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はてなキーワード: パーソナルスペースとは

2017-07-18

さよならを言う前夜

なぜかすごく落ち着いている今。

「別れよう」というべきか、

「この関係ってなんだろうね」というべきか。

「適度な距離感が良いよね。」

なんて君は言っていたけど、距離感ってなんなんだろう。

適度な距離感って、パーソナルスペースに到達するかしないか

つかず離れずな気がしていた。

でもいまの距離感って同じ東京にいても

地球の裏側にいるくらいの距離じゃないか

忙しいのはお互い様

便りがないのは良い知らせ。

いつだってLINEさえあれば連絡とれる。

Facebook投稿みればなにしてるかわかる。

元気なのかな、って思う前にフィードに現れてくる相手の近況を見て

あー生きてるからいかって思ってた。

でもこれってなんなんだろう。

会いたい、触れたい、キスしたい、セックスしたいとか

そういうのを超越したって錯覚してた。

私たちが求めていたのはこんな距離感だったんだろうか。

ふたりで同じ空間にいてもいなくても、

なにかつながってるって思えるような会話や行動が前はあったんじゃないか

お互い甘え下手で「会いたい」なんてなかなか言えないからこうなった?

いや違う。

触れそうで触れれない距離感がよかったのに

目視できるかできないくらいの場所に離れてしまったら

もう別に触れなくてもいいや、見てればいいや、といって諦めたんだ。

頑張ってる姿が好きだった。

たわいもない言葉あそびが楽しかった。

無邪気に笑いかける時と、真剣眼差しギャップ萌えてた。

好きだと思ってたのは私だけ?

なんて今更疑うのも面倒くさい。

時間は止まらないし、この生きている一分一秒が惜しい。

手に入らないならもういらない。

から明日さよならを伝える。

一緒に入れてよかったなんて陳腐台詞は吐きたくない。

だって一緒にいないんだもの

からただ一言

さよなら、またね」

だけでもう終わりにしよう。

https://anond.hatelabo.jp/20170716115052

それな。

身分証明書提示なんかにくらべると、カバンの中を見せることは抵抗がある。

  

それがパーソナルスペースからっていうのが理由かな?

恥ずべきものが入ってないとしても、それを見られることには羞恥心をかきたてられる。

2017-07-16

https://anond.hatelabo.jp/20170715104142

増田は致命的にわかってない。

「何が見られたくないのか」じゃなくて、「かばんの中を見られたくない」んだよ。

かばんの中全体。裏地が見えてたらアウト。

なぜ嫌がられるかというと、かばんの中はパーソナルスペース。部屋の中、冷蔵庫の中と同じ。

人の冷蔵庫勝手に開けようとする奴は基本嫌がられるだろ?警察がやってるのはそもそもそういうことなんだよ。

2017-07-03

https://anond.hatelabo.jp/20170703121305

ちょっと考えればわかるだろ。人混みで自分パーソナルスペースを確保するために、傘をさしていない大多数の人を危険さらしているのが問題なんだよ。

2017-06-01

http://anond.hatelabo.jp/20170601085810

たった今、テレビ満員電車トラブル問題特集をしていた。

専門家はこう解説していた。

満員電車では他人に対してお互い無視することが暗黙の了解になっている。

気になるそぶりをされると無視できなくなりイライラしてトラブルになる。パーソナルスペースを侵されたと考えてしまうからだ。

トラブルは、乗客同士で解決するのではなく、車掌に連絡をすることが最適。

根本の原因は、満員電車という過密状態にあるので、鉄道会社は満員状態の解消をすることが必要

 

