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はてなキーワード: ムラ社会とは

2020-06-01

anond:20200601072854

まあ男は男で直球で性格ねじ曲がってるが

どっちがいいんだろうなあ……ムラ社会だと女のほうが生きやすそう

2020-05-08

anond:20200508002629

フェミ左翼ムラ社会からムラで1番声がデカい奴が偉いと思っていて、デカさを競うために怒るのでは

2020-04-25

anond:20200425115901

都会に出てきてムラ社会作ってる田舎モンが

田舎田舎モンと殴り合ってるだけだろ。

金持ち喧嘩せず

争いは同レベル同士だから起きる

2020-04-22

anond:20200422081619

伝染病抑制のためには何らかの形での強制力必要なんだけど、日本では警察力よりもそういうムラ社会空気のほうが好まれからなあ。今後もそういう空気は大活躍じゃないか

2020-02-20

anond:20200220093635

それは、人類っていうのは本来、近所にジジババや、ムラ社会関係を維持してるご近所さんのいる状態子育てするのが本来の形だからだ。 

 

最初から田舎実家住みのほうが子育てに向いているのは明らかで、なのに都会に出てきたってことは、その人は子育てに向いてないところに自ら出てきたってことになる。

元増田の論旨で言えば、望んで都会に住んでおきながら育児サービスの不備を愚痴るのは変だ、という話になるんじゃあないか? いまは都会の子育て補助ずいぶん頑張ってるし、偏在がこの程度で済んでいることのほうをほめるべきでは。

 

まあ、批判されようがされまいが、どのみち都会の育児サービスは今より充実させるんで、関係ないっちゃないけどね。

 

 

2020-02-17

仮病のためのライフハック見つけた

 6日前、慢性化している扁桃炎を半年ぶりに発症し、いつものように40℃まで熱が上がった。扁桃炎とは、喉にある扁桃腺という組織病原体によって腫れ上がり、様々な症状が引き起こされる病気だ。そもそも免疫役割を担う部位なので、その症状は正しい反応ではあるが、僕のそれは大きすぎて、過敏に反応してしまうらしい。

 扁桃炎を初めて発症したのは大学2年生の夏頃で、それから2年半が経つ。合計で6回ぐらいは発症しているだろうか。今までの発症時期から推測すると、台風が近づく等の理由で気圧が変化したときと、気が抜けたとき発症するらしく、今回はおそらく後者だ。大学最後テストが終わり、バイト先の塾で担当していた生徒の受験が終わったことは、今までの緊張を一気に和らげたのだろう。

 そんなわけで発症した扁桃炎だが、これがめちゃくちゃつらい。基本的に40℃前後の熱が3日ほど続いて、そのあと2、3日かけて徐々に熱が下がっていく。その間、なんの生産活動知的活動もできないのでストレスは溜まるし、何より体力的に厳しい。今回も5日目まではこのルートを辿っていったのだが、6日目の今日、初めてそこから逸れた出来事が起こった。

 体温が40℃になっていた。「あれ?」と思って再度測り直しても同じ体温を示す。全く意味がわからなかった。いまだに体調は優れないものの、明らかに症状は軽くなっている。もしかしたら、高熱に対して自分感覚がマヒしてるのかもしれない。とりあえず長期戦に備え、後輩に買い物を頼む。冷蔵庫おかゆポカリでいっぱいだ。新型コロナも疑った。厚労省相談窓口に電話すると、「3つの条件のうち1つでも当てはまったら各自治体の相談センターに連絡しろ」とのことだった。全く当てはまらなかったので、相談対象者ではないらしい。

 やることがなくなり、落ち着きを取り戻してきたので、一旦ゆっくり考えてみる。なぜ体温計は体調に見合わない高熱を示すのか。体温計の故障をまず疑ったが、実際に脇を触るとめちゃくちゃ熱い。というか、脇だけがやけに熱を発しているようだ。「なんか変なことしたかな…?」と思い今日1日の行動を振り返ると、一つだけ心当たりがあった。

 朝、脇にデオナチュレを塗ったのだ。恥ずかしながら私はワキガ体質で、ワキガ用の手術はしたものの、今でも臭いが少し残っている。デオナチュレはミョウバンを主原料とした消臭剤で、良く効くので愛用していた。「ミョウバンって発熱反応なかったっけ?」と思い、調べてみると、水を加えると発熱するらしい。そこで左脇を丹念に洗い、水気を良く拭き取り、再度体温を測ってみる。

