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はてなキーワード: 研鑽とは

2021-06-08

anond:20210608152346

「僕は階級社会研究してます!あっ東京ではメスブタ畜舎を出てる!セレブメスブタは働けるんだ!地方メスブタ畜舎にいて中でなにしようと食っちゃ寝専業メスブタしかあつかわれてないですよアレ!(興奮)僕はあんセレブメスブタを買う畜舎はたてられないや・・」

みたいなことかな(自分みえてる「人間の間の階級差」にだけ気使っててそれ以前に豚と人間階級差があるのは当然のこととしすぎて問題視もせず措いておけるとおもっている人、なのかな)

研究してるってその悪しき風習にどっぷり首までつかって世界通用する感覚さえないですよっていう意味

東京ではそこらへんあるいてるパチンコ帰りのオジサンのほうがバランス感覚あるとおもうけどそれに対抗して体張って地方道化になってみせるってこと?

女もフリーランスになるし、フリーランスで働いてたら、(たとえ残りの日に「家にいて」外国語研鑽したり予備でわたされた専門語を覚えていようが)専業主婦はいわないのは今や成人なら常識だろ・・・

家にいりゃ専業主婦なら在宅勤務のリモートワーカーも専業主夫やなw そんなに国立大学椅子にお尻をつけとく状態が大好きかw

たぶんそうやって鼻息あらげてるからきしょくわるくて地方研究にわかるような日本語になおして「(はいはいあなたのことばでいうと)わたし専業主婦です」って名乗ったまであるとおもうわ

 

ってかさ、女の技術や労力をくっそ安くタダ同然で買い叩けたからびっくりしてるんかねこ

男女の賃金格差はまだまだ東京でも問題だよね ただしそれに本来的な「専業主婦(働いてないし賃金もらってない)」って関係ないとおもうけど

まりにもいうことが雑くてちょっとよくわからんなぁ

自己分析してほしいわ

anond:20210608123252

おれは普段からよんでないからしらんけど

そんなに他人にひがんで卑下する芸風なら北大やめて研鑽してフリーランスでくっていけばいいんじゃね

日本国立大学に在籍してみなさまの税金でくわせてもらっておいて研鑽しない勝てないごめんなさい女性怖い東京怖いってふ~んですわ

2021-06-03

ビートたけしとか松本人志よりホロライブのほうが純粋な実力では上だから

ビートたけしとか松本人志よりホロライブのほうが純粋な実力では上だから

VTuberっていうのは人の心をつかむ魔術師なんだよ

ぺこらもころねもニコ動時代から研鑽を重ねて世界相手に勝ち残ってきた精鋭だから

日本テレビでイキッてる程度の小物とはスケールが全く違う

厳しいようだけどそれが現実だよ

時代はもう変わってる

2021-05-19

anond:20210519130760

パンチドランカーの症状がでたか引退して、家業トレーナーをやってる。

クミちゃんは、もうリングに上がってほしくなくて、鷹村は、爺はおれだけ見てればいいって感じだけど、周囲はトレーナーとして研鑽つんだ一歩が復帰したらすごいことになるんじゃないかって思ってる。

2021-04-30

anond:20210429223739

これ、大丈夫なの?公的には病院内に存在しないことになってたりしない?

給料は出ない。最初半年研修生として「勉強させてもらう立場」なので、こちらが学費を払って大学病院研鑽を積むということになっている。

2021-04-29

コロナワクチン打てない日本死ね(とか言ってごめんな日本ちゃん

今年から都内にある大学病院病院薬剤師になった。

研修薬剤師にはコロナワクチンの接種はないらしい。他の職員は全員打ってんのに私らだけないらしい。ふざけてんのか???

現場立ってんのは同じだろ。なんで病院内のタリーズで働いてる人にはワクチン打てて私らの分がねえんだよ。


給料は出ない。最初半年研修生として「勉強させてもらう立場」なので、こちらが学費を払って大学病院研鑽を積むということになっている。

そこそこ名の知れた大学病院だけど想像よりもアナログで、機械化できる雑用の部分も含めてただ働きで「勉強させてもらっている」。半年経ったら、非正規雇用になるそうだ。国家試験潜り抜けて、稼げるドラッグストアとかを選ばずに選んだのにこの仕打ち

まあでも、それはいい。覚悟の上で入ったし、現場で働きながら勉強になることも多い。コロナ関連の調剤やらせてもらった。

家族以外との会食禁止で1ヶ月恋人とは会っていないけど、それも仕方ない。

横柄な医者が多いのも、何も教えずにキレてくる先輩がいることも、どこでもあることだし仕方ないことだと思う。



だけど、他の職員全員にコロナワクチン打つけど研修生は職員じゃないから打ちませんってのはおかしいだろ。

まあでもね、仕方ないことなのかなと思ってた。リソースが足りないとしたら職員優先だし、半年後に大学病院に残るとは限らないから後回しになるっていうのは理屈としてはわかる。ムカつくけど。


でも、ワクチン余ってて、近所の薬局に配って打ってたんだってwwwなんでだよwww

そりゃ半人前なのかもしれないけどこっちだって最前線で働いてることに変わりはないだろ?

食堂研修生だけ使えないし、金だけ払ってブラック企業派遣社員みたいな扱い受けるもんだからマジでバカらしくなってきた。

昨日の朝礼で「研修生も一丸となって頑張りましょう」とか言われてマジで草。一丸にしてないのはお前らの方だろ。イスラエル政府かよ。付き合ってられんわ。一生学歴欄見ながらシコっとけ。ボケが。

追記

・悪いのは日本じゃなくてその大学病院じゃないの?というご指摘、その通りです。うちは国立だけど、だとしてもご指摘はその通り。あ、もしかしたらタリーズじゃなくてスタバだったかも〜

特定されて外的圧力で私もワクチン打てねえかな」という思いと

「でもこれのせいで身バレして立場が悪くなったら今後病院薬剤師続けていくの不利になりそうで嫌だし単純に怖ぇな」という思いがあり、

今回「日本死ね」構文を使うことで耳目を集め、特定されないけど勤務先に圧力がかかるくらいのラインでバズらねえかな、という邪心があったことは認める。

死ねと言ってしまたことに謝罪したい。誰に謝罪したらいいのか知らないけど。天皇陛下

とはいえ、多くの方に病院現実を知っていただいたことは良かったと思っている。○大病院国家試験潜り抜けた英才たちが派遣いじめみたいなこと平気でやる場所なんだぜ。

特に、内容には一切言及することなく「こんな粗暴でセンスのない言葉流行語対象になったり、それで喜んでいる人がいるのは、正気を疑う。」とかお気持ち表明してくれた増田、ありがとな。お前のおかげで閲覧数が倍になったよ。今後も「日本死ね」にだけ過剰反応してこの誹謗中傷飛び交うはてなを楽しんでくれ。

