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はてなキーワード: 共通点とは

2018-01-14

anond:20180113163358

男性として言わせてもらうと、このような状況に陥る女性共通点があって、

自分希望を言わない。

あるいは、言わないのではなくて「言えない」が正しいのかもしれない。

「私は○○したい」「私は○○と考える」と3分に1回言う女の子は、嫌がられるかもしれないが、

決してこの記事のような目には遭わない。

男性あなたの心の中を読めないのである

そして、このような女性を見ていて感じるのは、女性自身自分自身の心がよくわかっていないのである

から

自分がどう考えているのか理解する

② 口に出す

ということが大事なのだが…これができない女性がいることは知っている。

私も、結果的にそういう人にストーカーに近いことをしてしまたことがある。

いざという時じゃなくて、普段から、思ったことを言ってほしい。

それがお互いのためである

男性を人を信頼してほしい。

頼むから不快感情でもいいから、普段から思ったことは言ってくれ。

それから、表情は豊かに楽しい時は楽しく、嫌なときは嫌そうに。

20歳を過ぎたら相手エスパーを期待してもよい年齢ではない。

2018-01-12

川崎

中高の同級生何となくそりが合わないと思う人の共通点を考えていたら、揃いも揃って川崎とか関東東側出身だった。

私にはちょっとたことに対しての口調がきつくて一緒にいるのを楽しめなかった。

そして卒業後も親しく付き合っている数人は見事に西東京人間

無意識のうちに群れていたと気付いてショック。狭い関東の中でもこんなにはっきり地域で分かれるものかしら。

ひとは習慣の生き物

BGM: 上白石さん なんでもないや https://www.youtube.com/watch?v=m8C0WP9-0eU

人間は習慣の生き物だ。

数年前に祖父が亡くなったが、祖父が死んだということを最も意識させられるのは、正月ときだ。

ぼくの家族にとって、一同集まって祖父のへたっぴで愛嬌のある歌を聞くのが、正月もっと重要イベントひとつだった。

今はその習慣が無い。祖父の歌を聞かないでよいという事実が、ぼくの中でまたひとつ祖父の不在を大きくするのである

当然、今後、祖父の歌を聞かない正月に慣れていくのだろうけれど、正月は年に1回しかないものから、4年たっても、まだ慣れない。

餅を食べられなかった正月は味気ないように、祖父の歌を聞かない正月はなんだか寂しいのだ。


先日、ぼくは、昔好きだった人に久しぶりにあった。

かつて、彼女とは、毎日のように会話をした。

ぼくにとって彼女との会話は非日常だった。

日常咀嚼するために、ぼくはたくさんの習慣を身につけた。

昼食の取り方、プレゼントを受け取る態度、ひとを傷つけないスタンプの使い方。

そして、失恋と共にその習慣を強制的に失った。

ぼくはまだ彼女に興味があったのだけれど。

彼女の方は、そんなぼくであるからこそ、ぼくに興味を無くしたようだった。


本当に久しぶりだった。

長い間会っていなかったけれど、相変わらず、彼女は非日常のものだった。

色んな習慣が呼び起こされた。

彼女がこの表情のときは、このようにするべきだ、という自分でも忘れていたルーチンが幾度も生じる。

彼女が寒そうにふるえると、部屋の温度を上げる慣わしである

彼女がつかれた表情をしたら、もっと負担の無いような歩調をとるよう反射がおこる。

彼女とぼくの共通点を、偶然新たに発見した時は、二人で笑いあうのが慣例である

しかし、その動作必要性はもはや無く、表情を少しこわばらせるくらいがせいぜいだった。




細胞を含めた身体が、他者とのかかわりによって生まれた快い習慣を全うできないときに感じる、このえもいわれぬ寂寥感のことを何と呼ぶべきだろうか。

ぼくは、まだこの感覚名前をつけられてはいない。

禁断症状、が概念としては近いけれど、関係の不在を感じる分、もっとこう透明感のある感覚だ。

この感覚を呼び起こされるということは、事後的ではあるが、過去の、すなわちもう一人の自分が、けだし幸福であったことの証明のようだ。

幸福証明

このような感覚をもたらす存在に、今後もたくさん出会えると良いなと思う。

事後的で、まるで平行世界自分を見るようでもあるが、あくま幸福であった自分発見するのは、気持ちの良いことだ。




ぼくは彼女出会えて、本当によかったと思います

彼女に会って何かを学んだときは、ぼくはブログポエムを書く気持ち悪いやつだったことを思い出して、

ブログもすでに消去しているので、増田に書いた。

さようなら

約束を果たそうとしてくれて、ありがとうございます

2018-01-10

パチンコ利用は悪であるという観点が足りない

http://plagmaticjam.hatenablog.com/entry/2018/01/09/202659


個人的に「パチンカス」に近い感じの言葉だと思うのは「珍走団」です。

共通点人工的に出来た蔑称という点。


珍走団」はご存知の通り暴走族蔑称ですが、「『暴走族』ではなくもっとかっこ悪い呼び方で呼んだ方がいい」という自覚的提唱の下に作られました。何故そんな提唱があったかと言うと、暴走族をかっこいいものとして賞美するコンテンツメディアがあったからです。

違法であり危険であり多大な迷惑行為に過ぎず参加者にも悪影響しかない(暴走族暴力団リクルート畑になっていた)暴走族を賞美する勢力があったので、その対抗策として蔑称創造したのでした。


パチンカス」も同じです。「パチンコ愛好者はかっこ悪い呼び方で呼んだ方がいい」という意図の元に作られた蔑称です。パチンコについても「健全文化的遊戯」などと欺瞞的な賞美をする勢力資本メディアがあったからです。

ギャンブルには元々他のことを忘れてのめりこませて生活すら破壊する性質がありますが、ましてパチンコスロット生理的な反応と射幸心を操り中毒のように機械の前に座り続けさせるように研究・開発されている悪質な産業です。


発端となった「生活保護を抜け出したい」というブログ自称メンヘラ無職31歳氏も20代の頃にパチンコスロットにはまって心身がボロボロになった末に300万円の借金を背負い家族からまれ生活保護受給者に落ちたという経歴を語っています

彼の思考はかなり他罰的で自身を取り巻くさまざまなもの非難家族のことも憎む一方でパチンコスロットには非難を向けません。未だに生活保護受給者にもパチンコぐらいは認めてあげて欲しい」などと言っています客観的にどう見たって彼の転落の主因はパチンコ産業の様々な悪にあるにもかかわらず、です。