 ビンゴだった。体温計は37.8℃を示し、それは今の症状の度合いとちょうど釣り合っていた。4日後の旅行に行ける安堵感と、たくさんの買い物をさせてしまった後輩に対する若干の罪悪感を覚えながら、こんなことを思いついた。

 「これ仮病に使えるやん!」

最高の名案だと思った。ネットを調べてもこのライフハックを知る人はいない。この度が過ぎた情報社会で、こんな有用ライフハック自分が発案したという事実に震えた。ただ、よく考えてみると「高熱を示す体温計を提示することによって、休むことが認められる」という状況は実は少ないのかもしれない。社会人が会社を休むとき、わざわざ体温計を見せるのだろうか?色々と考えた結果、上記の状況が確実に成立するのは、「小中学生時代において学校習い事等を休むとき」だと考えた。

 そしてそれを考えついたとき自分中学校時代が頭に浮かんで離れなくなった。あのときに使えたなあ…と考えだすと止まらなくなってしまった。


 私の生まれ育った町は、地理的孤立しており、独自に発展を遂げたタイプ田舎だった。いわゆるムラ社会だったので、うまく周りと同調する必要があり、地理的特性故に逃げ道が全く見えない環境だった。

 小学校とき、少しいじめられた。いじめっ子に同調した言動に変えることでいじめはなくなった。3年生から野球を始めた。理由ひとつ上の兄がやっていたからという一点。家系的に代々運動神経は良かった。私だけ少し悪く、特に足は遅かったが、世間の平均と比べれば明らかに上だった。実際、高校の体育の成績は3年間続けて10点満点だった。ただ、レギュラーには一度もなれなかった。ミスが多発する少年野球性質的に、足が速くてかき回せる選手が好まれからだ。一度レギュラーの一人が怪我離脱したとき代理で2週間ファーストを務めた。めちゃくちゃ活躍した。打率は5割を超えてたと思う。でもその子怪我が治った途端、すぐベンチに座らされて、たまに代打で出る程度に戻った。ここまで層の厚いチームはめずらしいと言われたが、どうすることもできず、ただ悔しいだけだった。

 地元公立中に進んだ。Fランではない大学に進んだ人が200人中20人くらいの、いわゆる低学歴の世界だった。続けて当然、という雰囲気に合わせて野球部に入部した。同級生がグレ始めるだけでなく、既にグレている先輩との付き合いも始まった。部活顧問勝利至上主義者だった。教育的な観点は全く持っておらず、ただ自分の願望を叶えるためにやっていたような人だった。そのために、最初の段階で完全にレギュラーを固定し、補欠には何の機会も与えない。公式戦はおろか、練習試合にもまともに出さない。出すとしても2軍試合のような形だったので、相手がかなり弱く、活躍しても何の評価もされない。ただ恥をかかされているだけだった。平日全てに朝練と午後練があるだけでなく、土日も休み基本的に無いため、疲労はかなり溜まっていた。当然、授業は睡眠時間となる。

 公式戦には1秒たりとも出させてくれなかった。練習試合でも、他の上手いメンバーと一緒にプレーをしたり強い相手と対戦することはなかった。一生懸命に見える、という理由で明らかに自分より下手な奴の出場機会が多かった。片道4時間をかけて泊まりがけで遠征したとき、たくさんの練習試合が組まれていたにも関わらず、自分だけ出場機会がなかった。チームは結局、最後大会で全国まで進んだが、ずっと「早く負けろ」と思っていた。最後全国大会背番号さえもらえず、観客席に放り込まれた。やる気がないように見えるからと言われた。全国大会なので色んな人が見に来ていた。チームメイト保護者はもちろん、先生同級生も来ていた。ベンチにも入れなかったことを悟られないよう1番前の席に陣取り、一切振り向かないようにした。

 

 ずっと辞めたかった。でも辞められなかった。裏切り者烙印を押されたくなかった。唯一の社会であった学校が、自分の居てはいけない場所になってしまう。

 月に1日だけでいいから、憂鬱気持ちを抱かなくていい日が欲しかった。周りを納得させられる、部活から逃げる術が欲しかった。

 たまにズル休みをするだけなら、根本的には何も解決されてないかもしれない。現代感覚から言えば、さっさと部活をやめて他のコミュニティ持て、という解決策になると思う。でも、やっぱり中学生当時の自分にそれは難しい。あのとき、目の前で高熱を示す体温計を見せることができたら、どれだけ気分が楽になっただろうか。

