糸が栄養素を取り入れ増殖するのかということがほとんど未解明なままなのである

理由は当該記事にあるとおり、マツタケ樹木共生関係を結ぶ「菌根菌」であることが大きい。マツタケ菌糸の生育には生きている樹木必要で、実験室での再現ほとんど不可能といっていい。それではなぜバカマツタケは完全人工栽培可能だったのか。

マツタケなどの樹木共生する菌根菌に対し、シイタケナメコなど、倒木や落ち葉などを分解し、栄養源とする菌類は「腐生菌」と呼ばれる。腐生菌の多くは菌床による栽培可能で、多くが一般に出回っているのは既知のとおりである。実は菌根菌は、腐生菌が進化過程樹木共生する力を獲得し、腐生的な能力を失った集団だと考えられている。ところが菌根菌の中には、完全に腐生的な能力を失っておらず、腐生と共生、いわば両刀使いが存在するのである。その代表ホンシメジであるホンシメジは「香り松茸、味しめじ」と言われるように、我が国における代表的な食用である。菌根菌とされるホンシメジ栽培は、マツタケ同様に長らく不可能と考えられてきた。しか系統により極めて強力な腐生的な能力を備えるもの発見された(研究により、これまで同種と考えられてきた本種が実は様々な系統もしくは別種に分けられることがわかってきた)。1999年タカラバイオなどにより菌床による完全人工栽培法が確立され、その後商品化もされており、少量ながら現在一般流通している。

多木化学バカマツタケ栽培は菌床を用いた完全栽培なので、上記ホンシメジ栽培成功と同様である。つまり、本件はバカマツタケの中から腐生的な能力を持つ系統を選定し、培養から実体を発生させるまで成功したということだ。リリースにあるとおり、今後は栽培の安定化と供給体制の構築が図られ、数年後にバカマツタケ食卓に並ぶことの実現性は極めて高い。それではマツタケ栽培への応用についてはどうか。

勘の良い方には察しがつくと思うが、前述のc〜eの工程については応用が効く可能性が高い。他のきのこ栽培でも成功しているように、十分な菌糸体と栄養を確保することさえできれば、原基形成〜子実体に至るまで管理可能なことを初めてマツタケ類においても示したことは大きい。ただし、最大の課題である《b. 菌糸の培養》については、ほとんど応用が効かない可能性が高い。なぜならマツタケにおいては既に膨大な先行研究があり、当然ホンシメジバカマツタケ同様に”両刀使い”が存在する可能性も、その系統選びも、菌糸培養を促進する成分や菌糸の栄養源についても、少なくともバカマツタケよりは遥かに詳しく調べられているかである。それをもってしてもまともな菌糸培養に至っていないのが現状なのだ

つまるところ、多木化学による本研究の主な成果は以下の二点にまとめられる。

繰り返すがこれらが偉大な成果であことに疑いの余地はない。一方でマツタケや他の菌根菌の人工栽培を実現するには、それぞれの種類において腐生菌的能力もつ系統の発掘と培養法の確立必須となる。その意味において本研究の応用範囲限定的となる。田中淳夫氏は今回の研究結果により、さも菌根菌の栄養吸収のメカニズムが明らかにされ、あらゆる菌根菌の人工栽培可能になるかのような書き方をしているが(あるいは本当にそう思っているのかもしれない)、残念ながらそうではないことはここまで読んでくださった聡明ブクマカ殿にはご理解いただけたかと思う。

菌床栽培なら、植物共生させないので培養期間が短く、室内の環境を調整することで季節を問わず生産できる。また室内栽培から虫の被害にあわず収穫時も混入の心配がない、収穫も簡単……などのメリットがある。

逆にデメリットを挙げるとすれば、野生のものとは全く異なる味わいと食感になることである。つまるところ、野生の品と菌床栽培のものとでは全く別物と考えるべきである養殖ブリと天然ブリの味わいが全く異なるように(それでも近年の養殖技術進化は素晴らしく、季節によっては天然物を凌駕するものさえある)、それぞれの美味しさと楽しみ方があると増田は考える。今回の成果によりバカマツタケ普通に食べられるようになったら嬉しいし、美味しければ普及すると思う。ただし、仮にマツタケの完全人工栽培確立されたところで、天然松茸価値のものは今後も揺るぎのないものである消費者がどう捉えるかはさておき)。

