はてなキーワード: ムラ社会とは
共産党支持者って、自民党を支持し続けるジャップランド土人的な風潮が大嫌いで軽蔑していて罵倒する傾向があるけど、
今の共産党の党内批判者への扱い(除名・解雇)こそジャップランド土人仕草に見えるんだけど、どう思ってるの?
タテマエでは平等な構成員による自由な議論を掲げながら、実態は選出プロセスが不透明な幹部や老人が決定し、異論を唱える者は村八分とパワハラで追い詰め恣意的なルール運用で排除する。
中高年の男性党員が若い女性の選挙ボランティアに対して横柄に振る舞いセクハラ言動をするという体験談もあったっけ。
こういう疑問を、X(Twitter)のジャップランド土人叩き大好き共産党支持者に問い掛けると一様にブロックされてしまうので、
完全なる自爆だよな。
バレないように悪事を働くという政治家として当たり前のスキルもない無能な味方をスッパリと切り捨てなかったのが悪い。
国政という舞台をくだらん親分子分ごっこをする場所だと勘違いしたのが全ての間違いだった。
アベがそれを可能にしたのは強烈なバックボーンから産まれる財力と権力があったからであって、それを持ってない奴らのおままごとでは意味がない。
この後に及んで堂々と事務所に金を送りつけて開き直れるという公算自体が甘ったれとも言える。
やるんだったらもっと徹底して裏から個人に金を渡すべきだったのに。
それを知らん顔されたりバラされた時に割り切れないぐらいなら一切何もするべきではなかった。
確証性バイアスに振り回された前例踏襲主義をやるような官僚じみた政治家なんぞになんの価値があるのかという話だ。
官僚に出来ないことをやるのが政治家の役目だということが分からないらしい。
それもこれもアベノムラ社会の中でアベに奉仕することを目的とするシステムに飲まれたのが問題だった。
政治家はそれじゃいけない。
ボス猿の群れでなければ。
高度に組織化されたことで政治家それぞれが自分たちの持つボス猿性を失いただの働き蜂に堕した。
その結果がこの敗北なんだよな。
相変わらず、普段はリベラルぶってる人達が、子供や子育ての話題になると差別意識を剥き出しにして他人を叩いているのがどうしようもない。
「園児の声がうるさい」保育園を訴えた住民の敗訴確定 一審「受忍限度超えていない」...
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.tokyo-np.co.jp/article/362357
hunglysheep1 子供と触れ合いが無い人の方が怒りっぽいのかも→ https://www.tokyo-np.co.jp/article/221125 "交流少ない人ほど子どもの声に不寛容" /とはいえ以前みたいなムラ社会的な付き合いも都市部は難しそう
子供と触れ合えない高齢者って、つまりは自分自身が結婚できなかったか早々に離別か死別したか、
大体はそのどれかでしょう?
で、今ほど未婚率が高くない高齢者で結婚できなかった人達っていうのは貧困だったり障害があったり、それこそLGBTだったりする可能性が高いし
子供はいても孫は産まれなかったとしたら子供が氷河期世代で貧困で結婚できなくて…って可能性も高いよね?
ほならさせてもらいますけど。
お前が「圧」って呼んでるのはさ、70年代から80年代の若者が感じていたとされる、抑圧のことなんだよね。
誰もがムラ社会だから、勉強しなさい、地域に貢献しなさい、早く結婚しなさい、仕事の跡をつぎなさい。
そういうのに全員がウンザリしていた。
都会に出ればムラじゃなくなるから、そういうしがらみからは自由になる。
というわけで全員が上京(に類するもの。大企業就職など)を目指したわけだ。
この流れは、日本のことじゃなくて、全世界にあったわけ。何しろムラは全世界にあったからな。
ムラのしがらみを排除しようとする方向性、思想的にはこれを「リベラリズム」と言います。
で、その次の俺の世代になってくると、全員が都市産まれなわけ。ムラのしがらみとか皆無。
全員がリベラリズムの影響下にある。
お前もそうなのよ。だから、圧をかけるのは悪、と思ってるだろ。
この方向性で俺らはやってきたのよ。教育カリキュラムから圧を取り払うために、「ゆとり教育」をやったりね。
結局のところ、"圧"は必要だったんだんだと思うよ。ほとんどの人類は賢くないから、自由にされたらバカになるわけ。
70年代に必要だったのは、不必要な圧を適時改正することで、圧を取っ払うことではなかったんではないか。
ほとんどのやつはバカになるけど、それは放置する。バカは被害出すけど、最終的には勝手に死ぬからな
理屈上の正しさはそれでも成り立つけど、俺はやだね。
暇空界隈は「赤い羽根共同募金は寄付金を共産党に捧げてる」と主張し
大量の抗議と脅迫のせいで初音ミクと赤い羽根の共同ラッピング電車は中止になった
琴葉茜パクリの件で暇空を嫌うボカロ・ボイロ界隈がますます暇空アンチになった
そういう下地の上で岩下の新生姜が暇空支持を表明して毎日暇空に投票しろと訴え続けた結果、
新生姜ミュージアムのライブイベントで招いて仲良くなったアーティストらに袂を分かたれる結果に
@shinshoga
さっき何故泣いたかと言うと。
僕は音楽に救われ、音楽を愛して生きてきたけど、恐らく、この一週間の騒ぎで、僕が愛した音楽家の友人の大半を失ったと思っているんだ。
サブカル、インディーズはじめ音楽界もまたムラ社会で、そこはゆるやかではあるが左派思想が支配的なの。それはロックやジャズがカウンターカルチャーとして出発してるから左派的なのは仕方ないこと。先輩はそれが社会をよくすることに効いた時代を生きて、でも、今は全く効かないどころか、利権そのものを守る方になってしまっていても、軌道修正は難しいの。人生そのものだもの。若い人も、そのムラに居るんだから、その思想に染まっていきやすいの、濃淡はあるけど。もちろん全員じゃないよ。きっと、このツイートには沢山のリプや引用がつくだろう。それを見てくれればわかる程度のこと。でも、大切な友人を失うのは残念だよ。
一人一人の音楽家はすごく素敵なんだ。優しくて、音楽も素晴らしい。大好きだ。でも、僕はたぶんもうそこの住人ではないよ。みなさん、本当にありがとう…素晴らしい音楽に助けられた。皆さんが大好きでしたよ。本当に。
いま、ひまそらあかねの戦いを支持するのは、僕にも覚悟あってのことだ。実は、愛した音楽とのかかわりが一番重いよ。
それでも、僕は、ひまそらを支持する。彼は今回都知事になるべき人だ!
主人公が働くコンビニの新人として入ってくる白羽。「男なのにコンビニバイト程度の職にしかつけない」(この職業蔑視も白羽の意見)理由を、現代は縄文時代と変わらないムラ社会で社会不適合者に厳しいせいだと主張する。
「僕はずっと復讐したかったんだ。女というだけで寄生虫になることが許されている奴等に。僕自身が寄生虫になってやるって、ずっと思っていたんですよ」
市川沙央『ハンチバック』
主人公が暮らす施設のヘルパーである田中。低身長で包茎(手術済み)。重度身体障害者で金には困らない主人公に対し、田中は健常者の男性ではあるが貧乏でモテないため主人公を憎んでいる。「インセル」や「弱者男性」といったワードも登場する。
どっちも有名作だし、弱者男性はむしろ女性作家の興味が向きやすい人物像だと思う。彼らは愚かしい人物として描写されてはいるが、ある種主人公のご同類であり、同じ穴のムジナとして描かれている。
男性作家だと自称弱者男性が私小説的な作品で主人公に据えるパターンはいっぱいあるけど、いうほど登場しなくないか?しかも私小説だと、現実の作者は作品を完成させる能力があり商業出版されたりもしてるという矛盾がある。
なぜ弱者男性がフィクションに登場しづらいか。腹の中で不満をたぎらせてるだけで全然行動しないパーソナリティだから物語が動かないんだよ。
そのかわり内面描写が得意な小説では「現実では関わりたくないし自分はなりたくないけど、あいつらの生態を知りたい」という怖いもの見たさ的な需要がある。そして弱者男性は誰からも透明な存在だが、女性は謎の敵意を向けられたりしつこく言い寄られたりと、加害される形で不本意に関わる機会が結構あるので興味が向きやすい。