「優しい言葉」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 優しい言葉とは

2017-10-04

anond:20170604012351

少し追記:大学に入って二年。なんだかとってもつらい。

 6月頃にお世話になった増田です。記事への反応ブックマークコメントをくれた方々、本当にありがとうございましたコメントがもし来るのであれば、もっとt〇getterやYah〇〇!のコメント欄のような魑魅魍魎の類を想像していたので、予想以上の優しい言葉にびっくりしました。というかこんなにたくさんの人が見てくれるとは思っていなかった…とにかく、本当にありがとうございました。嬉しくて5周くらい読んで、今でもたまに見返しています。なんとなくお世話になった人に近況報告する気分で、書こうと思います

 結局、とりあえず大学一年間休学して実家に帰ることにしました。後期を休学するかどうか決断しないといけないのが7月ごろで、そのときはまだ躁鬱が安定していなかったので休学を決めました。その後8-9月頃にようやくいい感じの薬の組み合わせが分かったので今はだいぶ死にたいと思うこともなくなりました。でもまだ躁鬱の波を感じる状態です。

 もうこれで通算3年も無駄にしてしまったのでこれからどうなるかは自分にも分かりません。経済的にもアレな感じで復学できるのかも微妙、かといって留年してしまったのでよくあるタイプ奨学金は使えない。バイトなどで働こうにも長い間躁鬱に悩まされてきたせいで体力や対人スキルゴミのようになっているなど、考えれば考えるほどつらくなりますそもそも躁鬱で心がやられて今自分が何がしたいのかもよく分からなくなってしまった…

 それでも親に許してもらってとりあえず一年実家ゆっくりさせてもらえることになったので、躁鬱をなんとかしたり、将来のことを考えようと思います。とりあえずは運動食生活からですね。地道にできることからひとつずつやっていきます

 6月アノニマスダイアリーを書いたときは本当に追い詰められていたので、頂いたコメントを見ることで一度自分の中で思考をぐるぐるさせるのを止めることができたというか、客観的に考えてまぁ、地道にやるしかないな、という気分になれました。なんというか、ほんとうにありがとうございました。またなにか愚痴を言いたくなったら書き込みに来ようと思います

2017-09-29

けものフレンズがこんなことになって本当に悲しい

けもフレみたいなアニメは大嫌いだった

アニメといえば、ストーリーがきちんとしたものしか興味がなくて、萌え系、ほのぼの系は1話で切ってた

そんな俺がブラック企業で激務にいそしんでいた日々で、家に帰ってたまたまつけたテレビけもフレをしていた

すごーい! たのしー! なんていう平和で、優しい言葉が飛び交うだけのアニメを見ていて、俺はなんだか泣いていた

月の残業130時間を超える生活が何か月も続いてて、会社の往復以外はどこにも行くことがなく、ゲームすらやらなくなっていた俺が、なんだかぼーっと見ながらぼろぼろと泣いていた

理由はわからない

画面の中のサーバルかばんちゃんもとにかく尊くて、見ているだけで身体が湯船につかっているような気持になって、溶けていく気がした

頭の中のぐるぐるに巻かれた鎖が解れていくような

あの中には、納期納期と騒ぐ上司も、仕様変更を言い渡してくる営業もいない

優しい世界が広がっていた

毎週けもフレを見ることだけが楽しみになって、なんとか地獄デスマーチを乗り越えた

円盤も買った

当時俺はあのアニメに救われた

けもフレがなかったら電車に飛び込んでいたかもしれない

角川が悪いとか吉崎おにいさんが悪いとか、犯人捜しはどうでもいい。

俺を救ってくれた、別世界のあの優しいアニメが、俺の世界線に転がり落ちてきたのが本当につらい

権力争いとか、金の配分とか、嫉妬とか、そんなのがないあのアニメが大好きだった

内容と作った環境が違うのはわかっているけれど、俺の中で、けもフレきれいなガラスの箱に入った、キラキラした星の砂みたいなものだった

その箱のふたが開けられて、中身が俺の部屋のテーブルの上にぶちまけられているような感じがする

2017-09-04

あの時逃げてよかった

高校一年生の4月半ばにして私は学校へ通えなくなった。

いじめられていたわけでもハブられていたわけでもない。

家庭が不安定で、父は何か気に触ることがあると、声を荒げ、物に当たり散らす人だった。

食卓をひっくり返されることは日常茶飯事だった。

母は子どもたちを守っては白い肌にアザを作っていた。

そんな家庭で育った私は妙に達観した子供で、大人におもねるのがうまく、空気を読むのが得意だった。

家庭では自然自分が調整役を担い、何でもない風に明るく振る舞うようになった。

中学校では同年代の子との付き合いに苦手意識がありつつも、部活部長も任されたし、友達とはなんとなく合わせてうまく付き合ってきた。

同級生女子の好む話題に乗れないのと、女子のねっちょりした付き合いが苦痛だった。)

そうやって家でも学校でもいい子の仮面を付けてうまくやってきていたのに、次第に身体の方が拒否し始めた。

大きな物音や男の先生の大きな声を聞くと、震えが止まらなくなった。

次第に朝、息が詰まって動けなくなり、無理やり足を一歩踏み出すたびに涙が出た。

もう無理だった。

当時、たった1年間だけスクールカウンセラーを配置しようという試みが私を救った。

カウンセラー先生は「とりあえず休もうか」と休学を提案してくれた。

行きたくなったらもう一回1年生したらいいんだよ、フリースクールだってあるし、大検受けたら大学にも行けるよ、と。

「このままだとこの子は死にますよ」と母を説得してくれ、私は1年間の休養を与えてもらった。

そして、母もまた父を説得してくれたのだと思う。

1週間に1回、カウンセラーが来る水曜日には登校して面談する以外は、ひたすら寝て、ひたすら本やマンガを読みまくった。

働く母に代わって家事をしたり、一日本屋や図書館で過ごしたりもした。

どう見られているかはあまり気にしないようにした。

誰も何も言わなかった。そっとしておいてくれたことに感謝している。

あるとき学校に行ってみようかな、行けるんじゃないかなってふと思い、次の春から二回目の1年生に挑戦した。

精神的に不安定になることも多かったが、たくさんの先生の助けや、理解ある友人を得て、休みがちながらも卒業することができた。

大学でもカウンセリングを利用して、自分を噛み砕いて受け入れコントロールする術を身に着けていった。

なんやかんやで、就職もしたし、今では結婚して子供もできた。

今では死にたくなることも、精神的に揺らぐこともない。

大人になれないと思い込んでいた、あの頃には信じられない。

一度止まってしまったらなかなか戻れないのが日本学校制度であり、高校ドロップアウトした者が休学留年してまで、やり直すケースはあまりないと思う。

希死念慮自覚していなかったが、ここで止まってしまったらもう将来は無いのだから自分は死なないといけないなと漠然と思っていた。

当時は大人になって社会人になる自分なんて全く描けなかった。

カウンセラー先生はその絶望をすくい取って「ちょっと休んで、力をためて、それから次に進んだらいいんだよ」って言ってくれた。

この逃げは、将来のことを何も考えていない、その場限りの無責任な勧めだとあなたは言えますか?

追記

確かに最後の一文は余計だった。実に創作っぽく見える。

安易に逃げろなんて言うな」って流れにちょっと意見したくて書いてしまった。

家庭環境や復学以降の流れは冗長なので省略した。

もちろん、復学は容易ではなかったし、たった一年で容易に自分が変えられたわけではない。

復学初日自己紹介で「留年して二回目の一年生です」ってさっさとカミングアウトしたら、周りに無駄に人が寄ってこなくて楽だったのは作戦勝ち。

クラス替え初日、仲良く慣れそうな人を見極めババっと磁石がくっつくみたいに、グループ作る流れが苦手だったので。

女子は初めての昼休みに誰とお弁当食べるかがその先を決定するんだよね。

1年の休学という区切りがあったのも良かったと思う。

母も先生たちも一年休学したところで、そのままドロップアウトして引きこもりコースかなって思ってたと思う。

何よりも自分が一番状況を打開しないと、という焦りがあったけど、区切りがなかったら外に出るのが怖くなって惰性で引きこもっていただろう。

逃げる、休む、戦略的撤退でもなんでも、それは一時的もので、元に戻る道、別の道を選んでいかないといけないことには変わらない。

少しずつでも挑戦して、自信をつけていくことが大事で、あまりに長い休養はかえって毒になると思っている。

とにかく私は周りの人に恵まれていたのだけは確か。

でも、自分でも心の許せる人を周りに集めて、自分の居心地の良い環境を作るのが大事だと思う。

優しい言葉をかけてくれる人ではなくて、ときに叱ったり発破をかけてくれる人。

ちなみに父自身も癇癪を抑えられない自分が嫌だったのか、少しずつコントロールできるようになり、力も衰えた今ではすっかりおとなしくなった。

私も父を客観的に見れるようになって、距離を保ってうまく付き合えるようになった。

昔のことは許せないけど、父を受け入れることは私の成長の一部となったと思う。

2017-08-26

夏休みが終わらずに仕事に行けなくなればいい。

三日間の、小さな夏休みが終わってしまった。

明日から仕事で、現実で。

眠ってしまいたくないな、とか、眠ってそのまま目覚めなければいいのにな、とか。

そんなことをとりとめもなく考えてしまう。

社内環境は、有給とかが取りやすいか福利厚生的には良いのかもしれない。

けれど人間関係ぼんやりと色々と考えてしまう。

呼吸するように人のことを悪く言える人の方が、人生謳歌し、社会に馴染んでいるのだからやるせない。

いろんな悪意に日々怯えながら生きていくのは、なんだか疲れてしまった。

決定打、になるようなものがあれば自ら楽になれるのに。

真綿で首を絞められるような、細やかな悪意の張り巡らされ方をすると何を例にあげていいのかわからなくて、具体例の挙げにくい漠然とした不安感だけが残る。

綺麗なものだけ見て生きて行けたらいいのに。

紺の混じる東の空と、燃えるように赤い西の空。

青く葉をつける街路樹に、遠くに聞こえる学生の快活な笑い声。

どうしようもなく美しく力強く生きるものに心惹かれるのに、どうしようもなく自分がこんな風に、しなやかに、したたかに生きて行けない。

私もそちら側に行けたらいいのに。

目が覚めたら、私もあの燃える夕空のように力強く、限りあるエネルギーの全てを注ぎ込むように生きていけるようになれるだろうか。

目が覚めたら、私は、あの冷笑と皮肉を使いこなす職場の人たちのように軽やかに会話ができるようになるだろうか。

目が覚めたら、私が私で無くなっていたらいいのに。

本当は、私が私でなくなればなんて考えたくない。

目が覚めたら、世界の全てが優しい言葉と理知的な窘め方で回っていたらいいと思う。

目を、覚ますのが怖い。

2017-08-25

SideMライブコールが苦手っていう話

そのまんまの話。

例の日記を見て「この人クソほどヘイト撒いてるけど気持ちすごいわかるよ~!」ってなりました。

ただ男だから女だからってことではないと思うので、そこへの同意はないですが。

 

コールがね!苦手なんですよね私は! 本当に!!

 

言いたい気持ちが高まって以下に長々としたためてしまいました。

コール定義

コールと言っても色々ある(らしい)のでいったん定義しておきます

私が嫌いなのは多分「PPPH」と呼ばれているものです。

その中でも手でクラップしないやつです。

 

ライブとか行かない人と話したときに気づいたことなんですが、

コールって言われてそういった人が想像するのは、

どうも曲中に元から入ってるような合いの手的な掛け声のことだけなんですよね。

 

★そして~かがや~くウルトラソウ!!! \ハァイ!/

 

のハァイの部分です。

それかせいぜい間奏のところで「キャー!」とか名前呼ぶぐらい。

じゃあ上述のPPPH(クラップじゃない)がどういうものかと言うと、

 

★結末ばかりに気を取られ~この瞬間を楽し…めない!メマイ!

\オーッ ハイ! オーッ ハイ! オーッ ハイ! オーッ ハイ!/

 

というこの下段のやつです。

Bメロ歌ってるところにかぶせて叫ぶんです。

コール界ではこれも合いの手分類らしいんですけど、にわかには信じがたい被りっぷりです。

 

コールが嫌い

それで話が戻るんですが、コールが苦手なわけです。

苦手というかまあ嫌いです。

何故嫌いなのか?

 

①歌にかぶっててうるさい

自由参加のはずが謎の強制力

現場での折衷案がないのでこっちだけ我慢しなければならない

④苦手って言うと怒ってくる人がいる

 

主にこの4つの理由があって嫌いです。

  

①歌にかぶっててうるさい

声がだいぶマジでうるさい!!

これを好んでやる人の特徴なのかわかんないんですけど、異常な声量を持ってるんですよ。

なんでなんですかね。

後ろや真横に居るともうBメロは終わったも同然です。

耳への期待を捨て去り視覚情報に集中するよう努力(あくま努力)するしかない。

 

それにものの教えによるとPPPHなるものは、クラップ×3回のあとにひゅー!が正当なやつらしいのです。

それがペンライトを握るようなジャンルになるとクラップが「オーッ!↓→↑」という叫び代替され、

余所では知らんのですがSideMライブではだいたい最後の「ひゅー!」が「ハイ!」になっています

これは私の観測範囲(現場2回その他ライビュ)の出来事なので、もしかしたら普通PPPH場所もあったのかもしれませんが。

 

なぜ違いを説明したのかというと、普通PPPHと声だけのPPPHはうるささの質がまったく違うんですよ!

音域?周波数?なんかよくわかんないけどそういうあれだと思います

一度カラオケ大人数で普通PPPH体感したんですが、声がけっこう聴こえました。

手拍子と声じゃやはり声のほうが歌の邪魔にはなるようです。

「ひゅー!」と「ハイ!」も違いますね。

ひゅーは息のような抜けていく音なのに対して、

ハイは出だしのぶつかり方も終わりの母音も強くてイメージ的には「覇威!」って強さです。

ほんとうるせえんです。

 

 

自由参加のはずが謎の強制力

別に強制なんかしてない!っていうのがあちらの言い分だというのはわかるんですよ。

わかるんですが、じゃあその「せーのっ」っていうのやめてくんない?ってことです。

オーハイPPPHの前に「せーのっ」って指示出す人が居るんですよ。

指示っていうかあれもコール一種?らしくて警報っていうんだよとか教えられましたが、実質タイミングの指示出しだから呼び方とかどうでもいいです……。

「コール」という名称に納めれば片がつくと思ってる?んでしょうか??

警報って名付けられるぐらいならそのあとのコールは良くないもの位置づけられるんじゃないか

良くないもの認識しながらやっているのか?と考えたあたりで、

「このあとPPPHからちゃんとついてこいよな!」っていう意味警報だと気づき、なおさら強制されてる感をおぼえるのでした。

 

少し話が脱線しました。

とにかく「せーのっ」じゃねえよということです。

もっと「ハーイハイハイ」みたいな言い方する警報?もあるらしいというかそういうのが普通なのかな?

それはそれでうるさくて嫌だけど、でも「せーのっ」は既定路線へ向けての言葉じゃないですか。

やるよ、やろうね、わかるよね、そういう感じなんですよ。

こっちはPPPH勢の近くに居合わせただけなんで、別にやりたくないんですよ。

聞きたくもないぐらいなのに「せーのっ」とか言われるんですよ。

 

何も知らずに遭遇してしまった時の

「えっ??やらなきゃいけないの?何これ?うるさくない?こんなパートあったっけ?」

という戸惑いはなんとも嫌なものでした。

そういうのがあると知ってて言われても「せーのじゃねえよ1人でやってろ」という思いは消えません。

 

 

現場での折衷案がないのでこっちだけ我慢しなければならない

ここまで書いてきてわかると思いますが、コールやってる人は楽しくそれをやってるだけです。

一応は自由参加ということになっていて、そもそもライブというのは自由に楽しむものという前提があるから

嫌だなやめてほしいなと思っても明確な迷惑行為禁止行為じゃないと「やめてください」って言えないんです。

私はやめてくれまでいかなくて声を抑えてほしいな~と思っているんですが、そういうお願いが出来ません。

 

まあまず一曲目のBメロに至るまで、隣人が大音量PPPHをやる人かどうかなんてわかりませんしね。

そうすると、いざうるさい困ると思ってからしか行動出来ません。

そしてライブが始まってしまっている以上、物理的にもそんなお願いをする余地はありません。

そういう人だと事前に知ってても、怒り出すんじゃないかと思うと恐ろしくて言えませんけどね!

ただただ、我慢です。

私の涙の五分の一ぐらいは声が聞こえなくて周りが怖くて悲しくて楽しくないからです。

 

 

④苦手って言うと怒ってくる人がいる

コールが苦手という話をコールしてる本人達の目の届くところでは言えません。

言及すると怖い目にあうと学習してしまいました。

まだ何も知らないド新人Pだった頃に数人集まったアフターで、

 

私「あれ声うるさくてつらいんですけど、一部集団企画なんですかね?迷惑じゃないですか?」

A「は??いや、コール文化からぁ!(全ギレ)」

B「まあまあまあ、ちゃんと勉強しておかないとダメだよ?(暗黒微笑)」

 

というやり取りをして、流れで散々説教をくらい怯えて逃げ帰る(そして縁を切る)ということがあり、完全にトラウマです。

古参Pはみんな優しい?そんなの嘘ですよ~普通に変な人もいるので気をつけてくださいね~。

人達はおそらくにこやかに優しい言葉で諭したつもりだったと思うんですけど、

目が笑ってないし、声がデカいし、物理的に詰め寄ってくるし、肩パンとかしてくるし、最悪でした。

具体的な発言をあげようと記憶をたどると、つらい気持ちが先に思い出されて、思考がぐんにゃりしてきて上手く文章になりません。

色々とスレスレ暴言があったり、人の体に許可なく触んなよってところもあったり、とにかくたくさん嫌なことがありました。

 

どうもあのうるさいのは「コール」という名称で「そういうもの」と認知されているから、

声を上げること自体普通のことだから、「迷惑行為ではない」という大前提になっているようで、

うるさくていやだなぁということを表明するのは許されないぞ、というそういう怒られ方でした。

ざっくりまとめると、ここは俺たちの作った場所からエムマスだけのPは生意気言うなというようなことをずっと言われてました。

 

その当時変なのに当たっただけと思えればいいんですが、ツイッターやら眺めてみると、

コール文化に戸惑い反発する人への態度は「そういうものから諦めろ」という圧力なんですよね。

からさまに攻撃したり粘着したりする人は少なくても、冷たく突き放すというか。

お前が悪い、という。何も悪くないのに。

 

集中力が足りないからだなどと責めてくる人も居ますが、映画館携帯の明かりが見えると気になるとかそういうことですよこれは。

集中力がないわけではない!

周りがよく見えているとか、危機管理能力が高いとか言え!!

自分には気にならないって言われても、気になる人には気になるし、それは集中力とか単純な話ではないし、

ていうか努力して気張って集中しないと楽しめないっておかしくない!?

変なことに気を回さなくてもいいような環境にいたいです。

 

中でも解せないと思った意見が「オタ芸とは違う」というもので、

いやだな~と思ってる人にしたら同質のものとみなしてるんじゃないかと…いや私はみなしてるって話で、

うるさいし独りよがりだし嫌がる人など構うものかって態度だし、同じじゃないの……?

何が違うんでしょうか。

 

 

SideMアイマスシリーズひとつだけど、その文化エムマスPがこれから作るものでは?

文化から我慢しろと言われるたびに釈然としなかったのがこの部分。

SideMSideMじゃないですか。

いいところは真似したいけど、ユーザー層に馴染まない部分は真似しなくていいじゃないですか。

ホモマスだなんて馬鹿にしてくる人なら特にユーザー層が今までと異なっていることをわかってますよね?

じゃあシリーズ作品の全ての流れを汲まなくてもいいじゃないですか。

なんで始まったばかりの作品なのに、初めてのライブなのに、「文化」なるものを飲み込まなくてはいけなかったのか。

そんなものまだこれからだったのに。

有り難くもサードライブが決まりましたが、今からでもエムマスPの文化を作り直しちゃ行けないのかな?と思うんですよね。

 

「好きだからやりたい」に対してはまだ和解可能性がありますけど、

「これが文化から諦めろ」って一方的で酷いと思います

酷いこと言ってる自覚がないのがまた酷いんですよ。

小学生を締め出して空き地を占拠する中学生みたいな理論はやめてほしかったです。

 

本当になんで諦めないといけないんでしょうね?

せめて妥協点は探せないんですかね?

エムマスからのPは新規は黙れ的な扱いを受けがちですが、SideMのPとしてはみんな同じスタート地点だったはずなのに、

なんで新規扱いになるのか理解できないんですよね。

アイマスシリーズから?そうですねアイマスシリーズです。

アイマスシリーズってその作品の全てが地続きなんでしたっけ?

タイトルごとに、派生ごとに、別のPが居ますよね?

タイトルが始まれば新しい始まりのはずでは?何故そこまで強固な先輩ヅラを?

 

特に不愉快なのがSideM別にきじゃないけどアイマスシリーズから一応顔を出してやるよ、というスタンスの方ですね。

まり同僚でもなければうちの事務所アイドル達のファンでもないのに、

先輩ヅラで「これが文化だぞ!」って引っ掻き回してるんですよ。

お呼びじゃないにも程がある。

そしてそのような輩に”ご用意”される。

気が狂いますよね。

例の日記見ててもその辺の感情の部分にはかなり同調しちゃいました。

けど男が女がとか、貢いでる人が良いPとか、そういうことではないので、完全同意ではありません。

 

 

文化という押し付けを跳ね除けられたとして

文化から」という圧力がなくなったとして、そのうえで結果的大音量PPPH勢が猛威を振るったとしても、

それはそれで仕方ないことだとは思います

最終的にここに落としちゃうのは良くないのかもしれませんが、言い方の問題的な?

我こそはアイマスシリーズの先人であるぞよ~みたいな人を無差別に持ち上げてる状況が気に食わないんですよ。

SideMライブSideMのPが納得して楽しめなくてどうすんだよクソがすっこんでろ老害という思いですね。

 

ぶっちゃけここまでだらだら不満を述べすぎてそれだけで疲れてきました。

苦しいと思ってることを説明するって疲れる。

どうでもよくなりつつある。

いやよくはないです。

 

他マスからのPをクソミソに言いすぎましたが、普通に普通感覚エムマス現場ではちゃんとエムマスPだったり、

ファンであったり、そういう方に思うところは何もないです。

ただはしゃぎたいにしても「女性が多い現場での空気を掴んだぞ!台詞パートのあとにキャー、これだな!」みたいな楽しみ方をしている人には、

ああこの人は私達の場所を探って飛び込んできてくれようというんだな、と呆然とするぐらい安心したこともあります

 

まとまらないので最後にこれだけはお願いしたいです。

これを言うのは本末転倒な気もしますが、ライブ演者パフォーマンスによる音も楽しむ空間です。

聞き取りたい音が聞こえないことはとてもつらく悲しいことです。

ちゃんと聞きたいと願う人をあまりきつく怒らないでください。

 

 

【備考】

コール嫌って人前で言えないのになんでこの日記を書いたのかというと、

匿名だしこのページさえ見なければ反応なんか目に入らないから言い逃げできるぞ!という発想で書きました。

なのでもし万が一何か私に向けてのメッセージがあっても返事はしません。

2017-08-22

https://anond.hatelabo.jp/20170822012541

詳細ありがとう

まさに奇跡的な話だね。

しかも、ずっとよいと思っていた(=尊敬していた)人から言われるのって、最も幸福感あふれるケースではないだろうか。

「この人と永遠に添い遂げよう」くらい感じているのではないだろうか。

貴殿の言うような奇跡が起こったならば、自分存在価値を実感できそうだよ。

過去、気になっていた異性からディタッチ、ハグ、その他種々の「告白OKサイン」が多々ある状況で勇気をもって告白したら、「舞い上がっちゃってバカじゃないの?」的な返しをされ、ひどく傷ついたことがあった。

また別のところでは、気になっていた異性をデートに誘い、一度目はかわされ、しばらくたってから二度目の声を掛けただけで「つきまとい」呼ばわりされ、傷ついた。

(念のため断っておくがそもそも「つきまとい」と言えるほどに接触できる機会も時間も多くなかった)

いずれも20代の頃の話である

自分の中でトラウマになっているような気がしてならない。

貴殿の言うような奇跡が起こったとしても、貴殿のように「優しい言葉は疑わずに受け取ろう」ということができるかどうか、そこからまず自信が持てない。

なによりもまず↑な目に遭うことだけは避けなければと、頑なな自己防衛体勢に入りそうで…。

https://anond.hatelabo.jp/20170822000046

抽象的なポイントだけ取り出して話をしたかったけど、私の頭では難しかったので具体的に書くね。相当長くなると思う。

言ってくれたのは、大学卒業してから5年以上会っていなかった先輩で、現旦那さん。

大学在学中からその先輩のことは恋愛的な意味ではなく尊敬していたけれど、同時にすごい人すぎて雲の上の人だとも思っていた。

そして大学卒業直後くらいのタイミングでなぜかその先輩は私のツイッターフォローしてくれて、相互フォローになった。なんであんなにすごい人が私をフォローしてくれたのか全くわからなくてただ不思議だった。

でも、相互フォローになったからといって特にやりとりが発生するわけでもなく、淡々と5年以上の時が過ぎて行った。

私は大学在学中から精神病んでたんだけど(つまり、先輩に会った頃にはもうメンヘラだった)卒業してからもなかなか良くならなくて、数年の引きこもりの末ちょっと働いてはすぐに辞めるのを繰り返し、なんていうか人生ボロボロだった。何をやってもダメで、自己肯定感なにそれおいしいの状態。本当に自分を無価値だと思っていた。常に自分の頭の中に自分否定する言葉が渦巻いていた。

それでも、自分メンヘラなのを自覚してるからツイッターにはなるべくネガティブなことは書かないように気をつけてた。特に死ぬ死ぬ詐欺とか構ってちゃんみたいなのは絶対にしないように心がけていた。

でも、ある日ついに限界がきて、ツイッターにすごくネガなことを書いた。自分否定してくる自分に殺されそう、みたいな話。こんな変な話、きっと人は理解しないし優しくスルーしてもらえるだろう、そう思っていた。けれども違った。その先輩が声をかけてくれた。

あなたが大切です。生きていてほしい」って。

こんなことを言ってもらえたのは初めてで、もうボロ泣き。本当に張り詰めてたところに思わずかけてもらえた言葉だったから、ものすごく心に沁みた。

で、それがきっかけで再会してお付き合いを始めて結婚して今に至る。

旦那さん、話を聞いてみると在学中からずっと私のことが好きだったらしい。ツイッターフォローしたのも好きだったから。当然卒業してからの5年以上ものあいだ恋焦がれるみたいな熱量ではなかったけれども、それでもずっと幸せになってくれたらいいな、って思ってたって。

でも、私のツイッターでの様子を見て私が死んでしまうのではと考えたら、生きていてくれた方がいいからあの言葉を言ってくれたそうで。

旦那さんは本当に優しくて、お付き合いを始めてからもずっと優しい言葉をかけ続けてくれていた。

一方の私は、あの一言だけで全ては解決というほど単純な話でもなくやっぱりどこか精神的に不安定だったのだけど、でも旦那さんの優しい言葉は疑わずに受け取ろうと心に決めた。そうしたら少しづ自己肯定感が育ってきて、今では自分が無価値人間だなんて露にも思わなくなった。あんなに頭の中に響いていた、自分否定する言葉の数々もすっきり消えたよ。

これが、私に起こった奇跡の大体のところ。

旦那さんに、私のどこが好きだと思ったの?と聞いてもなんか好きみたいな曖昧な答えしか返ってこないし、私自身も前述の通りの状況で特に優れたところがあるわけでもなく容姿も人並みという以前に旦那さんが人の容姿で何かを決める人じゃないし、本当に何がどうなって今こんなに幸せなのか、その理由はわからない。

から

そのために、何をどうすればいいのか、または、何がどうなればいいのか。

説明できないんだけど、でもいくつか言えることはある。

私も自己肯定ができなくて、でも自分自分肯定できるようにならなきゃと思って何年も頑張ったつもりだったけど、結局それは無理だった。私を肯定してくれる人が現れて、それでようやく自分自分を認めることができるようになったということ。

そして、絶望を吹き飛ばす奇跡存在するということ。どうやらその奇跡には理由なんていらないらしいということ。

この話が何かの役に立てば嬉しい。

2017-08-07

ドラクエ11所感

テキストが、優しい言葉選びしてたのに、「眷属」って言葉がでてきたがっかりした。

全体的に無駄説明的でダラダラ長い。

絶対FF14スタッフがやってる。

2017-08-06

想像力がないのではなく、想像しようとする気がないのだと嫁にバレてしまった

うつ病の部下から相談を受けていた。

「zさんには僕の辛さはわからないっすよね」

「でもさーおれはおまえじゃないんだし

おまえの経験を語られても

わかりようがないしー

そもそもわかり合う必要あるぅ?」

と煽ったところ、

後日、部長から呼ばれてこっぴどく叱られた。

退職したらおまえの責任から、とまで言われた。

この話を嫁にして、

優しく慰めてもらおうとしたら、

あんたさぁ、自分のこと想像力ないって自称してるけど、

想像する気がはなからないだけだよね。

新生活家電買うのに親に相談しなきゃってときも、

子供生まれたてなのに好き勝手遊びに行くときも、

想像力いから〜って建前で

最初から自分に心地よい結論出したいだけのクズだったじゃん?

まずはそこから認めよ~?」 

仕事でこんな辛い目にあってるのに

慰めてもくれないのか。

稼いで家に入れてるのに、

優しくしてくれないってどんな罰ゲーム

金を負担してるんだから、優しさを負担するのは

人間関係として当然だと思うんだが?

お金出して慰めてもらおうかなー

グリーンスターはつける、って言ったら、

はてな優しい言葉くれる?

2017-08-03

勝手に俺の仕事にするな

上司が珍しく自分会議資料作りをしていた。

時間くらいブツブツ言いながら資料を漁って、少し苦戦している模様。

19時を過ぎたあたりで突然呼び出される俺。

作りかけの何となく散らかしただけのようなパワーポイントを見せられ、「どう思う?」って。

なにこれ、そもそもの前提とアプローチがクソなやつだ、ヤバい予感がする。

俺は「ここはこうしたほうが、あ、でもここ数字が間違ってますね…」となるべく優しい言葉を選んで進言、

奴「じゃあ後やっといて」

…殺したい。内容の間違ったセンスの無い仕事に加担させられる地獄。どうせなら最初からやらせてくれ。

他人時間無駄にする罪悪に鈍感すぎるぜ…

家に帰って凌辱系のAVでできるだけ乱暴にシコって眠りたい

2017-07-31

優しい言葉をかけてもらえる人

優しい言葉をかけてもらえる人の条件って何だ?

あの人(たち)と同じことしてるのにって思うんだけどなかなか自分優しい言葉をかけられることがあまりない。

2017-07-30

家族の思い出

 風呂掃除をしていてうっかりゾーンに入った。

タイルの目地を狂ったようにタワシで磨く行為を1時間程続けていたのだ。汗が眼に入った。脇から流れた汗がTシャツを通って腰に伝った。今日はよく晴れていて、風呂の窓からは蝉の声がシャーシャー聴こえてきた。頭の位置を変えたら酷い立ちくらみがして、大きく長い息を吐いた。

普段まったく家事をしない。必要に迫られないとしない。そして「必要に迫られている」と感じるのが人よりだいぶ遅いようで、自分でも呆れる位、家事をしない。

今日、年に何度か訪れるこのうっかりゾーン最中、あることを思い出した。

以前、同居人がいた。2年と少しくらい一緒に暮らしていた。

同居人家事全般、とりわけ料理が得意だった。事情があって一緒に暮らしはじめ、事情があって家事はあまり分担せず同居人が一手に引き受けていた。家事が好きだから、好きな方がやればいいじゃない、と同居人はよく言った。色んな事情があったので、バランスを取るために自然とそうしていたのだと今では思っている。そして実際うまく機能していたと思う。

それでもたまに、何から何まで申し訳ないなと思うことがさすがにあった。そんなとき今日のように風呂タイルの目地を磨いたりしていた。家事が苦手な人の特徴なのか、自分の特徴なのかは知らないが、いったんやり始めると今日のようにうっかりゾーンに入る。一時間や二時間、平気でタイルを磨いていた。

そんな時よく同居人背中から声をかけてきた。「お茶のみませんか」「居酒屋さんごっこしませんか(揚げ物とビールを準備しているとき)」「お蕎麦屋さんごっこしませんか(日本酒卵焼き、板わさを準備しているとき)」。

背中から鬼気迫るものを感じていたのだろう。無理にとは言いませんけど、区切りませんか、そんなニュアンスだった。そんな時はたいていハッと引き戻されて「するする」と犬のように尻尾を振ってタワシを投げ出して、いい匂いを嗅ぎながらタオルで濡れた身体を拭いた。

今日タイル磨きをやめるタイミングを掴み損ねて、立ちくらみを味わいながらそんなことを思い出した。

 かつての同居人とは、何故かあるタイミングでお互いの事情が一致して暮らし始めた。

行為は付かず離れずしていたが、恋人ではなかった。友だちとも違った。同じ家で暮らして、一緒に起きて、一緒に食べて、一緒に眠る人だった。子供ができたらいいね、と年に何度か言い合うことがあった。動物として自然の流れでそうなったらいいね、という意味だ。自分同居人も、お互いについての感情は「たまたま一緒の檻になったライオン」のような温度だった。

恋愛感情が無かったわけではなくて、持っていた頃も多分あった。お互いそうだと思う。ただいろんな事情理由があって、結婚選択肢に入らなかった。それぞれが別の異性と遊んだりすることもあった。「浮気してくる」「異性と交遊してくる」と言って出かけることもお互いあった。気をつけてね。何時に帰るの。お互い自分自身をそんなに素晴らしい人間だと思っていない同士、そんな生活に不満は無かった。一緒に暮らし続けた。

 もちろん人間感情はそんなに陶器のようにツルンとしてないようで、色んな諍いはあった。お互い思った事を口に出す人間では無かったので(悲しいことだと今では思う)、喧嘩にはならなかった。言い争いの代わりに、子どもや猫のような抗議をお互いよくした。突然夜中に居なくなったり、家に帰らなかったり、メールに返信せずに心配させたり、寝たふりをして返事をしなかったり、料理をしなかったり、料理を食べなかったり。そんな小さいギザギザは数ヶ月に一度あった。それでも同居人とは同じ檻同士、基本的に信頼しあっていた。お互い求められた通りの心配をした。夜中の公園真冬に探し回ったり、帰ったら好きなお酒料理音楽が準備されていたり、心にもない優しい言葉をかけたりした。どうせ仲直りするのはお互い分かっていた。早くしたいとお互い思っていたのだ。諍いに限らずあらゆる事が、始まり方は子どもでも終わり方は大人だったと思う。

 一緒に暮らしから色んな事が変わった。そして、これは自分にとって驚くべきことなのだが、色んな事を学んだ。

まず、健康になった。皮膚や髪の毛の質、睡眠の質が変化した。これは食事がガラッと変わったので当たり前なのかも知れないが、自分には驚くべき事だった。風邪を引いたり、一日寝て過ごす事も減った。同居人が酒好きだったので、自然自分の飲む量は減った。酔っ払いが二匹居ては収集がつかないと思ったためだ。伴って体重も減った。

趣味世界物事視野も広がった。同居人にとって当たり前のことは、初めて知る事ばかりだった。色んなモノが世の中にはあること、それぞれの用途のこと。野菜ジュース野菜代替にならないこと。直火炭火焼きの違いのこと。季節の食べ物のこと。いろんなお酒が世の中にあること。いろんな方言のこと。悲しいとき運動をするといいこと。泣きながらご飯を食べられないこと。スーパー鮮魚を買うと捌いてくれること。沖縄本州で畳のサイズが違うということ。島の暮らしのこと。革製品の手入れのこと。

そして、自分にとって当たり前のことにも興味を示された。テクノエレクトロニカのこと。色んな漫画や本のこと。映画や芝居のこと。旅行海外のこと。色んな動物のこと。身体の変化のこと。変な服のブランドのこと。仏教イスラム教ヒンズー教のこと。お互いの好きな物を教え合ううちに教えられた方が詳しくなって、それが原因で諍いになることもあった。ばかっぽい。村上龍キャンプについてはそうだった。だいたい土日の昼間に料理を作っている同居人の周りをチョロチョロしながら様々な話をした。自分がこんなに話をする人間である事や、甘えたがる人間である事、そして人間に救われる人間である事。ある業界仕事をしていた時期から人間を信頼することは自分とあまり関わりがないと思っていた自分にとって、これは大きな発見であり変化であった。アルキメデス浮力発見した事に次いで偉大な功績だった。ユリイカ

そんな暮らしの中であっても、人間は変化する生き物なのだった。自分にも、変化のスピード生活を合わせたいと思う時期が訪れた。それで、同居はやめた。自分が変化したのは同居人との暮らしのお陰だった。それはとても辛かった。それでも、時間が経った今はあの決断をした自分は偉かったと思う。偉大な功績だ。ユリイカユリイカとして、正しいか死ぬ時まで解らない。

 多分ここまで読んで、同居人との関係性について嫌悪感を示す人もいるだろうと思う。我々は少しネジの緩んだ同士だった。誰にも理解されないような、子ども同士の暮らしみたいな生活が好きだったのだ。毎日親がいない家みたいだった。ヘンゼルとグレーテルのようだった。一般的理解できないものを受け入れることが、わりあい得意な人間同士だったんだろうと思う。人間は変化するので、多分いま暮らしても同じふうにはならない。でも、かつての同居人は今でも家族のような感じがする。かつての同居人もそう思っている気がする。うまい言葉が見当たらないが、belongしあっているという感じ。今でもたまに顔を合わすと、たまに会う親戚のような顔をされる。元気にしてるの、ごはん食べてるの、ちゃんと洗濯してるの。言葉にはしないけれど眼から発信されてくる。

 先日、会社女性に「彼氏同棲しようかなって話してるんです」と言われた。相談ではなく背中を押して欲しいだけなんだと表情から伝わった。なので、「同居はいいよ」と無責任なことを言った。こいつの責任を持つ筋合いはない。「同居はいいよぉ、まいンち、楽しいことしかないよ」。

 同居はいいよ。毎日楽しいことしかないよ。

 家族になるっていいよ。

 同居をやめたのは、今日みたいな夏の暑い日だった。突然ひとりにした。突然ひとりになった。「素直に言ってくれてありがとう」という言葉。「がんばったね」。依存しあうものが無くなったあの開放感と、途方もない悲しさ。同居人が見えなくなるまで距離を取ってから階段でめちゃくちゃに泣いた。部屋に入るまでもたなかった。汗と涙と鼻水がごちゃごちゃになった。蝉の声がシャーシャー聴こえてきた。鼻の奥がずっとツーンとして、酸欠になって頭がくらくらした。一人にしないで一人にしないでと布団の中で喚いた。相手のほうが思っていただろうと思う。だから相手には言えなかった。血縁上の家族以上に大切だった。人工の家族だった。相手可哀想から、という感情共依存だと知っていた。お互いの変化を阻害すると知っていた。だから行動に移した。自分のために手放した。相手理由にするのは相手を一番傷つけると知っていた。対等な人間関係でありたいと願う、自分に残った唯一の正義だった。

何を見ても同居人連想する日々が続いた。何をしても楽しくなかった。食事の質が落ちたせいで体調も変わった。それでも不思議と、死んでしまいたいとは思わなかった。悲しい事に集中すると、他の事に集中しすぎずに済んだ。なんていうか色々捗った。ロボットのように仕事食事や人付き合いをこなした。こんな辛いことを乗り越えたのだから、何があっても生きていけるだろうと、直感理解した。悲しいとき運動をした。泣きそうになったらご飯を食べた。あれからだいぶ時間が経った。何かを見て同居人を思い出すことは、今では殆ど無くなった。

それで今日風呂場でうっかりゾーンに入って思い出した。

人間記憶はすべて熱量だと思っている。同居をやめてから、変化に対応していくなかで、たくさんの記憶熱量エネルギーに変換して生きてきた。変換したら消えていく。記録と事実は残るが、涙が出るような、胸が痛むような熱量は、失ったら二度と戻らない。

あらゆる事について、もう少し若い頃はこの「失っていく感覚」「燃えていく感覚」を怖いと思っていた。なるべく残したくて、よくテキストにしていた。いつからかそんな執着は無くなり「燃えているな」「もう二度と会えないんだな」とまっすぐに見つめるようになった。何かを決断した自分が得た変化の一つだ。燃えエネルギーを、これから別のなにかに注ぐ事。もう二度と出会えない分だけ、新しい事が入る余地が出来るんだろう。望むと望まざるに関わらずだ。

もう思い出す種火が少なくなっているのかもしれない。タワシを洗いながらそう感じた。消える前の焚き火を思い浮かべた。少しくらい残したっていいだろう。それくらい愛していた。自信をくれたのだ。自分で作った人工の家族の思い出の事。嘘は一つも書いていないが、自分同居人性別や年齢や重要なことは書かない。

同居はいいよ。毎日楽しいことしかなかったよ。

2017-07-24

https://anond.hatelabo.jp/20170722210312

似たような状況で、休学二回、五年と半年かかって文系学部卒業した私が通ります母子家庭で途中から精神安定剤を飲みながらようやく卒業できた。

休学してしまうと自動的留年扱いになってしまって、授業料減免申請できなくなってしまうのがつらくて何度も退学したいと家族に言った。家族は、いいから気にせず絶対卒業しろと言ってくれた。

親戚が援助してくれたのが大きく、それがなかったらたぶん無理だった。だからこのトラバ増田のヒントにはならないかもしれない。ごめんなさい。

まずはやはりお母さんに話すことと、たくさん相談窓口を得ることかなと思う。大学教授はこう言ってはなんだけど、本当に当たり外れが大きい。担当教授や専攻ゼミを少し変えたら(日本語専攻→日本歴史専攻に変えた)驚くほど楽になった経験がある。

事務室や保健センター相談もいいと思う。私の頃は保健センターでも精神科領域を診てくれたけれど、今どうなったか大学によって違うのかはわからない。頼りにならなくてごめんなさい。

一番は休むこと。判断力も落ちているはずなので、重要決断は後回しに。死ぬのだけは絶対にいけない。お母さんが好きならなおさら

半年くらい休学できたら一番いいと思うけれど、上記理由から休学できないのもよくわかる。事務などとよく相談してほしい。何か必ず打開策はあるはず。

自分を責めすぎないでね。本当に、よく頑張った。頑張りすぎた。お疲れ様。意地悪なトラバは読まなくていいよ。

追記

ごめんなさい手元狂って削除→再登録しました。ブクマしてくれた人申し訳ない。優しい言葉ありがとうございます

元増田が少し楽になったようで本当に嬉しい。

大学出てもまだ体調戻らずワープアやってる人間(私)もいるので、大卒すればいいというわけでもなく、まだ大変は大変だけれど、最近ようやく、ああこれは必要経験時間だったと思えるようになれた。

何よりこうして元増田みたいな人に言葉を(自己満と言われればそれまでだが)送れることがありがたいし、それまでとは全然違う視点をもらえた。

私も頑張ります元増田も、無理しないでね。たまに愚痴っていいんだよ。

2017-07-17

[] #30-5「女子ダベかく語りき」

====

ディレクターズカット

カナコ「何のために生まれてきたんだろう、て」

スミレ「人は死ぬために生まれてきたんです」

サクラ「何だ、悟ったみたいなことを言いやがって」

カナコ私たちの年齢でそういうこと言うと、ただイタイだけだよね」

サクラ友達なんだから、もう少し優しい言葉でツッコんでやれよ」

カナコ「えー、じゃあもう少し女子高生っぽい、無意義な話に時間を費やそうよ」

サクラ「そうだ。もっと年頃の女子特有のフワッフワした感じの話を」

スミレ「だったら、そもそも最初の議題の時点で破綻していると思うんですけど」

サクラ女子高生フィルターを甘く見ちゃいけない」


====

カナコまさか浴衣を誰も着てこないとは」

スミレ私たち、そういうの着たいと思うようなタイプじゃないですからね」

サクラ「見栄を張るような相手もいないしな」

カナコ「でも……何かわからないけど、これじゃ駄目な気がする」

サクラ「何だよそれ」

スミレ「“顧客の望んでいるもの”ですか」

サクラ「何の商売だよ」

カナコ「今からでも間に合う、浴衣に着替えよう!」

サクラ「うげえ……」


====

カナコもっと何かしよう」

サクラ「いや、だからダベってるじゃん」

スミレカナコさんが言いたいのは、エンターテイメントにおいて飾りっけなしの日常をそのまま切り取ることに『何か』は含まれていない、と」

カナコ「そうそう、そんな感じ」

サクラ「ほんとかよ」

カナコ「まあ分かるよ。私たち見目麗しい女子高生日常謳歌すること自体が、エンターテイメントとして成立するからね」

サクラ「お前のその、自分女子高生に対する評価の高さは一体」

カナコ「分かった分かった。サクラのように取り留めもない会話のボケにすら、常に全力で、大声でリアクションしよう」

サクラ「一歩引いた所から分析やめてくれない?」

カナコ「ね?」

スミレ「なるほど。でも私にこれを真似しろってのは色んな意味で酷だと思うんですけど」

サクラ「遠まわしにディスってない?」

カナコ「ちょ……今は普通に会話していきたいから、いちいちツッコミしてくるのやめて」

スミレ自分役割を全うしようとする心意気は買いますが、もうちょっと弁えましょう、サクラ

サクラ「この場は従うけど、別に自分役割意識してツッコミしているわけじゃないからね?」

カナコ「ね?」

スミレ「なるほど。こういう我を出しつつも、ちゃんとその場に順応しようとするスタイルを見習え、と」

カナコ「そう。自我社会共存だあ」

サクラ「私が反応に困るスミレ分析力と、カナコ解釈力のエグさ」

カナコ「そしてボキャブラリがそこまでないけど、その上で表現に工夫を凝らそうとするサクラ努力

サクラ「え、何この意味不明趣旨の誉め合い。またちょっとディスり入ってるし」

(#30-6へ続く)

2017-06-28

毎週実験レポート2個こなしてるから、わしは偉い

わしはすごい

課題してない日が無い

バイト減らしたい

都会の女はクソや

わしはもうストレスで、だめや

全員死ねしか思えん

先週の課題バイト地獄が終わったと思ったら、さらに増えてやってきたし、研究室で闇かかえて、もう限界

わしは本来人語を理解できるはずなんや 早く戻りたい

これで精神さない奴おるんか

また胃が痛くなってきた

一度精神壊れたらもう2度と完治は無いねんぞ

理系いって精神壊す話はよく聞いてたけど、まさか当事者になるとは思わなかった

いろんな要素が絡み合ってるのがやばいな休学して金稼ぐのが正解なのかな

マイナス人生ゼロにしたいだけだからそのために大学いってるから、悠長なことやってられんけど、休学なら授業料ゼロから

胃が痛いし、顔中が熱い

明日生活に怯えながら膨大な課題勉強こなさなきゃいけないのに生きるためのバイト時間取られてしま生活が三年続いておかしくなってきたな

一方では何の不安もなく若さを最大限楽しんでる奴らがいる 殺してやる

憎い

幸福の全量が決まっててそれぞれ分配されてたとしてわしが辛い分誰かが幸せだとするならば殺してやる

わしは本来素直で前向きで明るい奴なんだよ普通生活さえ出来てればな

肉体的な制圧は構わないけどこうした精神制圧我慢ならないんだよ

わしの大学生活っていうか18〜23,4ってなんだったんだろうな

課題終わりそうにない

死ね

死ね

今月5万

電気ガス水道ネット携帯20,000

食費20,000

受験料7,000

その他3,000

完全1人なら食費1万5千もかからん死ね

幸せ奴なんだよ全員殺す

他人比較するなお前はお前だ だと?

ああそうだなわしはわしだ苦しく辛い生活を何年も続けてるのは間違いなく生身のわし

じゃあお前も苦しい思いして殺されてもお前はお前だよな、殺すから

マイナスゼロに戻すのに人生1/3使ってんだよ

わかるか

わしもお金持ちじゃ無くてもいいか中流階級の家庭、それも女に生まれたかった

まれた時からなにもかも揃ってるやつはいいな

か弱い女だったらとっくに自殺してるか風俗落ちしてるような環境

日に日に恨みが溜まって行く

もう優しい言葉かけてくるやつも全員敵だろ

何も知らんと勝手無責任なことばっか言いやがって

結局自分を助けられるのは自分だけ

幸せそうな家族連れとかカップル見て殺意湧かない奴ってどうなってんだよ

生涯孤独

せめてこの苦しみに供してくれる人と理性的な会話をしたい人生だった

ここまでいったらもう後戻りできないし、大学辞めざるを得なくなったら人を殺さざるを得なくなる

まれた時から求めることを禁止されて抑圧されて育ったらこんな怪物が育った

子持ち増田気をつけろよ

仮にあと一年と十ヶ月耐え抜いて自立したとしよう

更なる化け物が生まれるぞ

やっと手に入れた普通生活 しか過去は真っ黒で何にもない

この先もう無理なんだよ

高校卒業まではただの根暗だったのに今のわしはもう怪物になってしまった

20年間かけて証明したんだよ

持ってるだけで使わねえ死にかけのジジイババアから金とって若者に回せ

まれた時から8割決まってんだよ 真に平等なのは時間だけ。

一回も墓参り行ってねえよ ばあちゃん見てるか

わしのババアは何一つ残さず去年死んだよ 墓も無えよ

ジジイもそろそろ死にそうだよ何も残さずな

祖父からはおろか両親からお年玉なんて中学入る頃には貰ってなかったな

どんどん身内が死ぬけど涙一つ出ねえよ

ドラマとかで見る家庭 あれが普通なんだなって

そういえばばあちゃん死ぬ前、あの子には迷惑かけたくないからっつって死んだこと内緒にさせてたみたいだな

実際知ったのはしばらく経ってからだし

唯一良かったのは悪い奴らが周りにいなかったことくらいか

成人式ってなんだよ 成人まで立派に育ててくれてありがとうってか?

やかましいんだよ

内実馬鹿騒ぎしてるだけじゃねえか死ねがきども

どうすればいいんだよ

大学やめて働きゃいいの?

もう人間でいることが苦しいよ

大学入って2年目で300万借金ありますって言われてみろよ

今まで言わなかったけどお前らの想像の遥か上なんだよ

全員死ね 以外に何が思い浮かぶんだの

将来はゴミ親父と兄弟介護確定かよ

兄弟手帳持ちだし

それでも自分なりに楽しくやっていこうと思ったけどやっぱ無理じゃね、って

そのへんのラッパーよりよっぽどリアルだよ

許せねえ

許せねえよなあ

荒れて不快な思いさせてごめん もちろん一生1人で背負ってくよ

わしみたいなのが1人でも少ない社会であるといいな

この社会自体弱者はとことん強く強者には弱いからなあ

2時までやって寝るぞ 明日も一限や

バカっ面ども無責任なことばっかり言いやがって

残念 結局のところ同じような境遇の奴しか分かり合えないから、連鎖してくのかなあ

綺麗事なんていくらでも言えちゃうもんな

行動に移せる奴なんて稀だし

もうこの壊れた脳は戻らないと思うと本当に悲しい

ただ自殺だけは考えたことは無いな まあ今ちょっとやばくなりつつあるけど

わしも若いうちに幸せ享受たかった マジでジジイになってから楽になるんじゃ遅い

幸せ基準が低い

自殺について考えたらしたくなってきてしまった

自殺でググったら若者130人以上を殺したロシア残酷自殺グループBlue Whale」が日本進出間近!とか出てきてすごいものを見てしまった

わしは、人の幸せを心から喜べる日は来るんだろうか

2017-06-11

30代童貞の咎、無職の罰

30代童貞無職でも優しくされたい!を書いた増田だ。

http://anond.hatelabo.jp/20170529064047

最初に謝罪なのだが、実は元の記事は二、三年ほど前にここに書いたが全然反応がなかったものの再投稿であった。

黙っていてすまん。

でも相変わらず30代童貞無職であるので、釣りではない。

相変わらずどころか、加齢のぶん状況が悪化してるわ。

ザッと見た反応には共感も叩きもあるが、とりあえず前と違ってガン無視されなかったというだけでいくばくかの慰めを得ることができたので、そこんところに大いに感謝したい。

それでも叩いたり説教した奴はとても憎いがね……。

ところでこの記事のタイトルイリヤの空UFOの夏が元ネタだ。


俺の発言がかつてないほど話題になって調子づいたので、その反響に対する自分語りを長々追記する。

悪いが、提案や説教に対して、でもできないよおと拗ねる内容だ。

返事しやすいことにだけ返事しているから、クリティカルな指摘はスルーしてるかもしれん。

この追記に含まれ話題は以下の通り。

・俺の求める優しさとは何か

・俺から他人に優しくすべきだという話

フェミニズム

宗教

メンタルクリニック

ボランティア

創作

風俗

・会おうかと言ってくれる人について

無職で生かしてもらってんのがこれ以上ない優しさ

・働け


沢山ツッコまれている、「お前の求める優しさってなんだよ」ということを考えてみた。

自分の中でもふわっとしてるので、とりとめなく羅列する書き方になってしまうが。

たぶん俺が欲しているのは、物理(経済)面と、精神面の両方とで、自分の生存に罪悪感と不安を覚えなくていい状態ができてほしい、ということに近い。

居場所を作ってほしい、支えができてほしい、許しを与えてほしい、関係を持ってほしい。

こんな存在価値のない無能が生きていて申し訳ないとか、人と会話して申し訳ないとかの自罰的な気持ちと、その反動で貯まる攻撃的なルサンチマン、更にそれらからくる社会活動経済活動のうまくできなさから解放されたい。

生きている現在と、生き続ける将来に安心したい。なんとかいい感じに暮らしていけそうだとほっとしたい。

物理面の安心は、セーフティネットや、俺でもつとめられる安定した職や、日本の将来の暗さの解決なんかが欲しいってことだろうか。

精神面の安心は、流行っている言葉で言えば自己肯定感が欲しいとまとめられるかもしれない。

個人でも、思想でも、社会システムでもいいから、俺に優しくすることで自己肯定感を育て直す手助けをしてほしい。

俺が幼稚だという感想も見たが、育て直しを手伝ってほしいってのを望むくらいだから、そりゃ幼稚なんだろうな。

他人を頼るなって意見も多く、そうできるにこしたことはないけど、自己肯定感を独力で育てるのそうとう厳しくないか

厳しくてもやるんだよ、甘えるなっつーのが現実人生ですけどね。

ついでに言えば、自己否定感をもたらす色々なものから守ってもほしい。

守ってほしいというとお姫様気取りかよと言われそうだが、思想信仰も密な人間関係も、外部の影響で精神が動揺するのを防ぐファイアーウォールになるというのが役割の一つだと思う。そのせいでそれらにハマった人は意見を変えづらくもなるのだが。

ネット越しのあれこれを見てると、ファイアーウォールの十分でない俺の精神はどんどん腐っていくのを感じる。

だが他に気軽に寂しさを紛らわす手段もないので延々ネットを見ている。

そもそもこういう記事を書くこと自体、優しい言葉と厳しい言葉を両方飛ばされるかただガン無視されるかのどちらかだから、俺みたいな拗ねてこじらせた脛齧り野郎はやらないほうがいいんだ。

共感が10個あっても叩きが1個あったら叩きばかり印象に残る性格の奴が、運がよくても半々、そうでなければ袋叩きになるような愚痴ネットに書いてその反響を追うのはよくない。カウンセラーにでも愚痴るべき。それはわかる。

カウンセラー愚痴っても淡々と聞かれるだけで虚しさが募ってきたから、我慢できず書いちゃうんだけど。

言ってみりゃ、BUMP OF CHICKENリリィみたいな存在出会いてえんですよ。

弱音と苛立ちをこぼしても「そういうところも全部かわいい人ね」って言われてえよ。

無職なのでスポットライトも浴びてないしがんばって自分を唄ってもいないけど。

いやこの増田が俺にとってのステージだ。


人に優しさを求めるならまず自分が周囲に優しくしろ、というコメントも多かった。

この場合、俺が他人に送るべき優しさってなんだろうな。俺が求めてる優しさは上で書いた感じだが。

俺には、ただのオタクとしての名義や、リアル本名もある。

オタクリアルの方では、人の愚痴にはできるだけ親身に乗っているつもりでいる。いいと思った創作者に長文感想を投げたりもする。落とし物を拾う手伝いとかする。

どれも迷惑な押しつけかもしれないし、性根の腐り具合が滲んでるかもしれないけど、いちおう些細な優しさだとする。

でも、それが相手の救いになってるかというとたぶん全然ダメ

たとえば仕事がきついとか、上司セクハラしてくるとか、金がないとか、親との関係が悪いとか、モテないとか、ネットで叩かれたとか、そういう愚痴に俺ができるのは「大変だよな」「そいつマジクソファッキン口からウンコ漏らし」「思いつめない方がいいよ」などを言うだけ。作品への感想も結局は面白かったと言ってるだけ。

しばらく泊めてやるし旅費も出すからろくでもない家と会社からは逃げてきなよと言うとか、出版関係者コネがあるから紹介してあげるとか、そういうちゃんと役に立つ対応はできない。

俺は地方民なので、知人はみな地理的に遠く、日常的に会って一時的ストレスを紛らわしあうこともできない。(俺と会ったらむしろストレスが溜まるかもしれないが、一般的にはそういう優しさもあるだろうってことで)

生活に将来性がないので、他人自己肯定感を育てられるほど長く密な関係を築くこともできない。

お金も社会的安定も能力甲斐性ない人間は、責任のある優しさ、問題解決能力のある優しさを人に与えられないんじゃないか

から俺も優しくされないのか?

服を買いに行くための服がない問題みたいだな。


フェミニズムについて書いた部分もあれこれコメントされている。

元の記事でフェミニズムマチズモの双方を俺の敵対陣営として書いたが、根源的にはフェミニズムは悪ではなくむしろ公正さを目指すって意味では善なる思想だと思っている。

しかし、昨今俺に最も自己否定感や罪悪感をもたらしてくるのがフェミニスト的な言説だから敵視しているのだ。

俺のガバガバメンタルファイアーウォールを突き破ってくるんだよ。

そういうのは真っ当なフェミニストではなく一部の過激派だとか、フェミを名乗るミサンドリストだとか、脳内フェミだとか言われるのだが、とりあえず確かにツイートブログが見えるから脳内妄想ではないとして、一部過激派ミサンドリストと「真っ当なフェミ」なるもの区分するのは非常に困難である

自己否定を煽られたならミサンドリーだとするなんてのは、俺に/男に都合のいい意見しかフェミニズムと認めないなどという傲慢極まるスタンスになるのでありえない。

そしてフェミニズムも色々な考え方があるっぽいから、明らかに罵詈雑言を投げてるタイプくらいしかミサンドリーだと断じきれない。

そもそも疑問なのだが、ミサンドリーの入ったフェミニストが見分けられたとして、フェミに耳を傾けましょうって立場人間が「ミサンドリーフェミの主張は無視していい」なんて言うのはアリなのか?

ミサンドリーの奴らは、男によっぽど嫌な目にあわされたとか、別に大した理由はなく性格が歪んだとかで男に憎悪を抱き破壊的なことを言うわけだが、そこで他人聞く耳を持たなくていいのは破壊的な部分に限られていて、あいつらがどんな被害にあったとかどこに男女不公平を感じるとかの指摘を無視することに正当性はないのでは?

たとえて言えば、テロリストテロ行為は許すべきでないが、なぜテロリストテロ思想に走ってしまったのかという部分は着目するに足る、みたいなのと近い。

ミサンドリーフェミニスト言論テロリストだしその論調と主張手段は責められて然るべきだが、あいつらが語る己がテロリストになってしまった理由については、ある程度の誇張を割り引くとしても聞いてやるのが、フェミ親和派としちゃあ正しいのでは?

男性への不公平感や抑圧感が嫌悪憎悪レベルに達することで「あいつらはミサンドリストからフェミニストではない」と切断処理の対象になってんのって変な気がする。

などとやたら長く書いたが、どっちにしろミサンドリストフェミニストも嫌いなんだ俺は。

だって俺が男である以上、体格がいいとか化粧しないでいいとかヒール履かなくていいとか生理がないとかガラス天井がないとか性暴力を受けづらく与えやすいとか性別由来の既得権益を得てはいるし、どんなフェミニズムであれその権益の使い方や再分配をよく考えましょう配慮しましょうと啓蒙してくるわけで、それは公正ではあるけど「ああ、男である俺は不当な利益を貪ってんだな、反省しなきゃな」みたいな気分にさせられるから、そりゃあ嫌いになる。

そのくらいの自省要求にすら耐えられないほどクズなんすわ、悪かったな。

痛いところを正しく突くな。回避不能な罪悪感で縛るな。

フェミニズムは公正で善かもしれんが、俺には精神有害なんだ。

しかし考えてみれば、ネット議論は幾らでもある中で俺が特に精神をかき乱されるのがフェミ主張ってことは、否が応でも目に入ってしまうくらいフェミニズムネットに行き渡り無視できない勢力にまで育ったわけだからフェミにとっちゃ順調っちゃあ順調なんじゃないの。


さっきちょっと信仰と書いたが、宗教を勧めるコメントも多かった。

わかる。

持たざる者精神的救いを求めるなら、宗教が王道と言っていいと思う。

自分でも、上手くハマれればとても楽になれそうな気はずっとしている。

でも俺は宗教めっちゃ嫌いなんだよ。

結婚式チャペル行くのも葬式で数珠握るのも地鎮祭も、もちろん新興宗教の類も、くだらないしキモいと感じられる。

から楽になるだろうことは分かっていてもやりたくない。

この場合宗教はいわゆる神様を拝む系の宗教を指しているので、科学信仰宗教嫌いも宗教であり~みたいな話は今回はなしで。


宗教の他には精神病院に行けという話もあった。

実はすでに、病院カウンセリングには学生の頃から通っている。

病名はついているが、憂鬱イライラ胃弱くらいしか自覚症状がないのでピンと来ていない。

延々経過観察されている。

薬は全然効かないので、現在憂鬱が激しい時にその場で飲む薬しか処方されていない。

障害年金はもらえそうにない。


ボランティアを提案する人もいた。

実はこれも嫌々ながらやったことがある。

某NPOの臨時作業員というかお手伝いみたいな感じで数か月混ぜてもらった。

でも、NPOの人らが輝いた眼をして、力強い握手と共に「増田クン、まずは元気な挨拶からがんばろう!」と言われた一日目の時点で内心もうダメだった。

いや挨拶はしていた。どっちかというと丁寧にしていたつもり。小学校クラス挨拶名人賞を受賞していた杵柄だ。

ただ全盛期を過ぎた今の俺の挨拶はオドオドさも香るスタイルになってるから、エネルギッシュな人たちからすると元気よくと言いたくなるのは分かる。

でも俺とは求める心地よさが違うのだなと感じた。血圧が俺より30くらい高そうだった。

あと単純にボランティアの具体的な活動でも俺はグズで気が利かなくて、役立たずとして混じってるのがキツかった。

ワンシーズン活動が終わったあと、臨時お手伝いの立場ながら打ち上げに呼んでもらえたので優しくしてもらったとは言えるんだろうけど、その最後打ち上げの席も辛かった。


創作ブログも多少やったが、しんどくてやめた。

気力体力行動力の消耗がヤバかったし、がんばって書いても読者が少なくてあんまり褒めてもらえないので悲しくなった。

小さいものを一つ作ることはできても、それを複数作ったり書き続けていくのはひどく大変だ。

内容が多少まずくても創作できる人はそれだけですげえよ。42.195kmを走らず歩ききるだけで凄いようなもんだよ。


風俗

俺の「童貞」という悩みを噛み砕いて言えば、「コミュニケーション能力と、アイデンティティのかなりの位置を占める男性という属性の二つが、他人(特に男性から被害を受けやすい女性から受容されたことがないことによる、不全感や許されていない気持ち」が問題なので、お金で受け入れさせたところで解決になる気がしない。むしろその手段を取ることで罪悪感が増しそうで怖い。金という暴力で女を従わせたってことになる。

なんて言ってみたが、風俗でいいから一回ヤってみてーという即物的な気持ちもモチロンある。

でも実家暮らしだと、家族風俗行ったとばれないかという心配事もありなかなか行けない。

男性性なんかにアイデンティティの重きを置くなって意見も見るが、その重心バランスセルフコントロールムズイでしょ。


はてなの内外で、首都圏だったら飯奢ったり遊んでやるよと言ってくれる人をちょっと見た。

とてもありがたい。だがすまないことに、前述の通り俺は地方民である

まあそうじゃなくても、こんなクズ of クズな記事書いといて非匿名で会うなんて、恥ずかしさと怖さでできやしないが。

知人に首都圏在住者が多いのもあり、そっちで暮らしたい気持ちは大いにあるが、以前親に話を振ったところ良い反応をもらえなかったので無理だ。

自殺企図したことがあるため、離れた場所に行かせるのは心配らしい。

「30代になって親の顔色をうかがうとか幼稚すぎる」と言われるだろうが、親と話し合ったりお願いしたりということが物凄く苦手でダメだ。一度話を振っただけでとても勇気を出したくらいだ。


無職でもその年まで生かしてもらえてることが最高に優しくされてるだろというド直球。

就職しろというド直球。

あなたたち、その通りです!!!! 

養ってくれているお父さんお母さん、医療保険を使わせてもらってる社会ありがとう! 年金くらいは払ってます!

腕力なくて荷物を落としそうになって迷惑かけたバイト先、一回寝過ごしたらもう顔見せるのが怖くて連絡を絶ったバイト先、寝坊した上道分かんなくなって面接キャンセルした就活先、集団ディベートで変なこと言う俺と同じ組になった就活生、興味ある職種を答えられず困らせたハロワ相談員さん、ごめんなさい!

こんなに迷惑をかけても、直接的な刑罰とか咎は負わされてなくてこの社会クズにも優しい!

その辺はマジその通り。

なのに、こんなに優しくされてるのに、なんでか人生がうまくいかねえし外に出るのが辛いし社会他人と関わるのも不安だし心身落ち着かねえしで自分じゃどうしようもねえし辛いので、もっともっと優しくされたらうまいこといかねえかな、誰か救ってくれよっつー夢想を書き殴ったのが元記事なわけ。

自分じゃどうしようもないとか甘ったれてんじゃねーよ人は自分で何とかするしかないんだよとか、むしろ優しくされすぎたのが悪いんだよとかの声も拝聴しております。



書きたかったのはだいたいこんな感じだ。

自己卑下してかわいそうぶることで批判を避けようとしているのが鼻についたら申し訳ない。

卑屈さによる防御は卑怯なのだが、いったん頭に浮かんだ卑屈さや恐れを脱臭するのもこういうクズ人間エッセーみたいな文章ではニュアンスを損なうのでは、と考えるとよくわかんなくなった。

よくわかんなくなったということを言い訳にして、卑屈さを大量に残して責めづらくする予防線を張り、そして予防線を張ったことについての予防線を更に張る卑怯な書き方申し訳ない。

薄っぺらく心にもない謝罪を繰り返していて申し訳ない。

2017-06-09

許されたいんだね

優しい言葉をかけてくれる人はいると思う

けど私は許さない、決して

2017-05-28

失恋をして気づいたこと。

何度か失恋をして気づいたことがある。きっとみんなが思うことで何も面白いことはない。

初めて恋をしたのは6年生の時。地味でも派手でもない普通男の子中学に上がってからお前としゃべりたくないみたいな話を風の噂で聞いた。泣いた。後に両思いだったことも風の噂で聞いた。

その後高校大学普通に進学し色々あって、彼氏もできた。特に何もないので19歳まで割愛する。

19歳夏。運命かと思う人に出会った。付き合いたいだなんて思ってなかったが、今考えると一目惚れかもしれない。飲み会で同じ席に座った先輩のUさん。話している姿を見てさらに惹かれた。少しでも相手にしてもらいたいと思ったから可愛くなりたかった。あの人の好きな女の子になりたいと思った。

20歳3月頃。4月から社会人になるバイト先の先輩と急接近して、GWに付き合うことになった。スポーツマンで爽やかで別に嫌いじゃなかった。別に好きでもなかったが、告白されたので付き合った。

20歳6月。1年ぶりにUさんに出会った。去年と変わらずフリー。相変わらずかっこよかった。去年よりいっぱい話して、連絡先も交換した。それから毎日Uさんと連絡をし合った。回数は少ないけど長文。なんか賢そうな文章だなあという頭の悪そうな感想をもった。

2週間後、大勢飲み会の後に2人で飲んだ。朝まで飲んで、いつの間にか彼のお家に行っていた。当時、処女であった。結婚する人としかしたくないと思ってた。いっぱいチューして同じベッドに寝転がって、告白された。朝、帰るときも私は処女だった。

1週間後、Uさんと付き合うことになった。バイト先の先輩とは前日にラインで別れを告げていた。振り返ってもこの事に罪悪感は感じていない。最低だと思うが、私は好きな人幸せになりたいと思ったし、その人が私を好きなら私の幸せを望むだろうと楽観的だった。

21歳になった頃、初めて他人自分の中に受け入れた。21年間で一番幸せを感じた。彼には私しか見えてなくて、私にも彼しか見えてない。大袈裟かもしれないが、世界には2人しかいなかった。それが続くことを信じてやまなかった。

彼とは2回目はなかった。2ヶ月後くらいに別れを告げられた。SNSで「酔ったら誰でも可愛く見える」と呟いていた。好きだけど、そうじゃないと言われた。よく考えると彼とシラフで会った回数は数える程度だった。彼にとって私は彼女であったが、それ以上に「穴」だったのかもしれない。1回きりということは穴すらも満足させられなかったのかもしれない。お酒を飲んでいないと何の魅力も私にはなかったらしい。それを知っても私はあの時を後悔できない。あの時一番大好きだった人で初めてを過ごすことができて、幸せだった。恋愛でこんなに自分が変わってしまうことや、人にも自分にも向き合う必要を感じさせられた。彼の存在は私のこれからにおいて、とても大きな物になっている。

その後何人かと付き合ったが、どれも比べてしまって続かなかった。

21歳6月。紹介で1つ上のOくんと出会った。好きなもの趣味も合って、優しくて穏やかな性格だった。夏に告白してくれた。

21歳秋。告白の返事もしてないまま、30歳のKさんと知り合い、関係をもった。ご飯を食べて相手の家でするだけ。毎日連絡をくれた。恋人ごっこは何も考えなくて良くて楽だった。

21歳冬。Oくんと付き合うことにした。Kさんはすぐに切ってそれっきり何の連絡もしていない。Oくんのことは男性として好きか分からなかった。きちんと誕生日を祝ってくれたりクリスマスを過ごしたり、普通デートをしたのはOくんが初めてだった。今までの人と比べられないくらいOくんは「普通」の人だった。

現在半月前にOくんと別れた。交際期間149日。別れの2週間前には初めてホテルに行った。恋人とするのは久しぶりだったが、何の感動もなかった。優しい言葉をかけてくれたのは嬉しかった。

恋人ではないKさんとの関係を持つことで、こういうことをしても心が埋まることはなくて、埋まるのは物理的な穴だけだということを知った。彼氏のOくんとした時も、Uさんの時ほどの感動を覚えることはなく、埋まるのは穴だけだった。特に絆が強まった気もしなかった。むしろ、そろそろ終わるんだろうなと悲しくなり、不安も募って、辛かった。Kさんとする方が楽だったかもしれない。Oくんは何も悪くない。

別れた原因は小さいことだった。1週間もライン電話も返事なしだが、SNSは使ってる。だいたい毎日ラインをしていたのでとても不安だったのに、SNSには楽しそうな写真が載っていた。今までの私なら見なかったことにして、何も言わずに待っていた。でも、どうしてか我慢ができず、終いには自然消滅したいならはっきりしろと迫った。夜中に電話がきて、私達の関係は終わった。私はOくんをとても信頼していて期待して甘えていた。向こうも最後までいったことで私に対して緩みが出てたと思う。私は彼を理解たかったが、歩み寄ることを拒否されたらどうにもならない。お互いがお互いのことを考えられなかった。好きか分からないくせに、別れたくなくて泣いた。

Oくんと別れたくなかった理由を考えた。彼は良い大学に行っていて、家族構成職業も良かった。顔も不細工ではなかった。ただ、優しくて穏やかだと思っていたが何が優しさか分からないし、穏やかというより面倒事は起こしたくない、という感じだった。私は「できる」彼氏を失いたくなかっただけだった。彼の事は最後まで恋愛として好きか分からなかったが、好きだと思っていた。別れも辛かった。自分自身将来有望彼氏との自分未来を壊してしまたからだ。戻ろうと言われれば戻ると思う。でもきっとOくん自身が好きだからではない。

彼氏ができたらそれが私のスペックのように感じてしまっていたと気付いた。何もない私に付加価値が付いたような。それがなくなるのが悲しい。自分可愛いやら好きやらと言ってくれる人がいると自分自身価値があるような気もしてくる。別れて、心がぽっかり空いたような気分。それは彼自身や彼との未来を失った悲しみではなく、自分付加価値としての彼を失った悲しみ、承認欲求を満たしてくれる彼を失った悲しみだ。あったものがなくなったから悲しいという当たり前の理由だった。Oくんじゃなくて、誰でも同じように感じていたと思う。

恋人がいない自分にはどこか欠損があるように感じてしまう。恋人がいることは私にとって心の拠り所になる。励ましの言葉や、連絡で支えてくれるのを期待してるわけではない。服を選ぶ時、美容院に行く時、料理を作る時、決められないか恋人基準に考えてみる。誰かのために何かをする私が好き。誰かに必要とされる自分でいたい。私には価値がある、生きていていいよって思いたい。結局、私は自分のことしか考えていない。別れて自分未来が見えなくて不安になっているだけ。そこにOくんは絡んでいない。

先にも書いたが、Oくんは普通の人だった。それが心地よかった。今までギャンブル好き、バンドマンなど難がある人と付き合ってきた。適当に扱われるのが当たり前で、それを我慢して彼を支える健気な私を演じていた。悲劇のヒロインになりたがっていたのだろう。Oくんと付き合うことで普通に愛されるのは幸せなことだと知り、普通未来を考えた。無意識のうちに安心、と言えば聞こえは良いが実際には依存だったのだろう。普通の彼と別れて、私自身が普通ではないような気がして辛かった。

Oくんと別れてから3日間は彼を思ったが、その後、彼を思い出すことは難しかった。憎い、嫌い、地獄に落ちろ、やっぱり好き…何の感情もなかった。これが無関心なんだろう。今後も失恋を繰り返すだろう私のために、このような文章を残すことを決めた。この文章を書いてる間、Uさんを久しぶりにしっかりと思い出し涙が出た。彼に未練があるわけではなく、きっと感傷に浸っている。その涙くらい許されるものであってほしい。この感情はOくんには生まれなかった。彼の代わりはいっぱいいる。

Oくんと付き合うことでUさんが昇華できた。きっとこれはOくんだったからだ。あれだけ引きずって、もう好きな人なんてできないと思っていた。OくんがUさん以上かは分からないが、楽しく過ごしているうちにUさんを忘れた。今後の人生でもまだまだそういう人と出会える可能はいっぱいある。Uさんとの別れがあったからこそ私は強く生きていける。あの人との付き合いは無駄ではなかった。Oくんがいたからそう思えた。だからこそ、Oくんとの別れは冷静に自分を振り返るきっかけとなった。

失恋をして気付いたことは、自分に自信がない、自己肯定感が低いということだった。それを埋める存在恋人であり、依存対象になってしまっていた。

「君も型ハズレの恋愛をしたらいい」とKさんに言われ、馬鹿を言うなと返したが今になってその言葉が正しいのではないかと思う。

最後に、Uさんは自分には恋愛は向いてないと私に言ったが、私の後に付き合った彼女と1年を迎えている。私は149日で終わっている。向いていないのはどちらだったのだろうか。

末筆ながら、UさんとOくんが健康幸せに溢れた人生を歩まれることをお祈り申し上げます

どうか、お幸せに。

  • - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

(追記)

しばらくは誰かの為に、ではなく自分の為に生きていきたい。将来の仕事も考えなければならない時期だ。何かを決める時も自分がしたいことをしよう。コメントして頂いた「こうしたらどうなるかな?」は今まで考えたことがなかった。私は何も考えていなかったことに気付かせていただいた。

そんなことを言っているが、キープの公務員を昇格させようと思っている。もちろん彼のことは恋愛として好きかは分からないが、彼氏がいないことが不安で仕方ない。私の心の平穏の為にも、とりあえず誰でもいいから繋いでおきたい。

学んだことを何も生かさず、一歩も進まず、私はこれからも思慮の浅い人間であることに変わらないのだろう。

2017-05-26

現実世界の厳しさというか、厳しい人間からの風当たりを考えると

増田についた辛辣攻撃トラックバックでも優しい言葉に見えるから不思議だな。

社会って辛い。

2017-05-22

本音と建前

母親祖父葬式が続いていた時期、遠方なのでできる限りのことをやっていた。

から、遠いかしょうがないよ、子育て頑張って、と優しい言葉をかけられ申し訳ない気持ちはあったが安心していた。

姉は跡継ぎではないが一時的実家に戻り今は実家の近くに住んでいる。介護葬儀書類親族や客の対応もとにかく色々やってくれた。

帰省の度、ありがとう、大変だったね、と言ってくれた。姉の方がよっぽど大変だろうに。ねぎらったら、とにかくたくさん帰ってきてほしいと言っていた。

今日、私が、末っ子から書類最後にくるムカつく、と言ったら姉が切れた。お前がなにをやった?私はやったよ。と言われた。

そんな風に思ってたんだな、と思った。その後、ひとりで落ち着いてから書類末っ子から最後にくるんじゃなくて一番何もしてないか最後にくるんだ、ということに気づき納得したら、姉の怒りももっともだと思った。

ただ、その流れで出た本音がショックだった。本音と建前が、難しい。もう関わりたくない。

2017-05-09

何十KB愚痴

口に出しても仕方が無いし、自分でもよーくわかっているけれども、どーしても飲み込めないことを増田に書き込むと、おめーが悪いだろとか考えた方がおかしいというトラバブコメが付く。

正論もっとも。

でも、優しい言葉が欲しい。

から、1ヶ月に1回は否定的トラバブコメ禁止の日を作ってほしい。

どんな内容でも、最高!って褒めたたえてほしい。

1年に1回でもいいから。

全ての増田。愛してる!

2017-05-02

http://anond.hatelabo.jp/20170417124013

「良い夫の振る舞い」ができない男より、演技でもできる男が良き夫。

なんだよなぁ。妊娠前後の里帰りシステム最高の記事を通り、女とエロい事して遊んでいても、内心妊婦相手ダルいと思っていても、笑顔で妻のおなかを撫でていれば良い夫になれる。

何にもないけど気のきかない男より、浮気しても演技だけも気をつかえる男が認められる。だって妻にとってはそれが現実からね。見えてることしか人はみない。

このゴールデンウイーク優しい言葉をかけてフォローする事は忘れないぞ。

その分遊ばせてもらう。

妊婦実家で甘やかされ、呑気にアイドルコンサートまで行ったりしてるから後ろめたさはない。

遊びの種類が違うだけなんだよね。

2017-04-22

あと一ヶ月で不妊症の診断に入る

凄く長くなったので一言でここに表すと努力する力を含め将来への生きる自信がない。

セックスの頻度は週に2〜3回。

不妊治療をしなきゃいけない頃である

旦那はあと数年で精子劣化が始まる年齢と言われる歳にもなる。二人きりの生活楽しいので寂しくも感じる。旦那さんは自分の子孫ができることが嬉しいものだと私に説明をしてくれた。発達障害遺伝可能性も気にしていないらしい。

旦那の喜びを奪うわけにもいかないが、子供が出来れば家事すらギリギリ不器用自分子育てが増える、金銭負担も増える。寂しいのが建前に見えてしまい悲しくなるほど、自分子育てなんてキャパオーバーだと嘆いてるのだ。

頼れる家族はいない。親は無自覚だが祖母に入れられた宗教カルトでない)の思考で出来ており、神の部分を世間一般人に置き換え整合性の全く人は尊いと言いつつ、家族全体にはモラハラだらけ。私は無意識に罪悪感を感じて生きるようになった。小学校入学から対人恐怖になっていた。子供に合わせていい者ではない。旦那の方もよくないようで、酷い過干渉で逃げてきたらしい。

私はわかってくれる旦那一人で満足なのだが、旦那は子もいる家族を作りたいらしい。

子作り目的になってから私は安定剤漢方薬にしてもらっている。その間に全く関係ないが婦人科に行った時には、排卵されてるのがカメラ?に写っていたが、まだ妊娠しないのである

こんな時も頭に「貴方がそんな暗いか子供が逃げていくのよ」という母の言いそうな言葉自動再生されるほど自分ポジティブにならなきゃいけないことに対して異常なノイローゼになり参っている。

自分が変わればいいと頭の声がずっと巡っており、生きてるだけで常に頭に説教めいた言葉再生されるのだ。頭の中が常に自己啓発本朗読をしていると言っていいだろう。

カウンセラーも通い、人を変えてみたりも何度かしたが、怒鳴られたり、否定され、その都度話を聞いてもらってるのに我侭だ失礼だと親から冷たく言われ、加えて認知療法しないと一生幸せになれないと脅しのような発言をされたり、治療のことを考えたり行ったりすること、それを思い出すことでより精神的に追い詰められてしまい、もう説教一言にも耐えられなくなってしまった。

一年前に親から離れたのに今も思い出せば目の前の家事すら手につかなくなる。向上心がなくてはならないと言われる状況なのに、向上心が最も私をパニックに陥れているのだ。

精神医療を先にと提案されることを何度も想像したが、もうどうしたらいいのかよくわからなくなっている。世間的な美徳とされてるものノイローゼの私には何が落ち着くものになるのだろう。

旦那幸せを思うと本当に自分旦那の前から消えなくてはならない。

ただ安楽死海外でさえ精神病による安楽死は出来ないらしい。

頭の声を消すために曲を聴けば頭を酷使し、眠れば悪夢を見る。とても一人で生活できる者ではないのは確かだ。こんな自分悲劇のヒロインぶってると一部増田は言うだろうし、実際昔母に言われた。母が常に一部増田のような発言をする親なのだ

親の愚痴になりかけているが我慢出来ないことは事実であり非常に情けなく自己嫌。子供の頃から散々自信を持てと言われたが、何かすれば必ずパニックになる私には家事限界だった。自分の今のポンコツな現状が限界であるし、発達障害特性からとか、ベストを尽くしていると医者旦那は言ってくれる。私はその言葉に甘えているのか?と優しい言葉をかき消すこの正論のような頭の言葉を私はどうしたら良いんだろう。

2017-04-21

実際、風俗メンタル壊した貧困学生優しい言葉をかけ

それを羨んで呪う貧困学生には「風俗やれ」というのは

「この私の同情を引きたければ風俗メンタル壊しなさい」の宣告なわけで

すげえ話ではある

つい言っちゃうのは分かるけど後から考えて消したくなる罠だな

2017-04-16

http://anond.hatelabo.jp/20170416212507

ありがとうございます。前は、こんなの自分だけの事象と思い、どうにもならない気持ち言葉にすら出来なくて、もどかしかったのですが、ネットはそこの感情を和らげてくれるので偉大です。

確かに、優しい言葉をかけられたらひょいひょいしそうです。気をつけます。

大学は、私立医療系で、周りが自分より金持ちの方が多いのですが、話をするとこんな人いるんだ!と思い、田舎では感じない世界も知れて、ある意味救われました。地元で安定した職にもつけました。多くの方と接する職なので、変な意味では経験からの耐性もあるような気がします。辛いことも還元できるなら無駄ではないですが、まだ新人の部類なのでわかりません。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん