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2019-06-04

今回のゴジラ面白いのはハリウッドからだよな

映像技術予算が違うハリウッド怪獣入り乱れプロレスをやってくれたからってのが全て

 

日本ゴジラはもう怪獣オールスターものはもちろんVSもできるか怪しい

シンゴジラみたいに第1作路線とでも言えばいいのかドラマ主体しかできないが

これは変化球みたいだから今後の日本ゴジラは大変だろうな

 

というかエメリッヒゴジラあるいはジュラシックパークから

ありえないモンスターを出すのに作り物感満載でも仕方ないでしょって言い訳ができなくなった上での

大迫力怪獣バトルができない問題を未だに解決できていない

 

2019-05-06

学校研修旅行USJ行かんといけないけれども

友達いないから一人で園内を回らないといけないけれども、一人でどうやってUSJ内で時間を潰していいのか全くわからん

ジュラシックパークから落ちてきて水かぶる人たちをずっと眺めておこうかな。

2019-05-05

anond:20190427214404

いやそういう(同性愛)生物いっぱいいるし

性別変わるのもいるし

性別変わる両生類だかから遺伝子引っ張ったので繁殖してヤバイことになったジュラシックパークとか見たろ

2019-05-03

ジュラシックパーク/ワールド面白いか?

ジュラシックパーク1は面白かったよ。思い出補正ほとんどだけど。

2面白かったか?3つまらんかったぞ。

ジュラシックワールドが出たときは「久しぶりに出たなー」って感じで思い出補正で見に行ったよ。インデペンデンスデイの続編つまらんかったけど。

ジュラシックワールド面白かったかくそまらヒューマンエラー災害が起きて、どっかで見たような演出ばっかり。

ジュラシックワールド炎の王国面白かったか?これもパッとしない。

恐竜がわちゃわちゃするのが好きって人が支えてんだろうけど、それにしても面白くない。

2019-04-27

今の時代ってワクワクするもの全然ねえよな

俺がガキの頃はゲームと言えばマリオロックマンドラクエFFなど、面白いゲームばかり発売されていた。

漫画でいえばドラゴンボールスラムダンク幽遊白書ダイの大冒険、最高のラインナップだった。

映画ターミネーター2ジュラシックパークホームアローンマジで面白かった。

特撮ヒーロー仮面ライダーBLACKRXが最高だったし、ジャンパーソンとかターボレンジャーも最高だった。

アニメは、勇者シリーズとか、新ビックリマンとか、魔神英雄伝ワタル、後は世界名作劇場なんかが夢や希望を与えてくれた。

ドラマは、王様のレストランとか金田一少年の事件簿木曜の怪談なんかも良かった。

スポーツJリーグが発足されて盛り上がっていたし、相撲若貴兄弟がいたので面白かった。

ラジオと言えば青春アドベンチャーだった。これも素晴らしかった。

音楽は、ブルーハーツミスチル爆風スランプラルクが良かった。

  

じゃあ今は?今は何かいるか?

ゲーム会社はなぜか完全新規タイトルを出さないので、続編かって思うとそこからまらない。

あと脳を制御してVR世界に入れるようにしないのがまだまだってところ。

ジャンプ漫画も、もっとダイの大冒険のような勇者とかを全面的に出せばいいのに出さなから面白くない。

映画もレディプレイヤーワンは良かったが、超面白いものではなかった。超面白い映画が見たい。

特撮ヒーローは弱すぎる!リボルケイン相手死ぬみたいな感じでもっと強くするべきなのに雑魚すぎる。

敵が出た!一撃で倒す!というのがかっこいいんだからそのくらいやってもいい。

アニメはなぜか10ちょっとで終わるのばかり。1年くらい放送して欲しい。あとこれも完全オリジナルアニメを作って欲しい。

原作付きアニメはもう放送しないで欲しい。

ドラマは、もっと必死に演技して欲しい。骨が砕けるシーンでは本当に骨を砕くくらいやって欲しい。

スポーツはいつまでワールドカップで優勝できないんだ雑魚って思うからもっと強くなって欲しい。

オーバーヘッドキックやらないから弱いままなんだよ糞雑魚どもって思う。

ラジオデーモン小暮毎日出すくらいやれ。そしたら聞くから

音楽もっとかっこいい奴をだせ。お米法師みたいな奴が人気らしいがそんなだせー名前の奴覚えられねーよ。

米米CLUBとかに改名しろや。

あーもっとわくわくさせろやってマジ思うわ。

2019-03-19

日本映画料金についての記憶

記憶で書いてるので間違ってるかも

ジュラシックパークだけ2000円だった(1993年

ワーナーマイカルシネマが日本シネコン始めた時、一律千円興行しようとしたけど圧力で潰された

アバター3D上映を劇的に広める(料金上乗せブームの始まり

2019-01-26

映画館ドラえもん過去作全部放送してくれんかのう

ドラえもんだけじゃなく、スターウォーズシリーズジュラシックパークシリーズなんかもお願いしたいのう

映画館で観たことがある人が羨ましいんじゃ

地方土地が余っていそうなところにそういうのが専門のでかい映画館を立てるのは難しいのかのう

ああー古い映画を大スクリーンで観た人たちが本当に羨ましいのう

2018-12-26

何度も観た映画のシーンを繰り返し観てる

映画好きなのでいくつか動画配信サービスに入ってるんだけど見たことのない映画には手を出さず、何度も見た映画の何度も見たシーンを見て楽しんでる。

「セブン」ラストシーンとか「ジュラシックパーク」のT-レックスの登場シーンとか。最近だと「ボーダーライン」の高速道路のシーンとか。挙げればきりがないけど、次にくるカットがわかるぐらい繰り返し観てる。

そこに至るまでの過程はすっ飛ばしちゃうという点ではAV見方に近いかも。

そういう何度も繰り返し観てるシーンってある?

※ただしネタバレはなしで。

2018-11-22

anond:20181122124801

小説映画化されたものっていう意味理解してた。映画だと小説重要構成要素がどうしても抜けるって意味な。

最初からライトSF映画として作られてるもの雰囲気演出力点を置いた別物作品なら「マトリクス」や「ジュラシックパーク」みたいな良作あるよもちろん。

でも元増田趣味はそれとは違うっぽいしな。

2018-11-21

大阪出張記録3日目~USJ編~

1日目と2日目→anond:20181120185603

ホテルをでて大阪駅へ向かう。

環状線ってどこだ?オイ。見つからんぞと15分くらい迷う。

ようやく発見して乗り込み、西九条駅まで行く。

ここで乗り換えがあり、桜島線で、ユニバーサルシティ行きに乗り込んだ。

  

かいの席や近くの席にギャルがいてめちゃくちゃ興奮した。

うおおおおおおおおおおおおおおおおお!ギャルじゃん!ってなった。

でもギャル大体二人セットでいたので声かけるとかそういう雰囲気じゃなかった。

  

そんなこんなでユニバーサルシティ駅に到着。

からでると、ジャンプショップやらUSJショップやらが並んでいて大興奮。

  

そして姿を現した念願のUSJ

荷物ロッカーに預けて(1000円)チケット売り場でチケット購入。

そしてゲートをくぐる!!!!!!!!!!!

  

うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

世界観に圧倒された。

  

んでアトラクションに行ったので感想

  

1個目 エヴァンゲリオン XRライド

  

シングルライドっていう制度があって、一人でアトラクション乗っても

いいって人は待ち時間大分短く設定されていたのを知った。

このエヴァにもあって、連れがいる人たちは1時間くらいは待つの

俺は多分15分くらいで行けた。んでコースターに乗る。

使徒が襲ってきた中でそのコースターで駆け回っているって設定だったんだけど

立体的な映像コースター動作が一致していて、すごいドキドキした。

うぉおお!使徒攻撃あたるぅうう!って時にぎりぎりで回避!ってな感じ。

なかなか楽しかった!

  

2個目 ターミネーター 2:3-D

  

これは、実際の役者さんによる演劇映画を融合させたようなトリッキー作品だった。

ターミネーター2に実際に登場するキャラになり切った役者さんがいて、その人たちが

こちらに向かって話しかけてきたりするのが面白かった。

ただ、ターミネーター2を知っていないとちょっとわかりにくいところもあるので

見た人が体験したほうが絶対いい!

映画館のようなところでは衝撃の事実があって面白かった(ここは内緒)

  

  

3個目 ジュラシック・パーク・ザ・ライド

  

ボート型のコースターで川を移動していくアトラクション

俺が一番端の席で他4人がJKだった。JKがいるところに男一人とはこれいかに

なんて思いながらも途中で恐竜に水をぶっかけ

られたりするので注意が必要!俺はもろに顔射されたぜw

ゆっくりジュラシックパーク世界を堪能していくんだけれど、途中不穏な雰囲気

でてきて流れ変わったなというところで、がたがたがたがた物音が立っていく。

そんで最後は高速移動になって、うおおおおおおおおおおおお!と落下!

ものすげぇ水しぶきが上がってこれはもうべちゃあってかかった。

だけど面白さも抜群だったのでよかった。あ、水が気になる人はタオルもっていったほうがいいぜ。

  

4個目 ハリー・ポッター・アンド・ザ・フォービドゥン・ジャーニー

  

これが1番面白かった!で…となりの席は…またみんなJKだよwww

なんでJKこんないるのwwwギャルはいないんか!くっそ!と思い乗り込んだ。

で…これもエヴァと同じように3D世界観の中でコースターが動くものだった。

クィディッチやったり、敵から逃げたりの中で高速移動するんだけれど

エヴァより動き激しいいいいいいいいいいいいいい!うおおおおおおおって

隣にJKがいるのに!俺叫んでる!ひぃひぃ叫んでる!大人なのに!叫んでる!

ひいいいいいいいいいふぉああああああああああああああああ!

えくすぺくとぱとろーなーむ!って言ってたらあっという間に終わった。

正に最高のアトラクションだった。

  

    

5個目 フライト・オブ・ザ・ヒッポグリフ

  

これもコースターではあるんだけれど、他のよりかは怖くない感じだった!

ごめん嘘。嘘つきました!後半な、なんじゃこりゃあって感じでふぉおおおって

なるところがあってそこは怖かった!うんマジで!なめちゃだめだなやっぱり!

  

6個目 ホグワーツ城観光

  

普通に城をのんびり観光したよ。ここがあのハリーポッター世界かーと

どっぷりはまって楽しかった。

  

7個目 ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド

  

ここでばてていたので最後にのったアトラクション

隣の席は~?またJKだった。いやーあとでJKたちに、隣に男がいなければねぇ

なんて言われるのか?なんて思っていたら即開始!

音楽がかかりながら激しく動くコースター

ちょ!あれ!意外と!意外とぉおおおはえええええええ!ちょっとまてまて!

までえええええええええええええええええいいいいいいい!

これ、これこれこれこれ、最初から飛ばしすぎぃいいってなって

あっという間に終わった。

  

  

その他

  

トイレの近くにスマホ充電できるところがあるんだけれど(30分300円)

スマホを入れていない状態で充電がされたみたいで暗証番号も分から

あけられなくなっていたので案内所の方に言っておいた。

  

お土産普通にお菓子を買った。スネイプ先生の杖が欲しかったけど

これあっても使う機会ないじゃんと思ったので買わなかった。

  

んでこの後はUSJを後にして心斎橋方面に行ったけど

大して面白みもないので聞きたい人は答えるのでよろしく

あーUSJしかった!

2018-07-13

ジュラシックパーク恐竜たちの出自についての考察

先日ジュラシックパークの最新作が全国公開された。

クリス=プラット演じる主人公活躍する新生ジュラシックパーク第二弾とも言える作品だ。

前作よりもよりホラー寄りに回帰したりラプトルとの交流が見られたりとにかく面白いので是非見て欲しい。

ちなみに僕はまだ見ていない。

前置きはさておき、ジュラシックパーク恐竜たちは一体何者かという僕独自考察をここに記しておこうと思う。

結論からいうと彼らは恐竜ではなく恐竜のようにデザインされた何かである

以降はその根拠について記述しようと思う。

そもそもジュラシックパークの”恐竜たち”はどうやって作られたのか?


ジュラシックパークファンなら勿論知っている情報だと思うがおさらいをしてみよう。

恐竜が生きていた時代には現代の蚊はすでに生息していた。

そして、その蚊たちは現代と同じように動物の血を吸っていた。

蚊が木で休んだ際に樹液に絡め取られ、恐竜の血を体内に含んだまま長い時間をかけ「琥珀」になった。

現代になり琥珀の中に閉じ込められた恐竜の血から取り出されたDNAを元に恐竜たちが生まれた。

これが定説というかジュラシックパーク第1作目で作中アニメで語られている内容だ。

かに説得力があり、当時子供だった僕はそのサイエンティックな内容に釘付けになり、よりストーリーに惹きつけられた。

しかし、これは無闇に説得力があると考えていい内容だろうか?