これはネットにも当てはまる。

はてなブックマークでは他人コメントに対してお互い無視することが暗黙の了解になっている。

気になるそぶりをされると無視できなくなりイライラする。パーソナルスペースを侵されたと考えてしまうからだ。

トラブルは、ユーザー同士で解決するのではなく、運営に連絡をすることが最適。

根本の原因は、多目的ユーザーの過密にあるので、運営目的別にユーザー分散させ過密状態の解消をすることが必要

2017-05-18

満員電車は男女共用トイレ(壁なし)と同じ

タイトルが全てですが。

満員電車内の痴漢は「パーソナルスペース侵害」によって発生する、というのが持論です。

パーソナルスペースに異性が侵入することによって、男は不必要な性欲を喚起され、女はそれに不快感を抱く、という劣悪な環境を前提としています

これは例えると「壁のない男女兼用トイレ」みたいなものです。

想像してみてください。

あなたが用を足している隣の便座で下半身丸出しの女がじょーじょーぶりぶり。その隣では下半身丸出しの男がじょーじょーぶりぶり。

そりゃレイプも起こるよね、という話です。

こんなのは男が悪い、女が悪いの話じゃないのは火を見るよりも明らかです(なので、この件を利用してミソジニーミサンドリー煽りを企む輩は全員地獄に落ちてください)

理想は全席座席指定だけど、さすがに現実的じゃないので、ラッシュ時だけでも完全に車両を男女別にしてしまうことを提案します。

2017-05-15

女のひとほど電車内でのパーソナルスペース侵害してくる気がする

グレーゾーンおじさんなる概念キャッチしたのだけど、女のひとほど電車内でのパーソナルスペース侵害してくるみたいな傾向を感じることがあり、別にそこまで詰める必要もないような混雑具合の電車内でメチャメチャ距離詰めてきたり、列車の壁際の部分(車端部やドア付近など)に立っていると、まるでこちらにもたれ掛かるように体が密着させてくるようなことがあって、自分がいわゆるグレーゾーン行為をしているかのような状況になってしまうし、知らない人にパーソナルスペースを侵されるのはかなり不快なのだけれど(体が触れるなら尚更)、これは自分が気にしすぎなだけなのだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20170515125234

ここ最近増田を見てると

満員電車という、パーソナルスペースへの侵襲ストレスに対する適応機制なのかなと思ったり

電車に乗るたびにサイトカイン放出されて攻撃的になって

家に帰れば防衛機制が働いて冤罪冤罪!と叫んだりするわけだ

2017-05-01

あなたのこと好きだけど、以前と同じような好きではないの」

そう言われて僕は固まってしまった。

散々愛し合った仲だった。

抱きしめあって許しを乞えばまたよりを戻せるとおもっていた。

別れたいというのは彼女の気の迷いで、誤解が解ければ許してもらえる、いや、いっそ許してやろうとすら思う甘えがあった。

からまり感情の起伏を感じさせない彼女セリフを聞いて固まってしまった。

永遠にも思える沈黙が車内に流れた後

「そっか」

とやっと呟くように返事を返した。

感情では抱きついて泣きついて翻意を促したいのだけれど、理性では彼女が別れたいと思うのは仕方ないと思って、何もできないし感情もうまくあらわせない。

数分くらいどこともない一点を見つめている僕に、きっと彼女は恐怖を感じたと思う。

彼女勇気を出して本音を話してくれたけれど、そのせいで僕らは他人になり、一瞬にしてそれぞれのパーソナルスペースは広がり、閉鎖的な空間を共有するのが息苦しくなった。

僕を愛してくれた彼女はもういない。

情けなくだらしない僕でさえも愛してくれた彼女はいない。

優しさに付け込まれて、甘えられて、そんな僕に嫌気がさして、愛情が磨耗していったのだろう。

僕でさえも自分のことをクズだと思っていたので、もう愛していないと伝えられた時、そりゃそうだ、冷静な判断を下せてやっと彼女幸せになれる、おめでとうとすら思った。

「私刺されるんかな?」

彼女冗談交じりに言う。

長年付き合って一方的に別れを告げるのだから、恨まれる的な常識を元に言ったのだろうけれど、牽制意味が全くないとは思えず、彼女幸せ自分幸せと同一視するくらい大事に思っていた気持ちが伝わらないほどすれ違っていたのかなと無性に悲しくなった。

そして、一生この人を愛しながら幸せを願いたかったけれど、僕がそばにいては彼女幸せは訪れないことを知る。

「そっか、うん、仕方ない。君がそういう気持ちになったなら、どうしようもないね

半笑いのような顔で僕は言う。

冷たく思われただろうか。

あなた幸せを願って、あなた邪魔になりたくなくて身を引いたのだけれどわかってもらえただろうか。

彼女不安がらせたくないし、まとわりついて迷惑がられたくない。

最後から抱きしめて髪の匂いを嗅いで何分も何時間も愛と感謝気持ちを伝えたかったのだけれどそれは無理みたいだ。

あなた出会ってからずっと幸せでした。ありがとう」とだけ伝えて別れた。

そのまま二人の思い出の場所を車で巡ることにした。

もう彼女と会うことはない。

彼女と共にいろいろなことを共有して共に老いていく未来はもうない。

的なことを二日間くらい考え続けて、彼女と何度も来た展望台に辿り着く少し前にやっと涙がこみ上げ、それから栓が壊れたように涙と嗚咽が止まらなくなったので道端に車を止めて泣き叫んだ。

綺麗な景色の先には崖があって、アクセルを踏んで飛び込みたくなったけれど、もしかして彼女の気が変わって今にも電話が来るんじゃないかと思って飛び込めなかった。

それがご都合主義か小心者の言い訳かわからないけれど、自分が情けなくて笑った。

2017-03-06

パーソナルスペース

すごく個人差があると思うのですが、広い派。近いとすごい居心地悪い。今、ものすごく居心地悪い。

すげー離れてほしい。空いたんだから今どっちかによってくれよ!!!

そんな状況。辛い。

2017-02-27

http://anond.hatelabo.jp/20170227005158

あれの解決策は、一人になれる空間時間職場が作るためにデスクとは別に間仕切りされた個室かパーソナルスペースみたいな引きこもれる空間を作ることかもしれないと思った。

2017-02-10

顔が絶望的に好みじゃない

ある人間のことを思い浮かべるとき、たいていは顔の造作をはっきりとは描き出せずに

なんとなくの雰囲気だとか、声の感じとか、匂いとかをかみ締めるのではないかと思う。

知り合って数年になる異性の知人がいる。定期的に会っている(仕事関係で)。

一日に一回は、その人のことを思い出す程度には好きなのだと思う。

相手はどうやらこちらに好意を持っているらしく、周りの人間にそれとなく言われる。

ちょっと疲れたような雰囲気が好きだ。

書く文字棒人間のようで、味があっていい。

今まで出会った人の中で、一番素敵な声をしていると思う。

パーソナルスペースが狭い人なのでよく接近されるが、匂いも好き。

ちょっと気が弱いけれど責任感があり、優しい人だ。

しばらく会わない日が続くと、こういった特徴が思い返されて、会いたくなる。

一人でいるとき、知らず知らずのうちに、小さな声でその人の名前をつぶやいていたりする(ちょっと危ないな)。

だけど、顔が絶望的に好みじゃない。

から、いざ会うと「あぁ、、、ちょっとこれは無いな」と思ってしまう。

自分のことを酷い人間だと思う。

向こうがこっちにそういう意味での興味を持たず、ただの知人として接してくれればこんなに悩まないのにと腹立たしくなる。

しかし、そうなったらそうなったで、逆に自分相手に執着するようになる気もする。

しろ、顔以外はストライクゾーンど真ん中なのだから

人間って本当に勝手な生き物だ。つくづく嫌になる。

2017-02-09

女だけど異性と身体的接触を絶って十年目になる

最後に異性と身体的接触を行ったのは二十歳のときで、それを最後に、三十歳の今に至るまでそういった行為をしていない。

※ここで言う「身体的接触」とは、手を繋ぐ以上の行為を指します。

もともと人に触られるのがあんまり好きではなかった。

女の子でも、たまにやたらおっぱいを触りたがったり頭撫でてきたり腕組んできたりする人がいるが、正直嫌だった。

恐らく私は、パーソナルスペースとやらが広いのだと思う。

当然恋人なんていないわけだけれど、異性と会う機会が少ないわけではない。

なんだかんだで男性とは結構出かけたり食事に行ったりしているほうだと思う。

だが、お酒を飲んでいるときや、並んで歩いているときに親密な空気が流れると、途端に警戒してしまう。

何かの拍子で肩が触れ合うだけでもぞわっとする。

(その人が生理的に無理とかではなくて、多分単純に私が人に触られるのがダメなだけなのだと思う)

から、異性と友人以上の関係にはなれなかった。

二十歳の頃の私がどうやって、そしてどういう気持ち他人身体的接触を行っていたのか、今となってはもう思い出せない。

このまま独り身のままなんだろうなーと思っていたある日の帰り道、

いつも使っている路線人身事故が起こったらしく、到着した電車はぎゅうぎゅう詰めだった。

うんざりしながら乗り込むと、さっそく、周囲のくたびれたおじさんと体のいろんな面をくっつけあって立つことになった。

それが、不思議と嫌じゃなかった。

遅れている電車を待っていた駅のプラットホームは北風が冷たくて寒かった。

でも、電車の中は人いきれで少し熱いくらいで、隣の人の体温が服を通して伝わってきて、体がぽかぽかしてきた。

恐らく乗車率200%近い殺気立った空間の中で、横のおじさんに肩をスマホ置きにされながら、私は奇妙な安らぎをおぼえていた。

帰宅してからもその余韻は残っていて、今誰かが私の手を強く引いて抱きしめてくれたらどんなにいいかと思った。

これが、人肌恋しくて淋しい という気持ちなのだと初めてわかった気がした。

どうしていきなりこんな気分になったのかは、よくわからないけれど。

その日から何となく大きな流れのようなものに飲み込まれつつある気がする。

何故か、毎日ボノボについてネットで調べたり、ボノボの本を読んだり、ボノボ映像を見ている自分がいる。ちょっと怖い。

まりにも生殖活動をさぼっていたせいで、私の中の動物的な部分が目覚め、生殖本能に訴えているのではないかと思う。

今まで知的活動こそが人間としての喜びだと考えていたが、何でもセックス解決してしまボノボ幸せそうで、少しうらやましい。

2017-02-02

なぞなぞなぞ!

混み合った電車終点の駅について、座ってたヤツが立ち上がって我先に降りようとしてんの見ると、

そんなに降りたけりゃ座ってんじゃないよ、立ってる人が先に降りるのが筋だろう、といつも思うのですけど、俺がおかしいの?

待てないヤツって前頭葉ついてないの?

つり革につかまってて、どう考えても体が当たらないようにできる空間はあるのに、距離つめてきて、ちょいちょいぶつかってくるヤツ、人肌恋しいの?俺のことが好きなの?パーソナルスペースって知ってる?

謎な人が多すぎてスルーするの大変

2016-08-27

http://anond.hatelabo.jp/20160806155116

私の方が確実にややこしいセクシャリティー(トランス同性愛でまだ元の性別生活してる)なので、私の事を話して相手を混乱させたい。

無意不明パーソナルスペースを詰めてくる人は怖いだけなので、距離を詰めて探ってくるくらいなら好意をはっきり示してくれた方が私のとりたい距離感提案が出来るしだいぶ楽になる。

2016-08-09

エスカレーターマナーの変遷と今後について

その昔、エスカレーターとは、てんでばらばら、左右好きな位置に立ち止まって利用するものだった。

で、みんなパーソナルスペースを確保したいものから、二列にきちんと整列して詰めて乗る、などということはなく、

左右ばらばらだったり、前の人とは一段開けて乗ったり、かなりムダにスペースを使った乗り方をしていたものだ。

関東圏で「急ぐ人のために右側を歩く」というマナーが定着していったのは、80年代半ばから90年代初頭、

ちょうど昭和末期から平成はじめのころだったのではないかと、個人的には記憶している。

これは欧米ではすでに当然とされている、きわめて合理的マナーであって、いまどき右側を空けないなんて、なんてマナーを知らない田舎者馬鹿野郎なんだふざけるな、

という雰囲気がいつの間にか醸成されていった用に思う。

実際、当時は、これはきわめて合理的マナーに見えた。

歩かない人は、きちっとつめて一列に整列して乗るようになったし、急ぐ人はスムーズに使えるようになったし。

今や、はてなで、エスカレーターを歩くような人間は、人でなし扱いされかねないようだが。



自分結構エスカレーターは歩くほうだ。

地下鉄新御茶ノ水JR御茶ノ水駅乗換えの、あの、妙に長いエスカレーターをじっと止まって乗っていられない程度には、せっかちなのである

歩きたければ階段を歩けといわれたって、そもそもエスカレーターしかなかったりする駅も多いし。

どこかで、「大江戸線某駅の4分かかるエスカレータを歩いたところで、所要時間3分30秒程度に縮まる程度の効果しかない(だから歩くのなんかムダ)」という

意見を見かけたが、なにをとんちんかんを言っているのか、と思った。

12.5%も効率化できるなんて、すばらしいことじゃないか

いや、その程度の効率化なんてどうでもいいという程度に、余裕のある生活を送っているというのは、一面うらやましくもあるが。



最近になって、エスカレーターの歩行に起因する事故が増えているのは、歩きスマホする馬鹿と、高齢者が増えたせいではないか個人的にはにらんでいるが、

それはともかく、このマナーが、別に法律的強制とか何かがあるわけでもないのに、これだけ定着してしまった現状と、

自分のような人間がいるという事実をかんがみるに、

「歩く人のために片側を空ける」「急ぐ人は歩いていい」というマナーを撲滅するには、

「一列の幅しかないエスカレーター」の普及を急ぐより他に無いと思うのだけれど、どうだろうか。

2016-08-07

過去に3人の同性から好意を持たれたことがあるのでその知見を書く

俺(A)は男で、小~中辺りで1回、高校1回、大学で1回、男から好意を持たれた。

どれも、相手から好きですと告白されたわけではなく「あのときのアレはなに?」とこちらから聞いたところ「実はAが好きだった」という答えをもらう形で知った。

「あのときのアレ」とは三者三様だが、簡単に言うと「スキンシップが多い」である

小、高は完全に自分一人だけの問題で終わったので書けることはない。以降、大学での経験と周りの反応について書く。

俺は人と距離を詰めるのが苦手なので同性異性関係なく自分から相手に触れられる距離に入ることはほぼない。距離が近いよ、という意味で「やめとくれ」とは思っていたが嫌悪感ではない。

体育会系のノリで、まったく同性愛気質はなくともチンコ触りあったり尻を叩いたり素っ裸になってキャッキャ言ってる男は沢山いたし、女だって彼女でもないのに必要以上に距離が近い人は沢山いた。自身の以前の経験から慣れていたからでもある。

パーソナルスペースは人それぞれ」というだけの話で、相手好意を持ってくれていること自体は嬉しい。

同大学生で「知人の範囲に入る数百名」の内、実際に同性愛者だと分かったのは好きだと言ってくれた1名+友人Cから聞いた1名の計2名。

友人Cもペラペラ喋ったわけではなく、恋愛の話から~C「俺、男から好きだと言われたことがある」「ところで俺と同じクラブのDはゲイだと思う」というような話の流れで名前が出た。俺の方は「俺も男から好きだと言われたことある」と答えたが名前は出していない。

その後、俺を好きだと言ってくれたBが「Dもゲイだよ」と教えてくれたので世間は狭いと思った。

はいえ、俺の大学ではLGBTについて何ら騒いでいなかった。むしろとても静かに落ち着いていた。

俺に好きだといったBには俺より仲の良い友人が沢山いる。その友人達からBがゲイだというような話はいっさい出なかった。Bが話してくれた内容からはその近しい友人たちは知っているということだったのに。

また友人Bから名の出たDもそれまでに一度、風の噂で「Dはゲイかもね」と流れてきただけ。

○○はゲイなんじゃないの、という話題になったところで「へー、そう」で終わっていたし、何より「ある人が"○○はゲイ"と言っていたところで、そんな重要情報は本人の口から出た言葉でない限りは話半分で聞いておくべき」という基本的なことを皆理解していた。

「私も女性から告白されたことがある。意外と沢山いるもんだね」男女どちらもそれ以上に話が膨らむような話題ではなかった。


http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.buzzfeed.com/kazukiwatanabe/gay-student-sued-hitotsubashi-university 『「ゲイだ」とばらされ苦悩の末の死 学生遺族が一橋大と同級生提訴変更する』

上のブクマコメントでいくつか見受けられるのが

「突然気持ちを打ち明けられた友人も激しく動揺しただろう」

「同性に告白された場合、その悩みは誰に相談すればいいんだ」

「じゃぁ、告白された彼の気持ちはどうなるのさ。友達だと思っていた人が自分恋愛対象だとみていたと知った彼の気持ちは」

などがあるが、この人たちは実際に同性から告白されたことがあるのだろうか。

俺は動揺などしなかったし、実際に同性に告白された友人達も、誰も動揺してるようには見えなかった。

悩み相談は俺の大学の皆がそうだったように、しかるべきタイミングと人を見て話せば良い。見境なくプライベート情報をばら撒くのは相談とは言わない。

「お前は動揺しないだろうけど俺はする」?確かに「こ、告白された!どーしよう!」とは思うかもね。それは動揺じゃないし、どうしようもないしどうもしなくていいだろう。

俺が受けた告白に対する答えも「女性しか好きにならないのでごめんなさい」で終わり。しつこく付きまとわれたことはない。しいて違いを挙げるなら「前みたいに距離を詰めて来たらそのままにはせずきちんと離れよう」とその人への俺の対応が少し厳密になっただけ。

これも「ゲイは怖い」からではなく、相手に不必要に期待を持たせないため。だけどむしろ相手の方が気を使ってこちらとの距離をちゃんと取ってくるようになったので杞憂に終わっている。

どこに動揺する要素があるのかわからん。同性異性かかわらず「告白告白」なんだから告白に対する返事」をすれば良い。

大学生ほど大人じゃない中・高生が秘密を広めてしまうのは分からんでもない。しかしそれも「自分の中で抱えすぎて苦しんだから」というよりは「自分しか知らない秘密は話の種として使える」という下種な気持ちから場合が多い気がする。

襲われるかも思うと怖い?実際に襲われたのでもない限りネット情報に踊らされ過ぎである

俺の知ることができたゲイの数は、割合からするととても少ない。大多数のゲイはひっそり静かに暮らしているということである

また俺が対応した人はスキンシップ過剰ではあったが、スキンシップ好きな女性よりはずっと少ないくらいで身の危険を感じる程ではなかった。

そして告白についてもとても慎重である。俺が好きだと言われたのも4年生の最後の方で、こちらから切り出さなければ多分伏せたままだったと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160807005352 『「アウティング」を聞かされた側の気持ち

上の増田のように第三者としていきなり知ることになった場合、書かれているような動揺や怒りが沸くのは当然だと思う。だからやっぱりその話題を出すべき場所タイミングはとても重要なんだよ。

俺の周りにいた人たちは驚くほど常識人ばかりで(素っ裸で踊っていた人たちも、それが可能な時と場所理解していたし、俺よりずっとちゃんとした社会人生活を送っている)大学生にもなればこういうもんなのかな、皆大人だなと関心することが多々あった。

こういう環境にいた俺からすると、大学院生にもなってLINEグループという拡散力大のツールで通知するなど配慮がなさ過ぎてそっちの方が怖い。守秘義務以前の問題

総合大学と単科大では密度が違うが、オッスオッスの体育会系クラブでさえ騒ぎにはならないのだ。

『おれもうおまえがゲイであることを隠しておくのムリだ。ごめんA』というLINEは「Zは身の危険を感じていた恐れがある」と取れないことはない。とはいえこ文言だけでZに肩入れするのは無理がある。

何より「推定無罪」が法の基本だよね。「俺や皆に危害を加える"かもしれない"」という理由で「親友相談」ではなく「LINEグループ投稿」。

こんな法曹関係者に対して「ノンケ告白するゲイマナーがない」「告白したことがすべての元凶」「もしキモイストーカーだったらどうする」なんて援護は的外れ過ぎる。

そもそも「LGBTがそばにいたら危ない」と思う人は、自分の周りにLGBTが実際に何名いるだろうか。知人の5%を下回る数、または一人も知らないというのであれば、LGBTの人はあなた存在を知られることすらなく、何ら危害を加えることな暮らしているのである


追記:ああそうだな。「俺は動揺しないから動揺する人間理解できない」ってのは言い過ぎだった。元記事コメントで「動揺させるに決まってる。告白するやつが悪い」という論調もあったから、そう断定せんでもいいだろうと言いたかったんだが、それがまた断定になってちゃ本末転倒だな。

現実ではネットで出回っているようなマッチョで厳ついグイグイくる人は少数で、大半は見た目も中身も普通大人しい人だから条件反射で逃げたりせずに落ち着いて話を聞いてみる方がいいよってことを言いたかった。

ただトラックバックにある『告白の「暴力性」』てのがまだよくわからない。「動揺」を引き起こされることもこの「暴力性」に入っているのだろうか。後日別件として増田で聞いてみることにする。

もしかしてもてすぎて告白受けまくってるのかな。だとしたら断り続けてるとしんどいだろうな。と思ったらそれについて書いてくれてる人がいた

【誰かに「好き」って言われることが、ずっと苦手だった。】

http://fujipon.hatenablog.com/entry/2014/04/26/120927

2016-05-20

電車自分の隣に人が座らない現象外国人説明できるか

電車自分の隣に人が座らない現象」を外国の人は自分差別されているのではないかと考えてしまうらしい。


日本にくる外国人あるある現象らしいんだけど日本人に聞いても「差別であるとは言われず大抵曖昧言葉否定される。

これは日本人ならなぜそう答えるのか大体わかるんだけど、いくら説明しても海外の人は差別であるといい続けるしその疑念がぬぐえないみたいだ。


まずそもそも「電車自分の隣に人が座らない現象」は外国人だけではなく日本人経験している人が多い。

その理由として挙げられるのは以下のような理由である


・顔が怖い、表情が怒っているように見える

・外観(髪型服装や態度)がガラが悪そう、ヤンキーっぽい、あるいはオタクっぽい

・不潔(非常に汗をかいている、風呂に入らない、服を着替えない)

特にワキガ自分では気付かないことが多い)。この中で最悪かも。

・太っている(隣に座れない、狭い)。

・一人の世界に浸ることが好き。独り言をよく言う、車内でパソコンなど場所を取ることをやる、等。

・足の位置(意外に重要)。足を組んだり、大きく開かないと安定が悪くて落ち着けない。他人迷惑です。

Yahoo知恵袋引用 -http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1070593140


電車自分の隣に人が座らない現象」は多くの日本人自身がそもそも経験しており、更に上記のように複数理由が考えられるため

「外観が原因である。」

という理由だと特定できない。

まさか隣に座らずなぜか立っている人にいちいち聞くわけにもいかないし、そもそも特定できないのだ。

なのでネット上で検索すると「女性に席を移動された(意図不明)」「誰も俺の隣に座らない(臭いからか?)」「私の香水が臭かった?(よくわからない)」みたいな悲しい事例があふれるほど出てくる。


よって、「電車自分の隣に人が座らない現象」は差別が原因であるとは断定できず、更に考えられる理由複数あるため日本人反論は「差別とは限らない」みたいな曖昧な返事になってしまうわけだ。


なのでこの反論を聞いた外国人はかならず「本当は差別だけど日本を悪く言われたくないか日本人適当言い訳しているんじゃないか」と思うことになる。


上記の理由からかこの話題過去から現在まで延々とループし続けている。

海外ではこの現象は発生しづいか日本に来て目立つのか、そもそも日本人パーソナルスペースが広いとか干渉を避けたがるとか色々理由はあるとは思う。

でも差別が原因だとは容易に特定するのはそもそも不可能だ。

なにか外国人でもこの事情をズバッと理解できるような明快かつ簡単説明や例えは思いつかないだろうか。

2016-05-08

http://anond.hatelabo.jp/20160508190620

いやいやマーケティングっていってあげてくださいよ

缶コーヒーだってどれ飲んでも大してかわらないのにリッチだのゴールドだの

ピリッと辛い大人テイスト贅沢果汁 とか実際果実の皮の部分の汁の搾りかすなのを贅沢だの大人だの

で売ってるあれよ

店員と顔なじみになると店に入りにくいって話 きいたことない?