菌根菌のキノコの中には、マツタケ類だけでなく、トリュフポルチーニホンシメジタマゴタケなど高級キノコが多い。今回の成功が、これらの人工栽培技術もつながるかもしれない。

トリュフポルチーニは、日本におけるマツタケ同様にヨーロッパで盛んに研究がなされているが、今のところ菌床での栽培成功したという話は聞かない。ホンシメジは前述のとおり既に栽培法が確立されており既に商品化もされている。

これらの菌根菌の人工栽培可能にするには、ひとえに”両刀使い”の系統発見と、それらの培養方法確立である。ちなみに本家マツタケにも、実は”両刀使い”の存在示唆されており、引き続き研究が進められている。また、マツタケ類は世界中に似たような種が多数存在しており、マツタケ(Tricholoma matsutake)の中にも、例えば中国の山奥には広葉樹共生する系統があり、更にはそれらが日本ナラやカシと共生関係を結ぶことがわかっていたりもする。種の中にも多様性があり、それらをしらみつぶしに調べていけば、そのうち栽培可能ものに出くわさないとも限らない。その点はトリュフだろうがポルチーニだろうが同様である。ただし、その研究がどれほど途方もなく根気のいる仕事なのは間違いない(ちなみにトリュフポルチーニ国産種が知られており、積極的に狙うマニアが相当数いる)。ところで、遺伝子組み換え技術により、これらの菌根菌に腐生菌的能力を付加することも可能とする研究者もおり、そのうち遺伝子組み換えマツタケの完全人工栽培実験レベル成功する日も来るかもしれない。

まとめ

参考文献

https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakaatsuo/20181006-00099530/

http://fs.magicalir.net/tdnet/2018/4025/20181003413938.pdf

http://www.kinokkusu.co.jp/etc/09zatugaku/mame/mame04-3.html

https://www.ffpri.affrc.go.jp/pubs/bulletin/424/documents/424-1.pdf

http://www.jsmrs.jp/journal/No31_2/No31_2_167.pdf

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjom/50/2/50_jjom.H20-07/_pdf/-char/ja

トラバブコメに反応

見た目 味も 香りも 同等以上なら 偉業

あくまで野生産同士の比較なら、やや下位互換という感じではないでしょうかね。栽培バカマツタケは食べてないのでわかりませんが、うまくすればそこそこ美味しいものができる可能性はあるかなと。ただ、マツタケって単体で食ってそんなにうまいものじゃないと思うので、一般家庭での調理には手を焼く気がします。炊き込みご飯するにも炊飯器臭くなるしね。料亭とかでマツタケ代用品として普及する可能性はあるかもしれない。<

2018-10-05

はてな社はこのようなヘイトを煽る書き込み対処したほうがよい

https://anond.hatelabo.jp/20181004181729

他者への脅迫攻撃示唆したり、ヘイトを煽るような書き込みについて規制できる規約を作ったほうが良いのでは無いだろうか。

この書き込み攻撃対象のIDが書き込まれているので、本人が削除依頼すればできるが、おそらく本人が対応すれば攻撃者は「反応された」と喜ぶか、または「反撃された」と憎悪を募らせる可能性がある。

そしてトラブル個人のものとされる。しか個人間の憎悪を膨らませないような「しくみ」を作り対応することは可能のはず。

特定個人IDに対して攻撃を予告・宣言した書き込み

増田に書き込んだユーザーに対して「人を殺してみろ」など犯罪行為を煽るような書き込み

運営サイドの判断権限で削除・非表示されてしかるべきである

少なくとも、はてな社は低能先生犯行声明を削除・非表示した事例があり、不可能ではないはず。

このような「攻撃脅迫」的な書き込みはてなを使っているユーザーに対して、何も利益をもたらさない。

匿名でこのような行為ができる状態運営会社は放置するべきではない。

2018-10-04

anond:20181003192954

人類がそこまで賢くないことの示唆でありながら、知見がある人の言葉を聞いて理解に徹することが出来る勤勉さの象徴じゃん。

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