・でも「どんな内容でもこのタイトルで見る気なくす」とか言ってるお前は嘘つきだね。絶対に元からまともに見る気なかったろ。

コロナワクチンのロジが自治体無能医者個人的優先順位での横流しによってクソ歪んでいるのも問題だけど、私が今怒っているのはそこではなくて、現場に立ってる研修薬剤師優先順位劣後となる理由は「お前らは正規職員じゃないからw」以外のなんなんだよ、それを最前線でやんのかよ、の一点。ちゃんとしてる病院もあるんだろうけど、私が職場を変えたところで国立病院でこういう現実があることは変わらないでしょ。

やりがい搾取と言われようが、患者さんのためにやってきたことは無駄ではないし、採算取れなくても命は救わなきゃいけないし、ある程度は仕方ないかな、とは思うけど、これは単に私たちをナメてる。だからキレちゃった。半年研修が終わったらこ病院には残ってなんかやらない。勝手に滅びろ。

2021-04-28

anond:20210428194351

自分からはなんのアクションも起こさず待ちます


②-A 大量に来たアプローチの中からスペックの高い男を選びます

③-A スペック偽ってるかスペック振り回して無双してる男なので騙されます。(ハイスペ男からの唯一のアプローチ自分に飛んでくる可能性は限り無く低いので)


②-B 大量に来たアプローチの中からコミュニケーションが上手な人やエスコートが得意な人を選びます

③-B 女の扱いにこなれた男というのはつまりたくさんの女と遊んで研鑽を積んでいると言う事なので、あなたもその1人に加わるだけに終わります。つまり騙されます

2021-04-20

私をフィクションにするな

フィクションキャラクター定番属性の一つに『極端な低身長天才』というものがある。

実年自体が周囲より低い場合もあれば同年代にも関わらず異様に身長が低い場合もあるが、どちらの場合も非現実的存在フィクション性の高い存在としてキャラクタライズされているケースがほとんどだ。

何故非現実的存在として扱われるのか。フィクションと異なり現実日本教育制度は年齢主義であり、優秀な生徒の飛び級存在しない事も理由の一つとして挙げられるだろう。しかし、本質はおそらくそこにはない。

天才』『極端な低身長』という属性がそれぞれ独立している状態なら「身近にはいなくても、一つのパラメータが極端なだけなので現実の延長線上で想像がつく」が、『天才かつ極端な低身長』ともなると「極端なパラメータ複数あるので人となりを想像出来なくなる」、これが本質ではないだろうか。

ゆえに、フィクション性を纏わされる。謎のひみつ道具を持ち歩かされ、こんな事もあろうかと用意周到が過ぎる人物にされる。

だが、私はそのようにフィクションを纏わされる『極端な低身長天才』達に、親近感を覚える。

何故なら、私がそうだからだ。

私は極端な低身長だ(った)。

「成長ホルモン分泌不全低身長症」、これが私の健康診断票にいつも書き込まれていた病名だ。

症状は文字通り。原因は分かっていないらしい。

治療法も、成長ホルモン製剤の注射という対症療法的な物だ。極度の低身長という症状が明確に現れないと発覚しないものから身長一般的範囲に盛り返すまで時間がかかった。故に少年時代チビショタだった。治療を終えた今でも、身長は低く童顔な方だ。

毎晩の成長ホルモンの皮下注射というものは、子供心に結構辛かった。自分けが遭わされる不条理というものと隣り合わせで育ったものから、随分世の中は不公平ものだと絶望してしまった。

あと注射をしていたケツと太ももが心なしかデカくなった。安産体型ショタだぞ、抜けよ。

そして、私自身これを自称するのは鼻について好きではないが、少なくとも周囲から評価総合すると、私は天才だそうだ。

個々人の積み上げた好奇心歴史研鑽努力と熱意を不可視化し、天からギフトなどと矮小化する天才という単語はこの世で最も嫌いな単語なのだが、はてさて秀才ではつよそう感がイマイチ足りないので仕方なく天才という単語を使う。

3歳の時には、お遊びでジグソーパズルを裏面を向けたまま完成させて大人を驚かせたそうだ。私自身、出来そうだと思って挑戦し実際に成し遂げて満足した記憶がある。

看板から成分表まで活字があれば何でも読み込む子供で、よく迷子になっていた。漢字自然に覚えたため、小1の時点で小6の教科書漢字含め読めていた。

大人しくさせるために買い与えられたマンガ百科事典国語辞典の類は、それはもう食い入るように読み込んだ。寝食を忘れて読み込んだ。寝食忘れの自己最高記録は、確か留守番中に叩き出した27時間連続だったか中国の8日間絶食読書兄貴には敵わないが、中々な記録だろう。勿論それが健康に悪いことも理解していたので、以降は気をつけるようにしたが。

全国模試でも算数理科で何度か1位を取った。満点なのだから当然同率1位だ。中高以降は恩師のおかげで現代文も得意になったので数学現代文物理経験した。

そんなんだから、大した勉強もする事なく通学圏内最高峰、数十年東大学者首位開成中学校に受かった。なんか受かったから行くわ!wが正直な感想だった。

真剣受験勉強をしていた、しか活字中毒などの変態性はなかった学友が残念ながら麻布東邦まりで(勿論これも十分凄いのだが)、この時に適性の無い者へも無意味な苦難を強いる学歴社会への明確な嫌悪感を覚えた。

開成同級生は大きく3タイプに分けられた。勉強する事が大好きで大好きで仕方がない変態と、私のように勉強は好きでも嫌いでもないが活字知識にのめり込む気質のある変態と……学歴の威光に取り憑かれた愚かな親の犠牲者となった、凡人だ。

学歴主義を刷り込まれた凡人達に、私は恐怖と憐れみを感じた。真面目に勉強した事もなく学校や塾も寝がちだった私にとって、青春を擦り潰して校外でも毎日8時間勉強するという価値観理解出来なかった。

そこまでして一体、一体何になるというのだ。毎日1時間、1ヶ月ほど勉強するだけで適当資格は彼らなら余裕で取れるだろう。職に困らないために学歴を取る、なんてのはおよそコストとリターンが釣り合っていない。

私は彼らが怖くて、大学は全く関係ない某美大学歴パンチで進学した(ここを詳細に書くとマジで特定されそうなので勘弁してくれ)。そもそも私の夢自体漫画家とかゲームクリエイターとかのクリエイター方面だったし。

私が開成に通った途端に学歴に取り憑かれた金だけしかない親には美大進学は猛反対されたが、教育虐待警察に駆け込むと脅したら反対しなくなった。中高当時に親から受けていた拘束を思えば、実際駆け込めば成立していただろう。

ここまで見て分かるように、私の『極端な低身長属性と『天才属性に、一切の因果相関関係はない。だからこの属性が偶然重なる確率は非常に低い。

開成中学合格者数は一年ごとに400人弱、当時の小6男児日本人口約60万人で割ると1500分の1。そこに成長ホルモン分泌不全低身長症の15000分の1を掛けると2250万人に1人となる。ちなみにそこに、『開成高校から私の行った美大にいく変人』の数、大体3年間……1200人に1人ぐらいらしい?を掛けると270億人に1人だ。地球人口こわれる!