 

2020-02-11

anond:20200211131540

そうやって人を見下すのが気持ちいいんだろうね。ムラ社会から劣った人間を見つけてつるし上げてキャッキャ騒いでるのが傲慢だなぁって思うよ。

anond:20200211113620

ある種学校自治に近しいかもね。

(正しさが司法業界のどちらにあるかは難しいけど)自分達の縄張りに入ってこられて発狂してる感じ。一種ムラ社会ともとれるかな。

傲慢ITエンジニア達は滅ぼされるのか

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200207/k10012276621000.html

コインハイブ事件

コロナウイルスの話があるからそこまで話題になってないけど、まさか有罪になるとは思わなかった。

それは置いておいて、これについてSNSなりブログなりで、判決に異を唱える人たちが当然いるのだけど、その中で、

警察ホームページ掲載してJavaScriptが使われてたりアクセス解析するのを揶揄してる人

判決が正であるという意見に対して「お前はバカだ」と見下してる人

こういう人達散見してるように思える。

これって、言ってることは正しいけど、端から見たらただただ傲慢存在しか見えないんだよね。

IT業界内ではこういうコミュニケーションの取り方(相手揶揄したりフリースタイルさながらにDISったり)が普通なのかもしれないけど、世間一般からしたら、

有罪なのに擁護するのか?

IT知識がないからってバカにしやがって。

・専門分野だからって思い上がってるな。大して法律も知らない癖に。

位にしか思われてないと思う。

批判するのはいいけど、もっと方法は選んだら?

もしかして普段業界の人同士でしかさなムラ社会からこういった表現しか出来ないのかな?

もっと業界外の人とのコミュニケーションの仕方を勉強した方がいいよ。

それができないならその傲慢さのツケがいつか回ってきて、滅びるかもね。

~~ここから追記~~

・お前が傲慢

→そうね。でもあなた自分傲慢さに気付けていないかもよ?

人の振り見てなんとやら、って言うしまずは自分のことを振り替えってみたら?

お気持ち案件か?

お気持ちは正直アレだけど、結局人間同士のやり取りなんて全部理屈解決なんて出来ないよね?

屁理屈vsお気持ちなんて対立を作りたいのかもしれないけど、そこはお互いが落とし処を探すしかないんじゃない?

この話でいえば、理屈振りかざして他人を扱き下ろしてるIT系の人は少し傲慢じゃない?って話なので、表現の仕方を考えるとかでいいんじゃないの?普段から仕事素人の人にもどういうシステムなりアプリなりを作るか説明してるわけだし、それくらい出来そうな気もするけど。

2020-02-08

意識高い人達村社会が大好き

村社会が嫌なリベラル人間たちがはてな村作ったり

ツイッタージェンダー界隈ですらムラ社会を作って堂々と村八分しているのを見ると

インターネットですら日本社会村社会を強化する装置になっているのかなあと冷笑的な気分になる

2020-02-02

anond:20200202150140

逆に日本オタクコンテンツムラ社会化して勝手につまらなくなっているのをフェミとかポリコレといった「外敵」の仕業だと勘違いしているのだと思う。

2020-01-29

イエ制度ムラ社会が悪いモノなのか分からなくなった

これらの制度文化については、個人自己決定権侵害しがちという観点でどちらかというと批判的でしたが、最近からなくなることがままあります

これらの共同体は、差別内包していたり、人権に対する制約を課していた一方で、弱者をすくいあげるセーフティネットとしての機能もあったと思います

そもそも相互扶助のために成立してきたものなので、セーフティネットとしての機能があるのは当たり前といえば当たり前ですが。

そう考えると、弱者の救済、もっと広く言ってしまえばリベラル的な目的意識に対して、イエやムラの枠組みって、もちろん各論では噛み合わない部分はあれど、手法としては普通に選択肢に入りうるのではと。

ただ、はてなざっと観測している限りだと、子育て世帯シングルマザーは救われるべき、恋愛弱者包摂されるべき、という論調がある一方、

イエやムラ制度に対しては、解体について歓迎こそすれ危機感を持つような論調はみられないように感じられます選択夫婦別姓の件とか見てても特に

これは乱暴に言えば、「セーフティネット解体」と、「弱者包摂」を同時に主張する矛盾とも言えるのかなと。

もちろん、弱者包摂もっと良い手段で実現すべきだ、という発想が前提なのでしょうが、そこに例えば家制度改善と維持(差別を軽減し、相互扶助機能を維持するような方向性)が選択肢として挙がってこない(ようにみえる)のは、何故なのでしょうか?

意見もらえると嬉しいです。

---

個人的にはイエ制度ムラ社会については、母と姑との関係性や父が地域社会で苦労していたのを見てきた経験から、良い印象は持っておらず、手放しになくなればいいと思っていました。

ただふと、リベラル風を気取っている割に、セーフティネットの一つを捨てることに手放しに賛成してたんだなあと気付き、こういった増田を書くに至った次第。

2020-01-05

anond:20200105143442

から行政サービス全般民間依託ですね。ただ消防団員が不足してる時点で住んでる人が少ないのにやる会社はないか金額が法外と思う。

あーほんと日本人ってクソだな、ムラ社会の外に冷酷な性格が「俺ムラ、住人は俺だけ」と結びついて、「俺はすべてのインフラ行政に任せきりにする権利がある、コストは支払うつもり」っていうお荷物になってる。

2019-12-26

anond:20191226165930

多様性を許容できずに閉鎖的なローカルルールで回っていくムラ社会形成・維持しようとする人たちは、べつに思想的にも環境的にも排除はされない。

されないけれども、人も集まらない、寄ってこないでカネが回ってこなくなり、経済的に支持されないマイノリティになるということで、いずれそういうコミュニティ貧すれば鈍するスラムのようになっていく。いや、その例えも不適切だ。現実のよくあるスラムと違い、若者が不在の年寄りだらけの極限地域になるだろうから

仮にそうならないシナリオがあるとしたらムラ思想を支持する資産家の寄付によって維持されるパターンくらいか。いずれにしろ健全民主主義社会ではなくなり、時代を後退していくような状況を目の当たりにすることになるだろう。

今息苦しさを感じているとすれば、そのような未来の見通しを持つ人たちからお節介による言説や干渉不快だ、というあたりが原因だろう。

そもそも、その未来の見通しがどれくらい出来ているかは、その人の見聞の広さに依存するものなので、日本クローズド島国気質のまま発展していけると信じている人ににわかに納得してもらうことは難しい。

2019-12-24

発達は個性的自由で独創的で、健常は没個性的同調圧力ムラ社会で、

みたいな謎の認識をもってる一派がいるらしい。

2019-12-21

anond:20191221003651

「イキリオタク」って言葉がバズってしまたからじゃないかなあ。

イキることはカッコワルイ、みたいな認知が広まったのでは。

いまのナウなヤングって失敗を極端に恐れ、長いものに巻かれたい志向がとても強く、しかしながら多様化した現代では本当に長い物なんてないのだけども、自分が信じて入れ込んでいるクラスタが長い物と信じて疑わないので、排外的になり、クラスタ間の断絶が起きてるのかなあ、みたいな。

それを象徴づけているのが「批判なき政治発言かなーと。

若者メンタリティをよく表してる。

https://anond.hatelabo.jp/20170624022831

自由を獲得したはずなのに、再びムラ社会へと回帰してるのかなーなんて

2019-12-01

ブクマ行為存在意義とは?

例えば増田であれば、つい最近任天堂社員の友人の投稿が多くブクマカの注目を集めたことは記憶に新しい。

だが任天堂社員の話はネット上に記事として多数公開されており、本来であれば(情報としての質なりを考えれば)オフィシャルなそれらのほうが注目を集めるのが正しいのではないか

「おらが村に有名人が来ただ」というようなムラ社会のような精神なのだろうか?果たしてブクマ行為存在意義とは?

