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2021-06-21

2021年アニメ、ほぼ絶賛

anond:20210621121141

春春春と言いながら、季節はすっかり夏じゃねーか。

俺はと言えば、万万緑が野山川絵音を埋め尽くそうとする中、増田が見た風景を180度回転して眺めていた。つまり何かってーと@クソほど面白かったのであるアニメ

からなんか書きたいってわけでもない。怠惰代打サイダーの間で、しゅわりふんわりと生きており日常覇気も気力もない(ハッ!)。でもまあ、燃えるゴミとも燃えないゴミとも言い表せないこの気持ちを、「燃やせば一緒やろ」と廃棄処分場にポイッとしたいダイオキシン今日このごろなのである

オッドタクシー

サブカルという言葉を禁じられた世界で「オッドタクシーとは何か?」と問われたら、PUNPEEとOMSBとスカートであると答えざるを得ない。

まり音楽である。めちゃのくちゃにヒップホップな連中が、軽やかに刻むビート無しではこのアニメは語れまい。特に主題歌ODD TAXI』は、このアニメのすべてを表現していると言ってよかろう。

ビートを刻むと言ったが、このアニメはセリフのリズムが凄い。脚本家の此元和津也は男子高校生版「ゴドーを待ちながら」こと『セトウツミ』の漫画家。『MATCH girls』以降は脚本業にも進出しており、『ブラック校則』の脚本だって書いたのよと言えば、映画ファンには「あー、はいはいアイツね(つーん)」てな具合に5秒で報連相が「りょ」するわけである。此元脚本はセリフの脚本、小気味良いテンポキラーフレーズを繰り出すマシンガン脚本は、若手芸人ラジオを聞いているかのよう。主演・小戸川宏が吐き捨てた「お前らの共依存に付き合ってる暇はない」というセリフには痺れたね。ちなみに彼、セイウチである

なるほど、スタメン全員鈴木尚典なのかと、思わず勘違いしたリスナーいるかもしれない。でも安心守備(構成)もしっかりしているのである第一話で「行方不明になった女子高生」という大黒柱を立てて、回を重ねるごとにその周辺で謎が深まっていく。ミステリードラマとしても秀逸なのだマスカレードローズや進藤に石井琢朗覆面ベイスターズであるしかし、これだけ群像劇をしっかり描けるのは基礎がガッチリしている証に他ならない。新宿という土地を活かしているあたり、ちょっと『街』や『428』を参考にしてたりしてなくない?

ここまで語ると、アニメーションを語る隙間すらない。なんとなく『少年アシベ』とかそこら辺を思い出す80年代風に擬人化された動物たちは、ブレない線でヌルヌルと動く。監督木下麦(誰やねん、夢枕獏の親戚か?)は多摩美術大学卒業生学生の頃からスタイルが完成していた。多摩美サイトによると、どうも50年代アメリカアニメーションを研究していたらしい。ちょっとアメリカンな画風といえば湯浅政明監督だが、声優芸人を起用していたり、どこか『マインド・ゲーム』を想起させる作品でもある。海外気高いし、第二の湯浅監督になれるんではないだろーかー、なんて適当な事をつぶやいてみる。

ノンクレジットOPODDTAXI」【スカートPUNPEE

https://www.youtube.com/watch?v=jX-Ry1VxeDQ

卒業制作優秀作品集2014 情報デザイン学科

https://www.tamabi.ac.jp/pro/g_works/2014/id/s6/


スーパーカブ

ニケツの炎上で盛り上がってるが、そんなんは作品の良し悪しにはどうでもいいのである小学校先生に「1+1の答えはなんですか?」と質問されて、「1+1=2はネット炎上していたので、2ではない事はたしかです」と答える程度にクレイジーではある。ほら、とtogetterを見せたら「ごめんね増田くんそのまとめ作ったのあたしなの」と先生カミングアウトされるまでがデフォ

まあ、青春と反抗の物語である。もはや11話でセリフを使って表現もされちゃったのよ「何もなかったあたしがカブを手に入れた」。本作は少子高齢化により決して主役にはなれない若者世代に告げられたアポカリプスに他ならない。それは氷河期世代であり、リーマンショック世代であり、今の10代・20代であり。第一話の幕開きでは、この世界への隷属を象徴するように、暗い室内で無気力レトルト食品を貪る少女・小熊が描写される。この社会に生かされているだけのゾンビ。そんな小熊がスーパーカブを手に入れて、世界に彩りがある事を発見していく。

しからば、社会への隷属とは対照的反社会的描写が続くわけなのだが、これが現実世界からの反発を生んだ。作者の意向とは逆に、世の中は「隷属していたい」という気持ちに満ちていたというわけだ。いや、隷属という言葉ウソだ「これ以上悪くなってほしくない」という保守的祈りに近い。これに対して「若者あかん!」と憤る事こそ老兵の怠慢かもしれない。直視せよ、これが若者たちのルネッサンスであり正義なのだ

そんなクソクソな社会批評はさておき、このアニメを支えているのは背景美術に他ならない。抜けるような一枚絵で、スポーンと感動させる大自然の美美美(須江信人すげえ!山梨すげえ!富士山すげえ!)。新海誠系の、いわゆるスーパーナチュラルな絵なのだダントツクオリティが高い。観ているだけで飲み込まれそうな絵なので、出来れば部屋を暗くして没入して観て欲しい。

TVアニメスーパーカブPV第1弾

https://www.youtube.com/watch?v=NbWU6B0qjMY



スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました

いいね!」の代わりに「凡だね!」ボタンを押されがちな本作である増田からも「リアルにつまらない。退屈なのにサプライ神宮球場」と一蹴されている。おいおいマジのマジでマジかい。「大谷ホームラン打ちすぎておもんねーわ」ぐらいの発言だぜ。

ニチアサ出身木村延景監督らしく、安定した画にシャキッとしたアクション作画が目を引く。特に第4話「ドラゴン結婚式に行った」の回なんてヨォ。何度巻き戻ししてコマ送りしたことかヨォ。ダメだよ、あんないいもん見せちゃヨォ。

OP『ぐだふわエブリデー』(名曲である)でも、悠木碧が「ぐだふわで行こう♬」と言っている以上、まあその通りの物語なわけだ。主人公のアズサはどかんと居を構えており冒険なんて一切しない。それなのに、どんどん仲間が集まってくる。仲間、いや家族と「楽しいのう」「ほうかのう」「ほうじゃないだろう」とコメコメディな会話をくりかえしていくシークエンス。「いや小津映画ストーリーかよ」とツッコミを入れたくなるほど不動明王像っぷり(これは言い過ぎ)。

