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はてなキーワード: ジュラシックパークとは

2022-08-01

anond:20220801145730

ジュラシックパークの続編とかすべってるやろなぁと勝手に思ってたが80億は稼げてたんやな

anond:20220801145730

でも元の作品としてはトップガン:67億、ジュラシックパーク:128億やからジュラシックパーク観てた人の方が多いんじゃね

まぁ当時はスピルバーグ効果がかなりデカそうやけど、今はそこまでその効果の効きはなくなってそうっていうのはありそう

anond:20220801144801

ジュラシックワールドも旧ジュラシックパークの面々が出る懐古厨ホイホイらしいけどどこまで伸びるだろうか?

シリーズものから厳しい?

2022-07-04

anond:20220703114025

ざっと抜き取って定点観測してみたけど20年前よりはだいぶマシでは?

2000年ごろ



2010年ごろ


2020年ごろ

2022-06-03

もう特撮映像凄さにとんでもない衝撃受けることってないのかなあ

大昔の人はウルトラQにぶったまげたらしいし、昔の人は初代ジュラシックパークにぶったまげたらしいけど。

シン・ゴジラマーベル見ても「おー頑張ってんなあ」くらいしか驚けなかった。

バードマンの壁スルー映像と同レベルの驚き。

2022-04-30

最近bilibiliたまに見てんだけどさ

違法アップロードされた中国字幕付きのバラエティとかよく見てるんだけど、

例えばマイケル・ジャクソンスリラーが話に出たら「スリラーとは~」が注釈ついたり

ジュラシックパークやらETやらでも注釈見たんだけど、

これってこの辺のサブカルチャー中国国内だと注釈つけなきゃ伝わんないくらいの存在なの?

日本だとスリラーなんて割とマジでエジソンは偉い人レベルの話じゃない?

例えば韓国バラエティが輸入されたとしてスリラー話題注釈なんていらんでしょ。

千と千尋とは~」「エヴァンゲリオンとは~」くらいだったらまだ全然わかるんだけどさ。

それとも注釈が凄く丁寧なだけなのかしら

2022-04-27

anond:20220427213847

まあ、骨からできるなら

ジュラシックパークの話がグダグダになるもんな

白骨化する手前で腐れるから

あれだけ捜索してたららそういう匂いでわかりそうな気がするけど

勢いよく白骨化したのかなあ

2021-12-21

anond:20211215115812

皆が色々言ってるけど。青い背表紙は読むな。後イーガン押しがいるけどやめとけ。

ハヤカワの青い背表紙海外作家翻訳基本的SF古典なんだ。

古典ってのはつまりそれがあって、現代エンタメ作品が有るわけで

あんまり悪く言うつもりもないが、苦痛が多くてつまらないって感想になりがち。

映画で言うと、今更ETとかジュラシックパーク見たいか?って話だ。

初手でイーガン薦めてるやつお前まじかよ馬鹿かよ。

増田SF初心者って言ってるじゃねえか、悪意しかねえわ。

説明するとイーガンネタにされる位ただただひたすら、難解で苦痛

短編はまだ読めるけど長編は投げ捨てろ。僕は投げ捨てた。

まず短編を読みましょう。一冊の中に複数の話が入ってます

この辺りからどうぞ。読みやすく楽しくいい物読んだなって思える現代SF作家です。

柴田勝家アメリカンブッダ』、小川一水『老ヴォールの惑星

2021-09-23

怖い・痛い・ハラハラする映画が苦手...

私は邦画の静かな日常とか、特に何も起こらないけどじんわり良かったなあ...って映画が好きなんだけど

周りの人と好みが合わない。

コロナあんまり外出しなくなったから、家で集まって映画見ようかという話になるんだけど

みんなが見たい映画が本当に怖くて、ずっと目を逸らしてるか別のことしてる。(行かなきゃいいじゃんって話だけど、話したり会ったりはしたいからさ...)

