はてなキーワード: NTRとは
エロ漫画が好きで、ロリコンから熟女物まで何でも読んでいた(ペドとNTRは絶対に無理)。
結婚して娘ができてから、大学の先輩Sが「増田は絶対にロリコンになる」と祝ってくれた帰り、交通事故で死んだ。
そのせいか「絶対にロリコンになる」が遺言的なものになってしまい、自分の中で本当に心配になってしまったが全くそんなことなかった。
娘はもちろん(当たり前過ぎる)、同級生の小学生や行楽地で見かける女の子に欲情する気持ちが一切なくて安心した。当たり前である。
だからこそ四谷大塚のコミュニティが恐ろし過ぎる。漫画だけで留めているならまだしも、あんな人がこの世に存在している恐怖。
気になるので本を調べていたら、「「小児性愛」という病 ―それは愛ではない」という本があって、抜粋された文書読んでみてゾッとした。
「そりゃセックスもしましたよ。恋人同士ですもん。それを周りの人たちが、ぶち壊したんです。 私がロリコンで、Yちゃんは被害者だといって引き離したんです。
私はそんな人達によって犯罪者にさせられました。おかしいのはどっちだっていいたいです…」
これは、12歳の少女に性加害をした49歳の男性のケースです。
女子児童の側には、交際しているという認識はありません。怒ると声を荒げる男が怖くて、言われるがままになっていたのだとわかっています。
彼がしていたのは、明らかに加害行為です。子どもに肉体的・精神的に後々まで残る多大なダメージを与えました。
しかし、彼が見ていたのは、「子どもから求めていた」「子どもはよろこんでいた」という光景。事実とは、正反対です。
クリニックで子どもの性加害経験者からヒアリングしていると、これは性加害をする者なら誰もが持っている、特有の思考の歪みだと実感します。
彼らの問題行動の背景には、精神疾患があります。日本語では小児性愛障害、英語ではPedophilic Disorder, Pedophiliaといわれ、この「ペドフィリア」という語のほうが馴染みがある人もいるでしょう。
私は、150名を超える子どもへの性加害者らと関わってきて、彼らも私達と変わらない、同じ“人間”だと考えるに至りました。決して性欲が抑えられないモンスターではありません。
子どもへの性被害、つまり小児性愛障害は、社会のなかで学習された行動です。大げさかもしれませんが、いまの日本社会が「ペドフィリア」を生み出し続けているといっても過言ではありません。
『バービー』の監督グレタ・ガーウィグって『ストーリー・オブ・マイライフ』の監督だったのか…
自分が子供の頃に読んだ『若草物語』の続編で、『若草物語』では次女ジョーといい雰囲気だったお隣さんのローリーが破局し、ローリーは四女エイミーと結婚するという展開だったので
あれってほんと『若草問題』ではおてんばで頭の良い女の子のジョンと内向的で優しい男の子ローリーという、旧来のジェンダー感の逆をいく先進的で魅力的なカップルだったのに
しかもそれだけならまだしも、ジョーの方は父親ほども年の離れた年上の大学教授と結婚し、良かったね跳ねっ返りのお転婆娘も良き妻の座に収まったよ!ってオチ。
なにがフェミニズムだよマジふざけんな!宣伝詐欺にも程がある!と映画館で叫びたくなったやつ!
ローリー役のティモシー・シャラメが美しいイケメンで、尚更ジョーとの恋を期待して見に行ったらこんな仕打ちを受けるなんて。
主人公を同世代のイケメンと破局させて父親のようなジジイを押し付けて家庭に収めるエンディングの、一体何処が女性へのエンパワーメントなの!?
結局女の子は自立して強く生きるんじゃなくて年上の男性に庇護されて籠の中の安寧を享受するのが幸せだっていう
……まぁそれは原作の小説自体がそういうストーリーなんだけど、敢えてそういう作品を原作とした映画の監督を引き受けるって時点で
この監督のフェミニズムや反家父長制への信念が表面的なおためごかしだってのが感じ取れる
『ストーリー・オブ・マイライフ』はtwitterかどこかで、同時期に公開されてた『ハリエット』と比較され、
○ご飯
朝:なし。昼:カラムーチョ。夜:手羽元、白菜、人参、大根、舞茸、ネギの鍋。たまごネギおじや。リンゴ。間食:チョコ。
○調子
○SeaBed
・はじめに
田舎から上京しデザイン事務所を立ち上げたサチとタカコ、二人の日常と休日を丁寧な文体で淡々と描く公称ジャンルは百合要素を含むミステリーなノベルゲーム。
まずミステリという言葉には多様な意味があり、パズラーや本格だけを指す言葉ではなく、衒学趣味だの狂人の解放治療だのをアンチミステリーだと喜んで受け入れた当時の評論家たちが悪いのであって、そのようなものをミステリと呼称することの是非は呼称する側にはないのだ、と言った面倒臭いミステリオタクの言い分はこの一文だけで終わりにして、以後の感想でもミステリ部分への言及は抑えることにする。(なお虚無の幻想描写だけ否定しないのは流水によって解体済みだからなんだよなあ(何が何やら))
そんなわけで公称ジャンルはさておいて、百合作品女性同士の恋愛ものとして僕は楽しんだ。
様々な時系列が入り混じりながらお話が進んでいき、未就学児時代、小中高、社会人、現在と長い時を過ごす二人の女性のエピソードの回想がたっぷり遊べる。
エピソードと書いたものの、所謂起承転結のような物語的な起伏はかなり薄いものもある。
食べたご飯、気持ちのいい温泉、美しい風景、自然の中で感じるニオイや音などなどの、ただそこにあるものの描写、それとそれを二人で楽しむことのかけがえのなさが淡々と描かれる。
良い意味で二人は仲良しなのだ以上の物語のスジが無いエピソードが多い上に、キャラクタの内面の描写もお互いのことが好きなこと以外は控え目。
おそらく文学的な言葉でなにか括ることが出来るのだろうけど、僕の語彙には無いので情景の描写にたっぷりと尺がつかわれているということを伝えたかった。(自然派が自然の描写、森とか山の描写を書く意味でないことぐらいは僕も流石に知っている)
伏線が云々と評価することも出来るのだろうが、これらの美しい文章をありのままに楽しむだけでも十分面白い作品だと思う。
勿論、それだけのゲームではなく、あくまで回想シーンはそのような作風になっていると感じた。
明るくていつも元気で突飛な行動をするが結果をちゃんと出すタカコのカップル。
恋愛に関するフィクションって付き合うまでのドキドキがキモなものが多いけど、今作ではその辺はかなり控えめ。
二人はもうすでに付き合っているところから物語が始まり、回想シーンの大半も付き合って以降のものになる。
そのため、駆け引き無しキス有りセックス有りで、ひたすらにラブラブなシーンばかり。
全年齢向けゲームではあるものの、かなり直接的な表現も多くイチャイチャ度合いをたっぷり楽しめる。
性欲強めなタカコに渋々付き合うサチなパッケージと見せかけて、サチも普通にノリノリなシーンもあったりとシチュエーション豊富。
恋の鞘当て的なシーンもなくもないが、基本的には二人の関係値は最初から最後まで揺るがない。
一番揺らぐのがタカコが性欲ベースで他の女性に手を出そうとするシーンで、それがかなり「らしさ」に思えてしまうのは好きが別れそうだ。
冷静で落ち着いているサチが視点人物のパートでは、最初のうちは一歩引いた客観的な描写のように思う。
事実その通りなシーンもあるのだけれど、ストーリーが進んでいくにつれサチへの理解が進むとなかなかそう単純な話ではないことがわかる。
文体が落ち着いている上に、サチが「怒った」とか「悲しんだ」のような感情を表現しないため気づきにくいだけで、めちゃくちゃ感情補正をかけて客観的に見ている風を装っているように読める。
これは作中でも主観を完全に排除できないことへの言及がされているため、間違いなく自覚的な演出なのだろう。
なかなかに凝った趣向で、読み進めていくにつれファーストインプレッションからずいぶん離れたところにいるサチを見るのが楽しかった。
・タカコの前向きさに救われる
そんな複雑なサチに対して、タカコは最初から最後までほとんどブレない。
公式の粗筋の範疇だけでも彼女にはずいぶんと辛いことが起こるのだけど、それでも前向きの色々なことをしてくれる。
パーティや旅行などのイベントごとが好きなので、彼女が様々な話の起点になるのが特に良い。
サチを引っ張るタカコという繰り返される構図に慣れ親しめば慣れ親しむほどに、SeaBedにハマっていける。
そんな魅力的なサチとタカコについて語ってきたが、彼女達二人っきり以外のシーンだと同僚を交えた職場での会話劇も楽しかった。
大人の女性ながらぬいぐるみ大好きな文と、真面目でちゃらけない犬飼の二人がタカコに振り回され、それをサチがツッコミして締めるのは、他者が混ざることでよりタカコとサチの分かち難さが伝わってくる楽しいシーンだ。
先に述べた食事シーンの豊富な文量はここでも活かされていて、オヤツを巡るいくつかのシーケンスなやり取りが面白かった。
どれも序盤に集中していて後半になるにつれて出番が激減するのは残念なところ。
中盤以降はかなり出番が多く活躍するんだけど、なんといってもサチを誘惑シーンの頭の良さと淫猥さが凄かった。
まず、客観視が得意なサチを納得させるためにペラペラと理屈を捲し立てる。
サチに上手く言い訳を与えつつ自分の欲求を飲ませようとするのが頭良くて賢さを感じた。
その上で、まあ普通にエッチな格好もするという二段構えさが、頭イイ淫猥だ。
中盤ということもあり、サチとタカコの関係値、分かち難さを嫌というほど体験した後にも関わらず、ワンチャンいけるかもかもかな? と思わず七重さん側を応援してしまった。
そんなかなり策を練ったであろう誘惑シーンだが、サチとタカコの関係はブレない。
誘惑しているセリフの量と、断るときのセリフの量の差がえげつなくて、全然笑うシーンじゃないのにクスっときてしまった。
・生と向き合うことで死と向き合える重たいシナリオ
明るくて楽しい見所ばかり書いたが、それだけのゲームではない。
悲しい、落ち込む重たいシナリオの部分もたくさんある。
それが生と向き合うことで死と向き合える重たいシナリオだ。
ここでいう生と向き合うは、考えることを辞めないことのような意味で、思考し理解することを解いていると僕は感じた。
ただその重さも、サチの独特な客観視の妙と、それでも頑張るタカコの朗らかな様が、そんなざっくりした一言ではまとめきれない多様なグラデーションのある感情になる。
読む人によってかなり受け取り方に違いがありそうで、全編ずっと悲しい話じゃんと思う人もいそうだし、同じぐらいと思う人も、いや楽しいの方が多いという人もいるかもしれない。
僕はミステリやコメディにようなエンタメを求めてゲームを遊んでいるところがあるので、明るい楽しいところばかり感想を書いてしまったかもしれない。
(何しろ公式粗筋にいる3人の主人公内2人の感想は書いても、最後の1人については触れてすらいないからね)
・おわりに
女性同士のイチャイチャラブラブの先に重苦しい生きるとは、死とはを問うシナリオが待っていた。
かなり好みが分かれそうだけど、僕は公称ジャンルの是非以外についてはかなり好きな作品だ。
テーマ的な部分以外だと美味しい食事に舌鼓を打つシーンが多いのも好きな理由。