だが、このアニメ狂気は、集まった仲間たちが「全員女性」であり、「オーバーフィフティ」であり「血が繋がっていない」所にある。ファルファとシャルファはガワは幼女でも実質50歳。昔であれば行き遅れと言われる女性たちが寄り添い、男性不在の場で恋愛とは無縁の生活を送る。これがシスターフッドでなくて何なのか。こりゃもう、男性向け萌えアニメの皮をかぶった『かもめ食堂』であり『Little Women(これは血が繋がっている)』であり『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』であり、なんともイカれた設定なのであるシステムの芯から血統主義日本社会中指を突き立てる作品と言えばNHK朝ドラスカーレット』があり、『おちょやん』も途中までこの路線に乗っていたが(途中で屈した)、このフェミニズム時代に、本作は紛れもなく「今」の物語を構築しようとしているのだ。

しかし『凡だね!』ボタンを押されすぎてダッダーンボヨヨンボヨヨ状態になっている現況、それでもなお俺だけは木村監督シリーズ構成高橋龍也葉鍵出身)の胸に燃えたぎるマグマのようなものを感じざるを得ないのである

スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました」ノンテロップOP 悠木碧「ぐだふわエブリデー」

https://www.youtube.com/watch?v=n6q-99Q0BlI



東京リベンジャーズ

スラ3000は退屈だし、スーパーカブ炎上アニメで、、オッドタクシーはイケすかない。そんな人たちでも間違いなく楽しめるのが本作である

本作はめちゃくちゃ分かりやすく、万人が楽しめるアニメに仕上がっている。2021年アニメ界の半沢直樹である

なんせ構成サイコーだ。一話でまとまる起承転結のケツに、次回の起につながる伏線を必ず残して終わってくれる。いわゆる引きの良いアニメである。これが抜群に上手いもんでまったく興ざめしない。ほしい所でほしいシーンを打ち込んでくれる、むとうやすゆきのひっさしぶりのヒットである。状況をすべてセリフ説明するのも今風で好まれる要因だろう。

だが引きが上手いだけじゃ持たないわけだ。やっぱり、主人公・花垣武道キャラがめちゃくちゃいい。フォーマットとしては、いじめられっ子が強くなる『特攻の拓方式ではあるのだが、過去に行って現代社会では死滅したヤンキーとして蘇ることで、作品テーマである「更生」を果たすというのが面白い。二重三重エンタメな仕掛けがほどこされた本作が人を魅了する事に疑問はない。

第二期絶対やって欲しいのである夜露死苦

TVアニメ東京リベンジャーズ』ノンクレジットOPOfficial髭男dismCry Baby」】

https://www.youtube.com/watch?v=2qbHikwRimU



振り返って思うのだが、コロナ禍においてなお、こんだけ面白作品を作れるアニメ制作陣はすごいと思う。(小並感

テレワークでやってんのかね?すげえよ。スゲエヨー。

2021-06-17

日本ホラー映画の演技

ホラーからってダイコンを使ってもいいという幻想は捨てろ

https://anond.hatelabo.jp/20210617085455

これは本当にそうで、「Jホラーの傑作」ということになっている『リング』や『仄暗い水の底から』ですら主役の演技が酷い。

公開当時はそれらの大根芝居が散々叩かれたものだが(当時は人気映画でもきちんと悪い部分を批判する文化がまだあった)、時間が経つにつれてそこが忘れられて「これだけ低レベルの演技でもオッケー」な扱いになっていることも要因かも知れない。

松嶋菜々子が誰の目にも大根なのはもちろんのこととして、黒木瞳宝塚?の大袈裟な演技をやるから、(日本ホラーご自慢の)「些細な怖さ」とやらがぶち壊しである

狭い団地の一室で、一生懸命に両手を振り回してパニック演技をする彼女シュールだ。

何より、黒木瞳とあの娘じゃ親子って年齢じゃねえだろなんなら祖母と孫の年齢差だろ、という部分も違和感が拭えず、「邦画って…本当にそっから駄目なんだよな」となるのであった。

香川照之西島秀俊が好演していた最近の某ホラーサイコパス映画でも、観客側に最も近い立場のはずの女優形式的な演技しか出来なくて、非常に残念な雰囲気だった。

この女優黒木瞳式に「肘を立てて両手をパタパタさせて金切声をあげる」感情表現を繰り返すのだ。

それな、アメリカコメディドラマですらベタギャグなんだ。笑いになるぐらい大袈裟な芝居なんだ。

サイコパステーマ映画で、一般人役の女優サイコパスよりも不自然な演技をしてたら、それはもう本当に台無しである

話題になった『来る』も、妻夫木聡の演技がはっきり言ってゴミもいい所であった。

世間では謎に褒める声もあるが、繰り返す。あの演技はゴミである

とにかくすべての場面で演技のレベルが低い。不自然だ。幼稚だ。表面的だ。過剰だ。明らかに周囲から浮いている。何よりマクドナルドCMと同じクオリティの演技をホラーでしている。常識的に考えてゴミしかない。

ネット上では柴田理恵を褒める声が多かったが、それを見る目があるならなぜ妻夫木ゴミ演技を見逃すのか意味不明である

ウォーターボーイズ』ならまだ許されただろうが未だにこれで演技派扱いって、一体どんな特権を持っているのだろうか。後続でもっとイケメンもっと演技の上手い人間なんて沢山いるのだが。

まあこの映画に関しては、内容を考えれば監督演出でもあると思う。それにしても酷いが。

そもそもなんでこんなに役者の演技の話をするかというと、それが作品本質に関わるからである

Jホラーというものは、実話怪談ブームの流れで生まれものだ。

(超大雑把な説明だが、一応これで済ませておく)

実話風なので、大袈裟なショックシーンや劇的な恐怖ではなく日常的で地味な怖さを追求することで「日本独特」と言われるホラー表現を作り出した。(できたのは90年代、割と最近)

エピソード撮影方法も派手にせず、登場人物も何処にでもいそうな個性の薄い人間にする。

少なくとも、Jホラー制作当事者たちは、そのような意識作品を作っていた。

当然、演技の方も自然ものが求められるはずだし、制作者たちもそういう話を事あるごとに語っているのだが、実際はJホラーではなぜか大袈裟大根芝居、形式的な恐怖演技、棒読みのカタイ演技で溢れかえっている。

これが本当に謎なのである

人間は本当に怖い時に叫んだりしない、だから登場人物に叫ばせてはいけない」とまで語っているJホラー脚本家が、ヒロインに「キャー」と叫ばせる作品をいくつも残しているのだから根深問題である

映画美学校にでもいって誰か意図を聞いてきてくれないかな。

しかし、当時はJホラー自体時代最先端画期的過ぎて作品の本数も少ないわけで、質が内容に追いつかないのは仕方なかったのかも知れない。

未だにそれを引きずっているのは困った事なのだが。

ただこれがホラーだけの問題かというと、それもまた違う。

バイリンガル人間からすると、日本映像作品英語圏の国に比べてやはり演技が大袈裟いかにも芝居っぽく感じるらしいという話を聞くので、もはや映像業界というか日本文化のもの問題なのかも知れない。

露骨に「作り物っぽい」アメリカエンターテインメンツから見ても作り物っぽい日本人の演技って、実は結構深刻な話ではないかと思ったりもする。

(と言いつつ『ヘレディタリー』の女優などは、内容を加味してもあからさまに演技過剰の域に達して暴走していたので、ホラーに関してはお互い様かも知れないが。

旦那役のガブリエル・バーンも受けの演技というより、普通にドン引きしてるように見えて面白かった)

2021-06-11

バック・アロウ中央集権的な何かが他から養分を吸い上げていた、というテーマ性が古い。

今は同じ土俵に立てないとか、同じ土俵だったのに優位か不利に違いがありすぎる、という同じ人間なのにこんなに違うのか、という能力に対する絶望感が支配する時代

それを思いの力だけでどうにかするというのも頭が固い。

みんな団塊押し付け努力の力という呪いから脱却しつつあるというのに。

ガイナ時代から脱却しきれない脚本家時代性がもろに反映されていて、やりたいことも古臭くなるとだめだなと思う。

そういえば大今良時若いのに影響元が古臭くて、そのせいで作風大風呂敷かつ懐かしい感じではある。

あれは逆に若い人が昔を知らんだけだろうなあ。

2021-06-10

anond:20210610095201

ほとんどが脚本家の言い分も漫画家の言い分もわかるってコメントつけてるのにアホなコメントだけ拾うなよ

2021-06-08

anond:20210608160434

マジや。

脚本家名前ライター奥さん名前になっとるんや。

電話で「あのテキスト世界に発信してくれあ!」って言われたけど「電波悪くて聞こえんンゴ」ってなった後に行方不明になってた奥さんね。

anond:20210608100727

脚本家マジかよ、まったく気づかんかった てかそんなの見てねーよ!

いやー、どうせクソ映画だろうなと思って観てたらさ

思いのほかしっかり出来たホラー映画面白かったよ

2021-06-06

anond:20210606012116

リスペクトがないけど面白い作品存在しないだろ

なにせリスペクトがないのだから

ドラゴンボールレボリューションなんか脚本家自らが過ちだったって謝罪してる

私はこれまで何年もかけて責任から逃れようとしてきたのですが、最後最後言葉としてページに書かれたことで、ファンの皆さんをガッカリさせてしまった全責任を負うことにしたんです。これまで(良い物にしようと)全力を尽くしてきましたが、結局私は「ドラゴンボール」を失墜させてしまいました。

 

私は「ドラゴンボール」のファンとしてではなく、ビジネスマン業務を請け負うかのように、この仕事大金が支払われることに目がくらんでしまったのです。私はこのことから創造的な仕事情熱なく取り組んだ場合には、最低の結果が伴うこと、そして時として作品薄っぺらゴミにしてしま副作用もあることを学びました。

 

そのため、私はこの責任を誰にもなすりつけず、自分自身のものとしていきます。他のシリーズのいちファンとして、もし自分が愛して楽しみにしている作品にガッカリさせられたら、どういう気持ちになるのかは良く理解しています

 

世界にいる「ドラゴンボールファンの皆さんへ、心からお詫びします。

 

これを償うためには、わたし情熱を注ぐことができ、なおかつ皆さんが好きになってくれる、それでいてすごくクールで娯楽性にあふれた作品を創ることだと考えています。いま私がやることはそれだけです。

 

http://thedaoofdragonball.com/blog/news/dragonball-evolution-writer-apologizes-to-fans/

2021-06-03

映画ドラマを観て「わかんなかった」という感想が増えた理由』と

映画ドラマを観て「わかんなかった」という感想が増えた理由』という記事について、

どうせ現代ビジネスで書くようなライターにとって対岸の火事から無責任なこと書いてんだろうなと思って読み始めたら、

エウレカセブン脚本家佐藤大氏がインタビューに答えてて驚いた。

自分は熱心とまで言うほどじゃないけど新作映画が出たら劇場に行く程度にはエウレカファンで、

特にANEMONEは面白かったから割とハイエボ3にも期待してたんだけど、このインタビューにはかなり腹が立った。

エウレカってTV版は名作と言われてる割にポケ虹やAOは冷ややかな目で見られていて(なおこの2作に佐藤氏は関わっていない)、

それって端的に言えば分かりにくい上に面白くないからなワケじゃん。

でも佐藤氏は記事内で

”『多少おもしろくなくなってもいいから、わかりやすくしてくれ』というオーダーなら、筋が通っているので聞きますけど”とか言ってて、

「良し悪しが分からん客に合わせてレベルを下げます」って言い放ってるかのような傲慢さを感じたのよ。

ANEMONEは細部はなんだかよく分からんが展開はTV版とのオーバーラップも込みでエモい!みたいな作品で、

とにかくTVからついてきてくれるファンに対してレベルを落とさずに難解だけど面白ものを作ろうっていう時代に逆行する矜持があるものと思ってたのに、

それが実は細部の良し悪しじゃ客は評価不能からとにかくラストのエモさの一点突破でなんとかしようっていう技巧的な発想で作られたんじゃないかって疑念が湧いてきた。

仮に後者だとしたらこんな視聴者馬鹿にした態度で作ってたのかってめちゃくちゃ腹立つんだよな。

エウレカなんてポストエヴァ難解な作品を作っとけば売れた難解さバブル時代の寵児じゃねーか。

そうやってチヤホヤされてたのが時代向きが変わってウケなくなったら客が幼稚化しただの泣き言言いやがって。

で、佐藤氏は同じ現代ビジネス連続した別記事では、

”もしリテラシーの低い視聴者が『逃げ恥』の背景にあるテーマを十分に汲み取れなかったとしても、排除された気分にはなりません。ドラマちゃんと楽しめる。そういうふうに、脚本が書かれているんです”

と言って、作品の作り方自体を変えなきゃいけないというようなことを言ってるんだけど、

TV版は名作と言われてる割にはハイエボが全然一般ウケしてないエウレカ脚本家がそれ言う?みたいな気持ちになった。

こうなるとリテラシーの低い視聴者排除された気持ちにせずにドラマを楽しめるように作っているであろうハイエボ3EUREKAがどんな作品になってるか楽しみだね。

ANEMONE同様にラストのエモさで一点突破する作品だったら、EUREKAだけじゃなくANEMONEまで見る目変わっちゃうわ。

しかもそれがまたまた一般ウケせずに固定ファンけが語る作品になってたら目も当てられん・・・・・・

いや、そういう邪念をもって映画館に行くことになるのが一番悲しいよね。もう純粋作品を楽しもうって気持ちEUREKAを見れないことが。

憤懣やるかたない。作り手側が客を評価するようなことは言わないでくれ。

2021-05-30

anond:20210529215116

オタクでこの人知らないとかないだろって挙げられてる脚本家もこの増田絡みで初めて聞いたし

グレンラガン自体そういうアニメがあることだけ知ってて見ようと思ったことすらない

アニメだけ楽しんでいて製作者に興味ないんじゃなくて、そもそもその作品に興味がない。

二次元オタクコンテンツの中でアニメは皆チェックしてると思いこんでるアニヲタの悪いところ出てるわ…

2021-05-29

anond:20210529010405

からこそ「水辺に素手で近づかないといけない」と言う制約を如何に人間に課すかが脚本家の腕の見せ所なんじゃないの

それに普通なら負けるはずのない相手に良い様に蹂躙されるのって最高にアガるでしょ

2021-05-28

カタカナファンタジーが苦手である

 昔から個人的に、日本語カタカナ英語で「ファンタジー」という言葉を当てられてカテゴリ分類される作品(小説映画漫画など)の大半が苦手である。良い悪い、正しい正しくないではなく、あくま個人的な好みの話である。もしも、これらを好きな人が気を悪くされたら、先に謝りますすみません

 日本語で言う時に「ファンタジー」よりも「幻想」という硬めの言葉を当てられる作品は嫌いではない。国内作家で例を挙げれば、山尾悠子とか。

 海外SF周辺の作家作品だと、クリストファー・プリーストの『魔法』や『奇術師』は好きであるものすごく古いが、子供の頃に読んだH.G.ウエルズの短編魔法を売る店』も好きであるSF作家視点から魔法(のような技術体系)が存在する世界」を描いたような作品、例えばハインラインの『魔法株式会社』や、霊魂テクノロジーが実現した未来世界を描いたロバートシェクリー『不死販売株式会社』のような佳作も好きだ。ここまで読めばお分かりのように、どちらかと言えば私はSF寄りの人間である

 日本を含めて世界的に『ハリー・ポッターシリーズや『指輪物語(LoTR)』シリーズ劇場映画としてヒットした頃に「食わず嫌いも良くないな」と思い、これらの映画を観に行ったり原作に挑戦したりした。結果を言えば、結局だめだった。私は、これらを少しも楽しめなかった。『ナルニア国物語』も駄目だった。SF映画ジャンルに含められるが実質的には「剣と魔法世界」のようなものと言ってもよい『スター・ウォーズシリーズも、旧EP4以外のシリーズ作品は全く楽しめなかった。こんな感じだから当然ではあるが、家庭用ゲームの『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』などにも手を出していない。

 「剣と魔法系統の娯楽作品の全てを無条件に嫌いかと言えば、そういう訳でもない。子供の頃にテレビビデオで観た『アルゴ探検隊冒険』や『タイタンの戦い(オリジナル版)』といったレイ・ハリーハウゼン作品は、昔も今も大好きである

 『ハリー・ポッター』などが苦手に感じるのには、別の理由も有る。たとえば、ドラえもんの「うつつマクラ」で、余りにも都合が良すぎる夢(文武両道の大天才モテモテで、教師にも親にも級友にもチヤホヤされる世界)に、のび太が興醒めしていたようなものだと言えば、理解してもらえるだろうか?学期末の成績を発表する場で、校長が「勝ったのは…スリリン!……じゃありません!大逆転でグリフィンドールの勝ち!」とか言って、バラエティ番組の「結果発表ー!」みたいな真似をしてスリリンの生徒たちを糠喜びさせたのは非道い。校長あんな依怙贔屓をするような人間からスリリンの生徒たちも性格が歪んでしまったのではないだろうか。あの校長は、教育者として失格だと思う。スリリンの生徒たちは、腐ったミカンなんかじゃない!こんなハリー・ポッターがヒットしたということは「なろう系作品」を好む人間が、日本と同様に海外でも少なくないということなのだろう。どうも私は「なろう系作品」が苦手だ。そういえば、上で挙げた『アルゴ探検隊の大冒険』や『タイタンの戦い』は、ハリウッド作品としてアレンジされているとはいえギリシア神話英雄譚がベースであり、依怙贔屓どころか、むしろ主人公理不尽な試練が課せられる物語なので、その点がツボなのかもしれない。

 LoTRが苦手なのは正義の側のキャラクター白人ベースの美しい造形または愛嬌の有る造形ばかりで、悪の側は醜悪な造形ばかりというのが、どうしても興醒めしダメだった。ルッキズム。それに、LoTRの悪の側の造形は、白人から見た有色人種イメージが入り込んでいる気がする。ルッキズム。それはそれとして、第一部で地下に消えたガンダルフが、続編で生きていたと判明し、杖一本を手に巨大な怪物相手にガキーン!ガキーン!と肉弾戦をしていたところは、正直に言うと大爆笑した。

 こんな感じでカタカナファンタジー作品の大半が私は苦手であるが、例外的に楽しめて大好きだった作品が、先ごろ惜しくも亡くなられた三浦建太郎の『ベルセルクである

 外形的には、人知を超越する異形の存在怪物魔法などが存在する世界舞台にした物語という意味で、同じカタカナ英語ファンタジーという単語が当てられていた作品ではある。しかし、私個人にとっては、ハリー・ポッターLoTRと天と地の違いが有るように思えた。もちろん、私にとっては『ベルセルク』の方が「天」であるハリー・ポッターLoTRファンの人には、重ね重ねすみません。繰り返しますが、個人の好みの話です。

 ゴットハンド名前(スラン、ユービックヴォークト)や、黄金時代篇の敵の武将名前(ボスコーン)からは、作者の原体験SF作品が有ったことは想像に難くない。だからベルセルク物語世界では「魔法のような人知を超えた事象存在する/起きるならば、その根源となるエネルギーは何処から齎されるのか」「その代償に払う犠牲は何か」といった理(ことわり、ロジック)を、作者は考えていたと思う。上でも書いたように、SF作家SF視点から魔法存在する世界舞台にした物語」を書くケースはしばしばあったので、SF好きの三浦建太郎もそれらの影響を受けていたことと推測される。ゴッドハンドの1人として転生する直前、深淵に降ったグリフィスが「ヒトの作りし神」に出会って対話を交わす場面(※単行本未収録)は、あれも「この物語世界がどのような理(ロジック)で動いているか」を読者に示すものだったと言える。

 少し脱線するが、理(ことわり、ロジック)と言えば、ハリー・ポッターのような作品を読んだり見たりしていると「あんな大きな学校が有って、そこから大勢卒業生たちが魔法使いになって世に送り出されて、就職先は確保できるのだろうか?」とか「石を投げれば魔法使いに当たるぐらい、たくさんの魔法使いがいる世界では、そもそも魔法使いの存在価値は有るのだろうか?」とか考えてしまう。モンティ・パイソンコントスーパーマンだらけの世界で大活躍するスーパーヒーロー!我らが『自転車修理マン』!」みたいになったりしないのだろうか?捻くれたSF好きである私は、おそらく「物語のような『不思議世界』が存在していて、それが自分のいる現実世界と地続きであって欲しい」という願望が強いのだろう。だから不思議世界を成り立たせるロジックを求めてしまうのだと思う。ちなみに、驚異の世界を成り立たせるような、もっともらしい理屈を付けてくれるハードSFは大好きである

 話を戻すと、『ベルセルク』の物語魔法や異形のモノが存在する世界で展開されるが、主人公ガッツ自身は、魔法による恩恵を受けていない時期の方が長かった(パックの翅の鱗粉で傷を治癒する描写とか有ったけれど)。ベヘリットによりゴッドハンド召喚され、鷹の団メンバーたちが使徒たちへの贄として捧げられた悲劇を考えれば、ベルセルク物語における魔法人知を超えた異形の怪物ほとんどは、主人公に困難を与える原因として存在したと言っても過言ではない。そんな中でガッツは、鍛錬で身につけた能力人間の業で作れる武器だけを頼りに、使徒という異形の怪物たちを相手に、文字通り満身創痍になって半死半生になりながら、ギリギリで死線を掻い潜る闘いを繰り広げていた。リッケルト、鍛冶のゴドー養女エリカの親子、パックなど少数の例外を除けば、長い間ガッツの闘いは孤立無援だった。これでは読者も、応援したくなるというものである

 それとは対照的に、地下牢で長期間に渡る拷問を受けたものの、ベヘリットを使ってゴッドハンド召喚し、彼らの1人フェムトとなり、受肉して自分王国ファルコニアも手に入れた新生グリフィスは、謂わば「うつつマクラドリーム状態を実現した、ハンサム野比のび太である。まさに、なろう系の究極形。しかも、ノスフェラトゥ・ゾッドを筆頭に使徒たちを配下に従えているのだから主人公との戦力差は圧倒的であり、まさに天と地の差である

 こういう丁寧な前フリがあればこそ、近年の主人公を取り巻く状況に変化(イシドロファルネーゼセルピコなどの新たな仲間の誕生、髑髏の騎士魔女による魔法サポート)を生じさせたことにも、説得力が生まれた。最初からガッツに心強い仲間がいて、魔法によるサポートも受けられるような状態物語が始まっていたとしたら、私のようなカタカナファンタジーの大半が苦手な人間は「ハイハイ、どうせ魔法でチョチョイのチョイと助かるんでしょ」と興醒めして終わっただろうし、多くの熱狂的なファンも生まれなかったことだろう。

 長い長い時を経てキャスカ正気を取り戻したことは、主人公ガッツにとっても読者にとっても喜ばしいことだった。しかし、それでグリフィスに対するガッツの闘いに終止符が打たれた訳ではなかった。新たな仲間や魔法的なサポートを得たとはいえ、これから先もガッツは、強大なグリフィスに対して、苦しく不利な闘いを挑むことになるのは確実だった。そういう骨太物語を、作者は描いてくれる。長期間休載は読者としては辛いけれど、長く待つだけの甲斐が有る作品を描いてくれる。これまでと同様に、これから先も、そうであろう。そう思っていた。鷹の団メンバーが、グリフィスの夢の実現を信じていたように。

 私を含めたファンの願望は、もう叶わない。三浦建太郎自身ペンによる物語の続きを、我々が読むことが出来る機会は、永遠に喪われてしまった。

 このまま未完で終わらせるのか。構想のメモなどを元に、誰か脚本家作画者を代筆に立てて遺志を継ぐのか。今後どうなるのかは、未定だという。どちらが良いのか、私には分からない。

 人は誰しも、別れを告げる時には詩人になるのだと、誰かが言った。しかし、ご覧のとおり私には詩才は無い。こんなに心乱れたままで、長々と駄文を書き連ねた挙げ句、偉大なる作家が彼の代表作の中に残した印象的なフレーズ引用するぐらいしか出来ない。

 「風が、旅の終わりを告げていた」と。

2021-05-25

MIU404に群がる腐女子キモすぎる

なんかアマゾンプライムに色々ドラマとか映画とかが追加されたらしい。

かくいう自分プライム会員で、とはいえまり有効活用できている気もしないし幾つか気になってる作品を見ようかと思っている。

少し前に友人からアンナチュラルを激推しされて見たから、脚本家が同じで世界観が繋がってるらしい(それもそいつから聞いた)MIU404を見ようかなーと思って何の気なしにTwitterトレンドに載ってた『MIU404』をタップしたら。

・「主人公2人がペアルックするところまで見ろ」

・「愛し合うように喧嘩しながら(略)」

・狂犬と飼い主バディがうんたら

・男ふたりが抱き合ってるイラスト

といったようなツイートボロボロ出てきてむせた。半笑い。おもしれー。

2つ目のツイート主とかこいつ絶対腐女子だろって思ってホーム飛んだら固定ツイに主人公組のBL小説あるしさあ、もうゲラゲラ笑ったわ。半じゃ済まないよ。

ここまで読んでくれた人はわかると思うけど自分は女で、コンテンツによってはそういう創作も見るんだよね。ドラマって半ナマジャンルから人の目につかないように隠れなきゃいけないんじゃなかったっけ? まあこれは所謂ルールって言えば村ルールだし、こういうこと言うとLGBTガーとかなんでBLだけ隠れなきゃいけないんですかーとか名誉ツイフェミ腐女子が噛み付いてきそうで嫌なんだけど。

実在する人間が演じてるから〜とか制作陣の目に留まる可能性があるから〜とかそういうオタクたちのルールはさておき、今TwitterでMIU404を外野人間検索したらどう思うかなあ。

たぶん、『綾野剛星野源(が演じたキャラ)のカップリング腐女子が群がってるキモいドラマ』でしかないよ。

オタクがはしゃぎたくなる気持ちもわかるけど、そういう含みを持ったツイートを量産してバズらせることで、ジャンル外の人間にどう思われるかくらいは知っといた方がいいんじゃないのとは思った。

アンナチュラルはメチャクチャ良かったし、同じ脚本家が同じ世界観で書いたなら面白いだろうし、なんかそういうところでコンテンツイメージ下げるのもったいないよな。

中学時代に隣の席で四六時中黒バスBLカップリングを熱く語ってた同級生を見て、声がデカ腐女子のいるコンテンツには近寄りたくねえなって思ったのを思い出したわ。

2021-05-15

刀剣乱舞舞台がクソつまらなかった

2、5系舞台は全部網羅しておこうと思って見たオタク

はっきり言うが、中途半端演劇見せるくらいならやらなくて良かった。そりゃできれば開催してくれた方がお金回りが良くなるのは分かっている

なぜならDMMゲームにもう将来性はないからだ。

そもそもガチャゲーはとてもシビアで、手に入れたいキャラは入手期間が定められており、少しでも課金を躊躇すると機会を逃す、とても財布が軽くなる趣味だ。

なのに捻じ曲げられた二次創作物がそこら中にはびこっていて、舞台登場人物キャラクターには最早統一感が存在せず、やたらオリジナルキャラクターを出す、その癖自分けがキャラクターを独占したいとグッズを買い漁り、好きあらば運の良さをSNSで自慢したいというクソ野郎ばかりだ。

そもそも舞台でのグッズはランダム商品ほとんどだ。推しの物を手に入れるには膨大なハズレを引く必要がある。

そこに情弱初心者を受け入れてやろうという余地はない。

いくつかの同人誌ネット上で公開されていたりもする。何なら、このサービスに固定で付いている客は少なく

いまやイベントが催されていても誰も話題にはしていない。

なのに脚本家はその自由性に付け込んで、中身のない演劇原作者権利だと言わんばかりにやっていくんだ。マジ粛清されてくれ

引退して別ジャンルに移ったユーザも見受けられた。今はコロナにより中止している劇場ほとんどだ。

山姥切長義に関してはグッズの高騰が激しいらしい。駿河屋など中古ショップに出るだけで珍品だろう。運営キャラ格差社会を生み出してると自覚した方がいい。

頼むからオタク劇場に来ないでくれ。ゲーム課金の分だけ落としててくれ。

2021-05-06

続・物語作家になりたい人たちへ

【1】

 まず、私の投稿に対して「こういう規則押し付け創作の芽を摘む」というような声が有ったので、以下ではその声に答えたい。

 日本では割りと「創作においては『論理』に頼らない『直感』こそが正義である」という信仰が強い。しかし、現実は逆である。きちんとした創作を生み出すためにこそ、創作家には規則論理必要なのである

 例を挙げよう。映画業界の話である欧米をはじめとする諸外国とは異なり、日本には映画に関する専門的な教育・訓練を行うまともな機関が無い。そのため、映画仕事を志望する人間は、専門的な教育や訓練を受けたくても受けられない。業界全体が、昭和時代と何も変わらない『徒弟制度』に頼りきりである業界志望者は、論理的・合理的ノウハウも身に着けられないまま、無駄に年月を重ねる。結果として、まともな監督脚本家スタッフも育たない。つまり「まともな作品」を撮れなくなり、現在日本実写映画は「まともなビジネス」として成立しなくなった。

 映画役者供給する演劇業界も、実写映画業界と似たり寄ったりである。大半の劇団は良い演劇をすることよりも、地方自治体を唆して税金寄生することや、稽古や親睦を名目にして性的関係を結ぶことの方に熱心で、肝心の本業である演技や演出学芸会レベルのままである

 日本実写映画業界演劇業界は、指導名目スタッフ役者に灰皿を投げつけたり暴力を振るう類いの人間たちが「名監督」や「名演出家」扱いされている始末である。片や出演する演技者の方も、演技の専門的な訓練を受けていないミュージシャンとかが大役をゲットする。こういう紛い物たちが日本映画業界演劇業界蔓延っているのは「論理的・合理的ノウハウの訓練を行うシステム」が無いかである論理的な指導ができない人間は、監督演出家を辞めるべきだし、演技の訓練をしていない人間は、演技の仕事を去るべきである

 それはともかく、漫画小説作家を目指す人間は、実写映画業界演劇業界が手遅れに近い状態になってしまっているのを「他山の石」として、まずは「論理的・合理的ノウハウ」を身に着けるように努めてもらいたい。

 そうすれば、日本実写映画ドラマで頻繁に見かける「よく考えもせずに『何となくそれっぽいから』という理由だけで、悪人たちが悪企みの会議をしている場面で部屋を暗くしてみた」とか「とりあえず竹中直人佐藤二朗ムロツヨシに滑稽な表情と動きをさせておけば、それでコメディっぽくなるだろう」といった馬鹿描写貴方物語作品の中でしなくて済むだろう。

【2】

 次に「セオリーから外れているけどヒットした作品も有る」というような声も寄せられた。これに対しても以下で答えたい。

 野村克也インタビューで言ったことで有名になった「勝ちに『不思議の勝ち』有り。負けに『不思議の負け』無し」という喩えが有る。論理に依らない成功の例は確かに有り得るが、それは謂わば「宝クジが当たる」ようなものである。もしも「宝クジに当たる人間も世の中にはいるのだから自分はあくせく働くのは止める」と言い出す人間がいたとしたら、その正気を疑うだろう。

 物語を書くこと、創作活動をすることは、宝クジを買うように運任せの行為なのか?それは違う。人間頭脳を使う営みなのである。ならば、創作活動において頭脳を使って論理規則活用することの、いったい何が悪いというのか?そんなに頭を使って書くのに抵抗を覚えるならば、いっそコックリさんに頼って自動書記でもしてはどうか?それは冗談だが、仮に偶然に頼るにしても頼り方が有る。

 蜘蛛という生き物がいる。その中でもコガネグモジョロウグモなど、網を張って獲物を捕らえる種類がいる。網に獲物が掛かるか否かは偶然であるしかし、網を張らねば偶然を捕らえることはできない。創作活動において論理規則活用することは、謂わばクモが網を貼るようなものなのだ理解してもらいたい。

【3】

 「とりあえず最後まで書くのが重要」という声には強く同意する。物語作家の志望者は、まずは作品を一本書き上げてもらいたい。しかし、そのためにこそ、論理規則有効なのである登場人物生命の息吹を与えて、物語を完走させる上で、論理規則活用することは、手助けにこそなれど決して枷にはならない。むしろ始めにきちんと考えないままで何となく執筆に着手してしまい、結果として執筆の途中でガス欠になって未完成で投げ出す人の方が、物語作家の志望者には圧倒的に多いのである。それを避けて最後まで書き切るためにこそ、論理規則活用して欲しい。

【4】

 「文章力画力があれば、何も起きない平凡な日常生活描写でも読者を惹きつけられる」というのは、嘘ではないが、しかし本当でもない。それだけの力を持つような文章力画力というのは「何を書く・描くべきか」を把握していなければ、物語作家志望者も身につけようが無い。そして、何を書く・描くべきかを把握するには、やはり論理規則に則った思考必要なのである。また、何も起きない平凡な日常生活は、無手勝流簡単に書ける・描けるものではない。観察力もまた出発点は論理規則である

2021-04-22

anond:20210422020851

よかった、普段エクセルなんて1セルもつかわな脚本家が『次VBAってどやろ・・仮面ライダーVBA!語呂もいい!』っておもったときここをググりあてて諦めてくれるわけやな

2021-04-21

劇場版名探偵コナン 緋色弾丸レビュー

劇場版名探偵コナン 緋色弾丸」を見てきたんだけど面白くなかった。

ザハ案っぽい競技場にリニアが突っ込んだときには「あれ、税金で作ったんだよね……また増税して作り直すのかな」と思ったり、犯人動機を語ったときは「マスクもしないで何を言っているんだ?」と思ったりしたからオレが疲れてるだけなのかもしれないと思ったが、他の客の反応も「なんか微妙」って感じだった。

ちなみに東京映画館初日夕方、客に子ども(と言えるほど小さい子)はいなかった。

1回しか見てない(2回見に行く気になれない)からかい間違いがあるかもしれないが、初日に見に行く程度には劇場版も好きな原作ファンが「どうして面白くなかったのか」を考えてみた。

映画を見て「微妙」って思った人や映画を見に行こうかどうか迷っている人はぜひ読んでほしい。

予告詐欺

予告を見たら「オリンピック会場でテロ事件が起こって赤井ファミリーが集結して解決する話」って思っても仕方ないと思う。

オリンピック会場はともかく、「赤井ファミリー集結!」ってキャッチコピーなんだからそこは期待して行くだろ。

けど、集結しないんだよ!

部分的に絡むだけで全然集結しないんだよ!

予告詐欺コナン映画あるあるだけど、いい加減にやめてくれ。

予告詐欺がひどい映画面白くない。「業火向日葵」も面白くなかった。

情報が整理できていない

上映後、後の席に座ってたカップルが「将棋の人って誰?」って言ってたぞ。

初日の上映でさえ知らない客がいるんだからゴールデンウィークになったら知らない客でいっぱいになるぞ。

原作者や映画制作スタッフが思ってるよりずっと「映画しか見ないファン」は多い。

サイト人物相関図出して安心するな。

映画しか見ないファン」は公式サイトなんか見ない。

映画しか見ないファン」じゃないオレも公式サイトは見なかった。ネタバレを恐れてネットから離れていたからだ。

テレビアニメ赤井の出てくる回を再放送してたけど全然ダメだ。

しろ映画で描いているのが「いつの時点の話なのか?」がわからなくなって混乱するだけだった。

コナン知ってるよ~子どもの頃にテレビアニメを見たことがあるから~」程度のノリで映画を見に来た人が理解できるように「赤井=沖矢を知っているのは誰なのか」を説明しろよ。

来年や再来年になってこの映画見たら「原作のどの時点の話なんだ?」ってますます訳分からなくなるぞ。

犯人動機がクソ

最初に言ったが、「アメリカ証人保護プログラムがアレだから(意訳)」と犯人動機を語ったりジョディがそれをカッコ良く論破したりしても、全然響かないんだよね。

「こっちは医療崩壊とか社会崩壊でそれどころじゃない」なんてことを見てる最中に思わせたら失敗だろ。

脚本家は「コナンでこんな玄人好みの設定をやっちゃうオレすごい」ってなってないか

リアル志向」って言われていい気になってないか? そもそも観覧者の上でファイトしたり公安コストコで機密をしゃべったりする映画のどこが「リアル志向」なのかさっぱりわからないんだが。

犯人動機がクソな映画面白くない。「業火向日葵」も面白くなかった(2度目)。

クライマックスの作り方が間違っている

この映画クライマックス赤井が撃った銀の弾丸シルバーブレッド)が犯人を撃ち抜いてコナンピンチを救う……のはずなんだけど、「赤井が撃つ」と「犯人が撃ち抜かれる」にタイムラグがあるために映画としての盛り上がりに欠ける。

このタイムラグ伏線伏線回収にしてうまく演出してたらこ映画はそこそこ面白かったと思う。でも、そうはならなかった。ならなかったんだよ。

さらにこの後に2人目の犯人が判明してカーチェイスがあって、そっちの方がクライマックスっぽくなってしまった。が、こっちのクライマックスも盛り上がりに欠ける。

今回の犯人は2人、それはいい。

2人目に判明する方がバレバレなのはどうなんだ。

最後に決め台詞言うのがジョディっていうのもどうかと思う。

「あえてFBIクライマックスに持ってくるオレすごい」になってないか

ふたりの対決シーン、いったいどっちがクライマックスなのかはっきりして欲しかったし、クライマックス赤井ファミリーコナン居合わせてほしかった。

例えば、犯人2(映画での2人目の犯人)を先に捕まえるのはどうだろう。コナンメアリー、世良、羽田、由美タン赤井で追いかけ、お互いの正体や意図に気付かずジャマをし合ったりするが最後には協力して捕まえる。

その後、コナンメアリー、世良、羽田リニアに乗り込み、「秀吉秀吉家族を助ける方法がない! どうすればいいの!?」と由美タンパニック起こしたところで赤井が「そんな顔するな」(とは言わないだろうけど似たようなことを言って)シルバーブレッドを撃つ。犯人1(映画での1人目の犯人)が明かされ、コナンたちのピンチシルバーブレッド犯人を撃ち抜く……って順番の方が劇的じゃね?

コナン二股かけているように見える

コナンファンの間では「コナン×蘭(新蘭)」と「コナン×哀(コ哀)の間に激しくも醜い戦いが繰り広げられている……のはどうでもいい。

映画は両方に色目を使うな。

哀をひいきしたいなら蘭は出さないくらいの覚悟でやってくれ。

原作では新一と蘭が付き合い始めてこれまで以上にラブラブだけどな。

●この映画、何がしたかったんだ?

たぶん「最近映画主人公コナンがないがしろにされている」って批判を気にしてコナンを立てようとしているけど、結果として、誰が何をする映画なのかさっぱりわからなくなってしまった……ってとこだろうか。

赤井ファミリー集結」なんて嘘を堂々とチラシやポスターに書く時点で迷走している。

コロナだけじゃなく色々事情があるんだろうし、原作者が横槍を入れてきたり脚本改竄されたりで大変なんだろうけど、金がかけられるし金が回収できる企画からなんとかしてくれ。

どうせ見に行くのはコナンファンって思っているのか?

赤井意味ありげなことを言えばキャーキャー喜んで何度も見に行って「赤井を百億の男にする」とか盛り上げてくれると期待してるのか?

客を舐めるな。

2021-04-20

スタンドバイミードラえもんがつまらない件

常にタイムマシンを使える状況だから緊迫感がない

そんな構造的欠陥に対してのエクスキューズもない

作中で何かトラブルが発生しても「じゃ、タイムマシンで戻れば?」で終わってしま

他の劇場版ドラえもんで「未知の惑星に行って道具が使えなくなる」みたいなプロットが多いのも納得できる

脚本家子供だましではなく本気でSFを考えてほしい

ネット勝負できるレベルSFは無理なのか?

2021-04-17

ネタバレ注意!】『劇場版名探偵コナン 緋色弾丸』最速感想

ネタバレ注意※


今年のコナン映画を早速見てきたので、備忘録も兼ねて感想を書くことにした。

ちなみに、増田コナン映画の中では「時計じかけの摩天楼」と「ゼロ執行人」、「紺青の拳」が好きな一般人だ(つまるところ、その映画カラーがはっきり打ち出された作品が好みである)。

以下ネタバレの為スクロール注意。













◎良かったところ


・灰原が終始可愛い

この映画最大にして最高のセールスポイント。「緋色弾丸」は灰原の可愛さを堪能するための映画と言っても過言ではない。今回の映画最初から最後まで灰原がコナン相棒ヒロイン。途中で襲撃された際もコナンの安否を真っ先に気遣い、随所で相棒らしいサポートを見せている。特にクライマックスで何度も「江戸川くん!江戸川くん!!」と叫ぶのはクール彼女の可愛さや健気さが珍しく露わになり、普段とのギャップに悶えた。


秀吉と秀一VS犯人カーチェイス

将棋で鍛えた頭脳犯人を追い込むシーンはまさに圧巻の一言最後ジョディのもとに犯人の車が辿り着いたときには鳥肌が立った。犯人の車が横転して爆発したのには本当にそうなるかなあと唖然としたが、フィクションなので良しとしましょう。



◎いいところでもあり悪いところでもある点


秀吉と由美のラブラブシーン

秀吉と由美がラブラブしているシーンは単純に可愛くて良いし、見ていて癒やされる。紺青の拳で園子と京極さんのラブラブシーンを上手に描いていた永岡監督らしく、純粋に微笑ましく楽しめた。

が、二人のラブシーンが事件解決につながることはなく、どうしても無理くり入れたシーンのようにしか見えなかった。櫻井さんはラブ要素の薄い作品では非常に面白い話を書かれる方(ゼロ執行人や純黒の悪夢面白かったと思う)なので、ラブを描きたい(?)永岡監督とはうまく噛み合わなかったのだろうか?



面白くなかった点、首をかしげた点


赤井家の出番にムラがあり、特に秀一・世良の活躍が少ない

 題名からして秀一が主役なのかと思っていたが、蓋を開けてみると赤井フォーカス映画ということだった。そこまではまあそうか、勝手に期待したこっちが悪かったなと思えるが、秀一の目立った活躍リニア銀の弾丸狙撃するだけというのはいかがなものか。

 タイトルを「緋色弾丸」と秀一を彷彿とさせるものにするのならば、秀吉ラブコメシーンを削って秀一の出番に当てた方が良かったのではないか?これならばまだ純黒の悪夢の方が安室との直接対決があった分格好良く見える。

 世良に対しても不遇な印象が否めなかった。秀一とジークンドーで対決したシーンは沖矢昴=赤井秀一という気付きを彼女が得るのではないかと期待したが、そのシーンは単純なアクションシーン以上の意味を持たされないまま、世良がコナンと連れ去られた被害者を見つけるまでの繋ぎとして終わってしまい、肩透かしを食らったような気持ちになった。

 特にクライマックスにおいては彼女コナン助手程度の役目しか果たしておらず、リニアに一緒に乗っている必然性を感じない。リニアを止める方法に関しては彼女の得意なジークンドーは何一つ生かされておらず、この映画における世良の役目はバイクに乗れる者であるなら誰でも代替できる(仮に彼女ポジション服部平次が担ったとしても物語の進行には何ら支障を生じない)のが非常に残念だった。


犯人動機犯人目線からしたら真っ当に思えるものだが、映画視点FBI側にフォーカスしているせいで犯人がかなり自分勝手に見えてしま

 今回の犯人は男女二組のぺアだが、どちらも偏った情報FBIを恨んで犯行に及んだ。話を聞いていると、「そりゃそれだけの情報しか与えられていなければ恨んで当然だろうな」という気持ちにさせられる背景事情だが、視点が終始FBI側に寄っている為「逆恨みしたお前らが悪い」といった印象にさせられてしまったように感じ、釈然としない部分があった。


主題歌と内容が合っていない

 主題歌担当したアーティスト東京事変ハード系の歌詞だったため、純黒の悪夢ゼロ執行人のようなかなり殺伐とした内容を期待していたが、実際見てみると少年探偵団が活躍するシーンや秀吉彼女のラブシーンがこまごまと挟まれており、主題歌と内容の雰囲気が合っていないように感じた。



総評

 一言で言うと「永岡監督櫻井さんの良さが上手く噛み合わなかった映画」といった印象。リアルハード志向を得意とする櫻井さんを脚本に起用するなら、ラブは削って事件のみに集中させてあげた方が面白かっただろうし、永岡監督に任せるならラブに振り切れる脚本家さんを呼んであげた方が「から紅の恋歌」や「紺青の拳」のような女子ウケする作品になったように思う。

 キャラ的には秀一ファンが行くと肩透かしを食らうだろうが、秀吉、灰原ファン一見価値あり。というか灰原ファンは全員行け。とにかく灰原の出番がてんこ盛りで、ツンとおすまししたシーンからコナン相棒としてクールに決めるシーン、犯人に襲われても健気に頑張るシーンまで全部詰まっていて最高に可愛い。灰原の可愛さに心臓を撃ち抜かれる。「灰色弾丸」に改称した方が良い。それぐらい灰原の出番が多い。灰原ファンは今すぐ劇場にレッツゴーだ!


※このエントリ個人の感想です


2021-04-13

潰れてもいい主義を脱することができるか?

https://togetter.com/li/1696778

○○界なんて潰せ、潰れてもいいというのは雑すぎるかな。個人名を出して批判は勿論OKですけど。ヤ○カンクズからアニメ業界なんて潰れたらいいとか、田○滋があれだから漫画業界なんて無くなっていいと言われても困るし。演劇業界であれなのは著名な脚本家など製作側で役者はそうでもなかったり。制作側は本当に脳味噌50年前で止まってるけどw

日本も岐路に立たされてきたんだよね。もう、民主主義ではやっていけない。

だいたい「○○界なんて潰せ、潰れてもいい」という発言地方公立の下1/3から高卒レヴェルがよく使う。

なぜ言うのかというと、国民圧倒的多数で、大衆から

国民の83%くらいが「○○界なんて潰せ、潰れてもいい」ってのに賛同するんだよね。


ひょっとすると、「○○界なんて潰せ、潰れてもいい」という発言が行われたら、その発言を行ったもの実名付きで逮捕するとか、そこまでやらないといけないのかもしれない。

意外なようだが日本人の大半は文化大革命を心の底では支援している。

勉強もしなくていいし。

2021-04-12

こどおじに負ける

当方は売れていない俳優(40代男性実家暮らし)と付き合っている女優(30代女性)に横恋慕をしている

一人暮らし都内タワマンに住んでいる外資勤務の30代男(サラリーマン兼業脚本家)

彼女マンションに来る度に思う

俺がやっていることってこれ完全に二号さんだよなって

というか枕営業とも言えるよなって

でも俺の関係する市民向けの舞台なんざカネなんて出ねえしなって

ていうか情勢がこのザマだしなって

でも最後までヤッてないからセーフだよなって

そもそも先方は結婚はしていないしなって

とにもかくにも金目当てでいいか結婚して欲しい

金があって若ければどうにでもなるという風潮にドロップキックがしたい

金は掃いて捨てるほどある

株式譲渡益と配当益だけで貧乏俳優年収は軽く超える

でもどうにもならない

なんだこれ

地獄なのか

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