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はてなキーワード: 枚挙とは

2018-06-15

日本史テロリストカタログ

テロリストの発想とその支持者がいてビビった。

何を今さら

 

日本ヘゲモニー移動は、テロリストクーデター枚挙に暇がない。

(まあ、良く言えば「サムライジャパン!」ってかんじ?)

 

anond:20180615165850

2018-06-10

「当たり前」な意見をあえて世間に向かって言うことが重要

勝間和代さんのカミングアウトについて思うこと http://www.gentosha.jp/articles/-/10481 で、「『私はLGBTQを応援しています』的な誰もさほど反対しないであろう意見をあえて世間に向かって言うべきではない」という趣旨意見があったので反論したい。

「私はLGBTQを応援しています」というのは、日本において「誰もさほど反対しないであろう意見」では決してない

1990年勝間和代さんが大学卒業するくらいの年に行われたWorld Values Survey http://www.worldvaluessurvey.org によると、日本の68.5%の人が隣人に同性愛者が存在することは好ましくないと答えている(当時の29歳までの層に限っても67.8%)。すなわち、勝間和代さんくらいの年代の人が20代だったとき同性愛者はむしろ「隣人に存在することも嫌」という意見の方がマジョリティだったのである

また、直近(2010年)に行われた調査でも、「同性愛は決して正当化できない」と考える人17.6%おり、30%以上の人が同性愛に対して否定的意見を持っている。これらの意見は国政にも反映されており、国会議員には杉田水脈議員 http://blog.livedoor.jp/sugitamio/archives/8107881.html をはじめとしてLGBTQを応援することに否定的議員は数多くいる。

以上から実際問題として、「私はLGBTQを応援しています」というのは、日本において「誰もさほど反対しないであろう意見」では決してないのである

あえて「私はLGBTQを応援しています」的な発言をしない限り、当事者は誰が味方になりうるのかが分からない

先述の直近の調査によれば、70%近くの人は同性愛に対して少なくとも否定的意見を持っていない。つまり、もはやマジョリティからLGBTQの困難はなくなったのだろうか。実は、問題はそこまで簡単ではない。なぜなら、日本典型的社会において、「嘘つきはホモの始まり」、「襲われるから近寄るな」のような発言は「ネタ」として許容される一方で、「私はLGBTQを応援しています」のような発言は、どんなに正しい意見であっても政治的意見であるとみなされ、発言忌避される空気があるからである

まり日本典型的社会において、当事者の周りの人たちはこう見える。

  1. ネタ」を言う人たち
  2. ネタ」は言わないけれど、LGBTQに否定的であろう人たち
  3. ネタ」を言わないし、LGBTQを応援しているだろうけれど、特に何も言わない人たち

さて、その当事者が誰かに何かを相談したくなった場合、誰に相談すれば良いだろうか。2.と3.の人たちの見分けに100%の自信が持てず、誰にも相談できないということが起きる。特に、上の年代になればなるほど過去には実際に「隣人に存在することも嫌」と考えていた人が増えるのだから見分けは更に困難になる。つまり、このような社会において「私はLGBTQを応援しています」的な発言をすることは、当事者にとって例えば相談相手を見定める上で重要役割を果たすのである

私自身、東京レインボープライドパレードに参加するようになって初めてカミングアウトを受けるようになった。その中の1人は私をご飯に誘い、明らかに挙動不審になりながら、会話も上の空で、最後料理を食べているときにようやくカミングアウトした。私の感覚としては、パレードに参加するような人に対してカミングアウトするのにそこまでの勇気必要ないだろうとも思うのだが、その人にとっては99.99%信頼できる相手であっても残りの0.01%が怖かったということだろう。

従って、そのような当事者に対して「当たり前」な意見を届けることは重要であり、また、残りの0.01%の信頼のために、より明確に意見を届けることが重要であると私は考えている。

表立って差別を受けるくらいなら、差別がより深いところに潜ってしまった方がまだマシである

筆者はこう述べている。

マジョリティが「正しい意見」をまき散らすと、逆に、それに反対することを表立って言えなくなって、差別がより深いところに潜ってしまうと思うんだよね。

差別はどこからもなくなってしまうことが最善だが、仮にそれが無理なら、せめて深いところに潜っているべきではないか。「嘘つきはホモの始まり」、「襲われるから近寄るな」といった発言を表立って聞かされるために、「私はLGBTQを応援しています」という発言自粛しないといけないというのはあまりにも酷い。「私はLGBTQを応援しています」という発言をすることで、これらの発言が表立ってされなくなり、チラシの裏に書かれるようになったならば、それは表立って発言されるより少しは良い社会だろう。

SNSには誰もさほど反対しないであろう意見で溢れている中で、あえてLGBTQが取り上げられるところに問題がある

そもそもSNSには誰もさほど反対しないであろう意見で溢れている。例えば、この前のオリンピックでは「私は羽生選手応援しています」的な意見で溢れていたが、筆者はそのような発言SNSですることにも反対なのだろうか。筆者には、そのような意見にあふれている中で、なぜあえてLGBTQを取り上げたのか、考えてもらいたい。

まとめ

「当たり前」と思っていても、それを表現しなければ必要相手には伝わらない。どんなに当たり前な仕様だってきちんと文書に記さないととんでもないシステムが出来上がるし、当然しているパートナーへの感謝を、口にしなかったばかりにすれ違ってしま夫婦枚挙にいとまがない。「当たり前」な意見をあえて世間に向かって言って、社会もっと「当たり前」な社会にしていこう。

2018-06-04

anond:20180604175730

なんでロリコンにだけ求めてるのか分からん

未成年子供ができたようなのは中坊高坊など枚挙に遑がないが、その辺にも同じように求めているのだろうか

未成年ロリコンはいないとお思いか

2018-05-29

老人と外人跋扈する台東区へようこそ

会社移転したタイミング位置的に通勤が楽な台東区引っ越したんだけど全然楽じゃなかった

自転車は無灯火、車道逆送、片手運転スマホや傘差し)、信号無視横断歩道がないところで車の間を縫って道路横断なんでもござれ

車は車で停止線の無視信号の無理な突っ切り、無茶な追い越し、自分運転しないから車の都合はあんわからんけど、枚挙に暇がない

せめて事故っても過失を追求されないように道交ルールは守ってるし保険も入ったけど、死ぬほうが先な気がしてきた

田舎地元珍走団とか凄かったし全体的に飛ばし気味な運転の奴ばっかりだったけど

人の密度が高い都会だと毎日生きた心地がしない中通勤してる

2018-05-25

https://qiita.com/_nino_cs/items/7fd5e98ffbd6a3494fd5

OkHttp3を使用して、REST-APISSL で呼び出すコード記載しています

世間には証明書検証をせずに接続するサンプルがたくさんありますが、このコードは以下の検証実施しています

なにか誤解を招きそうな言い方だが、明示的にSSLの設定をせずにOkHttpでSSL接続した場合

OSの設定を元にSSLの設定と証明書検証が行われており、検証をしていないわけではない

(書いた人も誤解をしているのかもだが...)

さらに言えばオレオレ証明書を通さなければいけない場合のぞき

自分SSL設定と証明書検証処理を書くのはバッドプラクティス

自前で書いたために証明書検証処理に脆弱性を仕込んでしまう例は枚挙にいとまがない

https://www.google.com/search?q=%E8%A8%BC%E6%98%8E%E6%9B%B8%E3%81%AE%E6%A4%9C%E8%A8%BC+%E8%84%86%E5%BC%B1%E6%80%A7

オレオレ証明書を通す場合でも、OkHttpClientの生成をDIできるようにしておいて、

リリース版にはSSL設定と証明書検証処理が含まれないようにするのがベター

2018-05-19

構図が同じだからストレス解消の生贄にされている

日大フェニックスの件、プレーのひどさと言ったら、当該選手は気でも違ったのか、クスリでもキメてんのか?というおかしな、そして危険度の大変高いプレーだったのは確かだが、ここまで蜂の巣をつついたような騒ぎになるのは、アメフト好きとしても忸怩たる気持ちでいっぱいである。

いわゆる「体育会の病」のようなものについては、たとえば高校野球不祥事がらみや体育会学生私生活のはめはずしやら、バスケットボール協会の長年のアレでアレな感じやら、ついこないだのサッカー協会やらレスリング協会やら相撲協会やら、昔から今に至るまで枚挙にいとまがないわけで、それをいまさらこんな大事日本中がギャースカ言うほとアメフトってみんな興味ありませんでしたでしょう?という感じではあるのだが。

ひとつには、これってまさに今の政権政局とおんなじ感じの構図にはからずもなっちゃってるってのは少なくないんじゃないかなと思ったん。

ネトウヨの皆さんは置いておいて、安倍自民消極的賛成だった自称穏健派現実派の人たちあたりが、ボロ出まくりはいえいまさら政権を叩くのも格好悪いし外聞悪いし評判も落ちるだろうけど、日大を叩いてる分には、社会理不尽を叩くことはできるけど自分立場社会的な体裁は崩さずに社会悪を叩けるという感じにはなっているのかなーと思ったりな。

2018-05-06

ネット匿名文化は、正直日本社会を変えられなかったよねという話

内輪で盛り上がった話は枚挙に暇がないが。

ネットを経由して知れ渡った犯罪者であれ、あるいは良い方向に実ったコンテンツクリエイターであれ、あるいは複数人間を巻き込んだムーブメントであれ、

ネットで生まれ育った「何か」がこの国の社会インパクトをもたらす上では、最低限人々に認知される顔と名前必要のように思える。

Vtuberボーカロイド等は仮想存在だが、アレは実は承認されたヴァーチャル名前と顔を有しているしな。

純然たる匿名という属性が、メッセージの持つ伝播性や影響力限界をもたらしているのか、

あるいは日本社会に根強いハイコンテクスト文化匿名メッセージの力を阻害するのか、

はたまた根本的に人間という生き物は名前や顔がないと巻き込みえないのかはわからないが

かなり気になっているところ。

2018-05-05

野球という欠陥だらけのスポーツ 」に真面目に回答してみる

https://anond.hatelabo.jp/20180503192028

出遅れしまったが、野球話題はてなで伸びることはあまりないので真面目に答えてみる。

競技フィールド問題

ブコメでも大量に指摘されているが、広大なフィールド必要とする競技は中心となる競技エリア以外の規定はアバウトに設定されていることが多い。サッカー競馬クリケットウインタースポーツ等の自然環境を利用した競技など。これらのスポーツが厳密に設定されたフィールドしか行えないのであれば、プレイする場所が限られすぎてしまうために現実的でない。

言うまでもないことだが、敵も味方も同じ環境で行っているのであれば場所の違いによる標準化問題は多少は許容されるのが大抵のスポーツ普通である環境標準化問題でいえば、標高差・湿度・風速・道具の問題など枚挙に暇がなく、野球に限った問題ではない。

プレイの洗練の問題

プレイが洗練されているかどうかは個人主観に拠るところが大きいが、サッカーシミュレーション柔道レスリング化等、野球に限った問題ではない。

<第三アウトの置き換え>

マンガあまりにも有名になってしまったが、個人的にはあまり問題に思ったことはない。現実殆ど起こらないので。というか、分かりづらいこととはいルールブックに明白に書いてあり、適用事例も示されていることを「曖昧」というのはどうか。問題にするとすれば厳密に適用されていないルール(例:バント時のバッターボックスからの足のはみだし)やチェックスイングの判定じゃないのか?