2019-11-24

anond:20191124202412

萌え絵はハンコ絵と言われるように没個性的画一的な絵柄。それをヨシとする萌えオタは閉鎖的なムラ社会に見えるが。オタク(萌えオタ)と噛み合わない決定的な部分はそこかもしれない。

2019-11-06

有識者会議」の思い出

大学入試英語民間試験導入の経緯で「有識者会議」の議事録がないとか話題になっている。本来それがないはずはない。形式主義のお役所で基本中の基本である議事録をつくらないわけはないので、実際には存在する議事録を「いや、それは職員メモで…」みたいな言い訳をするつもりなのだろう。実際、決済者のハンコがないとかなんとかで、正式議事録扱いにはなっていないのかもしれない。ただ、それはお役所の内部の手続きだけの話であって、記録を残さないような杜撰なことは役人はしない。

それはともかく、この「有識者会議」、だれがよばれるんだろうと思う人がいるかもしれない。大学教授なんかは、想像がつきやすいだろう。私も身内にそういうのが一人いるが、深刻ぶった顔をして、いそいそと出かけていく。その話は後でするかもしれない。

ただ、そういう「学識」系の人ばかりがよばれるわけではない。「学識経験者」の後ろ、「経験者」の方は、かなり広範な対象から選ばれる。選ぶのは役人だ。彼らの基準がどうなっているのか知らないが、たぶん、影響のありそうなところから文句が出ないように、バランスを考えて選ぶのだろう。民主主義でもなんでもない。彼らのアンテナの感度が悪ければトンチンカンな人選にもなるし、あるいは政治的圧力が入りやすいところでもあるだろう(たぶん)。

そうこういう私も、なぜだか「学識経験者」の端くれとして、ある会議によばれたことがある。さすがに国の省庁レベル会議ではない。もっと末端の、県庁レベル政策を決めるための会議だ。実は、「経験者」枠だとこういう会議によばれることは決して珍しいことではないらしい。というのは、後になってある団体非正規雇用で安い報酬である事務所に詰めていたとき、隣の席の私同様に冴えないおっさんが、やっぱり彼の専門分野で(確か電気系の技術職をどっかの会社でやっていたはずだ)何かの有識者会議によばれたことがあると話していた。だから、これを読んでいるそこらのおっさん、おばさんであるあなたも、県レベルくらいならある日突然に会議に招かれることがあるかもしれない。

ともかくも、私がそういう場によばれたのはもう16、7年も前のことだ。ずいぶん古い話になってしまったが、お役所仕事はどうも驚くほど進化しないようなので、雰囲気はたいして変わらんだろう。いろいろあってちょっと欝気味で引きこもり気味だった私のところに電話があって、確か日当1万円ぐらいだったと思うが、3回連続会議に出てくれと言われた。ちなみに内容まで言うといろいろアレなので言わないのだが、なんで私に声がかかったかと言うと、それはその頃、私があるメディア事務仕事をやっていたからだ。ちょっとちがうかもしれないが、保育園問題検討するのに匿名日記サーバー管理者に声がかかったようなイメージももってもらえればいいんじゃないかと思う。もちろん私は「もっと適切な人がいますから」と断わったのだが、こちらが別の人を紹介するつもりで話しているうちに、いつの間にか役所担当者丸めまれしまった。このあたりの詭弁は、なかなかたいしたものだ。

で、会議の方だけれど、確か「学識」側が3人、「経験者」側が3人くらいだったように思う。私以外はみんな顔なじみらしく(「経験者」枠の1人は私同様だったかもしれないが、学者同士は同じムラ社会をつくってるようだった)、私はけっこう居心地がよくなかった。広い会議室に、基本はその「有識者」たちが討論をするのだが、事務方が何人か座って(一応、「議長」は有識者から互選するのだけれど)、議事進行をつとめた。驚くのは、その会議室の後ろ半分には役人たちがたぶん20人くらいはいたと思うが、ずらりと傍聴している。もちろん書記方もいる。なんやかんやで、四方を取り囲まれたようななかで、会議ははじまる。

手元には、分厚い資料コピーがある。そのコピーに記された議題通りに議事は進行する。頭のいい役人がつくったのだろう、実によくできている。よくできているというのは、もう結論がわかりきったようなことしか書いていない。「皆様はどうお考えですか」と議長に言われても、「いや、そりゃそうでしょう」と頷くしかないようなことしか書いていない。

では、それで問題はすべて解決するのか、といえば、そうではない。そもそもその問題の切り取り方がおかしいんじゃないの、ってことはすぐにわかる。けれど、そこまでちゃぶ台返しをしていいもんだろうか? 枠組みを示されてそれにもとづいて知恵を出せと言われているときに、出発点から疑うようなことが許されるだろうか?

それでも私は、やっぱりそれが自分存在意義だと思うからオブラートに包んで、そういうことも言う。じゃあそこで議論がひっくり返って一から話がはじまるかといえば、そうはならない。「先生のご指摘はたしか重要なことかと存じます。それに関しましては、さら勉強させて頂き、次回の会議までには議事に盛り込むようにいたします。それでは次の項目に移らせていただいてよろしいでしょうか」と、実にそつなく無視される。そして、その次に行ってみると、私の爆弾発言はすっかり骨抜きされ、やっぱり「そりゃそうでしょう」と頷くしかないような項目に落とし込まれている。いや、そこまでいうんなら私はもう文句は言えないよ、でも、それってそうじゃないんだよなあって思っても、反論できない程度に役人たちの頭はいい。

結局のところ、私は3回のあの会議で(4回目は議長先生個人的な都合と判断で開かれなかった)、ただただ渋い顔をして頷いていただけだった。すべての枠組みは予め決められていて、それをひっくり返すなんて、技術的にも不可能なぐらい完璧にお膳立てされていた。そして、仮にそれに反逆することができたとしても、「そのような意見があったことは十分考慮いたします」の一言でそれ以上の追求はできず、そして最後事務局のさじ加減でそれがほぼ無意味なくらい矮小化されるのが関の山だった。

身内の大学教授に聞いても、基本的有識者会議みたいなものはだいたいそういうことになっているようだ。ほとんど無意味じゃないかと彼に追求したら、「けれどそこで一言言って議事録に残しておくことに意味があるんだよ」と諭すように言われた。それはそうなのかもしれない。だからこそ、「議事録ないなんてありえないよなあ」と、こんな昔話を思い出したわけ。

2019-09-18

anond:20190918145456

そういうのが嫌だからみんな個人主義に逃げたのに、都合のいいことだけムラ社会に叩き込んでもらえなんてワガママ通るわけねえでしょうよ

2019-09-13

Fラン大は地方から逃げる最後の道である

私は大学受験に失敗してFラン大に進学した。

東京郊外にあるありふれたFランであるが、かなりバラエティに富んだ人間がいて頭悪いがそれなりに楽しい大学生活を送った。

通っていたFラン大の某学部関西を除いて全国各地から学生を集めており、大学全体では所属学生が万単位でいる伝統マンモスFラン大だ。

Jリーグ内定した選手ドラフト会議球団から指名を貰いプロ野球活躍してる人は何人もいるし、学力以外の分野で知名度を上げている大学だ。

そして地方でもそれなりに知名度がありOBもそれなりに多い方だ。そこらの専門上がりのFランとは格が違う。


そして、インターン文字掲示板を踊る3年生に無事進級することができた。(まぁ課題と出席回数クリアすりゃほぼ単位出るので進級できない方がマズイのだが)

就職を考える時に、まずやりたい職種や業種を絞り、その次に地元に帰るかか東京に残るかを選択する。

地方から上京してきた学生はどちらかを選ぶ必要がある。

食堂で親しくしている友人と昼食ととっている時に就職話題になり、ふと地元に帰るのか?と聞いてみた

あん田舎帰る気さらさら無いし、そもそも東京就職するためにここ入ったんだよ」

ほとんどの地方出身の友人がこれに似たようなニュアンスの回答を寄越してきた。Fラン大と地方の闇が垣間見ることができた。



現代高卒就職は、学校の推薦か就職課に届く求人票を基に連絡し就活するのが基本となっている。

ということで高卒就職を選んだ時点で一生地元にいることが確定するのである

地元Fラン大進学を選ぶと、関東Fラン大と比較して知名度で劣る上、東京で働きたいのであれば交通費宿泊費もバカにならない金額になる。

安いバイト代就活費をやりくりしなければならない。専門進学にしても似たような話であり、就職時の待遇を考えると専門の旨味も少ない。

そもそも日本は専門や専攻よりやる気や協調性を求める企業が多いのだ。

そもそも地方出身の人にとって、地元は都会に出れない人の巣窟と化している。

地方の頭いい人は大学進学で優秀な大学選択し、東京大阪名古屋札仙広福を目指す。地元国立駅大学より優秀な人間はもれなく地元から離れるという地域はざらにある。

就職を機に地元に戻る人も一定数いるが、それでも半数以上は都会に残り就職する。それを100年ほど続け大学進学がメジャーになり、地方都市学力格差が生まれてきた。

そうなると都市では考えられないような世界地方では当然のように広がっており、それが稀に来る優秀な人材(地元民にとっては非常識人間)を排斥し、「ムラ社会」を形成するようになる。

そして排斥された人や醜悪待遇に痺れを切らした常識人都市に流れていくのを横目に「人手不足だ!」とか「東京一極集中だ!」とか騒ぐのである

高校進学率はほぼ100%になったが、大学進学率は50%割合で見るとまだまだ低い。

偏差値40程度のFラン大学とは言えだいたいは高校偏差値が50前後受験に失敗した人なら60以上の高校出身地元ではそこそこ頭のいい連中がFラン大に潜り込んでいるのである

知名度のあるFラン大は地元を離れたい学生セーフティネットとしての役割果たしていたのだ。

地元から抜け出すためだけにバイトを入れながら奨学金仕送りもやりくりし、女子大生であれば体を売ってまで激狭アパート一人暮らししているのである

全ては環境待遇給料もいい東京で働き、生きていくために

2019-08-21

個人ブロガーが始めたオフ会アニメ化され世界が分離展開している話

はじめに断っておくと、これは意見とか批判とかではなくて、

単にメディアインターネットで起こっている現象面白いなあと思っているという、ただそれだけの話なんだけど。

10年くらい前から、あるブロガーさんがごく個人的にはじめたオフ会に参加していた。

それは年1回開催されるわりとマニアックオフ会なのだけれど、そのジャンルではそこそこ名の知れた存在で、

毎回、どこからともなく50人以上がやってくるイベントとなっている。


で、そのオフ会の初期のメンバーマンガ雑誌編集者さんがいて、その人自身もその分野でとても熱心に活動している人だったので、

しばらく後に趣味実益を兼ねたマンガ作品が登場してそこそこ人気を博し、さらに後にアニメ化され、そこで多くの若い世代の注目を集めた。

ムラ社会になりやすニッチ世界裾野が広がるのは素直にとても素晴らしいことだと思う。

その作品の中では、古くからメンバーマンガアニメとはほとんど縁が無い、その趣味世界人達)が

ごくローカルな行きつけにしていたお店がまんまそのまんま実名のまま登場し、私達にも馴染み深い街や川や山が描かれ、

そして、そのオフ会が「元ネタ」としてやはりまんまそのまんま実名で登場した。

古参(というか実物)の人たちの内心のすべてはわからないけれど、とても愛着があってリスペクトのある表現が為されており、

作品としての評価は置いておいて、好意的に歓迎されたなかなか幸せコンテンツであると思う。


すると、今どきの出来事として当然、作品に登場した場所は「聖地」となる。

おじさんたちのオフ会は「作品で描かれたイベント」として、コンテンツとして認知されていく。

大洗とか身延のような大ヒットということにはならないけれど、身の回りでもグッズを身に着けた人たちを

ちら、ほらと見かけるようになって、オフ会作品を見て飛び入りでやってきる人たちがちら、ほらと増えてきた。

そのまま皆で話し、気が向いたら飲みに行く。正直に、とても素敵なことだと感じる。

※ただ、「女子高生女子大生がたくさん集結しているはずなのに!来てみたらおっさんしかいない!訴訟!!」

 みたいなことになってるんじゃないかという一抹の不安はあるのだけど。

一方で、こうなってくると、元々オフ会主催した人たちとは全く関係なく、

ネット上では聖地」としてこのオフ会名前が語られるようになり、もちろん「元ネタ」を知らない人たちが

オフ会を語り、聖地巡礼という形で「参加」し、知り得ぬところで新たな「イベント発起人」が結成されていたりという、

とても不思議現象ささやかに起こっている。

私はそれでもいいと思うし、たぶん最初にこのオフ会を始めた伝説個人ブロガーさんもそれでいいと思っているし、

世界ってそうやって広がっていくのかなあ、なんてことを考えたりもする。

もっと大げさな話になってくると著作権とか肖像権とかそういう話も出てくるのかもしれないけれど、

今は純粋に、元ネタとは乖離した場所で私達のリアル世界パラレルワールドが展開し、

自分が参加しているはずのイベントが別の日に「開催」されていたり、

またあるときリアル世界で会ったことのある普通の人たちが伝承物語の一部になっていたりする、

そんな光景を、ワクワクしたり、ムズムズしたり、とき苦笑いしたりしながら眺めている。

2019-08-03

フォロワーいくらたくさんいてもムラ社会ムラ社会だし村人は村人なのだなあと

宮台氏がいいそう

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