はてなキーワード: 福田康夫とは
何やったのか当時の反応を含め記憶が曖昧なので内閣支持率を元にトピックスを書きだしたやつ。
去年の8月にも書いたが最近の岸田内閣で支持率の変動があったので追記。
前月と比較して7%以上内閣支持率の増減があったときのみ書き出した。
最初は5%増減で書こうとしたけど時事を調べるのが面倒で無理だった。
トピックス以外の雰囲気を掴む為、次のようなものも合わせて記す。(適当に作った)
内閣支持率の出典
何やったのか当時の反応を含め記憶が曖昧なので内閣支持率を元にトピックスを書きだした。
先月末に同様の記事を書いたが今月大幅に支持率が下がったので追記して記載。
前月と比較して7%以上内閣支持率の増減があったときのみ書き出した。
最初は5%増減で書こうとしたけど時事を調べるのが面倒で無理だった。
トピックス以外の雰囲気を掴む為、次のようなものも合わせて記す。(適当に作った)
内閣支持率の出典
何やったのか当時の反応を含め記憶が曖昧なので内閣支持率を元にトピックスを書きだした。
前月と比較して7%以上内閣支持率の増減があったときのみ書き出した。
最初は5%増減で書こうとしたけど時事を調べるのが面倒で無理だった。
トピックス以外の雰囲気を掴む為、次のようなものも合わせて記す。(適当に作った)
内閣支持率の出典
便乗して言いたくなったので書くやで。
急病・急死が気の毒だったし、なんとなくもうちょい総理やってほしかったなー、という思い出。
たまたまインタビュー記事とか読んだことあるし、森さんに接した人が口をそろえて
「個人としては面倒見が良くて良い人」
みたいなことを言っていたので、そうなんだろうな、という感じ。
ただ、いくらなんでも総理としてテレビカメラ前で言ってはいけないことがあるよね。
なんか失点があると国民感情的にすぐ総理変えろって雰囲気になってた気がする。
今にして思えばメディアのネガキャンがまだ大いに機能していた気もする。
カッコ良かったし選挙に鬼強かったしなんとなく好きだった。
すごい右からもすごい左からもめっちゃ嫌われていたが中道というか国民全般にはけっこう好かれていたと思う。
自民党本体をもっと改革したかったんだろうけど、そこにたどり着くまでに本人のモチベが無くなっちゃったイメージ。
余談として、総理辞めた後、東日本大震災後の妄言の数々にはガッカリさせられた。
小泉さんが中途半端に自民党をぶっ壊しちゃったせいで誰がやってもキツかったと思う。そこは同情する。
この頃からネットがそれなりに普及したせいか? 総理や閣僚の失言がめっちゃ取沙汰されるようになった思い出。
森さんみたいにテレビカメラ前で言うのは言語道断であるが、そうじゃなくて、支持者向けの講演会みたいなとこで喋った話がネットに出回るようになって、メディアにも取り上げられるようになった感じ。
色んな失言自体はもちろんダメなんだけど、支持者向け講演会というどちらかと言えばクローズドだったはずの場での発言を切り取られる時代になったんだなー大変だなー、と思ったことを覚えている。
難病でとてもお気の毒ではあったが、病気を理由に退陣したのはめっちゃ言い訳くさくてイメージ悪かった。
何かしたっけ?