ジュラシックパークとかサメ映画みたいな、圧倒的に強い生物人間を襲う...的なのも怖いし、

ミッドサマーとかヘレディタリーとか明らかに痛い...っていうのも無理だし。

無理やり見せられたピラニアで卒倒しそうになった。

間内流行ってるバーバリも、なんか手の甲かなんかに刃物刺すみたいなシーンあって怖いかちょっともう見たくない...。

そもそも映画なんて趣味趣向が分かれそうなものを集まって見るなよ...って思うんだけど

私以外のみんなは好みが合ったり、合わなくても見れないことはないから楽しんでるっぽいので、私だけなのかなこんなに無理なのは...。

みんなが楽しんでる映画、楽しめなくともせめて見るくらいはできるようになりたいけど

痛いの無理とか怖いの無理な人はどうやって生きてるんだろうか...

2021-09-17

あれ?ロストワールドってこんなつまらなかったっけ?

一作目のおこぼれだけの駄作と思ってた最新作よりもつまらんのだけど。

ジュラシックパークシリーズって一作目の以外駄作だったんか。

記憶って怖いわー。

2021-09-02

ジュラシックパーク恐竜映画最高傑作」って風潮どう思うよ?

人類ショボすぎて泣きたくならねえか?

2021-08-21

anond:20210820192755

いや、昭和60年代生まれでも、特撮再放送は余裕であった。

初代ライダーV3、X、ウルトラマンセブン、タロウなどは見た記憶があるし、友人との話題にも上がっていた。

この増田自身も雑な先入観が多くて、批判してる「特撮嫌い」と同じことをしてると思う。

庵野だってすべての「和製特撮」を手放しで褒めてるわけじゃないでしょ。むしろ偏ってると思う。

ただ、俺自身もそこまで詳しいわけではないので、あまり増田批判できないが。

以下、個人的な当時の観測

シリーズで言えばウルトラマン海外での「USA」や「グレート」があったりして、見てはいなくとも話題には上がってブランド延命していたし、辛うじて「ウルトラマンキッズ」とか「パワード」があって、「ティガ」に繋いでいた。

ソフビを集めてる子とかはそういうのすごい詳しくて、「USAみてー!」とか話してた記憶がある。

テレビマガジンとかの雑誌情報もあったし。

玩具とかアニメとか海外展開、あと「ヒーロー戦記」とかのゲーム結構キモだったと思う。

※「パワード」に関しては、庵野と仲いい樋口真嗣ガメラ特撮)が関わってたんだけど、まあ本人たちがネタにするような出来だったりする。

映画で言えば平成ゴジラなんかはあれでもみんな割と楽しんでてメカキングギドラとかデストロイヤかっこええーってなってたし、忘れてはならない「平成ガメラ」も登場してる。

和製特撮でいえば地味に「学校の怪談」とかもあるんだよな。


ただまあ石森系は「真 仮面ライダー」とか「ZO」とかあとなんか「ハカイダー」とか、ビジュアルグロめだったり「大人に向けた内輪向け」感が強い作品だったのが、なんだかなあ感はあった。

でも子供向け漫画雑誌仮面ライダーシリーズがあったり、やはり漫画アニメ役割は大きい。

「ポワトリン」とかもあったな。

そんな中でも一番偉かったのは東映スーパー戦隊メタルヒーローか。

「女リーダー」「全編ギャグ」といったエポックな「カクレンジャー」や「カーレンジャー」は94年、96年に登場してる。

特撮」の本道とは少し違うかもしれないが、でもまあ本当に東映はよくやってたよ。

ここからさら個人的偏見だが、昭和50年代かそれ以前の人の方が「本物の特撮」をリアルタイム体験してる分、その後の特撮平成ガメラ以外)にケチをつけてる印象がある。

ただこれも仕方ないというか、少年時代に「本物」を見た後には「劣化コピー」が続き、さらには「海外の本物」を同時に見てるんだもんな。

ルーカススピルバーグ世代」なわけでしょ。

映像的にも「アビス86年、「ターミネーター2」91年、「ジュラシックパーク」が93年。

ジュラシックパーク」を見た前後に、じゃあ日本はどうなのかっていえば「REX 恐竜物語」とか「水の旅人KIDS」とか「北京原人 Who are you?」なんだぜ・・・そりゃキツイよ。