2250万人だか270億人だかはもう大差ないし、スキーn級とか小4?だっけ?で夏富士登山完遂(同級生の平均よりも遥かにちっこい身体でだぜ!すごくね?)とか付け足せばいくらでも数字を伸ばせるのでもうどちらでもいいが、まあとにかく私は客観的に見れば超激レアキャラだという事になる。オラッ喰らえ世界に一つだけの花パンチ

ただ、これらは全て私の大事アイデンティティの一つだ。私にとってのそれらは見たことのない激レア属性ではなく、いつも自分自身と隣り合わせのアイデンティティだった。

どんなに希少な属性が重なっていようが、偶然の悪戯が起こればSSRキャラクターはこの世に生を受けてくる。アフリカの貧しい子供達にもたまたまマックにいた桜蔭JKにも想像を及ばせられない、二つ要素が違うだけです〜ぐ想像出来なくなるインターネッツ愚か者共に嘘松呼ばわりされようとも、激レア属性たまたま重なった私は今ここに間違いなく存在している。マックにも行くし高校生時代時代遅れな価値観のオッさんに物申した事もある。喝采ってほどじゃないけど周りの人本当に拍手してくれるんだね。

だというのに、ロリショタ天才達は常にフィクション上の、架空存在として扱われている。

ならば、ここにいる私は一体何なのだ

私はフィクションなのか?匿名増田ですらない、完全なる架空存在なのか?

有り得ない嘘松だけの存在として、想像力の埒外にいなければいけない存在なのか?

ただのゲームきな子供だった私はここに、この世に存在してはいけない存在なのか?

なあ。答えてくれよ。

長くなったが、言いたい事は一つだ。少しの想像力を働かせてほしい、これに尽きる。

そこの道を歩いているくたびれたオッさんは、もしかしたら自由研究で賞を取った事があるかもしれない。そんなちょっとたかもしれない運転が、他者への敬意を払う第一歩となる。勿論何も前提無しに他者歴史人生に敬意を払えられれば、それが一番だ。

空腹を感じた時には、アフリカの貧しい子供はいつもそれ以上の飢餓に苦しめられている事に思いを巡らせてほしい。そして思い出した時にでも、コンビニ募金にお釣りを入れてくれればいい。

レア属性天才や奇才たちと接しても、更なる激レア属性の……私含めた疾病や障害を抱えた天才や奇才たちと接しても、たまたま希少な属性を引いただけの、ごく普通のありふれた存在として接してほしい。

本人が殊更に主張しているケースでも無い限り、恐らくわざわざ言い出したりはしたがらないはずだろう。傷に触れないであげてほしい。天才たちは目立つこと、特別扱いによる疎外にもういい加減ウンザリしているだろうから

というか私の知人の天才たちは大体皆そうだった。そして私もそうだ。もう、奇妙奇天烈見世物小屋人外として扱われるのは沢山だ。

目の前にいる相手雲の上の存在ではなく、マリオポケモンが好きだったり、でんぢゃらすじーさん爆笑したりしていたかもしれないただの人間だと思って接してほしい。

フィクションの箱に押し込んで、相手を遠ざけることをしないでほしい。ロリショタ天才を、フィクションだと思わないでほしい。

私をフィクションにするな。

私をフィクションにするな。

私をフィクションにするな。

2021-04-18

近所に美味しいパフェ屋さんがありました

いずれにしても、パフェを食べに行くとまず「莫迦だろう」と思う。莫迦だろう、旨いものをひたすら縦に積み上げていくというのは、なんというか率直すぎるだろう。それは人類の夢ではあるけれども、夢を叶えるには時々は回り道をしなければならないところを率直に叶えてしまうというのは、なんというか莫迦のすることだろう。

グラスの縁より高く積み上がったものを崩さずに上手くつついていくのは難儀だ。しかしそこで気づく。この絶妙バランスは、職人の手技なしには成し得ない。

すなわちパフェとは、バカの見る莫迦な夢をそのまま叶えんとする絶え間ない研鑽の上に在るのだ。はじめに夢を見たバカはただのバカだろうが、それを実現させた職人の腕前はその限りではない。積み上がる果物の高さは、そのまま職人の腕前と誇りの高さだ。

