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はてなキーワード: 優しい言葉とは

2018-07-17

疲れました。駄々をこねたい気持ちでいっぱいです。前向きなことも考えられません。

自分気持ちを吐き出す場所がないので、この場所が向いているのかわかりませんが便座を抱きしめるかわりに

パソコンに向かっています

井戸みたいな心をのぞくと底のほうに溜まっているのは「お前なんか知らない、苦しめ、喉が潰れるくらい苦しめ」

という黒々とした気持ちです。あまりの醜さに自分でもあきれる。嫌になる。消えてしまいたくなる。

今私がいなくなったら、周りの人々は口を揃えて「明るく優しい人でした」と言うでしょうけど、そりゃそうでしょう。

はいつもあなたたちの話を聞いているんだから気持ちよかったでしょう。申し訳程度に私について質問してくれるけど、

さして興味がないことはわかっていますあなたのことは知らないし、私のことも知らないでしょう。「明るく優しい人」って一体だれのことですか?

もう人生もそこそこに生きて来たので、今はこんなに苦しく、醜く、人を自分を傷つけたく思っていても時間がたって

しまえばある程度は落ち着くということはわかっています。それでももとの平常に戻ってもなお、生来の質というか、

ビルビルの隙間隙間の暗い影の中にすぐ戻ろうとする自分精神の薄暗さが周りの人々と共有しづらいものであり、

吐き出す場所もなく、ただ淀んでいき絶望することに疲れました。

私が画家だったなら、薄暗い気持ち原動力に絵を描いて、これはアートだと、私はアーティストだと言って人にみせたでしょうか?

いいえ、しません。人の事を考えない人は人の時間を奪わないでください。自己顕示欲にまみれている人はボットン便所

バキュームカーに吸われるのをじっと待っていてください。

こんなもの絶望ではないのかもしれないけど。絶望定義も人に決められるのか。

思うに、精神バランスが崩れている人の文章は独特の気持ち悪さがあると思うけれどもこの文章もなかなかの物です。

投げてはすぐ戻ってきて体をえぐるブーメランのような視線自己批判精神が私を死なせようともう終わりにさせようとしてきます

じっさい、終わらせた所で大したことはありません。いなくなってしまった人たちと私の差は何にもありません。本当に悲しく思います

思春期の頃からわたしが一番したいことは終わらせることです。けれども周りの人々が悲しむため選択ができません。周りの人々は悲しみ

ますが私の気持ちを聞いてくれるわけではありません。私が話そうとしないからでしょうか?いつもと同じ選択ではなく

勇気をだして人に相談してみましょうか。どの人も親身に聞いてくれます。そして「そのままで大丈夫だよ」と優しい言葉をかけてくれます

想像上ですが、おそらくこの結果に落ち着くでしょう。

そう、人の人生責任なんてとれないしどのようでもいいからです。その人が選ぶしかないのだから。でも今の所死を選ぶ事は良くない事とされています

もし選択肢としてきちんと死が選べるなら、わたしは、わたしの持っているものうち人にあげられるものを選び残すこともできるのに。

(こんなやつの身体なんていらないと言われるのでしょうか)死の自由はありませんか?コントロールできませんか。いつか降りかかる死が来てから

ないと私は自分の部屋も片付けることができません。

腫れ上がったニキビを潰してしまおうと、文字しましたが、菌が入ってしまってよけいにひどくなってしまいました。

人間暴力が大好きです。毎日毎日サスペンス劇場再放送されています激情人間模様の果てに人を殺めてしまうさまは単純にエクスタシー

なんでしょう。知性を身につけて、賢く振舞うことが賢いと知ったから、表面的な差別はなくなっても本当の差別はなくならないでしょう。

誰でもいいので人を一人選び、一緒に生活をし、子供を作りましょう。そして老いていってもお前はひとりぼっちです。わかりますか?

いつまでも人に褒めたもらいたがる人間がいっぱしのつらをして子供を作るんじゃない。でないとこんなことになる。


夜中にメッセージをくれた君、とても読みづらく人に読ませるための文章ではありませんね。

2018-07-14

ほら見ろ優しい言葉かけたって何の反応もねえじゃねーか

脊髄反射して通知寄越すんじゃねーよカス

2018-07-11

なんでも持ってるやつが鬱になってるとさ

知人が鬱になった。わけもなく涙が出て希死念慮があり、仕事ができず実家へ帰っている状態らしい。

俺はたまたまツイッターでつながっていたので、最初こそ見守ったり優しい言葉をかけたりしていたが、最近は嫌になってやらなくなった。なぜかというと、知人がなんでも保っているのを見てイヤになったかである病気心配してくれる優しい両親、経済的に豊かな実家長生きの祖父母。献身的に支える恋人、鬱に理解のある職場

俺が欲しくて、しかし手に入らないものばかりだった。俺はつい、こんなに恵まれ環境で鬱なんて甘えだろ俺はもっと不利な条件だが我慢強く生きてるのに。と一瞬考えてしまった。悲しい。貧すれば鈍すってやつか。

2018-07-09

たぶんもう誰も愛せなくなったみたいだ

結婚サービス見合いした男と結婚した。

職場恋愛でつまずいたのがきっかけ。相手の男は結婚しようと押しまくってきたのに突然別れようと言ってきて、涙涙の別れ。

その一ヶ月後にその男市議会議員の娘と結婚した。しか結婚決まった報告の電話を夜中にかけてきて、だけどお前とエッチしたいから来てくれだと。

自分の男の見る目のなさに情けなくて、結婚サービス任せで結婚した。

そうしたら夫はさらに嘘つきだった。借金だらけで夜逃げに付き合わされ、逃げた先で暮らしを始めるも、貯金はつかいこむ、風俗につぎ込む、

始終働き出したと思えばすぐ辞めて、しばらくお休み満喫ブラブラパチンコ行くか、ネットサーフィンクズの中のクズだった。

子供がいたから頑張って働いて、家庭も維持しようと独身時代貯金も夫の借金支払いに消えたけど、ついに子供連れて別れることにした。

新しい土地で、再婚を言いよる彼氏暮らし始めたら、彼はさらなる嘘つきで、大学勤務と言いながら実は無職だった。

私の稼ぎをヒルのように吸い取った後、私のお金を盗んだので、仕方なく警察突き出した。過剰な労働がたたり私は瀕死の病に倒れた。

やっとボロボロの体で復帰しようとした。お金持ちの男性が同情から付き合ってくれ、結婚しようとまで言ってくれた。

ところが、彼は肛門性愛者だった、ノーマルな私は受け入れられるわけがなく、婚前で回避

もう一人、何くれとなく私を大切に助けてくれた年上の男性もいた。ところが彼は出会い系人妻と寝た数を自慢するようなクズだった。

そうこうするうち、私はいつの間にかババアと呼ばれる歳になった。鏡の中に映る年をとった顔は、結局生きている間誰にも心から愛されたことが

なかったという寂しさが漂っている。

人は信じるに足るのだと思いたい。でも、誰でも結局自分のためにしか生きられない。そういう人しか見当たらない。

何か優しい言葉をかけてもらっても、また、お金が目当てか?セックスが目当てか?それとも肛門目当てか?と疑わしくて、心が離れてしまう。

ありがとう、また会いたい、嬉しかった、次に会えるのが楽しみ、

そういった言葉を口にするたび、別のロボットが私の口を借りて言っているような虚しさがある。

かに甘えたいのに、甘えられない。

寂しいのに、ひとりぼっち

たぶん 誰も 愛せなくなったみたいだ。せめて誰かとの温かい本当の愛の記憶さえあれば、この先長くないだろう人生を生きていくにも

支えになるだろうに、それが無い。

2018-07-05

恋愛は少なくともメンヘラとは両立できなかった話

 本文をうっかり読んでしまうのは時間無駄なのでいくらか前置きで警告をしておく。

 これは一人のクソ女の自分語りだ。

 多分恋愛をしている人にもメンヘラをやっている人にも響かないと思うので、ノンフィクション小説好きな人とかが読んで哀れむなり蔑むなりネタにするなりしてくれたらいいと思う。