(並べて思ったが、この横文字はいってる感じも相当きついな)

で、まあ80~90年代と世の中全体の物差しが「世界基準」になってる中、その世界映画監督が影響を受けたと公言してて、世界で戦えてたのが「漫画アニメ」なわけで。

青少年時代」にそんな体験をすりゃあ「漫画アニメすごい」ってなるのも当然の成り行きよ。

こうした時代感も考慮する必要はあると思う。

繰り返すが、「ジュラシックパーク」のあとに「REX 恐竜物語」を見せられる気持ち想像してみてくれよ・・・

傍らには「ドラゴンボール」とか「スラムダンク」とかあるんだぜ・・・

劇場版パトレイバー」とか「AKIRA」とかあるんだぜ・・・

2021-08-01

10歳と古めの映画を観る

ジュラシックパーク」や「ニューヨーク東八番街の奇跡」を見たのだが、映像の合成感やCG感が残る所をすぐ見抜く。「なんか合成感すごっ」とか言って。自分子供の頃見たときはそんな事全く感じなかったと思うのだが…。人類進化してるのか?

2020-05-19

なるべく少ない単語映画作品特定する

セリフは使わない方向で

観覧車、チター → 第三の男

二人乗り、ボクシングキッズ・リターン

蚊、恐竜ジュラシックパーク

未来溶鉱炉ターミネーター2

しかしたら有名作品は2、3のヒントだけでいけるかも

2020-03-02

ジュラシックパーク

初めて見たんだけど結構面白くね?

オーナージジイとか太いプログラマーみたいに自分勝手なやつが苛ついたけど、伏線回収とかもあったし

子供嫌いだった博士だんだん子供と仲良くなっていくのもよかった

ところであの少年ファーストキスはあの博士なのだろうか

あの当時に考えられてた未来技術がみられるのもおもしろ

2020-01-02

生モノ存在できない時代になりつつある

日々生きてると実感しづいかもしれませんが、現代社会は日々向上しています

とくに科学技術テクノロジーレイ・カーツワイル指数関数的に伸びてるとか言ってますが、それを信じるしんじないにしろ今の所確実に成長を続けています

なにか買っても数年後にはテクノロジーの向上で、価格が大幅に下落したり飛躍的に向上した製品が出現するので、現段階の商品サービスを無理して買う必要はありません。

かに今までもテクノロジーの変化のせいで過去遺産がだめになることがありました。レコードからCDへ変わったりVHSからDVDへ変わったり。その変化にかかる期間が狭まってます

歴史適当なのでずれてたらメンゴ

企業コンピューター利用が始まる


家庭に電子機器が入ってくる

一般家庭にPCが入ってくる

個人PC匹敵する無線端末を常時持ち歩く

動画コンテンツストリーミングで消費し始める

無線通信で動画コンテンツストリーミング消費、発信するようになる

人体の動作バーチャル空間アバター表現するようになる

社会の動きも目まぐるしく、当たり前だと思われていた年賀状を書く文化ももうありません。携帯ストラップをジャラジャラつけていたのさえほんの10年前だし、物理鍵や財布など、今まさになくなろうとしているものもたくさんあります

自動運転が出来るっていうのに免許を取るだとか、電気自動車が主流になるかもしれないのにガソリン車を買うだとか、新しい断熱材や最新の施工技術が出てくるかもしれないのに家を建てるだとか、日毎変化しているなかでものを所有するリスクが日々高まっている。

2019-11-24

キメラって…

新しいポケモン化石ポケモン話題になっていて、ずばりギリシャ神話キマイラのことではなくて、普段からよく話題になる想像上の生き物で「複数動物の特徴を掛け合わせているやつがいたなぁ」って思ったりしてたんですよ。

そいつドラゴン」とか「龍」とかい呼び名でよばれているんですけど。

個人的な分類なのでそれが常識ということは全然ないので構えずに聞いていただければ幸いなんですが、ドラゴンって呼ぶ時は西洋伝承の竜、「龍」って呼ぶ時は東洋伝承リュウ意識しています西洋伝承との比較話題ときにはわざわざ東洋龍をドラゴンとかよんだりして自分からルールを破るので、本当にそこは私事ですよね。

ちょっと前にNHK特集ドラゴン伝説に関する番組があったりしたんです。

テロップに「人類学者」「歴史学者」「宗教学者」って表示される人の他には、古生物学者さんとか比較生物学者さん、気象学者さんなんかもコメントしていたのが印象に残ってます。あと世間話ドラゴンって話題に出すときには、地理学勉強している知人と話していることが個人的に多かったりもしますね。結構、色んな分野からドラゴン伝承というもの話題にすることができるってのは面白いなと思います

生物学的な知見から語るドラゴンとはずばり恐竜化石の話でした。僕たちの世代ともなると人間何人ぶんくらいの恐竜化石が見つかったとして、それは人類が成立する前の時代の、大昔の生き物の痕跡であって「こんな生き物がいまも生きて闊歩している」とは咄嗟にも思わない訳ですが、それは今日に至るまでの研究成果とそれを知識として普及できる教育の賜物であって、それがなかった時代の人たちはそうは思えなかったって話です。

番組ではルーマニアで有名な翼竜化石が見つかっていると言及されていましたが、ルーマニアドラキュラ伝承の元になったヴラド・ドラクル公の故郷ですよね。「ドラクル」という別名は彼の自称で「悪魔の子」って意味だとよく言われますが、本当は「竜の子」とかそういう自称だそうです。言語には明るくないのでもっと正確な意訳ができず恐縮でありますが、無知身上なので「音が似てますもんね」とか言います。どうしてそれが「悪魔の子」だなんて受け取られ方をしたかと言えば後述したいと思いますが「ドラゴンは当時の人々にとっておそろしい敵役で、悪魔に連なるキャラクター」だったからです。竜の子なんて自称するのはその宗教的事情考慮するならば自ら悪魔敵役を名乗る型破りなことだった訳ですね。かなり話が脱線しましたが、竜の子ヴラドの伝説的な話が根付ルーマニアで、空を飛ぶ恐竜化石が見つかっているという話がなんだか面白いなと僕は思う訳です。「無関係とは言えないだろう」とか僕なら思っちゃうし言いたいですし、当時の文献記録に化石の発掘らしき出来事記述とかあるならそれは想像捗るので素敵な話だと思います

比較生物学的な見地からはいまも生きている生き物、特に蛇が槍玉に挙がっていました。ずばりって感じがします。番組では「何故ドラゴンは火を吐く?」という疑問に対して、蛇がちろちろと舌を出す様子に触れつつ、この蛇の習性が「誤った情報伝達の仕方をして」ドラゴンに火を吐かせるようにしたのではないかという話をしていたのでこれが面白かったですね。

まずドラゴンという想像上の生き物が成立する。次に「ドラゴン想像上の生き物で、実物を人前に持ってきて伝えることができないから」人間想像を絵に描いて伝えようとします。この間に、ドラゴンというのは実在しない生物なので、かわりに実在する他の生き物の特徴を取り込んでイラストとして出力されてしまう訳です。無いものを描くことはできないので、かわりに実際に有るものの特徴を代用して想像を膨らませていく。会話で比喩表現を使うようなもんですよね、「奴は蛇のようにずる賢い性格なんだ」とか「鳩が鉄砲で撃たれたような顔してるぜ」とか。

それで番組に出てきた絵なんですけど、たぶん火を吐いてなかったんですよ。イラストの横に難しいラテン語でびっしり説明文書かれていましたが、「これは火を吐いている絵ではなく、蛇のように舌をちろちろさせているドラゴンイラストです」って言われたら僕はそれで納得してしまます。そんな絵でした。

ところで遠い土地に住んでいる人に自分の描いた絵はこういうものだと事細かく説明できますか? 僕はそういうのが得意ではないので、しばしば伝言ゲームみたいになっちゃうんですよ。これが誰もが当たり前にまだラテン語を読めなかった時代で、聖書記述すら読み書きの技術を持つ教会神父様に読み聞かせていただかなればならなかった時代となると、もっと大変だったと思います。もちろん、そういう誤解が広がらない為にバチカンの偉い司祭様たちは色んな対策を立てたと思いますが、果たして悪魔の姿形まで全員の意見を一致させようと手を回す余裕があったのか」はわかりません。イラストというのは文字言葉より強烈です、写真の無かった時代ならそれは写真の代わりすらつとまったほどに。それでもやはり限界はありますよね。実際にあるものを観察して正確に描いたものなら兎も角、空想風景自分が見たことのある風景に喩えながら暗中模索で描きあげたらしいドラゴンイラストですから尚更。もちろんそれを見せる相手が目の前にいたなら言葉にして説明できたでしょうが、その絵が本に載って遠い土地にいる人たちの手に渡った時、そして彼らが字を読み書きできないとかそもそも違う言葉を喋っている人たちだったりしたら、蛇の舌の絵が火を吐いているように受け取られたりしても即座に訂正したりできないのでそのまま広がってしまますよね。

ここでちょっと本旨に触れていますが、空想上の生き物は実際にはいないのでそれが絵や銅像といった形にされる際、実在する動物の特徴をつぎはぎにして成立する時がある、というのが比較生物学的な知見で言いたかたこであるように思います

恐竜化石にしたって、伝説に語られるファブニールヒドラのものしか見えない代物が発掘されている訳じゃありませんからそもそも恐竜化石から想定した想像図が最近すこしずつ変わっているらしくて、僕が映画で見たティラノサウルスコモドドラゴンじみた堅そうなウロコに覆われた姿でしたが、いまは鳥のように羽毛が生えていたのではないかと言われているそうです。ここはもう少し言及すると、恐竜末裔はいまも空を飛んでいる鳥、特に渡り鳥である、なんて話にも波及していきそうですが、僕はそのへん浅学なので触るだけで容赦していただきたく思います

最後歴史学人類学宗教学、あとすごく恐縮なんですが地理学から見たドラゴンの話をしたいな、と思います。ここがすごく自分が興味ある分野になるので話が長くなりそうなんですが、そのほとんどが他の人から受け売り知識・聞きかじりの知識であることを先に明言してから話したいと思います。この話を僕にしてくださった皆様に限りない御礼と尊敬を。

まず、先程までドラゴンが火を吐くのは、蛇の舌の特徴を取り込んで描いた想像図を見た別の人が、その絵の様子を「火を吐いている」と誤解して広がったからではないのか、と話題にしていました。さらにここを掘り下げて「何故火を吐いている姿に見えた(誤解した)んだろう?」という話をしようかと思います

ラクル公の話にも戻りますが、西洋ドラゴン悪魔に連なる存在であり、人々にとっておそろしい敵役だったと言います。これは特に難しい理由がある訳ではなくて、人間より大きく、翼を持っていたり、人間の頭を咥え込める大きな口にずらりと牙が並んでいたり、ずばり「人間に噛みついて攻撃してくる蛇という生き物が人間よりでかかったら食べられそうで怖い」という恐怖心が、当時の宗教的道徳観で形成されている独特の恐怖心とつよく結びついた結果だと思います恐竜人間を食べそうだから怖い、ドラゴン人間を食べるから怖い、悪魔地獄にいて人間に悪いことをするから怖い、というのが全部同じ話になってしまった時、「ドラゴン悪魔の手先である」という話になるんですね。そこにバチカン神父様まで話を合わせはじめるともう誰も待ったをかける人間がいなくなる。恐怖とは使い方があるのです。「食べ物を粗末にすると目が潰れるからしてはいけない」なんて言い回し日本にはありますが、本当にそうなのか?といえば絶対にそんなことないですよね。それが本当の話になってしまうと、目が見えない障がいと向き合って生きている人たちはみんな「食べ物を粗末にした」罰でそうなったという理屈が通じてしまうので大変失礼な話になりますぶっちゃけこの言い回し、嘘か本当かで言えば嘘の話ですよね。でもいま食卓に並んでいる食べ物を、少なくないお金を支払い、少なくない労力を駆使して調理し、なんとか苦労して食卓提供し続けている親からすれば、それを子供台無しにされるのはひどくつらいことであるしその悪癖を矯正しないまま大人になっても子供のためにはならないからなんとかやめさせたいと思うのは当然なわけです。しかし、突然の家不景気に陥れば金銭交換ままならず明日にでもご飯が食べられなくなるという話を、お金単位すら知らない無知の子供に納得してもらうまで言い聞かせるのは大変な交渉スキル言語センス必要とされます。これが「何故人が人を殺してはいけないのか?」「何故人が人から物を強奪してはいけないのか?」というレベルから説明しなければならないとなれば途方もない気分になってきますよね。なのでそれを説明する側は、悪いことをしてはならないという理由として「悪いことをすれば怖い目に遭う」と方便…つまり一種の嘘を用いるという苦肉の策を導入することにしました。これが日本で言えば「目が潰れる」とか「人攫いにあう」とかで、キリスト教国教である場所では「悪いことをすれば悪魔のいる地獄に落ちるぞ」とか言われるようになる訳です。ドラゴンに食べられるのは誰だって嫌ですよね、僕はジュラシックパークティラノサウルスに食べられるレベルから嫌ですしサメだって怖いですから、悪行に対する応報としての悪魔地獄で罪人を責め苛む悪魔ドラゴンを操るなら当時の人たちにとって2倍の怖さになる訳で、時の宗教家たちはおそろしいドラゴン悪魔に与えることでみんなが神の御言葉もっと信じて慎ましく穏やかに生活する世界(=悪人悪魔ドラゴンをおそれて悪行を思いとどまったり、間違えてからでもそれを悪いことだったと反省して償いをする世界)が形成されることを期待したわけです。なので実は違う種類の複数の恐怖が、宗教道徳という枠組みの中で融合するのは全然難しい話ではないってことですね。ドラゴン英雄に退治される話が多いのも似たような理由です。人間勇者が悪いドラゴンを退治して財宝と美しい伴侶を獲得して幸せに暮らす…というのは敵が強いぶん本当にそれを乗り越えられるならば素晴らしい成功であるように思える訳ですね。実際に、ドラゴン退治の伝説宗教に組み込まれた結果、聖ジョージドラゴン退治など、有名な宗教説話としてたくさんの人々に親しまれています。強いドラゴンが悪であったほうが都合がよかった時代場所があったということです。

この長い前提があって、ドラゴンが火を吐く話が続きます。まず多くの宗教において死者の国・地獄とは地下世界に想定されます。そして程度の差はあれど、地獄とは炎の世界で、罪をおかして死んだ者はその炎に焼かれてずっと苦しむと説かれます。これはキリスト教例外ではないというか、悪魔が住む地獄とはその典型であるように思いますね。何故地獄燃えいるかと言えば、人間が火に焼かれる痛みを強烈に忌避する話の他に、古い時代の街並みが火災に弱いというのが挙げられます日本でも江戸時代の平屋づくりなんか想像してくだされば分かりますが、木材を含む家屋が道の両脇にずらりと並んでいるのは火災脆弱なんですよ。火災の真の恐ろしさとは「燃え移る」「燃え広がる」ことです。デマゴーグが人々の間であっという間に拡散して個人名誉毀損の度合いがもう取り返しがつかなくなってしまう様子を「燎原の火」などと喩えますが、あれは草原に火を放つと一瞬で更地になるほどの規模の火災になることのようだと言っています。この草が家に置き換わったようなことが頻発しやす都市計画というのが密集した家屋群にあたります。隣の家同士の距離が近ければ近いほど深刻だという認識で間違いないと言えます対岸の火事なんて言い回しもあるんですが、実は一つの川を挟んだ対岸で火事が起こっているとしても、風向きと風速次第では火の粉が飛び火してきて火事になることも珍しくないらしいです。キリスト教地獄の話をしているのでその圏内にある国の歴史話題にするなら、ロンドンテムズ川を挟んだ両岸の街々が飛び火が原因の大火事被害に見舞われたことがあるそうです(これはNHKドラゴン特集受け売りです)。時代が昔に遡れば遡るほど消火技術というのが未熟なので、燃え盛る地獄イメージが成立したほどの大昔となると一度家に火がつけば街一つ灰になるのも特に珍しくなくて、それが冬越し前ともなれば家の壁と屋根なしで厳しいヨーロッパの冬を耐えなければなりません。みじめなんてものではなくて、死にます火事から助かったとしても家も財産食べ物燃えしまっていて、最悪の場合助けてくれる隣人の家まで飛び火で火事になってて誰も助ける余裕なんかないとなれば、そういうのを「地獄のような風景だ」と言うのでしょう。これを避ける為に毎晩高台に見張りを立てるなどの習慣が根づいたそうです。ファンタジーでやぐらに立つ見張りといえば敵国の侵略者瀬戸際発見するだとか怪物が村や街に侵入しないようにする為だとかいイメージで、もちろんそういう意味での見張りもありますが、一番怖かったのは火事だそうです。というか、敵国の兵士に火付けされることだってあります火攻めとか言われる戦法で、この場合侵略者火事が同時にやってきます侵略者は火で街の財産がすべて灰になる前に大急ぎで火事場泥棒をはたらくので容赦する時間的余裕はありませんし、火をつけられた街の住人だって火に焼かれるか人に殺されるかの極限状態ですから狂乱しています。ただの火事より、もっと大勢死ぬでしょう。侵略者はまさに地獄からやってきた悪魔や化け物に見えたでしょうね。そうやって実際にあった大火災惨事記憶が、架空風景である地獄イメージを補強して、いまの地獄絵図というものがあるそうです。だから悪魔の手先であるドラゴンが火を吐く(操る)のは当然だ。地獄からやってきたのだから」と言われれば、なんだかすごく話の筋が通っているように思いませんかね?

その上で更に別の解釈を交えます地獄は地下世界にあると先述しましたが、地下にあると言えば何を想像するでしょうか。道具や芸術品の材料や貴重品そのものとして今でも生活の身近にある鉱石宝石も地面の下から採掘される資源です。しばしばドラゴンは財宝と関連づけられることを思い出させられますね。化石も地下から現れることが多いです。ドラゴン地獄に住まう悪魔ペットであることと、ドラゴンイメージ形成するのにひと役買ったらしい恐竜化石とがつよく関連づけられるような気がしますね。それで、マグマも地下には流れていますね? マグマによる火災被害、つまり火山噴火というのはそれほど頻繁に起こる訳ではありません。少なくとも、毎日地球のどこでも火山噴火しているともなれば人間生存圏はもっと狭くて、地球人間には住みづらい星だったでしょう。将来的にそうなるかもしれませんけどね。それはそれとして、噴火は頻繁に起こらないので毎日人間マグマに殺されているというほどではないと思いますが、それ故に今でも予測して対策が立てづらく一度起こってしまえばおそろしい被害規模となる天災でもある。邦画にもなった漫画テルマエロマエ舞台くらい昔のローマにおいては、伝説的な火山噴火によって当時の大国が大打撃を受けたらしい…そしてそれはただの伝説という訳ではなく、地質学考古学的な研究からも実際に大災害が起こっているという史実的な話だそうです。ところでテルマエロマエという作品に触れましたが、これはお風呂テーマにした漫画です。日本でも観光地各地が抱える温泉施設というのは間欠泉という自然現象を利用したお風呂であることは周知ですね。この間欠泉温泉というのが、地下の水源がマグマによってあたためられて地表に噴き出す現象で、多くの温泉はそのまま人間が入浴するには適さないほど高熱だったりします、死ぬような大火傷を負うほど熱いこともあります(程度の差はあり、中には最適な Permalink | 記事への反応(1) | 14:56

2019-11-12

1990年代映画と、現代のなろう小説に見る、若者にとっての世界必要性について

結論を言うと、現代若者世界に愛想をつかしており、救う価値が無いと思っている、ということである

一方、資本階級である老人は、この世界は皆にとって素晴らしく、救う価値があると思い続けている。

映画創作で人気が出るものは、その時代二次創作であるターミネーター北斗の拳冷戦時代の「いつか核が落ちて世界が荒廃してしまうかも」

という恐怖の二次創作として、読者は共感し、物語に入り込んだ。

どちらも来るべき運命を、救世主が救うというストーリー。当時の皆はこの世界は救う価値があるし、自分が上に立って救いたい、という救世主に憧れる思想があった。

当時は若者がそれなりに多かったし、世間の目も若者に向いていた。

しかしそういった作品も、冷戦が終わり、反戦雰囲気が醸成されていくにつれ、

そこから最終兵器彼女エヴァンゲリオンスターウォーズwp1も、ある意味セカイ系に近い。のような、「大人の事情」によって子供世界を救わされるという作品が幅を利かせてくる。いわばセカイ系と呼ばれる作品だ。

ここまでは、まだ現代舞台で、この世界は救う価値があるかはわからないが、自分英雄になって世界を救ってみたい、といわば中途半端思想だった。しかし、スターウォーズジュラシックパークが幅を利かせてきたように

「ここでないどこか」への幻想というものが生まれてきたのもこの時代なのではないかと思う。

そこから異世界系の物語ゼロ魔だとかが人気になる。千と千尋の神隠しもそうだ。「大人の事情」によって子供が「異世界を」救わされるという作品が表立ってくる。

しかしここまでは、この世界は救う価値があるかもわからないけど、戻る価値はあった。自分英雄になって世界を救いたい、という思想は残っていた。

そしてそこから不良マンガ流行った。一種パラダイムシフトなんかではないかと思う。

この世界は救う価値は無いが、少なくとも自分の周りの地域は救う価値はあるんじゃないか地域の中の英雄くらいには慣れるんじゃないか、という思想

しかしそれもすぐ終わる。不良が色々やらかしたのを見た人々は、反骨精神も、世界価値も、英雄譚的物語も、現実だとしょうもなくくだらないものに見えてしまった。

全てが虚無でダサいものになってしまった。というより、不良は伝統と化した。

特攻服を買うのは一部の金持ちのボンボンの子だけで、不良的ツッパリも逆に今の教師世代からは推奨される始末。twitter決闘の話が、守るべき貴重な青春物語として保護されるようになった。

そして現代に至る。景気は良くなってると言うけれど、肥えるのは中年資本家だけ。若者は職にはありつけるが賃金は低い。年金問題がよく語られるが、それを見て解るのは

貧しい若者の金が、さらに肥えてる中年に吸われていく絶望的な営み。消費税が上がって、年金問題解決すると喜ぶ老人たち。世の中にあふれる物語も、左翼全盛期の中年の為に用意されたポリコレばかり。

洋画シリーズ物興行収入を稼ぐものばかり。結果、なろう小説流行る。

なろう小説は「行きて帰らない物語」だ。英雄になりたいとは思っても、ニヒリズムに溢れた主人公で、人の上に立ちたいという欲望は薄い。

この世界は救う価値が無くなり、英雄にはなりたいけれども、人の上には立ちたくない。自分の周りの大切なヒロインを守ってればそれでいい。

という価値である一億総るろ剣時代だ。皆を助ける事は出来ないが、自分の周りくらいなら助けられるだろうと言う世界観。

現代を救う話は、共感できなくなってしまった。むしろ現代を壊す側の方に感情移入してしまう。

天気の子が売れたのも、そういう世相を反映してるのではないかと思う。君の名はまでは小さな地域を救う話だったが、天気の子はセカイを壊す話だ。

ゼロ年代あたりで生まれセカイ系物語に対する回答、「一人の子供ですら潰して利用する世界価値はない」という回答。

「何も知らないままで、知らないふりをしてる」豊かな人たちに「何も足さず、何も引かないでください」と訴えかける作品

ジョーカーが人気が出たのも、そういう世相を反映しているからではないか

現代を描くには否定的になり過ぎ、異世界を描くには肯定的になり過ぎる世界。この先はどうなるのだろうか。

異世界にすら絶望して、人一人、自分すら救えない話になるのだろうか。

ひょっとすると、ジョーカー一種異世界モノなのではないかと思う。兎に角世界を壊して、勝手に皆が英雄として崇め、ニヒル笑顔でそれを見つめる。

今時世界を救う話なんて流行らないんだよな。

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