結局、この人も「総理としてテレビカメラ前でそれを言うのはアカンやろ」という感覚を最後まで持てなかったよね。
ボンボンでめっちゃ金持ちなせいか、庶民的な金銭感覚を持ってない、みたいな批判をめっちゃされていた思い出。
総理が庶民感覚を持っていてもそれはそれでおかしいが、庶民に寄り添おうみたいな姿勢はまったくなかった。
この頃の自民党には目に見えるというか国民感情を逆撫でするような失点があり過ぎて、政権交代に至った。
麻生さんというより自民党全体がぶっちゃけ緩んでいたと思うが、党首として麻生さんが緩ませた結果という気もする。
良い方向に日本を変えてほしい、自民党以外にやらせてみようという国民の期待を背負った鳩山さん。
ところが、就任数か月でもうコイツだめだろ……となったのに、何故か一部メディアがめっちゃ持ち上げていた思い出。
なんか麻生さんなら叩かれてるような金額の飯を食っていても鳩山さんは何故か叩かれていなかった。
この頃のメディアの報道姿勢からメディア不振に至ったインターネットの民も多いのではないだろうか。
なんだかんだ震災対応を頑張っていたとは思うが、専門家軽視? と言うのか、科学的にそれはアカンやろみたいなことがめっちゃ目立った。
今になって管さん意外とよくやってたよ的な評価をする人もいるが、やっぱ活動家気質というのか、国民の多数に何となく嫌われていたような。
自民党以外にやらせてみよ! ……やっぱアカンかったわ……と国民に思わせた張本人の一人。
民主党衰退の直接的原因だと思う。
鳩山さんよりも菅さんよりもすごい実務家気質っぽい感じで淡々とやることをやっていたイメージ。
ただ民主党全体に対する不信感みたいなものがめっちゃ醸成されていたため、誰がやってももうダメだったと思う。
最後っ屁的に消費税増税して終わったが、実際何をしたかったのか。
どうせ辞めるなら増税してから辞めたろ! みたいなノリだったんだろうか。
アベノミクスのおかげで新卒就職がいきなりめっちゃ売り手市場になった思い出。
本人の言動や支持基盤的に左からめっちゃ嫌われていたが政策的には意外と中道左派系というか貧困層を救おうとしていた。
ただ長期政権化した弊害なのか、政権後半・末期になると色々と緩んでいたし、本人の口が滑るしご婦人も色々と総理夫人としてはアレだったし。
本人のやりたいことをめっちゃ実現していたのだが、総理としてはあまりにもテレビカメラ前で喋れなさ過ぎた。
辞める前後で「実はこんな感じでめっちゃ良い人」みたいなエピソードがやたら出てきた思い出。
ただ、総理と言えども(むしろ総理だからか?)テレビカメラ前で潜在的な支持者にアピールできなきゃそりゃ人気でないよね。
今後に期待したい。
自分の党派性はできるだけ抜きにして、当時世間でどのようなイメージだったかを思い出して書く。
第一印象はそんな感じだった。
実際には自民党の重鎮なのだが、しがないサラリーマンが何かの間違いで総理大臣にさせられてしまったような印象だった。
最初は「頼りない」というイメージが先行していたが、それが後半では「親しみやすい」に変化した。
当時人気だったコメディ番組『笑う犬の生活』で小渕総理を主役にしたコントがあり、その印象が強かったのかもしれない。
小渕総理が急死し、その後何だかよくわからない形で森喜朗が総理になった。
「このとき既に脳死していたのでは?」と思われていた病状の小渕総理からの遺言(?)で首相代理が決まり、密室で森喜朗が総理になったことで『簒奪者』という第一印象でスタートした。
森政権は最悪からスタートしたが、森喜朗は数々の失言さらにイメージを悪くしていった。
「日本は天皇を中心としている神の国」と発言し、世間をドン引きさせた。今でこそネトウヨはたくさんいるが、当時は圧倒的少数派だった。
「この人は何か変えてくれそう」というイメージがあった。
ITを「イット」と読んだ森喜朗と違い、この人はメルマガを配信していた(当時はそれが最先端だった)。
とにかく何か変えてくれるらしい。それは郵政民営化で実現するらしい。郵政民営化でなぜ世の中が良くなるのはよく分からなかった。
でも変えてくれるのなら何でも良かった。
だんだんと「こいつ中身空っぽなのでは…」という疑念が膨れ上がった。
郵政民営化としか言わないし、郵政民営化でなぜ世の中が良くなるのかよく分からない。
衆議院を解散し、郵政民営化に反対する議員を公認せず死角を差し向けるという大勝負に出た。
「こいつは男だ。勝負師だ。改革のためなら何でもやる奴だ」という印象で好感度がうなぎのぼりになった。
郵政民営化でなぜ世の中が良くなるのかは最後までよく分からなかった。
ハンサムで若々しかった小泉純一郎の後継は、もっと若い安倍晋三だった。
なんと祖父も総理で父親も自民幹事長というサラブレッドらしい。
このあと福田、麻生、鳩山と父/祖父が総理シリーズが続くので今となっては珍しくもないが、当時はポシティブなブランドだった。
大臣未経験→内閣副官房長官→内閣官房長官→総理大臣というヒラ議員から5年で総理就任という斬新な後継指名で新鮮味があった。
就任してすぐメッキが剥がれて「こいつ駄目じゃん」という空気になった。
ネット上では当時から既に統一教会との繋がりが叩かれ、『安倍壺三(統一教会は高価な壺を売る宗教だから)』というあだ名で呼ばれ、アスキーアートが2chに大量に貼られていた。
小泉政権で長く官房長官していた福田康夫は『執事キャラ』のようなイメージだった。
冷静沈着で淡々としたイメージで、無能を晒した前首相と違い安定感があった。
思ったより煽り耐性がなくキレてやめた。
国民の我慢の限界より、福田総理の我慢の限界のほうがはるかに早かった。
吉田茂という歴史の教科書にも載ってる大首相の孫で、その輝かしい経歴の割にはヤンチャなとこもあり、漫画も読むという親しみやすいイメージだった。
よくよく見るとただの口の悪いおっさんだった。
でも麻生太郎のイメージが悪化して退陣したというよりは、リーマンショックをどうにかして欲しいという思いがあり、それには政権交代が必要だと思っていた。
祖父が自民党の創設者で元総理という自民党のサラブレッドでありながら、民主党を率いて政権交代を成し遂げた鳩山由紀夫はスターだった。
世の中変えてくれるような期待があった。
なんか色々グダグダだった。
リベラル的な政策も、いろいろ頓挫することが多かった。まだ未熟な政党を与党にしてしまった。
野党だった頃に既に党首になり、いろいろあって党首の座を降りていたので最初から新鮮味はなかった。
「おいおいしっかりしてくれよ~」という場面が多々あったが、逃げ出さない姿勢はよかった。
震災から5ヶ月後の退任。誰が首相でも辞めるしかなかったと思う。
しかし「つたないながらも変えようとする民主党」というイメージからはかけ離れ、昭和の自民党の政治家のようなイメージだった。
この人は結局消費税を上げただけだった。
郵政民営化にこだわる小泉政権に感じた「その情熱はどこから来るの?」という印象に近いものを感じた。
ただ郵政民営化と違い、消費税の増税は「よく分からないけど、それで世の中が変わるなら試しに変えてみよう」と思えるようなテーマではなかった。
「この人途中で辞めた人じゃん。大丈夫なの?」という印象。
第一次安倍政権ではあんなに安倍首相を売国奴呼ばわりしていたネトウヨが手のひらを返して称賛しだした。
このころ既に世の中は右と左に分断されていたので、「世間はだいたいこんな感じに思っていたはず」という文章を書くことはもう出来ない。
左右の分断により評価は分かれていたが、「実務能力は抜群」「安倍政権はこの人のお陰で成立していた」という印象は左右両方にあったと思う。
「この人何もできないお爺ちゃんだったのか…」という衝撃を受けた。
安倍政権時代は意図的にコミュニケーションを遮断して記者会見をコントロールしているように見えていたが、実は単に受け答えができないだけだった。
森内閣から20年続いた自民党のタカ派総理の流れ(麻生太郎はもともと保守本流だが)を断ち切る、久しぶりの穏健保守の総理として「お、自民党も変わるのかな」という期待を少し匂わせた。
しかしその実態は安倍首相の操り人形の側面が強く、岸田文雄の押しの弱そうな印象も加わって、「大丈夫なのかな、この人」という不安も覗かせる。
山崎猛 - 第38代衆議院議長、運輸大臣、自民党幹事長、経済審議庁長官、水戸市長 明治39年卒
佐野学 - 戦前の日本共産党委員長、元早稲田大学教授 明治43年卒
与謝野馨 - 元通商産業大臣、元自民党政調会長、元経済財政担当大臣、元官房長官、元財務・金融担当大臣 昭和33年卒
佐藤観樹 - 元自治相、元国家公安委員会委員長 昭和35年卒
谷垣禎一 - 元自由民主党総裁、元金融再生委員会委員長、元国家公安委員会委員長・食品安全担当相、元財務相 昭和38年卒
丹羽雄哉 - 衆議院議員(自由民主党)、元厚生相 昭和38年卒
中川雅治 - 参議院議員(自由民主党)、元環境相、元環境事務次官 昭和40年卒
中川昭一 - 元経産相、元農水相、元財務・金融担当相 昭和47年卒
鈴木俊一 - 衆議院議員(自由民主党)、元五輪担当相、元環境相 昭和47年卒
・ギリ落とせそうな自民現職
→前回立憲の道下大樹に破れ比例復活。麻生の元秘書。IR関連で中国企業から賄賂受取疑いで捜査。麻生派。
・道下大樹 立民
野党一本化
→前回約2万票差で本多平直に勝利。IR関連で中国企業から賄賂受取疑いで捜査。麻生派。本多のロリコン発言で優勢か。
・本多平直 立民
野党一本化
・山岡達丸 立民
→階猛に連敗中。父が元共産党の地方議員。祖父母は無産運動家(反資本主義運動)。祖母の横田チエは初の女性岩手県議。
・階猛 立民
→細田派。丸川珠代と一緒に選択的夫婦別姓に反対する文書を送ったメンバー。
・岡本あき子 立民
野党一本化
公約に「宮崎駿(ジブリ)ワールドの実現」を掲げる。2017年には『ジブリワールド構想』を出版。
・鎌田さゆり 立民
野党一本化
・寺田学 立民
野党一本化
・緑川貴士 立民
野党一本化
→前回、立民の金子恵美に敗れ比例復活。過去に暴○団との交流も。
・金子恵美 立民
野党一本化
→前回、小熊慎司に約1000票差で勝利。対抗馬の小熊慎司は自民〜みんな〜維新〜民進〜希望〜国民〜立民の政界渡り鳥。
・小熊慎司 立民
野党一本化
→国士館大で神道学の修士〜自民党職員13年。前回浅野哲に僅差で勝利。
野党一本化
→麻生派。中村喜四郎に5連敗中。年々票差を縮めている。衆議院議員だった夫は郵政国会で賛成票を投じた後に自殺。後を継いだ。
文科族。原発ゼロの会。
・中村喜四郎 立民
野党一本化
→菅グループの3回生。夫婦別姓反対。対抗馬は立民の山川百合子(比例復活)
野党一本化
→前回大島敦に破れて比例復活。2006年に女性への暴行で起訴猶予処分。2015年、公設秘書が「逮捕監禁致死罪」で懲役6年の実刑判決を受けた人物であることが報じられた。(辞職済み)
・大島敦 立民
野党一本化
・森田俊和 立民
野党一本化
・田嶋要 立民
野党一本化
→安倍政権で復興大臣。竹下派。法務族。更生保護活動の環境整備や再犯防止などに取り組む。
・生方幸夫 立民
野党一本化
・本庄さとし 立民
→脱原発派。「自民党発!『原発のない国へ』」を出版。出版記念講演を水戸市で開催して、原発推進派の自民茨城県連が激怒。県連から二階に除名要請される。
・奥野総一郎 立民
→前回は海江田万里に僅差で敗れる。
・海江田万里 立民
→石原派。伸晃と良純の弟。前回は松原仁に僅差で勝利。松原は比例復活し、現在立民。
・松原仁 立民
→竹下派。防衛副大臣や安全保障委員長を務める。前回は手塚仁雄に僅差で勝利。
・手塚仁雄 立民
・たぶち正文 維新
→前回は立民の落合貴之に敗れ比例復活。叔父は福田康夫。衆議院財務金融委員長。
・落合貴之 立民
・山岸一生 立民
・南純 維新
→IR汚職事件の収賄罪で逮捕起訴。無罪を主張。離党したが二階派には所属のまま。
・柿沢未途 立民?
・小堤東 共産
→元経産副大臣。
・末松義規 立民
野党一本化
→小泉内閣で若くして金融担当大臣を務めるも、その後は石破派で干される。最近石破派を退会。
・山花郁夫 立民
→緊急事態宣言下に後輩2人連れてクラブへ。離党。麻生の側近。おそらく無所属で出馬し、自民は公認候補を出さず。
・篠原豪 立民
前回は浅尾慶一郎との保守分裂選挙になり、立民の早稲田夕季に敗れ比例復活。保守分裂予定。
・早稲田夕季 立民
→元財務官僚。財務副大臣、外務副大臣。選択的夫婦別姓や同性婚を党内で主張。
野党一本化
→元みんなの党。前回は江田憲司に敗れ比例復活。離婚後共同親権論者。
・江田憲司 立民
野党一本化
・阿部知子 立民
→ヤンキー先生。反日教組、表現規制推進、体罰肯定派、ジェンダーフリー教育反対。前回は後藤祐一に勝利。
・後藤祐一 立民
野党一本化
→前回は立民・西村智奈美に敗れる。秘書への暴行で略式起訴され離党。自民党は塚田一郎を公認。石崎は無所属で出馬予定。
・西村智奈美 立民
■新潟2区 細田健一(比例・細田派・当選3回)、鷲尾英一郎(二階派・当選5回)
→前回は鷲尾英一郎に敗れ、比例復活。二階派に入党した鷲尾英一郎も出馬予定。保守分裂選挙へ。
・たいらあやこ 共産
→前回は黒岩宇洋に50票差で敗れ比例復活。夫婦別姓反対、原発推進派。
・黒岩宇洋 立民
野党一本化
→世襲。夫婦別姓反対、安倍に靖国参拝を要請、東京裁判は不当だと主張。
・梅谷守 立民
政務官時代に被災地視察で長靴を忘れ、職員におんぶされる。おんぶ政務官として一躍有名に。
・下条みつ 立民
→前回希望の党で当選し、自民党に入党。立民は羽田元首相の甥を擁立予定。
・神津健 立民
野党一本化
→前回は中島克仁に敗れる。
元幹部自衛官。はんこ議連。押印を廃止した河野太郎をFacebookで批判。
・中島克仁 立民
野党一本化
→世襲3世。前回は今井雅人に僅差で勝利。今井は比例復活し、立民に所属。
・今井雅人 立民
・伯てつや 維新
・近藤和也 立民
野党一本化
・小山展弘 立民
野党一本化
→世襲。前回は細野豪志に敗れ、比例で繰り上げ当選。細野が二階派に入党したため、保守分裂選挙へ。
・小野のりかず 立民
→渡辺周に3連敗中。前回は数百票差僅差まで追い詰める。
・渡辺周 立民
野党一本化
→元文科大臣。緊急事態宣言中に浜松まつりに参加、100人規模のセミナーを開催、20人の会食に参加。
対抗馬は前回比例復活の源馬
・源馬謙太郎 立民
・ひらが高成 共産
→学生時代に女性教師を閉じ込め、爆竹を投下したことをサイトで自慢して炎上。
・吉田統彦 立民
→安倍に対して「辞めろ」とコールした聴衆を「共謀罪で逮捕すべし!」と求めるフェイスブック(FB)の投稿に対し、「いいね!」ボタンを押していた。
・牧義夫 立民
→税理士で、かつ総務省の政治資金適正化委員会に監査人登録しているにかかわらず、2019年まで4年連続で政治資金収支報告書を法定の期限までに提出していなかった。
前回はベテランの赤松に敗れたが、赤松は引退を表明。立民から赤松の元秘書が出馬予定。
・西川厚志 立民
野党一本化
・森本和義 立民
・すやま初美 共産
・伴野豊 立民
野党一本化
→菅内閣で経済産業副大臣兼内閣府副大臣。前回は岡本充功に勝利。岡本は比例復活。
・岡本充功 立民
引退する意向を示していたが、後継候補が決まらず、引退を撤回。
・古本伸一郎 立民
払った賽銭高かった、山の空気は清かった…原→高橋→加藤友→山本→清浦→加藤高
若い田んぼは幸せだ、若い犬は最高だ…若槻→田中義一→濱口→若槻→犬養→斎藤実
岡は広く、林が見える。近くに沼もあるからあんべ…岡田→広田→林→近衛→平沼→阿部
米国近くの東の磯の涼しい宮様…米内→近衛→東條→小磯→鈴木貫太郎→東久邇宮稔彦
シダはヨシ!休むのは片足でヨシ!…幣原→吉田→片山→芦田→吉田
隼人の国のサトウキビ、田中に三木あり福なきゃ大変!鈴木君を泣かそうね!…池田→佐藤→田中角栄→三木→福田赳夫→大平→鈴木善幸→中曽根
竹うかぶ、宮の細川、ハタムラに…竹下→宇野→海部→宮澤→細川→羽田→村山
橋のたもとの小さな渕で、森の泉にアッカンベー…橋本→小渕→森→小泉→安倍
ヤスオくん「あっそうだ!鳩に缶を詰めるノダ!あーべちょべちょっすなぁ」…福田康夫→麻生→鳩山由紀夫→菅直人→野田→安倍→菅義偉
名前 | 親 | 選挙区 | 当選 | 落選 | 落選率(選挙区落選率) |
---|---|---|---|---|---|
福田達夫 | 福田康夫 | 衆院群馬4区 | 3 | 0 | 0% |
小泉進次郎 | 小泉純一郎 | 衆院神奈川11区 | 4 | 0 | 0% |
小渕優子 | 小渕恵三 | 群馬5区 | 7 | 0 | 0% |
橋本岳 | 橋本龍太郎 | 衆院岡山4区 | 4(比例復活1) | 1 | 20%(40%) |
羽田雄一郎 | 羽田孜 | 参院長野 | 5 | 0 | 0% |
中曽根弘文 | 中曾根康弘 | 参院群馬 | 6 | 0 | 0% |
鈴木俊一 | 鈴木善幸 | 衆院岩手2区 | 9 | 1 | 10% |
福田康夫 | 福田赳夫 | 衆院群馬4区 | 7 | 0 | 0% |
高橋紀世子 | 三木武夫 | 参院徳島 | 1 | 0 | 0% |
田中真紀子 | 田中角栄 | 新潟5区 | 6 | 1 | 14.3% |
佐藤信二 | 佐藤栄作 | 参院全国区,山口2区 | 1,7(比例復活1) | 1 | 11.1%(22.2%) |
鳩山威一郎 | 鳩山一郎 | 参院全国区 | 3 | 0 | 0% |
https://www.asahi.com/articles/ASL9M5JD5L9MUEHF00C.html
「冷や飯を食わせるなとか言っている人たちがいるみたいですけど、覚悟が足りない。覚悟がない人に日本のかじ取りを任せるわけにはいかない」
安倍陣営の麻生太郎財務相は19日夜、秋葉原駅前での街頭演説でこう訴えました。石破陣営への批判です。政治家が権力闘争をやるからには「腹をくくれ」と言うのも一理あります。
ところが麻生氏は、自らが福田康夫氏との一騎打ちに敗れた2007年9月の総裁選を振り返り、こうも言いました。「『冷や飯を食う覚悟でついてくる人だけお願いします』と申し上げ、ついてきてもらった人が安倍晋三、中川昭一、菅義偉、甘利明。われわれは間違いなく残り1年間、まったく無役で終わった」
これは誇張を通り越して、ウソです。福田内閣で甘利氏は経済産業相に再任されました。08年8月に福田氏が内閣改造した際、当の麻生氏も党幹事長という「超要職」に就きました。
さすがに上手いこと言うなー、と思ったら
嘘でしたー
生まれ | 大雑把な世代 | 世代の近い総理大臣 | 1945年 (終戦) | 1954年 (高度成長開始) | 1973年 (安定成長開始) | 1986年 (バブル開始) | 1991年 (バブル崩壊) | 2018年 (現在) |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1925年 | 戦中派(20年代生まれ) 徴兵経験あり | 竹下登(1924) 宇野宗佑(1922) 村山富市(1924) | 20歳 | 29歳 | 48歳 | 61歳 | 66歳 | 93歳 |
1935年 | 昭和一桁世代(1927-1934年生まれ) 焼け跡世代(1935-45年生まれ) 徴兵経験なし | 海部俊樹(1931) 細川護熙(1938) 羽田孜(1935) 橋本龍太郎(1937) 小渕恵三(1937) 森喜朗(1937) 福田康夫(1936) | 10歳 | 19歳 | 38歳 | 51歳 | 56歳 | 83歳 |
1945年 | 全共闘世代(40年代生まれ) 団塊世代(40年代後半生まれ) | 小泉純一郎(1942) 麻生太郎(1940) 鳩山由紀夫(1947) 菅直人(1946) (小沢一郎・1942) (谷垣禎一・1945) | 9歳 | 28歳 | 41歳 | 46歳 | 73歳 | |
1955年 | しらけ世代(50年代生まれ) ポスト団塊(50年代前半生まれ) | 安倍晋三(1954) 野田佳彦(1957) (小池百合子・1952) (岡田克也・1953) (石破茂・1957) (岸田文雄・1957) | 18歳 | 31歳 | 36歳 | 63歳 | ||
1965年 | バブル世代(60年代後半生まれ) 新人類(60年代生まれ) オタク第一世代(60年代生まれ) | (前原誠司・1962) (河野太郎・1963) (枝野幸男・1964) (蓮舫・1967) | 8歳 | 21歳 | 26歳 | 53歳 | ||
1975年 | 氷河期世代(1970-83年生まれ) 団塊ジュニア(70年代前半生まれ) | 11歳 | 16歳 | 43歳 | ||||
1985年 | 氷河期世代とゆとり世代のちょうど隙間 | (小泉進次郎・1981) | 1歳 | 6歳 | 33歳 | |||
1995年 | ゆとり世代(1987-2003年生まれ) さとり世代(90年代生まれ) デジタルネイティブ | 23歳 |
下半分が寂しかったので民進党代表や次期首相候補と言われるような人も括弧書きで追加。
就職氷河期に関する補足→https://anond.hatelabo.jp/20180417161628
1985年をゆとり世代としていたのを修正→https://anond.hatelabo.jp/20180417163706
民主政権下で公文書の改竄事件があったという記録を引っ張り出してきて、アノニマスポストやら保守速報といったいつもの連中が「ブーメランwwwwww」と囃し立てている。
これらの悪質まとめサイトの言うことを真に受けるのは馬鹿のすることだが、公文書の改竄問題があったのは事実だ。
とはいえ、「同じ公文書改竄なんだから同じ対応をすればいい」なんて雑な考え方で良いわけがない。
といった点に検討を加えようと思う。もっとも、門外漢の私には知り得ない部分も多いので、想像が入り込んでしまうのはご容赦願いたい。
なお、現状、私は財務局の改竄はあったものだと思っている(厚生局の改竄は厚生省が認めているため確定している)ので、その前提に立って話をすすめる。
どうやら今日には政権側の調査結果が出てくるようなので、私のこのコタツ検証記事が妄言だったと確定するような、改竄がなかったことの確実な証拠を持ってきて欲しいものである。
さて、近畿財務局の改竄問題は連日騒がれているのでともかく、東北厚生局の改竄問題はネットの海を探してもなかなか出てこない。大半が右派系悪質ブログの記事に埋められている。
A: https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2901L_Z20C10A6CR0000/
が見つかった。
上の日経の記事は2007年に行われ、2010年に発覚した改竄、
下の毎日の記事は2010年に行われた改竄問題が取り上げられている。
つまり、東北厚生局は2007年と2010年に二回改竄をやらかしており、そのうちの一回が民主政権下だったということだ。
さて、この2つの改竄問題だが、どちらも「福島県郡山市の医療専門学校」に関するものだ。調べればすぐにどこか分かることだが、まあ学校名はこの際関係ないので触れないでおこう。
ちなみに、どちらも初報を飛ばしたのが毎日新聞のようだが、記事が残っていない。当時の記事が残っている日経が神に見えるぞファッキン毎日。
と思ったらこんな記事も見つけた。おそらく毎日新聞の当時の記事のコピーであろう。……まあ、コピペされた記事が改竄されてない保証はないが。
C: http://jcs2b5lboa.jugem.jp/?eid=57
Cの記事がこの中では一番古いもので、2010年6月15日付だ。これを受けて、厚労省が事実を認めた記事がAで、日付は2010年6月29日となっている。
Bの記事は2010年10月24日のもの。初報は20日だったようだが、残っていない。これを事件2とする。
以前(2004年ごろ?)から、問題の医療専門学校で授業時間の不足が学生や教員から指摘されていた。
再三の指摘を受けて、東北厚生局が2006年11月に調査を実施。
卒業生の男性が2007年6月に開示請求を行う。同年8月に開示。
一部黒塗りの資料が開示されたため、男性は2010年4月に再度の開示請求。いつ頃開示されたのかは定かでないが、おそらくニュースになる直前だろう。改めて開示された文章に、2007年の開示請求時にはなかった文章が存在するのが発覚した。
つまり、黒塗りではなく文章が消されていたものが、再度の請求では存在したため、2007年の公開文書に改竄があったことが発覚したという事件だ。
問題の医療専門学校を解雇され、不当解雇だと裁判を起こしている教員が2010年7月8日に東北厚生局へ資料請求
30日の決定期間延長後開示されず、教員が東北厚生局へ問い合わせを行う
東北厚生局からは「記載に間違いが見つかったので学校に訂正を求めている」と回答がある
2010年10月22日に東北厚生局から「先に開示した行政文書の一部に誤りがあった。改めて開示すべき文書を郵送する」との伝言があった。
「記載に間違いが見つかったので学校に訂正を求めている」って、「今改変してます」って言っちゃったのか……
そりゃバレるよ。バレない方がおかしいよ。
それはともあれ、事件1と事件2だが、共に同じ医療専門学校に関する資料であり、また改変箇所も授業時間の水増しなど共通する点が非常に多い。
つまりここから当然のごとく導かれる結論として、東北厚生局と問題の医療専門学校はズブズブの癒着関係であったと言えよう。
2007年の事件1と、2010年の事件2は地続きの事件なのである。
事件1は民主政権下で発覚したとは言え、改竄が行われたのは2007年8月。2007年9月に自民党総裁選が行われていて、福田康夫が新しく自民党総裁、総理大臣となった。改竄が行われたのはそれよりも前なので、その当時の総理大臣は、安倍晋三である。あれ?
改竄が行われた資料の調査が行われたのは2006年11月なので、その当時の総理大臣は……やっぱり安倍晋三である。
まあ、東北厚生局が安倍晋三の一声で動くって訳でも無いだろうし、安倍晋三が東北地方の学校と癒着しているなんて証拠もないので、この件に関してはなんとも言えないだろう。
とは言え、東北厚生局と問題の医療専門学校が癒着関係にあったことに関しては、橋本龍太郎の自社さ連立政権以来10年以上政権与党であった自民党に重大な責任があると言えよう。問題の医療専門学校を運営する学校法人の設立が1998年なので、癒着関係がそれより前から存在したこともない。
民主政権下で起きた行政による事件である以上、当時の民主党に責任がないとは言えない。
とは言え、民主政権に関しては、
1. そもそも東北厚生局と問題の医療専門学校の癒着が、自民党政権時代に培われた物であった
2. 民主政権が発足してから1年しか経っていない時点での出来事であった
という点を勘案すると、自民党時代の負の遺産を負わされた事件であったように見える。
民主党に落ち度があるとすれば、2010年6月の事件を受けて東北厚生局をきちんと内部調査し、不正を厳しく罰すべきだったということだろう。
この点に関しては擁護のしようがない。当時の民主党は手ぬるかった。政権担当能力に欠けていた。
しかしながら、上記の検証から、当時の東北厚生局の問題には、民主党政権の者が関わっている可能性は低く、それこそ官僚の独断、暴走であった可能性が高い。
森友学園の問題が報じられたのが2017年2月。1年と少し前だ。1年以上もやっているのかこれ……。
問題とされた点に関しては、いまさら振り返るのも面倒であるが、国有地の売却価格が評価額の14%であった、といった報道がなされた。
それ以来、「国会空転」「モリカケしかできない」などと揶揄されながら野党は政権批判を続け、途中で解散総選挙があったりなんだかんだで、今に至る。
政権の対応は徹頭徹尾「指摘には当たらない」「そのようなものは存在しない」といった話であったが、無いとされていた資料が途中から出てきたりもした。
改竄を行った主犯は誰なのか、また改竄が行われていたとして、森友学園を「特例」扱いしたのは誰なのか、と言った点に関しては今後の調査を待たねばならないが、この件に関して、現時点でも明確に分かる現政権の落ち度は、まさに「指摘には当たらない」で貫き通したことである。
疑惑が発生してから、現政権は調査の協力を拒み続けてきた。朝日新聞が掴めたネタを、真面目に調査して政権が掴めない訳がない。つまり、この一年間「国会空転」させ、「モリカケしか」やらない状態になったのは、正しく現政権の責任であり、重大な問題であると言える。
また、「指摘には当たらない」で矛先を逸し続けた戦略は、選挙結果に大きく影響を与えていると言える。
野党の主張を「言いがかり」とし、無能な野党 vs 有能な政権 を演出してきたが、蓋を開けて見れば言いがかりではなく、しかも政権が調査に協力すればもっと早く決着が付いていたということになる。野党が総辞職を求めるのには、一定の理があると私は思う。
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田中角栄はロッキード事件で総理大臣をやめた、と思っている若い人が案外多いけれど、それは間違い。
田中角栄が総理を辞任したのは1974年の11月の終わりごろだ。
時系列がおかしい。田中が辞任した時点では、ロッキード事件など、世の中の人は何も知らなかった。
『文芸春秋』が、立花隆の「田中角栄研究ーその金脈と人脈」と児玉隆也の「淋しき越山会の女王」というレポートを掲載し、金脈問題批判が沸き上がって退陣に追い込まれた、というのは、間違ってはいないのが、かならずしもすべてを説明したものではないと思う。
元祖「文春砲」は、確かに田中辞任のきっかけではあるけれども、もともとグラグラしていたからこそ、倒れたのである。
この時点での田中金脈問題というのは、あくまで「疑惑」や「倫理的問題」の集積であって、刑事事件に発展したわけでもない。
田中角栄が「金権政治家」であることくらい、当時の人々はみんな知っていた。
田中角栄も当然札束をばらまいていたにもかかわらず、自身もものすごい財産をつくっていた。
学歴のない「庶民宰相」で、とくに事業で成功していたわけにもかかわらず。
その跡地の一部は、今、公園になっているけれど、サッカーのグラウンドを緑がとりかこむ、たいそうな敷地面積である。
就任当時、田中内閣は支持率60パーセントを超え、当時としては最高記録だったという。
で、日中国交回復を成し遂げて、「決断と実行」を掲げた田中内閣はそれなりに支持されていた。
物価が急上昇するなかで、大蔵大臣が現職のまま急逝、後任の蔵相にライバルの福田赳夫(「あなたとは違うんです」の福田康夫の父)を起用するも、経済政策はうまくいかず、参院選ではタレント候補としてNHKアナウンサーの宮田輝を候補にしたり、金をばらまいたり、あの手この手をつくすも、選挙後の追加公認しなければ過半数を保てないほどの(55年体制の当時としては)大敗。
田中を見限った複数の政治家が内閣をさり、ガタガタになったところで、田中角栄を襲ったのが「文春砲」だったのである。
こうして考えてみるとオイルショックそのものは、田中角栄が起こしたわけではないのだけれど、その対応を適切に取れなかったことが、田中角栄が総理を追われた真の原因なのだろう。
なぜこんなことをつらつら思い出してみたかといえば、結局のところ、この国で選挙の結果を左右する要因というのは、さほど変わっていないのだよなあ、と思ったからだ。
たしかに、モリだのカケだので安部がお友達に便宜をはかったり、自らもなにか利益をえてるんじゃないのか?といわれれば、多分そうなんだろうけれど、そんなことより、日々の生活を左右する景気が大事だよ。
ま、リーマンショックとその後の不景気を民主党が直接つくったわけじゃないかもしれないが、ちゃんと対応できてなかったよ、あの人たち。
田中角栄の時代、インテリさんや社会党の人は「自衛隊は憲法違反だ!」って叫んでたけど、普通に自衛隊はあったし。
北朝鮮はいまみたいな危険な国とは思われてなかったけど、「自衛隊がしっかりしてないと、いずれ北海道にソ連が攻めてくる」っていってる大人はいっぱいいたし。