最新の学説での否定


このような記事がある。

恐竜DNAから復元することは不可能?(オーストラリア研究

http://karapaia.com/archives/52104981.html

まり物質は必ず劣化するものであり、恐竜DNAも例に漏れはいないということだ。

ただし、作中ではそれを予見してか、「不足しているDNAカエルのもので補っている」とも語られている。

これにより、一見して最新の学説へのアンサーとしては成り立っているように見える。

どうしてだか、僕はここに違和感を感じている。

なぜカエルなのか。なぜ進化の経路上として爬虫類鳥類よりも遠い両生類DNAを使うのか。

ヘンリー・ウー博士

パークの恐竜たちを語る上でこの人は外せない。

氏は新旧パーク双方に勤務し、実際に作中にも登場している。

いわば恐竜たちの生みの親であるパーク研究所の遺伝主任である

作中で語れられている氏の実績を大雑把に下記の通りまとめてみた。



僕が気になるのは最後の項目「恐竜のリデザイン」だ。


先に仮説を述べておくと、

インドミナスに限らず、パークの恐竜たちは全て「リデザイン」されたのではないのだろうか。

まり、形状的に模倣はされているが、必ずしも遺伝子として合致あるいは類似しているものではない。

ウー博士により作られた全く新しい生物たちである

作中のヴェロキラプトルという存在



作中のヴェロキラプトルは実際の世界ヴェロキラプトルとは違うというのは割と有名な話だとは思う。

実際のヴェロキラプトルは鶏ほどの大きさで主に小動物昆虫を餌にし、大きくてもせいぜい小型の角竜を襲うことができていたのではないかと言われる。

実際にはデイノニクスと呼ばれる馬ほどの大きさの肉食恐竜ヴェロキラプトル名前と足についている「大きな鉤爪」だけ借りて登場している。

演出のためだと言われればそれまでだが、

これは「リデザインされた恐竜に名付けた結果」と想像している。

あれだけ一作目から科学考察が作中でされているのに、そこだけ演出のために実際の世界と違えるというのは個人的には違和感だ。

冒頭アラン博士化石採集所の場面



土中にエコーを打ち込んだ後、その結果をモニターで見る場面。

一緒にモニターに現れるスケール確認できると思う。スケールには単位が表示されていないので正確には分からないが

あの同時に現れたスケールは「実際のラプトルと同じスケール」だと示唆する製作からメッセージなのではないかと考えている。

また、博士が持っているラプトルの爪は「デイノニクス」の爪としては小さすぎる気がする。

まりアラン博士はパークのラプトルラプトルとしては認識していない

少なくとも作中に出てきたパーク監視員ロバート確認するまでは認識していなかったと思う。

学者全般に言えることだと思うが、学者は全てが解明されているという前提で研究をしているものはいない。

常に新しい情報で自らをアップデートしていくため、パークでラプトルのものを見せつけられたら

パーク内で生まれラプトルは大きな個体のもの存在すると捉えるのは自然なことだと感じる。

ましてや、欠損部分をカバーしていると事前に聞いているので多少の差異覚悟しているとは思う。

ラプトルの特徴である大きな鉤爪も有しているし。

アランはきっと「我々が思っているよりラプトル整体はずっと大きかった」と思ったのではないか

羽毛恐竜


ジュラシックパーク一作目が公開された当初から、羽毛恐竜存在はほぼ定説となっていた。

それらを作中に取り入れなかった理由として単に「一般恐竜イメージが損なわれる」というものではない気がする。

どちらかというと、パークの経営的な判断として、よりイメージに近い「恐竜」を生み出して欲しいというオーダーがウー博士にされた結果、

羽毛のない恐竜になったというのが個人的スッキリ腑に落ちるところである

その極たる例としては、前述した「インドミナスレックス」が当てはまる。

あれは作中でも経営から「より恐ろしい恐竜」を依頼されたため、その通り作ったと氏自身が語っている。

モササウルス存在

(まあこれは恐竜ではないが)

作中のモササウルスだが、ものすごく巨大な生き物として描かれている。

少なく見積もっても30m以上はある。

実際に発掘されたモササウルスは18mが最大だそうだ。

水中に生息しているモササウルスの血を吸えるのか?

これも非常に疑問に思う。

原生のクジラなどと同じく極度に海中に特化した外形のため、モササウルスはその巨体故に陸上が近いと座礁してしまう。

そのため、陸に近い、蚊が発生する真水のある環境近くに接近し、蚊に吸血されてしまうとは考えづらい。

仮にされたとしてもその頻度は非常にレアなのではないだろうか。

まとめ


以上、記憶の片隅にでも残しておいてくれたら嬉しい考察である

2017-12-24

anond:20171224050201

ジュラしぐさ、ジュラシックパークの楽しみ方みたいでいい

あの恐竜3匹に待て!してるポーズとか

2017-08-14

https://anond.hatelabo.jp/20170814170553

ジュラシックパークは、恐竜個体数を管理するために全ての恐竜をメスだけにするという設定があるので、

ジャパリパークも当初から個体数を増やさない(転生以外認めない)ようにメスだけ設定なのかもしれないぞ

2017-08-03

ゴジラにはなんだかんだ思い出がある

初めて観たゴジラビオランテだったかモスラだったか

そこからデストロイア辺りまでを観に行ったり行かなかったり

知識なくってゴジラってウルトラマン怪獣版で正義の味方なんだと思ってたか

衝撃を受けたし楽しかった

 

只、夏休み特番で観てたウルトラマン同様にどうみても作り物だってのは

解ってたよね、屋上ヒーローショーの着ぐるみとはクオリティが違うんだろうけど

結局は同じだよねと思ってた、でも仕方がない怪獣なんていないんだからぬいぐるみ代用するしかないって

 

そんな中ジュラシックパークの登場ですよ

同時期にやってた安達由美主演「REX恐竜物語」とどっちかにしなさいと親に選ばされて

REXを選んだのは子供から仕方ない(結局両方観に行けたし、REXもあの時代大したもんだった気も)

 

で、ジュラシックパーク、凄かったね実際に恐竜が出てくるんだもの

そう思えたのは本当に凄いと思う、ハリウッド映画って凄い感がこれ以後内心MAXになった

 

そして数年後、私の中で一番好きなゴジラ映画が登場する

なんとハリウッドゴジラを作るという、しかジャンレノが出るって

リアル?な怪獣が街中を暴れるという私の期待にきっちり応えてくれた

あんなのゴジラじゃないとか批判も相当あったらしいがそんなの耳に入る機会もないし

そもそも映像的なおもしろさに比べればゴジラとはなんぞやなんぞどうでもよろしい

 

個人的にこれは最高のゴジラだ、ゴジラ2000年代に復活して尚更思った

あの辺りにはゴジラとはなんぞやを低クオリティ作品をつくる言い訳に使っているとしか思えなかった

だって特撮ってこういうもんじゃん?てな感じの

子供だましにもならない子供だましが伝統あるゴジラという事になるがそれで良かったのだろうか

ゴジラはつまらなくなって終わった、ゴジラとはなんぞやを語れるはずの連中が

NYトカゲふざけんなと息巻いた結果がこれだったのは虚しい

 

ちなみに特撮シーンで心底凄いと思ったのは実写版進撃の巨人最初巨人襲撃シーンだ、あれは凄い

邦画の大作も未来が明るいと思えた

2017-07-08

けものフレンズ面白さの本質

けものフレンズ』の面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観から抜け出しているところにある。

少し補足すると「抜け出している」という意味は、ある価値観に反発したり、故意に避けたり、過剰に抑圧したりすることではない。一例を挙げると「あんなクズな父親のような人間には絶対にならない!」と考えることはすでに父親の重力に捉えられている、ということだ。

もうひとつの「ガイナックス的なアニメ価値観」は少し複雑だ。細部へのフェティッシュなこだわり、現場いぶし銀技術者ひとつの生物のように有機的に躍動する集団、学校文化と官僚システム/軍組織への熱い礼賛、マスメディアやと民主主義への蔑視……古い世代のアニメオタクの王道ど真ん中の価値観。この価値観の根底には「責任のとらなさ」がある。これについては後述したい。



私自身、『けものフレンズ』は話題になっているのをtwitterで見て、5話くらいから興味を持った後追い組のひとりだ。徐々にハマり、最後にはとても感動した。けれども、しばらくたってもその面白さをまったく言葉にできないことに気づいた。まるで「解」だけが前触れなく控えめに差し出されたようだった。この困惑について、福原慶匡プロデューサーインタビューで語っている。


「皆さんも、なぜ魅力を感じるのか、はっきりとは言語化できてないと思うんです。食べ物でも、なぜかクセになっちゃうみたいなものってあるじゃないですか(中略)というのも、僕が5年前にその感覚を経験しているんですよね(笑)http://a.excite.co.jp/News/reviewmov/20170327/E1490547358865.html

放送終了後、ネット上でいくつか探してみたが「大ヒットの理由」や「エヴァとの共通点」などIQの下がる批評しか見当たらなかった。その清新さや核心について書かれているものは無かった。自分で分析してみてもやはりわからない。一見すると『けものフレンズ』は、パワプロで喩えるなら「オールBでよくわからない特殊能力がたくさん付いている外野手」だ。ツッコミどころがあるようで、よくよく見ていくと隙がない。(あくまでも「一見すると」であり、構成についてはほんとに素晴らしい。監督自身は「怪我の功名」と謙遜するアライさんパートは発明と言っていいぐらいだ)

たつき監督の過去作を見ていくと、クオリティをまんべんなく上げた作品を作るというスタイルは昔から共通しているようだ。『けものフレンズ』では登場キャラクターの紹介とストーリー展開を均等に進め、両者が高いレベルで一体になることを目指したという。インタビュー記事最終話放送直前! アニメを作るのが得意なフレンズたつき監督に『けものフレンズ』の“すごーい!”ところを聞いてみた!!」(以下、「最終話直前インタビュー」)ではこう話している。

「「キャラ先論」「話先論」があると思うんです。そこをまったく同じパーセンテージか、行き来をすごく増やして、キャラ優先なのか、お話優先なのか、わからないレベルでその2つが有機接合できるといいなと考えていました」http://news.livedoor.com/lite/article_detail/12855680/

ところで、仕事でも3Dアニメを作り、休みの日も3Dアニメを作っているというたつき監督だが自主制作アニメ『眼鏡』発表後の2010年に行われたインタビューでは興味深いことを語っている。ここに一部抜粋したい。

―― アニメはお好きなんですか。

たつき 大学時代に「アニメ作りたいわー!」とか思い出したころからちょいちょい見だしたんですよね。

―― 「すごいアニメ好き」みたいな感じじゃないんですね。そもそもアニメをあんまり見てなかったのに、なぜアニメを作ろうと?

たつき アートアニメみたいなものは学校で見させられていたんですけど、もっと俗っぽいほうがいいなと思って「眼鏡」を作りましたhttp://ascii.jp/elem/000/000/532/532388/index-3.html

本人の発言を鵜呑みにするわけにもいかないが、そう質問せざるを得ないなにかを質問者も感じたのだろう。確かに『けものフレンズ』は熱心なアニオタが作ったアニメという感じはしない。1話の出会いシーンと休憩のシーンが例外に思えるほど性を表現すること行わない。その他ではペンギンの脚やカワウソのケツぐらいだ。もちろん全年齢向けというコンセプトもあるだろうし、動物と人間という認識の違いに厳密に取り組んでいることもある。だが、繰り返し見てもそこに「ほんとはエロくしたいけど抑えよう」や、「萌えを感じさせよう」などという作為が感じられない。肩の力が抜けているというか、監督の視線が別のところを見ているような奇妙な感覚があるのだ。

話題にもなったペンギンの脚については「最終話直前インタビュー」で、こだわったポイントは肉づきであり、それは未だ言語化できていないパラメーターと語っている。やはり焦点が別のところに当てられているようだ。このたつき監督独特の感覚について、チームの中では「ガラパゴス的」「ほどよく鎖国している」「天然」(「最終話直前インタビュー」)と表現されている。

たつき監督の制作に対するスタイルがかすかに見えてきたが、根本的なところ、なぜ面白いのか、なにが新しいのか、どこが違うのかが一向にわからない。繰り返し観ても「サーバルちゃんかわいい」「言われるも!」以外にこの作品を語る言葉は見つからなかった。

そんな時『シン・ゴジラ』についてのツイートたまたま視界に入ってきた。ああ、あの作品は私にとって全然ダメだったな、なぜってあれはオタクのウェーイだったから。だから受け入れられなかった……だからけものフレンズ』は良かったのか。本来なら過去や同時期に放送された作品に触れ、その違いを論じることで導き出すのが正統な論証だろう。だがここでは『シン・ゴジラ』を補助線に引くことでショトカしたい。

シン・ゴジラ』はあの庵野秀明監督による作品だ。詳細は割愛しよう。宮台真司の批判とか概ね同意だ。私がアレルギー反応のような拒否反応をおこしてしまったのは別の部分になる。同作でも、指揮命令系統のフェティッシュともいえる再現、圧縮された膨大な情報量、巨大な生物のようにフル回転する官僚機構がたっぷりと描かれる。ああ庵野秀明だ、ああガイナックスだと感じた人も多いだろう。ただ、結構な面積が焼き払われ、放射能に汚染され、東京の中心で彫像のように固まったゴジラが実写として映し出されるとシニカルな感想も浮かぶ。「想定外の天災」とはいえ主要な登場人物はなんの責任も取らないだろうな、“庵野秀明から”。

ガイナックス庵野秀明に代表される彼らが、凝縮し、エッセンスを取り出し、世に提示してきた価値観。古い世代のオタクの王道ど真ん中の価値観。そこには、新兵器があるなら使おう、ボタンがあるなら押そう、ロケットがあるなら飛ばそう、人類補完計画があるなら発動させよう……後は野となれ山となれだ、という姿勢がその根本にある。責任の取らなさ。それが露出してしまうと、フェティッシュに埋め尽くされた119分はオタクが「ウェーイ!」とはしゃいでいるようにしか見えなくなる。

新しい爆弾が作れるなら作りたい、作ったなら使ってみたい。そういう欲望はギーク価値観として近代には普遍的にあるものだろう。それは責任とセットになっていなければ極めて危うい。『ジュラシックパーク』(1作目)に出てくるでぶが度し難いように。『シン・ゴジラ』の官僚たちは誰一人弾劾されず、断罪されずスムーズに復興へ移っていくだろう。彼らの合理性なら、半減期が2週間なら翌月から暮らすことができるだろう。三権が一体化した効率の良い行政システムを築くだろう。責任を切り捨てたからこそ、フェティッシュの興奮に耽溺できたのだ。棄てられた責任野ざらしにされ担う者はいない。

2000年代2010年代アニメにおいてもガイナックス的な価値観は揺るいでいない。おそらくこんな声が聞こえるだろう。「『ハルヒ』は?『らき☆すた』は?『けいおん』は?『まどマギ』は?『化物語』は?日常系を無視するなとんでもない!“大きな物語”をまだ求めるのか?!」このあたりはもっとその分野に詳しい人の評論を待ちたいと思う。私の見立てでは、それらは(主に女性の)キャラクターについてのフェティッシュを深めたにすぎず、逸脱はしていない。フェティッシュに注力すればするほど与えられた価値観の中での反復行為となり、自らをその価値観の内部に限定させるという結果を生む。そして、目を背けた価値観のもの形骸化しながらもしっかりと保存され、視聴者を貴族的な愉しみという隘路に導く。

もし汲々とした再生産のサイクルの中にどっぷり浸かった人なら、そこから抜け出すには並々ならぬ苦闘と意志が必要だ。たつき監督にはそうした努力は必要なかっただろう。『けものフレンズ』は最初から“できている”。

これは自由の味だ。

ジャパリパークではフレンズたちは当たり前のように責任を持ち、細部へのこだわりは新しい領域に向けられているがそれ自体に耽溺していない。古い価値観を超えるものを作ろうとして頑張った結果やっとできた、ということではなく、初めからそうした問題意識のものが存在していないかのように新しい価値観を持っている。それほどあまりに自然に表現された作品として我々の前に現れた。

可能にしたのは主に3つの要素からなる。「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」。この3つは密接に関係している。「手書きには温もりがある」という言説は否定できないが、大勢が1枚1枚セルに色を塗るという時代ではなく、1人である程度は全部作れる3DCGという環境がたつき監督にとって不可欠なものだったことは想像難くない(実際はirodori時代から分業していたことはブログからも伺えるが、作業量や機材を比較して)。Wikipedia情報によると、彼はサンライズ作品のCGを担当することで商業的なキャリアスタートさせ、以降手がけた仕事は一貫してCG関係だ。これがもし手書きスタッフとしての参加なら、今の形の『けものフレンズ』は存在しなかったし、たつき監督もおそらく従来の価値観に染まっていただろう。

3DCG上で現在主流の2Dの表現をそのまま再現することは難しい。「不気味の谷現象」ではないが、3DCGから2Dアニメに寄せようとすれば違和感が増え、それを克服するためには新しいアプローチ必要になる。たつき監督はレイアウト(構図というよりも画角)の段階からキャラクターの正面を巧みに演出し、同時に正面ばかりで飽きさせないように一話一話を構成することでこの問題に挑んでいる。技術的な分野における刷新、さらに強く言えば断絶。これにより従来のアニメ表現から自然と距離をとることができたことは『けものフレンズ』にとって幸運なことだった。

次にバランス感覚が挙げられる。たつき監督のスタイルにも作品の全てをコントロールしたいという欲望が見える。映像作家としてこうした欲望は一般的ものだ。ただ、「監督、コンテ、演出、シリーズ構成脚本たつき」と商業アニメで網羅しているのは尋常ではない脚本についてはWikipediaの項目を参考にした)。福原Pは、その秘訣はレイアウトからビデオコンテ、セリフ、声の仮当て、声優への細かな演技指導、修正、差し替え、調整という全ての作業をやりつつも「作業のカロリー計算ができる」ことだと語っている。

「そこらへんはプレスコで作ってきた『てさぐれ!部活もの』の経験が活きていると思いますたつき君はその場のグルーヴ感で「これはやったほうがいい」と思ったら作業しちゃうんです。その後のカロリー計算も、しっかりできる人」

http://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1488452395

「北風がバイキングを作った」ではないが、繁忙期は1ヵ月ほぼ泊まり込みだったという『てさぐれ!』における過酷な進行がたつき監督を鍛え上げたことは間違いない。余談だが、ファンによるスタッフロールの解析やたつき監督のTwitterでの発言から、『てさぐれ!』2期からirodoriメンバー関西から呼び寄せたようだ。一部で話題になった出来事もこのあたりに遠因があるのかもしれない。閑話休題

福原Pの言うカロリー計算とは、「作業量」と「かかる時間」と「納期まで時間」を正しく見積もることができるという意味だ。結果、各話を見ても全体を通して見てもまったく破綻していないばかりか、各話のバランス、全体のバランスがとても良い。ほとんどの工程にアクセスし、手を入れ、なおかつどこか一場面に片寄っていないということは特筆すべき能力だ。このバランス感覚ミクロの視点とマクロの視点、ミクロの作業とマクロの作業の両セットを備えていないと成り立たないものだろう。シナリオ含め、一貫してたつき監督の思想が反映された『けものフレンズ』。そこでは、「美少女の細部にひたすら耽溺したい」というような偏ったフレームは分解され、ごく抑制の効いたボリューム/表現としてバランスが整った形で配置されることになる。

最後は、アニメばかりを見ていないアニメ監督。これは富野由悠季が公言し宮﨑駿も暗に語る「アニオタが作るアニメはつまらない」という言葉の裏返しであるたつき監督がケニア育ちだったから、というわけではないが本人の発言ではアニメを「ちょいちょい」見るようになったのは大学で「アニメを作りたい」と思った頃からだという。この時点で「東浩紀は『セーラムーン』をリアルタイムで観ていなかったニワカ」とディスられたレベルでのガチのアニオタではないとも言えるが、ここではirodori制作の短編を元に検証してみたい。

1作目『眼鏡』にあるのはメガネ萌え主人公エヴァギミックNARUTOアクションジョジョネタ(格闘ゲーム版)、東方という、既視感のあるオタネタだ。テンポの良さやオチの付け方など評価できるポイントはあるが、お約束というメタ設定(いくら殴られても負傷しない、カエルが空を飛ぶ、怒りで異形化、いくらでも撃てる弾薬など)のあしらい方はごく普通オタク価値観を共有している人向けに作った短編という印象だ。

続く『たれまゆ』では全体的にパステルカラーキャラクターの柔らかい描写に取り組んだことが見て取れる。手描きによる2Dアニメで制作され、架空の田舎の超常的儀式を通して小さな世界が描かれる。しかし、作業コストが高かったのか、合わなかったのかこの後は2D手書き手法は行われていない。

第三弾『ケムリクサ』では再びソリッドな3DCGに戻る。NARUTO風のアクションレベルアップし、設定も作り込まれている。リナちゃんズと呼ばれる5人の可愛らしさと非ー人間ぽさには独特の魅力がある。『眼鏡』のようにネタをそのままネタとして扱うことはなくなり、説明は最低限。たつき監督の作家性の輪郭がはっきり見えだした時期だろう。30分弱の作品にかかわらず、構成やカット割りに無駄がなくかなり洗練されている。しかし、完成度の高さと裏腹に、注目を集めた『眼鏡』よりも再生数や評価は低調だった。ニコニコ動画の過去のコメントを見ると『眼鏡』の軽いパロディのノリを期待する声が多く、制作側としては不本意な結果だったのではないだろうか。ここでは、1作目でふんだんに盛り込んだパロディで注目を集め、2作目では手描きアニメに挑戦。結果、手描きからは撤退し3作目では3DCGでストイックな作品に挑戦したという流れを指摘するに留めたい。

4作目となる『らすとおんみょう』は福原Pと出会うきっかけとなった作品と言われているが、1話を作ったのみで未完となっている。女性のキャラクターの表情はまた一段レベルアップしており、3DCGの中で2Dアニメ表現に歩み寄りたいという制作者の努力が見て取れる。何がこの作品を放棄させたのかは推測でしか語れない。多忙となったためや、異国の魔女と「適当だけど超強い男子中学生っぽい陰陽師(の下請け?)」が子作りするという設定に着地が見出だせなかったのではないかと思われる。現在残された多くの断片からは具体的な落としどころは示されていない。同作はいわゆるハーレムものの構造を取っており、一方でたつき監督の描く萌えはごく控えめだからだ。

5作目となる『のための』はirodoriとして最後の自主制作作品となった駅長さんシリーズ。できあがった時期は前出の『てさぐれ!』の激動を超え、プロフェッショナルとして確立した後になる。正確には『らすとおんみょう』より前に断片的な映像が出ていたが途中に長い中断があり、実質的に『てさぐれ』後に作られたものとみなすことができる。時系列で書くと2012年に2年がかりで『ケムリクサ』が完成。2013年前半に『らすとおんみょう』(1話)。2013年後半から2015年まで『てさぐれ!』シリーズ2016年8月末に『のための』が『駅長さん フル版』(以下、『駅長さん』と便宜的に表記する)として完成した。この作品は5分という短い時間ながらプロの仕事というべきものだ。目が描かれていない駅長さんの動く姿には、これまでに向上した技術が昇華されシンプルな姿で完成している。

ここで「アニオタの作るアニメ」(以下、オタアニメ)の定義について考えてみよう。もちろん厳密な定義などできようもないが、本文章が求める要件は「特定の層だけをまなざしている作品」であり、具体的には「アニオタ視聴者を満足させることを目的とした作品」であるたつき監督は『眼鏡』では明白にオタアニメを目指し、続く『たれまゆ』では本格的に手描き2Dを試み、より迫ろうとした。ここで最初の転機が訪れる。手描きという手法があまりにハイカロリーだったからか、ここでこの方向は放棄された。なろうと思っていたがなれなかったのだ。以降、アニオタ視聴者をメインの観客に据えることはなくなり、アニメばかりを見ていないアニメ監督として本来の姿、幅広い層へアプローチする道を歩むことになる。

ケムリクサ』の段階で3DCGによる手法に迷いはなくなり、削られたカットからも抑制の効いた演出を志向していることが見て取れる。この作品から作風が変わったようにみえるのはテーマシリアスからだ、という批判も予測されるが「ストーリーシリアスになる=オタクに媚びていない」という短絡は採用しない。実際、表向きはオタク向けの作品ではないと装いながら水面下で「今回はこういう感じで行くのでひとつよろしく、へへへ」と、メタ構造(オタアニメにおけるお約束の構造)やメタ構造を逆手に取った仕掛けを差し出すという交渉を行う作品は実に多い。同時に「まったくオタクに媚びてませんよ」という宣言は、冒頭に挙げた父親の比喩と等しく、オタアニメの枠組みから実は一歩も踏み出していない。『ケムリクサ』では前2作であえて“なろう”とした努力が消えている。木の枝が河に落ちるように自然に、観客と交わす密約もなく、反発もなく、媚びていない。ピンポイントに評価される層よりも広い範囲をまなざしている。『眼鏡』よりクオリティは高いにも関わらず受け入れられなかったことは間接的な傍証になるだろう。

『らすとおんみょう』ではその揺り戻しといえる現象が起こっている。ギャグテーマTwitterで発言しているが、いかにもオタアニメという構造(そのままアフタヌーンあたりで掲載されても不思議はない)にチャレンジするも1話を完成させた後に頓挫。理由は色々考えられるが、これまで見てきた通りハーレムものの企画自体がたつき監督に合わなかったと考えるのが妥当だろう。この時期が2度目の転機になる。ある程度スタイルが固まったのだ。それは『ケムリクサ』で表現されたスタイルの延長にありジャパリパークへ続く道だ。キャラクターに瞳を描くことさえ取り止めた『駅長さん』は『らすとおんみょう』の続きは作らないという静かな意思表明とも受け取ることができる。


再び繰り返しておきたいのは「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」この3つはどれかひとつが先立つものではなく、お互いに深く関連しており不可分なものだ。『けものフレンズ』ではこの全ての要素が花開いている。この作品に超絶的な技巧が込められた作画や、ぴちぴちとした美少女あるいは美男子を求めることはできない。あるのはサバンナに向けて開かれたような、開け放たれた窓だ。振り返ると、室内にはエヴァ以降20年にわたる作品がある。時代を代表する色褪せない傑作もあるだろう。でも、もう昔の作品だ。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、清々しい朝日に貫かれた後では、戸惑いつつも思い知らされるのだ。どれだけ偏狭な価値観に縛られていたか。こんなにもこだわっていたものは汲々としていたか。自由とはこういうことだったのかと。

自由の味。開放されるということは、決定的に変わってしまうということでもある。一度開放されたことを理解してしまうと、重さの無いなにかが失われてしまい、二度と戻ってはこない。それを無視して、例えば「エヴァけもフレ」というように馴染みのある文脈に引きずりこみ安心することもできる。「ローエンドなCGでもいいものは作れるんですよ」と心の平穏を装うこともできる。でも、そういうことはもうやめにしよう。『けものフレンズ』はこの20年間潜在的に待ち望まれていたアニメばかりを見ていない監督によって作られたアニメなのだ。その面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観とは別の場所に立っていることによるのだ。私はたつき監督の成果に最大限の賛辞を贈りたい。素晴らしい作品をありがとう

ただ、アニメを見る目がこれまでとは違ったものになったことは少し寂しく感じてしまう。世に次々と出てくる新しい作品がどれだけ面白くても、それらが“過去の遺跡の新作”ならばそれだけで手放しで楽しめなくなったからだ。つまり、ちょっとした困難をかかえこんでしまったことになる。でもそんな心配はあまり気にする必要はないのかもしれない。なぜなら、すでに誰かが言っていたようなのだ。困難は群れで分け合えと。

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