 文章にすると落ち着くたちなので、一回字に起こして整理したかっただけだ。

 特に意見アドバイスを期待してはいないけれど、私が想像も出来なかったような現実を打開する魔法があるなら教えて欲しい。

 そうじゃないなら今はほうれん草を沢山使うレシピくらいしか知りたいことはない。

 石を投げたりして気持ち良くなるなら好きにこの文章の私を罵ってくれて良い。もし肯定したいとか共感したとか優しい言葉を掛けたいとか思ったら、それは上手く受け取れないので胸に仕舞うか何かしておいて欲しい。言って満足するなら言って満足して欲しい。

 それから、ぼかしたりフェイクを入れてはいるけれど一応念のため。私の彼氏さん。あなたがこれをもし読んでいたら、私にいい加減愛想を尽かして下さい。メールもしなくていいし、顔も合わせなくていいです。ここにはあまり書いてないけどあなたはすてきな人なので、きっと可愛くて気立てが良くて知的趣味の合う恋人や奥さんがそのうち出来ると思います。私抜きで幸せになって下さい。でも今までありがとう

 さて、数えてないけど多分これ五千字くらいある本文。

 私には彼氏がいる。中学生の頃男女混ざった仲良しグループに居た同士だったが、彼は当時テンプレ中二病クソ女であった私に親切だった。私はいわゆる愛情に飢えたメンヘラであり、被虐待児でもあったので親切な彼を好きになった。

 親に無理矢理突っ込まれ進学塾、殴られたくないから沢山勉強して、私が目指した志望高校は彼と同じ学校だった。志望理由は、当時不良やヤンキーが苦手だったのでそれでもやって行けそうな校風であることと、私のやりたい部活の成績が良かったこと。通える範囲で目指せる偏差値勝手に割り出されたその高校を志望していると自分に言い聞かせるために、彼と一緒に高校に通えるかもしれないことを考えていた。彼は頭が良かった。彼の頭が良いところにも好感を持っていた。

 結果として高校受験は失敗だった。兄弟が多い我が家は長子の私の滑り止めを用意出来なかった。模試きれいな紙に印刷された合格する確率が70%まで落ち込んだ。挑戦は許されず漫画のように家庭の都合で通いやすくそれなりの偏差値の親が決めた高校受験して合格した。

 妥協のご褒美に私は携帯電話を買い与えられた。猿のように熱中した。友達とひっきりなしにメールをするのが楽しかった。そんな携帯中毒に付き合ってくれたのが彼だった。

 彼は愚痴をうんうん聴いてくれた。肌寒い日にはコートをかけてくれて、雨の日は傘を差して家まで送ってくれた。

 彼は誰にでもそうする人間だ。

 そういう人間を私は好きだと思った。

 高校一年の夏、好意を伝えた。彼はいわゆる恋愛恋愛した面倒は嫌だけど、と前置きした上で私と付き合う返事をくれた。友達にも家族にも内緒だった。私はおおっぴらに恋愛満喫して盛大に恋心に振り回される友人たちのようになりたかったが、その夢は絶たれたと言ってもいい。

 彼は時折、家族が留守にしている放課後休日、私を自宅に呼んだ。彼の家は急な坂の向こうにあり、私は暑い日も寒い日も自転車こいで彼の呼び出しに応じた。二人でカーペットの床に並んで座って、他愛もない話をするのはとても楽しかった。彼はキスがしたいと言ったので応じた。こんなもんか、と思った。彼は私の胸や下半身に触れたがった。胸は触らせたが、下半身他人に触られるのは嫌だったので精一杯かわいこぶって断っていた。

 彼が満足そうで良かった。私にかわいいとか偉いとか頭が良いとか言ってくれるのは彼だけだったからだ。

 たまにデートなるものもした。彼は共通の友人にばれたら面倒だから地元ではないところで待ち合わせて、博物館などに行った。博物館が好きなので楽しかったが、多分一人でいても楽しかったとは思う。彼は理系なので解説をしてくれて、知らないことを知れたのは楽しかった。

 いわゆる中学生ぐらいのいじましいお付き合いは高校三年生になるまで続いた。

部活大会模試で顔を合わせたら、こっそり示し合わせて抜け出して会って話したりしていた。

 関係が、と言うよりも私が変わったのは高校三年生の秋頃だっただろうか。

 私は学校へ行けなくなったというより、身体が動かなくなった。

 鬱を発症していたと知るのは年明けに通院をはじめてからだ。高校卒業も危うくなった。彼のメール無視し続けた。友人たちのラインブロックした。手首を切った。酔い止めを何箱も一気に飲んだりした。苦しかった。とにかく早く死にたかったが、癇癪を起こすと椅子を投げてくる母親から兄弟を守らなければならなかったので死ねなかった。

 音信不通を続け、両親の説得も不登校支援センター保健室も諦め、私は精神科に通院することになった。

 高校三年生の一月、私はセンター試験どころか学校へも行かず精神科に通った。薬が効き始めるまでが地獄のように長かった。向精神薬睡眠薬がなんとか効力を発揮する雰囲気を醸しはじめた頃には、卒業はほぼ絶望的だった。

 私は主治医から診断書をぶん取り、校長などのお偉方と交渉を重ね、補講を組んでもらうことでなんとか、卒業から数日はずれが生じるものの年度内に卒業出来ることになった。周りの大人は私の想像はるかに超えて優しかった。同情し、時には私の身の上話に涙ぐんでくれた。そんなことで悩んでいたなんて知らなかった、と口々に言った。進学校だったので不登校前例が無かったのが幸いした。先生方は私一人のために会議室卒業式をやってくれた。

 さて、話を恋愛に戻そう。私はなんとか卒業証書をぶん取り、彼は第一志望の難関大学合格していた。サイゼリアで久し振りに会って彼は「元気そうで良かった」と言った。

 私は全くもって元気では無かった。

 恋愛どころじゃない、何度も死にかけた。

 人に説明する元気もあまり無かったので、かなり端折って私はことの顛末説明した。ずたずたの腕を見せて「メンヘラと付き合うとろくなことがないって言うから、別れるなら今だと思うよ」と彼に提案した。彼は「それは別れる理由にはならない」と言った。

 そういうことでお付き合いは継続されることになった。

 彼は大学入学した。私はそれを祝福した。彼が受験勉強を頑張っていたのを知っていた。とても尊敬している。

 私はといえば、自分を殺そうとする自分に耐え、病状を必死家族説明し、ひたすら精神科に通った。

 彼は以前と変わらず家族が留守の合間に私を家に呼んだ。私は行かなかった。外に出る元気も無かったし、当日朝「今日家誰もいないよ」と言われても動き出す頃には翌日の昼間だ。

 彼はサークルが忙しかった。理系から男ばかりで可愛い子いないよ、と言っていた。

 私達はあまり会わなくなった。

 彼は学業を、私は治療を、お互い頑張っていた。

 彼は私が死んだら悲しむだろう。優しくて弱い人だから自殺だけはしてはいけないと自分に言い聞かせた。

 色々なことがあった。

 死なないために意識を失うことが必要だった。私は酒浸りになり、睡眠薬はどんどん強いものに変わった。早朝起きて、Amazonで買ったウォッカを水で割り、それで頓服を服用して眠り、昼過ぎに起き出して母に罵倒されながら(これは10年来の日課だ)食事をとり、薬を飲んでまた眠った。眠れない夜は頓服を酒で服用した。そうすれば眠れる。眠っている間は死にたくならないので楽だった。

 私某居酒屋で酒を飲みすぎて意識を失い救急車に乗った。倒れたはずみに骨折もしていたのでそれを治療するため更に入院した。入院中は母に罵倒されず三食昼寝付きだったので手術の痛みを差し引いてもお釣りが来るくらい快適だった。

 退院してからはまた酒を飲んで眠るだけの生活をした。

 そんな状況を医者は許さず、私は精神科閉鎖病棟入院することになった。彼は見舞いに来たがったが、私は断った。誰にも会いたく無かった。自分自身と二人きりになりたかった。何もかもに疲れ果てていた。

 入院生活幸福だった。

 看護師さんは優しい。変な人が沢山いるけどそれぞれが自分のことで精一杯だから誰も干渉してこない。

 母の罵倒が無いなら、現実逃避するためのスマートフォンは要らなかったので無くても困らなかった。

 少しの本、ポータブルCDプレイヤーと何枚かのCD。それだけで完結した生活は確実に私の心を癒した。

 これが人生の正解だと思った。誰も、何も要らない、天国だと思った。

 あらかじめ定めていた期間が過ぎ、私は退院した。

 閉鎖病棟入院したことがあるレッテル付きの私は母から罵倒が少しは薄まったと感じた。もう死にたくならないために一人で十分だった。

 そして同い年の彼が大学二年生になると同時に、私は大学一年生になった。

 母が勝手に推薦入学に出願して受験料も払い込んでいた。仕方がないので面接に行ったら大学に受かった。入学した。

 彼はおめでとうと言ってくれた。

 新調したスーツきれいなキャンパス、好きな学問、新しい友達

 私はまともな人間に戻れるかもしれないと期待した。

 アルバイトもはじめた。友達徹夜で飲み明かしたりした。

 しかし、ゴールデンウィークが明けた頃には既に私はくたびれていた。夏休みが明けて、大学へも行かなくなった。アルバイトはクビになった。

 主治医からストップがかかり、休学する事になった。

 私はただ家で時間を潰し、母の(以前よりはマシな)罵倒に耐え、薬を飲み生活していた。もう死のうと思っていた。

 大学で新たな人間関係を築いた彼は、私の死を受け入れるキャパがあると思った。

 そういえば私は彼とセックスしていなかった。

 呼ばれても家に行かない、共通の友人たちと遊ぶ以外では会わない、そんな恋人であったから、私はなんだか彼に申し訳が無かった。

 セックスすることでそれを清算できると思った。

 セックスする前に私は酒を飲んだ。

 薬の副作用で性欲は無く、彼とキスしても気持ち悪いと思ったからだ。

 彼が取ったホテルで私は彼と昼間からセックスした。

 こんなもんか、と思った。

 彼は別にセックスたからといってこれまでより優しくなる訳でも冷たくなる訳でも無かった。

 その日私からやや強引に誘い、夕食を食べながら話をした。私は彼と話がしたかたからだ。彼と話すのは楽しかった。

 それが数ヶ月前のこと。

 それ以降、私は彼と一度も顔を合わせていない。

 なんだかひどく億劫で、気の許せる女友達しか話したくない。

 精神科に通い続けて、自傷行為をやめられた。アルコール中毒も治った。睡眠規則的になった。

 兄弟が進学と同時に一人暮らしを始めた。もう自分の身を自分で守ってくれる。

私の生きる価値は無くなった。

 ある夜母が癇癪を起こして私に出て行けと怒鳴り、私を家から蹴り出そうとした。

 終電が無かったので私はははに頭を下げて「一泊止めてください、明日出て行きます」と言ってその場をおさめた。

 翌朝、私は最小限の荷物だけを持って逃げるように家を出て、何度か遊びに行っては掃除をしてやったりしていた兄弟一人暮らしをしている家に転がり込んだ。

 それから紆余曲折あり、結局兄弟仕送りで私は生活している。兄弟大学に行き、私は自分兄弟の二人分の家事をしている。おそらく幸せなのだろう。私が欲しかった暮らしは手に入ったのだろう。

 もう死んじゃおっかな。くたびれた。もう何も要らない。

 今死んだら同居している兄弟がショックを受けるだろうから、死んでないだけ。

 彼と連絡を取っていない。

 これが自然消滅と言うのならそうなのかもしれない。

 私は多分もう駄目だ。大学は妹宅から距離的に通えないので中退する。アルバイトでせめて食い扶持を稼ぐのが目標だが、達成出来るのはいつになるやら。

 こういう駄目な人間恋愛などしても彼に何の得も無いだろう。

 だから自然消滅であってもさよならを言っておきたい。

 もう恋愛感情がどういうものなのか思い出せないのだ。

 自分異性愛者ではないのかもしれないとも思ったが、同性も好きにならないのでたんに今恋愛をしたくないだけだと思う・

 彼は人間としてすてきだから好きだけれど、セックスはしたいと思わない。それじゃあ社会的地位の高い彼にぶら下がりたいだけの厄介メンヘラだ。しかセックスさせてくれないときた。そんなクズになってまで恋愛かいフィールドに立っていたくない。情けないし申し訳ない。

 友達に戻って彼と飲みに行きたい。手を繋がないで一緒に博物館に行きたい。一緒に食事がしたい。でも今は会いたくない。

 さよならを言うために約束を取り付けようと思って、彼が通う大学夏休みの期間を調べている。

 でも何だか会うのも連絡するのも嫌になってきた。

 こうやってぐずぐずしたまま、付き合い始めてこの夏で四年。嫌だ。

 生活が忙しくて、朝起きて夜寝るのが精一杯で、恋愛なんかやってる場合じゃない。

 そろそろ死んじゃおうと思っている。

 メンヘラはよく人生を虚無虚無言うけど例に漏れず私もやはり虚無を感じている。

 恋愛には向いてなかった。

 多分健康でいることが出来なくなった段階で恋愛なんかやめにしておけばよかったのに、彼の優しさでそれは人工的に延命措置を受け続けている。

 罪悪感はそれだけで健康を害するから排除しなければ、と、病気治療する上で判断出来る。だからさっさと別れようってメールを打てば良いのだ。

 参ったなあ。

 

2018-06-30

愛がこわい

先日、自分誕生日があった。で、恋人がお祝いのプレゼントと一緒に手紙をくれた。手紙には優しい言葉愛情、そのほかいろんなものが溢れていて本当に嬉しかった。でもそれ以上にこわかった。

母は寂しかったのだろう。母親父親離婚してから自分男漁りの場によく連れて行かれた。母と彼氏デートにもよく連れて行かれた。なんだこのガキは、と思われていたことだろう。幼くても大人の表情からいろいろとわかっていた。母を哀れと思い、出来る限りいい子でいようと決心した自分がとった行動は「無でいること」だった。デート中は小銭をもらってゲームセンターにいる。少ないコインで長時間粘ることで大人時間邪魔せず済む。ドライブ中は後部座席眠る運転席と助手席の間でキスする大人たちの姿をよく見ていた。眠っているフリが増えた。そうすれば自分を車内に放置して気兼ねなく出かけられるから

ある日、自分風邪をひいて熱にうなされているとき、看病中の母のケータイが鳴った。誰かと喋ったあと「ごめんね、お母さん大事お仕事ができたから、少しだけ出かけてくるね。ケータイを置いていくから何かあったら仕事用のケータイにかけてね」といい、母はケータイを置いて出かけていった。寂しさを紛らわそうと母のケータイゲームを始めたが、何かの拍子にメールフォルダを覗いてしまった。受信時間はついさっき、相手は母の彼氏、内容は「エッチしたいから迎えに行く。すぐ終わるから子供は置いてこい。愛してる」だった。これを読んだ瞬間、もっといい子にするから自分を愛してほしいという気持ち自分ことなど愛さなくていいか幸せでいてほしいという気持ち、ひとりでさびしいなという気持ち、いろいろな感情自分を駆け巡って、画面を見ながら静かに泣いた。それからとにかく手のかからない子供を目指した。母の邪魔になりたくなかった。もう愛されなくていいと思った。

そんな自分大人になり、紆余曲折を経て今の恋人と巡り合った。恋人好奇心旺盛・ジプシー気質人間なので、自分への関心はさほどないのだろうと思っていた。そんな恋人からもらった手紙は、この駄文の冒頭のとおりに自分を混乱させた。自分は愛されなかった存在で、これからも愛されるような存在ではなく、価値もない。こんな自分を愛させてしまって申し訳ない。誰かに愛されることがこわい。喉から手がでるくらい愛が欲しかったはずなのに。欲しかったものを与えてもらって、こんな気持ちになって、俺は何がしたいんだろうな。

2018-06-23

専業主"夫"やりはじめて3ヶ月経ちました

心が折れた会社勤め

生来不特定多数人間コミュニケーションを取ることが難しく、自分を良い部分を理解して悪い部分をフォローしてくれるような人としかコミュニケーションが取れていませんでした。

もう少し正確な表現を使うと、優しい方々にコミュニケーションを取ってもらえていたというのが正しいのではないかと思います

それでもその優しさに甘えてはいけないと、自分から積極的に外部のコミュニティへ関わろうと努め、自主退社や解雇となっても転職を繰り返していました。

そんな日々を送る中、最後に務めた会社上司から「傷付く物言いかも知れないが精神鑑定を受けてみてはどうか?」というアドバイスを貰って実際に受けてみると、どうやら重度の発達障害及びADHDである事がわかりました。

その事実を知って今までの人生走馬灯のように蘇り、とうとう会社務めに心が折れてしまいました。

専業主夫への準備

驚くかもしれませんが、こんな自分でも結婚しており子供が1人居ます

妻は優しい人です。ダメな夫を持っていても日々応援してくれて転職を繰り返しても「次は上手く行くよ」と優しい言葉をかけてくれていました。

そして「専業主夫になろうと思う」と打ち明けると妻は「じゃあ交代だね」と快諾してくれたのでした。

妻は子供が生まれた以降は専業主婦として家事育児を行っていたのです。

から家事育児の引き継ぎを受けつつ、妻の就職活動必死に手伝いました。

様々な環境ダメ人間烙印を捺されているので恥も何もあるものでなく、自分電話帳の上から、どうにか妻に斡旋できる仕事はないかと連絡を取りました。

すると「仏具神具屋の事務員が空いていたはず」と快く斡旋して頂けました。更には「これから時代、男の専業主夫なんて増えてくんだから時代を先取りだよ」という言葉までかけて貰えました。

最大の悩み

一番最初に悩んだのは子供への食事です。

子供はもう普通に大人と同じ食事がとれる程度には大きくなっており、育児の最低限として食事を与えなければなりません。これは絶対に忘れてはならない事項なのです。

独身時代、忘れていて気付けば1週間食事をとっていなかった経験がある身としては、それが非常に恐ろしかったのです。

結局、忘れてはいけない日々の日課習慣関連は自作カレンダーチェックマークを入れていくというタスクリスト方式に落ち着きました。

頻繁にカレンダーを見るということさえ忘れなければ日課習慣が抜けてしまうことを防げますカレンダーを確実に見るように1時間に1回携帯電話アラームが鳴るようにもしてあります

もっと上手くやりたい

ある程度、家事に抜けが出なくなると欲が出てくるものです。

具体的には「子供に美味しいものを食べさせたい」という欲です。

多くの親御さんに叱られそうですが、最初の2週間はほぼカップラーメン電子レンジで作れる冷凍食品を与えていました。

もう少し手の込んだ美味しい料理を出したいと考えたのですが、既存レシピ料理が既にできる人用のもので、栄養失調にならないため食べるとしてきた自分のような人間には理解が難しいものでした。

妻にそのことを相談すると「即席調味料を使った料理時短料理なら手順が少なくてアナタにも出来るのでは?」とアドバイスしてくれました。

このアドバイスは最高のもので、特にシーズニングミックスと称される即席調味料簡単でかつ美味しく、子供カップラーメン冷凍食品よりはまともな食事を与えられるようになりました。

しかも、このシーズニングミックス調理の訓練にもなるようで、料理だんだんと馴れてきてチャーハンや厚焼き玉子くらいなら作れるようになりました。

世間体

世間体がどうなのか?と気になる人も居るかも知れませんが、その答えは「よくわからない」です。

前述した通り、外部とのコミュニケーションが苦手なので頻繁に自宅の周囲で目撃されるようになった自分世間がどういう目で見ているのかはわかりません。

近所の人とは会釈する程度の仲なので会話もなく全く評価がわからないですが、実害もないので専業主夫であることを自分自身は特に気にしてません。

精神が安定した

会社務めを諦めた今の自分精神は安定しています

そのことによって日々のストレスの大半が外部とのコミュニケーションであったことがわかりました。

そういう意味では専業主夫が性に合っているし、不安がないわけではないですが会社務めよりは精神的に楽です。

ちょっと特殊な事例かも知れませんが専業主夫を考えている人はご参考までに。

2018-06-19

優しくされるのが辛い

こんなクソゴミに優しい態度を見せたり優しい言葉をかけないでくれ

どう考えてもこっちが存在してること自体が悪いんだから優しくされたら居場所がない

もっと価値のある人間に優しくしてあげてくれ

2018-06-16

死にたいと思った人、死にたい人を見かけた人に読んで欲しい

なぜ、自殺願望を抱くのか。なぜ、死にたいと思うのか。理由など簡単だ。「死にたいから」以上だ。それ以外に理由などない。死にたいというワードは、それ自体で完結する。「命を大切に」というのは全く響かない。それは、健常な人々の上から目線の先の偽善フレーズであり、おおよそ胸に響くであろうと考えた挙句、当たり前のことを言っているに過ぎない。末期がん患者に、「お大事に」というくらい失礼だというのがまだ分からぬか。

また、死にたいという人間に出来ることは、何か。話を聞いてあげることか。違う。今にも死のうとしている人間に、百の優しい言葉をかけても、虚しいだろう。もっとも確実な方法は、これしかない。「身体を拘束すること」入院させるか、365日24時間監視し、服薬管理させるか。いいか人間感情は、抽象的な、まるで、イデアのようなものではない。単なる神経の発火だ。死にたいという感情は、脳の神経の発火。ストレスのない静かな環境置き薬を飲むことで消える神経の発火だ。

から死にたいと思った人もこう考えて欲しい。申し訳ないが、あなたのその死にたいという感情は崇高でも何でもなく、ホモ・サピエンスの脳という器官の神経発火だということを認識し、今すぐ、精神科へ行くことだ。

人間感情は、その程度のものだ。精神科に行き、その自殺願望が消えれば、快楽という素晴らしい神経発火も復活する。死んで、脳の機能を止めるより、生きて、快楽という神経発火を楽しむことを強くお勧めする。

2018-06-09

限界です

毎日毎日、何度も、何十回も嫌だ、やめて、お願いだからやめて、苦しい、

と繰り返し、繰り返し、朝から、夜も帰ってきたらずっと繰り返して、

懇願してやめて、お願いだからやめて、と言っているのに、やめてくれない。

そのモードに入ったら、バスだろうが、電車だろうが、スーパーだろうがひと目があろうがお構いなし。

今日スーパーでそのモードに入られてしまって、何度もやめて、お願いだからやめて、と20回程懇願して泣き崩れてようやくやめてくれた。

そのたびに「ごめんね。もうやらないから」と優しい言葉を言ってくれることがあって、よかった、とほっとするんだけど、またすぐに繰り返し。

今日も夕飯は○○が食べたいな、と言われて、頑張ってリクエストに答えて作ると、違うのが良かった、と言われたり、

何か気に入らないと無言でシンクに捨ててあったりする。

毎日が、精神を削られる、人格というか、人としての尊厳というか、

そういった正気を保つためのなにか大切なものを不可逆的に削られていくような感覚がある。

行政にも、各方面何回も相談したが、これといった決め手がない。行政は実際に家庭内干渉することはない。

精神科にも行って相談してみたが、「大変ですね」、と。

違うんだ。共感が欲しいんじゃないんだ。この逃げようがない毎日から助けて欲しいんだ。楽になりたいんだ。

助けてほしくて、あちこち相談して回ったんだよ。

こんな、毎日修羅場の家庭を作りたかったわけじゃ決してないんだよ。

普通の家庭を築けるものだと思っていたんだよ。

自分で選んだんだろ、と言われると返す言葉もないのだけど、逃げる場所もない。

これからの残りの人生、もうそんなに長く正気を保ち続けられる気がしない。

2018-06-06

言葉使いの悪さは直らない?

やたら、攻撃的に会話する人がいるけど、

どうやったら直せるのか?

優しい言葉を掛け合ったほうが円滑に事が進むと思うの。

2018-05-15

anond:20180514145512

同じ苦しみでモバマスやめたけど、これから先もモバマスはお前を苦しめるよ。間違いないよ。

好きだった子を綺麗さっぱり忘れられるわけないからな。

お前のことを「結局その程度だった」みたいな事を言うやつがいる。

その時にカッとなると同時に「その程度じゃなかったからきっぱりやめたと思っても苦しんでるんだな」って思えたら一生まとわり付いてくる。

なぜならお前の「やめる」宣言は、「嫌いになったからやめる」わけじゃなく、「好きな酒・タバコをやめる」という「禁煙禁酒」に近い。相当な覚悟時間をかけないとやめられない。

 

だって今回の総選挙忖度しかなかったと思っている。モバマスやめたのに総選挙になると嫌でも目につくからな。

そりゃそうだろ、一回シンデレラになったアイドルのPは別に総選挙勝たなくていいんだから流れに従う。必死こいてプレゼンして、ポスター作って、心から、せめて50位以内って願いすらも「7回目だから」の前にただ風に舞う塵に同じように吹っ飛ぶ声なしで人気もあまりないアイドルPはなんなんだ。中間発表を見て、やるせない気持ちになってしまうだけのPはなんなんだ。

見ていて辛かったよ。

結局俺にできることはスルーしかない。そういうPへの励ましは同じ担当じゃないとできない。間違っても他のPがしてはいけない。特に50位以内入っているようなアイドルのPはな。

 

お前がなにPかは知らないが、俺みたいになりたくないのなら、同僚・同志を捨てる必要がある。つまりTwitterモバゲーを完全に閉じてしまう。新しくスタートするしかない。

なぜそうなるか。お前はこれから先8回目、9回目、必死こいてプレゼンして、ポスター作って、うるさいぐらい頑張っている同僚・同志を見て、ドライになれるか?

優しい言葉をかけたくてもお前はやめた人間必死こいてプレゼンもしてないし、ポスターも作ってないし、そもそも投票すらしていない人間が、今頃「お疲れ様」なんて言えるか。お前は静観しなければならない。静観する度に、心に何かくすぶってくる。当たり前だ、ほとんどのPにとって「結局その程度」じゃないんだから。苦しみ抜いてやめるんだから

 

断言するが、お前はこの先もっともっとモバマスで苦しんで、この増田アイドル増田ーを投稿する。

お前の苦しみが晴れるのは、担当アイドルに声がつく以外にないからな。

2018-05-13

被害、「そのくらいで」と言わないで

休み職場アラフィフのおばちゃん達とTOKIO山口元メンバー事件話題になったのだが、

山口元メンバー擁護、また被害女子高生非難するような意見圧倒的多数で驚いてしまった。

私はこの春に大学卒業したての新入社員だ。一緒に話した彼女からすればまさに母と娘ほどの年齢差である

単に年齢や立場の近い方に肩入れしてしまいがちなだけ、ジェネレーションギャップ、と言ってしまえばそれまでなのかもしれない。

だが、「山口くんは辞めなければいけないほどのことをしたのか」「そんな夜中に男の部屋に行く女子高生が悪い」という意見にはすこし異議を唱えたい。

という思いでこの記事を書かせていただく。


突然だが、私は男性から少々危ない目に遭わされた経験が思いつく限りでも三度はある。

高校時代同級生男子からLINEで急に肉体関係を迫られた。

大学時代バイトからの帰り道で、見知らぬ男性に絡まれ、逃げようとしたら腕を掴まれた。

サークル飲み会で、したたかに酔った先輩に襲われかけたこともあった。

これを見た読者の皆様はどう思うだろうか。

「怖い」と言ってくれる声もあるかもしれないが、「なんだ、そんなものか」と思う方のほうがおそらく多いだろう。

「そのくらいで」とは、じつは被害を受けた私自身も少なからず思っているところである

実際、LINEをもらった同級生から実際に襲われたわけではないし、夜道で話しかけてきた男性からもそれ以上は何事もなく逃げ切れたし、

サークルの先輩に襲われかけたときも周りに人がいたため止めてくれた。

何か痛い思いをさせられたり、強姦されたりしたわけではない。「実害」というほどの実害も受けていないのである


だが、「怖かった」「嫌だった」という気持ちに偽りはない。


それらの被害に遭った当時を思い出してみると、その状況を「乗り切る」ということのハードルが著しく低いことに気づく。

平たく言えば「殺されなければ何されてもいいから、生き延びよう」くらいの考えになってしまっている。

まず、相手は理性をなくすほど興奮している。下手な言動で逆上させては何をされるかわからない。

きっぱり断ろう、警察を呼ぼう、といったまっとうな考えはなぜか遥か遠くへ行ってしまっていた。

そのため、なるべく従順な態度をとって被害を抑えよう、これ以上エスカレートしなければいい、と現に受けている被害を受け入れてしまう。

被害から解放された直後は、こちらも急に非日常状態に追いやられて冷静な精神状態とは言い難い。

私の場合は運良くそれ以上の被害を受けずに済んだので(本当に運が良かったと思う)、「これだけで済んでよかった」という安堵感が真っ先にやってくる。

あんなことが本当に自分の身にも降りかかってくるんだなあ、いい勉強になった、なんて能天気に受け流そうとしていた。

それからしばらくは当時のことなんて考えたくもなかった。「これだけ」とは言っても、やはり嫌なことだったからだ。

そして心の傷も癒え、ようやく冷静に状況を分析できるようになった頃に「やっぱりあれっておかしかったんだよね」と気づく。

ここが問題なのだ

「あれだけで済んだから」、怖かった、嫌な思いをした、と声を上げるのがなんとなく憚られてしまうのだ。

いっそ強姦を完遂でもされていれば大手を振って(という言い方もおかしいが)「被害を受けた!」と言えるものであるが、

少なからず怖い、嫌な思いをしたにもかかわらず、「そのくらいで……」とも思う気持ち邪魔をした。

しかも冷静に声を上げられるようになるまでにはずいぶん時間がかかったため、「今更あのときのことを持ち出すのも……」という考えも頭をよぎり、

わざわざ大事にせずに忘れてしまった方がいいんじゃないか、という結論に至った。

これで私は3件ともほとんど誰にも言えず、いわゆる泣き寝入りのままだった。

もちろん警察被害届も出さなかった。出したところで取り合ってくれたかどうかはわからないが。


こんな経験をしているせいか、私はこの事件被害女子高生にどうしても肩入れしたくなる。

いくら夜中でも、呼び出された場所が異性の家でも、実際にその状況に陥って初めからきっぱり断れたとは思えない。

キスをされた、と声を上げるだけでもずいぶん勇気が要ったに違いない。逃げずによく頑張った、と称賛の拍手を送りたい。


どんなに小さな被害でも被害には違いないのだから、「そのくらいで」なんて言わないでほしい。

「そのくらいで」と自分でも思っているからこそ、嫌な思いをしても声を上げられずにいる人がいることに気づいてほしい。

どうか心ある大人の皆さんは、被害の声に対し、もしも些細な被害だと感じても「よく言ってくれたね」と優しい言葉をかけられる人であってほしい。


まとまりのない文章申し訳ないが、性犯罪未遂」の被害を受けた者の一意見として、何かの役に立てれば幸いである。

2018-05-09

失恋したよ〜

18歳のころから7年間好きだった人にフられた。というか浮気されてた。しかわたし本命じゃない。どう考えてもセフレです。本当にありがとうございました

ずっとわたし片思いで、去年やっと好きになってもらえて、好きって初めて言ってもらえたときはちょーうれしかった!夢みたいだった!むしろ夢なのでは?あれから今日までの出来事はすべて夢だったのでは?夢だったらよかったのに。

GWに海までデートに行った。最高にたのしかった!帰ってからも撮った写真みてずっとウキウキしてた。空も海も見渡す限り水色でねえ、きれいだったよ。

幸せだぜ〜となっていた翌日に、彼が浮気してるのを知った。SNSはこわいな。自分はうまく隠してても他所から漏れるもんね。

浮気に気づいた瞬間、手が震えて、頭がゴーンと殴られたみたいにぐわんぐわんして、ちゃんと歩けなくなった。

このまま知らないふりをすれば、これからも彼と一緒に居られる…けど、これ以上尊厳ボロボロになったら耐えられない、平気じゃない、と思って「別れよう」って伝えたら「きみの幸せのためにはそうしたほうがいいのかもね」って。

はあ〜!?はあ〜〜!?きみのために、とかほんと腹立つ。原辰徳幸せにしようなんて考えたことないくせに勝手幸せを願うなよ!!わしの幸せはわしが決めるんど!!

はあ〜〜めちゃくちゃショックだったのに不思議と涙でない。ただ、ご飯が全く食べられない。やったぜダイエットチャンス。しかうんこもでない。つらい。

あと仕事に集中できない。いつも仕事バリバリウーマンなんだけど、気づくとぼんやりしてる。ご飯食べてないからそうなるんやで。無理にでも食え!な!でも食べたくなーい。

虚無だ〜。失恋って多くの人が通る道だろうけど、つらいねえ。こんなふうになるんだねえ。これからどうすればいいかなあ?たーすけてくれ〜。

【追記】

ありがとう

誰も見てくれないかボコボコにされるかどちらだろうな〜って思ってたからすごくうれしい!優しい言葉をくれる人も、おっさん扱いしてくる人も、みんなありがとう。声をかけてくれたことがうれしいです。

ちなみに原辰徳高校とき仲良かったみどりちゃんがよく言ってたのがうつったやつです。なので、鯖さんが教えてくれたエントリみどりちゃんが書いた可能性…?みどりちゃん元気ーー??

ひとりひとりにお返事しようかと考えたけど、はてなでは馴れ合いが嫌われるからな…こちとら10年近く住んでるベテランだ。この村のことには詳しいんだ。

追記したところで気づかれないかもしれないけど、どうしてもお礼が言いたかったので。改めて、ありがとうございました。

2018-05-03

[]攻撃自己表現とは

攻撃自己表現とは

攻撃自己表現は、非主張的自己表現対照的に、自分の言い分や気持ちを通そうとするものです。例えば「言い放しにする」「押しつける」「言い負かす」「命令する」「操作する」「大声で怒鳴る」などは、攻撃自己表現です。

相手を巧妙に操作する場合

ただ、攻撃自己表現にはこのような明らかに攻撃的な」表現もありますが、そうでないものもあります。ハキハキと表情豊かに自分意見を述べているように見えるとき、丁寧で優しい言葉や態度でおだてたり甘えたりしているときでも、自分の思い通りに操作するとしたら、攻撃自己表現にあたります雑談での「押し付けがましいダメ押し」や「不必要一言」なども、優位に立つための攻撃表現といえます

セクシャルハラスメントパワーハラスメントなどは、攻撃自己表現典型的な例です。相手同意善意依存し(つけこみ)、自分発言を通すことにばかり気を取られ、相手の反応は無視/軽視する自己表現です。

敬遠され、孤立しがち

攻撃自己表現では、自分が正しいかのように言い張り、相手を黙らせようとしたり、同意させようとしたりします。自分と異なる意見もの見方に耳を傾けようとせず、雑音、異物、脅威ととらえて無視排斥しようとすることもあります

このような表現をしている人は、一見堂々としているように見えますが、どこか防御的で、必要以上に威張ったり強がったりしがちです。

結果としてたしか意見は通るのですが、本人が後味の悪い思いをすることも少なくありません。自分の言い分が通れば、一時的には満足感も覚えますし、優位に立って勝った気分になりますしかし、そんなことを続けていると、利害関係で付き合う人は周りに残るでしょうが、それ以外の人々には敬遠され、孤立することになります

先に非主張的自己表現我慢を続けた末にキレることがあると述べました。そのようなケースは、普段は非主張的自己表現をしてきた挙句、いきなり攻撃自己表現の方に大きく針が振り切れて爆発するケースと考えることができます

どんな人が?

権力権威のある立場の人、知識経験豊富な人、役割や年齢が上の人は、このような攻撃自己表現無意識のうちにしてしまいがちです。また「地位や年齢差、権威などによって人権は左右されるものではない」ということを理解していない人、常に自分が優先されるべきだと考える人自分の思い通りに人を動かしたい気持ちが強い人がとりやす言動です。攻撃的態度を向けられるのは、部下や弱い立場にある人、子供などです。

どんな心理と繋がっているのか

この攻撃自己表現も、先の主張的自己表現と同様に、二つの心理と繋がっています。一つはその人自身心理、もう一つは社会的文化的背景による心理です。

まずその人自身心理です。例えば自分の考えは正しい、優れているという思い込みや、自分の言い分を絶対に通したいという欲求、あるいは自分の考えや気持ちが通らないことへの不満といった心理です。

注意すべきことは、この攻撃自己表現も、非主張的自己表現と同様に実は、相手依存し甘える心理に繋がっているということです。

第二には、社会的文化的背景による心理です。

すなわち、社会常識や習慣から無意識に「攻撃的」になり、社会組織でそのことは許容されていると思い込んで、無自覚なまま、さら権威権力地位役割、年齢差、性差などを利用して自分意見を通すために相手操作してしまうのです。

例えば上司が部下の事情無視して休日出勤押し付けるとか、親が子供に怒りをぶつけるとか、立場が弱い人に対して相手の反応を待つべきところを一方的命令するなどのケースです。

攻撃自己表現が習慣になると、他者従属的態度や支えなしには自己を維持できなくなっていきます挙句の果てに、周囲からは横暴で自分勝手な甘えを撒き散らしている人と見なされていきます。その結果、先に述べたように、いつのまにか孤立を招いてしまうのです。

安定した人間関係が築けない

攻撃的な対応をされた相手は、不本意な行動をとらされ、軽く見られたとか、人格無視された、馬鹿にされたという気持ちが残るでしょう。その結果傷つき、恐れて、相手敬遠したり、怒りを感じて復讐心を覚えたりするようになるかもしれません。

あるいは、相手攻撃自己表現の強い人の場合は、自己主張の押し付け合いや喧嘩が起こり「勝ち負け」の人間関係になっていくでしょう。

いずれにしても、対等で親密な人間関係や、安定した人間関係を築くことは難しくなっていきます

非主張的自己表現攻撃自己表現は凹凸の関係

ここまで述べてきた二つの自己表現タイプ、非主張的自己表現攻撃自己表現は、ともに年齢や地位の差、権威や力の差、ジェンダーバイアス差別意識などの強いところで無意識のうちに使われがちです。この二つのタイプは、凹凸のような関係とも言えるでしょう。

非主張的自己表現では、弱い立場の人が強い立場の人の攻撃的態度や表現に屈することになり、ストレスを蓄積させ、心理不適応を抱えることになります

一方、攻撃自己表現では強い立場にある者が弱い立場にある者の弱みや善意を利用することになります利害関係のあるところでは、弱いものいじめをしながら自分を支えることができても、そのうち周囲から敬遠されていくでしょう。

先に、非主張的自己表現の傾向の強い人が突然キレる例をあげました。誰でも状況や相手によって両方の自己表現が出てきますが、「非主張的自己表現」と「攻撃自己表現」が交互に現れる人もいます。例えば外では言いたいことは言えないのに家では暴君内弁慶タイプDV で妻をいたぶる夫、不登校児の家庭内暴力などです。

2018-04-29

anond:20180428231945

一つ目に行った病院での診断は適応障害

二つ目に行った病院の診断は発達障害でした。

病気なら治るじゃないですか

なのに蓋を開けてみれば障害って

そんなの生まれてきた瞬間に人生終わってたみたいな事じゃないですか

ツイッターレポみたいに正しい診断を受けて正しい投薬治療をすればこの苦しみから逃れられると思ってたのにもうこれは自分特性として睡眠薬安定剤のみながらやり過ごすしかないらしい

絶望

この鬱っぽい気分は発達障害による二次的な鬱状態らしくもう二重苦じゃないですか

しか医者は一ヶ月後に検査を受けてからじゃないと治療方針は立てられないとか言う。

一ヶ月後じゃおそすぎるんだ

私は明日元気に学校いって単位を取れるぐらいの精神状態に今すぐしてもらわないと困るんだ。

親に迷惑かけたくないからわざわざ精神科まで行ったのに

なんも解決しない

この苦しみは生涯続くなんてあんまり

この症状に名前はないけど受け入れていきていこうみたいなことを言ってくださった方、久々の優しい言葉に癒されましたありがとうございます

2018-04-24

セクハラについて

セクハラをするとダメなんですよね?

セクハラって基本は「やられて私がいやなこと」ですよね?

じゃあ入社前に「私がやられていやなこと」をエントリーシートに書いたらどうでしょう

でもそういうの書かせた上で入社の合否を判断するのはセクハラなんですよね?

ただそういうこといってたら100人いたら100通り以上のNG存在しますよね?

それらをそれぞれ配慮していったら仕事が成り立たないんじゃないかと思うのですがどうなんでしょう?

これらの質問優しい言葉で教えてください。

2018-04-22

anond:20180422010521

優しい言葉ありがとう

まさか増田優しい言葉をかけてもらえるとは思っていませんでした笑

ありがとうございました。本当に。

2018-04-18

同居人

奇声を上げないでくれ

約束を守ってくれ

何か労働をしてくれ

出来ないなら相応の福祉システムを利用してくれ

私の仕事邪魔をしないでくれ

愛犬が癒やしなのはわかるが

部屋に閉じ籠る時に愛犬も一緒に閉じ込めないでくれ

トイレ飲水自由に出来なくなる

最後

私が不器用性格をしていてごめんなさい

あなたの求める「優しい言葉」を見つけることができませんでした

許してください

許せないなら早く私を見捨ててください

2018-04-17

生きづらさの話

ここ最近ずっと悩んでいて、頭の中がぐちゃぐちゃになっているので一度文章にしてみようと思いました。

最近ハタチになった大学三年生。実家暮らし。猫が好き。とある専門性の高い女子大に通ってて、バイト学内と学外でふたつかけもってる。人見知りで集団行動が苦手で、大学にはひとりも友達がいない。典型的な女オタクだけど、学部の特徴的にお仲間がいないのでなお友達ができず、ぼっち生活を二年間送ってきました。不登校になってから今日でちょうど一週間になります

事の発端は、新学期初日前夜に母から「つらいなら大学辞めてもいいんだよ」って言われたことだけど、それがなくてももしかしたら破綻してたかもしれない。私は小さい頃から学校というシステムが苦手で、十数年間毎日のように学校行きたくないって言ってたので(じゃあなんで大学進学したのっていうのは後述)。この春休みバイトに明け暮れ、学んでいる専門的な勉強を一切しなかったので、確かに新学期死ぬほど憂鬱だった。でも辞めるっていう選択肢は当時の私の中になくて、きっとまたなんとなーく、適当に、単位を取ることだけを考えて、寂しい大学生活を送るんだなって思ってた。だけどその母の言葉きっかけに、『学校行きたくない気持ちボロボロとこぼれてきてしまった。

から面倒くさいことが嫌いで、嫌なことはすぐに投げ出しちゃう意志の弱い人間だった。勉強運動も嫌い、やりたくない。「みんな頑張ってるんだからあなたも頑張りなさい」が嫌いだった。地頭と要領がよかったので高校はそこそこレベルの高いところに行けたけど、そこでも勉強しなかったので得意科目以外の成績はふつうに悪かった。でも、通っていた高校似非進学校である反面私のようなのが許してもらえるような場所で、友達先生も「しかたないなぁ」で流してくれた。だから学校は嫌いだったけど高校時代は楽しかったです。後にも先にもちゃん友達のいた学校生活はあの三年間しかない。サンキュー高校時代の友人たち、愛してるよ。

ただまぁ似非はい進学校でしたので、大学受験をしない子はほとんどいなかった。私も、高校卒業してすぐ就職っていうのは怖かったし、モラトリアムが欲しかったので大学進学を決めました。ただ勉強したくなかったので(今思うと怒られそう)、勉強しないでいい大学を考えた。のが今のところで、ずーっと続けていた習い事学問として学べる場所でした。家が近いし、身近に卒業生もいたので、そこ一本で落ちたら大学行かない!って気持ち受験。界隈では有名でそれなりにハードルが高かったはずなんだけど、なぜだか十月AOですんなり受かってしまった。拍子抜け。

もともとちゃんと参戦してたわけでもない受験戦争から早々に一抜けしてしまった十七歳私は、そりゃもう遊んだバイトして遊んでぽけーっとして。それでもまぁ習い事には行っていたけれど、オタク趣味が楽しすぎたのもあって、四月にはすっかり大学へのモチベーションを失ってしまってた。そんな状態入学して、周りには「ここにどうしても入りたかったんです!」って目をキラキラさせた綺麗な女の子たちがいて、授業は思ってた以上にキツくて、新しいことが何ひとつできなくて、友達がまったくできなくて、いろいろあって気づいたら引きこもっていました。これが第一不登校事件です。

その時はまぁなんとか復学(?)したんだけども、今また同じように部屋に引きこもっています。第二次不登校事件真っ最中です。

二年間、なんとかやってきました。友達いなくてもいいやって割り切って、集団を求められることの多い学部なのでそれはそれはしんどかったけれど(好きな人グループ組んで!が一番キツい)、ぼっちなりに誤魔化しながらやってきました。だけど急に限界がきてしまったみたい。寂しいもんは寂しいわ。

それと、今まで大好きだったはずの専攻を続けられる気がしなくなった。三年になって研究室に入って、同じ専攻のひとたちと作品を作らなきゃいけないんだけど、自分にできる気がしないんですね。体力とか技術とか、コツコツ積み重ねないとできないことなんだけど、最近の私はてんで努力をしていなかったので。自業自得なのはわかっています。でもなんだか心が離れてしまって、周りでキラキラ頑張っている子たちを見るのがしんどくて、激しい温度差を感じて、学校に行けなくなりました。座学がめんどいとか朝起きるのつらいとか卒業単位が超ギリギリとか他にも理由はあるけれど、大きいのはこのふたつだと思われます

行こうと思っても行けなくて、玄関までは行けるのにその先が踏み出せなくて、今はリビングにすら出られない。寝すぎて背中が痛いし泣きすぎて目が痛い。二重なのが自分の顔で唯一好きなとこなのに、瞼が腫れちゃって最高にブサイクなおめめになっちゃってる。ここ最近毎日アイメイクを涙で溶かしている。クレンジングいらず。

大学をやめようかな、と思いました。幸い親がとても理解のある人で、今まで投資してきたものを全てパーにしようとする私の行いを責めたりしないんです。兄弟もすごく真摯に私のことを考えてくれて、アドバイスをくれて。だけど私はいっこうに答えを出せなくて、家族迷惑をかけている。それがまたつらくて自己嫌悪して泣いてるんですけど一旦置いておきます

大学を辞めようかなって考えたとこです。昨日そう決めて、でも遺恨を残したまま辞めたくなくて、辞めたあとのことは何も決まってないけど明るい中退をしようって母と話しました。だけど帰宅した父に話をして、「だったら社会人としての責務を果たしなさい」って言われた瞬間、急に現実が襲ってきた。見えない未来が怖くなって、涙が止まらなくて、ぐちゃぐちゃになってそのまま部屋に閉じこもってしまった。

それと、泣きながら気づいたことがあって。大学を辞めよう、辞めたら楽になるって思っていたはずなのに、未練があったんです。それは十数年続けてきた、習い事から専門にした、大学で学んでいることでした。練習しなくなって久しいし、散々「もう嫌になってしまった」って言ってたのに、いざ辞めることを考えるとつらくてつらくてしかたなくて。諦めたくないって思ってしまって。うちの学校は三年と四年で作品を発表する場があるんだけど、そこに憧れた記憶が蘇ってしまって。冷めちゃったって思ってたのに、やりたくないって思ったはずなのに、結局私は捨てられないことに気づいてしまった。私という人間を形作るアイデンティティであったから。

自分や周りが思ってる以上に私はネガティブで、めちゃめちゃ自己評価が低い、らしい、です。しょっちゅう死にたくなるし自分必要とする人間はこの世にいないって思うし周りに迷惑しかかけない自分なんていなくなってしまえばいいのにって思う。正直イベント舞台ライブチケット取れてなかったら身投げしてた。オタクでよかった。だけど唯一、ずっと続けてきたそれは自信になっていた。んだと思います。ただネガティブな反面プライドが高いという面倒くさい性格の私は、思うようにそれをできない自分が許せなかった。できないならやめてしまえって考えた。でもそんな簡単にやめられないことにも気づいてしまった。うわっめんどくせぇ

だったら学校行けばいいじゃん、頑張ればいいじゃんって思いますよね、私も思う。だけどできないんです。今日も行こうと思ったけど、できなかった。バイトには行けたのに。頑張りたい、頑張ろうって思っても部屋から出られなかった。母が優しい言葉をかけてくれたのに何も言えなかった。申し訳なさすぎる。いい加減にしろって思ってるだろうなあ、私もいい加減にしたいです。

ほんっとうに生きづらいなって思います。今まったく未来が見えない。明日が見えない。しにたい。でもしねない。辞めたら楽になるって考えたけどそんなことなさそうだった。社会になんて出たくない。中退っていう経歴を持つのがこわい。でも学校にも行けない。なんでだろ。どうしたらいいんだろうね。

私はただ普通に生きたかった。普通に大学に行って、普通に友達がいて、普通に就職をして、普通にふつうに、ふつうってなんだろうね?世の中は普通に生きてる人たちで溢れているように見えるけど、どうやったらああなれるんだろう。めちゃめちゃ尊敬する。すごいなぁ。

だけど私が引きこもってる間に授業は先に進むし履修登録期間は今週中だし学費の納入期限は迫るし舞台チケットは当たるし推しイベの真っ最中から石砕かなきゃいけない。明日はどうすればいいんだろう。生きづらいのは誰のせいなんだろう。たぶん私のせいだなぁ。自己嫌悪はすすむばかりである

文章ぐちゃぐちゃですみません。読んでいただけたならありがとうございました。

2018-04-14

多くの宇野ゆうかが思い違いをしていること

http://yuhka-uno.hatenablog.com/entry/2018/04/13/202154

差別を取り巻く問題で、多くの人が思い違いをしていることが差別される側に、「差別について抗議する時は、差別する側を追い詰めて刺激しないような、優しい言葉遣いで、わかりやすく話せ」と求めてしまうことだ。「でないと、話を聞いてもらえないよ」などと言って。しかし、被害者本来加害者に怒って当然なのだ。怒って当然なのに、怒ることを抑圧されてきたのが、差別される側である。周囲が被害者の怒りを抑圧するのは、二次加害になる。

思い違いも甚だしい。

誰も差別された人が怒ることについて抑圧はある。

だがその抑圧は特別ものではない。

差別者に対する特別な抑圧があると主張するのならばそれを説明するのは宇野ゆうかの責任だ。


宇野ゆうかが勘違いしていることは三点ある。


ひとつ。そういう態度の人が話を聞いてもらえないのは別に差別関係ないこと。

ひとつ。怒る権利があるのは差別された人だけで宇野ゆうかにはその権利はないということ。

ひとつ。まずいじめてた当事者本人に言えということ。


当たり前。

それがありなら、怒る権利がある人が怒って喚き散らすのはすべて認められなければならない。

まともな社会人ならそんなことは不可能だとわかるはずだ。



他の件はしらないが、この件に関して宇野ゆうかが指弾するような抑圧などどこにもない。

差別されてる人であろうがなかろうが

ただ怒って何言ってんのかわからん状態の人の話は聞かない。話ができる状態になったら聞く。

それとも宇野ゆうかはそういう人の話を日々丁寧に聞いているのだろうか。いないはずだ。


その話者がどういう属性やどういう事情を持っているかは、自分安全が確保されてから考える。

そういう態度の人の話は聞いてもらえないのは別に差別関係ない。

その状態だったら聞かないってのを勝手に抑圧って読み替えてるのは宇野ゆうかの側。


差別されている人たちが、自分たちだけは怒ってる状態でも話を聞いてもらうべきと主張するのでああればなにか理由があるはずだ。

差別されてないから「怒って当然」ではない宇野ゆうかたちは、怒らずに冷静に説明しなさい。

立証責任は主張している宇野ゆうか側にある。 それをさぼってる。



それどころか、現実的には怒ってる人に耳を傾ける人は結構多い。

そのことをこそありがたいと思うべき。

それを当たり前と勘違いし、そうしない人間加害者と呼び、当事者差し置いて暴れまわる。

当事者でも宇野ゆうかのふるまいに迷惑をしている人がいるのではないか




こんな簡単理屈が分からないのは、自分たちは差別された人間の代弁をしてる特権階級だという勘違いがあるからだ。

そんなルールはない。求めることは自由だがいまのところはない。

非実在ルール勝手に主張して、勝手に人を加害者扱いして自分正義面。 

ばかげている。

それを支持するのは、特権階級を気取りたい理屈度外視した人間だけ。


マジョリティは「過激派」に揺さぶりをかけられない限りは「穏健派」の言うことすら聞かない

これも嘘。 嘘じゃないなら過激派定義自分に都合の良い恣意的もの。 

夫婦別姓問題について議論提起しているサイボウズの人を見習え。

もっといえば、過激派がそうやって喚いた結果良くなった事例をあげろ。

そうやって自分のものいいを正当化できないと困るんだな。

自分の思い通りにならないのはどう考えてもお前らが悪いってわめきちらすような状態から卒業しろ

差別被害者特別視しすぎるから、当たり前のことが見えないんだ。


>周りの人もしていたからと、特に考えなくいじめに参加していた子供に対して、頭ごなしに責めずに話を聞いてやり「それはダメなんだよ」と教えてあげるのは、周囲の大人の役目であって、その子いじめられていた子供にそれをやれと言うのは、筋違いなのだ

そりゃそうだ。しかし「頭ごなしに責めずに話を聞いてやり」を実際に要求してるやつをつれてこい。その人が何と言ってるか出してみろ。

まず間違いなく宇野ゆうかがさんざん歪曲してる。

そうじゃないというなら実物を持ってこい。あくしろよ

記事では原田なにがしがそうだと言いたいようだが、後半部分は言いがかりにもほどがある。

一休みたいなとんちやってる暇があったら、実在する目の前の悪と戦ったほうがまだまし

2018-04-02

anond:20180402224226

ママの同僚の人、顔はわかるけど連絡先は知らないんですよ…とにかく暴言吐かれたときは記録をつけるんだよ!と伝えてはいるけど、ボイレコも検討してみます

もっと上の人との面談で今までのことを話して降格でも転勤でも構わないので役職を降ろさせてくださいと伝えるそうなので、そこで理解してもらえるといいな〜優しい言葉をかけてくれてありがとう

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