なんという食べ物なのだろうか。斯様な食べ物がこの世に在るということには、敬意を評さざるを得まい。私は完食した。

2021-04-06

ウマ娘に感動して現実のほうでは感動できなかった話

現実において病気を負った「スポーツ」とやらの選手

復活し優勝したとニュースで目にして全く感動できなくて

ウマ娘アニメを見て感動してしまった。

なぜか?に向き合わなければウマ娘に感動できなくなる可能性がある。

これは個人的には深刻な問題だ。

理由を把握しておく必要性がある。

ウマ娘アニメ視聴側の視点主観としてみて

現実の「スポーツ」とやらとの自覚できた違いを列挙する。

1.知っている

知ってるので感動できる。

憧れと目標とその経緯を知っている。

競い合うライバルたちとの関係を知っている。

1期2期のアニメそれぞれ12+13話を通して登場するウマ娘たちの概要を見てきて

走る姿と理由をある程度ではあるが知ってしまっている。

もうこの時点ですでにファンになってしまっているのかもしれない。

2.競技真摯である

レース参加者全員が勝とうとしている。

勝利という本能に逆らえないその性質に惹かれてしまう。

かっこいい。

全員が勝つために研鑽している、そのシーンを見ている。

負けて悔しがる、そのシーンを見ている。

勝って喜ぶ、そのシーンを見ている。

負けたものが悔しがりながら勝ったものを称える、そのシーンを見ている。

かっこいい。

3.かわいいウマ娘が懸命に頑張る姿は単純に綺麗

見た目がいい!仕方ないね

盛り上がりどころがわかりやすいつくりになっているのも良い。

なお、綺麗の意味精神性なども含めファジーである

4.つよい

基本的ヒューマンに比べ規格外

1kmを1分弱程度、3kmを3分そこそこで走りぬける存在である

おとこのこなので つよい に対するあこがれがある。

なお、つよいの意味精神性なども含めファジーである。良くも悪くも。

とにかく

つよくて綺麗でかっこいい姿を経緯付きで見せられ

打ちのめされてファンに仕立て上げられてしま

そんなウマ娘たちの雄姿を見ることで激しい感動を味あわされてしまった。

競技としての地位を上げるには

真っ先にファンをつくる土壌をつくれっていう発想に

丸々やられる形を賢く成し遂げられてしまった。

やられた。







と、ここまではウマ娘に感動してしまった理由だが

ここから先は非常にどうしようもない感情の掃き溜めになる。

ウマ娘だけに感動して、現実の「スポーツ」とやらに感動しなかった理由だ。

5.勝つ者の条件を 才能、努力、運 と明言している点

努力と才能は前提であるアニメ作中で言い切っている。

運以前にどちらも持ってないものそもそも前提を満たしていない。

綺麗ごとではない。そこを明示している。

その点が大いに好感が持てた。

勝ちは誇るが努力のものを誇らない。

勝者という立場において

いくらかある前提をクリアしているというのは

当たり前の範疇であると扱っているように感じた。

良い。

現実の「スポーツ」とやらに関わっている連中は綺麗ごとばかり抜かす印象しかない。

汚い。

6.競技ルールが明確

ゲートが開いて、先にゴールにたどり着いた方が勝ち。

わかりやすくて良い。

チームという概念はあれど個人競技であるという点も良い。

勝った負けたが最終的に他者のせいにならない。

更には足を引っ張り合うのではなく、あくまでそれぞれが勝とうとしている。

勝利という本能に逆らえない。

良い。

現実の「スポーツ」とやらでは人間審判判断ルールなどを見て

ルール適用の判定などで非常にもやもやした感情を覚えたことがあるが

少なくともそれに比べウマ娘アニメ内での競技ルールは非常にわかやすかった。

7.人間ではない

人間は汚い、人類は愚か。

ウマ娘に対して思想として差別的ではあるが、

自身がが汚く愚かであるため止むをえまい。

おおよそ自分の中で材料はそろったので理由をまとめはじめねばならない。

現実において病気を負った選手ウマ娘も内容としては

トップアスリートが大きな挫折を経て、そこからの復活劇という

ある意味わかりやす感動ポルノ競技ものといった感じであった。

ただ、大筋としては王道でとても似通っていながら、

現実の「スポーツ」とやらのほうを見て得た感情はどちらかというと負の感情だ。

見たニュースの順番が悪かったのかもしれない。

だがその時にはもう遅かった。この感想好転することはないだろう。

競技内容の映像のあとに見た勝者のコメント

努力は報われる(抜粋意訳)、

やってきたことは間違いではなかった(抜粋意訳)、

病気になった時は努力無駄になったと思った(抜粋意訳)、

と語っていたとニュース記事で見た。真偽までは知らない。

ただ、勝ったやつが言うとつよいな。

劣等感と怒りに満ちた。

復活した勝者のコメントに対しての意訳、解釈の仕方が悪いのかもしれない。

だが一人の弱者としてはそう感じてしまった。

ウマ娘アニメのほうでも

「奇蹟は起きます。それを望み奮起する者の元に、必ず、きっと」

はいったようなことはいものの、

才能と努力の積み重ねを前提とした話だと明示しているからこそ受け入れられる。

才能のないものや積み重ねのないものそもそもそこにいない。

現実はそれを隠そうとする。

若年時における才能の有無の判別は難しいかもしれない。

ただし、ある程度年齢を食った存在に対して努力が報われるという言葉

今更でしかない。もう遅いのだ。しかもそれを隠そうとする。

汚い。

現代日本であればたぶん2428歳くらいがボーダーである自分はとっくに過ぎている。

からもう、今更でしかない。わかりきっている。

これからは報われない努力を続けながらでしかまともに生きることすらできない。

これだから現実は楽しめない。

現実の勝ってるやつが努力報酬について続けて語るべきだと

今更となった弱者の側から思うことは、

才能のないやつが勝つための努力をすることに意味はないという説明だと思う。

比較しない範囲での向上心を持つ、

比較しない範囲での努力をする、

比較しない範囲での成長を得る、

それらは確かに報われているといえるだろう。

それらの経緯が生活を送るうえで役に立つこともあるだろう。

だが勝負という括りでは無駄無意味だ。

努力したけど負けたというのは大多数の客観において評価される実績ではない。

真剣勝負にのめりこんでない身内には慰められるかもしれないが、それこそ誤魔化しだ。

から、勝ったやつ、勝ってきたやつこそ、

勝負において勝てない努力無駄だと、明示しろ

あと、なんでもいいから勝ったやつは、

勝ったことを驕ってくれ。勝ったことに自惚れてくれ。

勝ったということに対して、経緯を誇らないでくれ。

これ以上弱者を惨めにしないでくれ。

相手のいる勝負でなく特定ラインを超えることを求められる試験などにおいてもそうだ。

経緯としての能力の向上という点などがあれば

主観においては努力が報われているということもあるだろう。

だが不合格となればその結果を客観的に見ると努力無駄ものしかない。

繰り返しになるが、

挑み努力すること自体主観では意味があったとしても、

目に見える成果を得られなければ客観による評価や実績とはならない。

弱者希望なんぞ語るな。絶望を明示しろ

弱者に敢えてわずかに与えて奪い、失う様を見てを楽しむ外道どもめ。

これだから現実面白くない。

架空存在であれば、綺麗なだけでいいのだ。

自身の心の汚さ、自身能力の低さ、その自覚から

現実はなかなか好きになれない。

結局のところ違いはそれだけの話だったように思う。

そう思わなければやってられない。

結論としては、自分が悪い。

から現実のほうでは感動できなかった。

ついでに経緯はどうであれ正々堂々と勝ったのであれば

その勝利のものを祝福できないのはよくない。

さらなる自己嫌悪である



とりあえずは自分が悪いだけだと負の自己肯定をすることができたか

多少の元ネタがあろうと架空存在であれば比較的小さいバイアスのもと

これからも楽しんでいくことができるだろう。

ウマ娘アニメ1期2期ともに、とても楽しく面白かった。

青☆3因子出ない。ヘイト

2021-03-31

転勤あり総合職博士持ち研究職の結婚

なお研究職予定なだけで、まだ博士学生な模様。

わんちゃん海外もあるし、テニュアトラックいかんによっては、さらにはキャリアステップによってはもちろん転職せざるを得ない。

海外研究者として研鑽を積んでから国内教授職とかね。

5年とか10スパンの話になるから、その辺の転勤職とは訳が違うかもしれないが。

こちとら別居婚上等だが、相手が嫌がってる。

今でさえ遠距離なのに、結婚しても遠距離は耐えられないとのこと。

こっちだって嫌なんじゃ!でも最近zoomやらの発達で、毎日ビデオ通話してて楽しい

思ってたよりも会えてるし。

相手転職してもらったとしても、こっちが転勤したら元の木阿弥

同じ会社に入るのがいいのか?

幸いにも相手研究職のある会社勤務。

むっちゃ好きだし、この人以外の結婚は考えられないんだけど。

2021-03-15

田舎自治体Webサイト

もー全然更新しようとしない。誰も触ろうとしない。

各部署に担当者を置くが、それでもまったく更新されない。

自分たち業務情報収集必死に他市町村Webサイトを漁るくせに、自分たちからの発信は全くなし(ギブアンドテイクを常に口うるさく叫ぶ輩ももちろん更新作業には関わらないから笑える)。

更新されたとしても、全然うまくいっていない。体系的に整理されてない。見出しがうまくつけられていない。過去トピックと関連付けられていない。用語が整理されておらず文体が整えられていない。Wordファイルを直接貼るな。PDF貼ってそれだけで済ませるな。その前に必要情報がなさすぎ。国や県の通知をコピペしてどうする。市民は「うちの市町村場合はどうなるか」が知りたいのに。

CMSが入っているんだけど、高機能すぎるというか、うちの運用フィットしてなくて宝の持ち腐れ感。もう少しうまく設定すればなんとかなりそうなのに、SIerの言いなりになるから…(みんなわからいから仕方ないけどさ)。

時たま操作方法研修もあるんだけど、きまって「若い人が行ってきてよ…」になる。

いやいやいやー若い人はCMS操作方法もわかるし発信すべき情報も整理できるのよ~。わからない人が行かなくてどうすんだっ!