パチンコは巨大資本による美化・自己正当化・賞美を繰り返す悪質な産業であり、その餌食になった被害者達までその問題に向き合えず、パチンコ中毒自分批判することがで傷、健康的で文化的な最低限の生活」の娯楽にパチンコが入るなどという妄言を繰り返しているのです。

そのような美化と糊塗に対抗するために「パチンカス」という蔑称が作られています。「いじめ、かっこわるい」のスローガンとかわりません。まず自分がやってるのはかっこわるいこと、自分自身を害するうえに親しい周囲にも迷惑をかけ悲しませる行為であることを自覚してもらう。そのために「パチンカス」というのです。

生活保護映画飲食ゲーム読書を楽しむのはよいことです。存分にやればいい。しかパチンコを打つ権利などありません。


覚醒剤愛好者は断じてかっこいい呼び方など認めず「シャブ中」「ポン中」と呼ぶべきなのと一緒です。落ちるところまで落ちたポン中からこそ更生が始まるのではないですか。かっこいいんだ、そのままでいいんだ、と許す風潮があれば深みにはまる一方です。(大麻文化を見ればわかる)

中毒から抜け出そうとする人を社会から排除せず支援すべきです。しか自己肯定しようとする中毒者のことは断じてパチンカス」「ポン中」でよいのです。

2018-01-09

日本語だとダメなのか

2人は共通の友人を通じて知り合ったというが、

まれも育ちもオーストラリア英語ペラペラ

一方、高校時代イギリス留学していて

英語ペラペラのため、英語が話せるという共通点

意気投合したようだが、同誌によると、

お泊まりもなく、まさに“さわやか交際”といったところのようだ。

英語が話せるということで意気投合とか意味がわかんね。

俺も日本語話せるけど、誰とも意気投合しない。

2018-01-05

なぜ女性は安い職業に走るのか

小6 なりたい職業

 

男の子

スポーツ選手  高い(低確率

研究者     並

ゲームクリエイター   並

医師      高い(低確率

教員      並

エンジニア   並

建築家     並

公務員     並

大工職人   低い

 

女の子

教員      並

保育士     低い

医師      高い(低確率

看護師     並

動物園遊園地 低い

パティシエ・パン屋 低い

薬剤師     並

獣医師     高い(低確率

漫画家・イラスト  低い(低確率

芸能人歌手モデル 並(低確率

 

なんでだろうなあ

 

男の子のなりたいものって「そんなのなれるわけ無いでしょ(難しいから)」

だけど

女の子のなりたいものって「そんなのなれるわけ無いでしょ(低賃金過ぎて)」

っていうイメージ

から金持ちマダムとかが割りとやってたりする

 

__

 

いくら稼げるかはもちろん男の子勘定に入ってないと思う

女性が好みそうな職種が安くなりがち現象って、割りと無視できないと思うんだけどな

 

__

 

なんか伸びたからもうちょいちゃんと見てみる

参考資料

http://berd.benesse.jp/berd/center/open/report/kodomoseikatu_data/2009/hon4_2_04.html

 

保育士薬剤師栄養士カウンセラー飼育員、理容師デザイナーファッション漫画家イラストレーターパティシエペットショップ

 

差分はここらへんかな

うーん

かに女性が多い現場→自ずと非正規が多くなる→低賃金化 みたいなことはあるのかもなあ

でもそれ以前に、飲食理容師デザイン・保育・アパレルなど、業界構造的に低賃金化しやす職業を好んでる気が

これらに何か共通点があるのか?

例えば「コンシューマー向け」「組織力より個人技能」「生活の身近にある」「参入障壁が低い」「学歴があまり関係ない」とか?

もちろん女性のなりたい職業全体で見れば、医師とか獣医とかそういうのもあるけどね

anond:20180105094048

まー、普通に考えたら文化的共通点があまりない他国の人が自分たち文化に興味持ってくれたら嬉しいよね。

それを、人権派のやつらが黒塗り!差別!ってやってるのが現状だと思う。

着物イベントへの外人同士の抗議と似た感覚だよ。

2018-01-04

浜田ブラックフェイス民度尊厳を大切にする問題

ブラックフェイス問題への延髄反射で意見を書いてる人たちがあまりにも多くって、日本人民度も落ちたのかと嘆いてしまってます

今の時代というのは、対象とする人たちなどの尊厳を壊すようなことをすると、非難されることはしばしば起こりますよ。

たとえば、

はあちゅう問題典型的だし、保毛尾田保毛男ブラックフェイスでも同じだな。

また、先日Youtuberによる青木ヶ原探索での自殺者の映像アップロードした問題でも同じことが言える。

すべて共通することは、対象となったもの尊厳を大切にしてるのか?

ということです。それを踏みにじったために起こる論争なのです。

そこの共通点を見いだせない人たちにとっては欧米追随しろかわざわざ日本を蔑んだ考え方で自嘲してるように思えるが、

本質的なことに気がついてないように思えるだけにまたやらかすだろうなと思ってしまます

尊厳を大切にしないことは「ハラスメント」なのです。リスペクトは出来ない人であっても尊厳を大切にする方向に時代が動いてることに気が付かないと

前近代的な発想で取り残された人間

になります

お笑いについて補足すると、尊厳を踏みにじることで笑いを取ることしかできなかったのは、いじめ問題と密接に関係あると見てます

そこを大切にしない人たちの無神経さというのは、いろんな視点で物を見れないという自己中心的なことで生きてる証拠だと思ってますし、そんな人達が「空気を読め」というようなおかしなことを言ってるのだろう。

運命の人に会ったことある


俺は今まで2回会ってる と思われる

まず、趣味とか興味の対象とかが似てるの

価値観が似てて話が合う。

共通点とかもちらほらあってさ、ちょっとびっくりする感じの

まあここまでは良くあるし、普通恋愛に発展してくやつだよね

同性なら親友だよな

なんかどうすればいいんだろうな

話してくと分かるんだけど、人生における壮大な目標が多分同じなの

表現する言葉が違ったりするけど

普通関係なら5言ったら10わかったりするだろ?

それがな、1言ったら80わかる感じなのよ

お互いに

そこまで分かられたら恥ずかしいからやめてほしいけど、

相手理解したってことを口では1しか言わないか

もう無言

てかずっとポツポツ1言喋ってはお互いに頷いて会話成立してるやつ

何考えてるのか分かるやつ

で俺も相手も口下手なの

いちいちすげー遠回しに言うの

これが普通の恋なの?

