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2022-06-28

ライビュで推しにこれからも生きていこうと言われ頷けなかった

みなさんこんばんは今日も元気に不元気な24限界労働者女子です!!!

土日は毎週泥のように眠って起きたらあれ19時?あと5時間で一日終わる?みたいな自堕落範疇を超えた限界生活を送っているわたしですが先週末は待ちに待った某ミュージカルの大千秋楽で。

参加してきました。ライブビューイングで。

や、ね、もちろん現地参戦であれば彼らと同じ空気を汗を涙を共有し、そこにいたという単純明快事実が何に例えようもない素晴らしい遺産になる。そんなことは確実にわかってるんですよ。

でも、でもね。

JR札幌駅から東へ向かう特急列車に揺られること4時間半、最果ての地に降り立って3年。野を耕し羊を飼い漁船に乗りパソコンを叩き鹿を撃ち殺す日々を過ごしている社畜系北の大地女子にとってイベント現地参加は夢のまた夢。地獄チケット争奪戦に完全勝利Sをぶちかましたとて脱北こそが最難関。

そんな辺鄙な地に住むオタクたちを救う言葉がそう!

「全国の映画館ライブビューイング上映決定」

 

キターーーーーー!!!!!完全勝利S

この神のひと言でどれだけのファンが救われたことか。脱北せずともお近くの映画館に行くだけでいいだなんて。推し活躍を大画面高音質で見届けることが出来るなんて、前世で徳積みすぎたんちゃうかくらいの幸福度に包まれながら、いざ映画館レツゴー!

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

上映開始から終了まで、ずっと泣いていました。

日本刀ゲーム原作にした某ミュージカルの公演で、お芝居ほぼなしひたすらキャストさんたちが歌って踊る読んで字の如く乱舞祭だったわけですが。わかりやすく言うとジャニーズコンサート2.5次元キャラクターがやってるみたいなそういう感じです。

初めてのライビュで、ペンライトとかうちわとかそういう装備も何もなくめちゃ手ぶらで参戦してみたのですが、とめどなく流れてくる涙をハンカチで拭くのと応援のための拍手をするのでグッズなど何もなくとも両手がとても忙しかったです。

セトリの良さとか、活躍ぶりとか、彼らの健康身体未来にあふれた眼差しを見ていると、もう、なんていうんですかね親心?いや親にやったことない身分で何を言っても説得力など御座いませんがつまりその!

この瞬間を冷凍保存したい。

強靭ゴムでもってゆっくり丁寧に時間を引き伸ばしたい。そしてもう二度と忘れることのない日々としてわたしのもとに存在していてはくれまいかと。

目に映る全ての煌めきが奇跡のようで、しかしその奇跡の裏側にはたった1人の人間の地味で冴えない仕事ごまんとあってそれらが集まることによって、圧倒的なパワーへと変換されてゆくその、まさしく奇跡。某ミュージカル千穐楽は本当に、奇跡の様な3時間でした。

それでね、カーテンコールキャストさんによる挨拶があるわけですよ。日替わりで。

千穐楽挨拶は2名。カンパニーを率いてくれた座長、そしてカンパニーの創世期から演者として前に出てくれていたキャストさん。

座長挨拶は「つらくなったら、前を向かなくてもいい。そのときは横を向いてほしい。俺たちがいつでもそばにいることを思い出してほしい」 

もう1人のキャストさんは「僕たちの見えないところ、僕たちの知らないところでみなさんが頑張ってるの、よーーーーーく知ってます。初めは僕たちがみなさんを癒さなきゃなって思ってたけど、気がついたら僕たちが元気をもらってました。頑張れないときは頑張らなくていいんです。ただ、一緒に、精一杯生きていきましょう」

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

今回のライビュでは、大体のお声がけには両手が痛くなるほど打ち鳴らして拍手で精一杯応えてきたのですが。

最後

「生きていきましょう」

この部分。 

ごめんなさいわたし約束を果たせる自信がなくて、素直にうんって頷けなくて、それでもう座席うずくまって泣くことしかできなくなってしまいました。

彼らはこんなにも、そう2.5次元の演じているキャラクターとしても、あるいは生身の、俳優というご職業に就かれているひとりの人間として、こんなにも観客に対して「生きていてほしい」という祈りを込めて、歌い、踊り、舞い、笑顔を見せ、パフォーマンスをし、そして最後に語りかけてくれたわけです。

「生きていてください、生きていきましょうよ」と。

ただそれはわたしが唯一果たせない願い事でもあって、こんな自堕落自罰的で見通しもない、生きるしかないゆえ生きてきたけれども生きてゆきたいと思ったことがない、なんて、そんなこと。

ミュージカルはただの2.5次元ミュージカルではなかった。それはきっと映画館で見ようと現地で見ようと家の10分おきに通信が切れるゴミWi-Fiで観ようとも同じことで。某ミュージカルは、確実に人の命を救わんとする、そういう作品だったのです。

感動の涙ではなく、不甲斐なさの涙。

こんなわたしに語りかけてくれる作品がこの世にあるということへの申し訳なさの涙。

いつか、いつか前向きな気持ちでこの素晴らしい作品を鑑賞できたら、わたしの目に映る世界は少しでも良いものに変化しているでしょうか。生きていきたいと思ってもいいと、自分を赦せるのでしょうか。

一部VTuberファンにとっては毎日クリスマス

炎上のあったホロライブ所属VTuberの5chスレッドを少し流し読みしたのだが

やたらと彼女配信させたがる意見が多くて部外者自分でも辟易するほどだった

ゲーム男性個人配信者と繋がっていたことが判明したため表で配信していてくれないと

その間に配信外で男性と絡んでいることを想像してしまう奴もいるように感じた

(その点で裏の配信封印したこと逆効果の面があるかも)

まるでクリスマスアイドル声優の動向を逐一チェックしているファンみたいだ

VTuber場合は生配信で拘束されている時間が明確なだけに

もっとしつこく日常の動きをチェックできてしま

演者はもちろんファン側の精神衛生にも非常に良くないことだと思う

2022-06-27

なんで演者が高いRX買わされて編集者RX持ってないのに音質要求するんだよ

ノイズカットだのイコライジングだの本来お前らがやる仕事だろうがよ

2022-06-20

死んでもいいなと思うくらい幸せなことがあった直後、それとほぼ同時に怒り狂いそうになる出来事に直面したとき、人は涙が出るのだなと思った。

かなり長くなるけど書かせてください。読みたい人だけどうぞ。

先日、私が中学生の頃からずっと好きなバンドライブに観に行った。本当は友人かひとりで行こうと思ったが、せっかくなので恋人を誘って行った。元々恋人はそのバンドのことを知っているわけではなかったが、付き合うよ〜と言ってくれたので、ちょっと申し訳ないと思いつつも連れて行くことにしたのだ。この時点で冷静に判断するべきだった、と今の私は大後悔しているのだが。

ライブには昔Twitterで繋がっていた知人、友人、知っている顔があった。野外だったからリハの音が聞こえてきて、もう既に私は嬉しくて嬉しくて泣きそうになっていた。それを隣で見ていた恋人は 早すぎるって〜などと笑っていた。

遠く離れた席ではあったけれど、私の好きな彼らがステージに立ったとき感情が高まりすぎてかなり上がっていたと思う。ライブが始まると私は恋人存在を気にせず、好きに揺れたり跳ねたりしていた。なんだかつまらなさそうにしている気がしたけど、気付かないふりをした。

そんなこんなで本編が終了。私の青春時代を共に過ごした曲、知るきっかけとなった曲、セトリは言うまでもなく最高だった。何度泣いたことか。アンコール突入し、一瞬だけ撮影OKになったので、みんなスマホを上に上げて写真を撮っていた。私も撮ろうとした矢先、恋人が突然馬鹿にしたように「気持ち悪い(笑)」と言った。たしかに、側から見たら奇妙な光景だと思う。でも、演者本人たちが撮って〜と言っているのだから、それに従ったっていいじゃないか。だから私は恋人無視してみんなと同じように撮っていたのだが、その横で「今撮っても全然かっこよくないでしょ(笑)演奏ときに撮るのが一番でしょ(笑)」とまた鼻で笑ったかのように呟いていた。撮影コーナーが終わったあと、そのままスマホペンライト代わりにしよう!という演出があった。元々仕組まれいたことかわからないが、私たちファンはその通りにして曲を堪能した。ここでまた恋人に「気持ち悪い(笑)写真撮ってくるわ〜」と言われ、恋人はどこかへ消えた。私はその時点で既にかなりモヤモヤしていたが、ライブ中だ。今は目の前の彼らのことだけを見ていたい。そう思って軽く流していた。それから少し経って恋人が「良いの撮れた〜」と得意気に見せてきた。さすがにブチ切れそうになった。そもそも演奏が始まってから撮影して良いのかわからないのに、平気で写真を撮るという心理が、私には理解しがたい。私は根がクソ真面目なので、こういうのは許せないのだ。その後は集中できるわけがなく、気付いたらアンコールが終わった。もしかしたらダブルアンコールもあるかもしれない、そんなファンの期待をぶった斬るように「はい、終わり〜終了ですよ〜」と言ってきた恋人。ブチ切れるかと思った。内心はもう怒り狂っている。そんな感情を表に出さず、会場を後にしたのだが、恋人はとどめを刺すように言葉を並べた。途中からまらなかった、どの曲も同じ、音響が悪い、ラップが下手云々。よくこれほどまで悪く言えるな?!と思うくらい、今日感想を素直に述べてきた。隣で感動して泣いたり揺れたり跳ねたりしている私の姿を見ていたのにも関わらず、それは酷すぎないか?と思った。私の短い人生において、彼らは欠かせない存在だし、どれだけ救われてきたかからない。そんな風に悪く言われたら、自分まで否定された気持ちになった。いつもなら余韻に浸るところだが、その隙さえ与えてもらえなかった。私は感情がぐちゃぐちゃになって帰りの電車で少し泣いた。涙を浮かべ、やめてほしいとへらへらしながら言って、しばらく黙り込んだ。それからその話題を出すことはなく、 何事もなかったかのように過ごした。

私たち恋人同士だけど、互いに「個人」と「個人」だから、好きなもの価値観は違って当然だ。だから私の好きなものあなたも好きになってくれ、と強要する気はさらさらない。だってそれは押し付けから。でも、他人の好きなもの、本当に好きなもの否定するかな、と思ってしまった。その言葉でどれほど私が傷付いたか否定されても、私の好きな気持ちは変わることはないけれど、好きな人からそんな風に言われて、悲しくなったし、悔しくなった。ちゃん恋人のことは好きだったし、嫌なところがあってもなんとなく許容できたけど、こればっかりは許せないし、この日のことは色んな意味でずっと覚えてると思う。

最近読んだ本。※ネタバレあり。

平家物語 犬王の巻』(古川日出男

 アニメ映画『犬王』を観たらなんだこれは宇宙猫が止まらない!! 訳がわからないよ!! これはいっそ原作を読んでみたい、と思って読んだ。

 ネタバレはする。


あらすじ

 平家が壇之浦で滅んでから百数十年あまり海士(あま)の一族であるイオの友魚(ともな)は、京の都から来た貴人の依頼で、探し物のために父親とともに海に潜った。そして発見したのは一振りの剣。それは平家滅亡時に喪われた草薙の剣だった。剣の呪い父親を殺され、自らの視力も奪われた友魚は、どうして自分がこのような目に遭わねばならなかったのかを突き止めるために旅に出た。

 一方、京の都では一人の男の子が生まれた。彼は当世で一番人気の猿楽である比叡座の棟梁の末息子だが、尋常ならざる醜形であったために両親からまれ家畜同然に育った。名もない彼は自ら「犬王」と名乗る。そんな犬王は、稽古場の様子を覗き見ているうちに、比叡座伝来の歩行術を習得。すると彼の身に不思議なことが起こる。これが後に一世を風靡し足利義満の寵愛を受けることになる伝説猿楽師・道阿弥第一歩であった。

 この物語は、イオの友魚と犬王が出会い、喪われた平家物語を拾い上げた犬王の物語 、そして犬王の活躍を語り広めた琵琶法師・友魚の物語である


増田感想


 ちょいとググれば出てくる評判通り、独特の疾走感溢れる文体の勢いが半端ないが、かといって面白いのかというと、うーん、微妙? そして、意外とアニメ版、さして印象が違わないことに驚いた。ある意味監督をはじめとするアニメスタッフ、超優秀だった。

 文体疾走感にあれよと巻き込まれて突っ走るように読んだけれど、疾走感のあるわりにダルい場面が長々とあった。それは、友一(友魚)が琵琶で弾き語る犬王の半生の物語の部分だ。そう、アニメ版でいうとあのロックフェスの部分である

 実はアニメ版脚本にはロックフェスは無かったのに、監督勝手に作っていたというロックフェスのシーン。あの場面は、何で同じ事の繰り返しをダラダラダラダラやるのだろう? と疑問だったのだが、原作からして犬王の物語は繰り返し語られるのだ。

 前の文章コピペしてちょっと弄ったくらいに見える文章が数回。これは一つのエピソード視点を変えて語り直したものなのだけれど、ほんのちょっとしか変更点のない同じような文章なので、またぁ? と飽きてしまった。一つのトピック複数人視点表現する……その最高峰にして最も有名なのは芥川龍之介の『藪の中』なんじゃないかなと思うけど、あれみたいに視る人が違えば見える世界も違うっていうんならともかく、神の目線(誰々寄り)くらいの俯瞰したような視点で何度も同じ事を書かれるのは、読んでて辛い。ちょっとだけ、今まで隠されていた真相が回を重ねるごとに徐々に明らかになっていく。そういう狙いで書かれた文章なのだろうと、意図理解できるんだが、理解はできても別に面白くないのだった。

 アニメ版の方も、何がやりたかったのかは解るのだが、かといって別に面白いとは感じなかった。なんかそこだけダレている。退屈だ。しかし他の部分については素晴らしい技巧で表現されており……全体的に見てつまらないとか駄作かいうのもまた違うような気がする。中弛みがひどい。そんな中弛みの酷い部分が、原作小説アニメ文章映像という違う表現技法によって造られたにも関わらず、物凄くシンクロしていた。ある意味すごいのかもしれない。面白いかと問われれば、別にそんなには……と私は言うけれど、いい語種にはなると思う、たぶん。

 ところで、アニメではロックフェスの辺りで友一も犬王も一体何をやっていて何を歌い表現していたのか、私はさっぱり解らなかったのだが、この原作小説を読んでやっと理解

 ぶっちゃけ、友一のバンドは犬王の広報活動前座担当していたのかと私は勘違いしていたのだけど、そうではなかったのだ。友一の弾き語りが犬王の宣伝になる事は確かなのだが、だからといって彼は犬王の前座ではない。友一はただ琵琶法師としての仕事をしていただけであり、弾き語りの題材に犬王の半生を使っていただけなのだ。オレの事を歌えよと言ったのは犬王だけど。

 犬王はといえば、当世最高の猿楽座の棟梁ナンバーワン猿楽師として、新しい曲を書いては自ら舞台に立っていた。

 私はアニメ版ロックフェスの場面を見ながら、何でこの人たち、橋の上と河原でそれぞれ別々の活動をしているのかなー? と疑問に思っていたのだが、何の事はない。友一は琵琶法師で、犬王は猿楽師で、彼らはそれぞれ自分仕事をしていただけなのだった。同じバンドメンバーでもなく、タイバン相手でもなく、似た者友達バンドマン(兼作詞作曲家)とミュージカル俳優(兼戯曲作家)みたいなものだった。当然職場は、特別イベントでもない限り別である。なーんだ。二人とも演者であるだけでなくクリエイターでもあるので、互いに影響を与え合っている。

 映像では訳のわからなかった部分が小説ではスッと頭に入る。やっぱそういうとこは小説って強いよなぁと思いつつ、アニメ版のわかりづらさが異常だっただけでは? とも思う。

 ところで、最強のバディもの的な言われ方もする本作(原作小説アニメも)だけど、これってバディものなの? と首を傾げてしまうのは、原作アニメも同じだった。アニメ版は尺の関係で色々削らずを得なかったのかな? と思ったら、わりと原作忠実だったんだなと。友魚と犬王の友情、とてもあっさり風味。一緒に楽しく過ごす時間もあったのかもしれないが……かもしれないだけで……まあ、二人とも自分のやるべき事をやっているのであり、業種が違うんだから当然一緒行動はしない。どこら辺が仲が良いのかわからいくらい、別々の道を歩んでいた。ので、ラストシーンあんまり感動しなかったなぁ……。え? 犬王さらりと友魚を裏切ったよね、今更なぜ? みたいな。ここら辺はアニメ版のが膨らませていたので(足利義満により友魚を人質脅迫された犬王。そんな事があったのも知らず、イオ座のメンバーが次々捕らえられる中で、最後まで抵抗し続けた友魚)、アニメの方が良かったような気もする。

 ……まあ、アニメ小説比較しても仕方ないけど、どっちも微妙だし。というか、原作微妙な部分をすごい精度で再現したアニメともいえるし。

 先にアニメ版を見てそれがいまいちだったか原作小説見方まで辛くなってしまっただけかもしれない。でも読まなければ良かったと思わないし、アニメ版映画も見る・読む価値なしとまでは思わない。話のネタにはなるだろうし。

 ひとつアニメ版を観る前に原作小説を読みたかったなと後悔した場面があった。犬王が面を外し素顔を見せる場面だ。凡人が見れば目が潰れ鼻血が止まらなくなるほどの美形……を想像するのを、ジョーカーともデーモン閣下とも獲物を追っている最中奇術師ヒソカとも言われる厚塗りのフツメンがめちゃめちゃ邪魔してきてつらい!

 

2022-06-19

『女の友情筋肉ミュージカル論争が面白い

『女の友情筋肉』という、ムキムキマッチョ女性たちを主人公にした漫画がある

         ↓

男性俳優主演でミュージカル化決定! 乞うご期待!

         ↓

男性女性を演じることの是非をめぐりtwitter賛否両論

         ↓

肯定派「そもそも原作筋肉女性俳優再現するのは難しい。ヴィジュアルが合っていればそれでいい」←わかる。

否定派「原作だと女性キャラなんだから女性俳優に演じてほしい」←わかる。俺も処女キャラ処女声優に演じてほしい。

否定派「当事者が演じるべき」←わかる。俺もBL作品に出演する演者は全員男性同性愛当事者であるべきだと思う。

否定派「女版ブラックフェイスでしょ」←わかる。戯画化された同性を異性が演じるのって不快だよな。宝塚とか。

否定派「そもそも劇の製作陣が男性ばかりじゃん」←わかる。マイノリティ当事者を描くものを非当事者が中心になって製作してるの不愉快。なので男性同性愛を描く作品製作陣は基本的男性同性愛当事者であるべきで、非当事者が中心になって製作するのはやめるべきだよな!

2022-06-17

ホロライブ3D力また上がった??

6期生3Dの出来がまた目をみはるほど上がってるんだけど

2年くらい「まあそのくらいが限界だよね」で止まってた感じあったけど

1個抜けたな

もう1個か2個抜ければ別種のコンテンツになりそう

ステージクオリティも少し上がってるし

ただ量産はできなそうだよね

やっぱ職人芸なのか?

 

惜しい所

指がもうちょっと、でもグー以外は出来てる っていうか指どうやってトラッキングしてるんだろ

髪 やっぱり2次元的なロングヘアー鬼門だね

物との位置関係 掴んだ時にずれるのは未だに解決できてないんだな

指でハート作れるレベルになるまで頑張ってほしい

 

あと3D力上がったことで演者の動きのパワーやダンス力が問われるようになってきてるのおもろい

2022-06-15

anond:20220615154012

演者も同じ客も同じジャンルに別の名前つけるの、業界人の良くない癖だよね。

 

まあもう何年かすれば、一緒くたになった別の名前がつくんじゃないか

2022-06-12

Youtuberが嫌われる理由

単純に演者側の民度が低いからなんだろうね

常識も無い薄ら寒い大声で騒いでれば面白いと思っている馬鹿、とそいつらを持て囃している客層にすら嫌悪感を持たれるから


動画一つにしたって、「共感性羞恥」という、人によっては自殺すらあり得る深刻な悩みを

動画の笑えるネタとしてやっちゃう様な民度なんだよな、しかYoutuberの中ではトップクラスと言われる連中がやっている


DQNオタクの悪い所を掛け合わした様な酷さなんだよな

VTuber歴代運営対策と結果

プロジェクト対策結果
キズナアイ3Dボディ、台本動画編集パイオニアとなる初期投資運営も高コスト
ゲーム演者ブラック労働によりコスト削減告発により運営炎上する
どっとライブ過激ファンを諫めるが、ゲーム炎上の余波で運営信頼性が低下演者扇動によって炎上が拡大
ホロライブ運営の統制が強まる(VTuber面のみ)ファンには甘い演者メンタル故障者が続出
にじさんじノルマの少ない緩い運営配信頻度の少ないVTuberは初期投資の回収が困難
ゲーム演者を総入れ替えする運営もっと炎上する
キズナアイ1つのボディに4人いれるゲーム部の印象もありファンに受け入れられない
にじさんじゆがみんには誰でも入れるごくまれネタ的に使われる

vtuberを知らない人が陥りがちなvtuberへの期待

vtuberに慣れている人は生配信をやる場合現代技術ではキャラクター演者が切り離せないことをわかりきっている、それを前提知識として持っている

だがvtuberに興味を持たない人はキャラクター作りをそれこそ脚本が作られた演劇漫画アニメドラマとにかくフィクションと同じレベルであること期待している

そんで中の人キャラクタータレント性と切り離せないことから起こるニュースを聞き中の人間だろと吐き捨てていくのである

今の技術じゃ生配信物語キャラクターとして行うのははめっちゃ困難なんや

2022-06-11

VTuber歴史の雑な認識

この分野はガチ素人ですが、特にゲーム部以前は聞きかじりです。エンタムという事務所もあったんだよ。

紀元前

ウェザーロイドバーチャルアイドル時代VTuberイメージも固まっていない。

四天王時代動画時代

キズナアイミライアカリら五人揃って四天王が現れてVTuberイメージ形成していく(が、イメージがそのまま引き継がれているとは言えない)

ゲーム部の時代(最盛期は編集された動画が主力?)

つのチャンネル複数VTuber配信し、箱として大きな人気を博す。

しかし、演者過酷な勤務を強いていた労働問題が明らかになり炎上演者交代の暴挙に出て凋落最近解散した。

どっとライブ時代(生配信時代

四天王電脳少女シロが導線となり、リレー形式で見やすい1時間配信を行うことでファンを箱でガッチリ囲い込む。ファンアートの作成などにも積極的箱推しファンを育成する。

だが、夜桜たまが引き起こし騒動によりファンの間で激しい対立が起こり勢いを失う。

にじさんじ時代(他と並立気味)

初期から比較的(あくまでも他社との比較)安定した運営がなされてきたが、所属VTuberをひたすら増やしていく路線の中から飛び抜けた人気を持つVTuberが増えてくる。その一方で一期生が重みを失っていない点も強みと思われる。

男女混合で運営される中で、男性VTuberに人気の集中する傾向が徐々に出てくる(壱百満天サロメは久々に大ヒットした女性だが)。

ホロライブ時代

ホロライブはどっとライブ騒動があった時期くらいかアイドル路線に切り替えてきた(同じ会社のホロスターズを含め、男性VTuberとのコラボ特定VTuber以外はほとんどしなくなった)。バイリンガルスペイン語もそこそこ行けたようなのでトライリンガル?)のヤクザドラゴン桐生ココ加入などの要因もあり海外でも人気を得て大いに伸びる。

その桐生ココやスパチャ世界一にもなった潤羽るしあは炎上もあり引退したが、VTuber登録者数最大のがうるぐらを擁し、新人デビューが決まるだけで初配信前には登録者数が10万人を超えるなど、かなりの勢いを保っている。

現在(続ホロライブ時代?)

アメリカインドネシア中国などの海外にも多くの視聴者を集める事務所が現れてくる( Vshojoなど。おそらくスペイン語圏でシェアのあるOWOZUというところを今知った)。

ホロライブにじさんじ海外事務所も人気を得る(にじさんじ最近EN以外をにじさんじ本体に合流させた。VTuber間の目立った交流はないが中国にも事務所あり)。にじさんじ運営する「えにから」が上場し、最近デビューした壱百満天サロメが大きな話題になる。

ホロライブの次に来るかもしれないと言われていた「ぶいすぽっ!」は前述のゲーム部を運営していたUNLIMITEDに買収されファンの間に不安が走る(他にもまともに運営してきた事務所を持っているため心配のしすぎという意見もある)。独自ショート動画路線でホロライブを超える再生回数を叩き出すようになったあおぎり高校(ここもUNLIMITED傘下)、トップにならなくともコツコツと安定した運営を続けてきた774inc.(有閑喫茶あにまーれは引退者多めだが)、プレイングマネージャー犬山たまきの率いるのりプロ武道館単独ライブを決めた花譜のいる神椿(KAMITSUBAKI STUDIO)など独自ニッチを築いているところもある。

また、個人VTuberではVOICEROID化によってボイロ動画とのシナジー効果を起こすトレンドが伺える(以前からUTAU化などはあった模様)。


https://anond.hatelabo.jp/20220611003936

https://anond.hatelabo.jp/20220105102642

Live2D前後のv比較と「vの可能性」を考える

ひとことでvtuberと言ってもその成り立ちからみるに、(ひとつ象徴指標の)Live2D前後でまったく異なる。非連続な変革があり、2つのvがあるととらえたほうが考えやすい。

Live2D前のv

キャラ企画:別途シナリオライターがいる、ロールプレイを忠実に演じさせる

プレイヤー:大手がメインの企画

ガワと中身の関係性:アニメの延長、声優による魂の吹込み

配信指向マスメディアTV番組コピー商品タイアップ

3Dをまともに動かせる環境を準備できる大手プロダクション型。初音ミクのような抽象化されたIPの構築。配信活動メインにしつつも内容はTVオルタナティブyoutube等に作る、という発想だったように思う。

Live2D後のv

キャラ企画:本人が考える、演じていく中で定まる(にじホロ等大手も初期設定以降は演者に任せているように見える)

プレイヤー:個人がメインの運用

ガワと中身の関係性:顔をださずに済む当人分身

配信指向ロングテイルゲームのほか、生活全般配信対象

Live2Dは一つの代表的きっかけではあるが、この配信障壁の低下により多くの個人が参入できるようになり、ロングテイル構成コンテンツ方向性TV番組構成テンプレから離れた独自のものが増えた。ロールプレイ忠実度にも幅はあるが企画段階の設定書は薄くなり、演じる中で構築するという発想がメインで当初のキャラ付けから変わっていくのも恐れなくなっている。

vの可能性とは

マスでは作られないコンテンツが花開いたのはプレイヤーが大量に参加した、Live2Dであるのは間違いなく、我々コンテンツ消費者サイドから見ればこの変化は可能性を広げるものしかないし、必然の流れだったように思う。一方で、当時の人?が考えていた、Live2D前の「vの可能性」とは何なのか。

中身に縛られない性質

一つは抽象化されたキャラクターロールによる、特定の人(中身)の存在を取り除いたストリー演出だろうか。人々の頭の中にある○○像のみを抽出したキャラクター、中身のペルソナ等は一切入ってこない、ある意味イデアル存在

可能性は何かありそうな気もするが、今のところアニメの枠は超えられていない。そしてこの「機能」はCGM世界では初音ミクゆっくり等が担っているとも言えそうだ。まあ、ディープサイドに寄っているのでもう少し大衆化したIPがいてもいいかもしれないが、ロールプレイを徹底したプロダクション型で作るキャラクターを該企業以外が利用する場面はあまり想像できない。

中身に縛られない永続性?

もう一つ考えられるのが、キャラクターとしての永続性とそれに対するファン安心感だろうか。中身がどんなことをしたとしても、中身を変えればいい。そのキャラを愛するファンは離れず永久ファンでいられる。

ただこの発想はアニメ価値のものだ。ドラえもんがたとえ声優代替わりしても長らく人気のアニメだし、中の人コカインをやってても声優を変えてきららファンタジアに参加できる。

会話できるバーチャル存在

バーチャルからどこでもいて会話できる。いつでも会える初期AKB的なアレ。

ただ、動画投稿メインの前者vではできない範疇の話で、むしろ後者vのほうがスーパーチャットすれば反応してくれるという意味で身近になった気もする。世の中現金ですな。

いずれにしても

上にあげた可能はいずれも論破できてしま範疇だった。これ以上の検討は当時どのような可能性を謳われていたか過去の文献をあたるしかあるまい。

2022-06-10

ANYCOLORはVTuber可能性を閉じてしまった←??????

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.itmedia.co.jp/business/articles/2206/10/news053.html

まあ上場してあまり界隈に馴染みのない人たちが出てくるのはしょうがない。そういうもんだ。投資家おっさん用語も覚束ない的外れVTuber分析を垂れるのもしょうがない。ゲームを全部ファミコンって呼ぶお母さんと同じ。

↓Business Insider Japan古参ファンライターが概ね妥当記事を書いていて良かった。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.businessinsider.jp/post-255195

ただな、

Vtuber可能性を閉じてしまった企業でもあると思う。バーチャルであるが故の人を超える可能性は、中の人ありきのペルソナタレントにしてしまった時点で消えてしまった。面白い人に時間を使うだけのサービスになった。

ういういかにも界隈知ってます風のツラで適当なことを書き散らす奴が一番タチ悪い。

ブクマカブクマカ適当からろくに知らないくせに生来のいっちょ噛み体質でこういう「一見それっぽい」ブコメに星を付ける。

はてブは終わってるよマジで
いーや俺が終わらせねえ。

間違ってることは間違ってるって書くぞ。

バーチャルであるが故の人を超える可能性は、中の人ありきのペルソナタレントにしてしまった時点で消えてしまった」だぁ?????????

ば~~~~~~~~っかじゃねえの!?2017年からキズナアイチャンネル登録しているハルゴス

あのな、大元キズナアイの時点で最初から中の人ありきなんだよ。あんだけ大騒ぎになった「分人」の件も知らんのか?たった3年前の話だぞ。

そもそもキズナアイが人気になった大きな要因のひとつは「AI自称しておきながら明らかに人間くさい言動リアクションをするギャップ」で、まさに中の人ありきなんだが…お前動画すらろくに見てねえだろ。もし見た上でそれなら絶望的に見る目がねえよ。

え?動画形式から中の人ありきじゃない?

そもそも初期勢のキズナアイ電脳少女シロも結構配信やってるんだけど、ご存知ない感じ?そういう話じゃない?

えーじゃあ、もしかしてTV番組とかもご覧になったことない感じ?TV番組ってまあ概ね台本があってその通りに進行するんだけど、じゃあ誰が出演しても同じかっていうと違うじゃん。台本出演者に合わせて作られる分を差し引いても、ちょっとしたリアクションとかアドリブかに表れる出演者各々の魅力や個性出演者同士を差別化するわけじゃん。それと同じ。

同じ台本があっても、見た目本田翼の中身本田翼を、見た目本田翼の中身俺が代替することはできんのよ。見た目本田翼にはなりたいけどな。

それに、キズナアイが「最初から」やってるゲーム実況なんて台本どころかリアクションアドリブの塊だろ。あれが中の人ありきじゃなかったら何なんだよ。

キズナアイミライアカリ電脳少女シロもねこます月ノ美兎も、そういう演者パーソナリティに惹かれてファンが増えたんだよ。

これはANYCOLOR(旧いちから)がどうこうじゃなくて「最初から、そうだった」の。バーチャルって単語だけで勝手連想ゲーム始めて歴史捏造してんじゃねえよ。言葉遊びをやめろ。

そんで知った風なツラでVTuber可能性が~とかほざくけどお前らどうせ紡ネンも知らねえんだろ。紡ネンのコンセプトは多分お前らが言うところの「バーチャル」に近い存在かもしれないかおすすめしておくぞ。(宣伝)週2で配信してるからよろしくな。(宣伝

そもそもにじさんじにしたってホロライブにしたって最初2Dからスタートして、ファンを増やして資本形成して3Dモデル作って3D撮影スタジオ作って、どんどんやれること増やしてんじゃん。今はまだコスト的に個人では実現の難しいことでもやれる環境を整えてて、どっちかっつーとむしろ可能性広げてるサイドだろ。

なーにがVTuber可能性だよ。やる奴はやってる。お前は何もやらずに雑ブコメ。上向いて口開けてるだけのくせに偉そうによォ~~~…いや、本当のところは口すら開けてないんだろうけどな…。

ブクマカブクマカ適当すぎる。VTuberに限らず「一見それっぽいコメント」に星を付けすぎ。昨日も年金制度を誤解した人たちがハシゴ外されてたやん。いい大人なんだからそろそろそういうのやめようや。

まあシステム的にははてながupvoteとdownvoteを実装してくれれば多少はマシになるのかもしれんが、そこまでやる気もなさそうだし…。

おまけ

いまや3Dちゃんと使ってるのはホロライブにじさんじだけだね

774.inc「えっ…」

どっとライブ「えっ…」

あおぎり高校「えっ…」

MZM「えっ…」

ぽこピー「えっ…」

名取さな「えっ…」

しぐれうい「えっ…」

その他3D勢「えっ…」

ぽこピーはこの間ぽんぽこ24やって、774は所属グループメンバーが立て続けに3Dライブやって、どっとライブ普段配信イベント3Dでやって、名取さなやしぐれうい等人気個人勢もこの間3Dイベントやって、「3Dちゃんと使ってない」ってマジ?

お前の「ちゃんと」のハードルの高さスカイツリーくらいあるやん。

いっちょ噛みのクソ共がよォ~~~~~~~~~~

いや、知らないことそれ自体はまったく悪いことじゃないんだ。

知ったかぶりをするなと言っている。

今日一貫して言いたいことはそんだけだ。

じゃあ俺はとっとと今週のタスク片づけてSEEDs24見るから。じゃあな。

2022-06-08

ANYCOLOR上場通ったの信じられん。

パワハラ凄い人が重用されるわ役員パワハラやるわすぐ人辞めるわの超絶ブラック企業だったの実名付きでJPXに通報したんだけど何の意味も無かったな。

社員演者双方にパワハラして更迭された人間が、社長要望で1年もしないで戻ってきて別部署でまたパワハラやって幅利かせてるような会社が通るんだから審査本当にザルね。

社長は「上場」「投資家が」しか喋れん能無しだったけど目標達成したわけだしこれからどうするんだろ。どっかに売却しておしまいかな。

やはり井上ドネア戦での声出しは納得いかない

ライブだと今も検温マスク義務付けられて社会ルールから、ここで感染者出して社会批判になりたくない、ほらみろと言われたくないという思いでみんな声出し禁止を守ってるのに、ああいった大舞台ルールが甘々運用されるのは本当に納得いかない

現在コロナに対してゆるんでるのはわかる

ライブでも一部声出しする人をたまに見かけるようになったがそういう時は演奏止めて声出しやめてねと演者が一声かけるシーンもあったし運営スタッフ厳重注意してるシーンも見た

尚哉戦でもラウンド間に声出ししないでというアナウンスくらいするべきだろう

ググったら会場内ではマスク着用、声出し禁止の注意書きがあった

みんな今もずっと我慢してるんだから、大きな試合からといって甘い運用されるのは本当に納得いかない

2022-06-03

募集間中企画から演者フォローってなんなんだろうな。どうせ落とすのに。

それで受かったこと一度もないわ

2022-06-01

ずっと同じ曲ばかりの増田酢魔の理科場くょ雉な音っず(回文

おはようございます

あのさ、

こないだ推しライブに行ったって話したんだけど、

アルバムが発売で久しぶりのアルバムで嬉しいんだけど、

前もちょっと書いたんだけどさ、

このアルバムは今までライブとかで歌ってきた曲を改めて録音したりライブ収録だったりする内容なのね。

オリジナルはないんだけど、

オリジナルどうのこうのって言うのはいいんだけど、

これアルバム発売してまた

秋口にアルバムツアーライブがあるのね。

ライブで歌っていた曲をまとめたアルバムをまた次のライブアルバムツアーライブをするので、

もうこれらの曲何回歌うんだよ!って

もうここ4~5年は同じ曲おおくメインにして巡業してない?って思うのよ。

アバとかクイーンとかぜんぜん知らないので分かんないんだけど!って

もう世の中特にクイーンの曲だらけじゃない?

また同じ曲?ってちょっとうんざりだけど、

私は推しがやりたいことをやるのには反対しないで応援はするけど

興行的にはそれ大丈夫?って思っちゃうのよね。

ちょっと心配だわ。

それだったらもう一度過去アルバムからセットリスト作って今歌うバージョンの方がもっとファン的には値打ちがあるライブになると思うだけどなぁ。

昔の方がほぼオリジナル頑張って全曲オリジナルってすごくよかったのになーって。

もうあんまりしつこくは言わないけど、

そこら辺がモヤモヤよ。

まあきっとたぶん、

ビジネス的な内容も押さえておかなくてはならない事情があるのかも知れないけど、

からあいアーティストって

自分表現したいこととビジネスとでって

なんか天秤に掛けられちゃいがちじゃないかしら?って思うのよね。

やりたいこととは違うけど儲けは出さなくちゃいけない!みたいな。

からみんなたぶんベスト盤出んのよね。

あれはそう言った仕組みだし、

手っ取り早くファンを掴むツールベスト方法でもあるのかも知れないわ。

はい!でももうこれで推しへの不満はおしまいよ。

やっぱりライブとかで最前列決めちゃう

わずおおおー!ってチケット取ってよかったわ!ってなるし、

そうなるとまたライブも迫力が違ってくるのよね。

私はどちらかというと大きなホールより

もっと小さいビルボードとかの方が好きなんだけどね。

クラスになると、

もうどこから演者が出てくるのかって分かってるから

厨房の横の入り口の席とか取ると

出てくる瞬間手を振ったら振り替えしてくれたり、

うそれでいいわっって思うし。

しかったりするのよねー。

そんでアーティストにちなんだオリジナルカクテルお酒とかの限定メニューがあるとまた進んじゃうのよね。

あの日が懐かしいわ。

それはともかく、

アルバムの帯に付いていた抽選コードポスター当たりますように!って願うばかりよ。

結局文句言うほど好きなのよ。

自己完結だわ。

うふふ。


今日朝ご飯

タマサンドよ。

直球勝負の美味さ!

美味しさ切れ味抜群よ!

もうタマサンドしか勝たんしタマサンドしか知らん!って感じよ。

これさえあればご機嫌さんよ。

デトックスウォーター

またまだ無くならないでも湧いてくるというわけでもない

水出しルイボスティーウォーラーです。

たくさん作り過ぎちゃうのも弊害あるのかしら。

でも手間省けて楽チンよ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2022-05-30

若者プログレなんて聞くな(追記あり

プログレッシブロックというジャンルをご存じだろうか。いつぞやかのジョジョEDTo be Continuedのアレである。まあこれだけだといくら何でも説明不足が過ぎるのでもう少し一般化して言うと「60年代後半~70年代前半に出てきた当時のロックから逸脱しているバンド及びそのフォロワー達がやる音楽である。具体的なバンド名はググればいくらでも転がり出てくるので割愛させて頂くが、もう数年前とはいえアニメED(かつネットミーム)になったり、様々なバンドが影響を公言していたりと割と触れる機会がぽつぽつある上、最近ではSpotifyYoutubeで気軽に聴ける環境が整っているので、なんとなく手を出してみようかしらん、なぞと思う人間ももしかしたら居るのかもしれない(多分そうそう居ない)。しかし、率直に言って若者はこのジャンルを聞かない方が良い。

以下、何故プログレを聞かない方が良いか書きなぐっていく。

1.若者が聞いてない

ぶっちゃけこれに尽きる。若者は誰も聞いていない。本当に聞いていない。たとえ聞いてても本当に少数の痛い奴しか居ない。試しに周りの友人に「King Crimsonが~」なんて話かけてみよう。殆ど相手は「何それ?」となるかジョジョスタンドの事だと思うだろう。

若人が集う音楽の祭典である夏フェスラインナップを見てみよう。プログレバンドが一つでもあるだろうか?それが全てだ。他のジャンルと比べコミュニティもないしイベントもない。あってもジジイしかいない。プログレばかり聞いてると普通友達音楽の話は一切できなくなる。

2.ジジイはむっちゃ聞いてる

しか若者が聞いてない分ジジイはよく聴いていることが多い。プログレの話をすると嬉しそうにすり寄ってきてこちらが聞いても居ないことを延々語りだすおじさんが場所を問わずごまんといる。そういうジジイはなまじプログレが今よりもう少し盛り上がってた時期を知ってる分こちらの知らない情報体験しえない事でマウントを取ってくるのであるプログレハラスメントプロハラだ。○○の初来日を見に行きましたとか、知らんわ。だからなんだよ。自慢か?お前に××の何が分かる!うるせえよ、好きで悪いかよ。多少自分知識で話をしただけなのになんで説教されねえといけねえんだよ。

ライブに行っても凄まじい加齢臭プログレ専門のCDレコードショップに行っても後頭部が寂しい方々しかお目にかかれない。その上一人で店内BGMの拍子取ってるような連中だ。想像しただけでも嫌になるだろう。

3.演者ジジイしかいない

ジジイしかいない。海外アーティスト来日公演は高齢者ステージ上でポックリ行かないか見守る会となる。日本バンドでも若者殆ど居ない(大概近しい音楽性があったりするマスロック界隈に流れる)。間違ってもアーティストイケメン美女を期待してはいけない。演者ジジイ、客もジジイ演歌の方がもう少し新陳代謝あるぞ。

4.ジャンルとして死んでる

先進的」と冠するジャンルのクセにぶっちゃけ活動してるバンド殆ど大御所という名のやたら豪華なコピバン既存の焼き直し(ミックス等の音作りの方向性を変えただけで内容的には昔の何らかのバンド殆ど同じ)ばかりだ。全てではないとはいえ8割そうと言い切ってもよい。完璧名前負けしてる。

たまにプログレ自称しない若手アーティストの複雑な曲をプログレ的と形容したりするが、ぶっちゃけやめて欲しい。下手にプログレなとどいうラベリングをしたが最後ジジイジジイを呼ぶ界隈に取り込まれ、ついぞ日の目を見ることが無くなる可能性もある。

5.長い

長い。展開がキモイ。曲の長さは6分くらいが普通世界1020分30分40分平気であったりする。出だしから数十秒が勝負とか言ってるストリーミング社会で平気で5分イントロに使う。延々と不穏なノイズ流れる最近ギターソロを飛ばす若者の話取り上げられていたがこのジャンル場合飛ばすと半分くらい消え失せるしそれでもまだ5分残ってたりする。隙間時間ちょっと聞こうとしても歌にたどり着かないなんてことも平気である。(そもそも歌が無かったりもする)

若いうちにこんなジャンルに身を委ねたら最後休日CDめぐりネット上のデータベース漁りに消えるし、およそプログレしか聞かないようなシンセの音に興奮したりすることになる。仲間が居ない故の痛々しい選民意識が芽生えたりする。会話の種はどんどん消え失せる。ジジイにはプロハラを受ける。

俺はもう駄目だから、せめてこっちには来ない方が良い。

追記

初めてここに文章投げてみたら思いの他ウケてるようでビビった。なんだかんだみんなプログレ好きなんだな。(スペルミスは許してほしい)

人間椅子はプログレッシブ要素があるというだけであくまハードロックバンドとして活動しているのでちょっと違うかな…ここでいうプログレバンドって百景だのエレアスだのKensoだの新月Novella一派の残党だの「プログレです」と活動してる面々の事で、そのへんのバンドって同じ界隈で集まる事はあれどいわゆるジャンル横断系のフェスには全く出てこないよな…という

偏見が過ぎるというのはその通りだし、少しでも変な文章にしようと誇張したところは多々ある。(しかし某連盟BGMの拍子をとっていたオジサンは紛れもない事実だし、なんなら俺も取る)多少の間違いを無視して何事も言い切ってしまった方がウケが良いという嫌な目論見もある。近年出てるバンドにも素晴らしい物は数多くある。とはいえそのバンド群は所謂プログレメタルだのポストプログなどの方向だったりすることが多く(偏見)、「プログレ」の語りを始めるとどうしても70年代UKの話ばかり出てきてしまうというのが現状な気がする。するとおのずと聞き始めもそのへんになり、ある程度掘ってもそのへんにずるずると居続け…って俺の経験一般化しても、って話かもしれないが、「プログレ」でググってKing crimsonの前にAnimals as LeadersとかThank you scientistの記事が出てくることがそうそう無いって事実もある。

というか一切の偏見を持たずに音楽聴くジャンル認識する事って異常に難しいよな。音楽ジャンルを定める事それこそが偏見の始まりのような気もする。

2022-05-20

anond:20220520111803

そもそもクラシック音楽作曲者演者に金と出演機会を用意するパトロンを通じて発展してきた歴史があるからパトロン云々を否定することは業界として難しいと思うよ

そこが炎上どころになりそう、という指摘はその通りかも知れない

anond:20220512220636

エンタメ王道ギミック視聴者は知ってるけど演者は知らない」をシンプル表現できているからと感じます

からこそ作者が、こんなんでいいのか、と落胆してるんだと思う。

2022-05-18

anond:20220518160444

ラブライブさんも現時点でμ's単独仮定するとドーム無理じゃないのかな

やっぱ演者高齢化(+ファン高齢化)って厳しいよ

2022-05-16

演奏不可能作品

演奏不可能作品(えんそうふかのうのさくひん)とは、さまざまな理由により演奏不可能、あるいは困難な音楽作品のことである

概説

クラシック音楽世界では、演奏不可能(または困難)な作品が多数存在する。演奏不可能作品の中にも、仮に演奏されたとすれば傑作と評価され得るだけの芸術性を備えた作品は多く、これらは安易無視できない存在となっている。巨大編成の作品演奏時間の長い曲とも密接に関係があり、イギリスのソラブジの作品はその3要素が完全に組み合わさり、初演できないものも多数ある。

現代ポピュラー音楽場合には、作曲家作詞家編曲家といった独立した職能存在するものの、作品演奏との一体性が強く、コンサートライブでの生演奏や、演奏を収録した媒体CD等)という形で公表される点で、クラシック音楽とは様相が大きく異なる。このため、ポピュラー音楽においては、作品を聞くことができるという意味で、ほぼ全ての作品演奏可能であるといえる。その一方で、媒体への収録(すなわちレコーディング)に際しては多重録音をはじめとする種々の編集が行われるとともにに、演奏においてはシーケンサー等の自動演奏積極的に利用されるので、純粋に人のみによって演奏することが不可能あるいは困難である作品も多い。このような作品コンサートライブにおいて生演奏する際には、自動演奏テープなどを用いてレコーディングされた作品再現するか、生演奏可能なようにアレンジを変えることがよく行われる。また、一時期のXTCのように、高度なスタジオワークを行うミュージシャンの中にはライブを行わない者もいる。

歴史

バロックから古典

歴史は長く、J.S.バッハの諸作品モーツァルトオペラフィガロの結婚魔笛ベートーヴェンピアノソナタ第21番、第29番、ピアノ協奏曲第1番や交響曲第7番・第9番などが古典的な例とされる。

ロマン派

ロマン派では、ロッシーニの「セヴィリアの理髪師」の第19番のアリアは良く省略され、シューベルト魔王交響曲第9番「ザ・グレート」、パガニーニヴァイオリン曲、ロベルト・シューマンの交響的練習曲の第2変奏曲や2点へ以上の音域がある4本のホルンとオーケルトラの為の協奏曲作品86リストの一連のピアノ曲、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団演奏不可能と宣告されたブルックナー交響曲第2番、ブラームスピアノ協奏曲第2番やヴァイオリン協奏曲またピアノソナタ第3番の冒頭部、チャイコフスキーの諸作品マーラー交響曲ラフマニノフピアノ協奏曲第3番等があったが、それらは現在では演奏技術の発達により演奏不可能と見なされることはなくなった。しかし、プッチーニの「ラ・ボエーム第一幕のエンディンクは、未だに半音下げて歌われることが多い。

近代

近代ではストラヴィンスキー春の祭典シェーンベルクピアノ協奏曲ヴァイオリン協奏曲モーゼとアロンがあるが、「春の祭典」と「モーゼとアロン」は演奏技術の発達により現在では演奏会での一般的な曲目になっている。意図的作曲された例としてアイヴズの歌曲義務」があるが、今日では演奏家は内声などを省略するか、アルペジオ演奏するか、アシスタントを設けるかで解決されている。彼のピアノソナタ第2番等も同様であるが、本人は「間違った記譜もすべて正しい記譜である」と友人に説明している。プロコフィエフピアノ協奏曲第3番の第3楽章にも2度の音階的な走句があるが、「困難だ」と結論付けて全てアルペジオ演奏する者もいる。ラフマニノフピアノ協奏曲第三番第三楽章の冒頭のパッセージ身長が170cmないと物理的に不可能であり、体格の小さなピアニストテクニック不自由したピアニスト左手の音をずらして演奏することが慣例化している。

現代音楽

演奏不可能作品という概念現代では新しい複雑性と深く関係している。ファーニホウの諸作品は非常に高度な演奏技術を要するが、彼の音楽に要される困難は主に読譜に集中するため決して不可能音楽ではないとされる。しかし逆説的に言えば、演奏不可能概念は、今日例えばパソコンシーケンサーなどに自分で四分音符をメトロノームに合わせてキーボードで打ち込んでも決して4分音符や強弱が正しく出てこないという経験から人間演奏する限りにおいて全ての音楽に当てはまるという事も言える。その外シュトックハウゼンの「7つの日々からNr.26(1968)」の「金の塵」が奏者に演奏の前に4日間の断食強要していると言う点で事実上演奏不可能作品である

今日最も演奏の難しい現代音楽は、クセナキスの諸作品と言われている。第1曲目のピアノ協奏曲にあたる「シナファイ」、チェロ独奏の為の「ノモスアルファ」、ピアノ独奏曲の「エヴリアリ」、「ヘルマ」、「ミスツ」、ピアノ独奏重要な働きを担う「エオンタ」及び「パリンプセスト」等がその例であるクセナキス自身テレビインタビューで、これらは演奏困難にさせることを目的として作曲された作品であると語っている。

しかしこれらの作品群も、近年の若手演奏家の技術向上やCDリリースを参照する限り、徐々に不可能とは見なされなくなる日が近づいているのは確かであるが、逆にどんな簡単作品人間演奏する限り100%の完全なる再現は厳密には不可能である

ポピュラー音楽

前述の通りポピュラー音楽クラシック音楽とは事情を異にする。とは言え、カバー曲やカラオケなど、オリジナル以外の奏者による演奏がまったくないわけではない。

特筆される例としてはサザンオールスターズの「Computer Children」(作詞作曲 桑田佳祐アルバムKAMAKURA収録)が挙げられる。この曲は、マスター収録の後にエフェクトなどのデジタル編集を行い、その編集後の曲がオリジナルとされている。したがって、ライブ演奏事実上不可能となっている。ソフトウェアマスター作成においてデジタル編集を行うポピュラー音楽は近年珍しくはないが、この曲ほど大胆に使用している例は(リミックスを除けば)、稀有である

演奏史上で演奏困難とみなされた曲

作曲家演奏困難な作品を書くことによって、演奏技術が向上し、それがさら作曲技法を拡大させるいう面がある。以下の曲の多くのもの今日では演奏レコーディングの機会も多いが、作曲当時は「演奏困難」ないし「演奏不可能」とされたものである。参考までに掲げる。

ベートーヴェンピアノソナタ第29番(ハンマークラヴィアのための大ソナタ)

指定された速度で演奏するのはほぼ不可能であり、通常は指定よりもやや遅くして演奏される。また、曲が独奏曲にしては長大であるため、高度の精神力要求されるという点においても彼のソナタの中では最も演奏困難である演奏技術の発達した現在では、ロマン派以降のピアノ音楽大家作品群と比べれば特別難しい曲ではなくなっているが、それでもなお演奏は困難を極める。また、リストベートーヴェン交響曲ピアノの為に編曲したもの存在するが、それらと比べれば、このピアノソナタ比較的易しい。

パガニーニ24の奇想曲

超一流のヴァイオリン奏者、パガニーニ作曲したヴァイオリンの難曲として知られ、作曲当時はパガニーニ自身以外には演奏不可能であった。しかし、この作品の持つ魅力は多くの音楽家の心を捉え、さまざまな作曲家によって主題引用されている。この曲の存在によって、作曲技巧や演奏技巧が大きく開拓された面は否めない。現在でも超絶技巧の難曲として知られるが、一流の演奏家の中には完璧に弾きこなしている人もかなり多い。

リスト超絶技巧練習曲第2版

タイトルからもわかるように、超絶技巧を要することが目的となったピアノのための練習曲であるピアノパガニーニを目指したリスト代表曲である一般演奏家にも演奏できるように難易度を少し落とした第3版が現在では普及しているが、リスト超絶技巧極致を目指して作曲した第2版は特に演奏困難とされ、リスト以外には演奏不可能と言われた。現在ではジャニス・ウェッバーレスリーハワードが録音を残している。

チャイコフスキーヴァイオリン協奏曲

演奏不可能とのレッテルを貼られ、当時の第一線のヴァイオリン奏者に初演を断られた作品しか現在では、早熟ヴァイオリン奏者が10代で弾きこなしてしまうことも珍しくない。

ドヴォルザークチェロ協奏曲

第一楽章オクターヴの速い動きで事実上演奏不可能作品である解決譜としてのOssiaで多くのチェロ奏者が弾いている。

プロコフィエフピアノ協奏曲第4番(左手のための)

パウルヴィトゲンシュタイン委嘱で書かれたが、彼は「一音も理解できない」として取り上げなかったため、作曲家生前には一度も演奏されることは無かった。ただし実際には、様式上・技巧上ともに特に大きな困難があるわけではなく、演奏は十分可能である菅原明朗は「この曲こそプロコフィエフ最高傑作だ」と称え、ピアノ吹奏楽の為に編曲したヴァージョンを残している。

シェーンベルクヴァイオリン協奏曲 Op.36

十二音技法によって作曲されている。ただし、急-緩-急の3楽章から成り、両端楽章の終わり近くにカデンツァがあるなど、伝統的な協奏曲構成に従ってはいる。作曲者はヤッシャ・ハイフェッツに初演を依頼したが、ハイフェッツはこの曲を演奏するか否か散々考えた末、結局「研究しただけ無駄だった」として辞めてしまった。結局初演はルイスクラスナー独奏ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団により行われた。作曲自身生演奏を聴いていないとされる。

フォルカー・ハインの「フェッロ・カント

1990年代初めドナウエッシンゲン現代音楽祭がカールスルーエ作曲家フォルカー・ハインに管弦楽の曲を委嘱したが、度重なるリハーサルにもかかわらず演奏困難ということでその年の公開演奏が中止になった。次の年もう一度だけ初演が試みられたが結局不可能で、またしても初演を断念させられた。その楽譜は当時の展示即売会一般公開され、色々な同僚作曲家意見が聞かれた。現在に至るまで演奏されていない。ブライトコップフ社によって出版されている。

ケージフリーマンエチュード

チャンスオペレーションを厳格かつ極度に徹底したヴァイオリンソロのための作品集で、「作曲するのも演奏するのもほぼ不可能に近い」音楽になることを前提に作曲された。しかし、第18曲目の演奏困難度をめぐって1-16曲目までの初演者ポール・ズーコフスキー意見対立し、作曲が中断された。その13年後にアーヴィン・アルディティの助力で作曲が再開されて、無事32曲の完成に至った。現在この作品の全曲演奏が出来るヴァイオリニストはヤノシュ・ネギーシーとアルディティの二人しかいない事から考えて、最も演奏不可能に近いヴァイオリン曲といえる。

関連項目

2022-05-13

anond:20220513143711

ネトウヨ大先生もどっかで見た気がする絵柄ですけど?

もうこういうやり取りが発生する時点で評価する価値無し

下記は演者だけじゃなくて全ての創作者に言えた話なのでおふたりとも噛み締めるといいと思う

役者は真っ白なキャンパスに役という色を塗っていく。自分私生活はこの色ですと、先に色を塗って人に見せる必要がありますか”という信条を持つ田村さんは、決して私生活を明かそうとしなかった。

2022-05-12

anond:20220511225034

うぐいすリボン荻野太郎さんが以前に、「表現」としてのAV権利と「セックスワーク」としてのAV権利概念として(どちらが上とかではなく、論点を)区別する話をしてたけど、まさにそういう話だ。

例えば、AVにおいて演者が「オーガズムに達する演技」をすることはあるだろうが、その「演技」というのは必ずしも演者としての映画的な「演技」ではなく、コミュニケーション的な「演技」を意味する場合もある。それはフィクション的な嘘ではなく、建前としてのある意味の「現実である必要がある。

セックスワーク」のAVとしては、そういうところに「実際に性行為を行っている必要性」というのがあるんでしょう。

私はAV見ないので知らんけど。


ボクシング映画では実際に殴り合う必要は無いし、「リアリティ」とやらの追求のために殴り合わせるのは虐待だろうが、ボクシング試合中継では実際に殴りあって居なければならない。時に八百長があったとしても、それは例外

AVというのはその両方の側面がある。


フィクションを撮る時の倫理観ノンフィクションを撮る時の倫理観区別されなければならないが、作品ごとには「どちらでもある」とか「どちらでもない」という玉虫色の多様な表現存在することに留意する必要がある。

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