そういや昔、私が入りたてのころに「田舎自治体Webサイトなど無用更新するだけムダ。誰も見ない。そんなことに時間を割くなら他のことを研鑽すべし」と私へ言った偉いさんがいたな。くたばってしまえ。もうPCもスマホも使うな。

2021-02-11

容姿に関する言及禁止法(容禁法)」が施行されて早30年

2074年、他人容姿について言及することを禁止した「容姿に関する言及禁止法(容禁法)」が日本施行されて早くも30年になる。

容禁法は、2041年フランス施行されたのを皮切りに、2050年には国連加盟国230国全てで同様の法律施行され、昨年には遂にアブハジア共和国施工したことで、地球から容禁法がない地域というものがなくなった。

これにより世界中で、他人に対し「かわいい」「きれい」「かっこいい」「ブス」「ぶさいく」といった容姿に関する言葉を投げかける人間は消えた。

日本においては、2044年に容禁法が施行されたのと合わせて特別高等警察特高)が復活した。

特高容姿について言及している者がいないか日夜監視をしており、もし容姿を褒めているところを特高に見つかってしまえば即逮捕である

尚、容禁法への抵触行為は、強盗致死罪や外患誘致罪と同じく、初犯でも執行猶予がつかない重罪として位置付けられており、容禁法での逮捕とはすなわち刑務所行きを意味する。

日本では、30年前の施行当初こそ「やさいい(優しくてかわいいor優しくてかっこいい)」や「人柄もいい(容姿もいい)」と言った一見内面を褒めるふりをして、外見を褒める脱法行為が数多く見られたが、施行翌年の2045年に街中に仕掛けられた盗聴器を介し、警視庁本部にあるマザーコンピューターが即座に自動学習をして それらの言葉犯罪行為認定するシステム通称クモの巣』)が完成したことで、脱法行為を犯す人間は激減した。

10年ほど前には未成年者の容禁法違反が頻発し、「キレる若者」「若者の心の闇」といったテーマを連日ワイドショー特集していたが、当時の容禁法の検挙率を見ると実際には年齢が上がるほどに検挙率が高くなる傾向となっており、むしろ若者ほど容禁法を守っているという状況であった。

現在においてもその傾向は変わっておらず、たまに容禁法で逮捕ニュースを聞くと、だいたい70歳以上の男性でるあるため、近年では「老人の暴走」といった揶揄を受けてる。

2074年現在では、容姿を売りにする仕事は一切なくなった。

テレビに映る人物は、容姿よりも知的さや人格を求められ、今やテレビタレント東大京大出身者でほぼ8割を占めている。

イベントコンパニオンキャバクラホストなども、以前は闇の世界営業をしていたようだが、今では完全になくなり、最早、歴史教科書の話である

また、化粧品会社美容院なども斜陽産業となり風前の灯火となっている。

人々は、容姿では褒められないので、どんな容姿人間であれ内面研鑽ビジネスでの成功を目指すことによって自分自身評価価値を高めている。

内面研鑽ビジネスでの成功も、どちらも後天的努力によって差をつけられることであり、それこそが真に正しい人間の優劣であると誰もが信じている。









吉岡権太は、夏休みを利用して福井県に来ていた。

この春から高校生になり、念願だった恐竜化石発掘調査アルバイトに初めて参加したのである

一人っ子だった権太にとって、3歳の誕生日に両親からもらった恐竜図鑑は幼少期に誰よりも一緒の時間を過ごした弟のような存在であり、幼稚園卒業式では「大きくなったら恐竜になりたい」と言って周囲の大人たちを笑わせた。

小学校に上がってからの夢は恐竜博士で、高校生になった今は恐竜研究者になり恐竜図鑑編纂に携わりたいというより具体的な将来設計を描いている。

そんな恐竜一筋の権太にとって、化石発掘調査アルバイトは夢への第一歩と言ってもよかった。

採掘場の一画に腰を下ろし、タガネとハンマーを一旦脇に置き、採掘場の小石を左手でどかしながら右手スコップで穴を掘っていると、5分ほど掘ったところで1冊の古びた本が出てきた。

ボロボロ簡単に破れてしまいそうなその本の表紙には、大きく赤い文字で『FLASH』と記されており、水着女性が妖艶な笑顔こちらに向けていた。

その本が何かとても悪いものであると感じた権太は、急いで人がいない場所に移動したうえで、本をそっと広げてみた。

「極上のマシュマロボインちゃん?」

最初に開いたページに記されたその言葉は、15年の人生で初めて目にする単語の羅列であった。

なぜ水着女性が表紙なのか、極上のマシュマロボインちゃんとは一体何なのか、権太には全く理解ができなかった。

ただ、混乱して思考が整理できていないはずが、恐竜図鑑を眺めるとき以上に興奮している自分がそこにいることに気が付いた。

3歳で初めて目にした恐竜図鑑ティラノサウルスよりも、5歳のクリスマスに買ってもらったスピノサウルスのおもちゃよりも、6歳で初めて訪れた福井県恐竜博物館よりもずっとずっと興奮していた。




3週間後、福井県でのアルバイトを終えた権太は、こっそり持ち帰ったFLASH入りのリュックサック自分の部屋に置くやいなや、すぐにリビングでくつろぐ父親の元に直行した。

国立大学出身で、一部上場企業執行役員を務めている博識な父親であれば、『極上のマシュマロボインちゃん』の意味をきっと知っているはずである

いつものように夕飯前にソファ新聞を読んでいる父親の前に立ち、権太は興奮を抑えながら聞いてみた。

「お父さん、極上のマシュマロボインちゃんってどういう意味グーグル検索しても全く出てこないんだけど、これってどういう性格女性を褒める時に使う言葉なの?」

権太は興奮を抑えようとしていたが、抑えきれず自然早口となっていた。

父親の回答がなかなか出てこないため、権太は待ちきれずに続けて自分が思っていることを父に伝えた。

「俺、将来は水着女性を載せた図鑑を作りたいんだ。水着女性には恐竜と同じような未知なるロマンがあると思うんだ!」

父親言葉を全く発せずに権太を見ていた。

いや、表情から察するに言葉を発しないのではなく、発せないのであろう。

目を見開きこちらをじっと直視しているが、新聞を持つ手が震えているのが分かった。

怒りとも悲しみとも絶望とも言える目をした中年男性が、そこにいた。

ふと視界を移すと、台所料理をしている母親が泣き崩れているのが目に入った。

権太はそこで初めて、とんでもないことを言ってしまったのだと理解ができた。







――――――――――――







「権太、何してるんだよ。特高の見回りがくる前に早く安全場所へ移動しようぜ」

「悪い、ちょっと恐竜図鑑を読んでいた」

「こんな時に恐竜図鑑!?革命軍リーダーのくせに全く呑気な性格してるなぁ」

「呑気な性格FLASH革命軍の隊員なら、性格ではなく容姿言及したらどうだ」

「うるっせーな。さっさと隊員に指令を出してくれ」

「極上のマシュマロボインちゃん……か……」

「何か言ったか?」

「なんでもねーよ。」



古びた恐竜図鑑リュックサックしまい、権太は叫んだ。

「よーし、それじゃあ、全員ネオ新橋の闇キャバクラに逃げるんだ!誰一人として捕まるんじゃねーぞ!」




恐竜研究者への第一歩となるはずだったあの夏のあの日……。

あの日、権太の踏み出した一歩は、美しいものを美しいと言える世の中を取り戻すための戦いの一歩となったのである

 

2021-01-28

anond:20210128095356

もちろんそのような授業も多いのだろうとも思いますが、そうならないように努力されている先生方はとても多いです。ただ現状そう思われているのであれば、そのような認識が覆るよう、もっとより教育改善していけるように他の学校学習塾先生方と研究研鑽努力をして、いきたいと考えています

2021-01-27

青春コンプレックス

 24歳男。大学院卒見込。修論執筆中、ふと思う。

 一番自由時間を使えるであろう学生生活で、自分は何も成す事が出来なかった。友達は出来なかった。誰かと話して、自分を知られるのが怖かった。彼女も勿論出来なかった。良い歳して惨めな童貞だ。かといって、勉学やサークルアルバイトに熱中していたわけでも無い。趣味も無い。ただ、学校から出されるレポートや最低限の研究活動以外は、SNSを眺めるか寝ていただけ。

 若く貴重な時期を無駄に食い潰しただけ。得たものいえば、近視乱視虫歯と皺と白髪と鬱と怠惰くらい。唯一の救いは、何とか大手企業に滑り込めた事だろうか。コロナのお陰で、会社を乱れ打ちで受ける事が出来、かつリモート面接ばかりだった事が功を奏した。100社近く落ちたけど。「たくさん金が貰えるなら・・・」と適当に選んで、志望動機ネットから適当に拾い、これまで学んできた事とは何も関係が無い会社だ。自分活躍できる未来は、当然ながら見えない。

 本当に何のための学生生活だったのか。学費無駄に食い潰しただけ。親に申し訳ない。

 分かっていはいたが、改めて文章にまとめると自業自得だ。しかし、だからこそ、そう思う度に青春コンプレックスが加速していく。何者かになりたいと憧れ、しか研鑽を怠り、結局何者にもなれなかった自分。これから一生付き合っていかなければならない。苦しい。

ようこそ、clubmasuda へ

mixi の焼き増しのような

SNS流行っている

名前クラブハウス

ミーハー層が飛びついて、

非常に見苦しい状況が続いているが

じきに飽きるだろう

所詮、見てくれの良い

北センチネル島

何れ偉大なる、

人類文明発展によって

自然淘汰される存在にすぎない

存在が無くなった後に、

皆、時間無駄したこと

気がつくのだ

この、めめんと森の袋小路

変態増田諸君は、

名を伏し全世界に開かれた

この clubmasuda で

引き続き己の研鑽を続けてくれ

最後に笑うのは、遊牧民の君達だ

2021-01-26

ツイステ5章でヴィランが勝てなかった話

ツイステ5章後編2配信されましたね。

ライターのせいでルークネージュヘイトサンドバッグになってるのが辛い。

あの展開ならサンドバッグになるのが当たり前で擁護ができなくて辛い。

これはこの二人が悪いんじゃなくて展開が悪い、ネージュに対してはライターからの悪意すら感じる。

ヴィランヒーローを打ち倒すと言うのはやっちゃいけないというこの世界ルールは分かってますディズニーではヴィランが勝っちゃいけないし。

でも示し方が最悪。

マジフト大会でNRCが負け続けているというのは理由がありました。

RSAはチームワークが完璧で、NRCは我が我がと自分ばかりで他人を顧みないスタイルから。これは負ける理由が明らかですし、真っ当だから救いもある。

個人プレーが悪いとは言いませんが、ここで示された理由なら、ヴィランでも改心(皆で協力)したら勝てるチャンスがありそうで希望を持てます

でも5章は?

私はVDCダンス甲子園のような、本当にプロを夢見てたりする子たちが日々研鑽して努力をして優劣を競い合うガチ大会だと思っていました。

NRCがガチで仕上げてきたRSAに負けるなら、それは仕方なかった。

ヴィランが負ける世界という摂理に照らし合わせたとしても、こっちがしてきた努力相手が上回ったのだろうという背景があるから納得できます

でも結果は、ヴィランは真っ当に努力を重ねたとしても、ヒーローが同じ舞台に立って仕舞えば、それが例えパフォーマンスにすらなってない思い出作りのお遊戯会だとしても負けてしまうということを示されただけだった。

本当に何を伝えたかったのか分からない。

RSAが優勝しNRCが勝てないのは分かっていました。でもどうしてお遊戯会にした?

悪役が悪役たりえるのって悪いところがあるからでは?

真っ当に努力して、しようとした悪いことも未遂に終わってこの結末って何?

ネージュお遊戯会で出場したこと、そしてルークの一票で負けてしまった設定にしたこと、そしてあのタイミングネージュファンであることを明かしてしまたこと、それが本当に最悪でした。

ルークネージュに入れた理由は納得できるものです。

けれど、それによって勝敗が決し、ルーク戦犯に仕立てあげるストーリーは一体誰が喜ぶのか分かりません。

原作忠実とか狩人の役目とか、まず示し方が最悪です。原作忠実の話が見たいなら原作ます

タイミングも内容も失望するしかできない事でヴィルとプレイヤーを裏切るのが狩人の役目なら、そもそもVDCに出ないで欲しかった。

重ね重ね言いますが、世界摂理は分かりますナイトレイブンカレッジ所属してる時点で正義には勝てません。

彼らには悪いところがあり、だから勝てない。

そう信じていただけに、真っ当に努力をした人間ヒーローお遊戯会に負けてしまうという5章は本当に心底、大嫌いです。

2021-01-18

なぜ私は聖地巡礼をするのか(の話をかくはずだったが)

聖地巡礼とは中世ヨーロッパ封建社会においてキリスト教徒あいだで流行した、キリスト教聖地であるエルサレムを訪れる宗教的行動である

転じて、現代においてはアニメ映画などの熱心なファンが、創作物キャラクター縁の地を訪ね歩く行為を指す言葉として使用されるに至った。

私も昨年度から今をときめくアイドルグループ乃木坂46好きが高じて、(暇を持て余していたことも手伝い)彼女たちが番組ロケで訪れたり雑誌メディアで紹介したりしていた場所を巡ることが退屈な日常を彩る楽しみの一つとなっている。

大塚天祖神社バッティングセンター千歳船橋喫茶店ぱおーん、五反田デニーズ……

思い起こしてみたがそれほど多くはなかった。

それはさておき、この日記(?)で私が考えたいのは「人はなぜ聖地巡礼をするのか」その理由だ。

聖地巡礼には楽しさがある。

思えば私は日本史世界史も好きなので、歴史上の史跡を巡ることが旅行に行く際の主目的の一つだったりする。映画ロケ地を訪れることもある。

(前提として書き加えておくが、行ったことがない土地を訪れるのが好きな方であると思う。「まだこのへん歩いたことがないから」という理由で6時間ぐらい散歩することがざらにある)

今も『世界史をつくった海賊』(竹田いさみ著)なる本を読んでいて、大航海時代マゼランに続いて史上二度目の世界一周航海を達成した海賊フランシス・ドレーク(ワンピースのドレークのモデル)に関する記述を読んで、「彼の航路を船で辿ってみたいなあ」などと空想に耽っていた。

そう、私はフランシス・ドレーク足跡を辿りたいのである

乃木坂メンバーが参詣した神社自分も赴きたいし、バットを振るったバッティングセンターで、彼女らがそうしたように、自分バットを振るいたいのだ。

そして、「ここに彼らも、自分と同じように立っていたんだ」などと感じたいのである

この衝動はなんなのだろう。何故、こんなことをしたいと思うのか。

バッティングセンターで行ったバッティングは、それ自体として面白かった。乃木坂のことがなければ、私はバッティングセンターに行きはしなかっただろうが、バッティング最中乃木坂のことは忘れて純粋ボールバットで的確に打ち返すことに集中していたし、それが成功することに喜びを覚えていた。

しかし、やはりその一連の行為には、「メンバーも同じ場所で同じことをした」という事実認識によって特別意味を付加され、それが私の心に満足感をもたらしている。

私の記憶には、明らかに「ただのバッティング」以上の色が付いて、この思い出が保存されているのだ。

この違いは何に由来するのか。

まず一つ、見逃せない重要な点は「私は乃木坂が好きである」という事実だろう。これは明らかに聖地巡礼動機に深く関わっている。

私は何も藤田ニコル西野亮廣の訪れた場所に行きたいとは微塵も思わない。ニコるんはどちらかと言えば好きだが、出演番組をチェックするほどではない。西野に至ってはどちらかと言えば好きではないし、好きではない人間の縁の地を訪ねたい、その足跡自分足跡を重ねたいとは思わない。

フランシス・ドレークのことも、まあ好きになりつつある。(暇があれば伝記を読んでもいいかなと思うぐらいには)

では、好きな人なら誰でも聖地巡礼したくなるのかと言えばそんなことはない。身近な友人のことは好きだが、彼らの足跡を辿りたいとは思わない。

これは極めて重要着眼点である

恐らくは、その人物との関係性および距離感聖地巡礼に向かわせしめる大きな引鉄の一つなのだ

想像するに乃木坂メンバーでさえ、もし私が直接的に関係性を構築してしまえば、聖地巡礼したいという衝動はなくなるだろう。

同じ場所を訪れて、同じことをしたいという気持ちの裏にあるのは、「近付きたいが手の届かない者の存在」を少しでも身近に感じたいという欲求なのだ

友人という生々しい関係は、最早相手をそういう「聖なる存在」にしておかない。

ただし、友人との関係が何らかの理由で解消され、手の届かない存在になった場合はその限りではない。その最も単純な例は「死別である。死が二人を分かてば、当たり前な存在は当たり前でなくなり、会いたいのに会えない、焦がれ求める対象になる。

「手の届かない特別存在を思うこと」が聖地巡礼の肝なのだ

そしてその感慨は、対象と同じ空間的座標に立つこと、そこで同じ行為追体験することで増幅される。ただ、家でスマホをいじりながらその人のことを考えているだけの時間よりも、その人に少し近付けたような気になる。

その対象は人に限らない、作品、ひいてはその世界観全体も対象になりうる。

私は宮崎駿監督映画が大好きで、監督ハウルを撮り終えた後に数ヶ月間療養し、次回作の『崖の上のポニョ』の構想に繋がった広島県鞆の浦や、『耳をすませば』の舞台となった聖蹟桜ヶ丘も訪ねているが、ポニョや雫個人をそこまで好きかといえばそんなことはない。

フランシス・ドレークのことは好きになりつつあると言ったが、やはり人物に対しての好意それだけというよりは、世界史的な偉業であるという点の魅力が大きいように思う。俗な言い方をすれば世界一周ロマンを感じるし、楽しそうである(実際は辛いことの連続だろうが)。

しかし、ドレークな先立って世界一周航海を達成したマゼラン足跡を辿りたいと考えたことはないことを踏まえれば、やはりドレークには読書を通して僅かながら彼の功績やエピソードに触れたことにより、マゼランに感じる以上の魅力を感じていること、それが巡礼への衝動を後押ししていることは間違いない。マゼランのことは何も知らない。何も知らないので魅力も感じなければ、より深く知りたいという動機も起こらない。

(どうやら相手のことを「知りたい」と思うには、まず相手のことを知ることが必要らしい。少なくとも私にとっては。難儀なことだ。)

「手の届かない「聖なる存在である対象をその足跡を辿り行為をお手軽に追体験することで、少しでも身近に感じること」が聖地巡礼の意義であると一旦結論付けてみる。

ここで唐突に「お手軽に」という制限を付け加えたのは、私はバッティングセンターバッティングをする程度の追体験はしたいが、乃木坂メンバーが日々の研鑽を重ねたダンスレッスン場で一年間同じレッスンを受けたいかといえば真っ平御免だなということに思い至った。

一年彼女たちが受けたレッスンと同様のレッスンを受けることは、彼女たちの辛さや頑張りをよりリアル追体験することになる。追体験としての質は高い。だが時間がかかりすぎる。ダンスよりもやりたいことがあるし、辛そうなので、暇潰しに週二程度通うならチャンスがあればやらなくもないが、それはもう追体験としての価値は薄れて、一年間におよぶダンスレッスンそのものが持つ価値が問われている。(追記そもそもこれ、巡礼ではなくダンスでは?)そういう意味で1000円分のバッティングには十分その価値があったし、世界一周航海も同様である。(追記:これも巡礼と言えるのか?場所を訪ねる行為限定するべきだったかもしれない)

聖地巡礼はお手軽でなければならない。言い換えるなら、その行為自体を楽しめないのならやりたくはない。滝行は楽しそうなのでやりたいが、例えば彼女らが受けていた辛い仕打ち自分も受けたいかというと難しい。

例えばメンバーの誰かが過去イジメを受けていたとして、それと同様のイジメを受けたいか。これに関しては少し受けたい。マゾヒスティックな願望ではなく、多少なりとも彼女らの苦労を追体験することは彼女らを理解することにつながるからだ。

しかし、紛い物のそれはやはり本当のイジメ体験とは辛さの質が大きく異なるし、よりリアルに状況を再現するために半年継続してイジメを受けてくださいと言われればお断りする。あくまでもその一部を、私が本当には辛くならない程度に体験することで、辛さに思いを馳せたい、という程度に存在への接近願望は留まる。

キリスト教徒だってエルサレムには行きたくても、ゴルゴダの丘の上で十字架に磔にされたいかと言えばそんなことはないだろう。ごっこ程度にはやってみたいが、それはごっこ遊び自体が楽しさを持つからである。高所に磔にされて「こえ~」などと言ってるのは楽しいが、手足を本当に釘で打ち付けられるのはたまったものではない。(追記:これも巡礼の話ではなくなっている気がするが、でも巡礼先で対象が何かしてたら同じことやりたいよなあ。(追追記:でもやらなくても巡礼は成立するからやっぱりおかしいねはい。))

体験総体として楽しくないならやりたくない。少なくとも私は。この「楽しく」は何も笑顔になったり、興奮したりするといった類の楽しさである必要はない。

心地よい感情が動きがあればよい。

郷愁に浸るとか、感慨に耽けるとか、今風に言えばエモさがあってもよい。「泣く」ことによる感情の発露も、人間にとっては快感であるので、ここで述べる「楽しさ」に含まれる。

いや、違うな。

上に述べたエモさは体験のものに由来する(既出の例をとればバッティング行為によって引き起こされた)感情ではなく、「行為追体験している」という事実に付随する感情の動きだ。そこは切り分けるべきだろう。

例えば「同じ場所に立つ」ことも、聖地巡礼に伴う追体験行為の一形態だが「立つ行為のもの」には特に何の楽しみもない。(立っているだけで楽しい場所もあるが、必ずしもその必要はない)(追記:この例の方が純粋巡礼っぽい)

先例のイジメのように行為自体許容範囲であれば不快であっても構わない。これは個人差があるし、対象に対する思い入れの深さによっても許容範囲が変わってきそうだが。

追体験行為包含する巡礼行為」が総体として満足感をもたらす体験であればよい。(追記:「巡礼追体験包含する」よりも「巡礼追体験が付随する(ことがある)」が正しい)

距離重要な要素だ。ここで言及する距離とは、対象との関係性としての距離ではなく、その聖地との物理距離感である

遠ければ遠いほど、巡礼を達成した際の体験価値は高い。エルサレムが近所の公園にあったら巡礼の有難みも霞むだろう。

「ここまで来た」という感覚聖地巡礼には必要である

私は電車移動含めて一時間もあれば十分であるしかし、ここまで書いて想像してみたが、家の隣にあった昔馴染みのなんでもない祠が実は家康が足繁く通った祠であったと発覚すれば、そこにはそれなりの感慨が生まれるように思える。巡礼と呼ぶにはあまりにも短距離だし、巡礼としての価値希薄化するものの、完全に失われることはない。いや、とはいえやはり価値の減少は免れないな。

遠ければ遠いほどいい、というものでもない気がするが。例えば、乃木坂メンバーが訪れた場所比較として、私の現在地から大塚バッティングセンターパリ街角にあるカフェとの物理距離には圧倒的な差があるが(もちろんパリの方が遠い)、パリカフェを訪れた際の感慨がバッティングセンターに比べてそれほど深いかといえば、あまり変わらないような気がする。

これは、「パリ旅行のついで」にカフェを訪れるのか、「乃木坂メンバーが訪れたカフェを主目的に」パリを訪れるのか、物理距離を越えんとする直接的な動機がどちらにあるのかによっても異なりそうだが、メンバーが通った小学校とか、生まれ育った地域ぐらいの重要地ならともかく、たかだかロケで立ち寄っただけのカフェ目的渡仏する気にはならない。

いや前者でも渡仏する気にはならないが、(追記:というかメンバーの母校って言うほど感慨深いか?その頃のメンバーが好きな訳ではないし……)するにしてもそれはやはりそもそもパリ自体が好きで巡礼を抜きにしてもパリに行きたいからであって、パリの一地域を訪ね歩く行為のもの乃木坂とは無関係に楽しみを見出している。その意味巡礼行為は「ついで感」が否めない。(追記:「むしろ行きたくない場所への巡礼」を考えてみようと思ったが、思いつかなかった。(追追記日焼けと車酔いに弱いのでそれらが伴う場所には積極的行きたくない。苦労した分、到達時の達成感はありそうだが、それは聖地が持つ意味とはやはり無関係目的地に至る行程に由来する価値を抜きにした純粋巡礼価値は何によって決まるのか。))

これはもしかしたら聖地巡礼も、エルサレム旅行のものに少なから体験としての楽しみが含まれていた可能性もあるが、中世を生きる農民の長旅の過酷さや宗教に対する敬虔さはとても無知蒙昧な私の想像のおよぶところではないので、お叱りを受ける前にこの説は引っ込めておく。

でも伊勢参りとかは楽しそうだよね。明日(もはや夜が明けたので今日なんだが)近所のブックオフ聖地巡礼事情に関する本でも漁ってみよう。

眠いし目も疲れたので「過去自分への巡礼」とかまだ考えたいことはあったが、このへんにしておく。

おやすみなさい。

2021-01-09

anond:20210109134710

描くこと自体時間かかるし、そのための技術研鑽環境の整備にだってコストは充分かかってる

「なんかカネほしいな~」と思ったら空中からパッと絵が出現するわけじゃないんだ

その時間バイトした方がマシなくらいしか稼げない作者の方が多かろうよ

正直、金を取るに値する作品を生み出しているなら、金を取ってなにが悪いとしか思わない

嫌なら払わなきゃいいだけの話

あと、有料化することが閲覧者を制限することにも繋がってると思う

いくら制限かけたって突破するヤツはなんとしても突破するんだし、金取って入場制限した方がマシかもな

2021-01-04

本当に頭がいい人は俺とか君ではない

自分の頭がいいとは思わずアニマルメンタル大事にし研鑽を積みましょう

学生の人は運動部に入るといいですね

2021-01-01

anond:20210101060523

自分で書いてるけどワンナイト特化型の研鑽しちゃった感じかね

全部の話題に乗ってくれた人以外の連絡先消して、

彼女にしたい人とはその場その場を盛り上げることより飾らずに自分を出すことを意識するべき、とゲスバイス

2020-12-28

anond:20201227223731

解るけど。多分、そういう生活を始めるにも、それなりの研鑽やら資本やらが必要だって事じゃない。カッツカツの人にはそれすら始められないんだと。袋麺の方が野菜追加したりして健康的なのに、割高なカップ麺(あれは捨てるカップお金出しているようなもん)しか食べられないとか。

2020-12-12

anond:20201212203730

でもキモくて金のないおっさんには学歴があってもさらに独学で研鑽を詰めと要求するんですねわかります

2020-12-09

anond:20201209022158

新しい新人さんが入ってきました。

新人といっても増田だけはベテランエンジニア、Bさんです。

もちろん派遣です。

Bさんはどうにも「優秀ではないエンジニア」のようでした。

かろうじてSESにはしがみついているけど、人間性の磨き方、研鑽等はほとんど経験がないご様子。

何でもかんでも増田ネタにしてしまうので、「本業がヒマなんだろ」と怒られていました。

かに仕事に集中してれば済むことです。

Bさんはそんな感じの方です。

で、案の定

SESでボーッとしながら2年、「ダメ他人を観察してほくそ笑む」くらいしか楽しみがなくなってしまいました。

Bさんはとてつもないクズ精神を持つ人でした。

Bさんはまだ帰ってきません。

僕はBさんになんて声をかければいいのでしょうか?

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