サイン盗み>

これもブコメで指摘されているが、サイン盗みが横行するとサインが複雑になり、試合時間無駄な延長に繋がるため。

故意のファールの見分け>

これはブコメになかったので解説する。通常バッターは打った直後、打つ方向に向けて頭(目線)が自然と向く。右打者なら打球を引っ張れば目線はレフト方向に行くし、流せばライト方向に向く。(たまに打球方向と目線の向きが異なってしまった場合が"あっち向いてホイ"状態である。)

打球をフェアゾーンに飛ばそうとしている打者はフェアゾーン方向に自然目線が向いているのが普通なので、打球を放った直後にフェアゾーン目線が向いておらず、打ったファール方向に目線が向いている場合故意にファールを打っていると見なすことが出来る。日本ハムにファール打ちを故意に行っているとされる中島卓也という選手がいるが、是非動画サイト等で彼がファールを打っている時の頭(目線)の向きに着目して欲しい。センターカメラから見て三塁ベンチ方向(つまり打球がファールしていく方向)に目線が向いていることが殆どである

しかし、故意にファールを打つ行為は打球をフェアゾーンに飛ばすことが目的であるはずのバッティングと相反する行為であるので、ルール上反則ではないものの、それに反感を覚える人が多いのは理解できなくはない。個人的には、故意のファールそのもの認定するのは線引きが難しいので、12連続でファールを打ったらアウトぐらいのルールを設けてもいいようには思う。

なお、ファールの方向に頭が向かずにファールで粘れる選手はかなりミート技術が高いと評価でき、プロの一流打者なかにはしっかりとしたスイングをかけながらファールで粘れる変態的打撃技術を持つ選手もいる(元日ハム阪神片岡篤史など)。

<大量リード時などゲーム終盤の手抜き>

サッカーの終了間際のボール回し、競馬勝利が確実なときに鞭を使わない、陸上距離決勝進出が確実な選手準決勝まで流す、カーリングのコンシード等、その試合のみで全てが終わるわけではない大会においては体力温存などのために最後までプレーしない行為は広く行われている。





以下はブコメ意見に対するレスポンス

バット振って当たればラッキーみたいな感じでスポーツとして怪しいかも>

130km/hのボール投手から打者まで到達するのにおよそ0.45秒、115km/hではおよそ0.51秒であるリリースポイントが投球板から2m打者方向、球速が一定仮定した場合計算が間違っていたらスマン)。その差はわずか0.06秒だが、距離にして約1mの差。バットボールの大きさは10cmもないので、130キロボールと115キロボールを同じタイミングで振っていたら全くかすりもしない。

プロ打者は数種ある投手の球種に0コンマ0何秒のタイミングバットを数cmレベルで、さらコースによってバットの出る角度を調整し、ただ当てるだけではなくそれなりの強度を持ったスイングで、前方45度の野手の居ない方向にボールを飛ばさなければならない。しかもこの作業は、職人静謐クリーンな集中できる作業場で行えるのではなく、砂埃舞うグラウンドで数万人の歓声と衆目の中で行わなくてはならないのである。誰にでも出来るようなことではなく、プレッシャーで潰れていく選手が出るのも不思議なことではない。

フォーメーションが決まってるから柔軟性、というか発展する余地がない?>

現在MLBでは広く行われるようになっている「極端な守備シフト」の出現は、伝統的な野手守備位置を崩す大きな野球の変革といえる。かつての王シフトのような極端な守備シフトは、一部の選手に対して行われるいわば"奇策"に近いような戦術であったが、近年は非常に多くの打者に対して行われるようになった、という点で大きな変革が起こったといえる。一方で極端な守備シフトによって野球醍醐味の一つである野手ファインプレーが減ってきているという指摘もあり、極端な守備シフト制限するための措置が行われるのでは?という噂もある。

喫煙肥満が云々>

喫煙肥満を推奨するわけではないが、一見アスリートとは思えないような見てくれの悪い人間活躍するのも、ある種野球面白さだと思う。松坂大輔攝津正のように若い頃の面影がなくなってくるとそれはそれで悲しいのだが、バートロ・コロンのように体型を維持しながらピッチングスタイルを変えて生き残っていく選手を見るのも楽しい

野球不文律について>

野球不文律については、特に野球ファンでないと思われる人々から野球の嫌なところ」として指摘されることが多いように思う。しかし、実際のところ暗黙の了解によって行われるプレーはそれほど多くはなく、それを破ることによって問題になる場面も多くはない(というか、頻繁に問題になるのであれば確実に成文化される)。"不文律"という仰々しい表現が使われているが、いくつかは慣習的に行われているマナーのようなもので、電車で騒いではいけませんとか他人の顔をジロジロ見てはいけないとかそういった類のものである。例えばwikipediaの「野球不文律」の項で取り上げられている"投手の集中を妨害するために相手に話しかけたりしてはいけない"とか、"投手野手文句言ってはいけない"などは、野球独特の暗黙のルールとして特筆するようなことでもないだろう。将棋で対局中に相手に話しかける棋士はいないだろうし(いたらスミマセン)、仕事で別部署の人がやってしまったミスをわざわざ咎めに行く人はいないだろうが、成文化されていないとしてももしそれらをやれば確実に顰蹙を買うはずだ。

wikipediaの「野球不文律」で書かれている項目は特筆するべきことでもないことかなにかしらの説明必要な項目ばかりで、野球を全く知らない人が参考にして見てもらいたくないことばかりである(もちろん全ての項目が気にするなというわけではなく、引退試合忖度などは無くすべき慣習のように思う)。

つまるところ、これらの問題はささいなことであって、外の人が「これが野球の嫌なところである」と声高に主張することがある種偏狂で、野球ファンからすれば不快だと言わざるを得ない。

アップデートの無いゲームは欠陥がかなり残っているでしょう>

まり知られていないことだが、実は野球ルールは毎年細かい変更が行われている。「野球規則改正」で検索してほしい。

ストライクゾーンってのがマジで理解出来ない 選手ごとに可変でしかも全部審判目視て>

MLBでは機械的な投球の測定システムの導入によって審判ストライクゾーンの精度がかなり向上したらしい。将来的にゾーンの判定が機械的に行われるようになることも非現実的ではないと思われる。

<一つのポジションピッチャー)のゲームへの寄与が、他のプレイヤー全員の寄与を合わせたよりも大きい点で、デザインおかしスポーツ

少し理屈をこねた回答をする。団体スポーツで一人の選手スタンドプレーによってゲームが決まってしまうことは、特にアマチュアレベルにおいては決して野球に限ったことではないように思う。子供の遊びレベルサッカーバスケットボールで、一人の運動神経のいい子供ボールを多く扱って何得点も決めてしまう場面を見たことがないだろうか。

野球においては投手が多くボールを扱っているか投手が全てを支配しているように見えてしまうが、ただボールを投げただけでは得点は入らないのが野球面白いところで、投手負担だけで野球というゲームの全てが決まってしまうわけではない。もちろん1試合のみでは絶対的投手によって試合の体勢が決まってしまうこともあるが、プロ野球においてはその点他のプロスポーツに比べて非常に多くの試合が組まれることによって、一人の投手のみによってシーズンが決まらないような体勢が整えられているのである。また投手の分業制は最早当然の戦略となっており、多くのイニングを投げる先発投手のイニング数も年々減少傾向にある。プロのみならず、最近高校野球でも複数投手を擁するチームが非常に多くなってきた。これは単に投手負担を減らす意味合いだけではなく、一人の投手能力だけではゲームをdominate出来ないことが多くなっているといえるからだと思う。逆説的にいえば、一人の選手ゲーム支配することもあるし、戦略的には複数投手制をとるチームが増えている点で、独特の興味深いゲームバランスになっているといえないだろうか。

ちなみにアメリカのbaseball_referenceとfangraphsというサイトがそれぞれに公表している「WAR」というMLB選手の貢献度を測る投手野手共通指標存在するが、2008年から2017年までのMLBリーグトップWAR20人中、reference版でトップになった投手は6人、fangraphs版ではわずか1人である。少なくとも長いシーズン戦うプロ野球においては、図抜けた投手一人より図抜けた野手一人のほうが貢献度が高いと見なされているのである

2018-04-10

生活保護を貰い始めたら動物虐待がようやくやめられた

初めにこんな理由生活保護を頂いていることと、自分が不幸にしてしまった多くの命に謝罪します。

自分がなぜこんなことになったか結論から言うと仕事ストレスが原因です。

始めて働いたシステム開発会社仕事をしていた頃、分からない上に興味のない仕事、女にばかり依怙贔屓する上司、どこにも引っかから入社した役員無能な息子が仕切る部署、終わらないし帰れない連日の激務、みなし残業、と枚挙に暇がないストレスが原因で動物虐待に手を染めてしまいました。

内容の詳細は省きますが命を奪うようなことはせず恐怖やトラウマを与えるようなことをしてしまいました。

しか小動物自分の買った生き物では私のストレスが解消されることはありませんでした。

自分はこんなにも苦しんでいるのに、世話をしてくれる人がいて愛情を受けて幸せそうに生きている他人ペットに激しい憎しみを抱くようになりました、他人ペット虐待したい気持ちが沸々と湧き上がってきました。

そんなある日会社で耐えられないようなストレスを受けました。

動物虐待して早くこのストレス放出したくて堪らなくなり、善悪区別すら付かなくなりました。

会社の帰り道に衝動的に近所の飼い猫を攫い虐待してしまいました。

満足ゆくまでした後は元の場所に返してあげました。

私は精神的な虐待が主だったため、すぐにはバレませんでした。

近所は猫が放し飼いされていたので新しいストレス解消の捌け口も沢山ありました。

その捌け口に会社で耐えられないことがあるたびに同じことをしてしまいました。

でも、ある日動物虐待警察にバレました。

原因は分かりません、衝動的な犯行でしたので家の中に証拠は残りまくりですし外の証拠もすぐに見つかります

そもそも私の家には大量の用品があるので、他人の家のペット虐待していなかったとしても言い逃れ不可能です。

逮捕状はありまさんでしたが、すぐに警察事情聴取を受けました。

会社自己都合で退職しました。

前科がつきましたがどうにか刑務所に入ることは免れることができました。

その際に精神科を受診し、鬱を含めいくつかの病名がつく診断が出ました。

このままではもちろん働くこともできないため、生活保護申請受理されようやく保護費を頂きながら生活できるようになりました。

しっかりと眠り食事をとり働いている間は遊ぶことができなかったゲームをし動画サイトを見ながら毎日を過ごしていたらようやく少しだけ精神が安定しました。

なのでこの文章を書けるようになりました。

こんな自分生活保護を頂いて申し訳ございません。

この期に及んでこんなことを書くのは憚られますが、自分子供の頃から働くようになるまで動物が大好きでした、精神が安定した今だから言えることかもしれませんが今でも好きです。

でもそれはただ自分に余裕があったからで、余裕がなくなればこんな酷いことができる人間でもあります

自分が今更虐待した動物にどんな贖罪をしようが結局は自己満足にしかならないと思います

から自分にできることは可能な限り外に出ず、二度と幸せに過ごしている動物ペットたちの前に姿を現さないことです。

自分が不幸にしてしまった動物たちの中にはボランティア保護され新しい飼い主が見つかった子もいるかもしれません、その子がもし自分を見つけたらトラウマが蘇りせっかくの幸せ自分が壊してしまうでしょう。

この生活保護費というのはそんな不幸を二度と発生させないため自分を家に閉じ込めておく対価だと考えています

もし自分が外に出たらまたストレスから動物たちを不幸にしてしまうかもしれないです。

2018-03-18

冷笑系が生まれ理由容姿

ネトウヨなのに、ネトウヨバカにする冷笑系というのが存在する。

公文書捏造だけでなく安倍内閣の悪行は枚挙にいとまがない。

それでも、なぜか「野党はだめだから。。。森友しかやらない。。。」みたいなことを言い現内閣肯定する。

そして、ネトウヨも現政府に反対する人間冷笑する。まるで自分は天の上にいるかのようだ。

タチが悪いのは、ネトウヨではないため批判をくらいにくいのと自分ニュートラルと思い込んでいるからだろう。

ただ、なぜ冷笑系が生まれるのかといえば割りかし「容姿」だったりするのではないかと感じる。

なにか政治に対して入り込めないということだ。

それは、「個人的問題」に大きな問題を抱えていると、政治にも熱が入りにくいからだろう。

結局のところ、政治が変わっても美男美女が得するだけではないかという不信感などがあるのではないか

2018-03-11

同性婚別に禁止されていない

同性婚に反対する理由論理的根拠が無いと思う

https://anond.hatelabo.jp/20180214020955

気持ちは分かるんだけど、双方議論がふわっとしている。それは、そこで言ってる「同性婚」が何を指すのか明らかになっていないからだ。

”同性者間の婚姻契約”は現行法下でも禁止されていない。

まずはっきりさせておきたいことは、「同性婚」が同性者間の婚姻契約意味してるなら、現行法でもこれは禁止されていないし、法的拘束力もきちんと生じるということだ。

その理由契約自由の原則(憲法13条)があるからだ。(なお憲法24条は同性者間の婚姻契約禁止する趣旨ではない。)。

これは例えば、男性同士のカップルが、お互いに婚姻契約書を取り交わして婚姻契約を締結することは妨げられないということだ。実際にもこういう例は多くある(らしい)。

そして、その契約書に書かれた扶養義務婚姻費用分担の定めは、きちんと法的拘束力が生じる。

禁止されていない以上、賛成も反対もないのであって、結婚したい奴はその意思に基づいて勝手にやってください、ということになる。

議論になっているのは民法第4編第2章の”婚姻”だ。

上記の点を踏まえると、「じゃあみんな何を議論して騒いでいるの?」ということになるが、みんなが議論している「同性婚」とは、民法第4編第2章が定める”婚姻”だ。

この場合、上述した当事者間の婚姻契約と異なり、お役所に届出が必要となる(民法739条1項)。

男性同士のカップル婚姻届をお役所に届けたとしても、民法第4編第2章が定める”婚姻”は成立しないことになる。

なぜ当事者間の婚姻契約と違い、民法第4編第2章が定める”婚姻”は自由にできないのか。

結論から言えばその理由は、民法第4編第2章が定める”婚姻”に付属する効果(≒特典)が、徹頭徹尾、男女間の婚姻念頭において制度設計されているからだ。

例えば所得税における配偶者控除相続分、相続税、などなど、枚挙に暇がない。

民法第4編第2章が定める”婚姻”を同性者に対して認めるということは、これらの制度を同性者間のカップル念頭において1個1個検討しなおす(そしてそれは膨大な量の立法作業になる)ということを意味する。

からこれは「賛成か反対か」という大雑把な議論ではないのだ。効果の1つ1つについて議論を詰めていかないといけない問題なのだ

どうすればいいか

じゃあどうすりゃ良いのよ、という問題になるが、理屈からいえば、「同性者間の婚姻についてどのような効果(特典)を認めていくべきか1個1個詰めていくべき」ということになる。具体的には、同性婚を望むLGBT取材するなどして、議論の基礎となる資料をかき集める必要がある。

(ただここで問題になるのが、LGBTの人らが本当に同性婚を望んでいるのか?という点なのだが、客観的資料があるわけでもないのでとりあえずこの点は措く。)

結論

一口に「同性婚」といっても、賛成対反対の二項対立還元できる簡単問題ではないので、きちんと詰めて考えてくれよな!

2018-02-21

anond:20180221112354

ワイドパンツ場合アンクル丈で足首の先端を見せ、且つその足首が細い事がキレイに見える条件だが、単に足が太いことを隠すための便利アイテムだと勘違いして履いてる人が多い。

その結果、フルレングスで履いてトップスダボダボなので、さながら男性の袴(はかま)のような出で立ちの女性が増えてしまった事は、メーカーにとっては予想外だっただろう。

しかしこうなった理由メーカー自身が作り出したとも言える、と私は考える。


スキニーパンツがあまりにも長らく定着してしまい、そのあいだ、足が長くまっすぐ細い女性時代謳歌し、足に自信を持てない女性にとっては暗黒時代だったと言っても良いだろう。

そんな彼女らが救いを求める中メーカーがもたらした光が、まさにスカンツを始めとしたワイドパンツだ。

しかし、体型を強調する代わりにレングスや微妙な緩さといったセンス必要としないスキニーに対し、体型がごまかせる反面 絶妙なレングスやサイズ感が要求されるワイドパンツは、あまりにもギャップが有りすぎた。


またファーストファッション全盛のこの時代ノウハウや知見の共有がなされないまま市場けが急拡大してしまった事も、ワイドパンツにとって不幸といえる。

高いポテンシャルを持ちながらも、正しい使い方や知識が共有されないまま価値を失い、市場から姿を消していった商品衣料品に限らず枚挙にいとまがない。

私は、ワイドパンツという足太女性にとっての一筋の光明が、早晩姿を消してしまう事を強く危惧している。

2018-02-19

論文不正事件以後の早稲田

小保方氏がSTAP細胞に関する論文やらかしから4年、博士号取り消しの処分が決定してから2年以上の歳月が流れた。

小保方氏がメディアを悪い意味で騒がせていたちょうどその頃、僕は東京大学受験したものの点数が足りず、合格を貰っていた早稲田大学の某理系学科への進学が確定的となっていた。

世間マスコミは小保方氏と早稲田をぶっ叩きまくっていた。ガバガバ博士論文を通した早稲田はクソ、コピペ改ざんの小保方氏はクソ、STAP細胞存在しない!( ー`дー´)キリッみたいな感じで、受験に失敗した結果早稲田への入学が決定していた僕にとっては追い打ち、死体蹴りでなかなかの真顔案件だった。

「うるせぇ有象無象共!このまま早稲田が叩かれまくって僕が就職するときに『ええ?あの小保方さんの早稲田?』みたいなこと言われて不利になったりしたらテメェら責任取れるのかクソが!!」と大いに荒れていたことを今も覚えている。

話の本流からは逸れてしまうが、バッシングの果てに尊い人命が失われているし、人権侵害級の話もあったのでそのあたりについては壁に手をついて俯いた猿のごとく反省して頂きたいとは思う。とはいえどうせ反省を促してもマスコミ絶対反省しないで今後も似たようなことを繰り返すし、叩いた民衆自分が叩いた自覚を持って無くて全く反省しないだろうから無意味だとは思うが。炎上している誰かを叩いているとき、それはそれはきっと気持ちがいいのだろう。大義名分自分にあり、多数のうちの一人であって責任ほとんどない。さぞ楽しかろう。そういう奴が無自覚に人を殺し、人生を壊したりする。

あの事件個人的な話だが、僕にそういう教訓を与えてくれた。

話を本筋に戻そうと思う。

あれから4年間を早稲田大学で過ごしたが、小保方氏の事件はまあそれなりに早稲田反省を促したように感じた。

いつ頃だったかは忘れたが、小保方氏の学部時代所属学科である応用化学科の実験レポート剽窃発見され、かなりの人数が罰則を受けたと噂で聞いた。

理系における実験重要度は他の講義の比ではなく、実験単位を1つ落としてしまえばその他全ての単位をきっちりと取っていても5年生コース早稲田では4年生を2回というようなことは無く、『留年』すると5年生とか6年生になる)が余裕で見えてくる。剽窃発覚だと半期の単位取り消しと停学がセットでひっついてくるので、ほぼ確実に留年である

応用化学科は小保方氏以来、随分とそのあたりが厳しくなったという話だったが、それを裏付けるように大量BANの話が出てきたのでなるほどなぁと思った。

卒業論文を提出する段階で知ったことだが、早稲田大学では過去早稲田内のレポートや様々な論文類似度を数値化し、ちゃんと自分の手で書いたレポートかをチェックするシステムが稼働しており、インターネット越しの提出窓口から提出すると自動でそのチェックがかかることになっている。このシステムに引っかかってしまうと随分まずいことになるらしいが、実際どうなるのかは分からない。ただ研究室教授が相当めんどくさそうに言っていたので、まあそれなりにやばいことになるんだろうなと思う。早稲田なりの再発防止策、なのかもしれない。実際いつ頃から稼働してるシステムなのか知らないので断定はできないが、今の早稲田では剽窃はなかなかにハードルが高い状態になってると思う。

データじゃなければなら余裕で剽窃できるという話はあるが、実際に応用化学科の実験レポート(基本紙で提出)で剽窃が発覚してる例もあるし、その後も似たような話をちらほら聞いているので、抱えるリスクと得られるリターンをまともに考える頭があれば剽窃はしないという結論に至るような状況だとは思う。

コピペ博論通った件も、「科学における論文」というのが多分に性善説的に構築されているところがありその穴を突かれた感じなので、今のように定期的な見せしめBANと性悪説的なシステムを稼働させて威圧するというのは効果的だと一学生としては感じている。

ただまあ、学生の間では過去レポが出回っていることは事実だしそれを参考にして文言や順序を大きく変えて要旨を保つという方法ならシステムには引っかからないようなので、もう何かNARUTOの中忍試験編であった「カンニングするならバレないようにやれ」の試験みたいになってきている感じがしないでもない。こういうのはもう原理的に防ぎようが無い。早稲田に限らず慶応だろうと京大だろうと東大だろうとムリだ。まあ自分言葉で再構築できる程度に理解してるならOK感がしないでもないし、難しいところだと思う。

今はもう存在しない器具名をレポートに入れてしまう、文言が同じ、データが完全に同一、誤字脱字のタイミングが同じ。そういう頭湧いてるレベルのアホみたいなことをやる奴は少なくとも排除されて、それなりに労力をかけた人が馬鹿を見るような状況ではないので、まあ良いのかなと個人的には思う次第。

早稲田は随分と頑張ったと思う。

追記2018/2/20

コメントを見て、大事なことを書き忘れていたことに気付いたので追記を。

あの事件を受けて学生剽窃パージに怯えつつ暗く沈んだ学生生活を送ったかというと全くそんなことはなく、この事件を時折ネタにしつつたくましく生きていた。

狩野英孝の「スタッフ~~~~!」のネタになぞらえて「スタップ~~~~!」と叫んだり。

明治大のサークル愚か者が酒に薬を入れてやらかした件や東大愚か者女性下劣暴行を働いた件などの折、「さーて、どこまでマスコミで騒がれるでしょうか!!目指せSTAP超え!!」などと騒いでみたり。

論文を読んで英語で発表するという課題で、STAP細胞やその後の懸賞論文を持ち出してきて発表してみたり。

STAP細胞コスプレをした者も居ると聞いた。上記の若干寒い内輪ネタの数々ならまだ理解できるが、こればかりはあまりにも意味不明過ぎて首をかしげたことを覚えている。

「小保る」等という謎の単語が生じていたが、どうも意味は「剽窃がバレて大学から罰則を食らう」という意味らしい。

その他にも、話の流れの中で自虐ネタとして使われたりもしていた。

かのスーパーフリー事件早大生「あー・・終わったー・・」捜査官「終わってねぇよ」で有名な早大生による大麻栽培摘発などと並び、早稲田の恥ずかしい歴史に名を連ねてしまたこ論文不正事件だが、『きちんと真面目に剽窃などせずレポートを書いている学生』にとっては話のネタ程度のもので終わりそうだ。

早稲田大学当局反省した。しか学生反省していない。当たり前である。一部を除き大多数の学生は丸ごと剽窃等というアホみたいなことはしないか関係のないことだ。僕に限れば、自分したことではなくかつて同じ学び舎に居た誰かと大学過去にしでかした件のせいで、大学以外の帰属コミュニティで多かれ少なかれ色々言われたことで、薄いながらもむしろ反感のような感情すら持っていた。「は? 僕関係ないんだが。自分入学した時点でとっくに卒業していた奴の話なんか知らんがな」という感じである現在に至っては特に何の感情も伴っていない。「そんなことあったね」と微笑みつつ日本酒を飲むだけだ。

帰属する組織やそのかつての構成員のうち何人かが何かをしでかしたことで、組織のみならずその組織人員までもが色々と悪様に言われたりする事例は枚挙に暇ない。

「そういう人間を育てた大学なんだから、お前もそういう風に見られて当然」と言う人が居る。

恐るべき暴論である。つまり早大生は全員スピリタス女性を酔わせ強姦大麻栽培革マル派に属し論文コピペで提出する人間として見られることを受け入れろということである。他の大学も同様に、例えば東大生は全員所属組織の講堂を実力で占拠し全員女性局部ドライヤーをあてる人間として見られることを受け入れろということであるし、慶大生は集団女性強姦父親を刺殺する人間として見られることを受け入れろということである名大生はもっと凄い。同級生タリウムを盛り女性を斧で殺害する人間として見られることを受け入れろということである。頑張れ名大生。

悪質な組織所属しているからその構成員が悪影響を受けるというのは、一部は正しい。暴力団ブラック企業というのはまさしくそ典型であろうし、もっと卑近な例で言えば毒親が居る家庭というのもその1つだろう。

大学はどうか。日がな一日遊び倒すような人間が育ったり一部のアホ共が増長する程度には大学名による謎の権威があることは否定できない。だからこの面で大学の悪影響というのは認めるところであるしかし、全員がそうではない。

暴力団を辞めて反省必死正業で生きていく者が居る。ブラック企業を辞め、新たなブラック企業を生み出しかねない染まりきったブラック企業思考を改めて新しい環境邁進する人が居る。毒親反面教師として良い親であろうと心がける人が居る。

大学も同じことで、愚か者テレビを騒がせる一方、真面目に勉強して真面目に研究して、世界通用する成果を生み出す人や、大きな企業就職して働いて社会に貢献する人や、新しいサービスを考え出して会社を起こし、新たな価値雇用創造する人が居る。

当たり前のことではあるのだが、人や組織が何かをしたとき、それだけがその人や組織の全てではない。良い面も悪い面も持ち、多面性を持つものだ。

かつて何かしらやらかし早大の名に傷を付けた人も居るが、長期的な目で見るとそんなことを歯牙にも掛けない程に早大の名に(結果として)箔を付けてくれた先人達が居て、今の早稲田がある。

早大生は今日も元気に学んで研究して、アルバイトして税金を払って、遊んで色んなところでお金を使って経済に小さいながらも貢献し、そして高田馬場ゲロを吐いて地域ネズミと鳩をせっせと育てるのである

2018-02-18

日本人スゴイがナショナリズムとか言いながら

日本人スゴイとか言ってるテレビナショナリズム問題とか言いながら、日本人女性スゴイになると、同じ口で日本女性はスゴイ!日本人女性はやっぱり違うとか言ってナショナリズム全開になって、抑えきれなくなる光景を毎回見る度、笑う。


それなら、日本人スゴイにも批判できんから日本人女性スゴイの場合にも、個人のことであって、日本人女性スゴイとか言うなとか言わないとな?

ワールドカップ女子が優勝した時にNHK日本女性スゴイとかニューストップ報道してたとか枚挙に暇がない

2018-02-09

anond:20180207161509

リストラもそうだが、そもそも元の意義は有用なのに使いまわす奴が人間のクズだったために、言葉のものクズ代名詞みたいになるパターン枚挙に暇がないな

最近だとポリティカル・コレクトネスだのMeTooだのも、

もともとは大変意義のある大事概念だったのに、

ゲスクズ人間が振り回したおかげで今ではすっかり胡散臭い代名詞

2018-02-02

anond:20180123200155

すげーなこれ

Aさんにとって、反応をくれない監視だけしてる非フォロワー存在してないわけで(閲覧数が見えるSNSなら閲覧者としてはカウントされてるかもしれないけどなんの接触も感想も飛んでこないなら好意による閲覧なのに悪意による監視なのか判別不可能

マイナーカプだとわかってるならなおさら1コメント、1フォローの重みはメジャーカプの比じゃないはず

メジャーカプに手を出せばある程度の実力がある人ならじゃぶじゃぶ感想が来てフォロワーも増えて、マイナーカプの時はつぶやいても誰も反応してくれなかった「〇〇はカプのイメソン」みたいな一言にも同意が飛んできたりそこから萌え話が膨らんだり……楽しいだろうね

承認欲求っていうけど、それすら満たされない趣味時間情熱を費やし続けることはそうそう出来ないと思う、求道者じゃないんだし

やったことに見合わない莫大な承認欲求を求めるのは論外としても、手間かけた相応の対価を欲しいと思うのは当然のこと

こっそり黙ってアカウントを変えたわけじゃなく元アカウントリンク貼って移動したんだから、元アカウントフォロワーがC×Aもいける人だったりカプ関係なくAさんと交流を続けたいと思えばフォローしに行けばよかったわけで、それをしに行く人が誰もいなかったからAさんの雑食垢にA×B時代フォロワーが皆無だったのでは?

だとすれば、AさんはA×Bにはなんの未練もなくて当然なんじゃないのかな

A×Bでギブアンドテイクが成り立たない状態で、感想フォローもこないのに与え続けてれば疲弊するのは当然

しかけなくてもフォローしてふぁぼ飛ばすだけでも支えにはなるのに、元増田はなんにもせず与えられるものを見てただけ

気づいたら移転した後っていうならともかく、ずっと経過を見ながら何にもしなかった人間に嘘つきとか絶対言われたくねーわ

かんこなが辛くて心が折れたなんて話は枚挙にいとまがないのに、自分(達)が何もしなかったからAさんの心がA×Bから離れたかもって視点が欠片もないことが怖い

相手に対して何にもしてあげる気がないなら相手がより自分をかまってくれる居心地の良い場所に移動しても自業自得だと思って諦めろよ

移動されて裏切られたなんて気持ち持って良いのは誠心誠意の感想送って支えてきたけど置いてかれた人間だけだろ

2018-01-12

ある人の秘密を知った時、あなたならどうしますか?

あるコミュニティで「いい人」「優しい」と多くの人に思われている人気者がいる。その分野の情報に詳しくて、丁寧で親しみやすい語り口とたまに見せるお茶目な一面で男性のみならず、女性ファンも多い。

でも、わたしは知っている。

その人がそのコミュニティのいろんな人の悪口を言っていることを。

曰く、とある女性たちとの会合時間無駄

曰く、枯れたババア

曰く、あいつは鼻に付く。

曰く、あいつらの舌は馬鹿舌だ。

曰く、あの人は気持ち悪い。

共通の知人の中で彼の悪口対象になっていない人の方が少ないくらいだ。枚挙に暇がない。

悪口対象者今日も彼を慕って話しかけている。

いい人だと思っているイメージをわざわざ壊すような品性下劣な真似をしても誰も幸せにはなれないし、そんな真似はしたくない。

でもいい人の顔で今日バカ舌の、気持ち悪い、時間無駄の仲間たちとSNSで話しているのを見るたびにモヤモヤしてしまう。

誰にも言えない人格者の裏の顔を知ってしまった時、あなたならどうしますか?

わたしはもうこの秘密に押しつぶされそうです。

あなたが今話してる「いい人」は不倫相手モラハラする、お金のことしか考えてないモンスターだよ。

2017-12-26

報道しない自由」は問題ではない

 昨今のマスコミ批判において、頻繁に取沙汰される問題の一つに「報道しない自由」がある。

 この語は「報道の自由」に引っかけた単語であるが、要するに「メディア自分たちの主義・主張にとって都合の悪いことは報道しない」というものである最近の例では、加計学園獣医学部新設をめぐる一連の報道の中で、マスメディア前川文部科学省事務次官国会発言ばかり取り上げ、加戸前愛媛県知事の発言はごく短い時間しか取り上げないか、あるいは存在すらしなかったかのように無視たことが問題視された。「放送法順守を求める視聴者の会」がテレビ報道の在り方について新聞意見広告を出した他、主に右派系のネットメディアでも頻繁に取り上げられていた。同様の批判安保法制共謀罪に関する報道でも行われた他、日常事象においても「犯罪報道において犯人報道関係者だったら追及が甘い」など、「報道しない自由」の事例は枚挙に暇がない。

 この問題に対しては「マスメディア自分たちの都合の悪いことを隠蔽せずに報道しろ」という旨の批判がなされることがあるが、私はそれは不可能だと思う。何故なら、媒体を問わず偏向しないメディアなど存在しないかである

 ある事象において報道がなされる際、メディアが割ける報道資源には限りがある。テレビであれば一つの番組の中で数十秒~数十分。特番を組んだとしてもせいぜい2時間程度だろう。新聞であれば紙面の数%~全面、マックスでも広告欄を除いた全ページであるイラク戦争開戦の際に、新聞がほぼ紙面の全てをイラク戦争に割いていたのは、非常に印象的であった。

 一方で、報道の元となる一次ソースは、膨大な量となる。行政機関が発行する資料では、少ない物でもA4で1枚、多い物なら数百枚にものぼる。これらの内容を、テレビ新聞で一字一句逃さず報道するのは不可能であろう。ネットであれば可能かもしれないが、そんなに大量の情報に全て目を通す人はそう多くはない。これが事件報道になれば、事件の経緯、加害者の背景、被害者の背景、関係者証言、その他諸々…「事件に関わる全ての情報」を挙げていけば、際限が無くなってしまう。

 そもそも全ての人が一次ソースを参照するのであれば、報道など不要である一次ソースかいつまんで分かりやす説明したり、内容を解説して理解やすくすることが、報道に求められることであろう。それがいわゆる「編集」と呼ばれる作業である

 そして、編集過程において、どう頑張っても排除される情報というのは生じるものである。その事象にあまり関係のない情報、専門的過ぎたり限定的過ぎたりするために掲載しない方が理解やすくなる情報などは、むしろ省いた方が視聴しやすくなる。また、編者の意見に会わない情報は、意識的無意識かに関わらず、省かれてしまうこともあるだろう。すなわち、一次ソースをそのまま掲載しない限り、テレビだろうが新聞だろうがネットだろうが偏向は必ず生じるものなのである掲示板書き込み編集した「まとめサイト」などはその典型例で、記事の主旨とは異なる書込みは省かれるし、管理人主義主張に反する書き込みも、もしかしたら排除されているかもしれない。いくらメディアが「公平公正」を標榜していたとしても、それを100%成し遂げることは、到底不可能なのである

 だから私は「報道しない自由自体は全てのメディアが持っているものだと思うし、それ自体批判することは的外れであると考えている。その批判は容易にブーメランになり得るからであるテレビにおいては放送法第4条を根拠公平性を求められるケースもあるが、放送法自体問題が山積みの法律であるため、早急な改正必要と言える(テレビ局人間が「倫理規範からセーフ!」とか言ってる時点で機能してない)。

 では、マスメディアの持つ本当の問題点とは何か。当たり前すぎて今更語るまでもないことかもしれないが、今一度整理したみたい。

単一方向メディアである

 ネットとの比較という意味で、最も顕著なのはこの点だろう。テレビ新聞などの既存メディアは、発信者と受信者が固定されており、受信者が発信者に対して同じ立場で発言することができない。テレビ総務省許可が無ければそもそも放送できないし、新聞なら発行すること自体は誰でも可能かもしれないが、一般人大手メディアと同じ量の情報を発信するのは、現実的ではない。

 一方でネット上は、基本的に誰でも平等に発言することができる。もちろん、発言の影響力は立場によって異なるが、例えばツイッター上で批判されたら同じくツイッター上で反論することも可能だし、ブログ意見に対して別のブログ自分で立ち上げて反論することも可能であるグーグルなどのポータルサイトやSNSの運営会社が強い影響力を持つことは否めないが、利用者はそれらのサービスが気に入らなければ、容易に他のサービスに切り替えられる。また、例えば国が法律によってネット上の情報発信規制したとしても、法の及ばない海外サーバーを利用することだってできる。ネット上には絶対的情報発信強者存在しないのだ。

 これは利用者にとって、単一方向メディアにはない大きな利点である。今までは情報発信マスメディアが独占していたが、現在では個人が自由に発信者になれるのである。その一方で憶測捏造に基づいた情報を発信すれば、簡単に批判を受けてしまうというリスクも負っている。これまで独占的な情報発信者としてその恩恵を最大限に受けて来た既存メディアにとっては、到底受け入れがたいことだろう。だが残念ながら、どんなに望んでも時代が遡ることはない。

情報談合日常的に行われている

 いわゆる「記者クラブ」に関しての問題点であるマスメディア記者ほとんどは業界団体で作る「記者クラブ」という組織に属している。記者クラブには、行政組織大企業記者会見に優先して参加でき、クラブに属さなフリーランス記者などはそもそも会見に参加すらできないことが多い。すなわち、日本ではマスメディアによって、ジャーナリストに対する言論弾圧が行われているのである

 また、記者クラブの中で、異なる報道機関記者同士が取材した内容を互いに確認し合っているという問題も指摘されている。取材メモの内容を他の記者と「答え合わせ」し、内容に漏れや間違いがないか確認しているという。これは関係者が著書などにおいて発言した内容であるため、事実か否かを確認する術を私は落ち合わせていないが、もし事実であるとすれば、報道機関としていかがなものかと思う。扱うのが情報だという点を除けば、他業種における「談合」と何ら変わりない。

 記者クラブ存在別にするとしても、報道内容が画一的であるという点は批判されるべきだろう。特にテレビ報道においてその傾向は顕著で、芸能人スキャンダル政治問題相撲界の不祥事、どの事象においても、全てのチャンネルにおいて、まるでコピーペーストのように同じ論調しか報じていない。ワイドショーだけならまだしも、ニュースにおいても同様である。そして、同業他社であるマスコミ各社の不祥事については、どの報道機関も一斉に口を閉ざすのである。これではマスコミ同士の相互チェックは全く機能せず、業界全体が腐敗してしまう。

 さらに、冒頭に挙げた前川氏にまつわる報道では、読売新聞が「前川氏が未成年が働いている出会い系バーに出入りしていた」ことを報じ、他のマスメディアから一斉に批判がなされた。全く意味不明である読売新聞報道の自由に基づいて報じただけであるし、元文科省役人が、任期中に児童買春を行っていた疑いがあるのだとすれば、報道すべき大問題であろう。マスメディア各社の中で前川氏に関する報道姿勢について合意がなされており、それを読売が「抜け駆け」したことに対して怒っているのであろうことは、想像に難くない。前川自身は(苦しい言い訳をしながらも)出会い系バーに出入りしたいたこ自体は認めており、読売報道内容は事実であった。事実報道たことに対して批判をするのであれば、日本のマスメディア各社は報道機関として終わっているとしか言いようがない。

情報品質が低い

 もはや誰がありがたがっているかよくわからない年中行事の一つとして、自由国民社という一出版社が数人の選考委員会を集めて勝手に決めている「新語・流行語大賞」というものがある。最近では野球業界以外では全く流行っていない言葉や、日本に対するヘイトスピーチに当たる言葉流行語として選び、物議を醸している同賞だが、先日発表された2017年流行語トップテンの中に「フェイクニュース」という言葉が選ばれた。その定義は、新語・流行語大賞ホームページ引用すれば、「ネット上でいかにもニュース然として流布される嘘やでっち上げ。」だそうだ。

 このように、マスメディアネット批判を行う際の常套手段として、「ネット上には嘘や質の低い情報が多く含まれている」という主張がある。「それに対して新聞テレビは、社内で十分に内容を確認検証しているから、正しい情報である」と言いたい訳であるが、ちゃんちゃらおかしいとしか言いようがない。

 ネット上の情報に嘘が多いというのは事実であるし、そんなことは普段ネットを利用している人であれば十分承知の上である。一部の情報弱者が、良く調べもせずにその情報鵜呑みにしたり、タイトルだけ見て記事の内容を読まずに早合点したりして、騙されている訳であるネットを使っていれば関連する情報をその場ですぐに参照することは容易だし、先述した通り間違った内容であれば他者が指摘することも容易である

 対して新聞テレビは、偏向捏造があっても、個人が指摘して正すことはできない。サンゴグリコアジトや、椿事件慰安婦問題などは、捏造が明るみに出たため、謝罪、訂正した例であるが、間違いを指摘されても訂正・謝罪していない例もいくらでも存在する。そもそも先に挙げた「フェイクニュース」という単語自体、元々トランプ大統領が言い出した言葉で、「テレビなどの既存メディア捏造」を指す言葉であるが、マスメディアはこれを「ネット発の捏造誤報」という意味に「捏造」しようとしているのである

 近年、「若者テレビ新聞離れ」を憂う声がメディアから上がっているが、若者に原因があるのではなく、自分たちに原因があることを理解しているのだろうか。メディアにとっての商品は「情報である。その商品品質が低ければ、顧客が離れるのは当たり前だ。提供する料理がマズい店は、客足が遠のくのと同じである。これまでは情報のもの大手メディアにより独占されていたが、現在ネットの出現によってその独占状態も瓦解してしまった。既存メディアいくらネット情報玉石混淆だ!」と叫んでも、石しか扱っていない既存メディアは一笑に付されて終わりである

 徒然と書き殴ってしまったが、ひとまずここまでにしたい。他にも、視聴者が直接の顧客ではないこととか、テレビ局国民資源である電波を独占していることとか、新聞社企業買収から守られていることとか、メディア自体権力化していることとか、いろいろと問題はあるが、ともかく「既存メディアネットよりも優れている」というのはまやかししかない。「ネット情報ばかりでは偏る」という意見もあるが、それはテレビ新聞でも同じことであるメディア媒体わず、一つの報道だけを鵜呑みにせずに、様々な情報を加味して判断すべきなのだ。要は個人のメディアリテラシー問題しかないのである

 また、単一メディア情報だけを信じてしまう人の特徴として、「自分判断することを放棄している」という点が挙げられる。そういう人ほど誤報捏造報道があった時に、「騙された!」と叫ぶのである。もちろん、捏造したり、ちゃんと確認をせずに報道したりするメディアは悪であり、糾弾されなければならない。しか本来は、何が事実で何が嘘かは、情報受け手個人個人が、自分責任において判断しなければならない。それができない人間が「情報弱者」と呼ばれるのである

 メディアはその媒体を問わずに「報道しない自由」を有している。だからこそ受け手偏向誤報捏造に踊らされないように、一人一人がメディアリテラシーを身に着けることが重要なのではないだろうか。

2017-12-19

anond:20171218123127

俺はだいぶ増田寄りの感想を持ったかな。細部は違うけど。

持っちゃいけない小物が権力持つとどうしようもないクズができるのは今年のニュースだけでも枚挙に暇がない。不可抗力そいつの部下になっちゃったなら気の毒だと思うけど、はあちゅうさんは自発的にこの人にアプローチしたんだよね。

事業部も違う上司でもない社内有名人に、下心満載で自発的にすり寄っていったわけでしょ。気に入られたくて。打算的に。そんなん、こいつクズだと思ったら見切って逃げられる立場じゃん。

中傷めいた言い方になるけど、このはあちゅうさんて人の今の商売のしかた見てれば、この岸って人にも自分若い女性であることを十分意識しながらそれを武器に近寄っていったのは間違いないでしょ。

部活コーチの言うことに逆らえない中高生じゃなくて立派な大人がですよ。クズとわかっててもそれと引き換えにそいつから得たい何かがあったんでしょうよ。夜中に呼び出されて男の自宅にのこのこ上がり込むとかさ。スクショとかしっかり残してるあたり、途中からは将来陥れる気マンマンで証拠めしてたのかもしれんし。

マアー同情の余地なしと思いますけどね私は。みのもんたじゃないけど、「お嬢さんあんたが馬鹿だよ」と言いたい。

あ、別にこの岸とか言う男を擁護する気もまったくないよ。コンプラ的には数え役満でアウトでしょ。こいつも大馬鹿。失脚して当然。

まり単なる馬鹿同士の揉め事。痴話喧嘩パワハラというよりDVに近い。それ以上でもそれ以下でもないと思ってます

2017-12-15

PCデポのあれはレンタルでも割賦でもない、という話

タイミングを外しているような気もしますが、PCデポ契約の話を書きます

始めに断っておきますと、私はPCデポ関係者ではなく、ステークホルダーでもなく、取引先でもなく、顧客でもありません。100%完全な部外者です。社会正義弱者救済といったお題目はなく、100%好奇心PCデポ問題を見ています。外部から分かる範囲理解し、この文章を書いています

PCデポ炎上して云々、とうのは改めて説明するまでもない話だと思います。昨年の大炎上から1年と4ヵ月経ちました。しかし、未だに「PCデポ契約を解約しようとしたら高額な解約金を請求された」という話がちらほら見られます

PCデポ批判する言葉には枚挙がありませんが、「契約の内容はどうなっているのか」ということに踏み込んだ人はあまりいないのではないかと思います調査不足でしたらすみません)。

契約の内容が分からないのにどうやって批判するんだ、というのが私のスタンスですが、どうやら「分からないこと」を論拠に批判するのが流行っているようです。

そこで、何かしらの一助となればいいと思い、私なりの解釈を紹介したいと思います。私もただの野次馬の一人ですので、正しいとは限りませんのでそこはご了承下さい。

また、この文章あくま契約に関する解説を試みるものであり、誰かを批判するために書いたものではありません。そのためPCデポ批判するトーンは極めて弱くなっています。当然思う所は色々ありますが、それを混ぜると趣旨がぼやけるので今回は省いています

まずは、簡単PCデポトラブルの源泉である、「プレミアムサービス」にまつわる話をおさらしましょう。

サービス一体型商品

サービス一体型商品」はIR文書等に出てくる名称で、お店のホームページなどでは出てこないかと思います言葉の通り、機器販売サービスを一体化した商品です(余談ですが、「商品」という言葉対象が物でなくても使います)。

これは非常に重要概念で、PCデポ契約がよく分からなくなる原因の一つでもあります契約上、「サービス一体型商品」とは物理的な製品なのか、それともサービスなのか。これも後ほど解説します。

サービス一体型商品」には大きく分けて2種類あります。主にパソコン対象とした「プレミアムサービス」+「デバイス追加オプション」と、スマートフォン対象とした「JUST PRICE FON」です。名称は違いますが、基本的に同じものと考えて差し支えないと思います

プレミアムサービス

プレミアムサービス」とは、要するにサポートサービスの定期契約です。契約時に登録した機器について、分からないことがあればPCデポスタッフ相談できるというサービスです。1台プラン、5台プラン10プランなど対象機器の台数を増やすプランがあります(他にも増える内容がありますが、ここでは置いておきます)。

3年契約が基本です。

複数台のプラン場合契約時に2台目以降の機器登録する必要はなく、後で追加する形で登録できる仕組みです。そのため、1台しか機器を持っていないのに10プラン契約した、という大炎上の主因となる現象が生まれました。

デバイス追加オプション

デバイス追加オプション」とは、「プレミアムサービス」のオプションプランです。単体での契約はできません。契約時に指定した機器を頭金なしで受け取れますプレミアムサービスに追加する形での月額料金が設定されています

プレミアムサービス」では既に所有している機器、または新規で購入した機器登録します。一方「デバイス追加オプション」では、機器リストから選び、新規に購入(?)してそれを登録するという形になります。「デバイス追加オプション」では機器の代金は支払いません。代わりに「デバイス追加オプション」の月額料金が「プレミアムサービス」の月額料金に追加されます

このオプションの肝となるのが、「機器の代金を支払わない」ということです。PCデポは「デバイス追加オプション」の料金を機器の代金だとは一切言っていません(少なくとも契約上は)。契約は、「この月額料金を払うとこの機器が使える」です。ここも注意が必要です。

プレミアムサービス」の契約時に、「iPad無料で使える」というようなセールスを受ける場合があるようです。実はこれも「デバイス追加オプション」の一種です(便宜的にそう扱いますが、PCデポ内部でどう分類されているかは分かりません)。

JUST PRICE FON

「JUST PRICE FON」は、スマートフォン格安SIM、「プレミアムサービス」のセットです。セット内容に格安SIMが入るのが特徴です。2年プラン、3年プランがあり、3年プランの方が長い代わりに少し安く設定されています

「JUST PRICE FON」については、料金設定が高いため商品としての魅力に乏しいということ以外に特段問題はないかと思います

解約金について

さて、PCデポ問題と言えば解約金なので、これについても少し触れておきます

PCデポ契約の特徴は、高額な解約金にありますPCデポ問題≒解約問題となる主な原因はこれです。一部の契約にはトラップまで仕込んであり、お客さんが憤怒するのも無理ない部分もあります

これは「解約金」であり、「違約金」ではありません。言葉遊びと思われるかもしれませんが、満期での解約でも発生する場合があるため、違約金と捉えるのは正確ではありません。満期での解約なら追加の料金は発生しないのが一般的ですので、誤解が加速します。

あらゆる場合に解約金が発生するわけではありません。例えば、「プレミアムサービス」だけの契約や「JUST PRICE FON」であれば、満期のタイミングに解約すれば解約金は発生しません。

発生するのは「デバイス追加オプション」の解約時です。金額契約内容によって異なり、「iPad無料」などは満期時なら無料になるケースが多いようです。一方で、高額なMacなどは基本的に数万円の解約金が設定されています。手元にある資料では、84ヶ月目の金額まで記載されていますものすごく変な感じがしますが、「そういう契約」なのであり、「デバイス追加オプション」は解約時に解約金が発生するのが基本設計であるしか言いようがありません。

この解約金ですが、「デバイス追加オプション」で受け取った機器を「譲渡」すると免除される仕組みがあります付属品が全てそろっており、完全に動作し、大きなキズがない状態、という条件が付いていますが)。

原則的に解約金は発生する、ただし「機器譲渡した場合、これを免除する」という特約が設けてあるイメージかと思います

「解約時に返却を迫られる」という風に捉えられることが多い仕組みですが、解約金を払うのが本来契約で、「譲渡」はオプションであると言えます

「JUST PRICE FON」については問題ないと書きましたが、こちらは一度満期を迎えると解約金がゼロになります。それ以降は復活しません。「デバイス追加オプション」と比べればかなり健全です。ただし、中途解約は許さないと言わんばかりの高額な解約金が設定されていますお勧めしません。

プレミアムサポート」+「デバイス追加オプション」の解説

ここまでは契約書等に直接記載されていたりして読み取れる内容ですが、ここからは私なりの解釈を入れ、少し踏み込んだ解説します。

クラウドストレージセキュリティなど、単体で完結するサービスについては特に問題はないかと思いますので、ここでは「プレミアムサポート」+「デバイス追加オプション」について扱います

この契約は、「機器ゼロ販売」と「3年間のサポート契約」がセットになったものです。私はそう解釈しています

デバイス追加オプション」では機器の代金は請求されませんが、長期間契約を結ぶことでそれを補う形になっています。このことから機器を割賦(分割払い)で購入していると考える人が多いようです。しかし、実際は異なります契約には、月額料金を払う旨の記載はありますが、機器の代金を払うという旨の記載はありません。割賦販売なら支払い計画と利息が示されるはずですが、それもありません。つまり、「デバイス追加オプション」は割賦販売ではありません。

少し余談ですが、小売店クレジットカードを使わずに割賦販売をする場合、通常はクレジット会社サービスを使います。「ショッピングクレジット」や「ショッピングローン」といいますクレジットカードを持っていない人でも割賦が利用できます。この場合クレジット会社がお店に代金を支払い、お客さんはクレジット会社お金を払います。「デバイス追加オプション」はPCデポに直接お金を払うという契約ですからPCデポはこの仕組みを使っていません(そもそもその書類を使っていないので考慮する必要もありませんが)。

デバイス追加オプション」はクレジットカードで支払いをするのが基本ですが、ここでも機器の割賦は行われていません。「毎月、月額料金が請求されている」ということからも分かります

割賦販売ではないという捉え方は、とても重要ポイントです。不可解に思える点が理解できるようになります

よく「解約金の金額に納得できない」という不満が出るのは、ここの誤解もあると思われます。つまり、「○ヵ月払ってきたんだから機器の代金の残りはもっと少ないはずだ」というものです。

割賦ならそうです。しかし、割賦ではないため「機器の代金の残額」というもの存在しません。解約金の根拠となるものは、契約規約規定された内容のみになります

一度満期を迎えた後に月額料金が変わらないのも同じ理由です。「機器の代金の残額」が存在しないため、「完済」という状態存在せず、別途設定されていない限り月額料金が下がる理由がありません。

下げるべきだ、という主張が聞こえてきそうですが、私もそう思います。ただ、現実はそうなっていません。

もう一つ、レンタルではないのか、という話もありました。これも明確に違いますレンタルである場合機器店舗在庫になります。つまり決算上で資産が増えますしかし、レンタルであると考えられるような資産の増え方はしていません。

「実質レンタルである」と「レンタル契約である」は全くの別物ですので、レンタルという言葉を使う場合は注意した方がよいかと思います

機器は誰のものか」という所有権問題もありました。これはレンタルではないというところから契約のものであると考えるのが自然です。一部の書類店員説明で「返却」という言葉が使われているようですが、不正確というか間違いだと思います。ただ、きちんと規約で定めていないように見受けられるので、大丈夫なのか他人事ながら心配になります

まとめると、実は「プレミアムサポート」+「デバイス追加オプション」は複雑な契約ではないことが分かります契約者は機器を受け取り、契約間中プレミアムサポート」と「デバイス追加オプション」の月額料金を支払う、契約はそれだけです。「分からない」と繰り返す人は、難しく考え過ぎているのではないかと思います

サービス一体型商品」とは物理的な製品なのか、サービスなのか、と冒頭で書きました。答えは、サービス商品です。なぜこんな回りくどい仕組みを作ったのか疑問ですが、そのヒントが「売掛金」にあるのではないかと私は考えています

もし次回があれば、その売掛金について書こうと思います

2017-12-11

似非科学に関して青春時代の思い出を交えた個人的考察

 似非科学というのはいつの時代もなくならないものだ。パッと思いつく例だけでも、血液型性格診断ゲーム脳環境ホルモン水素水マイナスイオン、等々、枚挙に暇がない。多くはマスコミによって支持され、テレビ番組特集が組まれ、その科学的根拠あいまいにも拘らず世間に流布されて浸透する。テレビ番組などはあたかもその説を「検証」しているかのような映像を作り、怪しい肩書専門家コメントを添える。視聴者の多くはなんとなく「科学的に証明されている説なんだ」と信じ込み、疑問を持つことなく受け入れてしまう。一億総白痴化社会の完成である最近ネット上で多くの意見を比べて読むことができるので、情報収集能力の高い人たちはそこまで騙されやすくないとは思うが、未だテレビ新聞が主な情報源である人たちにとっては、上述の似非科学が今でも信じていることが多い。特に血液型性格診断などは、宗教のように信じ込んでしまっている人も相当数いるだろう。

 私も子供の頃はこれらの似非化学に騙されやす人間だった。最近ほとんど見ないが、昔はテレビが娯楽の中心だったこともあり、夕食時などはよく見ていたものである特に捏造問題で打ち切られた「発掘あるある大事典」などは、親が好きだったこともあって毎週見ていた。その中で血液型性格診断特集を何度か行っていたことは、今でも何となく覚えている。番組の中で「数名の幼稚園児を血液型別に分類してその行動を観察する」という検証が行われており、ものの見事にその血液型の特徴が行動として現れていた。見ていた私は「やっぱり血液型性格には関係があるんだなー」とぼんやりと納得していたが、今になって思い返してみれば数名の幼稚園児の行動で結論を出すのは早急すぎるし、番組が「○型かつ××な性格」の幼稚園児を数名集めることな造作もないことだし、そもそも集められた幼稚園児の血液型が本当に表示通りだと証明する根拠は何も無い。極めつけはあの「あるある」である。そういえば「あるある」マイナスイオン特集も何度かやっていた記憶がある。まあ、放送内容の真偽を検証するのは今となっては不可能に近いことだからやめておくにしても、心理学会において血液型性格判断の真偽は何度も検証されており、いずれも関連性を肯定するものがないことから、かの理論が出鱈目であることは疑いようがないだろう。

 しかし、科学価値は小指の爪の垢ほどもない血液型性格診断であるが、この似非化学が私に教えてくれたことが二つある。それは「人間客観的事実よりも自分が信じたいものを信じる」ということと「何かを信じ込んでいる人間を説得しようという試みは大抵徒労に終わる」ということだ。付け足すなら、当時私はまだ純粋ティーンエイジャーだったので、「大人は平気でうそをつく」ということも学んだと言えよう。

 私が初めて血液型性格診断反証する意見に触れたのは、中学二年生のことだったと記憶している。当時別段読書が好きでもない(むしろ嫌い)だった私が、たまたま休み時間図書館に立ち寄り、ふと目に留まった一冊の本を手に取ったのがきっかけだった。それは村上宣寛という方の著書『「心理テスト」はウソでした。受けたみんなが馬鹿を見た』(2005、日経ビジネス)という本である。新作であったこの本は本棚の上に表紙が見えるように立てられており、そのセンセーショナルタイトルに興味を惹かれたのを覚えている。

 10年以上前に読んだものであるためにうろ覚えな部分もあるが、本の内容は大きく2つに分かれていた。前半が血液型性格診断への反論、後半はまた別の心理テストへの反論が主であった(後半の内容は忘れた)。本文の中で、今日血液型性格診断の源流である能見正比古氏の著書をけちょんけちょんに貶し、また血液型性格診断のような「占い」を人に信じ込ませるための心理テクニックであるバーナム効果」についても詳しく説明があったと記憶している。

 当然、本の内容は著者の考えであり、本の内容が絶対的事実であるとは(今となっては)思わない。しかしこの本の内容は、血液型性格診断科学的根拠のある学説だと何となく思い込んでいた私にとっては、とても衝撃的な物であった。血液型性格診断のものというより、これまで固定観念的に信じ込んでいた常識が、脆くも崩れ去った瞬間で、まさしく目から鱗であった。活字嫌いな私が、数日図書館に通って本を読んだのは、(マンガ喫茶を除けば)後にも先にもこの時だけであろう。「借りて読めよ」と言われるかもしれないが、当時の学校図書館ルールで、新作は借りれなかったのである

 新しい知識を得たら人に言いふらしたくなるのが能のないアホウドリの常である。当時は全盛期こそ過ぎたものの、血液型性格診断世間一般根付いており、それを否定する論調は(少なくとも大手メディアでは)ほとんど存在していなかった。要するに「他の誰も知らないことを自分けが知っている」ような状況だったのだ。腕のケガだと偽って毎日手に包帯を巻いて通学していたリアル中二病の私にとって、これほどドヤれる材料は無い。とは言え、何の脈絡もなく血液型性格診断の話をするのも変である。友人との会話の中で血液型の話が出てくるのを待ち、出てきた瞬間にこれでもかと否定する。それによって「頭が良い奴」と思われて皆からちやほやされる。正に完璧計画だった。

 ところが、実際に反論してみたところ、いずれもあまり芳しくない結果に終わってしまった。どや顔血液型性格診断否定しても、「でも何となく合ってる気がするし…」と、決まって歯切れの悪い反応しか返って来ないのである挙句教師からも「屁理屈ばっかりこねるな」と言われる始末。今となってはどちらが屁理屈なんだと思わざるを得ないが、確かに思い返してみれば、血液型の話でわいわい盛り上がっている時に、キモいデブどや顔否定して来たら、場が白けてしまうのは明白だろう。要するに私の敗因は、イケメンではなかったこである

 冗談はさておくにしても、それ以降、私は血液型性格診断の話が出てきた時、余程仲の良い間柄でなければ、ニコニコして受け流すようにした。まさに2017年現在でも血液型性格診断肯定論者の方が言うところの、「否定する奴はモテない」という説を支持する対応であった。情けないとは思うが、当時ただでさえ友達が少なく、これ以上周りから孤立するようなことは避けたかった私を責めることなど出来るだろうか。ちなみに今は目上の人でなければそれとなく否定している。相変わらずチキンであった。まあ、事実事実として、TPOに合った会話合わせというのは必要だと思っている。

 そこで私が学んだことが、先の「人間客観的事実よりも自分が信じたいものを信じる」「何かを信じ込んでいる人間を説得しようという試みは大抵徒労に終わる」の二つだ。血液型性格診断を信じている人に、上述の心理学会の話や、バーナム効果の話をしても、決まって返ってくる言葉は「でも何となく当たってる気がする」「私の周りでは当たっている」と言ったものだ。査読のある学術誌に投稿された数千人規模の調査結果よりも、自分の身の周りの数名の事例を優先するのである。当然その事例には得てして強い確証バイアスが掛かっているのだが、本人はそれに気付くことができない。「客観的事実よりも自分が信じたいことを信じる」典型である

 これは、似非化学に限らず社会の中のあらゆる現象に対して言えることである。例えば昨今、「若者の○○離れ」という言葉をよく耳にする。○○の中には、テレビ新聞、車、バイク、酒、読書など、ありとあらゆるものが入り得る。そして、その原因は大抵若者帰着させることが多い。「最近の若者は人との関係希薄から酒を飲みながらのコミュニケーションをしないのだ」とか、「世間政治に対して無関心だからテレビ新聞を見ないのだ」とか、とりあえず若者悪者にするような結論が多いが、決して「社会の変化によってニーズも変容し、製品価値相対的に下がった、すなわち製品自体時代の変化に追いつけなくなったのだ」といったような、自らに責任帰着させることは決して言わない。やはり自分が信じたいことしか信じていないのである

 また、血液型性格診断を信じている人の共通点として、否定しようとすればするほど攻撃的になって反論するというものがある。先の中学生の時の教師がその典型例だろう。理論的な反論が出来なくなると「屁理屈をこねるな」と論点をずらして逃げるのである。「否定する奴はモテない」というのも同様で、血液型性格診断の真偽について反論しているのに、「モテるモテない」の話にすり替えさら相手を「お前は場の空気の読めないモテない人間だ」と罵倒しているのである。そうなってしまうと、もはや冷静な会話は成り立たない。こちらがいくら事実を述べても、返って来るのは罵倒だけであり、最終的に相手が逃げてしまうのである。そこに残るのは無駄時間の浪費と徒労感だけで、何ら生産性のない労力を費やされることになる。

 こちらもやはり社会全般で言えることだ。例えば「若者犯罪ゲームアニメによる影響だ」などの持論を展開する人に、「若年層の犯罪率は年々下がり続けており、反対にゲームアニメ市場は伸び続けている。」と反論しても、恐らくその後は謂れなき若者批判罵倒くらいしか返って来ないだろう。論理的反論を受け入れられない人間にとっては、実は事実などどうでも良く、会話を勝ち負けを決める手段としてしか考えていない。そして自分が負けるのが嫌だから最後子供のような罵倒に終始し、逃げてしまうのである。こういった手合いは、「自分の非を素直に認められない」ことも共通点と言えるだろう。人間であれば誰しも少なから負けず嫌いな側面は持っているが、この手の人間特にその傾向が強い(と何の統計的データもなく私の主観でそう思っている)。

 似非科学のような嘘を信じ込んでいる人は、宗教信者に近い。もちろん宗教否定している訳ではない。宗教というものは、「事実か否かを証明する術がない」にもかかわらず、「否定は許されない」というのが特徴である。これ自体別に悪いことではなく、「鰯の頭も信心から」と言うように、それを信じることによって本人の精神的支えとなるのであれば、それで良いと個人的には思っている。客観的証明できなかったとしても、個人の中で信じていれば問題はないのである。ただし行き過ぎると他者に対する不寛容に繋がり、戦争弾圧に容易に発展してしまうため、注意は必要である仏陀キリストと「顔を描いてはいけないあの人」の誰が一番偉いかというような論争は、決して行ってはならないのである(仏陀キリストが同じアパートの一室で生活しているマンガはあるが)。

 「宗教」と「似非科学」の明確な違いは、前者は「事実かどうかわからない(事実であることに重きを置いていない)」のに対し、後者はそれが「明確な嘘」だということである。明確な嘘を流布すれば、社会に対して損害が生まれる。血液型性格診断であれば、近年問題になっている「ブラハラ」なる差別を生じる。ゲーム脳であれば、本来何も悪くないゲーム会社風評被害を受ける。水素水であれば、医学的根拠のないただの水を健康に良いと信じ込んで高額な値段で買わされる消費者が現れる。そして、損をする人の裏側では、他者を騙して得をする悪人存在しているのである。大抵は嘘っぱちの本を書いた奴とその取り巻きだ。

 だからこそ似非化学は撲滅しなければならないし、似非化学の考案者やそれを流布するメディア批判されなければならない。日本表現の自由保障されているから何を言おうと自由であるが、それはあくま公序良俗に反しないことが前提であり、嘘によって不正利益を得るのは詐欺である表現に対して批判を行う自由もあるのだから客観的に見て明らかに事実と異なる論説に対しては、毅然とした態度で批判すべきである

 そして、一般消費者である我々は、常にその情報事実であるか否かを見極める努力が求められる。媒体を問わずメディアは平気で嘘をつく。他人に言われたままのことを信じる人間は、その情報が誤りであった場合他人責任を求めがちである。何が正しいか自分判断し、自分責任において選択する力こそが、情報化社会を生き抜くために必要スキルと言えるのではないだろうか。

 似非科学流行は、社会におけるメディアリテラシー成熟度合いの指標と言えるかもしれない。

2017-11-29

オタクである資質に「男らしさからの抑圧ガー」は無関係だろうが

オタクだが、「どうしてこうなった」はこちらの台詞だ。

いい年こいて見当外れの愚痴をこぼす伊藤剛のように、ネットにはさも「現実の○○に迫害された被害者からオタクになりました」と言わんばかりの自己憐憫が溢れている。

もっと言えば「こんな可哀想な僕だからこれぐらい許されるよね?」と手前勝手大義名分を振りかざした、見るに堪えない女叩きやネトウヨ差別行為淫夢厨の嫌がらせ行為等が蔓延っている。

更にもっと言えば上記オタクミソジニー等の悪行を批判した人達にはオタクも少なからず含まれるが、「オタク無辜被害者で良い子ちゃん」でいたい男オタク達は彼の人たちに「フェミニスト」のレッテルを貼り、自分オタクカテゴリから引き剥がし被害者ぶりながら袋叩きにしてしまう。

フェミニスト 「男オタは日陰でコソコソしてればいいものを、やりたい放題するからカウンターで殴られるんだよ!」 - Togetter

https://togetter.com/li/1175382

何もかもがおかしいだろ。

オタクオタクになったのは、ただただ単純にその作品にハマった以上の理由は無かったはずで、男らしさからの抑圧ガーとか傷つけられたー等は根本的に無関係だ。

その人が社会不適合のダメ男である事とオタクである事は無関係だと、オタクの先人達はあれだけ声を大にして訴えてきたのに、今やどいつもこいつもオタクという属性ダメ男性性の受け入れ場所投影する被害者ヅラ馬鹿ばかりじゃないか

オタク評論家オタクは男らしさの規範に傷ついてるのに何故フェミニズムは味方してくれないの?」→男オタク女性蔑視で男らしさアピールするからだろ! : オレ的ゲーム速報@刃

http://jin115.com/archives/52200282.html

こちらのまとめは@_98961427作成のものと違ってまともだが、「フェミニスト」として晒されたユーザーは元々「オタク=男と断じる男の思い上がりそのもの」「pixivで起きた男オタクによる腐女子への嫌がらせ」「女全体を見下すばかりか同属のはずの女オタクすら加害する男オタクミソジニー」を批判しているのだ。

どれも事実であるし、これよりもっと酷い悪行は枚挙に暇がない。

ホモソーシャル底辺可哀想被害者」を気取るオタク男達が泣きながらしてきたことがこれなのだからフェミニズムが(と言うよりまともな人間が)彼らの味方なんかするはずないのに、いつからこんなことも解らない程オタク被害者意識支配されてしまったんだ。

とにかくオタクを名乗るなら、オタク属性を己のダメさの言い訳にするな。被害者意識でつるんで人様に加害すんな。ネット弁慶で暴れる馬鹿共を共感的にスルーするな。オタクなら○○に傷つけられたと晒して叩くより前にそういうクズオタク共を本気で止めろ。

普通にアニメを楽しむだけのオタクからは、本当に害悪しかいかマジでやめてくれ。

2017-11-28

漫画原作実写映画酷評されるのは観客のせい

言うまでもなく、漫画原作実写映画枚挙に暇がないほどヒットしており、

毎年の興行収入ランキングを大いに賑わせているため、

そもそも「どうして漫画原作実写映画化は失敗するのか」という設問自体的外れなのだが、

多くの人はごく一部の作品で巻き起こった酷評がなぜ起きるのかを知りたいのだろうから

その原因について考えてみよう。

思うに、同じ実写化でも漫画原作舞台化はしばしば好評を得ている。

それも、愛する漫画実写化蛇蝎のごとく嫌う腐女子から、熱烈な支持を受けているのだ。

演劇の「原作再現度」は実写映画のそれよりも遥かに劣る。

巨大セットもなく、精緻CGも使えず、衣装小道具映画ほど立派なものではない。

にもかかわらず、どうして演劇は受け入れられるのか?

はっきり言えば「演劇なんてそんなもの」という意識があるからだ。

演劇原作再現できないのは当たり前」と思われている。

から少し工夫した演出があるだけで「頑張ってる!愛がある!」と喜ばれる。

翻って言えば、映画を見るときの観客は、めちゃくちゃハードルを上げて見ているのだ。

ケチをつけられるところがないか鬼姑のように気にしている。

コンテンツ面白さは観客の鑑賞態度に大きく左右される」

理屈屋の多いオタクにはこの認識が欠けている。

自分客観的映画批評できている」と思えば思うほど、その前提となる自分自身の鑑賞態度には思い至らない。

オタクたちはいわば酷評したいか酷評してしまうのである

追記。参考にしてね。

年間興行収入トップ20以内の漫画・アニメ原作実写邦画

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