「読み手」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 読み手とは

2020-02-17

anond:20200216191847

好みの問題やろ

うしとら藤田先生はまだアナログ・・・つうかこれからも手描きでいくってよ。



つーか「アナログデジタルか」って読み手が気にする事でもなくねえ?

毎週、毎月の〆切に間に合うように描いてくれるならアナデジどっちでもかまわんだろ。


デジタル作画になって絵がつまらなくなった(魅力が無くなった)作家も居るし

デジタルが必ずしも良いとは言えないかな。


漫画デジタルPCで描く事に長けているのは高橋しん浅野いにおか。完全に、道具の一つとして使いこなしてる感じ。

漫勉の浅野いにお回、めっちゃ面白いから見ろ。

2020-02-16

最近つまならくなってしまった書き手

ネット発で独特な低めの視点から発言を繰り返し、単著を出したらネット上ではわりと時の人扱いになって、本人もわりとその気になっているらしい感じなのだが、プロの物書きとして身を立てていこうとするにつれて、どんどんつまらなくなってしまっている書き手がいる。

どうしてこうなってしまったのだろうか。この人の創造性が痩せ細っていく過程他山の石として考えてみたい。

自らを繊細で、あいまいで、弱いが、やわらかい知性があり独特の視点をもった書き手として売り出していくことは、諸刃の剣なんだろう。

その人の発言書籍化されて、広い範囲の人々の共感を得るにつれて、書き手はもう弱者ではなくなってしまう。

自分発言根拠自分で掘り崩してしまうというか、読者から共感を得ていた理由自分自身で消去してしまう。受けていた鉄板ネタがなくなってしまう。書くことがなくなってしまう。

そのことを自分でも気づいており、年を取るにつれて独自視点が失われてしまうので、これまで何者でもなかった自分というあいまい状態を脱却して、プロ作家として身を立てようと、クリエイティブクラスタとの付き合いに移行する。

そうすると、自分書き手たらしめていたある種のアマチュアリズムますます失われてしまうので、自己イメージとしては作家であろうとしても、書くことはもうない。

自分コンテンツが痩せ細っていることは自覚していながらも、自己意識としてはすでに作家なので、イベントをしきりにやったり、書いたものにペイウォールを設けて読み手課金させようとするが、周囲の人間は興ざめししまって離れていく。

創造性とは、予期していないときに突然与えられる恩寵のようなものなのだろう。

さまざまなものを吸収していながら、それを外に出そう、売りに出そうと思っておらず、暇になったときに、不意に面白いものができることがある。

そんなふうに、泉が静かに満ちて滴り落ちるような瞬間を待つことができないのなら、もう覚悟を決めて、職業的に、自分毎日油種のようにして絞り上げて、書くしかない。

どちらもできず、自分オリジナリティがある、自分はほかの人がない物を持っている、と思って、クリエイティブな人と付き合って、自分クリエイターになった気持ちになっているだけでは、なにも生み出すことができない。

2020-02-11

https://anond.hatelabo.jp/20200211193359

言われてみると、そうなんだよ。

かに何か言われたわけでもなく、そもそも自分文章を読んでもらう機会自体がない、と言うか文章自体まり書かない。

何か具体的に問題になってから言えよ!と自分ツッコミを入れたら、こんなこと書いた原因は今日久しぶりに書いたブログを読み返したことでした。文章ェ・・・

https://anond.hatelabo.jp/20200211194534

書いている内に自分反論を思いついてしま

これこれ。それが論理的ものだったり公序良俗だったり他の人がどう思うだろうかだったり色々なパターンがあるけど(またかよ)、それ!

でもさ(こやつまたしても)

反論される前に先回りして細かい条件を文章中に書こうとしてしまう。

これ、正確なんだろうけど(Oh・・・読み手の熱が冷めちゃう感じ?とかありそうな気がするんだよな。

ここにきて後だし「熱のある文章」なんてワードでてきちゃってごめんね!!

2020-02-03

日本での同性婚について思うあれこれ

これは同性婚賛成派のエントリーである

匿名しか発信できない、小さい人間の考えだ。

公式に守られた匿名の姿で野に放つのから読み手はこの文をどうしてくれても構わない。

叩き棒にしても、嘲笑っても、議論タネにしてもいい。

長いので最悪読まずにスルーしてもOK

ただ、このタイトルや冒頭だけでも読んで、自分同性婚についてどう思うか? という意見を明確にするために、頭の片隅にでも考えて欲しい。

少なくとも1人に読まれればこの文は大成功だ。


そもそもこの法案は「選択肢を増やすものである

国民全員が同性と結婚しろなどという馬鹿げた事態にはならない。

今のところ日本人には、異性と結婚する、もしくは結婚しない、という2つの選択肢提示されている。

この法案はその中に、同性と結婚する、という選択肢を加えるのだ。

繰り返すがこの法案は同性との婚姻強制するものではない。そして、そもそも誰とも結ばれたくない人間には結婚強要するものでもないはずだ。

誰にも自分のやりたいことを選びとる自由がある。

(今の世間結婚しないことを許してくれないじゃないか、という意見がありそうだが、それは論点がズレるので横に置いておく)

この話をすると、「同性愛優遇じゃないのか?」という意見が出がちになる。

ふだん普通に暮らしている人間が、同性愛者という魔法肩書き1つでさまざまな権利を得ると思うのだろう。

しかしよく考えて欲しい。同性と結婚したい人間には、現在婚姻自由、またパートナーとの仲を法的に保証されること、病院での身内としての付き添いなど、異性と結婚した人間には可能なことができない(病院原則、手術や急病による入院などの場合、法的な家族関係を持つ人間しか付き添えない)。

まり権利マイナススタートである

パートナーシップを認める自治体は増えているが、それはやはりあくまでも「自治体条例」であり、住む場所を変えても引き継がれるような全国的普遍的な効力は持たない。

養子縁組という手もあるが、家庭の事情等で組めない場合もあるだろう。

同性婚が認められることによって、このマイナスが異性婚者と同じラインまで引き上げられる。

ただそれだけだ。

個人的には同性婚したいカップルパートナーシップ・養子縁組がいいというカップルで、どれについても尊重出来たら良いと思う。

どうしても人間としての権利マイナスのままにしておきたい方々には…もう私は何も言うまい

選択肢が増えるということは、異性愛者や同性愛者という垣根をあいまいにするだろう(そもそも両者はグラデーションで、明確に分けられるものではないんだけど)。

異性しか愛せないと思っていた人の中にも、もしかしたら同性を好きになり、共に生きたいと思う人が出るかもしれない。その逆も然り。

そんな時、選べる人生の形が多いことはとても心強いことだと思う。

こうもはっきり言うのは、私がそうだからだ。「ソースは俺理論とでも言うか。

基本私は異性を好きになるが、一度だけ同性の友人を、自分でも驚くほど好きになったことがあった。

後にも先にも同性を好きになったのはその一度だけで、自分をどの立場に置くか正直揺らいでいる。

そういう人間は思っているよりずっと多いと思う。

そして、どんな形に落ち着いても法的に好きな人との関係保証されるなら、こんなに嬉しいことはないだろうとも感じたのだ。

そういえば某議員が「生産性がない」、と言ったのなんだので話題になったが、まあそれはああそうですかという感じである

子作りを生産性という言葉で片付けるのか? などという話は抜きに、実際同性カップル間で子どもが作れないのは事実だ。これは変えようがない。

だが、代理出産里親など、子育てをしたいカップルにも子を持ち育てる手段存在する。それは健やかに愛されて育つ子どもを1人でも増やす、『生産性のある』ことではないのか。

また、同性愛者に生産性がないなら、無理やりに望まない相手結婚をして子を作るのが正義なのだろうか。子のない異性婚家庭についてはどう説明するのだろうか。

この辺、純粋議員さんに問うてみたいことではある。曲解されたり横槍が入ったりしやすネットや文面上ではなく、対面で。そんな機会はないが。

閑話休題

2013年ニュージーランド同性婚法案が成立した時、これに関する議員スピーチ話題になった。

私も感銘を受けたことは受けたし、かなり拡散もされていたのだが、同性婚否定的日本人に向けてこれを勝ち誇ったように掲げるのも、なんだかな、と思う。

海外に右ならえしなきゃという感じもあって、そこは好かなかった。日本人ならいくらかは自国言葉で語れなければいけないのでは、と。

なので、このスピーチからちょっと気になったところを少し参考にしつつ考えてみた。

気になったのは下記の部分。

議員は、選挙区聖職者にこう言われたそうだ。

法案が通ったその日からゲイによる総攻撃が始まるだろう。」

議員は、ゲイによる総攻撃って何なのか? と思ったと言うし、私もそう思ったが、これはかなりの問題でもある。

異性愛者にとって同性婚法案が成立するということは、自分が好まない同性から性的アプローチを受ける可能性が生まれる、ということにも等しい。

ゲイだって普通に相手は選ぶ」「節操なしじゃない」「自意識過剰だ」という反論はまあそうなのだが、それでも不安は残る。

社会がそんな法案を法的レベルで許したら、同性愛者が大手を振って街を歩くはずだ。

好きでもない相手アプローチをかけられる可能性が、多少なりとも上昇する。

そのアプローチが同性からなんて想定のうちに入っていない。もしかしたら同性に尊厳を奪われるかもしれない。

――それはまさに、同性愛者が「総攻撃」を仕掛けてくるような恐ろしさだろう。

この不安については賛成派でも擁護できない。

オープンリーゲイの人々が極めて奔放なように見えてしまうことはあるだろうし、第一性的体験談掲示板などを覗けば、真偽問わずいわゆるノンケ(異性愛者)となだれ込むように関係を持つことに成功したと書かれているものがある。

恐れを抱かれても仕方なかろう。

しかし、大抵の同性愛者は同じ性的指向の者同士でコミュニティを持っている。

交際してもいいか、口頭または暗黙で互いに了解しあう。

それは異性愛者と何ら変わらないことであり、異性間のコミュニティにまでこれがはみ出すことは基本ほぼないと言ってもいいのだ。

それでも、ノンケというかまったく同性に興味無さそうな相手を好きになる者はいる。

挙句の果てに、そこから望まぬ交渉が発生することも万が一あるかもしれない。

その時にはもう法やら周囲やらに頼るほかない。相手がどんなクズか、どんな非道かを訴えねばならない。

非力な異性愛者が異性に望まぬ交渉を強いられた時と同じように。

それらは同じことだ。

世間体が気になってしまってなかなか言い出せないであろうことも、きっと共通している。

どうかやられたら存分にやり返してほしい。泣き寝入りをしてはいけない。同性愛者に負のレッテルを貼り付けるようなクズを、同じ性的指向だからと言って守る者は恐らくいない。万が一いたらそいつも同じクズである。存分に叩け。

それで安心ほとは言わないが、少なくとも望まぬ交渉を強いる時点で異性同性等しく下道である

そして被害者には責める権利があることも確かだ。

議員は述べた。

「この法案に反対する人に私は約束しましょう。水も漏らさぬ約束です。

明日太陽は昇るでしょうし、あなたティーンエイジャーの娘はすべてを知ったような顔で反抗してくるでしょう。

明日住宅ローンが増えることはありませんし、皮膚病になったり、湿疹ができたりもしません。

布団の中からカエルが現れたりもしません。明日世界はいものように回り続けます

から、大騒ぎするのはやめましょう。

この法案関係がある人には素晴らしいものですが、関係ない人にはただ、今までどおりの人生が続くだけです。」

そして旧約聖書引用し、

「恐れることなかれ」

と。

実際、異性を愛する人々にとっては今まで通りの生活が続く。

異性と結婚するか、そもそも結婚しないか。それだけの選択肢を前にして生き続ける。

私はできればそのかたわらで、同性と結婚したい人々という「全然関係ない」人たちが「全然関係ないところで幸せ暮らし」、「全然関係くそれぞれの道を歩んでいける」社会になれば良いと思う。

私は同性婚反対派に「恐れることなかれ」とは言えない。

不安を抱いて反対する人々に、大丈夫! と堂々とは言えない。なんせ同性婚賛成派にも色々な人間がいるもんだから

でも同性婚に賛成する人々は、反対派を叩き潰し殺してやるとまでは思っちゃいない。

ただ、話し合いの場に来て欲しいのだ。

キモイ」「好きじゃない」「自分はしないか他人もするべきじゃない」ではなく、

人々にとって何がメリットになるか?

何がデメリットになるのか? を踏まえた上で、

賛成なら賛成、中立なら中立、反対なら反対と言って欲しいだけだ。

からこのエントリーでは、私の思うメリットデメリットというか、なるべく「愛って素晴らしい」というような結論には落ち着かないよう気をつけて打ったつもりである

そして、恐れてもいいから、恐れている理由を明確にしてほしいな、と思うのだ。

スマホで2時間直打ちしたのでだいぶ読みづらくなっていそうである

ここまで読んでくださった方ありがとうございました。もちろん少しだけ目を留めてくれた人も。

このエントリの下の方ででも、Twitterででも、あるいは友人との話や自分の頭の中だけででも。

どこでもいいから、「同性婚どうしたい?」ということを考えて貰えたら幸いだ。



引用

https://www.huffingtonpost.jp/2017/11/25/nz-gay-marriage_a_23288119/

2020-02-02

anond:20200202222924

たまに文脈って言葉読み手曲解枠だと思ってる奴がいるんだよな

2020-01-31

AKB300人集結の握手会が開催延期 コロナ余波 - AKB48 : 日刊スポーツ https://www.nikkansports.com/entertainment/akb48/news/202001300000767.html

「さすが大手事務所タレントアイドル)やファン安全を考えての行動、アッパレ!!」

or

「全盛期ほど集客出来ないアイドルグループが、大義名分を得て体良く握手会中止出来てヨカッタねwww

or

「その他」

読み手立ち位置によって読み説き方が激変する、良い事例だと思う。

2020-01-23

あ、最初に言っとくと、この文章別に結論ないです。ポエムです。

深夜のタイムラインで、旧知(というほどでもないが)の人とやりとりをしていて、ふと思った。どうやらその人いわくいまは「過渡期」であるらしい。

ま、確かにそうだ。

いい年したおっさんなので、もう20年くらいインターネットにいる。ということは、インターネットが「俺たちの隠れ家」だった時代から、だれにでもアクセスできるようになった2020年まで、その全期間をインターネットで過ごしているということでもある。

その過程では、ミクシみたいな場所に引きこもっていたこともあり、そこそこ名が売れていたときもありで、まあいろいろあった。

昔より、インターネットでなんか書くことに自由がなくなったとその人は言う。まあこれも自分の実感とよく合致する。主に「自分の書いたものがどこまで届くか」という制御という面において。これが制御できないのがなかなかに厳しい。ま、ゾーニング? そのへん含めて過渡期なのかもしんないですけど。

で、自分なんかは、そのほとんどの期間において、一線で書き続けてる人を何人か知ってるわけなんだけど、書き手のほうも状況に対応することをしなきゃいけない。いやおうなしに戦略的じゃなきゃその立場は維持できない。それができてる人ってすごいと思うんですよね。自分はできなかっただけに。

対応ってのは、そのどこかに迎合という語義も含みうるものだとは思うんですが、由来、文章書くのなんてだるいことなんですよね。それをわざわざするからには、なにか叫びたいことがあって、それを文章にしなきゃならない。これ大変なことです。ましてブログなんて看板背負ってたら。迎合なんてするくらいなら、最初からそんなめんどくさいことしてねえですよっていう。

ブコメ見ててよく思うんですよね。意見が違うのはもちろんかまわない、なんらかの理由思考の枠が違ってて合意のしようもない。それもかまわない。けれど、わざわざ看板背負って言挙げしたそのそもそもモチベーションを相対化するようなブコメはかなり苦手。みんながみんなそうとは言いませんけど、たとえハンドルネームだろうがなんだろうが、それを背負って書くからには「ほかならぬ俺は」こう思ったのだ、聞いてほしい、だれかに届いてほしい、という初期衝動があるんですよ。そこを相対化すんなよ、対等の熱量で殴りかかれよ。そんなことをよく思う。

けど同時に、そんなめんどくせえことする人もそうそういないよな、とも思う。

増田なんですけど、あれホッテントリに上がってくるようなやつって、たいていなんらかの意味ではおもしろい。それはある意味とうぜんで、どんな人にでも書かれるべき瞬間、これだけは伝えておきたいということ、まあそんなようなものをひっくるめて「輝き」みたいなものはあると思うんですよね。これかならずしも肯定的意味だけではなくて、無駄な輝きは共有されない。日常を脅かす脅威でもありますから。だから、書かれる。とてもおもしろい。

不断に「書かれるべきこと」を抱えているのって、ある意味では病人といってもいい。そこまでおまえは考えるのか。そこまでして伝えたいことがあるのか。それだけ書いても、まだ足りないのか。そして、そうして書かれたエントリに「いや、俺はこうだ」と殴りかかるのもまたそれ相応の熱量を抱えた病人ということがいえるかもしれない。

「俺が」というのは、ある意味自己顕示欲のものなんですけど「ほかならぬ俺は、こう思うのだ」というのは、自己顕示欲とは少し違うものだと思う。なにが違うのかはうまくいえないんですけど……。

ま、どっちにしろ看板背負ってるのはリスクなんですよね。これもう先行者利潤というしかないんですけど、昔から書いてる人は、その身振りを学ぶ機会ってのがどこかであった。いまの時代看板背負って書くのは、最初から大衆」とやらを相手に立ち上がるってことで、それをトレーニングなしにできる人なんてそうそういない。増田トレーニング場になるのかなとも思うんだけど、それもまたちょっと違うような感じがある。

なんにせよ、個人ブログの「おもしろい部分」ってのが、かなりの割合増田に持ってかれてるのは確実だと思うんですけども。

でもまあ、見たくはあるんだよなあ。バックボーンのはっきりした任意のだれかと、別のだれかが議論したりとかそういう光景。「あの人」と「あの人」だからこそ見えてくるものがあるというか。

別に昔はよかったとかそんな話じゃないんですよ。自分が「ちょっとなあ」と思う現状は、だれかにとっては所与の環境であり、そしてその環境からしか出てこない新しいものというのがあって、自分にとってはそれを見るのが最大の娯楽だったりするので。新しいものはたいていおもしろいじゃないですか。

ただまー、書き手としては「テーマ見出しにくい」時代にはなったとは思いますね。いや、自分なんも書いてないですけど。「俺が死ぬほど考えているこのことについて、不特定のだれかが、同じだけの熱量理解してくれて、そのうえで別の道を示してくれ」みたいな願いは、とてもかなえづらい時代になったなーとは思う。一人で考えるのは、わりと孤独で、しか効率がよくない。

まあ自分読み手としては、んなこと知ったこっちゃないんですけどね。今季も大量のアニメあるし。

でも、ひとたびテキストエディタを立ち上げたときに、ひょっとしたらそこには、空に向かって鉄砲放つような、一抹のさびしさがあるんじゃないか、そんなことを想像したりもします。

2020-01-13

[]メリバ

メリーバッドエンドとは、物語において、主人公当人にとっては幸せであるが、その周囲の人や読み手からはそうではないと思われる結末、またそういう結末の物語を指す言葉である

2020-01-12

anond:20200112122107

なんとなくわかる

NTR好きのコミュニティで「女視点快楽堕ちはNTRじゃないから出ていけ」ってのはまあまあ目にするが、「妹NTRや姉NTRNTRじゃないから出ていけ」ってのはジョークじみた言説でしか見ない(さすがに母NTRちょっと抵抗がある人が多い)

NTR」ってジャンル読み手主観的感情ジャンル分けされてるんだけど、客観的事象快楽堕ちとか寝取りとか浮気とかと被るから、そこらへんが好きなだけで本来意味でのNTRが好きじゃない人にも「俺はNTR好きだ」って自意識が出ちゃうのかなと思う

遠い昔、デジ絵などほぼなかった頃、ある絵師が「最近コピック流行ってるけど、あれは苦労せずにきれいな色が出るじゃないですか!ああいうの違うと思うんですよね!」とイキってたの思い出した

読み手は苦労しようがしまいがきれいな色が好きなのでは?と思ったな

デジ絵全盛の今となっては何も違わんだろ…という気持ちしかないけど

2020-01-07

anond:20200107165504

言いたいことを並べるんじゃなくって、読み手のことを考えて書くと良いよ

それが少し難しいんだけど

慣れれば直ぐにできる

2019-12-29

ネットには二文字三文字ローマ字を用いた略語を使う人って結構いるけど

あれ、略さずに全部書いたほうがいいと思うんだよね

読んでる人みんながみんなそのローマ字二、三文字が何の略なのかわかるわけではないでしょう

からない人は多分それが何を意味してるのか検索すると思うんだよね

書き手一人が略語を使わないだけで、多くの読み手のこの手間が省けると思うんだ

プルリクエストPRと略すことにした人、それに倣っている人たちには反省してもらいたいよ

まーじ勘弁

2019-12-26

3,4年前くらいにムーン投稿していた頃の知見を書きたかったが忘れた

タイトルの通り。3,4年前くらいにムーンライトノベルスに投稿していた。その時の知見を忘れないうちに書きたかった。そう思っているうちに時間が経って、忘れた。

覚えている範囲で書く。

おわり

……というのはさすがにまずかろう、というので、記憶を掘る旅に出る。

ブクマ数、総合評価は現時点のものを見てきた。




1作目(完結済)

三人称ファンタジー世界舞台、主従もの敬愛エンドという意味では、BLとして邪道1話1エロ

1話の長さが6000字程度なのは個人的な好み。

オリジナル作品ちゃんと書くの初めてだった。なんならBL小説も初めて。拙い〜〜。エロ語彙がない〜〜。

初めて書いた割に読んでもらえた。みんな優しいんやね。

日刊ランキングに載ってからPVが一気に伸びたっぽい。順位が上がってからは、伸びが顕著。

多分その頃はブクマ1000件くらいだったので、完結後もじわじわ読んでもらえている様子。嬉しい。


読んでもらうために気をつけていたこ
  • タイトルでだいたい内容が分かるように
  • あらすじは簡潔に

タイトルやあらすじで話の内容・傾向が分かるようになっていれば、読み手作品を選別しやすい。読みたい人に読んでもらいやすい。

作品数多くて埋もれがちなネット小説では、意識しておいて損ではない。興味を引けそうなキーワードを含めるとなお良し。






2作目(完結済)