ある程度情報が少ない 遠ざけられた状態のほうが自分のものとなるとき

受け入れマージンあいていて安心するといったあれよ

パーソナルスペースみたいなやつ

名の知れた農園のA5牛の焼肉は食べたいとおもうけど

しってるおじさんが生まれも育ちもしってる子牛を

目の前でしめられてさばかれて焼いて食べるのはちょっとみたいなやつ

その空いた中間マージン部分の隙間をうめるのが神って名前なだけ

謎とか闇とかでもいいんだけどイメージよくないじゃんって

2016-05-06

パーソナルスペースが狭い人が嫌い。

電車とか喫煙所とか立ち飲み屋とかみたいにある程度の人数が自由位置に立てるような環境において妙に近くに陣取るやつがいる。

別に混んでるわけでもないのに肩や背中がこちらのグラスやスマホに時々ぶつかるぐらい近くに立つ。あとあと混んできたときのために詰めて場所を利用しようとかそういうシチュエーションですらない。

ぶつかりそうなぐらい近くに立つという事自体法律違反しているわけでもなく、マナーとしてしてきするにもやや微妙なのでこちらが我慢するしかない。場所を移動して逃げられるときは逃げたりもするがなんかシャクなのでできれば逃げたくないのだが、逃げるスペースが無い(壁側やコーナー側に自分がいるとき)はどうしようもなくてこまる。

なんつーか、憎まれっ子世にはばかるというかガサツで無配慮なやつが得をするのは嫌だなあ。

こういうのがめんどくさそうで若いからシェアハウスとかは興味がありつつも入居する覚悟は決まらなかった。だって風呂や便所を汚しまくるやつが「オレは汚れてても気にしないよ。別にいいじゃん」とか言い出したらこちらだけが嫌な思いをし続けるんでしょ。ルールでがんじがらめにされた世の中も嫌だけど、こういう「気にしない人間」だけが得をしていく世の中も嫌だ。

自分にとって都合のいい世の中にするためにはデスノートを手に入れるしかないのか。。。

現実的には我慢するしかないんだろ。こちらが神経質だとか言われるんだろ。まあいいよ。

2016-04-09

http://anond.hatelabo.jp/20160408215502

ヒロインネトゲリアル距離感区別してなかったよな。

あいパーソナルスペースを把握できないところが、サイコパスぽくて非常に怖くてよかった。

ワタミ社長とか同じ感じ。

2016-03-15

前に民泊の話を書いたもんだが

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDF14H0I_U6A310C1MM8000/?dg=1

実際、自分業界人間っていうのもあるんだけど、この規制だと民泊ではなくて、簡易宿泊所を更に個別営業できるようにした感じですなぁ。

個人的には日本民泊は多分厳しい部分(外人の受け入れもそうだし、パーソナルスペースが非常に固いので)があるし、当然、宿泊業の業者ロビーイングも相当あったと思うので、全く驚かない。

無理に欧米に合わせなくてもいいし。

なんで、こんな事言うかというと、日本では知らんと思うが、個人の部屋提供なんてそれこそネットがない時代から新聞広告であちらの国ではよくあったのよ。それがネットに出て、今のシェアリングエコノミーが簡単に出来るような環境になって、芽吹いたというだけの話であって、特に新しいことでもなんでもない。

それだけとりわけプロテスタントやピューリタニズム社会における、個人の自立と相互の暗黙の信頼(日本のそれとは形が違う)がこれらを支えていたと言ってもいい。

日本にそれがないとは言わず、形が違うだけであるけど、日本でそんな新聞広告を見たことないでしょ? つまり元々だれもやろうとも思わないし、今回の規制妥当だと思う。

2015-11-10

今までぼっち意識の高かった自分だけど・・・

今まで「寂しい」と思っていた感情は、

「人恋しい」じゃなくて、パーソナルスペース拡張したいという欲求だったのだろうか。

本当は人と関わらなくても平気。むしろ快適と思っているのだ。

しかし一人の生活はどうしてもしょぼい。そのしょぼさに満足できないときがある。

そんなときに、今まで以上の刺激を求め、自分に馴染みがないことを始めるために、

有識ある人間自分に取り込もうとしているのだ。

相手の持っている知識や能力、人脈をあたか自分の物と認識して、

自分ポテンシャル活動範囲が広げる。

そんな物は錯覚しかないが、内実自分が求めていることはこんなところなのかもしれない。

無論そんな自己中心的な奴にろくな人間は寄ってこない。

所詮毒にも薬にもならないあっさい関わりをちびちび続けるだけにとどまっている。

2015-10-17

http://anond.hatelabo.jp/20151017234638

田舎の広い平屋建てで育った自分パーソナルスペースが人より広め

パーソナルスペース狭い人は比較的都会の狭い家で育った人だと思っている

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