みんな今の彼女とか奥さんとこういうやり取りして付き合ったりなんなりしてるの?

残念ながら俺の場合、どう転んでも付き合ったりはできない関係なんだけどな

2018-01-03

anond:20180103010627

童貞いじりがOK」というのが間違っているけどどちらも差別的感情によるものであったり、人格人権を傷つけるものであるという共通点があるから併せて議論する余地は十分あるよ

今の俺、ちょっとサンデル教授っぽくね?w

2017-12-30

anond:20171230133443

歴史生物も、自分から遠ければ遠いほど好き

今の自分生活から想像もつかないような、それでいて確かに身近な経験とも共通点がある、そんな話を見聞きしたいか

脊椎動物より無脊椎動物が好きだし、現生生物より古生物が好きだし、近代史より古代史が好き

2017-12-27

芸人セクハラ

芸人世界だとがっつり縦社会で、芸歴が上なら絶対に兄さん姉さんで、(内心はともかく)売れてる売れてないに関わらず上下関係がしっかりあって、

そういう中で女芸人て興味深いものがある。

芸歴が上なら普通に芸人が「おい〇〇なにやっとんじゃ」みたいに後輩の男芸人をなじったり。いやこれはこれでパワハラやんけという話にもなるけども、少なくとも性的気持ち悪い関係性は少なそうに見える。

そして男芸人側も女芸人に対して意識高めなとこがありそうで、女性から〜という部分はあるだけど決して女性を舐めてないというか、

ある種のリスペクトを持ちながら接してる人が多いようにも見える。

ベテランの歳いった人は逆にエグいくらいのがちらほらいそうだけど)

まあテレビバラエティではデブやブスを売りにする芸人、それをいじって「おいしくする」周りの芸人という構図はひとつパターンになっていて、職業としての割り切りはあるだろうし、そこに悲哀もあるのだけどそういのだけじゃなく、偽る事なくうまくいってる例もある。

例えばブルゾンちえみ最初に出てきた時こそ顔がすげえとか言われたけど、今の空気としてはオシャレな人というイメージもついてきた。

渡辺直美みたいに太っててかわいいみたいな、ポジティブ好感度で人気ある人もいるし。

ちなみにこの2人、セックスの話を比較的大らかに話しちゃうとこがあるという共通点もある。

この辺の人達セクハラへの意識とか、女性としての意見みたいなの、どう考えてるんだろう。けっこう芯を食った考え方を持ってるんじゃないかと気になる。

2017-12-25

全文パクリサイト発信者情報開示請求して1000万円請求した話

 「ブログ文章画像をパクったサイトを作られた! しかもググったら私のブログより上に出てくる!」といった話を見聞きするようになった。

 細々とブログ運営している私には対岸の火事と思っていたのだが、先日、私のブログパクリ被害を受けた。そこで泣き寝入りせず、逃げ得させない方針で対抗し、ある程度、成功を収めたので、個人情報などはぼかしつつ、その経験を共有したい。

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 私がパクリに気付いたのは、外出先で自分記事確認しようと、最新の記事タイトル検索した時のこと。検索一覧で、自分ブログのすぐ下に、見慣れない名前サイトが現れたのだ。「たまたま同じタイトル記事を書いた人がいるのかな?」と確認すると、文章画像も私のブログとまったく同じ。

 「パクられてる・・・

 血の気が引いた。パクリサイトを詳しく見ると、なぜか記事の筆者として私のIDが示されている。私のIDクリックすると、“私の記事一覧”なるページへ移動。そこには、これまで数カ月の私のブログパクリ記事が並んでいた。

 パクられていたのは私だけではない。パクリサイト最近投稿を見ると、数十もの異なったブログから記事をパクっていた。

 パクられているブログには共通点があった。それはブログ更新情報を伝える「RSS全文配信」という仕組みを使っているブログを利用していること。

 RSSブログなどを登録すると、記事更新があった時にすぐに伝えてもらえる仕組み。仕組み自体は便利なのだが、パクリサイトは伝えられた更新情報悪用し、即座に記事の内容をそのまま自動的パクリサイトにアップしていたのだ。「RSS全文配信」ではなく、「RSS一部配信」なら防げるのだが、例えば、このはてな匿名ダイアリーの親戚であるはてなブログではRSS全文配信しか選べないので、こうした被害を受けやすい。

 キュレーションサイト自称するそのパクリサイトには注意書きがあった。

 「リンクさせていただいた際には、運営者さまへご連絡させていただき、ご承諾いただいた上で当サイト運営しております。 万が一、こちらの不手際でご連絡差し上げておらず、ご承諾をいただいてないブログ運営者で、リンクを外してほしいとのご要望がございましたら、すみやかに誠心誠意対応させていただきますので、よろしくお願いいたします」

 何が“誠心誠意”だ、こんなパクリサイトへの転載を承諾しているわけがない。

 私と同じく記事をパクられていて、連絡先が分かった人に確認すると、やはり「まったく連絡はいただいておりません!」との返事がきた。つまり、この注意書きには、パクリ元に見つかったらミス言い逃れ第三者から通報も抑止しようという、悪質な意図が込められていることになる。

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 どうすればいいのか。

 パクリサイトには問い合わせページが用意されていたので、そこから連絡し、私のブログをパクったページを削除させるのは簡単だろう。しかし、それではパクリサイト運営で得た収入をなくせるわけではないし、私以外からパクった記事も削除されない。

 そこでWELQ問題の際、パクられた写真の利用料(賠償金)を請求した例にならうことにした。パクリサイト運営者が今までに得た収入を上回る利用料をとれれば、パクリサイト運営する動機消滅するのではないかと。

参考:キュレーションメディアに写真をパクられたので請求書を送って、18万円支払ってもらった(https://www.photo-yatra.tokyo/blog/archives/11079

 パクリサイトは1日1万5000ページビュー自称しており、Google Adsense広告を利用していた。Google Adsenseだと収入はざっくりページビュー10分の1円ほど、つまり1日1500円の収入パクリサイト過去記事を見ると数年運営していたので、100万円以上得ていると推測した。

 問題パクリ行為100万円以上請求する根拠であるほとんどのブログと同様、私のブログも「記事をパクったら●万円!」「写真は●万円で販売中」などとは示していない。また、パクられた写真すべてが「自分が完全に著作権を持っている写真」と自信を持って言えるかという問題もある。例えば、肖像権が含まれ人物写真ロゴキャラクター商品写真サイトキャプチャーゲームの1シーン、マンガコマなどは難しい。

 そこで発想を転換することにした。今までパクられた記事の利用料をとるのではなく、確実に私に著作権がある有料写真を大量に含んだ記事作成し、それをパクらせた上で利用料をとればいいのではないか、と。

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 さっそく外出して、公園や雲、植物など、権利侵害しない写真撮影。私が撮影した証拠にもなるよう、一部の写真には私のメールアドレスを書いた紙も写りこむようにした。一応、有料販売する体裁なので、ピンボケなどしないように気を遣い、できる限り良い写真を撮ることに努めた。

 こうして撮影した写真ブログ掲載していくのだが、注意すべきはブログサービス規約。例えば、はてなブログでは「記事内での直接販売」を禁じている。そのため、別の場所写真販売して、ブログではそれを紹介する形にしなければならない。

 個人でも写真販売できるサービスにはPIXTAやFotoliaなどがあるのだが、ほとんどは審査があり、料金も自分で決められない。

 そこでオススメなのがnote、「ノート投稿する」からイメージ」を選ぶと、好きな価格写真販売できるのだ。販売価格の上限は1万円だが、noteプレミアムに入ると5万円に引き上げられるので、加入して1枚5万円で50枚販売することにした(1カ月に200点以上または一時点において100点以上の商品新規出品する場合特定商取引法に基づく販売業者として連絡先を掲載しないといけないので注意)。

 次にブログ販売写真を大量に掲載して紹介するのだが、パクリサイト自動的パクる際、相手はどうせパクった記事をチェックしていないと予想されるので、さまざまな注意事項も書いておいた。

 「転載禁止」「転載を認めている媒体はない」「無断使用した場合、1枚につき使用料ペナルティとして倍額の10万円」 「不正使用とみなされる場合損害賠償を求めるなど法的な措置を講じる」「キャンペーンなど短期的な利用であっても同じ料金」などなど。

 写真のものにもPhotoshopで同様の文言を埋め込み、「(C)2017 (私のID)」と著作権表示も加えた。加工なしの写真掲載すると、パクった相手が「これは自分が撮った写真だ!」と逆に主張してきた際、オリジナル写真を示して自分が作者と証明できなくなるので、こうした文言は入れておいた方がいい。私の場合は、1つの写真につき、著作権表示のみの画像と注意事項も加えた画像の2種類、計100枚をブログ掲載した。

 「もしかすると気付かれてしまうかも・・・」と危惧していたのだが、数十分後にパクリサイト確認すると、無事(?)、私の写真紹介記事がパクられていた。ご丁寧に注意書きもそのまま転載されている。

 さっそく証拠確保のため、(1)ウェブ魚拓をとり(念のため「https://megalodon.jp/」「http://archive.is/」双方で)、(2)右クリックからページを保存、(3)右クリックからソースを表示してコピペして保存、(4)Google Chrome拡張のFull Page Screen Captureを使用してページ全体をキャプチャーさら一時的ミスと言いわけできないよう、1週間後にも同様の作業を行った。

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 完全に証拠を押さえたところで、利用料を請求する段であるパクリサイト運営者に連絡するには、問い合わせページを使う方法もあったのだが、より正式方法ドメイン登録者情報を調べて、そちらから連絡することにした。最終的に裁判で利用料を請求することになった場合相手名前や住所が必要になるからだ。

 ドメイン登録者情報の調べ方は簡単。例えばアスカネットワークサービスの「http://whois.ansi.co.jp」でパクリサイトURL検索するだけ。

 ・・・と思ったのだが検索した結果、「Registrar Abuse Contact Email(不正使用の際に連絡するメールアドレス)」として表示されたのは、GMOインターネットメールアドレス。これは個人情報を隠すため、GMOインターネットお名前.comというサービスを利用していた時に表示される。

 なのでGMOインターネット電話し、「著作権侵害され、利用料の請求書を送りたい」と伝えると、パクリサイトエックスサーバーというサーバー会社を利用していると教えてくれた。なお、ここでは著作権侵害の具体的内容を説明する必要はなく、パクリサイトこちらの動きが伝わることもない。

 次にエックスサーバーに連絡すると、パクリサイトエックスサーバー運用されていることは確認できたのだが、「発信者情報開示につきましては、プロバイダ責任制限法に基づき、書面にて発信者情報の開示請求をお送りいただいたもののみ対応いたしています」とのこと。まあ当たり前だ。

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 名前や住所、メールアドレスなど発信者情報の開示請求必要ものとして、エックスサーバーから指定されたのは次の3点。

(1)発信者情報開示請求書http://www.isplaw.jp/d_form.pdf

(2)印鑑証明書

(3)問題サイトから情報流出によって権利侵害されたとすることが確認できる資料(2部)

 (1)発信者情報開示請求書テンプレートがあるものの、自分用にカスタマイズしないといけないので若干面倒。テンプレートの「貴社・貴殿」「注」などをうっかり修正し忘れてしまい、何度か作り直すことになった。書き方は↓の記事を参考にさせてもらった。なお、「発信者に示したくない私の情報」として私の氏名を指定した。

参考:写真無断使用された時の発信者情報開示請求の仕方(http://tanaka-desu.com/puroseki-hassinsya-kaiji/

 (2)印鑑証明書役所で発行してもらえるのだが(350円)、そもそも印鑑登録しておかないといけない。シヤチハタ印は印鑑登録できないので、実印を持っていなければ制作に少なくとも数千円、数日みておく必要がある。

 (3)資料パクリサイトがパクった記事と、自分ブログのパクられた記事PDFで保存して、セブンイレブン印刷写真100枚が含まれ記事で、しかも各々のサイトを2部ずつ印刷したので、コピー代だけで2500円かかった。

 (1)~(3)の書類を合わせると数センチにもなったので、郵便局レターパックプラス(510円)で送付。この書類サーバー会社に届くとパクリサイト運営者に連絡がいくので、必ずここまでに証拠を固めておくことが大切。Twitterなど表で騒ぐのも厳禁、書類が届いてサーバー会社ログを保存する前に該当記事を削除されてしまうと開示は認められなくなるらしい。

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 書類を送った翌日、パクリサイトに変化が生じた。私のブログからパクった記事がすべて削除されたのだ。ただし、サイト自体は通常営業で、ほかの人の記事は全力でパクリ続けている。

 権利侵害根拠となる写真紹介記事が削除されたことで、「もしかすると発信者情報開示請求が通らなくなるかも」と心配したのだが、書類送付から2週間後、エックスサーバーから封書が届く。中を見ると、「発信者氏名」「発信者住所」「登録メールアドレス」が記されていた。

 さっそく登録メールアドレス宛に連絡。「発信者氏名」「発信者住所」が正しいか確認するとともに、該当記事を削除しているがウェブ魚拓証拠を示せること、写真100枚の転載料として10万円×100枚=1000万円を請求すること、そもそもどういう考えで運営しているか聞いてみたい、という内容にした。書き方は↓のサイト、およびネット写真を盗用された場合対処法を解説した『アサヒカメラ 2017年2月号』を参考にした。

参考:キュレーションメディアに写真をパクられたので請求書を送って、18万円支払ってもらった(https://www.photo-yatra.tokyo/blog/archives/11079

 すると、4時間後、すぐに相手から返信があった。謝罪言葉サイトを閉鎖したとのこと、ただし金額については妥当とは思えないところがあるという内容だった。

 この場合裁判金額を決めることになるのだが、そこまで進めるかどうかで悩んだ。同様のパクリサイトが生まれないようにするためにもパクリで高額の賠償金が発生することを判例として残すことは重要。私の主張が全面的に認められるかは分からないが、いろいろ調べた結果、ペナルティ部分は認められないかもしれないが、利用料部分は認められるのではないかと予想していた。

 しかし、相手個人可能性が高いこと、悪用が禁じられているとはい名前や住所といった個人情報が開示される罰則を受けていること、相手Google AdsenseIDなどで調べた結果たどりついた他のアフィリエイトサイトがあまり儲かっていないようにみえたこと(儲かっていたらこんなリスキーな手は使わない)、ほかにパクリサイト運営者がいる中、不幸にも私という当たり屋に追突してしまったのがちょっと気の毒に思えたこと、などからサイトを削除したことで良しとして、また何らかの権利侵害されない限り、請求は保留すると伝えた。ちなみにここまでは私の名前や住所は相手に伝えず進めていたのだが、請求書を送ったり、裁判に訴えたりするとなると、もちろん名前や住所を出す必要がある。

 そもそもRSS情報自動サイト転載する仕組みは、ネットに関する知識技術をそれなりに持っていないとできないこと。それだけの能力を持った人がパクリサイトに手を出した背景には、発覚した時の罰則が軽そうにみえたことがあっただろうが、この記事によって、その認識を変えられたらと思う。

 もし本当に悪い人が目を付けたなら、有料画像を大量に掲載し、パクらせることで、理論上、1億円でも10億円でも無限に、しか理屈が通った上で請求できるので、一発で破滅してしまう。

 今、パクリサイト運営しているならすぐに閉鎖した方がいいし、パクリサイト被害を受けている人がいるなら、ぜひこの方法で利用料を請求してほしい。私もまたパクられることがあれば、今度はしっかり利用料をもらうところまで進めるつもりだ。

 一応、著作権違反損害賠償請求時効3年で、しばらく悪いことはしにくいと思うので、相手の方にはこれを良い機会として、高い能力社会のために生かしてほしいと心から願っている。

2017-12-24

anond:20171223203237

家族のために何かしようって考えは立派なもんです。

いくつか共通点があって他人事じゃない気がしてくる。

anond:20171223203237

驚くほど増田共通点がある。

27歳、男性童貞双極性障害の診断歴あり。

完璧主義の面がある一方で、興味の対象が移ろいやすく、1つの物事を長期的に成し遂げることが困難だった。

この一文なんて自分で書いたのかと思ってしまった。

深淵を見るのは1人でだが、深淵を見ているのは1人ではないぜ!

anond:20171224105158

人間の行動原理を学ぶ材料はまず自分

自分の全てを理解すれば、人間理解が深まる。

所詮人間から共通点が多い。

ヘテロカップルを見るのが好き

具体的にいうと一緒にいるところを見るのが好きだ。

まあ、理由はろくでもなくて、単に男性側に感情移入できるからだが。

何の拍子にそう思うようになったかはなんとなく分かっていて、

片思い片思いのまま終わらせたあのときからそう思うようになったのだと思う。

勝手に好きになり、話したこともないのに夢の中で話をするなどし、

そんなこんなしている間に知人が彼女と付き合い、二人が本当に楽しそうにしているところを見て、後に夢の中で二人の子どもがいるところを見た。

つらかった。が、考えてみると目的は果たせていたのだ。

そもそも彼女が楽しそうにしているところを見るのが目的だった。

俺は叶えられなかったが、知人はそれを叶えてくれた。

知人と付き合っている彼女は本当に楽しそうで、これが見たかったのだと、勝手に悶えるなどしていた。

他のカップルに目を向けてみる。

これまた最高だった。喜んでいるのは赤の他人なのに、こうも嬉しいことがあるものなのか。

そんなこんなしてのめりこんでいった。のだと思う。

まあ、その場にいたら見るぐらいで、追ったりするほどではないが。

自分が見るカップルには共通点がある。

男性側がうまくやっているのだ。

付き合っている彼女に対して俺にはできない良い反応をしている。

女性エスコートする側だろうと、女性エスコートされる側だろうと、いずれでもなくてもだ。

まず女性と付き合って街を歩ける男性最初剪定しているのだから、まあこうなる。

見るそれはまるで人生RTAのようで、けれど俺は何も努力をしていないのだ。

楽しい部分だけを労力を経ずに味わっている。

盗人のようで、ほんとうにろくでもない。

こんなだから付き合えないんだと思う。

だが、それとは関係なく、どうか、うまくやってほしいと願っている。

どうか、今日も存分に楽しんでいてほしい。

はあちゅうとガソリー問題共通点

結局ダブスタがだめなんだろ。

ガソリーヌが敵政党議員不倫したときは鬼の首を取ったように不倫は悪と騒ぎ立てたのに、自分不倫報道をされるとだんまりというダブルスタンダードで叩かれた。

はあちゅう構造は同じ。セクハラだめを貫くなら、男女双方に対して性的不快感を与える言動は控えるべきだし、セクハラOKを貫くなら、自身性的不快感を受けることがあっても耐えるべきだし。

2017-12-22

はあちゅう氏は倫理観他人の真似だからあの謝罪になる

人として備わってる筈の、倫理観ってもの他人の真似だから、今回の反応になるように思う。

ちょっと発達障害もちの人間との親和性が高いので、書いていく。

はあちゅう氏が発達障害もちだと断定している訳でもなく、単純に共通点として読んで欲しい)

それと私はASDADHD混合型。記憶領域問題があり、物事の流れを組立てたり、順序立てて説明出来ないので

読みにくいかも。申し訳ない。

前提としてアスペルガーは、健常者と違って倫理観が身に付きにくい。

健常者ならば倫理観と心情が結び付きやすいのだろうけど、そもそも感じ方が違うアスペルガーである

子供のころから「なんで友達と一緒のことが出来ないんだ」と言われているので、人から”怒られた”ことを

基準に”他人はこういう事で悲しいと感じたり嫌だと思う”と経験している。

それと自分には関わりあいがない事でも、周りの人間が怒ってたりすることを、”いけないこと”と判断する。

なので繰り返し他人から、怒られ、不快を訴えられるため、自分感情基準にはせず、”他人倫理観”を基準

物事判断するくせがつく。健常者と違い、子供のころから自分のやることの大半が、”おかしい”と指摘され続ける。

正直人格否定に等しいことを常に要求されるので、かなり苦痛だ。

自分が好ましいとか、必要に思っている人以外の苦言を聞く”余裕”がない。

なので指摘してくる対象者が、自分にとって有益人間かどうかで選別するようになってくる。

たとえば会社自由気ままに振舞える人間をみつけて、その人がなぜ自由でいられるのか処世術習得するのに近づく。

社会的立場”があり、”周囲から認められている人間”の発言を、鵜吞みにする。

成功”していて”周囲に人が必ず集まっている”ことが判断基準だ。

個人には興味がないが、コミュニティには憧れがあり、所属していることに執着する人が多い。

なぜかというとコミュニティ所属したいタイプアスペルガーは、つまはじきにされることにトラウマがあり

自分のまわりに人を集めるために、地位を獲得したり、場を作ったりして他人の注意を惹こうとすることで

自尊心を満たそうとするからだ。

前提として”一生嫌われ続ける人間”のため、”好かれる”ことや”羨望を集める”ために人生を捧げるひとも多い。

上記のため、強者人間価値基準や怒られたことが、”倫理観”の前提になる。

これはアスペルガー人間か生きていくための、切実な”基準”だ。

自分気持ちを見なかったことにしたり、否定し続けた上に成り立ったものからだ。

怒られるたびに、傷つきながら手に入れてきたものだ。

簡単には手放せないし、生きていく基盤だ。

違うと言われれば、足元が崩れるような不安にも襲われる。

からはあちゅう氏が、”自分の周り”では童貞は”ステータス”であり、人を不快にさせるつもりでは

なかったと書いたことに、とても共感したし同情もした。

彼女がせっせと積み上げてきた”倫理観”が、一部の人の為のものだったことだったからだ。

とても困惑していることが伝わってくる。

改めて書くが、はあちゅう氏は発達障害ではないと思う。

謝罪に抵抗があるアスペルガーの人が多いのだが、岸氏に差し出した友人に謝罪出来て

連絡を取り合っているからだ。

そうゆう訳で一生嫌われることを課された人間から、言えることは

今後は

強者のみで集まっていないコミュニティ複数持つ」

ぐらいだ。

不特定多数に苦言を言われ怒られるのもしんどいだろうし、

今は受け止める余裕もないし、有益かどうか選別も出来ないだろう。

どんまい!はあちゅう氏。

岸氏のことを告発した貴方は素晴らしいし、応援している人も多い。

それに貴方舞台から降りれば、不特定多数嫌われ者あつかいされることは無いだろう。

いつだって降りてもいいのだ。

そのうえで、先日亡くなった野村幸子氏のように、憎まれっ子世にはばかる体現して

ネットを賑わせてほしい。



この文章個人的経験によるアスペルガー特性の一部であり、うまくできているひとも

いれば、もっとうまく出来ない人もいる。というか個人感覚なので、全般に当てはまらない

ことを改めて書いておく。というか、アスペルガー全員に当てはめないで欲しい。

2017-12-17

バカあいだで完全に「カドカワがタツキ監督を外した」が事実になっていてびっくり

https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R5G9AUGS1HDVC/

レビューと言っても大塚英志が言ってることをそのまま引き写してるだけ。

まとめサイトを見て「カドカワひどい!」と憤り、大塚英志を読んで「これがカドカワの正体!」と吹き上がる。

すべて受け売り

まったく自分の頭で考えてない。

いや、二つの物事共通点を頑張って探すのが「思考」だと思っているんだろうな。

これで教養だのなんだの言っているんだから呆れる。

2017-12-14

ブログを続けられない人にありがちな3つの共通点とは?続けるコツを考える

inoue311です

ブログを続けたいけれど、なかなか続けられない人はたくさんいます

私が知る限り、とくにあまり文章を書くことが好きでもなければ、嫌いでもない人は続かない傾向があります

ブログを続けられない人にありがちな共通点からブログを続けるコツを考えていきましょう。

ブログを続けられない人の共通点




ブログを続けられない人の共通点は主に3つ。


  • ブログに飽きた
  • 書くのが面倒くさい
  • 他に興味のあることができた



当たり前ですが、ブログ続けられないからといっても人間失格にはなりません。

しろブログの他に興味のあることができるのは素晴らしいこと。飽きるのも人間ですから当然ですし、面倒くさいと思うのもわかります

けれども、何のためにブログを始めたのでしょうか。

ブログを始める理由は人それぞれですが、その多くはブログを通して人生を楽しく過ごしたい気持ちは少なからずあったはず。

ブログ収入を得たり、ブログを通して出会いが欲しいと思う人もいるでしょう。初心忘るべからずですが、ブログを書き始めた日のことを思い出すのもまたいいものです。


ブログを続けるコツは気楽に書くこと




このスキルアップブログでもよく書いていることですが、ブログを続けるコツは気楽に書くことです。

これ以上のものはありませんが、気楽に書くことを理解するためにもやはりブログを書き続けなければなりません。

日によっては本当に書くのがイヤな時もあるでしょう。

何のためにブログを書いているのかがわからなくなる時もあります私自身もそのような時期がありましたし、それでも今こうしてブログを続けていることを誇りに感じては日々書いています

このような感じで自画自賛ブログを書いていけばいいのです。内容などは二の次。一人でも読んで頂いている方がいる限り、ブログを書くことを楽しめばいいのです。


ブログを書くことはストレス解消になる




ある程度の域までくれば、ブログを書くことはストレス解消になります

もちろん、慣れない間はブログを書くこと自体ストレスに感じるかもしれません。それでも、ブログを何のために始めたのかを理解すれば、そのストレスもまたブログネタになります

ブログに書く内容がない時は、そのような状況を書けばいいのです。毎回面白いブログ記事を書ける人はいませんし、面白いかどうかは人それぞれの価値観ですからね。

とにかくブログを続けられない人は、もっと気楽にブログを楽しむことから始めたいものです。

ブログを書くことがストレス解消になれば、これほど続けられるコツはありません。


ブログを続けられない人にありがちな3つの共通点とは?続けるコツを考えるのまとめ




とにかくブログを続けられない人は、なぜブログを書きたくないのかをブログに書くのもいいですね。

少し荒療治にもなりますが、本気でブログを書きたくない人はこのブログ記事最後まで読んでいません。

からこそ、ブログを続けられない心境をブログネタにすればいいのです。

ブログネタルールはありませんし、誹謗中傷・噓以外なら好きなことを書けばいいのがブログ

書いているうちに心地よくなればしめたもの。真のブロガーブログを書くことを呼吸と同じような感じに書きます

別にその領域に達する必要はありませんが、呼吸する感覚で気楽にブログも書けばいいということです。

2017-12-13

anond:20171213201310

京セラDigno M(KYL22)だけど、同じ症状だよ。



君たちとの共通点は、エッチサイトを見たくらいだな。

2017-12-11

似非科学に関して青春時代の思い出を交えた個人的考察

 似非科学というのはいつの時代もなくならないものだ。パッと思いつく例だけでも、血液型性格診断ゲーム脳環境ホルモン水素水マイナスイオン、等々、枚挙に暇がない。多くはマスコミによって支持され、テレビ番組特集が組まれ、その科学的根拠あいまいにも拘らず世間に流布されて浸透する。テレビ番組などはあたかもその説を「検証」しているかのような映像を作り、怪しい肩書専門家コメントを添える。視聴者の多くはなんとなく「科学的に証明されている説なんだ」と信じ込み、疑問を持つことなく受け入れてしまう。一億総白痴化社会の完成である最近ネット上で多くの意見を比べて読むことができるので、情報収集能力の高い人たちはそこまで騙されやすくないとは思うが、未だテレビ新聞が主な情報源である人たちにとっては、上述の似非科学が今でも信じていることが多い。特に血液型性格診断などは、宗教のように信じ込んでしまっている人も相当数いるだろう。

 私も子供の頃はこれらの似非化学に騙されやす人間だった。最近ほとんど見ないが、昔はテレビが娯楽の中心だったこともあり、夕食時などはよく見ていたものである特に捏造問題で打ち切られた「発掘あるある大事典」などは、親が好きだったこともあって毎週見ていた。その中で血液型性格診断特集を何度か行っていたことは、今でも何となく覚えている。番組の中で「数名の幼稚園児を血液型別に分類してその行動を観察する」という検証が行われており、ものの見事にその血液型の特徴が行動として現れていた。見ていた私は「やっぱり血液型性格には関係があるんだなー」とぼんやりと納得していたが、今になって思い返してみれば数名の幼稚園児の行動で結論を出すのは早急すぎるし、番組が「○型かつ××な性格」の幼稚園児を数名集めることな造作もないことだし、そもそも集められた幼稚園児の血液型が本当に表示通りだと証明する根拠は何も無い。極めつけはあの「あるある」である。そういえば「あるある」マイナスイオン特集も何度かやっていた記憶がある。まあ、放送内容の真偽を検証するのは今となっては不可能に近いことだからやめておくにしても、心理学会において血液型性格判断の真偽は何度も検証されており、いずれも関連性を肯定するものがないことから、かの理論が出鱈目であることは疑いようがないだろう。

 しかし、科学価値は小指の爪の垢ほどもない血液型性格診断であるが、この似非化学が私に教えてくれたことが二つある。それは「人間客観的事実よりも自分が信じたいものを信じる」ということと「何かを信じ込んでいる人間を説得しようという試みは大抵徒労に終わる」ということだ。付け足すなら、当時私はまだ純粋ティーンエイジャーだったので、「大人は平気でうそをつく」ということも学んだと言えよう。

 私が初めて血液型性格診断反証する意見に触れたのは、中学二年生のことだったと記憶している。当時別段読書が好きでもない(むしろ嫌い)だった私が、たまたま休み時間図書館に立ち寄り、ふと目に留まった一冊の本を手に取ったのがきっかけだった。それは村上宣寛という方の著書『「心理テスト」はウソでした。受けたみんなが馬鹿を見た』(2005、日経ビジネス)という本である。新作であったこの本は本棚の上に表紙が見えるように立てられており、そのセンセーショナルタイトルに興味を惹かれたのを覚えている。

 10年以上前に読んだものであるためにうろ覚えな部分もあるが、本の内容は大きく2つに分かれていた。前半が血液型性格診断への反論、後半はまた別の心理テストへの反論が主であった(後半の内容は忘れた)。本文の中で、今日血液型性格診断の源流である能見正比古氏の著書をけちょんけちょんに貶し、また血液型性格診断のような「占い」を人に信じ込ませるための心理テクニックであるバーナム効果」についても詳しく説明があったと記憶している。

 当然、本の内容は著者の考えであり、本の内容が絶対的事実であるとは(今となっては)思わない。しかしこの本の内容は、血液型性格診断科学的根拠のある学説だと何となく思い込んでいた私にとっては、とても衝撃的な物であった。血液型性格診断のものというより、これまで固定観念的に信じ込んでいた常識が、脆くも崩れ去った瞬間で、まさしく目から鱗であった。活字嫌いな私が、数日図書館に通って本を読んだのは、(マンガ喫茶を除けば)後にも先にもこの時だけであろう。「借りて読めよ」と言われるかもしれないが、当時の学校図書館ルールで、新作は借りれなかったのである

 新しい知識を得たら人に言いふらしたくなるのが能のないアホウドリの常である。当時は全盛期こそ過ぎたものの、血液型性格診断世間一般根付いており、それを否定する論調は(少なくとも大手メディアでは)ほとんど存在していなかった。要するに「他の誰も知らないことを自分けが知っている」ような状況だったのだ。腕のケガだと偽って毎日手に包帯を巻いて通学していたリアル中二病の私にとって、これほどドヤれる材料は無い。とは言え、何の脈絡もなく血液型性格診断の話をするのも変である。友人との会話の中で血液型の話が出てくるのを待ち、出てきた瞬間にこれでもかと否定する。それによって「頭が良い奴」と思われて皆からちやほやされる。正に完璧計画だった。

 ところが、実際に反論してみたところ、いずれもあまり芳しくない結果に終わってしまった。どや顔血液型性格診断否定しても、「でも何となく合ってる気がするし…」と、決まって歯切れの悪い反応しか返って来ないのである挙句教師からも「屁理屈ばっかりこねるな」と言われる始末。今となってはどちらが屁理屈なんだと思わざるを得ないが、確かに思い返してみれば、血液型の話でわいわい盛り上がっている時に、キモいデブどや顔否定して来たら、場が白けてしまうのは明白だろう。要するに私の敗因は、イケメンではなかったこである

 冗談はさておくにしても、それ以降、私は血液型性格診断の話が出てきた時、余程仲の良い間柄でなければ、ニコニコして受け流すようにした。まさに2017年現在でも血液型性格診断肯定論者の方が言うところの、「否定する奴はモテない」という説を支持する対応であった。情けないとは思うが、当時ただでさえ友達が少なく、これ以上周りから孤立するようなことは避けたかった私を責めることなど出来るだろうか。ちなみに今は目上の人でなければそれとなく否定している。相変わらずチキンであった。まあ、事実事実として、TPOに合った会話合わせというのは必要だと思っている。

 そこで私が学んだことが、先の「人間客観的事実よりも自分が信じたいものを信じる」「何かを信じ込んでいる人間を説得しようという試みは大抵徒労に終わる」の二つだ。血液型性格診断を信じている人に、上述の心理学会の話や、バーナム効果の話をしても、決まって返ってくる言葉は「でも何となく当たってる気がする」「私の周りでは当たっている」と言ったものだ。査読のある学術誌に投稿された数千人規模の調査結果よりも、自分の身の周りの数名の事例を優先するのである。当然その事例には得てして強い確証バイアスが掛かっているのだが、本人はそれに気付くことができない。「客観的事実よりも自分が信じたいことを信じる」典型である

 これは、似非化学に限らず社会の中のあらゆる現象に対して言えることである。例えば昨今、「若者の○○離れ」という言葉をよく耳にする。○○の中には、テレビ新聞、車、バイク、酒、読書など、ありとあらゆるものが入り得る。そして、その原因は大抵若者帰着させることが多い。「最近の若者は人との関係希薄から酒を飲みながらのコミュニケーションをしないのだ」とか、「世間政治に対して無関心だからテレビ新聞を見ないのだ」とか、とりあえず若者悪者にするような結論が多いが、決して「社会の変化によってニーズも変容し、製品価値相対的に下がった、すなわち製品自体時代の変化に追いつけなくなったのだ」といったような、自らに責任帰着させることは決して言わない。やはり自分が信じたいことしか信じていないのである

 また、血液型性格診断を信じている人の共通点として、否定しようとすればするほど攻撃的になって反論するというものがある。先の中学生の時の教師がその典型例だろう。理論的な反論が出来なくなると「屁理屈をこねるな」と論点をずらして逃げるのである。「否定する奴はモテない」というのも同様で、血液型性格診断の真偽について反論しているのに、「モテるモテない」の話にすり替えさら相手を「お前は場の空気の読めないモテない人間だ」と罵倒しているのである。そうなってしまうと、もはや冷静な会話は成り立たない。こちらがいくら事実を述べても、返って来るのは罵倒だけであり、最終的に相手が逃げてしまうのである。そこに残るのは無駄時間の浪費と徒労感だけで、何ら生産性のない労力を費やされることになる。

 こちらもやはり社会全般で言えることだ。例えば「若者犯罪ゲームアニメによる影響だ」などの持論を展開する人に、「若年層の犯罪率は年々下がり続けており、反対にゲームアニメ市場は伸び続けている。」と反論しても、恐らくその後は謂れなき若者批判罵倒くらいしか返って来ないだろう。論理的反論を受け入れられない人間にとっては、実は事実などどうでも良く、会話を勝ち負けを決める手段としてしか考えていない。そして自分が負けるのが嫌だから最後子供のような罵倒に終始し、逃げてしまうのである。こういった手合いは、「自分の非を素直に認められない」ことも共通点と言えるだろう。人間であれば誰しも少なから負けず嫌いな側面は持っているが、この手の人間特にその傾向が強い(と何の統計的データもなく私の主観でそう思っている)。

 似非科学のような嘘を信じ込んでいる人は、宗教信者に近い。もちろん宗教否定している訳ではない。宗教というものは、「事実か否かを証明する術がない」にもかかわらず、「否定は許されない」というのが特徴である。これ自体別に悪いことではなく、「鰯の頭も信心から」と言うように、それを信じることによって本人の精神的支えとなるのであれば、それで良いと個人的には思っている。客観的証明できなかったとしても、個人の中で信じていれば問題はないのである。ただし行き過ぎると他者に対する不寛容に繋がり、戦争弾圧に容易に発展してしまうため、注意は必要である仏陀キリストと「顔を描いてはいけないあの人」の誰が一番偉いかというような論争は、決して行ってはならないのである(仏陀キリストが同じアパートの一室で生活しているマンガはあるが)。

 「宗教」と「似非科学」の明確な違いは、前者は「事実かどうかわからない(事実であることに重きを置いていない)」のに対し、後者はそれが「明確な嘘」だということである。明確な嘘を流布すれば、社会に対して損害が生まれる。血液型性格診断であれば、近年問題になっている「ブラハラ」なる差別を生じる。ゲーム脳であれば、本来何も悪くないゲーム会社風評被害を受ける。水素水であれば、医学的根拠のないただの水を健康に良いと信じ込んで高額な値段で買わされる消費者が現れる。そして、損をする人の裏側では、他者を騙して得をする悪人存在しているのである。大抵は嘘っぱちの本を書いた奴とその取り巻きだ。

 だからこそ似非化学は撲滅しなければならないし、似非化学の考案者やそれを流布するメディア批判されなければならない。日本表現の自由保障されているから何を言おうと自由であるが、それはあくま公序良俗に反しないことが前提であり、嘘によって不正利益を得るのは詐欺である表現に対して批判を行う自由もあるのだから客観的に見て明らかに事実と異なる論説に対しては、毅然とした態度で批判すべきである

 そして、一般消費者である我々は、常にその情報事実であるか否かを見極める努力が求められる。媒体を問わずメディアは平気で嘘をつく。他人に言われたままのことを信じる人間は、その情報が誤りであった場合他人責任を求めがちである。何が正しいか自分判断し、自分責任において選択する力こそが、情報化社会を生き抜くために必要スキルと言えるのではないだろうか。

 似非科学流行は、社会におけるメディアリテラシー成熟度合いの指標と言えるかもしれない。

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