一人称ファンタジー世界舞台好き嫌い分かれそうな攻めがいる。ストーリー割合多めエロラブコメ


途中失踪してたのに、引き続き読んでくれる人優しすぎない? 完結祝ってもらえたの嬉しすぎるんだよな。

前作読んでくれた人が今作読んでくれる流れあったり、日刊ランキングに載ってPV伸びたり、週刊や月刊ランキングにもお邪魔したりした。

性癖を刺せることは強い。作品応援者が出来る。ぱわー。

登場人物が気に入られた。その一方で、好き嫌い分かれるだろな、と思ってた攻めくんが感想欄で人格攻撃された。お、おう。普通にショックで執筆気力減った。

嫌われる理由は分かる、だがその属性があってこその攻めくんだったから、私も一緒になって攻撃するような真似は絶対しなかった。書いた人間として、生み出したキャラ否定するような真似はできなかった。

万人受けしないものを、受け容れられない覚悟で書いていたら、思いの外楽しんでもらえたようで喜んでしまっていたから。冷や水を浴びせられたようで。愚かさも含めて愛されるなんてはずがなかった、と現実を思い出して、何を期待していたんだろう、と惨めにも泣いちゃった。

まあ、安心して欲しい。

ブクマが伸びてね、PVが伸びるとね、当初ターゲットとして想定していなかった読者層にもぶち当たるようになるの。これはそういうことなの。

not for you〜〜!!!!!

私は気にしちゃったし、説得力ないと思うけど、世の作家物書き小説創作人さんは、気にしないで性癖に正直になっていいと思う。思った。


読んでもらうために気をつけていたこと ぷらす

ランキング傾向から、その方が読まれやすいと勝手に推測していた。実際当たったと思っている。

ただ、書籍化まで視野に入れるなら、砕け過ぎない方がいい気もする。小説の質としては、文体が軽いより重い方が質の高い小説だ、と思う人は多い。

(尤も、売れる作品か、が書籍化のネックであろうので、人気があったり面白さが保証されるなら、文体なんて無視していい要素になるだろうな。)


  • 説明の手順に気をつける

多分主要な読み手層は、時系列バラバラの話を後で自分再構成したりはしない。Tips集めて事件のあらまし推測しない。そういう楽しみ方を求められていない。

故に、素直に読んで分かる話になることを心掛けた。

それですら伝わらない。半分も伝わらないと思っておいた方がいい。人は自分理解できるものを土壌にすることでしか作品から理解を引き出せない。


その他方針

書きたいものを書く、という芯はブレさせなかった。だって趣味で書いているんだぞ!? 好きなもの書かなくてどうするの!?!? という精神

私が恥ずかしがったので、独りよがりな鬱設定は本編で語らなかった。エンタメ路線の方がみんなも読んでて楽しいでしょ。私もその方が楽しいし。

2作目攻めくんのえがきかたは、もっとやりようがあったのだろう、とも思う。力不足だった。

攻めくんのコンプラ違反を度々指摘するような形で、作品倫理はそれなりに真っ当さを維持して批判避けしていたつもりだったのだが。まあ、ダメな行いはダメだよな。それを存在否定に使う人間も世の中にはいるんだな、勉強になったよ。

は〜〜懐の深い受けが、頑なに頑なにしていたのに、いつの間にか絆されちゃうの、いいもんだな。




思い出した。

私にとって小説を書くことは、読みたいもの自分の好きなもの自分の中から身を切って削り出して晒すようなものなのだった。苦しくて仕方ないのに、楽しさを知ってしまたから、今更辞めることもできない。呼吸だった。

からこそ、伝わらなさを思い知る度、断絶を突きつけられた。それは、好きに解釈してくれ、と自分作品を手放して諦めるようだった。断絶を重ねるうちに、それでいいや、と思えるようになってしまった。平気になったわけではない。

観測者のいない星は寂しい。読者がいて、作品確立することを知ってしまった。だから、手放すことを覚えた。

あの頃と比べれば、息を止めることに慣れてしまって、息の仕方を忘れてしまった。

それでも時折呼吸が苦しくなって、思い出したように息をする。

小説書くの楽しいです。

2019-12-25

二次創作書いていて閲覧はついても反応が来ないと自分文章が拙いのか中身が面白くないのかそれとも読み手キャラ解釈がズレていただけなのかわからず辛くなる

「傾向の話に決まってるだろ」っていうけど「安倍政権支持者は馬鹿」とか「男は女より賢い」とか100%意味で使ってるやつがザラにいて、自明判断できるものでもないのに、なんで読み手のせいにされるん?

2019-12-18

anond:20191218151451

こっちの方が、ってより破綻した一文が省かれてるのに笑ったよw

>つまり、「文章が下手ですみません」とは~

の、『つまり』がどこに掛かってるのか意味不明なんだよな。

 敢えて(書き手意図を推測して)補足するんなら、

・充分に推敲をしてベストを尽くしてから投稿するのは当然で、それがなされていれば謝罪不要

・従って軽々にエクスキューズを入れるのはその努力不足の証であり、その自覚がないのは認識が甘いからだ。

・つまり推敲不足の認識が甘いというのは下手だという自覚が足らないからで、本心で下手とは思っていない。

みてーな感じ?

 この補足は循環論法っぽい部分があるんだが、他の段落から考えて >つまり に繋げるにはこれしかない気がした。まぁ俺の読み方だけどw

言ってみりゃ文章ってより論理破綻なんだが、それ以外にも他が指摘してる独り善がりや読み手問題ってのがあって、マッチョイズムを感じる人がいたのは推測の結論として導いた「下手でゴメンって書くくらいならそれが要らないと思うまで推敲しろ!」みたいな部分じゃね? って思う。改変者が問題の部分を消去したのは意味が通らなくなるからで、勝手に補足しない辺りは良心的だよなぁ、とも思ったけどね。


 それとはまったく別に謙遜問題があるんだが、『蛇足ですが~』であったり『私ブスだからツラみ…』みたいな自撮りもこの書き手論法から全否定し得る。

もっと言えば、世に出ている表現基本的に本人が自覚する限りで全力を以て表現された瑕疵のないものでなければならず、ある意味書き手表現に対する理想の高さと真面目さを窺う事もできる。

 なんつーか、書は人を表すもので書き損じや間違いを清書して送り付けるのは武士の名折れ、相手への侮辱であり斯くなる上は切腹してお詫びを――、みてーな匂いすらある。武士じゃなくても軍人とか一部のマジメな官僚とか未だにそんなんかもしんねーけどな。あ、後は芸能とかもそうか。舞台は一度きり、みてーな?

なんでそこまで書くかっつーとまぁ俺もそう思ってた時期があったんだ(超煽りw)けどさ、割と嘘なんだよそれ。

 つか息苦しいんだよね。

俺みてーなゴミは金貰って表現者斯くあるべしとかじゃなくて、通信料を払って無意味無償で書き散らしてるワケで。

 んで、プロロジックで気楽な匿名日記だとかコミュニケーション攻撃すんのもなんか違くね? ってのがあってさ。まぁ見苦しいのも程度モンだけど。

もうね? 政治家センセーの発言とか追ってごらんなさいよ。無理なんッスわ、そもそも世に意見を問うのに何十年も矛盾なく一貫した主張をするってこと自体が。

 誰もそんなの統計取ってなきゃ積み重ねて検証すらしないし、社会を動かすはずの発言者ですらそうなのにカール販売休止になったとかきのこたけのこ戦争とかで盛り上がってるwebにナニオマエ期待しちゃってんの? って言う。ぶっちゃけオマエが血判付きで全力で書いた名文とかだってあっという間にパクられて消費されてアーカイブすらされずに数週間で忘れられてゴミじゃん?

 いやゴミってよりどっかのキャッシュにでも残ってなきゃオマエが消したらゴミにすらならないワケでさ。

そういう中でステマして金だけ払ってバズれば大儲けみたいな構図もあって、そういう連中はパクるに留まらずに「元ネタ自分」とか公言し始めてPVにモノ言わせて既成事実化とかすんのよ。ww プロだってエグいぜぇー? 平気で盗む、断りなく編集する、改変してミスをなかった事にする、etc etc そういう連中が俺達玄人様は素人とは違って命懸けなのであーる、ってね。もう死んどけよ? って話だよ。

 どーすんの? 文士サマww ってなもんよ、もう。


 ……ナニ書いてたんだっけ?

もうよく分かんねーけどまぁいいじゃねーか。気楽にイケよ。

 真面目一徹ってのもイイトコワルイトコなんだからよ。

俺が読みやすいと思うように改変してみる

文章最後に「文章が下手ですみません」とか書いてあることがある。これにいらっとする。下手だとわかっているなら書き直すべきだ。下手な文章を読ませるのは失礼な行為であり、読み手時間を奪う行為でもある。最低でも書き直すべきだし、もっと言えば、上手な文章が書けるよう、日頃から練習すべきだ。

そして、日頃十分に文章の修練をし、当該の文章を十分回数推敲して丁寧に書き上げたならば、「文章が下手ですみません」などという弁明は要らないし、そもそもそんな言葉は出てこないはずだ。自信と責任をもって、堂々と相手に読ませられるはずだ。

要は、「文章が下手ですみません」にいらっとするのは、

日ごろ鍛錬を怠っていて

その文章も明瞭に書く努力を怠っていて、

まり、「文章が下手ですみません」とは本心から思っているわけではないのに、

文章最後に取ってつけたように「文章が下手ですみません」と書いて許してもらおうというさもしい精神が透けて見えるからだ。

文章が下手ですみません」と最後記載されていることがあり、これを見るとイラッとする。

読み手時間を奪いつつ、拙い文章を読ませるのは失礼だ。

上手な文章を書けるように日頃から練習すべきであり、

文章が上手く書けていないと思ったのであれば修正すべきだ。

日頃から上手く伝えられるように練習を重ね推敲してきたのであれば、

文章が下手ですみません」などという言葉は出てこないはずだ。

文章が下手ですみません」と書いておけば

相手に上手く伝わらない点があったとしても、先に謝罪してあるので大丈夫だ」

という精神が透けて見えるから嫌いなのだ

anond:20191217223706

2019-12-17

文章が下手ですみません」にいらっとする

文章最後に「文章が下手ですみません」とか書いてあることがある。これにいらっとする。下手だとわかっているなら書き直すべきだ。下手な文章を読ませるのは失礼な行為であり、読み手時間を奪う行為でもある。最低でも書き直すべきだし、もっと言えば、上手な文章が書けるよう、日頃から練習すべきだ。

そして、日頃十分に文章の修練をし、当該の文章を十分回数推敲して丁寧に書き上げたならば、「文章が下手ですみません」などという弁明は要らないし、そもそもそんな言葉は出てこないはずだ。自信と責任をもって、堂々と相手に読ませられるはずだ。

要は、「文章が下手ですみません」にいらっとするのは、

日ごろ鍛錬を怠っていて

その文章も明瞭に書く努力を怠っていて、

まり、「文章が下手ですみません」とは本心から思っているわけではないのに、

文章最後に取ってつけたように「文章が下手ですみません」と書いて許してもらおうというさもしい精神が透けて見えるからだ。

2019-12-10

なんで俺の増田!!!

伸びないのか!!!

読み手を想定してない文章から!!!

文章が下手すぎるのか!!!!!

話題が悪すぎるのか!!!!!!

恋愛とかモテの話をしないからか!!!!!!

悔しいぞ悔しいぞ悔しいぞ!!!!!!!!!

2019-12-09

anond:20191209154151

投稿を繰り返せばいつかバズるだろという考えのやつも甘いが、そんなの知らんかったわという甘い読み手多数派であるというのも世の中の構造であるわけだ。

社会は蒙昧な甘い人間に壊されていく。これはどうしようもない。この現象に対する対抗手段人類はいまだ編み出せていない。

文句を言うのであれば全球監視システム的なものであらゆる物事妥当性を徹底的に可視化するソリューション提案しながらでなければならない。それまでは「やったもんがち」。それが人類限界なのだ

2019-12-06

anond:20191206114328

創作界隈にはびこる字数マウント読み手にとっては、すごく不思議

面白いか否かじゃない?

でも、素人創作者でも毎日字数カウントしたり、

媒体にして鈍器()とかいって強さ()アピールしてるのよく見る。なんで?

anond:20191206114328

創作界隈にはびこる字数マウント読み手にとっては、すごく不思議

面白いか否かじゃない?

でも、素人創作者でも毎日字数カウントしたり、

媒体にして鈍器()とかいって強さ()アピールしてるのよく見る・

2019-11-28

anond:20191128220908

あー、最後の一文はなくても通じるからそこは読み手を信頼した方がいいね。うん、そこのバランス感覚って難しいかしょうがないけど。俺もよくやっちゃうよ 好き

2019-11-27

anond:20191105053740

この手のやつ読むたびに思うけどなんで読み手配慮しなきゃならんのかと思うわ。自己中は自覚してるようだけど幼稚なのも自覚しろ

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん