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2019-04-20

客先常駐を辞めて社内SEになった話。

概要

年収330万の客先常駐をやめて、年収520万の社内SEになりました!

年収200万弱ほどのアップです( *`ω´)

自己紹介

旧帝大大学院修士課程を修了。

新卒で他業界に進んでいたが2年経ってIT業界に未経験転職

客先常駐に捕まり年収300〜330万の安月給で数年働く。

転職時は30代前半。

IT業界通算3年以上5年未満。

※年齢など、ややぼかして書いてます

年収

25歳:450万

27歳:300万

現在:520

と推移。

客先常駐死すべし

客先常駐給与低いのにスキルはかなりのものを求められて、もううんざり

お客様的には60〜70万出してるから当たり前なのかもしれないけども。

中抜き酷すぎて20しか貰ってないっつーの!

ミスは決して許されない。

ミスしそうな案件は難癖つけて他部署に回す。

ミスしたら原因探求をしてなるべく他部署責任へと転化させる。

己の責任が取れる範囲仕事をする。

管轄外以外の仕事はしない。

こういう創造性に欠けた働き方が客先常駐です。

あと自社がクソ嫌いになる。

自分の単価の6〜7割は自社によりピンハネされ、自社のお偉いさんは定時退社が原則のゆるいお仕事

かたや我々常駐員は毎日残業ばかり。

特に社長重役出勤10時ごろに出社し、事務員小間使いのように使って悠々自適生活をする。

社長は何の価値も我々に提供せず、自室(会社の中に社長専用部屋がある)でゴロゴロするだけ。ゴロゴロしてるだけなのに一番高い給与をもらう。その高い給与は我々常駐員の単価からピンハネしたお金である

社内開発を全くしないのも腹がたつ。

社内開発の案件がたまに来るとなんとかして断ろうとする。社内開発は失敗のリスクがあるが、客先常駐なら失敗のリスクがないからだと思う。

成長を怠り客先常駐の甘い蜜に引っかかったクソ会社だね。今後何の進展もないか、もしくは衰退していく会社典型です。

転職した感想

毎日私服勤務!!

フレックス労働!!

周りがみんな優しい!!

フリーソフト勝手ダウンロードしても構わない!!

でも一番大きいのは

工数をつけなくてもいい!!!

工数つけるの本当に苦手で、特に時間がかかりすぎたタスクがあると現実逃避工数を変えてしまいがち。

でも今の会社工数をつけなくてもいい( ´ ▽ ` )楽園か、ここは!!

あとは社長がすごく忙しそうにしている。

転職した会社子会社で、社長親会社からの出向者。

おそらく親会社での仕事をいろいろこなしてるのかな?と思うんだけど、よく出張があるしとても大変そう。

重役出勤どころか私よりも早く出社(私は定時出社)し、私より遅く帰る。

前の尊敬できない社長はえらい違いだ。

客先常駐ノウハウは使える

客先常駐はクソだが、客先常駐時に培ったノウハウは使える。

まずプログラム構造であるため、改変に強い。

客先常駐部品ごとに担当者が変わるので、作業を分担できるように構造的なプログラムを組むのが普通だ。

大切なのはプログラム部品として見れるかどうかだ。

再利用がしやす部品という概念を持つことで、読みやすプログラム、柔軟性に富んだプログラムが出来上がる。

特に1部品1機能という概念が大切で、1部品複数機能を持たせるのは柔軟性に欠けたものとなってしまう。

この発想を客先常駐の中で得たため、転職先での私のプログラミング力はかなり上位にあるようだ。

転職成功秘訣

残念ながら転職成功秘訣などない。

ただ単に運が良かっただけである

私は退社してから6ヶ月ほど遊び呆けていた。前職がクソすぎて休息が欲しかったためである

7ヶ月目に転職活動を再開したが、再開して4日目に現職の企業求人があったのである。聞けば数年振りの求人らしい。

6ヶ月休息を取っていなければ現職の求人とは出会えなかったであろう。

それだけでなく、この企業よりも先に最終選考まで行った企業がある。

最終選考感触は悪くなく、教育係(世話役?)の方とも顔合わせがあったほどなのだが、一向に選考結果が届かない。

3日後、最終選考の結果が届き、残念ながら不採用理由給与希望に添えないため、と書かれていた。

もし、ここで合格していたらそこに進んでいて、現職には入っていなかったかもしれない。(実はこの時かなりの金欠でなるべく早く内定が欲しかったのである。)

他にも身バレ防止で詳しくは書かないが、数々の偶然が重なり、現職と出会えた。

一つでも歯車が合わなければ現職には出会えなかったし、無理やり歯車を合わせたりもした。

そして、現職に採用となったことに運が決め手だと思った理由が次である

私はある程度プログラミング能力は高いと思っている。

しかし、私が選考を通過した理由はこのプログラミング力ではないらしい。

しろ入社して分かったことだが、現職の方々はプログラミング能力には期待していなかったらしい。

私が選考を通った理由はおそらく、人柄と大学/大学院学部会社ニーズに沿っていたためだと思われる。

やはり会社によって採用ポイントは異なるのだろう。技術力を評価する会社もあれば、人柄を評価する会社もある。

人によってその会社が合う/合わないもあるだろう。私は現職の雰囲気結構あっていると思う。

運良く現職に出会え、給与アップができたのは自身能力ゆえではなく、やはり運だと思う。

2019-04-18

意外と暇だ

従業員(元)3人の士業系事務所

姉さん事務員は今月から出産・育休で不在。

事務員は,公務員試験社会人枠が合格したらしく退職

んで,結局おいらだけが残ったてわけだ。

3人で分担していた仕事をおいら一人がしょい込むことになったんでさぞ忙しかりやとおもいきや

暇です。

従前,働いていた(働くふりをしていた)のは月に数日。

ほとんどネットをしてましたー。ごめんなさーーーい。

今は一日の8割くらいは仕事をしてまーす。

でも残りの2割はひまでーーーーす。

あと1時間半,日記かいて,なんJにクソレスして,デリヘル情報でもみて,

今日も定時でかえりまーーーーす。

スマホゲーのアイマスPはいまやっている●●マスを捨ててシャニマスをやるべき

心苦しく感じている周りのPとの関係

そんな物を感じながらバカみたいな心をすり減らして増田アイドル増田ーを書く。

実に空虚じゃありゃせんか。

 

デレマスP、ミリマスP、エムマスPは、それらを投げ捨ててシャニマスをするべきである

シャニマスには765ASのような全アイドル肯定空気しかない。

それだけで通じるはずだが

 

1つ。

格差がない。

他のスマホゲーアイマス格差がある。やれ二周目のSSR出る前に●●を出すべきだとか、声がないだとか、●●優遇すぎだとか、運営無能だとか。

スマホゲーアイマスキャラが多い。キャラが多いだけフックがあるから引っかかる人も当然多い。

その引っかかったフックを丁寧に引き上げてくれる運営でないことを不満に思ってる奴は多い。

だが実際はフックではない。撒き餌なのだ。食ったからと釣り上げてくれるわけではない。運営釣り人)の垂らした糸を見極める奴だけしか釣り上げてくない。

「全部釣り上げろ無能運営」というが、運営もお前らに餌を与えるために釣りをしているのではなく、釣り上げた魚で生活するために糸をぶら下げているのだ。

よく考えたらデレマスにおける765ASはまさに撒き餌だ。765ASで既存のPを集めたのだ。

 

シャニマスは、餌全てに釣り糸がついている。

いや、嘘だ。事務員はづきさんと天井社長には釣り糸はついていない。そういう意味で765ASには勝てていない。天井社長は声が社長なので釣り上げてほしいがそこまで運営に求めるのも酷なので割愛させてほしい。

比較的、櫻木真乃という「信号機の赤」ポジション優遇されてはいる。季節イベントの配布は彼女が多いのだ。しかし、プロデュースできるキャラレアリティとしては横並びだから安心してほしい。(最近追加された3人を除いて)

しろ、櫻木真乃のサポートが優秀なので、櫻木真乃を育成する時に櫻木真乃サポートが使えないというデメリットと化しているので逆に不遇ではないのか?

そう考えたら、結局格差はないのだ。(最近追加された3人を除いて)

 

2つ。

数え方がユニット単位であり、ユニット内部でいらない子がいない。

シャニマス自由に編成できるが、コミュニティが大体ユニット単位だ。

 

illumination STARS(イルミネ)は、信号機トリオの組み合わせである。おっとりとした真乃(黄)、ストイックな灯織(青)、ムードメーカのめぐる(赤)という、本家アイマスよろしく赤が他をサポートして他は赤から刺激を受けて成長する構成になっている。信号機の三人の扱いは他のアイマスと同じであるので安心してほしい。

 

L'Antica(アンティーカ)は非常にクセが強いスルメのような組み合わせである。見た感じバラバラユニットと感じる人は多いが、プレイしてみると「あ、この5人じゃないとダメなんだな」となる。本人たちも言っているが、彼女らは「大小様々な歯車である。一つが抜けると一気に動きがとまってしまうが、奇跡的な噛合がおこって大きな装置を動かしている。アンティーカの一人を知れば、いつのまにか五人知ってしまえるのでお得である

 

放課後クライマックスガールズは、一言で言うと「奇跡」である。全員の歩調が合っておらず、方向も違う。算数問題でいうと「Q.太郎君は時速5kmで40分前に学校に向かいました。お弁当を忘れた事に気がついた隣の山田さんがバイクで駅の方向に時速60kmで向かう場合山田さんはい太郎君に追いつけますか? A.太郎の助ける声が響いた時」といったような感じだ。向いてる方向は違うが、一人が助けを求めたら全員がそれに呼応して集まってくるのだ。

 

ALSTROEMERIA(アルストロメリア)は、一言で言うと「楽園である。これ以外言うことがない。なぜなら彼女らのコミュをみると確実に「尊い」以外の感情がなくなるからだ。それでも語らねばならないから語ると、「甜花(双子)」という圧倒的かわいい存在依存する「甘奈(双子)」という「二人の世界」が先ずあり、そこに「千雪」という女神が介入することで世界を傷つけず存続させることが出来た楽園である

 

Straylightはぶっちゃけまだそこまで詳しくないからわからないっすよ。多分、あさひという外を全く気にしない天才と、外を気にするあまり問題をもった冬優子と愛依が互いに影響しあってバランスを保つ感じじゃないっすかね。ココらへんは彼女らのサポートカードが充実してきてからっすね。

 

問題点の「ユニットを超えた会話」は、期限イベントで発生するので安心してほしいが、基本はユニット単位である

 

3つ。

課金で愛を示す必要が一切ない。(毎週10連分の石をもらえるため)

だが、睡眠時間いくら削れるかで愛を示してもらうがな…(現行イベント)。

フリーランス5年やって思ったこ

包装関係会社員から独立してデザイン系(絵描きではない)のフリーランスを5年 去年4月法人化して

無事1回目の決算が終わったのでフリーランスで思ったことや実践したことを書く

 

フリーランス起業とは違う

私見だが)起業はまったくのゼロからはじめられる、起業する!と決めてから何で起業するか考えてもいい

だがフリーランスになるにはまず業界フリーランスを受け入れる状態かどうか?が最重要だと思った

まず第三者的な目で自分のいる業界評価してフリーランスが求められてるかどうかを判断するべし

幸い俺が居た業界上記条件に一致していた

フリーランスになる前にフリーランスとして活動した

前職から仕事をもらうつもりはなかったので、フリーになると決断した8ヶ月前からポートフォリオを作り

外注募集してる会社メールや郵送で○○月からフリーになるのでよろしくお願いします!って形で売り込んだ

その時ポートフォリオに盛り込んだ情報

の3つに絞った

特に職務経歴についてはほとんど書かなかった

理由としては会社員時代外注として売り込んでくるフリーランス資料

上司がみるときに、職務経歴についてはほとんど振れてなかったか

結果として返事をくれたのは18社中11社で、フリーになる前に仕事をくれたのは5社だった

エージェントを使おうかとも思ったけど、ただ仕事右から左に受け流すだけで結構マージンを取られて

基本的になにかトラブルがあれば守るのはプレイヤーじゃなくてクライアントだと(俺が勝手に)思ったのでやめた)

効率よくやろうとすればするほど、働いてる時間会社員時代とあまり変わらない

フリーランスになってもクライアント会社担当は当然会社員

まり営業時間中にしか連絡はできないし、「今日中に」というのは日付が変わるまでではなく営業時間内にという意味

納期ギリギリ徹夜作業して朝方メールで納品すると、クライアントは9時に出社してきて10時ごろにメールを見て修正確認などのリターンを送ってくる

6時にダウンして13時ごろに目が冷めたら「午後イチ会議で使いたいので12時までに返事ください」みたいなメールが来て真っ青になる...

なんてことが起きると大変なのであんまり浮世離れしたタイムテーブル現実的じゃない

フリーランスやっててよかったと思うことは、今思えばそんなにない

フリーランスから真っ先に想像するのが「時間自由になる」のと「収入が上がる」の2つだと思う

時間は当然自由になるが前述したとおりクライアント会社(員)なので、クライアントには土日は連絡つかないし

唐突に平日に休み作ってもクライアントから容赦なく連絡が来る(予め言っておくとそんなこともないけど)

連休中になんかトラブルあってもただモンモンとしながら連休明けるのを待ったりしてそんなにいいもんでもなかった

収入手取りでいうと会社員時代の3倍くらいになった

とはいえ会社員なら事務員がやってくれる作業を全部自分でやってるし福利厚生も無いのでそれらを現金化したらこんなもんだろうって感じ

 

結局のところ法人化した

結局のところ年収1000万に手が届いたあたりで消費税課税事業者になって売上が単純に8%下がったのと

所得税が一気にあがるってフリーランスの旨味をまったく感じられなくなったので同じくらいの規模のフリーランス数名と合同会社を作って法人化した。

社会保険が高くなったけど税理士に頼んで事務関係は楽になったし、会社役員という肩書結構便利

経費もかなり自由になるし、福利厚生も設定できるしとっても快適

フリーランス死ぬまで続けるなら

18:15追記

Q.年商1000万でしょ?

しかにこの書き方だと年商1000万と読めますね、実際は2年目で年商1000万を超えて4年目に消費税を収めはじめ、5年目で年収1000万を超えました。

Q.合同会社危険では?

A.事前にきっちりルールを作って書面にしたので内部崩壊的な意味では今のところ問題なし

基本的には全員それぞれフリーランスときと同じことやってるだけ、請求書会社名に担当者名をつける形で分けてる ...とはいえ赤の他人同士で作る合同会社は3~4人が限度だとは思う

家族経理やらせるのは無給でこき使うということでは?

A.逆だと思います。 家族経理をやってもらってる間、自分は金になる作業ができるので収入は上がるし、事業専従者給与は全額控除になるので専従者の控除額目一杯まで払えば家計的にもおいしい

2019-04-17

若者応援おじさんの思い出2

毎日どうでもいい作業で疲れ切って勉強時間が取れなくなってしまった私は、最初出会った頃のAさんの言葉を信じて、「私が本当にしたいことは、仕様書テスト時のスクショプリントアウトしたり、よくわからないテスターをやったりすることではない。このままでは、プログラマとしてのキャリアを積むための勉強時間を作ることもできないし、業務内でコードを書くこともないか業務時間を短くしてほしい」と言った。少なくとも、最初Aさんと会ったときは、「君には人工知能人工生命を作り出したいという夢がある。俺はその夢を応援したい」という言ってくれていたから、そのために一番必要勉強時間が確保できないことは致命的だという認識を持ってくれると期待していた。そして、その願いが聞き入れられなかったら、さっさと退社しようと思っていた。

結局、返ってきた返答は「給料が減るぞ」ということを3時間かけて全く同じ内容を延々と繰り返すだけだった。その間、何が問題で、どうすればWin-Winになれるのか、何が無駄で、何が必要なのかということを議論することはできず、「給料が減る」「こんなに恵まれてるのはうちだけだ」「うちはブラックじゃない」と言い続けて、最初は私の「夢」キャリア」「技術的成長」ということを全面にプッシュしていたし、その点に合意があると思っていたのに、全く平行線で話し合いができない人はこういうところにいるんだろうなって思う。

その後は、PMの人に「俺が若い頃は始業時間の二時間から出社して、部屋中のゴミ箱ゴミを回収したり、社員お茶を汲んだりしていたものだ」みたいな小言を言われ始めて、いよいよ駄目な職場だというのがわかってきた。ただでさえ、偽装請負タイムカードを切らせる上に、更に一人だけ出社時間を早めて清掃員や事務員がやるような仕事プログラマ枠で就職した人間やらせようとする。もう救われないよなと思った。

結局、その会社を辞めて別のホワイト企業就職したら、非常に快適だった。前職では「ブラウザ」「Google Chrome」という言葉を知らないおじいちゃんがいて、IT系企業なのに「IEどれ、IE」みたいな人がテスターチームにいたけど、新しい職場ではそういうこともなかった。転職した教訓としては「うちはブラックじゃない」という会社は大抵ブラックで、まともな会社はそんな中身のない発言をせずに、出社日1日目に「うちには、ハラスメント対策部署があるから、何か不満があったら、そこに連絡して。そこは管轄が別系統から上司が君の陳述を握りつぶしたりはしないよ」って社内のトラブルシューティングの連絡先を教えてくれる。

じゃあ、ここで一旦まとめようか。

最初「夢」「才能」「自頭」「キャリアアップ」みたいな言葉で明るい未来イメージさせたり、自分のやりたいことに理解を示したりする。

⑫徐々にゴミみたいなルールやしがらみが明らかになっていき、それを指摘すると更に意義を感じられない業務をさせられた。

⑬「俺は人を見る目がある」「俺は合理的判断のできる部下の話をちゃんと聞く人間だ」と、初っ端から言う人間は信頼できない。

⑭他にも職場環境がいいところから声が掛かってるときに、できもしない好条件を提示してきて、他の条件の会社内定を辞退したあとに、条件を一気に下げる。

⑮何かあったら、「俺たちも大変なんだよ」と言って、問題を共有したり、認識したりするのを拒否する。

ブラック企業でも一応は職歴になるから転職するときめっちゃ楽。さっさとクソみたいなブラック企業は辞めたほうがいい。

以上、酔った勢い駄文を書き連ねてみた。特定されないように一部ぼかしたりしてるけど、まぁ、大筋としてはだいたいこんな感じだ。強いて、主語を大きくして日本社会敷衍して語るなら

「金や労働というのは、社会的に役に立つから文化的価値があるから存在したり、供給があったりするのではなく、巨大資本接続できるかどうかで決まる。関係者全員が糞だなって思ってても、それで大金が動いて、自分自分家族の財布に金が流れるなら茶番は続く。そんなことをしてるから、全員FAKE野郎ハイエナみたいな社会になるんだろ」

若者応援おじさんの思い出

https://twitter.com/MAEZIMAS/status/1113114798672113665

若者説教する老害は二流。

一流の老害は「君たちこそが真のニュータイプだ」とか言って、若者自分既得権益確保のための鉄砲玉にする。

…いやマジ本当に、若い人気をつけてね。若者説教おじさんは、せいぜいまだ極限の不愉快ですむけど、若者応援おじさんに乗せられると最悪人生詰むので…

というツイート流行っているので、私が遭遇した若者応援おじさんについて書こうと思う。

当時の私は親との折り合いがつかず、学力もそこそこあったし、勉強もしていたのにも関わらず大学に進学せずにフリーターをしていた。実家を出たかったし、大学にも進学したかたから金の工面が当面の目標だった。そんなとき出会ったのが若者応援おじさんのAさんである。Aさんはバブルの頃に就活をしていて、まだインターネットやパーソナル・コンピュータというのが流行る前から電子工作プログラミングをやっていた人だった。実際、経歴を聞いてみると10回以上転職を繰り返しているものの、有名企業(今にして思えば、カビ臭いSIerだが)で部長をしていたことがあって、年収が1700万ぐらい稼いでいたこともある人だった。

最初出会ったとき自分が如何にすごいかということを熱心に語っていた。80年台後半ぐらいのコンピュータ開発の大型プロジェクトに関わっていたとか、セキュリティ専門家とか、今までに触ったことのあるプログラミング言語が300個を超えるとか。でも、当時の技術的なトレンド(MongoDBRuby on Rails、AngularJSとか)についての知識が限りなく少なく、「フレームワークなんてその場で覚えればいい」みたいなタイプだった。中学生の頃にラジオ工作したとか、はんだごてで電子回路設計したとか、そういう話は熱心にするのに、Bram Moolenaarの名前を知らなかったりした。要は、最近プログラマがどういう関心やインセンティブプログラミングやってるかを知らずに、過去の栄光を語ってるようなタイプだったと思う。

まぁ、それでも、その人のコネで中規模程度のSIer入社して、そこそこいい感じの待遇だったように思う。当時の私の技術力は『わかりやすJava入門』『たのしRuby』を一通り終わらせて簡単言語仕様を把握したぐらいでろくにコードも書いたことのないような人間だったから、定時で帰れて手取り二十万もらえるのは甘い汁を吸えたとは思うんだ。

でも入社を決めた一番の理由が、そのAさんが私の関心に理解があると思っていたからだ。というのも、当時の私は「人工知能人工生命に興味があります。三年後に大学入学するまでにプログラミングスキルを磨きつつ生活費学費を稼ぎたい」ということを明言した上で、それを叶えてくれる会社を探していた。技術力はないものの、「自頭がいいか入社してからプログラミングを覚えればすぐに戦力になるよ」と複数人間から言われていて、それぞれ就職先を紹介してもらえるような状況になっていた。今から思えば、そんなコードを書けない人間を自頭なんて胡散臭いもので褒めるような人間は信用してはいけないと思うし、口車に乗せられたと思うのだけど。そこは自分にも甘いところがあったように思う。あ、あと、補足しておくと、当時はDeep Learningなんていうのは全く人口膾炙してなかった時期で、スチュアート・カウフマン金子邦彦に憧れてたような、周回遅れの複雑系に魅せられた若者が私だった。

駄文を書き連ねてしまったが、要は

①親との折り合いが悪く、大学に進学したいが、金が足りない

実家を出るために生活費を稼ぐ必要があったが、飲食バイトとかではスキルが身につかない状態で、価値の高い若い時間無駄にしてしま

③そんなところに現れたのが過去の栄光を話す若者応援おじさんのA

自分殆どコードを書いたことのない業務経験で、21世紀になっても複雑系の話に興味をそそられるような斜に構えたスノッブ

という状況設定理解してくれればいい。

では、入社後の話をしよう。私が配属されたプロジェクトは80万行程度のJavaコードで動いてるBtoB向けの製品保守開発してるプロジェクトだった。やってることはGoogleAmazonMicrosoftみたいな大手ならやってるようなサービスの完全下位互換みたいなソフトウェアを、情弱だけど社員数は多いみたいな企業に売りつけるような仕事だ。国産とか、セキュリティとか、そういうよくわからない言葉を並べ立てて、海外UIも洗練されていて、優秀なエンジニア管理してるものセキュリティ的に怪しいと不安煽り立てて売りつけるようなやつだ。そんなクソみたいな製品でも年間5億円ぐらいの売上になるのだからIT系って糞だなって思う。ネット上では優秀な人間ばかりがアウトプットしてるし、NDAの名の下に詐欺まがいのソフトウェア(今回の例なら無料UIも洗練されていて、使いやすサービス)が明るみにならないのだから、こんな国はさっさとスクラップ・アンド・ビルドすればいいのにって思うよ。IT化されてないのが時代錯誤で〜みたいな記事ネット上でもバズるけど、実際には10年前のスパゲッティコードを惰性と不安につけ込んで売りつけるようなSIerがたくさんある。そんで、そんな意味不明ソフトウェアを導入すれば、どこに何があるのか分からないUI操作に大切な業務時間を奪われて、日本全体の生産性が落ちてしまう。ユーザー時間生産性を奪い、開発者にとっても技術負債しかならないようなソフトウェアを売りつけてる悪性腫瘍みたいなSIerはさっさと滅んでしまえばいいと思うよ。

まぁ、私が配属されたプロジェクトはそんな感じだ。まるで意義を感じないが金にはなってるプロジェクトに配属された。そのプロジェクトの根幹部分は一人のエンジニア設計開発しており、そのエンジニアは既に退職して、どこに何が書いてあるのかわかってない人間が後任として保守を行っている。盲腸みたいに全く有難みのない機能を増やすことでより高く売りつけるようなプロジェクトだった。

そのプロジェクトの中にいる人について話そう。プロジェクトマネージャー仕事漬けで毎月350時間ぐらい働いている60連勤とか当たり前で、常に酔っ払ったような、眠そうな目をしてる人だった。にも関わらず、同じプロジェクト人間仕事がなさすぎて業務時間中に関係ない談笑をしたりしていた。プログラマテスター文書作成をするスタッフが40人ぐらいいるところで、閑散期(機能追加のサーバーリリース前以外)は暇そうにしてる人が多かった。プロジェクトマネージャーを除いて。要は、PM一生懸命働いているが、その一生懸命さは惰性で行われており、無能なのに業務時間が長いPMがいて、その人が全部仕事をやってしまう。他人に頼めない性格らしくて、存在意義が分からない業務他人に頼んでは「なぜこんなこともできないんだ?」って怒鳴るのが生きがいみたいな人だった。頑張ってることがアイデンティティになってて、その頑張りに意味があるのか、必要なのかという吟味ができず、タスク他人に振ることもできず、情報もそのPM一人だけが握っているから、周りの人も「私が仕事を請け負いましょうか」ということもできない。それで新入社員をイビるような存在意義のわからない仕事を振って、できなかったら人格否定をするような感じの。

私が受けた仕事ととしては、週に1回ベンダーのところに会議をしに行くんだけど、そのときの社内の資料を全部紙でプリントアウトして持っていくというのがあった。文書作成スタッフ製品仕様Wordでまとめて、600ページぐらいのpdfにしたものが1500万円ぐらいで売れるらしく、その増えた言語仕様プリントアウトしてベンダーのところまで持っていく。追加された仕様以外にも、今週やったテスト内容をExcelで纏めたものプリントアウトしたりしていた。紙の量で言うと、一回の会議で2500枚ぐらいで、それをキャリーケースに詰めて客先であるベンダーまで持っていくらしい。聞いた話では、その2500枚の会議資料殆どまれずに捨てられるのに、そのPMベンダーにその慣習を廃止しようとは提案しない。ベンダーとの週一の会議の他にも、進捗報告を主とする社内会議があって、PM以外の人はあのプリントアウトする悪習は廃止すべきという話が上がっているのにPMが首を縦に振らないから一向に改善されない。まぁ、そのプリントアウトするのをやるのが私の仕事だったわけですよ。毎週4時間ぐらい掛けてWordExcel文書サイズとか調整してさ。元の文書サイズや余白が狂ってるのに、客先に失礼だと言われて、手直しして、プリントアウされたコロコロコミック何冊分だよ? みたいな紙の束をホチキスで止めていくんだけど、ホチキスの止め方が汚いとやり直し。

じゃあ、なぜPMは頑なに意味のない業務をし続けて、それによって新入社員を使い潰そうとするのかと言えば、弊社の業績が悪くて倒産しそうだったときにそのベンダーが手を貸してくれたからそのときの恩義があるとかなんとか言っていた。だから、靴を舐めるようなことをするし、他人生産性を奪うようなクソ製品を世の中に出して何も感じないらしい。読みもしない産業廃棄物を作り出して、それを無碍にされて喜んでいるような業務が、今の日本の何割を占めているのだろう? そのPMの口癖は「俺はプログラミングは全くわからないが、こんなプリントアウト段取りもできないようなやつはプログラミングなんてできないと思うよ」だった。FizzBuzzどころか変数関数すら知らないような人間にこんなことを言われるのは屈辱だったし、これが高卒経験就職することなのだろうと思った。

他にも、私が受け持った仕事に、製品が動くかどうかを確認するテスターという仕事があった。RSpecSelenium自動化しようと言っても、そんな技術を持ってる人がいなかったから、一々自分でその製品を触って仕様通りになっているか確認しないといけなかった。画面遷移が600ページのpdfになっているから、それを見ながら正しい画面遷移ができているか確認する業務だったが、正直人間のやる仕事ではないと思う。画面遷移だから前のページから次のページに移行したときに前にどのページだったなんてスクショを撮ったぐらいじゃわからないのに、「このテストExcelにした内容じゃ、本当にテストしたのかわからないだろう?」と言われた。言われたとおりにExcelファイルスクショをひたすら貼り付けていたというのに。しかも、その他にも特定ファイルアップロードするときにどの条件だとアップロードができないか判別するテストをどうやって行うのか考えろというのがあった。今までにテスターをやっていた人に聞いても指針なんてないと言われ、「賢い人はそういうのを考えつくものだ。俺はパソコンに詳しくないが」とPMに言われ、嫌気が差した。

まぁ、ここまで書けば、如何にブラックと言うか、理不尽で不合理な職場かというのはわかったと思うけど、いい面もあったんだ。前にも書いたように、未経験高卒手取り20万貰えたのは嬉しかったし、研修のない会社だったから、最初の二ヶ月ぐらいは一人で勝手勉強しててと言われたから、実働換算で時給3000~4000円ぐらい貰える計算だったのかな。一番瞬間時給が高かった日はメールの返答に20分ぐらい使ったときだったから、日給1万、実働換算の時給が30000円ぐらいになった。それぐらい放任されていた。

最初社長が「君にはソースコードUMLを書いてもらおう」とか言って、クラス図を書く練習をしていたんだけど、現場の人は「今更UMLなんて必要ない」「ソースコードを読めばわかる」と言って、全く必要とされていなかった。だから業務とは関係ないTCP/IPRubyGit勉強をしていた。家のことで勉強に対してモチベーションが落ちていた私は、金を貰えるという環境では目の前の勉強に集中できるようになって、元の勉強するための生活リズムっていうのか、そういうのを取り戻せた。それは当時の私にとっては有難かったと思う。

ここまでをまとめると

無料で使えるサービス下位互換といえるような、他人生産性と金無駄にするような製品を開発してるプロジェクトに配属された

PMけが忙しく働いて、周りの人の割り振りができていない。

PM多忙なのはしなくていい仕事を引き受けているだけ。

社会悪のようなソフトウェアを売りつけて金を稼いでいるプロジェクトだった。

仕様書やテスト内容のプリントアウトという必要ない業務をしたり、指示内容と叱責内容が矛盾する理不尽を受けなければならなかった。

しかし、勉強してるだけで月20万貰える環境は有難く、当時の私にとっては願ったり叶ったりだった。

では、次に私がその会社入社から辞めるまでの経緯について書こう。最初のうちは、自分勉強時間を取れていたし、振られる仕事理不尽で意義を感じられないものであるものの、すぐに終わることが多かったか問題ないと感じた。それが徐々に仕事が増えていき、勉強時間が取れなくなっていった。

ここで若者応援おじさんAの登場である。Aさんは私と会ったときは有名企業に勤めていて、そこを辞めて私を紹介してくれた中小企業で働き始め、その数カ月後に私を紹介してくれた。元々、その会社社長とは懇意にしていたから、一緒に働こうという話が何十年も前からあって、今回ちょうどタイミングが合ったから、その友人の会社の重役として就職したらしい。私が就職したのはその数カ月後だった。

Aさんは「何か問題があったら、部下や上司という立場を気にせずに忌憚なく言ってほしい」「俺は人を見る目はある方だ。君は一本芯の通ったところがあるから、周りに流されずに新しいことをできるだろう」「君には将来性がある」「俺は新しい会社でも権力を持ってるからへんなことを言ったり、したりしてる人がいたら遠慮なく言ってほしい」とかそういうのを入社する前に言っていて、まぁ、色々とおかしいところ、FAKE野郎みたいな発言が多かったけど、そこだけは信じてたんだよね。本当に騙すんだったら、そんなすぐに辞められるようなリスクを上げるような発言はしないだろうってさ。ちなみにFAKE野郎って感じたのは、一方的自分の話だけをして、私が質問すると煙に巻いたり、私のことを買ってるという割には私の話をすぐに中断させて自分の話をし続けるとか。その人はFラン出身だったから、ちょっとインテリなことを言うと「君は変わってるね」って言ったり、きょとんとした顔で10秒ぐらい固まった後、すぐに自分の自慢話を再開したりと、決して自分の知らないことや分からないことを認めようとしなかった点だ。他にも、「私と働きたいと言ってくれていた会社はあったけど、そこは技術的に成長できそうだけど給料は月7万程度でバイト身分から、迷ってるんですよね。バイトから自由時間は多く取れるんですけど」みたいな発言をしたら、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、私が感じていた不安を取り合ってはくれなかった。Aさんは「俺は社内で影響力を持っているから、君を正社員にすることもできる」みたいな話を延々としてたのに、いざ蓋を開けてみると、「君の面接での受け答えが駄目だから契約社員として雇用することになった」「あれから上層部に渋られてしまって、請負契約にすることになった」と話が二転三転していった。だったら、他にも選択肢があったのに、他のところに就職したのにと思ったが、自分能力や経歴で負い目を感じていたから強く言うことはできなかった。高卒就活するというのはそういうことだ。他にも選択肢があるのにも関わらず、どうせ労働に関する知識がないと足元を見られて、条件を徐々に下げられ、他に選択肢をなくした後で、悪い条件で働かざるを得ない状況になっていた。結局、勤務時間タイムカード管理されてるのにフリーランスとして請負契約を結ぶという偽装請負契約させられ、もっと技術力を磨ける選択肢は潰されてしまっていた。

私は会社問題点を丁寧に分析してpdfにまとめてAさんに送ったんだ。それが間違いだった。如何に会社がそのベンダーに良くしてもらったか、大変なのをわかった上で俺たちが会社を立て直してきたかということばかりを話していた。百歩譲ってそこはいいとしても、ベンダーとは関係なく職場環境を良くするための話までいい加減に聞かされてうんざりしていた。

「Aという問題があります。その背景にはBがあります。そのためにはCという解決策があります

という話をしたときに、「Bぐらいみんな当たり前にしている。君だけ特別扱いすることはできない」みたいな返し方をされて、問題が発生してる事自体はないものとされていった。結局、職場にはびこる不合理で理不尽業務ルール改善することはなく、私への人格攻撃で終わってしまった。

毎日どうでもいい作業で疲れ切って勉強時間が取れなくなってしまった私は、最初出会った頃のAさんの言葉を信じて、「私が本当にしたいことは、仕様書やテスト時のスクショプリントアウトしたり、よくわからないテスターをやったりすることではない。このままでは、プログラマとしてのキャリアを積むための勉強時間を作ることもできないし、業務内でコードを書くこともないか業務時間を短くしてほしい」と言った。少なくとも、最初Aさんと会ったときは、「君には人工知能このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2019-04-14

anond:20190414101955

女はどれだけお膳立てしても土木作業員にもゴミ収集業にも鉄道保線員にもなろうとせず、

保育士事務員になって賃金が低いだの被害者面しているのは事実

2019-04-08

anond:20190408075420

なるはやで辞めたほうがいいよ

友達会社名言える?

もし家族や親せきが会社名とサイトつきとめたら?

から見たら、事務員だって詐欺グループの一味だよ

一度詐欺扱いされたら、友達からも親戚からも一生詐欺として扱われるぞ

2019-03-29

ふとした瞬間溢れ出す思い出たち

憧れだった大学教員になれた。

先生の部屋はこちらで、研究室はあっちですと事務員に案内された。

部屋は前任者の残した物品が僅かに残されているだけ。

本棚に目を向けると、学生が残していった漫画が目に止まった。

黄昏乙女×アムネジア

ああ、懐かしいやつだ。院生だったときアニメやってたっけなあ。

パラパラとめくると一気に懐かしい気持ちなだれ込んできた。きつく当たってきた教授。ともに研究室で戦った戦友たち。あいつら、どうしてるんだろ?

やっぱ夕子さんは僕の中でベスト黒ロンだし、ベスト姫カットだと思っている。

東大情理システム情報学専攻の放置&雑用系人気研究室で2年間過ごして

はじめに

 ブラック企業という言葉市民権を得てしばらく経ちますね。毎年、ブラック企業大賞なるものが発表され、だれもが聞いたことのあるような企業が名を連ねます。それに対し、ブラック研究室という言葉も有名なものの、どこの研究室ブラックだとかいった情報大学内部の学生でないとなかなか知りえないものがあります。ましてや研究室の内情は所属している学生しか分かりません。

 今回は、そんな研究室の中でも異質なケースとして、自分修士課程の2年間過ごした研究室の話をみなさんに紹介したいと思い、筆を執りました。必ずしも拘束時間が長く、人格否定を行うような研究室けが悪い環境ではないということ、メディアなどでよく見かけ、有名で人気な研究室が良い環境であるとは言えないということだけでも皆さんに覚えていただきたいです。後進の方々の研究室選びの参考に少しでもなれば幸いです。

研究室運営問題点

 初めに、研究室運営面について書いていきたいと思います

 第一に、とにかく人員が不足していたというのがあります。まず、先生(教授講師)はあまり研究室にいませんでした。先生たちは予算の獲得や大学内外の事務に追われるため、多忙になります基本的助教研究員博士課程の方が下の修士学士課程の学生の面倒を見ることになります。これだけなら普通なのですが、先生が後先考えずにどんどん仕事を受けてしまうことにより、プロジェクトに対して人間が足りていない状況が常に生じます。(先生曰く「断るの苦手なんだよね~」とのこと。)その仕事研究だけではなく、各メディア取材研究室見学など多岐にわたります自分研究室に配属されて一年は、講義を受けるほかに、(詳しくは後述しますが)研究室の立ち上げ用に物を発注したり組み立てたり、見学対応をやる日々で、ほとんど研究はしなかったように思いますさらに、月一くらいの頻度で(今はだいぶ減りましたが)先生のお友達を呼んで講演兼パーティーをやる準備や、先生の思い付きで増える仕事などに日々忙殺されていました。また、インターンアルバイトといった形で外部の学生を呼んで研究してもらうこともあり、その人達雑用をする義務はなくお金をもらいながら成果を出していたのに対し、学費を払っている学生雑用に追われるといった状況もありました。事務スタッフ教授所属している社団法人経理をさせられたり、共同研究先の企業から出向(?)の形で来てた研究員の方も、後述の巨大予算運営周りの仕事をやらされたりとひどい状況でした。

 第二に、新設の研究室で、研究を行う環境づくりをゼロから始めなければいけないことがありました。これは事前からわかっていたことではありましたが、自分想像以上の大変さでした。情報系の研究室なんて机と椅子PC発注すれば、あとは個々人の研究に応じて必要ものを買い足していくだけだろうと思っていました。しかし、先生方針で、リビングラボという生活空間研究室が融合したような形態ラボ運営することが決まっていたため、それを満たすような研究室の構築に修士最初一年は消えました。なぜ一年もこのようなことをしていたのかというと、9月ごろに先生とある巨大予算を獲得し、学生スタッフを増員するとの方針キャンパスを移動することに決まったからです。一度ゼロから作り上げた研究室をもう一度ゼロから作り上げることになりました。自分としてはキャンパス移動ですら最初に聞いていた話と違うので、とても不満に思いました。通学時間10倍以上増え、それだけでも大きな負担となりました。(授業は元のキャンパスでやることがほとんどで引っ越すわけにもいきませんでした。)

 このような状態でまともに研究が回るはずもなく、助教自分所属する学科・専攻で博士までとった唯一の人)はやめてしまいました。そこから、特任研究員の方に学生指導仕事が集中します。(本来、特任研究員助教とは違い、学生指導ではなく自分研究に専念するという名目雇用されます。)そして、社会人博士の方がその有能さゆえに研究室内の仕事を一手に引き受けこなしてくれたおかげでなんとかなっていた(?)のですが、当然彼らも自分研究は進みません。

 第三に、教授講師間でうまく連携が取れていなかったようにも感じました。二人とも物事放置・後回しにしたり散発的に進んだりと、計画性とは無縁の進行でした。ミーティングでもその場の思い付きのアイデアで話を発散させるばかりで収束には向かわず学生はどうしたらいいか当惑することが多かったです.

 さらに、二人の共感性の低さも研究室内の人間関係に大きくヒビを入れていました。特に事務の方々への接し方や飲み会の席(講師は酒を飲まないので主に教授ですが)での学生に対する発言は聞くに堪えないものがありました。(詳しくは後述)

 また、学内の期限(修論題目の提出など)を過ぎてから学生に通知したりと時間・期限に非常にルーズでした。そのことを詫びる様子もなく平然としている様子も腹が立ちました。その結果、学生事務員が期限を守らない印象を外部に与えていたのではないか懸念しています

 オーサーシップ周りに関しても不満が残りました。これは自分ではないのですが、大して面倒を見てたわけでもないのに、camera readyになって急に講師が「見るからオーサーに載せろ」と主張してくることがありました。 教授ゴーストオーサー常連からかそれには強く言わず結果的に受け入れられる形となりました。学生側としては教員陣の命令に背くわけにもいきませんしね。(この話に関しては、この研究室に限らず、分野としてそういう傾向があるのかなあと思います。他研究室の話は詳しく知りませんが。)

 このように研究室としての体を全くなしておらず、自分を含め最初3人いた同期修了出来たのは自分だけで、1人が休学、1人が留年という形になりました。(もう一人修了者はいますが、別の研究室がなくなった結果移ってきた人です。)

教授人格面との不適合

 次に、研究室の主である教授性格が合わず人間として尊敬できなかったということについて話したいと思います上司と合わないということはよくあることだと思いますが、よくあることだからこそ、記しておきます

 初めに、衝動的な発言暴言が多く看過できないということがありました。衝動気質に相まって、酒癖の悪さがそれを助長していました。例えば、論文を提出できなかった学生に対して「負け犬じゃん」といったり、昔自死した学生に対して「勝手に死んだんじゃん」などといったことがありました。(なお、これらの発言学生職員に窘められ即座に撤回しましたが、そう思っていたという事実は消えないと思います)。その他にも配慮のない発言が多くありました。

 また、自己顕示欲の強さとマウンティング(いわゆるイキり)が挙げられます。「君たちは潤沢な資金のあって、待遇のいいこの研究室に来てラッキーだ」などといった身内へのイキりを聞いた時は、上で書いたような現状に疲弊していた自分感情を逆なでするのには十分でした。また、自分は偉く、自分が言ったことはどんな無茶でも通ると思っているきらいがあり、無茶な予算申請事務の人を疲弊させることが多くありました。それにあきれ果てた事務の人が次々とやめることがあり、その結果事務仕事が逼迫することもありました。怪しい予算の使い方をしていて、機構の人に怒られたみたいな話を聞きました。大学に目をつけられているのはいわずもがな。

 内弁慶というわけではなく、外部の人間に対しても自分を良く見せようとしていることが多く、鼻につくこともありました。自分にはこのような先生の在り方が、いわゆる口だけの軽薄な人間に感じられてしまいました。いい環境を作りたいとは口では言いつつも自分は何もせず下の人間が苦労したり(「然るべきとき然るべき場所」というアイバン・サザランド言葉をよく引用しますが、これが「然るべき場所」なら笑止です。)、自分は人脈のハブだといいつつスタッフをなかなか引っ張って来れなかったり(前の大学にいるときこの業界で悪評が立ち、人が来たがらないとの噂)とあきれかえることが多かったです。他にも「教育が最優先」と口では言いつつも後回しにしたり、下の人間に任せているようなことなどとにかく「口だけの人間」というイメージです。隔月で1回20分ほどの面談教育したということなのでしょうか。

 専門用語拡大解釈して援用することで知識人を気取るようなスタンスが多く見受けられたのも癪に障りました。例えば、「インピーダンスマッチング」という、高周波電気信号の伝送路において、入力と出力のインピーダンス電圧電流で割った値で直流回路では抵抗にあたります)を合わせるという意味言葉があります。この単語力学などでも用いられます(こういった多分野に共通する背景理論研究しようという思想を持っているのが我が学科・専攻です)が、これを特に理論的背景もなく「折り合いをつける」くらいの意味で使って、さも各分野に精通している感を醸し出すことに長けていました。他には「バウンダリーコンディション」とかもありますね。微分方程式で言うところの境界条件です。これを前提・条件みたいな意味で使います。(こちらについては検索すると若干引っ掛かりますが。)これらにツッコミを入れた学生は以降食事会に呼ばれなくなりました。自分に媚を売らない用済みな人間簡単に切り捨てるようです。こういった拡大解釈した単語を用いてアナロジーを使い、自分の分野に話を引き寄せるのは上手いなと感じていて、知識がない人を煙に巻いたうえで自分の得意技を披露するのは、非常に参考になると思いました。

研究分野との不適合

 3つ目に研究分野であるHCI研究(と研究コミュニティ)との不適合について書きたいと思います。これは研究室自体問題というより、自分との相性の問題ですが、研究に着手できなかった大きな要因のひとつです。

 そもそも自分はどちらかというと、巨大で合ったり高性能であったりするものを着実に組み上げていくのが好きで、アイデア勝負だったり、プロトタイピングといった手法だったりが受け付けなかったというのがあります(同じような人のエントリ https://swimath2.hatenablog.com/entry/2018/07/30/205255)。

 また、この研究分野は、一見役立たなさそうなおもちゃのようなものに、理屈をこねくり回して正当化させるのが多いように感じ(もちろんすべての研究がそうというわけではありません)、興ざめししまったのも要因の一つです。元々内向的性格なのもあって、自我意識などに興味があり、ならば「人に興味があるということであり、工学的なアプローチで人の研究をやれるのはこの分野だろう」という薄い理由で選んだのもあって、この不適合はモチベーションに意外と大きく関わりました。学部時代の成績は良い方で(必要進振り点はそこそこの学科でしたが、コース内ではトップクラスと周りには言われていました)院試第一希望で通りましたが、勉強ができるということが研究できるというわけではないという言葉を痛感しました。ただ、この研究室を選ばなければ、自分ももっと研究が出来ていたのではないかと思い、研究室選択毎日後悔しています

なぜ回避できなかったのか?

 それではなぜ、このような大きな問題点が数多く存在しながら、この研究室に進学してしまったのでしょうか?

 第一に、自分所属していた学科は、院試卒論研究室配属より前に存在し(実質4か月で卒論を書かないといけないのです)、自分研究および研究室への適性がいまいちからないまま、修士で進学する研究室を決めなければいけないという点が挙げられます。(一応研究室に配属されてプチ研究のようなことをするのですが、研究室生活とは程遠いので参考にするのは難しいです) それに加え、卒論研究室修論研究室別にするという慣習があり、卒論配属後合わないから冬入試を受けようというのも難しいです。

 第二に、サークルの先輩(同じ研究室ではないです)にこの研究室を勧められたというのがありますサークル飲み会の時に、同じ分野で研究をしている先輩に、「この研究室はいいところだし、一期生として面倒を見てくれる」と勧められたというのがありました。当時は若く、盲目的に先輩の話を信じてしまいました。悪い噂が流れてこないなら大丈夫だろうと。それに先生記事ネット上で見たこともあり、先生研究科学雑誌を通して知っていたこともありました。学科内でも新設の研究室に関わらず人気があり、これは安パイだろうと考えていました。今考えると人気・有名だから自分にとっていい環境だろうと考えるとは愚かなことです。(ちなみに、この先輩はD取得後うちの研究室内定を蹴り、他の研究室ポストに就くそうです。)

 第三に、一番重要ともいえる点ですが、上でも書いた通り自分大学では新設の研究室で、情報が流れてこなかったというのがあります。今思えば前の大学OBの方などに話を伺うなどをすればよかったとも思いますが、学部勉強サークルに追われていてそこまで気が回らなかったし、回っていたとしてもする余裕まであったかわかりません。しかしながら、新設の研究室に進学するというのは大きなリスクはらんでいるということはもっとしっかりと自覚するべきでした。これを読んでいる方でもし新設の研究室に行くという人がいれば、もう一度自分選択をよく考え直してほしいです。

最後

 ブラック研究室といえば、拘束時間が長いとか日常的な人格否定などがやり玉に挙げられやすいですが、最近では放置ブラックなどという言葉も耳にする通り、劣悪な環境というのは色々な形で存在しています。また、他人にとっての良い環境自分にとっても良いとは限りません。トルストイ著作に「幸せ家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある」(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫)との言葉を残しています研究室も一つのさなコミュニティであり、同じことが言えるのではないでしょうか。これから研究室に配属される人には慎重に自分の進路を考えていただきたいと思います。このエントリを通して構成員がみんな幸せになるような運営に変わってくれると嬉しいです。

 文字数制限に引っかかってしまったのでコメント追記します。長文で申し訳ないです。

2019-03-25

anond:20190325082927

ろくに調べもしてないようだからいいますけど、電柱登ったり下水管埋設する人の年収は高いですよ。

女は事務員や軽作業パート殺到して賃金低いだのいってるだけなんですね。

2019-03-24

ララが見た日本男女平等

仕事だけでなく家事育児を男に押し付けよう、そして女の私たち事務員一般職に就いて、男の総合職並の賃金を得ようとしている社会だったのだ。

2019-03-23

『竿と玉持ったまま女に転生するチート使って無敵の最強弱者になって無双した件』

騎士さん「ば、バカな……こいつは男なのに……なぜ私たち女性しか使えない『聖剣カコウバーイ』を使えるのだ……」

MtF「俺は男でありながら女の魂を持ち女性特剣を手に入れた者、人呼んで≪海よりも深く天よりも高き境界を往来せし者(トランスジェンダー)≫……まあ、面倒だから竿と玉は残してて戸籍は男のままなんだけどね」

騎士さん「ふざけるな! 貴様男性器がある限り、いや、たとえ男性器を切除して国家貴様を女と認めたとしても(※1)、XY染色体を持って生まれた者は死ぬまで男なのだ! 貴様は『女装した男』、『女になりたい男』でしかないのに、この女性の聖域オチダインを汚さんとするただの野蛮な一匹のジャッポスだ、我が聖剣で処断してくれる!」

MtF「(息を吸う音)すぅ……『アタシがフォローしてる尊敬していたフェミ垢の@femaleknight19040308さんがトランスへの酷い暴言ツイートしてた!(※2) 同じマイノリティで仲間だって信じてたのに裏切られた! 傷ついた! 人口過半数を占めるシスヘテロ女性から圧倒的少数派であるトランス女性のアタシが差別された! 理屈がどうであれ少数派で弱者のアタシの方が被害者で正しい!』」

騎士さん「なにっ!? 私の女性特剣が全く通用しない!! ……これは、まさか『オキモチの聖盾』!?

MtF「何を驚いている? 聖盾が女性専用装備だとでも思っていたのか? それとも、この世に女性よりも弱い弱者がいるはずがないという想像力の欠如かな?」

騎士さん「なにが弱者だ! 貴様は男でマジョリティ強者! 男の分際で身の程知らずにも弱者を名乗った大魔法使いKKOと同じように徹底的に論破して自決に追い込んでやる!」

MtF「ふっ、KKOか……奴はいい年して女の一人も口説き落としたことの無い未熟者にすぎん。我ら弱者男性の中では最弱……いや、最強? ネットで女に煽られたぐらいで自裁した弱者男性の面汚しよ……まあいい、お前が男の俺とは『対話』できないというのであれば、『彼女』を呼ぶとしよう。出でよ、守護獣(♀)アライ!」

守護獣(♀)アライ「あんた、今までフェミニズムの何を勉強してきたんだい? 女性差別批判して女性権利擁護してきた口でトランス差別してトランス権利主張を馬鹿にするのかい? 生まれた時の性別で人のいるべき場所を決め付けるなんて、今のあんたたちツイフェミ日本会議保守オッサンどもそっくりだよ! 恥を知りな!」

騎士さん「グワーッ!! 同じ女性にまで批判されたー!! よりにもよって最も憎んでいる存在である日本オッサン同類扱いされたー!! ……ぅぐぐぐ、私は負けん! 男を擁護するこいつは名誉男性に違いない。おペニスよしよしプリンセススプリング=ウィンドちゃんと同じくたとえ未成年であっても最大の侮蔑を受けるべき人間のクズだ……断じて女性ではない。私は女性のために最後まで戦う。たとえ私が定義する『女性』が世界で私一人だけになったとしてもだ」

MtF「ほぅ、まだ立ち上がるか。ならば、更なる絶望を味わうといい。≪偽装太陽の車回す小鬼の群(ジャパニーズサラリーマンコスプレ)≫! ……さあ、今の俺の姿はお前の目にはどう見える?」

騎士さん「男だ……完全に男の社会人だ。女体持ちの私と違い、満員電車痴漢心配する必要など無い(そんなスーツの似合う体格の良い男が痴漢に遭って思わぬ快感に戸惑うシチュは相当に美味しい)、性被害を恐れてMtFによる女性更衣室やトイレ使用に反対している多くの女性気持ちなど理解できないし、理解する必要もない安穏とした人生を過ごせる男そのものだ……」

MtF「その通り、この格好をしている時、社会は俺を完全に男として扱う。この意味はわかるな?」

騎士「う、嘘だ……聖堂学院を優等で卒業し『聖騎士二級』の資格を持つ私がずっと大学非正規事務員警備員ダブルワークを強いられているというのに、こいつは男だというだけの理由大企業正規雇用され、同期の女子社員と比べて結婚出産退職するおそれの無い長く働いてくれる戦力として期待されて裁量責任やりがいのある仕事を与えられて、やがて結婚子供を持つ時もキャリアとの両立に悩むことなど無く、むしろ専業主婦の妻に支えられてますます仕事に打ち込む男盛りを迎え、無知新人女子社員立場の弱いテンプや取引先の女性を有り余る性欲のはけ口にしつつも家庭は壊さないようにせこく立ち回って……そうやって、私が憎みそして羨んできた父や兄や同期の男子や元恋人の男どもと同じように女性を踏みつけながら楽しく生きていけるだなんて、そいつ女装しただけで私たち女性と同じように弱者としても扱われるだなんて……」

MtF「そう、これこそがMtFチートの神髄……『女性特剣』と『男性特剣』の『二刀流』だ」

騎士さん「か、勝てない……こんな相手に勝てるはずがない……私が女性のために戦い女性権利の拡大に成功すればするほど何もしていないMtF女性としてその恩恵享受し、しかも男としての経済的・肉体的強者としての特権も手放さず、性的少数者として批判もされない無敵の存在であり続けるならば、これでは私たちフェミMtF奉仕する存在ではないか、この構造女性が家父長に奉仕する伝統家族制度と何が違うというのだ……私たち女体持ちはどうあっても男体持ちへの奉仕種族立場から逃れられないか……唯一選べるのはどの男に奉仕するかだけなのか……ならば、私は……」

MtF「ところで、俺の性自認女性だが、性的指向、要するに性欲の対象女性だったりする。肉体的には男だが、心はレズビアンってところだな」

騎士さん「素敵! 抱いて!」

こうして二人は主観的にはレズビアンカップルとして、客観的には社会から求められるジェンダーロールに則った理想的夫婦として、いつまでも幸せ暮らしましたとさ。

めでたしめでたし

(※1)

性別変更「手術が必要なのはおかしい」…最高裁特別抗告臼井さん「アイデンティティは心で決まる」 - 弁護士ドットコム

https://www.bengo4.com/c_23/n_7910/

(※2)

トランスジェンダーフェミニズム ツイッター惨状に対して研究者ができること - wezzy|ウェジー

https://wezz-y.com/archives/62688

2019-03-13

anond:20190313002056

更衣室と休憩室を別にしてトイレカーを最新にしても応募してこないのが女。

事務員には殺到するが作業員には応募しない。

総合職採用現場研修つけるだけ女はこなくなる

2019-03-12

年収2千万突破したけど嫁からの反応が「ふーん」だけで虚しい[チラ裏]

スペック

俺と嫁 30後半

子供 3人(小学生1人 幼稚園1人 保育園1人)

結婚10年目

持ち家、ローン無し、地方都市在住(嫁の実家の近く)

今年の見込み世帯年収が2000万を突破したんだが嫁からの反応が悪い、具体的には「ふーん」しか言ってもらえない。

内訳は 俺が1500万、嫁には800万ほどの予定

おっと、今君らが思ったことはわかる、嫁が十分稼いでるだけじゃんって思ったんだろ?

だが待って欲しい、嫁は俺の事務所事務員なんだ、つまり俺が払ってる給料なんだ。

俺には収入源が複数あるが、その中にトリプルライセンスでやってる士業事務所がある、

これやっていても超つまらないので(※個人の感想です資格勉強はむっちゃ楽しかったです)なるべく仕事とっていなかったんだけど、嫁から「さすがに3人目とか面倒見るの飽きた、保育園にいれたい」と要望が出たので、専業主婦から従業員クラスチェンジさせた。

実績作りのためにちゃん仕事もさせている、仕事は1日6時間(昼休み時間込み)

スキームが出来上がっている仕事だけ受けることにして、基本はメールが届いたら書類へ転記するお仕事

電話対応は無し、メール対応のみ、わからないものは俺にエスカレーションさせる、電話および面談は俺が対応、あとは、省庁へ書類だしにいったり、書類取りいったり、書類集めたり、各自治体のHP確認したり、あとなんだ?そんなもんかな。。。

せっかく資格あるしなーで無駄に何年も登録維持していたせいか「そろそろ本格的に仕事とりますよー」と知り合いに声をかけたら偶々タイミングが合ってしまい、例年の20倍くらい仕事が舞い込んできた

「君が仕事してくれるおかげで今年の見込み年収、軽く2000万は突破するよ!士業で稼いだお金別にいらねーから、経費ぬいて君が好きに使っていいよ!多分800万くらいかな!」

と言ってみたんだが、反応が「ふーん」である

おかしくね?もっとなんかあってもよくね?

育児に関しても幼稚園保育園の送りは担当(さすがに迎えの時間には俺の仕事終わらない)週に2日は俺が全員分の朝飯も夜飯つくっているし末っ子の朝飯と夜飯はほぼ毎日俺が担当離乳食

薬も嫁に聞かないとわからないなんて事はなく、子供も「ちんちんかゆいーパパおくすりーぬってー」と何かあれば言いに来る(もちろん嫁にも言う、ただ近くで手が空いてる方へ言いに来る)

子供病院も、俺が割と自由仕事をさぼれるので連れて行くことも多く(昨日も末っ子連れて行ってきた)主治医看護師薬局の人とも顔なじみ

どちらとでも寝てくれるので手が空いてる方が寝かしつけするし、寝かしつけてない方は洗濯物たたんだり、全自動洗濯機に洗濯物放り込んだりしている。

風呂子供に「今日はどっちと入りたい?」と希望きいて、だいたい日替わりで入れており家の掃除や片付けは土曜日家族全員でやることにしてるし

いやまあ育児とか家事別にどうでもいいよ、そんなことより、世帯年収が2000万突破したなら、二人でもうちょい喜びたかったのにさ

「ふーん」ておま、悲しすぎやないか

1000万突破したときもっと「すごいじゃん!!今日はご主人様プレイしてあげようかー!?

みたいに喜んでくれたのに、なぜだ?結婚10年もたってるせい?そういえば今年入ってからセックスは週に1度ペースでやってたんだが

世帯年収2000万突破するわ 」って言った日からしてないわ。なんで??? 突破しないほうがよかったの???税金も俺が払ってるし

なんだ、あれか、嫁の iDeCo用意していないせいか?小規模共済とか突っ込んでやりゃいいのか?でも60歳まで仕事してくれんのかね??わからん。。。

2019-03-06

anond:20190306225800

テレビに出てる女子アナはもちろん、電車で見かけるOLも、駅ですれ違う女子高生職場で隣の島に座ってる事務員も、スタバですまして何か飲んでる女子大生も、いつも行くコンビニレジ打ってるおばちゃんも俺ら以外の男のチンポしゃぶってるぜ。絶対に俺らのチンポはしゃぶってくれないのに。

2019-03-05

anond:20190305212237

バブルの時代は地味な事務員でした。バブルの影響も恩恵も受けなかったのでそう感じるかもしれないです。

2019-02-18

デレマスで苦しんでいる人へ

この文章は、デレマス運営姿勢担当アイドル境遇に苦しさを覚える全ての人へ、私なりに伝えたいことがあって書いています。苦しんでいない人が読む必要は全くありません。本来こういうことは他人意見に左右されず自分で決めるべきだとも思いますし、「嫌ならやめろ」と言われて苦しんでいる人がたくさんいる中でこういった文章をあげることで誤解されるかもしれません。ただ、私自身が苦しんでいる時にこういう文章があったらよかったのかな、と思うことを書きます

目次は以下のとおりです。

1 嫌ならやめよう

2 続けるなら頑張って

3 ミリシタ等他ゲー移住時の注意点

1 嫌ならやめよう

結論はこれです。

世界で一番好きなアイドルいるから、もしかしたら奇跡が起きてこれから出番が増えるかもしれないから、だから「やめられない」「やめたら負けだ」と考えず、嫌になったら誰でもゲームをやめていいし課金なんてしなくていいのです。

好きだったはずのコンテンツについて考えるだけで嫌になっていくのは、普通の人からしたらもうやめ時なのです。

デレマスをすこっているオタクはたくさんいますし、もしかしたらそういう人を見るたびに思い出がよみがえって苦しくなるかもしれません。そんな時はミューしましょう。

ツイッタートレンドも、自分非表示にできます自分の心を守るために自衛しましょう。

もし自分がやめることで嫌なことを言ってくる人がいるなら、その人はその程度の性格というだけです。他に好きなものができた、私生活が忙しくなった、この程度の理由を用意すれば普通の人は問い詰めてきません。問い詰めてくる人ははっきり言って頭がおかしいので相手にしないでください。

安心してやめましょう。

2 続けるなら頑張って

嫌ならやめよう、と書きましたが、やめられない人がたくさんいるのも知っています

続けるなら私から応援することしかできません。不安や不満があれば正直に愚痴りつつ、楽しめる部分を楽しんでください。

ここで頑張ってと書いているのは、ダイマしろとか課金しろかいうことではありません。あなたの好きなアイドル担当Pが少なくとも1人いる、その存在は同僚の励みになります担当Pを名乗るだけでもいいのです。もちろんゲームを続けるだけでもアクティブカウントされ、担当アイドル世界を維持することにつながるので、力になっていると言えると思います

ダイマ課金意味がないとは言いませんが、それはユーザー全員に求められるべき行動ではありません。ダイマで良さを語ったところで、ほとんどの人は第一印象可愛い!以上の魅力なんて伝えられないと思います個人的には、ダイマ自分が好きなアイドルについて語るための一手段にすぎないと考えています課金については池袋晶葉Pの前例を調べた上で、それでもやりたいというならすべきではないでしょうか。総選挙に顕著なように、デレマス課金しただけ還元するコンテンツではありません)

苦しくなった時はゲームなんていつでもやめられることを思い出してください。そしてまた続けるなら、自分を大切にしながら頑張ってください。

3 ミリシタ等他ゲー移住時の注意点

デレマス関連のゲームをやめ、他のゲームに移ろうと思っている方へ。移住を止めるわけではありませんが、注意してほしいことがあります

デレマス比較しない

デレステからミリシタに入り、比較してミリシタの良さを語ったことで対立煽りとみなされツイ消しした人がいましたが、特にアイマスシリーズ内での移住については過敏に反応するユーザー層がいます不用意に比較しないようにしましょう。

また、デレマスユーザーの一部は以前、アニメ化セールスランキング等を根拠に他のアイマスシリーズ比較して貶める発言をしていました。ちひろさんが他の事務所事務員を崖へ蹴落とす絵がバズったこともありました。そうした一部ユーザー言動・行動が他マスユーザー不快感を与えており、移住時にデレマス比較されることを嫌がる人も多いです。

移住時にはデレマスのことはひとまず忘れて、新しいゲームを心から楽しみましょう。

もちろん「これがデレにあったらな……」と思うことはあるかもしれません。そんな時はデレマス側にそっと要望を送り、デレマス名前を出さずに褒めた方が移住先のゲームユーザーも喜びます。逆に「デレならこれができるのにな……」と思った時も、そのゲーム要望を送り、デレマス名前を出さずに発言した方が配慮があると言えます

移住先を桃源郷と思わない

アイマスの他シリーズにも不満を持ち苦しんでいるユーザー一定数いますアンチもいますアイマス以外のゲームでもそれは同じことです。完璧運営なんてどこにもいません。長く続いていればいるほど、様々な考えや価値観ユーザーがいます

①の注意点とかぶりますが、デレマス比較してマシだと感じたとしても、移住先のゲームユーザーからすると知ったことではありません。「デレよりこんなにいいのに文句言う人の気持ちがわからない!」などと言って、そのゲームで苦しんでいる人をさらに苦しめる人にならないよう、配慮してほしいです。

③戻りたくなったら素直に戻る

移住して初めて見えるデレマス運営の良さもあるかもしれません。戻りたくなったら戻ってみてください。離れている期間に素敵な曲が来ているかもしれません。好きなアイドルの新しいイラストを見られるかもしれません。離れている間の更新を素直に喜ばしいと思えるなら、離れることにも価値があります。次の更新を待ちわびているのに更新のたびに苦しくなるような状態よりは、後からゆっくりと、自分にとって嬉しい更新だけ楽しんだ方がいいと思います

以上、全て当たり前だと思われるようなことを書いてきましたが、少しでも気持ちの整理に役立てていただけたなら幸いです。

2019-02-14

anond:20100213112412

わかるー。

うちも小さい会社で、5,6人ぐらいの事務員で一つの給湯室を使ってるけど(トイレ歯磨きできるようなスペースはない)

毎昼食後に歯磨きする人がいて、昼休みラスト10分ぐらいはその人に占拠されるわ。

まぁしょうがないことだし、昼休み後に給湯室使ってても怒られないからいいんだけど。

2019-02-09

保険のおばちゃん女の子を紹介された話

3年前の冬の話だ。

その時の俺は25歳。大学院修士課程を終えて就職たから、社会人2年目が終わろうかという冬だった。

地元関西だが、就職を機に関東引っ越してきた。家族とも友人たちとも離れた場所一人暮らし仕事もまだまだ慣れない、そんな生活孤独感が日に日に強まっていた。

俺には彼女がいなかった。

まれてこのかた、一度として彼女というものがいなかった。

しかしその時の俺は、寂しさを紛らす相手が欲しいと思っていた。

俺の会社には、昼休みになると食堂入り口保険のおばちゃんが何人か集まってくる。入社したばかりの右も左も分からない若者たちを捕まえて、保険に加入させようとするのだ。来るのはいつも決まった三人。一人は矢口真里に似た、ぎりぎりお姉さんと呼べそうな女性。一人は椿鬼奴に似たおばちゃん。一人は小泉今日子似のおばちゃんだ。

俺は小泉今日子と仲が良かった。矢口と椿は保険の話をしてくるのに対して、キョン2とは一度も保険の話などしたことがない。俺とキョン2の会話といえば、乃木坂46の中で誰が一番可愛いかとか、キョン2の娘がドルヲタになりそうで困っているとか、そんな内容だった。俺はキョン2との会話をそれなりに楽しんでいた。

その日も俺が食堂に行くと、キョン2が立っていた。キョン2はコソコソと俺を手招きし、隅の方に呼び寄せた。

増田君、彼女いないんだよね?私の知り合いに良さそうな女の子いるんだけど、どう?」

かにはいつも冗談交じりに「彼女欲しいっす」と言っていたが、まさか本当に紹介されるとは思っていなかった。今まで恋愛経験がなかったため、尻込みする気持ちもあった。だが俺は、ここは一歩踏み出すべきだと思った。

「是非。」

俺は女の子を紹介してもらうことにした。

後日、キョン2からLINEで3枚の写真が送られてきた。3枚の写真に、それぞれ別々の女の子が写っている。そして直後にメッセージ

「どの子がいい?」

驚愕した。てっきり紹介されるのは1人だと思っていた。3人とも、と答えたい気持ちを抑えて、俺は1番可愛らしい子を紹介してもらうことにした。

キョン2から、その子簡単プロフィールを教えてもらった。キョン2は俺の会社に来ているのと同じように、他の会社へも保険営業に行っている。その子、仮にバラライカと呼ぼう、バラライカキョン2営業に行っている他の会社事務員だった。俺が選ばなかった他の2人も、そのような感じらしい。

そしてバラライカは、当時19歳、未成年だった。これは俺にとって衝撃的な情報だった。今冷静に考えると、19歳の何が問題なのか。1年経てば立派な成人である。だがこの19という数字が、俺には重くのしかかった。

とはいえ俺は、バラライカと連絡を取り始めた。25歳男が、生まれて初めて1人の女性真剣に向き合った。慎重派の俺は、がっついて引かれてはならないと思い、ゆっくりバラライカ職場のことや身の回りのこと、家族ことなどを聞いていった。バラライカは去年まで高校生、さすがに価値観のズレは感じた。まあでもそれは仕方がない、やり取りを続けていけばそのうち気にならなくなるだろう。そんな感じで慎重派の俺が殊更慎重にバラライカとやり取りをしていると、気づいたら2ヶ月が経っていた。1度も会うことなく、LINEのやり取りだけで2ヶ月だ。1度も会おうと言いださない俺もどうかしているが、このLINEに2ヶ月付き合い続けたバラライカちょっとどうかしている。正直俺はどうしたらいいのか分からなくなっていた。この均衡を保つことが目的になり始めていた。どちらが先に我慢できなくなるか、これは俺とバラライカの戦いだった。結局、この戦いは俺が勝利した。バラライカから連絡が来たのだ。

「一度ご飯でも行きませんか?」と。

女の子の方から誘わせるとは何事だと思うかもしれないが、25年間恋愛経験がない男というのは、そこら辺の女の子以上に女の子なのだ。仕方がない。

とにかく、俺とバラライカはとうとう現実世界で会うことになった。もちろん俺は女の子との食事など初めてである食事が決まった瞬間から俺の心臓は最高速で暴れまわっていたが、俺はまず、震える手で店選びから始めた。雰囲気が良く、それでいて敷居が高すぎない、丁度良い塩梅の店をなんとか探し出し、予約を入れた。服と靴を新調し、散髪に行った。髪型のセットの仕方も学んだ。

何度も言うが、この時の俺は乙女だったのだ。

そして、当日がやってきた。

俺は待ち合わせ場所に早めに着き、バラライカの到着を待った。バラライカの顔は、最初キョン2から見せてもらった写真で分かっていたので、それと同じ顔を探した。約束時間になったが、すぐにはバラライカ出会えなかった。いや、それらしい女性は1人いるのだ。俺の数メートル隣に、誰かを待っているらしい女性が。年齢も、19歳に見えなくもない。実物と写真というのはやはり違って見えるため、すぐには気づかなかったのだ。向こうも向こうで、どうやら俺だと気づいたらしい。こうして、俺とバラライカは初対面した。

軽く挨拶をし、店に向かった。少し雨が降っていた。

店に入り料理を注文する。料理を食べる。水を飲む。

2ヶ月間毎日欠かさずLINEでやり取りしていたにも関わらず、いざ面と向かうと言葉が出てこない。不思議ものだ。緊張しているというのもある。しかし、そこまでの2ヶ月の間に一通り聞くべきことは聞き尽くしてしまっており、すでに話題がなくなっていたというのもある。

俺たちは、特別盛り上がることもないまま、食事を終えた。帰り際、バラライカは俺に紙袋を渡してきた。中を見ると、手作りチョコが入っていた。そう、ちょうどバレンタインデーの時期だったのだ。母親以外からもらった初めてのチョコだった。俺は、こんなものまで用意してくれたのに、会話のないつまらない食事にしてしまって申し訳ないと思った。

ホワイトデーにはしっかりお返しをしようと思ったが、結局その後バラライカからの連絡はあまり来なくなり、そのまま自然消滅となった。

あれから3年が経った。俺には今彼女がいる。バラライカではない。別の知人から紹介されたのだ。半年から同棲を始めており、近いうちにプロポーズするつもりだ。

バラライカとうまくいかなかったこと、そこから学んだことがあったから、今の彼女とここまで来れた部分もあると思う。

バラライカに何も返してあげられなかったのが少し心残りだ。バラライカから見れば、俺は彼女が欲しいのか欲しくないのか、意図のよくわからないやつだったと思う。俺のことなどとっくに忘れていると思うが、俺はバラライカのことを忘れない気がする。

俺の人生を変えてくれた恩人として。

https://anond.hatelabo.jp/20190209031109

保険のおばちゃん女の子を紹介された話

3年前の冬の話だ。

その時の俺は25歳。大学院修士課程を終えて就職たから、社会人2年目が終わろうかという冬だった。

地元関西だが、就職を機に関東引っ越してきた。家族とも友人たちとも離れた場所一人暮らし仕事もまだまだ慣れない、そんな生活孤独感が日に日に強まっていた。

俺には彼女がいなかった。

まれてこのかた、一度として彼女というものがいなかった。

しかしその時の俺は、寂しさを紛らす相手が欲しいと思っていた。

俺の会社には、昼休みになると食堂入り口保険のおばちゃんが何人か集まってくる。入社したばかりの右も左も分からない若者たちを捕まえて、保険に加入させようとするのだ。来るのはいつも決まった三人。一人は矢口真里に似た、ぎりぎりお姉さんと呼べそうな女性。一人は椿鬼奴に似たおばちゃん。一人はブルゾンちえみ似のおばちゃんだ。

俺はブルゾンちえみと仲が良かった。矢口と椿は保険の話をしてくるのに対して、ちえみとは一度も保険の話などしたことがない。俺とちえみの会話といえば、乃木坂46の中で誰が一番可愛いかとか、ちえみの娘がドルヲタになりそうで困っているとか、そんな内容だった。俺はちえみとの会話をそれなりに楽しんでいた。

その日も俺が食堂に行くと、ちえみが立っていた。ちえみはコソコソと俺を手招きし、隅の方に呼び寄せた。

増田君、彼女いないんだよね?私の知り合いに良さそうな女の子いるんだけど、どう?」

かにはいつも冗談交じりに「彼女欲しいっす」と言っていたが、まさか本当に紹介されるとは思っていなかった。今まで恋愛経験がなかったため、尻込みする気持ちもあった。だが俺は、ここは一歩踏み出すべきだと思った。

「是非。」

俺は女の子を紹介してもらうことにした。

後日、ちえみからLINEで3枚の写真が送られてきた。3枚の写真に、それぞれ別々の女の子が写っている。そして直後にメッセージ

「どの子がいい?」

驚愕した。てっきり紹介されるのは1人だと思っていた。3人とも、と答えたい気持ちを抑えて、俺は1番可愛らしい子を紹介してもらうことにした。

ちえみから、その子簡単プロフィールを教えてもらった。ちえみは俺の会社に来ているのと同じように、他の会社へも保険営業に行っている。その子、仮に聡美と呼ぼう、聡美はちえみが営業に行っている他の会社事務員だった。俺が選ばなかった他の2人も、そのような感じらしい。

そして聡美は、当時19歳、未成年だった。これは俺にとって衝撃的な情報だった。今冷静に考えると、19歳の何が問題なのか。1年経てば立派な成人である。だがこの19という数字が、俺には重くのしかかった。

とはいえ俺は、聡美と連絡を取り始めた。25歳男が、生まれて初めて1人の女性真剣に向き合った。慎重派の俺は、がっついて引かれてはならないと思い、ゆっくり聡美職場のことや身の回りのこと、家族ことなどを聞いていった。聡美は去年まで高校生、さすがに価値観のズレは感じた。まあでもそれは仕方がない、やり取りを続けていけばそのうち気にならなくなるだろう。そんな感じで慎重派の俺が殊更慎重に聡美とやり取りをしていると、気づいたら2ヶ月が経っていた。1度も会うことなく、LINEのやり取りだけで2ヶ月だ。1度も会おうと言いださない俺もどうかしているが、このLINEに2ヶ月付き合い続けた聡美ちょっとどうかしている。正直俺はどうしたらいいのか分からなくなっていた。この均衡を保つことが目的になり始めていた。どちらが先に我慢できなくなるか、これは俺と聡美の戦いだった。結局、この戦いは俺が勝利した。聡美から連絡が来たのだ。

「一度ご飯でも行きませんか?」と。

女の子の方から誘わせるとは何事だと思うかもしれないが、25年間恋愛経験がない男というのは、そこら辺の女の子以上に女の子なのだ。仕方がない。

とにかく、俺と聡美はとうとう現実世界で会うことになった。もちろん俺は女の子との食事など初めてである食事が決まった瞬間から俺の心臓は最高速で暴れまわっていたが、俺はまず、震える手で店選びから始めた。雰囲気が良く、それでいて敷居が高すぎない、丁度良い塩梅の店をなんとか探し出し、予約を入れた。服と靴を新調し、散髪に行った。髪型のセットの仕方も学んだ。

何度も言うが、この時の俺は乙女だったのだ。

そして、当日がやってきた。

俺は待ち合わせ場所に早めに着き、聡美の到着を待った。聡美の顔は、最初にちえみから見せてもらった写真で分かっていたので、それと同じ顔を探した。約束時間になったが、すぐには聡美出会えなかった。いや、それらしい女性は1人いるのだ。俺の数メートル隣に、誰かを待っているらしい女性が。年齢も、19歳に見えなくもない。実物と写真というのはやはり違って見えるため、すぐには気づかなかったのだ。向こうも向こうで、どうやら俺だと気づいたらしい。こうして、俺と聡美は初対面した。

軽く挨拶をし、店に向かった。少し雨が降っていた。

店に入り料理を注文する。料理を食べる。水を飲む。

2ヶ月間毎日欠かさずLINEでやり取りしていたにも関わらず、いざ面と向かうと言葉が出てこない。不思議ものだ。緊張しているというのもある。しかし、そこまでの2ヶ月の間に一通り聞くべきことは聞き尽くしてしまっており、すでに話題がなくなっていたというのもある。

俺たちは、特別盛り上がることもないまま、食事を終えた。帰り際、聡美は俺に紙袋を渡してきた。中を見ると、手作りチョコが入っていた。そう、ちょうどバレンタインデーの時期だったのだ。母親以外からもらった初めてのチョコだった。俺は、こんなものまで用意してくれたのに、会話のないつまらない食事にしてしまって申し訳ないと思った。

ホワイトデーにはしっかりお返しをしようと思ったが、結局その後聡美からの連絡はあまり来なくなり、そのまま自然消滅となった。

あれから3年が経った。俺には今彼女がいる。聡美ではない。別の知人から紹介されたのだ。半年から同棲を始めており、近いうちにプロポーズするつもりだ。

聡美とうまくいかなかったこと、そこから学んだことがあったから、今の彼女とここまで来れた部分もあると思う。

聡美に何も返してあげられなかったのが少し心残りだ。聡美から見れば、俺は彼女が欲しいのか欲しくないのか、意図のよくわからないやつだったと思う。俺のことなどとっくに忘れていると思うが、俺は聡美のことを忘れない気がする。

俺の人生を変えてくれた恩人として。

保険のおばちゃん女の子を紹介された話

3年前の冬の話だ。

その時の俺は25歳。大学院修士課程を終えて就職たから、社会人2年目が終わろうかという冬だった。

地元関西だが、就職を機に関東引っ越してきた。家族とも友人たちとも離れた場所一人暮らし仕事もまだまだ慣れない、そんな生活孤独感が日に日に強まっていた。

俺には彼女がいなかった。

まれてこのかた、一度として彼女というものがいなかった。

しかしその時の俺は、寂しさを紛らす相手が欲しいと思っていた。

俺の会社には、昼休みになると食堂入り口保険のおばちゃんが何人か集まってくる。入社したばかりの右も左も分からない若者たちを捕まえて、保険に加入させようとするのだ。来るのはいつも決まった三人。一人は矢口真里に似た、ぎりぎりお姉さんと呼べそうな女性。一人は椿鬼奴に似たおばちゃん。一人はブルゾンちえみ似のおばちゃんだ。

俺はブルゾンちえみと仲が良かった。矢口と椿は保険の話をしてくるのに対して、ちえみとは一度も保険の話などしたことがない。俺とちえみの会話といえば、乃木坂46の中で誰が一番可愛いかとか、ちえみの娘がドルヲタになりそうで困っているとか、そんな内容だった。俺はちえみとの会話をそれなりに楽しんでいた。

その日も俺が食堂に行くと、ちえみが立っていた。ちえみはコソコソと俺を手招きし、隅の方に呼び寄せた。

増田君、彼女いないんだよね?私の知り合いに良さそうな女の子いるんだけど、どう?」

かにはいつも冗談交じりに「彼女欲しいっす」と言っていたが、まさか本当に紹介されるとは思っていなかった。今まで恋愛経験がなかったため、尻込みする気持ちもあった。だが俺は、ここは一歩踏み出すべきだと思った。

「是非。」

俺は女の子を紹介してもらうことにした。

後日、ちえみからLINEで3枚の写真が送られてきた。3枚の写真に、それぞれ別々の女の子が写っている。そして直後にメッセージ

「どの子がいい?」

驚愕した。てっきり紹介されるのは1人だと思っていた。3人とも、と答えたい気持ちを抑えて、俺は1番可愛らしい子を紹介してもらうことにした。

ちえみから、その子簡単プロフィールを教えてもらった。ちえみは俺の会社に来ているのと同じように、他の会社へも保険営業に行っている。その子、仮に聡美と呼ぼう、聡美はちえみが営業に行っている他の会社事務員だった。俺が選ばなかった他の2人も、そのような感じらしい。

そして聡美は、当時19歳、未成年だった。これは俺にとって衝撃的な情報だった。今冷静に考えると、19歳の何が問題なのか。1年経てば立派な成人である。だがこの19という数字が、俺には重くのしかかった。

とはいえ俺は、聡美と連絡を取り始めた。25歳男が、生まれて初めて1人の女性真剣に向き合った。慎重派の俺は、がっついて引かれてはならないと思い、ゆっくり聡美職場のことや身の回りのこと、家族ことなどを聞いていった。聡美は去年まで高校生、さすがに価値観のズレは感じた。まあでもそれは仕方がない、やり取りを続けていけばそのうち気にならなくなるだろう。そんな感じで慎重派の俺が殊更慎重に聡美とやり取りをしていると、気づいたら2ヶ月が経っていた。1度も会うことなく、LINEのやり取りだけで2ヶ月だ。1度も会おうと言いださない俺もどうかしているが、このLINEに2ヶ月付き合い続けた聡美ちょっとどうかしている。正直俺はどうしたらいいのか分からなくなっていた。この均衡を保つことが目的になり始めていた。どちらが先に我慢できなくなるか、これは俺と聡美の戦いだった。結局、この戦いは俺が勝利した。聡美から連絡が来たのだ。

「一度ご飯でも行きませんか?」と。

女の子の方から誘わせるとは何事だと思うかもしれないが、25年間恋愛経験がない男というのは、そこら辺の女の子以上に女の子なのだ。仕方がない。

とにかく、俺と聡美はとうとう現実世界で会うことになった。もちろん俺は女の子との食事など初めてである食事が決まった瞬間から俺の心臓は最高速で暴れまわっていたが、俺はまず、震える手で店選びから始めた。雰囲気が良く、それでいて敷居が高すぎない、丁度良い塩梅の店をなんとか探し出し、予約を入れた。服と靴を新調し、散髪に行った。髪型のセットの仕方も学んだ。

何度も言うが、この時の俺は乙女だったのだ。

そして、当日がやってきた。

俺は待ち合わせ場所に早めに着き、聡美の到着を待った。聡美の顔は、最初にちえみから見せてもらった写真で分かっていたので、それと同じ顔を探した。約束時間になったが、すぐには聡美出会えなかった。いや、それらしい女性は1人いるのだ。俺の数メートル隣に、誰かを待っているらしい女性が。年齢も、19歳に見えなくもない。実物と写真というのはやはり違って見えるため、すぐには気づかなかったのだ。向こうも向こうで、どうやら俺だと気づいたらしい。こうして、俺と聡美は初対面した。

軽く挨拶をし、店に向かった。少し雨が降っていた。

店に入り料理を注文する。料理を食べる。水を飲む。

2ヶ月間毎日欠かさずLINEでやり取りしていたにも関わらず、いざ面と向かうと言葉が出てこない。不思議ものだ。緊張しているというのもある。しかし、そこまでの2ヶ月の間に一通り聞くべきことは聞き尽くしてしまっており、すでに話題がなくなっていたというのもある。

俺たちは、特別盛り上がることもないまま、食事を終えた。帰り際、聡美は俺に紙袋を渡してきた。中を見ると、手作りチョコが入っていた。そう、ちょうどバレンタインデーの時期だったのだ。母親以外からもらった初めてのチョコだった。俺は、こんなものまで用意してくれたのに、会話のないつまらない食事にしてしまって申し訳ないと思った。

ホワイトデーにはしっかりお返しをしようと思ったが、結局その後聡美からの連絡はあまり来なくなり、そのまま自然消滅となった。

あれから3年が経った。俺には今彼女がいる。聡美ではない。別の知人から紹介されたのだ。半年から同棲を始めており、近いうちにプロポーズするつもりだ。

聡美とうまくいかなかったこと、そこから学んだことがあったから、今の彼女とここまで来れた部分もあると思う。

聡美に何も返してあげられなかったのが少し心残りだ。聡美から見れば、俺は彼女が欲しいのか欲しくないのか、意図のよくわからないやつだったと思う。俺のことなどとっくに忘れていると思うが、俺は聡美のことを忘れない気がする。

俺の人生を変えてくれた恩人として。

2019-01-23

仕事愚痴

今の会社に勤めて4年目なのだが、どうも上司と合わない。

(ちなみに中小企業である)

事務仕事をしているのだが、新卒入社した時はパート事務員さんがいた。ただ、入社3ヶ月後にパート事務員さんが辞めてしまい、事務員が私だけになった。

そこから直属の上司社長になったのだが、それ以降会社に行くのが憂鬱で仕方ない。

社長は、報告しろよ!とか、聞きに来いよ!

と言う割には、声かけに行くと無視とか返事がなかったりとか、突き放されたりするのよね。(当たり前?)

だんだん嫌になってしまい、仕事だとわかっているが殻にこもりつつある。

はぶかれてる!って思ったのは、ある日の朝、会議の予定全くなかったのに、トイレに行ってフロアに戻ったら誰もいなくて、会議室のぞいたらいつのまにか社員全体で会議が行われてた時があった。さすがにその時は泣いた。

(自分トイレ行った時に社長社員皆に声掛けてたみたい)

まぁ、能力のない事務員だからこんなもんなのよね。

愚痴る機会がないので愚痴りました!ごめんちゃい

明日も頑張って仕事してきます

2019-01-10

真面目に通学し始めるまでの話

うっかり進学校的なアレに入学してしまったのがすべての間違いだった。弟が壊滅的に勉強が苦手なのでまだマシと思えていたのもある。

高1の1学期末、数学試験で3点を取った。勉強へのやる気が消えた。

それからというもの全く勉強せず、高校2年に上がってから半年ほどは、オトナに話すとそれはまあ叱られそうな生活を送ってきた。




1学期は、これでもかと言うほど学校をサボった。3日行って1日サボる。そんな生活を3週間続けると、担任に呼び出され進級に響くから体調不良その他の理由がない限りはなるべく来なさいとお達しがあった。

その時1年間で何日休むと進級できないのか、と行った旨の数字を聞き、私は即座に脳内でそれを3で割った。

月に3回は休んでも進級に響かないという結果だったため、5月中旬からはしばらく毎月3回休むことにした。



親には学校を休むことを言っていなかった。

部屋の窓の鍵を開け、わざと遅刻する時間に家を出、親に遅刻連絡を入れてもらう。こうなると私の勝ちだ。

学校遅刻連絡を入れた生徒が欠席しても電話を掛けてこないことは、数年前酷い生理痛遅刻連絡を入れ、結局体調が優れず休んだ経験からすでにわかっていた。

両親が仕事に行って家を出たであろう時間帰宅し、自転車を親戚が住んでいる近所のアパート駐輪場にこっそり置く。

部屋の窓から家に入って靴箱に靴をしまい、哲学書を読み、父親本棚から経営指南書を拝借して読み、日本史教科書を開いては眺め、日本史問題集を解いては資料集を開く。

数学の成績は中学一年のころから壊滅的だったので、時折チャート式問題集を開いて何問か解いて、分からないのでうんざりして本棚泉鏡花全集に手を伸ばしたりしていた。

夕方普通に学校に行って帰っても親が帰るのは私の帰宅後だったこともあり、アパート駐輪場から自転車を回収し何事もなかったかのように帰宅する。

完璧計画であった。

自転車で通っていても、ふと、学校ではないどこかに行きたくなることがあった。

駅の公衆電話から腹痛が酷く自転車を押して向かっている、遅刻するかもしれないという旨の電話を入れる。

事務員さんが頷き、電話を切ると、制服ジャケットの裏ポケットに入れたスマートフォンを取り出してマップアプリを開いてはあれこれ考える。

空港に行って飛び立ってゆく飛行機を見て、展望所のすぐ近くのテーブル数学問題集を開いて空を眺めつつ問題と格闘した日もあった。

海に行って、靴下を鞄にしまい、ひとしきり波と戯れたあと小さなハンカチ必死に足を拭いた日もあった。

小学生の頃親しかった友人と秘密基地を作って遊んだ山に登ると、ため池が作られていて秘密基地があった場所には行けず、立入禁止看板の前で住んでいる市内を一望しながら体操座りで弁当を食べた日もあった。

毎日が最高に楽しかった。学校の友人らとカラオケに行ったり自撮りをしたり、恋の話をしたりアイドルの話をしたりなんて小指の先にも満たないしょうもないものに思えた。

それこそ高1の夏休み、ふと思い立って某中国四国連絡橋を単身歩いて渡り海を挟んだ隣県に行った時と同じくらい楽しかった(ちなみに高1夏、私は自県まで残り3kmを残してポカリスエット4本が底をつき海の上で死にかけた)。

月に3回のこの楽しみが、わたしを生かしてくれているように思えた。それこそ「行きたくなくなったら学校休もう」って決めた日以前の検索履歴には「首 吊り方 苦しくない」だとか「飛び降り 何階以上」とかい言葉散見されていたので。


しかし、この自分的にはなんとも素敵で素晴らしい日々のことを友人に話すと、それはもう極度の批判を浴びた。こんなに楽しいのに。

友人は勉強ばかりして、親の期待に応えることばかり考えてコドモゴコロだとか冒険心だとかを忘れてしまったのではないかと訝しんだ。

じぶんの楽しい思い出が否定されるのは嫌だったので、それ以降だれにもこの日々のことは言わなかった。



夏休みになると、大学受験を見据えて塾に入ることを親に勧められた。

県下ではまあそこそこの、毎年何名か東大合格者も輩出しているような学校に通っているからか、周囲がわたしを置いて受験モードに入るのがやたらと早かった。

大学受験と言われても、それまで進路なんて考えたこともなかった。彼氏いないし。コイビトと同じところに行きたいとかいあるある進路選択方法も、選択肢が存在しないのだから選びようがなかったのだ。

最終的に塾には通うことにした。初回体験授業の講師イケメンで、軽い気持ちで授業後アンケートにまた受けたいと書いてしまったのがいけなかった。布団の中で後悔して、今年の夏は一人でどこまで行こうかと考え気をそらしていた。

しかし、何回か通ううちに気が変わった。友人皆が大手塾に通う中、私はマンツーマン型の小ぢんまりとした場所だったので、周りに私を知る者はほとんどいなかったのが救いだった。

塾で分からないところは基礎の基礎だと薄々感づいていようが分からないとごね、分かったらこれでもかと喜ぶ(時々声がでかくてブースの外に聞こえると窘められた)。


夏も過ぎ二学期中間試験も終えた10月ごろ、仲良くなった塾講師に、件の日々の話をしてみることにした。この人はやたらと毒舌だが顔はいいので、何を言われても許せる自信があった。顔はいいので。

講義講義の間の休み時間の間に雑談のノリで喋った。学校サボって空港とか海とか行ったことあるんよね、マジでしかった。ホンマはアカンけど。

塾講師の反応は予想と違っていた。返ってきた言葉は「絶対勉強ばっかしとったよりええと思うで〜」「アホやなとは思うけどええとも思う なんも考えてなさそうで」という完全に私をアホとみなした上での肯定だった。


よく分からないがムチャクチャに嬉しかった。それはもうムチャクチャに嬉しかった。この人にはアホな所を堂々と、それこそ正弦定理余弦定理から2次方程式の解の公式までこれでもかと意味わからん何これと聞きまくっていたので、アホ呼ばわりされることがなぜか誇らしかった。

小学校中学校の頃は何もせずとも常に成績はトップだった。高校でも文系科目がまあそこそこできたおかげで順位は真ん中より少し下、成績を上げなさいとは言われるが面と向かってお前アホやなと言われる機会はこれまでの人生一度もなかった。いや影では言われてたかもしれないが。


「やろ〜!? いや自分でもやばいなとは思うけどなんか楽しかったんよね…冒険しとるみたいで…」と返すと、授業開始のチャイムが鳴った。


私は学校を休むのをやめた。

受験勉強、がんばります

2019-01-04

anond:20190102063518

面白そうなので私も書いてみようか。東日本公立学校卒→東大理Ⅰのケース。

・家庭環境

電車は通っている、程度の田舎町。父は高校教諭、母は学校事務員、同居する伯母は小学校教師。そういう家庭だから学業に対する意識は高かった。

田舎町なので私立中学校などというものはなく、受験高校から

小学校入学

小学校入学からそれなりに頭は良かった記憶がある。特に算数が得意で、数の理解も早かった。

両親が共働きなので、朝保育所に預けられて、放課後は母の知人が預かってくれていた。この養母のような方には今でも感謝している。

小学校

選択肢も何もなく近所の市立小学校入学国語算数理科社会はまあオール5。伯母の影響で音楽の成績も良好。体育は3。典型的頭でっかちで、いじめられっ子になるという定番コース大人になってから「ごく軽度のADHDだったのでは?」と言われたことがある。

うちの小学校には、4年生になったら全員部活に入ること、という不文律があった。男子ソフトボールサッカー女子ミニバスケットボール合唱しか選択肢がない。4・5年生の間はなんとか回避していたが、6年生では避けきれずサッカー部に入部。運動が得意じゃなくコミュ障な上に「6年生なのに新入部員」で、部のしきたりも知らずあからさまに浮いていた。今から思えば入るもんじゃなかった、のだが、そういう「自分には向かない世界」を早く知ることができたとも言える。

自宅近くにそろばん塾があったので、小1の時に親の勧めで入塾。かなりさくさくと習熟して、市内の競技会(というものが当時あった)では上位の常連だった。但し、それなりに上達してくると飽きる悪癖があり、塾も徐々にさぼりがちに。小6で辞めた。お山の大将になるのはそれなりに簡単でも、世の中にはもっと上の人がいる、ということを子供心に知らされる。

運動が苦手なことを懸念した父により、同僚が運営に携わっている剣道同好会へ入門させられる。中3までの間、道場には週2回真面目に通ったが、練習は不真面目で大して上達もせず。

中学校

選択肢(ry)市立中学校へ。成績は相変わらず。部活動のバリエーションは増えたが結局のところほぼ全部運動部で、剣道部に入って万年補欠。帰りに学校近くの駄菓子屋ゲームやって帰ってくる生活

英語塾に行った他には学習塾の類は行かず、自宅での勉強のみ。この頃までは「学校で課された科目」だけ順調にこなしていたと思う。

高校はいわゆる進学校しか考えてなかった。地方の常で、歴史ある県立高校偏差値的な意味トップ私立すべり止め扱い。模試では毎回トップ争い。

受験すべり止め無しで本番一発。直前に風邪を引いて親は心配していたが、合格圏内には入った。

高校

進学校なので、近隣中学校の成績上位クラスが集まってくるため、何でもありな小中学校とはかなり雰囲気が変わる。校風リベラルで、校長先生もその校風に沿ったユニークな方だった。

部活動は管弦楽部に入部。やっと運動部の呪縛から解き放たれる。管楽器中学校ブラスバンド経験者が占めているため、素人必然的弦楽器担当ヴァイオリンを弾くことになった。相変わらず不真面目に練習して、東大でもオケに4年間在籍したがその後はぱったり。


2年生で文系理系コース分け。私は理系クラスへ。成績は高校でも順調だったが、伸び悩みも出始める。そんな頃に、部活の1学年上の先輩からの勧めでZ会に入会。当時の地方在住高校生で、難関大志望の人は大半が入会していたと思う。教科書レベルを超えた難問・良問で鍛えられた。おかげで授業中は講義スルー、ひたすら問題集を解くことに集中。部活後に家へ帰って夕飯を食べたら深夜までZ会に取り組む生活が続いた。

科目としては数学化学は得意で、トータルでは学年トップクラスだったが、物理が苦手で平均点+α程度。これはまずい、と対策…した筈なんだが具体的な中身を思い出せない。結局教科書に沿って、一番最初力学から復習したんだっけかな? 3年生になる頃までには苦手意識も解消。

中学生の頃からパソコンで遊んでいたので、大学最初東工大第5類を考えていたが、周囲からの「行けるなら上行っとけ」というプッシュで東大理Ⅰを目指すことにした。Z会にも東大コースがあるのでそちらを開始。模試は毎回A判定なので、これならいけるかなと。

センター試験自己採点は720点ぐらいで、足切りクリアできただろうと。当時の東大入試は、1次と2次の成績が1:4の比で加算されるので、ぶっちゃけ1次は足切りさえクリアできればオーケーレベル。(理Ⅲは知らん)

2次試験は、前期は東大理Ⅰ、後期は東大理Ⅰの出題形式ちょっと特殊なので、トラディショナル形式京大工学部受験することにした。大学受験私立すべり止め無しの舐めプ

初日に、得意な筈の数学で大問6問中1.5問しか解けず「これはやべぇ」と焦る。理Ⅰ合格ラインは2.5〜3問。残りの化学物理英語で取り返すしかないので、宿に戻って総復習。幸い2日目は好調普段よりよく出来た感触。かつて苦手だった物理もきっちり得点源にした。

結果、現役で一発合格

・その後

地方お山の大将は、東大生の一部であるスーパーマンを見て我が身の程を知るわけで。いろいろあってどうにか卒業就職してエンジニアやってます

受験生の人は、なんだかんだ言ってもやはり王道は反復練習なので頑張って。大学に入るとがらっと世界が広がります

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