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はてなキーワード: 連想とは

2019-01-16

anond:20190116180929

クリックのことは、ただのクリックで済ませることが多いか

ほにゃららクリック というと、右クリック連想してしまうのはあるかも。

2019-01-14

声優ライブを楽しめないコンプレックス

先日、好きな作品声優ライブがあった。

私はその作品が大好きで、人生の半分以上をオタクとして過ごしてきたけれど間違いなく一番好きだと言えるキャラクターがいて(以降推しと呼ぶ)、楽曲も全部好きで、これからもずっとその作品の、そして推しファンでいたいと思っている。

そんな中での声優ライブ声優の方々がキャラクターになりきって?歌って踊る。ファンサービスをする。喋る。キャラクターの声で。キャラクター連想させるような衣装を着て。ライブにはキャラクターイラスト名前が使われたムービー流れる声優同士でキャラクターのもののように絡んだり、話したりすることもある。

ライブが終了すると、Twitterタイムラインは現地やライブビューイングに行った人達感想で溢れた。

「〇〇(声優)が××(キャラ)にしか見えなかった」

「△△(声優)がこんなことを言って、**(声優)と絡んでいた。推し(△△が演じているキャラ)と推し(**が演じているキャラ)が絡んだ」

「☆☆(声優)がこんな風な振り付けで踊っていた。♪♪(☆☆が演じているキャラ)はそんな風に歌って踊るんだね」

友人も言っていたし、フォロワーフォロワーも、好きな絵師も、字書きも、別件でかけた検索の先の知らない人たちも、みんな言っていた。みんながこのライブ楽しいと言い、絶賛していた。みんな本当に嬉しそうで、楽しそうだった。

正直に言おう。私は声優ライブが苦手だ。

推しや好きなキャラクターたちの声優が、推しや好きなキャラクターのように振る舞うのが苦手だ。

この作品声優ライブは何度か開催されていて、前回のライブとき私は現地に居た。

友人が「応募したらチケットが当たったから一緒に行こう」と誘ってくれたのだ。

初めての声優ライブ。どうやら声優として扱うことはダメらしいので(声優名前を叫んだりなど)、推しうちわ推しのキンブレシートを作った。声優に「推しくんこっち見て」「世界で一番愛してる」なんて書いてあるうちわを見せてどーすんだとも思ったが、とりあえず作った。ありがたいことにアリーナ席で開演を待つ。

推し声優が出演していた。推し声優を見た。推し声優の歌を聴き、踊りを見、トークを聴き、推し声優推しうちわ推し名前が入ったキンブレを振った。推し声優が歌う。喋る。推し名前で呼ばれて嬉しそうに笑う。

嫌だと思った。推しじゃないと思った。推しと同一視なんて絶対出来ないと思った。推しのように振る舞わないで欲しいと思った。声だけ推し提供して欲しいと思った。別にその声優容姿がどうのとかそういう訳じゃなく(むしろ容姿は良いと思う、顔面が好みなタイプだ)、そういうのじゃなくて、ただ圧倒的に「違う」と思った。そのライブで、推しなんてどこにもいなかった。

だって、私の推し推し声優は違う生命体じゃないか。ただ、声を提供されているだけじゃないか推し声優がこんな風に踊ったからといって、私の推しがこんな風に踊るとは限らないじゃないか運営から用意されている以外の言葉推し声優推しっぽく喋っても、それって声優言葉じゃないか。それは、私の推し言葉じゃない。推し声優推しのように喋っているだけだ。

推しは「2次元に生まれ2次元存在している」のだから3次元人間がなりきろうとすることに違和感を覚えた。私は2次元存在する推しを好きになった。生身の人間を介して推しを見れなかった。

(考えてみたら昔からコスプレとかも苦手だったし、この作品舞台化されているけど舞台推しときいたことは一度もない)


なので今回のライブは行かなかったのだけど、まあ〜出てくる出てくる「声優キャラ」という感想。そして出来上がる、声優ライブを楽しめないとファンじゃないという風潮。

だめなんだ、どうしてもだめだった。言い方は悪いが、本当に申し訳ないのだが、声優推しの真似事をしている姿が。

でも世間はそれを良しとする人の方が多くて、それを許容しなければまるで推しのことを愛してないかのように見られる。現に数人に「声優推しとしてみれないから、今回のライブは見送る」と打ち明けたが、その大半になぜ?と問われたり(なぜもなにもないよ)、少し不満そうな顔をされたりだとか、そんな感じだった。

だって声優ライブを楽しみたかった。ただでさえ不定期な供給、楽しめるものがある方がいい。推しについて悩む時間より、推しを好きと思える時間が多い方がいい。

皮肉ではなく、純粋に羨ましいのだ。声優に何も感じない人達が。声優ライブを当たり前に楽しめる人達が。

私も声優からファンサを貰って喜びたい。声優声優が絡んでいるのを見て、声優の踊りを見てはしゃぎたい。生歌を聴いて「推しが歌ってる」と思いたい。

私には""声が一緒""というだけで声優から推しを感じることは出来なかった。感性が足りない?のだろうか。欠陥があるのだろうか。2次元に生まれ2次元存在する推しからこそ、それしか認めたくないと思うのはおかしいのだろうか。

まさかこういった形でコンプレックスが増えるとは思わず、あまりに不意打ちすぎて笑ってしまった。

声優ライブ、いつか楽しめるようになりたいな。

あと友人、せっかく連れて行ってくれたのにこんなことを思ってしまってごめんなさい。声優推しとは思えなかったけど、好きな楽曲ペンライトを振れたのは楽しかったです。あれ?もしかして、楽しみ方これか?

2019-01-13

anond:20190113032644

悪じゃないけど

稲田朋美氏が防衛相だった頃の自衛隊は年増のおねえさんが率いている組織連想した

2019-01-10

anond:20190110233221

日本人ってさ、自称弱者が嫌いだよね。

弱者であることを盾にして他人強請ってるって。

弱者ビジネスって言葉存在したりすることがそれを示してる。

いや、私も嫌いなんだけどね、自称弱者

自分弱者であるという自認に他人に対してマウント取りたいって意識連想ちゃうのさ。

コリーヌというあだ名からは誰もがまずはペコちゃん連想するだろうが、

俺は次にペリーヌ物語連想した。

2019-01-09

anond:20180414194428

同じような状態に陥ることが多々ある。頭がずっと冴えないみたいな。どうやったら脱出できるのかは、模索中。

元増田がその状態に対して、焦りや不安や罪悪感や苛立ちや面倒臭さがごちゃまぜになった気持ちが湧いているなら、自分でよくやる対処法をおいていくので、良ければ参考に。

・すこしでもできたことを頭の中でじぶんを超褒める。米がたけたら超すごい。これでめし代がういたぜ!って褒める。陳腐でも良い。トイレに行けた!っていうので褒めたっていい。

自分が今どんな感情になっているか自覚する

おかし自動思考が湧いてないか自覚する。湧いているなら頭の中でワード連想させないこと、残さないこと。(自分希死念慮がよく湧いてくるので、鼻から単語を出すイメージをして散らしてる)

・罪悪感をかんじないように開き直る。

不安が強いときは、ホットミルクを飲むこと、ゆーーっくりと息を吐くこと(※吸うのは通常でもよい)、ホットアイマスクをつけること

シャワーざっと浴びる(面倒だろうから洗わなくて良い。浴びるだけ)

・寝たまんまヨガは良い

・なんらかの強い刺激を得ること。難関。「なんらかの」が割とない。自分仕事だけれど、仕事は強烈なストレスに長時間晒されるから本当は起爆剤にはしたくないなと思ってる。ストレスから動き出せるときもあるけれど、ショック療法みたいなもんだし、微妙かも。

・休むんだと思って横になること

できないときも多々あるけれど。ぜんぶ馬鹿馬鹿しく感じるときとか、やらなきゃとおもってもほかにきになることがあって全然集中できないとか。

置いといた対処法は何かを面白く感じられるレベルにまでは多分達せない。

すこしだけ気分が落ち着く程度かと思う。

遭難してるみたいな状態を脱して、お互い何か楽しくて楽しくて仕方がないことに出会えるといいなぁ。

左翼が「安」の字を見たら安倍総理安重根のどちらを連想するの?

これは高度に政治的問題

2019-01-04

anond:20190104132451

実はあたしも本当に無理だ。

安く売られてるし、パッケージも可愛くされてるけど、でもダメ

兄弟が重度の知的障害で、常によだれ垂らしてアーワー言いながらバタバタしてたり、生肉食べてるの見たこと有るから連想してしまう。

2019-01-02

京大までの受験の思い出

https://anond.hatelabo.jp/20190102063518

読んだらわたしも書きたくなったので書く。もう10年以上前の話ではある。

元増田と違い中学受験私立とは無縁で、片田舎公立中学公立高校卒業して京大入学した。

中学時代

勉強なんてほとんどしてなかったけど、テストでは常に学年トップで完全にお山の大将だった。

一方で家庭環境的にいろいろあった時期でもあり、また自分自身もいろいろ拗らしてた時期でもあったので、私立組やいわゆる英才教育を受けている人たちへの異常なコンプレックスがあった。塾なんかに頼るやつは元々馬鹿私立高に通って高いお金さないと勉強できないやつに勉強する意味はない、などと誰彼構わず吹聴していた。今思っても最悪の性格だった。

将来の展望なんてこれっぽっちも見えてなかった。大卒大人は周りに全然いなかったし、もちろん官僚なんて言葉も知らない。そんな中、ある日法事だかお盆だか正月だかで叔父に当たる人と久しぶりに会った。聞くと某地方総合大学工学部卒業し、自動車メーカで開発をしているとのこと。元々機械は好きだったので、その仕事をすごくかっこいいと思った。そしてそれ以上に、その人の身なりや車(といっても今で言うアルファードみたいな上位国産車)、余裕、羽振りの良さなど、あらゆるところに今まで自分の周りになかった、ハイクラスな何かを感じ、衝撃を受けた。今思えば(叔父には悪いが)お金持ちのモデルとしてはずいぶん控えめではあるが、それでもこの衝撃は大きかった。自分の目の前に一つの道が示されたような気がした。

そんな自分に両親はとても優しかった。自分選択意見をいつも全力で肯定し続けてくれた。今思えば自分可能性を広げるための最大限の配慮をしてくれていたのだろう。

高校入学受験勉強まで】

結局地元で2番目ぐらいの公立高校に行った。理由はいろいろあるが、自転車で通えるというのは大きかった。自宅から公共交通機関アクセスが最悪だったかである

この高校は一応進学校とは銘打っているものの、毎年東大ゼロ京大が1人いるかいないか旧帝大に数人、といった感じだった。相変わらず高校でもお山の大将だったが、高校は全国模試があるので自動的に全国の高校生と比較される。片田舎の小さなさなサル山で大将を気取っていた少年はここで初めて現実を知る。

1年生の夏、家族京都旅行に行った。古い街並みと近代的な景観が融合するこの街を、わたしはすぐに好きになった。さらに、この旅行の行程には京都大学観光が組み込まれていた。今思えば、両親がわたしのやる気を引き出すために連れて行ってくれたのかもしれない。ともあれ、権威シンボルである時計台自由象徴する立て看板鴨川百万遍の街並み、どれもが自分の心を強く打った。

ここに入ろう。自分にはその資質がある。

本気でそう思った。

そこから勉強を始めた。あんなに嫌いだった塾にも結局行った。恥を忍んで塾に行きたいと親に言ったときも、やはり親は快諾してくれた。塾は大手予備校講師OB地方でやっている個人塾だった。英語数学を教えてもらっていたが、ここの先生方には現在に至るまでお世話になっている。勉強だけでなく、自分の見識を大いに広めてくれた恩人であり、今でも頭が上がらない。

受験勉強受験まで】

高2の終わりぐらいまでは漫然と過ごした。学校の授業は地方国立MARCH関関同立といったところをターゲットにした内容であり、物足りなく思うことは頻繁にあった。しか学校の授業でつまずいているようでは京大もクソもない、という信条があったため、まずは学校の授業で習った部分は確実に押さえることを一番に考えた。

高3になると全国模試ランキング浪人生が入るので、順位や判定が一気に下がって焦った。先生方は「最初は下がるけと徐々に追いついてくる」と言っていたが、秋になっても成績は伸びずにただただ焦った。自分の立てたスケジュール通りにまったく勉強が進捗していないこともあり、更に焦った。焦りすぎてメンタル不安定になり、何度も勉強中に発狂した。振り回したシャーペンは何本も折れた。親には意味不明な理由八つ当たりを繰り返した。親はすべて受け止めてくれた。

高3の大晦日の夜、いつもどおり家の机で勉強していたのだが、うっかりそのまま寝てしまい、気づいたら新年を迎えていた。あまりの不甲斐なさに一人で泣いたのをよく覚えている。

受験勉強はチーム戦、という言葉がある。上でも書いたとおり、自分のいた高校は難関校の受験生が少ない。しかし逆にその分、似たような境遇の我々には妙に強い結束感があった。別に机を並べて一緒に勉強したりするわけではないが、模試の結果や参考書の話、志望校の話などをとりとめもなく話せる人が周りにいるというのはとても心強かった。模試の判定を見て落ち込んでいるとき不安でやる気を失いかけているとき鼓舞してくれたのは彼らであった。結果は人それぞれだったが、今でも年に一度は集まる良き友人たちだ。

試験

京大工学部センター試験の点数配分が恐ろしく低いので、気軽に受けた。特に数学足切りラインを除くと全く評価されないのでろくに対策もせず、1A2Bともに85点程度だった。ただ周りの友人が満点を連発していたので妙な焦りだけがまれた。

私立早稲田慶応を受けた。どちらも全く行きたいと思っていなかったが、練習だと思って受けた。初めての一人東京だったので異常に浮かれた。慶応試験前日、下見ついでに少し街を散策したが、これがよくなかった。壮大に風邪を引いた。熱で全く頭が回らず、とうとう英語試験の途中で医務室に運ばれた。医務室でひたすら泣いた。

京大2次試験の当日、出発前にわたしは親を呼び、これまで支えてくれたことへの感謝を伝えた。いろんな人に支えられてここまで来た。特に親の気苦労とサポートは計り知れない。そのことをどうしても当日伝たかった。わたしも親も泣いてわけがわからんことになった。

当日は自分でも驚くほど冷静に試験に取り組めた。数学試験試験官に手紙を書いているような気持ちで答案を作成した。結果的に完答できた問題はなかったのだけれども。


ところで、新年を迎えたこから自分の中のルールとして「前期試験不合格連想させるようなことは一切口に出さないし、心にも思わない」というものを設定した。「浪人したら…」「後期試験対策は…」といったことを考えることも禁止した。発言自由はおろか思想の自由まで侵害するという、今思えばドン引きするルールだ。バックアップを想定することは合理的であるが、その発想自体が心を弱くする、という根性論だった。今の自分根性論が大嫌いだけど、ともかくその時はそれが最善だと思っていた。自分なりに必死だったんだろう。

合格発表掲示開始時間には10分ほど遅れて到着した。すでに合否の熱狂から段落しているところで到着した形だった。手足が震えていた。すがるような気持ち掲示板を見た。番号があったので、また泣いてしまった。声を上げて泣いた。今までずっと無理をしてきて、辛かったんだということをその時理解した。その様子を見たアメフト部の人たちに囲まれて、胴上げされた。

【その後】

入ってから色々あったがここでは割愛する。卒業してからは某メーカで開発職をやっている。結局件の叔父と同じような道を選んだことになる。しんどいこともたくさんあるが、機械が好きなのでなんだかんだ向いていると思っている。


【さいごに】

一番お世話になった参考書の一つにチャート式があるが、この巻頭に記載されている「汗をかけ」という文章わたし世界で一番好きだ。短い詩なのでぜひ全文読んでほしい。

http://www.chart.co.jp/corp/00epitome/01what/asewokake/asewokake.html

「確実な道」を行く者は、「近道」を行く者よりも、汗をかかなくてはならないだろう。だが、その汗は、絶対無駄はらなない。君が、将来“かっこいい大人”“素敵な大人”になれるかどうか――それは、10代の時どれだけ「汗」をかいたかで決まるから

恋でもいい。グラウンドの上でもいい。

そして、エンピツを握ってでもいい。

フィールドは何であれ、思い切り「汗」をかく人であってほしい。


元増田にもあったが、受験はその構造上どうしても他者との競争の構図ができがちだ。しか自分自身の弱いところや意地悪なところや卑怯なところと徹底的に見つめ合い、自分の力で一歩一歩進むことに最大の意義がある。

すべての人に受験勉強というプロセス必要とは思わない。ただ、受験勉強を通して得られるものは決して少なくなく、ただの公式知識暗記ゲームにとどまらない、自分にとって大切なことを教わる大変よい機会だった。大学ではすっかり落ちこぼれ学生だったが、多種多様の人たちに出会い自分の見識を常に広げ続けさせてくれた京都大学には本当に感謝している。

センター試験まであと少し、全国の受験生に幸多からんことを。

2019-01-01

新元号で使われそうな文字勝手に予想

新元号で使われそうな文字勝手に予想してみる。

安倍首相の氏名の文字が使われる。

改憲連想させる文字が使われる。

民族主義国家主義連想させる文字が使われる。

2018-12-28

3Dセキュアって聞いて

何か、3次元的な素数組合せみたいなのを使うのかと連想してしまった。

数学的に立体とかの組合暗号とかって、実質、2次元のかけ算と一緒かな。。

  

実際は、スリディメンションではなくて、スリードメインか。三店方式的な話か。。

発達障害者だけど年末自殺することにした

予定通り、本日身辺整理を終えたので、記念に書き残していく。

 

 

この2018年は、一昨年末退職した直後から悪化した鬱病治療に徹する一年だった。

失業保険いただきながら、求職活動と並行して、障害治療をしながら、トラウマ緩和ケア自力で行った。

よくなったと思ってはまたドン底に沈み、を繰り返し、あっという間に一年が過ぎた。

 

どんなに自分の心と向き合っても、フラッシュバックのつらさは少しも軽くならなかった。

しろ次のステップに進もうとすると悪魔の囁きみたいに、何気ないことから連想されて一気にグルグル思考に突き飛ばしてくる。

 

毎朝フロア全体に響く声で叱責されたこと。

深夜二時まで会議室で「なんで出来ないんだ」と責められ続けたこと。

毎日深夜残業しても私一人の能力では業務が収まらなくて土日祝日関係なく出社していたこと(私もホワイト化を妨げたくてしていたわけじゃない、ただ本当に必死だった)

「未経験で、部下も持ったことがありませんが大丈夫ですか?」と何度も確認したが「うちは未経験しかいない部署から大丈夫」と言われ入社を決めたが、フォローしてくれるどころか毎日経験業務について出来ないことを責められ続け、この会社には仲間など誰もいないのだと入社半年絶望したこと

(思えば東京にいた半年間で私は完全に鬱病になっていた。自殺を考え始めたのは丁度9月くらいだったので)

同僚たちの「仕事しろよ」「病気理由にするな」「言い訳するな」「発達障害じゃなくて性格から、それ」という言葉

藁にもすがる思いで信頼して相談していたマネージャーKさんの、退職意向を伝えた際の嬉しそうな表情。

 

病院先生は「脳の障害なので、性格とは違います」と言い聞かせてくれたが、私は今も自分を責めることをやめられずにいる。

なんでこんな欠陥品の自分が生きているのだろう?申し訳ない、申し訳ない…と、そんなことばかりが頭を巡る日々だった。

 

かに発達障害は、脳の機能障害なのかもしれないが、世間見方はそうではない…と、私は感じている。

今の世の中は、タレントなどの有名人や、著名人、成果を創出する優秀な発達障害者だけが、「私は発達障害です」と言っていいのだと思う。

そうではない凡人の発達障害者が公言すれば、「逃げている」「言い訳だ」と責められる。

少なくとも私はそうだった。

 

 

ごめんなさい。

ミスを繰り返して本当にごめんなさい。

席にじっとしていられなくて、すみません

独自のもの見方をして申し訳ございません。

チームの和を乱すようなことをして本当に申し訳ございませんでした。

 

こんな出来損ないな自分が、生きていて、人並みに働こうなんておこがましいことを考えて、皆さんに多大なご迷惑をおかけして、本当に、ごめんなさい。

 

 

 

マネージャーKさん

とても転勤できる状態にないのに、「東京にまた転勤するしかない」と言い渡され、それがきっかけて依願退職することになりましたが、「やっと辞めてくれるのか」と言わんばかりの嬉しそうな表情が忘れられません。

その時になってようやく、「辞めてほしがっていたんだ」と気が付きました。

察する能力に欠けるので、ずっと気づいてあげられなくてごめんなさい。

 

口では「力になれず申し訳ない」と言っていましたが、目はらんらんと輝いていたので、正直な人だなと思いました。

ただ、そのあと退職届の提出を催促してきたのには、裏切られた思いがしました。

「○○さんも決めたら色々動くこともあるだろうから手続きを急ごう」とおっしゃっていましたが、私が、ではなく、Kさんが「○○の気が変わらない内に既成事実にしなければ」と焦っていたのですよね。

 

一年たった今思い返すと、あの転勤命令は、解雇通告だったのだと納得しています

転勤できる病状ではないことは、お伝えしていましたので。

会社的にダイバーシティを推進しており、『誠実』『仲間』といったコアバリューを掲げている手前、外堀から固めていくほかなかったのだと思いますが、本当なら「すまん、今の状況的に面倒見きれん」とハッキリ仰っていただいた方が、よっぽど誠実で仲間思いだったと思います

少なくともこれほど裏切られた感じは強くなく、傷も浅かったと思います

会社の情勢的に今そういう(ダイバーシティを実現する)馬力はないのだ、と納得できますから

 

 

リーダーSさん

きつい言葉を私に投げつけさせてしまってごめんなさい。

私が不甲斐いから辛く当たるしかなかったのですよね。

けど、「仕事しろよ」と言われたのは本当に、今も日に何度も思い出されます

また、皆の前で叱るのだけは辞めてほしいと何度もお願いしましたが、聞き入れてもらえなかっただけでなく、インターンシップ実施中に学生の前でも辛く当たられたのは血の気が引く思いでした。

とにかく学生会社に対して悪印象を持たれないように取り繕うのに必死でしたが、あの時の態度は後々ボディブローのように効いてきました。

 

 

同じくリーダーKさん

皆で行く予定だったスノボ旅行最後に形だけでも参加できればと思っていたので、Facebookアカウントブロックされたのは本当に悲しかった。

あの頃にはもう、記憶障害も進行していたのだけど、皆と過ごす時間の楽しさだけは覚えていたから、なんとか参加できればと体調調整していたのだけど、新入社員歓迎会も参加拒否されたうえのブロックだったので、本当にとても悲しかったです。

治療しようと決めたのはあなたのおかげで、なんとかうまくやるためにも一時的にチームと距離を置くような形になると思う、と話していて、納得してくれていると思っていたけど、心の中では嫌悪していたこと、まったく気が付かなくてごめんなさい。

あなた健康で、バリバリ働けるからこそ、ハンディキャップを持っている人のことな理解できなくて当然です。

(私も自分ハンディキャップを持っているという言い方をしたくない、そんな自分が嫌にもなる…けど、この隔たりをどう伝えたらいいか今の私には他に思いつかない)

あなたがこの先、体調を崩すことがあったときに初めて、私がどんな思いでいたか理解してもらえるんじゃないかと、そんな期待をほんの少しだけ、まだ持っている自分がいます

 

 

当時拠点代理だったIさん。

私怨から事あるごとに因縁をつけられ、その都度こちから歩み寄る努力をしていましたが、徒労に終わっただけでした。

また、拠点代理という立場になると、今度は因縁をつけるのではなく明確に排除しはじめたのも印象的でした。

心の弱い人間権力を持つとどうなるか、よくない方の典型的パターンだと思いました。

責任ある立場の方なので、迷惑をかけまいと、また理解を得るために私の治療状況についても早い段階でお伝えしましたが、それがかえってよくなかったと思い知るのに時間はかかりませんでした。

あなたが抱えている弱者蔑視女性軽視、年齢差別、依怙贔屓といった数々の排他的行動原理は、どう取り繕っても人間から滲み出てしまものだと思います

願わくばあなたが、自分感情を優先しない冷静で平等管理者となりますように、お祈りしています

 

 

 

あと、この会社に限らず、ダイバーシティ推進とかいって障害者雇用だの多様性を活かすだのと、そんな包容力もないのに表面上だけ推進すると、(私が色んな人に迷惑をかけたように)無実の罪を量産することになると思うので、能力が低い発達障害者にあまり期待を持たせないでください。

 

 

 

長々と、しかもとりとめもなくて、すみません

もう死ぬのだし、言いたいことを吐き出してやろうと思い、心の中に溜まっていたことを綴らせていただきました。

 

 

私の人生は、特に意味はなかったです。

それでいいと今は思っています

意味があったほうが今の私には重すぎて逆に辛いので、無意味に死んでいけることを幸せに思います

 

 

はてなブログさん、こんな上長無意味エントリーを読んでくださった皆さん、ありがとうございました。

うんこ金色だったら

現状うんこって大体茶色い 病気で白いうんこが出たりするけど概ね茶色

その影響もあって、茶色の物を見るとうんこ連想させることも少なくない 茶色い服を着てると小学生とかやたらうんこ呼ばわりしてくる

そこからかなんなのか、茶色の物って不潔っぽいみたいなイメージが湧いたりする

じゃあうんこ最初から金色だったらどうなるんだろう

金の延べ棒も「高価だけど、見方よっちゃああれただの立派な一本ぐそだよな」とか言われたりするんだろうか

もしくは「お前のうんこ金の延べ棒みたいですげぇな!」とかってうんこに対してもポジティブ意見が生まれたりするんだろうか

anond:20181228113628

マッチョ金持ちは女だけの国に住む女同士からは称賛が得づらいだろう。旧男性優位社会連想させるから

芸術ファッション料理が得意で美しい男がペットとして選ばれるのでは?

2018-12-23

anond:20181223152603

別に論破できるとは思ってないけど

別の場所全体主義批判してたら自分自身の中でダブスタにはなるだろうね(だから論破」って単語連想したんじゃない?)

説得力を増したいなら自分の主張が全体主義であることを前提に論を組み立てた方が良いんじゃないの

anond:20181223113954

それな。FF7とコードギアスと他にも合った気がする。

連想ユムシまで出てくる困る

2018-12-20

anond:20181220123141

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い

だろうな。こう言うのは連想して思い出しちゃうもんだし、思い出しちゃったら嫌な気分にもなるだろう。

2018-12-19

超能力者が語る寝屋川中1男女殺害事件

超能力者世界中のいたるところにいる。超能力者はあらゆる物事透視できるが、必ずしも正確に聞き取れるわけではない。聞こえた内容をそのまま喋れば名誉毀損になりかねない。そういうわけで、自分超能力者だと名乗りでない者も多い。

そんななか、増田埼玉県川越市超能力者インタビューすることに成功した。

なお、このインタビューの内容が事実かどうかについてはそっ閉じしていただけると幸いである。

──まず、自己紹介をお願いします。

わたし新聞週刊誌しか見ていないわよ。それでもいいの?ネットデマを流したって言われても知らないからね。」

──寝屋川事件に興味を持ったのはいつごろでしょうか。

「これまで、超能力でいろいろな事件真相が聞けたけれど、そのまま書いたら名誉毀損になるかなって思っていたんだけれど、すこし前に『わたしが考えたサスペンスストーリー』っていうことで小説のようなものを書こうと思ったのよ。何が良いかなって考えていたら、かわいい男の子が殺された寝屋川事件モデルにした架空小説にしようと思ったの。ほら私ショタから寝屋川事件連想させるけど、登場人物とかは全然違う形にして。今になってみればそれ自体が神のお導きだったと思うわ。それがいつだったかは覚えていないけれど、裁判が始まる前よ」

──寝屋川事件真相とは

「2人が殺されたあとの地元雰囲気とかもテレパシーで聞こえたけれど、地元の防犯活動に関わっているひとがどんな気持ちになったとか、直接、聞きもせずに喋ったら袋叩きだわ。事件の状況について透視したら『星野くんは後ろからいかかられ、首にナイフを突きつけられて警察を呼べず、平田さんはパニックになってどうして良いかからなかった』という光景が見えたのよ。」

──裁判山田被告が語ったこととはずいぶん違います

「私が透視したのは、山田裁判で当日の様子を証言する前だった。それだけは間違いないわ。裁判山田が、平田さんから『無理やり車に乗せられたとかレイプされたとか言うよ』と言われたって証言したと知ったときビビったわ。事実確認できないのをいいことに言いたい放題言ってるんじゃないかって思ったわ。でもこれ、山田弁護士が見たらキレるんじゃないかしら。本当に大丈夫なのね?」

──情報源は守るのでご安心ください。どうぞ、山田被告に対する思いを存分に語ってください。

「それならいいけど。山田裁判を舐めてるってレベルじゃないわ。山田の心を透視したら『これを言ったら裁判員がビビる』という考えで裁判で言ってみたかったみたい。念押ししておくけれど、私、何が事実かは知らないからね。たしか山田証言裁判員はビビった。でも、被告の有利にはならなかったんじゃないかしら。」

──山田証言裁判にどういう影響を与えたのでしょうか。

裁判員がどういうお考えだったかは分からないけれど、裁判員が1人辞めました。私が透視したら『山田証言で気分が悪くなった』ということのようね。裁判所は裁判員が辞めた理由の詳細を明らかにしていないし、裁判員も守秘義務があるから口が裂けても喋らないでしょう。いい、私がこれを言ったって漏らしたら殺すからね。」

──ありがとうございました。

anond:20181218200134

すいません。日本語警察ですが、それは説明として少し不完全であると思います

その説明なら、「ふざけろ」は「お前がふざけても私は意にも介しないぞ(平気だ)」という意味になるのでしょうか? あるいは「お前がふざけたら私はただではおかないぞ(脅し)」でしょうか? どちらにせよ「ふざけろっっ……!」と口走る福本マンガ主人公たちの雰囲気整合しにくい気がします。(彼のマンガで「ふざけろっっ……!」という台詞は、たいてい弱者が口惜しまぎれに口走っているように思います。それなら「平静を装う」というのもおかしいですし「脅している」というのも状況に合いません。)

個人の語感で言えば、「ふざけろ」「ふざけるな」どちらの言い方にも聞き覚えがある気がしております。その感覚で申し上げるのも恐縮なのですが、ご説明のような「~してみろよ(ただではおかないぞ)」の意味で使うとき「ふざけろ」は「ふ↑ざ↑け↑ろ↓」であり、福本マンガのようなケースでは「ふ↓ざ↓け↑ろ↑」と発音されるように思います(分かりにくくて済みません)。両者に込められたニュアンスはやはり異なっているのではないでしょうか。では、後者のように発音する場合、どういう意味が込められているのでしょうか。

この件については、まだ学者の方でも完全に説明されているわけではないことをお断りしておきます

(たとえば

https://core.ac.uk/download/pdf/43546097.pdf#search=%27%E5%91%BD%E4%BB%A4%E5%BD%A2+%E5%8F%8D%E8%AA%9E%27

この論文では「(嘘と思われる発言をした相手に対して)嘘をつけ!」という事例をあげ、「反語命令」と呼ばれて、これが議論されてきた過程に触れています。)

したがって確固としたご説明を申し上げることはできません。とりあえず、「既に起きた事柄についての言及であり通常の命令文ではない」「起きてほしいことの反対の意を込めているので反語的な用法か」等と論じられてきているようです。しかしながら、これらの説明でも、私個人の語感を十分には説明してくれていないように感じます


個人的には、このような例(たとえば「嘘をつけ」)の場合、あまり命令ニュアンスを感じないのです。どちらかと言えば「(お前は)嘘をついているよな」と確認するような意味と感じられますし、それは古語係り結びの形から来て、そういう用法ができたのではないかと感じています。つまり

「嘘をこそつけ(「つけ」は已然形)」=嘘をついているよな、嘘だと分かっているぞ、の意。

 ↓

「嘘をつけ(「こそ」が脱落し、命令形と誤認)」=嘘をついてはならない(命令形に反語禁止用法があるとの認識が定着)

ということで、個人的な語感としてはこちらの説明の方がしっくりきます。この説でいくなら、福本マンガの例「ふざけろ」も、「お前、ふざけているだろう。そんな理屈は通らないぞ」というニュアンスになり、これなら、欺かれようとする弱者が口惜し紛れに口走る台詞としてまだ理解できる気がします。つまり、これはややクラシック言い回しであり、その語感にはかなり世代間の差があるのではないか想像されます

なお、同様の事例として、愚かな発言をした人間に対する軽い罵倒語馬鹿言え(a)」があります。これも、「馬鹿(を言うなら休み休み)言え(b)」から連想で、(a)に仮定意味を読み取る向きがあるようですが、(a)の意味するところを率直に考えるなら「お前の言っているのは馬鹿な話だ」「お前は馬鹿を言っているよな」という断定であって、(b)とは少し異なるものだと思います

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